「くっそ…まさか咲夜のが早いとは…。」
紅魔館に着くなり魔理沙がぼやく。それもそうだろう。自信のあったスピードで咲夜に負けたのだから。
どんよりと暗い顔でぐちぐち呟く。
「飛ばしても飛ばしても咲夜との距離が縮まらねえ。咲夜、永夜の時は手抜いてたな?」
「そんな訳ないでしょ。鬱陶しいからタネ明かしするわよ。っていうか貴女も気づきなさいな」
しれっ、とした顔で咲夜が、しゃらん、と月時計を取り出す。
魔理沙がハッとして、
「おま、時止めて飛んでたな!」
「そういうこと。速度は間違いなく貴女のが速いから安心なさい」
「そうだよな。そうだよな。道具使われちゃ勝てないよな」
途端に機嫌の良くなる魔理沙。
実際、魔理沙も箒という媒介を使って飛んでいるため道具という点では人のことは言えないのだが。
魔理沙は箒無しでも空は飛べる。ただ「魔法使いは箒で飛ぶもの」という美学から箒で飛んでるに過ぎない。
そして実際、箒を使った方が速度が速い。そして長く使い込んだお気に入りの箒ほど速度も上がる。
なので、箒を替えたりするとスピードががくっと落ちたりもするものだが…。
単純なスピードのみで、そのあたりは考えていないようだ。
「と、そういえば門番の姿が見えないな」
「あら、ホントね。今度は何処にいったのかしら」
キョロキョロと周りを見回す魔理沙。その言葉を咲夜は大して驚きもせず肯定する。
紅魔館に門番がいない事は実は結構ある。3食の時間とおやつの時間と…後は勝手に図書館にいたりとかもする。
今回もどうせ夕飯でも食べてるんだろう。と、咲夜は紅魔館のドアを開いた。
「…妙だな」
紅魔館の入り口から続く長廊下。魔理沙が怪訝な顔で呟く。
「そうね…静か過ぎるわ。って、住人でも無い貴女が先に言わないでよ」
「そこはほら、勝手知ったるなんとやらだぜ」
「まあ、いいわ。メイド達がこの部屋にいるはずだから話を聞いてみ…」
言いかけて咲夜が息を呑む。
メイド達の待機室。いつもなら妖精メイドが何人もいるはずの部屋だ。
しかし、そこにいるはずのメイドの姿は無かった。
代わりには見たこともない幾つもの棺桶が不気味に佇んでいた。
「おい…お前のトコのメイドは棺桶で眠るのが普通なのか?」
「馬鹿なこと言わないで。そんな訳ないわ」
しばしの沈黙。状況を理解しようと二人とも必死だったのだろう。
先に動いたのは咲夜だった。部屋から駆け出しながら魔理沙に向かって叫ぶ。
「私はお嬢様の部屋に向かうわ。魔理沙、貴女はパチュリー様とフランドール様の部屋を見てきて頂戴」
「分かったぜ。フランはどっちにいるんだ?部屋か、地下室か?」
「おそらくお部屋だと思うわ」
「了解」
魔理沙も遅れて部屋から飛び出す。
紅魔異変で霊夢と魔理沙と出会い、フランは段々と自分の力が制御出来る様になっていた。
そして、もう閉じ込める必要もないと判断したレミリアによって新しい部屋が与えられていた。
ただ頑丈な地下室も弾幕ごっこ用にしっかりと残されているのだが。
「無事でいてくれればいいんだがな…」
そう呟いて魔理沙は勢い良くフランの部屋の扉を開けた。
咲夜は紅魔館の階段をひたすらに上っていた。
レミリアの部屋は当然のように最上階にある。時を止めるのを忘れるほどに、咲夜はただただ最上階を目指していた。
ようやく主の部屋の前に辿りつくと、慌しく部屋に飛び込んだ。
「お嬢様!ご無事ですか!?」
『なあに?騒々しいわね…咲夜』
…期待したその台詞は返ってこなかった。
そこにあったのはまるで血の様に紅い色をした棺桶だけだった。
「お、譲様…」
変わり果てた主の姿に咲夜はしばし呆然とする。
ハッ、と我に返ると棺桶に駆け寄り、棺を開こうと蓋に手を掛けた。
が、棺の蓋はビクともしない。まるで釘で打ちつけられているようだ。
「あー、開かないだろ。ソレ」
「魔理沙!中にお嬢様が!」
珍しく取り乱した咲夜がヒステリックに叫ぶ。
だが魔理沙はあくまで冷静に、
「ああ、知ってる。パチュリーとフランも同じ状態だったんでな」
「何で…こんな事に…」
「大体見当はついてるが…咲夜。今何時だ?」
魔理沙が咲夜の月時計を覗き込む。
ようやく平静を取り戻してきた咲夜が月時計を魔理沙に向ける。
時間は刻一刻と1時間の時間制限に近づいていた。
「ただ、とにかくもう時間がない。詳しい理由は後で説明する。
ある程度調べた結果この棺桶は強い魔力を帯びている。
さっき実験してみたんだが、外部からの攻撃は一切受け付けないかった。
開かないのも実証済みだ。取りあえず紅魔館は心配ないだろう」
それを聞いた咲夜が真顔で魔理沙を見つめる。
「みんなが大丈夫だという保障と、こうなった状況の説明は貴方が責任持ってくれるのよね?」
「それに関しては保障するぜ。まずは香霖堂に戻らないと。遅れると霊夢が五月蝿いからな」
「分かったわ。…戻りましょう」
不承不承咲夜が頷く。部屋を出て屋上に向かう二人。静か過ぎる紅魔館に足音だけがやけに大きく響く。
屋上に出た途端、すぐ横の大時計の鐘が大きく鳴り響いた。
「ち、やっぱり日が沈みかけてる。急ぐぜ」
太陽の光を闇と月光が飲み込みかけている。
紫の話通りならば月夜を飛ぶと異変を受けた妖怪にあう確率が非常に高いだろう。
二人は日が沈む前に、と香霖堂にむけて全速力で紅魔館を飛び出した。
夕焼けが消えかけた空から霊夢と妖夢が香霖堂の前に降り立つ。
「さて、まずは霖之助さんの状況を確認しなきゃね」
カラカラ…。意外にも扉は施錠されてはいなかった。
薄暗い店内。店主の姿はない。それどころか灯りすら灯っていない。
相も変わらず怪しげな商品だけがぼんやりと霊夢の目に映った。
「店は開いてるのに、いないってのはどういうことよ。霖之助さーーーん!いないのーーー?」
霊夢のドでかい声が店内に響く。妖夢にいたっては頭を下げて耳を塞いでいる。
と、店の奥にうっすらと灯りが見えた。そして姿は見えないが、店主の声だけが細く答えた。
「その声は…霊夢だね。何か用かい?すまないが用があるなら地下室の方に来てくれないか?」
「地下室?そんなところあったのかしら」
二人は足元に注意しながら店の奥へと進んでいく。
わずかに灯りが漏れている場所には梯子がかかっており、それが地下室へと続いていた。
「広っ!」
これが地下室を見た霊夢の第一声だった。
実際、地下室は上の店部分の3~4倍程の広さがある。
外周にはどっさりとよく分からないモノが置いてあり、店の倉庫といった感じだ。
その部屋の中央。店の主、森近霖之助が椅子に座って本を読んでいた。
本から視線を霊夢に向けると、
「僕の蒐集物も置いてあるからね。広いのはそのせいだよ。
…おや、霊夢だけかと思いきや珍しいお客さんもいるね」
「…今日はこき使わないで下さいね」
以前、妖夢は香霖堂にきたことがあり、色々あった後結局雪かきをさせられた経験がある。
「それは用件次第だな。どうせ異変のことで来たんだろう?」
