天人:比那名居天子は考えた。下界にちょっかいを出せば、奴らは怒ってやって来る。退屈な天上生活を打破してくれるに違いない。
案の定その通りにはなったが、一人だけ、この事件に関わりを持ちながらも目の前に現れてこない人物がいた。ブン屋は事件後程なくして取材に来たのだが。
彼女の性質を考えれば得心いくが、天子はなぜだか気に食わない。こちらが招くというスタイルを取る限り、彼女が天子の前に現れることはないだろう。
仕方がないので、天子自ら彼女の元に訪れることにした。口上は……さて、どうしたものか。探偵をされた手前、自白という形は取りたくないものだが……?
竜宮の使い:永江衣玖は比那名居の屋敷を訪れていた。
最近の総領娘様の横暴は目に余る。要石を挿すと言うことは、すなわち二回分の地震を一回にまとめて発現させると言うことだ。被害の総和は後者の方が明らかに大きく、自分勝手な総領娘様の行動はもはや謝るだけでは済まされない。その辺り、総領主様はいかにお考えか。
と、場の空気を読みつつ、無理のない流れで、数十のオブラートに包んで進言していた所、一通の手紙が舞い込んできた。総領主はその手紙を広げて読む内に、赤くなってわなわなと震えだした。
嫌な空気を読みとった衣玖は、「失礼します」と断り、文面を覗き見た。概要はこうだ。
『このままでは不良天人の穴という穴に蝋燭を詰めてしまいかねない故、早急に回収されたし』
概要も何も、文面がこの通りだ。あまりに空気の読めない内容に衣玖は憤慨(と、いささかの失笑)を禁じ得なかったが、事実この手紙が逼迫した状況を示すことには変わりない。
衣玖は再び総領主の顔を一瞥する。「よろしい、ならば戦争だ」と顔が言っていた。
このままでは天地戦争に発展する。下界にはソーディアン並の人材がひしめき合っているため、天界の陥落は易いだろう。
衣玖は空気を読んだ。
「これは下界なりの冗談ですよ。『総領娘様はここに居るから早々に引き取ってくれ』と、ややシニカルに言っているだけですわ。私が迎えにあがるので、総領主様は吉報をお待ち下さい」
そして衣玖は総領主に別れを告げ、下界に降り立った。たとえこの事件が天子の日頃の悪行に起因する物であっても、裁くべきは天子ではなく、談判すべきも天子ではない。犯人はまず、総領主に話を持ちかけねばならないのだ。組織や家族の繋がりを無視した個人的報復は是とされないのである。
手紙を受け取った比那名居の従者から聞き出した、自分勝手な犯人の名は……
――時は遡る――
メイド長:十六夜咲夜は人里へ買い出しに行っていた。咲夜の仕える紅い悪魔のため、珍しい茶の葉を探していたのだった。
以前は多く見られた青いバラも、なぜか最近では見られない。人里に赴くたび咲夜はそれを探していたのだが、此度、ようやく一輪だけ手に入れることが出来た。
目的の物を紙袋に入れた咲夜は上機嫌に人里を出ようとしたが、そんな気分を害する不快な噂を耳にしてしまった。
『紅魔の館を探しているらしい、偉そうな女が道をふさいでいた』
『知らないと言ったらコケさせられた』
咲夜の知り合いは大方がふてぶてしいのだが、その中で紅魔館を知らない者というのは、約一名ほどしか見当たらない。ナイフが通らないので、正直な所、相手にしたくなかった。
やむなく迂回して紅魔館を目指していると、湖の中腹で折良く(悪く)、件のそれと出くわした。
「おや、丁度いい。貴方の主に会いたいのだけど、案内して下さる?」
天子は要石に乗って湖上を浮遊していた。慇懃無礼な口振りだ。
「丁重にお断りしますわ。子供には有害な情報から守られる権利があります」
実のところは、バラを早く安全な所に置きたかったのだが、天子相手にへりくだるつもりはなかった。
「R-500って、人類の大半がアウトじゃない?」
「全人類にとって有害であるということの証明ですわ」
天子の笑顔がヒクッと歪んだ。琴線に触れたらしい。
「もういいよ、弾幕で勝負を付けよう。勝ったら言うことを聞きなさい」
緋想の剣を構え、天子は臨戦態勢に入る。しかし咲夜は乗り気ではない。
「貴方が勝たなければ、私は言うことを聞かなくてもいい。で、いいのね?」
「命題が真なら対偶も真よ」
「そうですか、ではさようなら」
時符「プライベートスクウェア」
時が凍結する。灰色の世界の中で、微動だにせず天子が得意気な顔を保ち続けていた。
「これで私が逃げれば私の負け。しかし貴方はしばらく勝てない」
スペルカードブレイクまで咲夜は離れ続け、時が戻る頃には天子の姿が見えなくなっていた。
「また次の機会にでもお相手しましょう」
咲夜は一人呟き、天子に背を向け紅魔館を目指した。しかし数秒後、咲夜の周りに闇が差し、太陽が消える。
要石「天地開闢プレス」
それはヒトに対して使うべき武器のサイズを大きく逸脱した、石だった。かげりは徐々に濃くなって、やがて咲夜の眼前を石の色で埋め尽くした。
「天知る地知る我知る子知る。貴方の行動は七割五分も把握しているわ」
壮絶な鈍い音を立てて要石が水面を叩く。上げた飛沫は霧となり、立てた波紋は津波となった。
「このスペルなら、広範囲を鳥瞰できるからね」
スペルで天まで昇り、咲夜を見つけ、要石をそこへ落とす。天子は昇ったついでに紅魔館も発見したが、意地悪く咲夜を構うことにしたらしい。
「まったく、人知を逸してますわ……」
常識という意味でも、良識という意味でも。巨大要石は時を止めねば避けられなかった。咲夜はかつて自分の居た要石の下を見て、一人呟いたのだった。
ここで弾幕をして咲夜が勝つのは容易いかも知れない。しかし、そうなれば紙袋の中身、ひいてはレミリアへの大切な紅茶を水泡に帰すことになる。やむを得ず、咲夜は訳を話すことにした。
「この紙袋には貴重な茶葉が入っているのです。紅魔館へは案内しますから、今勝負するのはお控え下さい」
咲夜にしては相当な譲歩であった。しかし天子は、それを嘲笑うかのように口元を緩める。
「貴方から先にスペルを使ってきたくせに。中途で終わらせる気はないわ。そんな物はどうでも良いから、早く構えなさい」
まるで咲夜を困らせるために言っているとしか思えず、辟易した。無視して紅魔館に戻れば、とりあえずバラは保管できる。不良はその後で払っても構わないだろう。
咲夜は天子に背を向け、紅魔館に向かい全速力で飛行した。
「あ! 待ちなさい!」
天子は要石につかまって飛行する。しかし、なかなか追いつけない。速度は五分であった。このままでは咲夜が逃げ切ってしまう。
「勝負しなさいよ!」
咲夜は振り返りすらしない。やむを得ず、天子は最終手段を行使することにした。
――時は巡り戻る――
吸血鬼:レミリア・スカーレットは困っていた。本来ならば紅魔館に侵入者がある時点で由々しき事態。叱責されるべきはザルの門番であるはずなのだが、二人の来訪者は、そのどちらもが強行突破してきたのではない。
片方は血まみれでメイドに引きずられてやって来た。
『ええ、私は彼女をお送りしなければならないんですよ』
どこへ? とは訊くまでもなかった。よしんば訊きたいと思っても、メイドの鬼気迫る表情に、レミリアは黙らざるを得なかった。
