紅美鈴と夢の国
それはよく晴れた昼下がりの事だったという。
紅魔館へと続く道を一人の少女が歩いていた。
少女は血のように紅い不気味な館を見つけ、その門の前に立っている門番の姿を見て、しかし嬉しそうな笑顔を浮かべて早足で駆け寄っていった。
門番の紅美鈴の前まで来ると、彼女が立ったまま豪快に寝ているのに気付いた。
それに心底呆れた様子の少女は溜息混じりに声を掛ける。
「やっぱり寝てるのね」
「ふえ?」
突然掛けられた聞き慣れない声に慌てて目を覚ますと、目の前で小さな女の子が腰に手を当て、眉をへの字に曲げながらもどこか嬉しそうな笑顔を浮かべて立っていた。
少女はじっと美鈴のことを見つめてくる。
「ええと……」
こんな来訪者は初めてだったので、美鈴は戸惑った様子で首をかしげた。
ここにやって来る者といったら、大抵が悪戯好きの妖精かいちゃもんをつけてくる妖怪、もしくは迷って辿り着いた人間や腕試しに自分に挑んでくる挑戦者である。
しかしこの少女はそのどれにも当てはまらないように思えた。見たところどうやら人間である。
歳は八歳程だろうか。白い髪をした、どこか大人っぽい雰囲気の女の子だ。
「…………」
少女はしばし美鈴のことを見つめていると、不意に――
にこりと、笑った。
それは安心したような、どこか親しみの込もった、とても嬉しそうな笑顔であった。
それにつられる様に、訳が分からないながらも思わず美鈴も頬が綻んでしまう。
そして少女はようやく口を開いた。
「やっと着いたわ」
声のトーンが外見と似つかないほど大人びている。
やっと着いた? ここを目指してきたのだろうか。しかし何故?
などと美鈴が首をかしげていると、それに構わず少女は続けた。
「まあ場所は聞いていたから良かったけど、大変な道のりだったわ。外の世界では何度も補導されかけたし、ここでは妖怪が寄って来るし。まあ全部返り討ちにしてやったけど」
「はあ……」
矢継ぎ早に話し出す少女に向けて、気の抜けた返事をしてしまう美鈴。
外の世界? 幻想郷の外から来たのだろうか。それに返り討ちって……? 補導しようとした人も返り討ちにしてしまったのだろうか。いやそもそも、こんな少女が妖怪を撃退できるものなのだろうか?
不思議そうに思考をめぐらせる美鈴に構わず少女は続ける。
「ああもうくたくた。こんなに歩いたの初めてよ。早く中に入れて頂戴」
「へ?」
少女が何と言ったのか一瞬理解できなかった。まるで中に入るのが当然かのような口ぶりである。
美鈴が硬直していると、少女は不満そうに口を尖らせた。
「聞こえなかったの? 門を開けてくれないかしら。私ここで働くわ」
「はい!?」
今度こそ何と言ったのか完全に理解できない。
働く? 人里では悪魔の館と恐れられているこの紅魔館で? こんな小さな女の子が?
疑問で渦巻く思考をなんとか宥めて美鈴は問いかけた。
「え、ええと……ここがどこだか知ってるのかな?」
「知ってるわ。吸血鬼の姉妹が住んでいて姉の方が館の主。危険な力を持っていて情緒不安定な妹は地下で半監禁状態。年中図書館に篭ってる魔法使いは喘息気味。門番のあなたは居眠りばかり。館では妖精メイド達が働いてるけどほとんど役に立ってなくて、一人の有能なメイド長が切り盛りしてる……違うかしら?」
すらすらと言ってのける少女に、美鈴は呆然としながら「そ、その通り……」と呟いた。
人里で噂を聞いたのだろうか。そもそも、そんな事を知っていてなおここで働こうというのか。
とそこで、「あれ?」と気付く。
「いや、有能なメイド長とかはいないけど……」
そもそもメイド長という職も存在していない。館で働いているメイドは妖精達だけだ。
すると少女はきょとんとした表情になり、かくんと首をかしげてから小さく頷いた後、怪訝な表情の美鈴に向かってにこりと笑う。
「私がこれからなるのよ」
「はい?」
「私、これからこの館でメイドとして働くわ。レミリアって吸血鬼に会わせて頂戴。ああ、あなたはお嬢様って呼ぶのよね。なら私もそうするわ。お嬢様に会わせて頂戴。雇ってもらうから」
「え、ちょ、ちょっと待って」
美鈴は慌てた。
あまりに突然の就職希望者。しかも年端も行かない女の子だ。誰であってもこんな物騒な場所への就職は勧めないだろう。
「ええと……」
何と言ったものかと額に手を当てて考える。
「親御さんはどうしたのかな?」
「親はいないわ。身寄りも無い」
別に何でもないかのようにケロッと言ってのける少女。まるで深刻な様子を見せない少女に、美鈴もまずいことを聞いた、と思うよりもただ納得するように頷いてしまう。
「いいから早く入れて頂戴」
「え、ええと……」
結局、少女に押される形で美鈴は門を開けてしまう。突然の状況に上手いこと頭が回らないということもあった。
そして門をくぐり、美鈴が呆気にとられて見送る中、少女はくるりと振り向いた。その顔には実に愛らしい笑顔が浮かんでいた。
「本当にありがとう、美鈴」
そうして少女は館の中へと歩いて行った。
後には惚けた様子の美鈴が残される。
「え……なんなんだろう……」
紅魔館で門番をして長いが、こんな経験は初めてであった。
そしてその日の夜には、少女はメイドとして働くことが決まっていた。
美鈴はレミリアによって紅魔館の一室に呼ばれ、既にメイド服を着た少女に再会する。
「十六夜咲夜よ。よろしくね」
その名はたったさっきレミリアによって付けられたのだという。
万遍の笑みで挨拶をする咲夜に、美鈴は苦笑いで「よ、よろしく……」と答えたという。
あまりに突然で呆気ない出会い。
どこから来たのか、なぜここで働こうと思ったのか、元々の名前は何なのか。
いくら聞いても咲夜は答えてはくれなかった。
それがもう十年ほど前のことになる。
◇◇◇
「美鈴!」
「ひはあ?」
いつものように厳しい口調で起こされ、普段のように美鈴は間の抜けた声を零した。
立ったまま寝ていた美鈴を、咲夜はジト目で睨みつける。
「また寝てたわね」
それに対し、この日も美鈴はぺこぺこ頭を下げる。
「す、すいませんすいません」
もはや日常となった光景である。咲夜は働き始めた頃から度々美鈴の昼寝を注意しに来ている。
怒られはするが毎日来てくれるのが楽しく、美鈴はどこか嬉しそうに謝るのだった。
それに、咲夜の怒り方は何だか本気で怒っていないような印象を受けるのだ。だからといって昼寝をしていいとは美鈴自身も思ってはいないが。
「全く。あなたは本当に居眠りが好きね」
「そ、そういう訳では……」
「休憩はちゃんと取りなさい」
「は、はい」
その後二、三言葉を交わし、咲夜は溜息をつきながら呆れた様子で館の中へと戻っていった。
「よおし……」
ただ怒るだけじゃなく気遣う一言も添えておく。咲夜はいつもそうだ。それがなんだか嬉しくて、美鈴は張り切った様子で改めて警備に臨むのであった。アメと鞭は咲夜が叱るときの方針でもある。
――しかし。
(うう……)
太陽がぽかぽかと照り付けてくる春の昼下がり。どうにもまぶたが重い。
(だめだ、ここで寝ては。一日二回も居眠りをしたら咲夜さんになんて言われるか。おやつを抜かれるかもしれない。いや罰として雑用を…………でもここで眠れたらもう全てがどうなってもいい…………いや待てだめだ。しっかりするんだ)
美鈴はふるふると顔を振り、頬をぱんぱんと叩いて眠気を吹き飛ばそうとする。
「よしっ」
数分後、そこには立ったまま寝息を立てる門番の姿があった。
「くかー」
熟睡である。立ったまま熟睡できるなど、どこぞのスパイか何かのようだ。誰かが近づいても起きない点は完全に失格だが。
実に幸せそうな寝顔で、美鈴は春の日差しを一身に浴びていた。
いつものように紅魔館の日常は続く。
そして美鈴の意識はどこか遠くへと飛んでいくのであった。
「おめでとうございます!」
寝起きに「おめでとう」などと言われるのはそう無いことだろう。
「はひい?」
訳も分からず、美鈴はとぼけた声と共に目を覚ますこととなった。
「へ……?」
見ると、目の前には露出の多い魔女のコスプレをした若い女が立っており、実に嬉しそうな笑顔を美鈴に向けていた。
黒いマントに黒いとんがり帽子。ミニのスカートを着てへそを出している。
怪しい格好をした女に美鈴は面を喰らう。
同じくステレオタイプな魔女の格好をした魔理沙はいるが、この女は別の意味で魔女というものを勘違いしてそうだ。
魔法使い……なのだろうか。
などと美鈴が呆気にとられていると、ふと周囲にも目が行った。
この女もさることながら、周りの光景も相当おかしい。
砂糖菓子で作られたような色とりどりのファンシーな家々が立ち並び、空に浮いている建物や巨大なクマのぬいぐるみが置かれていたりする。
空はペンキで塗り潰したような派手なピンク色で、小さな三つの太陽が心地良い光をさんさんと降り注いでいた。
一目で分かる。
これは夢だ。
「ええと……夢?」
「はい!」
女は万遍の笑みを浮かべて頷いた。
ああなんだやっぱり夢か。
と美鈴は一気に気が抜けた。
「ここは夢の国。人々の夢と理想と希望の地。まさに理想郷というものです」
「はあ……」
理想郷? こんな夢を見るなんて自分は相当疲れているのだろうか。実は現実逃避したかったとか? そんなに追い詰められていた気はしなかったのだが……。
などと美鈴が頭を悩ませる中、女はにこやかに話を続けた。
「あたしは案内役のリアンです。あなたのお名前はなんですか?」
「え……と。紅美鈴です」
「美鈴さん! あなたは本当に名誉ある偉業を達成しました!」
「偉業……?」
首をかしげる美鈴にリアンは実に嬉しそうな笑顔のまま頷いた。
「はい! ここ夢の国に辿り着けるのは、仕事中に居眠りを千回した人だけなんです。美鈴さんの千回目の居眠りをお祝いです!」
そう言ってリアンは一人でパチパチと元気よく手を叩いた。
「せ、千……?」
「はい!」
なんだろう、この夢は。自分が千回の居眠り? いやいやそんな嘘に決まってる。これは夢なわけだし。まさか本当に千回居眠りをしたなんて、咲夜さんに知れたら何日ご飯を抜かれるのだろう。そうこれは夢なんだ。
どこか顔を青くする美鈴に構わず、リアンは声を高らかに伸ばした。
「千回目の居眠り、おめでとうございます!」
実に不名誉な褒め方をされ、いやお祝いされることでもないと思うんだけど、と美鈴はひくひくと顔を引きつらせる。
「ここは自分がしたいことだけをし、つまらない仕事から完全に解放される場所です!……とまあ、突然ですから戸惑いますよね。とりあえず落ち着いて話しましょうか」
「は、はあ……」
呆然とした様子の美鈴は、リアンに半ば強引に連れられて歩き出した。
村なのか町なのか国なのか分からないが、とにかくてくてくと歩いていると、ここの異常性がすぐに理解できる。
ドールハウスをそのまま大きくしたような可愛らしい家がいくつも並んでいて、それが逆さまに建っていたり、五階建ての大きな家から横向きにまた一つ家が生えていたりする。
店らしきものも多く、「ミラクル☆フレッシュランド」「メガモコモコハウス」「スーパーリラックスクマタン」などの何の店なのかよく分からない看板がそれらにはかかっていた。
道行く人々の格好も建物に負けず劣らず奇抜なものだった。
どこぞの中世の鎧に身を包んだ男。サンバの衣装のようなど派手な服装の若い女。うさぎの着ぐるみに身を包んでとことこ歩いている人。
数は少ないが、人間だけでなく色々と妖怪も集まっているようだ。背中から羽やら何やらが生えている者も多く見かける。コスプレでなければの話だが。
美鈴は何やら巨大なお菓子を組み合わせて作られたような、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家そのものの建物へと案内された。看板には「ホワイトエンゼルカフェ」と書かれている。
「こ、これは……」
「さ、どうぞどうぞ」
あまりにメルヘンな建物に顔を引きつらせていると、リアンはぐいぐいと美鈴の背を押して促してきた。
重い足取りで中に入るとどうやら喫茶店のようだ。多くの客が楽しそうに談笑している。
「さ、こっちです」
フランスパンを組み合わせて作られた(もちろん本物ではないだろうが)、これまた可愛らしい小さなテーブルに案内された美鈴は、リアンと向かい合ってへなへなと座りこんだ。
「あ、飲み物は何がいいですか? 食事をとってもいいですよ? 全部タダですので」
「はあ……」
ずいと差し出されたメニューをおずおず開くと、何やら「タワーストロベリー☆サンデー」やら「トロピカルハワイアンミックス」などの何なのかよく分からないとにかく派手な名前がずらっと並んでいた。
それらを注文する気にもなれず、「じゃあコーヒーで」と呟く。何となく目を覚ましたかった。
「なかなか渋いですね。やっぱりコーヒーは万国共通ですよねー。コーヒー二つお願いしまーす!」
一分もせずにコーヒーが運ばれてきた。
運んできた店員の服装がこれまた赤やピンクの眼を悪くしそうな派手な色をしていて、あまりの俗っぽさに美鈴は引きつった表情を隠す事ができない。
しかしコーヒーは飲んでみるとなかなか美味しい。咲夜の淹れた物には負けると思ったが。
「あの……」
美鈴はおずおずと聞いてみる。
「はいなんでしょう」
「夢、なんですよね……?」
「夢ですが普段見ている夢とは違います。あたしはあたしであってあなたの見ている夢ではないんですよ」
「へ?」
「とりあえず一から説明をしますね」
リアンはにこにこした笑顔を絶やさず切り出した。おそらく繰り返し説明してきたことなのだろう、口調に淀みが無い。
「この夢の国の生い立ちからお話しします」
夢の国。昔、理想郷を夢見た一人の魔法使いによって建設された理想の国。現実世界に理想を実現するのは困難と判断した彼は、夢の中にそれを求めた。
夢であればなんでも好きなように造る事が出来る。お菓子の家、無くならない豪華な食事、無限の遊び場、どれだけ寝ていようと邪魔されない場所。
まさに彼の理想の具現、いや、具現はしていない。理想そのものを夢の中に作り出すことに成功した。
仕事中に千回の居眠りをするような、現実世界に嫌気が差した者を同士として招いており、皆でそれは優雅な生活を送っていたという。
しかし問題が起きた。
夢の国にいる間は同じ時間が現実世界でも流れる。一日夢の国にいれば現実世界では一日寝たまま。一週間も夢の国にいてそのまま餓死した人もいた。
しかもよしんば戻ったとしても夢の国の放蕩な生活が染み付いてしまい、現実世界で後先考えずに金を使い果たすなど、滅茶苦茶な暮らしをするようになった。
時の権力者達は状況を重く見て、夢の国の破壊を目論むこととなる。
「絶体絶命でした。この国の素晴らしさを理解できないお堅い老人達だったんです」
「はあ……」
いや権力者たち正論言ってると思うんですけど、とかは話がこじれるので言わないことにした。
しかし危機に陥っていた夢の国に奇跡は起きた。
時間の力を持つ女を偶然にも発見し、魔法使いは彼女に協力を依頼したのだ。
『時の女王』と呼ばれるその女の能力を増幅させる装置を開発し、それによって夢の国の時間を停止、更には現実世界から干渉できないように隔離した。
これによりここでいくら生活しても現実世界では一秒も経過しなくなり、餓死の危険も無くなり、夢の国では決して歳も取らない。ここで永遠に暮らせるようになった。
現実世界からの攻撃も届かなくなり、来る事ができるのは千回居眠りをした人だけ。
とうとう夢の国は完全な存在へと昇華したのだ。
「そういう事が百年前くらいにあったのです。ああ、この夢の国での百年前ですけど」
「はあ……」
ぐうたらの極みここにある、といった具合か。居眠りをしまくる人は自分だけじゃなかったんだ、と美鈴はなんだか嬉しくなる。そしてそんな事で喜ぶ自分に少し落ち込む。
(それにしても……時間?)
咲夜の顔が頭に浮かぶ。
同じような能力者がいるらしい。何か関係があるのだろうか?