「そうだわ。霖之助さんは異変の影響は受けていないの?」
「幸い、八雲紫に忠告されてね。ほぼ地下室にカンヅメだがお陰で影響は受けていない。
それに僕は妖怪と人間のハーフだからね。純粋な妖怪よりは影響を受けづらいのさ」
香霖の言葉に霊夢が不思議そうな顔で聞き返す。
「それを言ったら妖夢だって半霊だけど平気で動き回っていたわよ。霖之助さんとは違うの?」
香霖が読んでいた本を閉じる。そして立ち上がってその本を本棚に戻しながら、
「ああ、違う。半霊は『人間』部分と『幽霊』部分が完全に分かれているが、今回の異変で重要なのは視覚だ。
基本的に光を感じる視覚を持つのは『人間』部分だけだろう?今回の異変は人間には効かないようだしね。
ただの幽霊ならば光を感じる部分も幽体が持っているが、半霊は基本的に人間側が得た視覚情報で幽体側も動いている。
故に今回の異変では例外的に影響を受けないんだよ」
「へぇー、そうだったの。らしいわよ。妖夢」
「全然知りませんでした…無意識で動かしてますからね。この子は」
妖夢が自分の半霊をまじまじと見つめる。半霊が照れるようにぴょこぴょこと動く。
そんな妖夢と霊夢を香霖が交互に眺める。
「ところで、二人で異変解決に向かってるのかい?珍しい組み合わせだけど」
香霖の問いに霊夢がひらひらと手を振りながら、
「いえ、魔理沙と紅魔館のメイド長も一緒よ。紅魔館に別行動で向かわせたの。
レミリアが無事なら紅い霧で異変の進行を止めれるかな、って」
「なるほど。光を遮れば取り合えず現状維持にはなりそうだね。紅魔異変の再来になるけど」
「そういうこと。それにしてもそろそろ戻ってきてもいい頃なのだけど…」
ガラガラガラ。噂をすればなんとやら。上の店の戸が開く音がした。
「おや、誰もいないぜ?」
「でも霊夢たちが先に来ているはずでしょう?」
「ここにいない、って事は倉庫にいるのか」
どうやら魔理沙は地下倉庫の存在を知っていたらしい。
迷うことなく、梯子に辿り着き咲夜ともども霊夢の前に姿を現した。
「おう。ただいま。香霖も久しぶりだな」
「勝手に上がりこんで失礼致します」
「場合が場合だからね。気にしなくていいよ。
もっとも気にしてるのは君くらいのもので、霊夢と魔理沙にいたっては家同然だからね」
妖夢が申し訳なさそうに霊夢の後ろでもじもじとしている。
霊夢と魔理沙は何を今更、といった様子で勝手に淹れた茶を啜っていた。
さて、と霊夢が湯のみを置いて魔理沙に向き直る。
「さ、魔理沙。説明して頂戴。紅魔館の状況について」
「そうだな。香霖も聞いてくれ。取り合えずレミリアに霧を出してもらう事は不可能だった。実は…」
魔理沙が紅魔館の状況を淡々と語った。全ての住人が棺桶になってしまっている件についてを。
「と、いったところでな。レミリアに頼める状況じゃなかったワケだ」
「…そう。一体何があったのかしら」
「魔理沙。貴方、詳しい説明をしてくれる。と言ったわよね。大体の状況は分かっているのでしょう?」
咲夜が体を乗り出して魔理沙にくってかかる。
現在、みんなは香霖が本を読んでいたあたりに円形に座っている。
咲夜の問いに、魔理沙は隣の香霖を見上げて、
「私の予想だけでお前に信じて貰えるかが不安だがな。そうだ、香霖。お前の予想も一緒に聞かせてくれ」
「僕の?何の予想だい?」
「紅魔館棺桶事件の犯人だ。皆を棺桶にしたヤツの名前でいいや」
「話を聞いた限り、でいいんだね?」
それじゃ、せーの。で、と魔理沙がタイミングの打ち合わせをする。
霊夢は関係無さそうに茶を啜っている。紅魔館に関しては聞き役に徹するようだ。
妖夢と咲夜は息をのんで二人を見つめていた。
「せーの」
『レミリア』
魔理沙と香霖の声が綺麗に重なる。
その答えに対し、霊夢は片眉を上げただけだったが、咲夜が席を立って反論する。
「何ですって!お嬢様がやったっていうの!?」
「あー、落ち着け落ち着け。ちゃんと説明するから」
反応を予想していたように咲夜をなだめる。
「棺桶を調べた結果、まずはかなりの魔力で護られている事が分かった。
外部からは攻撃を受け付けないし、開くことも出来ない。それをあの数だ。
これには相当な魔力がいる。そこいらの雑魚の仕業では無いのは確かだ。
それでは、紅魔館の住人を動けないように封印する理由はなにか?」
答えを周りに求める魔理沙。それを受け、香霖が言葉を継ぐ。
「十中八九、今回の異変がらみだろう。但し、異変は簡単に言えば『好戦的になる』ものだ。
動けなくしてしまっては元も子もない。つまり、この紅魔館の状況は異変から護る為に行われた。そう考えるのが普通だろう」
「その通り。つまり紅魔館の住人に異変の影響が及ばないように棺桶にしたワケだ。
そんな事をする理由を持ち、相応の力の持ち主。間違いなく紅魔館の城主、レミリアの仕業だろう。
勿論、レミリア一人なら異変の影響なんざどうとでもなるんだろうが、
住人全員となるとここまで大仰な手段を取らざるを得なかったんだろうな」
魔理沙の説明に納得したのか咲夜が、とすっ、と力無く席につく。
「それにしたって…私に一言あっても…」
「それは君があのお嬢様に相当気に入られてる証拠だね。聞いた話では君に『異変を解決しろ』と言ったのだろう。
君なら間違い無く異変を解決する。という信頼の表れじゃないか。
それにしても、他人に異変解決を任せるとはね。彼女は吸血鬼としてのプライドよりも紅魔館の主としての役割を選んだワケだ。
自分の代行者として君に全てを託してね。あのお嬢様が丸くなったのか、よほど君を信頼しているのか」
「お嬢様…」
力なさげに呟く咲夜だが、その目には決意に色がハッキリと浮かんでいる。
どうやら異変解決に向けて本気になったようだ。レミリア至上主義の咲夜からすれば当然の事だが。
「ま、紅魔館についてはよく分かったわ。霖之助さんの無事も確認したし…」
聞き役だった霊夢が再び指揮を執り始める。
「次に必要なのは街の安全の確認と装備の補給ね。装備のほうは霖之助さん。頼りにしてるんだけど」
「こんな事態だからね。覚悟はしているよ。霊夢にはお札と針。メイド長さんには銀のナイフかな。
半霊さんには何がいいかな…ヒヒイロカネの剣なら磨いてあるが…」
香霖が倉庫の在庫をごそごそと探る。その手には眩い煌きを放つ剣が握られていた。
「そんな国宝級の剣を雑貨と一緒にしとかないで下さいよ」
妖夢があきれ顔で香霖を見つめつつ丁重に剣を遠慮したところで、魔理沙が横から香霖にしがみつく。
「私には?何か無いのか?グリモワールとかマジックアイテムとか?」
「魔理沙にかい…?そうだなあ、じゃあ八卦炉を強化してあげよう。一晩預けてくれるかい?」
魔理沙がわざとらしく、しかめっ面を作って、
「えー…預けるのか?まぁいい。ちゃんと強化して返してくれよ」
「任せてくれ。さて…。霊夢、君が持っているのは鬼の瓢箪だろう?」
出掛けに萃香から貰った瓢箪は霊夢の腰にぶら下がっている。
