子の刻
「月が綺麗だな」
「そうね」
幻想郷に存在する森の中で特に妖や魔の存在率が高い魔法の森。その中にある霧雨魔理沙邸に今日は1人の客がいた。
今夜は十五夜、それも中秋の名月と言う奴である。その完全なる蒼い満月を窓から眺めながら本を読んでいるのはこの家の主である霧雨魔理沙ともう1人、彼女の恋人でもある知識と日陰の少女にして七曜の魔法使いパチュリー・ノウレッジである。女同士で好き合うというのは普通に考えたら少々異常かもしれないが幻想郷にそんなものを規制する法というものは存在する筈が無いのでどうでもいいことだ。
「中秋の名月、こういう日はやっぱり月光浴に限るな」
「誰が何時そんなのを決めたのよ」
「私が今決めたことだぜ」
相変わらずねと微笑みながらパチュリーは再び本―――正確には魔道書に目を向ける。そしてすぐに聞こえるページをめくる音。
だが、ふと何かを思いついたのか魔理沙は本を読む手を止めてパチュリーに話しかけた。
「そうだ、どうせならちょっと外に出てみないか?」
「何処に?」
「空だ。もっと近いところで月を見てみないか?」
「嫌と言っても連れて行くんでしょ」
「そのつもりだぜ」
やれやれと言いつつも表情は嬉しそうなパチュリーであった。そして2人は立ち上がり、魔理沙は玄関近くにおいていた箒と帽子を取り、パチュリーは彼女に貸していた魔道書を取ろうとして、やめた。どうせ今晩はこの家に泊まる予定であるから今ここで返してもらうことも無いと思ったからだ。
「んじゃ、行くか」
「ええ」
外へ出て魔理沙が箒に跨り、パチュリーはその後ろに横向きに腰掛ける。
そして満月が照らす幻想郷の夜空に2人の魔法使いを乗せた箒が舞った。
少し前に遡るが幻想郷の境界付近を飛行する1人の少女の姿があった。但し、その顔はもう幸福とか至福とかそういった感情を全てつみ込んだ感じのような恍惚とした顔であったが。
「ふふ……霊夢に、神社に呼ばれるなんて……」
その少女―――七色の人形遣いアリス・マーガトロイドは含み笑いを漏らしつつ言った。
「ああ……こんな満月の夜に……霊夢と2人っきり……ふふふふふふふ」
なにやらトリップ全開の模様だ。端から見たら凄く怖い光景である。
そうこうしているうちに眼下に1つの小さな神社が見えてきた。アリスは神社の前までやって来て速度を調整して境内に着地する。
「こんばんわーーーーれい……む」
境内の社務所にある縁側を見るとアリスの目的の人物はいた。確かにいたのだが、両隣に1匹の妖怪の少女と1匹の幽霊の女性がおまけとして付いていた。
「あ、来たわね」
「こんばんわ~」
「お邪魔してるよ」
上からこの神社の主で楽園の素敵な巫女博麗霊夢、宵闇の妖怪ルーミア、久遠の夢に運命を任せる精神魅魔であった。
「な、何で貴女たちまで……」
「こっちは偶然この付近を飛んでたから呼んだ。こっちは勝手に出てきやがった」
「まぁまぁいいじゃないの。こういう満月の空ぐらいは皆で見たってさ」
ルーミアと魅魔を交互に指して説明するがそれにアリスはがっくりと肩を落とした。
「ああ……折角……霊夢と2人っきりの月見が……そして今日こそは霊夢と一緒に……」
なにやら危険なことを呟いている気がしたので霊夢はそれを聞き流すことにした。
「ほらほら、そんなところでボケっとしてないでこっち来なさいよ」
「うん……」
神社に来る前とは全く正反対の完全に意気消沈した表情でアリスは霊夢に従った。
もう1つの幻想郷の端にある迷い家、ここには境界の妖怪である八雲紫とその式達が住まう家がある。そしてその八雲家の縁側ではその境界の妖怪の式である八雲藍とその藍の式である橙がお月見をしていた……ように見えるが橙のほうは藍と自分との間にある山積みにされた月見団子にしょっちゅう目をやっていた。
ちらりと橙は藍の方を見る。主は今月を見ていて団子は視界に入っていない。チャンスと思いゆっくりと気付かれないように団子に手を伸ばす。が、藍は視線はそのままに左手だけ動かして橙の右手を軽く叩いた。
「まったく、少しは我慢しろ」
「あうう……」
叩かれた手を振りながら橙は再び月を見る。暫し、迷い家に虫の鳴き声と風の音だけが響く。
「ねえ藍様ぁ。まだダメなの?」
「ふぅ……仕方ない。食べるか」
「うんっ♪」
