―ヴワル図書館―
『温故知新』と言う言葉がある。
故きを温め新しきを知る……ギリシアの哲学者、リカルド・マルチネスの言葉だ。
古い産物にも良き物は数多く存在し、それを知らずば生涯の大いなる損失である、彼はそのように言いたかったのだろう。
彼がどのような思想を以てこの言葉を遺したのかは知る由もなく、第一哲学には興味がない。しかし私は、この言葉が実に的を射た物であると思っている。
何故かと思うなら、私の眼前に立ち並ぶ、この本達を見よ。
ペロー、グリム、アンデルセン……偉大なる先人(全員私より年下だが)が書き上げた輝かしい作品の数々だ。これらを知らずに生を終えるなど『生涯の大いなる損失』と言わずして何と言えようか。
私は気付いたのだ。
妙な偏見に囚われ、真に素晴らしきを受け容れられぬ者こそ愚かである事に。
さあ、迎え入れよう、この古き良き者達を。そして捲ろう、新たなる一ページを――
「やっぱり貴女だったのね、レミィ」
「――!」
な……!パチェ!?
そんな馬鹿な、何故見つかった!? 前回同様、身体を霧に変え、更に念を押すため天窓から入ったというのに……!
「ここ数日間、生体反応センサーに極々微量な反応がある日が続いていたのよ。最初は不具合か何かだと思って別に気にしなかったけど、それが余りにも頻繁だったから感知領域を最大レベルに強化してみたら……見事に貴女が引っ掛かりました、と」
せ、生体反応センサー……? 何だそれは、初耳だぞ? いつの間にそんな物を……
「それよりレミィ。齢500にもなっていよいよ童話に走るのかしら?」
「ち、違うわよ。夜の王たるこの私が何が悲しくて児童読物に興味を抱かなくちゃいけないの? これは――」
「――フランに読んであげるのよ、かしら? ハイハイ、そういうことにしておいてあげるわ」
「くっ…」
ええい、ニヤニヤするんじゃない!
普段は机から梃子でも動こうとしない癖にこういう時だけは活動的になりやがって……!
ああそうだよ! 私は童話に興味があるんだよ! フランに読み聞かせてたら『あれ? これ結構面白いじゃない』とか思ったよ! 悪いか!?
大体つまらない本がこんな豪華な装飾を施されて図書館にあるわけないじゃないか! 面白いから陳列されているんだ! そう、童話は面白いのだ!
それを読むのに年齢制限が必要か!? 否、断じて否!
面白きを素直に受け容れられない者こそ笑止千万! 真なる愚だ!
童話サイコー! 童話バンザイ! れみりあうー!
……ん? パチェ、なんで笑いを堪えてる?
てゆうか耳に付けてるその丸いの何?
まさか相手の思考を音声として受信する素敵な魔具だなんて事はないだろうな?
ふっ……そんな馬鹿な話があってたまるものか。いかに穀潰しの紫萌やしといえども私とパチェは百年来の親友だぞ?
親友に内密でそんな物を作って、あまつさえそれを使うなんて事がある筈――
「ぷぷ……あ、ありがとうレミィ。新しい魔具のじ……実践テストは成功よ。ぷくくく……」
「は?」
「れ……れみりあ、うー……! くくくく……」
「パチぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
レミリアお嬢様がみんなの心の声を聞くお話
―自室―
「ふぅ…」
危なかった……。このいかがわしい魔具、まさか録音機能まで搭載しているとは……
ぽちっ
『……わサイコー! 童話バンザイ! れみりあうー! ……』
くっ……! パチェの奴、ピンポイントで一番恥ずかしい所を……
もしあそこで問い詰めていなかったら弱みを握られていただろう……。考えただけでも恐ろしい……!