いやそれにしても、どうやらこれは現実の夢らしい。いや現実の夢という表現は紛らわしいが。夢の中、人の意識の上に存在するもの? 幻想郷の常識は外の世界の非常識、外の世界の常識は幻想郷の非常識であるが、そういった幻想郷の存在と似たようなものなのだろうか。
夢というより、意識だけを別次元に転送された、と言う方が正しいのか。
「疑問があるんですけど」
「なんでしょう」
「時間を止める、って。別にここが止まってるようには見えないんですけど……」
「はい、それはですね」
出尽くした質問なのか、リアンは用意された答えを読み上げるように言った。
「正確には時間を隔離した、ということなんです」
「隔離?」
「はい。例えばAさんが夢の国に辿り着いたとします。それから十年間Aさんはここで過ごし、そこにBさんがやって来ます。二人は仲良く楽しく暮らしており、更に十年間が夢の国で経過しました。そこで二人同時に現実世界に戻ると、Aさんは眠った直後に目覚め、それから十年後、夢の国での十年間を過ごしたBさんも眠った直後に目覚めるわけです」
「はあ……」
正直よく分からなかった。咲夜はそんな事をできないようにも思えたし。やはり彼女とは別種の力なのだろうか。
「時間の流れが現実世界とは全く異なる、ということなんです」
「そう、ですか……はあ」
要するにいくらここで暮らしても問題無い、ということらしい。そういう事で納得する事にした。
リアンはそこで、仕切り直すようにぱちんと手を打った。
「さ、美鈴さんはここでいくらでも遊んで暮らしてください。あたしはそろそろ別の仕事がありますので」
「え? はあ……」
「そうそう、これをどうぞ」
そう言って、リアンは可愛らしいクマのキャップの付いた鍵を渡してきた。
「これは……?」
「美鈴さんの家の鍵です。番号が彫ってありますので、該当する住宅エリアの家を使ってくださいね」
「はあ……」
見ると確かに番号が彫ってある。
1764
この国にはこれまでにこんなに多くのぐうたら達が訪れたのだろうか。
美鈴が半目になって呆れていると、リアンは愛嬌の良い笑顔を浮かべてぱたぱたと立ち去っていった。
後には美鈴一人がぽつんと残される。
「ええと……」
どうすればいいのかよく分からなく、ぼうっと今リアンが言った事を反芻しておく。
(ええと……何だか知らないけど夢の国に招かれて。色々楽しい場所らしい。いくらいても問題ないらしい)
「……うーん」
とりあえず状況がはっきりと分からないことには対処のしようが無い。
この国を探索してみる事にした。
コーヒーをぐいっと飲み干し、無料とのことなのでそのまま店を後にする。
店を出て周囲を見渡すと、意外に広い世界でもない事が窺えた。
夢の国は半径三キロほどの円の形をしており、町を出てからは何も無い真っ白な大地が続いているようである。
国の中心には巨大な時計の取り付けられた白い塔がそびえ立っている。その時計は全く動いていないようである。
あれに政府機関が入っているのだろうか? いやそんなもの存在していない可能性が高いが。
と美鈴は歩きながら考える。
どこか目指している場所があるわけではない。ただぼんやりとメルヘンな国の様子を珍しそうに眺めていった。
「うーん……」
美鈴は適当に目に付いた店らしき建物へと入っていった。小型の中世の城みたいな白い建物で、看板には「☆グルグルグルメランド☆」と書かれていたのでおそらくレストランの類だと当たりをつけていた。
突然訳の分からない状況に巻き込まれた美鈴であるが、まずは調査することにしよう、と自分に言い訳をしてその足取りは軽かった。
よく分からないけどラッキーみたいだし。いくらいても時間が経たないみたいだし。何だか楽しそうだなあ、といった暢気なものである。
入ってみると、中には石造りのテーブルがいくつも並んでおり、それでいて椅子はどこぞの社長か総理大臣かが座るような豪華な皮製の物だった。滅茶苦茶なアンバランスさであったが、アンバランスを通り越して何だか普通のようにも見えてくる。
店内に人は結構多く、なかなかに繁盛している様子であった。
「いらっしゃいませー!」
可愛らしいウエイトレスが万遍の笑みを浮かべてやって来た。
「お一人様ですか?」
「あ、はい」
「どうぞこちらへ!」
美鈴はテーブルの一つへと案内された。店内のテーブルは全て四人用のものなので、美鈴一人では何だか持て余し気味だ。
椅子に座ると、その座り心地の良さにまた驚く。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいませ」
ぺこりと頭を下げ、完璧な姿勢のウエイトレスは他のテーブルへと移っていった。
店の運営はどうなっているのだろうか。あのウエイトレスも夢の国の住人なんだろうか?
などと考えつつ、聞いてみればいいかということで今はメニューを開く。
「…………」
呆気にとられた。
トリュフの灰焼き、北京ダック、メロンの夏風コンソメ、うな丼(三重)、ムール貝入りじゃがいもグラタン、蟹甲羅揚げ御膳、五香牛肉、ふかひれのポタージュスープ……
国も作り方もばらばらな料理の名前が無数に並べられていた。
――なんだ、これ……本当に出てくるのだろうか。
しかし周りに目をやると、どうやらここに載っている料理を客達は美味しそうに食べていた。
「…………」
美鈴はしばらくメニューを真剣な面持ちで見ていると、
「すいませーん! この蟹甲羅揚げ御前と北京ダックくださーい!」
実に意気揚々と呼びかけたという。
五分もしないで料理は出てきた。
「おお……」
目の前にでんと並び、ほかほかと湯気を立てる料理群。とても夢とは思えない。
豪華な料理に口の中の唾が止まらなかった。
「ごゆっくりどうぞ」
ウエイトレスの言葉が引き金となったかのように、美鈴は料理をかき込み始めた。
「うん! おいひい! はいほー!」
夢なのだからおそらく最高級の材料がふんだんに使われているのだろう、これまで食べた事もないような豪華な料理に、ほっぺたが落ちそうになるとはこの事だと実感させられる。
「あむっ、あむっ、あむうむ」
これならずっとここにいたいと思う人が出てもおかしくはない。特に千回も居眠りをするようなぐうたらな人であれば、永住したいと言い出すのではないか。
紅魔館の皆には悪いと思ったが、美鈴は折角与えられたこの状況を楽しむ事にした。
「ふう……」
あっという間に出された料理を平らげ、お腹いっぱいになった美鈴は、
「すいませーん」
とウエイトレスに呼びかけた。
「はいなんでしょう」
「あの、あなたも千回居眠りしてここに来たんですか?」
そんな居眠りばかりのぐうたらな人が夢の国に来てわざわざ働きたがるだろうか? という疑問を持っていた。
するとウエイトレスは完璧な笑顔を崩さずに答えた。
「いいえ。私はマスターによって作られた仮想生命体です」
「かそ……え?」
「使い魔、式神などと同じものです」
「ああ、なるほど……」
式神には幻想郷でも馴染みがあるので分かる。
「マスターっていうのは、ここを作ったっていう魔法使いですか?」
「はい」
夢の中であればこれほど高性能の式神も楽に作り出せるということか。
うちに一体欲しいものだ。そうすれば咲夜さんも助かるだろう。ああ夢から持ち出すのは無理なのか、などとくるくる考えていたが、やがて他の建物にも行ってみたくなった。
「ご馳走さまでした」
「また御越し下さいませ」
またも完璧な接客で見送られ、美鈴は軽やかな足取りで「☆グルグルグルメランド☆」を後にした。
「さあて、次は……」
すっかり遊ぶ気満々の美鈴は、手近な遊技場らしき建物へと入っていった。
――二時間後。
「いやー『ボウリング』って本当に面白かったー」
ほくほくした笑顔を浮かべ、実に満足げな美鈴がボウリング場から出てきた。
インストラクターに教わりながら初めてボウリングというものに触れた美鈴であったが、運動のセンスはかなりあるので、帰る頃にはストライクを連発できるようになっていた。
「よおし他には、と……」
それから美鈴は遊びに遊んだ。
ダーツをし、カードで遊び、喫茶店に入ってデザートを食べ漁った。
ある建物に入るとその容積を無視した雪山が広がっており、そこではスキーやスノーボードを楽しむ人々で溢れていた。
そこでも美鈴は遊び倒した。
最初は初めてのスキーというものに戸惑っていたが、元々運動神経はいいのであっという間にパラレルターンまでを習得して自在に滑りまわった。
その後寄った服屋では、美鈴には分からないが様々なブランド物が並んでおり、ひとしきり着てみた後、やっぱり着慣れているということでいつもの中国服に戻った。
「うーんここは極楽だなあ……」
クマ耳帽子を被り、クレープをぱくつきながら通りを歩く美鈴。完全にこの国に溶け込んでいる様子である。
「あれ……もうこんな時間?」
そうこうしている内にどうやら夕方になったようだ。三つの太陽が揃って地平線に落ちかけている。
どうやらこの夢の国にも一日のサイクルがあるようだ。
「えーと……」
時間が経つの早いなあ、少々疲れたので休もうかなと思い、所々に立てられたピンクの看板を頼りに美鈴は住宅エリアを目指す事にした。
「はあ……」
空を見上げると、さっきまでの派手なピンク色の空が嘘のように綺麗な橙に染まっている。
「はあ……もうじき晩御飯、かあ……」
と、そんな空を見ていたら何だか無性に紅魔館に帰りたくなった。どんなところでも、夕日は人を家に帰す魔力があるのだろうか。
(いくら向こうで時間が経ってない、って言ってもなあ……でもここに来てから一日も経ってないし。私って休暇に慣れてないのかな)
美鈴は確かに居眠りが多いが、それは別に仕事が嫌なわけでもなく、ぐうたらなのでもなく、単に彼女ののんびりした温和な性格に由来するものだ。
門番と言っても、そもそも侵入者などロクに来ないのだから気が抜けるのも仕方の無いことである。
だから美鈴はぐうたらな訳でもないのに居眠りが多い。
そしてぐうたらでない彼女からしたら、極楽のような夢の国にいたとしても、そろそろ帰りたいと思うのも当然のことではあった。
確かにここでの時間は楽しい。
しかしそれよりも紅魔館の皆と過ごす時間の方がもっと楽しい。
(もう帰ろう)
美鈴は決心した。
そして――
「……どうやって帰るの?」
帰り方を聞いていないことに気付いた。
「……はあ」
自分の間抜けさ加減に呆れてしまう。どうやら浮かれすぎていたようだ。
緩んだ気を引き締めるために太極拳でもしようか、いやそれよりそこらの人にでも帰る方法を聞かないと。などときょろきょろ周りを見渡した時の事だった。
「……あ」
道端にぽつんとおでんの屋台があった。
この手の屋台というのは日本人には効果が抜群である。美鈴は日本人なのか怪しい所だったが。
幻想郷では夜雀の八目鰻の屋台が有名である(冗談のようだが本気で経営している)。そして美鈴はそこの常連であった。
強烈な親しみを覚え、気付けば美鈴はのれんを分けていた。
「へいらっしゃい!」
六十台らしき大将が威勢のいい声で出迎えてくれた。頭に捻りハチマキまで巻いた本格派である。
(うわあ……)
いかにもな大将を眺め、何だか美鈴はテンションが上がってくる。
おでんの匂いが美鈴の鼻先に漂い、思わずすうっと吸い込むと、胸いっぱいにどこか懐かしい味が広がった。
他に客はなく、木製の長椅子に美鈴はゆったりと腰掛けた。
「お客さん、ここに来るのは初めてかい」
「はい。とりあえず大根とこんにゃく、あと熱燗ください」
「おう、お客さん通だねえ」
「いやーあはは」
出された熱燗をお猪口に注ぎ、ぐいっと飲み干すと胸の奥が一気にぼうっと温まる。
「くう……美味しい」
噛み締めるように呟くと、大将はわっはっはと豪快に笑った。
「そいつは嬉しいねえ。いい飲みっぷりじゃないか」
「いやーお酒にはちょっと自信があるんですよ」
「気に入った! がんもがお勧めなんだ。食べときな」
「あ、いただきます」
どこまでものんびりした美鈴はここでもその性格を発揮し、帰るという目的を完全に放り投げておでんをつつき始めた。
「それにしても、ここは本当に極楽みたいな所ですね」
「おう、お客さんこの国に来たばっかかい」
「はい。今日来ました」
「そうか成程ね。マスターに要望を出せば色んな施設を作ってもらえるから、一度時計の塔に行ってみるといいよ」
「そうなんですか…………もしかして大将も式神なんですか?」
「おうよ。ここ夢の国で働いてるのは皆式神だねえ。式神でもないのに自分から働きたい、なんて奴もたまにいるけどなあ。暇つぶしのつもりなんだろう。私の所にも面白半分で弟子入りしてきたのもいたけど、まあ駄目だな。すぐに辞めていっちまう」
「はあ……皆ぐうたらですからねえ」
さっきまで国を回ってみて分かった事がある。ここの住人のいい加減さは半端ではない。
出された料理をほとんど残して去っていく者も多いし、遊んだ道具を片付けもせずに放り投げていって後始末は全て式神任せ。昼間から酔っ払って路上で眠り込み、式神に運ばれていく姿も見受けられた。
それを見て、ああ自分はこうはなれないな、と思い、この国と自分とがあまり合わない事も実感できた。
「お客さん見込みありそうだし。どうだい、この屋台の後継がないか」
「いやいやいや」
「がっははは」
美鈴はちくわとはんぺんを注文しながら聞いてみた。
「この世界を作った魔法使い、ってどんな人なんですか?」
「マスターかい。実は私達はその姿も名前も知らないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ」と言って大将はおでんの乗った皿を美鈴の前に置いた。
「『時の女王』も一体どんなお方なのか知らないしねえ。ここの式神は皆そうだ。いや、やって来た人も含めて、誰一人マスターや『時の女王』の事は知らないんだよ」
「はー……秘密主義なんでしょうか」
「マスターにはマスターのお考えがあるんだろうさ」
美鈴は熱燗をぐいっと飲み干した。
「その魔法使いに時計の塔の所で何か欲しい物をお願いすれば、何でも作り出してもらえる、ってことですか」
「そういうことだねえ。この屋台と私だってどこぞの住人が希望したんだけど、まあ、最初来てたその人もすぐに飽きたのか、来なくなっちまったけどねえ」
「はあ……寂しいですね」
「いいってことよ。式神だから遠慮するこたあないんだ」
「大将……格好いいです」
「よしてくれよお客さん」
一拍置き、二人は吹き出すようにはっはと笑い合った。
「あははは……そうだ、大将」
「なんだい?」
「ここからどうやって帰るんですか? 何か出口みたいなものがあるんでしょうか」
すると大将は顎に手を当てて考え込んだ。
「帰る……ねえ」
「大将?」
「いや……帰る方法なんて聞いたことないなあ。そもそもそんな事言い出す人もいなかったしねえ」
「はあ……」
確かにこの国を見る限り、自ら帰りたいと言い出す人はいないように思えた。
しかし美鈴に帰る気はあるし、帰らないといけない。
「じゃあ他の人も知らない、ってことですかね」
「多分知らないと思うなあ。マスターの名前すら私達は知らないからねえ」
「そうですか……その時計の塔とやらに行けば分かるでしょうか」
「どうかなあ、分かんないけど。行ってみるといいよ。案内役のリアンちゃんに聞いてみるのもいいかもねえ。あの子、この国が出来た時から案内役してるみたいだからねえ」
先ほどの魔女のコスプレをした娘を思い浮かべる。
「あの子も式神なんですか?」
「そうだと思うけど、どうなんだろうねえ。でなければ暇な住人とかかね。何にしろ特別知ってることがあるかもしれない」
「そうですね、探してみます。ありがとうございます」
「水臭いこと言うなって。ささ、今は飲んだ飲んだ」
「あ、どうも」
大将自らのお酌に、思わず美鈴もお猪口を差し出す。
しばらくそうして飲んでいた時の事だった。
時刻はすっかり夜になり、国全体に派手な電飾が輝いて、さながら遊園地のような賑わいを見せている。
屋台にもう一人の客がやって来た。
「おや」
「ん?」
大将に続いて美鈴もきょとんとした声を零す。
やって来たのは小さな女の子だった。
歳は八歳くらいだろうか、白い髪をした子で、真っ白なフード付きローブで全身をすっぽりと覆っている。
感情の乏しい瞳が妙に印象的であった。
少女は無言で美鈴の隣に座り、「何か頂戴」と呟くように言った。
美鈴は怪訝な様子で首をひねった。
式神だろうか? いや客として座っているということは来訪者の一人だろうか。こんな小さな女の子も千回居眠りをしてここにやって来たのだろうか。いやまさかこんな歳で?
