Coolier - 新生・東方創想話

チルノのお面

2009/02/05 23:49:07
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この作品は二次創作です。


チルノがチルノらしくないかもしれません。

人間不信になりたくない方、「お面」にトラウマがある方は、読まない方がいいかもしれません。

某有名作品(複数)の台詞など、パロディ要素が複数、含まれているかもしれません。

それでもいいよ、という方はお進み下さい。



























ばんっ


がらん からん からん からん からん

扉が勢いよく開き、
来客の入店を知らせるカウベルが鳴る。

「遊びにきたぞ~霖之助~!」

「チルノ、扉はやさしく開けなさい。……珍しいね、ひとりかい?」

「そうだよ!」

昼下がりの香霖堂。店主、森近霖之助は、
収入など望めそうもない氷の妖精、チルノに対応する。

カウンターそばの店主専用席で、お茶をすすりながら。

……いつもなら、大妖精といっしょに店内を物色するのだが。

珍しいこともあるものだ。

なお、氷の妖精のいる空間は涼しくなる。

熱いお茶のありがたさが、際立つというもの……。

収入は望めなくとも、彼女が利益をもたらしてくれるのがとてもうれしい。

どこぞの紅白と黒白にも見習っていただきたいものだ。

なにか、おもちゃでもあげるべきだろう……。あればだが。


ところで、大妖精はどうしたのかな。


「チルノ、ところで今日は大妖精はどうし」「あーーーーーーーーっ!」


さえぎられた。
どうやら気になる品を掘り当てたらしい。
ぺたぺたとチルノがカウンターへとかけより、それを霖之助の前へ置く。

「霖之助。これ、なに?みたことない!」

霖之助は置かれた品を指でたたく。

外の世界の『ぷらすちっく』で作られたお面が、こつこつと軽い音を鳴らす。

お茶をすすりながら霖之助が話す。

「これはお面だよ。」

「おめん?」

チルノは首を傾げる。霖之助は湯のみを置き、面を調べ始める。



「そうさ。お面だ。見たことないか?神社の縁日なんかで見るだろう?」

チルノが腕を組んでない頭で考え出す。
「ん~あんまり。……それより、わたあめとか、かきごーりとかのほうが好きだし?」

チルノらしいな、と笑う霖之助。

お祭にいったのなら見ていないわけはないのになぁ。定番商品のひとつだろうに。

多分、興味がないから覚えてられないのだろう。

「それじゃ、しかたないな……ん。」

……紐が切れてしまっている。これでは被ることができない。

カウンター下から適当に、鋏と新しい紐を取り出す。

古い紐を取り去り、あたらしい紐を結いつける。

「で、おめんって、なに。どう使うの?」
チルノは作業を目でおいつつ聞いてくる。

ぱちん。

結んだ紐から余計な部分を鋏で切り取る。


「これでいい。さて、お面がどういうものなのかというとだな。」

指の間ではさんだ面を、霖之助は自分の顔に被せる。


霖之助は面の目のあたりからの狭い視界から、チルノが見える。

チルノは霖之助の顔が、赤と白で彩られた面で隠れて、見えなくなる。


