八雲紫は悩んでいた。
まだ太陽も昇り始めたばかりで、普段なら彼女は寝ている時間である。
「えぇ!? 紫様がおきてる?」
彼女の式である八雲藍は自らの主の姿を見るなり大層驚いた様子でそう言った。
「あら、藍。おはよう」
「おはようございます。今日は珍しく早起きなんですね。午後から嵐でもおきるのでしょうか」
夢だとでも思っているのだろうか。頬をつねっている。
「失礼ね。私が早起きをしてはいけないとでも言うわけ?」
「いえ、ただ本当に珍しいことが起きたので驚いただけですよ」
自らの主が早起きしてることが、相当珍しいらしい。
まだこの世のものとも思えないような目で主を見ている。
本当に失礼な奴だ。
紫はそう思いながらも自らの空腹を満たすことを考えた。
「朝食の準備はできているのかしら?」
「すみません。こんなに早く起きるとは思っていなかったのですぐ作ります」
まだ言うか、この狐は。今夜寝る時に尻尾を枕にして寝てやろうか。
自分の頬をつねりながら台所へと向かう藍は何か思いついたように振り向き、
「そういえば、なぜ今日はこんなに早起きなのですか?」
と聞いてきた。っていうか頬をつねるな。現実だと認めろ。
「ちょっと変わった夢を見てね」
「夢ですか。どんな夢だったのですか?」
「たいした夢じゃないわ。それよりも朝食の準備をしなさい」
「はぁ、わかりました。……変な計画とか立てないでくださいよ。後々にしわ寄せが来るのは私なんですから」
と言って台所に向かって行きざまに、
「お願いですよ」
と念を押してきた。
台所に向かっていく藍の背にあっかんべーをして満足したのか紫は夢に出てきた人物である魂魄妖夢について考え始めた。
魂魄妖夢は半人半霊である。
それ故に、半分幽霊である証拠として彼女には半霊がいつもついている。
彼女らはそれぞれが別々の存在であるわけではなく一心同体であるのだが、普段の自我や行動は人間の形をしている本体(?)が主導権を握っている。
では普段から主導権を握っている本体(?)の意識が無いときはどうなのだろうか?
例えば本体(?)が急に気絶したりしたら半霊も一緒に気絶するのだろうか?
そして、妖夢が睡眠をとっている時は半霊も一緒に睡眠をとるのかもしれない。
だいたい、本体(?)が睡眠をとっている時に半霊がふらふら出歩いていたら夢遊病の一種になってしまのではないだろうか。
要するに紫が見た夢とは、妖夢の本体(?)と半霊が全く別の人格を持っているというものであったのだ。
そして、ふいに目が覚めたときに出てきた疑問が気になって眠れなっかたということである。
「うーん」
「紫様。変な計画は立てないでくださいと先程言ったじゃないですか」
「誰も変な計画なんて立ててないわよ」
「……その顔は何かを企んでる顔です」
「失礼ね。何も企んでないといっているでしょう」
「はいはい、わかりましたよ」
まだ疑わしそうな目で主を見ている。
その視線はご飯がまずくなる。と思った紫は話題をそらすことにした。
ついでにゆっくり考えるため、どっかに追い出せないか考えたところで自分の式が溺愛している子猫ちゃんがいないことに気付いた。
「橙はどうしているのかしら」
「遊びに出かけてると思いますが」
「こんなに早くからどこに出かけているのか気にならないの? まさか意中の異性なんかがいたりして」
「なっ!? そんなバカな」
「ほれほれ、こんなことをしているうちに何処の馬の骨とも知れない奴に橙が奪われているかもよ」
「うわあああああ。ちぇええええええええええええん!」
叫びながら飛び出していった藍をニヤリと見送った後、紫は朝食を食べながらゆっくり半霊について考えることにした。
考えた結果、実際に確かめることにした。
うん、というか最初からこの結論に達することはなんとなくわかっていた。
そうと決まれば疑問発生の原因である魂魄妖夢の住まう白玉楼に向かうことにしよう。
紫はスキマを開き、入っていった。
「妖夢なら霊夢達からお誘いを受けたとかで出かけてるわよ」
白玉楼にて自らの友人である西行寺幽々子に妖夢の居場所を聞いたところ、霊夢達と一緒にいるらしい。
「というとは博麗神社にいるのかしら?」
「そこまではわからないけど、珍しいわね」
「何が?」
「紫が妖夢に用があるっていうのもだけど、こんなに早く起きているなんてね」
「失礼な。藍といい幽々子といいそんなに私が早起きするのが珍しいかしら?」
「多分、というか絶対にみんな同じ反応するんじゃないかしら」
どいつもこいつも、自分のことを睡眠の妖怪と勘違いをしてるんじゃないかしら?
