脚の痛みで目を覚ました。
なるべく暖をとろうと布団の中で模索した結果、くるまるように身体を丸めていたようだ。長時間そうしていたのだろう。膝の辺りがじくじくと痛む。
自分のこととはいえ、なにぶん睡眠中のこと。反省しようにも、繰り返す可能性は非常に大きい。覚醒した自分が出来ることといえば、せいぜい温かくして寝ることぐらいか。目つきはまだ睡眠を欲しているように半目だが、頭は当たり前のことを反復できる程度には目覚めていた。
身体を起こし、大きく背伸び。眠っていた筋肉達も、すわ朝かと活動を始める。気を付けないと、ごく希に驚いて反抗してくるから怖い。目覚めた途端にこむら返りを見舞われた時は、五分ぐらい畳の上をのたうち回っていた。
幸い、今日は肝が据わっているらしい。驚いた様子は見られない。
「っと、いつまで馬鹿な事考えてるんですか、私は」
寂しい独り言を呟きながら、布団をしまい込む。もっと布団にくるまっていたい衝動はあるものの、一日をそれで終わらせる可能性すらあった。それに、今日からは炬燵という最新兵器もあるのだ。未練がましく布団を仕舞う日々は終わった。
スイッチを切から入へ入れ替える。これで快適な炬燵ライフの始まりだ。
しかしながら、この電気は一体どこから来ているのだろう。一説によれば、河童が山に水力発電や風力発電といった施設を作り、そこで電気を作っているんだとか。ちなみに次は地下での発電を考えているそうだが、地熱発電でもするのだろうか。調べてみたいが、あまり深入りしてはいけない予感もある。
炬燵の中で足を摺り合わせながら、温まるのをじっと待つ阿求。炬燵板の上に置かれた半紙を目にとめ、ふとちび幽香の存在を思い出した。
半紙の有効活用に定評のあるちび幽香だが、さすがにこれを布団にして寝られるほど体脂肪は厚くないらしい。ボロ布で作った布団にくるまり、平常時なら昼間まで寝ている。これを優雅な暮らしと見るか、怠惰な生活と見るか。第三者によって判断は異なるだろうけれど、少なくとも阿求には前者にしか見えなかった。
ところが、今日は布団にちび幽香の姿がない。半紙の横に置かれた布きれは無造作にはね飛ばされており、半紙の下にも誰かいる様子はない。
「はて……」
辺りを見渡した。部屋は閉め切っているので、外に出られるわけはない。いるとすれば、この部屋の中なのだ。
茶箪笥や床の間に視線を向け、窓際でようやくちび幽香の姿を捉えた。
ちび幽香は障子を見ていた。視線で穴が空くのだと、教えられたような凝視だ。
「何してるんですか?」
阿求の問いかけに、一端こちらを向く。だが、すぐに視線を障子に戻した。何だろう。幻想郷ではいま、密かに障子戸がブームなのだろうか。
しかし、そんな馬鹿げたブームが早々起こるわけもない。阿求も習うように障子を見つめ、ああ、と思わず声を漏らした。道理で寒いわけである。
透けたガラスの部分から、外に降り積もる雪が見えた。ちび幽香が見ていたのは、雪の方だったのである。
「どれぐらい降るかによりますが、この調子だと積もりそうですね。ううん、雪かきするほど体力があるわけじゃないんですけど」
人間の体力如何で自然界は雪を降らせているわけでもなし。降らす時は容赦なく降らす。
里の誰かに雪かきを依頼しなければいけないと頭の隅に留意しながら、阿求はちび幽香を見遣る。まだ凝視していた。物珍しいのかと思っていたが、感情が見て取れない顔から察するに、そういうわけでもなさそうだ。
そういえば、幽香も雪はあまり好きそうではなかった。積もった日は訪れてこなかったし、降り始めると決まって無表情になる。雨を見ると逆に嬉しそうにしていたが。
疑問を言葉に変える。
「雪、嫌いなんですか?」
ちび幽香はこっちを振り返ることなく、急に障子をばしばしと叩き始めた。開けろと言うことか。仕方なく、阿求は炬燵に別れを告げ、言われるがままに開けてやった。お礼もなく、ちび幽香は縁側へと出て行く。
そして今度は空を見上げた。真似するように、阿求も空を見上げる。
