<最初に読むべき注意事項>
このSSは、東方永夜抄に関する重度のネタバレがあります。永夜抄をプレイし始めたばかり・まだEXを見ていない・EXボスの姿を拝んでいない・最初の方のスペルで撃墜される…という人は、気を付けて下さい。
更に、一部流血表現やグロテスクっぽい表現があります。そちらも併せてご注意下さい。
以上を了解した上で、お楽しみ下さい…って、敷居高すぎな気がします…
幻想郷のとある場所に在る竹林。
そこに乱立する竹は、何者をも寄せ付けまいとする意志が働いているかの様に、その奥へと進む事は困難であった。大抵の者は迷って野垂れ死ぬか、いつの間にか外へと出ているという、その竹林。
今日もそこに、一人の剣士が迷い込んできた。
* * *
「む……これは、一体…」
魂魄妖忌は、歩く度に違和感を覚えていた。長年の武人の勘と言うべきものが、彼が歩いている竹林が普通の竹林とは違う事を告げていた。引き返す―――そう思った時には、彼の後ろには道と呼べる道は消えていた。幾ら竹が多いと言っても、満月に照らされた道を簡単に迷う事は、彼自身に疑問を抱かせた。
それに、先程から目の前に闇の中に二つの紅く光る点が見えていて、妙に心がざわつく。
「…仕方あるまい。今夜はここで過ごすしかないか…」
これ以上歩き回り、更に道を見失っては仕方が無い。渋い顔を見せ、妖忌は背負った野宿用の荷物を地面に降ろす。と、その時。
「ん?」
視界の端に、人影が映った。気のせいかと思ったが、同時に遠くの方から何かが走る音が聞こえた。
「獣か……いや、この音は…」
その足音は、人間の足音の様に聞こえた。こんな時間に、こんな竹林を走り回る者は一体?
「………」
妖忌は一旦下ろした荷物を再び背負い、静かにその足音の主を追っていった。もしかすると、近くに住む者が居るかもしれないという考えを持って―――
「…ここは」
はたして、妖忌の予想は見事に当たった。竹林が開けた先には、屋敷が建っていた。生垣に遮られて中の様子は分からなかったが、妖忌はとりあえず生垣伝いに屋敷の門へと向かう事にした。
「あら……あなたは?」
門に辿り着いた時、妖忌は一人の少女と出会った。星座の柄をあしらった服を着ている、物腰の柔らかそうな少女だった。
「失礼。私は魂魄妖忌と申す者。貴女は、この屋敷の住人か?」
「ええ、そうですよ」
「そうか……いや何、実は私、恥ずかしい話ですが道に迷いましてな……庭でもよいので、今宵の寝床を貸しては貰えないだろうか?」
「まあ、それは大変でしたね…ええ、構いませんよ。こちらへどうぞ…」
「かたじけない」
妖夢は深々と頭を下げ、少女の後に付いていった。
* * *
「あらあら、お客様なんて久し振りねぇ」
八意永琳と名乗る少女に妖忌が通された大部屋には、着物を着た少女が座っていた。部屋の雰囲気から察するに、この屋敷の主だろう、と妖忌は思った。
蓬莱山輝夜と名乗るその少女は、色々な事を妖忌に訊いてきた。
「立派な刀ね。お侍さん?」
「…ええ。と言っても、もう随分昔の話ですが…」
「今は?」
「今は放浪中の身です。…なに、しがない一人旅ですよ」
「大変ねぇ」
目の前の少女は、余程客人が珍しいのか、しきりに妖忌に話しかけていた。
「…姫、あまりお客様の事を根掘り葉掘り聞くのは失礼ですよ?」
「えー」
とうとう、隣に座る永琳にたしなめられる。輝夜は不満そうな顔をしながらも永琳の言葉に従う。
「宿をお貸し頂き、誠に感謝します。このご恩は、忘れますまい」
