Coolier - 新生・東方創想話

白玉楼の幻闘 (3)

2004/10/04 00:41:15
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冥界の桜並木の中で、一際浮く存在――西行妖。
まるで他の桜がそれを避けるように、西行妖の周辺だけは、何も生えてはいない。上空から見ればはっきりと分かるだろう。巨大すぎる西行妖を中心に、周囲の桜まで、半径五十メートルほど離れていることに。
生きとし生ける者すべての命を食らい尽くそうとした、という妖怪桜。だが今は封印が効いているのか、ただの古木となっている。少なくとも表面上は、ではあるが。

その根元に、二人は机を構え、座っていた。
一人は、机に座り、退屈そうに頬杖をつく少女。片やもう一人は、その側に立ち、ただじっと、何かを待つ女性。
二人はしばらくの間、何をするわけでもなく、そのままの姿勢で何かを待ち続けていた。

「・・・・・・今の時刻は?」

退屈そうな声色を隠そうともせず、机に座った少女が、側に立つ女性に問う。
問われて、女性は時計を取り出し、

「午前一時四十五分です。・・・・・・秒単位でお報せしたほうがよろしいですか?」
「そこまではいいわ・・・・・・開始時刻までは?」
「後五分もありません」
「そう」

億劫そうに呟く少女に、女性は苦笑を浮かべた。

「お暇ですか?」
「暇も暇、とっても暇よ。・・・・・・まあ、始まってしまえば、多少は暇潰しになるでしょうけど」
「連絡の方はどうなっていますか?」
「ああ、そろそろ定時連絡だったわね」

思い出したかのように頷き、机に置いてあった黒い物体を手に取る。
手馴れた手つきでその物体を操作し、それを耳に当てる。

「こちら本隊隊長。分隊『い』隊長、応答せよ」

それは、本来幻想郷では手に入れにくいモノ――通信機だった。本来なら電波を飛ばすことで会話をする道具なのだが、今少女が持っている物は、外の世界のとは違い、ある二人の人物の力を最大限に利用して、遠くとの会話を成立させているのだ。
やがて、やや遅れて、通信機から返事が聞こえた。

『――こちら分隊『い』隊長代理。問題でも発生したのかい?』

聞こえてきた言葉に、少女は眉を上げた。

「代理?肝心の隊長はどうしたのよ」
『――事が起こるまで寝る、と』
「・・・・・・期待しているわよ、隊長代理」
『――了解』

両者の声に疲れと諦めが混ざっているように聞こえたのは、決して気のせいではないはずだ。
少女は深いため息をついた後、再び通信機を操作し始めた。
その様子を見て、側に立つ女性が呆れの混ざった声を出す。

「その呼び方は、楽しいですか?」
「勿論」

即答で返し、少女はクスリ、と笑う。

「どうせなら、成りきったほうが楽しめるでしょう?」
「・・・・・・どこでそんな知識を・・・・・・て、分かりそうなものですね」

疲れたようにため息をつく女性を尻目に、少女は通信機を耳に当て、

「こちら本隊隊長。分隊『ろ』隊長、応答せよ」
『――はーい』
「問題は?」
『――ないわよ。すぐにでも』
「少し待っててね、もうすぐだから。・・・・・・いえ」

無線機に耳を当てたまま、少女はチラリ、と女性に視線を向ける。その意図を察したのか、女性は時計の時刻を確認し、

「一時四十九分です」
「さて、そろそろ始めるわよ。作戦名『白玉楼の幻闘』始動」
『――分かった』
『――りょーかい』



/妖々跋扈



「・・・・・・?」

妖夢がそれを感じたのは、真夜中のことだった。
美鈴を部屋に案内した後、自分の部屋に戻り、寝る支度をしていた妖夢は、しかし妙な違和感を覚え、その手を止めた。
いつもと変わらない日常。けれど、何かが足りない、何かが違う。

――それを、あえて言葉にするならば『嵐の前の静けさ』であった。だが、妖夢はそれに気付く様子がない。
ただただ、自分が感じた違和感を言葉にできず、首をかしげるばかりである。