まったく、パチェめ。なにが『パワハラよ!』だ。
私がいつパチェに権力差を利用した嫌がらせをしたというのだ。第一私達は縦社会の関係じゃないだろうに。
親友を、それ以上にこの私を実験台にしたんだ、没収くらいで済ませてやったことに寧ろ感謝してほしい。もしこれが他の誰かだったら問答無用で血祭りにあげている。
しかし……『相手の思考を聞く事が出来る魔具』とは、パチェもまた大層な物を作ったものだ。
先程の生体反応センサーといい、これ程の物が作れるのなら、私やフランの、詰まる所吸血鬼の弱点を克服する術式や魔具も作れそうな物だが……まあ、それはいい。
元来絶大な力を持つ私達吸血鬼から此等の弱点を排除してしまったら、それこそ完全無欠の驚天動地……それではつまらない。
私達の持つ弱点は、言わば力無き者達に対する『情け』。それを今更どうこうしようとするのは無粋というものだ。
少し話が逸れたな。路線を戻そう。
相手の思考、つまり心を読む力……か。確か、先の異変でそんな能力を持った……覚だったか、そんな奴がいたという話を聞いた。
相手の本心が赤裸々に知れてしまうのも案外骨が折れる事のようだが、まあ力も名声もない者ならば仕方ないだろう。
しかし私は夜の王であり永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレット。そう……誰もが畏怖し、敬う存在だ。
例え私に対して不埒な感情を抱いている愚か者がいたとしても、その場で考えを改めさせればいいだけの事。気に病む必要など有りはしない。
ふふ……この魔具、なかなか面白そうじゃないか。結局本は持って来なかったし、代わりになる丁度良い暇潰しだ。
ええと、確かパチェはこんな具合に……
カシャン
おお、くっついた。
これで相手の思考がそのまま聞こえるようになるのか。
どれ、まずは……
「咲夜ー」
私を最も敬愛しているであろう咲夜だ。
まあ、あの娘は万に一つも私に対して奸な考えなど抱いていないだろうから少しつまらないが……
「お呼びですか、お嬢様」
(お嬢様……相変わらずお美しい)
おお、聞こえた……! ふむ、どうやら実際の声より一拍子遅れて聞こえる仕様のようだな。
ふふ……美しい、か。咲夜め、そんな『当たり前』のことを考えていたのか。
「ええ。紅茶を煎れて頂戴」
「かしこまりました」
(お嬢様、何でこんなに嬉しそうなんだろう? でも……やっぱりお美しい……)
「ふふっ……」
そればっかりだな、咲夜は。
主人に対する感情として、美しい、というのは少しずれている気もするが、まあ忠誠心の一部として受け取っておこう。
……ん、流石に仕事が早いな。
「お待たせ致しました」
(うん、完璧な味の筈。きっとご満足頂けるわ)
「ご苦労様、早速頂くわ」
こくり…
うむ、咲夜の考えに違いはない。味、濃さ、温度、香りに至るまで寸分の狂いもない完璧な紅茶だ。
「如何でしょうか?」
(ああ……なんて優雅なお姿なんだろう。お嬢様、素敵っ!)
……素敵?
ううむ……悪い気はしないが、やはり主に向けた感情としては何処かずれている。
それに、この弾んだ心の声……表面上では落ち着いているだけに一層違和感を募らせるな……
よし、少しからかってみるか。
「……不味い」
「え……?」
(今、お嬢様……不味いって言った……? そんな馬鹿な事ある筈無い! 嘘よね? 冗談よね?)
ふむ、どうやらかなり困惑しているようだな。普段ではまず見られない表情に加えて、心の声も乱れている。
如何に瀟洒で完璧な咲夜と言えど絶対の自信を粉砕されれば狼狽えもするか。
ふふ……この魔具、想像以上に面白い。
少し可哀想だが咲夜にはもう少し付き合って貰うとしよう。
「聞こえなかった? 不味い、と言ったのよ」
「………」
(落ち着け……よく考えろ。私の煎れた紅茶が不味い筈なんて無い……!)