吸血鬼のレミリアは外見に似合わず五百年生きているが、この子はどうやら人間のようである。
それになんとなく、この子にはどこかで会った事があるような。
「お嬢ちゃん今日も来たのかい」
そう言って大将はおでんを適当に見繕って少女の前に差し出した。
「常連さん?」
美鈴は思わず口に出した。周りにいくらでも子供が好きそうな食べ物屋があるのに、ここに来るというのは随分と渋い趣味をしている。
少女が答えず無言でおでんを食べているので、大将が小さく肩をすくめて説明した。
「たまに来てくれるんだよ。大事な常連さんでねえ」
「はー……」
美鈴はおでんをぱくついている少女をしげしげと見つめた。
「…………」
見られていることが気に喰わないのか、少女は美鈴を見上げてどこか棘のある口調で口を開く。
「何」
「え? いやあ……君もここの住人なのかな、って」
「そうよ」
とだけ言っておでんを食べるのに戻る。妙に大人びた口調である。
会話がすぐに打ち切られたことに美鈴が思わずたじろいでいると、大将ががっはっはと豪快に笑った。
「この子はあんまり喋らなくてねえ。まあいつもの事よお」
「はあ……」
少女は目の前でそんな事を言われても気にとめた様子も無く、ただ黙々とひょいぱくひょいぱくおでんを食べていく。
「えと……」
それでも美鈴は少女に話しかけてみた。どこか親近感を覚えたのもあった。何故なのかは分からなかったが。
「私は紅美鈴。君の名前は?」
少女はちろりと美鈴を見やり、またおでんへと視線を戻すと、やがて小さく「牡丹」と呟いた。
「ぼたんちゃん。君も千回居眠りをしてここに来たのかな?」
牡丹は面倒くさそうに美鈴へ言葉を投げた。
「違う。私はゲスト。あなたは精神のみの存在だけど私は肉体そのものがここに存在する」
そしておでんの御代わりを要求した。
美鈴は牡丹の言った事が分からず首をかしげる。
「えと……どういう、こと……?」
「…………」
牡丹に答える様子はなかった。
仕方ないので美鈴は話を変えることにする。
「そうだ、君、ここから現実に帰る方法を知らない?」
こんな小さい子に聞いても知らないだろうとは思ったが、話題くらいにはなるかという事である。
すると牡丹はふっと美鈴に目を向けた。どこか驚いた様子の少女に、美鈴は思わず首をひねった。
「どうして」
少女の発したのは素直な疑問のようであった。
「え?」
「どうして帰り方を聞くの?」
「どうして、って……」
どう言ったものかと、美鈴は頭をぽりぽり掻いて視線を泳がせる。
「元の生活の方が、なんていうかな……楽しいというか、安心するというか、帰るべき場所なわけだし……」
「楽しいの? 現実の世界が?」
純粋に疑問を述べる様子の牡丹に、美鈴はうんうんと頷いた。
「うん。確かにここは楽しいけど、やっぱりいつもの皆と一緒の方がもっとずっと楽しいよ」
「そうなの?」
「そう。君は現実の世界に戻りたいとは思わないのかな?」
「…………」
牡丹はじっと黙っていると、やがて首をゆっくりと横に二、三振った。
「そうかあ……でも親に会いたいとは思わないの?」
「………………」
牡丹はまたも押し黙った。
美鈴はしまった、といった様子で息を呑む。
まずい事を聞いただろうか。
しかし牡丹はやがて、何でもない様子で口を開いた。
「覚えてない」
「え?」
「親も、現実の世界のことも。百年もここにいて、昔の事は忘れたから」
「百年!?」
「ええ」
百年前と言ったら、確かこの夢の国が時の女王の力によって現実から隔離された頃ではなかったか。そんな昔からこの子はここにいるのだろうか。
それに、ゲスト? この子の場合、精神ではなく実体がここにいる、とは?
美鈴は頭がこんがらがってきた。
そんな彼女に、牡丹がどこか興味深そうに聞いてくる。
「現実世界って、とっても辛い地獄のような所だって聞いてた。皆そう言うし。本当は違うの?」
「え、ええと……」
混乱する頭を放棄し、牡丹の質問の答えに頭を向けることにする。
「なんて言うかな……確かにここみたいに楽しい事ばかりじゃないけど、一緒にいると楽しい人達ばかりだし……えーと……」
慣れない事を言わされ、美鈴は頭をがしがし引っ掻いた。気を取り直して続ける。
「それじゃあ私の暮らしを話そうか。それが楽しそうだと君が感じるかは分からないけど、とにかく私にとっては楽しい生活だよ」
「うん」
興味深そうな牡丹を見て、薄く笑いながら頷き、美鈴は話し始めた。
「私が働いているのは紅魔館という……ああ、東方の地にある幻想郷という場所の中に存在するんだけどね……」
それから美鈴は自分の暮らしを話して聞かせた。
紅魔館には吸血鬼の姉妹が住んでいて、姉のレミリアが館の主をしていること。妹のフランは危険な力を持っているので地下に半監禁状態であること。レミリアの友人である魔法使いのパチュリーは喘息気味で、いつも図書館に引き篭もっていること。妖精メイド達は数は多いがあまり働きがよろしくないこと。メイドを束ねるメイド長の十六夜咲夜は超万能であること。自分はそんな咲夜にしょっちゅう居眠りを怒られていること。よく妖精やら妖怪やらが門のところにやって来て、一緒に遊んでやっているとそれもまた咲夜に怒られること。
紅魔館でのお茶会ではいつも咲夜が美味しいお菓子を用意してくれるし、太陽に弱い主のため、曇りの日になるとピクニックに出かける。
紅魔館だけでなく、他にも幻想郷について様々なことを語った。
博麗神社の巫女は乱暴だけどどこか暢気だとか、その神社では夜な夜な宴会が開かれていてそれはもう大騒ぎになるのだとか、妖怪の山はよそ者には危険な場所だとか、一応人間も住んでいて、その人里へはよく咲夜が買い出しに行っているだとか、妖精に妖怪、妖獣や幽霊、果てには神までがそこらにごろごろしている、といった事をありのまま話してやった。
牡丹はそれを感心し切った様子で聞き入っていたという。
「……確かに楽しそうね」
「そう。もちろん辛い事もあるけど、それを乗り越えた先にある喜びは、ただ快楽だけを享受するよりもずっと有意義なものだと思う」
若干この国の様子を頭に浮かべながら美鈴は言った。
「…………」
やがて牡丹はぽつりと呟く。
「不思議な人ね、あなた」
「へ?」
「ここに来る人って、皆現実世界が嫌で嫌でたまらない、って人ばかりだった。あなたも千回居眠りをしてここに来たんじゃないの?」
「いや、それはそうなんだけど……」
千回居眠りをしたんだ、と不名誉極まりない事を指摘されるとどうにもバツが悪い。美鈴は頬を引きつらせて微妙な表情をした。
「私は、現実の世界はここよりも良いものだと思うよ」
寝てしまうのはあの単調な仕事の所為なのであって、別に美鈴が怠け者だという訳でもなかった。
「…………」
牡丹はやがて、どこか遠くの方に向かって呟く。
「……いいなあ」
「ならここから出ればいいよ」
笑顔で即座に応じると、牡丹はきょとんとした様子で小首をかしげた。
「出る? 私が?」
「うん」
「…………」
牡丹はどこか感心した様子で口を半開きにする。
「……そんなこと、考えたことも無かった。ここから出る方法ってあるの?」
「え……ま、まあ、それをこれから聞きに行こうかと思っている所であって……」
「ふうん……そんなの聞いた事ないけど」
「まあでも、あの時計の塔とかいう所に行けば分かるだろうし」
「……どうかしら」
それから、牡丹は大きくふうっと溜息をついた。
どこか寂しげな様子の少女に、美鈴は笑いかけながら言ってみた。
「一緒に出る?」
「え?」
美鈴はいつもの人懐っこい笑顔を向けた。
「君も帰った方がいいよ。いくら百年もここにいて親のことを忘れているからって、やっぱり子供は親と一緒にいる方がいいに決まってるし。ほら、親の顔を見れば全部思い出すかもしれないよ」
こんな所で子供が暮らすのは発育に悪いと思っていた。できれば出るべきである。
「…………」
牡丹はしばしの間押し黙っていると、やがて首を横に振ると共に口を開いた。
「……ううん。今更親のところになんて帰りたくない」
「でも……」
「親の顔も忘れたのよ。だから戻ってもきっと、居場所なんてない」
「…………」
こんな小さな子が百年もここで暮らしているというのはどういうことなのか、美鈴には想像もつかなかった。きっと牡丹にしか分からない感覚なのだろう。
「それよりも私、その幻想郷って所に行きたいわ」
そんな事を言う牡丹に、美鈴は思わずぎょっとして変な声を洩らした。
「ええ!?」
面白おかしく話しすぎただろうか。いや脚色してはいなかった。確かにあそこは人外の楽園なのだ。
美鈴は困った様子で「うーん……」と牡丹を見つめていたが、難しい事を考えるのをやめ、やがて「よしっ」と息を吐いた。
何にしろ、ここからは出たほうがいい。
「……?」
牡丹が首をかしげる中、美鈴はにかっと笑いかけた。
「それじゃあもし身寄りが無いようなら幻想郷に来たらいい。人間の里で暮らせるように里長に言ってみる。そこで暮らせばいいよ」
外の世界を美鈴は知らないし、この少女が暮らせるような場所といったらそこしか思いつかなかった。
きょとんとしていた牡丹は、やがて薄く笑みを浮かべる。
美鈴はこの少女の笑顔をどこかで見たような気がした。おそらく気のせいだろうが。
「ありがとう。でもどうせならその紅魔館て所で働きたいわね」
「ええ!?」
微笑みながらそんな事を言うので、美鈴は思わずぎょっとしてしまった。恐る恐るといった様子で諭すように言う。
「あ、あのね……お嬢様は悪魔で吸血鬼なんだけど……」
怖くないの? ということである。別に自分はレミリアやフランのことは怖くはないが、人間は揃って彼女達を恐れる。てっきりこの少女もそうだろうと思っていたのだが。
しかし牡丹は肩をすくめて笑ってみせる。
「面白そうじゃない。それに妖精のメイドが駄目なのばかりで、咲夜って人が一人で頑張ってるんでしょ? 私がメイドとして働けば何かの足しにはなると思うわ」
「そ、それは……」
たじろぐ美鈴。
こんな人を何だか知っているような気がする。
とそこで、牡丹はどこか悲しげな表情になった。
「……?」
そんな少女に美鈴は首をかしげていると、やがて牡丹は静かに首を振った。
「駄目ね。やっぱり私はここから出られない」
「え? どうして?」
「…………」
またも牡丹は押し黙る。
こうなってはもうどれだけ聞いても答えてくれないようだと、美鈴は何となく分かってしまった。
美鈴がじっと見つめる中、やがて牡丹は溜息をついて呟く。
「出る方法は私も聞いてみるから、分かったら教えに来るわ」
「……君はここを出た方がいいと思う」
「ううん。大丈夫だから。ここでの暮らしに不自由はしてないし。また明日ここに来るわ」
「…………」
この子にはこの子なりの事情があるのだろうが、納得は出来なかった。
戻る方法を知った後、もう一度この子を説得してみようと美鈴は思う。
そんな時だった。
「帰りますよー」
聞き覚えのある声に、美鈴は急いでのれんを押して背後を見やる。
そこには相変わらず露出の多い魔女のコスプレをしたリアンが立っていた。彼女は美鈴を見つけて首をかしげる。
「あれ、美鈴さんじゃないですか、奇遇ですね。それにしてもおでんの屋台だなんて、つくづく渋い方ですね」
「リアンさん。どうしてここに?」
質問に、リアンは牡丹を指差して答えた。
「あたし、その子の保護者なんですよ」
「保護者?」
姉妹には見えないが。
「…………」
牡丹は無言でいたが、やがてひょいと立ち上がってリアンの元へと駆けていった。その牡丹の手を取り、リアンはにこりと笑いかけて、
「さ、帰りましょうね。それじゃあ美鈴さん、さよならです」
と言って去って行こうとするので、美鈴は慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「はい?」
ここで会えたなら丁度いい。
「現実に帰る方法を知りたいんですけど」
「ふえ?」
リアンはきょとんとした不思議そうな様子で美鈴を見ていた。
首をかしげ、彼女はやがてさらりと言ってのけた。
「戻れませんよ」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「え……?」
恐る恐る確認すると、リアンは首をかしげたまま続けた。
「夢の国を隔離した結果、戻る道が無くなったんです。まあ、戻りたがる人なんていないんですから問題ありませんけど」
「ちょっ!」
美鈴は思わずずいとリアンに詰め寄った。戻る方法が無いと初めて知った牡丹も、呆然とした様子でリアンを見上げている。
「戻れないってどういうことですか!」
「ふえ? えと……ですから、帰り道が消滅したんです。別にずっとここで暮らすわけですから構いませんよね?」
「構いますよ! 確かにここは楽しかったですけど、向こうの暮らしのほうがいいに決まってます! それにここから戻ったら、寝たすぐ後に目覚めるって言ったじゃないですか!」
「あ、あれはあくまで仮定の話であって、実際には無理ですよお」
「んな……」
「一体何言ってるんですか? ここでの暮らし以上のものなんて無いですよ」
夢の国が良いと思うのか現実の世界が良いと思うのか。そんなことは個人の価値観によって違うので、それについて議論していても仕方が無い。
「……とにかく、私は戻りたいんです!」
叩き付けるように訴えると、リアンは心底理解できない、といった様子で美鈴を眺めていた。
何も分かっていない様子の彼女に、美鈴は苛立ちを隠せない。
冗談ではなかった。別に自分はあの生活が嫌ではない。毎日門番をして、一日に数回、見回りがてら咲夜が会いに来てくれる。
おやつの時間や食事の時間には門番の仕事を休んで皆でテーブルを囲み、咲夜の作った美味しい料理に舌鼓を打つ。
そんな場所が自分の幸せであった。
いくら夢の国だろうと、あの生活を捨ててまで暮らそうなどと思えるはずも無い。
「……えと」
戸惑った様子でリアンが切り出す。
「あの……無理、なんです」
「それは……どういう……?」
「どうあっても戻る事は不可能なんです。ここを作った魔法使い自身にもどうにもなりません。そういう場所にしてしまいましたから……」
「な……!」
美鈴は思わず絶句してしまう。
その一方、牡丹がリアンをじっと見上げて言った。
「戻れないの? 本当に?」
「え? はい」
牡丹までそんな事を聞いてきて、リアンは不思議そうに少女を見つめて答えた。
「そう……」
深刻な表情の美鈴と牡丹に、リアンは一人首をかしげていたという。
やがてなだめる様に語りかける。
「えと……最初は戸惑うかもしれませんけど、その内慣れますよ。辛かった現実の生活を忘れ、ここでの暮らしが日常だと思えるようになります。ホームシックってやつですか? 思う存分遊べばそれも吹き飛んじゃいますよ」
「………………」
じっと下に目を向けて暗い表情をしている美鈴。
リアンはやがて、牡丹の手を引いて帰るよう促した。
「じゃあ、あたし達は帰ります。一晩眠ればきっと考えも変わりますよ」
そして二人は去っていった。途中、牡丹は心配そうに何度も美鈴を振り向いたが、彼女はじっと立ち尽くしたまま動かなかったという。
「…………」
やがて美鈴は屋台に戻り、がくんと暗い表情でうな垂れていた。
「……お客さん、そう気を落としなさんな」
大将の気遣いにも答えられず、ただじっと下へ目を落として考え込む。
帰れない。紅魔館に。
お嬢様や妹様、パチュリー様や咲夜さんに、もう会えない?
そんなばかな。
「そんなばかな……」
自分が千回も居眠りをしたせいで…………。
もっとちゃんと仕事をしていれば……。
……いや待て、自分が悪いのか?
ふつふつと怒りが沸いてきた。
自分をこんな所に呼び寄せた魔法使いがどう考えても悪い。殴り飛ばしてやろうか。脅してここから出させるか?
いや、その魔法使いであってもどうにもならないと言っていたし、そんな事をしても仕方が無いのではないか。
「咲夜さん……」
現実世界で今すぐに叩き起こして欲しかった。
いや、ここでいくら過ごしても向こうでは一秒も経っていないようなのだから、いくら待っても起きることは無い?
