Coolier - 新生・東方創想話

白玉楼の幻闘 (2)

2004/09/29 08:03:20
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人間はおろか妖怪の気配さえもなく、動物や虫の鳴き声も聞こえない、完全な静寂に包まれた夜。
冬が近づいてきているせいもあってか、夜空はどこまでも透き通り、蒼い満月の光が地上に降り注ぐ。
月の光と、凍てついた空気が肌を刺す。それは生者に力を与え、同時に、その体温を容赦なく奪ってゆく。

別段、家の中で暖気していても、満月の力は万物に分け隔てなく与えられる。空に浮かんでさえいればいいのだ。
ならば、わざわざ寒い空の下にいる理由もない、ということであろう。――生きた者の気配がないのは、そのせいだろうか。


だが、そんな夜の中、外に出ている人物がいた。
やや開けた広場のような場所の中心に、その少女は立っていた。

腰上のあたりまで伸びた、真紅に程近い紅色の髪。やや細められた、満月と同じ蒼色の瞳は、しかしどこへも向けられてはいない。

少女は虚空を見ていた。――そう、文字通り『視て』いた。
少女にしか見ることのできない流れを。万物の根源であり、魂魄を構成する力を。
その更に源を探るように、少女はじっとそれを視ていた。

少女は、それと注意しなければ分からないくらいにかすかな呼吸を、十秒に一度の割合で繰り返す。
満月の光からもたらされた力を最大限に利用するためには、まず自らの力を整えなければならない。そのために、少女自らが編み出した呼吸法であり、事実、それによって少女の力はこの上なく高まっていた。
もしこの場に、少しでも力の流れが視える者がいれば、分かっただろう。――その力が、少女を守るように纏われていることが。

「――だけど、まだ、あの二人に比べれば・・・・・・」

呟き、大きく息を吐く。
途端、纏っていた不可視の力は霧散し、少女の力も、ほぼ普段どおりの水準にまで下がる。
だがそのことに頓着せず、少女は目を閉じ、ため息をつく。

「・・・・・・やっぱり、満月の力を利用しても、これくらいが限界なのかな」

その言葉に、何の感情も含まれてはいない。ただ事実を確認しただけ――それだけしか読み取れない。
少女は目を開け、相変わらず視えている力の流れを、じっと眺めた。

その力は、少女が望めば、一点に集めることもできたし、それを戦いに利用することもできた。事実、今までの戦いでも、その時点では最大限に利用し、数多の者を退けてきたのだ。
だが、それ以上の領域には、未だに踏み込めない。利用することはできても、そこで止まらざるをえないのだ。
それを自らの力に変換できなければ、限界は超えられない。あの二人の領域には踏み込めない。


自然のあるべき姿そのものを模したかのような動きを見せた少女。こちらが力で押せば、まるで水や風を相手にしているかのように、決して当たらずすり抜ける。逆にこちらが引けば、まるで洪水や突風のように襲いかかる。

留まることを知らず、夜空の流星のように、ただ一点を目指して突き進んできた少女。こちらが力で押しても、逆に押し返される程に強く、引けば引くほど押され続け、最後には突き飛ばされる。


まったく対照的な動きを見せた二人の少女。だが少女には、その二人が、自分では到達できずにいた領域にいることを、戦いの中で悟っていた。

「――だからこそ、それを言い訳にしたくはない」

少女は呟く。自らの決意を。

「自分になくて、あの二人にあるものが、未だに分からないけれど」

少女は、全身に浸透させるように、深く、息を吸い――たっぷりと時間をかけて、吐き出した。
それを何度か繰り返した後、僅かに腰を落としつつ右脚を引き、左半身の構えをとる。

少女の動きに呼応するかのように、彼女にしか視えない力の流れが変化し、二つの人型を象り始めた。
ほとんど毎日見かける姿。今は客人として扱われる二人の少女の形に。

それを、少女は鋭く目を細めて眺め、

「必ず、その領域に辿り着いてみせる」

言い終えるのとほぼ同時に、ダンッ、と音が鳴る程の踏み込みとともに、少女は人型目掛けて地を蹴った。



/東方妖々夢



早寝早起きを信条とする健康優良児、魂魄妖夢の朝は、午前五時半、鶏の幽霊が鳴く声によって始まる。
起床後はすぐに顔を洗い、完全に目を覚ます。妖夢の朝はここから始まる、といってもいい。
その後は六時まで素振りを行い、祖父から受け継いだ型、自らが編み出した型を練習し、完成度を高める。

