「諸君!」
荒れ果てた荒野に、朗々たる男の声が響き渡る。
「今日は何月何日だ!」
男は、なぜか半裸だった。
このくそ寒い冬の風の中、見事な肉体美と共にマッスルポーズを決めながら叫ぶ。
「二月十四日であります!」
彼の前に居並ぶ、やはり彼と同じような格好の男達のうち、一人が答えた。
「そうだ!」
彼は答える。新たなマッスルポーズと共に。
「世間では、その日を何というか、知っているか!」
「バレンタインであります!」
「その通りだ!」
かけられる声と返される言葉。
まさに、それが絶妙のタイミングで繰り返された。さながら、それが儀式であるとでも言うように。
「過去に存在した偉人の名前を冠したこの日が!
貴様らは知っているか! 色に狂った薄汚いもの達のせいで、俗物どもの日となっていることに!
悲しいとは思わないか!」
「思うであります!」
「本来ならば、この日は、その偉人――聖人でもあるものの喪に服する静謐なる日であるべきだ!
なのに!
そうした愚かしいものどものせいで、この日は、女が男にチョコレートなどを渡す日となってしまっている! それでいいのか!?」
「よくないであります!」
唐突に雷雲が立ちこめてきた。
天空に稲光が輝き、男が、その光をシルエットに闇の中に浮かび上がる。
おおっ、と誰かが声を上げた。その男の姿が、彼らの前に、圧倒的な存在感を持って顕現したのだ。
「すなわち! 誰かが、その真実を教えてやらねばなるまい!
虚言と妄想の結果、偉人は苦しみ、悲しんでいるだろう! 我々が、その苦しみと悲しみを取り除かなくてはならない!
わかるか!?」
『わかるであります!』
「殊に、この世界では、女が男に渡すだけではなく、同じ女に渡す風習もある! そのような暴挙、かの偉人が許すはずはないだろう!」
男の目が光る。まるで炎のように燃えさかるそれが、居並ぶ同士達を見据えた。
「故に、我らは戦いを起こす! バレンタインを本来あるべき姿へと戻すために!
憎まれもしよう! 恨まれもしよう!
だが、それに屈してはならない!
諸君、これは聖戦である! 同時に、誰かの犠牲なくしては成り立たぬ戦いである! 我らは、あえて、この世界の礎となるのだ!」
『応っ!』
「そう! 決して、これは私怨などではない!
チョコがもらえない憎しみと悲しみをぶつけるのではない! わかったな!?
ならば、全員、武器を持て! さあ――!」
彼の言葉が続く、その瞬間に。
爆炎と轟音が、幻想郷を揺るがした。
「ねぇ、魔理沙。何でいきなりマスタースパークをあさっての方向にぶっ放してるの?」
「いや、あっち側に何かうざいのがいるような気配がしたからな。
そう言うお前だって夢想封印かましてたじゃないか。何でだ?」
「ああ、奇遇ね。
私も、あっち側に、ものすごくうざい感じがしたから、とりあえず、幻想郷の秩序と平穏を守るためにノー宣言でぶっ放しちゃったのよ」
「ま、いいか」
「そうね」
「んじゃ、行くか」
「そうね」
「どこへ?」
「あんたの家」
「何で?」
「チョコよこせ」
「お前、この時期をチョコで過ごすのはやめろよ。いくらカロリー高いからって」
「手軽なのよ」
「わかるけどさ」
「よこせ」
「やだ」
「よし。それならば弾幕だ」
「かかってこい」
こうして、幻想郷の平和は守られた。
名もなき巫女と魔法使いの活躍を、僕らは未来永劫、忘れないだろう。ありがとう、巫女、ありがとう、魔法使い。君たちのおかげで、今日も幻想郷は平和です。
完
「……で、どうしたらいいかしら」
「何が『で』なのか、さっぱりわからないのよ。どうしたらいいかしら」
「そのくらいは理解してくれると思っていたわ」
「上海、刺していいわよ」
「わかった。話す。話すから包丁はやめて、怖いから」
さて、ここは太陽の丘の上に佇む慎ましさで有名な喫茶店の一角。
テラスに出されたテーブルとチェアを囲むのは、二人の少女――だろう、多分――。
そのうちの一人、風見幽香は、何か妙に怖い笑顔を浮かべて(そう言うデザインらしい)包丁を構えてくる人形を操る相手に、顔を引きつらせた。
「その、ね……。バレンタイン、過ぎたじゃない?」
「昨日だったわね」
「何にもやってないのよ、セールとか」
「また?」
その相手――アリス・マーガトロイドは『ちょっといい加減にしてよ』と言わんばかりに、うんざりとした顔を浮かべた。
「あんた、去年も同じようなこと、やろうとしたじゃない。
あのね、このお店には、私も出資してるのよ? あんたには儲かってもらわないと、そのお金、どぶに捨てたことになるの。そんなの、幻想郷の秩序的に許されないじゃない」
「言わんとすることはわかるけど、それが秩序体系になってるのが怖いわね。この世界」
「言うなって」
そこで、アリスは手元のティーカップを傾けた。
幽香お得意、花の蜜を使った特性紅茶の味は格別。この味だけは、どう頑張っても自分には出せないなと思いながら、
「もっと商売にはどん欲になってよ」
「なってるわよ。毎月、新作のお菓子を出してるじゃない。あれ、めんどくさいんだから」
「その割には、鼻歌歌いながら、毎日、楽しそうにあれこれ考えているそうだけど?」
「うっ、うるさいわね! 何で知ってるのよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るあたり、色んな意味で図星であるようだった。
さぁね、とアリスは肩をすくめる。もちろん、その視線は、脇にいる人形達に向けるのは忘れない。
「ったくもう……。
チョコレートの年間消費量の、およそ四割はこの時期なのよ?」
「だから、知ってるわよ。
それで、どうしたらいいかわからないから、あなたに相談してるんじゃない」
「……まぁ、ねぇ」
このお店、名を『かざみ』というが、とある事情から、この彼女、風見幽香がやることになったお店である。開店まで紆余曲折色々あったものの、それ以後はさしたる問題もなく、営業できていると言っていいだろう。
固定客もつき、毎月、きちんと営業黒字は出してきている。そこから、アリスは出資金を回収しているわけであるのだが、ともあれ、そうした金銭的事情はさておいても、アリスはこのお店を手伝ってやらなければならない立場にいる。
それもまた、色々と、複雑な事情があるのだが、ここでは割愛しよう。
アリスの立場は、この店におけるパトロンであると共にアドバイザーだ。店主から相談を持ちかけられて、それを断れる立場にはないのである。
「あんたがお菓子を出すだけで売れると思うけど」
「それじゃ、何というか……つまらないというか……」
「何? 色気でも出してるの?」
「出してないわよ。
一本調子の売り方をしてたら飽きられるんじゃないかな、って」
それはあるかも、とうなずく。
店のラインナップは、毎月、あれこれと変わってはいるものの、根本的な雰囲気は変わらない。
お店の内装を変えたりといった外面的な変化も、人の心理に与える影響は一瞬だ。マンネリ商売を続けていては、いくら手堅い固定客を確保していると言っても、店の営業は先細りになってしまうことだろう。
特に、この幻想郷には、この分野で勝負をしたら、絶対に勝てない先駆者もいるのだ。体力の落ちた個人商店など、あっという間に飲み込まれてしまう。それに対抗するためには、客に『飽きられない』商売をするしかない。
「まぁ、そのための『イベントごと』なんだけどね」
「……うぐ……」
そこは、なかなか痛いところであったらしい。
幽香は押し黙ると、無言で紅茶をすすった。
「去年があれだったし……今年は、もっと趣向を凝らした商売をしたいところよね。