「・・・・・・気の回しすぎなのかな」

泊まりにきた美鈴を思い浮かべる。一度会っただけの関係であり、まさかここに泊まりにくるとは思わなかったのだ。だから余計に気を回しているのだろう、と妖夢は結論付けた。
気を取り直し、布団の中へと入りかけて、ふと、誰かがこちらへ近づく気配を感じる。
咄嗟に、布団の側に置いていた刀を手に取り、いつでも斬りかかれる体勢をとる妖夢。だが、障子の向こうから聞こえてきた声に、その緊張がとけた。

「妖夢ちゃん、ちょっといい?」
「美鈴さん、ですか・・・・・・どうしましたか?」

客人である美鈴だった。
障子を開け、何故か首をかしげながら入ってきた美鈴は、開口一番、

「空気の質が変化していない?」

言われて、妖夢はギクリとした。
それこそが、妖夢が感じていた違和感の一つだったからだ。
美鈴の言葉で、ようやく合点がいったのか、妖夢は神妙に頷く。

「・・・・・・そうですか、感じていた違和感の正体は、それだったんですね」
「やっぱり?昼間とはなんとなく違った感じだったから、とりあえず聞いてみようと思ったんだけど・・・・・・」
「けど、よく気付きましたね」

自身でさえも、違和感としか分からなかった些細な変化を読み取った美鈴に、妖夢は興味を覚えた。

「うん。私、気を使う力を持っているから」

笑って言う美鈴に、妖夢は納得したように頷く。
確かに気を使う力ならば、周囲の変化を読み取ることができてもおかしくはない。その能力は、周囲の気を自身に集めることは勿論、その流れを読むこともできる。人為的であってもなくても、不穏な空気が漂えば、すぐさまそれを察知できるのだ。

「だけど、急に変化したのが気になるのよね。なんだか嫌な予感がするわ」

よって、美鈴が「嫌な予感」を感じると、ほぼ確実にそれが起こる。
妖夢は、思い違いであってほしい、という思いから、その言葉を否定しかけて、


――カタンッ、と、微かな音が聞こえてきた。


その音に、妖夢、美鈴共に、敏感に反応する。

「・・・・・・今の音は」
「幽々子様のお部屋の方から、ですが・・・・・・」
鞘に収めた楼観剣、白楼剣を持ち、すっと立ち上がった妖夢は、音も立てずに部屋を出た。その後を続く美鈴も、歩く音がしない。
息遣いの音すらも聞こえない。無音のまま、ゆっくりと進む二人。
そして幽々子の部屋前にたどり着いた二人は、まず部屋の中から、未だに物音がするのを確認した後、左手に美鈴、右手に妖夢と分かれ、襖の両側に立つ。

視線を交わし、二人は頷きあって。
襖に手をかけ、一気に引くと同時に、踏み込んだ。


同時に幽々子の部屋に踏み込んだ二人が目にしたもの。それは、眠ったまま簀巻きにされ、連れ出そうとしている黒い影に担がれている幽々子の姿だった。
瞬間、妖夢の頭が沸騰する。

「幽々子様に何をする!」

踏み込み、一気に侵入者との間合いを詰めにかかる妖夢。腰を落としてから踏み込むまで、一秒もかかっていないほどの速さだった。
対する侵入者は、片手で幽々子を担いだまま、もう片方の手で畳を叩き――侵入者と妖夢の間に、畳が浮き上がった。俗に言う畳替しである。
だが妖夢はその手前でもう一度踏み込み、その上を飛び越えようとして、

――その裏側から伸びた手に、足を掴まれた。

「――なっ!?」
「妖夢ちゃん!」

驚きのあまり動きが止まった妖夢を助けようと、美鈴は畳の向こう側にいる相手目掛けて蹴りを放つ。
それはどれほどの威力があったのか。美鈴の脚は分厚い畳を突き破り、位置が分かっていたとしか思えない正確さで、相手の頭部を狙っていた。

「ふむ」

だが、その相手は頭をわずかに傾けるだけでかわし、その場で回転、ついた遠心力を利用し、美鈴目掛けて妖夢を投げた。

「わっ、わわっ!?」

避けきれず、まともに体当たりを食らった美鈴は、妖夢と一緒に部屋から投げ出される。
互いが抱き合う形で廊下に放り出された二人は、しかしすぐさま受け身をとり、何事もなかったかのように着地。