もうこれで何度目か分からない橙の問いにさすがの藍も両手を上げて降参する。と、そこへ
「何かいい匂いがすると思ったら月見団子だったのね」
「紫様?どうかしたんですか?」
「やっぱり満月だからね、偶には月光浴をして力を補充しないといけないし」
そう言ってこの八雲家の主にして境界の妖怪である八雲紫は藍の右隣に座る。藍は食べないのかと思ったが主の右手のすぐ側に現れた隙間を見てすぐにその考えを改めた。すぐに左の団子の山を見ると今まさにピラミッド状に積み上げられた団子の一番上のやつが隙間から現れた紫の右手に取られんとしていた。
「紫様……隙間を使って団子を取らないで下さい」
「だって藍がそこにいるから仕方なく」
「分かりましたよ……まったく」
渋々藍は団子の後ろの方に座る。
「では、頂きます」
「いただきまーす♪」
「じゃ、頂くわね」
3匹の妖怪達は月見団子を囲んでそれぞれ1つずつ食し始めた。
幻想郷にある湖の中ほどにある小さな島に建てられた紅魔館。その主である永遠に幼い紅き月レミリア・スカーレットと悪魔の妹フランドール・スカーレットは2人満月の輝くテラスにテーブルと椅子を持ち出して月見を楽しんでいた。と、そこへ完璧で瀟洒な従者である十六夜咲夜が不意に現れた。
「お嬢様、妹様。紅茶をお持ちしました」
「ん、ありがとう咲夜」
「ありがとね」
紅茶の入ったティーカップが置かれ、レミリアはそれを手に取る。それをすぐには飲まずにそのままで空を見上げる。
空には、月。青い、蒼い月が幻想郷を照らす。
「何となく。霊夢達が月を戻しに来た理由が分かった気がするわ」
「どういうこと?姉様?」
「確かに紅い月も燃えるようで綺麗だけど……こういう蒼い月も蒼い月なりに味があるからね」
空を見上げつつレミリアはフランドールの問いに答える。まあ実際は彼女達2人にそんな味を戻すために来たという訳ではないだろうが……
「全てを包む……聖なる永遠(とわ)よ……」
「どうしたの咲夜?」
「あ、いえ。人間界に居た時にそんな歌の歌詞があったのでこの月を見ててつい」
「ふーん」
フランドールはそのまま何も言わなくなった。
「お嬢様ー、妹様ー。月見団子お持ちしましたー」
と、そこへ美鈴が右手に大皿を持って表れる。
「はい、私と咲夜さんの手作りです」
「わーすごい。おいしそー」
「霊夢が言うにはこの時期にこういう風に月見をしてお団子を食べるのが習わしだって言ってたけど……ちょっと多すぎだと思うわ」
「うっ、申し訳ありません。つい……夢中になってたら作りすぎまして」
レミリアの一言に咲夜は少し気を落とすがすぐに
「いいわよ。皆で食べましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ、咲夜も美鈴も一緒にね」
「はい♪」
「では、頂きますね」
『頂きます』
咲夜の言葉に美鈴、レミリア、フランドールが続いた。
冥界に存在し、その最長は二百由旬に達すると言われる白玉楼。そこの西行寺邸では主である西行寺幽々子のもと、宴会が行われていた。行う理由?そんな明確なものはこの世に存在する筈が無く、ただ満月が綺麗でその下で宴会を行いたくなったと言う幽々子嬢の一言でだ。
その宴会の中、1人お酒やおつまみを手に持って奔走する1人の少女がいた。言うまでも無くここの主西行寺幽々子の従者にして半人半霊の庭師、魂魄妖夢である。
「まったく幽々子様は今日もいきなり幽霊達と宴会をするなんて、少しは準備をする私の身にもなって欲しいわ」
口ではそう愚痴りつつも足を止めることは無い。やがて宴会が行われている幽々子の部屋について襖を開け……硬直した。
そこにいたのは、この白玉楼の主の西行寺幽々子と冥界に住まう幽霊達―――何故か今は人間の姿をとっているのが大半だ―――であった……そこまではよい、よいのだが問題はその幽々子の姿。何と服に手をかけてまさに脱ごうとしている所であった。ついでに言うと頬も酔っているのか紅潮している。
「な、なななななななな何をしているんですか幽々子様!!」
「ふえ?よーむ?」
大慌てで幽々子の元に行き、あらわになっている肩に服を通す。お酒とおつまみはちゃっかり入り口の前で置いているのが妖夢らしいといえばそうかもしれない。
「一体何事ですか!いきなり服を脱ごうなんて!」