「うーん、そこまで感謝しなくてもいいんだけど―――あ」
再び頭を下げる妖忌に、輝夜は何かを思い付いた様子。
「ねえねえ永琳。この人、どうかしら?」
「…このお方ですか? さあ、どうでしょうか」
「?」
何やらひそひそ話を始める二人に、妖忌は疑問の視線を投げかける。
「はて、私がどうかしましたかな?」
「え? うーん、と………あなた、強いのかしら?」
「…ふむ、難しい質問ですな。強いかと言えば、私よりも強い妖怪ならばこの幻想郷には多く居るでしょう。しかし弱いかと言えば、私はそこまで自分の人生を否定する事はありませんな」
「…よく分からないわ。ねえ、永琳?」
「…ふふ、妖忌さんはご謙遜なさっているのですよ、姫」
顔に疑問符を浮かべる輝夜に、永琳は微笑む。そして、妖忌に向き直って、こう言った。
「実は妖忌さん、宿をお貸しする代わりに…と言っては失礼なのですが…貴方のお力をお借りしたいのです」
「ほう…それは、一体?」
「ええ、実は………」
* * *
空に浮かぶ真円が、大地を照らす。一分も欠ける事無く存在する月が銀の光を降り注がせているその夜、妖忌はある場所へと向かっていた。その前では、ピンク色の服を着た兎妖怪が先導している。
ぴょこん!
兎妖怪の少女が、一際大きく跳ねる。どうやら目的地に着いたらしい。そこは、竹林の中にぽっかりと開いた穴の様に広がる空き地だった。
「ご苦労だった……さあ、退がっていなさい」
少女の頭をくしゃりと撫でて、遠くへ避難しておく様に言う。少女はコクリと頷くと、まさに脱兎の勢いでその場を離れていった。
「さて………覚悟はよいか?」
ゆらり、と前を向いた妖忌は、その流れのままに刀を抜く。
その切っ先には、地面に突き出した岩に座って星空を眺める、長髪の少女の姿があった。
「………それで? 一応訊くけど、何しに来たの?」
一方の少女は、漫然とした動きで妖忌の方を向いた。その表情からは、彼女が何を考えているのかを読み取る事は出来なかった。
「恨みは無い―――が、故あって貴様を倒さねばならなくなった。覚悟召されよ」
「…ああ、もう。また馬鹿が来た。毎度毎度こんな馬鹿をけしかけるあの馬鹿は、本当の馬鹿ね」
と、少女の顔が一転して不機嫌そうな表情になる。
「あんたねぇ…言っとくけど、あんたは輝夜に利用されてるだけなのよ! もう、下らないからさっさと帰って頂戴!」
「…む、輝夜殿を知っているのか? それに、私を利用しているとは、一体?」
「だから! あいつはあんたを使って私を殺そうとしているんでしょう? それよ、それ!」
「それは、貴様が輝夜殿の手に負えない悪人だからであろう? だから、私が代わりに成敗しに来たのだ」
「むっかーーー! あいつめ、言うに事欠いてこの私を悪人ですって!? あああもう腹立つ―――ちょっと、あんた!」
少女は地団駄を踏んだ後、自分の胸を指差した。
「そんなに私を倒したいんだったら、ここを突いて御覧なさい。逃げやしないから」
少女が指したそこは、丁度心臓の真上だった。
「…正気か? 死ぬぞ?」
「構わないわ。どうせ、あんたの努力は徒労に終わるから」
「―――後悔、するなよ」
妖忌が、刀を構える。突きの姿勢だった。
ざわっ…
竹の葉が、風に揺れる。
「はあああぁぁぁああっっ!!!」
ドンッッッ――――――
「!!!!!!」
妖忌が突き出した刀は、吸い込まれる様に少女の胸へと突き刺さり―――少女の体を、竹林へと吹き飛ばした。
ガサッ!!