霊夢がそれを、ひょい、と持ち上げる。
「よく気づいたわね。萃香が出掛けにくれたのよ」
「それを代金代わりに僕にくれないか。ちょっと試してみたいことがあるんでね」
「コレを?んー…萃香から貰ったものだけど、他に役に立ちそうもないし。まぁいいわ」
瓢箪を受け取った香霖がニッコリ微笑む。
霊夢は瓢箪を渡すやいなや神具の物色を始めた。
そんな様子を見ながら魔理沙が、うーん、と伸びをして袋を片手に立ち上がる。
「香霖。台所借りていいか?」
「構わないが、食材がそんなにないよ」
魔理沙が手にした袋を香霖に向けて突き出してニッと笑う。
「それは大丈夫だ。紅魔館から大量に仕入れてきたからな。感謝しろよ?」
「そんな事してたの。貴女?」
「気にするな。腐らせるよりはいいだろう?咲夜も夕食作り手伝え」
「全く…」
二人は梯子を上って台所に向かっていった。
「せわしないわね」
そう呟きながらも、霊夢の物色する手は止まっていない。
香霖は早くも八卦炉をいじり始めていた。
手持ち無沙汰の妖夢がぼんやりと空を見上げる。
「幽々子様は大丈夫でしょうか…食事…」
そこには大飯食らいの主を本気で心配する、健気な従者の姿があった。
こうして魔理沙の作った鍋を囲み、四人+1の一日目の夜はゆっくりと更けていった。
翌朝、出発する四人を目に酷いクマを作った香霖が見送る。
「街に行ったら一度戻ってきてくれるかい?まだ調整が終わってないんだが、渡したい物があるんだ」
「それはいいけど…その酷い顔は何なのよ」
「八卦炉の調整に時間がかかってね。一睡もしていないんだ。ほら、魔理沙」
差し出された八卦炉を魔理沙がまじまじと見つめる。
「少しデザインが変わったな。何が変わったんだ?」
「一応、出力を120%に強化してある。それと、新機能を追加してあるが…発動が不安定でね。
よほど本気にならないと発動しない。そっちについてはあまり期待しないでくれ」
「ふーん。ま、強力になったならいいさ」
ごそごそとポケットに八卦炉をしまう。手渡した香霖は霊夢に向き直り、
「ここから街までは空を飛んでいかないほうがいい。情報によると空は異変を受けた妖怪だらけだそうだ」
「歩いて行けって言うの?何日かかると思ってるのよ」
「それなら私が近道を教えてやるぜ。魔法の森は私の庭みたいなもんだ。
森の中を低空飛行していけば問題ないだろう?」
霊夢は怪訝な表情でしばらく魔理沙をじっと見つめていたが、任せるわ、と手をひらひらと振って黙ってしまった。
咲夜と妖夢も特に異論はないようで、一向は森の中に飛び込んでいった。
飛行テクニックは4人とも流石のもの。魔理沙の先導する道はお世辞にも道とは言えないルートだった。
にもかかわらず、迫りくる木々をひらりひらりかわしながら魔理沙の後について行く。
半刻ほども飛んだだろうか、急に開けた場所に出た。途端、魔理沙が飛行を止める。
日の光が燦燦と降り注ぐその場所には、ひっそりと一軒の家が建っていた。
霊夢がやれやれ、と言った表情で溜め息を吐く。
「やっぱり、アンタここに向かってたのね」
「あら…お客さん?随分大所帯で来てくれたのね。おもてなしが間に合うかしら」
「悪い、霊夢。どうしても…コイツを放っておくわけにはいかなかったんだ」
家のドアから現れたのは無数の人形を纏う七色の人形遣い、アリス=マーガトロイドの姿だった。
目を閉じるようにニッコリと微笑んでいる。
「いよう、アリス。調子はどうだ?」
「調子?そうねえ。良いか悪いか…貴女自身で確かめてみれば!」
そう言って見開いた瞳の色は紅かった。異変の影響を受けてしまっている証である。
「お前ら、ここは私一人に戦わせてくれ!」
「無茶言わないで下さい!相手は異変の影響を受けてるんですよ。みんなで…」
「いいんじゃない。好きにしなさいよ」
妖夢のセリフを遮り、霊夢がしれっと言い放つ。
「霊夢!?」
「ここに来たのだってアイツの暴走のせいだし、私たちが手出す義理も義務もないでしょ」
「トゲのある言い方だが、話が分かるじゃないか」
既に魔理沙はアリスの弾幕をかわしながら話している。
但しアリスはまだその場から一歩も動いてはいないが。
「お話は終わったかしら?それじゃあ、本気で遊びましょう。スペルカードセット!」
アリスの目の前でスペルカードが光る。
弾が多い!いつも弾幕密度の数倍はある。セーブしている力を異変の影響で全て出してきているようだ。
一定の方向に動くだけの弾幕だが、こう密度が高いと動きがかなり制限される。
魔理沙は冷や汗を垂らしながら、何とかかわしている状況だ。
反撃は通常弾幕のみでスペルカードを発動させる気配は無い。
「中々頑張るみたいだけど、守ってるだけじゃ話にならないわよ?」
再びアリスの胸元でスペルカードが光る。当然の如く弾幕の性質が変わる。
魔理沙は箒にまたがり、出来る限りレーザーを引き付けると素早く動いて星弾を放つ。
既に魔理沙には2、3発ヒットしている。それでも魔理沙はスペルカードを使っていない。
「っつ!」
「馬鹿にされてるのかしら、私?」
魔理沙の4発目のヒットとアリスの3度目のスペルカード発動が同時に行われる。
魔理沙の動きは目に見えて悪くなっている。ダメージの蓄積と疲労がスピードを奪っているのだろう。
更に、大きさの違う弾が逃げ場を奪う。弾にかすりながら魔理沙が叫ぶ。
「アリス、お前は異変の影響を受けているだけだ。私にはお前を倒す理由がないんだよ」
「何を言うの。貴女は人間で私は妖怪よ。それだけで私を倒す理由になるでしょう!」
初めてアリスの台詞に感情が篭る。
そして、弾幕の質がまた変わる。収束した光が魔理沙目がけて猛スピードで迫る。
直撃!…と思われた光は魔理沙の目の前で霧散する。後には身代わりに焼き切れたお札がはらはらと地に落ちる。
「手は出さないんじゃなかったのかしら?」
アリスが霊夢を横目で眺める。霊夢は無表情を崩さずに、
「手を出す義理も義務もないけど、致命傷受けるのを分かっているのに約束守って黙って見過ごすほどお人よしでもないわ。
魔理沙。アンタは余計なお世話だと言うでしょうけど、同じ立場なら貴女だってどうせ同じ事するでしょ。
助けられたのが悔しかったら、さっさと何とかしなさい。この馬鹿!」
「ちっ…」
「スペルカードセット!」
既にボロボロの魔理沙だったが、霊夢の喝に瞳に力が戻る。
アリスの操る人形が魔理沙に向かって大量の弾幕を放つ。
「『妖怪だから』倒す理由になる。だって?人間と妖怪…その違いに何の意味がある!
駆けろ彗星!『ブレイジングスター』!!」
ついに魔理沙がスペルカードを発動する。魔理沙の言葉に従い、箒がアリスに向かって駆ける。
が、当の魔理沙は箒にしがみ付く体力も残っておらず箒に引きずられながらアリスに向かっていく。
「わ、私は…魔理沙と、タタかわなくちゃ…」
魔理沙の言葉にアリスの動きが極端に鈍る。同時に人形の動きも止まってしまった。
ドゴッ!!
