<3 居待は霜葉を>
幻想郷の境、八雲邸。
満月が取り戻され、
今日も、いつもと変わらぬ日常が送られていた。
「しかし、毎日毎日良く寝るよなぁ…」
仕事に一区切りを付け、
紫の寝顔を見て溜め息を一つ。
彼女の季節感の無さを、夏は羨ましく思った物だったが、
さすがに秋になると、少し心配になって来る。
「この人には、季節を楽しむと言う事が無いのかな…」
この時の藍は、その呟きを紫が聞いている可能性を露ほども考慮していなかった。
その日の昼下がりの事。
「ただ今戻りました…って、あれ?」
いつもの様に橙と買い物を済ませ、屋敷に戻ると、扉に鍵が掛かっていた。
「……?」
(紫様が鍵を掛けるなんて、珍しい…)
そう思いながら鍵を開け、中に入ると。
「あれ?」
―紫がいない。
どこかへ出かけたのだろうか。
「紫様?」
返事は無い。
「紫様?」
…やっぱり、返事は無い。
「返事、無いですね……」
「ああ……」
橙と顔を見合わせ、溜め息。
こう言う事は、時々ある。
特に、仕事を頼もうとするとすぐ消えるのは困りモノだ。
そこで、思った。
「…あれ?」
―今日は、何も頼んでいない。
となると、やはりどこかへ出掛けた事になるが、
彼女が出掛けるような所を、藍は知らない。
と。
「藍様ー」
「うん?」
橙の呼び声に応じ、普段は殆ど入らない紫の書斎へ入る。
所管やら書物やらが、整然と並べられている。
全て藍がやったものだが。
「紫様でも見つけたのか?」
「……藍様、自分のご主人様をモノ扱いするのは良くないですよ。
それより、これ……」
橙が指差す先には、紫の文机。
そこに、紙が一枚。
見ると、書置きのようだ。
達筆な字で、こう書いてある。
「遠上寒山石径斜
白雲生所有人家
停車坐愛楓林晩
霜葉紅於二月花
さて、私は何処にいるでしょう?
頑張って捜してみてね。
見つけられたら、良い物を見せてあげるから。
―八雲紫」
墨はまだ乾き切っていない。
多分、出る直前に書いた物であろう。
そこまでは分かるのだが。
「……新手の暗号か?」
「漢字の羅列……」
4×7、28文字。
漢字の羅列である。
何の意味も無くこんな事をするとは思えないから、
きっとこれが何かヒントになっているのだろう。
そこまでは分かるのだが。
「…読めん…」
読めない。
「……ダメもと。橙、分かるか?」
「…ダメです。分かってるなら訊かないで下さい」
……。
―あれ?
違和感を感じる藍。
記憶を遡る。
―あ。
「……」
「藍様?」
「……今頃気付いた」
そう言うと、橙を向いてニヤリと笑う。
「橙」
「……はい?」
むにぃ~っ
「さり気無く主人になめた口を利くんじゃなぁ~い!」
「だ、だってそれはらんひゃまが……あだだだだだだだ!」
気が済むまで頬を弄んでから、
橙にも協力を依頼し、暗号解読を開始した。
して、かれこれ1時間が経過した。
したのだが。
「えーと、この字は……あれ?」
橙は、藍に読み書きを教わったが、まだ完全には身に付いていない。
そのため、解読以前に読めない文字を辞書で引く方が大変で、遅々として進まない。
「あー、分かんないよ……」
しかし、1回頭がパンクしたと言うのに、
「でも、藍様が頼りにしてくれてるから……」
途中で投げ出さないのは、偏に主人である藍の為であった。
それなのに、
「…ダメだ。さっぱり分からん!」
鉛筆を放り出して頭を掻く藍。
そう言っている傍から、肝心の主人が諦めてしまっていては、その努力も報われない。
「……暗号じゃないのかな……」
どうやっても意味の通った文にならない。
となると。
「分からなかったら人に訊く、か…橙!」
「何ですか?暗号なら分かりませんよ」
「大丈夫だ、私も分からないから」
「どこがですか」
「まあ、そう言う事にしておけ。
今からちょっと出掛けるぞ」
藍はそう言うと、書置きを持って立ち上がった。
「何処に行くんですか?」
「白玉楼さ」
「……で、この書置きがねぇ……」
「分かりますか?」
白玉楼。
幽々子は藍から書置きを受け取ってから、ニヤニヤと笑っている。
「こんな物を書置きにするとは、紫も洒落た事をするのね」
「洒落たって……読めない書置きを残されても困惑するばかりですよ。
橙なんて、一回爆発しちゃったし」
「……あら」
「暗号なのかなと思って色々やっても解けないし、
もうそのまま読む物なのかとまで思ってますよ」
「ええ、そうよ」
「……は?」
「これはそのまま読むの」
言葉が、藍の右から左へと抜ける。
―ソノママ、ヨム?
