ここは多分平和な幻想郷。
湖の畔、紅魔館の地下にある、暗い暗い図書館に、一匹の小悪魔が住んでいました。
彼女はとても悪戯っ子で、今日も何か面白いものは無いかと本棚を漁っています。
すると一冊の古びた本が目に入り、小悪魔はそれに興味津々。
辺りをきょろきょろと見回してから、するりと本を抜き出します。
すると、本の隙間から二枚の古びた紙がパラリと抜け落ちました。
ああ、パチュリー様が大切にしている本を破いちゃった!
小悪魔はあたふたと辺りを飛び回ります。 どうしようどうしよう、怒られちゃう!
暫くして、ようやく落ち着いた小悪魔は、破いてしまった本をどこかに隠す事に決めました。
ここに住む魔女に見つからないように、コッソリと本を館の外へと持ち出します。
――
霧のかかった湖まで来て、ここまでくればもう安心。 さあ、どこに捨てようか?
誰かが追ってこないかドキドキしながら捨て場所を探していた時、遠くから誰かが飛んできます。
もしかして見つかっちゃった!? 小悪魔はもう今にも泣き出しそうです。
しかし、その心配はありません。
小悪魔の所へ飛んできたのは、大きな美しい羽を持つ、緑色の髪をした妖精でした。
さっきまで怖くて震えていた小悪魔は、その事も忘れて目の前の妖精に興味津々。 ゆっくりと彼女に近づいて行きます。
貴方の名前はなんて言うの? 小悪魔は聞きました。
だけど、その妖精は答えません。 それもその筈、彼女には名前がありませんでした。
その事に気づいた小悪魔は、嬉しそうに彼女の手を取り笑います。
そう、小悪魔にも名前はありませんでした。
名無しの小悪魔と名無しの妖精、二人は気が合ったのか、笑いながら空を飛び回ります。
暫く一緒に遊んだ小悪魔は、そういえば何か忘れてるな? と言う事に気が付きます。
ああそうだった。 図書館から持ってきた本をどこかに捨てなくっちゃ。
こっちへおいでと妖精を呼んで、彼女に相談をしてみます。
妖精は暫くうんうんと話を聞いた後、とりあえず破れた所を見てみよう、と言いました。
そういえば、これは一体なんなんだろう?
今までずっと持っていた本に興味が湧いてきた小悪魔と、何がなんだかよく分からない妖精は、とりあえずページを捲ってみる事にしました。
ページを捲ったその先には……なんと博麗の巫女と、黒白の魔法使いの絵が書かれております。
だけど他のページは真っ白で、何にも書いてありません。
これには特別な人間達が載っているんだろう。 小悪魔はそう思い、他のページも見てみる事にしました。
だけど次のページを開いた時、小悪魔も、妖精と共にハテナマークを浮かべました。
そこには他のページと同じ、ポッカリと空いた見開きに、名前だけが載っていました。
――『冴月 麟』って誰だろう? 二人は何だかこの名前の人物がとても気になり始めました。
暫く一緒に悩んだ後に、小悪魔はピンと閃き、人差し指を立ててこう言いました。
そうだ! 分からなかったら人に聞く!
思い立ったが吉日と言わんばかりに、小悪魔は妖精を引き連れて人里へと向かいます。
――
「――え? 『冴月 麟』? ……いや、聞いた事が無い名前だな」
向かった先は、人里にある寺子屋でした。
幻想郷の歴史を良く知る人里の賢者なら、きっと知ってるに違いない!
そう思ってやって来たのですが、どうやら彼女は知らないようです。
だけど小悪魔は少し気になりました。 なんでこの人は少し考えたんだろう?