……まあいい。こっちはそんな事でここに来たんじゃない。
このまま疑問が晴れないのであれば、また気になって眠れないかもしれない。
幽々子に疑問をぶつけようとしたが、なんだかんだいっても妖夢を溺愛している幽々子である。邪魔してくるかもしれない。面白そうだと言って首をつっこんでくるかもしれない。
後者の方が確率は高そうだが、幽々子が知らない妖夢の秘密を自分が知るのも面白い。
幽々子に知っているかも聞かずに、知らないことにした紫はとりあえず博麗神社に行くことにした。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
「妖夢に伝言があるならきいておくけど?」
「直接会いに行くからいいわ」
と言い、スキマに入っていこうとしたところで幽々子に襟首をつかまれた。
「ぐぇ。な、なにするのよ」
「面白そうな臭いがするから私もまぜて」
「えー。ゆかりんこまっちゃうよぉ☆」
「気持ち悪いからやめなさい」
失礼な。身も心も永遠の17歳の私をつかまえてなんという事をのたまうのだこの亡霊は。
「別に幽々子の興味を引くようなことじゃないわよ」
とっとこの場から立ち去ることにしよう。
「あっ。待ちなさい」
今度は無事に逃げれたようだ。改めて博麗神社に行こうと思ったが、霊夢達が絡んでくると厄介なことになりそうなので帰り道で待ち伏せすることにした。
「この辺でいいかしらね」
妖夢が帰り道に確実に使うであろう場所を見繕ったところで、
「ふぁ~」
欠伸が出た。
今日は今までになく早起きをしたので眠い。
寝ていけないと思いつつも、次第に紫の意識は薄れていった。
ふと、目が覚めるともう太陽も西に傾き夕方である。
寝すぎたか、とも思ったが今夜は妖夢観察のため徹夜だ。別に気にすることじゃないか。
紫がそう考えている内に、前方から見知った顔が飛んでくるのが見えた。
どうやら寝過ごさずにすんだらしい。
今回の主役(?)たる魂魄妖夢である。
タイミングがよすぎる気もするが、それもこの謎を究明せよというお告げだろう。
都合良くそう考えることにする。
紫は妖夢の後ろからそっと身を出し、手刀を繰り出した。
「ぐっ!?」
どうやら一発で気絶してくれたらしい。
その結果に満足していた紫だが、本来の目的を思い出して半霊を探した。
「なるほどね」
気絶している妖夢の周りを心配そうに飛んでいる半霊がそこにいた。
どうやら本体(?)が気絶しても半霊は無事らしい。
ということは本体(?)が寝ている時も半霊は起きているかもしれない。
期待が膨らんで気分がいいところで、
「あんたは何をしでかすつもりじゃああああ!」
「ぶへぇ!?」
高速で叫びながら飛んできた物体に吹っ飛ばされた。
「紫様は、はた迷惑なことを数々起こしてきましたが、犯罪だけはしないと信じてました。し・か・し・目の前には少女を気絶させて今にも襲いかかろうとしている主人がいるじゃないですか。あなたはそんな事をする方じゃないはずです。境界の大妖怪と畏れられる我が主人は! それが、それがこんなことをしでかすなんて……私は情けなくて涙が出そうです!」
「藍、落ち着きなさい」
いろいろとぶっ飛んだ勘違いをして自分に覆いかぶさりながら泣いている狐ちゃんはどうやって説明すれば納得してくれるのだろうか。
紫はどうしたものか考えていると、
「紫しゃま……」
「紫、あなた……」
涙ぐんでこっちを見る式の式と、軽蔑の眼差しでこっちを見る亡霊のお嬢様がいた。
「ちょ、ちょっと、それは誤解よ。ゴ・カ・イ!」
「じゃあなんでこんなことをしたのか納得できるように説明してください」
「そうよ、紫。何をしでかそうとしてるのか私にも納得できるように説明しなさいよ」
「紫さま。ちゃんとした理由があるのですよね」
「うぅ。こうなったらしょうがないわね」
こっちを見る三人の視線に耐えられなくなり、観念することにした。
「取り合えず白玉楼に行きましょう」
「此処じゃ話せないことなのかしら?」
「じたばたせずとっとと自らの罪を認めてください」
「話が長くなるからね」
「「「……」」」
「あっ、そうだわ。橙には頼みたいことがあったのよ。これを妖怪の山の神社いる早苗に届けて欲しいのよ」
そう言って、あるものが入っている袋を橙にわたす。
この話をすれば間違いなく呆れられる。藍や幽々子はいいとして橙にだけは呆れられたくない。境界の大妖怪の威厳が丸つぶれだ。それに実際にこれはやるべきことだったし、丁度いい。
「何ですかこれは?」
「早苗に頼まれた番組を録画しておいたDVDよ」
「「「……」」」