鼠色の雲が白い結晶を落としていた。山から吹き下ろす風はまだ無く、幸いにも縁側にはまだ積もっていない。そして阿求は違和感に気付いた。
「ああ、しまった。縁側の戸を閉めるの、忘れてました……」
だから、ああして雪が見えたのか。普段は戸を閉めていたから、外の様子などわかるわけもなかったのだ。うっかりしていた。雪が積もっていないのは、不幸中の幸いといったところだろう。
だが、今からでも遅くはない。阿求は滑らないように小走りで駆け、戸を閉め始める。
ガラガラ、ガラガラ、ばほっ、ガラガラ。
全ての戸を閉め終えたところで、ふとちび幽香の姿が無いことに気が付いた。さて、そういえば閉めている最中に不思議な音を聞いたような。あれはまるで、何かが雪に落ちる音。阿求は顔をしかめ、恐る恐る戸を開けた。
先ほどまでちび幽香がいた場所。その前の方で、地面にうっすらと積もった雪。ちび幽香はその上で、微動だにせず固まっていた。落ちたのか。
優しくつまみ上げ、再発防止の為に戸を閉める。宙に浮いたちび幽香は、驚いた顔で動きを止めていた。自分の身に何が起こったのか、まだ理解していないらしい。幽香とは違って、ちび幽香は割と抜けている。いや、単に幽香が抜けている部分を隠していただけなのか。判別に苦しむが、今はちび幽香の事が最優先だ。
なにぶん、身体は小さい身。このまま放っておいたら、寒さで凍死しかねない。炬燵板の上に乗せ、手ぬぐいを掴む。それで拭こうとしたら、いきなりちび幽香が阿求の手をはね除けた。解凍したらしい。
「寒いでしょ、風邪ひきますよ」
諭すように話すが、ちび幽香は意に介した風もなく半紙で身体や頭を拭き始めた。本当、万能だ。
まぁしかし、これで分かった事が一つだけある。ちび幽香はどうやら、機嫌があまり良くないようだ。普段なら大人しく拭かれているところを反抗する辺りからして、それも相当の不機嫌だとわかる。
阿求は外を見た。戸で覆われているが、きっとまだ降り続いているのだろう。
やはり、原因は雪か。
「雪、やっぱり嫌いなんですね」
ちび幽香は一瞬だけ、手の動きを止めた。しかしすぐに、水分の除去に戻る。
あまり知られたくなかったのか。だが、元の幽香ですら隠しきれないこと。ちび幽香にそれが隠しきれるはずもなかった。
とはいえ、鬼の首を取ったように騒ぎ立てることでもない。
「半紙だと拭きにくいでしょう。これ、使ってください」
手ぬぐいを手渡す。ちび幽香は阿求の顔を見上げ、こくりと頷いた。感謝の言葉は相変わらず無いが、期待などしていない。
嫌いなものがわかろうと、小さかろうと、幽香は幽香なのだ。
妖怪の山からの帰りだった。薄暗い道を、確かめるような足取りで家路につく。
本来なら人が立ち入る場所でもないし、立ち入って良いような時間帯でもない。ともすれば天狗にさらわれたり、向こう見ずな妖怪に食べられてもおかしくはなかった。そんなこと、幻想郷縁起を編纂している阿求には痛いほどわかっている。
だが、時にはそれでも行かなくてはならない事もあるのだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと言うが、情報も然りなのである。
もっとも、成果が特にあったわけでもない。天狗は妖怪の中でも特に情報に長けた種族なので、彼らから話を聞くのは非情に難しいのだ。組織自体も隠匿主義みたいなものが蔓延っているし、気軽に話してくるのは文ばかりである。ただ、彼女にしたってまるっきり善意で接してきているわけでもあるまい。
仮に阿求が幻想郷縁起の編纂に携わっていなかったら、果たして彼女も無視していた可能性は高いのだ。
「迂闊に踏み込んで、あれのことを悟られても困りますしねえ……」
風呂敷を抱え直し、足取りを強める。遠くの山からは鳥たちの不気味な鳴き声が此処まで届いていた。
幼き日の阿求なら、この環境に恐怖を覚えたのだろう。だが、生憎と悲鳴をあげて走り出すには年を取りすぎた。端から見ればまだまだ若いと笑うかもしれないが、稗田自体の寿命が短いのだ。これぐらい早熟しておかないと、人生に置いていかれる。