動きの鈍ったアリスにブレイジングスターが直撃する。どさっ、と二人もつれる形で倒れこんだ。
「っく…つつつ」
魔理沙が頭を抑えながら立ち上がる。と、右手首がアリスに握られていることに気づいた。
「ま、魔理沙…」
「アリス、お前意識が…!」
アリスの瞳が少しぶれる。そして片目の色だけが元の色に戻った。
魔理沙が近づこうとすると、アリスは首を振ってそれを止める。そして握った魔理沙の手を自分の額に持っていく。
そして握られた魔理沙の右手には、しっかりと八卦炉が握られていた。
「お前…まさか…」
「魔、理沙…苦し…い…わ」
わずかの沈黙。震える体。噛み切れるほど唇を噛む。口から流れる血がポタポタと右手に落ちる。
そして覚悟を決めたかの様に魔理沙は右手に力を込めた。
「マスタァアアアアアアアアアスパアアアアアアアアアク!!」
右手から眩い閃光が放たれる。魔法の森の景色が霞むほどの光に包まれた。
そして全ての光が消えた後、七色の人形遣いは崩れ落ちた。
「終わったわね」
霊夢がお札をしまいながら魔理沙に近づく。
魔理沙はアリスの横で膝をついてうなだれている。
「でも目が覚めたら、また襲ってくるのでしょうか?」
「さあね。最後、様子がおかしかったのが気になるけど…前のままなら死ぬまで襲ってくるでしょうね」
咲夜がうなだれる魔理沙の肩に手をかけて、
「諦めなさい、魔理沙。貴方はよくやったわ。きっとお嬢様ならこう言うわ」
『これが運命だったのよ』
咲夜と魔理沙の声が綺麗に重なった。咲夜はハッと息を飲み、魔理沙は地面を拳で、ダンッ、と叩く。
「運命。その一言で片付けられて堪るか!例え、もしこれが運命だと言うのなら…運命のほうが間違っている!」
その魔理沙の叫びに呼応するかのように八卦炉が淡い蒼の光を放つ。
光はそのままアリスをゆっくりと包み込んだ。
暫くすると蒼かった光が紅く変わり、また八卦炉にもどっていった。
「な、何だったんですか?今の光は?」
「さあ。私も始めて見るぜ…ん、アリスが動いた!」
服も髪もボロボロの人形遣いがゆっくりと目を覚ました。
その上には覆いかぶさる形で魔理沙が顔を覗き込んでいる。
「魔理沙…。ごめんなさい。私…」
「気にするなって。ん?…瞳が紅くない。異変の影響が抜けているのか?」
「ええ、今は大丈夫。頭の中のもやが晴れたような気分で…きゃ!」
アリスが言い終わらないうちに、魔理沙がアリスを抱きかかえ箒にまたがる。
「アリス!これから『いい』って言うまで目を閉じてろ。霊夢、少し待っててくれ。
コイツを紫のとこに連れていってくる。あそこなら異変の影響を受けないからな」
「構わないけど、それなら集合場所は霖之助さんのところにしましょ。
何か取りに来いって言ってたし、貴女もボロボロだしね」
おう!と一声返事をしたかと思うと、魔理沙は全速力で飛び去ってしまった。
残された霊夢たちはしばらく魔理沙が飛んでいった方の空を見上げていた。
「何でアリスさんは元に戻ったんでしょう?」
「さあ?後で霖之助さんに聞いてみましょ。八卦炉から出た光が関係してるのは間違いなさそうだもの」
そう言って霊夢たちはもと来た道を引き返していった。
数時間後の香霖堂。昼を少し回ったあたりでボロボロの魔理沙が帰ってきた。
「ただいまだぜ。アリスはマヨヒガで世話になってもらうことにしてきた。これで安心だ」
「それはよかったわね。まあ、まずは着替えなさい。その格好、淑女としてはギリギリよ」
香霖堂の地下倉庫。咲夜が魔理沙に着替えを渡す。
この服は以前、魔理沙自身が香霖堂に「お泊りセット」として置いていったものだ。
魔理沙は素直に服を受け取り、倉庫の奥の本棚の陰でもそもそと着替えを始める。
「さて、霖之助さん。八卦炉にどんな仕掛けをしたの?異変の影響を解消するなんて」
「いや、正直そこまでの力があるとは思わなかった。
霊夢から貰った萃香の瓢箪があったろう?アレを八卦炉に組み込んだだけだよ」
「あの瓢箪を?」
「そう。鬼の持つ瓢箪だ。相当の邪気払いの力があると踏んではいたがね。
この異変の影響を吸収するほどの力を発揮出来るとは…。余程魔理沙が本気だっということだけど」
「これから先もあの八卦炉を使えば皆の異変の影響を解けるのでしょうか?」
「それは難しいと思うぜ」
着替えを終えた魔理沙が妖夢の疑問に答える。流石予備服、悲しいまでに変わらず黒白だ。
「あの効果は異変の影響度を一旦ゼロにするが、放っておけばまた序々に異変に犯されていく。
結局は大元を何とかしないと駄目ってことだ。それに、あれを毎回発動させる自信ないぜ。私」
「結局魔理沙の我が儘に付き合わされただけってことね…。
まぁ、仕方ないわ。明日こそは予定通り街に向かうわよ。霖之助さん。今日も泊めてね」
「分かった分かった。もう好きにしてくれよ…」
香霖が大きく溜め息をつく。
かくて、魔理沙の我が儘から始まった異変の影響を受けたものとの戦いも終わりを告げた。
結果的には4人が異変の脅威を目の当たりにする形となった。
知り合いが相手だった場合…今回のように上手く元に戻すことが出来るとは限らない。
様々な思いを胸に4人の2日目の夜は更けていった。
「さて、今度こそ街に向かうわよ」
低血圧なのか、寝起きの霊夢は若干不機嫌そうに呟いた。
「昨日話した通り、ここから先の空は妖怪だらけらしい。そこで、これを使うといい。
ようやくメンテナンスが終わってね」
香霖が倉庫から引きづりだしてきたのは見たことも無いものだった。
荷台車のように4輪だが、引く為の馬のスペースがない。
おまけに見たこともないペダルや円形のものがついている。
「何ですか?これ」
「これかい?これは『七香車』という。従来の車とは違い、押したり引いたりする必要が無い。
更にオートマという優れものさ。遥か昔の大陸の国の王に献上されたものらしいんだが…。
例によって使い方は分からないんだ。どうやら移動に役に立つらしい」
「ふーん…どれどれ」
咲夜が無造作に席に座ると、レバーやらハンドルやらを適当にいじくりまわす。
そして足元のペダルを踏むと、急に車体が動き出した。
「きゃ!」
「おわっ!」
車の目の前に立っていた魔理沙が急いで飛びのく。
咲夜も慌ててもう一個のペダルを踏むと車体が止まる。
もう一度車体を動かしながらハンドルを回し、数十分後には車体を完全に操作し始めた。
「ん。大体分かったわ。霊夢、コレ使えそうよ。飛ぶよりは遅いでしょうけど」
「メイド長さん。返すときに使い方を教えてくれるかい?それと…壊さないでくれよ」
4人は車に乗り込んだ。運転席に咲夜。助手席に霊夢。後ろのシートに魔理沙と妖夢が座る。
「それじゃあ、霖之助さん。色々ありがと。安心して夜に本が読めるようにしてあげるから少し待っててね」
「期待して待ってるよ。本当だ。ハーフの僕でも夜は危ないからね」
車が香霖堂の前から走り去る。土煙の中残された香霖はぼんやりと車を見送っていた。
「頼んだよ。4人とも。…それにしても、七香車は勿体無かったかなあ。あんな使えそうなものだとは」
ガリガリと頭を掻く店主の顔は少し寂しげだった。
「おー。これは楽しいな!結構早いし。楽だし」
「そうですね。ちょっと狭いのが難点ですけど…」
魔理沙と妖夢が後ろのシートで騒いでいる。ハンドルを握る咲夜が、
「この調子ならお昼過ぎには街につくわね。街は大丈夫かしら…」
「本来、街を守っているはずの紫はあの通りだしね。無事なことを祈るのみだわ」
魔理沙が前の席に乗り出して叫ぶ。
「きっと大丈夫だぜ!流石にそんな被害があったら霊夢になんか相談がくるだろ?