少女の体はしなる竹がクッションとなり、ほとんど吹き飛ばなかった。しかし、少女はそのまま地面へと崩れ落ち、動かなくなった。
「―――如何な事情とは言え、この様な年端もいかぬ少女を斬るのは、矢張り良い気分ではないな……許せよ」
幻想郷には、見かけよりも強力な妖怪や人間など幾らでもいる。見かけには騙されるなと常々思っている妖忌であったが、実際にこの様な少女を手にかけると、心に苦い物が残った。
「さて…帰るか」
輝夜からの頼み事を終え、妖忌は刀を納める。その時―――
「…へえ。結構優しいのね、あなた」
「!!?」
妖忌は、自分の目を、耳を疑った。目の前に、先程倒したはずの少女が、立ち上がっている―――!
「馬鹿なっ…! まさか、手元が狂ったなどとは……!?」
「ええ、あなたの剣筋は正確そのもの。しかもその速さ、並の者なら自分がやられた事にすら気付かないで、死んでいたかもしれないわね」
立ち上がった少女は、服に付いた埃を払う仕草を見せる。その服の胸の部分には、確かに刀が貫いた跡があった。
…しかし、そこからはもう血は流れていなかった。胸の傷も、見る間に塞がっていく。
「何だ…? 貴様は一体…?」
「私はずっとここに住んでいる人間。ちゃんと藤原妹紅っていう名前もあるわ」
「人間、だと? …いや。ただの人間が、今の一撃で無事で済む筈が無い。貴様は…」
「私を普通の人間だと思わないで。―――私は死なない。絶対に、死なない。例え心の臓を抉り出されても、脳味噌を穿り出されても」
「な、に―――」
妖忌は、妹紅の言葉に驚愕する。
死なない人間。
俄には信じがたいが、目の前で見せつけられると頷かざるを得ない。しかし、そうだとすると、妖忌の攻撃は彼女には全く無意味だという事になる。
「…分かった? あなたは輝夜に無理な難題を押しつけられたのよ。どんな理由であなたがあいつの使いを受けたかなんて分からないけど、今ならまだ見逃してあげる。さっさと輝夜の所へ戻って、倒したとでも何とでも言いなさい」
「――――――」
妹紅の言葉に、妖忌は彼女をじっとを見据える。妹紅も妖忌を見つめたまま、動かない。
―――そのまま暫くの時が経ち、妖忌は―――再び、刀を構えた。
「―――ああ」
妹紅は、大きく溜息を吐いた。それはまるで、何かを諦めた様で。
「あなたは、本物のお馬鹿さんね。倒せない相手に立ち向かって、それでどうしようというの?」
「…確かに。不死の人間を倒す術など、私は知らぬ。これでは、輝夜殿の頼みも果たせそうにないな」
「では何故? 倒せないと知っていて、私と戦う理由は?」
「ふむ、理由か。理由………分かるか? この、肌が粟立つ感覚というものを…」
「?」
妖忌の問いに、妹紅は首を傾げる。
「では覚えておけ。馬鹿には二種類ある―――目の前の強敵からあっさりと逃げる馬鹿と、目の前の強敵と闘う事を望む馬鹿だ!」
ブォンッ!
「くっ!!」
掛け声と共に、妖忌は刀を振り下ろす。衝撃波が立ち、妹紅を袈裟斬りにする。妹紅は思わず後ずさり、前屈みになった。
「輝夜殿には感謝せねばなるまい。この老いぼれに不死と闘うという途方も無い無茶を与え、そして久しく忘れていた…闘いの、この昂ぶりを与えてくれた事を! …さあ、参られい。我が心に宿った炎―――消せるか?」
「………………分かったわ。そっちがその気なら―――こっちも容赦しないんだから!」
ごぉうっ!
