言葉には力がある。言霊と呼ばれるそれは文明の発達した外の世界では本来の力を失い、無いも同然の存在になってしまったが、ここ――幻想郷に於いては本来の力を維持し続けていた。
「ボーっとばかりして、門番なんだからしっかりしなさい中国!!」
「咲夜から貴方の勤務態度について相談を受けたわ・・・そんな様子じゃクビにするわよ?中国」
「中国ーーー!!弾幕ごっこしよーーーっ!!!」
「ちょっと新しい魔法を試したいの・・・実験台になってくれるかしら?中国」
「よぉ、中国。ちょっと通してもらうぜ」
渾名というものが在る。外の世界ではどうということの無いものだが、言葉が力を持つ幻想郷に於いては対象となる相手に負のイメージを伴う仮の呼び名をつけ、その名を広めることで対象となる相手の力を弱めるという呪術的な役割を持っていた―――もっとも今の幻想郷にはその事を覚えているものは殆どいなかったが・・・。
「貴方はまだ良いですよ・・・私には名前すらないんですから・・・」
「ふぅ。名前すらない…ね。でも、それはとても良いことなんじゃないかしら?
だって貴方には、これからどんな素敵な名前をつける機会も、つけてもらえる機会もあるってことなんだから。」
「・・・え?これから・・・?そっか、そうですよね!!ありがとうございました!中国さん!!」
「なに?中国なんて渾名を付けられた歴史を無かったことにしてほしい?」
コクコク
「はぁ。切実だな・・・分かったそれぐらいやってやるよ。」
「ありがとうございます!!!」
「そんな、涙まで流さなくても・・・。ちょっと待ってな。はぁっ・・・!」
・
・
・
「・・・ん?・・・あれ?・・・」
「・・・あ、あの?どうかしたんですか?」
「あー、いや、なんでもない。もうちょっと待っててくれ・・・くっ、このっ!!・・・」
・
・
・
「・・・そんな?・・・まさか・・・なんでっ!?・・・」
・
・
・
「すまない・・・どうしてもその歴史を変えることは出来なかった・・・」
「えっ!?そんな、どうしてですかっ!?」
「私にも分からない・・・ただこんな事が起こるなんて、その・・・理由も目的も見当がつかないが・・・神とかそういうレベルの存在が関わっているとしか言いようが無い・・・」
「神っ!?そっ、そんな!?どうにかならないんですか!?」
「悪い・・・これ以上は私にも・・・無理だ・・・」
「あっ、すいません、貴方は私の無茶な願いを叶えようとしてくれたのに・・・。私ったらつい取り乱しちゃって・・・」
「いや、いいんだ。・・・それより力になれなくて本当に済まなかったな・・・中国」
本来、渾名とはその効果が現れている短期間のうちに対象を討つ、その為のものであり長期間使うものではない。それは、渾名の持つ役割から長期間使う必要が無かったのと、何より渾名が呪術的な面を持つものである以上その反動が存在することによる。
力を持っているのは渾名だけではない、渾名を付けられた者の本名にも力がある。対象者が渾名で呼ばれている間、本名は常に圧迫され続けている。その圧迫は徐々に大きくなっていき、ある時を境に限度を超える。その限度を超えた時に何が起こるかは、対象者によって異なるが・・・
「中国ーーー」
「中国っ!!」
「・・・中国」
「中国?」
「中国さん」
「中国さまー」
「中国サマー」
・
・
・
紅魔館のロビー。そこではいつものように咲夜が美鈴を叱っていた。
「まったく、何やってるのよっ!いつも失敗ばかりして、もっとしっかりしなさい中国っ!!!」
ペキンッ。その瞬間、美鈴の中で何かが音を立てて壊れた。
「・・・・・・じゃねぇってんだろ・・・」
「何か言ったかしら?言いたい事があったらハッキリ言いなさい中国!」
