Coolier - 新生・東方創想話

なんかお嬢様が起きてからご飯食べて何やかやしてお風呂入って寝るまでのごく他愛もない一日の話

2009/02/16 02:39:19
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「あ、どうも。私はー……ただの門番ですね、うん。ひとまずここから先に進もうと
思われる方に、注意というか忠告をするためにいます。中国じゃないですよ。
……えーっとですね、じゃ、文を読ませていただきます。”これより先は過激な描写も
含まれます。ご飯時に見たりしないことをお勧めします。いやホントこれマジに。
特に血の滴るステーキなんて食べちゃいけませんよ? それをご承知で進まれる
方には何も言いますまい。どうぞお気をつけて”……だ、そうです。さて、これを
聞いて貴方はどうされます? 行くもよし引くもよし、私はその背を見送らせて
いただきます。それでは、どうぞご決断を」


















「進むんですね? 最後にもう一度ご忠告を。”覚悟してどうぞ”。では、
行ってらっしゃいませ」


















 澱んだ眠りの闇からの帰還。しかし目蓋を開けども広がるのは闇。腕を天に伸ばせば
突き当たる感触。ぐいと押す。そのまま身を起こしつつ更に手を上に伸ばし、天蓋を
跳ね除ける。肌で感じる空間は大きく広がるが未だ私の世界は闇に包まれている。

 軽く指を弾けば、部屋に設置された燭台に火が灯る。小さな世界創造とは言い過ぎか。
だがもう闇はこの部屋には存在しない。紅のテクスチュアに彩られた天井に壁に床。
同じ色に染まる調度品。

 一つ、欠伸をして寝床の棺桶から身を起こす。こんな寝床も紅の色も、最早我が身の
小さな矜持を誇示するものにしか過ぎない。しかしこれら無駄に見える行為こそ、
我等の様な存在をこの地に縫い止めるのに必要らしい。

 紅の絨毯の上を数歩進み、伝声管に目覚めの意を伝える。やがてすれば重くて分厚い
扉の向こうからノックの音。

「お早うございますお嬢様。お召し物をお持ちしました」

 遅れてしたその声に、入れと促す。

「失礼致します」

 扉は音も無く開かれ、銀髪の人間のメイドと妖精メイドども数匹が静やかに入室
してくる。それを確認し、腕を横に軽く広げ我が身で十字を作る。崇め奉るように
妖精が近寄り、私の服に手をかけた。

 この光景を見て、紅魔館の主は一人で服を着替えることもできないのかと嘲笑う者が
居るとするなら、私はそいつにこそ嘲笑を投げかけよう。何故か? 支配者に成る事の
出来ない生まれついての負け犬の戯言だからだ。着替えなど当然一人で出来る。だがこの
行為を僕どもにさせる事で、私は忠誠の度合いを測っているのだ。

 着替え、風呂、私に一切の防備無い状況は、危害を加える意思がある者にとっては
好都合だろう。事実動けない私に、妖精メイドが悪戯目的だろう弾をぶつけてきた
事もある……そいつの末路は言うまでもないが。そこまであからさまでないとしても、
迂闊に傷一つ肌に付けようものならそいつの首一つ飛んで所業の始末がついたもの。
十ほど首が飛んでようやく館の妖精メイドどもも大人しくなった。愚か者ほど恐怖での
支配はしやすい。

 思索の間に私の服は卸したての物になっている。妖精どもは一礼してそそくさと退室し、
残されたのは銀髪のメイド長だけだ。その口から流れるように、今日のスケジュール
とやらが告げられていく。毎日毎日、無意味な仕事を全く飽きないものだ。聞き流す
言葉が途切れ、私はその段になって私室を後にする。

 向かった先、ダイニングには先客がいた。我が良き友人とその従者が席に着いて、
夕餉を囲んでいる。私に気付くと顔を上げ小さな声で挨拶を寄越してきた。私も鷹揚に
返事し、自らの席に着く。いつの間にかトレーを持ったメイド長が、料理を机に整然と
並べ始めた。こいつのこのやり方には言いたいことは幾らかあるが、便利なので許して
やっている。その事を感謝すべきだ。

 バターロールにジャム、ミネストローネと蒸し鶏のサラダ。そのどれからもむせ返る
ような血の香りがする。従順なメイドがそっと差し出した紅茶からも、だ。軽く目を
瞑り、亡き父と母に祈りを捧げてから食事に手を伸ばす。

「何時までかかりそう?」

 親友が急に声を投げかけてくる。一足先に食事を終えたのだろう。

「あと二、三週間くらいはかかるけれど、構わないわよね?」

 私の答えに小さく頷き、親友は席を立つ。何が何をと言うまでもないそういう仲だ。
館の中で私と対等で在り得る二人の内の一人。お互いがお互いを殺し得る切り札を持つ
そういう仲だ。






 血に塗れた食事を終えて、小さな書斎に我が身を忍ばす。親友から借りているのは
”幻想郷縁起”と古ラテン語の辞書。モノクルをかけ羽ペンを取り、羊皮紙で綴られた
書きかけに続きの一文を入れていく。”幻想郷縁起”の翻訳、私のここしばらくの暇潰しだ。
既にあらかたの言語での訳は済ませている。それらを見たければ親友の住まう図書室に
でも行けばいい。

 しかし我ながら本当に無駄な作業をやっている。一体これら翻訳物を誰が読むというのか、
それもわざわざ好き好んでこの悪魔の館まで。その少ない中で古ラテン語を読めるものが
どれだけ居るというのか。まさに無駄な暇潰し、自嘲に満ちた気持ちをインクに
混ぜ合わせ、ペンを走らす。