「……こうするためにある。お面を被って顔を覆い、自分の顔を相手から見えなくする。」


……面を被ったとき特有の、優越感にも、安心感にも似た、奇妙な感覚が去来する。


自分は相手の顔がわかるのに、相手は自分の顔がわからない……。



「ん~……よくわかんない。たのしいのか?」

小首を傾げるチルノ。

「それ以上首を傾けるなよ。頭がとれたらかなわないからな。」

「そ、それはやだ!」
傾けた頭を元に戻すチルノ。
霖之助はお面をはずし、チルノの手の届かないところでぶらぶらさせる。

「まぁ、つけてみたらわかるだろう。きっと気に入ると思うよ。
 それに、これは外の世界でのヒーローのお面らしい。」

「ヒーロー?ってなに?さいきょうとどっちがすごい?」

ヒーローを知らないのか……食い付くと思ったのに。『さいきょう』と同じくらい、
チルノが目指しそうな感じがしたが。

「そうだなぁ。たぶん、同じくらいすごいと思うよ。

 なにせヒーローはつよいからねぇ。どんなに傷ついても何度負けても、
 最後には必ず悪者を倒して、お姫様を取り返すんだよ。

 お面は、ヒーローが正体を隠すためによく使う道具のひとつだ。
 このお面を被れば、その恩恵を得ることができる、というわけさ。」


「す……すげぇ!貸して!お面貸して霖之助!」

目を輝かせ、カウンターに身を乗り出すチルノ。

はいはい、とチルノに面を渡す。

受け取ってすぐに、ばばばっ、と素早い手つきで面を被る。

「ふぉ、ふおおおお……!」


……あの奇妙な感覚は氷精にもわかるものらしい。
感動(?)しているチルノの脇で、霖之助は語る。


「お面はそんな風にして、顔を隠すためにある。その意味合いは多種多様だ。

 どんな素材で作った面で、いつ、どこで、
 どんな表情、姿を模した面を被るかで、同じ面でも意味が変わる。

 節分の鬼のお面、豊穣神楽なんかでたまにみる狐面、翁、姫のお面。

 子供の健康や成長を願う、ヒーローのお面。犬、猫、そのほかたくさんあるね。

 多分数え切れるようなものではないだろう。

 古代にあったという、恐ろしい魔術儀式の媒体にも時折、使われたことがある。」


「なにせ、顔を隠すということ自体の印象が強いからね。

 面と向かったのに『顔がわからないことがわかる』なんて、
 普通ではありえない、おかしな感覚だろう?

 それから想像できることは、あまりにも多い。

 そういう観点から見れば当然、日常ではなく非日常的な意味合いを持つようになり、
 物語をなぞる演劇や神前の演舞などの、特殊な状況で使うのが主流となるわけだ……。」

ここまで一気に霖之助は話した。

が、チルノが話を一割も理解していないことに、話しきってから気付かされた。

「とにかく、すげえのか!」
この反応である。しかたあるまい。

「ああ、とにかく、すごいのさ。」
目をつぶり、店主専用席に座りなおして、お茶をすする。






面(めん)と書いて、面(おもて)とも読む。





しょせんは面と向かったところで、その顔はわからない。


お面と対面したときに感じる不安は、

相手の顔がわからないことよりもむしろ、
『相手が顔を見せる意思がない』ことに対する、動揺による所が大きい。


しかしお面をしていなければ、それが素顔なのだろうか?