「はい?」
「これは詩よ。山行と言って、結構有名なんだけど……」
「そのまま、読む?」
「ええ。読み方が問題なんだけどね。
昔はこう言う文の書き方をしてたんだけど、今は余りやらないから」
そう言うと、文字を指差しながら読み始めた。
「『遠ク寒山ニ上レバ石径斜メナリ
白雲生ズル所人家有リ
車ヲ停メテ坐ニ愛ス楓林ノ晩
霜葉ハ二月ノ花ヨリモ紅ナリ』
って読むの。『於』は置き字と言って、この読み方の時は読まないわ」
「この読み方って……まだあるんですか」
「ええ、もう1つ。このまま……」
幽々子は何やら呪文のような物を発音しだした。
藍には音の羅列にしか聞こえない。
右から左へと抜けて行ってしまった。
「…ってね。まあ、こっちは通じる人が少ないから、基本的には使わないわね」
「……いるんですか、通じる人」
「ええ」
「……くちゅん」
「美鈴?」
「風邪かな……」
「別に休んでも良いわよ」
「え?良いんですか!?」
「その時間分減給だけど」
「…で。これはどう言う意味なんですか」
「うーん……屋敷の近くの山に、夕方になるのを待ってから登ってみなさい。
多分そこにいるはずよ」
「山?」
「この詩は、秋の山に上って夕暮れの楓を愛でるって言う物なの。
霜葉って言うのは霜に打たれて色づいた紅葉の事よ」
「へぇ……」
年齢不詳だが、そう言われると確かに洒落ているのかもしれない。
詩で自分の居場所を知らせるなんて、普通では思いつかない。
誰かに捕まった時にも使えそうだ。
後で何か本を探して、橙に教える事にしよう。
藍はそう思いながら、尋ねた。
「昔って、どのぐらい前なんですか」
「1000年ぐらい」
夕方になるのを待って、藍と橙は屋敷を出た。
雲1つ無い空は、沈み始めた夕日の橙1色で塗り潰されている。
「秋は夕暮れ」とは、良く言った物だ。
少し遠くに見える田は、豊作の稲で金色に彩られていた。
この色を絵の具にして持ち帰る事が出来たら、どんなに良いだろうと藍は思う。
「綺麗ですね……」
橙が溜め息混じりに言う。
「ああ…出来るのなら、持って帰りたいよ」
「ダメですよ、出来ても持って帰ったりしちゃ」
「え?」
「こう言うのはたまにしか見られないから有り難味があるんです」
「!?」
「……って、紫様の受け売りなんですけど」
「はぁ……」
そう言って、てへっと笑う橙を見ながら、藍は安堵にも似た溜め息をつく。
しかし、主人がそんな事を橙に話していたとは。
「そんな事を言っていたか……」
「?」
「いやな、紫様はいつも寝てばっかりだから、そう言う方面に疎いと思ってたんだ。
今日まで」
でも、そうじゃない事が分かった。
「だから、ただ寝てばっかりのダメ主人じゃないんだなってさ」
「今まで、そう思ってたんですか」
「正直、少しな」
八雲邸から程近い所にある山。
いつもなら、秋は紅と黄色が入り混じった色彩になるのだが、
今日は、紅1色だった。
そしてそこに、彼女はいた。
隙間ではなく、樹の枝に腰掛けて。
「うーん……ちょっと結界を拡げ過ぎたかしら」
紫は、戯れに手近にある葉を取る。
真っ赤に染まった、楓。
こうやってまじまじと見たのは、もう随分と昔の事だ。
と。
「お。穴場発見」
藍の物ではない声がした。
振り向くと。
「……あ、強気な人間4号」
「4号呼ばわりしないでよ」
妹紅が登って来るのが眼に入った。
「だって、強気なんだもの」
「答えになってないわ。
……これ、結界でしょ」
「あら。いきなり看破されちゃった」
妹紅は近くにあった樹の幹に触れながら言う。
「だって、これはどう見ても銀杏の樹でしょう。
それから楓の葉が出てるなんて、普通考えられない」
「ばれちゃ仕方無いわね。これは私特製の結界、
秋結界(しゅうけっかい)『夢幻楓林(むげんふうりん)』。
葉は本物なんだけど」
「そりゃ見りゃ分かるって。しかし、また随分と風流な結界だね」
「季節感が無いとか何だとか式神に言われちゃってね。
少しムキになってみたの」
「ふーん……変な奴」
「よく言われるわ」
「あ。変な奴と言えば、気付いてる?