もう片方はレミリアの目の前に座り茶を嗜んでいる。触覚がひょこひょこと鬱陶しく、レミリアは不快感を隠せなかった。
「で、地震が来るわけじゃないのね?」
ぶっきらぼうに言うレミリアを、舐め上げるように衣玖は言う。
「違います。この度は、ここに捕らえられているという総領娘様をお迎えに上がった次第です」
衣玖は茶を置き、指を口の前で組んだ。
「ご存知、ないのですか?」
彼女こそ、超時空パーフェクトメイド、マジカル咲夜ちゃんです! ……じゃなくて。
「その総領娘とやらは知らなかったけどね。咲夜が何かやっているって言うのは大体解っていたよ」
レミリアは顔をしかめ、妖精メイドの注いだ茶を置いた。咲夜の注いだ紅茶でなければ美味しく感じない。もちろん、咲夜が注いだからと言って毎度美味しい物が出てくるわけではないのだが。
「早急に総領主様を返還して頂きたいのです。十六夜咲夜に返してくれるよう言って下さいますか?」
咲夜は、レミリアが命令すれば即座に解放するだろう。しかし、面倒だ。
「放任主義でね。咲夜を倒しても構わないから、自分で取ってきてよ」
「さいですか。では、回収致しますね」
衣玖は一つ礼をして、応接間から出て行った。
衣玖は、貴方の従者を叩きのめしても構いませんね、という確認に来たのだろう。普通ならば、他人に処罰を任せるなど絶対にしないのだが、今回ばかりはそうもいかない。
レミリアは直感していた。レミリアでは彼女を止めることが出来ない。メイド長の周りには異様な『運命』がまとわりついていたのだ。『覇気』とも言うべきか、とかくレミリアすら戦く『雰囲気』。何をすれば、あれほどメイド長を激昂させることが出来るのか……
――時は遡る――
比那名居天子は知っていた。十六夜咲夜を戦闘に呼び込む魔法の呪文を。
諸刃の剣ともいうべき代物で、言えば必ず本気で戦闘しにかかってくるだろう。ナイフの十本二十本は覚悟しなければならないが、天子にはそれを耐えきれる自信があった。咲夜のスペルカードには火力がない。天人の鍛え上げられた肌を『気符「無念無想の境地」』で強化すれば、ナイフなど布きれに過ぎない。天子は緋想の剣を構え、叫んだ。
「勝負しなさい! このPAD――」
咲夜は急停止し、刹那、血の滴ったような真紅の眼光を揺らめかせ、天子に振り向いた。気がした。
気がしたというのは、天子が咲夜の振り返った瞬間を目で捕らえ切れなかったからである。振り返った、と思った時には既に咲夜の姿はなく、ただ一本のナイフが天子の心臓間近に飛来しているのだった。
より多くのナイフが配置されている物だと予想していた天子はやや拍子抜けしたが、強く警戒していたために、突如現れた頭上の殺気にも気付くことが出来た。
天子の頭上に咲夜が居る。幾千のナイフに貫かれているような鋭い殺気。おそらく既に、天子の首もとへナイフを振り下ろしているのだろう。
天子は状況をすぐに把握したが、同時に冷や汗を吹き出した。これは、あまりに理不尽な二択である。
心臓をえぐり来るナイフに対し、上下の回避は出来ない。ナイフがあまりに近くて完全回避が出来ないため、体のどこかを損傷させざるを得なくなるのだが、人体の中心軸である正中線は様々な気の宿る急所であり、そこを避けるためには上下に動いてはいけない。
反して真上にいる咲夜の振り下ろすナイフへは、左右及び後ろへの回避が出来ない。天子の首が前後左右に動くのならば、真上にいる咲夜ならちょっと手を伸ばすだけでどこでも刈り取れる。
心臓を貫かれて死。首を刈り取られて死。咲夜は死の二択を迫る。
極死「七夜」
天子は絶望する。プライドを考える余地なく、ただ完全な包囲網の前に屈するしかないと、本能で悟った。
――だが。
諦めかけたその時、ある言葉が口をついて出た。
「避けられない弾幕はない」
原理的に、弾は必ず避けられる。弾幕勝負とはそういうもの。避けられるように作ってある。この状況を死ぬことなくして切り抜けられるただ一つの方策が存在する。異変を起こした時も、天子はその点に配慮していた。
体の中心を避けながら、かつ下方向に避ける方法。それは。
ねじる。
天子は思い切り体をねじって下方向に落ちた。天子の体から横方向に力を受けたナイフは力が分散し、天子の右肩に刺さった。下に落ちながらも天子が上を見ると、紅い目の咲夜がナイフを大きく空振りする様が見て取れた。
確反だ!
天符「天道是非の剣」
天を衝く勢いで天を衝く天子。ここまで天人を追い込んだのだ。狙うは咲夜の胸部であろう。
「さあ、その偽乳を晒せぇ!」
緋想の剣が迫り来るというのに、咲夜は突然にんまりと笑った。
天子は身の毛のよだつ恐怖を感じた。咲夜の笑顔は完全に、勝者のそれだった。
「三途の川を渡る準備が出来たようで、よろしいですわ」
咲夜はほとんど手を動かしていない。それは既に、ナイフを投げると同時に配置してあったのだ。
剣の切っ先に、銀時計。
時符「咲夜特製ストップウォッチ」
天子の「あっ」という叫びも、もはや時計の中に閉じこめられた。咲夜はのんびりと、ナイフを一本一本丁寧に、天子の周りに配置する。
配置した千本のナイフは、春雪異変の時に使ったあのナイフだ。今使っているスペルがブレイクした瞬間、配置したノーマルショットが動き出す。
「ジャック・ザ・リッパー」
二択などでは、初めからなかった。
「死一択。貴方に給仕する選択肢なんて、それで充分でしょう」
――時は巡り戻る――
永江衣玖はようやく咲夜の私室を発見した。衣玖は辺りにいる妖精メイドに訊ねたが、彼女らはメイド長がどこで寝ているかも知らないようであった。ドアに『咲夜の世界』と書かれていなければ一日迷子で過ごさなければならなくなる所であった。
内部の雰囲気を知ることで、入り方も変わってくるのだ。衣玖はドアに耳を付けて盗聴を試みた。
「熱いよぉ……もう許して……」
「ほら、そこのお肉が焦げてしまいますよ。早く取りなさい」
「うぅ……お腹一杯だから、早く下ろしてよぉ……」
「残念ですが、あと一玉ずつ、野菜が残っています」
「嫌だぁ……もうキャベツの芯まで食べるの嫌だぁ……」
衣玖は耳を離した。
「これは、知らない方がいいリアクションが出来ましたね……」
ドッキリの最中にドッキリだと勘付いてしまうくらいに所在ない。
「ええい、ままよ!」
衣玖が思い切り戸を開けると、中では天子が焼肉の鉄板の上で宙づりになっていた。
「衣玖! 来てくれたの!?」
衣玖は見なかったことにした。
「天界代表で、貴方を裁きに来ました」
咲夜も、天子がなぜか亀甲縛りされていることに言及せず続けた。
「まだお仕置きが終わっていないんですよ。それにしても、よくここが解りましたね」
「衣玖ー! 衣玖ー! 助けてー! いくー!」
衣玖は、吊されながらくるくる回り始めた天子を視界に入れないように続けた。
「天人に灸を据えるのは我々の役目。代行してくれたことには感謝しますが、決して許すことは出来ません」
「こいつったらひどいのよ! こんな状態にして延々と焼き肉だけ食べさせるんだから!」
天子は振り子運動を始めた。
「許さないからどうしてくれるって?」
「汚いなさすがメイドきたない。仏の顔を三度までという名セリフを知らないのかよ」
