何も何も小さきものはみなうつくし
「――というのをご存じかしら」
「はあ」
きちんとした返事を返すまでに、一拍の間が必要だった。かこん、と、ししおどしの音が間抜けに響く。
「確か、枕草子の一節だったかと。『うつくしきもの』でしたか」
「そう。ちっちゃな指につまんだ塵を嬉しそうに見せる子供とか、か弱く鳴いてる雀の雛とか、ブカブカの着物
着せられてる小さな貴族の子供とか、そういうのをひたすら羅列してるあれよ」
「まあ端的に言うとそのような内容だったかとは思いますが……その一節が、何か?」
眉をひそめる藍の前で、紫が落ち着かなげに身じろぎする。式を見つめる瞳はどことなく非難がましく、「何
も言わずとも察するのが優秀な式神というものでしょう」とでも言いたげである。
何の変哲もない、五月も半ばの昼下がり。ぽかぽかとした陽気に誘われたかのように、藍の主人である紫が珍
しく昼間から起き出してきたのだ。で、唐突に主の私室に呼びつけられたかと思ったら、正座させられた挙句に
さっきの一文を聞かされた。
藍とて紫の式神として使役されるようになってから、そこそこ長い時間を過ごしている。主の抽象的な問いか
けは既に慣れっこだ。何分、彼女の主人は言葉遊びの類が大好きなものだから。
そして今も、主が何を言いたいのかは薄々理解していた。
「あのね藍」
「はい、なんでしょうか」
しかしそれでも、藍は分からぬ振りを装う。今回の場合、「つまりこういうことですね」だのと指摘してみせ
る方が、かえって主に恥をかかせることになると思っているからだ。「べ、別にそんなこと考えてないし!」と
か意地を張ってしまう可能性もなくはない。だから、本人の口から言ってもらった方がいいと判断した。
そんな式の思惑を理解しているのかどうか、紫はますます焦れた風に問いかけてくる。
「いや……分かるでしょ、ね?」
「そう仰いましても……私には見当も、はい」
空っとぼけた口調で言ってみせると、紫は薄らと頬を染めてかすかに目をそらした。
「最近少しは成長してきたかと思ったけど、あなたもまだまだのようね」
「未熟な式で申し訳ございません、平にご容赦を」
平伏しながら薄眼でちらりと見上げてみると、紫はいよいよ耐え切れない風に唇をむずむずさせていた。
「まあ、いいわ」
ため息一つついて、人差し指を立ててみせる。
「つまるところ、時代の変遷に関わらず変わらぬ価値観もあるということよ。ううん、時代だけではないわ。人
種、性別、世代、年齢……ありとあらゆるものを越えて不変の価値というものは確かに存在するの。それは人間
妖怪という種族の違いすら超越するのよ」
「なるほど。それで、それが枕草子とどう繋がるのですか?」
「……枕草子が著されたのは平安時代中期……今からおよそ1000年ほど前の時代よ。にも関わらず、『うつくし
きもの』は、今を生きる私たちと何ら変わりない感性に基づいて描かれている。小さきものやか弱いものを愛し、
慈しむ心……そう、つまり!」
ぐっ、と拳を固めて鼻息も荒く、
「かわいいは正義、ということよ!」
片膝立てて力強く宣言する紫に、藍は「おー」と惜しみのない拍手を送る。紫は少々気恥ずかしげに居住まい
を正し、こほんと一つ咳払いをした。
「これで、分かっていただけたかしら」
「はい、もちろんです」
「そう。では言ってご覧なさい」
「かわいいは正義……つまり正義は橙にあるから二人で愛でようという」
「違うわ!」
紫が音高く畳を叩く。藍は大げさに驚いた。
「ええっ、違うのですか!? わたしはてっきり橙のことかと」
「誰も猫の話はしてないでしょう」
「しかしかわいいと言われて真っ先に思い浮かぶのは橙のことでして」
「いや、それはいいから。あなたの猫狂いについて聞きたいわけじゃあ……ああ、そういえば」
ふと、紫が思い出したように言った。
「橙と聞いて思い出したけど、そろそろあなたたちの記念日じゃなかったかしら」
「覚えていて下さったのですか」
