Coolier - 新生・東方創想話

一つ人の世の生き血を啜り

2009/02/06 22:47:41
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「パチェの肢体にむしゃぶりつきたい」
 レミリアの発言に、霊夢と魔理沙はごふぉと小気味いい音をたてて紅茶を吹き出し、紅茶のおかわりを準備していた咲夜は瀟洒の片鱗すら見えぬほど見事に茶器をぶちまけ、そして当のパチュリーは軽く眉をひそめた。
 そして言う。
「いいけど」
「いいのかよ?!」
 即座に魔理沙が突っ込む。
 因みに霊夢は未だ咽せったまま、咲夜は時を止めるのも忘れて陶器の破片を拾い集めている。
「私とレミィの絡みなら、妖……幼女と少女の戯れあう、健全な絵面として映るんじゃないかしら」
「ねーよ! 持って! 羞恥心持って!」
「百年も生きてると、その辺どうでもよくなってくるのよね」
「さっき少女とか言ってたよな?! 厚かましくも少女名乗るなら女捨てるなよ!」
「いいじゃない裸くらい減るものじゃなし。……まあ場合によっては喪失するけど」
「何の話だ?!」
「……」
「顔赤らめるな!」
「……」
「顔青らめるな! お前がそういう顔色すると真剣に怖いから! ていうか、どうやってるんだそれ?!」
「二秒も息を止めれば」
 想像を絶する虚弱体質だった。
「ああ、間違えたわ」
 息も荒い魔理沙を気にもとめず、レミリアはぽんと手を打ち自分の頭を軽く小突いて可愛らしく舌を出す。
 その仕草に胸ときめかせつつ破片で指を切る者、内容の否定に安堵する者、未だ咽せている者、
「うっかりさんね、レミィ」
 と窘める者と、反応は様々だ。
「それほどでもないわ」
 何故かレミリアは胸を張っている。
 傍目に見れば仲むつまじい、美しい光景ではある。
 のだが、いまいち納得のいっていない面持ちで、魔理沙は淹れなおされた紅茶に口を付けた。
 ようやく落ち着きを取り戻した霊夢も、それに倣う。
「で、何を言い間違えたの?」
「うん、パチェの体液を啜りたいって言おうとしたのよ」
 霊夢と魔理沙は茶を噴き、咲夜は下げようとした茶器をぶちまけ、そしてパチュリーは微かに柳眉を上げた。
「私の血が飲みたいの?」
「そう!」
「だよな! だよな?!」
「何をそんなにほっとしているのよ」
 あからさまに安堵の息をついている魔理沙に、パチュリーは怪訝な顔をする。
 因みに霊夢は、未だ咽せったまま、咲夜は壊れた磁石を砂浜で拾うように破片を集め続けている。
「私の血、ねぇ……」
 困ったように、パチュリーは眉根を寄せた。
「他ならぬレミィの頼みだし、叶えてあげたいのはダブルマウンテンなんだけど」
「……なんだそのダブルマウンテンて」
「山々」
「流石パチェ、博識ね」
「ふふん」
「日本語を喋れここは幻想郷だぁぁぁ! しかも多分間違ってるぞそれ!」
 叫ぶ魔理沙に二人は顔を見合わせ、やれやれとばかりに肩を竦める。
「高々生を受けて十余年の小娘が、よりにもよってパチェに異議申すなんて!」
「だめよレミィ、貴方のような者こそ、寛容をもって卑小を受け止めなければ」
「そうか。パチェは優しいな」
「貴方ほどじゃあないわ、レミィ」
「うふふふ」
「あははは」
「ぅぐぉぉぉぉ……!」
 空中をかきむしりながら、魔理沙は怨嗟の呻きをあげた。
 優雅に紅茶の杯を傾けあう二人に言いたい事は山ほどあったが、今の彼女たちに勝つ事は絶対に無理だと判断し、大人しく座り直す。
 因みに霊夢と咲夜は、彼女の後ろで雑談に興じている。
「でねレミィ、貴方に私の血を飲んでもらいたいのは山々なんだけど」
「普通に山々言ってるよ……」
「多分一口で貧血、二口で昏倒、三口で他界だと思うのよ」
 実に的を射た分析だった。
 しかしレミリアは力強く頷き、
「パチェなら大丈夫! ……寧ろパチェにしか出来ない事よ!」
 当たり前である。
「……そう言われると大丈夫な気がしてきたわ!」
「さあ!」
「ええ!」
「待てぇぇぇ?!」
 至極あっさり肩をはだけさせたパチュリーに、思わず魔理沙は待ったをかけた。
「そんな軽いノリで許すなよ! 死ぬぞ下手したら!」
「私が死んだら、海の見える丘に埋めて……」
「幻想郷にそんな場所はねーよ!」
 そんな馬鹿話をしている間に――約一名にしてみれば命懸けな話だが――レミリアはパチュリーの背後に回った。そしてその両肩に手を置く。
「……初めてなの。痛く、しないで……」
「大丈夫よ。これはむしろ気持ちのいいことなんだから……!」
「なんかやらしいよお前ら!」
 互いに顔を赤く染めて語らう彼女らに、同じく顔を赤くして魔理沙が叫んだ。
 因みに霊夢と咲夜は、固唾を飲んでその光景に見入っている。
 くあとレミリアの口が開かれる。その発達した犬歯をパチュリーの細い首筋に埋め……
「お待ち下さいぃ!」
 突如として響いた声と共に、レミリアがふっとんだ。
 何が起こったのかとパチュリーが振り返れば、そこには両手両足両翼を意味不明なまでにねじ曲げ、見ようによってはお星様な形状となった小悪魔の姿。
「くっ、紅魔館の主に向かって何たる暴挙……!」
「ていうか、どこにいたんだよ」
 魔理沙の突っ込みはあっさり流して、彼女はレミリアに宣言する。
「パチュリー様のぞっとするほど細い背中! はっとするほど艶やかな首筋! そして眩いほどに白いうなじ! これは正に人類の至宝!」
 悪魔が言うなと魔理沙は思ったが、後ろを見やれば、霊夢と咲夜は感じいったように頷いている。人類による多数決原理によって、今ここに人類の至宝が誕生した。対象は魔女だが。
「いかにレミリア様と言えど、これを汚すことは許されません!」
「くっ、一理あることを認めざるを得ないわ……!」
 がっくりと肩を落とし、レミリアはうなだれる。
「じゃあ、じゃあ駄目なの?! 私はパチェの血を飲むことは出来ないの?!」
「ご安心下さい!」
 悲痛に叫ぶ彼女に、小悪魔はしたりと請け負う。
「あと七日もすれば」
「アグニシャイン」
 巻き起こる爆炎が、小悪魔を熱く激しく焼き焦がす。
「え? 何?」
 いきなりの惨劇に、レミリアは首を傾げた。
「つまり親指と親指の間から」
「サイレントセレナ」
 舞い散る光が、まだ生きていた小悪魔を深く静かに焼き尽くす。
「さ、流石は月のも……」
 最後の言葉も皆まで言えず、小悪魔は倒れた。人類の至宝を守った彼女の勇姿は、後の世まで語り継がれることだろう。
「パチェ!」
 燃え尽きた小悪魔は捨て置いて、レミリアが咳き込むパチュリーに駆け寄った。
 体調が良くもないのに、無理して月符を使ったせいだろう。そこまでする必要があったのか、魔理沙としては疑問だったが。

