宵闇の迫る幻想郷。空は紅から紫、藍、そして黒へと変わり行く。今この時間は、同時に全ての色を映し出している。
日も暮れきった誰そ彼の中、辛うじて物の動きだけは判別できる。1つの人影が、暗い空の中を飛んでいた。
「~♪」
その人影は機嫌がよいらしく、鼻歌を歌っていた。闇に溶け込みそうな紅い髪から、これまた視認できなくなりそうに黒い翼が生えている。
紅魔館の司書は、1冊の本を抱えて主の元へと戻っているところだった。
「魔道幻史書の第5巻。うーっ!香霖堂さんって、本当にすごいもの見つけてくるなあ」
半月ほど前のことである。小悪魔は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜とともに香霖堂という骨董品屋を訪ねたことがあった。そのときに、異界神話魔術書完全復刻版初版本という、世界に1冊あるか分からなかった幻の本を見つけたのだ。それを手に入れて以来、4日に1回ほどの割合で、小悪魔は香霖堂を訪れるようになっていた。
そして今回手に入れたのは、魔道幻史書第5巻。ある複数の魔道士の歴史を綴ったもので、全部で4巻セットである。しかし、4巻の終わり方があまりにも中途半端なため、必ず5巻は存在すると言われてきた。実際、その原本らしき断片がいくつか見つかっている。
最近はあまりいい掘り出し物がなかったので、これは大発見である。確認しないことには断言できないが、おそらく本物と思われる。長年貴重な魔道書と触れ合ってきた小悪魔の直感がそう言っていた。またも幻の書物が見つかったと。
「パチュリー様も喜ぶだろうなあ。これ、ずっと気にしてらしたし。あ、あと咲夜様にもお礼言わなきゃ」
小悪魔に香霖堂を教えたのは咲夜である。そればかりか、最近頻繁に小悪魔が通っていることを聞き、上手な値切り方法まで伝授してくれたのだ。その成果あって、幻の歴史書は元値の3分の1まで値切られていた。貴重もへったくれもない下がりっぷりである。
小悪魔は速度を上げた。早く主に見せたいのと、仕事をほっぽらかしてきたからである。ただでさえ値切りにやたら時間を費やしたのだ。まさか夕暮れまでかかるとは思わなかった。なかなか頑固な主人だった。まけてもらう額に問題があるのだろうが。
「さ、はや……く?」
数秒後、周囲に妖気を感じ、小悪魔は立ち止まった。
「……結界?」
周りの景色が見えない。不可思議な空間に迷い込んでしまった。
「誰ですか?急いでるんですけど」
それほど凶悪な邪気は感じられない。話し合いで済むならそれでよかった。小悪魔は、どこかに潜んでいるであろうこの結界の製作者に呼びかけた。
しかし。
「……信用できるか」
返ってきたのは、視界を埋め尽くすほどの弾幕だった。
「う、わわわわああああ!!」
慌てて小悪魔は上空へと逃げる。しかし、そこはもう結界の壁だった。仕方なく振り向き、相手を見つけようとする。
視界の隅に人影が入った。
外見は人間でも、妖怪だと分かる。これは、そういう類の力だ。
「……っと。よっ。ほっ!」
弾密度の高くないところを狙い、小悪魔は弾幕の嵐を抜けた。そして、目の前に対峙した妖怪を睨みつける。
「い、いきなり何するんですか!」
相手の妖怪は、それほど背の高くない少女だった。小悪魔の紅の髪と違い、銀をベースに、ところどころ青の入った綺麗な長い髪。赤いリボンで終わる胸元まで切れ込んだ、藍を基調にしたワンピース。裾の部分は紐のようになっており、なんとなく水底に映る光のように見える。頭に乗っかった帽子は、その形とリボンから、頂点に太陽の昇った城に見えなくもない。
黒服の小悪魔とは対称的に、なかなか派手な服装だった。
「ふん、そろそろ妖怪共が騒ぎ出す時間なんでな。それなりに力があるようだから、一応里をシャットアウトしておいた」
可愛らしい外見とは裏腹に、少女は魔理沙のような男言葉を使ってきた。これで語尾に『だぜ』などとつけようものなら、魔理沙の親戚か何かなのかと思ってしまうだろう。
「そうですか。けど私は今のところ人間を襲うつもりはありませんので。出来れば通していただけるとありがたいのですが」
多少棘のある言い方で小悪魔は言い返す。しかし、少女は首を横に振った。
「そういった手合いは何度も見てきてるんでな。信用は出来ない」
そう言うと、少女は構えた。
「お前の存在、なかったことにしてやる」
その言葉と同時に、少女の周りに6つの光が現れた。使い魔だ。使い魔たちは正三角形を描いて止まった。
「産霊『ファーストピラミッド』!」
そしてそこから、青の弾が連射される。瞬く間に小悪魔の逃げ道をふさいでしまった。