とはいえ、ものが変わらないから……う~ん……」
悩むアリス。
彼女の悩みを体現するのか、彼女の回りを漂う人形達が、妙なダンスを踊り始める。
「正直、私もさ、あんたの手伝いをするようになって、お店の経営手法とか学んできたつもりだけど、やっぱり付け焼き刃なのよね」
「ああ、わかる。
私も、その手の本は読んでみたけど、何が書いてあるかさっぱりよ」
こう見えて、長く生きて知識は蓄えてきたつもりだったけど、と幽香。
「その手の専門家の意見を聞きたいところだけど……」
恐らく、『その手の専門家』に該当する人物はいないだろう。少なくとも、自分の知る範囲には。
知識を蓄えているだけの人物なら山ほどいるが、世の中、知識だけではどうにもならないことはある。店の経営など、最たるものだ。つまるところ、頼れる相手など、これっぽっちもいない。どうにかして、自分たちで勝負をつけなければならないのだ。
「……正直に言うとさ」
「何?」
「バレンタインって、要は男と女の恋話、でしょ?」
「そうね」
「そう言う経験をしてないのが一番の問題じゃない?」
幽香の言葉に。
アリスは、ぽん、と手を打った。
「確かに」
「……困ったわね」
「確かに困ったわね……」
二人して、腕組みしてうんうんとうなり始める。
アリスも幽香をたきつけるものの、そして幽香もアリスを頼るものの、イベントごとの趣旨に根本から携わってないという事実が発覚して、『さて、どうするか』ですまない問題だということに気づいたらしい。
何でそう言う重大なことに気づかないんだよ、というツッコミは、この際、なかったことにしてもらおう。
さて、どうするか。
「……恋愛小説とか漫画じゃ限界よね」
「かといって、そう言うことに詳しそうな人……」
「……永琳さん」
「あの人、そう言う経験、なさそうよ」
「……確かに」
というか、永琳と恋愛という単語ほど、距離の離れているものはない。恐らく、一億光年くらいの距離はあるだろう。
もちろん、当人の前でそれを言ったら笑顔でルナティックアポロ13だが。
「……咲夜さん」
「刺されるわよ、絶対」
「あの人、恥ずかしがりだからねぇ……」
あの見た目と性格で、とつぶやいて、アリスは目の前の幽香を見る。
そして、即座に、『人間、見た目にはよらないわよね』と考えを改める。
「というか、あなたは?」
「私にあると思った?」
「……いや、どうかな」
つぶやきはするものの、幽香はそれ以上のツッコミは入れない。この相手も、咲夜に負けず劣らずの部分があるからだ。以前みたいに、椅子人形にお尻をかじられてはたまったものではない。
「う~ん……そう言うことに、一番、近そうな人、ねぇ……」
「アリス、知り合いにいないの?」
「いない……」
と、言いかけて。
彼女の頭の中に、ぽん、とある人物の顔が思い浮かぶ。
思い浮かべてから、そう言う経験は少ないかもしれないな、という懸念も浮かんだものの、少なくとも自分よりはそう言うことに『詳しい』だろうという考えを捨てることはなかった。
思い立ったが吉日。アリスは立ち上がる。
「行きましょ」
「どこに?」
「さあ?」
「ちょっと、お店の開店時間まで、あと少しよ」
「午前中休業ってことで。
個人商店なんだから、それくらいの都合は付くでしょ」
それに、バレンタインの翌日なんだから、とアリス。
イベントごとの後は、客も減るだろうという見方に、そうかもしれないな、と思ったのか。
しょうがないわね、と幽香は肩をすくめたのだった。
「と、いうわけで、あなたを頼りに来たの」
「……はあ。
まぁ、何が『と、いうわけ』なのかは、詳しく聞かないことにします」
あ、お茶どうぞ、と勧められるのは香り豊かな緑茶である。決して、どこぞの巫女の差し出してくる『一週間ものの出がらし』などではない、立派なものだ。
二人がやってきたのは、守矢の神社。その一角に、神社の主――というと、多少の語弊はあるかもしれないが――に迎えてもらっての作戦会議である。
「それで、どうして私が『その手のこと』に皆さんより詳しいと思ったんですか?」
「いや、早苗って、私たちより『外の世界』にいた時期が……長いと言ったらおかしいけど、ともあれ、長いじゃない?
なら、最近のこととかもよく知ってるんじゃないかな、って」
「はあ」
彼女――東風谷早苗は、言われてみればわかります、という顔をしてうなずいた。
「そうですか……バレンタイン……ですか」
「ちなみに、あなた、チョコとか好き?」
「はい。
というか、私も女性ですから、甘いものには目がない方で。もっとも、あまり食べると体にもよくありませんから、月に一度とか、それくらいですけど」
その分、食べる時はお腹一杯食べてしまうのだ、ということだった。
「何それ、かわいい」
「か、かわいいって言わないでくださいよ。自覚してるんですから……」
「今度、うちのお店に来ない? 美味しいお菓子、割引してあげる」
「あ、ほんとですか? それならちょっと嬉しいかも」
と、しばらくの間、女の子らしい話題に花が咲く。
どこそこのお菓子は美味しかった、だの、これこれこういうものが私は好き、だのといった他愛のない話は続き、ふと、気が付けば時計の針は一時間を経過している。
いけない、と最初に行動を起こすのはアリスだ。
「と、ともあれね、何かアドバイスが欲しいのよ。
今、外の世界だと、どういうキャンペーンとかやってるの?」
「どういう……って……普通ですよ。
いつも通り、『バレンタインセール』って大々的にのぼりを掲げて、くらいですね」
「……うちがやってることと変わらないわね」
「じ、じゃあ、早苗は、どういうバレンタインを過ごしたの?」
「う~ん……。
……お恥ずかしながら、恋と愛には縁遠い生活だったもので」
そう言う経験は、残念ながら、全くないとのことだった。
てへへ、と笑う早苗は『でも、興味はありましたよ』と一言。
「ただ、やっぱり……なんて言うんでしょう。
自分が色々と忙しいからか、そう言うことに対しては奥手でしたね。何度かラブレターももらいましたけど、全部、ごめんなさいしてきましたし」
「……あなたの性格っぽいわ」
「……やっぱりそう思います?」
実は自覚してるんです、と彼女。
ともあれ、そういうわけだから、アリス達の望む答えは出せそうにないというのが早苗の回答だった。
ますます困ったわね、と言わんばかりに二人は腕組みする。
「というか、幽香さんのお話は聞いていますし。
小細工とかはしないでも、普通にお店を開けば、きちんとお客は入ってくると思いますけど」
「そう言う小細工も大切なのよ」
特に、そう言う経営体力という面にかけては、絶対に勝てない相手がいるからこそ、相手との差別化を図らなくてはならない。そのために必要なのが小細工であるというのがアリスの言だった。
そういうことには納得がいくのか、早苗は興味津々にうなずくだけだ。
「大きなお店が出てくると、小さな小売店は、どうしても不利ですからねぇ。そうなると、やっぱり、キャンペーンとかセールになっちゃうんでしょうね」
「そうなのよ。
別につぶし合いをしているわけじゃないから、向こうも、こっちの経営がまずくなりそうだったら資金援助はしてくれるとは言ってるんだけど……」
何かそれって悔しいじゃない?
その、アリスの言葉には賛成なのか、早苗は首を縦に振る。
「別に、向こうとしては、善意の申し出なのだろうけど。こっちからしてみたら屈辱よ」
「なるほど。
となると、どうしても勝負には勝利したいですよね」
「そうなの。わかる?