「当たり前じゃない。お祝いはするつもりなのよね?」
「はい、もちろん。いつもよりも豪華な食事と、ちょっとした贈り物をするつもりです」
「そう、いいことね」
穏やかに目を細める紫につられて、藍もついつい微笑んでしまう。
記念日、というのは、藍と橙が出会った日のことである。元々野生の猫だった橙は自分が生まれた日を覚えて
いなかったので、「それじゃあ私と橙が出会った日を誕生日のように祝うことにしよう」と取り決めてあるのだ。
まるで人間のような習慣だが、藍がこういうお祝いをするのは主である紫の影響だ。藍自身、子供の頃から
「二人が出会った記念日」のお祝いを毎年楽しみにしていたので、橙にも同じことをしてあげようと思いたった
わけだ。
紫はこういうことはかなり細かく覚えている方で、親交のある者たちとの記念日などには、必ずと言っていい
ほど何らかのお祝いをする。幽々子や萃香など特別親しい者たちに対してはそういう意図を明かしているが、そ
れほどでもない者たちに対しては、記念日だということは秘密にしておいて、その都度口実をつけて贈り物をし
たり、いつもの如く胡散臭い風を装って一緒にお酒を飲んだりするのである。
「幽々子たちならともかく、あまり親しくない人たちに対しては押しつけがましくなりそうだもの。かと言って
何もしないとすぐに忘れてしまいそうだしね」
いつだか、冗談めかして言っていたのを覚えている。
「それで、どんな贈り物をするつもりなのかしら?」
「それは秘密です」
「あらあら。まさかとは思うけど、勉強道具一式、とかじゃないでしょうね?」
「そんな雰囲気の読めないことはしませんよ」
からかうような紫の言葉に、藍は苦笑しながら答える。
実際にはよそ行きの服を贈るつもりで、もう用意も出来ている。藍の美意識と数学的な知識を最大限に活かし
て手ずから作り上げた、見た目麗しくなおかつ動きやすく、吸湿性抜群でいて可愛らしい服である。あれを着た
橙はこの世のものとも思えない可愛らしさだろうなあうふふ。
「……藍? らーん?」
呼びかけられてはっとすると、紫が呆れ顔でこちらを覗き込んでいた。
「なにニヤニヤ笑ってるの」
「いえあの、別に私は……」
「しょうがない子ねえ。まあいいけど。それで」
紫はあっさり話を戻す。
「私の言いたいこと、まだ分からないかしら?」
「申し訳ございません」
藍はなおもとぼけた。紫が苛立たしげに親指の爪を噛む。それからため息混じりに切り出した。
「藍。私も妖怪の賢者なんて呼ばれるようになって、ずいぶん長くなるわ」
「そうですね」
「そういう立場もあるから、多少は意識して振舞ってきたつもりよ。こう、なんていうか、威厳とか恐ろしさと
か、そういうものが滲み出るような感じに、ね」
「よく分かります」
「でもね、妖怪の賢者である以前に、私も一人の妖怪……ううん、女なのよ。もっと言うなら少女なの。女の子
なの。世間では私のことババァとか年寄りとか言う奴もいるし実際私も多少そうかなーなんて思わないでもない
んだけど、とにかく、心は永遠の少女なのよ。分かる?」
「ええ、まあ」
「そういったことを踏まえて、ね」
紫はどことなく気まずげに身じろぎする。
「……私にも、やっぱりそういう感性はあるの。その……かわいいは正義、っていうか。ちっちゃい子供とか見
ると心が和むし、可愛いものを見ると胸がときめかずにはいられない生き物なの」
「そうでしょうね」
「だから、ね」
紫はもじもじしながら空間に裂け目を作り、その向こう側から何かを取り出した。
その薄っぺらい紙を胸元に引き寄せて躊躇うように数秒ほど目を閉じたあと、おずおずと差し出してくる。
「……ここ、行ってみたいんだけど……」
やっぱりこれだったか、と心の中で嘆息しながら、藍は紫の差し出した紙……幻想郷の一部である意味有名な、
「文々。新聞」に目を落とす。それはおよそ2週間ほど前の号で、こんな見出しが躍っている。
――人里に『かわいいもの専門店』がオープン!
