幻想郷の境に位置する博麗神社。
その13代目の巫女たる少女は今、魔法を得意とする彼女と対峙している。
周囲の空間一杯に広がる弾幕。
その様はまるで、まとわりつく霧雨の様。
星の型を模し、収束・拡散する弾幕。
それをくぐり抜け、右手に持つ符を放つ。
スペルカードから生み出される弾幕を避けつづける事、数分。
彼女の持つ切り札は尽き、決着はついた。
全力を以って霊夢と戦った彼女は、最早立っていられないほどに消耗している。
その耳元で二言、三言何事かを呟く巫女。
彼女は、巫女の少女をただ見送るだけだった。
長い廊下と、降り注ぐ弾の嵐を越えて、妖精たちの守護の更に向こう側へ、往く。
辿り着いたるは、紅暗い空間。
その部屋は、月の輝きすら到達する事は無い。
博麗神社の巫女は、その少女と遭遇した。
今晩は宵待月。
僅かに及ばない狂気の光は、月ではなく、少女の瞳の奥に宿っているかのように見えた。
全ての光を遮るかのように、窓も無く、屋敷の奥深くにある紅い内装の一室。
ここは紅魔館の最深部。
破壊を司る少女は、一人静かにたたずんでいた。
「あなたは何者?」
無邪気な笑顔で問い掛けてくる吸血鬼の妹。
その様子からは、単純な疑問以外読み取れない。
「人間の巫女よ、ただの、ね」
何を考えているのだろう?そうは思ったが、考えたところでわかりそうも無い。
だから、素直に答える事にする。
その答えを聞くと、彼女は目を見開いて、そして…
嬉しそうな顔を、浮かばせていた。
「あなたが人間なのね?」
「私以外にも人間は居るけど…そうね、私は人間よ」
言葉の内容もさることながら、その毒気の無さに驚く。
どうやら、今まで食材の形を見た経験は無いらしい。
「ふぅん。それで、あなたは私に何をするの?」
それまでと反応が変わり、少し俯き気味に、そして上目遣いでいたずらをしてきた様な目をする彼女。
そのころころ変わる表情は、見ていて可愛らしいと思えた。
「あなたが何もしなければ、何もしないわよ」
あ、つまらなそうな顔をした。
その様があまりに愛らしく、そして可哀想に見えたので思わず解っている筈の事を聞いてしまった。
「そう言うあなたは何をするつもりだったの?」
「お姉様のところに行こうとしたの。でも、止められちゃった。」
今度は、本当に寂しそうな表情を浮かべながら答える。
けれど、それもごく僅かな間のみ。
うっすらと張り付いた笑顔の中には、諦めが漂っていた。
私はその時に気がついた。
自らの失言に。
『逆鱗に触れた』のではないけれど、ある意味それ以上の、言わば『疵』に触れてしまった。
眼の色が、変わる。
鼠を見つけた猫なんて、とてもその比じゃない。
絶対的な捕喰者の眼。
改めて『種の違い』の差を見せ付ける凶暴な視線。
人間はおろか、それほど力を持たない妖怪ならばその眼光だけで命を落としかねないくらいの…
その、瞳の奥にある綯い交ぜになった感情は、私には読み取れなかった。
「それで、あなたは私と遊んでくれるの?」
「そうね…少し遊んであげようかしら?あなたがそれで満足するならね」
背筋が凍るような雰囲気の中、私が『怖い』と思ってるなんて思わせない様に慎重に言葉を選び、虚勢を張る。
吸血鬼の姉に出会った時とは、比べ物にならないほどの重い空気。
下がった声のトーンが錯覚をより強く演出し、感覚を肯定する。
「じゃあ、行くよ!」