その点、幽香に任せると全然ダメでさ。結局、私が苦労するの」
「何よ、うるさいわね。
別に、手伝ってくれ、なんて言ってないわよ」
「私が手を引いたら、あのお店、あっという間に潰れるわよ?」
「ぐっ……」
常日頃から、どうやら、アリスには頼りになっているのか、呻く幽香。
そんな二人の関係に、早苗はくすくすと笑う。
「お二人とも、仲がいいんですね。
私、こういうのは失礼ですけど、お二人のこと、ちょっと誤解してました。もうちょっと、仲は悪いのかな、って」
そんなことなかったんですね、と続けると、早苗は膝を叩く。
「よし、私も協力します。何かいい案が出ないか、ちょっと悩んでみます」
「悩んでみる、って……どうやって?」
「岩屋に三日ほど閉じこもるんです。
飲まず食わずの限界状態に自分を追い込めば、不思議と、良案が思い浮かび……」
『やめてそれだけは』
とんでもないことを平然とやろうとした彼女の服の袖と裾を、アリスと幽香が二人がかりで全力で掴んで引き留めた。というか、止めないと、絶対にやる。この娘はマジだ。二人の瞳は語る。
「……そうですか? 本当にいい案が思い浮かぶんですけど……」
「あ、あなたの自己犠牲精神は嬉しいけど、さすがにそれはちょっと……」
「そこまであなたを追いつめるつもりは……」
「別に追いつめられてるつもりはありませんけど……」
変な人たち、という視線を、早苗は二人に向けた。
変なのはあんただ、とツッコミを入れたかったが、そこで即座に思い返すのは、ここが『幻想郷』という特殊な環境であるということだ。
結論。どこか真面目に見えて普通っぽい人も、内面はそうでもない。そうじゃなきゃ、幻想郷にはこない。
「……でも……そうなると、私に協力できるのは、せいぜい、参拝に訪れてくれる人たちにチラシを配るくらいで……」
「いや、それだけで充分だから」
「幽香の店って、経営範囲、広くないし」
守矢神社のある方面は、まだカバー外であるとのことだった。
ちなみに、幽香の店の競合であるとある場所に関しては、この辺りでも周知事項であるのだが、それはさておこう。
「……そうですか。
あ、じゃあ、うちにそのチラシを置いていってくれますか? 出来る限りの協力はしますから」
「あ、ありがと……」
アリスは、顔と声を引きつらせながらも、相手の心優しい申し出を受け入れる。
どこぞから取り出されるチラシの束を、テーブルの上にどさっ。それにざっと目を通す早苗は、『この辺りとか、もうちょっと書き換えてみたらどうですか?』とアドバイス。
そうした『外部の知恵』も授かりながら、戦略を練ることしばし。
「……けど、本当に困ったわねぇ。
誰よ、三人いれば文殊にも負けない知恵が出るっていった人」
「まぁ、1%の閃きがないと、99%の努力も無駄だと言いますから」
結論としては、なかなか奇抜なアイディアというのは思い浮かばないものなのだ、ということだった。
はぁ、と小さなため息を、誰かがついた。
――と、その時である。
「……やっぱり、そう言う経験が豊富そうな人に聞くしかないのかしら」
「けれど、そう言う人、私たちの知り合いにいる?」
「……いないですねぇ。
経験が豊富そう……たとえば、年上の人とか……」
そして、早苗がつぶやいた、その時だ。
「あのー……ごめんくださーい」
頼りになる人物の声が響いたのは。
「……えっと……あの……どうして、私が歓待されているのでしょう……?」
天子がここに来てないか。
そう言ってやってきたのは、天女の永江衣玖である。
そして彼女は、その場に集まっていた三人にいきなり腕を引っ張られ、足を抱えられ、わっしょいわっしょいと室内へと運び入れられていた。
目の前には、お茶と大福。そして、目を輝かせる三人の娘達。
「実はですね、衣玖さんに、少々、お言葉を頂きたいと」
「……は、はあ……」
「実はですね――」
アリスは語る。
自分たちが今、何に悩んでいるのか、ということを。
「………………………」
がたんっ、と衣玖は目の前の湯飲みをひっくり返した。
流れる熱いお茶が畳の上に落ちてシミを作っていく。
衣玖は、狼狽していた。
「やっぱり、天女って、ほら、昔の話にも恋愛話の主題歌として出てくるくらいだし」
「そうね。そう言うことには詳しそうだわ」
「羽衣のお話とか、そういう切ない系にも造詣はありそうですし」
「衣玖さんになら、頼りに……って……そろそろ『どうしたんですか?』って聞いた方がいい?」
「あ、あああああのえっと……」
とりあえず、こぼれたお茶と倒れた湯飲みを掃除するのは早苗の役目である。
彼女がてきぱきと働く中、衣玖は内心、だらだらと冷や汗をかいていた。
曰く。
「……い……言えないっ……。今に至るまで……売れ残りだなんてっ……!」
――聞くも涙、語るも涙。
私、永江衣玖、2XX歳(にじゅうちょめちょめさいと読む)、未だにそういうロマンスを体験したことがないんですっ……!
ううっ……そりゃですね? 私にだって、そう言うお話、たくさんありましたよ。友達からは『衣玖ほどお嫁さんに向いた人っていないよね』とか、『私、絶対に衣玖には勝てないわ』って、昔から言われてましたよ? ええ、もう、同情とかそういうのなしに、真剣に、誰からも羨ましがられたこととかも今は昔ですよ! 友達は次々に結婚し、幸せな家庭を築き、そのたびに『ごめんね。でも、次は衣玖の番だからね』って言われ続けてっ……! もう、その言葉も言われなくなったんですよ! みんな、私に気を遣ってるんですよ! しまいにゃ、『男が悪い』って言い出す始末ですよ!
ラブレターもらった枚数も天女一! 告白された回数だって天女一! でも、未だにそう言う経験全くなしっ!
何で!? 何でなの!?
どうして、誰も彼も、私から離れていくの!? いつまで、私売れ残りなのー!?
――これで泣けない奴は鬼だ。
「どうしたんですか? 衣玖さま。何だか、とても顔色が悪いのですが……」
「な、ななななな何でもないですよ、何でも!」
「……あ、もしかして、お茶がお気に召さなかったとか……」
「そ、そんなことないです!」
あははははははは、と引きつり、乾いた笑い声をひとしきり上げてから。
「そ、そうですねぇ……。
ま、まぁ、私の意見としては、ですね。その……じ、自分を飾ることなく、正面からぶつかるのが一番だと思います!」
「正面から?」
「ええ!
やっぱり、何を取り繕っても、最後には自分が出てしまいますから! むしろ、それが自分の強みと割り切るのが一番ですよ! ええ!」
やたら力一杯、きっぱりはっきり言い放つ衣玖の言葉に。
まさに、目から鱗、と言わんばかりの勢いでアリスは叫んだ。
「それよ、幽香!」
「……は?」
「あんたの強みを生かすしかないわ! これなら勝てる!」
「……いや、あの……主語抜きで会話されても……」
「ありがとう、衣玖さん! 目が覚めたわ!」
「は、はい! どういたしまして!」
「……あのー……」
「さあ、戻るわよ、幽香! 勝負の時はこれから!
ああ、早苗もありがとう!」
「はい。私でお力添えできることがありましたら、またいつでも」
「さあ、幽香!」
「……なんかよくわからないけど、わかったわ」
どたばたどたばた……。
やたら盛り上がった、ハイテンションアリスに引きずられる形で幽香も去っていく。
部屋に残るは、早苗と衣玖の二人だけ。
「けれど……自分を出して……ですか。
さすがは天にお住まいの方。この世の真理をしかと見つめておられるのですね」
「へっ!?」
「私も、今のお言葉には、少々、胸が痛かったもので……。
やはり、こういう立場にあるからでしょうか、自分を押し込めてしまうことって多いんです」
「そ、そうなんですか……」
「だからかな……。やっぱり、そういうことに縁がないのは……。
本当に、ご参考になるお言葉です」
痛かった。
心から、胸が痛かった。
この、純粋かつ美しい笑顔が、死ぬほど痛かった。
「……私は……天女失格です……」
一人、涙する衣玖お姉さん。彼女に春が来るのはいつのことか――。
――さて。
「はーい?」
里に住む、ここは、とある青年の家。
とんとん、とノックされる扉の音に、彼はそれを引き開ける。
「はっ!? ゆ、幽香さん!?」
その、彼の前に幽香が佇んでいた。
頬を赤くして佇む彼女は、何やら、後ろ手に隠している。
「あ、あの、何か……」
「……はい」
彼の前に、無遠慮に突き出される手。その先にぶら下がった、小さな袋。
「こ、これは……」
「み、見たらわかるでしょ? チョコレートよ、チョコレート。
い、言っておくけど、義理なんだからね! 義理よ、義理! 勘違いしないでよね!」
ここで語気を強くし、ぷいっとそっぽを向いたまま、踵を返す。
「あ、あんたなんて、私以外の人からチョコレート、どうせもらえないんでしょ!?