そう思い、安心するのは容易い。しかしそれは間違いなく、幻想。


自分の本当の顔を理解しているのは、厳密にいえば自分のみだ。

下手をすれば自分でも、自分の顔がわからないことがありえる。

そして悲しいことに、その逆はあまり聞かない。

自分の顔が、自分で理解できない。

そうなってしまった者の末路は……おぞましい。



面と面。



笑いながら、憎悪の鍋をかき回す。


冷静を装い、憤怒の苗に水を撒く。


涙を流す。その実は、腹を抱えて笑う。


堂々と立ち回る。威圧する。内心、限りなく増大する恐怖に震える・・・。




人間は、おそらくなによりもそのような術を操ることに長けた種族だ。

逆にいえば、その術が人間を生かしている、ともとれる。

押し隠せない人間を殺すものから、自らを守るために。

人を食う妖怪からだけではない。

むしろ、主に、ヒトが築いた社会から、人間から、自らを守るために……。





昔の子供はこう問うた。


本当の顔ってどんな顔。

お面の下の顔が、本当に本当の顔なのかな、と。




お面がなくとも面を繕う術を、人と妖怪は学んだ。


感情があったとて、それを顔に出すかは全く別の話。


しかしそれゆえに、時代によってはそれを用いる風習もあった。

つまり、なんらかの理由で顔に出せない本当の気持ち。それを表現する手段として。


あなたが好きです。とか。

感謝しています。とか。

あのときは、ごめんなさい。とか……。



多分、人間はそれらさえ『面』として活用する域に達したのだろう。

となれば、その風習は意義と意味を失う。
意味を無くした風習ならば行うものは減り、それは絶えるしかない。




ふと氷精を見やる。

お面から覗く狭い視界が、チルノにとっては新鮮だったようだ。

赤と白で彩られた『ヒーローのお面』を霖之助から譲り受けた氷精は

おおっ とか ああっ とか言いながらぐるぐる回る。

チルノのお面から見える世界は、どんなふうなのだろうか。
どうやらえらく気に入ったようだ。


あのお面は、香霖堂にかなり昔にやってきたものだ。

外の世界における、紅白で彩っためでたいヒーローを模したお面。

幻想郷にきたということは、外の世界で売れなかったのか、時代の波に忘れ去られたのか。

香霖堂においては一向に買い手がつかず、

霖之助も里の子供にでも譲ろうか、と考えていたところだったのだ。

どこに埋まっていたのか、チルノもよく見つけ出した。

このままチルノに譲ることにしよう。収まりどころがあるのなら、それが一番いい。




……まさかあの喜びようが、繕った面ではないだろうな。



だんっ だんっ


突然チルノが勢いよく床を踏み鳴らす。

そして右手の人差し指は天を指し、左手は腰にあて。
どこかの天人がとっていたようなポーズをとる。

「あたいがヒーローなのだぁぁぁぁぁっ!!」


きぃぃ…………ん


霖之助の耳が、突然の叫び声に悲鳴をあげる。


チルノの顔からヒーローのお面がずれ落ちる。紐がゆるかったらしい。

「うぇ、あっ、まって!」

あたふたと転がったお面を追いかけるチルノ。

くっくっく、と含み笑いをする霖之助。
お茶がなくなり、急須にかろうじて残っている分を湯のみに注ぐ。

「チルノはどんなヒーローなんだい?」

お面を拾いあげ、再びばばっと装着するチルノ。

「とーぜん、あたいは『さいきょう』のヒーローね!
『さいきょう』にヒーローなのよ!」

「悪~い吸血鬼や、魔法使いや、大蛙を凍らせる?」

「そうよ!すっごく『さいきょう』なの!霖之助は『みならい』ね!」

「はっはっは、僕の香霖堂もさいきょうのヒーローには勝てないかな。」

新しく注いだお茶をすすりながら、考える。

チルノの英雄物語か……。お姫様は、大妖精といったところか。




平和に暮らしていたチルノたち。

そこへ悪い吸血鬼がやってくる。

森をあらし、湖をひきさき、大妖精を奪い去る。

チルノたちは協力して、悪い吸血鬼を倒す決心をする。

良き魔法使いに出会い、悪い吸血鬼打倒のためのヒントをもらう。

チルノは悪を打ち倒すため、仲間達と協力して、悪い吸血鬼の館へと向かう。

襲い来る吸血鬼のしもべたち。

チルノと仲間たちはそれらをかいくぐり、ときに倒し、屋敷の最奥で吸血鬼と相対する。

激しい戦いにチルノたちは傷つくが、

弱点を暴きだすことに成功したことで、ついに吸血鬼を打ち倒す。

チルノたちは見事、大妖精を助け出しました。

その後、チルノたちと大妖精は末長く、幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし。とするには相手が手強すぎるか。