このたび人間の里の一角にて、「ファンシーショップ」なる店舗が営業を開始した。耳慣れない店名であるが、
店主が外の世界について伝え聞いた話からヒントを得て開業したものらしい。この店は幻想郷に存在するありと
あらゆる「かわいいもの」を網羅しているとかで、服やアクセサリなどはもちろん、有名な妖怪が手ずから作っ
た手芸品や小物、ぬいぐるみや人形なども扱っているのだとか。かわいければなんでもよし、がコンセプトであ
るとのこと。
この記事を読んだとき、藍などは「またえらく奇抜な店がオープンしたものだなあ」とぼんやり考えた程度
だった。しかし、紫の言うとおり「かわいいもの」が好きなのは人妖問わずらしく、「こんな店を待ってい
た!」と言わんばかりに、開店早々幻想郷中の少女たちが殺到しているそうな。絶えず乱れ飛ぶ黄色い声が、男
はもちろん年配の人妖もおいそれとは近寄れない華やかで若々しい雰囲気を形成しているらしい。
ちなみに新聞には写真も記載されていて、そこには「全身をリボンで飾り立てられて真っ赤になっている犬走
椛」やら、「子供にかんざしを差し出されて困っている藤原妹紅」やら、「罰ゲームか何かでお姫様のようなド
レスを着せられているリグル・ナイトバグ」などが写し出されている。少女たちに大人気、というのは嘘ではな
いようだ。そんな店に、紫が行ってみたいと言い出したわけだ。いや、行きたがっていること自体は藍も分かっ
ていたのである。なにせこの記事を読んで以来、紫がそわそわしっぱなしだったので。
藍は一つ頷いて、深々と頭を下げた。
「分かりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ちょっ、待っ……」
紫が焦って手を伸ばしてくる。藍は顔を上げて、いかにも不思議そうに首を傾げた。
「おや、どうかなさいましたか、紫様」
「いや、あのぅ……」
紫は伸ばした手を胸元に引き寄せてあちらこちらへと視線を彷徨わせたあと、怯えたように問いかけてきた。
「……いいの?」
「いいの、と仰られましても」
藍は眉をひそめる。
「私は式で紫様は主。私ごときが紫様の行動をお咎めすることなど出来ようはずもありませんし、そもそも引き
止める理由がありません。どうぞ、『ファンシーショップ』をご堪能してきてくださいませ」
再び平伏。紫は何か言いたげにそんな式を数秒間ほども見つめたあと、おもむろに縁側の方に歩いて行った。
すっと障子を引き開けた先の柔らかい日差しに目を細め、上機嫌に振り返ってみせる。
「いい天気ね、藍」
「そうですね」
「こんなにいい天気だもの、久し振りに二人きりで出かけ」
「紫様」
失礼なことだとは知りつつ、藍はため息交じりに紫の言葉を遮った。主がびくりと肩を震わせる。
「な、なに?」
「……私と二人で行った方が、多分、キツイですよ?」
式神まで連れて気合たっぷりにかわいいもの専門店に行く大妖怪ってどうよ、と言外に言っているわけである。
紫の頬が引きつった。非難がましく藍を見つめ、拗ねたように目をそらす。
「やっぱり分かってたんじゃない。そりゃそうよね、あなたは私の趣味をよく知ってるはずだもの」
「それはまあ、知ってますし分かりますけど。分かるからこそ、その……」
「何よ!」
藍が言い淀んでいると、紫がヤケクソ気味な口調で叫びだした。
「はっきり言えばいいでしょ、『お前みたいなババァがそんな店ではしゃいでいいわけねーだろ』って!」
「いや、そこまでは思ってませんけど」
「ふん、だ。いいもんいいもん、どうせわたしなんてババァだもん」
ぷりぷり怒りながら、部屋の隅にしゃがみこんで畳を指で弄り出す。この上なく子供っぽい主のいじけ具合に、
藍は深々と肩を落とすのだった。
先ほどやたらと長い前置きの末に告白したとおり、紫はかわいいものが好きである。好きと言うよりは大好き
だ。大好きどころか愛していると言っても過言ではない。その上センスが少女趣味ど真ん中だ。そのあまりの少
女趣味っぷりには、日々人形を弄り回しているアリスですらドン引きせざるを得ないであろう。
たとえば初めて霊夢と会ったときの紫の服装が、主の少女趣味を語る上でこの上なくいい例になる。藍は知っ
ている。あれでも主はずいぶん抑えたつもりだったのだ、と。
紫は紫を基調とした服を着ていることが多いが、その実一番好きな服の色はピンクである。ピンク。なんてお
ぞましい色だろう。幸いなことに主にも自覚はあるようで、人前でそんな色の服を着用したことは今まで一度も
ない。
しかし家の中では別である。誰も……最近までは藍ですら知らなかったことだが、八雲邸には秘密の地下室が
ある。主の能力を無駄にフル活用して形成された、広大な空間である。ここには紫が世界中から収集したありと