――剣客たるもの、慢心することなかれ――それが妖忌から教えられた言葉の一つであり、妖夢はその教えを今も守り続けているのだ。

本来、編み出した型の問題点を探すためには、一人だけではどうしても限界がある。問題点は、自身が違和感を覚える、という形で発覚するものもあれば、第三者の視点から見ないと分からないものまであるのだ。
だが、妖夢の場合、半身の幽霊に型を見てもらえばいいだけの話である。しかも半分だけあって、その指摘は――言葉ではなくジェスチャーでだが――実に的を射ているものばかりだ。
そんな時、妖夢は「自分が半分幽霊でよかった」と常々思うのだった。

そして一通り剣の練習をした後は、朝食の準備にとりかかる。
玉子焼きや焼き魚といった、飾り気こそないが朝食の定番である料理を、実に三人前は作りながら、妖夢は常々、疑問に思うのだ。

「これだけ作っても幽々子様は完食するけど・・・・・・どこに消えてるんだろう」

この冥界にも厠は、あるにはある。だがそれはほとんど妖夢専用となっており、幽霊である幽々子はそれを利用する必要がない。
だが、食事はするし、飲み物だって飲む。それは一体どこに消えているのか。それが妖夢にはどうしても分からなかった。
一度、面と向かって聞いたことがあったのだが、幽々子は大真面目に、

「胃袋よ」

と、答えになっていない答えを言い、妖夢を諦めの境地に追いやった。聞くだけ無駄だった、ということである。
それ以来、まともに聞いたことはないが、未だに疑問に思っているのも確かである。――但し、その疑問が氷解することは、恐らくないだろうが。

「・・・・・・はぁ」

深いため息を漏らす妖夢。だが、料理を作るその手はまったく止まっておらず、しかも手際が良い。
あっと言う間に朝食を作り上げた妖夢は、次に幽々子を起こしに行く準備を始める。
朝にとことん弱い幽々子は、妖夢に起こされるまで夢の中――幽霊が夢を見るのかどうかはともかく――にいる。妖夢が記憶している限りでは、一度も自分だけで起きたことはなかった。
過去、それではいけない、と珍しく幽々子のほうから言い出し、紫にもらった『目覚まし時計』なるものを使ってみたのだが――翌朝、目覚まし時計の音が鳴り止んでも、一向に起きてこない幽々子を不思議に思った妖夢が様子を見に行ったところ、未だに夢の中にいる幽々子と、原型すら留めていない『それ』を見て、深いため息をついた。

つまり、幽々子の寝起きは最悪なのだ。一度、妖夢に頼まれ、幽々子を起こすために寝室に侵入した某騒霊三姉妹が、五分後、ズタボロになって発見されたほどである。一緒に過ごしている妖夢でさえも、あらゆる意味で、毎日が命がけだった。

「・・・・・・よし」

深く息を吐き、覚悟を決めたかのように頷く妖夢。
幽々子の寝室へと向かうその後姿は、さながら死地へと赴く戦士のそれだった。


――二分後、妖夢の悲鳴が、家中に響くこととなる。



「ああ、妖夢。今日はお客さんが泊まりにくるそうだから、よろしくね」

朝食中、なんの脈絡もなく告げられた言葉に、朝から疲れ果てたかのような、緩慢な動きで焼き魚の身をほぐしていた妖夢の手が止まった。
呆然とした面持ちで、鸚鵡返しに言う。

「――お客さんが泊まりに・・・・・・?」
「ええ、そうよ。お昼前には着くみたいだから、今日は庭仕事をしなくてもいいわ。結界の入り方と、ここまでの道を教えておいたから、入り口まで迎えにいってちょうだいね」
「はあ・・・・・・」