とはいえ、何の恐怖も感じないわけではない。びくびくしながら歩かないというだけで、早く家に帰りたいという気持ちは持ち合わせていた。視界がもう少し明るければ、歩みはもっと早かっただろう。
せめて月が昇っていてくれれば、情緒なり雅なりを楽しんだものを。空にとけ込むような曇天は、星の一つも通さない覚悟で浮かんでいる。
提灯が無かったら、おそらく家にたどり着くまでに十回は躓いていた。
「ただいま戻りました」
返事が無いことを知りながら、扉を開ける。知的生命体がいることはいるのだが、返事をしてくれるとは思えないし、よしんばしても文字だから見ないとわからない。
玄関を抜けて、居間に入る。ちび幽香はコタツの上で、大豆をコロコロと転がしていた。
暦の上では今日は節分。鬼達が理不尽に家を追い出され、福の神が招待される格差社会を象徴するような日だ。豆があるのは不思議ではないけれど、しかしどこで手に入れたのか。それだけは気になる。棚の奥に置いていたのを、引っ張り出してでも来たのか。
風呂敷を置いて、羽織を脱いだ。まだまだ寒いこの時期、防寒着も無しに出られるのは氷精やら冬の妖怪ぐらいである。
「節分かあ……鰯や柊を飾るぐらいはしても良かったんですけど、もう遅いですね」
節分という行事は知っていても、やるつもりはとんと無かった。仮にやったとして、それが鬼の耳に入ったらこれからの調査も難しくなる。やるとしてもせいぜい、福の神を招待するぐらいだ。しかし、福の神など幻想郷にいるのだろうか。厄神はいても、福神の噂は聞いたことがない。
炊事場に向かい、急須と湯飲みを用意した。紅茶を飲むなら、ここから湯を沸かすのだけれどお茶にそこまでの手間をかけるつもりはない。河童特性の機械を使い、熱いお湯を急須に注ぐ。保温性に優れ、簡単にお湯を出せるだけに阿求はとても重宝していた。霊烏路ポットという名前から、よからぬ動力を想像してしまうのだが、普通に電気で動いているらしい。
阿求宅には珍しく電力が通っているので、ありがたくもポットのお世話になることができるのだ。
急須と湯飲みをお盆に乗せて、居間に戻る。ちび幽香が必死に、風呂敷を広げようとしているところだった。大豆遊びは飽きたのか、それとも好奇心が旺盛なだけか。いずれにせよ、このままだと風呂敷を破りかねない。大きさの割に、力は下手をすれば阿求より強いのだ。
「いま開けますから、ちょっと待っててください」
こういう時だけ、ちび幽香は素直に待っていてくれる。いつもこうなら楽で助かるのだが。風呂敷を開きながら、阿求はそう思った。
「?」
風呂敷の奥から出てきた巻きずしに、ちび幽香が首を傾げる。見たことがなかったのか。
引っ張ろうとして海苔を掴むものの、輪切りにされていたものだから、切れた巻きずしごと後ろに転がっていった。あげくに下敷きにされている。ただ、やられっぱなしではいられないようだ。
あっさりと巻きずしをはね除けたちび幽香。極上の笑顔を携えながら、傘を掴んで巻きずしに向ける。嫌な予感がした。咄嗟に、阿求が巻きずしを取り上げなければ傘の先端からは何か得体の知れないものが飛びだしていたやもしれない。
ちび幽香は獲物がなくなって、とても不満そうな顔をしている。そんな顔をされても、困る。食べ物を粗末にする気はないし、そもそも渡したらいけないと本能が警告していた。
「後で水をあげますから、それで勘弁してください」
殊勝な態度に満足したらしく、ちび幽香は再び大豆遊びに戻っていった。願わくば大豆が反抗しませんように。心の中で、密かに祈っておく。
「さて……」
そうして、阿求は巻きずしと向き直った。今晩の夕食である。
東風谷早苗の話によると、何でも節分には巻きずしを食べる風習もあるんだとか。聞いたことは無かったけれど、余った巻きずしまで貰ってしまったのだから実行しないわけにもいかない。