あらゆる「かわいいもの」が所狭しと収められている。特にお気に入りなのはぬいぐるみらしく、その数は千や
万を下らない。正直言って数えるのも馬鹿らしくなるほどの数である。
地下室はこれも紫の趣味らしく、全面がピンクやクリーム色などの可愛らしいカラーで彩られている。そんな
配色の部屋が丸っこいもふもふした可愛らしいぬいぐるみで埋め尽くされ、その中央ではお気に入りのピンクの
フリフリドレスを着てご満悦な紫が陶然とした表情でうふふと微笑んでいるのである。人に見られたら自殺しか
ねない光景だ。
だがそんな光景を、藍は以前偶然にも目撃してしまった。ふとしたきっかけで地下室への入口を発見し、これ
は一体何なんだとドキドキしながら長い螺旋階段を下りた先、扉を開けた瞬間主とばっちり目が合ったのだ。大
好きな可愛いぬいぐるみに囲まれて油断していたのか、紫は藍の接近に少しも気づかなかったらしい。そんなわ
けで悲劇が起きたのである。
二人は硬直したまま見つめ合い、ほとんど同時に悲鳴を上げた。あれ程壮絶な主の悲鳴を聞いたのは藍にして
も初めてだったが、残念ながらそのときの彼女には感慨に耽る余裕は全くなかった。あまりの事態に脳の神経が
焼き切れる寸前だったのである。無論ずっと紫のそばで暮らしてきた藍だからこそ何とか一命を取り留めること
ができたのであって、これが他の者だったら一瞬で絶命していたことは想像に難くない。
この日藍が目にしたことは、二人だけの秘密となった。あんなリーサルウェポンの存在を知ったら山の天狗辺
りが何を企むか知れたものではないから、当然の措置である。
とまあこのように、紫は幻想郷でも類を見ないほどのかわいいもの好きなのだ。誰よりも「うふふ」な趣味の
持ち主なのである。だからと言って、「紫ちゃんうふふ」などと口走ってはいけない。そんな忌まわしきカース
ワードを口に出そうものなら、飛行石握り締めて「バルス」と呟いたときと同程度の大惨事が幻想郷を蹂躙する
であろうことは間違いない。
だからこそ、紫は極限まで自制して、自分の本性をひた隠しにしている。今まで誰にもこの趣味がばれていな
いのは、大妖怪らしい凄まじいまでの精神力の賜物なのである。八雲紫はこんなところでも幻想郷を守っている
のだ。
「紫様」
ずっと放置しておくわけにもいかないので、藍は未だに部屋の隅でいじけている紫におそるおそる声をかけた。
「別に、そんなに気にしなくてもいいじゃないですか。『珍しい店が出来たみたいだからちょっと覗いてみよう
かしら』みたいな感じで、気軽に行ってくれば」
「そんなの無理よ」
藍に背を向けたまま、紫が小さく鼻を啜りあげる。
「だって、かわいいもの専門店よ? 店中がぬいぐるみちゃんとかお人形さんとかで埋め尽くされてるのよ?
そんなところに行ったが最後、わたしは間違いなく理性のタガを吹き飛ばしてうふふな人と化してしまうわ」
「そこまで深刻ですかこの話は。大体、それだったらわたしがついていっても特に変わりないんじゃ」
「あなたにはわたしが本性を曝け出してしまう前に止めを刺す役を頼みたいのよ」
「深刻すぎますよ!?」
「わたしだって似合わない趣味持ってるって自覚ぐらいはあるのよ。これを誰かに知られるぐらいなら死んだ方
がましだわ」
小さくなった紫の背中には、分不相応な願望を持っている者特有の、切ない雰囲気が漂っている。無礼なこと
と知りつつも、藍は主を哀れに思った。
別に、紫の外見が悪いというわけではないのだ。悪いどころか絶世の美女と言ってもいいし、彼女ぐらいにな
ると自分の外見を幼い少女のように変化させることなど朝飯前である。だから一見、紫とかわいいもの、という
組み合わせは特に無理のないものに思える。
しかし、駄目なのだ。
八雲紫は言うまでもなく大妖怪であり、幻想郷の創始者とも言える妖怪の賢者たちの中の一人でもある。本人
もそういった自覚を持って長いこと生きてきたせいか、紫自身にはどうしようもできないぐらいに、大物っぽい
立ち振る舞いが骨の髄まで身についてしまっている。
要するに、たとえ五歳ぐらいの外見に変化しようとも、「あ、こいつはただ者じゃないな」「外見通りの年齢
じゃないな」「むしろババァだな」と誰もが思ってしまうのである。主に挙動とか口調とか、その辺のせいで。
だから、紫と可愛いものの二者は、どうやっても相容れない。彼女たちを無理なく同時に存在させることは、
水と油を混ぜるよりもずっと難しいのである。
そうと知りつつ、しかし今気落ちしている紫をそのままにしておくわけにはいかなかった。
(そうだ、くじけるな八雲藍! 紫様の式として、ここが踏ん張りどころだぞ……!)