天子はバネ振り子運動を始めた。
「比那名居邸へ頭を下げに行くか、ここで私に伸されるか。好きな方をお選び下さい」
「お前は一級天人の私の足元にも及ばない貧弱一般人。その一般人が一級天人の私に対してナメタ言葉を使うことで私の怒りが……」
ブツッブツブツと嫌な音を立てて天子を吊していたひもが切れた。
「では、貴方には『地上のメイド長に叩きのめされた』と天人宅に頭を下げに行ってもらいましょう」
「わあああああ! 熱い! 熱いよー!」
天子は鉄板の上で海老反りしながら跳ねている。
「交渉決裂ですか」
「助けて衣玖ー!」
「そのようですね」
天子は転がって鉄板上から脱したが、勢い余って壁に体をぶつけた。
「では、場所を移しましょう。鬱陶しいKYも居ることですし」
「同感ですわ」
二人は使い古されたボロ雑巾のような天人を残し、部屋を後にした。
魔法使い:パチュリー・ノーレッジはスペルを唱えていた。
月木符「サテライトヒマワリ」
咲夜の起こしている『時場』以外にも、紅魔館には何かしらの力が働いている。レミリアに訊ねてみると、彼女はこう切り返した。
「竜宮の使いのだろうね。上から見てみれば?」
そこで早速パチュリーは自前の気象衛星を飛ばしてみたのだった。
「で、何か解った?」
パチュリーは持ち込んできた本を開き、何事かを確かめると、やがて顔を上げた。
「龍の気が立ち上っているわ。さしずめ、簡易版龍脈ね。門番辺りが強化されているでしょう」
「繊維が強くなった所で、ザルはザルだけどね」
レミリアがこうしてテラスで茶を飲んでいるのも、恐らくは竜宮の使いが来たからであろう。龍の気を凝縮した、今にも破裂せんばかりの雲が、彼女に具してきたのだ。
「パチェ。咲夜とあの魚、どっちが勝つと思う?」
「……準備量で魚、相性で魚、性格で魚ね」
「圧倒的じゃないか」
「雷は、土を爆破し、木を裂き、火を産み、水を貫くから。私の持っている属性でも、雷に克てるのは一種だけよ」
「あれ、咲夜の得意な属性じゃない?」
「確かにね。でも、克ちはするけど、勝ちはしない。特にこの力場じゃ、咲夜はいつまでも不利よ」
「人間には不利でしょうね。私も厳しいけど」
「五行は相克や相生だけじゃないわ。相侮というものがある。本来、『木』である雷に勝てるのは『金』だけど、『木』が強すぎると『金』を取って食ってしまう。咲夜の『金』は弱いから、たちまち食われるわよ」
「ん? 逆も有り得るってこと? なら、木が勝つのは何さ」
「土」
「ああ、なるほど……五行ってのは、上手くできてるね」
「理解してくれた?」
「地球ほどの強い土なら雷を食える、ってことね。アースって言うのはその事でしょう」
「Exactly(そのとおりでございます)」
「咲夜が地面を扱えるとは到底思えないな……これは、ダメかも知れないね」
「勝つ方法がないでもないけどね」
「それは?」
「それは……」
永江衣玖は紅魔館ロビーにて戦闘開始の宣言をしようとしていた。
「体術ありのスペルカードルール。負けたら負けを認めること。よござんすね?」
「よござんすよ」
「では、始めましょうか」
途端、咲夜が床を蹴り、ナイフを挟んだ指を腕と共にしならせた。ほとんど奇襲に近い所作ではあったが、間合いは三間、中距離である。
しかし衣玖は、咲夜の早さと速さを見切っていた。衣玖の羽衣がするすると右手に集い、風圧を伴う回転を始める。
魚符「龍魚ドリル」
開幕ぶっ放し。グレイズ狩りの詐欺当たり判定だ。咲夜は開幕当初から既に攻撃範囲内であった。
投擲を強くするため体に慣性を付けていた咲夜は、即座に行動をキャンセルした。スペルカード宣言がなされた瞬間に出していた足を無理矢理床に着け、右方向へナイフを投げる。投擲の反動で咲夜の体は左へ動く。咲夜はドリルの真中央を避け、転ぶようにしてそれを回避した。
「それを避けますか。ギリギリとは言え」
衣玖は羽衣を戻しながら、驚いたように言った。
「まさか私が、ただ避けただけだなんて思ってはいないでしょうね?」
「スクウェアリコシェ」
投擲したナイフは壁に二回当たり、衣玖の顔の真横に迫っていた。
「もちろん、思ってはいませんよ」
衣玖は一瞥もせずにナイフの刃を指で止め、くるりと手を回してその切っ先をつまむ。
「この程度だから、ギリギリだと言ったんですよ」
衣玖は倒れている咲夜にナイフを投げ返した。咲夜は打ち落とすべきか逡巡したが、跳ねるように立ち上がり、それを避けた。青白い光を帯びたナイフは、地面に刺さると、咲夜に向かって光を放った。
「静電誘導弾」
咲夜は舌打ちし、新たにナイフを取り出した。攻撃ではなく、回避ないし相殺のためのナイフだろう。衣玖は重ねてスキルを発動する。
「龍神の稲光り」
衣玖は後方へ幾本もの電流を放った。電流は意志を持ったように一度動きを止め、やがて一斉に咲夜の方向に動き出した。
そろそろ時を止めてくる頃であろう。これだけの電流が相手では、ただの移動だけでは回避し切れまい。咲夜との戦闘において注視すべきは時止めのみである。逆に言えば、早々に追い込んでしまえば時止めによる霊力消費を加速することが出来るのだ。
衣玖がある程度の目算を立てていると、急に場の雰囲気が一変した。時を止められたかとも思ったが、咲夜は依然電流に追われており、瞬間移動した様子はない。しかし、咲夜の様子は確かに変わっていた。
咲夜は、笑っていた。
「まさか私が、ただ投げただけだなんて思ってはいないでしょうね?」
「離剣の見」
衣玖の後方から数本のナイフが前方に飛び出してきた。それらは衣玖の服をかすりながら、稲光をことごとく打ち落としていった。
金属は電気伝導性が高い。特に、咲夜がナイフに使う銀はあらゆる金属の中で最も熱・電気の伝導性が高く、すなわち拡散・攪拌の効率が最も高い。咲夜の弾幕ほど、衣玖の弾幕を相殺するのに適した弾はないのである。
静電誘導弾をナイフ一本で相殺し、咲夜は両手に刃を携えて衣玖に接近した。そのあまりの加速により、間合いはもはや、投擲すれば必中という近さである。
だがしかし、だからこそ衣玖はもう一度試みる。
「龍魚の一撃」
咲夜はあまりに勢いづいている。先程のように、急に方向転換、などとはいかない。回避方法は一つしかなく、やはり咲夜は衣玖の読み通り、忽然とドリルの前から姿を消した。
「!」
「パーフェクトメイド」
四十本のナイフが衣玖の周りを取り囲む。技のディレイが残っており、衣玖は他の行動に移れない。
「無駄無駄無駄。そんなヒラヒラした貧弱な攻撃が通るとお思いで?」
回避できる隙間は残されていない。刻一刻とナイフは心臓との距離を縮めていた。
ブン屋:射命丸文は写真を撮っていた。立ち上る龍の気で頭がスーパーサイヤ人になっている紅魔館の門番を明日の記事にするためだ。あれほど髪が逆立っていながらシエスタを続行する紅美鈴からは、別の意味で貫禄がうかがえる。
「まこと、ここではネタに困りませんね」
射命丸が紅魔館を訪れたのはシエスタ撮影会が目的ではない。竜宮の使いから『面白い物が見られるだろう』とタレコミがあったので覗いてみたのであった。