呆然としたまま頷く妖夢。突然の話の流れについていけないのか、その反応はあまりにも薄い。
と、そこでようやく立ち直ったのか、首をかしげながら聞いた。

「幽々子様、その人は誰なんですか?」

妖夢が首をかしげるのも無理はなかった。ここは死者の領域であり、生きた者が容易に入り込める場所ではないのだ。
まず妖夢は、最初に、幽々子が死に誘った人の魂達ではないかと考えたが、即座に却下する。わざわざ呼ぶ程の幽霊がいるとは思えないのだ。騒霊三姉妹は例外だが、彼女達とて、幽々子が自ら呼ぶ程度には演奏ができるからだ。
次に、幽々子がここに呼ぶ生者と言えば、八雲一家しか覚えがなかった。だが、ここ二ヶ月程、使者すらも姿を見せていない以上、違うだろうと考えた。
他の生者と言えば、最近は博麗の巫女、黒い魔女、紅魔の従者やその主といった知り合いも増えたが、わざわざ泊まりにくる程ではないだろう。

――黒い魔女の方は、呼ばなくても来そうだけど、恐らく、違う。

来たら来たで、掃除がまた大変になりそうだ、と妖夢は微かにため息を漏らしたが。
だがそれ以前に、幽々子は先ほど「結界の入り方」と言った。妖夢が思い浮べた者達は全員、結界を自在に入る術を――その方法はともかく、知っている。ならば、そのやり方を教える必要はないはずだ。

果てして誰が来るのか。首をかしげて悩む妖夢に、幽々子はニッコリと微笑んで答えた。

「前の花見の際に知り合った筈だから、覚えはあると思うけれど。お客さんの名前は――」



「――紅 美鈴さん、ですね?」

太陽が真上に昇る時間。玄関口で、自身も確認するかのような妖夢の問いに――実は自信がなかった――何故かズタボロになって荒い呼吸を繰り返す美鈴は、はっきりと頷いた。


幽々子に告げられた名前は、妖夢にとって、あらゆる意味で意外だった。
確かに、その者なら結界の入り方を教えないとここには来れない、と納得する反面、門番である彼女が何故、と疑問に思う。
それを読み取ったのか、幽々子は楽しそうに笑いながら答えた。

「紅魔館の使者としてくることになっているんだけどね。往復の距離を考えると、そちらで泊まらせてくれ、とメイド長に言われたのよ」
「咲夜さんが?」
「ええ。それで、このところ誰も泊まりにこないし、誘うほど騒がしくもなかったでしょう?だからノリでね」
「騒がしくするおつもりですか」

疑問符すらつかない、やや疲れと呆れの混ざった声に、幽々子は「まさか」と首を振った。

「たまには私もゆっくりしたのよ。祭りはあればあるほどいいけれど、休息も必要でしょう?」
「私としては、もっと休息を増やしてほしいのですが」
「いやいや妖夢、幽霊は疲れないから、本当なら休息はいらないのよ」
「私は半分違います」
「半分はそうでしょう。疲れも半分ですむじゃない。そのための休息なのよ」

憮然とした面持ちで言った妖夢の言葉に、しかし幽々子は微笑んで返す。
何を言っても無駄だと判断したのか、妖夢はそれ以上、何も言わなかった。懸命である。
ただ黙って、迎える準備を始めるために立ち上がった。


そして、数ヶ月前の花見以来の再会となった妖夢と美鈴。
妖夢は当初、美鈴のその姿を疑問に思ったが、その手に掴まれた人影を見て、納得した。
何のことはない。美鈴の両手に黒、赤、白の、やや焦げ目のついた服を着た騒霊三姉妹が掴まれ、目を回していたのだ。
つまりは、

「結界の手前で、演奏会に無理やり参加させられたんですね」
「いきなり、弾幕なんだもの・・・・・・こっちの話を少しは聞いてほしいわ・・・・・・」

それでも、わざわざ連れてくる必要はまったくないのだが、放っておけなかったのだろう。
三姉妹を放し、落ち着かせるように深呼吸を繰り返す美鈴に、妖夢はふと、疑問に思ったことを聞いた。