「ということなんだけど」
「事情は分かりましたが……」
 レミリアの言葉に首を傾げるのは、美鈴だった。
 先のお茶会は、結局パチュリーの体調不良でお開きとなった。
 彼女は自分はいいから続けてと言ったのだが、レミリアは頑として首を振ったのだった。
「なんとか安全にパチェの生き血を啜る手段はないものかしら」
「発言が悪役チックですね。しかしなぜ私に?」
 再度彼女は首を傾げる。
「パチュリー様には、まあ勿論聞けないでしょうけど、咲夜さんは?」
「勿論聞いたわよ」
 大して広くも綺麗でもない詰め所で頬杖を付くレミリアは、正に掃き溜めの鶴だった。美鈴もだが。
「自信ありげに頷くもんだから期待したんだけど、念のため「薬は駄目よ、味が変わるから」って言ったら」
「こだわりの畜産業者のようなご発言ですね」
「違うわよ」
「存じております」
 少し目つきをきつくして言う彼女に、美鈴は頭を垂れる。
「……そしたらいい笑顔を浮かべて下がって、そのまま戻ってこなかったわ」
 咲夜は永遠亭一味とは相性がいいらしい。
 特に永琳は、暇を見ては紅魔館にまで足を運ぶ程だ。
 レミリアもそれを知っていた為の釘さしだったのだが、どんぴしゃりだったらしい。
「誰彼構わずですか」
「溺れる者は藁をも掴むと言うでしょう」
「相応のものを掴まないと結局沈みますが。魔理沙さんあたりはどうです?」
「あれの発案をパチェに施すのが嫌」
 ごもっともで、と美鈴は再び頭を垂れる。
「では藁なりに頑張りますか。……そうですね。医食同源というのはどうでしょう」
「どういう事?」
「体に悪い所があったら、そこと同じ箇所を食べると治るよ、という思想です」
「パチェに血を飲ませればいいの?」
「絶対に吐くと思います」
「えー?」
 美味しいのに、とレミリアは不満げに口をへの字にする。
「なので、この場合は血が沢山含まれているレバーとかの料理がいいんではないでしょうか」
「人間の?」
「……絶対に吐くと思います」
 まあそうか、と今回は納得したように頷いた。
「まあ分かったわ。じゃあお願いね美鈴」
「え? お嬢様が作るんじゃないんですか?」
「何で私が」
 驚いたように自分を指差す彼女。
「パチュリー様から血を頂くかわりにパチュリー様に料理をご馳走する。何となく理にかなっている気がしませんか? それに、ちょうどよろしいかと」
 言われてレミリアは考え込む。
 そちらは既に準備万端だったのだが。しかし。
 ややあって、
「悪くないわね」
 と彼女は頷いた。