藍は自分を励ましながら、頬の筋肉に力を込め、無理矢理ぎこちない笑いを作った。
「そ、そんなことないんじゃないですかね!」
「なにが?」
「いや、思いきって本当の自分を曝け出してみれば、案外それが似合ってて皆さんも受け入れてくれなくもない
んじゃないかなー、なんて」
「へえ、そう」
紫は肩越しに振り返り、恨みがましい視線を藍に送ってきた。そのあまりの迫力に、藍は思わず一歩身を引い
てしまう。
「本当にそう思うのかしら?」
「え、ええ、もちろんです!」
「じゃあ想像してみなさいな」
「え、何を?」
「わたしが『ファンシーショップ』ではしゃいでるところを」
藍は数回目を瞬いたあと、腕を組んで瞼を閉じ、暗闇の中にその場面を思い描いてみた。
『キャー、見て見て藍、このぬいぐるみちゃんったらとってもラブリー! ふわふわのもこもこー! あ、あっ
ちのお人形さんもとってもかわいーっ! お目目クリクリー! いやんもう、どの子を買ってあげようかしら、
うふふふ、ゆかりん迷っちゃうー!』
藍は額を押さえて何度か頭を振った。ふらふらと縁側に歩み寄り、開け放された障子に手をかけ、喘ぐように
幾度も幾度も呼吸を繰り返す。しばらくしてぴったりと障子を閉め、紫の前に戻って問いかけた。
「紫様。火鉢を出してもよろしいでしょうか」
「そこまで言わなくてもいいんじゃない!?」
「申し訳ございません!」
涙目で立ち上がった紫の前で、藍はぶるぶる震えながら平伏した。
「ですが、この試練は今の私にはとても耐えがたく……! 全ては私の修行不足によるもの、何なりと罰をお与
えください!」
「誠実に謝られると余計腹立つわ! ……っていうかそんなにキツかった?」
「……ご自分で想像なさってはいかがでしょうか」
「ふむ」
紫は一つ頷くと、目を閉じて数秒ほど黙考する。
そしてゆっくり目を開き、無言のまま隙間を開くと、おもむろに火鉢を取り出したのだった。
「ようやく暖まってきましたね」
「そうね。おぉ、寒い寒い」
主と式、二人揃って火鉢に手をかざしながら、ぶるぶると体を震わせる。
「まさか五月の半ばに家の中で凍える羽目になるとは思わなかったわ」
「ええ本当に。世の中何が起きるか分かりませんね」
しみじみ呟きあったあと、紫が深く肩を落とす。
「やっぱり駄目ね。あの桃源郷は私みたいなのが行っていい場所じゃなかったんだわ」
「そんな。どうかお気を落とさないでください、紫様」
「いいのよ藍。どうせババァだもんわたし。食っちゃ寝して尻をぼりぼり掻いてるのがお似合いなんだわ。弾幕
ごっこのあとはこれ見よがしに肩に湿布でも貼ってみようかしら」
「ステレオタイプなババァ像に逃げるのはお止め下さい。大丈夫です、私にいい考えがありますから」
「いい考え?」
「はい。私ではなくて幽々子様とご一緒なさってはいかがでしょうか」
「幽々子!? 駄目駄目、絶対駄目よ!」
紫は物凄い勢いで首を横に振った。
「幽々子とは俳句やら茶道やらのわびさび的な渋い趣味を楽しむ仲なのよ!? かわいいもの好きなんて嗜好と
はギャップがありすぎるわよ! 幽々子に『うわぁ』なんて目で見られたらもう外に出られないわ私!」
夢中になって捲し立てる紫に、藍は深々と頷いた。
「そうでしょうね。いかにご親友であらせられる幽々子様と言えど、紫様の本物のご趣味を知って全く動揺しな
いなどということはあり得ないでしょう」
「そうでしょう? だから」
「だから、いいんじゃあないですか」
藍がにやりと笑うと、紫が怪訝そうに眉をひそめた。
「どういうこと?」
「つまりですね、紫様にとって幽々子様は、世界で一番この趣味がばれてはならない人物なわけです」
「まあ、そうね」
「私が同行する場合に危険なのはそこです。何せ私は紫様のご趣味を知っていますから、紫様だって私の前では
つい気を緩めてしてしまうかもしれません」
「……つまり、幽々子と一緒にいることで心の底まで緊張しろと。そういうことね?」
「そういうことです。自分の足で店の中を見て回りたい、しかし他人に本性をばらしたくない……となれば結局
は極力自制するしかありません。そして自制には緊張が欠かせません。だからこそ、あえて」