もう少し聞いてみようとした時、教室の戸が開く音がしました。
「どうした慧音?」
「妹紅。 ああいや、この子達が人探しをしているらしくてな」
「へえ、何て名前なんだい?」
「『冴月 麟』と言うらしいんだが、妹紅は何か知らないか?」
「いや。 何も」
「そうか……それにしても、面白い偶然だな」
「どういう意味だい?」
「私は白澤。 お前は鳳凰。 そして、彼女達が探している者の名は『さつ”きりん”』だとさ 」
「へえ、じゃあそいつ見つけ出したら三人で善行積んでそうな政治家でも探しに行くか」
「それこそ幻想だろう」
「だからどっかに居るだろうさ」
慧音や妹紅が話している事は、二人には全然分かりません。 だけど、どうやらこの二人は何も知らないようです。
小悪魔はぺこりと頭を下げると、妖精を連れて外へと出て行きました。
パタンと閉まった障子を前に、教室に残された慧音は、やれやれと溜め息を吐きながら、ポツリと一言呟きました。
「……ふぅ」
「慧音って意外と役者なんだね」
「さて、何の事だか」
「とぼけちゃって……知ってるんだろう? 『冴月 麟』のこと」
「いや、ホントに知らない」
「……」
「そんな顔をするな。 私にだって把握していない歴史くらいあるさ」
「ふぅん」
「ただ……」
「うん?」
「何でだろうな。 昔、何処かでその名前を耳にした様な気がするんだ」
「へぇ、誰かから聞いたのかい?」
「いや……まあ、いい。 今日は八つ目鰻でも食べに行こうか」
「お、いいね~。 じゃ早速行こうか!」
「まだ授業が残ってるんだ。 子供達を置いて行けるか」
「冗談だよ。 じゃ、また後で」
「ああ、又な……
……”冴月 麟”か。 どれ、後で少し調べてみるかな――――」
――
寺子屋を出た小悪魔達は、次はどこに聞きに行こうかと相談しました。
う~んと小悪魔は悩みます。 紅魔館からあまり出る事が無い為、人里の事は全く分かりません。
だけど、その答えは隣に居る妖精が出してくれました。
そうだ、阿求の所に行こう。 妖精はそう言いました。
たまにいたずらをしに人里に下りてくる妖精は、人里の大きな屋敷に、何でも知っているという少女が居る事を覚えていたのです。
そうね、そうしよう。 小悪魔はとても嬉しそうに妖精と辺りを飛び跳ねました。
そうと決まれば善は急げ、小悪魔達は稗田家の屋敷へと向かいました。
――
「――『冴月 麟』ですか。 ふむ……」
小悪魔達は屋敷に着くと、縁側から阿求の所に飛び込みました。
最初はいったい何が来たんだろうと驚いていた阿求ですが、彼女達の話を聞くと落ち着きを取り戻し、何やら分厚い本をパラパラと捲っています。
「……残念ですが、どこにも載っていないですね」
ええ、そんなあ! 小悪魔達は大変ショックを受けました。
なんでも知ってる阿求でも分からないとなると、もう後は妖怪の賢者の所に行くしかないでしょう。
だけど、彼女達にはそんな事、とてもじゃないけど怖くてできません。
どうしようも無くなった二人は羽も耳も垂れさせて、トボトボと部屋から出て行こうとします。
だけど、そんな二人を阿求は呼び止めました。
「ちょっと待って!」
え! もしかして何か分かったの!? 二人は一転、目を輝かせて阿求へと詰め寄ります。
「いえ、私はその人の事を知らないけど、もしかしたら博麗の巫女なら何か知ってるかもしれないわ」
阿求の言葉に、二人は首を捻ります。 なんで博麗の巫女がそんな事を?
彼女達の疑問に答える様に、阿求はぽつぽつと喋り始めました。
「……いえね。 実はそれ、前に私が書いた物なのよ」
あれ? じゃあなんでそんな本が図書館にあったんだろう?
小悪魔が訪ねると、阿求はいやはや……と頬を書きながら教えてくれました。
「実は昔……と言っても何季か前、ちょうど紅霧異変の後くらいなんだけど、書きかけの幻想郷縁起を一冊無くしてしまってね。
まあ、記憶を頼りに複写したからいいんだけど…… それが、丁度その人間のページを書いている辺りでの出来事だったかしらね?