「あら? まだいらっしゃったんですか?」
 作業の手を止め、小悪魔は扉を振り返る。
「珍しく呼び出したくせに、とんだご挨拶だぜ」
 戸口に立つ片一方、魔理沙が軽口をたたいた。
 もう一方、霊夢は感慨なさげに図書館を見渡している。
 そうでしたね、と小悪魔は頷き、
「パチュリー様が倒れたのは嬉しい誤算でした」
「お前本当にパチュリーの使い魔か?」
 言われた彼女はにやりと笑って、それには答えず、
「それはさておき、パチュリー様のことを思ってのことなのは確かですよ」
「まあなぁ」
「やって頂きたいことは別に多くはありません。お知り合いに声をかけて頂ければ結構です」
 言って彼女は、作業台の上に置かれたそれを撫でる。
 魔理沙もそれを覗き込み、
「……何で年齢ぼかすんだ」
 そこにあるのは、「パチュリー様百ペケペケ歳誕生日おめでとう」と刺繍された垂れ幕だった。
「乙女の秘密です」
 悪戯っぽく、鼻の前で人差し指を立てる小悪魔。
「乙女ってガラかぁ?」
「乙女ですよ?」
 呆れたように言う魔理沙に、彼女は至極真面目に返す。
「……マジか?」
 ふははは、と要領を得ない高笑いをあげ、小悪魔は作業に戻る。
「ちょっ、おい」
「こあーくまーねえ糸のほーつれーなくー縫い上げたならーああーああー」
「話をぐぇ!」
 即興の歌い出した小悪魔になおも食いつこうとした魔理沙が、霊夢に襟首を引かれ奇声をあげて黙る。
 聞くべき事を聞いた彼女にしてみれば、図書館など退屈極まりない空間だ。そのまま魔理沙を引きずって退館していく。
 その背に小悪魔はひらひらと手を振った。
「本が……」「パチュリーが寝てる今がチャンス……」などという外道な悲鳴も聞こえてきたが、小悪魔にしてみれば、そんなことはどうでもいいのであった。