そ、それじゃかわいそうだから、仕方なく、あげるだけなんだから! わかったわね!?」
ゆっくりと、彼女は歩み去る。そして、最後に一言。
「だから、また……その……私のお店に来なさいよ……。待ってるんだから……」
幽香は去っていく。
青年の熱い、感激した視線を背中に受けて。
そして。
「……これで本当にいいの?」
彼が屋内に戻り、熱く、感激した声を上げているのを確認してから、幽香は茂みの中に隠れていたアリスに問いかけた。
「ええ、見事よ、幽香。
あんたの特性……ツンデレ……! それをうまく利用した、この『ツンデレゆうかりん出張バレンタインサービス』は、予想以上に好評なことが確認できたわっ!」
「……本気で殺したいのに何も出来ない自分が恨めしい……」
そう。これがアリスの考え出した『他とは違う、幽香独自のサービスプラン』である。
曰く、幽香の特性を最大限に生かした出張お届けサービスだ。
すげなく、冷たく、だけど最後は温かく。
これほど、男の心に訴えかけるものは、そうはない。ただでさえ、幽香の店のファンには、彼女の信奉者とも言える輩が多いのだ。彼らに、このサービスが『訴える』ものがどれほどのものであるかなど、もはや言うまでもないだろう。
「さあ、幽香、次に行くわよ! 予約件数は五十件! ちょっと遅れてしまったけど、彼らには最高のバレンタインになるわ!」
「……あんたも同じことしてみなさいよ。死ぬほど恥ずかしいから」
何で私が……、とぶつくさつぶやく幽香であるが、しかし、アリスのこれを否定できるほどいいプランが思い浮かばなかったのも事実である。渋々、といった感じで、彼女はアリスに付き合って歩いていく。
お店の経営を自分で出来るようになった方がいいのかな。そう思いながら。
「次は、あの家よ!」
示された次なる『目標』に、幽香は大きなため息をついたのだった。
「……そりゃね、私もね、自分に魅力があるって言うことを胸を張って言うつもりはないですよ……。だって、そんなの、ただの自意識過剰のバカ女じゃないですか……。だけど、普通の人たちよりは魅力があるんじゃないかな、って思ってるんですよ。今まで、どれくらいラブレターもらってきたか、教えてあげましょうか、ねぇ!」
「お客さん、もうそれくらいにしといた方がいいですよ。
お酒っていうのは、疲れを忘れさせてはくれますけど、つらさとかは忘れさせてくれませんからね」
「いいのよ、お酒追加してー!」
いつも通りのいつものみすちーのお店。
そこに、いつもと違う客が居座って、早数時間。もう明け方である。
「何でかしら……何が悪いのかしら……ううっ……しくしく……」
「まぁ、あたしが思うにですね、衣玖さんって、八方美人過ぎるのが問題なんじゃないかなー、って思うわけですよ。
いや、悪い意味じゃないですよ? むしろ、いい意味で八方美人だから、相手としては不安になるんじゃないですかねー」
とくとくと、突き出されたグラスにつぐのは水である。
もう、これほど酔っているのだから、酒の味もわからない状態だ。ちょっとくらい頭を冷やさせるにはちょうどいいだろう。
「ほら、男も女も、最後はこの人あの人なわけじゃないですか?
そういう、生き物特有の独占欲ってやつぁ、なかなか強いわけですよ。それなのに、衣玖さんみたいに、あっちにもこっちにもいい顔してたら、そりゃ面白くありませんよ。
何で俺だけ、私だけ、見てくれないんだ、とかね。
まぁ、衣玖さんのいいところですから、そいつを否定するつもりはありませんけどね。もうちょっとだけ、視線を一つに固定してもいいかな、ってあたしは思うわけですよ」
「しくしく……」
「お酒飲んで愚痴が言える間は、まだまだ大丈夫ですよ。それに、ほら。自分でも自分の何が悪いかって、よくわかってるみたいですし。
それなら、もうちょっとだけ、姿勢を変えるだけでいいんですよ。
今まで見ていた方向から、ちょいとだけ、視線をずらすとですね。これがまた、面白いものが見えたりするわけです。たとえば――」
「衣玖~、何してんの?」
後ろからかかる声に、はっとなって振り返る衣玖お姉さん。
そこには、本来の衣玖の目的である人物が佇んでいた。『ちょっと遊びに行ってくる』という書き置きだけ残して、すたこらさっさと、最近は天界を抜け出すのが趣味になっているお嬢さんだ。
「……別に何も……」
「まーた酒飲んで暴れてたわけ? あんた、いい加減にしたら?」
「いやいや、酒はいいもんですよ。時には羽目を外すのにちょうどいい道具でさぁ」
「……ふーん」
そんなもんか、と肩をすくめて。
彼女は、カウンターでぐだぐだやってる衣玖の横に、何やら、ぽん、と置いた。
「……え?」
「天女連中に聞いたんだけどさ、この時期って、お世話になってる人にお礼するんでしょ? チョコで。
だからまぁ……衣玖に、ちょっと。
これからも山ほど迷惑かけるつもりだから、それを覚悟してね、ってことで」
んじゃ、先に帰ってるから。
顔を真っ赤にして、まるで逃げるように去っていくお嬢さんが残したものに、お姉さんの視線が固定される。
「ほらね?
ほんの少しだけ、見方を変えたら、ああいうことをしてくれる人がいることにも気づけるわけですよ。側面から見る、って言うんですかね。
包むように見てやるのもいいですけど、ほんとに、たまには違う見方をしてあげてくださいよ。
そしたら、自然と目も奪われますよ。飽きない姿に、ね」
こいつは、あたしからのプレゼントです。
さりげなく差し出される、一輪のクロッカスの花。それをしげしげと見つめていた衣玖は、ふっと笑うと立ち上がる。
「……ご迷惑おかけしました」
「いえいえ。また来てくださいよー、あたしでよければ、いつでも酒を用意して待ってますからね」
「失礼致します」
そっと胸に抱えた花とプレゼントと。
その二つを手に、彼女は、その場から飛び立ったのだった。
「……あいるびーばーっく……」
「そ、総統……まだ……!」
「俺は死なぬ……! この世から、全てのカップルを撲滅するまd……」
「あら、霊夢。どうしたの、いきなり夢想封印――瞬――なんてぶっ放して」
「ん? あ、いや、向こう側でまたうざい気配がしたから、完膚無きまでに殲滅しようかな、って」
「そう言う破壊衝動は抑えなさい。お母さん、悲しいわ」
「誰が誰のお母さんか」
「それはそうと。
あなた、またチョコを強奪しようと、魔理沙の家に押しかけたんですって? そう言うことは私に言いなさいって言ってるでしょ」
「何よー」
「はい、これ」
「マジで!?」
「板チョコ三十枚くらい入れておいたから。あなたの場合、質より量でしょ」
「ありがと紫ー!!」
「……やれやれ」
(しつこいけど)完
荒れ果てた荒野に、朗々たる男の声が響き渡る。
「今日は何月何日だ!」
男は、なぜか半裸だった。
このくそ寒い冬の風の中、見事な肉体美と共にマッスルポーズを決めながら叫ぶ。
「二月十四日であります!」
彼の前に居並ぶ、やはり彼と同じような格好の男達のうち、一人が答えた。
「そうだ!」
彼は答える。新たなマッスルポーズと共に。
「世間では、その日を何というか、知っているか!」
「バレンタインであります!」
「その通りだ!」
かけられる声と返される言葉。
まさに、それが絶妙のタイミングで繰り返された。さながら、それが儀式であるとでも言うように。
「過去に存在した偉人の名前を冠したこの日が!
貴様らは知っているか! 色に狂った薄汚いもの達のせいで、俗物どもの日となっていることに!