「むっ…!」
妖忌もまた、妹紅の変化を感じた。
「あんたが退かないっていうんだったら、私も闘うしかないわよね。丁度良い、輝夜絡みの事なんだから、よく考えりゃあんたを帰す理由は無いんだった。帰そうとするなんて、どうかしてたわ」
鋭い妹紅の視線が、妖忌を捉える。
「この不死鳥の炎で、あんたの頑固な頭と心の炎とやらを焼き消してやる。今宵の弾は、お爺ちゃんのトラウマになるよ!」
妖忌は、妹紅の背に炎の翼を見た。
* * *
「…行っちゃったわね、あのお侍さん」
「はい。後はてゐが案内してくれるでしょう」
「うーん、いやにあっさり行ってくれたわね。イナバの眼を使うまでもなかったなんて」
「義理堅いお方なのでしょう。…後は、強いかどうかだけれど」
「…師匠。あの翁は、強い。私の眼を以ってしても、竹林に迷わせるのが精一杯でした。てゐの能力が無ければ、ここまで連れて来られたかどうか…」
「そう…それは、期待出来そうね」
「もし無事に帰ってきたらどうするの? 永琳」
「そうですね、丁重におもてなしした後、薬で私達に関する記憶を無くして貰いましょうか」
「ひどいわね」
「自分で手を下さない姫の方が、ひどいですよ?」
「でもその方法を最初にやろうっていったのは、永琳じゃなかった?」
「…あら、ふふふ………」
* * *
「火の鳥よ、呑み込んでしまえっ!」
ドウッ!
「ぬうっ!」
妹紅の体が燐気を纏い、鳥の形をした炎を生み出す。妖忌めがけて放たれたそれは、大きく口を開けて妖忌に迫る。
「何の、これしき!」
妖忌は炎を避ける仕草を見せず、刀を大上段に構える。
「はっ!」
それを気合と共に振り下ろし、炎を真っ二つに切り裂いた。半分に分かれた炎は、火の粉を振り撒きながら妖忌の横をすり抜け、消えていった。
「まだよ、鳳凰はこの程度じゃ死なないの」
「むっ!」
炎が撒いた火の粉は未だ空中に漂い、更に加速を始めた。妖忌は刀でそれを振り払う。それで今度こそ、火の粉は消えていった。
「この程度の炎では、私を焼くには足りぬぞ。まさか、これだけではあるまい?」
「ええ。―――知ってる? フェニックスっていう鳥はね、その尾だけで生き死にを左右出来るのよ」
「……ぬう」
ボッ ボボッ ボッ ゴッ―――
妹紅の周りに漂い始める火の玉。それは段々と数を増し、間断無く妖忌を焼き尽くさんと向かってくる。
「ちいっ」
妖忌も流石に全てを避け切る事は出来ず、最小限の動きでかわしながら火の玉を斬り落としていく。それでも避けられない分が、体を掠めて服を焦がす。
「ぬあああっ!!」
その炎の勢いにも負けない裂帛の叫びと共に、妖忌は妹紅へと飛びかかる。二百由旬を一閃に伏す勢いの妖忌の踏み込みは、すれ違いざまに妹紅の頚動脈を掻き斬った。
「かっ…!」
炎をより紅く染める鮮血が飛び散り、妹紅は崩折れる。しかしそれも束の間、すぐに立ち上がる。
「…不死というのは、伊達では無いな」
「……ええ、まあね。でも、不死と言っても痛いものは痛いのよ。特にあんたは、急所を恐ろしいくらい的確に狙ってくるから、すごく嫌」
「…諦めたか?」
「―――冗談。生き汚いのが私の特技。あんたが死ぬまで諦めてあげないから」
「上等だ」
再び相対し、構えを取る二人。その間を、炎の熱気と血の匂いを含んだ風が通り抜けた。
―――これまでに、妖忌は実に十回以上妹紅を『殺した』。しかし、不死である妹紅は何度でも立ち上がり、妖忌へと立ち向かってくる。
妖忌は、考えあぐねていた。何とかこの目の前の不死を『止める』方法は無いかと。しかし、闘いの最中に余計な事を考えていては、こちらが逆にやられてしまう。それ故、妖忌は闘い続けるしかなかった。文字通り、妹紅が止まるまで―――
「トウチャオッ!!」
「!!」
妖忌が考えを巡らせている間に、妹紅が地面に手を付ける。と同時に地面から三本の『爪』が大地を抉りながら妖忌へと突き進む。このスピードでは、かわしきれない―――!