うむ、確かに美味かった。それは間違いない。
「咲夜、何をボサッとつっ立っているのかしら」
「申し訳……ありません」
(確かお嬢様はさっきまで図書館にいた。まさか……パチュリー様がお嬢様に味覚を狂わせるいかがわしい薬品を……?)
む、流石に咲夜は鋭いな。内容こそ違えどすぐにパチェ絡みと気付くとは。
「少々お待ちください。煎れ直して参ります」
(そうだ……! そうに違いない! くっ、あのネグリジェもやし……! 私とお嬢様の仲を裂こうと一計案じたな……!)
ん……? ネグリジェもやし……?
「……では失礼致します」
(許さない……! 如何にお嬢様の親友といえど、私とお嬢様のハッピーライフを邪魔するなら……斬る!)
き、斬るって……まずいぞ、咲夜は本気だ……!
「さ、咲夜! 待ちなさい!」
「……何でしょうか?」
(斬る…きる…キル…KILL……抉る…えぐる…エグル…EGULE!)
やっぱり……! 殺す気満々じゃないか……!
ふむ……仕方ない、そろそろ種を明かすとしよう。こんな下らない事で二人に殺し合われても困るからな……。
「さっきは不味いって言ったけど、あれは嘘よ。本当はいつも通り美味しかったわ」
「……なぜ嘘を仰ったのですか?」
(ああ……よかった……! やっぱり私の不手際じゃなかったんだ……!)
「うん、実はコレを試すためなのよ」
「それは……?」
(ピアス……じゃないわよね? 形状から見ると……補聴器?)
「相手の考えている事を聞ける魔具よ。パチェが作ったの」
「……パチュリー様が……」
(やっぱり、そうか……)
ん……?
「そうですか。やはりあのネグリジェもやしが一枚噛んでいましたか。少々反省して貰わねばなりませんね。失礼致します」
(そうですか。やはりあのネグリジェもやしが一枚噛んでいましたか。少々反省して貰わねばなりませんね。失礼致します)
「!」
びしっ!
「あ……」
ぱたっ……
危ない所だった……。
あとほんの少しでも止めるのが遅れていたら、咲夜は時間を止めてパチェを殺しに行っただろう。
思ったことが直接声に出るくらいだから間違いなくな……。
「すぅ…すぅ……」
ううむ……しかし咲夜には悪い事をしてしまった。
普段通り煎れた紅茶を不味いと言われ、仕舞いには気絶させられるのだから……究極の骨折り損、泣きっ面に閃光弾だ。
「……んむ……」
「………」
このままでは寒そうだな……私のベッドに寝かせて置こう。
「よいしょ……っと」
ぽふっ……
「ん……」
(お嬢様……すぐに美味しい紅茶を煎れて来ますからね……)
「………」
咲夜……眠っていても私の事を案じてくれているのか。
……済まなかった、咲夜。目を覚ましたらまた改めて謝ろう。
◆
―ロビー―
「誰もいないわね…」
ロビーまで来ては見たものの、こうも誰にも会わないものか。妖精メイドの一人や二人、いるだろうと思ったんだが。
……さては奴ら、咲夜が見当たらないのをいい事に何処かで油を売っているな? ちっ……全く使えない連中だ。
よし、咲夜に命令して今後の奴らの朝食を『どんぐり五個』に変更してくれる。
……まあ、それはいい。しかし、この後どうしたものかな。
折角こんな面白いものが有るのだから使わない手はないが、余り不自然に動くのも気が引ける。こういう非日常的な物は日常の一環の中で使うからこそ映えるのだ。
……とは言うものの、私の日常は基本的に咲夜以外の誰かと会うことは無いからなあ。
最近は週に二度ほど図書館に出向いているが、以前は月に一度有るか無いか程度が普通だったし、フランの所にも……
「あっ」
そうだ、そういえば此処の所フランに会っていなかった。
最後に会ったのは確か二週間程前だったか。私が童話の素晴らしさに目覚めてしまってからは自室と図書館の往復だったからな……
……よし、ここは一つ久しぶりに可愛い妹に会いに行くとするか。
―フランドールの部屋―
コンコン
「はぁーい、どうぞー」
(おっ、誰かな?)