最近、2人ほど変な奴がこの辺りをうろついてるのは」
「うーん……片方はどうせマッチを買いに来たついででしょうし、
もう片方は特に大した事はして無いから、大丈夫じゃない?」
「そう……」
「「紫様ー!!」」
「あ、来た来た」
紫は嬉しそうに言うと、使い魔を放って楓の葉を大量にとらせた。
「何をする気なの?」
「まあ、見てなさい」
あくどい事を考える時の笑いを浮かべながら、その使い魔を橙と藍に向けて放つ。
「『深弾幕結界-夢幻泡影-』……」
「紫様~……いくら何でも、出会い頭に弾幕結界は無いでしょう…」
「あらそう?」
「弾が楓でもびっくりしますって」
「皆、心狭いねぇ」
「狭いの一言で片付けないで下さいよ」
「心窮屈ねぇ」
「同じです!」
「……全く、主人が主人なら式も式。
血は争えないみたいね」
そのやり取りに、妹紅が横槍を入れた。
「紫様を侮辱するな」
藍の反駁に、妹紅は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「いつもは影で色々言ってるくせに」
「ギクッ!…何故それを!?」
「あれ、当てずっぽうで言ったら当たっちゃった」
「…こ…こ、このアマ……」
「……ふん。影でダメ主人だ何だと罵っておきながら、
肝心な所で逆らえないダメ狐風情が良く言うわね」
「―ムカッ!」
「『仙狐思念』!」
「『リザレクション』!」
「『十二神将の宴』!」
「『リザレクション』!」
「って、何で出て来る弾が全部楓の葉なんですか!
って言うか、わざわざ律儀にリザレクションしなくても」
「隙あり!『正直者の死』!」
「うわあぁあぁああぁぁ!しかもレーザーはちゃんと出てるー!」
「中らないように避けようとするとああなるのよ。覚えておきなさい、橙」
「…?何の話ですか?」
屋敷に程近い山。
いつもなら、秋は紅と黄色が入り混じった色彩になるのだが、
今日は、紅葉の弾幕と散る楓で、真っ赤に染まっていた。
幻想郷中からその様子が見えた事を、4人が知っていたかどうかは、また別のお話。
幻想郷の境、八雲邸。
満月が取り戻され、
今日も、いつもと変わらぬ日常が送られていた。
「しかし、毎日毎日良く寝るよなぁ…」
仕事に一区切りを付け、
紫の寝顔を見て溜め息を一つ。
彼女の季節感の無さを、夏は羨ましく思った物だったが、
さすがに秋になると、少し心配になって来る。
「この人には、季節を楽しむと言う事が無いのかな…」
この時の藍は、その呟きを紫が聞いている可能性を露ほども考慮していなかった。
その日の昼下がりの事。
「ただ今戻りました…って、あれ?」
いつもの様に橙と買い物を済ませ、屋敷に戻ると、扉に鍵が掛かっていた。
「……?」
(紫様が鍵を掛けるなんて、珍しい…)
そう思いながら鍵を開け、中に入ると。
「あれ?」
―紫がいない。
どこかへ出かけたのだろうか。
「紫様?」
返事は無い。
「紫様?」
…やっぱり、返事は無い。
「返事、無いですね……」
「ああ……」
橙と顔を見合わせ、溜め息。
こう言う事は、時々ある。
特に、仕事を頼もうとするとすぐ消えるのは困りモノだ。
そこで、思った。
「…あれ?」
―今日は、何も頼んでいない。
となると、やはりどこかへ出掛けた事になるが、
彼女が出掛けるような所を、藍は知らない。
と。
「藍様ー」
「うん?」
橙の呼び声に応じ、普段は殆ど入らない紫の書斎へ入る。
所管やら書物やらが、整然と並べられている。
全て藍がやったものだが。
「紫様でも見つけたのか?」
「……藍様、自分のご主人様をモノ扱いするのは良くないですよ。
それより、これ……」
橙が指差す先には、紫の文机。
そこに、紙が一枚。
見ると、書置きのようだ。
達筆な字で、こう書いてある。
「遠上寒山石径斜
白雲生所有人家
停車坐愛楓林晩
霜葉紅於二月花
さて、私は何処にいるでしょう?