今私が持っているこれは、その後に書き直した物なのよ。 簡単に言うと、それは私、稗田阿求が最初に書いた、最初の幻想郷縁起なの。
だけど”冴月 麟”なんて名前、その本に書いた覚えが無いのよねぇ……」
小悪魔はビックリしました。 一度見た物は一生忘れないと言われている阿求が覚えていない事があるなんて。
「でも、その貴方達が持っている方の幻想郷縁起に書き記そうと思ったくらいだから、多分博麗の巫女と何かやった人なんだろうけど……
こんな事初めてよ。 どんな人だったっけ?」
阿求は頭をポリポリと掻いてう~んと悩み始めました。
残念ながら、どうやらここでも彼女の手掛かりは見つかりそうもありません。
阿求に小さく頭を下げると、小悪魔達は外へと飛び立ちました。
「あ、ちょっと! 本返せー!
……全く。
……それにしても”冴月 麟”なんて、やっぱり書いた覚えが無いんだけどなぁ――――」
――
阿求の屋敷から飛び出した小悪魔達は、次は博麗神社に行くことに決めました。
博麗神社のある方角へと飛んでいると、目の前から見覚えのある女性が飛んできます。
「あら、貴方は確か図書館の……」
小悪魔達の前に近づいてきたのは、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜でした。
彼女の姿を見て、小悪魔の顔はもう真っ青。 それもその筈、もし彼女にパチュリーの本を破いてしまったなんて知られたら……
「……どうしたの?」
咲夜は不思議そうな顔で、小悪魔の顔を覗き込みます。
右手に本を持ったままだった小悪魔はハッと気が付き、慌てて本を後ろに隠しました。
「あら、これもしかしてウチの図書館の物かしら?」
あれ? 何だか手が軽いなあ、と小悪魔は思いました。 右手を見てみると、持っていた筈の本がありません。
慌ててメイド長の方に目を向けると、先程まで小悪魔が持っていた本をパラパラと捲っていました。
ああ、そうだった! メイド長は時間を止められるんだった!
だけど、その事に気が付いてももう手遅れです。 メイド長はそれが図書館の本だと分かったに違いありません。
この事がバレてしまったら、パチュリーはとても怒ることでしょう。 もしかしたら図書館から追い出されるかも知れません。
その事を想像した小悪魔は、涙を浮かべてこの場から飛び去ろうとします。
「ちょっと待って。 この本なんだけど――」
だけど、反対を向くとそこには後ろに居た筈のメイド長が本を突きつけて浮いていました。
どうしようどうしよう。 このままじゃ……
その時、小悪魔の元へと一つの影が近づいてきます。 そう、その様子をずっと見ていた妖精です。
妖精は小悪魔の手を掴むと、全身に力を込め始めます。
すると次の瞬間、なんと小悪魔と妖精はメイド長の前からフッと姿を消してしまいました。
メイド長は、暫く何が起こったのかも分からずに、二人が居た空間を見詰め続けていました。
「全く、しょうがない子ね……
そう言えば、この本って一体何かしら?」
「おや、お前は紅魔館のメイド」
「あら、いつぞやの牛さん」
「白澤だ。
……ん? その本は確か先程の……」
「あら、ご存知なんですか?」
「ああ、実はさっきな――――」
――
もういいよ。 目を開けて。
妖精に言われて、目を瞑っていた小悪魔が目を開けると、そこは博麗神社の境内でした。
辺りを見渡してみると、そこには落ち葉を掃除している博麗の巫女の姿がありました。
前にお嬢様が起こした騒ぎのせいか、巫女と話すのはちょっと怖いなあと小悪魔は思っていました。
また針やお札が飛んできたら……
しかし、隣に居た妖精はそんなことお構い無しに、ずんずんと巫女の元へと進んでいきます。
ついに妖精は勇気を出して、巫女に話し掛けました。
「――え? 『冴月麟』? 誰それ?」
だけどやっぱり、彼女に聞いても何も分かりませんでした。
「まあ誰でも良いんだけどね。 興味無いし」
巫女は本当に興味が無いのでしょう。 掃除の手を一切止めずに返事をしました。
「で、なんでそんな奴探してんの? なんかあんの?」
彼女の言葉にピクリと反応した小悪魔は、『冴月 麟』を探す理由を全部話しました。
すると彼女は、やはり興味が無いようにふうん、と一言呟くと、再び掃除を始めました。
もう落ち葉一枚落ちていないと言うのに、なんでずっと箒で掃き続けているんだろう?
