「咲夜、散歩に行ってくるわ」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは瀟洒な従者にそう告げると、自室の窓から赤い月の浮かぶ夜の空へと飛び立った。
ひんやりとした風に身を任せ、さて、今夜はどこへ行こう?博麗神社へ出向いて巫女に寝起きドッキリでも仕掛けてやろうか?
と、そんなことを思ったのも束の間。一瞬視界がぶれたかと思うと、彼女の体は愛用の、天蓋付きの豪奢なベッドの上にあった。
いつのまにか衣服まで寝巻に着替えさせられ、背中では空を切り損ねた2枚の翼が、ハタハタとむなしく動いている。
(一体何!?誰がこんなこと…何て、考えるまでもないわね。)
「咲夜?これはいったい…!」
「いけませんわ。お嬢様」
傍らに立つ犯人へ事の次第を問い詰めよとしたが、有無を言わさぬ口調で遮られる。
犯人こと瀟洒なメイド長十六夜咲夜は腕を組んでやや仁王立ちになりながら、キッとこちらを見据えている。
「主の行動を阻むなんて、いつのまにか偉くなったものね?」
「無礼はあやまります」
そう言って素直に頭を下げ、しかし次にはっきりとこう告げる。
「ですが、主の無茶な行動を止めるのも従者の役割ですので。病んでいる体で散歩なんて、許可するわけには参りませんわ」
そう、私、レミリア・スカーレットは数日前から熱を出して寝込んでいた。
原因はわかっている。ここ最近、やれお花見だ、神社でのお茶会だ、妖精メイドを引き連れての大ピクニック大会だなどの行事続きで、
昼間に出歩くことが多くあったのだ。
日傘を差してはいたものの、やはり日光とは相性が悪いようで、ある朝神社へお茶をたかりに行こうとした矢先、館の門の前でぶっ倒れてしまったのだ。
急きょ咲夜が連れてきた竹林の医者によると、日の熱が体に蓄積し、人でいう熱中症の様なものになったのでは?ということだ。
さすがの月の頭脳も吸血鬼の治療は専門外だったようで、一応気休め程度にと人用の熱冷ましを置いて行っただけで、治療らしい治療はしていかなかった。
まあ、命に関わるほどのことでも無いし、寝ていれば治るだろう。自分の体は自分が一番よくわかっている。
遠い昔、まだ幼かった頃は、太陽なんかに負けるのが悔しくて、日傘も差さずに出歩いては、もっとひどい目にあっていたものだ。いやー若かったなぁ…
帰り際に医者がよければ永遠亭に入院しないかと提案してきたが丁重にお断りさせて頂いた。
自分のベッドで寝ていた方が落ち着くし、なにより医者の眼が、どう考えても病に苦しむ患者を慈しむ類のものでは無かったからだ。
うっかり身を預けて実験台にでもされたらたまらない。
とまあ、そんなこんなで数日間はぐったりしていたものの、昨日からは熱も下がり、多少の倦怠感を除けば本調子に戻っていた。
体調が良くなれば、ベッドの中でじっとしているなど退屈以外の何物でもない。元々じっとしていられる性質でもないのだ。
「熱ならもう殆ど無いんだし、少し出歩く位・・・」
「いけません。病というものは治りかけが危ないんですよ?とにかく、今日一杯は安静にしてください!!」
普段は大抵の我儘も受け入れる彼女だが、どうやら今回はテコでも動かないらしい。
「どうしても外出なさるというのなら、私も多少強引な手段を取らせていただきます」
そういってどこからともなく取り出したのは、十字架のついた銀の鎖。成程。こちらが無理にでも外出しようとしたら、それでベッドにでも縛り付けるのか。
そんなことされたら、病がぶり返すよりひどいことになりそうなんですけど・・・本当に主の身を案じてるのか?このメイドは?
*****************************************************************************
と、いうわけで、外出は諦めたものの、はっきり言ってやることがない。
暇を持て余していると、窓の外から派手な爆発音が聞こえてきた。原因は分かっているが、一応の確認だ。咲夜に詳細を訪ねてみる。
「咲夜、今の音は?」
「はい、どうやら魔理沙が…」
「………そう」
意識せずとも盛大な溜息が出てくる。
いつもの事とはいえ、自分の屋敷を破壊されることに慣れる日は来ないようだ。いや、慣れるほうがまずいか。
「排除しますか?」
「放っておきなさい。また本の強奪にでも来たのでしょう?パチェも何だかんだいって魔理沙のことを嫌ってはないようだしね」
それにしてもあの魔法使いは、何故毎回門を破壊して侵入するのだろう?