「ひゃあああああ!!」
本を抱きしめ、必死になって小悪魔は弾をよけていく。かなりの威力を持ったスペルだ。当たればあっという間に次弾に襲われ、ぼろぼろにされてしまう。
「きゃーっ!きゃーっ!」
右に左に、上に下に。汗と冷や汗を噴き出しながら、自分をかすめていく弾幕をよけ続ける。
「……いっ、いい加減にしてください!!」
本を抱え、体勢もままならないが、小悪魔はスペルに一瞬大きな隙が開いたのを見て、懐から自分のスペルカードを取り出した。
「火符『アグニシャイン』!!」
念のため、外出するときにはスペルカードを持っているようにしていた。小悪魔の魔力はそれほど高くないので、スペルカードの威力も大したことはない。しかし、相手の動きを一瞬でも止めることは出来る。
「……ちっ」
炎と、小悪魔の出した大玉を見て、少女は舌打ちをしながらその場を離れた。同時に、全ての使い魔をしまう。
「……なら」
「土符『レイジィトリリトン』!!」
その瞬間を狙い、小悪魔は次のスペルカードを放った。相手は自分を逃すつもりなどないのだ。やるかやられるかの二択。
となれば、やるしかない。
黄色い弾を少女に向かって放つ。左右から挟みこむように、確実に少女との距離を狭めてゆく。
しかし。
「……面倒だ。さっさと終わらせてやる」
少女は顔色1つ変えずに、もう1枚のスペルカードを取り出した。
「終符『幻想天皇』!!」
炎も魔力の弾も消え去って、現れたのは少女の使い魔。そこから、幾数本もの青いレーザーが放たれる。少女のほうも、くさび状の弾を撃ってきた。
「ああぁぁぁああぁ!!だめえええええ!!」
形勢はあっという間に逆転。レーザーとくさびが体中をかすめていく。冗談にもならない弾密度だ。
「いやー!本に穴が開くー!!」
「……安心しろ。お前の体のほうが先だ」
この状況でも本を守ろうとする小悪魔に、少女はため息混じりで応えておいた。
「あ……!」
そして、一筋の光が小悪魔に迫った。左右も、上下も、もうふさがれている。
「せっかく見つけたのに……!まだ読んでないのに……!魔道幻史書第5巻ー!」
本をぎゅっと抱きしめ、小悪魔は目をつむった。完全に観念してしまい、叫ぶことしか出来なかった。
ごめんなさいすみませんパチュリー様。せっかく長年見つけたがってた本をお届けできなくて。私も読みたかったです。先立つ不幸をお許しください。最近は空気清浄機のおかげで調子がいいですけど、ちゃんと喘息の薬は飲んでくださいね。あと魔理沙さんがまた本棚破壊するかもしれないから、早めに代わりの人を見つけておいてください。
「…………あれ?」
覚悟を決めて、パチュリーに念波を送っていた小悪魔だったが、いつまでたってもレーザーは自分に当たらなかった。
恐る恐る目を開けてみると、少女はとっくに使い魔も弾幕もしまっていた。それどころか、目を丸くして小悪魔を見つめている。
「あの……?」
「……今、なんと言った?」
「は?」
「その本のタイトルだ」
少女はすいっと小悪魔に近づいてきた。まだ警戒しているらしく、会話が出来る程度の距離はとっているが。
「あ、えっと……。魔道幻史書の第5巻です、けど」
少女の目の色が変わるのは一瞬だった。
「本当か!?本物なのか!?」
今度はずいっと小悪魔に詰め寄る。
「ち、ちょっと見せてくれ!」
「あ……」
半ば奪い取るようにして、少女は本を手にした。それをまじまじと見つめ、ぱらぱらとページをめくっていく。
「ほ、本物だ……本当にあったなんて……」
「あのー……」
少女はそこではっと顔を上げた。自分のしていたことに今ようやく気づいたようだ。ぎこちなく振り向いたその顔は、見る見るうちに真っ赤になっていった。
「あ、えっと……あの、う……そ、そのぅ……」
何か言おうとして、金魚のようにパクパクと口が動いていた。
「あらためて申し訳なかった!!」
少女の家に案内され中に入った小悪魔は、いきなり土下座をされてしまった。謝られた回数は2桁に突入している。
「いや、もういいですよ」
軽く手を上げ、小悪魔は苦笑した。
小悪魔の持っている本の名前を聞き、少女は戦意を喪失した。その後互いに自己紹介をして、小悪魔は上白沢慧音の家に招待されたのだ。
「しかし、話も聞かずにいきなり撃ってしまって……本当に悪かった!」
「いや、まあ。そういうことが多いなら仕方ないんじゃないですか?本がなかったら今頃……って感じですけど」
「……言い訳はしない。本当にすまなかった」
もう一度深々と頭を下げて、慧音は立ち上がった。