悲しいとは思わないか!」
「思うであります!」
「本来ならば、この日は、その偉人――聖人でもあるものの喪に服する静謐なる日であるべきだ!
なのに!
そうした愚かしいものどものせいで、この日は、女が男にチョコレートなどを渡す日となってしまっている! それでいいのか!?」
「よくないであります!」
唐突に雷雲が立ちこめてきた。
天空に稲光が輝き、男が、その光をシルエットに闇の中に浮かび上がる。
おおっ、と誰かが声を上げた。その男の姿が、彼らの前に、圧倒的な存在感を持って顕現したのだ。
「すなわち! 誰かが、その真実を教えてやらねばなるまい!
虚言と妄想の結果、偉人は苦しみ、悲しんでいるだろう! 我々が、その苦しみと悲しみを取り除かなくてはならない!
わかるか!?」
『わかるであります!』
「殊に、この世界では、女が男に渡すだけではなく、同じ女に渡す風習もある! そのような暴挙、かの偉人が許すはずはないだろう!」
男の目が光る。まるで炎のように燃えさかるそれが、居並ぶ同士達を見据えた。
「故に、我らは戦いを起こす! バレンタインを本来あるべき姿へと戻すために!
憎まれもしよう! 恨まれもしよう!
だが、それに屈してはならない!
諸君、これは聖戦である! 同時に、誰かの犠牲なくしては成り立たぬ戦いである! 我らは、あえて、この世界の礎となるのだ!」
『応っ!』
「そう! 決して、これは私怨などではない!
チョコがもらえない憎しみと悲しみをぶつけるのではない! わかったな!?
ならば、全員、武器を持て! さあ――!」
彼の言葉が続く、その瞬間に。
爆炎と轟音が、幻想郷を揺るがした。
「ねぇ、魔理沙。何でいきなりマスタースパークをあさっての方向にぶっ放してるの?」
「いや、あっち側に何かうざいのがいるような気配がしたからな。
そう言うお前だって夢想封印かましてたじゃないか。何でだ?」
「ああ、奇遇ね。
私も、あっち側に、ものすごくうざい感じがしたから、とりあえず、幻想郷の秩序と平穏を守るためにノー宣言でぶっ放しちゃったのよ」
「ま、いいか」
「そうね」
「んじゃ、行くか」
「そうね」
「どこへ?」
「あんたの家」
「何で?」
「チョコよこせ」
「お前、この時期をチョコで過ごすのはやめろよ。いくらカロリー高いからって」
「手軽なのよ」
「わかるけどさ」
「よこせ」
「やだ」
「よし。それならば弾幕だ」
「かかってこい」
こうして、幻想郷の平和は守られた。
名もなき巫女と魔法使いの活躍を、僕らは未来永劫、忘れないだろう。ありがとう、巫女、ありがとう、魔法使い。君たちのおかげで、今日も幻想郷は平和です。
完
「……で、どうしたらいいかしら」
「何が『で』なのか、さっぱりわからないのよ。どうしたらいいかしら」
「そのくらいは理解してくれると思っていたわ」
「上海、刺していいわよ」
「わかった。話す。話すから包丁はやめて、怖いから」
さて、ここは太陽の丘の上に佇む慎ましさで有名な喫茶店の一角。
テラスに出されたテーブルとチェアを囲むのは、二人の少女――だろう、多分――。
そのうちの一人、風見幽香は、何か妙に怖い笑顔を浮かべて(そう言うデザインらしい)包丁を構えてくる人形を操る相手に、顔を引きつらせた。
「その、ね……。バレンタイン、過ぎたじゃない?」
「昨日だったわね」
「何にもやってないのよ、セールとか」
「また?」
その相手――アリス・マーガトロイドは『ちょっといい加減にしてよ』と言わんばかりに、うんざりとした顔を浮かべた。
「あんた、去年も同じようなこと、やろうとしたじゃない。
あのね、このお店には、私も出資してるのよ? あんたには儲かってもらわないと、そのお金、どぶに捨てたことになるの。そんなの、幻想郷の秩序的に許されないじゃない」
「言わんとすることはわかるけど、それが秩序体系になってるのが怖いわね。この世界」
「言うなって」
そこで、アリスは手元のティーカップを傾けた。
幽香お得意、花の蜜を使った特性紅茶の味は格別。この味だけは、どう頑張っても自分には出せないなと思いながら、
「もっと商売にはどん欲になってよ」
「なってるわよ。毎月、新作のお菓子を出してるじゃない。あれ、めんどくさいんだから」
「その割には、鼻歌歌いながら、毎日、楽しそうにあれこれ考えているそうだけど?」
「うっ、うるさいわね! 何で知ってるのよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るあたり、色んな意味で図星であるようだった。
さぁね、とアリスは肩をすくめる。もちろん、その視線は、脇にいる人形達に向けるのは忘れない。
「ったくもう……。
チョコレートの年間消費量の、およそ四割はこの時期なのよ?」
「だから、知ってるわよ。
それで、どうしたらいいかわからないから、あなたに相談してるんじゃない」
「……まぁ、ねぇ」
このお店、名を『かざみ』というが、とある事情から、この彼女、風見幽香がやることになったお店である。開店まで紆余曲折色々あったものの、それ以後はさしたる問題もなく、営業できていると言っていいだろう。
固定客もつき、毎月、きちんと営業黒字は出してきている。そこから、アリスは出資金を回収しているわけであるのだが、ともあれ、そうした金銭的事情はさておいても、アリスはこのお店を手伝ってやらなければならない立場にいる。
それもまた、色々と、複雑な事情があるのだが、ここでは割愛しよう。
アリスの立場は、この店におけるパトロンであると共にアドバイザーだ。店主から相談を持ちかけられて、それを断れる立場にはないのである。
「あんたがお菓子を出すだけで売れると思うけど」
「それじゃ、何というか……つまらないというか……」
「何? 色気でも出してるの?」
「出してないわよ。
一本調子の売り方をしてたら飽きられるんじゃないかな、って」
それはあるかも、とうなずく。
店のラインナップは、毎月、あれこれと変わってはいるものの、根本的な雰囲気は変わらない。
お店の内装を変えたりといった外面的な変化も、人の心理に与える影響は一瞬だ。マンネリ商売を続けていては、いくら手堅い固定客を確保していると言っても、店の営業は先細りになってしまうことだろう。
特に、この幻想郷には、この分野で勝負をしたら、絶対に勝てない先駆者もいるのだ。体力の落ちた個人商店など、あっという間に飲み込まれてしまう。それに対抗するためには、客に『飽きられない』商売をするしかない。
「まぁ、そのための『イベントごと』なんだけどね」
「……うぐ……」
そこは、なかなか痛いところであったらしい。
幽香は押し黙ると、無言で紅茶をすすった。
「去年があれだったし……今年は、もっと趣向を凝らした商売をしたいところよね。
とはいえ、ものが変わらないから……う~ん……」
悩むアリス。
彼女の悩みを体現するのか、彼女の回りを漂う人形達が、妙なダンスを踊り始める。
「正直、私もさ、あんたの手伝いをするようになって、お店の経営手法とか学んできたつもりだけど、やっぱり付け焼き刃なのよね」
「ああ、わかる。