もっと気楽にいこうぜ」
アリスを助けたことと、車のせいで魔理沙のテンションは異常に高かった。
前の席に体を乗り出すと、丁度霊夢の耳のあたりで叫ぶことになる。
「ほら、霊夢ももっと盛り上がって行こうぜ!」
「イライラ)……五月蝿い!黙らないと下ろすわよ!」
霊夢がシートで立ち上がり、後ろの魔理沙に向かって針を向ける。
「おい!この距離は当たるって!逃げようねえだろ!?」
…
……
………
異変の解決の為、西へと向かう博霊一行。
始まったばかりの旅路。この先何が待ち受けるのか。
街は無事なのか?以前、出会った妖怪や神たちは今どうしているのか。
どこの誰がこんな異変を起こしているのか、まずは永遠亭を目指して彼女たちは進んでいく。
西へ…と。
紅魔館に着くなり魔理沙がぼやく。それもそうだろう。自信のあったスピードで咲夜に負けたのだから。
どんよりと暗い顔でぐちぐち呟く。
「飛ばしても飛ばしても咲夜との距離が縮まらねえ。咲夜、永夜の時は手抜いてたな?」
「そんな訳ないでしょ。鬱陶しいからタネ明かしするわよ。っていうか貴女も気づきなさいな」
しれっ、とした顔で咲夜が、しゃらん、と月時計を取り出す。
魔理沙がハッとして、
「おま、時止めて飛んでたな!」
「そういうこと。速度は間違いなく貴女のが速いから安心なさい」
「そうだよな。そうだよな。道具使われちゃ勝てないよな」
途端に機嫌の良くなる魔理沙。
実際、魔理沙も箒という媒介を使って飛んでいるため道具という点では人のことは言えないのだが。
魔理沙は箒無しでも空は飛べる。ただ「魔法使いは箒で飛ぶもの」という美学から箒で飛んでるに過ぎない。
そして実際、箒を使った方が速度が速い。そして長く使い込んだお気に入りの箒ほど速度も上がる。
なので、箒を替えたりするとスピードががくっと落ちたりもするものだが…。
単純なスピードのみで、そのあたりは考えていないようだ。
「と、そういえば門番の姿が見えないな」
「あら、ホントね。今度は何処にいったのかしら」
キョロキョロと周りを見回す魔理沙。その言葉を咲夜は大して驚きもせず肯定する。
紅魔館に門番がいない事は実は結構ある。3食の時間とおやつの時間と…後は勝手に図書館にいたりとかもする。
今回もどうせ夕飯でも食べてるんだろう。と、咲夜は紅魔館のドアを開いた。
「…妙だな」
紅魔館の入り口から続く長廊下。魔理沙が怪訝な顔で呟く。
「そうね…静か過ぎるわ。って、住人でも無い貴女が先に言わないでよ」
「そこはほら、勝手知ったるなんとやらだぜ」
「まあ、いいわ。メイド達がこの部屋にいるはずだから話を聞いてみ…」
言いかけて咲夜が息を呑む。
メイド達の待機室。いつもなら妖精メイドが何人もいるはずの部屋だ。
しかし、そこにいるはずのメイドの姿は無かった。
代わりには見たこともない幾つもの棺桶が不気味に佇んでいた。
「おい…お前のトコのメイドは棺桶で眠るのが普通なのか?」
「馬鹿なこと言わないで。そんな訳ないわ」
しばしの沈黙。状況を理解しようと二人とも必死だったのだろう。
先に動いたのは咲夜だった。部屋から駆け出しながら魔理沙に向かって叫ぶ。
「私はお嬢様の部屋に向かうわ。魔理沙、貴女はパチュリー様とフランドール様の部屋を見てきて頂戴」
「分かったぜ。フランはどっちにいるんだ?部屋か、地下室か?」
「おそらくお部屋だと思うわ」
「了解」
魔理沙も遅れて部屋から飛び出す。
紅魔異変で霊夢と魔理沙と出会い、フランは段々と自分の力が制御出来る様になっていた。
そして、もう閉じ込める必要もないと判断したレミリアによって新しい部屋が与えられていた。
ただ頑丈な地下室も弾幕ごっこ用にしっかりと残されているのだが。
「無事でいてくれればいいんだがな…」
そう呟いて魔理沙は勢い良くフランの部屋の扉を開けた。
咲夜は紅魔館の階段をひたすらに上っていた。
レミリアの部屋は当然のように最上階にある。時を止めるのを忘れるほどに、咲夜はただただ最上階を目指していた。
ようやく主の部屋の前に辿りつくと、慌しく部屋に飛び込んだ。
「お嬢様!ご無事ですか!?」
『なあに?騒々しいわね…咲夜』
…期待したその台詞は返ってこなかった。
そこにあったのはまるで血の様に紅い色をした棺桶だけだった。
「お、譲様…」
変わり果てた主の姿に咲夜はしばし呆然とする。
ハッ、と我に返ると棺桶に駆け寄り、棺を開こうと蓋に手を掛けた。
が、棺の蓋はビクともしない。まるで釘で打ちつけられているようだ。
「あー、開かないだろ。ソレ」
「魔理沙!中にお嬢様が!」
珍しく取り乱した咲夜がヒステリックに叫ぶ。
だが魔理沙はあくまで冷静に、
「ああ、知ってる。パチュリーとフランも同じ状態だったんでな」
「何で…こんな事に…」
「大体見当はついてるが…咲夜。今何時だ?」
魔理沙が咲夜の月時計を覗き込む。
ようやく平静を取り戻してきた咲夜が月時計を魔理沙に向ける。
時間は刻一刻と1時間の時間制限に近づいていた。
「ただ、とにかくもう時間がない。詳しい理由は後で説明する。
ある程度調べた結果この棺桶は強い魔力を帯びている。
さっき実験してみたんだが、外部からの攻撃は一切受け付けないかった。
開かないのも実証済みだ。取りあえず紅魔館は心配ないだろう」
それを聞いた咲夜が真顔で魔理沙を見つめる。
「みんなが大丈夫だという保障と、こうなった状況の説明は貴方が責任持ってくれるのよね?」
「それに関しては保障するぜ。まずは香霖堂に戻らないと。遅れると霊夢が五月蝿いからな」
「分かったわ。…戻りましょう」
不承不承咲夜が頷く。部屋を出て屋上に向かう二人。静か過ぎる紅魔館に足音だけがやけに大きく響く。
屋上に出た途端、すぐ横の大時計の鐘が大きく鳴り響いた。
「ち、やっぱり日が沈みかけてる。急ぐぜ」
太陽の光を闇と月光が飲み込みかけている。
紫の話通りならば月夜を飛ぶと異変を受けた妖怪にあう確率が非常に高いだろう。
二人は日が沈む前に、と香霖堂にむけて全速力で紅魔館を飛び出した。
夕焼けが消えかけた空から霊夢と妖夢が香霖堂の前に降り立つ。
「さて、まずは霖之助さんの状況を確認しなきゃね」
カラカラ…。意外にも扉は施錠されてはいなかった。
薄暗い店内。店主の姿はない。それどころか灯りすら灯っていない。
相も変わらず怪しげな商品だけがぼんやりと霊夢の目に映った。
「店は開いてるのに、いないってのはどういうことよ。霖之助さーーーん!いないのーーー?」
霊夢のドでかい声が店内に響く。妖夢にいたっては頭を下げて耳を塞いでいる。
と、店の奥にうっすらと灯りが見えた。そして姿は見えないが、店主の声だけが細く答えた。
「その声は…霊夢だね。何か用かい?すまないが用があるなら地下室の方に来てくれないか?」
「地下室?そんなところあったのかしら」
二人は足元に注意しながら店の奥へと進んでいく。
わずかに灯りが漏れている場所には梯子がかかっており、それが地下室へと続いていた。
「広っ!」
これが地下室を見た霊夢の第一声だった。
実際、地下室は上の店部分の3~4倍程の広さがある。
外周にはどっさりとよく分からないモノが置いてあり、店の倉庫といった感じだ。