こちらだって、ちゃんと客としてくる分には追い返したりせず、それなりの対応をするというのに。
それなのにいちいち不法侵入の体を取られれば、こっちだって相応の対応をしなければならなくなる。
ああ……今度、冊子でも配布しようかな?『正しい訪問マナー』的なやつ。
そんなことを考えていると、ドンドンと乱暴なノックの音が聞こえてきた。
「どちらさまで…」咲夜が言い終える前に、バーンとドアが跳ね開けられる。
「よう!レミリア!具合はどうだ?」
「…おかげさまで快調よ。あなたが門と庭の一部を吹き飛ばすまではね」
「そうか!そりゃよかった」
「で、何をしに来たの?図書館はこっちじゃないわよ?」と、咲夜が尋ねる。
笑顔こそ浮かべてはいるものの、そのこめかみにははっきりとした青筋マークがピキピキと浮かんでいる。
「見舞いに来たんだ。風の噂でレミリアが風邪ひいたって聞いたんでな」
風の噂…どうせ天狗の新聞だろう。まったく、プライバシーも何もあったもんじゃない。
「風邪じゃないわよ。忌々しい太陽に当てられただけ」
「体調不良には変わりないだろう?鬼の撹乱ってやつだな」
「無駄話をしに来たなら帰ってくれる?お嬢様はまだ本調子じゃないの」
早々に追い返そうとする咲夜。…まあ確かに、魔理沙のこれまでの行いを考えたら妥当な態度だろう。
「いやいや、ちゃんと見舞いの品も持ってきたんだぜ?霧雨魔法店秘蔵の商品だ」
「あら…あなたからモノを貰うなんてね。それこそ鬼の撹乱だわ」
「そうか?私はいつだって奉仕精神に溢れてるぜ?魔法使いは世のため人のためにあれってね!!」
相変わらず、息を吐くように嘘を吐く。…いや、本人がそう信じているのなら、それはある意味嘘ではないか。限定された世界での話だけどね。
「まあ御託はさておき、気持は嬉しいわね。いただくわ、秘蔵の品とやらを」
やっと素直になったなぁ…そんなこと呟きながら奉仕精神溢るる魔法使いは、担いでいた袋をゴソゴソとまさぐりはじめる。
そして茶色い小瓶を探り当てると、右手は天に、左手は腰に。足を大きく開くと高らかに、
「じゃーん!!採れたて森のきのこに各種漢方、更にはヘビのような生き物やタウリンに似た何かをブレンド!!!
そこに滋養強壮に効果抜群の二・ン・ニ・クをプラスした、ほうきのマークの栄養ドリンク!!その名も!!マリナミンスィ――ぐふ!!??」
自信たっぷりの商品PRが終わる前に、メイドの可憐な右ひじが、鳩尾にねじ込まれた。
エグイ……エグすぎる…。みてるこっちまで胃の辺りがキューっとしてくる…。これだったらナイフで刺される方ずっと楽なのでないかと思ってしまう。
しかもあえて、気を失わない程度に留めるとは……。
そんなことを脳裏に浮かべてる間も、白黒のプレゼンターは体をくの字に曲げ悶絶しながら、
「なっ……にがっ……いけなっ………やはっ……産地…ぎそっっ…きの………こっ」などと呟いている。
偽装していたのか?産地。いや、それ以前に問題はそこではないのだけれども。
「…ニンニクに関しては悪気は無かったみたいね」
「意外と知られてないのでは?下手な差し入れを持ってこられる前に新聞にでも書いてもらいましょうか?」
いやいやそれもどうだろう。
冗談かと思ったが、咲夜の眼は真剣そのものだ。
なんだこいつは?天然か?魔理沙にしても、幻想郷は住民総天然の天然郷なのか?
「この液体の処分はどうしましょう?」
「美鈴にでも与えときなさい。あの子なら何飲んでも問題ないでしょ」
「かしこまりました」
咲夜がビンと既に物言わぬ塊と化した魔理沙を引きずって部屋から出ようとしたその時、開け放たれたドアの向こうに、小さな影が見えた。
「…妹様?どうなさったのですか?」
「あのう……」
そこにいたのは我が妹フランドール。ああ、もしや!病に臥せる姉の身を案じ、わざわざ地下からお見舞いにきてくれたのか!?
なんて…なんて心優しいのかしら!!若干嫌がらせめいた見舞いの後だからか、思わぬ妹の登場に胸が昂る。
普段は紅魔館当主としての威厳を保つため少し突き放した態度を取ってしまうけど、今日はそれもお休み。
唯一血を分けた妹の心遣いに報いるためにも、当主としてではなくレミリア個人として、あなたを迎え入れましょう!!
さあ、お姉さまの胸に飛び込んでくるがいいわ!!
「フラン…「あっ!!やっぱり魔理沙来てたんだ!!すごい音がしたから、魔理沙かなって思ったんだ!!ねっ、一緒に遊びましょ?新しい弾幕考えたんだっ♪」
物言わぬ来訪者に嬉々として語りかけると、我が心優しき妹は魔理沙を引きずりながら部屋を後にした。
ちなみにこの間、こちらには視線の一つも寄こされてはいない。
「…………。」
「お嬢様…」
そのうち良いことありますよ、ねっ?と、言いながら肩をポンポンと叩く優しいメイド長。
うん、ありがとう、余計へこんできたんだけどね。
********************************************************************************
主を励ましたメイド長は、再びビンを手にし部屋を後にする。
静寂に包まれる室内。
今なら部屋を抜け出すことも可能だろうが、なんだかそんな気力も失せていた。心なしか熱も上がってるような。
しかし、眠りにつこうとしてもそれもかなわない。ここ数日さんざん寝こけていたからであろう。
さらに、加えて与えられた、妹による姉の完全スルーという精神的負荷。それは眠気も吹っ飛びますわ。
そんなこんなで妹の育て方やら自らのカリスマ性に対する見直し、更にはメイド長のP○D疑惑にまで悶々と思いを馳せていると、またもやノックの音が部屋に響いた。
先ほどとは打って変わってコンコンと控え目な音。そしてゆっくりと扉が開かれる。
「レミィ?失礼するわよ?」
現れたのは我が友人、全身紫文学少女、図書館在住なパチュリー・ノーレッジその人であった。
「パチェ!!珍しいわね!あなたが図書館から出てくるなんて……」
「友人が臥せっているのだもの。お見舞いに来るのは当然でしょう?」
「パチェ……」
思わず目頭が熱くなる。ああ、柄にもない。体が弱ると心も弱るというのは本当のようだ。