恵方を向いて巻きずしを食べるそうだが、果たして輪切りにして良かったものか。早苗はとりあえず食べられれば良いんですよと言っていた。その風習を知らない阿求でさえ、早苗のやり方がどことなく違う気がするのは何故だろう。
「まぁ、とりあえず食べましょうか」
やり方よりも味が気になるお年頃。巻きずしを掴み、口を開けたところで動きが止まる。
何故か大豆に傘を向けているちび幽香。止める間もなく、傘の先端から光り輝く光線が放たれてしまった。
大豆は塵と消え、その先にあった襖にも掌サイズの穴が空く。
しばし動きを止めていた阿求。おもむろに、口を閉じた。
とりあえず、食べてから考えよう。
阿求の現実逃避は、巻きずしが無くなるまで続いたという。
七輪の上で餅が膨れる。
空からは相変わらず、飽きもせずに雪が降り続いていた。番傘を立てているから、餅に付着することはないと思うが、寒さだけはどうしようもない。出来れば家の中でやりたいところだが、阿求の家はそれほど換気に優れているわけではなかった。
羽織ったちゃんちゃんこが寒さを遮断してくれてはいるが、それもいつまで保つものか。そろそろ、肌に冷たさが浸透し始めてきた。
「っくしゅん!」
鼻の下をこする。雪の上に敷かれた板の上で、興味深そうに七輪を見上げていたちび幽香が、身体を震わせこちらを見た。あの大きさでは、阿求の小さなくしゃみも爆音に聞こえるのかもしれない。だとしたら、少し悪いことをした。
鼻をすすり、餅をひっくり返す。こんがりと付いた焼き目が、網の目状に広がっている。香ばしい匂いに、阿求はお腹を鳴らせた。
格段に餅が好きというわけではないものの、この時期はやっぱり餅にかぎる。阿求はそれを海苔で巻いて食べるのがお気に入りだった。その為、すぐさま食べられるよう七輪の側には幾枚かの海苔が置かれている。
何度も海苔を掴もうとするちび幽香だったが、雪の上で板の船は思うように動いてくれないようだ。身体を伸ばして届かない距離を、まったく縮めることができていない。手助けしようにも、近づければ何をするのか分からないので、迂闊に助けるわけにもいかなかった。おかげで、ちび幽香も今は海苔から興味が失せ、七輪に視線を向けている。
「そういえば、飛ぶことはできないんでしょうか」
幽香は当然のごとく飛んでいた。だったら、ちび幽香も飛べるのではないかと思っているのだが、その様子はまったく見られない。飛行能力が欠損してしまったのか、単にまだ飛べないだけか。
ちび幽香は何の反応もなく、ただただ七輪を見上げている。何がそんなに面白いのだろう。阿求には理解できない。
「そろそろ、ですかね」
両面に軽い焦げ目がつき、香ばしさもお腹の具合も限界に達しようとしている。ひょいっと餅をつまみ上げ、あっというまに海苔で包み込む。薄っぺらい海草越しに、熱い餅の感触が伝わってきた。
阿求はそれを一つ齧り、残りも海苔で包んでお皿に載せていく。ここで食べてもいいのだけれど、それにしては少し寒い。戻って食べた方が、より一層美味しく頂けるだろう。そのついでに、ちび幽香も板ごと持ち上げた。スキーのようにバランスをとりながら、ちび幽香は笑顔を浮かべた。平気だと主張したいのか、怒っているのを隠しているのか。
縁側にあがり、コタツに戻る。戸を閉めようかと思ったのだが、七輪を置いたままだし、後にすることにした。
頬張っていた餅はとっくに胃の中へ消えている。阿求はもう一つ餅をつまみ、ふとちび幽香の視線に気付いた。七輪へと向けられていた双眸は、今や阿求に殺到している。いや、正確には阿求の持っている餅にか。
開けていた口を閉じ、尋ねる。
「食べたいんですか?」
ちび幽香は頷いた。
しかし、こんな小さい妖怪にそのままの餅を与えるわけにはいかない。細かくちぎり、小指の爪ほどの大きさにして手渡す。
ちび幽香は素直にそれを受け取り、ゆっくりと口にした。水以外のものも、食べる時は食べるらしい。