おお、この純真無垢で元気な声、久しぶりに聞くフランの声だ。
以前は訪れる者全てに対して『何しに来た』と言わんばかりの陰鬱な感情が籠もった返事しか返さなかったというのに……よくぞ成長したものだ。私は嬉しいぞ。
さあフラン、今行くぞ。心から姉を迎えてくれ。
ガチャ……
「今晩は、フラン」
「あ、お姉様。久しぶりだね!」
(……何しに来たのよ)
……?
……ああ、そうか。フランの奴め、さては照れているな?
ふふ、ほんの二週間程度顔を見せなかっただけで照れるとは……この! 可愛い妹め!
「ええ。最近は少し忙しくて会いに来る機会が無かったから、ね」
「そうなんだ。まぁゆっくりしていってよ!」
(……なるべく早く帰ってよね)
……??
ふむ、心の声を使った『つんでれ』とは、是また高度な事をする。どうやら照れを通り越して恥ずかしがっているようだな。
だが心配するなフラン。このレミリア・スカーレット、可愛い妹の本心を読み取れぬ様な愚姉ではないぞ!
「最近、何か変わったことはあったかしら?」
「うん、あったよ。四日前くらいかな? 前にお姉様が言ってた伊吹萃香っていう人がいつのまにか部屋に来てたの。最初はびっくりして攻撃しちゃったんだけど、その萃香って人、すんごく強かった!」
(んん、あの時は楽しかったなあ)
ほうほう、四日前に伊吹鬼が部屋にいたから攻撃を……
……!
何だと!? あの鬼が!?
「フラン、あなた大丈夫だったの!?」
それよりも何故私はそんな大事件に気が付いてないのだ!?
あの伊吹鬼とフランが拳を交えたなら膨大な魔力が振動していた筈……だというのに何故だ……!?
四日前といえば……確か『KACHI KACHI MOUNTAIN』を読んでいた頃……
おお、あれは中々面白かったな。残虐な兎が奸計を張り巡らせて愚かな狸を陥れていく展開は鳥肌物だった。
「うん、別に平気だったよ! それでね、最後はSUMOUっていう『最強の格闘技』で勝負したんだけど、あと一歩の所で負けちゃった。……ってお姉様、聞いてる?」
(もう、折角お話してるのに。聞いてないなら帰ってよ!)
……はっ!?
いかんいかん……私としたことが、動揺の余りフランの話を聞き流してしまうとは……。
見ろ、フランがなんとも言えない顔をしてるじゃないか。まるで『うう、お姉様がシカトした……』と言いたそうな顔だ……!
ええい、しっかりしろレミリア・スカーレット! この程度の事で可愛い妹を失望させてどうする!
すーはーすーはー……よし、もう大丈夫だ!
「ええ、ちゃんと聞いてるわよ。伊吹鬼と戦ったんだったわよね?」
「あー……うん」
(それ一番最初に話したんだけど……)
む、そうだったか。まだ少し落ち着き切れていなかったようだ。
すーはーすーはーすーはー……よし、今度こそ大丈夫だ!
ええと……フランは最初、普通に戦って、最後はSUMOUで……
ん? ……SUMOU?
はて、何処かで聞いたことがあるな……
SUMOU…SUもう…すもう……
そうだ! 相撲だ!
かなり前だが図書館の『パチュリーのお気に入りコーナー』に陳列されていた本で見たことがある!
うろ覚えだが、確か褌一丁の巨漢二人が互いの褌を引っ張りあって……
「伊吹鬼ィィィィィィィィィィィ!!!」
「わわ!? 突然どうしたのお姉様っ!?」
(びっくりした……!もう、何なのこの人!?)
は、半裸のフランのふ、褌を引っ張るだと!?
姉である私ですらそんな事は未経験だと言うのに……!