「ぬあぁっ!!」
ドグンッ!!
咄嗟の判断で、刀を地面に叩き付ける。地面は爆発した様に土塊を噴き上げ、肉薄する土爪を巻き込み、破砕した。
「いい加減…やられなさいっ!」
攻撃のことごとくをかわされ、防がれた妹紅は苛立っていた。妹紅は、これまで輝夜がよこした刺客などは皆不死鳥の炎で焼き散らした。それなのに、目の前の老剣士は未だ健在。また、一人の人間に何度も殺されるというのも経験した事が無い。
それが焦りを生み、更に妖忌に付け入る隙を与えてしまう。
「ぐっ……!」
脇腹を撫で斬りにされ、痛みに地面に転がる。不死の体は斬られた先から再生し始め、数刻と経たずに元に戻るが、それでも痛いものは痛いのだ。慣れたと思っても、それは気のせいだ。
「やってくれるわねっ…! 痛いじゃない!!」
妖忌の攻撃に、怒りに任せて妹紅は叫ぶ。その情念は新たな炎を生み出し、妖忌へと襲いかかる。
ドンッ! ドドンッ! ドドンッ!!
「むうっ、これはっ…!?」
炎塊がうねり、爆散する。紅い飛沫が眼前に弾け飛び、それに思わず目を瞑ってしまった妖忌は、後から放たれていた炎塊に直撃してしまう。
「ぐおおっ……!!」
爆発に巻き込まれ、妖忌の体が吹っ飛ぶ。そのままの勢いで、妖忌は体を竹に強か打ち付けた。
「うぐっ…」
よろめく妖忌。倒れそうになる体を刀で支え、再び妹紅を見据える。
「…まさかとは思うけど、これで終わりな訳じゃ無いでしょう? 散々私を殺しておいて、あなただけそんなに簡単にやられるなんて、不公平だと思わない?」
「ああ……まだ終わりでは無い。さあ、続きだ…」
妖忌はドン、と地面を力強く踏み、自身を奮い立たせる。そして、考える。
(―――相手は死ぬ事の無い人間。ならば、どうやって止める―――?)
彼は過去、様々な敵と戦ってきた。そして、その多くを退け勝利してきた。しかし、眼前の少女は死の無い人間。生半可な事では、この闘いを終わらせる事は出来ない―――
「―――いや」
妖忌はそこまで考えて、頭を振った。
何を迷う事があったか。この闘いは、自らが望んだ物。ならば―――そう、自分はただ、全力を以って相手を迎えるだけだ―――
「…悪いが、そろそろ終わりにさせて貰うぞ。貴様も、疲れたであろう…?」
「ふん、何よ。そっちが疲れてきたんでしょう? ―――いいわ。こっちもそろそろ終わらせてやろうかと思ってた所よ!」
妖忌と妹紅の間に、見えない火花が散っている様だった。少しでも動けば、すぐにでも爆発しそうな緊張感を持つその空間。
スッ―――
それは、妖忌によって破られた。
滑らかに引き抜かれる、二本目の刀。それは、妖忌が腰に差していながら一度も使われていなかった刀であった。
そして、構える。右手の刀は大上段に、左手の刀は大きく横振りに。
「言い忘れていたが、私は本来二刀使いだ。ここからが、正に真剣勝負と言った所か…?」
威圧の籠もった、妖忌の言葉。しかし、妹紅はそれに怯む事は無かった。
「あら、その刀は飾りじゃなかったのね? でも、もうお終い。この不滅の花を喰らいながら、永遠の眠りにつきなさい!」
ざわっ……!