「中国じゃねぇってんだろっっっ!!!」
ドゴンッ!!!・・・ガラガラッ
美鈴が叫ぶと同時に、彼女の隣にあった石柱が音を立てて砕け散った。
咲夜は美鈴の様子に一瞬怯んだが、すぐにそんな自分を恥じて毅然とした態度を取り戻すと、美鈴を睨みつけた。
「そんな態度を取るなんて・・・お仕置きをする必要があるわね・・・中国」
言って時間を止めようとしたが、それより早く重い衝撃が咲夜の腹部を抉った。何時の間に移動したのか、咲夜の真横に現れた美鈴が拳を突き出した姿勢のまま、
“あたしの名前は、紅 美鈴だーーーっ!!!!”とか叫んでいた。
咲夜は吹き飛ばされながらも咄嗟に時を止める。瞬間、咲夜は背中から壁に叩きつけられ、肺から空気を漏らした。静止した時の中では音が出ないとはいえ、衝撃が軽くなるわけではない。咲夜は肩で荒く息をしながら、静止したままの美鈴を睨みつけた。
「・・・クッ・・・はぁ・・・まさか中国なんかにここまでやられるなんて・・・こんな実力があるなら、侵入者なんか許すんじゃないわよ・・・まったく、これだから中国は・・・」
ピク
「?今、一瞬中国が動いたような気がしたけど・・・そんなわけ無いわよね。中国にそんな力ある筈が無いもの。・・・所詮、中国だし。」
「・・・5回・・・5回もその名であたしを呼びやがったな・・・」
「え!?な、なんでっ!?なんで動いてるのよっ!?」
目の前で展開されるありえない光景に咲夜は完全に混乱していた。彼女の能力によって時の流れを止められた空間の中で動けるものなど、彼女以外にいる筈が無かった。だが、咲夜の目前に広がる光景は彼女のその認識を無残にも打ち砕いていた。
静止している世界の中でゆっくりと歩み寄る美鈴の姿に、咲夜の自身と誇りは崩れ去り、彼女に残されたものは混乱と恐怖のみであった。
「う、嘘・・・や、やめてっ・・・こっちにこないでよーーーーっ!!!」
咲夜の叫びも空しく、美鈴と咲夜の距離は徐々に狭まってゆく。美鈴は咲夜の目前にまで近寄り、大きく息を吸い込んだ。直後、
「あたしの名前は紅 美鈴だーーーーっ!!!!」
ドゴッ!!!!!
「んきゃはぁっ!!?」
・・・ゴメッ!!
美鈴が先程とまったく同じ台詞を叫ぶと同時に咲夜の腹部を再び衝撃が襲い、咲夜は奇声を上げて吹き飛ばされた。あまりの衝撃に失神しつつ吹き飛ばされた咲夜は壁に激突し、漫画みたいな人型の穴を開けて壁にめりこんだ。
・・・余談、あまりの早業に打撃を受けた咲夜自身気づいていなかったが、美鈴はその一瞬の間に5回――咲夜が時を止めてから中国と言った回数分、しっかり攻撃をしていた。
「メイド長!?」
「咲夜様っ!?」
・
・
・
「お姉さまっ!?・・・ハァハァ」
咲夜が失神した時点で静止していた時は動き出していた。同時に紅魔館のメイドたちが吹き飛ばされ壁に激突した咲夜の姿を見て、咲夜を心配し騒ぎ始めた・・・一部なぜか興奮していた者もいたが。
と、騒いでいたメイドたちが急に押し黙る。メイドたちの視線はある一点に注がれていた。その視線の先には凄まじい魔力を伴ったこの館の主――レミリア・スカーレッドが立っていた。騒ぎを聞きつけ現れたレミリアは無表情のままロビーの様子を眺め回すと(咲夜の姿を見て頬が緩んだのはこの際無視しておく)、ロビーの中心に立つ美鈴に向けて口を開いた。
「・・・これは貴方の仕業と考えていいのかしら?」
「・・・・・・」
レミリアの問いかけに美鈴は何も答えず、立ち尽くしている。
「・・・否定しないってことは肯定と受け取っていいのね?」
「・・・・・・」
再度レミリアが確認するが、やはり美鈴は返事をせずに立ち尽くしている。
「ここまでの騒ぎを起こしといて、私まで無視するなんて・・・いい度胸ね。貴方の立場を思い知らせてあげる・・・覚悟しなさいっ、中国!!!」