障害を乗り越え、宝物を取り戻す。あるいは、手に入れる。
外の世界でも幻想郷でも、大人子供を越えての人気がある、簡素で好まれてきた様式である。



そういえば、お姫様……大妖精のことをまだ聞いていなかった。

「チルノ、店に来たときにも聞こうと思ったんだが……今日は大妖精はどうしたんだ?」

ぴくっと挙動が止まる。
「えっ?あっ、大ちゃん?えーとね……えー……」

……お面で顔が見えないが、明らかに動揺している。

霖之助はなんとなく、二人の間になにかがあったのだろうと考えた。

なにかあって、そのあと単独行動したがる。

妖精は子供にとても似ている。


ほぼ直感である。


「喧嘩でもしたか。」

「そそそっそそっそそそそそそそんなことないよ!」

あきらかにあわてるチルノ。

まさか一発で当たるとは。それもなんとわかりやすい。

「なんで喧嘩したんだ?」

「だから、してないって!」

「わかったわかった。……で、なんで喧嘩したんだ?」

「だから」「喧嘩していないのか?」

チルノはしゅん、と落ち込む。
それが素か。ということはさっきまで、無理やりテンションを保っていたのか。
ああ、恐ろしきは面と面。

「……けんかしました……。」


泣き出さないだけ、里のこどもよりか強いかもしれない。よしよし、と頭を撫で慰める。
しかし、あの大妖精とチルノの喧嘩?さっぱり光景が思い浮かばない。

「チルノが大妖精を怒らせたのか?」

「たぶん……。」

チルノが大妖精を喧嘩になるまで怒る映像。……想像できない。

「なにをしていたんだ?」

「……いつもみたく、蛙を氷漬けにして遊んでいたら、あんまり蛙を凍らせないで、って。」

さらりといったが、おそらく蛙は凍死確定。

子供の遊びは、ときに大人の想像も容易く超えるほどに、非常に残酷だ。

蛙からみれば恐ろしいことに違いない。

「でも、あたい、蛙を凍らせる遊びが好きだし、
 あたいは好きなときに好きなだけ遊ぶんだ、っていっちゃったの。
 そしたら……。」

黙りこくるチルノ。
たぶんそのあとどっちも止まれずに、喧嘩になってしまったのだろう。

霖之助は考える。大妖精が怒った理由。

蛙を氷漬けにして遊ぶのは、チルノがいつもやっていること。つまり好きなこと。

あの明るい、チルノと同じく遊び好きなはずの大妖精。

チルノになにかをやってほしくないという説得なぞ、容易く通用はしない。
それを誰よりもわかっているはずの大妖精。

チルノに嫌がられるかもしれない、とわかっていても、チルノの遊びをいさめる理由。

そこまで怒らなければならない理由とは、なにか?