「許さん! 絶対に許さんぞ!!」
「ちょっと! 落ち着いてよお姉様!」
(あーもう! 何でこの人こんな怒ってんのよ!? 全っ然意味分かんない!)
「私の可愛いフランに不埒な行いをしてくれちゃった者はこの私が塵一つ残さず消し去ってくれるわァ!!」
「別に変な事なんてされてないよ! だから落ち着いてってば!」
(あーうざい! とっとと出てってよ!)
……!
う……うざい?
むう、まずいぞ……! 実際の声では無いが、今フランは確かに『うざい』と……!
外界に於いて、この『うざい』は如何なる呪文にも勝る無双の言霊だという。
それ即ち、全否定。
言霊を浴びせた相手とのありとあらゆる縁を無に還す恐るべき禁忌……!
今でこそ心の内でしかないが、もしフランの口から直接放たれたとしたら……私は……!
くっ……! 落ち着かねば……! フランが禁忌をその可愛い唇から放つ前に……!
すーはーうーうーれみりあうー……よし、なんとか大丈夫そうだ……!
「ごめんなさいフラン……少し興奮してしまったみたい。もう大丈夫よ」
「もう、しっかりしてよね。いきなり叫びだすからびっくりしちゃったじゃない」
(まったく、何しに来たのかわかんないよ…!)
「ごめんなさいね。でもフラン、本当に何もされてないの?」
「さっきも言ったじゃない。本当に何もされてないよ。そんなことより、すっごく楽しかった! それとね、萃香って陽気で話しやすいから、私萃香とお友達になったの!」
(萃香、今度はいつ来てくれるかな? またお酒持ってきてほしいな!)
あの鬼と友達に……?
ううむ、相撲などという破廉恥な行為は今後一切止めさせるとして……奴ならフランの遊び相手も勤まるだろうし、友人が増えるのは私としても喜ばしい事だが。
……。
「お酒ッ!?」
「わっ! びっくりした……! ちょっとお姉様、さっきもそうだったけど突然大声出すのやめてよ!」
(今日のお姉様、どう考えても変ね……。パチュリーに変な薬でも盛られたのかしら?)
む、フランもフランで鋭いな……。いや、それよりも真っ先に異常の原因として疑われるパチェの方に問題があるのか。
……そんな事はどうでもいい!
「あ、あなた……お酒を飲んだの!?」
「うん。萃香に勧められて……っていうか私、その話したっけ?」
(おかしいわね……秘密にしておくつもりだったのに)
ぐぐ……あの鬼め!
フランの初めての酒は私と共に飲むシャトー・マルゴー(B型、18歳の処女の血入り)だと決めていたというのに……何という事を……!
「あー……お姉様。黙ってお酒飲んじゃってごめんなさい」
(あちゃー、これはさすがに怒られる……よね?)
「……!」
くっ、抑えろ、抑えるのだレミリア・スカーレット……! フランの心の声が聞こえなかったのか?
今ここで怒りを爆発などさせたら、フランは怒りの矛先が自分に向いているのだと勘違いし、きっと悲しむだろう……!
ここは姉としての度量を見せ付け、改めてその存在感を示すいい機会ではないか! 落ち付け、落ち付くんだ……
れみりあうーうーれみりあうー……よし! これで行ける!
「……フラン」
「う、うん」
(うー、やだなぁ……。お仕置きとかあるのかなぁ……)
「過ぎてしまったことを今更咎めても仕方がないわ」
「え……?」
(嘘、絶対怒られると思ったのに……!)
「でも、今度からお酒を飲む時は私か咲夜に一声掛けて頂戴。あなたと一緒に飲む為の極上のお酒を用意して置くから、ね」
「ホント!? やった!」
(何か今日のお姉様、凄くかっこいいじゃない! これもパチュリーの薬の効果なのかな?)
ふふん、その通り。フランよ、お前の姉はこんなにもかっこいいのだ!
そしてそのかっこよさにパチェは一っっっ切関係ない!