ピク
微かに美鈴が反応したが、それを気にせずにレミリアは魔力を集中させ美鈴に解き放った。
レミリアから放たれた複数の魔力塊が美鈴めがけて殺到する。スペルカードを使用しない、ただ魔力を凝縮しただけの塊・・・普段の美鈴相手ならばそれで十分の筈だった。が、魔力塊が美鈴にぶつかる寸前、美鈴の姿が掻き消え、直後、レミリアの真横に現れた美鈴がレミリアの耳元でささやくように呟いた。
「なぁ、お嬢さま。あんた今なんつった?」
「!?」
突如出現した美鈴に驚愕しつつも、レミリアは咄嗟に後方へと飛び退き美鈴と距離をとった。そして、美鈴を鋭く睨みつける・・・その瞳には怒りと屈辱が激しく浮かんでいた。並の妖怪ならばそれだけで身動き一つできなくなりそうなその視線を受けて尚、美鈴は平然としていた。
「・・・手加減していれば良い気になって・・・調子に乗ってるんじゃないわよっ!中国!!!」
叫ぶと同時にレミリアは懐からスペルカードを取り出しそれを発動させた。発動させたスペルカードは、“紅色の幻想郷”、レミリアの持つスペルカードの中でも最強クラスに位置するそれを発動させた瞬間、先程の攻撃とは比較にならない程の魔力が空間を満たし、一拍を置いて発生した巨大な魔力塊がレミリアを中心に四方八方へと飛んでゆく。
その一つは美鈴に向かって飛んでいったが、当たる寸前美鈴は微かに移動してそれを躱わした。しかし、それだけで
攻撃が終わらった訳ではなかった、巨大な魔力塊の通った軌跡上に無数の魔力塊が生じそれらが縦横無尽に飛び回る。それらの幾つかが再び美鈴に向けて殺到したが、美鈴は先程見せた高速移動でそれらを事も無くやり過ごす。が、魔力塊の一つが移動し終えた美鈴の背後から、彼女めがけて一直線に飛んできていた。美鈴がそれに気づいている様子は無い。
“終わりね・・・”と、表情には何も出さずにその光景を眺めながらレミリアは確信していた。魔力塊は徐々に美鈴に近づいてゆき、そして・・・
パンッ!
乾いた音を立ててその魔力塊が弾ぜ消えた。美鈴は先程と変わらず同じ位置に立ち続けている。ただ先刻と違う所があるとすれば、それは魔力塊が到達したであろう位置に美鈴の拳が移動していただけだ。
「・・・え?」
自体が呑み込めず、攻撃の手を止めレミリアが思わず間抜けな声を漏らした。美鈴の姿が掻き消え、次の瞬間レミリアの
目の前に現れた。
「?・・・え??」
いまだに事態が呑み込めない・・・いや、理解はできているがそれを認めることができないでいるレミリアが、目前に現れた美鈴を見上げて再び間抜けな声を上げた。
そんなレミリアを見下ろして美鈴がゆっくりと口を開いた。
「・・・中国って言ったか?・・・中国って言ったよなぁ?・・・お嬢様・・・あたしの名前は紅 美鈴です・・・ちゃんと覚えておいて下さいねっ!!」
ズガシッ!!
「んぴゃあっ!!!?」
最後の“ねっ”と同時に放った、美鈴のアッパーが、見事にレミリアの顔面を捕らえた。――“紅魔館の赤い悪魔”ことレミリア・スカーレットは生まれて初めて、自らの血でその異名に相応しい姿となった・・・しかも鼻血。
もはや意識を失ったレミリアには目もくれず、美鈴はあたりを眺め回した。その姿はまるで次の獲物を探している肉食獣だ。しかし、ロビーにいたメイドたちはレミリアの攻撃に巻き込まれるのを恐れ、全て避難してしまっている。
そんな中唯一つ、逆にロビーへと近づいてくる足音があった。美鈴の視線が足音の方向に向けられる。彼女が見つめるのは一つの扉――その先にはある部屋へと続く通路が存在する。足音は猛烈な勢いでロビーに近づいてきて、扉の前で一瞬静止すると・・・・・・
ドゴォンッ!!