 二時間ほども費やしただろうか、誰かがドアをノックする。入室の許可を下せば、
やはりメイド長の姿がある。そういえば朝読み上げられたスケジュールの中に食料の
管理具合の視察があったはず。ペンを置き、顎でメイド長に先に進めと促した。
書斎を後にする。






「……134、136、148、149、151番までは廃棄、128、139、141、142、143番も状態は
良くありませんので廃棄の方向性で検討中です。次に、新しく入手しましたものに
ついて、176番から181番と……」

 我が住む館には幾つかの地下室が存在し、その一つに食糧貯蔵室がある。吸血鬼の
食料といえば当然の如く血だ。つまり、食糧貯蔵庫とは血袋どもを捕らえておく牢獄に
他ならない。従者が淡々と読み上げるのは血袋どもの番号とその管理状況だ。私に
とっては実にどうでもいい事なのだが、この機械的な従者は毎度同じ仕事を辞めることは
ない。一度、血袋どもにいちいち番号など振る必要があるのかと聞いたが、彼女にとって
必要と答えが返ってきた。脳味噌が必要な人間とは斯くもこう愚かしいのかと嘆息した
記憶がある。血袋は血袋で、血は血だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 思いを馳せるうちに地下室への扉の前に来ていた様だ。従者が鉄製の重い扉をこじ開け、
血袋どもに久々にランプの紅い光が浴びせかけられる。同時に血袋どもの放つ悪臭が
漏れ出すが、それ以上に怯えや恐れの感情が、波動となって私を襲う。素晴らしく
最低で素晴らしく最高の気分だ。

 わざと足音を高く響かせて石段を降りる。ざわつく大気、よどめく空気。最下層に
到達すれば空気のさざめきも最高潮に達し、私は唇の端が吊りあがるのを感じながら
歩を進めようとした。途端に背後から甲高い金属音。

「静まりなさい」

 金のぶつかり合う音より冷たい声が響き、地下の通路に静寂が戻る。だが我が耳の
奥には今もキンキンと妙な音が木霊している。おそらくはナイフの柄尻で、近くの牢の
鉄柱を叩いたのだろう。後ろを振り返った。

「お前が五月蝿いよ」

 ぼさっと立っているその腹に拳を軽く叩き込む。小さく呻いてくずおれたメイド長だが、
一瞬の内に体制を立て直し、
「すみません」
とほざいた。一瞬の内? どうせ私に断りもなく時を止めてのた打ち回っていたのだろう。
瀟洒で完全という枷に捕らわれたこの女の所業は実に滑稽だが、私の楽しみを奪う
権利はこいつにはない。怨嗟と恐怖のシンフォニーはモーツァルトの楽曲に勝るとも
劣らぬ物であるなど、人間風情には一生をかけても分からぬだろうが。

 指を弾けば蝋燭に灯が着き、一旦凍った怯えの空気が熔ける様に溢れ出す。仄暗い
牢獄を覗き込めば、血袋どもが白い顔でガタガタと震えながら隅っこで縮こまっている。
そこそこに熟成した血の香りはするのだが、いかんせん生気がない顔が多すぎる。血は
命の源、その命が腐りかけていれば、醗酵は腐敗と変化するだろう。そんな物に口を
つける道理はない。今日も適度に見回って終わりかという失望感。

 ぬとり、そんな感覚が頬にまとわりつく。

「貴様ッ!!」

 怒号と共にナイフを抜き放ち、右の牢に向き直る我が従者。中の血袋は、その声に
怯む事もなく射抜くような視線を此方に向けている。そして、私に向かって唾を
吐きかけてきた。あぁ、これか、と得心しつつ難なく避ける。メイドのスカートで
頬を拭い、血袋に向き直る。

 その血袋は果たして女であった。全身から淫蕩そうな雰囲気を醸し出しながらも
その目は強く私を憎んでいる。すんとひと嗅ぎすれば、B型で罪に塗れた美味そうな
血の匂いがした。

「コイツは?」

「178番、B型でございます。里で数人の資産家、老人や体の極端に弱い物に近づき
篭絡せしめ、夫婦となるや毎夜食事に毒を少量まぶし与えて、果てに殺して財を奪った
罪深き女でございます」

「五月蝿い!! ここから出せよ!!」

 随分と品の無い喚き声。私に恐れを抱いてないその双眸から刺々しい負の感情が
見え隠れする。ぞわりとした感触が背筋を駆け抜けた。血を熟成させるという楽しみが
ここにある。

「ナイフを貸しなさい」

「……はッ」

 差し出されるナイフ。鋼の獲物は思った以上の重量でその存在を誇示している。

「おい、お前。178番」

「番号で呼ぶな! アタイには……」

「別に名前も番号もどうでもいいよ、お前。私の横にいるコイツはナイフ投げが得意でね。
私もそれにあやかってちょっと遊ぼうかと思いつただけよ。幸い、的はそこに居るし」

 びし、と刃先を血袋に向ける。

「今から投げるから、避けなさいよ?」

「くそ……!」

 隣のメイド長を真似て、狙いをつけるため二、三度腕を振り、思いっきり投げつける。
一瞬後、酷く硬質的な破砕音が響いた。人間どもの息を呑む雰囲気が伝わる。投げた
ナイフは見当違いな場所に、柄を石壁にめり込ませて刺さっていた。やはり素人兵法では
上手くいかないものだ。随分と石壁を抉ってしまったから、補修をやらせておくことに
しよう。

「上手く避けた、というか私が上手く投げられなかったみたいね。慣れない事は
すべきではないのかしら」

 にやりと笑う。血袋の目に、初めて少しだけ怯えの色が見えた。だが、何かに
気付いたような表情をした血袋はへたりこんだ姿勢を跳ね起こしざま、ナイフの方へ
身を翻した。