――その時には既に、幽々子を担いだ影は、部屋の中にはいなかった。

「妖夢ちゃん、どうするの?」
「分かりきったことを聞かないでください――追います!」

大声で答え、すぐさま駆け出す妖夢。その後を僅かに遅れて美鈴が続いた。
幽々子の部屋の窓から飛び出し、方向に目星をつけ、走る二人。
だが、桜並木を走る最中、妖夢はもう一つの違和感の正体に気付いた。

「・・・・・・幽霊が、いない?」
「え?」
「いつもなら飛び回っている筈の幽霊を、まったく見かけないんです。・・・・・・静かすぎます」
「なんだか、とても嫌な予感がするんだけど」

妖夢の言葉に、美鈴が引きつった笑みを浮かべた。
同感です、と妖夢は心の中で思う。
その予感が的中したのか――やがて、二人の進路を遮るかのように、大笹穂――その名のごとく、刃が笹の穂状のものである――型の刃に黒塗りの柄がつけられている槍を持った、一人の女性が立ちはだかっているのが見え始めた。
一人が相手をし、一人が後を追う、ということもできただろう。だがその女性が放つ気配は、二人の足を止めるには十分だった。

「お初にお目にかかる」

身構える二人の前で、女性――闇夜の中にあってなお浮かび上がる、短く切りそろえられた黒い髪を持ち、外見は美鈴よりも年上に見える。朱色に染まった、さながら戦国時代の鎧を身につけていた――は、やや高い、毅然とした声で言った。

「私は四緑火陽(しろく ひのえ)と言う。魂魄妖夢に紅美鈴、で間違いないな?」
「・・・・・・そうだと言ったら?」

その言葉に、火陽と名乗った女性は、物騒な笑みを浮かべた。

「お前たちに恨みはない。が、恩あるあの者と主の頼みとあっては、断るわけにもいかんのでな。付き合ってもらおう。最も」

瞬間、気配と空気の質が、ガラリと変わった。
殺気と、威圧感。慣れていない者ならば息をすることすら辛い空気の中、火陽は口元だけで笑みを浮かべたまま、続ける。

「私に倒されるようなら、それまでのことだが、な」

その言葉に、二人はすっ、と目を鋭く細め、構える。

「賊め。幽々子様に狼藉を働いた罪は重いぞ」
「邪魔するのなら、容赦しません」

その口調には、さながら鋭い刃のような切れ味があった。特に妖夢は頭に血が上っているのか、普段と口調が違う。
そして、二人は、

「――斬り潰す!」
「叩き潰します!」

ほぼ同時に、地を蹴った。


まず先手を打ったのは、妖夢。一秒たらずで間合いを詰め、すぐさま、持っている槍ごと断ち切らんばかりの袈裟切り。
火陽はそれを回避しようともせず、その槍で受け止めにかかる。

「もらった!」
「甘い」

刃と刃がぶつかりあう、硬質的な音が響き。
次の瞬間、妖夢にとって信じられない光景が、目に飛び込んできた。

ほとんどの物を断ち切る楼観剣の刃を、その槍が受け止めている。

「――なっ!?」
「お前の持つそれに比べればやや見劣りするが、この槍も稀代の名工に鍛えられし業物『蜻蛉切』。そう易々と折れはせん!」
「せいやっ!」

続いて、ほぼ真横から現れた美鈴が、膝を狙った突き蹴りを繰り出す。が、それは柄に阻まれた。
二人が全力で押しているにも関わらず、火陽の姿勢は微塵も動いてはいない。
単に力の問題ではない。二人の力を逆に利用し、その動きを止めているのだ。

