「何時の時代も男なんて単純なものよねー」
そんな独り言をつぶやきながら、宇佐見蓮子は大学の構内をぶらぶらと歩いていた。
同ゼミに所属する男衆にチョコレートなるもの授けてきたところなのだが、その時の喜びようを思い出して笑いをかみ殺した。
特に見返りを要求するつもりもないが、そこらの売店で買える程度の板チョコで一喜一憂してくれる光景は見てるだけでなかなか愉快なものだ。
むしろ見物料を払ってもいいくらいだろう。
そんなイベントに右往左往する女だって単純なものではあるが。
踊る阿呆に踊らぬ阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損、というやつだ。
日本的なのかはよく分からないが、蓮子はこういうノリが嫌いではない。
「おや、あれは」
上機嫌に歩いている蓮子の視線の先には所属する学部こそ違うが、親友のメリー(本名はマエリべリー・ハーンだが蓮子はすでに本名のことは忘れている)の姿が見える。
密やかに続いている不良サークルの唯一のメンバーでもある。
声をかけようとしたが、蓮子はすぐに動きを止める。
何故ならメリーが持つ紙袋から覗くラッピングが施された物を「やっほー♪」といった感じで顔を出しているからである。
「あれはもしや…伝説の本命チョコという物体では…っ!?」
今日その日にあのような豪勢なラッピングが施された何かが入った箱らしき物を持っていれば、他に想像することなど出来ない。
いや、する自体が冒涜だ!
ちなみに本命チョコは今までに何度か友達のを味見(毒味というのが彼女の見解である)という形で食べたことはあるが、蓮子自身は本命チョコなど渡したことはない。
別にお菓子会社の陰謀だなどと主張する主義とかではなく、単にお菓子作りが苦手だからである。
しかし、だからこそ元々旺盛である彼女の好奇心は強く刺激された。
「メリーの本命か…」
女二人で寂しく今年のクリスマスは過ごしたが、あれから三か月。
恋の花が咲くには短すぎる期間というわけでもない。
自分には全くそんな予兆の欠片もないことには若干の虚しさは覚えるが、好奇心の方が勝る。
「選択肢は一つ、尾行!」
こんな面白そうなことを放っておいたら損。
一度決めたら一直線、他のことは何も考えていなかった。
この蓮子、漢女(おとめ)である。
というわけで、蓮子は尾行を開始したのだった。
「誰かを探してるみたいね…」
茂みやらの死角に身を隠しながら蓮子はメリーを追跡する。
きょろきょろと誰かを探している素振りが見える。
携帯をいじっているような動作も確認されるが、先ほどからずっとこんな調子である。
なかなかお目当ての人間とは接触できていないようだ。
「めんどくさがり屋のメリーがここまでするなんて、これはいよいよもって…本命ね」
クックック、と乙女らしくない笑い声を洩らす。
「あんたこんなとこで何やってんの…?」
「うひょあっ」
突然声をかけられて驚く声もやはり乙女らしくはない。
「…何素っ頓狂な声出してるのよ」
「な、なんだ、深雪か。驚かせないでよ…」
声の主が高校以来の友人のものであると確認して、蓮子はほっと胸をなでおろす。
「勝手に驚いたくせに」
「まぁまぁ、気にしない気にしない。あ、そういえば深雪はメリーと同じゼミだっけ」
「メリー?…ああ、ハーンさんのことか。そういえば仲良いのよね、何時みても不釣り合い」
「うっさい。それで、メリーってもてるの?参考までに」
「あの人の何を参考にするのよ。スタイルも器も違うくせに」
あからさまに蓮子の胸や腰のあたりを見て言う。
「いっぺんブチマスヨ…?」
「冗談よ~。それで、質問だけど、もてるわよー?日本語ぺらぺらだし、気立ても良くて美人だっていうんだから当たり前と言えば当たり前だけど」
「ふーん…」
そういうことなら出会いの機会はいくらでもあったということだろう。
しかし、面食いというわけでもないが理想のうるさいメリーのお眼鏡に適った男となるとなおさら好奇心が刺激される。
「あ」
「何?」
そうこうしているうちに見えない方にメリーが歩き去ろうとしていた。
このままでは見失ってしまう。
「それじゃ、また今度」
「え、ちょ、ちょっとっ」