「……お?」

 血袋は必死の形相でナイフを引き抜く。

「は、はは! バカな餓鬼だ!! 力は凄いけどオツムの方は知れたもんだね! 
武器をプレゼントしてくれるなんてありがとうよ!」

「そう。喜んでいただいて私も嬉しいわ」

 血袋が振り向いた先には所在なさげなメイド長しか居ない。体をもう九十度ほど
回転させた血袋はぎょっとした表情を浮かべた。やれやれ、せっかく私が同じ場所に
立ってやったというのに。

「な、なんで……い、一体どうやってここに入り込んだのよ!?」

 ナイフを構えながら血袋は問う。タネを明かせば、血袋がナイフに気が行っている隙に、
我が体を蝙蝠に変え、鉄格子の隙間を縫って入っただけのこと。最もそんな事をいちいち
教唆してやる必要もなかろう。怯えながら後ずさる血袋の様子に、私の唇の端は自然と
上がる。震えた手でナイフを構える血袋を見て、なお良い事を思いついた。

「お前。ナイフを手にして随分ご機嫌のようね。ふふ、そうね。お前がそれで私を少しでも
傷つけることができたら、ここから出してあげてもいいわよ」

「お嬢様……っ!」

 いつもの戯れと分かっているだろうに心配性なメイドの声。それに一瞬気を
取られている間に、
「おっと」
目の前を掠めるナイフの刃。舌打ちの音は血袋のものか。いやいやしかし、なるほど、
返答を行動で表すというのは嫌いではない。突きを入れてくるのを首を傾げてやり過ごす。

「きぃえええええ! 殺してやる! 殺してやる!」

 狂ったように振るわれるナイフを紙一重で躱す私。勿論わざとだ。奴にとっては
必死の攻撃だろうが、私にとってはのたうつ蝸牛の動きのよう。吸血鬼の動体視力を
もってさえすれば、こんなものに当る道理はない。が……

「あれ」

背中に当る冷たく大きな感触。少しずつ後ずさりをしていたから、なるほど、壁を
背にしてしまったわけか。これは困った。視線を上げると、血袋は素晴らしく醜い笑みを
浮かべてナイフを振りかざしていた。

「死ねえ!!」

 叫びと共に振り下ろされるナイフの軌道を、私はなんとなく眺めていた。このまま
いけば私の心臓目掛けてグサリ。まぁ、それも悪くない。目を瞑り私は少しだけ身を
硬くした。そして、衝撃。

「どうだ! 殺ってやっ……、……え?」

「あらまぁ随分と驚いた顔をしてらっしゃるけど、どうかして? そんなにお口を
広げたら、中に拳の一つでも入りそうなものね、ふふ」

 おどける私に、もう一度、今度は心臓より少し外れた場所に衝撃。少々狼狽して
いるらしい。よく狙えと言いたいところだが、血袋のナイフを握った手は随分と
震えている。そもそも、だ。鋼のナイフで吸血鬼たる私を傷付けることができようか? 
勿論できはしまい。銀ならともかくたかが鋼。それを知らずに斬りかかってきたとは
しょせん血袋といったところか。

「どうしたの? ほら、心臓は、ここ」

 素早くも優しく血袋の手を取る。ひっ、だのと息を呑む声はするが、一度掴めば
吸血鬼の膂力に人が抗える道理がない。ぐいと手を引けばそのまま体ごと寄ってくる。
いい香りがする。いい、恐怖の香り。ナイフの先端を私の心臓の上に押し当てる。
そのまま力を込めて一気に押し込めば……ぐにゃりと、根性無しの鋼の刃がひしゃげ
曲がる。

「あらあら」

 手を離せば、根性無しは乾いた音を立てて石床に転がり落ち、血袋はといえば最初の
たわけた態度はどこへやら。おぼつかない足取りで私から何とか離れようとしている。
そろそろ頃合か。

「一方的に攻撃するだけじゃつまらなかったでしょう? さて、じゃあ攻守交替と
いこうかしら?」

 血袋が更に怯えの色を濃くしたのを目視しながら、私は跳ねる。饐えた空気を
切り裂きつつ、手を伸ばす、一拍置いて掌を握る。そしてそのままふわりと固い石畳の
上に着地した。

「……ひ!? え、あ??」

 一瞬で血袋の背後に回りこむ。妙な声を上げるソレを他所に、私は手の中の感触を
しばし楽しむ。掌を開けば、そこには紅に染まった塊。

 血袋の左耳だ。跳ねつつ掠め取った肉塊の切断面に舌を這わす。血は実に上手い
具合に恐怖に侵食されていて、奥深い味わいに思わず喉が鳴る。振り返った血袋が
ようやく何をされたか気付いて、滅茶苦茶な喚き声をあげだした。それはそれで
耳に心地いい戯曲なのだが、如何せんここにいるのも飽きてきた。

「おい」

 外にいる暇そうな従者に仕事を与えてやることにする。

「はい、ただいま」

 一礼のあと、即座に私の横に現れた。相変わらず無駄なことに己の能力を使う奴だ。
牢を空けたところで今の血袋が出てこれるわけもなかろうに。

「これを返してやりなさい」

 今しがたもぎ取った左耳を投げつける。

「かしこまりました」

 ぱしりと器用にその掌で受け取るメイド。血塗れの肉塊を投げられて表情一つ
変えないのは可愛げも何もない。それだけこいつもこの館に馴染んだという事か。
その内面は人よりよほど私達妖怪に近しいのだろう。