肉食獣の残虐さを感じる微笑と共に、開いた両手で作った輪を前に突き出した少女。
手のひらで包まれた僅かな空間が輝き、生じた光の球体から弾がはじける。
少女から受ける恐怖を押さえ込み、正面から対峙して私も符を構えた。
衝撃波の様に、徐々に広がりつつ私に迫る弾幕。
そこそこの速度と密度を持ってはいる物の、極端に厳しいというほどのものでもない。
「あなた、避けるの上手いのね」
小手調べは終わったようだ。
どうやら、私には遊び相手の資格があったらしい。
「…どうもありがとう」
「それじゃあ、コレならどうかな?」
懐から一枚の、やや縦に長いカードを取り出した彼女は、魔力を送り込んで中に織り込まれた術式を展開させる。
それに伴って浮かび上がる何対かの魔法陣。
部屋の周囲をものすごい勢いで回り始めながら、徐々に私との間合いを詰めてくる。
私の死角から包み込むように、周囲を飛び回る魔法陣から撃たれる弾。
コケモモの実の色をしたその弾は、私をクランベリー・カラーの赤黒い液体に塗れさせる為にその罠を張る。
―禁忌「クランベリートラップ」―
顎を閉じるかのようにゆっくりと、間隔を狭めながら私の退路を塞ぐ。
時に前進しその閉じる顎から逃れ、時に後退し絡みつく根のような弾幕の間隙を抜ける。
「まだまだ、もっと遊んでくれるんでしょ?」
蔭のある笑顔で話しかけてくる少女。
しかし、それは決して嘲笑といった類の悪意は含まれていない。
代わりに含まれていたものは…
だからなのだろうか。
「ええ。もちろんよ」
私に出来ることは、全力で受け止める事だけだと、そう思った。
そして、頭の片隅には「クランベリー」と言う単語が引っかかっていた。
私と部屋の間にある空間を飛び回っていた魔法陣が、気がつくと消えている。
彼女の方を見やると、右手に持ったスペルカードが焔を上げ始めて…
そのまま燃え盛る巨大な剣の形を呈していた。
―禁忌「レーヴァテイン」―
彼女にはあまりに不似合いな大きさのその剣は、片手では持ちきれていない。
それだけではなく、振り回すたびに彼女自身まで振り回されて、間合いが予想以上に広がってくる。
そして、一振り毎に大量の巨大な火花が、火球とも呼べる炎の塊が、軌跡上から飛散する。
全てを焼ききるかの様な、禍々しさを秘めた力の顕現。
それはあまりに大きく、まだ彼女が扱うのには力量不足にも見える。
けれどもその破壊力、凶暴性はしっかりと彼女を象徴しているふうにも取れた。
一方で、大きすぎるそれに振り回される彼女には愛嬌も感じるのは紛れも無い事実。
もっともそれを態度に出したりは、決してしない。
ただでさえ脅威を感じているものにわざわざ油を注ぐ事は無いし。
「あ、こら!逃げるな」
流石にそれは勘弁願いたい。
「ものすごい無茶を言うな!」
火焔を薙ぎ払ってはそのまま独楽のようにくるっと回る少女。
その運動の大半は彼女の意識した行動では無さそうだったが、とにかくやたらめったに振り下ろされ、薙ぎ払われることで生まれる熱い軌跡。
私にはひたすらそれを避ける以外に方法は無かった。
「あ~もうさっきからちょこまかと! 動くな! この、あたれっ、あたれっ、あたれぇっ!」
自棄になっていると言うのか、はたまた意地になっていると言うのか。
「なんで当たらないのよ! このっ! このっ!」
癇癪を起こしてるのか、それとも八つ当たり?
