Coolier - 新生・東方創想話

或る日の帰航

2009/02/14 11:16:30
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ぎい。
ぎい。
断続的に音が響く。何かが軋む音だ。そしてそれに合わせる様にざあざあと水を切る音がした。
そして揺れる。
不快な喧騒を帯びた揺れではなく何か身を任せていたくなる様な茫洋とした揺れだった。
何が揺れているのだろう。
地だろうか、体だろうか。
いや、それ以前になぜ私は揺れているのだ?
「ん? 気が付いたかい。と言うのも何だか変な言い方だけどねえ」
声が――した。
誰だろう。私は人の居る処に来た覚えは――
見上げると前には一人の少女が立っていた。
ただし後姿しか見えず、しかも櫂を漕いでいる。
――この音か。
私は一人合点が行った。今の私にはそれだけ解れば十分だと言えた。確信は無論無いしあったとしてもここでは無意味だろう。
改めて私は少女を見た。赤い髪。そこそこ高い背。そして何故か威勢の良い声。
それ以外に私が得られる情報は無かった。あったとしても先程と同じく――
「無意味だ」
「んー? 何か言った? 今日は生憎川が荒れてやがってねえ、聞こえないや」
私は。
私は何故こんな処に居るのだろう?
そう自問した。
疑問が浮かんでは消え浮かんでは消えを幾度か私の中で空しく繰り返した後考えるのを止めた。
こんな処――そう、あろうことか私が居るのは船の上だったのだ。
大して広い訳ではない。寧ろ狭い部類に入る。だが私はこの船に例えようの無い空虚な何かを覚えた。
恐らく、この船に私と船頭と思しき少女しか乗っていないためだろう。寂しさに少し似ている。
だが――確実に違う。
「何か言ったらどうだ? 折角私が送る事になったんだ。返事位して損は無いよ」
少女は振り向かずに言った。しかし送るとは何のことだろう。ここで何か言わねば何も始まるまい。
――あ。
私は少しかすれた声を出した。声の出し方は忘れていなかった。ただそれは言の葉にはならず意味も無いものだった。そして波の音にかき消された。少し悔しい、と思った。
取り敢えず何か言わなければ。
「ここはその、何処で」
我ながら実にふざけた質問だと思う。しかしこれ位しか浮かばなかったのだから仕方あるまい。
「船の上さ。見りゃあ解るだろうに」
細かすぎるが得てして的を得た答えだと感心した。
少女はここでようやっと振り向いた。こちらへ歩いてくる。櫂は脇に置いたが代わりに少女はあるものを抱えていた。
舟は漕がなくていいのだろうか。それも気になったが私がより気になったのは少女の抱えていたものである。
刃はあちらに向いていたのだろう、まるで気が付かなかった。
大鎌だ。
少女に似合わない、所か常人が持ち歩くものではない。物騒にも程がある。何でそんなものを持って船頭などするのだ。
そしてその張本人である少女は笑顔だ。
怖かった。死ぬほど怖い。
「次に来る質問も大方予測が付くけどねえ。何でこんな処に、だろ?」
「いえ、その、死んだからですよね?」
少女はこちらにすたすたと歩みを止める事は無かった。私の前にしゃがみこみ笑顔で、
「飲み込みが早いねえ、あんた。あたいも結構長く死神やってるが、死んだ奴ってのは大抵気が付かないもんさ」
「しに、がみ?」
そんなものが。と言いかけて私はそのまま飲み込んだ。ここは幻想郷だ。死神が居たからと言って別段驚く必要は無いだろう。
異常が普通。普通は無い。それが幻想郷(ここ)だ。あの世へ来てもそれは変わらないらしい。そしてそれはとても幻想郷らしい。
「あの世があるんだ、死神位居たって良いだろ」
最早理屈とは思えない滅茶苦茶な理屈なのだが私は納得してしまった。もうここでは一々そんな事気にしてはいられない。
それにしても死ぬほど怖いはないだろう。もう死んでいると言うのに。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「この船は何処へ?」
私は思い切って聞いてみた。と言っても一つしかないだろう。この川は三途の川。ならば到る場所は――
「地獄だな。あんたは閻魔様に裁きを受けるのさ。それで地獄六道か天国か決まるんだ」
怖いか、と聞いて少女はからからと笑った。不思議と悪意は感じられない。楽しそうなのだ。
「いや悪い悪い。久々に話すもんでさ、つい口が滑りやがる。気を悪くしないでくれよ。あたいの名前は小野塚小町って言うんだ、短い間だけど宜しく」
私も名乗ろうとすると小町と名乗った少女は、
「おっと。名前は聞かないことにしてるんだ。覚え切れなくてね。頭弱いもんだから」
手をひらひらと左右に振りながらまたからからと笑う。船の先に行き再び脇においてあった櫂を小町は握った。
ぎい。
ぎい。
また――この音か。
この音が永遠に続くとしたら――何だかぞっとするものが背を抜けた。
「あの、未だ着かないんですか?」
三途の川を渡っているとは言えやけに時間がかかる様な気がする。
「ああ、未だだな。この川は距離が無限にある。しかして有限だ。いつ着くかはあたいにも解らんからまあのんびりしてなって」
全員は橋を渡るんだけどね、と小町は付け足した。
私は――まあ当然だろう
「そうですか。じゃあ」
「おお?」
うれしそうに聞き返す小町。
拙い。
何を言おう。実を言うと私は未だ何も考えていなかったのである。
「その何で地獄が六道なんですか? だって天道だったかがあるでしょう」
天人のすむ世界。そこは極楽浄土と何の違いがあるのだろう。
苦し紛れだが我ながら感心する質問だ。
小町は漕ぎながら、
「そうだね。天人の住む世界は確かに良いらしい。だがあんたは知らないかもしれないが人道、餓鬼道、畜生道、阿修羅道、地獄道、天道みんな苦しみの世界なんだよ」
え?
一体それは――
「まあ、聞きなって。クズは当然地獄、餓鬼、畜生行きさ。死んだ奴でもまともな奴が人道、阿修羅道、天道へ行ける。意外と間違えやすいが阿修羅道ってのはマシな処なんだな、実は。それでもさ、どの道も結局は罰なんだ。たとい天人とは言えその命には五つの終わりがあるのさ。一つは花の髪飾りがしおれ、一つは羽衣がほこりで汚れ、一つは腋の下から汗が流れ、一つは両目が見えなくなり、最後の一つは楽しみが味わえなくなると言うものなんだ。まあ人間にしたらそんな奴は山ほど居るから笑っちまうね。極楽――天国はそれとは違う次元の世界だ。だから天道と一緒くたにしたら罰が当たるかもねえ」
はあ。
結局六道を廻る限りはろくな目にあわないらしい。
でも私はもう覚悟は出来ていた。仕方ない事なのだ。禁じられていることをしてしまった私は有無を言わさず地獄行きだろう。例え仕方なくても私は――
「あんた何で身投げなんぞしたのさ。何処へ行ってもこればっかりは最大のご法度なのにさあ」
「! 何で私のことを――」
「これこれ」
そう言って小町はこちらを見ずに紙を一枚投げてよこした。その紙は舞うことも無くまた船に吹き付ける風にあおられることも無く私の目の前に置かれた。置かれたという表現しか思いつかなかった。
「これは何ですか?」
「一応あたいも公儀のお仕事だからさ。そういう書類が来るのよ。あんたの事はそれに乗って位は知ってるよ。ただ言い換えると――」
「言い換えると?」
「それ以外は何も知らない。何でそんなことしたのかも、ね。かなり良い着物着てるじゃないか。余程良いところのお嬢さんだったのかね? 嫌でなかったら教えておくれよ。どうやら今日はまだまだ――」
かかるみたいだしさ。
言いながら小町はこちらへ来て前に腰を下ろした。
「大した話ではありませんが」
と前置きしてから事の仔細を私は話し始めた。