「まあまあ、いいじゃにゃいですかー」
微妙に呂律の回っていない幽々子。完全に酔っている。
「ふふふふふ。ちょっとだけよー」
妖夢が元に戻した服を再び脱ぎ始める幽々子。周りの幽霊達からは「いいぞー」だの「脱げー」だの歓声が上がる。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ幽々子様!!」
「にゃに、よーむ?あなたもみたいの?」
「そうじゃありません!!というか脱ぐのは辞めてください!」
「あなたもすきねぇー」
「幽々子様ーーーー!!」
白玉楼はそんな妖夢の絶叫が響いている以外はおおむね平和であった。恐らく多分きっと。
時は子の刻より子の三つへ……
紅魔館のテラスには依然としてレミリア、フランドール、咲夜、美鈴の4人が月見を楽しんでいた。談笑しながら食べていた月見団子は既に全てなくなっている。
「ご馳走様。美味しかったよ咲夜」
「ありがとうございます妹様」
「ではお皿洗ってから私は仕事に戻りますねー」
「美鈴お願いね」
美鈴がお皿を片付けて中へと戻っていった。彼女が出て行くとふとフランドールが何かを思い出したかのように言ってきた。
「そうそう姉様、この前ね、魔理沙と一緒に美鈴のおやつすりかえたんだ」
「へえ、何に変えたの?」
「ハバネロっていうお菓子ですっごく辛いの。凄かったよー、こっそり見てたんだけどね、美鈴って口から火を吐いたんだよ。はじめて見たよあんなの」
「あらあら」
美鈴のその光景が頭に浮かんだのかレミリアは微笑む。そこへ咲夜が
「妹様いけませんよそんなんじゃ」
注意を入れた。流石はメイド長、主の妹とはいえ非を見て置けない性格なのか。
「彼女だったら夜食を全部それにしないと。私も美鈴にお仕置きをするいい口実になりますし」
前言撤回。
「あ、それいいかも」
「面白そうね」
さらにレミリアまで加わった。どうも悪戯心に火がついた模様だ。
「ではこういうのはどうでしょうか……」
咲夜とレミリア、フランドールは3人でなにやら怪しい会話を始めた。
それから暫くの間レミリアの命令により美鈴の食事全てにハバネロが加わったのを付け加えておく。哀れ美鈴。
「美味しいわねこれ」
『……』
紫はそう言ってまた1つ月見団子を頬張った。それを無言で見る藍と橙。
山積みされた月見団子……5段重ねで55個あったそれのおよそ30個を紫が食していた。橙は15個、藍はいまだ9個しか食べておらず、皿にはあと1個残っている。
「じゃ、最後の1個も頂くわね」
直に飲み込み、紫は最後の1個に手を出そうとしている。
(このまま紫様に全て食べられてしまっていいのだろうか……)
藍は思う。流石に自分も楽しみにしていたのにこうも大量に食べられては腹も立つ。
(仕方ない、最終手段だ)
意を決する藍。紫の手は正に最後の団子を手に取らんとしていた時であった。そこへ藍が一言。
「そういえば紫様最近体が丸っぽくなったのは気のせいですか?」
案の定、紫の手がピタリと止まった。調度団子を摘もうとする1歩手前である。
そのまま反応は無かったが、少しして体が震えだした。
(……やはり言わなければ良かったか)
藍はとんでもないことを言ってしまったことに今更ながら気付き、少しだけ死を覚悟する。だが意外な伏兵によってその覚悟は不要なものへと変化した。
「あ、それ私も思った」
橙がそれを言った瞬間、ビシッ!という空間が軋むような音が藍の耳にはっきりと聞こえた。
「あ、あは、あははははははは……」
いきなり笑い出す紫、藍と橙は何事かと紫から離れる。顔を見ると思いっきり引きつった笑みを見せていた。
「あ、ああそうだったわ、ちょっとようじがあったのよね」
今日―――と言うか年中寝てばっかりの紫に用事なんて無い筈なのに唐突にそんな事を言ってきた。ついでに言うと口調がかなり棒読みみたいになっている。
「ああわたしもういらないかららんかちぇんちゃんさいごのいっこたべてもいいわよーーーそれじゃあいってくるね」
いきなり捲し立てて紫は大急ぎで部屋へと戻って行った。数分後、迷い家の玄関が開閉される音が聞こえ、紫は何処かへ向かって行った。
「何なんだ一体……まあいいか。橙、食べるか?」
「私もうお腹一杯だから藍様食べていいよ」