幸いにも、紅魔館の建物自体に影響は無いようなのがせめてもの救い…
なんて考えている間にも、灼熱の剣は私のすぐ傍を駆け抜けていく。
「ああもう!全然当たらないじゃない!」
そう叫ぶと、彼女はその手にある熱量の塊を一瞬にして消し去る。
途端に気温が5℃は下がった気がする。
体感気温でそれくらいなのだから、実際にも2℃くらいは下がってるかもしれない。
「でも、次は逃げ切れるかしら?」
その声は、真後ろから聞こえてくる。
いつの間にか発動していた3枚目のスペルカード。
振り向くと、真後ろだけではなく左右にも彼女がいた。
突如として現れた彼女たちに、私は囲まれていた。
―禁忌「フォーオブアカインド」―
四人の少女は、それぞれが魔力で作られた弾を放つ。
好き勝手に飛び回りながら、好き勝手にばら撒かれる弾。
大きさと速度の違う弾が入り混じり、僅かな時間だけ『道』を創っては消えてゆく。
四箇所から迫る圧力は、今までの比では…無い。
なのに。
それなのに。
私には避ける事が出来ていた。
なぜなら、彼女から生まれている弾のほとんどが、同じ癖を持っているから。
確かに彼女から広がるそれは結構な速度を持ち、そして空間を埋め尽くすほどの量もある。
大きな威力を持っていて、破壊の象徴と言うのもうなずける。
でも…とても素直なのだ。
目を覆うほどの量の弾幕の中で、フェイントは全く無くて。
必ず私を狙った弾を撃つ。
わざと避けさせて、その避けた先を狙うだとか。
そういった『技術』が一切含まれていない。
それは、彼女が一人のときも、そして四人になってからも変わっていない。
『駆け引き』の要素が、彼女には見られない。
今まで、ずっと一人だったから。
彼女はずっと一人で、長い間居たから。
たまに暴れる時だって、相手はほんの数人。
自分の気が済むまで相手をしてもらえればそれで良かったから。
それだって、押し通す事が出来るほどの力を――不幸にも――持っていたから。
今でこそ私も一人で生活しているけれど、それでも私は一人じゃない。
しょっちゅう誰かが来ているし、私から出掛けることも多々ある。
私は『一人』ではあっても、決して『独り』ではなかった。
夕立の様に激しく降り注ぐ弾幕の嵐の中でも、相変わらずかすりこそすれど一発も当たらない私。
その私に対してまた苛立ちが募ったのだろう。
今度は別の手段を講じてきた。
私の四方に突如現れる緑色の弾で作られた格子。
縦横無尽に張り巡らされるそれは、この部屋を深い森に変貌させた。
私を捕らえる為の罠であり、私の動きを封じる枷の役割を果たしている弾の柱。
どんな方向に動いても、どんな高さで動いても、必ず障害となって立ち塞がる。
目論見通りに『道』の多くが潰された私は、正に篭目に囚われた鳥だった。
―禁忌「カゴメカゴメ」―
彼女の力の大きさが表れているのか、格子は私の周囲だけで無く部屋中に存在している。
要するにそれを作り出した主もまた囲まれてはいるのだが、特に気にした様子も無く巨大な弾を作り出してはあちこちに放り投げている。
弾がぶつかった柱は崩れて、構成要素となっていた弾を鳳仙花の種の様に周囲に飛ばす。
私と彼女を隔てる垣根の一部が壊れると、狭いながらも彼女に到達する道が出来ていた。
けれど、瞬きする間もなくまた新たな柵が形成されつづける。
鳳仙花の花言葉を…『私に触れないで』を示しているかのように。
それは、本当は私を封じている筈なのだけれども。
まるで逃げようとした傍から再び檻に閉じ込めるように見えて。
一度そう思ってしまった後は。
彼女を、この館の奥深くに封印しているかのような。
彼女こそ、囚われの鳥たる「籠女」なのではないかと、そうとしか思えなかった。
もう、じっとしていられなかった。
ただ見過ごすなんて出来ない。
あの子は何も悪くはない。
ただ、彼女の居た場所が、彼女に向いていなかっただけだ。
私は、彼女を受け止めようと思う。
それは、私の自己満足に過ぎないかも知れないけれど。
それで少しでもあの子が救われるのなら。
「あなた、私と遊んでて楽しい?」
「少しは楽しめるわ。あなたみたいな人は初めてだし」
「もっと、私や、他の人と遊びたい?」
「…別に。今それなりに楽しいから、それで構わないわ」
「本当に?」
「……ええ、本当よ」
「あなた、本当は他人が恋しいんじゃないの?」
「…」
「外に出て、誰かと星や月を眺めたいんじゃないの?」
「………ぃ」