その部屋の中央。店の主、森近霖之助が椅子に座って本を読んでいた。
本から視線を霊夢に向けると、
「僕の蒐集物も置いてあるからね。広いのはそのせいだよ。
…おや、霊夢だけかと思いきや珍しいお客さんもいるね」
「…今日はこき使わないで下さいね」
以前、妖夢は香霖堂にきたことがあり、色々あった後結局雪かきをさせられた経験がある。
「それは用件次第だな。どうせ異変のことで来たんだろう?」
「そうだわ。霖之助さんは異変の影響は受けていないの?」
「幸い、八雲紫に忠告されてね。ほぼ地下室にカンヅメだがお陰で影響は受けていない。
それに僕は妖怪と人間のハーフだからね。純粋な妖怪よりは影響を受けづらいのさ」
香霖の言葉に霊夢が不思議そうな顔で聞き返す。
「それを言ったら妖夢だって半霊だけど平気で動き回っていたわよ。霖之助さんとは違うの?」
香霖が読んでいた本を閉じる。そして立ち上がってその本を本棚に戻しながら、
「ああ、違う。半霊は『人間』部分と『幽霊』部分が完全に分かれているが、今回の異変で重要なのは視覚だ。
基本的に光を感じる視覚を持つのは『人間』部分だけだろう?今回の異変は人間には効かないようだしね。
ただの幽霊ならば光を感じる部分も幽体が持っているが、半霊は基本的に人間側が得た視覚情報で幽体側も動いている。
故に今回の異変では例外的に影響を受けないんだよ」
「へぇー、そうだったの。らしいわよ。妖夢」
「全然知りませんでした…無意識で動かしてますからね。この子は」
妖夢が自分の半霊をまじまじと見つめる。半霊が照れるようにぴょこぴょこと動く。
そんな妖夢と霊夢を香霖が交互に眺める。
「ところで、二人で異変解決に向かってるのかい?珍しい組み合わせだけど」
香霖の問いに霊夢がひらひらと手を振りながら、
「いえ、魔理沙と紅魔館のメイド長も一緒よ。紅魔館に別行動で向かわせたの。
レミリアが無事なら紅い霧で異変の進行を止めれるかな、って」
「なるほど。光を遮れば取り合えず現状維持にはなりそうだね。紅魔異変の再来になるけど」
「そういうこと。それにしてもそろそろ戻ってきてもいい頃なのだけど…」
ガラガラガラ。噂をすればなんとやら。上の店の戸が開く音がした。
「おや、誰もいないぜ?」
「でも霊夢たちが先に来ているはずでしょう?」
「ここにいない、って事は倉庫にいるのか」
どうやら魔理沙は地下倉庫の存在を知っていたらしい。
迷うことなく、梯子に辿り着き咲夜ともども霊夢の前に姿を現した。
「おう。ただいま。香霖も久しぶりだな」
「勝手に上がりこんで失礼致します」
「場合が場合だからね。気にしなくていいよ。
もっとも気にしてるのは君くらいのもので、霊夢と魔理沙にいたっては家同然だからね」
妖夢が申し訳なさそうに霊夢の後ろでもじもじとしている。
霊夢と魔理沙は何を今更、といった様子で勝手に淹れた茶を啜っていた。
さて、と霊夢が湯のみを置いて魔理沙に向き直る。
「さ、魔理沙。説明して頂戴。紅魔館の状況について」
「そうだな。香霖も聞いてくれ。取り合えずレミリアに霧を出してもらう事は不可能だった。実は…」
魔理沙が紅魔館の状況を淡々と語った。全ての住人が棺桶になってしまっている件についてを。
「と、いったところでな。レミリアに頼める状況じゃなかったワケだ」
「…そう。一体何があったのかしら」
「魔理沙。貴方、詳しい説明をしてくれる。と言ったわよね。大体の状況は分かっているのでしょう?」
咲夜が体を乗り出して魔理沙にくってかかる。
現在、みんなは香霖が本を読んでいたあたりに円形に座っている。
咲夜の問いに、魔理沙は隣の香霖を見上げて、
「私の予想だけでお前に信じて貰えるかが不安だがな。そうだ、香霖。お前の予想も一緒に聞かせてくれ」
「僕の?何の予想だい?」
「紅魔館棺桶事件の犯人だ。皆を棺桶にしたヤツの名前でいいや」
「話を聞いた限り、でいいんだね?」
それじゃ、せーの。で、と魔理沙がタイミングの打ち合わせをする。
霊夢は関係無さそうに茶を啜っている。紅魔館に関しては聞き役に徹するようだ。
妖夢と咲夜は息をのんで二人を見つめていた。
「せーの」
『レミリア』
魔理沙と香霖の声が綺麗に重なる。
その答えに対し、霊夢は片眉を上げただけだったが、咲夜が席を立って反論する。
「何ですって!お嬢様がやったっていうの!?」
「あー、落ち着け落ち着け。ちゃんと説明するから」
反応を予想していたように咲夜をなだめる。
「棺桶を調べた結果、まずはかなりの魔力で護られている事が分かった。
外部からは攻撃を受け付けないし、開くことも出来ない。それをあの数だ。
これには相当な魔力がいる。そこいらの雑魚の仕業では無いのは確かだ。
それでは、紅魔館の住人を動けないように封印する理由はなにか?」
答えを周りに求める魔理沙。それを受け、香霖が言葉を継ぐ。
「十中八九、今回の異変がらみだろう。但し、異変は簡単に言えば『好戦的になる』ものだ。
動けなくしてしまっては元も子もない。つまり、この紅魔館の状況は異変から護る為に行われた。そう考えるのが普通だろう」
「その通り。つまり紅魔館の住人に異変の影響が及ばないように棺桶にしたワケだ。
そんな事をする理由を持ち、相応の力の持ち主。間違いなく紅魔館の城主、レミリアの仕業だろう。
勿論、レミリア一人なら異変の影響なんざどうとでもなるんだろうが、
住人全員となるとここまで大仰な手段を取らざるを得なかったんだろうな」
魔理沙の説明に納得したのか咲夜が、とすっ、と力無く席につく。
「それにしたって…私に一言あっても…」
「それは君があのお嬢様に相当気に入られてる証拠だね。聞いた話では君に『異変を解決しろ』と言ったのだろう。
君なら間違い無く異変を解決する。という信頼の表れじゃないか。
それにしても、他人に異変解決を任せるとはね。彼女は吸血鬼としてのプライドよりも紅魔館の主としての役割を選んだワケだ。
自分の代行者として君に全てを託してね。あのお嬢様が丸くなったのか、よほど君を信頼しているのか」
「お嬢様…」
力なさげに呟く咲夜だが、その目には決意に色がハッキリと浮かんでいる。
どうやら異変解決に向けて本気になったようだ。レミリア至上主義の咲夜からすれば当然の事だが。
「ま、紅魔館についてはよく分かったわ。霖之助さんの無事も確認したし…」
聞き役だった霊夢が再び指揮を執り始める。
「次に必要なのは街の安全の確認と装備の補給ね。装備のほうは霖之助さん。頼りにしてるんだけど」
「こんな事態だからね。覚悟はしているよ。霊夢にはお札と針。メイド長さんには銀のナイフかな。
半霊さんには何がいいかな…ヒヒイロカネの剣なら磨いてあるが…」
香霖が倉庫の在庫をごそごそと探る。その手には眩い煌きを放つ剣が握られていた。
「そんな国宝級の剣を雑貨と一緒にしとかないで下さいよ」
妖夢があきれ顔で香霖を見つめつつ丁重に剣を遠慮したところで、魔理沙が横から香霖にしがみつく。
「私には?何か無いのか?グリモワールとかマジックアイテムとか?」
「魔理沙にかい…?そうだなあ、じゃあ八卦炉を強化してあげよう。一晩預けてくれるかい?」
魔理沙がわざとらしく、しかめっ面を作って、