橙が断わったので最後の1個を食べることにした。口に頬張るとどうしてだろうか、妙に美味しかった。
「ん、自画自賛するようだがやはり美味いな」
「お団子すごくおいしかったよ藍様」
「そうか、ありがとうな橙」
「えへへ……」
頭を撫でられて橙は幸せそうな笑顔を見せた。
これから暫くの間迷い家付近の森に夜になるとジャージ姿の紫がランニングをしている光景がしばしば見られ、食費が大半を担っていた八雲家の家計がかなり浮いたのはまた別のお話しでありこれには関係の無いことである。
博麗神社の月見も既に終わっており、縁側には魅魔と霊夢が起きて月を見上げている。アリスとルーミアはというと酒に酔って既に霊夢たちの後ろの部屋の中で熟睡している。
「あんた最近姿見せないからてっきり成仏したのかと思ってたわよ」
「ふん、私は人間界を私のものにするまで閻魔の所になんか逝けないさ」
「まだ言ってたのそれ……」
魅魔の相変わらず変わらない意思に霊夢は呆れる。物忘れの激しい筈だがなぜこれだけいつまでも覚えているのか謎である。
と、そこへ
「ああ、れ、霊夢……そんな……そこはだめぇ」
『……』
いきなりアリスがみょんな寝言を言って2人は沈黙する。数秒の沈黙の後、霊夢は陰陽玉を操作してアリスの頭に直撃させ、再び月に目をやる。後ろで「グエッ」と言う蛙の断末魔のみたいな音が聞こえたような気がしたが無視。
「全く、あんたも隅に置けないねぇ。アリスとできてるなんて」
「あれはアリスが勝手に思ってることよ」
「ふーん……じゃあレミリアって吸血鬼のガキも違うのかい?」
「何であんたがレミリアのことを知ってるのか気になるけどその通り」
「ちっ、面白くないねぇ」
そう言って魅魔は月に目をやりながら「魔理沙はかなり慌ててたのに」とか独り言を言う。これから推測するにどうやら魔理沙も似たような目に合ったようだ。
「それにしても……ほんと雲1つ無い絶好の月見日和だねぇ」
「そうね」
そのまま2人は空高く輝く月に暫し目をやっていた。
「綺麗ね」
「だろ」
自分の後ろで箒に横向きに座っているパチュリーの言葉に魔理沙は返答する。
幻想郷の空を魔理沙とパチュリーは1つの箒に2人で乗って飛行していた。
「1月前の歪んだ月が嘘みたいだぜ」
「そうね……結局あれって月から逃げてきたのが月からの使者を来させない為に作った結界だったんでしょ?」
「ああ、そうだぜ。ま、結局あの結界は意味が無いって知ってさっさと解除したみたいだがな」
魔理沙は1月前のことを思い出す。
アリスと共に月が歪んだ原因を探りに空へと飛翔した事。途中で襲ってきた蛍の妖怪、夜雀の怪。里を守るために封印した半人半獣。そして竹林の奥で戦った霊夢……月の兎、月の頭脳を自称する人。そして……月の姫。彼女達の姿が記憶の中で浮かんで、消えていった。
「魔理沙?」
「ん?あ、ああ。何だ?」
パチュリーに呼ばれたので慌てて思考を切り替える。
「何を考えてたの?」
「ああ、1月前の、な」
「そう。まあ、その時の話は聞いたから何となく分かるけど」
「ま、今は久しぶりの満月を楽しもうぜ」
「そうね」
2人はそのまま地上で見るより少し大きい満月に目をやった。
それは、死の象徴。それは、光募るモノ。それは、闇を放つモノ。
それは、幻の舞う世界の中浮かぶモノ。それは、全てを包む聖なる永遠(とわ)
それは……月と言う名の唯一存在。
そしてそれは、今日も幻想郷の夜を照らす。
終わり
まったりとした空気がいいですな。
それにしても食っちゃ寝の生活してれば太るのも当たりm(弾幕結界に放り込まれた
指摘するのも野暮だと思うので言いませんが、いい雰囲気出てますね。大好きです。
ふんわかした魔理沙とパチュもいい感じ。
アリスのちょっと不憫な子っぷりも良し。
全体の優しい雰囲気がとても素敵でした。
でもほのぼのの中でなにやらっていうかかなり壊れてるのは私の気のせいですねそうですね、だって紫様がふと(四重結界
ジャージ姿の紫様を想像して笑った。
優しい雰囲気を全体に散りばめながら美鈴はハバネロ地獄ぅ~♪
絶対に三食はキツイって…マジで(実談)
それにしても、紫は足臭なだけでなく太ってr(深弾幕結界…)
アリスはやはり霊夢がS「余計な事言うなー!」(グランギニョル座の怪人
笑かしていただきました。