私も、その手の本は読んでみたけど、何が書いてあるかさっぱりよ」
こう見えて、長く生きて知識は蓄えてきたつもりだったけど、と幽香。
「その手の専門家の意見を聞きたいところだけど……」
恐らく、『その手の専門家』に該当する人物はいないだろう。少なくとも、自分の知る範囲には。
知識を蓄えているだけの人物なら山ほどいるが、世の中、知識だけではどうにもならないことはある。店の経営など、最たるものだ。つまるところ、頼れる相手など、これっぽっちもいない。どうにかして、自分たちで勝負をつけなければならないのだ。
「……正直に言うとさ」
「何?」
「バレンタインって、要は男と女の恋話、でしょ?」
「そうね」
「そう言う経験をしてないのが一番の問題じゃない?」
幽香の言葉に。
アリスは、ぽん、と手を打った。
「確かに」
「……困ったわね」
「確かに困ったわね……」
二人して、腕組みしてうんうんとうなり始める。
アリスも幽香をたきつけるものの、そして幽香もアリスを頼るものの、イベントごとの趣旨に根本から携わってないという事実が発覚して、『さて、どうするか』ですまない問題だということに気づいたらしい。
何でそう言う重大なことに気づかないんだよ、というツッコミは、この際、なかったことにしてもらおう。
さて、どうするか。
「……恋愛小説とか漫画じゃ限界よね」
「かといって、そう言うことに詳しそうな人……」
「……永琳さん」
「あの人、そう言う経験、なさそうよ」
「……確かに」
というか、永琳と恋愛という単語ほど、距離の離れているものはない。恐らく、一億光年くらいの距離はあるだろう。
もちろん、当人の前でそれを言ったら笑顔でルナティックアポロ13だが。
「……咲夜さん」
「刺されるわよ、絶対」
「あの人、恥ずかしがりだからねぇ……」
あの見た目と性格で、とつぶやいて、アリスは目の前の幽香を見る。
そして、即座に、『人間、見た目にはよらないわよね』と考えを改める。
「というか、あなたは?」
「私にあると思った?」
「……いや、どうかな」
つぶやきはするものの、幽香はそれ以上のツッコミは入れない。この相手も、咲夜に負けず劣らずの部分があるからだ。以前みたいに、椅子人形にお尻をかじられてはたまったものではない。
「う~ん……そう言うことに、一番、近そうな人、ねぇ……」
「アリス、知り合いにいないの?」
「いない……」
と、言いかけて。
彼女の頭の中に、ぽん、とある人物の顔が思い浮かぶ。
思い浮かべてから、そう言う経験は少ないかもしれないな、という懸念も浮かんだものの、少なくとも自分よりはそう言うことに『詳しい』だろうという考えを捨てることはなかった。
思い立ったが吉日。アリスは立ち上がる。
「行きましょ」
「どこに?」
「さあ?」
「ちょっと、お店の開店時間まで、あと少しよ」
「午前中休業ってことで。
個人商店なんだから、それくらいの都合は付くでしょ」
それに、バレンタインの翌日なんだから、とアリス。
イベントごとの後は、客も減るだろうという見方に、そうかもしれないな、と思ったのか。
しょうがないわね、と幽香は肩をすくめたのだった。
「と、いうわけで、あなたを頼りに来たの」
「……はあ。
まぁ、何が『と、いうわけ』なのかは、詳しく聞かないことにします」
あ、お茶どうぞ、と勧められるのは香り豊かな緑茶である。決して、どこぞの巫女の差し出してくる『一週間ものの出がらし』などではない、立派なものだ。
二人がやってきたのは、守矢の神社。その一角に、神社の主――というと、多少の語弊はあるかもしれないが――に迎えてもらっての作戦会議である。
「それで、どうして私が『その手のこと』に皆さんより詳しいと思ったんですか?」
「いや、早苗って、私たちより『外の世界』にいた時期が……長いと言ったらおかしいけど、ともあれ、長いじゃない?
なら、最近のこととかもよく知ってるんじゃないかな、って」
「はあ」
彼女――東風谷早苗は、言われてみればわかります、という顔をしてうなずいた。
「そうですか……バレンタイン……ですか」
「ちなみに、あなた、チョコとか好き?」
「はい。
というか、私も女性ですから、甘いものには目がない方で。もっとも、あまり食べると体にもよくありませんから、月に一度とか、それくらいですけど」
その分、食べる時はお腹一杯食べてしまうのだ、ということだった。
「何それ、かわいい」
「か、かわいいって言わないでくださいよ。自覚してるんですから……」
「今度、うちのお店に来ない? 美味しいお菓子、割引してあげる」
「あ、ほんとですか? それならちょっと嬉しいかも」
と、しばらくの間、女の子らしい話題に花が咲く。
どこそこのお菓子は美味しかった、だの、これこれこういうものが私は好き、だのといった他愛のない話は続き、ふと、気が付けば時計の針は一時間を経過している。
いけない、と最初に行動を起こすのはアリスだ。
「と、ともあれね、何かアドバイスが欲しいのよ。
今、外の世界だと、どういうキャンペーンとかやってるの?」
「どういう……って……普通ですよ。
いつも通り、『バレンタインセール』って大々的にのぼりを掲げて、くらいですね」
「……うちがやってることと変わらないわね」
「じ、じゃあ、早苗は、どういうバレンタインを過ごしたの?」
「う~ん……。
……お恥ずかしながら、恋と愛には縁遠い生活だったもので」
そう言う経験は、残念ながら、全くないとのことだった。
てへへ、と笑う早苗は『でも、興味はありましたよ』と一言。
「ただ、やっぱり……なんて言うんでしょう。
自分が色々と忙しいからか、そう言うことに対しては奥手でしたね。何度かラブレターももらいましたけど、全部、ごめんなさいしてきましたし」
「……あなたの性格っぽいわ」
「……やっぱりそう思います?」
実は自覚してるんです、と彼女。
ともあれ、そういうわけだから、アリス達の望む答えは出せそうにないというのが早苗の回答だった。
ますます困ったわね、と言わんばかりに二人は腕組みする。
「というか、幽香さんのお話は聞いていますし。
小細工とかはしないでも、普通にお店を開けば、きちんとお客は入ってくると思いますけど」
「そう言う小細工も大切なのよ」
特に、そう言う経営体力という面にかけては、絶対に勝てない相手がいるからこそ、相手との差別化を図らなくてはならない。そのために必要なのが小細工であるというのがアリスの言だった。
そういうことには納得がいくのか、早苗は興味津々にうなずくだけだ。
「大きなお店が出てくると、小さな小売店は、どうしても不利ですからねぇ。そうなると、やっぱり、キャンペーンとかセールになっちゃうんでしょうね」
「そうなのよ。
別につぶし合いをしているわけじゃないから、向こうも、こっちの経営がまずくなりそうだったら資金援助はしてくれるとは言ってるんだけど……」
何かそれって悔しいじゃない?
その、アリスの言葉には賛成なのか、早苗は首を縦に振る。
「別に、向こうとしては、善意の申し出なのだろうけど。こっちからしてみたら屈辱よ」
「なるほど。
となると、どうしても勝負には勝利したいですよね」
「そうなの。わかる?