ということは、これは八方塞がりということか。
「うう……」
半ばヤケになり、美鈴は熱燗を煽るように飲み始めた。
「お客さん、ヤケ酒はよくないよ」
「いいんでず……もっとくだざい」
涙混じりの声を出す美鈴に、大将は呆れたように息を吐いた。
「うう……これは夢なんだ……ううう……」
そうして散々飲み続けた後、美鈴は突っ伏して眠りこけた。
これは悪い夢であって、起きたときにはいつもの門の前にいることを願って。
◇◇◇
美鈴は豪華なベッドの上で目覚めた。
「う……」
頭の中でがんがんと音が響く。
昨晩飲みすぎて潰れてしまった美鈴は、昨日通りで見かけたように式神によって運ばれてきたのだ。
「ここは……?」
ぬいぐるみが部屋を埋め尽くしているひどい少女趣味の部屋だ。ピンクのカーテンからは陽気な太陽の日差しが僅かに漏れている。どうやら美鈴に割り当てられた家の寝室のようであった。
「門の前……じゃない」
夢ではなかった。
美鈴はがくりと肩を落とす。いや夢の国ではあるのだが。
「うう……」
これからどうしようかと途方に暮れる。
――出る方法が無い?
国の外に向かって走り続ければ出られる……わけがないか。あのどこまでも続く白い大地で迷ってしまうだけだ。
それともいっその事ここで死んでみたらどうか。目が覚めるのではないか。
……いや、リアンはどうあっても不可能と言っていたし、そんな事をすれば本当に死んでしまう、なんてことも……。
「…………」
ぐるぐると考えていた美鈴は、やがて力ない足取りでよろよろと家を出て行った。
外に出て振り返ると、家は白い外壁をした庭付き二階建てのゆったりとした造りで、多くの人の夢見るマイホームそのままのようであった。綺麗に丈を揃えられた緑の芝生が太陽を反射してきらきら輝いている。
他の家々は様々なカスタマイズをされており、派手なピンクの外壁になっていたり、宙に浮いていたり、形容しがたい奇抜な形状をしていたりした。
しかし今の美鈴にそんな自分の家を喜ぶ余裕も、他の家を眺めて楽しむ気持ちもなく、顔を落としたままとぼとぼと歩いて行った。
紅魔館の皆の顔が次々と浮かんでくる。
(あの生活は幸せだったんだなあ……)
離れてみて、門番としての仕事に自分はとても満足していたのだと実感する。
(今度からはもっとしっかりと門番をしよう…………いやもう戻れないのかもしれないけど)
自然と美鈴の足は昨日の屋台へと向かっていた。
「いらっしゃ……ああ、お客さんか……」
「……どうも」
やって来た美鈴を見て苦い表情を浮かべた大将に軽く頭を下げ、おずおずと長椅子に座り込んだ。
「……昨日はすいませんでした。ご迷惑をおかけしたみたいで……」
暗い美鈴を元気付けるように、大将は豪快に笑ってみせる。
「いいってことよ。それに、戻れないなら戻れない、それで納得してここで生きてくしかないんじゃないのかい」
「……そうは言っても」
美鈴は目の前に出されたほくほくと湯気を立てるがんもをじっと見つめながら呟く。
「私はずっと門番として生きてきました。それが幸せだったんです。やりがいがあったんです…………それをいきなりやめるなんて言っても……」
大将は「まあ最初はそうだとしても仕方が無いだろうねえ」と頷いた。
「でもしばらく休んでみると、ここでの何かまた別の生きがいってやつが見えてくるだろうよ」
「そう……でしょうか」
暗い表情で顔を落とす美鈴に、対象は元気付けるように笑いかけてやった。
「ああ。何なら本当にここの後継ぎやってみるかい」
「……そうしようかなあ」
半ば冗談でもなく美鈴は呟くのであった。
それからしばらくして、牡丹が小走りで屋台にやって来た。
「美鈴は来た?」
のれんをくぐると同時に聞き、
「…………」
言葉を失う。
「いらっしゃい! いやー牡丹ちゃんがお客さん第一号だねー」
美鈴が大将の隣に立ち、捻りハチマキを頭に巻いておでんを作っていた。
唖然とする牡丹に威勢の良い声を掛ける。
「大将に弟子入りしてここで働く事にしたんだ。いやー何かやってないと落ち着かなくて」
「……え、ええと……」
「大根の煮込みが甘い!」
「はい!」
せっせとおでん作りに精を出す美鈴。そんな彼女を、牡丹は顔をひくつかせて見やっていた。
「あ、あのね、美鈴」
「牡丹ちゃん何食べる? 昨日昆布食べてたし、これが好きなのかな」
「じゃがいもが崩れるぞ! もっと丁寧に!」
「はい!」
牡丹は何だか頭が痛くなって額を押さえると、やがて気を取り直して美鈴を見上げた。
「美鈴、話があるの」
彼女はおでんの仕込みをしながら「ん?」と口を開いた。
「何? いやーごめんね。昨日は一緒に帰るとか元々できもしなかった事言っちゃって」
「それはいいから。帰る方法を見つけたのよ」
「そっか、そうなんだ…………………………え?」
美鈴は手を止めて牡丹を見やった。大将も目をしばたかせている。
少女が何を言ったことに驚き、美鈴は思わずおたまをおでんつゆの中にとぷんと落としてしまう。
「え……帰る、方法……?」
牡丹は大きくこくりと頷いた。
「一つだけ。この夢の世界を脱出する方法があるの」
「ええっ!」
美鈴は思わず身を乗り出して詰め寄った。
「そ、それは、ここで死ねば脱出できるとか……?」
「駄目よ。ここで死んだら脳死状態になるわ」
「ああ、やっぱり…………じゃ、じゃあ一体どうやって?」
牡丹は神妙な顔つきで美鈴を見やり、周りをきょろきょろと確かめる。そんな牡丹に、思わず美鈴と大将はぐっと耳を寄せた。
そして小さな声で、しかしはっきりと牡丹は言った。
「この夢の国を破壊するのよ」
美鈴と大将はしばし呆然としており、揃って顔を見合わせた。
そして少し時間が経ってから「ええ!?」と大きな声を上げる。
「ちょ、ぼ、牡丹ちゃん!? それって一体……」
「しっ! 静かにして。リアンに知れたら妨害されるわ」
「え、ええ……?」
訳も分からず声を潜めると、気持ちを何とか落ち着けてから問いかけた。
「えと……それは一体どういう……?」
牡丹はこくりと頷き、声を潜めたまま説明した。
「時計の塔に戻ってから調べてみたんだけど、この国自体が大きな魔法装置みたいなものなのよ。確かに帰る道は無かったけど、この『夢の国』という魔法が解除されれば、ここにいる人達は皆夢から覚めて帰っていく。時の力による隔離状態も解除されるから、二度とこの国が作られる事もないでしょうね。そしてもうここから出る方法はそれ一つだけしかない」
「ちょ、ちょっと待って」
すらすらと言ってのける牡丹に、美鈴は慌てて問いかけた。
「どうしてそんな事が分かるの? 君は一体……?」
時計の塔に戻ってから、って……この子は時計の塔に住んでいるのだろうか?
などと疑問符を浮かべる美鈴に対し、牡丹はふふっと悪戯っぽく笑い、少し得意そうに言ってのけた。
「それは、私が『時の女王』だからよ」
今度こそ美鈴は言葉を失った。隣の大将へと目を向けると、彼は首を振って「自分も知らなかった」ということを訴える。
やがて美鈴はおずおずといった様子で問いかけた。
「時の女王……? 君が?」
「そうよ。秘密にするよう言われてたけど、もうどうでもいいわ」
「………………」
美鈴は呆然とこの年端も行かない少女を眺める。
時の女王? 女王って言うからもっと大人かと思っていた。いや言われてみれば、こんな小さな子がここにいるのもおかしかった。
ゲスト? ゲスト言っていたけど、要するにそういうことか。時の女王として招かれていたと。
「えと……じゃあ、君が『時間を操る程度の能力』を持っているの?」
聞き慣れない言い方に牡丹は小首を捻る。
「時間を操る程度……? へんな言い方ね。普通に『時の力』でいいじゃない。…………でもまあ、そうよ。『時間を操る程度の能力』。その言い方のほうがなんだか良いわね」
「はー……」
美鈴はしげしげと牡丹を見つめる。
『時間を操る程度の能力』。咲夜と同じである。いや厳密に同じ能力なのかは分からなかったが。
そう言えば白い髪、顔立ちを見て、能力だけでなく、牡丹は外見もどこか咲夜と似ている気がした。
「牡丹ちゃん……お姉さんがいたりする?」
「え? さあ。家族の事は忘れちゃったわ」
「…………」
生き別れの妹とか、まさかそうなのだろうか。咲夜は身の上話を全くしないが、妹がいたなら覚えているだろう。
「……一度紅魔館に来るといいよ」
妹と会った時に咲夜さんはどんな顔をするだろうかなどと、美鈴は感動で泣く咲夜という、今までに見た事もない光景を思い浮かべていた。
「? ええ。帰れたらそこで働くつもりだけど」
「はは……」
本当にあそこで働くつもりなんだ。と苦笑いを浮かべる。
「……ん?」
とそこで、美鈴の頭に疑問が生まれた。
「君はどうしてここに来たの? いや、どうして夢の国に協力しているの?」
その質問に、牡丹は何でもないように答えてみせた。
「無理矢理連れてこられたのよ」
「なっ!」
目の色を変える美鈴に、牡丹は取り繕うように言い足した。
「確かに拉致される形だったけど、今は別に不自由はしてないわよ。だからそれはいいの」
「いいわけない!」
断固とした口調の美鈴を、牡丹は驚いた様子で見やった。
「美鈴……?」
「そんな……こんな小さな子を、こんなくだらない事のために利用するなんて。親から引き離すなんて……許されるはずがない」
「…………」
牡丹は疑問に思う。
なぜ美鈴はこんなにも怒っているのだろう。自分たちは昨日会ったばかりである。なのになぜ、自分を心配しているみたいに、自分が拉致された事を許せないと言っているのだろう。自分を気遣う様子を見せるのだろう。
この自分勝手な人しかいない世界で、こんな人には会った事がなかった。にわかに理解はできなかった。
でも――
「…………」
牡丹はどこか嬉しそうな笑顔を浮かべて美鈴を見やる。
何だかそれがこの人らしいと、理解はできなくとも妙に納得はできた。
何だかそれが、とても嬉しかった。
「……出よう。この国を壊して。みんなの目を覚ましてやろう」
強い決意を込めて言う美鈴に、牡丹は笑顔で、
「うん!」
と頷いた。
とそこで、二人は今まで黙っていた隣の大将に目を向ける。
この国の式神はこの国でしか存在できないはずである。もしもここが消滅するなら、一緒に大将もいなくなってしまう事になる。
「…………」
押し黙っていた大将はやがて、
「ふー……」
と大きく溜息をついた。
そしてにかっと二人に向けて笑ってみせる。
「行きなさい、二人共」
「でも、大将……」
「私は式神だ。所詮仮初の命。死ぬわけでもない。それに、私はお客さんのために存在している。大事な客であるあんたらのためになるなら、それが何よりだ」
その言葉に、美鈴は若干涙ぐみながら微笑んだ。
「大将…………ありがとうございます」
「いいってことよ。少しの間だが、後継ぎができて嬉しかったよ」
「私も……嬉しかったです。大将みたいな素敵な人に会えて」
「大将さん、ありがとう」
「よしてくれ嬢ちゃんたち。ほら、いつまでもこんな所にいないで、帰るべき場所に帰るんだ」
「はい!」
すぐに二人は立ち上がり、時計の塔を目指して歩いていった。
「……行った、か」
二人を見送り、ぽつりと呟いた大将はおもむろに視線を下に落とす。
大将の足元がすうっと薄くなり、それは段々と上に登ってきていた。
「国に背いた式神の末路、か……」
のれんの隙間から、遠ざかる二人の娘を笑顔で眺める。
「がんばれよ、嬢ちゃんたち」
屋台から一人の式神が消え、やがて、屋台そのものもぼんやりと消えていった。
◇◇◇
「時計の塔へ向かうの?」
牡丹の隣を歩きながら美鈴は問いかけた。
それに牡丹はこくりと頷く。
「時計の塔の最上階に、私の能力の増幅装置と一体になったこの国の制御装置が置かれているの。それを破壊すれば夢は終わる。でも私一人の力じゃ無理。美鈴、あなた門番やってるからいけると思ったんだけど、本当に強いのかしら?」
あっけらかんと遠慮も無く言ってのける。そんな所もますます咲夜に似ていると思った美鈴は、なんとなく咲夜と共に行動しているような感覚を覚えて少し楽しくなった。
「……えと、まあ、武術も極めようとしてるし、いけるかと……」
魔術などが苦手な美鈴は、総合的な戦力においてはレミリアなどの一流の妖怪よりも格下である。
しかし数々の武術を修めた彼女は、肉弾戦に限定すればあの最強とうたわれる吸血鬼とでさえ互角に渡り合えるほどの実力者であった。
「そう。頼りにしてるわよ」
そこの所に疎い牡丹からしたら、単に大人の力を借りる感覚であった。
夢の国は昼前で、住人達は相変わらず暢気な様子で遊び惚けている。
今からこの世界を壊しに行くことに若干の悪気を感じながらも、やはりこんなだらしのない世界はあるべきではないと思う。少なくとも、こんな小さな女の子を犠牲にしてまで作るものではないのは確かだ。
これをお堅い思考と言うのだろうか。その点はかつてこの国を破壊しようとした権力者達と同じなのかもしれないなあ、などと美鈴は溜息をつく。
「問題はセキュリティよ。私は自由に出入りできるけど、あなたはどう言い訳をしようかしら。いざとなったら強行突破しかないかしらね」
それに、美鈴は「うーん」と頬をぽりぽり掻いて考えた。
「牡丹ちゃんが時を止めて、その隙に私を運んでもらう、っていうのはどうかな」
「時を止める?」
牡丹が不思議そうに聞くので、思わず美鈴は「あれ」と口にする。
「止められるでしょ? 時間を止めて、その間に料理したり敵の攻撃を避けたり」
「え……そんな事知らない。考えた事も無かった」
「そうなの?」
てっきり咲夜と同じ能力だとの認識を持っていた美鈴は、アテが外れたみたいできょとんとする。
「私の力は夢の国を隔離するために使ってる、ってことしか知らないから。そんな時を止めて自分だけ動くなんて、私に出来るのかしら」
「ええと……」
美鈴は難しい表情で頭をぼりぼり掻いた。
「咲夜さんはそうしてたし……でも君は違う力なのかもしれないなあ」
「咲夜? 例のメイド長の?」
「ああ、うん。あの人、君と同じ『時間を操る程度の能力』を持ってるんだ」
「ふうん……」
牡丹は興味深そうに息を吐き、ぐいと顎に手を当てた。
「唯一のまともな人間かと思ってたけど。本当に普通じゃないわね、紅魔館って所は」
「は、はは……そうかな……」
苦笑いを浮かべる美鈴に、牡丹はふっと笑ってみせた。
「ますます働きたくなっちゃった」
「はあ……」
どうやら紅魔館で働く事は確定事項らしい。
それもいいかな。と美鈴は笑う。何だかんだ言って紅魔館の皆はいい人達である。少なくとも美鈴はそう思っている。幼いのに神経の太そうな牡丹ならうまくやっていけるだろう。
「それにしても」
美鈴は少し困った様子で笑みを浮かべた。
「いきなり新しいメイドさんを連れてきたりしたら、驚かれるだろうなあ」
お嬢様に呆れられるだろうか? などと考える。しかし咲夜と出会う瞬間を見るのは楽しそうだ。彼女はどんな反応をするだろう。と思い浮かべようとしてとても想像はできなかった。
「………………」
牡丹が何やら暗い表情をしているので、歓迎してないと思われたのでは、と美鈴は慌てて取り繕った。
「い、いや、もちろんいい意味で言ったんだよ。大歓迎だと思うよ?」
「…………」
じっと下に目を向けていた牡丹はやがて、
「ううん、何でもないの」
首を静かに振りながら言った。その顔には依然として暗い影が残っている。
そんな牡丹に首をかしげながらも、美鈴は時計の塔へと目を向け歩き続けた。
そんなに遠いわけでもなく、二人はすぐに時計の塔の前へと辿り着いた。塔の周囲は広場になっており、わたあめなどの屋台が数多く軒を連ねていた。
塔は真っ白な鉛筆のように長細い形状をしていて、高さは五十メートル程だろうか、最上階付近の外壁には動かない巨大な時計が取り付けられている。
時計の塔にはせわしなく大勢の人々が出入りしており、おそらく自分の望みを叶えて欲しいという人たちなのだろう、塔はこの国で一番人が集まる場所のようであった。
「行きましょ」
二人は塔の一階へと入っていった。
内部はやはりというのか、かなりメルヘンチックな造りになっており、赤やピンクといったカラフルな壁紙がまず目を刺激する。
そして様々な形状の風船がそこかしこに浮かんでおり、働いている式神は皆ネコ耳やウサ耳を付けていたり、着ぐるみを着込んでいたりしていた。