「まあ……今は利用されておきましょうか」
竜宮の使いが射命丸を呼んだのは、『メイド長を下した証拠』を撮ってもらうためであろう。天子という証人が居るにもかかわらず撮影を行う。この時点で、天子の天界における発言力の無さが伺える。
紅魔館の中に潜入取材を試みた所、廊下でレミリアと出くわした。
「お邪魔してます」
「お邪魔だと思うなら帰りなよ」
「あやや、ではお邪魔しません」
「お邪魔しないなら帰りなよ」
「では、どっちつかずで」
「ベネ(良し)。ベネついでに、館のどこかにいる天人を引き取ってくれない?」
「一旦屋敷の外に出すだけなら構いませんよ。どの辺にいそうですか?」
「さあ? 咲夜が自分の部屋に連れ込んだみたいだけど……」
射命丸が不必要に長い廊下を見渡していると、直立した巨大芋虫の影が跳ねているのを見つけた。
「アレがそうですかね……」
「アレがそうなら、今すぐ槍で消し炭にしようと思う」
持ち前の俊足で近付くと、それはやっぱりアレだった。
「あ! 天狗じゃない! これ、ほどいてよ!」
視認した途端、射命丸は弾けるように天子の元から遠ざかった。
「やっぱりこれはアレでしたー」
神槍「スピア・ザ・グングニル」
傍目でも解るほど天子に冷や汗が滲んでいた。
「ねえ、今の何の合図? ねえ!」
射命丸は微笑んだ。
「炭を一つ作る合図ですよ」
かくして、アレは紅い残像に飲まれて跡形もなくなった。
十六夜咲夜はナイフの配置を終えていた。密度は濃く、もはや必中と言えよう。
しかし咲夜は、「パーフェクトメイド」での本来の立ち位置から大きく離れて立っていた。
衣玖のスペルカードを誘発する。
雷符「エレキテルの龍宮」
ドリルをキャンセルし、腰の入った素晴らしいポーズを披露する衣玖。周囲のナイフはそのことごとくが打ち落とされた。攻撃範囲外の咲夜はその隙に『離剣の見』を幾つか仕掛けておく。
「どうにも狡い戦法ですね。ヒットアンドアウェイというか、ずっと安堵アウェイというか」
衣玖が振り返ると、咲夜の姿はなく、ナイフだけが絨毯のように敷き詰められていた。
咲夜が一瞬時を止め、振り返った衣玖の更に背後へ回ったのだ。
「めくりが乱暴すぎて、美しくない。空気を上手く使えていない証拠ですね」
生意気な口をきく衣玖だが、立て続けのナイフ弾幕に精神を摩耗させているはずである。所詮は空元気、と咲夜はたかをくくっていた。
「空気でどうにかなるのなら、拝見したいですわ」
「マジックスターソード」
同時に「離剣の見」が始動する。衣玖から見れば、刃の壁が両脇から迫ってくる格好だ。
衣玖は不敵に微笑む。
「上善如水。要は、逆らわなければいいのです」
「羽衣は水の如く」
羽衣が伸び、「離剣の見」のほとんどを打ち落とす。本来攻撃に当てる『もう一回転』は「マジックスターソード」の撃墜に回された。衣玖の服をかすめる程度のナイフしか生きておらず、相殺はほぼ完遂したと言っても良い。
咲夜は焦っていた。何をしようが、羽衣と電気で相殺される。雷の速度は光速ないし亜光速、咲夜のナイフがどれだけ速かろうと、出始めに潰される。至近からの攻撃ならば相手も反撃の余地はないだろうが、あの羽衣は全てを受け流してしまう。
受け流しは円が持つ特性だ。摩擦の少ない豆を箸でつまむのと同様に、力が分散してしまい捕らえどころがない。
だがしかし、と咲夜は考える。相手が円だとして、円に当てる方法が皆無であるか?
真中央なら当たるではないか。
咲夜は全方向にナイフを投げ始めた。
「悪あがきですか?」
「羽衣は風の如く」
衣玖が羽衣を振ると、厚い空気の層が出来上がった。ナイフであろうが大玉であろうが、軌道を真逆にし、加速して返す。効果は一時的であるが、即時的で効果的だ。
依然咲夜が投げ続けるナイフは、全く衣玖の元に届いていなかった。時折、同時に二本のナイフが風の壁に当たり、反発したその二本が互いにぶつかって地面に落ちる、ということはあったが、まるで戦略性を感じさせないナイフの乱舞であった。
「打つ手がないからといって、やたらめったらに矛先を向けるのは感心しませんね。降参は認めますよ?」
しかし咲夜は投擲をやめない。咲夜の手から出ていった刃は既に数百に達しようとしていた。跳ね返っていったナイフが咲夜の頬をかすめても、止める気配を見せなかった。
やがて、真正面に来たナイフが跳ね返り、咲夜のこめかみに迫った。
咲夜は安堵したように、肩を下ろす。
「ようやく見つけましたわ」
咲夜は跳ね返ってきたナイフを勢い良くつかみ取り、再度投げつけた。
「今更、何を見つけた所で貴方の攻撃は通りませんよ」
一本のナイフが迫り来る。風の壁を悠々と広げる衣玖は、その時、信じがたい物を見た。
壁を、ナイフが貫通している。
時符「トンネルエフェクト」
トンネル効果とは、物質が障害物の向こうに『染み出す』現象である。物質の持つ幾つかの粒子が、物理的に隔てられた二空間を往来する。当然、『染み出す』のであって『通過する』わけではなく、数億分の一のごく微量の粒子が壁をすり抜けられるからといって、何兆もの粒子の塊であるナイフが通過できる道理はない。ナイフそのものが透過できる確率は、全ての粒子が透過できる確率であって、ごくごく小さいのだ。
ただし、時と場合によっては有り得る確率だ。特にその確率は時に依存する。実際は単純な確率論ではないが、時と空間の奇術師である咲夜だからこその現象であることには疑いない。
『染み出す』過程において、ナイフの力が分散してしまうような通過経路は避けねばならない。ただでさえ不安定な現象を引き起こそうとしているのだ。力がずれれば貫通しない。力のずれない位置とは風の壁の中心であり、更にそこへ垂直に入射しなければならない。そんな条件を満たしたナイフは、貫通させないのならば、ナイフを投げた主に真っ直ぐ返って来る。逆も然りだ。故に「見つけた」。
ナイフは羽衣の有効射程より大幅に近付いている。狙いは胸部のやや上、首もとの中央である。驚きで竦んでしまったこともあり、回避行動もままならず衣玖はナイフを受けた。
「円の中央へなら、針も刺さります」
大きく仰け反った衣玖に対し、咲夜は時を止め懐に入る。
「崩れた珠を削るのは得意よ」
咲夜の目が紅に沈む。衣玖は即座に顔の前で腕をクロスした。
傷魂「ソウルスカルプチュア」
目にも止まらぬ乱撃から繰り出される緋の剣閃が、無数に折り重なって衣玖を襲う。服も帽子もみるみる千切れ、羽衣もズタボロになった。
攻撃が止むと、衣玖は膝をついた。体中から血が滲んでおり、ぐらぐらと立ち上がる姿からは相当なダメージが見て取れる。
「ドクターストップ相当ですが?」
衣玖は首を振ると、その場でターンして右手を天に向け、素敵なポーズをキメた。
「まだまだ戦えます」
衣玖は果敢に素敵なポージングをしていたが、息が上がっていた。
咲夜は溜息を吐いた。勝負はほとんど決したような物である。この状態ではスペルも唱えられまい。反してこちらは無傷、とても形勢が逆転されるようには思えない。
「もうよろしいでしょう。上の方には、私が負けたと報告しても構いませんから」
衣玖は頑なに首を振った。呟くように彼女は言う。