一際強い風は竹林を揺らし、妹紅の長い髪をたなびかせる。流れ雲が月を隠し、二人の間に影を射した。
その、刹那に。
「逝けえっ!!」
芽吹くいのち。
少女を蕊とし、無数の弾を花弁と成す。
それは、眼前の敵を裂く為に咲き誇る大輪―――
「咲け、我が永遠の命の花よ! これが―――生まれ死んで終わり始まる、永劫輪廻を断ち切った蓬莱の人の形の力と知れ――――――!!!」
そして、華が咲いた。
ドパッ―――!
広がる波紋が、妖忌に迫る。しかし、彼は二刀を構えたまま動かない。
決して諦めた訳ではない。彼は、静かに『その時』を待っていた。
「美しい―――な。その力、我が全身全霊を以って応えねば、無礼というものだろう…」
キィ―――………ン………
「なっ…?」
『それ』に妹紅が気付いたのは、隠れていた月が再び姿を現し、大地を照らし始めた時だった。
「刀、が…」
妖忌の持つ刀が、光っていた。始めは、ただの月光の照り返しだと思っていたが、それにしても強烈な光を―――
「! これは…!」
妹紅は、ハッとして刀を注視する。その刀身に映っているのは、空に輝く銀の月。その輝きは、刀身全体をしっとりと濡らし、溢れる光をもう一本の刀へと伝わらせ、二刀を眩い光に包んでいる。
古人曰く。
月の力を取り込む方法の一つに、杯になみなみ注いだ酒に月を浮かべ、それを飲み干すという話がある。
同じ様に、刀身に月を映した刀は、月の力を借りて。
「――――――――――――『極意』」
「 あ 」
その言葉が紡がれた瞬間。
耳は唸る風音を聞き、口内はやけに鉄臭く、視界はぐるぐるぐるぐると踊り、感覚は宙を舞い。
「『待宵反射』」
それが妖忌の攻撃だと気付いた時には、
「『衛星斬』――――――――――――」
妹紅はその意識を手放していた。
* * *
「………………」
そして彼女は、満月を見上げていた。薄靄がかかった様な意識を覚醒させ、妹紅は自分の体がどうなったかを確かめる。
「…あれ」
服を着ていなかった。その代わりとばかりに、全身包帯でぐるぐる巻き状態。痛みは殆ど残っていなかったが、包帯に滲む血の跡が、自分がどれだけ手酷くやられたのかを物語っていた。
「!」
自分が気絶していた間、どうなったのか。そう思い、上体を起こして辺りを見回し―――驚愕した。
「嘘……」
ここ一帯の竹が、全て薙ぎ倒されている。恐らくは先程の妖忌の攻撃によるものだろうが、ここまでのものとは…
「気が付いたか?」
「!」
聞き覚えのある声に、振り向く。するとそこには、妖忌が地面に胡座をかいてこちらを見ていた。
「この竹林…あんたが?」
「…ああ。それと、簡単だが治療もしておいた。体があちこちに散らばってしまっていて、元に戻るか少々不安だったが…安心したぞ」
「自分でバラバラにしておいて、何言ってるのよ………ま、こんな事しなくても私は大丈夫なんだけど…もしかして、情けをかけてるつもり?」
「…いや、これは勝者に対する礼儀だよ」
「? 何言ってるの? あんたの刀は、私の全力の花を散らせたのよ。あれを破られた以上、私はあなたとの闘いに負けたも同然なのに」
「―――いや、これを見るがよい」
妖忌は、おもむろに妹紅に刀を差し出す。
「あ…」
それを見て、妹紅は驚いた。
刀身が根元からぽっきりと折れ、その残骸が地面に散らばっている。一目見て、もう使い物にならない事が分かった。
「月の力の流し方を誤ったわ……これではもう、私は戦えない。得物を無くした剣士など、死んだも同然よな」
「………」