ごちゃごちゃしているが広さはある。人々は紙に長々と欲しい物や欲しい施設、欲しい式神などを書いて受付に提出していた。
美鈴からしたらこんな派手な造りにも最早慣れたものである。そしてそんな事に慣れてしまった自分が何だか嫌になる。
「こっちよ」
牡丹に連れられて受付に行くと、顔パスになっているのか、受付のネコ耳をつけた女性は即座に受付カウンターをぱかりと開き、「どうぞ」と内側にある扉を示した。
「行きましょ」
「あ、ああ、うん」
二人がそそくさと行こうとした時、
「あの」
受付の女性に呼び止められ、二人はぎくりと動きを止める。
「そちらの方は……?」
「……お客さんよ。気にしなくていいから」
「はあ……」
首をかしげて美鈴をじっと眺める女性を振り切るように、二人はいそいそと扉の中へと入っていった。
そこはエレベータールームになっていた。
「ええと……これは……?」
見慣れない設備に美鈴が首をかしげる中、牡丹は壁に寄って行って△ボタンを押した。
「エレベーターよ。知らないの?」
「え、うん……何、これ」
「上に運んでくれる機械よ」
「機械?」
機械といったら確か河童が詳しい外の技術だとか。天狗もそれらしき物を持っていたか。詳しくは知らないけど、とても便利な物だということは聞いていた。
あれこれ考えているうちにチンという音の後、目の前の扉が勝手に開いた。それにも驚いたが、
「……行き止まり?」
中はどう見ても行き止まりの小部屋である。
しかし牡丹はそれに小走りで入り、美鈴を手招きした。
「早く」
「え? ええと……」
訳が分からないながらもおずおずと足を進めると、今度は扉が勝手に閉じた。
そして、
「おお!?」
ぐんと下から突き上げられる感覚を覚え、思わず美鈴は身構えた。
「何してるの?」
牡丹が呆れた様子で声を掛ける。その顔はどこか笑いを堪えていた。
そんな牡丹を見て、なんだか恥ずかしくなって頬を紅潮させた美鈴は眉を寄せて姿勢を正した。
「これは一体……?」
「だから言ったでしょ? 上に運んでくれる機械よ。そういう物なの」
「はあ……」
これまで機械というものにまるで触れる事が無かった美鈴からしたら、そんな便利な道具はにわかには信じられない代物であった。
幻想郷では河童が機械技術を持っているがとても実用的なレベルではなく、天狗の持っているカメラも一度壊れたら修理も出来なく単なる飾りに成り果てる。
機械が便利な物なのだと知って、美鈴は認識を改めざるをえない。
そしてあっという間にエレベーターは最上階に辿り着いた。
「最上階……?」
エレベーターを出て周囲をきょろきょろ見渡し、美鈴は信じられない、といった口ぶりで呟く。
そんな彼女に牡丹はくすりと笑い、「そうよ」と短く答えた。
最上階はこれまでとは打って変わって真っ白な床や壁が続くシンプルなもので、物音一つしない静けさがじわりと広がっていた。
「こっちよ」
牡丹は美鈴を連れ、通路を早足で歩いて行った。
「………………」
なるべく音を出したくないのか、牡丹が無言でいるので、美鈴も口を閉じて周囲を警戒しながら牡丹に歩調を合わせて歩く。ツカツカという足音が響くのが妙に耳についた。
そういえば、と美鈴は考える。
例のこの国を作った魔法使いとやらは一体どんな人物なのだろうか。牡丹は知っている様子だったが、色々あって聞きそびれていた。
美鈴は隣の牡丹を見る。静けさが広がるこの階では、不用意に喋るのが何だかはばかられる。
(まあ、魔法使いに遭遇しないでその魔法装置を破壊できるならそれに越したことは無いし、例えどんな人物であろうと関係は無い、か)
美鈴は再び前を向いて歩き出した。
そんなに広くはないのか、目的の場所へはすぐに辿り着いた。
縦横五メートルはある巨大な両開きの扉が二人の前に鎮座している。そして中からは何やらゴトゴトと規則的な音が洩れていた。
「着いた……?」
安心しかけた美鈴を、牡丹が「油断しないで」とたしなめてきた。
「ああ、うん……」
注意の仕方が咲夜に似ていたので、何だか美鈴はこそばゆくなって小さく苦笑する。
そして二人は扉を開けて中へと足を踏み入れた。
中はちょっとしたホールになっていた。
そしてその奥には、いくつもの歯車やフラスコを重ね合わせたような巨大な魔法装置が鎮座していた。
縦横高さは五メートルほどか、フラスコとフラスコがガラス管で繋がっていてその中を青白い光が行き交い、全ての歯車ががっちりと噛み合ってガラガラと規則的な音を立ててゆっくりと回り続けていた。
そしてその魔法装置の手前に、一人の女性がいるのが目に付いた。
見覚えがあった。
黒い魔女の格好。露出の多い、ステレオタイプなコスプレのような服装。
彼女を見て、美鈴は呆然と呼びかける。
「リアンさん……?」
魔女のコスプレをした夢の国の案内役のリアンが、二人の方を向いて立ち尽くしていた。
◇◇◇
ゴトゴトと歯車の回る音が響く。
「……聞きますが」
リアンはおもむろに、いつになく厳しい表情で、二人を睨むように見つめながら口を開いた。
「どうして来たんです、美鈴さん。それに牡丹。どういうつもりです」
「…………」
なぜ彼女がここに?
と美鈴が言葉を失っていると、牡丹はリアンをキッと睨み返した。
「終わりにしましょう。私はここを出たい。もう現実で生きたいの」
「…………」
リアンに視線を移され、美鈴は怪訝な表情で問いかける。
「あなたは……案内役じゃなかったんですか? どうしてここに?」
それにリアンはふっと得意そうに笑った。
「あたしがこの世界の創造主ですよ。案内役は趣味でやってます」
「なっ……」
どうやら魔法使いは格好だけではなかったようだ。
一階の受付から不審者の報告を受けたリアンは、こうして二人を待ち受けていたのだ。
すぐにリアンは表情を厳しいものに戻し、美鈴をじっと睨みつけた。
「美鈴さん、その子に余計なことを吹き込んだのはあなたですか。何故そんなことをするんです? あなただって、この世界がとても楽しいものだと感じたんじゃないんですか? 言ったでしょう? 最初はホームシックになったとしても、ここで暮らしていけばやがて帰りたいなんて思わなくなる、って」
リアンは周囲を、この世界全体を示すように、すっと両手を広げてみせた。
「この世界では望む物全てが手に入ります。望んだ遊び場が、望んだ食べ物が、望んだ服が、望んだ家が、望んだ時間が。式神であなたの望む人を作れます。友人を作れます。親友を作れます。家族を作れます。恋人を作れます。夫を作れます。家政婦を作れます。奴隷を作れます。味方を作れます。敵を作れます。一体何の不満があるんです」
リアンは子供の頃から夢を見るのが得意であった。
夢を見る力。幻想郷の中で言えば『夢を見る程度の能力』と称されるであろう程の空想力である。
夢の中で彼女は何にでもなれた。
世にも美しい一国の姫君に、豪奢な暮らしをして大勢の男から求婚される大富豪の娘に、のんびりと暮らす山奥の村娘に。
しかし目覚めるとそこには、貧困街で暮らす単なる小汚くてみすぼらしい一人の少女である自分がいる。
毎日毎日物乞いをして、金持ちの気まぐれで与えられる小銭を奪い合い、およそ夢とはかけ離れた、どんなに惨めな童話ですらその一端にも出てこないようなドブネズミのような底辺の生活。
こんな生活は嫌だ。あの夢を実現したい。こんな汚い暮らしではなく、思い描いた通りの生活をしたい。
少女は必死の思いで本を盗んで猛勉強をし、身元を隠して魔法使いのギルドに入ることに成功する。
夢を実現する。ただそのためだけに努力をして一流の魔法使いへと登り詰めた。
しかしどれだけ豊かになっても自分の夢は叶えられない。
夢に追いつこうとすれば追いつこうとするほど、望む物を手に入れれば手に入れるほど、
これは本当に自分が夢見た物なのだろうか? いやもっと素晴らしい物のはずだ、
と思って次の夢を求める。
かつて自分が夢見ていた大きな家に暮らしても、どれだけ格好いい財も豊かな男性に求婚されても、一向に渇きが満たされることは無かった。
妥協は嫌だ。夢を。完全な夢を実現したい。
そう願っても、それらが叶えられる様子はない。
そして彼女はある日、とうとう気付いたのだ。
無理だ。
不可能なのだ。この世界ではいくら夢見てもそれを実現させることができない。
だったら――
夢を。
夢の世界にそれを求めよう。
ああなんでこんな簡単な事に気付かなかったんだろう。いつも自分が理想を思い描いていたあの場所こそが、自分が追い求めていた物そのものなのだ。
彼女は夢の国を作ることにする。
そして五年もかけて大魔法を完成させ、遂に彼女は夢の国を創りだした。
そこで彼女は何にでもなれた。
一国の姫君に、大富豪の娘に、素朴な村娘に。夢見る全てを実現できた。
ああなんて素晴らしい世界。これこそ自分が求めていたものだ。
そうだ、こんな素晴らしい自分の世界に、他の人も招待してあげよう。
彼女は知り合いの魔法使い達を夢の国に招待してあげた。
しかし彼らはこの国を見て、不快感もあらわに口々に言ったのだ。
――こんな堕落した世界は理想でも何でもない。
――馬鹿げている。こんな世界に篭って何の意味があるというんだ。
――君には失望したよ。こんな物のために君は努力してきたというのか。
……なに? どうしてこの人たちは分かってくれないの?
……ああそうか。夢を見てないからそんな事が言えるんだ。つまらない人達。ただ飯を食らって生きるだけの画一されたくだらない人種。
夢を見ない人に、生きる価値なんてない。
――な、何をしているリアン! やめろ!
――うるさい。この素晴らしさが分からないあんた達なんて……死んじゃえ。
夢の中で息絶えた彼らは、一生目覚めることも無かった。
リアンは考えた。
夢の素晴らしさを理解してくれない愚かな人なんて、この国にはいらない。
だったら理解してくれる人を招こう。
窮屈な暮らしをしていて、そこからの解放を望む同士達を集めよう。
そう、千回も居眠りをするような、現実に嫌気が差している同じ思いの仲間を。
そうして夢の国には千回居眠りをした者達が集められた。
夢の国を問題視した現実世界からの攻撃を受けたが、解決策を探していくうちに牡丹を発見し、その力を利用して夢の国の時間を隔離した。
危ない所であった。牡丹を肉体ごと夢の世界に持ち込み、自分の精神も夢の国へと移ったその次の日には、自分を捕まえに魔法使いたちが家にやって来るだろう。でも時の止まったここでずっと暮らしていれば永遠に捕まることはない。永遠に捕まる前日のまま、夢の国で暮らすのだ。
帰り道なんていらない。自分は一生ここで暮らすんだ。
何人か帰ることを望む者も来たが、帰り道が無いことを告げられ、更には夢の国で優雅な暮らしをしている内にもう帰りたいとは言わなくなっていった。
それでもしつこく帰りたいと言う人は――――――――処分していった。
美鈴はじっとリアンを見つめていた。その目に、リアンはどうしようもなく苛立ちを覚える。
知っていた。自分が一番嫌いな目つきだ。この世界を否定する馬鹿者共の目だ。
そして美鈴は言った。
「望むだけで手に入る物を、私は価値ある物とは思えない」
知っていた。馬鹿者共が最後に言っていた言葉だ。
リアンはすうっと目を細めた。
「同じ事を言うんですね。愚かな奴らと同じ事を。ああそうですか。あなたも同じなんですね、あいつらと。この世界を否定する、理解しようともしない、夢を捨ててただ生きるだけの家畜のような人種」
「夢を捨ててなんていない。私の今の夢は、現実に戻って仕事をすることだ」
「…………」
リアンはやれやれといった具合で大仰に溜息をつき、軽く横に首を振った。
この手の人種に何を言っても無駄だと分かっていたので、美鈴を説得するのを諦め、今度は牡丹に目を移す。
「何故牡丹を巻き込んだんです? 何故そそのかしたりしたんです? 何故そんな馬鹿なことをしたのです」
「……何故?」
美鈴は目を細めてリアンを見やる。
「馬鹿なことをしたのはあなただ。こんな小さな子を誘拐し、親から引き離し、その力を利用するだなんて」
それに対しリアンはきょとんとした様子で首をかしげた。
「……ああ、なんだ。そんなことでここまで来たんですか」
「そんなこと?」
目の色を変えた美鈴に、リアンはやれやれと溜息をついた。
「あなたは何か勘違いをしてますよ」
「勘違い?」
問いに、リアンはすっと肩をすくめる。
「百年も経ったから牡丹は忘れてしまったんですかね。あなたはあたしが攫って来たのではありません」
「……?」
怪訝な表情をする美鈴と牡丹に向かって、リアンは何でもないような口調で続けた。
「買ったんですよ。時の力を持っていると聞いて、親と交渉してお金を渡したんです」
「なっ……!」
「――!」
牡丹を見ると、彼女も知らなかったのか、目を見開いて体を震わせている。
「もしくは忘れたかったんですかね。親に売られただなんて。だから誘拐された、って思い込んでるのかもしれませんね」
「…………」
牡丹は手を強く握り締め、ぶるぶる震えながら俯いた。
彼方に追いやっていた記憶の断片が、牡丹の脳裏に浮かんでは消える。
『なんなんだあの不気味な力は! 本当に俺の子なのか!』
『私だってもっとちゃんとした子が生まれると思ってたわよ! 髪が白いのもあの力の所為ね……そのおかげでどれだけ白い目で見られたことか』
忘れたかった記憶の中では、いつも牡丹は冷たい地面に座らされていた。
『牡丹、これからはこの人と一緒に行くんだぞ』
『魔法使いの所だなんて素敵じゃない』
忘れたかったのは、親元での辛い暮らしでも、売られたという事実でもなく、あの自分を送り出す時の両親の顔に張り付いた笑顔。心の底からほっとしたような安堵の表情。
自分は売られたのではない、攫われて仕方なくここにいるんだ。そう思い込むことを支えとしないと幼い心を保つことはできなかった。
「ほら、分かったら下に戻ってください。今更現実に帰った所でその子に居場所なんて無いんです。ここで暮らすことがその子にとって、いや、誰にとっても最良の事なんです」
「………………」
美鈴は震える牡丹のことを見つめていると、やがて、その小さな手を優しく握った。
涙を湛える瞳で見上げた牡丹に向かって、美鈴は安心させるように穏やかな笑顔になり、真剣な口調で語りかけた。
「居場所なら、ある」
リアンは怪訝な表情で美鈴を見やる。
「ですから、ここが牡丹の居場所なんですよ」
「違う」
美鈴は強くリアンを睨みつける。
「私の暮らす紅魔館で、この子はメイドとして働く。そこがこの子の居場所になる」
牡丹が目を見開き、はっきりと言い放った美鈴をじっと見つめる。その瞳に溜まっていた涙が一滴零れたが、ごしごし拭くともう涙が流れることは無かった。
「美鈴……」
「私は帰る。この子と一緒に。だから通してほしい」
「…………」
リアンはしばし黙っていると、やがてふうっと大きな溜息を吐いた。
「そうですか……残念です」
それが了承だと、美鈴は思うわけも無かった。リアンから放たれた強烈な殺気を肌で感じる。
「牡丹ちゃん、下がっていて」
美鈴に言われ、牡丹は戸惑った様子で美鈴とリアンとに視線を行き来させた。
「え……で、でも」
「早く」
「……うん」
部屋の隅まで離れ、牡丹は対峙する二人をはらはらとした面持ちで見つめていた。
「……あたしと戦うつもりですか」
「そうだ」
「…………」
しばし黙っていたリアンは、
「…………はは」
笑い声を洩らし、
「あははははあはあははは!」
遂には腹を抱えて笑い出した。
美鈴が怪訝な表情をしていると、リアンはローブに隠して背中にくくりつけていたのか、魔法少女が持っているような、先端に丸い水晶玉が取り付けられたカラフルなステッキを取り出した。
おもちゃかと思いつつも美鈴がむっと警戒する中、リアンはステッキの先端に付いている水晶玉を宙に小さい円を描くようにくるくる回しながら笑いかけた。
「この世界は私が創造主なんですよ? 言わば私が神と同じなんです。ここで私に勝てるとでも思ってるんですか?」
すると次の瞬間、リアンの隣に人の身長ほどもある可愛らしいクマのぬいぐるみが現れた。
はっとする美鈴に向かって、リアンはにっと笑って呼びかける。
「行きなさい、『マー君5号』」
「マーーーー」
決して熊のものとは言えない妙な鳴き声を発し、クマは美鈴目掛けて突撃した。その指では可愛らしい外見に似合わない鋭い爪がきらりと光る。
「美鈴!」
――危ない!