「温いわ!」

裂帛の気合いと共に、火陽が槍を振り回す。
それは妖夢と美鈴、二人の力を上回り、その体を弾き飛ばす。

「まだまだ!」

いち早く体勢を立て直した妖夢が、再び間合いを詰め、横薙ぎの一閃。火陽はそれを、軽やかなバックステップでかわす。
そこへ、妖夢の頭上を飛び越えるように美鈴が現れ、空中という足場のない場所にも関わらず、まるで地に足がついているかのような動きで、側頭部目掛けて鋭い回し蹴り。
火陽はしゃがんでかわすが、そこを見逃す妖夢ではない。できた隙を逃さぬとばかりに切りかかって――瞬間、背筋に冷たいものが走り、反射的に真横へと飛んだ。
僅か一瞬の差で、つい先ほどまで妖夢がいた場所を、目にもとまらぬ速さで突きが繰り出された。それを見て、妖夢はぞっとする。
火陽は妖夢が避けたと見るや否や、すぐさま空中にいる美鈴に狙いを変え、至近距離から突く。
火陽に向かって飛んでいる状態だったが、美鈴は体をひねることで、右の二の腕あたりに軽い裂傷を負ったが辛うじて回避した。そして火陽が槍を引く前に、その柄を足場に飛び、距離をとる。
美鈴へと注意が向けられた、その僅かな隙を突こうとした妖夢だったが、すぐさま向き直った火陽に放たれた突きによって阻まれ、距離をとらざるを得ない。
十分に離れ、妖夢は火陽の繰り出した突きの速さに、心の中で舌を巻いた。
それは、妖夢と反対側に着地した美鈴も一緒だったのだろう。その表情は険しい。

「くっくっく・・・・・・」

唐突に、火陽は笑い始めた。
訝しげにそれを眺める二人を尻目に、火陽は、心底楽しそうに笑った。

「ははははははははははははははははっ!」

一頻り笑った後、それでも火陽は楽しそうに笑いながら、二人に刃を向ける。

「私が冥界に来て、早数百年。それなりに平和で退屈な日々ばかりだったが・・・・・・ここにきて、再びこの空気を吸えるとは思わなかったわ!これはあの者に感謝せねばならぬな。・・・・・・これ程の者と合間見える機会を、そして私が再び槍を振るえる時をくれたことを!!」

叫ぶと同時に、今度は火陽の方から動き、妖夢目掛けて疾駆する。

――速い!

予想以上の速さで向かってくる火陽に対し、妖夢は辛うじて反応し、すぐさま横に飛ぶ。
僅かな間の後、妖夢がいた場所を、無数の刃が走った。
そして、次の瞬間――少し離れた場所に立っていた桜の木の幹には、無数の、抉られたかのような傷が発生していた。


火陽が繰り出した攻撃。それは単純に、槍で突いただけだ。――その速度、数共に、二人の目に追いきれなかっただけで。
あまりに速い突きが空を切り、それが刃となって、その延長線上にあった桜の木の幹を抉ったのだ。
その性質故に、真横に飛べば、ほぼ回避できる。

だが、目に追いきれないということは、その技が来るのを確認してから回避するのでは、明らかに遅い。先ほどの妖夢のように、自らが今まで鍛え上げた第六感――要するに直感を頼りにするしかない。


繰り出された攻撃に絶句する妖夢。だが、戦いの場では、それが致命的となる。
次に気付いた時には、至近距離から、妖夢目掛けて突きを繰り出そうとしている、まさに直前で――

「妖夢ちゃん!」

美鈴の悲鳴に近い声が響いて、

――回避できない!

死を覚悟した妖夢は、それでも刀を構えて、


    時間が、


腰を深く落とし、その場で体をひねり、


    とても、ゆっくりと、流れて、


その反動を利用して、突き出された刃を、


    まるで、そこだけが別世界のような感覚の中、妖夢は、


絶え間なく連続で繰り出された刃を、


そのすべてを、紙一重で避けきった。

「――っ!?」

至近距離でかわされると思っていなかったのか、一瞬、体を硬直させる火陽。
そこへ、妖夢を助けようと駆け出していた美鈴が絶妙のタイミングで攻撃を仕掛けた。

「はあっ!」

飛び上がった美鈴は空中で回転し、火陽の首もと目がけ、鉞を振り下ろすかのような袈裟蹴りを叩き込む。
背後を見ようともせず、体をひねることで辛うじて回避する火陽に、しかし美鈴は滞空したまま、その反動を利用して再び体を回転、右足を支点に、左足を振り下ろすように蹴った。
その蹴りは柄に阻まれたが、今度は勝手が違った。
美鈴が、押している。