しばらく、もごもごと咀嚼を繰り返していたちび幽香。やがて喉を動かしたかと思ったら、何故か驚いた顔で阿求を見上げてくる。美味しかったということか。感情表現が下手すぎて、ちび幽香の気持ちは察しにくい。
「まぁ、喜んで貰えたのなら幸いです」
そう結論づけ、自分も餅を楽しむことにした。しかし、ちび幽香はそれどころではないようだ。
手にこびりついた餅を、離そうと必至になって頑張っている。応援しすぎだろうというほど手を振り、最終的には板をたたき割らん勢いで手を叩きつけていた。
近頃ではめっきり万能の称号を勝ち取ってしまった半紙も登場するのだが、生憎と餅には弱いらしい。むしろ逆に半紙にもくっつき、事態は悪化の一途を辿るばかりだった。
仕方ない。
あらかじめ用意しておいた、手ぬぐいを掴む。自分用のものだが、はてさて、今日のちび幽香は受け入れてくれるものか。
ちび幽香は阿求の手をじっと見つめているものの、はね除ける仕草は見せない。そして、そのまま大人しく手を拭かれていた。
どういう心境の変化か、本当によく分からない妖怪だ。
綺麗になった手を見つめ、ちび幽香はニコリと微笑む。嬉しかったというなら分かりやすくていいのだが、さて。
「まったく、幽香さんと同じぐらい不思議な妖怪ですね」
これが将来幽香になると思えば、何の不思議もないのだが。こんなにも小さい生き物が、あの幽香になるとは俄には思いがたい。
思いがたいだけで、現実は案外そうなってしまうのかもしれないけど。
餅を頬張りながら、阿求はそろそろちび幽香について真剣に考えた方がいいのかもしれないと、思い始めたのだった。
「ふむ……」
と、手が止まる。
空は暗くなり、窓からはほんのりと月明かりが漏れていた。普段なら行灯を点す頃合いだが、最近はにとり特製の発明品を愛用している。蛍の形をしたそれは、見た目通り蛍の光をモチーフにした携帯用の電灯で、砂糖水を入れてやれば一夜ぐらいは平気で保つという。
筆を硯におき、筋肉をほぐすように両手を挙げた。運動不足が祟っているのか、同じ姿勢でいるのが辛い。
「走り込みぐらい、するべきなんでしょうか」
周りの妖怪はそんな素振りすら見せないけれど、そもそも人と違う種族と比べてもしょうがない。妖怪の山あたりを走り込めば体力が付きそうなものだが、変わりに命の灯火も尽きそうな予感がする。
正座していた足を崩し、いわゆる女の子座りのまま傍らの急須を手にとった。休憩するなら紅茶の一杯でも欲しいところだが、まだまだ作業は残っている。合間に一服するのなら、日本茶が最も好ましいのだ。
机の上の原稿用紙には、風見幽香という文字が並んでいる。幻想郷縁起の編纂は既に終わっているが、改訂の余地ならいくらでもある。現に最近は天人の動きも活発になったと聞くし、地下の妖怪達のこともある。いっそ新しい幻想郷縁起を編纂してしまうのも有りではないかと考えているのだが、とりあえず今すべきことは既存の原稿の改訂であった。
それを知っているせいか、妖怪達からの接触も頻繁になってきている。屋台の店主を務めているミスティアなどは、宣伝の広告を入れてはどうかと打診してきた。だが、それはどちらかというと新聞の領域。幻想郷縁起は生憎とスポンサーを求めていなかった。
「しかし、どうしたものでしょうか。改訂しないというのも、選択肢の一つではありますけど。ううむ……」
悩んでいるのは、風見幽香についてだ。友好度や危険度に関しての変更はないものの、書き加えたい箇所なら山ほどある。
特に、ちび幽香に関して。
今は隠しているものの、記録として残す以上はしっかりと記しておきたい気持ちはある。だがしかし、阿求はちび幽香のことを何もわかっていなかった。まれに推測を書くことはあるものの、まるっきり推測となると躊躇ってしまう。
今のところわかっている事を纏めるなら、水を飲む、日光浴をする、雪が嫌いの三点である。後は全くわからない。
そもそも、ちび幽香は幽香なのか。それすらも不明だ。