そう思った牡丹が咄嗟に呼びかける。
しかし美鈴はクマの伸ばしてきた腕をするりと避けると、一閃――
「せえい!」
その腹に回し蹴りを叩き込んだ。
意外に脆く、足はクマの胴体をぶち抜いて中の綿を盛大に撒き散らす。
「――!」
リアンと牡丹が唖然とする中、体を真っ二つに分断されたクマは動かなくなった。
「……大人しくそこをどいてもらいましょうか」
そう美鈴は凄んでリアンを睨む。
「すごい……」
牡丹は感嘆して声を洩らした。
偶然出会ったどこかとぼけた感じのこの美鈴が、まさかこんなに強いとは思ってもいなかったのだ。
「…………」
美鈴の実力にしばし呆気に取られていたリアンはやがて、
「……ふふ」
笑みをこぼした。
「……?」
美鈴が眉をひそめていると、リアンは再びステッキを掲げた。
「案外強かったんですね。夢の国に来るのなんてだらけきった人達ばかりだったのに」
リアンの隣に、全身を鉄の甲冑で身を包み、手には剣と盾を持った戦士が現れた。
「行きなさい、『ガードマン26号』」
戦士は剣を振り上げ、ガシャガシャと金属音を立てながら美鈴に襲い掛かった。
「ちっ!」
思ったより速度がある。どうやら先ほどのクマより強めの式神を呼び出したようだ。
ぎりぎりで剣をかわすと、
「はあっ!」
息を吐き出すと共に、戦士の脇腹を思い切り蹴りつけた。
がしゃんといった音を立て、戦士は宙を舞うように吹き飛ばされていった。
しかし、
「――!」
美鈴が目を瞠る中、戦士は空中でくるりと体勢を立て直すと、見事に着地を決めて立ち上がった。
美鈴と牡丹が驚きの表情を浮かべ、戦士は再び美鈴に肉薄する。
「くっ!」
再び剣を避け、繰り出した拳は盾で防がれた。
「――!」
剣が肩をかすめ、長い髪の何本かを切り落とすとそれは宙をはらはらと舞った。
確かにさっきの式神より強い。しかし対処が不可能なわけでもない。
「っせえい!」
息を吸い込み腹に力を溜め、盾の上から戦士の体の中心に回し蹴りを叩き込む。
盾にひびが入り粉々に砕け散り、戦士は甲冑をばらばらと零しながら吹き飛んでいった。中は空だったらしく、飛ばされていった鎧の中身は何も無い空洞になっている。
牡丹がほっとして息を吐く。
動かなくなった甲冑を一瞥し、美鈴はリアンに視線を戻した。彼女は少し驚いた様子を見せていたが、余裕の表情は崩れない。
これではきりが無い。まさかリアンはこの世界では無限に今のような式神を作りだせるのだろうか? だとしたらいちいちそれに構っていても勝ち目は無い。
などと考えた美鈴はリアンに向けて突撃した。
召喚系や人形師といった術者を相手にする時は、その本人を仕留めようとするのは定石であった。
一瞬で距離を詰め、昏倒させようと拳を繰り出す。
しかし、
「――っ!」
瞬時にリアンの前に半透明のピンク色をした壁が出現し、拳はそれをしたたかに打ち付けて阻まれた。魔法障壁のようだ。
「っく!」
じんじんした痛みを堪え、バックステップで一旦距離を取る。殴った感触でこれは容易に破壊できないことを感じ取っていた。
リアンは得意そうな笑顔で美鈴を見やる。
「無駄ですよ。言ったじゃないですか。この世界であたしに勝つなんて不可能なんです。だって私、なんだって創る事ができるんですよ?」
次の瞬間、リアンの周囲に無数の式神が現れた。
二足歩行のクマ、胴着を着たカンガルー、馬に乗った西洋の騎士、巨大だがつぶらな瞳の蛇、斧を担いだ巨大兎、他にも大勢いる。
視界を埋め尽くさんばかりの戦闘用と思しき、それでいてどこかファンシーな式神が揃って美鈴と対峙した。
「…………」
苦々しい表情の美鈴に、リアンは「あはは」と小ばかにしたように笑い掛ける。
「言っておきますが、謝ってももう許しませんよ? あなたみたいな人は決してあたしやこの国を理解しようとしません。存在することが迷惑なんです。害悪なんです。だから排除します」
「……帰りたいという人を縛り付ける。それこそが迷惑なことだと思わないのか」
リアンはわけが分からないといった具合で肩をすくめる。
「何を言ってるんです? それは間違った思考をしてるだけです。この至高で至上の世界を理解しないその人が間違っているんです。そんな人の言う事に傾ける耳はありませんよ」
「人には人の価値観がある。お前がそう思っていても、他の人はそうは思っていない」
「ですから、そんなこの国を理解できないような価値観を持っている間違った人種は排除する、と言っているんです。今からするように」
美鈴はきつく睨み付けながら訴える。
「……身勝手が過ぎると思わないか」
「何を言っているのか分かりませんね。私は夢を実現し続ける。邪魔者は排除する。ただそれだけです」
「……そうか」
どこか諦めた様子の美鈴に、リアンはふうっと疲れたように息を吐いた。
「さ、そろそろ終わりにしましょうか。皆さん、やっちゃってください」
式神達が一斉に雄叫びを上げて美鈴に殺到した。
敵が迫ってくるその最中、美鈴は冷静に考える。
リアンの力とはどれ程のものだろうか。どうやら何でも出来るわけでは無いようである。
この国の事を全て自由に出来るならさっさと自分を消してしまえばいい。さっきリアンは「何でも創ることができる」と言っていた。
創ることは出来ても消すことはできない? いや自分で作った式神くらい自由に消すことは出来るかもしれないが。少なくとも、外部からやって来た人を直接どうにかする事は出来ないようである。
そしてこの式神、それにさっき展開されて今はもう消えている障壁もそうであるが、自動で発動するのではなく、どうやらリアンの意思によって全て発動しているようだ。とすると、リアンの意思が無いところでは基本的に隙が生まれることになる。
見るところによると、リアンに武術の心得は無いようである。いや、この明らかに無駄であろう式神の形状や性能などを見るに、戦い自体に素人のようだ。反射神経や接近戦の技巧など、戦い方全般はこちらが有利。リアンの意思の隙を突けば、というより、隙を突かないと勝利は無いだろう。
抜きん出て機動性があるのか、馬に乗った騎士が剣を振りかざし、いち早く美鈴に肉薄して来た。
一対多なのにわざわざ一対一に持ち込んでくる。リアンが戦術の何も知らないことがここでも見て取れた。
振り下ろされた剣を流れるような動きでかわし、バンとたたらを踏むと、
「ふっ!」
息を吐き出し、軸足を中心に体をぐるりと回転させながら馬に向かって回し蹴りを叩き込む。
ドンという衝撃音と共に、馬は騎士もろとも式神の群れに吹き飛ばされていった。
何体かの式神が巻き込まれ、もつれて倒れこむ。
しかし息つく間もなくすぐに他の式神達が美鈴に迫った。
巨大な兎と蛇が同時に襲い掛かり、後ろにかわすと即座に踏み込んで兎を突き飛ばす。横から殴りかかってきたカンガルーは避けきれないので肩で受け、カウンターで回し蹴りを入れてやると綿を撒き散らして吹き飛んでいった。
二足歩行のデフォルメされた大蛙が振り下ろした木槌をぎりぎりで避け、敵が密集してきたので深追いせずに距離を取る。
「はあ……はあ……」
状況は芳しくなかった。この式神一体一体がそこまで弱いわけでもない。しかも倒す側からリアンによって新しい式神が生み出されてしまう。
――隙を見つけるといっても一体どうやって……?
その時だった。
リアンのかざしたステッキから、白く光る縄が飛び出して美鈴に迫った。
「――!」
避けようとしたが、縄は意外な速度で美鈴を追尾し、ついには捕まって両腕を揃えるように胴体と一緒に二重三重に縛り上げられる。拘束魔法の一種のようだ。
「っく……」
力を込めても切れそうになく、美鈴は顔をしかめて身をよじった。
「あはは。じれったいので加勢しちゃいました。切ろうとしても無駄ですよ? これは私が創った『絶対に切れないロープ』ですから」
にこやかな笑顔のリアンは、式神たちに攻撃の命令を下した。
彼らは様々な歓喜の雄叫びを上げて美鈴に殺到する。
「美鈴!」
牡丹が悲鳴を上げて駆け寄ろうとする。
しかし彼女の前にクマの式神が立ちふさがり、牡丹を捕まえて抱え上げてしまった。
牡丹はじたばた宙で足をかきながら何とか振り切ろうとするが、所詮は子供の力である。身をよじることもできない。
「は、離してえ!」
「大人しくしていてください。結果は最初から見えていたんですよ。どうせこの世界であたしが負ける事なんて無いんですから」
大量の式神が美鈴の目前まで迫る。
ある式神は斧を構え、鉄の棍棒を構え、剣を構え、身動きの取れない美鈴を一気に叩き殺すつもりのようだ。
「…………」
美鈴は慌てなかった。戦闘経験豊富な彼女は、冷静に状況を分析できなかったら一気に死が近づくことを身に染みて分かっていた。
絶対に切れないロープ。そんな物は現実的にはあり得ない。物理法則や魔法法則の限界を超えている。
しかしここは夢の国。それらの法則を無視することも可能かもしれない。このロープは本当に絶対に切れないのかもしれない。
ならば切ることは諦める。
切れるかどうかなど特に関係が無い。縄を切らないでの縄抜けなど、自分にとっては慣れたものである。
美鈴は肩にぐっと力を込め――
ごきり
そんな音と共に関節を外すと、緩んだ縄から一気に飛び出た。
次の瞬間、ピンと張り詰めていた縄がたわむのをリアンは感じた。
「――!」
驚愕で目を見開く中、縄はするりと落ちてしまう。関節を外して抜け出たのだと、戦闘経験の浅い彼女が気づくことも無かった。
そして美鈴が縄を抜けて式神達の攻撃をかわしている光景が目に飛び込んでくる。勝利を確信していたリアンにとっては予期せぬ出来事に違いなかった。
「っな!」
――ここだ!
リアンが驚きの声を発したその瞬間、決定的な隙を見つけた美鈴は、地面に落ちている先ほど倒した戦士が撒き散らした甲冑の破片を、リアン目掛けて蹴り飛ばした。
それは寸分違わずリアンの腹に突き刺さると、肉を裂き、体内にまで達した破片が血肉を撒き散らす。
「がっ!」
リアンは目を見開いてくぐもった呻き声を洩らした。
これで終わりではない。その機を逃さず、美鈴は式神たちをいなし、捌いてリアンへと肉薄する。途中式神のパンチが肩を打ち、剣が腿を裂いて血が飛び出たが、今はそれに構っている暇は無い。
戦闘慣れしていないリアンは攻撃を受け、更に大きな隙が生まれている。彼女を昏倒させればこちらの勝ちである。
全身がもはやズタボロの美鈴は、それでも渾身の力を足に込めて地面を蹴る。
一気にリアンに接近し、拳に力を込めて一番失神させやすい頭を狙い――
とそこで、リアンが鬼のような形相をしているのが目に入った。
「っ!」
それに構わずパンチを繰り出し――
ガン
といった音をたて、美鈴の拳は瞬時に発生した半透明のピンクの壁によってまたも阻まれた。
「っく!」
――失敗した。
障壁はリアンを取り囲むように円柱の形をしていて、これではどうにも攻めようが無い。
ばっ、と後ろに飛び退き、ひとまず美鈴は距離を取った。
「ぐ……う……」
見ると、リアンは自分の腹に突き刺さる甲冑の破片を、そこから流れる血を、震える表情で見つめていて、やがてその破片をがっしと掴んだ。
「っ! 待て!」
美鈴の呼びかけにも応じず、リアンはそれを一気に引き抜いた。
途端、破片によって抑えられていた血が勢いを増してぶしゅうと吹き出す。予想以上の血の勢いに、クマに捕らえられたままの牡丹がぎょっとした様子で体を硬直させる。
急所に刺さっていたのだ。このまま血が流れ続ければ一刻も経たずに絶命してしまう。
「……早く医者に診せに行くんだ」
「………………」
美鈴の呼びかけに、しかしリアンは腹を押さえて体を折ったまま、
「はは」
短く笑みを零した。
美鈴は眉をひそめ、
「何してる。このままでは命に関わる」
そう言ったが、リアンは笑みを絶やさず顔を上げると、目を見開いて口も開く。
「無駄ですよ」
次の瞬間――
「――な!」
リアンの傷は跡形も無く消え去っていた。破れた服も元通りである。
この国の中では、リアンはどうやら自分の傷も好きにできるらしい。
「ふ……ふふ……」
余裕の表情に戻ったリアンが笑いかけ、美鈴は険しい表情で腰を落として攻撃に備える。
これではいくら傷を負わせても意味が無い。やるとしたら一撃で昏倒させないといけないようだ。今となってはそれも難しいが。
「ははは……やってくれましたね」
リアンの額に青筋が浮かび、どうやら激烈に怒っていることが見て取れる。
「痛かったですよ……あんなに痛いのは初めてでしたよ……よくも、よくもやってくれましたね。夢も持っていない劣悪種のくせに……」
リアンがステッキの先端の水晶玉をくるりと回したので、警戒した美鈴はきっと目を凝らす。
しかし出てきたのは、宙に浮かぶ直径十センチほどの灰色の球体だった。天井の明かりを反射して鈍く光るそれは、所々機械のような赤い光が点滅している。
怪訝な表情の美鈴に、リアンは口だけで笑いかけた。
「ははは。これは障壁を自動形成してくれる魔法装置ですよ。これがあればもうあなたの攻撃が私に届くこともありません。あなたが近寄る事もできません。いやそもそも……」
途端、部屋にひしめいていた式神が一斉に消え去った。残るのは牡丹を捕まえているクマの式神のみである。
目の端でそれを見ていた美鈴に向かって、リアンは感情をぶつけるように怒鳴り散らす。
「もう遊びは終わりなんですよ!」
ボコッ
そんな音が下から聞こえ、美鈴は咄嗟に飛び上がろうとした。しかし、
「くっ!」
美鈴の両足を、地面から突き出た光の縄ががっちりと捕らえてしまった。
反則ともいえる死角からの拘束魔法。
「あはははは! 最初からこうすれば良かったですねえ! おかげでふざけた事してくれました! ははあははははは!」
「くっ……!」
どれだけ力を込めてもやはり抜けられそうにない。流石に足の関節は外すことが出来ない。美鈴は足を縄に絡め取られ、ただ地面に立ち尽くして脱出方法を探っていた。
「なあに、すぐには殺しませんよ」
そう言ったリアンの手には、何やら見慣れない物が握られていた。
黒い筒を九十度曲げたような形状で、所々突起が突き出ている。人差し指が引き金のようなものに掛かっており、明かりが当たって全体的に黒く鈍く光っている。美鈴に向けられた筒の中身はどこまでも暗い。
「……?」
美鈴が怪訝な表情でそれを眺める中、
「――!」
牡丹が息を呑むのが分かる。どうやら彼女はこれを知っているようだ。
「あはは」
リアンは実に楽しそうに笑った。
「こんなの全然可愛くないし使うの嫌だったんですけど、まあいいですよ。ふふふ。あれ、これ知りません? 知らない時代からの来訪者なんですかね、美鈴さんは」
「…………」
どうやら危険な武器らしいことは分かる。しかし、身動きは取れない。
「これはですね……」
「美鈴、危ない!」
「こういう物ですよ!」
直後、爆裂音がホールに響いた。
「…………」
足が熱い。それがやがてじんじんとした痛みに変わってくる。
下に目を向けると、右腿から血がじわりと滲み出ていた。
何かがあの筒から飛び出して腿を撃ち抜いたのだ、という事は分かった。しかし、何が出てきたのか全く見えなかった。
不可視の衝撃派のようなものが出てきたのだろうか。いや、発射された次の瞬間には撃ち抜かれていた。何か硬い物が飛び出していたとしても捉えられないだろう。
「これ……は」
顔をしかめて震える美鈴に、リアンは腹を抱えて体を折って笑い転げた。
「あはははは! 拳銃ですよ。知りませんか? 私が創った『精密射撃拳銃』ですよお。あはあはは! 大体の方角が合っていれば狙った所を撃ち抜いてくれるんですよ!」