 流石に普通に霊夢の隣りに並んで歩く魔理沙が出会したレミリアは、大変不機嫌だった。その後ろには、眉をハの字に苦笑する美鈴が続いている。
 二人の姿を確認すると、美鈴は直ぐにいつもの人好きのする笑顔を浮かべた。
「お帰りですか?」
「おう」
「お二人とも顔が広いですから、期待してますよ」
「宴会部長の力を見せてやるぜ」
「……それで本の借りを返したとは思わないことね」
 ぶすっとした表情のまま、レミリアが釘を差す。
「何でお前にそんな事言われなきゃ……」
「元々あれは私の本よ」
「ところで魔理沙さん」
 険悪になりかけた両者の間に、春風のように穏やかな声が抜ける。
 刺すような視線をレミリアは美鈴に向けるが、当の彼女はどこ吹く風とにこやかに続ける。
「魔理沙さんは料理出来ます?」
「あー? そりゃあ一人暮らしだしな、一通りのことは出来るぜ」
「そうですか。それは一度味を見させて頂きたいですねぇ」
「気が向いたらな」
 最早何時ものように言って、魔理沙は踵を返す。同情するような視線を向ける霊夢には片目を瞑ってみせ、そしてふかぶかと頭を垂れた。
「……魔理沙さんは料理が出来るそうです」
 二人の背中が見えなくなったところで、美鈴は主の背中にそう声をかける。
「……だから何」
 先ほど散々包丁で切った、しかし既に傷跡一つない指先を見つつ、絶対零度の声音で言う。
「先ほどの人間は、必要に駆られてやむを得ずその技術を身につけただけです」
 美鈴の発言に、怪訝そうに彼女を見上げる。
「それに対してお嬢様は御友人のためにその技術を身につけようとしていらっしゃる。五百年過ぎても尚衰えぬ向上心と、パチュリー様への篤い御友情に、私は感服する他ありません」
 聊か大袈裟過ぎる口上だった。
 そもそも事の発端は、パチュリーの血を吸うためだったはずだが、その辺はぼかす。
「……まあね! 驕りは大敵、常に研鑽の心を持たないとね!」
「流石ですお嬢様!」
 あっさりと機嫌を直し胸を張るお嬢様に、喝采する門番。
 単純だった。

「そもそもね」
 再び調理場に立ち、レミリアは言う。
「このレバーっていうのが柔らかすぎるのがいけないのよ」
 早くもべちゃべちゃになったまな板を、彼女は忌々しげに睨んだ。
 血の海のような流しは、あたかも殺戮の後のよう。
 力の有り余っている吸血鬼には、敷居の高い食材だった。
「確かにちょっと難しいですよね。刃物関係ですし、咲夜さん呼びましょうか」
「……」
 美鈴の提案に、レミリアが黙る。
「……ほら、私って褒められると伸びる子だから」
「子って……」
 何があったんだ、と美鈴は慄いたが、考えてみれば咲夜はいざ何かを教えるとなるば、例えレミリア相手でも容赦がなさそうだと勝手に納得する。
 そしてそれは概ねあっていた。
「うーん、そう言えばレバーペーストという食べ物があるそうです」
「レバーペースト?」
「はい。レバーをペースト状にしたものだそうですが」
「そのまんまじゃないの」
「こういう説明しか出来ない程度の知識しかないんです。やっぱり咲夜さんを……」
 いやいやと首を振るレミリア。
「……ではパチュリー様に」
「パチェに?」
 あからさまに表情を曇らせる。
 彼女に聞いては本末転倒ではないか。
「日もありませんし、それにパチュリー様もお気づきにはならないかと。御自身の体調に頓着されない方ですし」
 美鈴の言葉にレミリアは、また違った意味で表情を曇らせる。
 そうなのだ。彼女はどれだけ自分に心配をかけているのか、分かっているのだろうか。
 なにやら思索を巡らし始めたレミリアを見、美鈴は満足げに頷く。
 ややあって何がしかの結論が出たのか調理場を出て行く彼女の後ろに、美鈴は黙ってついていった。