小町が私のことを良い所のお嬢さんと言ったのは当たっている。
私は呉服屋の娘だった。
父は一代で店をかなり大きくしていた。小さく何も解らなかった頃の私から見てもとても頼れる良い人だった。
と言うより人に頼られやすかったのかもしれない。人望もあったがそれ以外の何かも確実に私の父にはあった。
ただ無論完璧な人間など、いや妖怪だっている筈も無く父は酒毒に侵されていた。
酒癖が悪いのではない。それ以外に道楽が無かったのだ。私たちはまじめ一本の父の唯一つの道楽を咎めるのは気が引けて結局何も言わなかった。
それがそもそもいけなかったのだろう。
ある日突然倒れ医者に見せたときには既に手遅れになってしまった。
悲しいと言う気は起きなかった。
どちらかと言うと何故自分たちが止めなかったのか、そう言う疑問のほうが大きかったような気がする。
父が倒れてから約一月後、他界した。半月持つかと言われていたのであきれたことに父が一番良く持ったなぁと驚いていた位だ。
母は仕事に忙殺された。新しい夫を私たちは待ち望んでいたわけではないが母がどんどんやせ衰えていく姿を見るとそんな事は言っていられない。私たちは強く再婚を勧めたが結局母は父の他界から四年後に死んでしまう。私たち、と言うのは私には一人弟がいた。取り分け母を好きな子だったから私は半ば諦めていた再婚を最後まで諦めなかった。気遣いばかり良くする子だった。
その後は実に簡単だ。
番頭が店を支配するに当たり私たちは追い出され行けるところまで行き川へ身投げ。
一言で言い切ればそれ程ではないが相当に苦しかった。何度も死のうと思った。
って結局死んでしまったんだっけ。
本当は私一人で身投げをするつもりだったのに――あの子は。まだ十二になったばかりだと言うのに。
私なんかより小さいのに私よりずっと怖がって良いのに、最期まで。
最期まで何故か笑顔だった。