 その妖怪じみた従者は未だ喚く血袋の側に立ち、
「じっとしていなさい」
と声を投げかける。それにお構いなくのたうち回る血袋と知るや、腹を爪先で思いきり
蹴り上げもう一度、
「じっとしていなさいと言ったでしょう?」
などとやっている。最早同じ種族に対する所業ではないかも知れないな、などと感慨に
ふけりつつ、私は掌に付いた血を舐めあげる。行儀が悪いと思う奴もいようか。
知った事か、此処の作法を決めるのは私だ。

 血に染まった掌の向こうの景色、銀髪のメイドが懐から乳白色の膏薬が詰まった瓶を
取り出している。痙攣しながらうずくまる血袋の傷跡と耳の切断面に薬を塗りこみ、
そのまま耳を押し付けた。声無き悲鳴を上げる血袋、それを他所にして私の側に従者が
戻ってくる。

 激痛の渦中に叩き込まれたろう血袋を見やる。しばらくは狂った蛇のように悶絶極まって
地面に転がっていたが、はたとその動きが止まった。

「……え」

 気の抜けた声を出して触るのは、完全に元通りになった左耳。血と涙と、他なにやらに
塗れたままの呆けた顔を此方に向ける。その顔の生皮剥いで飾れば実に趣味の良い
オブジェが出来上がるだろうが、またの機会にしておこう。若干面倒くさいが、何が
どうなったか教えてやろうか。あぁ、なんと私は慈悲深いのだろう。

「耳は返してやったわ、喜びなさい。ちゃぁんと付いてるでしょう?」

 流石にあの膏薬の効き目は素晴らしい。

「さて、我が従者が取り出だしたるこの膏薬。そんじょそこらの薬とはわけが違うわ。
百と数多の齢を重ねた私の親友にして恐るべき魔女謹製の逸品よ。擦り傷切り傷あかぎれ
逆剥け、コイツを塗ればたちまち治る優れもの」

 自分で言っても何かの物売りのようだが、しかし実際にそうなのだから仕方ない。
こんな口上ひとつでは信用には程遠いだろうか。ならば実演が必要かな。

「腕を貸しなさい」

 横にいる助手のようなものに指示を出す。つい、と差し出されたその白く細い腕に爪を
突き立て一閃。筋繊維と血管を切り裂く感触を楽しむ間もあればこそ、鮮血の噴水が
立ち上がる。悲鳴を上げずとも焼け付く様な苦痛に眉間の皺を隠せないメイド。奥歯を
噛み締めるその顔を横目で見やって、
「ほら、遠慮なくそれを使いなさいな」
爪に着いた血を掃いつつ優しく示唆してやる。何故かどうにも、こいつの血だけは
口にする気が起きない。

「……っか、かしこまりました」

 震える声を上げつつも、片手で器用に薬の蓋を開ける。指にべっとりと内容物を盛り、
己が傷口に擦り込んだ。

「かっ……、あ……ぎぃ……ッ!」

 ほう、完全を名乗るこいつにも流石に許容量を越える痛みだったか。額に脂汗を、
瞳に涙を湛えながら小さく呻く。その一方で、腕に走った裂傷は、肌色の泡に覆われて
いく。メイドの苦しそうな息が収まれば、とうとう傷は跡形もなく消え去っている。
血袋は一部始終を、両目と口を大きく開いた間抜け面晒しながら見届けたようだ。観客の
取るリアクションとしては最高の評価をくれてやってもいいかもしれないな。

「どう? あれだけの傷も簡単に治っちゃうのよね……その代わり、傷を受けた時の
痛みまで再生しちゃうのが珠に瑕。ま、それでも重宝させてもらってるわ。主にお前達
血袋から血を絞り抜いてその絞りカスをもう一度元に戻すときとかにね」

 ニヤリと笑う。ヒィと小さく息を呑む声。

「それにこの薬を使えば面白いこともできるのよ。例えば……」

 言いながら私は血袋に歩み寄る。恐怖に捕らわれた血袋はその場を逃げ出そうとする
……とはいえこの狭い牢で何処へ逃げるというのか。しかし、その自由さえも与えさせては
やらない。一足飛びで血袋の前に体を捻じ込み、髪を思い切り掴んで顔を向けさせる。
狂気を含ませた笑みの弧を、さらに禍々しく歪ませて、一つ、舌なめずり。

「手の指と足の指をぜぇぇぇんぶ斬り取ってそっくりそのまま入れ替えたりとかぁ、
頭の先から足の先まできれぇぇぇいに皮を剥ぎ取って、薬を付けてもう一度張りなおしたり
とかぁ。ふふふふふ、楽しそうだと思わなぁい? ふふ、ふふふふふふ」

「ッひィ……っ、い、嫌ァァァーッ!!」

 豚畜生のような悲鳴を上げる血袋。最初の威勢はどこへやら、だ。私への恐怖を散々と
その身に焼き付けたろう。ならば最早興味はない。髪を離すと一目散に私から一番離れた
部屋の隅っこに逃げ、ガタガタと震えながら縮こまる血袋を一瞥し、傍らの従者に声をかける。

「……行くわよ」

「はい」






 血袋どもの巣を離れ、無言で館の廊下を行く。しばしして、
「ところで」
後ろを振り返って従者に声をかける。

「腕、痛かったでしょう? しばらく休むといいわ」

 軽く労いの言葉をくれてやる。

「いえ、私は……」

「くどい。休め」

 断る前にもう一度釘を刺す。凡そ気付いているのだこの女は。今から私が赴こうと
している場所に。何も言わなければのこのこと恥知らずにも着いてくるのだろう、
巫山戯るな。たった一人の肉親との邂逅に余所者が居る道理はない。