「レバーペースト?」
 読んでいた本を閉じ、背もたれにしている枕の下にそれを仕舞い、パチュリーは訝しげにレミリアを見る。
 余りにも真ん中直球なレミリアの物言いに、しかし美鈴は笑みを噛み殺していた。
「うん。聞いた話だとレバーには沢山血が含まれているらしいじゃない? たまには変わった手段で摂取しようかと思って」
 多少苦しいが、説得力がないわけでもないことを彼女は言う。
「でも、よっぽど新鮮な肝臓でないと、血抜きをしないと食べられないわよ」
「そうなの?」
 先ほどの調理場の惨劇を思い返しつつ、レミリアは問い返した。
「ええ。長くはもたないから、食べきりにして鮮度の高いものを選んだ方がいいわ」
「じゃあ血抜きはしないほうがいいのね」
「一概にそうとはいえないわ。血抜きをすれば日持ちするようになるから、熟成させることもできるし。まあそうなると、血液摂取の意味合いは薄れてしまうと思うけど」
「ふぅん、パチェは物知りだな」
 そう言われて、今まで淀みなかったパチュリーの語りが止まる。
 不思議に思って見てみれば、視線を泳がす彼女の姿。
 ちなみに美鈴は、もうどんだけ、とよくわからないことを言いながら、腹を抱えて身を捩っている。
「パチェ?」
 そんな美鈴の様子には気付かずに、レミリアは友人に声をかけた。
「……え? ああ、うん」
 いまいち不明確な声を上げ、パチュリーは視線を戻す。
「そ、そうなの。実は昔はよく食べてたんですよ、レバーソーセージ。タイムを効かせたそれをパンにのせるのがまた絶品で。レバーの含有率が高いと味が強くなるんですけど、形がはっきり残るんです。趣味が悪いと散々言われましたけど、私は結構好きで……。レミィ?」
 珍獣でも見るかのような風情のレミリアに、パチュリーの表情が怪訝なものとなる。
「……ごめんねパチェ。まだ体調が万全じゃないのに、つまらないこと聞いちゃって」
「いえ、そんな事ありませ……ないわ」
「ゆっくり養生してね」
 さすがに何も言えず、パチュリーは退室するレミリアを見送る。
 そんな彼女に美鈴は微笑みかけ、そしてレミリアに続いた。
 独りきりとなった室内で、パチュリーは寝台の敷布を叩き、そしてそのままずるずると沈んでいった。

「料理は心と、私は思う訳ですよ」
 パチュリーの前に食器を配膳しつつ、小悪魔は言う。
「悪魔の言うこと?」
 幾分ふてくされた様子で、彼女は答えた。
「心無い悪魔、だから魂を求めるのかも知れませんね」
 軽く流し、さておいて、と小悪魔は続ける。
「美味しい料理を作るなら、手間を惜しんじゃいけません。しかし手間は手間と言うだけあって、大変手間です。その手間を手間と思わず手間に手間をかける為の原動力が、心です」
 淀みなくそうまくし立て、今何回手間って言いましたっけ、と首を傾げた。
 最後のも入れて九回、とパチュリーは答える。
 さておいて、と小悪魔は再び仕切り直した。
「友情、愛情、親愛、敬愛、あるいは忠誠あればこそ、です」
 お召し上がり下さい、と彼女は頭を下げる。
「……愛情だけは、勘弁ね」
 つれなく言って、パチュリーは麺麭に苔桃入りのそれを塗り付けた。
「如何ですか」
 麺麭を齧る彼女に、そう声をかける。
「如何ですか」
 咀嚼する彼女に、そう声をかける。
「如何ですか」
 嚥下する彼女に、そう声をかける。
「如何ですか」
「美味しいわよ、莫迦」

 一週間が経過した。
 パチュリーは何時ものように、起こされる。
 魔女となり睡眠を必要としなくなったためか、彼女は一度眠ると基本的に起こされるまで起きない。悪夢などを見たときは別だが。
 以前目覚まし時計を導入したこともあったのだが、あまりにも刺激的過ぎたため使用中止となった。
 故にパチュリーを起こすのは小悪魔の仕事である。
 揺り動かす小さな手の主にありがとうと不明瞭な発音で礼を言い、彼女は寝台から起き上がった。
 寝ぼけ眼のまま寝間着を剥ぎ取られ、されるがままに着せ替え人形にされる。
「お早うございます、パチュリー様」
「……お早う」
 未だ目を線のようにしたまま、パチュリーは小悪魔に挨拶を返した。
「さ、お早く。皆様お待ちですよ」
「……んー」
 皆様といっても、朝食の席にに着くのはパチュリーを除けばレミリアしかいない。
 寝起きの頭でそんな事を思いながらも、小悪魔に手をひかれるまま、彼女は図書館を出た。