小悪魔はちょっと気になって、巫女に聞いてみます。
「別に良いじゃない。 お茶は飲んだばっかりだし、他にやる事も無いし」
その言葉を聞いて、小悪魔は少し寂しくなりました。 なんで彼女は一人きりでここに居るんだろう?
貴方も誰かに逢いたいって思ったことは無いの? 小悪魔は聞いてみました。
すると巫女は箒を掃く手を止め、上を見ながら考え始めました。
「ううん、そうねえ。 誰かに逢いたいと思った事なんてあんまり無いわねえ。
あ、でも……」
でも?
「一度でいいから、この神社の神主に逢ってみたいわ。
きっとお酒や宴会の大好きな、変な人なんでしょうね」
霊夢は、どこか遠くを見る様な目で、そう言いました。
妖精にも小悪魔にも、彼女の言っている事が良く分かりませんでした。
だけど、彼女にもそういう人が居るんだなあと思うと、なんだか嬉しくなりました。
二人は楽しそうに巫女の周りを飛び回ります。 だけど、霊夢はちょっとずつ不機嫌そうな顔になっていきます。
そしてついに……
「ああもう邪魔臭い! どっか行け!」
堪忍袋の緒が切れた巫女は、あちらこちらに針を放り投げ始めました。
刺さったら大変! 妖精は直ぐに小悪魔の所に行き、再び瞬間移動をします。
静けさが戻った博麗神社には、バラ撒かれた沢山の針と、息を切らした巫女だけが残されました。
「……はーあ、全く。 何だったのよ。
それにしても”冴月 麟”ねえ……紫、知ってる?」
「あら、気付いてたの」
「あんたの方に投げた針がさっきの二匹に全部向かってたら、今頃ハリネズミが転がってるわよ」
「ああ、怖い。 そんなだからお賽銭入んないのよ」
「五月蝿い。 ついでにさっき聞いた事も忘れろ」
「博麗の巫女もお年頃ね」
「お年を召した奴には分かんないわよ」
「ふふっ、年寄りの冷や水でも撒いてきますわね」
「はい、さようなら」
「ええ、それじゃまた」
――
大丈夫? 怪我は無い?
妖精に問い掛けられ、切り株に腰掛けた小悪魔は、うん平気だよ、と返事をしました。
博麗の巫女も大した事無いなあと笑いながら、二人は自分達が今どこに居るのか分からない事に気付きました。
慌てて瞬間移動したため、妖精にもここが何処だかわかりません。
暗い森の中で、見える物はボンヤリ輝くキノコと空中に浮かんだ胞子だけ。
それを見て、小悪魔はやっと気が付きました。 ここは魔法の森だ、と。
だったら、いつも図書館に来る黒白のお客さんがどこかに居る筈だから、探してみよう!