「思ったより元気そうで安心したわ」
「もう殆ど治ってるのよ?過保護な従者がベッドから出してくれないだけでね」
「まあ無理してぶりかえしてもね。キッチリ治してしまったほうがいいわよ」
「それはそうなんだけど……」
しばしパチェとの談笑を楽しむ。ああ、持つべきものは友といったところか。やはりお喋りはいいものだ。
「ああ、そういえばさっき魔理沙がきてね……パチェ?」
「むっむきゅっ!!??なにかしら!!??」
先ほどの騒動について話そうと思ったのだが、魔理沙の名を出した途端パチェの挙動がおかしくなる。
顔は赤いし何やらモジモジ。なぜか腿に「の」の字まで描き始めた。
――――――ああ、嫌な予感がする。
「いや……顔が赤いけどどうしたの?」
「そっそう?紅茶を飲みすぎたのかしらね…」
紅茶には赤面効果があったのか。それは紅茶通のレミリアさんも知らなかったよ。
「そう…まあ、それでね魔理沙が見舞いの品に「―――それで!!」」
私の言葉を遮り一呼吸。
「魔理沙はどこに!?」
――――ああ、パチュリー、お前もか。
*********************************************************************
わが友パチュリーが、
「むっきゅう!!そういえば妹様に頼まれた絵本を渡すのをすっかり忘れていたわ!!小悪魔にやらせてもいいのだけど
やはりおくれてしまったのだから私が直接持って行ってあやまるのが筋ってものよね!!じゃあレミィ!!お大事に!!!」
と、妙に説明口調で飛び出して行ってから、部屋は三度目の静寂に包まれた。
布団にくるまりながら、私は考える。
もういい。なんだっていい。どうだっていい。友がお喋りに付き合ってくれなくても、妹が構ってくれなくても、魔法使いに見舞品と称した劇物を渡されても、
そんなことどうでもいい。
私は病人なんだ。病人の仕事は何だ?寝ることだ。眠ってさっさと病気を治すこと。
そして私はこの屋敷の当主。責任ある立場だ。だったら尚のこと、他の事にうつつを抜かしている暇はない。
主人がいつまでも臥せっていては、下の者たち示しがつかないではないか。
当主は当主として、普段の振る舞いに気を使わなければならない。
だから、今はもう眠ってしまおう。
それが今の私、レミリア・スカーレットのとるべき行動なのだから。
そう自らに言い聞かせると、私は当主としての威厳と責任をもって、頭まで布団に潜り込み丸くなる。
……べっべつに!!寂しいからふて寝するってわけじゃないんだからね!!!!!
とはいったものの、そう簡単に睡魔が襲ってくるわけでもない。
相変わらず静まりかえった部屋の中では、壁に掛けられた大きな時計が時を刻む音だけが、チクタクチクタクと響いている。
―――こんなにうるさかったっけ?こんなに耳障りなものだったっけ?時計の音って?
苛立ちによってさらに覚醒する意識をねじ伏せるべく、私はある方法を試みることにした。それは……、
「あ~っ!!もうっ!!ねるねるねるねるねるねるねるねる……」
それは自己暗示。こうやって頭の中を「ねる」の2文字で一杯にすれば、体も自然とそっちに切り替わるはずだ。たぶん。
************************************************************************
「ねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねりゅねるねりゃ………」
どのくらい時間がたっただろうか?さすがに舌がもつれてきた。
「ねりゅねらねるねるるねるれねるりょねるねるねるねるねるねるねるねうrねう……」
しかし、着実に瞼は重たくなってきた。暗示の成功というより単に肉体疲労のせいのようだけど。
「ねるねるねるねりゅねりゅねゆねるねるねるねるねるねるねるねうrねうんるえんる……」
いい感じだ。だいぶいい感じ。そろそろこの世界ともおさらば出来る!ありがとう!こんにちは!!夢の世界よ!!!!!
――――ねえ!!
……何だろう?何か聞こえた気がする。何となく傍らに誰かいる気配も。
新たな見舞客か?だったらお断りだ。見舞いなんてもうたくさん。咲夜に面会謝絶の札でも出させとけばよかった。
「うーーっねるねるねるねるねうrねるねうrねうrねうrんえるねる………」
――――まったく、寝てるのか起きてるのかはっきりしなさいよね。
まだいる。うるさい。見ればわかるでしょう。夢と現の境にいるのよ。もうひと押しなんだから。
それにしても誰だろうこの声?聞いたことがある気がする苛立ってるようでどこか暢気さがにじみ出る不思議な声。
なんだっけ?誰だっけ?…もしかして?もしかして?
「ねーるねーるねーるねっ根うr値うr値うr値うr値うr寝る寝る寝る………」
―――――何いってんのかわからないわよ…。ま、眠りたいって意志は伝わってくるわね。邪魔しても悪いし、帰るわね?お大事に。
そう言い残し、傍らにあった気配が消える。と同時に私の体は反射的起き上がり、声を上げていた。
「れっ…れいむ!!??」
呼びかけられた対象、博麗霊夢はふわりとふりむくと、少し呆れたような―――しかし優しい笑顔で応える。
「なんだ。やっぱり起きてたんじゃない?」
「いっいつからここに!?」
「んー、あんたが私は当主…とかぶつぶつ呟きだした頃からね。その時は部屋の外にいたんだけど…ノックの音、聞こえなかった?」
「……ぜんぜん」
そんなところから聞かれていたとは…恥ずかしい。しかも声にだしていたのか、私は。
「その後何だか念仏みたいなものが聞こえてきてね。邪魔しちゃ悪いかと思ったんだけど、寂しくてふて寝するみたいだったからって――うわっ!?」
思わず枕を投げつけてしまった…不覚だ。不覚。
レミリア・スカーレット500余年の吸血鬼生の中で一生の不覚。
まさか…そんなとこを人に……よりにもよってこの巫女に見られるなんて……。
恥ずかしい……悔しい……顔が熱い…体が熱い……穴があったら入りたい……日光にあたって消え去ってしまいたいっっ!!!!!