頑張って捜してみてね。
見つけられたら、良い物を見せてあげるから。
―八雲紫」
墨はまだ乾き切っていない。
多分、出る直前に書いた物であろう。
そこまでは分かるのだが。
「……新手の暗号か?」
「漢字の羅列……」
4×7、28文字。
漢字の羅列である。
何の意味も無くこんな事をするとは思えないから、
きっとこれが何かヒントになっているのだろう。
そこまでは分かるのだが。
「…読めん…」
読めない。
「……ダメもと。橙、分かるか?」
「…ダメです。分かってるなら訊かないで下さい」
……。
―あれ?
違和感を感じる藍。
記憶を遡る。
―あ。
「……」
「藍様?」
「……今頃気付いた」
そう言うと、橙を向いてニヤリと笑う。
「橙」
「……はい?」
むにぃ~っ
「さり気無く主人になめた口を利くんじゃなぁ~い!」
「だ、だってそれはらんひゃまが……あだだだだだだだ!」
気が済むまで頬を弄んでから、
橙にも協力を依頼し、暗号解読を開始した。
して、かれこれ1時間が経過した。
したのだが。
「えーと、この字は……あれ?」
橙は、藍に読み書きを教わったが、まだ完全には身に付いていない。
そのため、解読以前に読めない文字を辞書で引く方が大変で、遅々として進まない。
「あー、分かんないよ……」
しかし、1回頭がパンクしたと言うのに、
「でも、藍様が頼りにしてくれてるから……」
途中で投げ出さないのは、偏に主人である藍の為であった。
それなのに、
「…ダメだ。さっぱり分からん!」
鉛筆を放り出して頭を掻く藍。
そう言っている傍から、肝心の主人が諦めてしまっていては、その努力も報われない。
「……暗号じゃないのかな……」
どうやっても意味の通った文にならない。
となると。
「分からなかったら人に訊く、か…橙!」
「何ですか?暗号なら分かりませんよ」
「大丈夫だ、私も分からないから」
「どこがですか」
「まあ、そう言う事にしておけ。
今からちょっと出掛けるぞ」
藍はそう言うと、書置きを持って立ち上がった。
「何処に行くんですか?」
「白玉楼さ」
「……で、この書置きがねぇ……」
「分かりますか?」
白玉楼。
幽々子は藍から書置きを受け取ってから、ニヤニヤと笑っている。
「こんな物を書置きにするとは、紫も洒落た事をするのね」
「洒落たって……読めない書置きを残されても困惑するばかりですよ。
橙なんて、一回爆発しちゃったし」
「……あら」
「暗号なのかなと思って色々やっても解けないし、
もうそのまま読む物なのかとまで思ってますよ」
「ええ、そうよ」
「……は?」
「これはそのまま読むの」
言葉が、藍の右から左へと抜ける。
―ソノママ、ヨム?
「はい?」
「これは詩よ。山行と言って、結構有名なんだけど……」
「そのまま、読む?」
「ええ。読み方が問題なんだけどね。
昔はこう言う文の書き方をしてたんだけど、今は余りやらないから」
そう言うと、文字を指差しながら読み始めた。
「『遠ク寒山ニ上レバ石径斜メナリ
白雲生ズル所人家有リ
車ヲ停メテ坐ニ愛ス楓林ノ晩
霜葉ハ二月ノ花ヨリモ紅ナリ』
って読むの。『於』は置き字と言って、この読み方の時は読まないわ」
「この読み方って……まだあるんですか」
「ええ、もう1つ。このまま……」
幽々子は何やら呪文のような物を発音しだした。
藍には音の羅列にしか聞こえない。
右から左へと抜けて行ってしまった。
「…ってね。まあ、こっちは通じる人が少ないから、基本的には使わないわね」
「……いるんですか、通じる人」
「ええ」
「……くちゅん」
「美鈴?」
「風邪かな……」
「別に休んでも良いわよ」
「え?良いんですか!?」
「その時間分減給だけど」
「…で。これはどう言う意味なんですか」
「うーん……屋敷の近くの山に、夕方になるのを待ってから登ってみなさい。
多分そこにいるはずよ」
「山?」
「この詩は、秋の山に上って夕暮れの楓を愛でるって言う物なの。
霜葉って言うのは霜に打たれて色づいた紅葉の事よ」
「へぇ……」
年齢不詳だが、そう言われると確かに洒落ているのかもしれない。
詩で自分の居場所を知らせるなんて、普通では思いつかない。
誰かに捕まった時にも使えそうだ。
後で何か本を探して、橙に教える事にしよう。
藍はそう思いながら、尋ねた。
「昔って、どのぐらい前なんですか」
「1000年ぐらい」
夕方になるのを待って、藍と橙は屋敷を出た。