友人の言葉も聞かず、追跡を再開する。
角を曲がってすぐのところでメリーの姿を確認して慌てて隠れる。
そろりと顔だけを出して確認してみると、誰かと話しているようだった
遠目に見てもなかなかのいい男のように見えた。
もしかすると、もしかしなくてもあれが本命さんなのだろうか。
「渡すのか、渡すんか!?むしろ渡せっ!!」
と、心の中で納めてるんだか漏れてるんだか分からない念を送る。
「…あれ?」
念が通じて避けられたのか、挨拶もそこそこにといった感じで別れてしまう。
メリーのお眼鏡にかなうならああいうタイプだと思ったのだが。
「おかしいなぁ…」
もしかして重大な勘違いをしているのではないだろうか、と疑い始めたあたりで携帯にメールの着信でもあったのだろうか、携帯を取り出して何かを見ている。
瞬間、突然ぎょろりとメリーの顔が蓮子の隠れている方を見つめてくる。
慌てて隠れたのはいいが、
「蓮子、いるんでしょ」
さまざまなバイトを通して培った気配けしの術は完璧だったはずだ。
「来ないならこっちから行くわよ?」
そう言われててしまってはすごすごと姿を現すしかない。
「…何でばれたのよ。プライドが傷ついたわ」
「何のプライドよ…。ほい」
メリーの携帯を手渡される。
ディスプレイのメールの部分にこんな事が書かれていた。
『なんかウサミミの蓮子が尾行してるよ』
「何でうさみみよっ!?」
思わず叫ぶ。
小学校あたりでさんざんからかわれたトラウマがよみがえりそうだった。
はっとなって後ろを見てみれば、ぱたぱたと楽しそうに手を振っている友人の姿。
「あのアマぁっ!!」
「女の子がそんなこと言わない」
ぺしん、と頭をはたかれる。
「まったく、いくら探しても見つからないと思ったら何してるのよ」
「むぅ…って、私を探してた?」
「そうよ。電話かけても通じないし」
「あー…」
そういえば先ほどまでゼミだったので携帯の電源を切ったままにしていたかもしれない。
「ほら、これあげる」
「…え?」
ぽん、と手渡しされたのは紙袋の中身。
つまり平仮名でいえばちょこれいとである。
「…私そっちの気はないわよ?」
「頭でも打ったの…?」
なんか真面目に返したら真面目に心配された。
「日本では二月十四日はチョコレートを渡して信愛の情を示すって聞いたんだけど?」
「あー……」
つまり、そもそも留学生であるメリーが日本的な意味で正確に捉えてない可能性の方が高いということで。
「こんなオチ、少年誌ですら許されないわよ…」
「…何の話?」
「いや、こっちの話よ」
改めてチョコレートに目を移す。
今までに何度かメリーのお手製お菓子を頂いたことはあるが、どれも絶品であったのでこれもきっとそうなのだろう。
しかし、それとはまた別の問題が発生する。
持っているのは購買で売っているような安物のチョコ。
ふっ、と何か漢らしい笑みを浮かべながら宣言した。
「この宇佐見蓮子、産まれてこの方お菓子なぞ作ったことないわっ」
「何で偉そうなの…。宣誓されなくても知ってるわよ、単純な料理しかしたがらないし」
「そうよねー。いや、助かったわー。市販の安物くらいしか用意してなくて」
「…まぁ、蓮子らしいわね」
そんなこんなで相変わらず男っ気もなく一日は更けて…
「…ところで」
がっしりと肩を掴まれて、笑ってない笑みを浮かべながらメリーはそう言ったのだった。
「何で私をつけまわしてたかちゃんと説明してもらうからね?」
「はぁぃ…」
一日は…まだまだ続きそうなのであった。
節子、それあかん!前貼りは二次設定や!
正しくはマエリベリーですよwwwww
メリー側の視点からの蓮子の行動も見てみたい気がしました。
治しときましたー
……で、このあと二人はちゅっちゅするのかどうかをハッキリさせるんだ!!
倶楽部を失念していたとは私もまだまだだったようですな…
適度に甘くて、ほのぼのした気分になりました。
面白いお話でした。
二人のこの関係って良いですよねぇ。
面白かったですよ。
誤字の報告
>その時を喜びようを思い出して
その時の喜びようを思い出して…ですよね。
蓮子いきいきとしてるなぁ
相当メタな発言だけどなんでか蓮子にはよく似合う。
ニヤニヤさせていただきました。