「それともやはり、妖夢に託したあの刀達ではないと我が極意に耐えられぬのか―――いや、武器の所為にはすまい。全て、この身の未熟と知ろう」
妖忌は折れた刀を眺め、自分に言い聞かせる様に呟いていた。
「あなた、本当に馬鹿みたいに真面目なのね。私には全然分からないわ」
「…これが私の生き方だったからな。不器用だと思っても、今更変えられるとも思わぬよ」
「………ふん。それで、不器用なあなたはこれからどうするの? 今なら安全に輝夜の所まで戻れると思うけど?」
「…ふむ」
妖忌は少し考えた後、竹林の薙ぎ倒されていない部分へと目をやる。そこに、その場所から遠ざかってゆくてゐの姿を見つけると、視線を再び妹紅へ戻した。
「御覧の通り、私は見放されてしまった様だ。さて、これからどうしようかな」
そう言って、妖忌は軽く笑ってみせる。
「やれやれ、馬鹿だから因幡の兎に騙されるのよ。全く、こんな奴にボロボロにされるなんて…」
妹紅はやれやれと溜息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。
「全く、腹立たしいったらありゃしない…またしても、あの忌々しい月にしてやられたわ…」
「…もう立ってもいいのか?」
「当たり前よ。…でも、ああ―――眩しい。今夜は、本当に月が綺麗ね…憎たらしいくらい。あんなもの無ければ、私は―――」
そのまま苦々しく空を見上げ、月を睨む。月の力を借りた妖忌の『極意』に痛めつけられた事が余程堪えたのか、それとも…
「………」
そんな妹紅の姿を見た妖忌は、おもむろに立ち上がり、妹紅に近付く。
「………え?」
妖忌は無造作に手を伸ばすと、ぽんと妹紅の頭の上に置いて、そのまま頭を撫でる様に動かしながら、妹紅の顔を正面に向かせた。
「な…一体、何よ…?」
突然の出来事に面食らう妹紅に、妖忌は微笑みかける。
「―――いつもいつも上ばかり見ていては、肩が凝るぞ? 偶にはまっすぐ前を見て、迷わぬ様にしっかりと先を見るのだ…」
「――――――」
呆然とした顔の妹紅を見て、妖忌はもう一回軽く妹紅の頭を叩く。それを合図にするかの様に、妖忌は歩き出していた。
「あ、ちょっと…」
「さらばだ。…今宵は、楽しかったぞ」
妹紅の静止も聞かず、妖忌はどんどんと歩みを進めていく。
「待ちなさい! どこへ行くの? 武器も無しに、こんなに妖怪が沢山いるこの竹林をどうやって通るつもりなの?」
「…うむ。見た所、予備の脇差で相手出来ぬ妖怪は居なかったものでな……何、大丈夫だろう」
「呆れた…全く、最後まで馬鹿なんだから…そんなんで、後で後悔しても知らないわよ?」
「―――後悔、か―――そんなものは無い。唯…一つ。嬢を護りきれなかった事だけよ……」
妹紅の言葉を聞いた妖忌の顔が、一瞬歪む。しかし、その理由は妹紅が知る由も無かった。
「?」
「…いや、今のは独り言だ。忘れてくれ」
その言葉を最後に、妖忌は竹林の闇の中へと消えていった。
* * *
「ほんと、何なのよ………」
おかしな人だった。騙されたと分かってもなお騙されて、あまつさえ闘いを楽しんで。
挙句の果てに、勝手に勝ち負けを決めてさっさと消えてしまった―――
「変な人…」
それでも、いつも送られてくる輝夜の刺客とは全然違った。気のせいだろうか、親しみさえ湧いてくるのは…
「…ま、いいわ。もう二度と会わないと思うけど、次に会った時は、ぼっこぼこにしてあげるから!」
妹紅は、妖忌が去った空間に向けて拳を突き出した。