「くっ!」
「せいっ!」

そして僅かな攻防の末、美鈴は力負けするどころか、逆に押し切り、火陽の体勢を崩す。
遠心力を利用している分、先ほどよりも威力も、速さも桁違いだったのだ。

火陽が体勢を立て直す、それまでの二秒足らず。
それは、妖夢が動くためには、十分すぎる時間だった。

美鈴は、トドメと言わんばかりに、滞空したまま体を回転させ、踵回し蹴りを。
妖夢は、深く腰を落とした後、居合いと見間違うかのような速度で、一閃を。

妖夢と美鈴、ほとんど同時に決定打を叩き込もうと動いて――交差は、一瞬。

火陽を間に、二人はそれぞれ反対方向に着地する。美鈴は片膝をつき、妖夢は剣を振った状態のままで。そして、

「――見事」

同時に、火陽は倒れた。
それを見届け、妖夢は深く息を吐いた。

「・・・・・・幽々子様を狙った理由、聞くの忘れていました」
「それは首謀者に聞いたほうがいいんじゃないの?」
「そうですね、急ぎましょう。恐らくこの先――西行妖の元へと連れ去られた筈ですから」
「うん――?」

頷きかけた美鈴の体が、強張った。そして、弾かれたように周囲を見渡す。
その様子を訝しげに思った妖夢が見ても、何の変哲もない桜並木しか見当たらない。
だが、美鈴は周囲を見渡しながら、真剣な表情で言った。

「妖夢ちゃん、悪いけど、先に行ってて」
「美鈴さん?」
「お願い。後で必ず追いつくから」

不審に思った妖夢だが、その真剣な表情と口調に押され、

「・・・・・・分かりました」

不承不承頷き、西行妖の元へと走り出す妖夢。
妖夢の後姿を見送り、完全に見えなくなってから、美鈴は林の中へと足を踏み入れる。
幽霊の影すらも見えない、桜の木しかないその場所を、しかし美鈴は慎重に歩む。

「・・・・・・私にだけ感じるように殺気を放った。ということは、私に用事があるってこと、ですよね?」

呟き、ある木に近づいた、瞬間――


――幹から伸びてきたとしか言い様のない、人の手が、美鈴の左腕を掴んだ。


「――ふっ!」

掴まれた瞬間、体をひねり、左腕を引くと同時に右膝でその幹を狙う。
その膝が当たる瞬間、腕を掴んでいた手が離れて幹に引っ込み――命中し、幹が砕け散る。

「・・・・・・手応えが、違う?」

人を攻撃した際のものではなく、木を攻撃した際の手応えしか感じられず、美鈴は首をかしげた。
場合が場合でなければ、頭の上に「?」マークを浮かべたままだっただろうが、状況はそれを許さない。

首をかしげていた美鈴は、次の瞬間、その場にしゃがみこんだ。
その頭上を通過する、無数の苦無。素早く投げられた方向を見やる美鈴だったが、やはりそこには何もない。
だが、美鈴は一本の木に狙いを定め、一気に駆け寄り、

「破っ!」

何の飾り気もない、だが破壊するには十分すぎる威力を秘めた正拳突きを放った。
その拳が、当たるか当たらないかの距離まで近付いた時、突如としてその幹から両手が現れ、美鈴の腕を掴む。そして、その勢いを利用する形で投げ飛ばした。

「っと」

美鈴は空中で体をひねって幹に着地し、周囲の木を足場に飛び交い、やがて何事もなかったかのようにその場に降り立つ。
そして、美鈴は見た。

――幹から、唐突に、黒装束の人間が現れるのを。

油断なく構える美鈴の眼前で、その人間は微かに笑い声を漏らす。

「お前の名前は、確か、紅美鈴、だったな」
「そうですが・・・・・・あなたは?」
「七赤金陰(しちせき かのと)。我が主の命、果たさせてもらおう」
「主の命?幽々子さんをどうするつもりですか?」
「『将を射んと欲すればまず馬を射よ』」
「?」

唐突に言われて、美鈴は僅かに眉をひそめた。

「置き換えれば、将は亡霊姫、馬は半人半霊の庭師」
「それが、何か?」
「その馬が自ら飛び込んでくるためには、将を連れ去ればよい。それだけのこと」
「――まさかっ!?」