霖之助はそれ以外にない、ある仮説を思いつく。

「ふむ。僕は大妖精が怒った理由を、理解していると思う。」

「ほんとう?!」カウンターに体を乗り出したチルノ。

やっぱり仲直りをしたいのだろう。


大妖精は、チルノのそばにいても変調をきたさない、数少ない妖精の友達なのだ。


霖之助は微笑みかける。

「ほんとうだとも。仲直りしたいんだろう?」

「仲直り、したい!また、いっしょに遊びたい……。」

……どうやら反省したい気持ちはあるらしい。

霖之助はカウンターの下から、大きめの厚紙、筆、墨、硯を取り出した。

カウンターに厚紙を敷く。

硯に水を垂らし、墨を磨る。

「……なにしてんの?」

「わかりやすいように、図で説明しよう。なぜ、チルノが蛙で遊ぶことを
 大妖精が怒ったのかをね。」

「うう、おべんきょう?」チルノが苦言を呈する。

「そうだ。もう喧嘩にならなくてもいように、喧嘩になった理由を、お勉強だ。」

「うう……がんばる。」

チルノがお面をはずしてカウンターに置く。

筆の先が、墨を吸う。












白紙の厚紙の上を筆が走り、蛙という字を円で囲む。

「さて、チルノ。問題だ。蛙は何を食べていきている?」

チルノは考え込む。

「え、っと?アイス?」

霖之助は笑って応える。

「蛙はアイスは食べないよ。昆虫を中心に、小型の動物を食う。」

筆が走り、蠅の字が追加される。円でかこまれ、蛙と蠅の字が線で結ばれる。

「この線は、ふたつ円の間に食べたり、食べられたりする干渉がある場合に結ぶ。
 円は、その名前を持つものの強さを示す。」

「さて、蛙だが、ハエに限らず、動物全般を食う。蛙の大きさにもよるが。
 たとえば、バッタ、コオロギ、トンボ、ミミズ……。」

白紙には次々と円に囲まれた飛蝗、蟋蟀、蜻蛉、蚯蚓と、

蛙が捕食する生物の名前が次々に追加されていく。

「さて、チルノ。また問題。この蛙に食われる動物たちは、何を食べて生きている?」

「えっ?か、かずがおおすぎる……。」

「じゃあ、ハエがたべるものでいいよ。」

「えーと、うーんと?湖の魚!とか?」

さて幻想郷には、魚をとるハエがいただろうか。

湖に関してはチルノの方が知っていてもおかしくない。

自分の知る限りでは、そんなでかいハエは見覚えも聞き覚えもないが。

霖之助は一旦筆を硯の墨に浸すと、再び筆を走らせる。

「ハエもたくさん種類があるだろうが、いまはひとつにまとめよう。」

こんどはハエが食うものを次々とを追加した。そしてその字、円と線で結ぶ。

「ハエが食うものは、他の動物が食べるものでもあったりする。
つまり、こうだ……。」






たくさんの円と字を、墨の線はつないでいく。

白紙の上の線は網目模様を描き、どんどん複雑になっていく。









だいたい描き終えたか、と思いチルノを見やる。


先ほどから描いていたのは、

蛙を中心に、食い、食われ、土に返り、……という、

一連の連鎖をするということを示した、生態網の簡易図である。

霖之助としてはもっと描き足したかったのだが、


「ふぉぉぉ……!」


チルノの眼が既に点になってしまっている。
頭から湯気がたっている。
おまけに顔が半分程度溶けてしまっている。さすがにこれはひどい。

これ以上描いていたら彼女がダウンしてしまうだろう。
 
ぱん。と手を叩く。

「チルノ!」

「え、はっ?!」 

どうやら気がついたようだ。


「大事なところはここからだぞ。いいかいチルノ。
 つないでいくと、網目のようになったね。
 だからこういう図のことを生態網という。」

「……あい。」

やっぱりというか、集中力がないな。

ちょっと派手にしてみよう。




霖之助が手をかざすと、墨で描かれた図に波が起き、文字がゆらめく。



「おぉっ?!うごいた!」とチルノ。こちら本部。反応は良好である。


蛙を囲う円と文字が小さくなり、使われていた墨が自ら動く。
別のところへ移動していく。

墨のほとんどは、蛙が食べるはずのハエや、バッタのところへ。墨が増えた分、文字と円が大きくなる。

「これ、どういうことなの?」

チルノが問う。

「チルノがたくさん蛙を凍りつかせた、という影響を図に与えたんだよ。
 蛙が減った影響が、これから出る。みていてごらん。」


墨が揺らめく。

蛙を囲む円がますます小さくなっていき、逆に