ああ、こらフラン! 突然抱きついてくるんじゃない! 危うく鼻血が噴き出してしまう所だったじゃないか!
「あらあら、フランは甘えん坊ね。それはそうと、初めてのお酒はどうだった? 美味しかった?」
「んー、あんまり分からなかった……かな? 萃香がガブガブ飲んでるから、美味しそうだと思ったんだけど……」
(ああいうのって甘辛い、って言うのかな?)
甘辛……というと『日本酒』だろうか? 霊夢の所で何度か飲まされたが……あれはどうも苦手だ。
「ふふ、最初は誰だって慣れないわよ。何度か飲んでいる内にあなたもお酒の美味しさに気付く筈」
「うん。それでね、私も萃香と同じペースで飲んでたら段々ぽわーってなって、その内ふわふわーってなったの」
(何だか不思議な感覚だったなぁ。あれをもう一回味わってみたいんだよねー)
ふむ、初めての酒をあの鬼と同じペースで飲んだのならそれは酔いもするだろうな。私だって酔う。
「それで途中から訳分かんなくなっちゃって、萃香が突然『あついー』とかいって服脱ぎだしてさー」
(どのへんからどうなのかさっぱり覚えてないんだけどね)
可愛い妹の前で何と下品な事を……やはり奴を友人として迎えさせるのは考えものだな。
「それでドロワーズ一枚になった萃香が『あんたも脱いじゃえ!』とか言って飛び掛かってきたの。抵抗しようとしてもふらふらするし、頭回んないし、その内何かどうでもよくなっちゃってねー」
(ふふっ、ホントだったらどうなってたかな?)
……!!
「気付いたら私もドロワーズ一枚にされてたのよー。終いには萃香が抱きついて、それでキスしてきて……」
(これもそう。すごいリアルだったからびっくりだよ)
…!!?
「……っていう夢を見てたの。私飲み初めてちょっとしたら寝ちゃったみたいでさー。でもすっごいリアルな夢だったから、私夢だって全然気付かなかったんだよ? 笑っちゃうよねー」
(もしかしたら現実に……ってそれはないよね。起きた時、私ちゃんと服着てたし)
「………」
「今度お姉様と飲むときは……お姉様? どうしたの、震えてるよ? ……大丈夫?」
(何? パチュリーの薬の副作用とか?)
「……るさん……」
「え? なんて言っ……」
「やっぱり許さァァァァァァァァァァァん!!」
◆
―中庭―
ああ……
私の何がいけなかったと言うのだ……
可愛い妹にあれやこれやと手を出された、という事実を知ったら、誰だって憤るものだろう?
「………」
ふっ……『うざい』か。
確かに禁忌と呼ばれるだけの事はあるな。……大した破壊力だった。
夜の王たるこの私ですら、一瞬『死』を覚悟したよ。
………。
世の中知らない方が良い事もある。好奇心、猫をも殺す。……鬼をも殺す。
伊吹萃香……次に会った時が貴様の最期だと思え……!
例えフランが友人と認めていようとも関係ない……貴様が犯した数々の愚行、その死を以て償って貰おう!
異変の際は単なる遊びだと適当に戦ったが、今度ばかりは私の全力を以て叩き潰して……
「あれ? お嬢様じゃないですか。こんな時間にどうしたんですか?」
(お散歩かなあ。……まさかのダイエットとか?)
……!
ああ、美鈴か。当てなく彷徨っていたらいつの間にか門まで来てしまったようだ。
にしても……
「……貴女には私の体がダイエットを必要とする様な体に見えるのかしら?」
「ええ!? 何で私の考えてる事が分かったんですか!」
(これが俗に言う以心伝心って奴!?)
………。
「まあ……いいわ。それより、しっかり役割はこなしているんでしょうね?」
「はい、しっかりやってますよっ。ここ一週間は誰も通してません! えっへん!」
(まあ実際は誰も来てないだけなんだけどね。あははー)
「そう、それは結構。……ん?」
一週間誰も通していない……だと?