小悪魔は妖精の手を引き、意気揚々と森の中を進んでいきます。
――
それからどの位の時間が経ったでしょうか。
お日様はとっぷりと沈んでしまい、見える物は完全に光るキノコと光る胞子の二つだけになってしまいました。
暗い所に慣れている小悪魔でさえ、自分の手を心細そうに握る妖精の姿を確認するのが精一杯。
だけど、意地っ張りの小悪魔は認めません。 自分が道に迷ってしまった事を。
しかし、どれだけ歩いても、黒白の家どころか、森の出口すらも見つかりません。
遠くからは野犬や妖怪の鳴き声が聞こえ始めました。 もしかしたら、二人のすぐ近くに居るのかも知れません。
びくびくしながら真っ暗な道を進んで行くと、急に見覚えのある場所に出ました。
ジッと目を凝らすと、地面には切り株がちょこんと一つ。 ここは……
ここは、一番最初に妖精が瞬間移動して出てきた場所でした。
それが分かった小悪魔は、切り株に座り込み、小さくうずくって泣き出してしまいます。
暗いよぉ、怖いよぉ…… 図書館に帰りたい……
またパチュリーと一緒に、メイド長が淹れてくれた紅茶を飲みながら、本を読みたいよぉ……
だけど、もう図書館に帰る事はできません。 きっとパチュリーは許してくれない。
私はこのまま森の中をずっと迷い続けて、妖怪に食べられちゃうんだ……
小悪魔はポロポロと涙を溢れさせながら、ずっと森の中で泣いていました。
――
どれくらいそうしていたでしょうか。
ずっと隣に居てくれたのでしょう。 妖精はニコニコと笑顔で小悪魔を見詰め続けていました。
それに気が付いた小悪魔は、このままじゃいけない。 どうにかして森から出なきゃ、と元気を振り絞ります。
涙と鼻水でグシャグシャになった顔を袖で拭うと、再び妖精の手を取り歩き出そうとします。
だけど、歩いている途中で小悪魔は違和感を覚えました。
きっと妖精だって心細いはず。 なのに、なんであんな風に笑っていられるんだろう?
もう一度妖精の顔を覗き込みます。 妖精は相変わらず、気味が悪いくらいの笑顔で小悪魔を見詰めています。
ポロッ
何かが地面に落ちました。 小悪魔が下を見てみると……
そこには、笑顔の妖精の顔がこちらを見詰めています。
小悪魔がビックリして顔を上げると、そこには地面に落ちた筈の妖精の顔が、地面に落ちた顔と同じ笑みでこちらを見ていました。
すると辺りには、どんどんと妖精の笑顔が浮き出てきます。 そして、妖精の顔達は声を揃えてこう言いました。
本を破いた~…… 本を破いた~…… 本を破いたな~……
その恐ろしい光景に、小悪魔はとうとう地面にしゃがみ込んで泣き叫んでしまいます。
やめて! 助けて! ごめんなさい!
小悪魔はずっと叫び続けました。
すると途中から、妖精の声ではない、女の人の笑い声が聞こえてきます。
「ふふふ……ごめんなさいね。
貴方達を見ていたら、ちょっと悪戯したくなっちゃって」
それが森のお化けだったらどれだけ良かったでしょうか。
扇子で口元を覆いながら目の前で笑っている女性は、隙間の妖怪にして妖怪の賢者『八雲 紫』でした。
もう小悪魔は声も出ません。 これからどうなってしまうのかを想像した小悪魔は、フッと意識を無くして、倒れてしまいました。
「あらあら……やり過ぎちゃったかしらね。
まあいいわ。 そろそろあっちの準備も調ったことでしょう」
紫は目の前にスキマを空けると、気を失った小悪魔と、泣きつかれたのでしょう、切り株に寄りかかりながら眠っている妖精を放り込みました。
「――行ってらっしゃい。 幻想の中の幻想を見つける為に」
――
「――あ、目を覚ましましたよパチュリー様」
「そう」
真っ暗な闇の中、懐かしい声が耳に入り、小悪魔はガバっと飛び起きます。
そこは紅魔館の図書館でした。 ベッドに寝かされていた小悪魔は、隣に妖精の姿を見つけると、ほっと息を吐きます。
だけど、ここがいつもの図書館だと言う事は……
「貴方」
聞き飽きた、だけど懐かしい淡々とした魔女の声に、小悪魔はギクリと肩を強張らせます。
どうしよう、きっと怒られる。 お願い、追い出さないで。 ここに居させて……!