ハエやバッタがその分、増えていく。

「おぉ~!」

「こんなふうに変わっていく。蛙が減って、減った分の蛙が食べるはずだった、
 ハエやバッタが増えた、というわけだ。これをさらにすすめよう……。」


再びかざされる霖之助の左手。

今度は増えたバッタやコオロギが、植物名から墨を奪う。

本来、増えたそれらを食べて数が増えるはずの蛙は、『チルノの影響』のために増えない。

バッタやハエが増えるのを止められない。

どんどん増える昆虫たち。弱まる植物たち……。









「ここまでにしよう。」

チルノは図を見て、すっかり黙ってしまった。再び手をかざす霖之助。それで図が止まった。

その図からは原型の想像は難しい。

植物は乏しく、増えすぎたバッタたちも食料不足で散ってしまう有様。

チルノが蛙を凍らせすぎた、それだけで簡易生態網がぼろぼろになってしまった。

ここまでの環境になってしまったら、
自然界の状況に生命が左右される妖精はとても生きていけない。


もちろん、実際の生態網にはこの図に描かれていない幻想郷の妖怪やヒトも干渉する。

天候も考慮に入れれば、それはもはや厚紙程度では収まりきらない複雑さになる。

霖之助でも手に負えないほどの、だ。

当然その網は頑丈である。

チルノ一人が多少蛙で遊んだ程度では、すり傷程度のダメージもない。

が、今描かれた図は、確実に存在する可能性の一つである。

こうなることを大妖精は恐れているのだ。



「あたい……。」


霖之助は不安になった。チルノが予想よりものすごく落ち込んでいる。

「大妖精がなぜ怒ったか、わかったかな?この図は簡素すぎるが、

 しかし間違ってはいない。イナゴが畑を耕すくらいのことをやりださないかぎり、

 こうなってもおかしくはないよ。妖精は存在できなくなる」

「……そんなぁ……」

愕然としている。

霖之助は続ける。


「妖精は、自然の調和をなくしたら存在出来ない。それはわかるね。
 
 彼女は大妖精として、調和のわずかな乱れを感じ取ったんだろう。」

「……きっとそうだよ……そんなこと、いってた……」

少々、ショックが大きすぎたか。


大好きな友達、大妖精が苦しむかもしれない理由を、

図の中とはいえ自分が作ってしまったのだから無理もない。


かたかたと震えるチルノ。霖之助はそのひんやりとした頭を撫でてやる。




「チルノ。どうして大妖精はチルノを怒ったんだとおもう?」

チルノが顔をあげる。

「え……いまやった……ちょ、ちょうわ、が……みだれるから?」

「ちがうね。」

首を振る霖之助。

「え?え……じゃあ、よ、ようせいが、く、くらせなくなるから……」

またも首を振る霖之助。

「それもちがう。第一の理由じゃない。」

困惑するチルノ。
うなだれ、下を向く。

「……わかんないよぅ……さっきのが理由じゃないの……?」






霖之助は一息に言う。






面と面。

表にあらわれる感情と、内に抱える感情は、必ずしも同じにみられるわけではない。

だから、きっと。







「大妖精は、チルノのことが誰より大好きだからだよ。

 これからも仲良く、ずっと平和に、いっしょにいたいから、怒ったんだ。
 
 ほんの少しでもいっしょにいられなくなる可能性を、見逃せなかったんだ。

 そうじゃなきゃ、喧嘩になるほど怒るなんて彼女がすると思うかい?」









チルノは顔を上げた。
泣き出しそうだったが、涙は別の意味をもったようだ。


「ほ、ほんとに……?」


「ほんとうだとも。間違いないね。」
霖之助は自信たっぷりに答える。




普通ならそのまま泣き出しそうなものである。
しかしさすがに『さいきょう』を目指すのは伊達ではないらしい。

ぐしぐしっと涙をぬぐったあとは、それはもうしゃんとしたものだった。


「いまでも……いまでも、そうおもってくれてるかな?
 なかなおり……してくれるかな?」

あと一押し。

「間違いなく、仲直りしたいと思ってるさ。」
霖之助は揺らがない。

「ただ、仲直りするためには、やるべきことがあるだろう?」

うなずくチルノ。

「……あたい……あたい、大ちゃんに謝ってくる!!」

猛ダッシュで扉を開けようとするチルノ。


「チルノ!!!」

霖之助は、呼び止められて振り向いたチルノに、
カウンターに置かれたままだった、赤と白で彩られたヒーローのお面を渡す。