――四日前くらいかな? 前にお姉様が言ってた伊吹萃香っていう人がいつのまにか部屋に来てたの――
「くくく……」
「へ? どうしました? お嬢様……」
(突然笑いだすなんて……まさか、パチュリー様の摩訶不思議な道具の……)
「ど の 口 が そ れ を 言 う ?」
「ひっ!?」
(強っ! や、やばいよコレ! 魔力が、もうコレほんとマジで魔力っ! 通常の三倍っ!)
「良い事を教えてやるよ……フランの奴、友達が出来たんだとさ……四日前に……」
「よよ、よかったです!」
(お、落ち着け美鈴! 平和的に深呼吸で体内の毒電波を遥か彼方のイスカンダルへ……)
「それでなぁ……フランはそのお友達に酒を飲まされたり服をひん剥かれたりして、あれやこれやされたんだとさ……くくく……おかしいなぁ、私はそんな奴に入館の許可を与えた覚えはないのに……」
「あ、あわわわわわ……」
(ころっ! ころされ! ころがされるっ!)
「さぁて……ここで問題だ。この紅魔館に侵入しようとする愚かな輩を撃退し、館内に秩序と風紀をもたらすべき『門番』は誰でしょう?」
「わ、わ……」
(わ、わ……)
「わ?」
「分かりませんっ! てへっ☆」
(てへっ☆)
「……紅魔『スカーレットデビル』」
◆
―自室―
「はぁ……」
疲れた……。
だが、もう一度フランに会いに行ったのは正解だったな。
あの鬼がフランにしたという事の大半は私の誤解だったようだし、SUMOUに対する私の認識が誤っていたというのも分かった。
うむ、気まずさを推して行った甲斐があったというものだ。
しかしフランの奴め、夢だったなら夢だったと早く言えば良いのに。おかげで私が暴走しかけたのが何だかバカみたいじゃないか。
それと、SUMOUだ。『実際やってみたら分かるさ!』とフランに促されてやってみたが、心得の無い私を本気で放り投げる事もないだろう……!
フラン曰く『ですばれーぼむ』という技らしいが、危うく頸骨が持っていかれる所だったよ……
でも、フランの奴、楽しそうだったな。心身の声共に、凄く生き生きしていた。
私が帰る際に聞こえた『またすぐ来るよね……?』という心の声に少し後ろ髪引かれたが……その心配はしなくていいぞ、フラン。
それと、美鈴。
さっきは少し冷静さを欠いていたが、よくよく考えてみたら咲夜ですら認識出来なかった相手を止めろと言うのは酷だ。
更に言えば、相手はあの伊吹萃香。例え美鈴が奴を発見し、全力で撃退に当たっても退けるのは困難だっただろう。
ふむ、明日は養生の為も兼ねて、朝食のコッペパンにイチゴジャムを付けてやるとしよう。
アメとムチを上手に使い分けるのも聡明な主の役目だからな。
それにしても……
「すぅ…すぅ……」
咲夜……本当に気持ち良さそうな寝顔だ。
「………」
結局今日、私は何をした……?
普段通りの美味い紅茶を煎れただけの咲夜、私の質問に答えただけのフラン、美鈴に至っては役割を全うしていただけだ。
そんな皆の日常を自分の暇潰しの為に掻き乱しただけじゃないか……!
くそ、情けない……。何が聡明な主だ……!
私のした事は、最低だ……!