「パチェ、誕生日おめでとう!」
 そしてレミリアのそれに続くおめでとうの唱和に、未だ閉じかけだったパチュリーの目が見開かれた。
 広い食堂には幾つもの卓が並び、無数の料理が配膳されている。主賓の到着前に、既に空になっている皿もあった。
 見渡せば見知った顔がちらほら、そして見知らぬ顔がいくつもある。
「せっかくだから、盛大にしたのよ」
「せっかくだからって……」
 レミリアの言葉に、彼女は未だ驚き覚めやらぬ様子で辺りを見渡す。
 今までにも彼女に誕生日を祝ってもらったことはあったが、これほど大袈裟な催しとなったのは初めてだった。
「ほら、今年はパチェが紅魔館に来て百年目だから、ね?」
「せ、せっかく年齢ぼかしたのに、それ言っちゃ意味ないじゃないですか」
「言わなくちゃ意味ないじゃないの」
 まあそうですけど、とののじ字を書いていじける小悪魔。
 パチュリーはその背を、労うようにそっと押した。
「それにしてもパチュリー様、その服お似合いですね」
 酒杯を二つ持って言ってくるのは美鈴だ。
「……服?」
 妙な彼女の言葉に、パチュリーは自らの身を見下ろした。
 そこには何時もの寝間着じみた服ではなく、黒を基調とした夜会の盛装があった。
 驚いてレミリアを見る。
 彼女はパチュリーを見て満足げに頷き、
「うん、やっぱりね。パチェには黒が似合うと思ったのよ」
 言って彼女は無邪気に笑い、改めて言う。
「誕生日おめでとう、パチェ」
 思わず彼女を抱き締めた。そしてその頬に軽く口づける。
「ありがとう、レミィ」
「ううん、パチェ」
 くすぐったそうに、気持ちよさそうに目を細めてレミリアは言う。
「はーい、撮影はご遠慮くださーい」
 しばしの抱擁を交わしていた二人は、美鈴のその言葉に我に返った。
 見れば彼女は鴉天狗の写真機と二人の間に割って入り、巧みな身のこなしで射線を塞いでいる。
 そそくさと離れるレミリアとパチュリー。
 舌打ちする鴉天狗。
 息をつく美鈴。
「ありがとう、美鈴」
「いえいえ」
 パチュリーの言葉に彼女はにっこりと笑い、そして酒杯の片方をを手渡す。そしてもう片方をレミリアに。一滴たりとも中身が零れていないあたり、魔法よりも魔法じみている。
 澄んだ音をたて、二つの杯は交わされた。

「だけどな、主役の独占はよくないぜ?」
「出たわね」
 言いつつも、パチュリーの表情に険はない。同じく杯を携えてくる魔理沙の口の端は、吊り上がっている。
 レミリアは僅かに唇を尖らせつつも、理は認めたらしい。パチュリーの二の腕を軽く叩いて、身を翻した。
「また大掛かりにしたものね」
「枯れ木も山のにぎわいって言うだろ?」
 向き直り、杯を軽く掲げる彼女に、同じく魔理沙も杯を掲げた。
 軽く視線を、辺りの喧騒に巡らせる。
「……まあ、悪い気はしないわ」
「何よりだぜ」
「でも、これで本の借りを返したと思わないで」
 澄まし顔で言うパチュリーに、彼女は苦笑いした。
「……主役の独り占めは、よくないんでしょ?」
 挨拶くらいさせなさいよ、と口を挟んできたのはアリスだ。
 彼女だけではない。
 珍しくパチュリーの関わった伊吹萃香の宴会騒ぎ、その関係者たちが続々と彼女の周りに集まってきたのだ。
 博麗霊夢、魂魄妖夢、西行寺幽々子、八雲紫……
 魔女の周りに、これほどの人妖が集うとは。
 一体これは何事か。
 高い天井を見上げる。
 しかし、まあ。
 悪い気は、しなかった。