雲1つ無い空は、沈み始めた夕日の橙1色で塗り潰されている。
「秋は夕暮れ」とは、良く言った物だ。
少し遠くに見える田は、豊作の稲で金色に彩られていた。
この色を絵の具にして持ち帰る事が出来たら、どんなに良いだろうと藍は思う。
「綺麗ですね……」
橙が溜め息混じりに言う。
「ああ…出来るのなら、持って帰りたいよ」
「ダメですよ、出来ても持って帰ったりしちゃ」
「え?」
「こう言うのはたまにしか見られないから有り難味があるんです」
「!?」
「……って、紫様の受け売りなんですけど」
「はぁ……」
そう言って、てへっと笑う橙を見ながら、藍は安堵にも似た溜め息をつく。
しかし、主人がそんな事を橙に話していたとは。
「そんな事を言っていたか……」
「?」
「いやな、紫様はいつも寝てばっかりだから、そう言う方面に疎いと思ってたんだ。
今日まで」
でも、そうじゃない事が分かった。
「だから、ただ寝てばっかりのダメ主人じゃないんだなってさ」
「今まで、そう思ってたんですか」
「正直、少しな」
八雲邸から程近い所にある山。
いつもなら、秋は紅と黄色が入り混じった色彩になるのだが、
今日は、紅1色だった。
そしてそこに、彼女はいた。
隙間ではなく、樹の枝に腰掛けて。
「うーん……ちょっと結界を拡げ過ぎたかしら」
紫は、戯れに手近にある葉を取る。
真っ赤に染まった、楓。
こうやってまじまじと見たのは、もう随分と昔の事だ。
と。
「お。穴場発見」
藍の物ではない声がした。
振り向くと。
「……あ、強気な人間4号」
「4号呼ばわりしないでよ」
妹紅が登って来るのが眼に入った。
「だって、強気なんだもの」
「答えになってないわ。
……これ、結界でしょ」
「あら。いきなり看破されちゃった」
妹紅は近くにあった樹の幹に触れながら言う。
「だって、これはどう見ても銀杏の樹でしょう。
それから楓の葉が出てるなんて、普通考えられない」
「ばれちゃ仕方無いわね。これは私特製の結界、
秋結界(しゅうけっかい)『夢幻楓林(むげんふうりん)』。
葉は本物なんだけど」
「そりゃ見りゃ分かるって。しかし、また随分と風流な結界だね」
「季節感が無いとか何だとか式神に言われちゃってね。
少しムキになってみたの」
「ふーん……変な奴」
「よく言われるわ」
「あ。変な奴と言えば、気付いてる?
最近、2人ほど変な奴がこの辺りをうろついてるのは」
「うーん……片方はどうせマッチを買いに来たついででしょうし、
もう片方は特に大した事はして無いから、大丈夫じゃない?」
「そう……」
「「紫様ー!!」」
「あ、来た来た」
紫は嬉しそうに言うと、使い魔を放って楓の葉を大量にとらせた。
「何をする気なの?」
「まあ、見てなさい」
あくどい事を考える時の笑いを浮かべながら、その使い魔を橙と藍に向けて放つ。
「『深弾幕結界-夢幻泡影-』……」
「紫様~……いくら何でも、出会い頭に弾幕結界は無いでしょう…」
「あらそう?」
「弾が楓でもびっくりしますって」
「皆、心狭いねぇ」
「狭いの一言で片付けないで下さいよ」
「心窮屈ねぇ」
「同じです!」
「……全く、主人が主人なら式も式。
血は争えないみたいね」
そのやり取りに、妹紅が横槍を入れた。
「紫様を侮辱するな」
藍の反駁に、妹紅は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「いつもは影で色々言ってるくせに」
「ギクッ!…何故それを!?」
「あれ、当てずっぽうで言ったら当たっちゃった」
「…こ…こ、このアマ……」
「……ふん。影でダメ主人だ何だと罵っておきながら、
肝心な所で逆らえないダメ狐風情が良く言うわね」
「―ムカッ!」
「『仙狐思念』!」
「『リザレクション』!」
「『十二神将の宴』!」
「『リザレクション』!」
「って、何で出て来る弾が全部楓の葉なんですか!
って言うか、わざわざ律儀にリザレクションしなくても」
「隙あり!『正直者の死』!」
「うわあぁあぁああぁぁ!しかもレーザーはちゃんと出てるー!」
「中らないように避けようとするとああなるのよ。覚えておきなさい、橙」
「…?何の話ですか?」
屋敷に程近い山。
いつもなら、秋は紅と黄色が入り混じった色彩になるのだが、
今日は、紅葉の弾幕と散る楓で、真っ赤に染まっていた。
幻想郷中からその様子が見えた事を、4人が知っていたかどうかは、また別のお話。