扉を破壊して、足音の主が現れた。
「破壊は私の専売特許っ!あんたがやっていいことじゃ・・・」
足音の主――フランドール・スカーレットはロビーに入ってくるなり一気にまくし立て始めたが、ある一点を見つめた瞬間、彼女の口が止まった。その視線の先には鮮血に染まった彼女の姉、レミリア・スカーレットの姿(・・・鼻血だが)。
フランドールの怒気が一気に膨れ上がり、先程とは一転して静かな様子で口を開いた。・・・その静けさが逆に彼女の怒りの大きさを表していた。
「・・・・・・その上、お姉さままで傷つけるなんて・・・絶対に許さない・・・覚悟しなさいっ!中国!!!」
言い終えると同時に、レーヴァテインを発動させ美鈴に向け振り下ろす。美鈴はそれを避けようともせず、軽く息を吸い込み、足を上げ勢いよく床を踏みつけた。
ズンッ!!!!!
瞬間、美鈴の体から巨大な気が溢れ間近にまで迫っていたレーヴァテインは跡形も無く霧散した。 震脚――本来なら威嚇、あるいはその勢いを別の技に利用する、それ自体は攻撃性を持たない筈の技がもたらした余剰効果は、それだけに留まらなかった。美鈴が足を振り下ろした位置に穴が開いていた・・・クレーターなどというような生易しいものではない、ぽっかりと開いた穴の先には漆黒の闇が広がり、その底を完全に覆いつくしていた。
美鈴は穴の上に浮いたままフランドールを睨みつける。
「・・・あぁ?」
「ひっ!?うっ・・・ひっく・・・こわいよぉ・・・ぱぱぁ・・・ままぁ・・・おねぇちゃん・・・だれかたすけてよぉ・・・」
目の前で起こった事に対するあまりの恐怖にフランドールはその怒りが消滅するだけでなく、495年の時を遡り幼児退行して泣きだしてしまった。
「ちっ、餓鬼がっ!!」
そんなフランドールを睨みつけ、一言吐き捨てると美鈴は再び周囲を見渡して次の獲物を探しだした。
・・・その頃、魔法を使い図書館から騒ぎの様子を眺めていたパチュリーは一つの決断をしていた。それは、彼女が万が一の事態をに備えて用意していた最終手段を用いること。パチュリーはそのあまりの危険性ゆえに、誰かが興味を持って触れないよう今までその存在を隠し続けてきた。
それは一つの魔方陣、召喚陣の応用であるそれは一つの世界と幻想郷を結ぶ門の役割を持っていた。その世界とは、
魔界――といっても以前、幻想郷に干渉してきた魔界とは別の世界である。魔界と一口に言っても、実はその対象となるのは一つの世界だけではない。それら複数ある魔界の中からパチュリーが選んだのは、外の世界と最も密接な関わりを持っていた魔界――外の人間からは“地獄”と呼ばれる、魔界の中でも最大の規模と最強の勢力を誇るものだった。
パチュリーは魔方陣を発動させるのに必要な道具を手早くまとめると、紅魔館の下に秘密裏に作成し厳重に封印した地下室へと向かった。幾重もの隠蔽効果を伴った封印を解除し、地下室の扉を開ける。瞬間、広大な地下室を魔法の光が照らし出した。光に照らされて巨大な魔方陣が浮かび上がる。地下室の一角が、先程の震脚の影響で消え去ってはいたが魔法陣自体には影響は見当たらない。パチュリーはとりあえず安堵のため息をつくと、やや緊張した面持ちで魔方陣発動のための準備を開始した。
普段の彼女であれば相手がどれほど強力な力を持っていても、たった一人の妖怪の為ににそんなものを使おうなどとは思わなかったであろう。そもそもそれは幻想郷の存亡に関わるほどの事態を想定して用意したものだ。だがその強力さゆえ、使い所を誤れば、幻想郷だけでなく外の世界も含めて消滅する危険性もその魔方陣は伴っていた。
魔方陣の危険性をパチュリーは十分に理解していた。理解していたが彼女の“知識”を超える“現実”が彼女から冷静さを完全に奪っていた。――そして彼女は、判断を誤った・・・。
魔方陣を発動させた瞬間、地下室の天井は吹き飛び上にあるロビーまで吹き抜けになった。それと同時に魔方陣から大量の悪魔たちが溢れだした。悪魔たちの魔力に当てられパチュリーは正気を取り戻し、自分の招いた事態の大きさを後悔すると同時に目の前の状況を分析し始めた。
記憶の中の知識から現れた悪魔たちが全て下級悪魔であることは分かった。そして、悪魔の持つ魔力が自分のものより下回ることも分かった。だが、それでも並みの妖怪の持つ魔力を十分に上回っていることも分かってしまった。それだけの魔力を持つ悪魔が出現しただけでも二十匹はいる。“門”の向こうにはさらに強大な魔力を持つ悪魔たちが、ひしめいているのだ。
パチュリーの中を諦めにも似た思いが通り抜けた。ふと視線を上げると、上のロビーから地下室を見下ろす美鈴と目が合った。
「・・・ごめんなさい・・・中国・・・」
パチュリーは思わず目を背けて、微かな声で呟いていた。次の瞬間、ロビーにいた美鈴が地下室へと身を躍らせた。
“まさか、聞かれた!?”驚いてパチュリーが美鈴を見たが、どうやらそれはただの思い過ごしだったらしい。美鈴は手近な位置にいた悪魔の首元を掴むと・・・
「・・・てめぇ、あたしの名前を言ってみろ・・・」
・・・悪魔を詰問した。美鈴のあまりの迫力に悪魔は抵抗することも忘れ、先程彼の召還者が呟いた言葉を反復してしまった。
「・・・ち、中国?」
「違うッ!!!」
グシャッ!