その点、幽香に任せると全然ダメでさ。結局、私が苦労するの」
「何よ、うるさいわね。
別に、手伝ってくれ、なんて言ってないわよ」
「私が手を引いたら、あのお店、あっという間に潰れるわよ?」
「ぐっ……」
常日頃から、どうやら、アリスには頼りになっているのか、呻く幽香。
そんな二人の関係に、早苗はくすくすと笑う。
「お二人とも、仲がいいんですね。
私、こういうのは失礼ですけど、お二人のこと、ちょっと誤解してました。もうちょっと、仲は悪いのかな、って」
そんなことなかったんですね、と続けると、早苗は膝を叩く。
「よし、私も協力します。何かいい案が出ないか、ちょっと悩んでみます」
「悩んでみる、って……どうやって?」
「岩屋に三日ほど閉じこもるんです。
飲まず食わずの限界状態に自分を追い込めば、不思議と、良案が思い浮かび……」
『やめてそれだけは』
とんでもないことを平然とやろうとした彼女の服の袖と裾を、アリスと幽香が二人がかりで全力で掴んで引き留めた。というか、止めないと、絶対にやる。この娘はマジだ。二人の瞳は語る。
「……そうですか? 本当にいい案が思い浮かぶんですけど……」
「あ、あなたの自己犠牲精神は嬉しいけど、さすがにそれはちょっと……」
「そこまであなたを追いつめるつもりは……」
「別に追いつめられてるつもりはありませんけど……」
変な人たち、という視線を、早苗は二人に向けた。
変なのはあんただ、とツッコミを入れたかったが、そこで即座に思い返すのは、ここが『幻想郷』という特殊な環境であるということだ。
結論。どこか真面目に見えて普通っぽい人も、内面はそうでもない。そうじゃなきゃ、幻想郷にはこない。
「……でも……そうなると、私に協力できるのは、せいぜい、参拝に訪れてくれる人たちにチラシを配るくらいで……」
「いや、それだけで充分だから」
「幽香の店って、経営範囲、広くないし」
守矢神社のある方面は、まだカバー外であるとのことだった。
ちなみに、幽香の店の競合であるとある場所に関しては、この辺りでも周知事項であるのだが、それはさておこう。
「……そうですか。
あ、じゃあ、うちにそのチラシを置いていってくれますか? 出来る限りの協力はしますから」
「あ、ありがと……」
アリスは、顔と声を引きつらせながらも、相手の心優しい申し出を受け入れる。
どこぞから取り出されるチラシの束を、テーブルの上にどさっ。それにざっと目を通す早苗は、『この辺りとか、もうちょっと書き換えてみたらどうですか?』とアドバイス。
そうした『外部の知恵』も授かりながら、戦略を練ることしばし。
「……けど、本当に困ったわねぇ。
誰よ、三人いれば文殊にも負けない知恵が出るっていった人」
「まぁ、1%の閃きがないと、99%の努力も無駄だと言いますから」
結論としては、なかなか奇抜なアイディアというのは思い浮かばないものなのだ、ということだった。
はぁ、と小さなため息を、誰かがついた。
――と、その時である。
「……やっぱり、そう言う経験が豊富そうな人に聞くしかないのかしら」
「けれど、そう言う人、私たちの知り合いにいる?」
「……いないですねぇ。
経験が豊富そう……たとえば、年上の人とか……」
そして、早苗がつぶやいた、その時だ。
「あのー……ごめんくださーい」
頼りになる人物の声が響いたのは。
「……えっと……あの……どうして、私が歓待されているのでしょう……?」
天子がここに来てないか。
そう言ってやってきたのは、天女の永江衣玖である。
そして彼女は、その場に集まっていた三人にいきなり腕を引っ張られ、足を抱えられ、わっしょいわっしょいと室内へと運び入れられていた。
目の前には、お茶と大福。そして、目を輝かせる三人の娘達。
「実はですね、衣玖さんに、少々、お言葉を頂きたいと」
「……は、はあ……」
「実はですね――」
アリスは語る。
自分たちが今、何に悩んでいるのか、ということを。
「………………………」
がたんっ、と衣玖は目の前の湯飲みをひっくり返した。
流れる熱いお茶が畳の上に落ちてシミを作っていく。
衣玖は、狼狽していた。
「やっぱり、天女って、ほら、昔の話にも恋愛話の主題歌として出てくるくらいだし」
「そうね。そう言うことには詳しそうだわ」
「羽衣のお話とか、そういう切ない系にも造詣はありそうですし」
「衣玖さんになら、頼りに……って……そろそろ『どうしたんですか?』って聞いた方がいい?」
「あ、あああああのえっと……」
とりあえず、こぼれたお茶と倒れた湯飲みを掃除するのは早苗の役目である。
彼女がてきぱきと働く中、衣玖は内心、だらだらと冷や汗をかいていた。
曰く。
「……い……言えないっ……。今に至るまで……売れ残りだなんてっ……!」
――聞くも涙、語るも涙。
私、永江衣玖、2XX歳(にじゅうちょめちょめさいと読む)、未だにそういうロマンスを体験したことがないんですっ……!
ううっ……そりゃですね? 私にだって、そう言うお話、たくさんありましたよ。友達からは『衣玖ほどお嫁さんに向いた人っていないよね』とか、『私、絶対に衣玖には勝てないわ』って、昔から言われてましたよ? ええ、もう、同情とかそういうのなしに、真剣に、誰からも羨ましがられたこととかも今は昔ですよ! 友達は次々に結婚し、幸せな家庭を築き、そのたびに『ごめんね。でも、次は衣玖の番だからね』って言われ続けてっ……! もう、その言葉も言われなくなったんですよ! みんな、私に気を遣ってるんですよ! しまいにゃ、『男が悪い』って言い出す始末ですよ!
ラブレターもらった枚数も天女一! 告白された回数だって天女一! でも、未だにそう言う経験全くなしっ!
何で!? 何でなの!?
どうして、誰も彼も、私から離れていくの!? いつまで、私売れ残りなのー!?
――これで泣けない奴は鬼だ。
「どうしたんですか? 衣玖さま。何だか、とても顔色が悪いのですが……」
「な、ななななな何でもないですよ、何でも!」
「……あ、もしかして、お茶がお気に召さなかったとか……」
「そ、そんなことないです!」
あははははははは、と引きつり、乾いた笑い声をひとしきり上げてから。
「そ、そうですねぇ……。
ま、まぁ、私の意見としては、ですね。その……じ、自分を飾ることなく、正面からぶつかるのが一番だと思います!」
「正面から?」
「ええ!
やっぱり、何を取り繕っても、最後には自分が出てしまいますから! むしろ、それが自分の強みと割り切るのが一番ですよ! ええ!」
やたら力一杯、きっぱりはっきり言い放つ衣玖の言葉に。
まさに、目から鱗、と言わんばかりの勢いでアリスは叫んだ。
「それよ、幽香!」
「……は?」
「あんたの強みを生かすしかないわ! これなら勝てる!」
「……いや、あの……主語抜きで会話されても……」
「ありがとう、衣玖さん! 目が覚めたわ!」
「は、はい! どういたしまして!」
「……あのー……」
「さあ、戻るわよ、幽香! 勝負の時はこれから!
ああ、早苗もありがとう!」
「はい。私でお力添えできることがありましたら、またいつでも」
「さあ、幽香!」
「……なんかよくわからないけど、わかったわ」
どたばたどたばた……。
やたら盛り上がった、ハイテンションアリスに引きずられる形で幽香も去っていく。
部屋に残るは、早苗と衣玖の二人だけ。
「けれど……自分を出して……ですか。
さすがは天にお住まいの方。この世の真理をしかと見つめておられるのですね」
「へっ!?」
「私も、今のお言葉には、少々、胸が痛かったもので……。
やはり、こういう立場にあるからでしょうか、自分を押し込めてしまうことって多いんです」
「そ、そうなんですか……」
「だからかな……。やっぱり、そういうことに縁がないのは……。
本当に、ご参考になるお言葉です」
痛かった。
心から、胸が痛かった。
この、純粋かつ美しい笑顔が、死ぬほど痛かった。
「……私は……天女失格です……」
一人、涙する衣玖お姉さん。彼女に春が来るのはいつのことか――。
――さて。
「はーい?」
里に住む、ここは、とある青年の家。
とんとん、とノックされる扉の音に、彼はそれを引き開ける。
「はっ!? ゆ、幽香さん!?」
その、彼の前に幽香が佇んでいた。
頬を赤くして佇む彼女は、何やら、後ろ手に隠している。
「あ、あの、何か……」
「……はい」
彼の前に、無遠慮に突き出される手。その先にぶら下がった、小さな袋。
「こ、これは……」
「み、見たらわかるでしょ? チョコレートよ、チョコレート。
い、言っておくけど、義理なんだからね! 義理よ、義理! 勘違いしないでよね!」
ここで語気を強くし、ぷいっとそっぽを向いたまま、踵を返す。
「あ、あんたなんて、私以外の人からチョコレート、どうせもらえないんでしょ!?