「言いたいことは分かったわ」
紫は少しの間迷うように目を閉じていたが、やがて深く息を吐きだして言った。
「そうね。あなたの言うとおりかもしれない。ここはひとつ、幽々子を誘って行ってみましょうか」
「よくぞご決断なさいました、さすが紫様です」
「……でもよく考えたら、幽々子と二人で行ってもやっぱりキツイんじゃないかしら」
「いえいえ、お互い親友である幽々子様と紫様のお二人でしたら、いかにも興味本位の冷やかしという感じに見えますよ、多分」
「そんなものかしら」
紫は少々納得がいかない風だったが、ともかくもそうと決まれば善は急げ、気力が萎えない内に出発である。
そうして家から出る直前、藍は少し気になって聞いてみた。
「それにしても、今回はずいぶんとこだわられますね」
「何が?」
「いえ。紫様でしたら直接足を運ばずとも、隙間越しにこっそり店内を眺めるとか、そういう楽しみ方があるの
ではないかと」
「まあ、確かにね。でも、その」
ちょっとだけ躊躇うような間のあとに、
「今回は、特別だから」
そう言った紫の顔は少し赤くなっていた気がしたが、主の背後にいた藍にはよく見えなかったのだった。
五月も半ばのこの時期、白玉楼に至る長い石段は、穏やかな風に吹き散らされる桜の花びらに薄らと覆われて
いる。今を盛りと咲き誇る薄桃色の花の下を、紫と藍はゆっくりと飛んだ。気合いを入れて家を出たものの、や
はりどこか気後れするところがあるらしく、紫の飛び方はどこか硬い感じがした。かと言って「大丈夫ですか」
などと声をかけるのも躊躇われたので、藍は少々焦れながらも黙って主の後ろを飛んでいる。
やがて、石段の向こうに白玉楼の門が見えてきた。と思った途端、紫が空中でぴたりと制止する。
「どうなさいましたか」
「……やっぱり帰ろうかしら」
どうやらまた弱気がぶり返してきたらしい。藍は内心ため息を吐く。
「大丈夫ですよ、必ず上手くいきます」
「でもねえ、やっぱりほら、私って年寄りだし……こういうのって年甲斐もなくてみっともないっていうか」
「年齢や性別に関わらず、かわいいは正義だって仰ったのは紫様じゃないですか」
「そうだけど……でも……」
明らかに尻ごみしている紫に「とりあえず私が挨拶してきますので、紫様はここでお待ちください」と言い置
いて、藍は門に向かっていった。近づいてみると、門の前に見知った顔が立っているのが分かった。白玉楼専属
の庭師、魂魄妖夢である。掃除中らしく、いつものように生真面目な顔で、箒を左右に動かしている。
「こんにちは、妖夢」
「へ? あ、ああ、藍様でしたか。こ、こんにちは」
何やらやたらとどもりながら、妖夢が挨拶を返してきた。何か様子がおかしいな、と藍は眉をひそめる。近づ
いてみて分かったことだが、どうも全体的に動きがぎこちないような気がする。妖夢とて庭師をやっていて長い
のだし、今更掃除などで緊張するはずもないのだが。
(む……)
ふと、藍は気がついた。妖夢のカチューシャが、いつもと違う。色は黒だから以前と変わりないが、見た感じ
滑らかで、上品な光沢のある生地なのだ。それにデザインも少し違っていて、カチューシャの端には同じ生地で
作られていると思しき白い花のワンポイントが添えてある。
(ほう)
藍は頬を綻ばせた。どうやらこのカチューシャ、妖夢なりのお洒落らしい。他の装いはいつもと全く変わって
おらず、変化としては少々地味だ。しかし今までの妖夢がそういったことに無頓着だったことを考えると、かな
りの大冒険と言えるかもしれない。
何より微笑ましい気分にさせてくれるのは、妖夢の仕草である。ぎこちない口調で世間話をしながら、ほんの
り頬を染めてちらちらと藍の顔を窺ってくるのだ。明らかに、いつもと違う自分が他人からどう見えているのか
を気にしている様子だった。
(なんとも、可愛らしいじゃあないか)
そうと知っては無視は出来ない。藍は世間話の途中で、何気なく言った。
「ところで、妖夢」
「は、はい?」
「カチューシャ、変えたんだね。よく似合っているよ」
褒め言葉としては少々直接的すぎるが、彼女に対してはこのぐらい分かりやすい方がいいだろうと思った。案
の定、妖夢はますます顔を赤くして、さらにせわしなく箒を動かし始めた。