「紐は締めなおした。これはチルノにあげよう。
 
 チルノ、ひとつ聞いてくれ。
 
 大妖精は、蛙を凍らすのがだめだと、いいたいわけではない。
 
 ただ、凍らせる数を、少し減らして欲しい、それだけのはずだ。」


チルノは顔を輝かせ、ばばっとお面を被る。

それは勇気のお面。ヒーローのお面。


「お面、ありがとう!霖之助!蛙の氷漬けは絶対減らすよ!」



「ほんとうだな?」



「ほんとうだよ!」




チルノが笑って言う。





「蛙と遊んでた分、大ちゃんといっしょに遊ぶもん!」




お面の下は、わらっているのだろうか。


それとも、泣いているのだろうか。




安心するにはまだまだはやい。仲直りできたわけじゃない。



それなのに、なかなかどうして。



いい返事じゃないか。



「わかった。もうなにも言うことはないよ。いってらっしゃい。」



小さなヒーロー。お面を被り。

扉を勢いよく開けて。

お客の退店を告げるカウベルが鳴る。



ばんっ 


がらん からん からん からん からん



「いってきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!」






氷の妖精・チルノは、勢いよく香霖堂を飛び出していった。


ああ、やれやれ。



霖之助は、少し暑くなった店内ですっかりさめてしまったお茶を残念に思いながら、


カウンターに置かれたままの道具たちを片付けはじめた。























一週間後。





森近霖之助は、仲良く二人で来店したチルノと大妖精をみて、ようやくほっとした。


そして、二人からの感謝の印として『なかなかとけない氷』で作られたお面を贈られた。


香霖堂に報告にこないチルノに、焦りを覚えた店主は妖精たちを確実に探しあてる準備をすすめていたのだ。


しかしこれでようやく、一息つけることとなった。



よくよく聞けば、チルノが氷を作り出して二人で一生懸命に削っていたのだという。

ちゃんとした面ができるまで、丸々一週間かかってしまったのだ。



霖之助は言った。
『とてもうれしい。受け取るよ。でも、なぜお面なんだい?』


チルノは言った。
『霖之助、わかんないのか!ヒーローみならいなんだから、
 いつかヒーローになる!ヒーローにはお面がいるでしょ!』



そのチルノの頭には、赤と白で彩られたお面がのっかっている。

それは一週間前まではヒーローのお面だった。

いまは、ヒーローになるより難しい、自分の心と相手の心に向き合う者のお面。

それは小さな、ゆうしゃのお面。


二人は、霖之助にひんやりするお面を渡すと、
今日はピクニックにいくんだといって、どこかへと出かけた。





静かになった香霖堂。

窓からさす日の光にお面をかざすと、透き通る氷のお面は美しくきらめく。

店内に残された霖之助は、自分専用席に座りながらつめたいお面を眺める。



正体を隠すためのお面なのに、これでは顔が透けて見えてしまうじゃないか。苦笑する。


お面をかぶると、ここちよいつめたさが疲れた顔に染みた。


ここちよいつめたさに、その身をゆだねてふねをこぐ。
















夢を見た気がする。




夢に出てきた男は名乗った。



わたしはしあわせのお面屋。





お面屋は言った。



おや あなた お面を お持ちなのですね






それは いいお面だ
   


感謝のキモチが

   

いっぱい つまっている



あなたは いい仕事を しましたね……。





















<了>
最後の台詞を使いたいがために。

お面は、深い命題を持った装飾品である気がします。
そんなわけでSS作成です。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

※による指摘ありがとうございます。誤字脱字等、諸々修正いたしました。
クシキ
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コメント



0.3150簡易評価
3.80煉獄削除
いや、中々面白かったですよ。
チルノたちの使い方なども上手かったと思います。
チルノの子供っぽさと、締めるべきところを締めた霖之助など
楽しむことができました。