色んな想いが心に浮かびましたが、言葉は決して喉から出ようとはしません。
口をパクパクさせたり、下を向いて指をいじり始める小悪魔の姿に、パチュリーはやはり、淡々とした声で語りかけました。
「貴方が探しているのは『冴月 麟』で間違いないかしら?」
パチュリーの言葉に、小悪魔は呆気に取られた顔を浮かべました。
てっきり怒られると思っていた小悪魔は、パチュリーの言葉の意味を理解するとウンウンと頷きました。
「……そう。 ですってよ、冴月 麟」
「ええ、ここまでして貰えるなんて光栄ですわ」
え? え? どういうこと?
小悪魔は訳が分からず、キョロキョロと辺りを見回します。
だってそうでしょう。 小悪魔の方を見てお辞儀をしたのは、どう見たって紅魔館のメイド長だったんですから。
混乱している小悪魔に、パチュリーは話を続けます。
「咲夜が人里で貴女達に会ったって言うのは聞いたわ。
貴女達が居なくなった後、彼女は里の知識人に出くわしたらしくてね、そこで貴女達の話を聞いたらしいわ。
なんでも『冴月 麟』って言う人物を捜しているらしいって。
で、どうしてもその名前が忘れられなかった咲夜が、私の所に聞きに来たってわけ」
ここまでいっぺんに話したパチュリーは、紅茶を飲んで一息吐くと、再び話を始めました。
「どうやら咲夜も気になったんでしょうね。 『冴月 麟』って誰ですか? って。 私にも聞きに来たわ。
何度も何度も、しつこく。 レミィから秘密にしておいてくれって言われてたんだけど、
もう面倒くさくなったから教えてあげたわ。
「貴女の昔の名前は『冴月 麟』だったのよ」
ってね。
咲夜……いえ、冴月 麟は、博麗の巫女達が動く前に、いち早く紅霧異変を解決する”筈”の人間だったのよ。
だけど、歴史って言うのは残酷ね。 レミィの元に辿り着いた冴月 麟は哀れ吸血鬼のしもべに。
新しい名前を与えられた彼女は、せめて過去を思い出して苦しまない様にと白澤の元へ赴き、歴史を改変して貰ったのよ。
『冴月 麟はこの世に存在しなかった』ってね。 だから、彼女が覚えていなかったのも無理はないわ」
パチュリーの話が終わると、咲夜は悲しそうな笑みを浮かべながら話し始めました。
「ええ、そう言う事。 パチュリー様がお教え下さるまで、私はずっとその事を忘れていたのよ。
私の為にごめんなさい……いえ、ありがとう」
咲夜は小悪魔の元に近づくと、彼女を優しく抱きしめました。
一方、二人の話を聞いた小悪魔はとてもびっくりしていました。
なんて事だろう! ずっと探していた人が、こんなにも近くに居たなんて!
抱擁が解かれた小悪魔は、すぐに隣で眠っていた妖精を起こすと、彼女の手を握りしめながら踊り始めました。
いきなりの事で驚いていた妖精も、小悪魔の話を聞くと笑顔を浮かべ、一緒に図書館の中を飛び回りました。
だけど、浮かれている小悪魔達は気が付きません。 彼女達の話には、とてもおかしな所があったことを。
「……ご苦労様、咲夜」
「お疲れ様です、パチュリー様」
「貴女は本当に器用ね。 上手かったわよ? 『冴月 麟』の役」
「上手かったも何も、私はその人の事を何一つ知りませんわ」
「いいえ、貴女は知っている筈よ。 たった一つだけ。
勿論、この私も」
「……『名前』ですね」
「ええ、そうよ。 そして、これまで誰一人として知らなかった名前。
そして、彼女達二人によって知らされた名前。
……幻想の世界で幻想になったものはどこに行くのかしらね?」
「八雲紫なら知っているかも知れませんわ」
「彼女は駄目よ。 下手をすると『冴月 麟』を作って持って来るわよ」
「それもそうですわね。
……それにしても彼女、大層な演出家でしたね」
「ええ、そうね。 突然現れたかと思ったら、まさかこんなストーリーを用意してくるなんて。
出来の悪いジュブナイルでも読まされた気分だわ」
「あら、私は好きですわ。 ジュブナイル。
漢字が少なくて読み易いですから」
「そう。 あんまり興味無いわ。
あ、ついでにあいつら止めてきて。 本棚が幾つか倒されそうだから」
「かしこまりました。 では失礼します……
そういえば」
「うん?」
「結局、あの名前は誰が書いたんでしょうね?