そ、それじゃかわいそうだから、仕方なく、あげるだけなんだから! わかったわね!?」
ゆっくりと、彼女は歩み去る。そして、最後に一言。
「だから、また……その……私のお店に来なさいよ……。待ってるんだから……」
幽香は去っていく。
青年の熱い、感激した視線を背中に受けて。
そして。
「……これで本当にいいの?」
彼が屋内に戻り、熱く、感激した声を上げているのを確認してから、幽香は茂みの中に隠れていたアリスに問いかけた。
「ええ、見事よ、幽香。
あんたの特性……ツンデレ……! それをうまく利用した、この『ツンデレゆうかりん出張バレンタインサービス』は、予想以上に好評なことが確認できたわっ!」
「……本気で殺したいのに何も出来ない自分が恨めしい……」
そう。これがアリスの考え出した『他とは違う、幽香独自のサービスプラン』である。
曰く、幽香の特性を最大限に生かした出張お届けサービスだ。
すげなく、冷たく、だけど最後は温かく。
これほど、男の心に訴えかけるものは、そうはない。ただでさえ、幽香の店のファンには、彼女の信奉者とも言える輩が多いのだ。彼らに、このサービスが『訴える』ものがどれほどのものであるかなど、もはや言うまでもないだろう。
「さあ、幽香、次に行くわよ! 予約件数は五十件! ちょっと遅れてしまったけど、彼らには最高のバレンタインになるわ!」
「……あんたも同じことしてみなさいよ。死ぬほど恥ずかしいから」
何で私が……、とぶつくさつぶやく幽香であるが、しかし、アリスのこれを否定できるほどいいプランが思い浮かばなかったのも事実である。渋々、といった感じで、彼女はアリスに付き合って歩いていく。
お店の経営を自分で出来るようになった方がいいのかな。そう思いながら。
「次は、あの家よ!」
示された次なる『目標』に、幽香は大きなため息をついたのだった。
「……そりゃね、私もね、自分に魅力があるって言うことを胸を張って言うつもりはないですよ……。だって、そんなの、ただの自意識過剰のバカ女じゃないですか……。だけど、普通の人たちよりは魅力があるんじゃないかな、って思ってるんですよ。今まで、どれくらいラブレターもらってきたか、教えてあげましょうか、ねぇ!」
「お客さん、もうそれくらいにしといた方がいいですよ。
お酒っていうのは、疲れを忘れさせてはくれますけど、つらさとかは忘れさせてくれませんからね」
「いいのよ、お酒追加してー!」
いつも通りのいつものみすちーのお店。
そこに、いつもと違う客が居座って、早数時間。もう明け方である。
「何でかしら……何が悪いのかしら……ううっ……しくしく……」
「まぁ、あたしが思うにですね、衣玖さんって、八方美人過ぎるのが問題なんじゃないかなー、って思うわけですよ。
いや、悪い意味じゃないですよ? むしろ、いい意味で八方美人だから、相手としては不安になるんじゃないですかねー」
とくとくと、突き出されたグラスにつぐのは水である。
もう、これほど酔っているのだから、酒の味もわからない状態だ。ちょっとくらい頭を冷やさせるにはちょうどいいだろう。
「ほら、男も女も、最後はこの人あの人なわけじゃないですか?
そういう、生き物特有の独占欲ってやつぁ、なかなか強いわけですよ。それなのに、衣玖さんみたいに、あっちにもこっちにもいい顔してたら、そりゃ面白くありませんよ。
何で俺だけ、私だけ、見てくれないんだ、とかね。
まぁ、衣玖さんのいいところですから、そいつを否定するつもりはありませんけどね。もうちょっとだけ、視線を一つに固定してもいいかな、ってあたしは思うわけですよ」
「しくしく……」
「お酒飲んで愚痴が言える間は、まだまだ大丈夫ですよ。それに、ほら。自分でも自分の何が悪いかって、よくわかってるみたいですし。
それなら、もうちょっとだけ、姿勢を変えるだけでいいんですよ。
今まで見ていた方向から、ちょいとだけ、視線をずらすとですね。これがまた、面白いものが見えたりするわけです。たとえば――」
「衣玖~、何してんの?」
後ろからかかる声に、はっとなって振り返る衣玖お姉さん。
そこには、本来の衣玖の目的である人物が佇んでいた。『ちょっと遊びに行ってくる』という書き置きだけ残して、すたこらさっさと、最近は天界を抜け出すのが趣味になっているお嬢さんだ。
「……別に何も……」
「まーた酒飲んで暴れてたわけ? あんた、いい加減にしたら?」
「いやいや、酒はいいもんですよ。時には羽目を外すのにちょうどいい道具でさぁ」
「……ふーん」
そんなもんか、と肩をすくめて。
彼女は、カウンターでぐだぐだやってる衣玖の横に、何やら、ぽん、と置いた。
「……え?」
「天女連中に聞いたんだけどさ、この時期って、お世話になってる人にお礼するんでしょ? チョコで。
だからまぁ……衣玖に、ちょっと。
これからも山ほど迷惑かけるつもりだから、それを覚悟してね、ってことで」
んじゃ、先に帰ってるから。
顔を真っ赤にして、まるで逃げるように去っていくお嬢さんが残したものに、お姉さんの視線が固定される。
「ほらね?
ほんの少しだけ、見方を変えたら、ああいうことをしてくれる人がいることにも気づけるわけですよ。側面から見る、って言うんですかね。
包むように見てやるのもいいですけど、ほんとに、たまには違う見方をしてあげてくださいよ。
そしたら、自然と目も奪われますよ。飽きない姿に、ね」
こいつは、あたしからのプレゼントです。
さりげなく差し出される、一輪のクロッカスの花。それをしげしげと見つめていた衣玖は、ふっと笑うと立ち上がる。
「……ご迷惑おかけしました」
「いえいえ。また来てくださいよー、あたしでよければ、いつでも酒を用意して待ってますからね」
「失礼致します」
そっと胸に抱えた花とプレゼントと。
その二つを手に、彼女は、その場から飛び立ったのだった。
「……あいるびーばーっく……」
「そ、総統……まだ……!」
「俺は死なぬ……! この世から、全てのカップルを撲滅するまd……」
「あら、霊夢。どうしたの、いきなり夢想封印――瞬――なんてぶっ放して」
「ん? あ、いや、向こう側でまたうざい気配がしたから、完膚無きまでに殲滅しようかな、って」
「そう言う破壊衝動は抑えなさい。お母さん、悲しいわ」
「誰が誰のお母さんか」
「それはそうと。
あなた、またチョコを強奪しようと、魔理沙の家に押しかけたんですって? そう言うことは私に言いなさいって言ってるでしょ」
「何よー」
「はい、これ」
「マジで!?」
「板チョコ三十枚くらい入れておいたから。あなたの場合、質より量でしょ」
「ありがと紫ー!!」
「……やれやれ」
(しつこいけど)完
楽しませてもらってます。
これからもゆうかりん作品期待してます。
・・・衣玖さん(´;ω;`)ブワッ
よし、いまからかざみにいってきますね
あと衣玖さんwww
笑っちゃいけないけど、頑張ってくれwww
面白かったです。
色恋沙汰に疎くてもしょうがない。
あと衣玖さんは妖怪ですぜ、天女とは別なのですよ。
これでツンデレモードお願いしますっ!!
常連にはアリスさんも指名できるって聞いたんですけど本当ですk(シャンハーイ
あいかわらずツンデレで安心した
次回も期待しています
みすちーが女将って感じでいいなぁ。
皆可愛過ぎるので目移りしてしまいそうです。
『ツンデレチョコ』は狙いがあからさますぎて引きますよ。
カップルの撲滅を企てる一団のギャグシーンも微妙。
みすちーのキャラはいい味を出していましたけど、みすちーらしくはないですし。
個人的にはこのシリーズの設定のままで、『かざみ』を舞台にしたもっと普通のお話を読んでみたいです。
悩みつつも楽しげに新作メニューを考案し、それを食べるお客さんの反応に一喜一憂する幽香。
その姿に苦笑しながら手際よくフォローするアリス。
閉店後は2人で賄い料理を食べつつ、その日お店で起きた出来事を笑いながら語り合ったりする、そんな
平凡だけれど暖かな日常を描いたお話。
……地味そうだし、難しいかなぁ。
残念ですが、今回の評価はフリーレスで。
ツンデレチョコ欲しいなぁ。
これは・・・www
他のシリーズも次回作期待期待w