 メイドを命令で引き剥がしてひとり、長い廊下を進む。並ぶランプの数がひとつ、
またひとつと減っていき、薄暗い闇の先に分厚い鉄扉が見えてくる。その扉の鍵を開く
”力在る言葉”を紡げば、軋む音と共に大儀そうに扉が独りでに開く。その先のなお
いっそう暗い闇の中に、我が身を滑り込ませた。

 何度も何度も通った長い長い石段をただひたすらに下る。下り落ちた深遠の果てに、
幾重に施した封印に包まれた妹の部屋がある。館で最も暗闇濃い場所。闇に住まう私の
目が視界を失うことは無いとしても、そのもたらす静けさと重い空気は心に冷たく侵食
してくる。

 改めて妹の部屋の前に立つ。地上のものより更に重く分厚い、私でもブチ抜けない
扉の先に、妹は今もひとり。鉄扉に近づいて名を呼ぶも、闇にその名は溶けていく。
沈黙に私は耐え切れず、もう一度愛しい名を少し強く呼んだ。その言葉が木霊して、また
沈黙に変わる、その悲しみに溜息を一つつこうとしたその瞬間。

 扉の向こうから、激しい音。少し間を置いて、もう一度叩き付ける音。これは知っている。
これは妹が、その身を以って扉に体当たりしている音だ。そう、たったひとりの妹よ、
その先に私は居る。

 酷く痛々しい激突音がもう一度響いて、次に部屋の中から聞こえてきたのは猛獣の
咆哮と赤ん坊の絶叫を綯交ぜにしたかのような声。それに重なるようにして、
何度も何度も扉を殴りつける音。扉の向こうには小さい手を血で真っ赤に染めて、妹が
泣き狂っているのだ。愛らしい顔を涙色に染めてそこに居るのだ。

 会いたい。会えば殺されるだろう。それでも会いたい。体を粉微塵に砕かれるだろう。
封印をぶち壊して会いたい。けれど私は、今死ぬわけにはいかないのだ。館に住む全ての
者達の為に死ぬわけにはいかないのだ。それら全てを捨ててでも会いたくなる。
けれど、けれど。

 涙が込み上げるのを感じて、私は此処を離れようと決心する。涙を流すのはあの子に
対して侮辱にしかならないから。封印した本人から同情されることを、あの子はきっと
嫌うだろうから。後ろ髪を全て引かれる思いを心の奥底に捻じ込んで、妹の部屋に
背を向ける。小さく、
「……殺してやる」
そんな言葉が扉の向こうから聞こえた気がした。良かった、あの子は私の事をまだ覚えて
くれている。私の事を殺したいほど憎んでくれている。憎いと思えば思うほど、あの子は
その思いで孤独と絶望を超えてくれるだろう。近い将来、封印が解ける時があれば私は
喜んで殺されよう。だからもう少しだけ我慢して、愛しい妹。

 延々と扉を殴打する音を後ろにして、何時までも居たいそこを、私は離れた。

 地上に戻れば、命も下していないのに銀髪のメイドが傅いて待っている。

「紅茶の準備ができております」

「……そう」

 こいつは私に感傷の暇さえ与えてくれないのか。軽い腹立たしさそのままに少し
躾けてやろうかと思ったがしかし。思い直せば確かに私の時間は少ない。感傷に
浸るのは次の機会にでもしてやろう。本当にこいつは運がいい。とぼけた表情へ拳の
代わりに、
「今日は晴れているわね? テラスに行くわ」
と声を投げかけ歩き出す。後ろを影のようにメイドが着いてくる。ふむ、こいつの
所業をこの一つだけは誉めてやってもいいだろうか。おかげで私は、愛しい妹の方へ
振り返らずに済んだのだから。






 天に星々は瞬き、紅き下弦の月はナイフで抉った傷跡のよう。テラスに出れば夜の
パノラマと親友が待っていた。

「虚弱な癖して夜更かしが好きよね」

「吸血鬼に言われるとは思ってなかったけど、魔女とはそういうもの。少なくとも
あの娘の紅茶は夜更かしをしてでも味わう価値はあると思うけど」

 そう、と言葉を返す頃には親友の視線は既に本の中。全く、本で得られるより美しい
景色が眼前眼下にあるというのに。テラスの縁から下に目をやれば美しく整備された庭。
彼女の棲まう場所を昼と定めたために会うこともめっきり少なくなったが、門番娘は
庭師の仕事も殊の外きちんとやり遂げているようだ。庭の一角には赤い花。一月ごとに、
その季節に咲く赤い花に入れ替えさせている。

「……お嬢様、何をご覧になっていらっしゃるのですか?」

 もひとつ無粋なメイドの声が急に後ろから。答えずにいると横に立たれた。

「花よ」

「花ですか」

 鸚鵡返しに呟くメイドの視線はなんとなく庭に向けられていて、しかし確たる
意思を持って花畑を見ているようではない。せいぜい脳裏に浮かぶのは土くれに
塗れた門番娘のことではなかろうか。

「見えないでしょうに」

「はぁ。お嬢様のように目は良くありませんから」

 そもそも人間の目で、闇を貫いて百歩程先の花の赤が分かるはずもない。如何に隣の
メイドが人間離れしていようとも。だが、こいつにはあの色を知っていてもらわないと
いけない。一つ、溜息。