私は――
「――今晩は。お疲れのようね」
「……! パチェ……」
「歩かない? 咲夜を起こしてしまったら悪いわ」
「……ええ」
―廊下―
「それ、やっぱり付けてみたのね」
「ええ」
「御感想は?」
「機能的に言うなら、凄い。でも……」
「良いとは思わなかった、かしら?」
「……ええ」
「私もそう思う。そもそもそれを作った目的は日常で使う為ではないしね」
「じゃあ何で……」
「最初は只の興味」
「興味?」
「ええ。覚……知ってるでしょう?」
「知ってるわ」
「私は先の異変で覚の少女と接触した。そしてその能力に惹かれたわ。相手の心を読めるなんて、誰もが一度は望むものでしょう?」
「うん」
「そして、それは完成した。でも、使ってみたら……」
「……良いとは思わなかった」
「そう。相手の心を読める、いえ、読めてしまうなんて、ろくなもんじゃなかったわ」
「………」
「彼女達は生まれてから死ぬまで、この忌まわしい能力を強制される。そう考えたら、興味半分で能力を欲しがった自分が情けなくなってね」
「パチェ、あなた……」
「だから私は考え方を変えた。この『MIND VOICE君弐号』を幻想郷の皆が触れる事によって、覚に対する一方的な嫌悪を和らげる事が出来るんじゃないか、とね」
「……パチェ、ごめんなさい。貴女がそんな崇高な考えの下に動いていたなんて知らなかったわ……! 私はてっきり、皆の心の声を集めていかがわしいコレクションの一部に加えようとしているんだ、なんて馬鹿な考えを……」
(……!)
「……いいのよレミィ、気にしないで。勘違いは誰にだってあるわ」
「うん。ありがとうパチェ。じゃあ、これ……」
ぱちん
「返すわ。そして貴女の素晴らしい目論見の第一歩は成功よ。だって今の私は覚の子達の辛さや苦しみが分かるもの」
「そう、よかったわ。それよりレミィ、図書館でお茶でもどう?」
「ええ、頂くわ」
実を言うと……少し悔しい。
要するに私は最初からパチェの掌の上で踊らされていただけだったのだから。
だが、それでもいいか、という考えの方が遥かに強いのも事実だ。
……全く、最初から説明してくれたらいいのに、パチェも回りくどいやり方をする。
きっとあの場で言うのが照れ臭かったんだろうな。こう見えてパチェは案外そういうところがある。
「……何よレミィ、人の顔をジロジロ見て」
「ふふっ、何でもない」
「失礼ね全く……さあ、着いたわよ」
反省しよう。
最近パチェを変人扱いしていた事、今回の件で『どうせろくでもない動機なんだろう』と思ってしまった事、そして何より大切な親友を疑ってしまった事を……
ギィ……
『すーはーうーうーれみりあうー……よし、なんとか大丈夫そうだ……!』
……??
「あははははは! ……あ、早かったですねパチュリー様。これ面白いから勝手に開いちゃいました!」
「……パチェ」
「な、何かしらレミィ? それより、これはあれよ! そう、あれなのよ! 分かるかしら?」
『れみりあうーうーれみりあうー……よし! これで行ける!』
「ぷ……ぷあははははは! すっごい鮮明に聞こえますねー。コレクションの第一歩は大成功じゃないですかー」
「……弁明は?」
「れ……れみりあ、うー……!」
「パチぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
おしまい
真面目な会話はとても良かったのですが……。
最後のパチュリーと小悪魔のあれでそれが台無しだなぁって。
面白かったんですけどね。
このまま綺麗に終わっていたらと思うと…。
最後にかなりやらかしたオチという爆弾が投下されてしまうとは。
それも含めて面白い話だったと思います。
こういうオチ、俺は好きだよ!
流れのままにスイスイ読めるリズムの良さがありました。
小悪魔,本当に悪魔だなwwwwwww
ここで一回作品への意識が切り替わるんでオチが物凄く生きてくる。
てめぇ、長生きできねぇぜ さぁ 馬車馬のようにネタを捻り出す作業に戻るんだ。
いや、すんません。マジで。
大本の魔道具の時点でネタの出し方が秀逸だなぁ。
紅魔館メンバーのキャラを生かした各ネタといい、上手く小ネタを交えた流れるような話の展開といい、実に俺のツボを刺激してくれる作品だったよ。
面白かった!!
面白かったです
お嬢様好きとしては大きなマイナス点です。
紅魔舘メンバーが上手く動いていて良かったです。