「ちょっと…どうしたのよ?顔から湯気がでてるわよ?また熱でも出てきた?」
暢気な巫女は飛んできた枕を横に置くと、まじまじとこちらの顔を覗き込んでくる。
くそう、何だその余裕。
そして次の瞬間、更に私の茹だち具合に拍車をかける出来事。
「うーん?」
霊夢は考え込むように唸ると、手のひらを私のおでこに当ててきた。
おもわず硬直する。夜道を来たせいか、少しひんやりとした手のひら。
…ん?夜道?そういえば……
「そっそういえば!!めずらしいじゃない!?こんな時間に出歩くなんてっ!」
時刻はもう11時を過ぎようとしている。霊夢は典型的な朝方人間。
この時間だと宴会やら異変やらがないかぎり、とっくに眠りについているはずだ。
「時間…?ああ、だって、あんたは夜行性でしょう?昼に来たって寝てるだろうし。…ってうわ!?」
本日二度目の枕投げだ。
だって…つまりはあれでしょ?こういうことでしょ?
私のために、私の見舞いのために、わざわざ普段は寝ている時間まで起きていて、眠い目こすって来てくれたわけでしょ?
何よそれ。ちょっと…いや、嬉しいじゃない。すごく嬉しいじゃない?
ああ、馬鹿私。なに舞い上がってるのよ。やっぱり駄目だ。弱ってる。
普段はこんなことでうろたえたりしないのに。むしろ、そんなこと当り前じゃない?ってな感じが私のスタンスなのに。
―――でも嬉しい。やっぱ嬉しい。顔がにやける。止まらない……あーっもう!!!
ベッドに顔を埋めてゴロゴロする私をよそに、やはり巫女は暢気にあくびをしながら呟く。
…眠たくなってきちゃった、ですって?そう、そうなの。だったら、こちらが取るべき手段は1つよね?
「……泊っていきなさいよ」
「えっ?」
「……せっかく来たんだもの。夜も遅いし。見舞客のもてなしぐらいさせてもらうわよっ!!」
言った。言っちゃた。
霊夢はう~んと唸りながら考え込む。そして一言。
「たまにはそれもいいかもね。じゃあ、失礼して……」
「そう、ゆっくりしていくといいわ……ってええ!!??」
霊夢はどっこいしょとか言いながら、私のベッドに潜り込んでくる。
いや、嬉しいけど、なに!?そうなの!?そういうことなの!!??
「ふーん。布団とは感触が違うのねぇ」
狼狽するこちらをよそに、モフモフとベッドの感触を確かめる巫女。そして……
おやすみー、の一声と共に寝息が聞こえ始める。……早いな、おい。
*********************************************************************
また静かになった部屋の中。今度は時計の音に霊夢の寝息が加わる。
枕もとの明かりを落とし、私もベッドにもぐりこむ。
ひんやりとした黒髪が顔に触り、少しくすぐったい。
なんだか色々あった一日だったが、まあ、終わりよければ全てよしか。
すこし狭くなったベッドもたまにはいいものだな…なんて考えてるうちに、
私もとろとろ眠りに落ちていった。
終
**蛇足**
時は少しばかり遡り、紅魔館門前での出来事。
「ああ、また……またやっちゃった…怒られる…咲夜さんに怒られるぅぅぅぅぅ!!!!」
「私がどうかしたのかしら?中国?」
「えっ!?ああっ!!違うんです咲夜さん!!これは違うんです!!確かに魔理沙の侵入を許しましたがっ!!」
「許しましたが?」
「寝てたわけじゃないんです!ただちょっと…ほんのちょっとだけ意識不明になってたというか…何ていうか…」
「そう、寝てたの」
「あああああっごめんなさいごめんなさい!!!!」
「…いいのよ」
「ごめんな…え?」
「いいのよ。あなたには不眠不休で門番の仕事を務めてもらってるんだもの。少し位ウトウトしたってしょうがないわよ」
「あああっ!!そんな!そんな咲夜さん!!」
「だからね……」
「……はい?」
「そんな疲れた貴女のために、今日は素敵なものを持ってきたのよ」
「えっ…あの、何ですか?その見るからに怪しげな液体は…?」
「栄養ドリンクよ。あなたがお通したお客様が持ってきて下さったの」
「ええっ!!??いえっあのっ!!いいです!!お気持ちだけで!!私丈夫なんで!!体だけは丈夫なんで!!!」
「遠慮することないのよ?ほらっ!そーれっ!!」
「ガっ!!むぐぁ!!??…まっまずい!!!あとなんか臭い!!めっちゃ臭い!!!!」
「ふう、やっぱりロクなものじゃなかったわね。じゃ、引き続き頑張って頂戴ね?」
「くさっ……くっ……………さっさくやざん」
「何?……ってどうしたのあなた!?異様に筋肉が発達してるわよ!!??ちょっっっ!!!???」
「ざぐやざぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!!!!!!!」
と、いうわけで、『マリナミンスィー』によってムキムキマッチョ怪人と化し暴走を始めた美鈴とメイド長の戦いは、夜明けまで続いたそうな。
栄養ドリンクは実際飲みすぎると本当にやばいことになるから、皆、気をつけてね!
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは瀟洒な従者にそう告げると、自室の窓から赤い月の浮かぶ夜の空へと飛び立った。
ひんやりとした風に身を任せ、さて、今夜はどこへ行こう?博麗神社へ出向いて巫女に寝起きドッキリでも仕掛けてやろうか?