小首を傾げながら訊ね返すように答えた悪魔は、瞬間、美鈴に胴体を固定されたまま、頭部を捻られ嫌な音を立てながら
崩れ落ちた。
「てめぇっ!答えろっ!!」
美鈴は即座に隣にいた悪魔の首を掴み上げ、再び詰問した。
「・・・中・・・」
「違うっ!!!!」
ベチャッ!!
何も考えられずに先程仲間の呟いた台詞をそのまま繰り返そうとした悪魔は、最後まで言い終えることもできずに、床に
叩きつけられ圧死した。・・・最早、悪魔たちの頭の中にあるのは“中国”という単語だけとなってしまった。
「次っ!!」
「ち・・・」
「違うっ!!!!!」
ブンッ!!!・・・・・・ジュッ。
次に美鈴に目を付けられた悪魔は最初の一文字を言っただけで空中に放り投げられた。猛スピードで放たれた彼の体は
空気摩擦によって燃え尽きた。
美鈴は次々に悪魔を詰問しては処分していく。“門”より現れた全ての悪魔が呆然と仲間が次々に葬られていく様を眺めていた。そしてパチュリーも“ノーレッジ”の名に相応しくなく、間の抜けた顔で目の前の光景を眺めていた――“門”を封印することも忘れて・・・
突如、パチュリーの身を悪寒が走った。咄嗟にパチュリーは“門”に目を向ける。“門”の向こう側から強大な魔力を持った存在が異常なまでの速度で紅魔館に向かってきているのが分かった。今まで現れた悪魔を遥かに凌駕するその魔力の持ち主の前では、幻想郷で最高の魔力を持つ者でも無力であろう事が容易に推測できる――完全に格の違う相手が現れようとしていた。
美鈴もその存在に気づいたのか手を止め“門”を見つめていた。悪魔たちも固唾を呑んで其処に視線を注いでいる。
全ての者が見つめる中、“門”より現れた“それ”は声高らかに名乗りを上げた。
『我は地獄の魔王が一人、ベルゼバ・・・』
ガッ!