「ははは、その番頭は地獄行きだな。いやあしかし大変な」
そこまで小町が言った時私の中に凄まじいものが走った。
何故気がつかなかったのだろう。
「小町さんッ!!」
「うわあ。な、何だい、そんなに慌てて。転覆するだろ」
「おと、弟は何処に」
上手く発音出来なかったが何とか伝わったらしい。伝わったらしいのだが――当の小町は、あり? と首をかしげて固まった。
「心中したなら普通は同乗だけど。居ない所を見ると――」
よっと。
言いながら私の手から情報が書いてある紙とやらをひったくった。
「あー? どうも死んだのはあんただけみたいだな。弟さんは生きてるんじゃないか」
「そうですか、それで何処に」
「知らんって。ここには『心中によりただ一人死亡』ってあるだけだし」
良かった。私だけで良かった。いや、本当ならこれっぽっちも良くないのだがそれでも弟だけは死なずに済んだのだ。
あんなに死のうとしていたのが馬鹿みたいだ。今日は自分が馬鹿に思えて仕方ない日のようであった。
――と。
緩い衝撃が全身に伝わる。
「どうやら着いたみたいだね。到着だ」
着いたんだからそりゃ到着だろう。
しかもほぼ漕いでいない。何の力で動いた?
私は彼岸に足をつけるべく船を出ようとした。
「ちょっと待ちなって。三途の川には渡し賃があるって聞いたことは無いかい?」
「ま、待ってください。今探します」
体をまさぐる。だがあるはずもない。何せほぼ一文無しでたたき出されたのだから。
「あれは違うか?」
と言って小町が指差した先には千両箱のような豪奢さは無いがそれなりにしっかりした箱が置いてあった。それも船の上に。
「あれは一体――?」
「開けてみなよ」
促され取り敢えず開けようと箱に手をかける。少し重かったが意外とすんなり外れた。すると中には、
「おお、金持ちだなおい」
小判が詰まっている。ここへ来て私の理解力は限界を超えた。幾らなんでも非常識だ。
「あのなあ、死後持ってる金って言うのはその人のことを本気で思っていた人の持ってる総額になるものなのんだ。お父さんやお母さんに愛されててたって事か。それなのに死んじまってさあ。ま、会えるかもしれないからお楽しみにして――なんだこりゃ?」
小町がこちらへ来た。そして私の足元へ手を伸ばし、
「六文あるな」
と言った。
拾って眺めている。
「普通は川の渡し賃てのは六文だからな。どうやらあんたの弟があんたの分まで用意していたらしいぞ」
え? それは。
まさか――――
「どんなにひもじくてもあんたの三途の川の渡し賃だけは確保してたらしいな。生きてる間の心配しろって無理か」
「あの子は――ほんとにもう」
声が出ない。息が詰まる。目が熱い。
何か熱いものがほほをかすめた。
「あら、死んでも、な、泣けるものなんですね」
「そうだな。そればっかりは生きても死んでも――変わらんよ」
小町は黙って六文銭を握らせてくれた。少し暖かかった。それは小町の体温だろうが、私にとっては弟の体温だった。
「さて、あたいもさあ次の仕事があるんだ。ちょうど良いしそれで払っちまいなよ」
「いえ、それは――この小判一枚ではいけないでしょうか?」
「何でだい?」
小町が以外そうな顔をした。
「正直あれだけのお金、私には必要ありません。幸い死んでいますし何とか持っていけるでしょう。どこかに捨てるつもりです。けど」
「ん?」
「あの六文銭だけは持っていたいのです。いつか弟がこちらへ来たときにあの子にも握らせてあげたいから」
小町はにいと満面の笑みを浮かべ、
「釣りは出ないよ」
「ええ、どうぞお受け取りになってください」
私は小判を差し出した。
小町はうやうやしく受け取ると私を陸に立たせ次いで箱をほうってよこした。
「あ、持てる」
「そりゃ良かった。賄賂にするなり捨てるなり、好きにすると良いさ」
からからと同じ笑い声を上げた。
小町は櫂を握るとどん、と地を着き徐々に徐々に陸から離れていった。
「小町さん!」
「おーう」
「いつか弟が来たら私からのお金だって伝えて置いてくださいね」
「あいよ、承知した」
それが妙に陽気な死神との最後の会話だった。
私は裁きを受けるべく歩き出し、つと振り返った。
そこには当然、川しかなかった。