「なら昼の日中に花の色を目に焼き付けておきなさい。私が斃れ物言わぬ屍になった時、
妹に花の色を伝えるのは貴方の役目よ」

「……お嬢様を先に逝かすつもりはありません。如何なる手段をもってしても私は
お嬢様をお守り……」

 軽く、本当に軽く脛を蹴る。少し驚いた顔のメイドだが、本当にこいつは、全く。

「余計な事は言わなくていいの。貴方は私の言った事を守ればいい。それだけよ」

「……はい」

「ところで、紅茶はまだなの? 待ちくたびれたんだけど」

 空気なぞ読む必要も無いとばかりの声が後ろから。全く、そういう機微が無いから
図書館に閉じこもらないといけない羽目になるんだろうが。とはいえしかし、私も
喉が渇いたのも事実。

「入れてやりなさい。ついでに私の分も」

 顎でメイドに仕事を促す。

「私のには血を入れないでいいから」

「体質改善のためになるかもしれないわよ?」

「例えそれで喘息が治るとしても、吸血鬼みたいな道を外れた存在なんてお断りね」

「吸血鬼の前でそれを言うからこそ魔女なのでしょうね。脳天カチ割られてブチ殺されたい?」

「紅茶を飲んでからなら何時でもどうぞ。夏の夜も日符の光は映えるでしょうね」

 多少夜空に殺気を振り撒いても、この魔女は臆する様子も無く本を読み続ける。
流石私の親友だ。机を挟み真正面の椅子に腰掛ける。それと共に鼻をつく優しい香り。
目の前にいる魔女もその誘惑に本を脇に置く。メイドがワゴンに紅茶を乗せてやってくる。
また無駄に時間を止めて仕事をしてきたか、親友と軽口叩いている短い間に用意してきた
ということは。

 目の前にサンドイッチやビスケットやらが並べられ、メイド長ご自慢の紅茶が二杯、
片方からは血の香り。

「絞りたてでございます。178番の」

「……178番?」

 今日どこかで聞いた事がある番号だ。おそらくは血袋の番号だろうが。しかしまぁ、
すぐに思い出せないということは対した意味は無いのだろう。私が至極どうでもいい
素振りを見せれば、メイドもそれ以上特に何も言わず茶の準備を続ける。

「少し苦いかしら」

「薬草を入れてみました。体質改善云々とお話されていましたので」

「……そう」

 口をつけた紫の魔女の眉根に小さな皺がより、どぼどぼと砂糖を入れ始めた。どうやら
親友は砂糖味の液体を心待ちにして夜更かししていたらしい。やはり魔女というものの
思考は存外に狂ったものと認識を深めておこう。悟ったような事を言う口のわりに
餓鬼くさい舌を持つ親友を見ながら、私も紅茶に口をつける。

「……苦いわね」

「はい。ですから薬草を入れてみました。体質改善云々とお話されていましたので」

 壊れた蓄音機みたいな言葉が返ってきた。

「わ、私関係ないじゃない。お前、ちょっと、私をなめてるでしょう? 首でも
刎ねられたい?」

「はぁ、しかし、紅茶に関しては手を抜くなとお嬢さまご自身の申し出ですので。私と
してはそこを曲げるわけにはいきません」

 酷く真面目な顔でぬけぬけとほざくメイド長。憤りに任せて首を刎ねてもいいのだが、
私の言葉を盾にした奸智を今は認めてやることにしよう。親友の目の前から砂糖壷を
引ったくり白い奇跡を血の紅茶に叩き込む。そのまま白磁の中の紅い液体を鈍色に光る
匙で掻き回す、今日の取り留めのない諸々の思いと一緒に。もうすぐ、夜明けだ。

「あ」

 四つ目のサンドイッチに手を伸ばそうとしていたとき、突然友人が惚けた様な声を
上げた。珍しい事もあるものだとその顔を見つめるが、私の視線に気付いた様子もなく、
上の方を見ている。仕方なく視線を友人の向ける方へと同じくすれば。

「あ」

 立ち上がる私。羽がカップに触れて机から落ちる。小さな破砕音、それを背景にして。

 星が、落ちていく。白く、青く、黒い夜空を切り裂いて。

 夜空に張り付くのを厭うかの如く、地平に向かって幾筋も尾を引いて。星が、落ちていく。

「あぁ……」



 美しい。












「ねえ」

 いつの間に横に立ったのだろう。親友が、語りかけてくる。その間も星たちは
雨のように降り注ぐ。

「この光景を美しいと思う?」

「……ええ」

 偽る必要もあるまい。事実、私の目は空へと縫いつけられているのだから。

「だったら、あんな悲しいことを言うのはおよしなさいな。血の赤が流れる様も、
花の色の滲む様も、星の子の落ちる様も、貴女があの子に伝えるこそ意味があるのよ」

「お説教?」

「かもね。魔女はね、意味の無いことを尊ばない。意味が在るからこそ全ては美しく
醜く素晴らしいものよ……貴女の命もね」

 すっと私の肩に手が乗る。その温かさが心地良かったから、少しだけ抱き寄せられても
抵抗はしてあげないでやる。お返しに私も彼女の背に手を回した。あぁ、そうか。
我が親友は紅茶の為だけに此処に居たわけではなかったのだ。この空を、私に見せたいが
為に。思いながらそのまま少しだけ、また空に意識を向ける。二人して何時もより少し
騒がしく見える夜空を。