 なし崩しに、饗宴が始まった。
 パチュリーの事をよく知らない者たちからすれば、この騒ぎも何時もの宴会の延長であったろう。
 しかしパチュリーは、レミリアから見ても珍しいと映るほどに、上機嫌に楽しんでいる。
 誰彼構わず陽気に話し掛ける彼女など、滅多に見られたものではない。というより、初めてお目にかかる光景だった。
 特に絡まれていたのは、リグルだ。
 知りません知りません知りません貴方のことなんて知りません此処が何処だか分かりません昔のことは覚えていません虫は莫迦だから覚えていません、……覚えていない?、はっ?! しまった!
 会話の一部を抜粋すると、こんなだった。何のことだか、レミリアには分からなかったが。
 ともかく彼女を見つけて以降、パチュリーはリグルを連れ回して各卓を巡っていった。
 その光景たるや、魔理沙ですら奇異の視線を向け、関係者各位に物議を醸したほどだ。
 正に百年に一度の事だと、レミリアは思う。
 嬉しかった。

「お疲れ様、パチェ」
 丁寧に包装された箱を手渡して、レミリアは言う。
「貴方もね、レミィ」
 その重みに中身を察しつつ、パチュリーは笑顔で答えた。
 改めてパチュリーの私室で、改めて二人は語らう。
 先の盛装は既に脱ぎ捨て、何時もの部屋着で寝台に腰掛る。レミリアもそこに並んだ。
「ねえパチェ」
「なあにレミィ」
「最初の一杯しか、飲んでないでしょ」
 そう言われてパチュリーは軽く目を見開いて、そして苦笑する。
「ばれてた?」
「そりゃあね」
 私の視線は何時だって貴方に釘付け、と冗談めかして言い、
「まあ、パチェはお酒あんまり得意じゃないしね」
「そうね。せっかく体調もよかったし」
「まあ確かに、調子は良さそうだったけど」
 躁じみていた先の彼女の振る舞いを思い浮かべて、言う。
「あ、じゃあこれは余計だったかしら」
 レミリアは、持ってきたそれらを指でつついた。
 葡萄酒、硝子杯、そして前菜の乗った皿。
 パチュリーは穏やかに首を振り、
「だって、本番はこれからでしょ?」
 言って彼女は肝臓入り腸詰めの乗った薄切りの麺麭を摘み、そっと口にくわえた。
 ゆっくりとかみしめ、味わう。
 こくりと飲み下し、
「料理は心、なんだって」
 パチュリーの言葉に、レミリアは葡萄酒を注ぐ手を止め、彼女を見る。
「愛情、友情、親愛、敬愛、あるいは忠誠あればこそ、らしいわよ」
「そう」
 合点がいったように、レミリアは笑った。
「如何?」
「美味しいに、決まってるわ」
 でも、と悪戯っぽく笑い、
「忠誠だけは、勘弁ね」
 吹き出して、
「言わずもがなね」
 そして、
「言わぬが花、ね」
 と続ける。
 ひょいと彼女の手の内から、赤に満ちた杯が奪われた。
 不思議そうに、レミリアは盗っ人の顔を見る。
 中身をくっと、一息に飲み干した。
「景気付け。……味が変わるから、一杯だけね」
 言って彼女は艶然と微笑み、胸元を緩める。
「どうぞ」
 あらぬ方を見、ほんのりと朱の差した白い首筋を晒すパチュリーに、彼女は目を見開いた。
「いいの?」
「何を今更」
 呆れたように言って、一度彼女は振り向く。
「その心算、だったんでしょ?」
「その心算、だったんだけどね」
 両手を腰に当て、レミリアは怒った風に言った。
「パチェの健康管理の無頓着ぶりに、私は呆れました」
 精々年上ぶって、彼女は言う。
「だから沢山食べて、元気になりなさい」
 堪えきれずに、パチュリーは噴き出した。
「何よ」
 唇を尖らせて言うレミリアに、彼女はううんと首を振る。
「同じ事、考えてたんだなぁって」
 パチュリーは枕に手を伸ばすと、その下から本を引っ張り出した。
 表題は、「体に美味しい健康料理」。
 もう一切れ、彼女は麺麭を口にする。
「これでも手間を、かけたのよ」
 愛情か、友情か、親愛か、敬愛か、はたまた忠誠か。
 参った、とばかりにレミリアは両手を上げた。
 それでも何とか、
「忠誠だけは、勘弁ね」
 と返す。
 その言葉に、パチュリーは満足げに頷いて、そっと上を向いた。
 頂きます、と彼女は言い、召し上がれ、と彼女は言う。