「えー…預けるのか?まぁいい。ちゃんと強化して返してくれよ」
「任せてくれ。さて…。霊夢、君が持っているのは鬼の瓢箪だろう?」
出掛けに萃香から貰った瓢箪は霊夢の腰にぶら下がっている。
霊夢がそれを、ひょい、と持ち上げる。
「よく気づいたわね。萃香が出掛けにくれたのよ」
「それを代金代わりに僕にくれないか。ちょっと試してみたいことがあるんでね」
「コレを?んー…萃香から貰ったものだけど、他に役に立ちそうもないし。まぁいいわ」
瓢箪を受け取った香霖がニッコリ微笑む。
霊夢は瓢箪を渡すやいなや神具の物色を始めた。
そんな様子を見ながら魔理沙が、うーん、と伸びをして袋を片手に立ち上がる。
「香霖。台所借りていいか?」
「構わないが、食材がそんなにないよ」
魔理沙が手にした袋を香霖に向けて突き出してニッと笑う。
「それは大丈夫だ。紅魔館から大量に仕入れてきたからな。感謝しろよ?」
「そんな事してたの。貴女?」
「気にするな。腐らせるよりはいいだろう?咲夜も夕食作り手伝え」
「全く…」
二人は梯子を上って台所に向かっていった。
「せわしないわね」
そう呟きながらも、霊夢の物色する手は止まっていない。
香霖は早くも八卦炉をいじり始めていた。
手持ち無沙汰の妖夢がぼんやりと空を見上げる。
「幽々子様は大丈夫でしょうか…食事…」
そこには大飯食らいの主を本気で心配する、健気な従者の姿があった。
こうして魔理沙の作った鍋を囲み、四人+1の一日目の夜はゆっくりと更けていった。
翌朝、出発する四人を目に酷いクマを作った香霖が見送る。
「街に行ったら一度戻ってきてくれるかい?まだ調整が終わってないんだが、渡したい物があるんだ」
「それはいいけど…その酷い顔は何なのよ」
「八卦炉の調整に時間がかかってね。一睡もしていないんだ。ほら、魔理沙」
差し出された八卦炉を魔理沙がまじまじと見つめる。
「少しデザインが変わったな。何が変わったんだ?」
「一応、出力を120%に強化してある。それと、新機能を追加してあるが…発動が不安定でね。
よほど本気にならないと発動しない。そっちについてはあまり期待しないでくれ」
「ふーん。ま、強力になったならいいさ」
ごそごそとポケットに八卦炉をしまう。手渡した香霖は霊夢に向き直り、
「ここから街までは空を飛んでいかないほうがいい。情報によると空は異変を受けた妖怪だらけだそうだ」
「歩いて行けって言うの?何日かかると思ってるのよ」
「それなら私が近道を教えてやるぜ。魔法の森は私の庭みたいなもんだ。
森の中を低空飛行していけば問題ないだろう?」
霊夢は怪訝な表情でしばらく魔理沙をじっと見つめていたが、任せるわ、と手をひらひらと振って黙ってしまった。
咲夜と妖夢も特に異論はないようで、一向は森の中に飛び込んでいった。
飛行テクニックは4人とも流石のもの。魔理沙の先導する道はお世辞にも道とは言えないルートだった。
にもかかわらず、迫りくる木々をひらりひらりかわしながら魔理沙の後について行く。
半刻ほども飛んだだろうか、急に開けた場所に出た。途端、魔理沙が飛行を止める。
日の光が燦燦と降り注ぐその場所には、ひっそりと一軒の家が建っていた。
霊夢がやれやれ、と言った表情で溜め息を吐く。
「やっぱり、アンタここに向かってたのね」
「あら…お客さん?随分大所帯で来てくれたのね。おもてなしが間に合うかしら」
「悪い、霊夢。どうしても…コイツを放っておくわけにはいかなかったんだ」
家のドアから現れたのは無数の人形を纏う七色の人形遣い、アリス=マーガトロイドの姿だった。
目を閉じるようにニッコリと微笑んでいる。
「いよう、アリス。調子はどうだ?」
「調子?そうねえ。良いか悪いか…貴女自身で確かめてみれば!」
そう言って見開いた瞳の色は紅かった。異変の影響を受けてしまっている証である。
「お前ら、ここは私一人に戦わせてくれ!」
「無茶言わないで下さい!相手は異変の影響を受けてるんですよ。みんなで…」
「いいんじゃない。好きにしなさいよ」
妖夢のセリフを遮り、霊夢がしれっと言い放つ。
「霊夢!?」
「ここに来たのだってアイツの暴走のせいだし、私たちが手出す義理も義務もないでしょ」
「トゲのある言い方だが、話が分かるじゃないか」
既に魔理沙はアリスの弾幕をかわしながら話している。
但しアリスはまだその場から一歩も動いてはいないが。
「お話は終わったかしら?それじゃあ、本気で遊びましょう。スペルカードセット!」
アリスの目の前でスペルカードが光る。
弾が多い!いつも弾幕密度の数倍はある。セーブしている力を異変の影響で全て出してきているようだ。
一定の方向に動くだけの弾幕だが、こう密度が高いと動きがかなり制限される。
魔理沙は冷や汗を垂らしながら、何とかかわしている状況だ。
反撃は通常弾幕のみでスペルカードを発動させる気配は無い。
「中々頑張るみたいだけど、守ってるだけじゃ話にならないわよ?」
再びアリスの胸元でスペルカードが光る。当然の如く弾幕の性質が変わる。
魔理沙は箒にまたがり、出来る限りレーザーを引き付けると素早く動いて星弾を放つ。
既に魔理沙には2、3発ヒットしている。それでも魔理沙はスペルカードを使っていない。
「っつ!」
「馬鹿にされてるのかしら、私?」
魔理沙の4発目のヒットとアリスの3度目のスペルカード発動が同時に行われる。
魔理沙の動きは目に見えて悪くなっている。ダメージの蓄積と疲労がスピードを奪っているのだろう。
更に、大きさの違う弾が逃げ場を奪う。弾にかすりながら魔理沙が叫ぶ。
「アリス、お前は異変の影響を受けているだけだ。私にはお前を倒す理由がないんだよ」
「何を言うの。貴女は人間で私は妖怪よ。それだけで私を倒す理由になるでしょう!」
初めてアリスの台詞に感情が篭る。
そして、弾幕の質がまた変わる。収束した光が魔理沙目がけて猛スピードで迫る。
直撃!…と思われた光は魔理沙の目の前で霧散する。後には身代わりに焼き切れたお札がはらはらと地に落ちる。
「手は出さないんじゃなかったのかしら?」
アリスが霊夢を横目で眺める。霊夢は無表情を崩さずに、
「手を出す義理も義務もないけど、致命傷受けるのを分かっているのに約束守って黙って見過ごすほどお人よしでもないわ。
魔理沙。アンタは余計なお世話だと言うでしょうけど、同じ立場なら貴女だってどうせ同じ事するでしょ。
助けられたのが悔しかったら、さっさと何とかしなさい。この馬鹿!」
「ちっ…」
「スペルカードセット!」
既にボロボロの魔理沙だったが、霊夢の喝に瞳に力が戻る。
アリスの操る人形が魔理沙に向かって大量の弾幕を放つ。
「『妖怪だから』倒す理由になる。だって?人間と妖怪…その違いに何の意味がある!
駆けろ彗星!『ブレイジングスター』!!」
ついに魔理沙がスペルカードを発動する。魔理沙の言葉に従い、箒がアリスに向かって駆ける。
が、当の魔理沙は箒にしがみ付く体力も残っておらず箒に引きずられながらアリスに向かっていく。
「わ、私は…魔理沙と、タタかわなくちゃ…」
魔理沙の言葉にアリスの動きが極端に鈍る。同時に人形の動きも止まってしまった。
ドゴッ!!