文章などの報告。
>「それ以上首を傾けるなよ。頭がとれたらかなわないからな。」
文末に「。」がついていますので必要ないかと。
この部分だけでしたけど。
それと「・・・」となっていますが「…(三点リーダ)」のほうが良いかと思います。
5.100名前が無い程度の能力削除
やっぱお父さんキャラな霖之助はいいな~
とても面白かった!
7.70名前が無い程度の能力削除
うん、ほのぼので良かった。
ただちょっと句点が多くて読み辛い感じがある。
10.90名前が無い程度の能力削除
「」の最後の『。』は、付けても付けなくても良いと自分は思いますが、
ですます調の言葉と一緒で、使うか使わないかはキャラごとに統一した方が良いかと思います。
例えばこの話の霖之助は、優しいお兄さんポジションに居るので、「」の最後に句点を付ける事で文を落ち着かせて、静かなイメージを与える。
逆にチルノは、句点を用いずに『!』等を多用して、元気な娘である事をアピールする。
そういう意図を感じたのですが、イマイチ徹底し切れていないので少し違和感が有ります。(まあ、ここまで句読点意識して読む人間も稀でしょうが。)
長文ついでに脱字報告を一つ。
「妖精は、自然の調和をなくしては存在ことはわかるね。~
→存在出来ない事は~という脱字かと。
長々と失礼しました。話自体は面白かったです。
12.90名前が無い程度の能力削除
最後のセリフは、ゼ○ダですね。とても懐かしくなりました。
保護者的霖之助は、やはりイイですね。
そんな霖之助と、チルノのやりとりは見ていてほほえましく思えてきます
まるで父親と幼い娘のような。
14.70☆月柳☆削除
チルノ仮面思い出した。いや、何でもないです……。
お面の話どこにいった?!と思ったら、ちゃんと繋がっててよかった。
ただ最初の霖之助の会話はなんか違和感が。
自分で喋ってみたら分かるけど、すごい言いづらいです。
「扉はそっと開けなさいチルノ。珍しいね、ひとりかい」
くらいがいいかなとか。
いらっしゃいを前に入れるかどうか……う~ん。
前後の部分でどうとでもなるか。
17.100名前が無い程度の能力削除
○ルダを予想しつつ大妖精という文字を見たらトラウマががががが
面に関する話がとても興味深かったです
普通なら気にしないような事柄に目をつけ深く潜行するように薀蓄を重ねていくところが霖之助らしい
付けていても面が透けて見える氷のお面はチルノの純粋さ、まっすぐさをあらわしているお面ということなんだろうか
最後の台詞は雰囲気をよくいかしてる締め台詞だけど
言ってる人を想像するとどうしても不気味さが混じるw
23.100名前が無い程度の能力削除
喧嘩の理由を勉強する場面。『チルノがお面をはずしてカウンターに置く。』←何気ないが凄く大切なことだと思う。
24.100名前が無い程度の能力削除
石仮面てきなネタかな?と思って読んだ自分が恥ずかしい!
すごくいい話でした。やはり霖之助は保護者的存在ですね。
41.100名前が無い程度の能力削除
ムジ○ラですか。でもお面自体はウルトラ○ンですね。
もしや鬼神?でも流石に被ったらレミリアにしてもフランにしてもボスキラーの餌食になる気が…。
44.80名前が無い程度の能力削除
ムジュ○ですね。やさしい雰囲気の良い話でした。
48.80名前が無い程度の能力削除
霖之助の保護者的立ち位置がうまく書かれていて、心温まる良い作品だったと思います。
そして、あのお面は某巨大化する紅白のヒーローですね、分かります。
51.80名前が無い程度の能力削除
〇ルダよりもむしろ中学時代の国語の教科書の話が最初に浮かんだ。
…名前忘れたけど。
ともかく、チルノを諭す霖之助がまさに保護者といった感じでとてもよかったです。
やっぱり彼はチルノのようなキャラとの絡みが合いますね。
(もちろんストーリー的な意味で!決して卑wピチューン
60.100名前が無い程度の能力削除
お面は表情を隠す道具。
ですが、”隠す”為に使われるはずのお面が、チルノを仲直りへ踏み出させる勇気を”与える”道具になった。
そして霖之助へとプレゼントされたお面は、二人の感謝を”表す”もの。
何だか考えさせられると同時に、不思議と心が温かくなる素敵なお話でした。
一時の安らぎと優しさを有難う御座いました。
61.100名前が無い程度の能力削除
これは道徳的かつ教育的…!
63.100名前が無い程度の能力削除
最後はもうニヤニヤしながらチルノとこーりんの会話を読んでました!面白かったですb