「幻想郷には話ができるのがいないのよねえ。その点、あの子とは趣味が合うからね」
これは本当に必要なことなのだ。早苗いわく禁断症状が出るらしい。
早苗がではなく変な帽子をしているほうの神が、である。外の世界では長い間神社に引きこもっていたせいなのかTVでしか暇をつぶすことが癖になったそうだ。
この前は突然暴れだして神社が半壊したらしい。
橙にこの事の重要性をこんこんと説きながら飛んでいたら白玉楼に着いたようだ。
「わかりました」
不満そうな顔をしている橙を守矢神社にスキマで送ると、妖夢を寝かせた藍が早速
「さあ、話してもらいましょうか」
と言ってきた。
「変な計画を立てるなと、今朝3回ほど言いましたよね」
紫の話を聞くや否や藍はそう言った。
「藍、2回よ」
「2回も3回も一緒です。幽々子様も何か言ってやってくださいよ」
藍は当然そんなくだらない理由で自らの従者である妖夢を気絶させたのかと怒っているものと思い幽々子を見た。
当の幽々子は目をキラキラさせて
「なんか面白そうじゃない」
と言った。
「でしょう?」
「幽々子様までそんなことを……」
「うるさいわよ。藍」
「ですがっ!?」
邪魔をしてきそうだったので藍はスキマ送りにしておいた。行き先は守矢神社。橙と一緒にいれば大人しくしてるでしょう。
「「今夜は忙しくなりそうねっ」
2人の声が揃った。
「お休みなさいませ。幽々子様」
「お休み。妖夢」
あれからずっとスキマから覗いていた紫に気付くことなく妖夢は眠りについた。
「フフフ。やっとこの時がきたわね」
「ええ。待ちわびたわ」
2人でスキマから覗いていると、大人しくしていた半霊がむくりと動き出した。
おお、やっぱりそうなんだ。
何処に向かって飛んでいるのかわからないが、彷徨うようではなく目的に向かって飛んでいるように見えるので、尾行することにした。好奇心いっぱいに。
紫も幽々子も目の前で繰り広げられる光景に声も出ないようである。
なんか白玉が2人(?)でいちゃついていた……
「ゆ、幽々子。これは幻かしら? そうね。そうにきまってるわ。寝不足だったから途中で寝ちゃったのよね」
「ゆ、紫。これは現実よ。目を背けたいのはわかるけど」
「これは夢よ。現実なわけないわ。白玉のカップルなんて存在するわけがないわ」
「紫……」
「幽々子。あなたがどうしてもこれが現実だと言ううのならば、夢と現実の境界をなくすことにするわ!」
「それは駄目よ! 落ち着いてえぇ!」
狂ったようにアホな会話をする。そうするしかないじゃないか。
この2人の会話はそれなりに大声だったので、当然気付かれるわけである。
『あのぉ』
「「!!」」
「し、しゃべったわよ、幽々子」
「そ、そうね」
こいつしゃべれたのか。紫も幽々子も驚愕する。
『このことはもう1人の私には内密にお願いします』
もう1人の自分? こやつどこかで聞いたことあるようなことを言いおったぞ。
「えぇ、そうするわ。話したほうが面白そうだけどね」
「幽々子。これはすごい発見よ。本体(?)の方の意識が無い時は半霊の方が意識を持つのね」
だがそれはそれとして、ただで内密にするというのはつまらない。
「馴れ初めとかを話してもらおうかしら」
『え、えーと、わかりました』
要するに、三途の川で溺れていたところを助けたらしい。
その後、なんやかんやあって今にいたるらしい。
ちゃんと説明しろ? なんで他人(?)の惚気話を話さないといけないわけ? しかも形だけみれば白玉よ。
そんなのの恋愛談を聞きたいの? 私はごめんよ。
別に途中で羨ましくなったとか、妬ましくなったとかじゃないんだからね。
このなんとも言えない寂しさは、藍のふかふかなもふもふ尻尾枕で癒してもらいましょう。
そうよ。羨ましかったのよ。
ゆかりんだって、女の子なんだもん☆
そういえば、本体(?)に恋人ができたら浮気になるのかしらね。
このことは後日ゆっくり幽々子と話し合うことにして、取り合えず今は……
らああああああああああああああああん。
「むっ? 今、紫様から呼ばれたような気がしたが?」
「おい、なにしてる! 九尾の狐って言うのはこんなもんかい?」
「あーうー、今夜はヤケだああああ! ゲロゲロ」
「ビャキャヤロオオオオオ! オーストラリアに今勝たんでいつ勝つんじゃあ!」
「らん……しゃ…まぁ……zzz」
藍様はさっきまで見ていたワールドカップ予選(DVD)で日本が豪州に引き分けたことへの自棄酒に付き合わさ
れていた。
「はぁ」
「「「チッキショー!!」」」
面白くテンポよく読めました。
この後の半霊が気になります。
半人よりもしっかりしてるじゃないかwww