「あ、ありがとうございます。へ、変じゃありませんか?」
「まさか。なかなかいいセンスだと思うよ」
「いえそんな、みんなには地味だって言われて……でもわたしはこれがいいと思ったので……」
もごもごと口ごもりながら妖夢が語ったところによると、このカチューシャ、例の「ファンシーショップ」で
購入したものらしい。人里で買物をしている途中、騒霊の三姉妹に誘われて入店し、あまりに馴染みのない世界
に圧倒されつつも自分の意思で選んだのだそうだ。
実際なかなか気に入っているらしく、それを褒められたためか妖夢はすっかり上機嫌になったようだった。自
分で気付いているのか否か、時折花に手を触れては、嬉しそうに頬を綻ばせる。
「お店の方が仰るには、これ、最近有名なデザイナーさんの作品なんだそうですよ。なんだったかな、フラワー
……カザミィ……とかっていう。えへへ、買ったとき凄く恥ずかしかったものですから、忘れてしまいました。
駄目ですねこれじゃ」
箒をぎゅっと握り締めながら、妖夢が照れ笑いを浮かべる。見ているこっちまで幸せになってくるような照れ
具合だ。普段の生真面目な妖夢をよく知っているからこそ、尚更可愛らしく思えるのかもしれない。
そうやっていい感じに和んでいたとき、ふと妖夢が不思議そうに首を傾げた。
「ところで……紫様は何をなさっているんですか?」
「え?」
妖夢の視線を辿って振り返ってみると、いつの間にやら背後に来ていた紫が「はー、どっこいしょ」とか言い
ながら隙間に足をかけているところだった。
「ちょ、ちょっと! 何をなさってるんですか紫様!?」
「ん。いや、帰ろうと思って。やっぱりほら、私ババァだから。若い人には敵いませんから。家帰って寝っ転
がって尻ぼりぼり掻きながら煎餅かじってワイドショー見てげらげら笑うことにするわ」
「だからステレオタイプなババァ像に逃げるのはお止め下さいってば!」
「あ、あの……?」
「ああ妖夢、はははは、いや別になんでもないんだよ。とりあえずお邪魔させてもらうが幽々子様はいらっしゃるね?」
「はぁ。もちろんいらっしゃいますけど、一体」
「そうかそうかそれは良かった、それじゃあお邪魔させてもらうよ! さあ早く参りましょう紫様!」
藍は紫の襟首をひっつかむと、ぽかんとしている妖夢を門前に残して猛然と白玉楼の中に走り込んだ。
前庭で誰もいないことを確認して立ち止まり、ぜいぜいと息をしながら叫ぶ。
「何やってんですかもう!」
「だって……なんだか、現実を見せつけられた気がして」
どんよりした虚ろな目で、紫が言う。
「見たでしょう、あの妖夢の初々しい可愛らしさ。私には千年かかっても出せないわあの雰囲気。ふふ、それど
ころか年を取れば取るほどますます遠ざかっていくわねきっと」
「いやいやそんなことは」
「じゃあ私がさっきの妖夢と同じことして可愛く見えると思う?」
「今日はいい天気ですね」
「あからさまに話をそらさない!」
「と、ともかくです」
ごほん、と一つ咳払いをして、藍は強引に話を変える。
「これはチャンスですよ紫様」
「え、なにが?」
「ほら、妖夢がファンシーショップに行ったことは幽々子様も知っていらっしゃるはずですし、これで『わたし
たちもちょっと行ってみない?』みたいな感じで誘いやすくなりましたよ」
「そ、そっか。そうね、うん。よし、頑張って誘わないと」
胸の前で両手を握り、紫は気合いを入れ直す。少々空回り気味に見える主の姿に、藍は一抹の不安を感じた。
来訪を告げると、幽々子は紫を誘って縁側に腰掛け、妖夢にお茶と茶菓子の団子を用意させた。藍は彼女らの
背後に控え、紫を見守ることにする。
一礼して歩き去る妖夢を見送りながら、幽々子が嬉しそうに目を細めた。
「本当にねえ、あの妖夢がねえ」
ずずーっとお茶を啜りながら、ほう、と息を吐く。
「今までお洒落になんか少しも興味を示さなかったのに。今日はあんな風にそわそわしっ放しなのよ」
「幽々子は褒めてあげたの?」
「ええ、もちろん。とっても可愛いわよーって。でも、わたしが言ってもからかってるとしか思ってくれないも
のね。だから藍に褒められてようやく安心出来たみたいよ、あの子。ありがとうね」