 パチュリーの首筋に顔を埋めたところで、そうだとレミリアは思い出したように言った。
「気持ちいいっていうのは、本当だから」
「……やっぱりちょっと待」
 がぶり。
 SHOCK.Sにございます。
 今更ながらに吸血話。
 矢張り未だに紅魔館。
 それではお気に召していただければ幸いです。













 扉を開くと、桃色の霞がかかっているような妙な錯覚を覚える。
 寝台を見れば、二つの膨らみ。
 昨日はお楽しみでしたね、という一文が真っ先に頭をよぎるあたり、自らの悪魔性を改めて認識する。
 大義名分のため小さく、本当に小さく声をかけてから、上掛けを捲り上げる。
 一糸纏わぬ処……少女が二人。
 そして、真紅に染まった敷布。
 ネクロフィリアでインモラルな様相は、個悪魔的にはやったぜぐっ、といった感じだ。
 急な換気に身を震わせて、レミリア様が身をよじり、目を覚ます。
 すぐ隣にパチュリー様が横たわっていることにいささかの疑念を感じるでもなく、極自然に声をかけようとして……自分の掌が血に染まっているのに気づいたようだ。
 悲鳴を上げてパチュリー様に縋りつく。
 パチュリー様もさすがに目を覚まされたようだ。
 レミリア様が懸念した、瀕死だとか貧血を起こしているということもなさそうだ。
 むしろパチュリー様は、自分とレミリア様が全裸であることに動揺しているようだった。
 痛いところがないかとしきりに聞いてくるレミリア様にもしどろもどろだったパチュリー様だが、寝台の有様を見、レミリア様の慌てようを得心したらしい。
 別にこの惨状は、レミリア様の飲み零しが原因ではないだろう。一因ではあるだろうが。
 単に、パチュリー様が何も身につけていなかったことが原因だ。
 どう説明したものかと、パチュリー様が頭を抱える。
 ここは私の出番だろう。仮にもパチュリー様の世話役を自認している以上、この役割は必然と言える。満面の笑顔を浮かべて、したり顔で口を開く。
 ……ところで、パチュリー様は本当に体調がいいようだ。
 迫りくる日輪の輝きが、その日私が最後に見た光景だった。
 ……重い筈なのになぁ……

 ――小悪魔の手記より引用 
SHOCK.S
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コメント



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10.100名前が無い程度の能力削除
いいなあ
18.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔はパチェ内部の体調を気にし過ぎててエロいです。
21.70☆月柳☆削除
白!
でも想像力豊かな自分には黒ぉぉ!!
25.80はむすた削除
青らめるとかダブルマウンテンとか表現がとても面白かったですw
26.80名前が無い程度の能力削除
情感たっぷりの吸血シーンを求める!
31.90名前が無い程度の能力削除
そうか、パッチェさんは『重い』ほうなのかうふふ
この二人の友情話はあんまり見ないから貴重ですなぁ
34.80下っぱ削除
ホームコメディという単語が浮かびました
各キャラの距離感がとても心地よかったです
38.100名前が無い程度の能力削除
パチェがかわいいと思うのですよ
39.80名前が無い程度の能力削除
なんというエロさ
45.80名前が無い程度の能力削除
よいですねぇwww

あとがきが「個悪魔」になってます
46.90名前が無い程度の能力削除
百歳過ぎてもあるのか…
魔女は大変だな
48.100A削除
乙女の資格は心だって誰かが言ってた気がします。