「ご愁傷様です。・・・・・・ところで」
「何?妖夢ちゃん」
「今までずっと引きずってきたのですか?」

妖夢の率直な疑問に、美鈴は深いため息と共にうなだれ、

「弾幕勝負の後、地獄の階段登り・・・・・・よく倒れないと私も不思議に思ったわ・・・・・・」
「・・・・・・お疲れ様です」

半ば予想していたとはいえ、妖夢は純粋に驚き、そうとしか言えなかった。
妖夢でさえも、飛ばずに登りきる自信があまりない、結界から庭まで続く石段を、三人を引きずりながら登ってきたのだ。直前に激しかったであろう弾幕勝負をして、しかもそれで、幽々子が言った「昼前」を多少過ぎている程度の遅れしかない。呆れるほどの体力だった。

――というか、飛べばいいのでは?と妖夢は思ったが、それなりに思うことがあったのだろう、と思い直した。

きっと底なしの体力なんだろう、と妖夢は結論付けると同時に、その苦労を労わなければならないとも思った。
魂魄妖夢。自分と同じように努力をする者、限界に挑む者には――その形はともかく――少しだけ優しかった。
人、それを親近感と言う。

「お茶を出しますので、ついてきてください。ついでに泊まる部屋も案内しますよ」
「あ、ありがとう・・・・・・」

乾いた笑みを浮かべて頷く美鈴に、妖夢は苦笑いを浮かべた。
そして、一歩を踏み出した瞬間――二人はほぼ同時に、同じ方向へと視線を向けた。

どれ程良く見渡してみても、葉の落ちた桜の木しか見えない庭の、その内の一本を、二人は眺める。

「今何か気配が・・・・・・気のせいかな?」
「ここでは生者自体が珍しいんです。だから、美鈴さんを見に来た幽霊ではないでしょうか?」

そういいながらも、姿が見えないため確信がもてないのか、首をかしげる妖夢。
だが、気を取り直し、すぐに二人は歩き始めた。




妖夢と美鈴が視線を向けた、一本の桜の木。
つい先ほどまで、誰もいなかったはずのその枝の上に、その人影はいた。
全身が黒装束に覆われており、正確な年齢や顔立ちはおろか、性別さえも分からない。だが、その黒の中から覗く二つの青色の双眸は、立ち去る二人を捉えていた。
そして、二人が家に入ったのを確認し、考え込むように目を閉じる。

「・・・・・・存外鋭いものだ」

女性とも男性ともとれる、中性的な声色で、その人影は呟いた。
腕組みし、ふむ、と頷く。

「少々骨が折れそうだが・・・・・・まあ、その辺りは、流石は魂魄妖忌の孫。そして気を使う者、といったところか」

自らの言葉に納得したかのように頷いた後、懐から黒い物体を取り出し、ボソボソと何かを呟いた。
若干遅れて、やや擦れた音が聞こえてくる。それを聞いて、その人影は頷き、黒い物体を懐に仕舞って、

「だが、私は私の役割を果たすまで・・・・・・」

呟くと同時に、その姿を消した。



後には、何の変哲もない桜の木が、ただただ佇んでいた。

なんだか、自分設定がかなり目立ちますが(汗

ここで、第二の主人公に設定した紅美鈴が登場。この物語を考えた時から、妖夢と一緒に登場させることを決めていました。
妖夢と美鈴。この二人、タイプが似ていると思うんですけどね。真面目で一直線。様々な人物にからかわれる(ぇ 弾幕勝負より接近戦での勝負。種類こそ違えど、同じ武道を志す者。

それ以上の理由として、最近、美鈴がギャグよりなのでシリアスにしようと思ったから、なのですが・・・・・・あんまりなってませんね、はいorz
次の話から頑張ってシリアス目指しますorz
まあそれ以前に、未だに動きがつかめていない部分があるのですが(汗
自分なりに考えた動きで、無理がないようにまとめられると、いいなぁ・・・・・・(笑




話はがらりと変わって。永夜抄で、単独霊夢で6Bのラストスペルに到達できたときは感動したのですが、最後のスペルで唖然呆然。

『永夜返し‐明けの明星‐』

エーΣ(゚Д゚;となった瞬間被弾。
ネタバレ・・・・・・じゃないよね?よね?(汗 (時の鳥籠4話参照)
多分違う意味なんだ!きっとそうだ、永夜返しだもん!・・・・・・と思いたい今日この頃ですorz


9/28 23時現在
指摘を受け、誤字修正orz
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コメント



0.630簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
あの…的は「得る」ものじゃなくて「射る」ものですよーぅ。