 あの落ちる星達にも、意味はあるのだろうか。それを映す闇の天幕にも。そして……。

「私の命の意味って?」

「それは私が語るべきではないわ。でも、きっと貴女は気付いているはず」

 皆が思っている以上に賢いからね、と小さく呟かれた。本当にこのバカ親友は無駄に
優しい。親友でないのならその細い首に牙を付きたて思うさま血を啜りたいほどに愛しい。

「ねえ、やっぱり自分の運命は視ないの? 未来は満月のように優しく輝いてるかも
しれないのよ?」

「視ないわ」

 ようやく、空から目を離す。優しい微笑の親友の顔に、私は思いっきりの笑顔で答える。

「未来なんて視えない方が楽しいじゃない、暗闇を引き裂いて何処までも飛ぶことが
楽しいように」

「……全くだわ。流石ね」

 魔女が笑い吸血鬼も笑う星の降る夜、殊更御伽話のようではないか。ころころとけらけらと、
私たちの声は星々と共にどこか遠くへと旅立っていくのだろう。しかし、名残惜しい。
もう私に今日の時間は殆どない。友人の背から手を離せば、私の肩からも僅かばかりの
重さが消える。

 親友に背を向ければ、銀髪の従者がせっせと掃除をしている。割れたカップと零れた
紅茶。一昔前ならこんな姿を見せてはいなかったろう。当初メイドとして働き始めた時の
粗相の酷さは途方も無いものだった。カップも皿も落ちる前に時を止め、割れる前に
己の手にし、したり顔で私の眼前に差し出す。その度に私は躾を拳に乗せて叩き込んで
いたものだ。悶絶しながら打ち震えつつ、非難めいた視線を投げかけてきた日もまま
あった。数度そういう事を繰り返して、ようやく銀髪の娘も何がしかを悟ったらしい。
それは反発すれば殴られるといった獣じみたものかもしれないがそれでも構わない。

 カップは落ちれば砕ける。紅茶は零れて床に滲む。それは覆すべきではない運命だ。
だがあの娘の能力はそれを否定する。運命を否定する、それは私を否定する事に
他ならない。自らの全てを否定する従者を持ちたがる主が何処に居るだろうか? 
しかし、今はメイドはメイドとして分をわきまえている。時に巫山戯た面を見せる事も
あるが生来の物だろう。四角い器を丸くするのは粋ではあるまいから放ってやるとして。

「すまないわね」

「え……あぁ、いえ。仕事ですから」

 一声かけてやると、言葉とは裏腹に笑みを隠せないでいる銀髪の娘。まぁ、仕事を
するのが喜びというのならあと少しだけそれをくれてやるのも主の務めか。

「風呂の準備を。入り終えたら眠りに就くわ」

「畏まりました」

 カタカタとワゴンを押してメイドが下がる。もう一度後ろを振り返れば、欠伸を
噛み殺した親友が軽く手を挙げて今日の別れを告げてきた。微笑を交わす。

「良き眠りを、最良の友よ」

「良き今日を、最上の友よ」

 親友と星降る空を背にして、館の中の闇に私は紛れた。






 館の一角に湯浴み場は創られている。バロック調の装飾を蝋燭の光に浮かび上がらせ、
私と妹のための湯船。温かい水面の上に白い湯気、その向こうでメイド長と幾匹かの
メイド妖精が膝をついて待っている。私の裸身は奴らに委ねる事にして、思考だけを
とりとめもなく我が物とする。流水に硬直する我が身体故にたかが風呂も一苦労だ。
もっとも苦労するのはメイドどもな訳ではあるが。

 それにしても吸血鬼という種族の不便なこと。鰯の頭や大蒜などは近づけなければ
どうという事はない。流水は多少堪えるが、私には翼がある。問題はクソ忌々しい日光だ。
日傘でも差せば確かに気化は免れはしようが片手は塞がってしまう。何より、だ。それは
私が太陽に屈したことを意味する。巫山戯るな、ただのうのうと世界を照らすだけの
癖して私を排しようだとは。いずれ、太陽すら従わせる方法を……。

「お嬢様、よろしいですか?」

 思考に割り込む銀の鈴のような声。傍らのメイドは湯の満ちた桶を手にして待っている。
これ以上待たせて湯が冷えても誰も得はすまい。鷹揚に頷くと、いつしか泡だらけに
なっていた私の体に湯が浴びせかけられる。泡と汚れと共に、他愛無い思考も流れて
いくようだ。太陽に喧嘩を売る方法は又の機会としよう。命拾いしたものだな、太陽も。

 泡を全て落とし温かい湯船に浸かれば、ふぅと深い息が出るのは人も吸血鬼も同じらしい。
視線をぼんやりと闇に彷徨わせる。今日は……今日もまた、代わり映えしない日だった。
何時か、何かが変わるのだろうか。

「お嬢様?」

 おっと、つい微睡みに囚われていたようだ。正直な体内時計は思索にはもう猶予が
ないと、目蓋の重さで伝えてきていた。従者の声がかからねば、そのまま無様に水面下に
没していたところ。危うい、危うい。

「もう、出るわよ。着替えを」

「直ちに」

 メイド達の手によって寝巻き姿に変わる私。風呂場を後にすれば背に妖精メイドの
「お休みなさいませ、お嬢様」
との声。手だけで応えて赤い絨毯の上を歩みだす。傍らにはメイド長。結局今日も
寝起きから眠る時までこいつの顔を見ていたわけか。何時ぞやか違う顔にしてこい、
と無理難題を押し付けてみれば、翌日ヒゲ付き鼻眼鏡を装着して現れたことがある。
その一件からもう皮肉を言うのは止めにしておいたが。しかしまぁ、何だかんだいって
こいつも私の生きる道に一つの彩りを落としている。紅に落とされた銀の粉は、私をどう
変えるのだろうか。