絶句する美鈴を尻目に、金陰はなんでもないように言った。

「主の目的は、魂魄妖夢だ」





西行妖のそびえ立つ広場にたどり着いた妖夢は、その根元に、簀巻きにされたまま寝転がって――もとい、まだ寝ている幽々子の姿を認めて、刀を納め、駆け出した。

「幽々子様!」

気配はない。怪しい動きもない。ただ一直線に、幽々子の元へと駆け出して――




「ようやく来たわね」




突如として真後ろから聞こえてきた声に、妖夢の動きが止まった。
後ろを振り返る。刀に手をかける。それだけのことが、今の妖夢にはできない。

――動けば、やられる・・・・・・!

少しでも動けば即座に斬られる。それほどにまで距離を詰められていたのだ。
容易に背後をとられた自分に対して舌打ちしつつも、神経を張り詰め、相手の出方を探る妖夢。だが、当の相手は、あっさりと離れた。
少々拍子抜けしつつも、相手が十分離れているのを確認して、振り返り、

「     な」

まともな言葉が、出なかった。
そこにいる人物の姿に、妖夢の頭の中は真っ白になり、ただ驚くことしかできなかった。


肩まで伸びた銀色の髪に、濃い青色の瞳。大太刀と小太刀を持ち、その横には人魂が浮いている、その姿は、

「わた、し・・・・・・?」

差異こそあれ、妖夢に驚くほど似ていた。
妖夢よりも多少大人びた雰囲気の女性は、その言葉に微笑む。

「あなたはあなた、私は私よ・・・・・・初めまして。魂魄妖夢?」

こんにちは、楓です。
シリアスに書こう、と思って書いたら本当にシリアスになりつつあります>美鈴が
本来の彼女はこういう部分もあるんだろうなぁ、と思いながら。


弾幕勝負ではない、こういう戦いを書くのもどうかな、と思ったのですが・・・・・・「永夜抄、そしてキャラ設定で不思議に思ったことを書くためには」というより「妖夢と美鈴が主役ならばこだわろう」といった理由が大きいのです。
勿論前者の理由もありますが。最終的にそれを表現するためには、このような形に。うまく表現できてるといいなぁ、と。

但し、剣や武道の道にあまり詳しくないので、専門用語はあまり使わないと思います。
未だに妖夢の二刀流の動きが掴みづらいんですけどね・・・・・・美鈴の動きも、太極拳などの中国拳法というよりは、手元にあった本を手本にしているので・・・・・・何故家にあるんでしょうか、酔拳と骨法の本が。買った覚えがないのに(笑
今回の美鈴の動きは、そのうち骨法から一部を。
但しあちらは(というより、持っている本の中では)脚より手の攻撃が主体らしいので、多少型が違いますが。


それ以前に、妖夢。
紅魔館→妖々夢の咲夜と同じように、妖々夢→永夜抄で瞳の色が違うってのも不思議なんですけどね(笑
場の違いか、心構えの違いか、あるいは。
考えてみると面白そうですが、この話では触れません。ていうか、考えていません(汗


登場オリジナルキャラは、今回出てきた三名のみ(その内一名は既に倒れてますが)。冒頭の会話は既存の人物です、ある程度は分かるでしょうけど。
最後の人物は、自身も言っているように、妖夢の偽者でも分身でもなく、れっきとした別人。なのに幽霊まであるのは何故か?
それも含めて、少し思うところがあり、キャラ説明は最後の方にまわさせてもらいます。が、出てきたキャラの名前の元ネタ、分かる人には即分かりのモノです(笑
辞書にも載っている筈ですし。何の捻りも加えていないというオチ。
という訳で(?)火陽の持つ槍の説明でも。


嗚呼、美鈴。まともに名前で呼ばれているのに展開のせいで喜ぶ暇がないという(笑


蜻蛉切
火陽が持つ、元は徳川家康に仕えた本多忠勝の持つ槍。徳川家に災いをもたらした村雨一派にありながら、忠勝と共に家康を支えた。不思議な伝説や由来譚が聞かれない、天下三名槍の一つ。まあ持ち主が化け物じみているせいでもあるんでしょうが(生涯57回の合戦に前衛指揮官として参戦、一度も傷を負わなかったという)。
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