と、そんなことを思ったのも束の間。一瞬視界がぶれたかと思うと、彼女の体は愛用の、天蓋付きの豪奢なベッドの上にあった。
いつのまにか衣服まで寝巻に着替えさせられ、背中では空を切り損ねた2枚の翼が、ハタハタとむなしく動いている。
(一体何!?誰がこんなこと…何て、考えるまでもないわね。)
「咲夜?これはいったい…!」
「いけませんわ。お嬢様」
傍らに立つ犯人へ事の次第を問い詰めよとしたが、有無を言わさぬ口調で遮られる。
犯人こと瀟洒なメイド長十六夜咲夜は腕を組んでやや仁王立ちになりながら、キッとこちらを見据えている。
「主の行動を阻むなんて、いつのまにか偉くなったものね?」
「無礼はあやまります」
そう言って素直に頭を下げ、しかし次にはっきりとこう告げる。
「ですが、主の無茶な行動を止めるのも従者の役割ですので。病んでいる体で散歩なんて、許可するわけには参りませんわ」
そう、私、レミリア・スカーレットは数日前から熱を出して寝込んでいた。
原因はわかっている。ここ最近、やれお花見だ、神社でのお茶会だ、妖精メイドを引き連れての大ピクニック大会だなどの行事続きで、
昼間に出歩くことが多くあったのだ。
日傘を差してはいたものの、やはり日光とは相性が悪いようで、ある朝神社へお茶をたかりに行こうとした矢先、館の門の前でぶっ倒れてしまったのだ。
急きょ咲夜が連れてきた竹林の医者によると、日の熱が体に蓄積し、人でいう熱中症の様なものになったのでは?ということだ。
さすがの月の頭脳も吸血鬼の治療は専門外だったようで、一応気休め程度にと人用の熱冷ましを置いて行っただけで、治療らしい治療はしていかなかった。
まあ、命に関わるほどのことでも無いし、寝ていれば治るだろう。自分の体は自分が一番よくわかっている。
遠い昔、まだ幼かった頃は、太陽なんかに負けるのが悔しくて、日傘も差さずに出歩いては、もっとひどい目にあっていたものだ。いやー若かったなぁ…
帰り際に医者がよければ永遠亭に入院しないかと提案してきたが丁重にお断りさせて頂いた。
自分のベッドで寝ていた方が落ち着くし、なにより医者の眼が、どう考えても病に苦しむ患者を慈しむ類のものでは無かったからだ。
うっかり身を預けて実験台にでもされたらたまらない。
とまあ、そんなこんなで数日間はぐったりしていたものの、昨日からは熱も下がり、多少の倦怠感を除けば本調子に戻っていた。
体調が良くなれば、ベッドの中でじっとしているなど退屈以外の何物でもない。元々じっとしていられる性質でもないのだ。
「熱ならもう殆ど無いんだし、少し出歩く位・・・」
「いけません。病というものは治りかけが危ないんですよ?とにかく、今日一杯は安静にしてください!!」
普段は大抵の我儘も受け入れる彼女だが、どうやら今回はテコでも動かないらしい。
「どうしても外出なさるというのなら、私も多少強引な手段を取らせていただきます」
そういってどこからともなく取り出したのは、十字架のついた銀の鎖。成程。こちらが無理にでも外出しようとしたら、それでベッドにでも縛り付けるのか。
そんなことされたら、病がぶり返すよりひどいことになりそうなんですけど・・・本当に主の身を案じてるのか?このメイドは?
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と、いうわけで、外出は諦めたものの、はっきり言ってやることがない。
暇を持て余していると、窓の外から派手な爆発音が聞こえてきた。原因は分かっているが、一応の確認だ。咲夜に詳細を訪ねてみる。
「咲夜、今の音は?」
「はい、どうやら魔理沙が…」
「………そう」
意識せずとも盛大な溜息が出てくる。
いつもの事とはいえ、自分の屋敷を破壊されることに慣れる日は来ないようだ。いや、慣れるほうがまずいか。
「排除しますか?」
「放っておきなさい。また本の強奪にでも来たのでしょう?パチェも何だかんだいって魔理沙のことを嫌ってはないようだしね」
それにしてもあの魔法使いは、何故毎回門を破壊して侵入するのだろう?
こちらだって、ちゃんと客としてくる分には追い返したりせず、それなりの対応をするというのに。
それなのにいちいち不法侵入の体を取られれば、こっちだって相応の対応をしなければならなくなる。
ああ……今度、冊子でも配布しようかな?『正しい訪問マナー』的なやつ。
そんなことを考えていると、ドンドンと乱暴なノックの音が聞こえてきた。
「どちらさまで…」咲夜が言い終える前に、バーンとドアが跳ね開けられる。
「よう!レミリア!具合はどうだ?」
「…おかげさまで快調よ。あなたが門と庭の一部を吹き飛ばすまではね」
「そうか!そりゃよかった」
「で、何をしに来たの?図書館はこっちじゃないわよ?」と、咲夜が尋ねる。
笑顔こそ浮かべてはいるものの、そのこめかみにははっきりとした青筋マークがピキピキと浮かんでいる。
「見舞いに来たんだ。風の噂でレミリアが風邪ひいたって聞いたんでな」
風の噂…どうせ天狗の新聞だろう。まったく、プライバシーも何もあったもんじゃない。
「風邪じゃないわよ。忌々しい太陽に当てられただけ」
「体調不良には変わりないだろう?鬼の撹乱ってやつだな」
「無駄話をしに来たなら帰ってくれる?お嬢様はまだ本調子じゃないの」
早々に追い返そうとする咲夜。…まあ確かに、魔理沙のこれまでの行いを考えたら妥当な態度だろう。
「いやいや、ちゃんと見舞いの品も持ってきたんだぜ?霧雨魔法店秘蔵の商品だ」
「あら…あなたからモノを貰うなんてね。それこそ鬼の撹乱だわ」
「そうか?私はいつだって奉仕精神に溢れてるぜ?魔法使いは世のため人のためにあれってね!!」
相変わらず、息を吐くように嘘を吐く。…いや、本人がそう信じているのなら、それはある意味嘘ではないか。限定された世界での話だけどね。
「まあ御託はさておき、気持は嬉しいわね。いただくわ、秘蔵の品とやらを」
やっと素直になったなぁ…そんなこと呟きながら奉仕精神溢るる魔法使いは、担いでいた袋をゴソゴソとまさぐりはじめる。
そして茶色い小瓶を探り当てると、右手は天に、左手は腰に。足を大きく開くと高らかに、
「じゃーん!!採れたて森のきのこに各種漢方、更にはヘビのような生き物やタウリンに似た何かをブレンド!!!