が、“魔王”が名乗り終わるより早く、美鈴が“魔王”の首元を掴んだ。美鈴は首元を掴んだままゆっくりと口を開いた。
「てめぇの名前なんざどうだっていいんだよ・・・あたしの名前を言ってみやがれ・・・」
“魔王”は自らの行動を妨げだ存在を不愉快そうに一瞥し、そして、動きが止まった。“魔王”は美鈴のことを知らない、その姿にも覚えは無い。だが、彼女の背中より溢れだし、光を放っている気は、まるで、6対の羽のようで・・・・・・
『お、おまえはまさか、“明けの明星”ルシファ・・・・・・』
「違うっ!!!!!!」
パシンッ!!!・・・・・・ペチッ
驚愕と共に口を開いた魔王を、すかさず美鈴の平手打ちが襲った。・・・地獄の魔王の中でも最速を誇った“蠅の王”ベルゼバブは一度も台詞を言い終えることなく、壁に激突し紅魔館の染みになった。
「・・・まったく、どいつもこいつも・・・人の名前一つも満足に言えんのかーーーっ!!!!」
悪魔たちにしてみれば、およそ、理不尽なことを叫びながら美鈴は、魔方陣発動の際に使用したらしい金属片を拾い上げると、気を込め全力で“門”の中に投げ込んだ。美鈴の気によってその硬度を増した金属片は地獄の各層を貫いてゆく。が、増加していたのは破壊力だけではない、硬度を遥かに凌ぐ異常さで質量も増していた。
僅かな間とはいえ異常なまでに質量の増加した金属片はあらゆる物を呑み込んでゆく―――九つの層から成り立ち、複数ある魔界の中でも最大の規模と最強の勢力を誇った“地獄”は、その最下層に存在する万魔殿と其処に残る魔王たちと共に、突如出現したブラックホールに呑まれ、消滅した。
「・・・夢、夢よ・・・・・・わたし、夢を見てるんだわ・・・ふぅ・・・」
パチュリーの精神は現実に耐え切れなくなり、彼女は意識を失って倒れた。
・・・確かに彼女は判断を誤った。彼女にとって最大の切り札をこんなことで無駄に失ってしまったのだから・・・。
その後も美鈴の詰問は、残った悪魔たちと、恐怖に震える紅魔館のメイドたちに対して、徹底的に行われた。
・
・
・
異変を感じて飛んできた霊夢が紅魔館に辿り着いたのは、美鈴が最後のメイドを殴ってから僅かに経ってからだった。
霊夢の目の前に荘厳だった紅魔館の姿は見る影も無く、まるで廃墟同然の状態となっていた。強力な妖気に包まれた紅魔館を上空から慎重に観察していた霊夢だったが、見知った姿を見つけ声をかけた。
「・・・えーと、あなた・・・美鈴・・・さん・・・だっけ?これはいったい何があったの!?」
途端、紅魔館を覆っていた妖気が一気に薄らいだが、霊夢は美鈴に気を取られていてそのことに気付かなかった。
「えっ!?・・・こ、これは一体?・・・あ、あなたはあの時の!・・・あ、あの何があったんですが!?」
ハッとした様子で、美鈴が霊夢に聞き返す。
「それが分からないからあなたに聞いてるんでしょっ!?・・・しっかりしてよね・・・もう」
「あ、す、すいませんっ!・・・あのぉ・・・ただ・・・ちょっと・・・恥ずかしいんですけど・・・わたしも今まで気を失っていたみたいで・・・今気づいたばっかりで・・・ちょっと何が起きたのか分からないんですけど・・・」
怒って、それからため息をつきながら言った霊夢に対し、美鈴はしどろもどろに答えた。
「そうだったの・・・もう・・・あなた、確か門番でしょう?しょうがないわね。・・・とりあえず、状況を把握したいわ・・・あなたも何か気付いたことがあったら言ってちょうだい」
再びため息をついて美鈴に呟いた後、周囲を観察し始めた霊夢に続いて美鈴も辺りを見回し始めた。あたり一面にメイドたちが倒れていたが、幸いなことに死者はいないようだった・・・一応加減はしていたらしい。
と、霊夢と美鈴、二人の視線が一点で止まった。その先には最早原形すら残しておらず、壁の染みと化していたが何者かの残骸が残っていた。だが、残骸とはいえそれからは未だに強力な魔力が放たれていた。そのときになってようやく霊夢は紅魔館を覆っていた強力な妖気が薄らいでいることにに気付いた。
「・・・こんな状態になってもこれ程の魔力を放出し続けるなんて・・・さっきまでの妖気もこいつのものと考えてよさそうだし・・・・・・どうやら、こいつが今回の騒ぎの大本みたいね・・・」