「マスコミを呼びました。今更後には引けませんよ」
衣玖がそういって視線を投げる。咲夜もつられて見ると、ロビーの端にブン屋がいた。目が合うなりお辞儀をしてくる。
「毎度おなじみ、清く正しい射命丸です」
咲夜は視線を戻した。
「背水の陣ってこと?」
「総領娘様を倒す程の相手には、これくらいはしないと」
「なぜ、そこまでするの」
「……ここで私が諦めたら、天界は地上への出入りを禁止にするでしょう。…………総領娘様は友達が欲しかっただけなんです。その想いを閉ざしてしまってはなりません」
さしもの射命丸も、ここでシャッターを切るような無粋な真似はしなかった。染み入るような沈黙がしばらく続いたが、やがて衣玖が口火を切る。
「貴方は? 貴方は何のために?」
「……売られた喧嘩を買っただけですわ」
「何のために天界に宣戦布告を?」
なぜかここで射命丸がたじろいだのを、衣玖及び咲夜は見逃さなかったが、あえて追求せず咲夜は返した。
「天人は焚き付けねば来ず、竜宮の使いは天人を人質にしなければ訪れない。こうでもしなきゃ、貴方達は来ないでしょう」
「私達を招く理由があるのですか?」
咲夜は、射命丸が所在なくなりロビーから逃げるのを見届けた。
「さて、そろそろ再開致しましょう。……貴方は、いつまでそのポーズを続けているの?」
衣玖は会話中ずっと例のポージングをキメていた。別に今日が土曜日というわけではない。
衣玖は無表情のまま首を傾げた。
「再開? 中止した覚えはありませんが?」
咲夜は思わず苦笑い。
「勝ち気なのは結構ですけど、会話中でしたしねえ」
「? ああ、もしかして、先程の会話はインターバルでしたか?」
「それくらいは空気を読んで察して欲しかったわ」
「それはそれは済まないことをしました」
咲夜は衣玖の言葉を図りかねたが、やがてあることに気付き警戒心を露わにした。
「貴方、まさか……」
「まさかのまさか、そのまさかですよ」
「龍神の怒り」 & 雷符「神鳴り様の住処」
射命丸文は背中に嫌な汗を感じていた。
天人宅に手紙を放り込んだのは射命丸文。竜宮の使いに自分が呼ばれるようにしたのも射命丸文。天子に魔法の言葉を吹き込んだのも射命丸文。清く正しい射命丸はネタが欲しかった。
大事になるとは思っていなかったので、いざとなれば天界・紅魔館の両勢力に土下座しに行く覚悟であった。
よもや衣玖と咲夜が空気を読んで庇ってくれるとは思いもよらず、新聞の内容は二人の礼賛に努めねばならぬと考えを改めた。
人を褒めるにしても、新聞は新聞、見かけ上は公正でなければならない。こう言う時は、都合の良い第三者の言を抜粋するのが良い方法である。
「それで、お二人はなぜここに?」
天人と魔法使いが紅魔館の屋根の上で魔法陣をあちこち展開しながら話し込んでいたのだった。射命丸は早速取材を試みていた。
天子は言う。
「衣玖が報復してくれるって言うから、私はそのお膳立てをしに来たのですよ」
パチュリーに代わる。
「雷は『神鳴』。神の住まう天から鳴るのだから、まず天に近い屋根が壊れるのは必然よ」
射命丸はペンを走らせながらもう一つ訊ねる。
「パチュリーさんが屋根を守るのはともかく、なぜ比那名居さんが?」
「私はだいたい落下位置が把握できるのよ。雷は地震の次点だからね。私は四つ目が一番怖いけど」
地震の次は雷、次いで火事である。その次をパチュリーが補足する。
「親父じゃなくて『大山風(おおやまじ)』。台風ね。四天王最弱はむしろこの天狗よ」
射命丸お得意の作り苦笑いを披露し、切り返す。
「パチュリーさんは、どちらが勝つと思われます?」
「レミィはなんて?」
「えっとですね……」
――
「愚問ね。私の従者が負けるはずないでしょう。今の咲夜には運命が味方してる。fate(運命)の形容詞はfatal(致命的)。きっと、今なら死神だって殺せるよ」
――
「まるで咲夜が新世界の神にでもなったかのような褒め方ね。レミィがそう言うなら、私は魚にベット」
「その心は」
「今日、咲夜が持ってきたのは青いバラ。花言葉は『不可能・届かぬ夢』。風水で見ても花言葉で見ても到底勝ち得ないわ」
「ああ……青いバラの花言葉ですか? ……まあ、それはそれとして、咲夜さんが勝てる方法があるとも聞きましたが」
「あの子の名前の由来、知ってる?」
「知らないですね。教えて頂けるんですか?」
「レミィにしては珍しいネーミングだと思うでしょ」
「自分のスペルに『全世界ナイトメア』と付けた彼女にしてはセンスがあるとは思いますよ」
「由来は『木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)』。霊峰・富士の神で、火の神よ」
「……それが、どうかしましたか」
「木は火を生む。火の名を持つ咲夜は、比和により強くなる」
「こじつけが過ぎるのでは?」
「……ここが火事になったら魚の羽衣も燃えるから、戦いやすくなる」
「合点です」
「まあ、名前が強い意味を持つようになると言うことは、咲夜にとっては、時を止める能力が強くなると言うこと。何にしろ、有利にはなりそうね」
「なるほどなるほど、参考になります。比那名居さんはどちらが勝つと思われますか?」
「あの投げやり(槍)な吸血鬼の従者は是非とも倒して貰いたいね。吸血鬼の方は後で私がぼこぼこにしてやるけど」
「永江派と言うことですね。そういえば、先程から散々酷い目に遭っていますが、体の方は大丈夫ですか?」
千本ナイフ、鉄板焼き、グングニルで相当グリルにされているはずだが。
「おかげさまで絹のような肌が雑巾みたいになったよ。おかげさまで」
天子の視線が、射命丸に強い圧力をかけ始めた。聞くだけ聞いたので、とっとと去るのが賢明であると射命丸は判断した。
「では、失礼致します。決闘の様子も記事にしたいので。……そうそう、取材に協力してくれたので教えておきますが、青いバラの本当の花言葉は……」
射命丸が言いかけたその時、天子が突然天を見上げ、「あ」と呟いた。パチュリーが叫ぶ。
「どこに落ちるの?」
呆けたような天子の顔が、みるみる青ざめてゆく。終いには震えだした。
「衣玖、本気だ……」
「早く質問に答えなさい!」
天子の小さな口から、零れるように言葉が紡がれる。
「ロビー全域……」
永江衣玖はスーパーフィーバータイムを開始していた。
「龍神の怒り」はホールド可能なスキルで、実戦では三発ほどしか同時に落とせない。それはポージングしている間に弾幕を打たれるため、長くホールドできないからである。
十六夜咲夜最大の誤算は、衣玖がただあのポーズをしたいがために続けていたと思っていたことであった。
「降参するなら、落雷を止めますが?」
紅魔館の屋根をピンポイントに粉砕し、咲夜への第一撃がやって来る。咲夜は屋根が壊れる前に回避行動を取っていた。
「ご冗談を。諦めるつもりはさらさらありませんわ」
咲夜の足下に白い影が伸びていた。永江衣玖の落雷の合図。雷の落下地点を定めるマーカーのような物であった。おかげで落雷自体をかわすことは容易い。
咲夜は飛び上がり、二撃目の落雷を回避した。三撃目は半秒後に襲い来る。咲夜に立ち止まる時間は許されていなかった。