船の中。
小町は一人呟いた。
「弟さんに伝えるならあの子の名前、覚えにゃならんな」
懐から先程の紙を出したそれを小判と見比べつつ、小町は妙な誇らしさを抱き、一人笑うのだった。
初投稿です。東方の話は前から書いてるんですが人情ものを書こうとすると刃傷沙汰になるのは何故? 
一人称で書けばそんなことにはならんだろうと思い東方小説一人称初挑戦です。
結論 なれないことはするもんじゃない。


バレンタインが不快なのであの世の話を投稿してやろうと思ったのは秘密。
凍らせ屋
http://myhome.cururu.jp/spinechiller/blog
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コメント



0.680簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
そんなあなたはしっとマスクになる資格があります
一緒にしっと団に入り世のアベックを根絶しましょう!
冗談はby the way
久々にちゃんと仕事する小町っちゃんを見た気がしますw
5.90名前が無い程度の能力削除
死の中にも、なんだか暖かみのあるお話でした。
良いですね…少女と小町の会話や雰囲気はとても良かったです。
良きお話でした。

脱字や一字余計な部分などの報告
>たとい天人とは言え
ここは、「たとえ」じゃないでしょうか?それともこれで良いのかな?
>あんたの事はそれに乗って位は知ってるよ。
それに載っている位のことは知ってるよ。ではないでしょうか?
>お父さんやお母さんに愛されててたって事か。
「て」が一字余計ですよ。
9.無評価凍らせ屋削除
アベック根絶!?
それもうよろこ(ry
そーいや仕事嫌いですね、こまっちゃんw


「たとい」は小町の雰囲気から言ってそう言うだろうと思ったのです。
あとの二つは完璧にミスですね。ご指摘及び感想、ありがとう御座いました。