物事の節目には必ず大きな出来事がある。
季節の境界にて対峙する少女達。
其は秩序にして幻想である紅白の蝶。
其は双対にして終端である黒死の蝶。
標無き幻史の扉は既に、開かれている・・・・
ここは白玉桜、そしてその主である西行寺家の屋敷前。そこに二人と半分の人間が対峙している。
一人はナイフを片手に時を操るメイド・十六夜咲夜。もう一人は普通の魔法使い、霧雨魔理沙である。
対するは長短の刀を携えた庭師・魂魄妖夢。3人は既に半刻近く戦っているが、いまだに決着はついていない。
「おかしいな、何でこいつこんなに強いんだ?」
「そんなこと知らないわ。でも、霊夢にできて私達二人で出来ないってのも癪だわ。」
普段なら霊夢と張り合えるほどの能力と実力がある二人が、何故か妖夢相手に攻めきれていない。
むしろ、押されているといってもいい。
「どうした、招かれざる客人よ。そろそろ諦めたか?」
「冗談きついぜ。」
魔理沙は強がってはみるものの、実際これといった解決策が全くない。
おもむろに懐を探る。魔理沙に残されたスペルカードはあと2枚。片方は無地の札、もう片方は切り札である魔砲である。
・・・ここで使うか・・・?
いや、おそらくスペルを唱えている間にやられてしまう。
咲夜に時を止めさせるという方法もあるが、避けられてしまうだろう。
・・そこで魔理沙の思考は中断され、戦闘は再開される。
【幻象・ルナクロック!!】
妖夢へ向けて無数のナイフ。妖夢がそれを切り払おうとして・・・・
時が動き出し展開される新たなナイフの群れが妖夢を包囲する。だが、
【獄神剣・業風神閃斬!!】
妖夢の声が聞こえたのと、ナイフが弾ける音が同時に響いた。だが、声が聞こえたのは咲夜の後ろからである。
「咲夜、後ろだ!」
「もう遅い!」
咲夜は反射的に前へ飛びだす。咲夜がいた空間を妖夢の刀が一閃する。
「咲夜、今度は前だ!」
先ほどナイフが弾けた空間から弾幕が展開されている。前は弾幕、後ろは妖夢に挟まれてしまっていた。
・・スペルの能力でカウンターなんてやってくれるじゃない・・・
「この程度、【時符・パーフェクトスクウェア!!】」
全ての弾幕が停止し、その効力を失う。文字通りそこは、咲夜だけの空間となる。
ほぼ同時に妖夢のスペルと咲夜のスペルが消失し、3人の間には一時の静寂が訪れる。
「・・一つ、お前達に聞いておきたいことがある。」
唐突に質問を切り出したのは妖夢である。
「お前達は何故、ここに来た?」
その質問に、咲夜と魔理沙は一瞬戸惑う。そして、こう切り出す。
「もちろん、春を取り戻すためよ。」
「もちろん、春を取り戻すためだぜ。」
「何故春を取り返す?」
「そりゃ、冬が続くと寒いからに決まってるぜ。」
「暖炉の薪を買いに行くのが面倒だからよ。」
あぁ・・なるほど・・。妖夢は唐突に理解した。
この3人はとても似ている・・・・・だからこそ・・・・。
「そうか、なるほど。」
「禅問答はこれで終わりかい?」
「えぇ、そろそろ決着をつけようかしら?」
再び距離をとる3人。妖夢は自身の最後のスペルを片手に、刀を握り直す。
あの黒い魔女が左手に隠し持っていたのはおそらく切り札となるスペルだろう。メイドのほうは
攻撃スペルは注意すべきものの、現段階で切り札を隠し持っているのはどうやら魔女のようである。
妖夢は魔女のほうが要注意である、と認識した。しかし、妖夢の思考は、かなりの腕前を持つであろう
ナイフ使いのメイドに注目されている。
・・敵の手はおそらく二通り、一つはメイドの補助の下魔女の切り札で勝負を決めるか、あえて切り札を囮に、メイドが勝負をかけるか。どちらにしろ、あのメイドが攻撃の主力になるのは間違いなさそうだ・・
・・肉薄されればナイフに勝る武器は無い。接近戦で刀の利を最大に生かして倒すしかない・・
魔女の攻撃をかわし、一閃、その後メイドと一対一に持ち込み、後は勝負。
妖夢の頭の中で何度も反芻される。大丈夫、出来る。私は・・・・・・
・・・・・空気が変わった。来る!