三つ、四つと半円を描きながら雷を避ける咲夜の前に、衣玖が立ちふさがった。
「龍宮の使いの忠告は、近い未来の悲劇を回避する一つの妙計。残念ながら、貴方は優秀な選択肢を一つ失いました」
長い袖が槍のように咲夜へ伸びる。咲夜は顔をかすめるほどの距離で袖をかわし、取り出したナイフで衣玖に飛びかかった。
しかしナイフは空を切る。咲夜の凍り付いた表情へ、衣玖はスペルカードを宣言する。
羽衣「羽衣は空の如く」
まさに空を切った咲夜の足下が白く光る。焦って離れようとするが、あまりに衣玖の近くに潜りすぎたせいで、スペルカードの風圧をうけて体勢を崩してしまった。
咲夜は尻餅をついた。同時に、つま先より数センチ前に電気がほとばしる。すなわち衣玖の居る辺りに落ちたのだが、衣玖自身は損傷ゼロだ。咲夜は歯を食いしばり、右腕と右足をバネに、そこから跳ねて脱出する。
そんな一連の行動など、スペルカードを宣言した時点で衣玖には解っていたことだった。恐らく咲夜も解っていた。解っていながら、こうせざるを得なかったのだ。
衣玖は、二人の予想通りに羽衣を右手に巻き付け、静電気を充填する。咲夜が起きあがったその時には、その羽衣は振りかぶられていた。
「龍神の一撃」
羽衣から多量の静電気が放出される。『跳ねる』という回避手段を取った以上、着地直前の咲夜には、地面を蹴るだけの足のバネが残されていない。静電気はあっと言う間に咲夜の体を飲み込んだ。
電気は、人の体を統御する強力なエネルギーだ。それゆえ、体のあらゆる器官は電気量の多寡によりその挙動を変える。微量ならば筋肉は『適度な危険』を感じ、収縮をしたりするのだが、広範囲に渡る強力な放電に対しては筋肉は『過度な危険』を感じ、電気がこれ以上命令してくることを防ぐために強く収縮する。
静電気を食らった咲夜の体の筋肉は、刹那ではあるが、全く動かなくなった。しかし、咲夜から奪った貴重な時間は、続く落雷をも当てるだけの余裕を与えた。
「時は必ず訪れます。それはそれは悲劇的に」
空気を破砕する怒りの音が鳴り響き、第九撃目の雷が咲夜に落ちた。青白い柱が迸る。雷をうけた直後の咲夜は、木偶のようにその場に立ち尽くし、うつろに目を落とした。落雷の絶え間、数瞬しか残されていない咲夜には、体に染み入った電気を追い出すので精一杯で、回避行動に移れない。
第十撃目が咲夜を襲う。もはや咲夜には呼吸の余裕すら与えられない。これが妖怪ならばまだしも、咲夜はただの人間である。流石にもう耐えられまいと感じ、衣玖は訊ねた。
「……負けを認めるなら、膝をつきなさい。水のようにへりくだることを恐れてはいけません」
倒れようとした体を、咲夜は無理に押しとどめる。途端、咲夜の目は紅く輝いた。
時符「プライベートスクウェア」
スペルを宣言すると、咲夜はゆっくり崩れ落ちた。膝はついているが、膝をついた時間は咲夜だけの物だ。これは負けではない。
咲夜は上がった息を整えながら、天上を見上げた。大穴が随所に空いており、よく見ると咲夜がいた場所以外にも落雷があったようだ。シャンデリアの周りにボコボコ穴が空いており、ともすると落ちそうだった。
呼気が整い、咲夜は立ち上がった。幾つかナイフを取り出して、衣玖の眼前に設置する。
十本ほど設置した時、咲夜の足下が白く光った。
「え……?」
まだ、時は咲夜の物であるはずなのに。
パチュリー・ノーレッジは廊下で度重なる落雷に「うー」するレミリアを発見していた。
「怖いの?」
一分の隙もないしゃがみガードに向かって冷たい視線を投げかけると、レミリアは半泣きでしかも怒りながら返した。
「一発二発なら怖くない!」
思い返せば、レミリアは衣玖に勝ったことがない。『ひこう』は『でんき』が弱点だとは言え、それ以外にレミリアが負ける要素は無いはずなのだが、しかしレミリアは「うー」だった。
「そんなレミィにいいものがあるわよ」
「何?」
パチュリーは腋巫女の針を召喚した。
「これを頭に」
「これで私も今日からフィーバー! ってコレ避雷針でしょ!? 吸血鬼なめてんの!?」
「日光以外でも灰になるか実験したいんだけど」
「なるからね? パチェが想像してるより容易くなっちゃうからね?」
「どれどれ」
日木符「フォトシンセシス」
「人の話を聞いてた?」
「いいえ。私が聞いてたのは吸血鬼の話を面白半分だけ」
「揚げ足取った上に、結局聞いてない……というか、聞いてないよりたち悪い……」
「それよりご覧なさい。我らが天蓋を」
パチュリーのスペルは室内使用可であるはずだが、発動する兆しがない。そもそも発動していたらレミリアがただでは済まない。
「パチェのスペルより竜宮の使いの作った場の方が強いってことね。そういえば、屋根の上で館の防衛するって言ってなかったっけ。終わったの?」
「諦めたわ」
「えっ……私の館……」
「無理だった」
「紅魔館が火事で真っ赤って、洒落にもならないよ」
「別に良いじゃない。スカーレットなんだから」
「何が良いのよ。逆に訊きたいよ」
「さて、妹様を避難させないと……」
「わあ、全焼前提」
「まあ、『ジェリーフィッシュプリンセスver無限増殖』を幾つか配置したから火災にはならないでしょう」
「そんな便利なスペカがあるの?」
「正確には、『ジェリーフィッシュプリンセスver無限増殖by小悪魔』」
「結局他人任せか」
「落雷が危険だったから。天人は程なく感電死したし、私も小悪魔だけ置いて避難してきたのよ」
「天人は死んだのか。自己紹介する前に逝っちゃったな」
「いや、雷に打たれてびくんびくんしてた」
「そりゃあ、電気を貰ったらそうなるでしょ」
「笑いながらよだれ垂らして」
「撤回するわ。それは確かに人として死んでるね」
「自己紹介する前にイっちゃってたわ」
「自己紹介したくないよそんなのに」
「そういえば、咲夜が時を止めてたわね。室内の時を」
「あー……『プライベートスクウェア』でしょ? あれにしちゃったの?」
「止まるのは室内の時。外の時は止まらないし、雷も止むことはない。外部の時と室内の時との断層に雷が溜まっていくわけだけれど、あまり溜まりすぎると、雷は時を破壊して突き抜けていく。時を追い越せるのは運命以外にないけれど、光や電気は時に追いつくことができるから。光速で動く物体には時が干渉しないのと同じように」
「咲夜のあのスペルは、霊力消費を抑えたスペルだからね。室内に限定にすることで人間の身の丈にあった霊力消費に留めることが出来た。だが、今回はそれがアダになったか」
「レミィはまだ勝算があると思うの?」
「fatal(致命的)の名詞形はfatality(事故)だしね。それでもまだ、咲夜にはアレがある」
「どこぞの吸血鬼が使った最強の幽波紋?」
「更に、この状況下なら、咲夜はもう一つ必殺技を繰り出せる」
「なるほど、まさに青いバラの花言葉通りね」
十六夜咲夜は第十一の落雷をその身に受けていた。回避行動中途に受けたので、威勢良く転がってしまう。
咲夜は困惑した。止めたはずの時空に亀裂が生まれている。まるで衣玖を守るように断層は広がり、やがて配置したナイフも地に墜ちた。