その誓いは、彼女に新たな力を与える。
生きているってなんて素晴らしいんだろう。
―――彼女の望みは、結局それから叶う事は無かった。
が、その夜出会った老剣士の孫娘が彼女と相見える事になるのは、それからだいぶ後の話―――
思わず食い入ってみてしまいました。
しかしばらばらになっても生きているとはさすがもっこすw
で、誤字なんですが、最初の方で妖忌じゃなくて妖夢って場所がw
さて置き。
もののふの鑑のようなストイックさと鋭利さが渋く決まった妖忌、
陰気で元気な妹紅の殺されぶりに惚れ惚れいたしました。
自分の妹紅観(何だソレ)に近い藤原さんです。
永遠の生を悲観するでなく、死に続けることを悦ぶ・・・。
いや、ちょっと違うかもしれません(汗)。死にたがりではないですしね。
ううん、難しいキャラ・・・ですな。
正に妖忌の如く渋くまとまっていて素敵です。
読後のすっきりとした感覚が、これぞ東方SSである、
と物語るようで、最後まで面白く拝読させていただきました。
二人の戦闘描写が鮮明に浮かび上がってくる文、かつ妹紅の禍々しさも
上手く書かれているという点も最高です。
が、やはり「最高潮だ」と思ったのは妖忌版待宵反射衛星斬。
「月の力~」の文を見た瞬間、かなり震えが来ましたよ……
とにもかくにも、一文一文を読むだけで臨場感溢れる作品でした。
これは純粋に楽しむための文章ですね。
ストーリーに捻りを一切捨て、その分これでもかというくらいの燃えの王道を激走。
その狙いは拙の急所をずどんと撃ち抜いていきました。
先が読めるのにわくわくしてしまう。
奥義のところはうおおきたあー! って感じです。
妖忌が出るSSはどれも渋い。自分も書いてみようかしら。
なんて燃える戦いなんですか。
こんなにもかっこいい妖忌はそうないです。
戦いのシーンは身震いが止まりませんでした。
「得物を無くした剣士など、死んだも同然よな」のセリフが一番好きです。
武士道を心得ておりますな、流石は妖忌。
人物像が本編では不明瞭な妖忌を、二刀の老剣士として鮮やかに描き出す様は、やはり東方界隈のSS書きとしてのキャリアを感じました。
妹紅は少し哀しい生き物ですね…それを強く思いました。「生きているって素晴らしい」という言葉は、私には空虚なもののように思えて仕方ありません。
諦観しているように思える妖忌も、その事を感じていたのではないかな…とか、妹紅の身体を気遣う妖忌の姿に感じました。
奥義のシーンでは痺れました。
誤字と思われる所。
寝床を借りる下りの最後の一行が妖夢になってます。
現役を退いた老剣士じゃ勝負にもならないんじゃと軽く読み進めて
いたのですが・・・善戦どころの騒ぎじゃない!
この惹き込み方、お見事でした。
じゃあまり関係ないことを。妖夢がいまアレなのは妖忌の真面目と幽々子のボケ(仮)が都合よく中途半端で悪い方面に混ぜといたからでは?w
いやぁ、いかにも妖夢らしいw
妖忌と妹紅の闘いが食い入るように読めました。
まあ、途中で「トウチャオ」と言った時、あのマンガを思い出したのは割愛ということで…
とにかく文章が上手いと思った。一進一退の攻防(散々、妹紅は斬られてるけど)に読んでいて惚れこみました。
特に妖忌の奥義のシーンに燃えつきました。
何より妖忌マジにカッコイイ! これからも楽しみです。
・・それにしても永遠亭のメンバー、悪人ですね。w
武士魂ここにあり!!
あ、あと私は光牙が好きです。
妖忌じいさんかっこいいわ
妹紅もすごくよかった
誰が上手い事を言えと