阿礼乙女も結局知らなかったみたいですし」
「……案外、彼女はどこかに居るのかもね。
見つけて欲しかったのかしら?」
「さあ、私には見当もつきません」
「まあそんなもんよ。 あーあと紅茶もお願いね。
『冴月 麟』ちゃん」
「やっぱり知識人は要らないかしら……」
――
こうして小悪魔と妖精の冒険は終わりを迎えました。
二人は、咲夜が『冴月 麟』ではないと言う事に、多分ずっと気が付かない事でしょう。
だけどそれでいいのです。 このままずっと探し続けていたら、無茶をしがちな彼女達は、いつか本当に大変な事に巻き込まれていたかもしれません。
そんな彼女達を止める為に、紅魔館に住む者達が彼女に吐いた、優しい優しい嘘。
それでも、彼女達のやった事は無駄ではありません。
幻想郷に住む人達は『冴月 麟』と言う人物が居た事を、ずっと覚えていてくれるでしょう。
いつかどこかで『冴月 麟』と言う名前を知っている人が、彼女の事を思い出してくれるかも知れません。
誰からも忘れられた幻想の中の幻想『冴月 麟』と言う人物は、今、確かに幻想の存在になったのですから。
これが、名前の無い彼女達から、名前しか無い貴方へ送る、たった一つのプレゼント――
~ END ~
童話のような雰囲気がとても良かったです。
ただ、紫がこぁを驚かすのは、
ちょっとした警告のようなものだとしても、
そのやり方が悪趣味すぎた気が…
小悪魔と大妖精が一緒になって冴月 麟を探す行動は
読んでいてとても楽しいものでした。
スッキリと読めたし、面白いお話でした。
名前の設定だけできてるけど存在しないキャラを探す話だったはず…
MO○魂だっけかな?
確か紅魔郷の.exeデータをテキストエディタで開いたとき名前だけ確認できる謎のキャラでしたよね?
花符と風符を使う自機キャラの予定だったらしい・・。
見たかったなあ
創想話ならではの目の付け所がとてもよかった
お話も読みやすく、面白かったです。
私もやりすぎかな~? と思いました。
でも最終的に、『紫ならやりかねない』と思い、そのまま通しました。
不快に思われましたら申し訳ございません。
4.名前が無い程度の能力さん
怖いけど、それでも可愛い、ゆかりんは
6.名前が無い程度の能力さん
あ、お読み下さりありがとうございます。
自分のオチの弱さは相変わらずの様です……どうしたもんでしょうか。
8.煉獄さん
ええ、詳しくは図書屋he-sukeさんが語る通りで……
御読み下さり、ありがとうございます。
13.名前が無い程度の能力さん
あらま、被ってました?
21.図書屋he-sukeさん
ええ、私も見た”い”です。
きっと新作……三月の新作にはきっと……!
23.名前が無い程度の能力さん
そう言って下さると、この話を書いた甲斐が有ります。
ありがとうございます。
27.名前が無い程度の能力さん
ずっと前から考えていたんですが、話の書き方をどうしようかと苦心しまして……
ありがとうございます。
いやまあ、名前がなんかそれっぽいかなってだけですけど…
そういえば、霖之助は何の妖怪とのハーフでしたっけ…?
その発想は無かった。
何の妖怪とのハーフなんですかねえ……
パチュr(サイレントセレナ