そこに滋養強壮に効果抜群の二・ン・ニ・クをプラスした、ほうきのマークの栄養ドリンク!!その名も!!マリナミンスィ――ぐふ!!??」
自信たっぷりの商品PRが終わる前に、メイドの可憐な右ひじが、鳩尾にねじ込まれた。
エグイ……エグすぎる…。みてるこっちまで胃の辺りがキューっとしてくる…。これだったらナイフで刺される方ずっと楽なのでないかと思ってしまう。
しかもあえて、気を失わない程度に留めるとは……。
そんなことを脳裏に浮かべてる間も、白黒のプレゼンターは体をくの字に曲げ悶絶しながら、
「なっ……にがっ……いけなっ………やはっ……産地…ぎそっっ…きの………こっ」などと呟いている。
偽装していたのか?産地。いや、それ以前に問題はそこではないのだけれども。
「…ニンニクに関しては悪気は無かったみたいね」
「意外と知られてないのでは?下手な差し入れを持ってこられる前に新聞にでも書いてもらいましょうか?」
いやいやそれもどうだろう。
冗談かと思ったが、咲夜の眼は真剣そのものだ。
なんだこいつは?天然か?魔理沙にしても、幻想郷は住民総天然の天然郷なのか?
「この液体の処分はどうしましょう?」
「美鈴にでも与えときなさい。あの子なら何飲んでも問題ないでしょ」
「かしこまりました」
咲夜がビンと既に物言わぬ塊と化した魔理沙を引きずって部屋から出ようとしたその時、開け放たれたドアの向こうに、小さな影が見えた。
「…妹様?どうなさったのですか?」
「あのう……」
そこにいたのは我が妹フランドール。ああ、もしや!病に臥せる姉の身を案じ、わざわざ地下からお見舞いにきてくれたのか!?
なんて…なんて心優しいのかしら!!若干嫌がらせめいた見舞いの後だからか、思わぬ妹の登場に胸が昂る。
普段は紅魔館当主としての威厳を保つため少し突き放した態度を取ってしまうけど、今日はそれもお休み。
唯一血を分けた妹の心遣いに報いるためにも、当主としてではなくレミリア個人として、あなたを迎え入れましょう!!
さあ、お姉さまの胸に飛び込んでくるがいいわ!!
「フラン…「あっ!!やっぱり魔理沙来てたんだ!!すごい音がしたから、魔理沙かなって思ったんだ!!ねっ、一緒に遊びましょ?新しい弾幕考えたんだっ♪」
物言わぬ来訪者に嬉々として語りかけると、我が心優しき妹は魔理沙を引きずりながら部屋を後にした。
ちなみにこの間、こちらには視線の一つも寄こされてはいない。
「…………。」
「お嬢様…」
そのうち良いことありますよ、ねっ?と、言いながら肩をポンポンと叩く優しいメイド長。
うん、ありがとう、余計へこんできたんだけどね。
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主を励ましたメイド長は、再びビンを手にし部屋を後にする。
静寂に包まれる室内。
今なら部屋を抜け出すことも可能だろうが、なんだかそんな気力も失せていた。心なしか熱も上がってるような。
しかし、眠りにつこうとしてもそれもかなわない。ここ数日さんざん寝こけていたからであろう。
さらに、加えて与えられた、妹による姉の完全スルーという精神的負荷。それは眠気も吹っ飛びますわ。
そんなこんなで妹の育て方やら自らのカリスマ性に対する見直し、更にはメイド長のP○D疑惑にまで悶々と思いを馳せていると、またもやノックの音が部屋に響いた。
先ほどとは打って変わってコンコンと控え目な音。そしてゆっくりと扉が開かれる。
「レミィ?失礼するわよ?」
現れたのは我が友人、全身紫文学少女、図書館在住なパチュリー・ノーレッジその人であった。
「パチェ!!珍しいわね!あなたが図書館から出てくるなんて……」
「友人が臥せっているのだもの。お見舞いに来るのは当然でしょう?」
「パチェ……」
思わず目頭が熱くなる。ああ、柄にもない。体が弱ると心も弱るというのは本当のようだ。
「思ったより元気そうで安心したわ」
「もう殆ど治ってるのよ?過保護な従者がベッドから出してくれないだけでね」
「まあ無理してぶりかえしてもね。キッチリ治してしまったほうがいいわよ」
「それはそうなんだけど……」
しばしパチェとの談笑を楽しむ。ああ、持つべきものは友といったところか。やはりお喋りはいいものだ。
「ああ、そういえばさっき魔理沙がきてね……パチェ?」
「むっむきゅっ!!??なにかしら!!??」
先ほどの騒動について話そうと思ったのだが、魔理沙の名を出した途端パチェの挙動がおかしくなる。
顔は赤いし何やらモジモジ。なぜか腿に「の」の字まで描き始めた。
――――――ああ、嫌な予感がする。
「いや……顔が赤いけどどうしたの?」
「そっそう?紅茶を飲みすぎたのかしらね…」
紅茶には赤面効果があったのか。それは紅茶通のレミリアさんも知らなかったよ。
「そう…まあ、それでね魔理沙が見舞いの品に「―――それで!!」」
私の言葉を遮り一呼吸。
「魔理沙はどこに!?」
――――ああ、パチュリー、お前もか。
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わが友パチュリーが、
「むっきゅう!!そういえば妹様に頼まれた絵本を渡すのをすっかり忘れていたわ!!小悪魔にやらせてもいいのだけど
やはりおくれてしまったのだから私が直接持って行ってあやまるのが筋ってものよね!!じゃあレミィ!!お大事に!!!」
と、妙に説明口調で飛び出して行ってから、部屋は三度目の静寂に包まれた。
布団にくるまりながら、私は考える。
もういい。なんだっていい。どうだっていい。友がお喋りに付き合ってくれなくても、妹が構ってくれなくても、魔法使いに見舞品と称した劇物を渡されても、
そんなことどうでもいい。
私は病人なんだ。病人の仕事は何だ?寝ることだ。眠ってさっさと病気を治すこと。
そして私はこの屋敷の当主。責任ある立場だ。だったら尚のこと、他の事にうつつを抜かしている暇はない。
主人がいつまでも臥せっていては、下の者たち示しがつかないではないか。
当主は当主として、普段の振る舞いに気を使わなければならない。
だから、今はもう眠ってしまおう。
それが今の私、レミリア・スカーレットのとるべき行動なのだから。
そう自らに言い聞かせると、私は当主としての威厳と責任をもって、頭まで布団に潜り込み丸くなる。
……べっべつに!!寂しいからふて寝するってわけじゃないんだからね!!!!!