「くっ……」
形状などからして魔法の類とは遠そうである。とすると、外の世界の機械に近いか。いや今は、あの武器が妖怪である自分の体を容易に撃ち抜く力を持っている、ということが問題だ。
「ははははは! 次はどこがいいですかねえ」
そう言って拳銃を掲げ、遊ぶように美鈴の体のあちこちに狙いをつけては外していく。
「っ……」
何とか避けたいが、足ががっちりと固定されていて全く身動きが取れない。ボタンか何かを投げたとしても、あの自動防御の魔法装置に阻まれてしまうだろう。
その時――
「――っ!」
再び爆発音が響いた。
今度は左肩を撃たれたようだ。血が吹き出る肩を見つめ、美鈴は痛みを堪えて打ち震える。
「美鈴!」
「あはははは! 痛いですか? 私も痛かったんですよ? 次はどこがいいですかねえ」
「くっ……」
このままではなぶり殺しだ。さっさと頭を撃ち抜かないのは遊んでいるからか、破片を刺された仕返しか。反撃の糸口を探すが、どうにも見えてこない。
万事休すか。
「はははは! どうしました? 無様に命乞いとかしないんですか? 死んじゃいますよ?」
「もうやめて!」
牡丹が一際大きな悲鳴を上げ、リアンはおもむろにクマに捕らえられた状態の少女を見やる。
そのリアンに、牡丹は涙をぼろぼろ零しながら訴えた。
「もうやめて……私、リアンの言う事なんでも聞くから。帰りたいなんてもう言わないから……だからお願い。美鈴を、殺さないで……」
美鈴は美鈴自身と、そして自分のためにここまで来て、そしてこんな酷い目に遭っている。そんな彼女が目の前でなぶり殺しにされていくのを、耐える事などできなかった。
こんな事になるなら出る方法なんて教えなければ良かった。調べなければ良かった。出たいなんて言わなければ良かった。思わなければ良かった。
自分のせいだ。自分が美鈴を酷い目に追いやったんだ。
後悔の念に駆られた牡丹は必死になってリアンに懇願していた。
「………………」
リアンはそんな牡丹をじっと見ていると、やがてふうっと息を吐いてにこりと笑みを浮かべた。
「そうですね。他ならぬ牡丹の頼みです。仕方ありません」
その言葉に、牡丹ははっとして顔を明るくする。
「……ほんと?」
「ええ。牡丹の前であまり酷いことはできませんしね」
「……良かった」
美鈴が助かる。
牡丹が安堵の息を吐く中、リアンはかちゃりと銃を美鈴に向けた。
「え……?」
牡丹が呆然とする中、拳銃はどうやら美鈴の頭を狙っているようだ。
「な、何してるの、リアン……」
「…………」
牡丹の問いには答えず、リアンは肩をぶるぶる震わせ、
「あははははははあはあはあははははは!」
高らかに笑い出した。それは広いホールに反響し、まるで大勢で馬鹿にするように笑い転げているように聞こえた。
牡丹と美鈴が怪訝な表情をしていると、やがてリアンは牡丹に対し、その人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「今更見逃すわけないじゃないですか」
「で、でも」
「助けますよ。一思いに殺してあげれば随分助かるでしょう? あはあはははは!」
「――!」
リアンに美鈴を助けるつもりなど毛頭無かった。自分の夢を否定した者を生かしておくつもりなど全く無い。
牡丹が愕然と打ち震える中、リアンはすっと美鈴に向き直った。そして笑みを張り付かせたまま言い放つ。
「良かったですね。死ねば現実に帰れますよ。現実世界でも死にますけど、帰るっていう望みは叶うじゃないですか。まあ、帰りたいってしつこい人達は、皆こうして帰してやって来たんですけどね」
「く……お前は……」
美鈴は力の全てを振り絞って足に巻きつく縄を引き抜こうとするが、相変わらずびくともしない。
「あははは。さあ、最後に命乞いでもしますか?」
「うっ……」
何も言わずリアンをじっと睨みつける美鈴。
そんな彼女に嫌気が差したのか、リアンは実につまらなそうに肩をすくめた。
「じゃあお別れです」
「やめてえ! リアン! 美鈴!」
牡丹の悲痛な叫びも意に介さず、リアンは引き金に力を込める。
「くっ……」
「美鈴さん」
ぎりぎりと歯を噛み締めて睨むことしか出来ない美鈴に、リアンはにいっと口の端を吊り上げて笑みを浮かべ、言い放った。
「――さようなら」
リアンの指が引き金をぐいと引いた。
火薬が弾け、薬莢がしたたかに打ち付けられて高速で回転する。
「やめてええ!」
牡丹の悲痛な叫びをかき消すように炸裂音が響き、無情にも弾丸が発射された。
牡丹の瞳から大粒の涙がぽろりと地面に――
落ちなかった。
「…………?」
何が起きたのか分からなかった。
発射されたはずの弾丸が空中で静止している。
「…………」
ぼうっとそれを見ていると、やがて他にも目がいった。
リアンが止まっている。
美鈴も止まっている。それだけではない。
自分を捕まえているクマの式神が、流れ落ちたはずの涙が、響いたはずの炸裂音が、部屋の奥に備え付けられた魔法装置が、空中の埃が、風が、窓から差し込む光までもが、全てが完全に停止していた。
「…………これ、は……」
牡丹は自分の中の変化にも気付いた。
なんだろう、この自分の中で何か熱いものがふつふつと沸き立つ感覚は。暖炉に薪をくべるように、ぼうぼうと燃え上がるどこか懐かしい力。
これは――
「私が、やってる……」
それが自分でもはっきりと理解できた。
世界という歯車に自分の腕を差し込み、噛ませて止めている感触。
これが、自分の『時間を止める程度の能力』の本当の力なのだろうか。
本当はもっと幼い頃に牡丹は頻繁にこの力を発生させていたのだが、両親に気味悪がられて決して使わないよう言われていたため、気付かない内にこういった力の使い方を封印し、忘れてしまっていたのだ。
それがひっ迫した状況の中で解放された。
「む……」
身をよじると、いとも簡単に式神の拘束を抜け出すことができた。止まったものは簡単に押しのける事ができるようだ。
「……美鈴」
ぼうっとしている暇は無い。段々と止めているのが辛くなっていくのが分かる。どうやらそう好きにできる力でもないらしい。
牡丹はリアンの隣を通り過ぎ、美鈴へと駆けていき――
「――!」
途中、空中で静止している弾丸の前で立ち止まった。
「…………」
恐る恐る、といった具合でちょんと触れると、触れた分だけ弾丸は宙を押されてずれていった。
「………………」
牡丹が思い切って弾丸をぐいと美鈴への射線上から押しのけると、それは全く見当外れの壁を向いて停止した。弾丸は恐らくこれで大丈夫だろう。
「美鈴!」
気を取り直して美鈴へと駆け寄ると、痛々しい弾痕から出る血が服を赤く滲ませているのが目に入る。今はその血さえも流れるのを止めているが。
「…………」
傷を見て顔をしかめていた牡丹だったが、すぐに美鈴に巻きつく縄へと取り付く。
美鈴が万力を込めてもどうにもならなかったそれは、止まった世界においては子供の力でもいとも簡単に引き剥がすことが出来た。
「……よし」
美鈴の拘束は解いた。
――しかし。
とそろそろ力の限界が来ている牡丹は考える。
リアンを倒すにはどうすればいいのか。
自分がリアンに駆けて行って攻撃する? いや、戦いを知らない自分が有効打を与えられるとは思えない。
とすると。
「…………」
牡丹は美鈴を見上げる。死を覚悟した険しい表情のまま彼女は止まっている。
おもむろに美鈴の服を掴んで引くと、固まった姿勢をそのままに簡単に動かすことが出来た。
「……いける」
これ以上美鈴に負担を強いることに罪悪感を覚えたが、今はこれしか良い手を思いつかない。
そのままずるずると急いでリアンの所まで引きずっていき、背後を取らせる形にする。
「……あ」
リアンの隣に漂う球体、自動障壁発生装置が目に付いた。
それを掴み、抱えるようにして牡丹は部屋の隅へと駆けて行く。
もう限界だった。
「はあ、はあ……」
肩で息をついて力を抜くと、世界という歯車に噛ませていた自分の腕が引き抜かれた。
――そして全てが動き出す。
途中で止まっていた拳銃の炸裂音が響いた。静止していた弾丸が再び直進を始め、何も無い壁にぶつかり弾けて宙をくるくると舞う。
「――!」
「え?」
美鈴とリアンは揃って目を見開いた。
リアンからしてみれば、美鈴が忽然と消え去ったのだ。弾丸がどこへ行ったのかも分からず、地面から生えた縄がふよふよと揺れているのが目に付いた。思わず「え?」と呟いてしまうのも無理はない。
一方の美鈴からしてみれば、捕らえられていたはずの自分が瞬時にしてリアンの背後、しかもおよそ最高と言える場所に移動している。普通ではありえないことだ。
――しかし。
知っていた。このような一瞬にして自分の立ち位置が変わる状況。
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜と一緒にいるとたまに起きる現象だ。タッグを組んで弾幕ごっこをしていたりするとこんな事がままある。
咲夜が時を止め、自分を安全な場所、敵に対して有利な場所へと移動させているのだ。
その時に重要なのは、どれだけ短い時間で状況を把握するかだ。
一瞬で変わる視界、立ち位置。その中で自分が取るべき最良の行動を判断する。もたもたしていると後で咲夜にこっぴどく怒られる。
突然視界が一変するという、普通ではありえない状況の中でも冷静に素早く判断し、行動する訓練は日頃から行っているのだ。
――だから。
美鈴は、全く状況を分かっていない様子でいるリアンに目をつけ、ぐっと拳を握り締めて力を溜める。体のあちこちから血が流れているが痛みは無視する。
「なにが……」
背後の美鈴に気付かない上に、戦闘経験の浅いリアンは取りあえず障壁を張ることもせず、呆然と掲げた銃を震わせているだけであった。自動障壁発生装置があるんだ、とどこか安心感もあった。今その機械は、離れた牡丹の手の平に収まっていて機能していない。
決定的どころか、致命的な隙。
牡丹が息を殺して見守る中、美鈴は何も分かっていないリアンの後頭部目掛けて拳を振り上げた。
その瞬間、美鈴はにっと笑う。
――おかえしだ。あんたも目を覚ますんだな。
しっかり手加減して、しかしきっちり失神するくらいの力を込めて、リアンの後頭部をしたたかに殴りつけた。
「あがっ」
短い呻き声と共に、リアンは意識を失って倒れ込んだ。
丸一日はまず目が覚めないだろう。
同時に、唯一残っていたクマの式神も力を失って地面に転がった。
「……ふう」
そんなリアンをどこかすっきりした様子で見ていた美鈴だが、息を吐くと痛みがぶり返してくる。
「……くぅ」
顔をしかめていると、
「美鈴!」
ドンッ
というくらい勢いよく、興奮した様子の牡丹が抱きついてきた。
「うぐえっ」
衝撃が傷口に響き、痛みに思わず呻き声を洩らすと、牡丹がばつの悪そうな表情でさっと美鈴から離れた。
「あ……ご、ごめんなさい」
「はは……だ、大丈夫……」
強がってみせたが体はぼろぼろだった。
「おほん」と息をつき、気を取り直して牡丹を見やる。
「今のは、君が?」
「う、うん。何だか時間を止められて、色々動かしたんだけど……」
「はは……」
美鈴は、てっきり咲夜がやって来て助けてくれたのでは、などとも思っていた。しかしこんな所に咲夜が来られるはずはないし、同じ時間の力を持つこの子がやったのなら納得できる。
「やっぱり、咲夜さんと同じ力だ……」
美鈴がそう呟くと、牡丹は「ああ……」と思い出したように頷いた。
「そうみたいね。その人にも会ってみたいわ」
「驚くと思うよ。牡丹ちゃんとよく似てる人だから」
「そうなの?」
「うん。外見とか、話し方とかも」
「ふうん……」
「もしかしてお姉さんかも」
「お姉さん……うーん……」
牡丹は顎に手を当てて何やら考え込んでいた。
自分に姉などいただろうか? と首を捻る。
それはさておき痛みがひどい美鈴は早く夢の国の魔法を解除しようと、巨大なフラスコと歯車がいくつも重なったような魔法装置へと向き直った。
「あれを壊せば……」
「そうよ」
牡丹もあれこれ考えるのをやめて装置へと目を向ける。
「その体で大丈夫?」
牡丹は美鈴の傷だらけの体へと視線を移す。服はぼろぼろな上にそこかしこからだらだらと血が流れており、見ていてとても痛々しい。
そんな心配そうな牡丹に対し、美鈴はにかっと笑ってみせた。
「大丈夫。頑丈さが取り得の門番だから」
それにつられ、牡丹も思わず薄く笑みを浮かべた。
「そう」
二人は魔法装置の前へと進んだ。
「よおし……牡丹ちゃん、下がっていて」
「分かったわ。頑張って」
牡丹が離れて見守る中、美鈴は腰を深く落として体を捻るように右拳をぐっと引いた。
「はああ……」
息を吐きながら目を閉じ、全身の力を拳に練りこんでいく。
体のあちこちが悲鳴を上げて限界を訴えてくるが、今はそれらを体の奥へと追いやり、目の前の装置を破壊することだけに意識をじっと集中させる。
無理をする体から血が吹き出し、緑の中国服をじわじわと赤に染めていく。
――この一撃で最後にするから。私の体、もってくれ。
牡丹がはらはらして息を呑む中、美鈴はぴたと息を止めた。
目をくわっと見開いて正面の壊すべき対象を見据えると、体を前へと押し出し、掛け声と共に練りこんでいた力を解放させた。
「せえええい!」
牡丹には一瞬、何が起きたのか分からなかった。
美鈴の体が残像を残してすっと前に移動し、溜めていた拳が見えなくなった。あまりに高速で拳を繰り出したので肉眼では捉えきれなかったのだと、彼女は後になって気付いた。
突風が吹いた。
牡丹の白い髪を、ローブを激しくたなめかせ、思わず目を少し閉じてしまう。
遅れて衝撃音が轟く。
美鈴の放った拳は激烈な衝撃波を伴い、魔法装置を木っ端微塵に破壊した。衝撃波は奥の壁すらも打ち抜き、もはや夕暮になっていた空の彼方へと、壁と魔法装置の残骸とを遠く吹き飛ばしていく。
その様子を、夢の国の住人達は何事かと口々に騒ぎながら眺めていたという。
「…………」
恐る恐る牡丹が目を開けると、そこには魔法装置の一欠けらも残ってはいなかった。
夕焼けの空が広々と望める壊れた壁と、その前に実に晴れ晴れとした様子で立つ美鈴の姿がそこにはあった。
後光を背に受けた美鈴はくるりと振り向く。服もぼろぼろ、体の至る所が傷付き血の流れ出ている彼女だったが、その顔には実に頼もしい笑顔が浮かんでいた。
そんな彼女に、牡丹も思わずとびきりの笑顔を返す。
「やったわ。これで……」
牡丹が呟いたのが皮切りになったかのように、一気に変化が訪れる。
「これは……」
美鈴が目を見開いて外を見る中、空がぼろぼろと張りぼての様に崩れ落ち、崩れた先からは虹色に移ろいゆく空間が覗いている。
そしてその虹色から、全てを吸い込もうとするかのような強烈な白い風が巻き起こり、夢の国全体を駆け巡っていく。
しかしその風に吸い込まれる物は何も無い。
実体を持たない夢の存在は吸い込まれることも無く、それとは別に建物は飴細工のようにぐにゃりと曲がり、捻れて細くなり、やがて消えていく。
空間が壊れたのは時間の力の影響、建物が消滅して行くのは夢の国の力の影響、二つの崩壊は交わることなく進行している様だ。
式神たちもすうっと一斉に消えていき、突然の異変に住人達は慌てふためき、どこへとも知らずに逃げ惑う。
「…………」
美鈴はじっとそんな夢の国の最後を眺めていた。
「崩壊と共に住人達は帰っていく。これで全て元通りよ」
牡丹に言われ、美鈴は「そっか……」と呟き振り返った。
とそこで、