【六道剣・一念無量劫!!】
先に動いたのは妖夢。数瞬遅れて咲夜も叫ぶ。
【メイド秘技・殺人ドール!!】
八方位からなる斬撃と弾幕。それを迎え撃つは意思を持ったかのようなナイフの流動。
斬撃はナイフを次々に薙ぎ、弾幕はナイフに落とされてゆく。
だが、お互いこれで決めようというわけではない。これで相手を倒せないことは互いに承知している。
要は隙を作ればよいのだ。決定打を与えるための布石である。
激しいせめぎ合いの中、わずかに競り勝ったナイフの一群が妖夢を囲む。その瞬間、
「いまだ、【恋符・マスタースパーク!!】」
魔理沙はこの瞬間のために咲夜に足止めしてもらっていたのだ。放たれたスペルは燃え尽き、代わりに
目の前の空間に六芒星が描き出される。緻密に編みこまれ、複雑な文様を図形化した魔法は増幅され、
まさしく星の息吹の如き破壊力を持って妖夢へと放たれる。
「くっ、これさえ凌げばっ!」
妖夢は己の全精力を振り絞り、撃ち出された光線をかわそうとする。
対する魔理沙もそうはさせじと必死で操作する。
妖夢の足が一歩勝り、魔理沙の魔砲の死角へ滑り込み、一気に間合いを詰める。
「これで終わりだ、黒き魔女!」
妖夢の刀が魔理沙を捉えようとした瞬間、魔理沙が にやり と笑い・・・
魔理沙の放ったスペルの光からもう一つのスペルカードか姿を現す。
妖夢がそれに気づくのと・・激しい閃光と共に、至近距離からの激しい弾幕に襲われたのは、ほぼ同時だった。
「な・・そんな馬鹿な!」
・・・・奇術・エターナルミーク・・・・
何処からかそんな声がした気がした。さすがの妖夢も至近からの弾幕をかわすことは出来ず、方々に傷を負っている。
「やっと捕らえたわよ、半霊の庭師!」
咲夜と魔理沙が左右から迫ってくる。まさか最初から二枚重ねてスペルカードを持ち、片方は遠隔で操作するとは。こちらの思惑より、向こうが一枚上手だったようだ。だが、妖夢は負けるわけにはいかないのだ。
「私は負けない!私は・・」
・・・私は・・・
二人が近づいてくる。この距離では弾は撃てない。己の剣のみで決着をつけるのみだ。
・・・私は・・・お嬢様を・・・
「私は」
・・いや、お嬢様ではない・・・私は・・
「幽々子様を、守る!」
・・・・・・激突・・・・・・
激しい金属音と体を襲う痛みに、妖夢の記憶は一時途切れる。
・・・私はどうなったのだ・・・?
あの二人と最後に競り合い、腹部に痛みを覚えた後、意識を・・・
「ようやく気がついたようね?」
妖夢ははっと周りの状況を確認する。
どうやら自分は負けてしまったようだ。横には先ほどのメイドが座ってこちらを見ている。
この様子だと、気がつくまで介抱してくれていた様だ。
・・・そうだ・・刀は・・・?