とはいったものの、そう簡単に睡魔が襲ってくるわけでもない。
相変わらず静まりかえった部屋の中では、壁に掛けられた大きな時計が時を刻む音だけが、チクタクチクタクと響いている。
―――こんなにうるさかったっけ?こんなに耳障りなものだったっけ?時計の音って?
苛立ちによってさらに覚醒する意識をねじ伏せるべく、私はある方法を試みることにした。それは……、
「あ~っ!!もうっ!!ねるねるねるねるねるねるねるねる……」
それは自己暗示。こうやって頭の中を「ねる」の2文字で一杯にすれば、体も自然とそっちに切り替わるはずだ。たぶん。
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「ねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねるねりゅねるねりゃ………」
どのくらい時間がたっただろうか?さすがに舌がもつれてきた。
「ねりゅねらねるねるるねるれねるりょねるねるねるねるねるねるねるねうrねう……」
しかし、着実に瞼は重たくなってきた。暗示の成功というより単に肉体疲労のせいのようだけど。
「ねるねるねるねりゅねりゅねゆねるねるねるねるねるねるねるねうrねうんるえんる……」
いい感じだ。だいぶいい感じ。そろそろこの世界ともおさらば出来る!ありがとう!こんにちは!!夢の世界よ!!!!!
――――ねえ!!
……何だろう?何か聞こえた気がする。何となく傍らに誰かいる気配も。
新たな見舞客か?だったらお断りだ。見舞いなんてもうたくさん。咲夜に面会謝絶の札でも出させとけばよかった。
「うーーっねるねるねるねるねうrねるねうrねうrねうrんえるねる………」
――――まったく、寝てるのか起きてるのかはっきりしなさいよね。
まだいる。うるさい。見ればわかるでしょう。夢と現の境にいるのよ。もうひと押しなんだから。
それにしても誰だろうこの声?聞いたことがある気がする苛立ってるようでどこか暢気さがにじみ出る不思議な声。
なんだっけ?誰だっけ?…もしかして?もしかして?
「ねーるねーるねーるねっ根うr値うr値うr値うr値うr寝る寝る寝る………」
―――――何いってんのかわからないわよ…。ま、眠りたいって意志は伝わってくるわね。邪魔しても悪いし、帰るわね?お大事に。
そう言い残し、傍らにあった気配が消える。と同時に私の体は反射的起き上がり、声を上げていた。
「れっ…れいむ!!??」
呼びかけられた対象、博麗霊夢はふわりとふりむくと、少し呆れたような―――しかし優しい笑顔で応える。
「なんだ。やっぱり起きてたんじゃない?」
「いっいつからここに!?」
「んー、あんたが私は当主…とかぶつぶつ呟きだした頃からね。その時は部屋の外にいたんだけど…ノックの音、聞こえなかった?」
「……ぜんぜん」
そんなところから聞かれていたとは…恥ずかしい。しかも声にだしていたのか、私は。
「その後何だか念仏みたいなものが聞こえてきてね。邪魔しちゃ悪いかと思ったんだけど、寂しくてふて寝するみたいだったからって――うわっ!?」
思わず枕を投げつけてしまった…不覚だ。不覚。
レミリア・スカーレット500余年の吸血鬼生の中で一生の不覚。
まさか…そんなとこを人に……よりにもよってこの巫女に見られるなんて……。
恥ずかしい……悔しい……顔が熱い…体が熱い……穴があったら入りたい……日光にあたって消え去ってしまいたいっっ!!!!!
「ちょっと…どうしたのよ?顔から湯気がでてるわよ?また熱でも出てきた?」
暢気な巫女は飛んできた枕を横に置くと、まじまじとこちらの顔を覗き込んでくる。
くそう、何だその余裕。
そして次の瞬間、更に私の茹だち具合に拍車をかける出来事。
「うーん?」
霊夢は考え込むように唸ると、手のひらを私のおでこに当ててきた。
おもわず硬直する。夜道を来たせいか、少しひんやりとした手のひら。
…ん?夜道?そういえば……
「そっそういえば!!めずらしいじゃない!?こんな時間に出歩くなんてっ!」
時刻はもう11時を過ぎようとしている。霊夢は典型的な朝方人間。
この時間だと宴会やら異変やらがないかぎり、とっくに眠りについているはずだ。
「時間…?ああ、だって、あんたは夜行性でしょう?昼に来たって寝てるだろうし。…ってうわ!?」
本日二度目の枕投げだ。
だって…つまりはあれでしょ?こういうことでしょ?