動きの鈍ったアリスにブレイジングスターが直撃する。どさっ、と二人もつれる形で倒れこんだ。
「っく…つつつ」
魔理沙が頭を抑えながら立ち上がる。と、右手首がアリスに握られていることに気づいた。
「ま、魔理沙…」
「アリス、お前意識が…!」
アリスの瞳が少しぶれる。そして片目の色だけが元の色に戻った。
魔理沙が近づこうとすると、アリスは首を振ってそれを止める。そして握った魔理沙の手を自分の額に持っていく。
そして握られた魔理沙の右手には、しっかりと八卦炉が握られていた。
「お前…まさか…」
「魔、理沙…苦し…い…わ」
わずかの沈黙。震える体。噛み切れるほど唇を噛む。口から流れる血がポタポタと右手に落ちる。
そして覚悟を決めたかの様に魔理沙は右手に力を込めた。
「マスタァアアアアアアアアアスパアアアアアアアアアク!!」
右手から眩い閃光が放たれる。魔法の森の景色が霞むほどの光に包まれた。
そして全ての光が消えた後、七色の人形遣いは崩れ落ちた。
「終わったわね」
霊夢がお札をしまいながら魔理沙に近づく。
魔理沙はアリスの横で膝をついてうなだれている。
「でも目が覚めたら、また襲ってくるのでしょうか?」
「さあね。最後、様子がおかしかったのが気になるけど…前のままなら死ぬまで襲ってくるでしょうね」
咲夜がうなだれる魔理沙の肩に手をかけて、
「諦めなさい、魔理沙。貴方はよくやったわ。きっとお嬢様ならこう言うわ」
『これが運命だったのよ』
咲夜と魔理沙の声が綺麗に重なった。咲夜はハッと息を飲み、魔理沙は地面を拳で、ダンッ、と叩く。
「運命。その一言で片付けられて堪るか!例え、もしこれが運命だと言うのなら…運命のほうが間違っている!」
その魔理沙の叫びに呼応するかのように八卦炉が淡い蒼の光を放つ。
光はそのままアリスをゆっくりと包み込んだ。
暫くすると蒼かった光が紅く変わり、また八卦炉にもどっていった。
「な、何だったんですか?今の光は?」
「さあ。私も始めて見るぜ…ん、アリスが動いた!」
服も髪もボロボロの人形遣いがゆっくりと目を覚ました。
その上には覆いかぶさる形で魔理沙が顔を覗き込んでいる。
「魔理沙…。ごめんなさい。私…」
「気にするなって。ん?…瞳が紅くない。異変の影響が抜けているのか?」
「ええ、今は大丈夫。頭の中のもやが晴れたような気分で…きゃ!」
アリスが言い終わらないうちに、魔理沙がアリスを抱きかかえ箒にまたがる。
「アリス!これから『いい』って言うまで目を閉じてろ。霊夢、少し待っててくれ。
コイツを紫のとこに連れていってくる。あそこなら異変の影響を受けないからな」
「構わないけど、それなら集合場所は霖之助さんのところにしましょ。
何か取りに来いって言ってたし、貴女もボロボロだしね」
おう!と一声返事をしたかと思うと、魔理沙は全速力で飛び去ってしまった。
残された霊夢たちはしばらく魔理沙が飛んでいった方の空を見上げていた。
「何でアリスさんは元に戻ったんでしょう?」
「さあ?後で霖之助さんに聞いてみましょ。八卦炉から出た光が関係してるのは間違いなさそうだもの」
そう言って霊夢たちはもと来た道を引き返していった。
数時間後の香霖堂。昼を少し回ったあたりでボロボロの魔理沙が帰ってきた。
「ただいまだぜ。アリスはマヨヒガで世話になってもらうことにしてきた。これで安心だ」
「それはよかったわね。まあ、まずは着替えなさい。その格好、淑女としてはギリギリよ」
香霖堂の地下倉庫。咲夜が魔理沙に着替えを渡す。
この服は以前、魔理沙自身が香霖堂に「お泊りセット」として置いていったものだ。
魔理沙は素直に服を受け取り、倉庫の奥の本棚の陰でもそもそと着替えを始める。
「さて、霖之助さん。八卦炉にどんな仕掛けをしたの?異変の影響を解消するなんて」
「いや、正直そこまでの力があるとは思わなかった。
霊夢から貰った萃香の瓢箪があったろう?アレを八卦炉に組み込んだだけだよ」
「あの瓢箪を?」
「そう。鬼の持つ瓢箪だ。相当の邪気払いの力があると踏んではいたがね。
この異変の影響を吸収するほどの力を発揮出来るとは…。余程魔理沙が本気だっということだけど」
「これから先もあの八卦炉を使えば皆の異変の影響を解けるのでしょうか?」
「それは難しいと思うぜ」
着替えを終えた魔理沙が妖夢の疑問に答える。流石予備服、悲しいまでに変わらず黒白だ。
「あの効果は異変の影響度を一旦ゼロにするが、放っておけばまた序々に異変に犯されていく。
結局は大元を何とかしないと駄目ってことだ。それに、あれを毎回発動させる自信ないぜ。私」
「結局魔理沙の我が儘に付き合わされただけってことね…。
まぁ、仕方ないわ。明日こそは予定通り街に向かうわよ。霖之助さん。今日も泊めてね」
「分かった分かった。もう好きにしてくれよ…」
香霖が大きく溜め息をつく。
かくて、魔理沙の我が儘から始まった異変の影響を受けたものとの戦いも終わりを告げた。
結果的には4人が異変の脅威を目の当たりにする形となった。
知り合いが相手だった場合…今回のように上手く元に戻すことが出来るとは限らない。
様々な思いを胸に4人の2日目の夜は更けていった。
「さて、今度こそ街に向かうわよ」
低血圧なのか、寝起きの霊夢は若干不機嫌そうに呟いた。
「昨日話した通り、ここから先の空は妖怪だらけらしい。そこで、これを使うといい。
ようやくメンテナンスが終わってね」
香霖が倉庫から引きづりだしてきたのは見たことも無いものだった。
荷台車のように4輪だが、引く為の馬のスペースがない。
おまけに見たこともないペダルや円形のものがついている。
「何ですか?これ」
「これかい?これは『七香車』という。従来の車とは違い、押したり引いたりする必要が無い。
更にオートマという優れものさ。遥か昔の大陸の国の王に献上されたものらしいんだが…。
例によって使い方は分からないんだ。どうやら移動に役に立つらしい」
「ふーん…どれどれ」
咲夜が無造作に席に座ると、レバーやらハンドルやらを適当にいじくりまわす。
そして足元のペダルを踏むと、急に車体が動き出した。
「きゃ!」
「おわっ!」
車の目の前に立っていた魔理沙が急いで飛びのく。
咲夜も慌ててもう一個のペダルを踏むと車体が止まる。
もう一度車体を動かしながらハンドルを回し、数十分後には車体を完全に操作し始めた。
「ん。大体分かったわ。霊夢、コレ使えそうよ。飛ぶよりは遅いでしょうけど」
「メイド長さん。返すときに使い方を教えてくれるかい?それと…壊さないでくれよ」
4人は車に乗り込んだ。運転席に咲夜。助手席に霊夢。後ろのシートに魔理沙と妖夢が座る。
「それじゃあ、霖之助さん。色々ありがと。安心して夜に本が読めるようにしてあげるから少し待っててね」
「期待して待ってるよ。本当だ。ハーフの僕でも夜は危ないからね」
車が香霖堂の前から走り去る。土煙の中残された香霖はぼんやりと車を見送っていた。
「頼んだよ。4人とも。…それにしても、七香車は勿体無かったかなあ。あんな使えそうなものだとは」
ガリガリと頭を掻く店主の顔は少し寂しげだった。
「おー。これは楽しいな!結構早いし。楽だし」
「そうですね。ちょっと狭いのが難点ですけど…」
魔理沙と妖夢が後ろのシートで騒いでいる。ハンドルを握る咲夜が、
「この調子ならお昼過ぎには街につくわね。街は大丈夫かしら…」
「本来、街を守っているはずの紫はあの通りだしね。無事なことを祈るのみだわ」
魔理沙が前の席に乗り出して叫ぶ。
「きっと大丈夫だぜ!流石にそんな被害があったら霊夢になんか相談がくるだろ?
もっと気楽にいこうぜ」
アリスを助けたことと、車のせいで魔理沙のテンションは異常に高かった。
前の席に体を乗り出すと、丁度霊夢の耳のあたりで叫ぶことになる。
「ほら、霊夢ももっと盛り上がって行こうぜ!」
「イライラ)……五月蝿い!黙らないと下ろすわよ!」
霊夢がシートで立ち上がり、後ろの魔理沙に向かって針を向ける。
「おい!この距離は当たるって!逃げようねえだろ!?」
…
……
………
異変の解決の為、西へと向かう博霊一行。
始まったばかりの旅路。この先何が待ち受けるのか。
街は無事なのか?以前、出会った妖怪や神たちは今どうしているのか。
どこの誰がこんな異変を起こしているのか、まずは永遠亭を目指して彼女たちは進んでいく。
西へ…と。
後書き見ても続きを書く気があるのかちっとも判りません。
書いたのなら最後までキッチリと書いて欲しいものですがね?
話自体は面白いのにこのまま終わったらこれまで書いたものが台無しです。
だからこそ私はこの作品の続編を書いて欲しいと思います。
勝手なのは承知ですがちゃんと完結させて欲しい。
私は楽しみにしていますよ。
ココまで10点。