 欠伸を噛み殺す我が部屋の前。

「じゃあ後のことは任せたわ」

「畏まりましたお嬢様。お休みなさいませ」

 お辞儀する姿を背にして、私は扉の向こうへ。ゆるりと部屋の間中に歩み寄り、
寝床にしてある棺桶に目をやる。何時かは私も形式ばった枷から解かれ、こんな狭い
世界を捨てて柔らかな寝床を得ることもあるのだろうか。意識がふらりと傾ぐ。私を
負かそうとは睡魔とは恐ろしいもの。倒れ込むようにして棺桶に身を沈める。最後の
意識を集中して部屋の灯を消せば、静まり返った闇に包まれる。闇は眠りを呼び込む。
眠りは死に近しい。死と違うのは次に目覚めることがあるかどうかだけだろう。願わくば
死に落ちるのならば、妹の手によって。



 ……ひとまず今日は、おやすみなさい、みんな。


















 そしてこの日が丁度『紅霧異変』の一年前になる事など、今の私には知る由も無かった。
……そして数年後
「ぎゃおー! たーべちゃーうぞー!!」



 いや、それでもしかし。レミリア・スカーレットはカリスマ溢れる吸血鬼なのだ。
 作品ごとにただの幼女になっていってる? いや、そうとるのは早計かもしれない。
 彼女は枷から外れ、今を楽しむ事に全てを傾けているのではないだろうか。
 笑って我儘に空を飛ぶ彼女は、きっと吸血鬼らしい吸血鬼なのだろうから。

 一応今回は半ば実験的に、キャラクターの固有名詞無しで話を進めております。
 それでも成り立つのでしょうか? だとすればやっぱり東方という世界は凄いということ。

 かりすまおぜうさまかわいかわい、白でした(血袋となって連行されながら)。

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コメント



0.2860簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
「そそわ、同人、ゆゆ、渋、ウフフ、各地でカリスマの暴落が止まりません!何が起こっているんですか!」
「恐慌だよ、世界恐慌だ」

かりすまおぜうさま踏んでくれ!
5.70名前が無い程度の能力削除
そして数年後…
これはひどい
9.100名前が無い程度の能力削除
カリスマがあふれにあふれた結果がこれだよ!!
そして数年後…
ひどい、これはひどい
この変化は喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
おもしろかったです
11.100名前が無い程度の能力削除
いろいろと台無しだー!!
13.100名前ガの兎削除
糞っ!どんなモノにもカリスマの貯蓄量には限界があるって言ったのに!
カリスマ枯渇ですね、わかります
15.90白徒削除
数年の間に一体何が…www
あれレミリア棺桶で寝てたっけ?とか在ったものの、カリスマレミィ素晴らしかったです。
でも中途半端にギャグを入れなくてもなぁ……そう思ってしまったのも無粋か。
17.90名前が無い程度の能力削除
カリスマバブル絶頂期の話か…
その一年後からはじまるんだな、お嬢様の転落人生は…
19.90名前が無い程度の能力削除
死者をも蘇らすパッチェさんの薬マジすげえ
というかメイド長おぜうさまに殴られて平気なんすか・・・
20.100名前が無い程度の能力削除
カリスマが・・カリスマはどこに・・
22.90名前が無い程度の能力削除
んー
死者をも蘇らせる薬って蓬莱の薬の廉価版?
24.70名前が無い程度の能力削除
お嬢様の全盛期か…。
30.80名前が無い程度の能力削除
我儘で傲慢で残酷で。こんなにカリスマなレミィは久々に見ました。
33.無評価削除
作品の注釈として少しだけレスを。

>>棺桶
確かに今のレミリアは天蓋付きのベッドとかで就寝しているでしょう。
ですからこれは「変化の前」を位置づけるアイテムの一つと思ってくだされば。

>>パチェぐすり
使者を生き返らせることは流石にできません。つまりお嬢様が口上のまま、犠牲者に恐怖を
与えるための……まぁぶっちゃけ嘘です(w
ガマの油で死人は生き返りませんしね(w

>>咲夜さんフルヴォッコ
でも萃や緋では当たり前のように殴られてます(w
つまりはまぁ、そういうことです。
36.90名前が無い程度の能力削除
これはいいおぜうさま・・・
39.100名前が無い程度の能力削除
これがかの有名なカリスマバブル時代か……。
そして現在カリスマは「失われた十年」の時期にいるわけですね。わかります。
48.70名前が無い程度の能力削除
きちんと吸血鬼しているお嬢様を堪能できました。
と、思ったらあとがきで吹いてしまったので敗北感。ひどいや。
50.90名前が無い程度の能力削除
最後の最後で色々台無しだー!?
51.100名前が無い程度の能力削除
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々
誰かの手のひらに乗っていることを自覚しながら、なおも心のそこから楽しそうに踊っているお嬢様は十分カリスマだと思うのですよ。
53.100名前が無い程度の能力削除
時の流れは……なんと残酷なのだっ……!
58.90名前が無い程度の能力削除
これは…すごいですねぇ……ええ、まじで。
しかし人間=血袋とはww

あと、さっきゅんのあつかいがヒドス。
ゴア表現ってほどでもなかった気がしますよー。
美鈴の出番がなかった(言葉を発してない)から90で
59.90名前が無い程度の能力削除
後書きとの落差が本体だなww
61.90名前が無い程度の能力削除
カリスマなんてあったのか!?ビックリだ。
64.100GUNモドキ削除
数年後のお嬢様の変わり果てた姿、乙www
66.100名前が無い程度の能力削除
あれ?これレミリアじゃないよ?
67.100名前が無い程度の能力削除
数年間になにがあったんですかwwwww
84.100名前が無い程度の能力削除
レミリアかわいかった
93.100名前が無い程度の能力削除
レミリアという吸血鬼の恐怖の側面を存分に堪能する事が出来ました。やはり吸血鬼は恐れられてなんぼだと思います。とても面白かったです。