「・・・えぇ。そのようですね・・・それにしても・・・こんな相手を誰がここまで・・・・・・」
二人の背筋を思わず冷や汗が伝った。
気絶している紅魔館の住人全員が、気を失いながらも霊夢の台詞に対して(チガウッテ)、美鈴の台詞に(オマエダヨ)
とそれぞれツッコミを入れていたが二人は気付かなかった。尤も、ツッコミをいれた本人たちも目覚めたら忘れているだろうが。
カタッ・・・
と、崩れた石柱の影から物音がした。二人は気配を殺して柱に忍び寄ると、慎重に柱の裏側を覗き込んだ。・・・そこには
背中を向け、膝を抱えて震えているフランドールの姿があった。
「この娘、生意気なぐらい元気だったのに・・・・・・もう大丈夫よ、安心して・・・」
霊夢が優しく声をかけた。その声につられてフランは振り向き二人の姿を見て・・・
「うわぁぁぁんっ!!たすけてぇ!!おねえちゃぁんっ!ぱぱぁっ!ままぁっ!!!」
・・・再び大声で泣き出してしまった(正確には美鈴を認識してからだが・・・)。
そんなフランを慌てて霊夢は抱きしめ、なだめつけた。
「おかわいそうに・・・よほど恐ろしかったのですね・・・」
霊夢になだめられるフランの姿を見て思わず美鈴が呟いた。
(・・・オマエガナ)また気絶した住人一同によるツッコミが入ったが、そんな魂の叫びも二人にはやはり届かなかった。
フランをなだめ、眠らせた後、二人は館内を隈なく調べた結果、以下のような結論に達した。
紅魔館の地下深く、館が建つより遥か以前に強力な力を持つ魔物たちが封印された。その魔物たちが何かの弾みで復活し、地下より大穴を開けて突如紅魔館を襲撃した。たまたまそのときロビーにいた美鈴はその襲撃の衝撃で吹き飛ばされ、床に叩きつけられた際、打ち所が悪く気を失ってしまった。
すかさずレミリア、咲夜、フランドールを中心に紅魔館の住人全員で迎撃にあたり、多数の魔物を倒すことはできたが、紅魔館のメイドたちも全て倒されてしまった。
だがレミリアたちの力を持ってしても魔物の首領には全く歯が立たず咲夜とレミリアは成すすべなく倒されてしまった。フランは目の前にいる魔物が到底勝てる相手ではないことを悟り、逃げ出そうとしたが、追い詰められてしまった。
魔物の首領がフランを仕留めようとしたが、間一髪、別行動を取っていたパチュリーが攻撃用の魔方陣を発動させることに成功した。魔方陣はパチュリーが非常時に備えて用意していたものらしく、その規模および、残留魔力から幻想郷で使用するには異常なまでの出力があったことが分かった。尚且つ、その魔方陣による館の被害が地下室の天井程度に留まっている事から、その膨大な出力を個体レベルで放つことができたと考えられる。個体レベルに凝縮された、その魔方陣の攻撃力の前には、如何に強大な魔力を誇る魔物の首領といえども耐えきれず、原形を留めぬまでに破壊された。
残る魔物たちを魔方陣の出力を落として一掃すると同時に精神力の限界を超えていたパチュリーは気を失ってしまった。一方、フランも命は助かりはしたが、そのあまりの恐怖に幼児退行を起こしてしまった。
それから程なくして美鈴が目を覚まし、それとほぼ同時に霊夢が紅魔館に到着した。
・・・およそ的外れの推測だが、その間の記憶を失っている美鈴にも、その光景を見ていない霊夢にも事実などは到底分かる筈が無かった。二人は紅魔館から危険が完全に去ったことを確認すると、意識を失っている住人たちを起こし始めた。
住人たちは気づくと同時に美鈴の姿を見て一瞬、身体を強張らせたが、騒ぎのショックによるものだろうとしか二人は思わなかった。簡単に治療を済ませた後、二人は紅魔館の住人全員の前で推測した内容を話し確認を取ったが、誰一人異論を挟む者は無かった・・・誰も藪の蛇を突付くような真似はしたくなかったらしい。
と、話し終わったところで美鈴が住人たちに向かって前へ一歩でた。
「皆さんっ!わたし門番なのに何もお役に立てず申し訳ありませんでしたっ!!」
ビクッ、となった住人たちには気づいてない様子で、彼女は深く頭を下げ謝った。呆気にとられる一同の中、咲夜が立ち上がって美鈴に歩み寄ると優しく語りかけた。
「いいのよ、ち・・・美鈴・・・さん。しょうがなかったんですもの。あなたは悪くないわ。・・・ね、レミリア様?」
「え?・・・ええ!咄嗟のことだっだもの、誰も貴方を責めたりなんてしないわ・・・美鈴」