右手に何も握られて無いのを確認し、回りを見渡す。と、すぐそばにおいてあるのを確認しとりあえずほっとする。
「全く紙一重だったわ、魔理沙の箒の柄がもう少し短かったら二人ともあの世に行ってたわ。って、既にここがあの世だっけ。」
咲夜は笑いつつ、首筋を見せる。そこには妖夢が付けたであろう一筋の跡が残っている。
「また私は負けたのですね。」
妖夢が言うと、咲夜は苦笑しつつ答える。
「2対1でだけどね。」
妖夢はふと、自分の怪我が手当てされているのに気づく。この場でこんなことが出来るのは・・
「・・手当てしてくれたのか・・・敵なのに。」
「まぁ、本当ならほおっておくつもりだったんだけど。」
「けど?」
妖夢は問う。咲夜は一瞬困ったような顔を見せてから、こう答えた。
「・・・なんとなく、なんとなくだけど、似てたのよ。」
「あなたと わたしが。」
え・・?
妖夢は一瞬あっけにとられた。
「実は、少し前に幻想郷全体に霧がかかったことがあったでしょ?」
あぁ、そういえば少し前にそんなことがあった気がする。お嬢様は特に気にもしていなかったようだが。
「あれ、うちのレミリアお嬢様がやったことなのよ。」
レミリア・・・・・・聞いたことがある。
レミリア・スカーレット、幻想郷に住むものなら一度は聞いたことがあるとさえ言われている名である。確か、500年近く生きている吸血鬼だったはずだ。
「でね、今回のように、あの二人が邪魔をしにきたわけ。もちろん、当時は敵同士だったんだけどね。」
今、幻想郷にそんな霧は無い。つまり、あの吸血鬼はその二人に負けてしまったということか。
「でね、私もレミリア様の下で、お嬢様を、そして成すべき事を守ろうとした。けど、負けちゃったわけ。」
「でも、正直今となっちゃ、これでよかったのだと思ってる。」
え、何故・・?自分の主人の願望をまっとう出来ずに嬉しいことなどあろうか?妖夢は更に問う。
「なぜかって?そりゃ、お嬢様のやることが失敗したのは悲しいわ。でも、そのお陰でレミリア様は変わられた。
そして、フランドール様も。あの巫女や魔女が、レミリア様を囲んでいた城から解き放ってくれた。」
「実際私も人間だし、太陽の光が当たるほうが嬉しいしね。」
咲夜は一息つくと、妖夢に語りかけるような口調でこう言った。
「貴女も私も、共にお嬢様としてではなく、その人個人として守りたいと気づくきっかけを与えられた。
だからね、もし、貴女もこの出来事が失敗してよかったと思うことがあるのかもしれない。」
「だからって、諦めろ というわけでも無いわ。自分の思うまま、好きなことをやればいいのよ。」
妖夢は咲夜の言うことを黙って聞いていた。その一言一言が、心に沁みた。
「有難うございます。咲夜さん。」
「ん、気にしないの。」
「咲夜さんは・・・」
「ん、何?」
妖夢の顔が心なしか赤くなっている。
「咲夜さんって、お姉さんみたいですね。」
「!?」
これにはさすがの咲夜も言葉が出なかった。
「いやっ・・あの・・そのぉ・・・」
心なしか咲夜の顔も赤くなっている。
・・あ~、なにやってるんだろ私・・・・。
咲夜は自分の顔が赤くなるの感じた。妖夢に悟られぬよう
「そ、それじゃぁ、私はこの辺で。」
すっくと立ち上がり、足早に立ち去ろうとする。
「あ、咲夜さん。」
一瞬どきりとしたが、平静を保って
「何?」
「・・有難うございました。」
「それはさっき聞いたわ、それじゃね。」
咲夜は妖夢を背に、霊夢たちの元へ向かう。
・・・・まったく、もう少しで大変なことになるところだったわ・・・・・
実は、私もあなたのことが妹のように見えただなんて。
「・・・言えるわけ無いでしょうが・・・」
咲夜が呟いた一言は、誰にも聞こえることもなく、舞い散る桜に吸い込まれていった・・