スペルカードブレイク。時は巡り戻る。咲夜は土壇場にナイフを投擲した。衣玖の右手側に転がっていたので、回避はしづらいだろう。ナイフの叩き落としに衣玖の行動が消費されるのであれば、僥倖だ。
衣玖は忽然と消えた咲夜の姿がどこにあるか把握していた。時止めが終わるや否や衣玖は咲夜を発見し、鋭く睨み付ける。
「えっ?」
咲夜は思わず声を漏らした。風をまとった羽衣に届くその前に、ナイフが上へ飛んでいってしまったのである。何かに吸い寄せられるようにして、ナイフはシャンデリア付近の天井に刺さった。
「龍の力場の前にはあらゆる金属が効力を失います。もはや、貴方の打つ手はありません」
度重なる落雷により、ロビーには電場が発生していた。ここで咲夜は、自分の髪が逆立ち始めていることや、スカート下のナイフが持ち上がり始めていることに気付く。
衣玖の言葉通り、咲夜に打つ手はない。直接攻撃は届かない。投擲攻撃も届かない。時止めには干渉してくる。落雷を避けながら衣玖の攻撃を避けるのは難しい。
「貴方はチェスや将棋でいう『詰み(チェック・メイト)』にはまったのですよ」
第十二の落雷の兆候が咲夜の足下に現れる。咲夜は立ち上がり、衣玖の右側すぐ近くに飛び跳ねた。
近付いてくるとは思っていなかったのか、衣玖は体を強張らせた。落雷は咲夜の残像を直撃する。咲夜は足にスナップを利かせ、振り向いた衣玖の更に右へ跳ね回る。
咲夜は死角を作りたかった。衣玖の動きは鈍重だ。見えない位置への突然の移動によって、困惑させることが目的だった。
衣玖は、しかし戸惑わない。冷たい顔を咲夜に向け、振り向き様に長い袖を咲夜の胸部に突き刺した。
咲夜の体は宙に舞い、数間先まで吹っ飛ばされた。空で一回転し、地面に叩きつけられる。逼迫した状況下での無理な筋肉の所作によって、既に咲夜の呼気は乱れていた。そこへ、肺に強烈な衝撃が加わったのだ。咲夜の意識は、数瞬途絶えた。
咲夜はうつ伏せで倒れたまま動かない。衣玖は落雷を中止した。これ以上は命に関わると判断してのことだ。
「大丈夫ですか」
咲夜は気が付き、腕だけで上半身を持ち上げる。苦々しく顔を上げると、衣玖が近付いて来た。
負けでもいい。今はただ、休みたい。そんな思考が毒のように咲夜の頭を蝕んでゆく。咲夜は強く拳を握って、それを振り払った。
「まだ……負けては、いませんわ……」
ふう、と衣玖は溜息を吐く。衣玖はまだ、咲夜がなぜここまで執拗に勝ちにこだわるのか知らなかった。
「命あっての物種といいますし、そろそろ諦めて……」
衣玖が咲夜に諭そうとしたその時、銀の流星が衣玖の体に突き刺さった。咲夜も衣玖も、呆然となる。
それはナイフ。咲夜が苦し紛れに放って天井に刺さった、銀のナイフだ。
そして咲夜は確信する。運命が咲夜に味方しているのだと。
咲夜は思わずあのセリフを呟いた。
「時よ止まれ、君はいかにも美しい(Verweile doch, du bist so schoen.)」
「咲夜の世界」
世界が灰に塗り代わる。咲夜だけの『世界』を時空の狭間にねじ込んだ。衣玖も、龍神ですら、誰一人として干渉してくることのない完全なる『世界』。
運命は残酷だ。戦わぬ者に微笑むことはない。
不可能は、努力で覆すことが出来る。かつて作ることの出来なかった青いバラは、不断の努力によって生み出すことが出来た。
かくして、青いバラの花言葉は、『不可能』から『奇跡』に転じた。
咲夜はありったけのナイフを衣玖の眼前に敷き、飛行した。
比那名居天子がロビーに訪れたその瞬間、悲惨極まる光景が展開されていた。
不可避のナイフの壁が衣玖に向かっている。しかも衣玖は、まるで時を奪われたかのように動かない。驚いた表情をしながら、身を強張らせているだけだ。
その硬直はスペルカードによる物ではない。思わぬ所からの『痛み』と『驚き』が体を凍らせたのだ。
全てのナイフを打ち落とすことは出来なかった。まるで意志を持っているかのように、円の中心を狙ってくるのだ。
「ジャック・ザ・リッパー」
数十のナイフが衣玖の体を裂いた。即座に打ち落としたナイフは、配置されたナイフの半分ほど。随分と被弾してしまった。体は悲鳴を上げ、動くことすら億劫だ。
衣玖は、咲夜がどこに居るか解らなかった。気流を読めば解るのだろうが、衣玖にその余裕はなかった。だから、『ジャック・ザ・リッパー』が、実はもう一つのスペルを兼ねていることに気が付けなかった。
奇術「ミスディレクション」
気付いた時にはもう遅い。衣玖は、足下に広がる黒い影が大きくなっているのを見、顔を上げる。
シャンデリアが降っていた。
咲夜は解っていた。投げたナイフが上に行くと言うことは、天井と地面では携えている電気の種類が違うと言うこと。電場では、異なる種類の電気が引き合い、同じ種類の電気は離れ合う。例えば天井が負の電気を持っていたとすれば、咲夜の持っていたナイフは正の電気を持っていたと言うことになる。ナイフは天井に刺さり、天井からナイフへ負の電気が流れ込む。刺さったナイフは刺さり続けることなく負の電気を受け取り続け、やがて正の電気を帯びる地面に引かれて急速に落ちてゆく。
天井に備え付けられているシャンデリアは、必然的に負の電気を帯びている。鎖を外してやれば、重力加速度を大きく超えた加速度で落ちるのだ。
そして、幾つものガラスが粉砕される音が鳴り響く。ロビーには大きな振動が伝わっていった。金属はあらぬ方向にねじ曲がり、散ったガラス片が粉塵となって舞い上がる。
信じられない光景に言葉が出ずにいたが、紅い液体が金属に付いているのを見て、天子は叫んだ。
「衣玖!」
天子はその下に駆け寄った。シャンデリアに乗っていた咲夜は、天子を一瞥し、その場から離れた。
泣きそうな顔で、天子はシャンデリアを持ち上げて放り投げた。下には、血まみれの衣玖が横たわっていた。
「衣玖! 衣玖っ!」
羽衣が散々に千切れ、ぴくりともしない衣玖の双肩を掴み、強く揺さぶった。涙が零れそうで、咄嗟に衣玖の胸に顔をうずめる。すると、天子の背中に優しげな手が伸びた。
「総領娘様……? もうすぐ終わりますから、少しだけお待ち下さいね……」
掠れ切った衣玖の声。天子はそれを遮った。
「もういいよぉ! 友達なんて、もうどうでもいいから……!」
衣玖は上半身だけ起きあがらせて、天子を抱きしめる。血の香りと、仄かに桃の香りがした。
「……そうですか。なら、ますます負けるわけにはいきませんね」
雲界「玄雲海の雷庭」
夥しい電線が咲夜の八方を塞ぐ。雲の上で発動した時よりも遙かに数が多い。咲夜の顔、腹、足、及び袈裟の部位に電線は伸びていた。
避けようが無いどころではない。どこへ移動しようと致命傷は避けられない、反則スペルだ。
衣玖は天子を抱く力を強めた。
「……通電します」
空気を細切れにせんばかりに、縦横無尽の雷が駆けてゆく。咲夜は避けきれず、あちこちが感電した。電気に耐えきれない白い肌には既に多くの焼痕と切り傷が出来ていた。落雷に比べればずっと電圧は低いが、全身から感電してゆくので筋肉がしばらく硬直してしまう。
キュウ、キュウと衣玖が絞られた呼吸をし始めた。天子を抱える柔らかな手が震えている。
「衣玖、もう……」