私のために、私の見舞いのために、わざわざ普段は寝ている時間まで起きていて、眠い目こすって来てくれたわけでしょ?
何よそれ。ちょっと…いや、嬉しいじゃない。すごく嬉しいじゃない?
ああ、馬鹿私。なに舞い上がってるのよ。やっぱり駄目だ。弱ってる。
普段はこんなことでうろたえたりしないのに。むしろ、そんなこと当り前じゃない?ってな感じが私のスタンスなのに。
―――でも嬉しい。やっぱ嬉しい。顔がにやける。止まらない……あーっもう!!!
ベッドに顔を埋めてゴロゴロする私をよそに、やはり巫女は暢気にあくびをしながら呟く。
…眠たくなってきちゃった、ですって?そう、そうなの。だったら、こちらが取るべき手段は1つよね?
「……泊っていきなさいよ」
「えっ?」
「……せっかく来たんだもの。夜も遅いし。見舞客のもてなしぐらいさせてもらうわよっ!!」
言った。言っちゃた。
霊夢はう~んと唸りながら考え込む。そして一言。
「たまにはそれもいいかもね。じゃあ、失礼して……」
「そう、ゆっくりしていくといいわ……ってええ!!??」
霊夢はどっこいしょとか言いながら、私のベッドに潜り込んでくる。
いや、嬉しいけど、なに!?そうなの!?そういうことなの!!??
「ふーん。布団とは感触が違うのねぇ」
狼狽するこちらをよそに、モフモフとベッドの感触を確かめる巫女。そして……
おやすみー、の一声と共に寝息が聞こえ始める。……早いな、おい。
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また静かになった部屋の中。今度は時計の音に霊夢の寝息が加わる。
枕もとの明かりを落とし、私もベッドにもぐりこむ。
ひんやりとした黒髪が顔に触り、少しくすぐったい。
なんだか色々あった一日だったが、まあ、終わりよければ全てよしか。
すこし狭くなったベッドもたまにはいいものだな…なんて考えてるうちに、
私もとろとろ眠りに落ちていった。
終
**蛇足**
時は少しばかり遡り、紅魔館門前での出来事。
「ああ、また……またやっちゃった…怒られる…咲夜さんに怒られるぅぅぅぅぅ!!!!」
「私がどうかしたのかしら?中国?」
「えっ!?ああっ!!違うんです咲夜さん!!これは違うんです!!確かに魔理沙の侵入を許しましたがっ!!」
「許しましたが?」
「寝てたわけじゃないんです!ただちょっと…ほんのちょっとだけ意識不明になってたというか…何ていうか…」
「そう、寝てたの」
「あああああっごめんなさいごめんなさい!!!!」
「…いいのよ」
「ごめんな…え?」
「いいのよ。あなたには不眠不休で門番の仕事を務めてもらってるんだもの。少し位ウトウトしたってしょうがないわよ」
「あああっ!!そんな!そんな咲夜さん!!」
「だからね……」
「……はい?」
「そんな疲れた貴女のために、今日は素敵なものを持ってきたのよ」
「えっ…あの、何ですか?その見るからに怪しげな液体は…?」
「栄養ドリンクよ。あなたがお通したお客様が持ってきて下さったの」
「ええっ!!??いえっあのっ!!いいです!!お気持ちだけで!!私丈夫なんで!!体だけは丈夫なんで!!!」
「遠慮することないのよ?ほらっ!そーれっ!!」
「ガっ!!むぐぁ!!??…まっまずい!!!あとなんか臭い!!めっちゃ臭い!!!!」
「ふう、やっぱりロクなものじゃなかったわね。じゃ、引き続き頑張って頂戴ね?」
「くさっ……くっ……………さっさくやざん」
「何?……ってどうしたのあなた!?異様に筋肉が発達してるわよ!!??ちょっっっ!!!???」
「ざぐやざぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!!!!!!!」
と、いうわけで、『マリナミンスィー』によってムキムキマッチョ怪人と化し暴走を始めた美鈴とメイド長の戦いは、夜明けまで続いたそうな。
栄養ドリンクは実際飲みすぎると本当にやばいことになるから、皆、気をつけてね!
まず下ごしらえしたパチュリーにマリナミンスィーを投与します。
しばらく寝かせると……。はい、マチョリーのできあがり。
こんな下らない冗談はともかく、とても楽しませていただきました。
病気なのに心配されてるのかされてないのかわからないあたりが幻想郷らしくて良いかと。
細かいことかもしれませんが、レミリアは十字架に強かったはず。
妹を屋敷に閉じ込めて自分だけ遊びに行って日射病、お嬢様の自業自得としか言いようが無い
ごっつあんです。
サイト巡りでもあらかた探し尽くしたし。
貴重な一作。今後に期待。
久しぶりにレミリア×霊夢成分を補充できました。
遅ればせながら返信させていただきます。
>3様
なぜか不遇な役回りの多い美鈴が大好きです。
>6様
マチョリーに噴き出してしまいました。下ごしらえの詳細に夢が膨らみます。
>10様
ありがとうございます!
十字架に関しては、弱点とは言わないまでも何となく嫌なものという認識で書いてみました。
>13様
やんちゃなお年頃ですな。
>白徒様
れみ☆りあ☆うー!!
>☆月柳☆様
貴方のお言葉に胸一杯です!
こちらこそごっつあんです!!
>J.D様
嬉しいお言葉ありがとうございます!!
より濃厚なレミ霊SSを生み出すべく、精進してまいります!!
点数のみの方々も、本当にありがとうございました!!