「慧音さんは、妖怪だけど、人間を守ってるんですか?」
「ああ。その……私は人間が好きだからな」
慧音は照れたように頬をぽりぽりとかいた。その仕草の可愛らしさは、やはり歳相応の女の子だった。
「ところで」
「はい?」
「その本……なんだが」
慧音は、1度小悪魔に返した魔道幻史書第5巻を指差した。
「慧音さんも、この本はご存知なんですか?」
「まあな。歴史書に関しては、知らんものはないと思っている」
慧音はそれから、自分がワーハクタクであることを説明した。主に生き物の歴史を食べて魔力にしているが、本から知識を得る事もしばしばだという。
「こっちが私の書斎なんだが」
慧音は、自分の後ろにあった引き戸を開けた。小悪魔は覗き込むようにしてからその中に入った。
「うわあ……」
部屋の中は、居間同様女の子らしくなく、飾り気がなかった。代わりにそこにあったのは、ぎっしりと本が詰め込まれ、所狭しと並べられている本棚だった。部屋自体が狭いため、広々と使われる紅魔館の図書館とは違って本棚から威圧感が感じられた。
「すごい……しかもほとんど歴史書なんですね」
「ああ。たまに里の子供たちが遊びに来るんで、絵本とかもおいてあるんだが」
小悪魔は本棚から本を取り出し、内容を斜め読みした。
「魔道幻史書ももちろん持ってる。しかし、5巻だけはどうしても見つからなかったんだ」
「ですよねえ。私も今日これ見つけて、本当にびっくりしましたもん」
「実在したんだな」
「ええ……」
「それで……なんだが」
「はい?」
本を戻し、小悪魔は振り向いた。今持っていた本も、かなりレアな代物だったことだけ頭にとどめておいた。
「その……あつかましいんだが……その5巻、私にも読ませて欲しいんだ」
もじもじと上目遣いで慧音は切り出す。もじもじというよりも、うずうずしているといったほうが当てはまる。知識と歴史の半獣だけあって、幻の歴史書はどうしても読みたいらしい。
「いや!その!嫌ならいいんだ。私のほうから撃ち落としてしまうところだったし、貴重な本だからな。でも、あの……できたらで、いいんだ。そのぅ……」
慧音はしどろもどろになって、最後は真っ赤な顔でうつむいてしまった。小悪魔はまだ何も言っていないが、早くもあきらめてしまったらしい。それくらい、先ほどのことに責任を感じているのだろう。
里の子供たちが遊びに来ると言っていたけれど、きっとこんな正直なところが好かれているに違いない。妖怪であることを忘れさせるくらい。
「……そうですね。私もまだ読んでませんし、貸すことはできません」
くすくすと笑いながら、小悪魔はそう答えた。瞬間、慧音の肩がすーっと下がっていった。
「ですけど、慧音さん」
「うん?」
名前を呼ばれ、慧音は明らかにがっかりしていた顔をゆっくりと上げた。百面相みたいで面白かったが、あえて黙っておいた。
「こういう貴重な本は、私は手に入れ次第写本してるんです。ですから、こっちは渡せませんけど、写本のほうでよろしければ……」
「本当か!?それは助かる!」
途端、ぱあっと慧音の顔が明るくなった。
「ええ。今度は慧音さんのほうからいらしてください。私、大体いつも仕事してるので」
「分かった。いつ行けばいい?」
「そうですね……。この本、そんなに厚くないから、2日もあれば十分だと思います。ですから、3日後に来てくれますか?」
「承知した。本当にありがとう」
力強くうなずいて、慧音は頭を下げた。安心したその笑みは、凛々しくもあり、可愛らしくもあった。
「それで、門番の人がいますから、私の友達だと言って私呼んでください」
「分かった。……って、友達?」
小悪魔の言葉に1度うなずいて、慧音は眉をひそめた。
「何か?」
「いや……初めて会って、弾幕の応酬もやってしまったのに……」
慧音は頭をかいてうつむいた。よく分からないが、多分顔が赤い。
『友達』という言葉に照れてしまっているのだろう。
小悪魔はくすりと笑った。
「いいじゃないですか。ほら、よく言うでしょ。慧音さん、ご存じないですか?」
人差し指を立て、小悪魔は新たな友人に微笑みかける。
「類は友を呼ぶ」
「彗音」ではなく「慧音」が正しいです。
せっかくの作品が非常にもったいないので……。
ふむ、小悪魔x慧音ですか。この組み合わせ、案外いいですね。でも妖怪だからいきなりヤるのはどうかと思うけど、前に(中略)だから気が荒ら立っていた、って慧音が言ってた。
長さも良い所で切上げていて、テキストはすんなりと読めて、テンポがいいです。何か前置きみたいな感じがしましたけど、なるほど…
ではでは、本編を期待してますー