「大、丈夫です総領娘様……私の隣にいれば、感電はしません……」
「違う! 私のことじゃない!」
衣玖は破顔する。しかし、迫り来る咲夜を横目で捕らえると、衣玖は呼吸をやめた。
険しい顔で、衣玖は第二の通電を開始する。咲夜の振りかぶったナイフは、あわや衣玖の肩に当たらんとする所で静止し、咲夜本体もその動きを止めた。
天子は咲夜への敵意を剥き出しにし、衣玖から離れて剣を構えようとした。しかし、その所作は衣玖の手に阻まれた。
「放しなさい、衣玖! 私が出るわ!」
衣玖は頑なに天子の体を締め続ける。とうから衣玖には天子の声が届いていないのだ。
「終いよ! 勝負は決した。メイドの勝ちで良いから、早く衣玖を休ませて……」
そう言って咲夜の方を見ると、天子はロビーの異変に気付いた。
通電が止んでいない。電線はいつまでも咲夜の四肢を絡め取り、電気を流し続けていた。
衣玖は、通電の度に苦しそうな顔をしていた。この様に長く電気を流すのは、どれほど負担になるのだろう。衣玖はどうして、失神してまで命を削るのだろう。
衣玖の両手がその理由を告げていた。気を失ってなお、大切なものを守ろうとしているのだ。天子は、ちぢれた羽衣の端を強く握った。
天子の眼前には、血眼で歯を食いしばり続ける咲夜の姿があった。程なくして手からナイフが零れ、咲夜は白目を剥いてその場に倒れた。
天子はゆっくりと、腰から緋想の剣を取り出し、宣言する。
「勝負はドロー。二人とも、良くやったわ」
気符「天啓気象の剣」
天候:雷を強制終了。天子は衣玖の腕から脱し、二人を引きずってレミリアの元に運んでいった。
薬師:八意永琳は紅魔館の庭にて、もてなしを受けていた。
「え、咲夜が? じゃあ後でお見舞いに行こう」
庭に行く前、薬代に見合わぬ謝礼について理由を尋ねてみたが、明確な回答は得られない。吸血鬼の妹に聞いたのが間違いであったのかも知れないが。
「今日は魚料理かしら」
かといって知識人はあてにならないし。
「それより見た? あのロビー。修繕に兎の手も借りたいぐらいよ」
館の主もまた然り。
「食事会!? あの、私も参加……出来ませんよね。ごめんなさい」
門番には謝られるし。
「良いじゃないの。桃が出ないなら」
と、頭に桃を乗せたよく解らない人間らしきものに訊ねた所でやはり時間の無駄であったので、仕方なく、患者に尋ねてみた。
患者の一人は早くも職場に復帰しており、永琳が訊ねたのも、この食事会の準備の最中であった。患者はにこりと笑って言う。
「言われたのですよ。いつか私の料理が食べたいと。天界人を招くのには苦労しましたがね。これだけの人数なら一人増えた所で支障ありません。どうぞ、おくつろぎ下さい」
そうしてパーティーが催された。妖精メイドが右往左往しながら絢爛華美な料理の数々を運んでゆく。
永琳が酒を嗜んでいると、遠くのテーブルから罵声が飛んできた。
「何ですって!? もう一度言ってみなさいヘタリア!」
「ええ言ってやるわ、この絶壁が!」
「はあ? 貴方は鏡も見たことないの?」
「この⑨め! 吸血鬼は鏡に映らないんだよ、知らないの?」
「し、知ってたもん! この天人が知らないことなんて何一つないわ!」
「知らなかったでしょ。やっぱり⑨ね」
「⑨って言った方が⑨なのよ!」
「あ、⑨って言った。ほら見なさい、あんたが⑨よ!」
「貴方なんかうーうー言ってるだけでカリスマの欠片もないじゃない!」
「言ってないわよ、それは所詮二次設定でしょ!」
「たーべちゃーうぞー」
「五月蠅い五月蠅い! あの時は魔が差しただけよ!」
「五百年も生きてるとやっぱりボケが出てくるわねえ、この『全世界ナイトメア』」
「か、格好いいでしょ」
「黙りなさい『レミリアストーカー』」
「う……そ、それは、ブラム・ストーカーから取ったのよ!」
「『不夜城レッド』『ヘルカタストロフィ』」
「うー……」
レミリアがしゃがみガードをすると、天子とレミリアの間に二つの影が割って入った。
かたや瀟洒に主の涙を拭き拭き。
「大丈夫ですよお嬢様。格好良いです」
「うう……咲夜ぁ……」
かたや空気を読みながら。
「案ずることはありません総領娘様。いつか、成長期が訪れます」
「衣玖、それ、ほんと!?」
瀟洒な従者と緋の衣が向き合った。罵詈雑言の応酬かと思われたが、そんなことはなく。
「総領娘様がとんだご無礼を」
「いえいえ、お嬢様も少し言い過ぎでしたわ」
会話が幼稚園父母の会のそれである。
「とても美味しい料理でした。貴方が周りから好かれるのも、納得ですわ」
「由があれば、是非紅魔館にお越し下さい。趣向を変えたお食事でもてなします」
「それはありがたい。地上に行く楽しみが増えました。総領娘様も同行してよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
保護者の後ろのカリスマ達は異口同音に反対する。
「嫌よこんな吸血鬼と物食べるのなんて! 桃の方がまだマシ」
「こちらから願い下げよ! あんたらなんか門前払いだ」
カリスマは揃って「べー」と嫌悪を露わにする。その様子を射命丸が滝のようにバャシャバシャ撮っていた。
「コレはスクープですね! 見出しは……そうですね、『地に墜ちたカリスマVS有頂天(笑)』。これでいきましょう」
と、のたまう射命丸が抱えるカメラをキュッとしてどかーんする狂気の妹。
「竜宮の使いって言ったっけ。咲夜の次は、私だよ」
「それはそれは丁重にお断りさせて頂きますわ」
レミリアが唸る。
「私は? その間に私、カリスマな私が!」
天子が吼える。
「ネーミングセンスのない⑨なんて二ボスでもやってればいいじゃない」
「なによ絶壁が!」
再び狡い小競り合いが始まる。いつの間にか永琳の隣にいたパチュリーが語り出した。
「竜宮の使いの口添えでね。妹様も天人に会わせてやって欲しいって頼まれたのよ」
「随分こだわるのね。なんなら、私の所の姫も紹介してあげようかしら」
「その為に呼んだのよ」
「成程。道理ね」
その夜の喧騒は途絶えることなく。三日三晩の宴会は他所からも人妖問わず入り乱れ、天人は絆と溝を深めていった。
かくて咲夜は天人と竜宮の使いに料理を振る舞うことに成功し、衣玖は天人を幻想郷の人妖と親しくさせることに成功した。
十六の月の夜、二人は上司の雑言を背に杯を交わした。
なにせ緋想天では衣玖さん使いだから。
「ですわ」「ますわ」はないと思われる。はい。
偉そうにごめんなさい、うなぎでも食べときます。はい。
衣玖と咲夜さんのバトルなども良かったと思います。
けど、戦い終わって結果はドローだったけど……
宴会は良いのですけど、二人が気が付いてから何があって
今の状況になっているのかが抜けているような……。
それと誤字ですが、「初登校」じゃなくて「初投稿」です。
なにげないところが面白いだけに本当に残念。
でもどうせやるんだったら、
スペカは最初から最後までオリジナルか原作か一方に沿って欲しかったような。
…初登校はそのままにしておけば面白…いえ、なんでもないです。
しかし面白かった、次からは名前読みさせてもらいますよ
初投稿でこれだから期待値大きいでしょうし