幽香の墓から出てきた事といい、姿形といい、関係しているのは間違いない。だが、これが幽香本人であるとは誰も言っていないのだ。阿求としては幽香の生まれ変わりのようなものだと推測しているが、あるいは子供のように何も知らない存在なのかもしれない。
それに、謎はまだある。幽香はどうして死んだのか。
結局、阿求は死因を突き止めることができなかった。当然だ。誰も看取った人がいないのだから。当の阿求とて、幽香が死んだという話を聞いたのは人づてだった。誰も幽香の死を見ていないし、誰も死ぬだなんて思っていなかった。
気になると言えば、あの墓も気になる。誰が幽香を埋めたのか、そして誰が墓を建てたのか。
謎は増えるばかりだが、解決する気配は一向にない。ヒントのような生物は同じ屋根の下で暮らしているのだが、正解を導き出せる気はしなかった。
「ん?」
ふと、視線を感じた。
振り返ってみるも、誰の姿もない。ただ、障子の影から見覚えのある小さな傘が見え隠れしていた。
これで阿求と遊ぶのを待っている子犬的な感情があるのなら可愛いものだが、そういうわけでもないだろう。何を企んでいるのか。
湯飲みを置いて、なるべく足音を立てないようにちび幽香へ近づく。
「何してるんですか?」
障子の裏に佇んでいたちび幽香は傘をくるりと回し、誤魔化すようにニコリと微笑んだ。
相変わらず、胡散臭い笑顔である。
「私はちょっと水を飲んできますけど、悪戯したら駄目ですよ」
ちび幽香は頷きもせずに、ただただ笑顔で阿求を見上げる。純粋無垢な子供なら、安心できるのに。阿求は一抹の不安を抱えながら、炊事場へと向かったのだった。
一杯ほど水を飲み、喉と胃を冷やしてから、自室へと戻る。
不思議なことに、ちび幽香の姿は無かった。
「まったく、何をしにきたんだか……」
呆れながら定位置に戻り、筆をとろうとする。
さて。
「…………………………」
おかしな点が二つあった。
まず、一つ目。風見幽香の友好度と危険度が墨で塗りたくられていること。まるで検閲を受けたかのように、原型を留めていない。
そして二つ目。意志を持っているかのように、筆にもたれかかる骨の鳥がいるということ。消えたと思っていたのに、まさかこんな形で再登場するとは思わなかった。
これは彼女なりの警告なのか、それともただの悪戯か。
いずれにせよ、阿求は立ち上がらなくてはならない。
「幽香さん!」
笑顔の悪魔を叱りつける為に。
→依頼しなければ
> 仮に阿求が幻想郷縁起の編纂に携わっていなかったから、
→いなかったなら
> ちび幽香が必至に、風呂敷を広げようとしているところだった。
→必死に
> 最近はにとり特性の発明品を愛用している。
→特製の
うーん、微妙。
良く言えば、まったり。悪く言えば、ぐだぐだ。
阿求にしろちび幽香にしろ、もっとはっちゃけた方がいいと個人的には思います。
でも、雰囲気を楽しむタイプの作品であるなら、これでいいのでしょう。
正直もうすこし話をすすめてほしいかな、と
面白いですし、文章の構成上本当にどうしようもないことなのですが
「ひとりごと多い子だなあ」という感想がどうしてもついてしまって……その違和感でこの点数です
自分はあんまり強引に展開早めて欲しくないです、細かなやりとりの積み重ねを愉しむタイプの作品だと思うので。
次回を楽しみにしております。
ちょっと違和感。いつまで、かな?
食べ物に負けたり子供のように興味を示したりな幽香が相変わらず可愛いですねぇ。
「丸めていたようだ。」では?
>笑顔の悪魔
阿求うまいこと言っt
おや?誰か来たようだ。
それにしても、誤字多すぎる……。
それ以外の要素は他のSSがやってくれているので。
偶然にも私が東方の人妖関係で一番好きな阿求・幽香のペアのお話で、
非常に好感を持ちました。
差し出がましいことだとは思いますが、
この空気を続けることが手段から目標へ変わることがなければ、
私はこういう話がしばらく続いても良いのではないかと思います。
今後とも八重結界氏の作品に期待しております。
どうもありがとう。
続編を期待してこの点数を。