「「「そうですよ!・・・美鈴さまっ!!」」」
話しを振られたレミリアが、続いてメイドたちが咄嗟に口裏を合わせて美鈴をフォローした。
「えっ!?・・・みなさん、今なんて・・・」
温かい言葉をかけられたことよりも、本名で呼ばれたことに驚いて美鈴は思わず聞き返した。
・・・その後何故か紅魔館は美鈴コールに包まれた。皆まだ混乱しているのだろうと判断した霊夢は、巻き込まれないようにその場を速やかに飛び去った。
以後、紅魔館の中で美鈴が“中国”と呼ばれることは無くなった。
・・・が、そこは幻想郷、一月たつ頃には何事も無かったかのように以前の状態に戻っていたが・・・・・・。
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・
「はぁ、またお前か。何度頼まれても無理なものは無理なんだ。悪いが諦めてくれ」
「それは、分かっています・・・だけどっ!それなら・・・せめてっ!本名が“中国”で、渾名が“美鈴”という歴史を創ることはできませんかっ!!?」
「いや、それはやってみなければ分からないが・・・いいのか?それで・・・」
「かまいませんっ!・・・全て覚悟の上ですっ!!!」
「・・・分かった。次の満月の晩にでも試してやるよ」
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「美鈴ーーーっ!」
「美鈴・・・」
「美鈴さん」
「美鈴さまー」
・
・
・
「はーーーーーいっ!!!」
笑顔で元気よく答える中国の頬がひきつっていたのは、多分、気のせいだろう。
了
・・・・・・ほ 紅さん・・・・・・・・・(涙)
ちょっとグッときちゃった・・・・w
美鈴の切れかたがとてもいい
神って…もしかしてZUNさんの事か!?確かに「中国」はZUNさん公認だし
何度も出たネタなのにこんなに面白く感じるのはなぜ!?帰宅から解釈してやりません、ここでCM!(壊れてる
霊夢が来なければどうなっていたやら。
ネタキャラはネタキャラとして生きるべし・・・、
その法則が破られた時、崩壊を告げる半鐘の音が紅魔館に鳴り響く・・・。
凄むと妙齢の女性の方がヤクザより怖いとか。
そんな、額がビキビキ言ってそうな美鈴が痛快でした。GJです。
紅魔館で終わるかと思いきや地獄まで発展して、ベルゼバブまであっという間に倒すなんて強すぎw
何処をどう間違ってギャグになったか興味津々ですが、次回こそシリアスで本当は強い中国さんを!
やべぇ、これマジ切実な願いだわ。・゚・(ノД`)・゚・。
しかも最後にはとうとう、本名まで中国に……。
.。:*:゚:。:+゚*:゚。:+。・::。゚+:。 。:*゚。::・。*:。゚:+゚*:。:゚:+:。.
イヤ━.:・゚:。:*゚:+゚・。*:゚━━━━゚(ノД`)゚━━━━゚:*。・゚+:゚*:。:゚・:.━ン!!
美鈴が不憫すぎる・・・
なのに腹の底からこみ上げてくる笑いは何なのだろう・・・
。+゜:*゜:・゜。:+゜ ゜+:。゜・:゜+:゜*。
.:*::+。゜・:+::* *::+:・゜。+::*:.
△
( ・∀・) …アレ?
(νν
)ノ
=□○_
文章の書き方がどうのこうとかではなく
とりあえず、その爆笑の力に100点
なんというか中国が憐れ過ぎる
でもそれが中国らしいっ!
紅 美鈴が主役のものはたいていが、感動系ですから。
一番好きなシーン「なぁ、お嬢さま。あんた今なんつった?」
このシーンが一番おもしろかったです。
こういう立場が逆転っていうのは面白いですね~。幼児退行したフランドールもかわいかったです。
伐助を超えるキレっぷり。美鈴幻想郷最強ぉぉぉ!!!
メーリンメーリン!
これか
このSSだったんだ
強い、強すぎるぜ美鈴。お前はきっとやってくれる子だと信じていたよ...
爆発すると恐ろしい破壊力に・・・・・
名前は大切ですよね、ちゅ・・・・
美鈴さん。
名前は人映しますからねー
名前は大切ですよ
さすが!ちゅうご(バキッ!ドガッ!ベキッ!
め、めいりんサスガ!めいりん・・・
メーリンつえええええええええ!!
まぁいい美鈴最強w幻想郷1とれるぞ!
さすが中g(ブシャ!)おっと頭以外ナイナーどうやって文字をうってるんだかw
作者TER!お前はサイコーだ!
いや、運命か?