「……?」
牡丹と自分との違いに気付いた。
少女は強烈な風に煽られ、髪や服がばさばさと波打っているというのに、自分のほうは全く風も何も感じない。服も髪もなびいてはいない。
いや、この世界のものは全てあの風に影響されてはいないのに、牡丹一人だけが風に巻き込まれているようなのだ。
「牡丹ちゃん……?」
彼女は静かに笑いかけた。
「いいの。これで正常なのよ」
「え……?」
「あなたは精神だけの存在。でも私は違う。私は肉体そのものがここに存在している。夢の国の崩壊に合わせて私はあの時限の渦に巻き込まれていく」
「――な!」
美鈴は慌てて牡丹の肩に手をやった。しかし、
「あ……!」
手は、すうっと牡丹の肩をすり抜けた。
見ると、美鈴の体全体が薄っすらと透けてきている。一方の牡丹は輪郭も何もはっきりとしたままだ。
「牡丹ちゃん、最初から分かっていて……?」
問いに、牡丹はこくりと頷いた。
「私はどことも知らない場所、どことも知らない時間に飛ばされていくでしょうね」
何とも無しに言う牡丹に、美鈴は愕然とした面持ちで呟いた。
「そんなこと……」
「そんな顔をしないで」
牡丹は穏やかに笑っていた。
「私、会いに行くから。あなたにとって未来になるのか過去になるのか分からないけど、絶対幻想郷に、あなたの働く紅魔館に、私も働きに行くから。だから――」
待っていて。
悲しい顔を見せず、牡丹は笑顔のままでそう言った。
「………………」
拳をぎゅっと握り締め、険しい表情をして俯いていた美鈴はやがて顔を上げた。
牡丹が笑顔でいるのを見て、自分も笑うことにする。
「待ってる」
きっぱりとした口調で言う。
「門番をして、ずっと待ってるから」
だからおいで。
牡丹は満足そうに頷いた。
「ええ。その時居眠りしてたら呆れてやるんだから」
「あ、はは……」
ちゃんと起きてる自信はそんなに無いかな……と美鈴は苦笑いを浮かべる。
やがて時計の塔もぐにゃりと曲がり始め、美鈴の姿もそのほとんどが消えかかっていく。
倒れたままのリアンも同様に消えていく。元の世界に戻り、魔法使いたちに捕らえられる彼女はもう二度と夢の国を作ることは叶わないだろう。
彼女は魔法使いになり、多くの富を得て豊かな暮らしをし、確かに子供の頃の夢のいくつかを実現させていたのだ。
しかし実現したはずのその夢を、彼女はかつて見た夢と同じものとは思えなかった。
夢は追い続けているから夢である事ができるのだと、彼女は最後までそう思うことができなかったという。
世界が崩れ落ちていき、美鈴の姿と意識が薄れるなか、牡丹ははっと息を呑んで慌てるように呼びかけた。
「大切な事言い忘れてた。美鈴、本当にありが――」
そして世界は白で覆われた。
◇◇◇
「美鈴!」
「はひい!?」
聞きなれた声で名を呼ばれ、立ったまま門の前で寝ていた美鈴は一気に目を覚ました。
そして慌てた様子できょろきょろと辺りを見回す。
「こ、ここは……いつもの、紅魔館……? も、戻ってこれた……?」
体を震わせ、次第に笑顔が浮かんでくる。
「やった……やった! 夢の国から戻ってこれたんだ! はは、あはは!」
そんな事を言って笑い出す美鈴に、咲夜は呆れた様子で溜息をついた。
「あなたね……一体どんな夢見てたのよ」
「さ、咲夜さーん!」
嬉しそうに目に涙を溜めてがばっと抱きついてきた美鈴に、咲夜は慌てた様子で思わず体を硬直させた。
「ちょ、ちょっと美鈴! 何やってるのよ!」
「咲夜さんだ……うう、戻ってこれたんだあ……良かったあ……」
「離れなさいって、もう! ちょっと、顔を擦り付けないで!」
「居眠りしてごめんなさい……もうしませんからあ……」
「ああもう……」
次の瞬間、美鈴の腕の中から咲夜が忽然と消えたので、ぎゅっと抱きしめていた勢いで美鈴は自分の体を抱きしめる形になる。
見ると、一歩離れた位置に立った咲夜が腰に手を当て、憮然とした面持ちで美鈴を見やっていた。
時間を止めたのだが、慣れている美鈴からしたら別に驚くことでもない。
『時間を操る程度の能力』。
それを見て、美鈴は「あっ!」と声を上げる。
「そうだ、咲夜さん!」
「今度はどうしたの……」
やれやれといった具合で咲夜は息を吐く。
「ここに牡丹って白い髪の女の子が来ませんでしたか? あの子、咲夜さんと同じ『時間を操る程度の能力』を持っていて、もしかして咲夜さんの妹さんじゃないか、って思っていて……」
「……美鈴」
咲夜は半目になってじろりと美鈴を睨んだ。
「あのね、私に姉妹はいないわよ」
「え? いない?」
アテが外れた美鈴は、そんなといった面持ちで頭を悩ませた。
(……姉妹じゃない? じゃああの子は一体……? 咲夜さんと全く関係ないとは、とてもじゃないけど思えないけど……)
牡丹。
別れ際に微笑んだままお礼を――
「――あ」
――本当に、ありがとう。
牡丹が最後に言おうとしたその言葉を、自分はどこかで聞いたことがあるような気がする。
そう、あれは十年前、紅魔館に突然やって来た女の子。白い髪をしていて、八歳くらいの妙に親しげな子で、付けられた名前は――
「………………」
美鈴は呆然とした様子で咲夜を見つめる。十年前の彼女を思いだし、その幼い咲夜と牡丹とがぴたりと一致するではないか。
「あ……あの、咲夜、さん……?」
まさか、といった具合で聞こうとする美鈴に、咲夜は眉をへの字に曲げて言葉を投げかける。
「あなたね、相当変な夢を見たのかしら?」
「い、いやあの、夢ではなく…………」
と、そこで美鈴は首をかしげる。
「夢?……あれ?」
混乱する頭で美鈴はぐるぐる思考をめぐらせた。
夢? いや夢の国は夢の中にあったのであって、あそこにいたのはすなわち夢を見ていたということで。
「あ、あれ?」
夢? ひょっとすると夢の国なんてそもそも存在してなくて、本当に本当の自分が見ていた夢だった?
牡丹のことも、時計の塔の最上階での決戦も、全部が全部自分が見た夢だった?
牡丹と咲夜との関係も、自分がそういう夢を見たというだけのことだったとか? 要するに、結局は夢オチであったと?
「え、えええええ!? そんな……あれえ?」
混乱する美鈴に、咲夜は今日何度目かの溜息をついた。
「いいから食事の時間よ。早く来なさい」
「え? いやでも、夢の国が崩壊して……牡丹ちゃんが……」
まだそんなことを言う美鈴を無視して咲夜は話を進める。
「それと美鈴、居眠りの罰よ。食事の後は花壇の整備。倉庫整理と屋根上の掃除もして頂戴。ああ後、外壁にブラシをかけるのもやってもらうわ」
「えええ!?」
ばんばん出された仕事に、美鈴は色々と混乱する思考を横に置いて驚きの声を上げる。
「い、いつになく多くないですか?」
「そうかしら?」
「そ、そうですよお。いつもは一つ二つなのに……」
すると咲夜は、ふうっと笑みとも溜息とも取れる息を吐いた。
「当然のことでしょ?」
「へ……当然?」
美鈴は頭をめぐらせる。
「あの……私は何か特別重大な失敗をしたでしょうか……」
そう言う美鈴に、咲夜は肩をすくめて言い放った。
「したわよ。覚えてないの?」
「え……」
美鈴が首をかしげる中、咲夜はちろりと上目遣いで彼女を見やった。
「だってあなた――」
どこか悪戯っぽい微笑みを浮かべて言い放つ。
「千回も居眠りをしたんだもの」
そしてひらりとメイド服を翻し、館の扉へと歩いていく。
それを呆然と見ていた美鈴は、「え?」と頭をもうどうしようもなく混乱させる。
「あ、あれ? 咲夜、さん?」
「食事だって言ったでしょう? 早く来なさい」
言われ、美鈴は慌てて咲夜の後を追いながら呼びかける。
「ま、待ってください。咲夜さん、あなたってやっぱり――」
眠気を誘ううららかな日差しの降り注ぐ紅魔館。
あたふたした美鈴が矢継ぎ早に投げかける質問に、メイド長は穏やかに笑いながら一つ一つ丁寧に答えていったという。
やがて二人はそのまま話しながら館の中へと入っていき、静かになった外では再び鳥の鳴き声が響き出し、風のさざめきが草木を揺らす。
一人の少女が旅を終え、悪魔の館に辿り着いてから十年後。
それはよく晴れた昼下がりの事だったという。
了
夢の世界…ですか、こういう咲夜さんと美鈴の出会いというのも
新鮮で面白かっと思います。
リアンにしてもそれを実現できる力があったがゆえに歪んでしまったの
でしょうかね。
悪には悪なのでしょうけど、そこまで「悪」という捉え方も
出来なかったかなぁ…。ただ哀れではあるかと。
面白いお話でした。
あとはやっぱり敵役のこの世界なら何でも出来ちゃう設定がどうにもツライです。
これだと作者に制約が無さ過ぎてアイデア垂れ流しでやれちゃうんですよね。
妖怪である美鈴ならばただの鉛の弾丸なんてなんの意味もないはずですし
銀の弾丸であったのなら効果があったのも頷けますが、何の対魔の力の無いただ銃弾、剣や爪でまともなダメージを与えられるとは思えません
これでは頑強さが鍛えた人間レベルです
そこが気になりました
個人的には咲夜さんにはでてほしいですね。
夢の世界の神様の作った銃なんだから(ry
あと
>幻想郷では夜雀の焼き鳥屋台が有名である
とありますが
ミスティア・ローレライは焼き鳥の撲滅を掲げていて、
「焼き鳥屋」ではなく「焼き八目鰻屋」を経営していた筈です。
別の夜雀でしょうか?
記憶違いだったらすみません。
もそっと馴染ませるか違和感を薄める工夫をしても良いのでは。
けど、ちょっとオリジナルが出張りすぎてましたね。
もう少しオリジナルを抑えてればもっと面白かったと思います。
なのでこの点数で。
オリキャラは、悪役だったら別にいいかな、という考えなのでそんなにに気になりませんでしたが、おっちゃんの所は蛇足の様な気がしました。
ところで、三日に一回くらい居眠りしているんでそろそろ千回行くような気がするんですが、夢の世界に行けるでしょうか?
いいねいいね好きだよこういうの!
なんていうか、瞬間の時に永遠の時間が存在するってのが
村上春樹の世界の終わり~を彷彿とさせました。
セカイ系?いいや咲夜の世界だ。
MVP:屋台の親父
おっちゃんが居たから、後ろ髪を引かせて
それだけ夢の世界も悪くなかったのかな、と
牡丹が過ごした100年に少しは救いが無いと可哀想すぎる
やはり東方でやるにはちょっとオリ色が強すぎると思います。
美鈴のみで進めず他のキャラも混ぜてみたら、もう少し違和感なく出来たのではないかと。
なので文句なく100付けさせていただきます。
後はあとがきにも書かれているように「咲夜が紅魔館にやって来た経緯を書いたSS」は沢山ありますね。
なんか美鈴が目を覚ましたところで、デジャヴを味わいました。
良かったです。
美鈴オンリーでやるにはちとオリ色が強すぎかと。
あと突っ込むべきではないかもしれませんが、美鈴アンタ間違いなくぐうたらだw
でも個人的には楽しめたのであまり気にしない。
良かったですよ。
夢と時間の入れ子構造の物語として、本当に美しくまとまっていますね。
最後までスムーズに、しかしワクワクしながら読めました。
オリキャラたちも生き生きとしていて好きになれました。
素晴らしい作品を読めたことに感謝。
どう考えてもDIOww
オリ要素がたくさんありましたが良かったです!!
個人的に並列宇宙とか入れ子構造の世界とかは大好物なのもありますが。
世界が離れるというか崩壊する所の描写をもちっと濃くしてくれたら満点ですねー。
あと、全能であるリアンがやられるのは少し無理があるように思ったので、そこら辺も設定を変えたほうがよかったと思います
素人の分際で文句ばかり言って申し訳ありませんが、全体的には楽しく読ませてもらいました
これからもがんばってください
オリもうまくからんでいていいんじゃないでしょうか
同じくこれからもがんばってください!
オリキャラと異世界も違和感なかったです。
咲夜さんが紅魔館に来る時にお嬢様が関わらない話は中々ないので楽しめました。
夜雀の焼き鳥屋台?がどうしても気になりますが。
話も人を引き込ませ魅せるものだったと思います。
ただ上でも言及されている通り、リアンの設定について見直す必要があるかなと。
それを差し引いても多くの人に読んでもらいたいのでこの点数です。
風呂敷は目一杯大きな物を用意しないといけませんね。中途半端イクナイ。
個人的に大満足の出来でしたが、二、三重箱の隅をつつかせて下さい。
一つ目は脱字報告。
>美鈴は手を止めて牡丹を見やった。大将も目をしばたかせている。
→しばたたかせている(瞬かせている)と、「た」が一つ足りないです。
そしてもう一つ、リアンが拳銃で美鈴を攻撃するシーンですが、「美鈴は拳銃の事を知らない」のに、「拳銃で撃たれたら怪我をする」というのは少し矛盾が有るのではないかと思います。
割と良く有る理屈ですが夢の世界、精神の世界でのダメージは、「ダメージを受けたと認識する事が引き金になって起こる」というのが定説です。
ナイフで切られた→じゃあ、切り傷が出来て痛いはずだ→実際に体に傷がつく、と言った具合に。まあ、一種の強力なプラシーボ効果みたいな物ですね。
つまり、何らかの形(例えば、リアンが式神を拳銃で撃つ等して)で美鈴が拳銃の仕組みを理解しなければ、美鈴は拳銃によって傷を負ったり、頭を撃たれて死ぬ事はあり得ないと思うのです。
これは徹底しないと「リアンは美鈴の心臓を停止させるスイッチを作り、それを押す事で美鈴を殺す」事が可能になってしまいますので、リアンを本当の無敵キャラにしない為には注意すべきかと。
長々と色々語りましたが、物語は最高に楽かったです。(というか、面白くなけりゃあ自分の乏しいSF知識引っ張りだして矛盾探しなんてしません。)
楽しい時間を有り難うございました。
子供の咲夜も可愛かったし、素直に読み物として面白かったです。
オリジナル要素に関しては特に気になりませんでした。夢の世界で神のようでも隙があれば倒せても不思議ではない。即死するような攻撃も読んだ限りではリアンの性格上なさそうに感じましたしね。面白かったです。
あんまり細かいところは気にしない性質なので特に違和感もなし。
夢オチにも取れるし現実(夢の国だけどw)にあったこととも取れるオチはよかったと思います。
久しぶりに100点つけるくらいワクワクできるお話でした。
全体的にかなり楽しめました。
この手のストーリーならやはりオリキャラの存在は重要だと思います。
アニメを見ているような感覚で読みやすかったです。
『東方二次創作』を掲げるには、どうにもチグハグ。
屋台の大将に対する評価が割れているのも、その表れ。
大将はお話を上手くまとめて次に繋げる良いキーではありますが、一方でますます東方成分を薄くする要因となっています。
勤務中一千回の居眠りが条件なのだから、脱出を目論む美鈴は屋台を介さずとも不自然な八歳の少女と接触してもおかしくありません。
見た目が少女の人外か、特段の事情を持つ少女か……
東方成分を消し去って完全オリジナルにするか、紅魔館総出にするなどして東方成分を追加すれば、その辺りが解きほぐれてより面白くなると思う。
美鈴の異変に気付いて無理やり夢に乗り込んだりしてw
どちらを選択しても字数は増えるでしょうが、そこで手を抜かずに丁寧に仕上げればより良くなると、たぶん貴方自身で気づいてるはずだ。
この話が大好きです
何年か前にも一度読みました
今ふと思い出してどうしても読みたくなって検索かけて探し出しました
良作だと思います
少なくとも私にとっては何年かたってもふと思い出せる、そしてまた読みたくなる作品です