「あなたを閉じ込めてた屈折した過去なんて、そんなもの…私が壊すから」
「…さい」
「あなたの周りに誰もいないなんて事、絶対にさせない。だから…」
「うるさいうるさいうるさい!あんたなんかに私の何が解るのよ!」
「…本当の所なんて、きっと私には判らないわ。でも、独りじゃないことの幸せならば教えてあげられる」
「うるさい!あんたなんか!あんたなんかぁっ!」
少女は瞳に涙を浮かべ、持てる力を揮う。
少女の涙の意味は…
雨のやんだ紅魔館の敷地では、屋根から零れ落ちる雫が水たまりにいくつもの波紋を描いていた。
二人がその場所へたどり着いた時、疲れ果てて床に寝ている二人は静かに天井を見上げているだけだった。
姉は妹の元に、魔女は巫女の元に歩み寄る。
「まさか本当に妹様を止めるなんてね」
「言ったでしょ、止めるって。ここのお嬢様からあんな話を聞いて、そのお嬢様も動けないなら私がやるしかないじゃない。それに…」
言葉を止める巫女の少女。
「あの子、今なら…」
「お姉様…」
「いつも…ごめんなさい、フラン」
「…」
けれど、それ以上言葉を紡ぐ事は出来ない。
それ以上言ってしまっては、ただの偽善だ。
それは充分解ってる。
幻想郷でも大きな影響力をもつ紅魔館の当主。
その立場にある彼女が、強大な力を制御出来ない者を野放しになど出来る筈も無い。
例え血を分けた妹相手であろうとも、責任は果たさねばならない。
そこに、当主の個人的な感情が入り込む余地は、一切無い。
「そこのお嬢様、ちょっといい?」
床に寝転んだまま、顔だけこちらを向いて巫女の少女が話しかける。
少女が言いたい事を全て言い終わって満足するまでに、その後たっぷり10分を必要とした。
その間に彼女の口が止まったのは呼吸の時だけだった。
今日の紅魔館に修理が必要な個所は、どこにも無かった。
数日後、博麗神社。
「何だ、そんな面白い事になってたのか」
「全然面白くないわよ」
いつもの様に、参拝客ではない誰かが来ている。
今日は魔理沙だ。
「で、結局妹君はどうなったんだ?」
「もう自分で力をある程度制御できるから、紅魔館の中は自由に動けるらしいわ」
「へぇ~。それじゃ、今度遊びに行ってみるかな」
「…知らないわよ、どうなっても」
先日、私と入れ違いに神社に来た魔理沙は私の代わりに紅魔館の主がいた事に心底驚いたらしく、事情の説明を求めてきていた。
彼女曰く、
「当然の権利だぜ」
との事だが、どの辺が当然でどういう権利なのか、私にはさっぱり解らない。
「ところで魔理沙、クランベリーって何の事だっけ?」
「あー?クランベリー?それならツルコケモモだぜ」
「え?ツルコケモモ…だった?」
「それがどうかしたか?」
「いえ…何でもないわ」
過去にどこかで聞いていたんだろう。
クランベリーがツルコケモモの事だと。
そうでなければ、あの時気にかかった理由が説明出来ないからだ。
私は、彼女にとってのクランベリーとなれたのだろうか。
考えても、答えは出なかった。
「なぁ、霊夢。なに難しい顔してるんだ?」
急に黙り込んでしまったからだろう。
魔理沙が声をかけて来た事で、私は一旦考えることを忘れる。
「うん、ちょっとね…」
「お前はちゃんと巫女としての職分を果たしてるよ」
「何の事?いきなり失礼ね」
いきなり何を言い出すのか、この魔法使いの少女は。
訝しげに見つめていると、いつものいたずらっぽい笑顔を浮かべ、彼女は言ってのけた。
「巫女の仕事は御祓いだろ?姉が妹を閉じ込めるなんて呪いを、霊夢はちゃんと祓ってるじゃないか」
ツルコケモモ(クランベリー)の花言葉は「心痛のなぐさめ、心痛を柔らげる」
フランドール・スカーレットにとってのツルコケモモは、間違い無く寂れた神社の13代目巫女だった。
全体的によく完成されていると思います。お見事でした。
籠から解放されて、『独り』ではなくなったフランドールに幸あらんことを。
全体的に雰囲気がいいですね~ほのぼので、やさしくて、フランに圧力を感じながらも包み込むようなれ…れい…………
…………れいむ?orz
すみません自分の霊夢とあまりにも差がありすぎでした orz
だからこそ、脆いのかもしれませんね。
スペル一枚一枚がいい感じにフランの心情を映し出していていいです。
恐ろしい戦闘のシーンなのによく編まれた雰囲気がとても良かったです。
…しかし、霊夢がさりげなくカッコ良すぎる。自分のイメージとのギャップが激しすぎてしばし放心状態。