「いえ、勿体ないお言葉です」
「でも、本当」
幽々子は困ったように笑う。
「あんなちょっとしたお洒落でもドキドキするものなのね。妖夢もやっぱり女の子だったってことかしら」
「そうね。女の子だものね。可愛いのが好きなのは当たり前だし、自分に似合ってるかどうかっていうのも気に
なって当然なのよ、うん」
「……? 紫、なんだか妙に気合いが入ってない?」
「ん、ううん、別に、そんなことないけど?」
紫は露骨に顔を背けてお茶を啜り、ゲホゲホとむせた。何やってんですかもう、と藍は頭を抱えたくなる。
幸い幽々子はそれ以上追及することなく、たおやかに微笑んでみせた。
「でも本当、嬉しいわ。あの子は昔から妖忌の背中ばかり見てきたから、他のところには少しも目を向けてくれ
なくて。別に剣の道を往くのが悪いとは言わないけれど、最初から最後までそれしか見ないっていうのは勿体な
いものね。これをきっかけに、少しは女の子らしいことにも興味を持ってくれればいいのだけれど」
「そうね。女の子なら誰でもかわいいものに興味を持つべきだわ」
「それはちょっと大げさかもしれないけど……うん、でも妖夢にはいい経験だと思うの、こういうのも。あのお
店……『ファンシーショップ』だったかしら? なかなか面白いものが出来たものよねえ」
しみじみとした幽々子の声を聞いて、ここだ、と藍は直感する。紫もそう思ったようで、一瞬交錯した主の瞳
には獲物を狙う狼の如き光が宿っていた。敵は喉笛を見せた、後は食い破るのみ……!
「あのね、幽々子……!」
「でもねえ」
紫の声を遮るように、幽々子が苦笑する。
「あのお店、わたしたちみたいなお年寄りには、ちょっと辛い場所よねえ」
「……はい?」
「少し前妖夢と一緒に人里に行ったとき、あのお店の前通りかかったんだけど……もうね、なんだか雰囲気が凄
いのね。華やかっていうか若々しいっていうか……あまりの若さに、近くにいるだけで疲れちゃいそうなぐらい。
ふふ、妖夢も『わたしのような武骨者には、あのような場所の魅力はさっぱり分かりません』なんて言ってたけ
ど、あの子案外あのときから気になってたのかもしれないわねえ。誘ってくれた騒霊の子たちにも感謝しなくちゃ」
「えと、あの、幽々子……」
「でもわたしは無理ね。あのお店は生気に溢れているというか、ちょっと落ち着きがなさすぎるのよ。遠目で見
るぐらいならまだしも、中に入るのはちょっとね……それよりもお向かいにあるお団子屋さんで店番のお婆さん
と世間話でもしながらお茶を啜ってる方が楽しいわ、きっと」
「……」
「まあ若い人たちには若い人たちなりの、お年寄りにはお年寄りの楽しみがあるってことで……ところで紫?」
散々好きに喋り倒したあとで、幽々子はふと首を傾げた。
「さっき、何か言いかけてた気がするんだけど……なに?」
「え? ああ、ええと」
ぼんやりしていた紫が、数秒ほどの間を置いて、
「……お茶のお代わり、いただいてもよろしいかしら」
その後も紫はめげずに何度か話を切り出そうとしたようだったが、残念ながら一度崩れた調子を取り戻すのは
出来ず、結局6杯もお茶をお代わりした挙句にただ黙って帰るだけの結果に終わってしまった。
「……私って駄目な妖怪ね」
「紫様、そう気を落とされずに……」
トボトボと白玉楼前の石段を下りる紫に寄り添って、藍は何とか主をなだめようとする。しかし今の紫はどん
底まで気落ちしているらしく、どんな慰めの言葉もそのどんよりとした泥沼のごとき空気の中にずぶずぶと沈み
こんでいくばかりである。
失敗したな、と藍は内心ため息を吐いた。紫には話していなかったが、多少期待していたのである。ひょっと
したら、幽々子ならば今回のことをきっかけに紫の趣味を理解し、ある程度話を合わせてくれるのではないか、と。
だというのに、結果はさっきの通りだ。まさか幽々子があそこまで落ち着いているとは思いもしなかった。
いや、もちろん彼女ならば主の趣味も理解してくれるに違いないという認識は変わっていないが、ああも露骨
に「わたしたちってお年寄りよね」と同意を求められた以上、もはや紫の方から自分の少女趣味を明かすのは不
可能と言ってもいいだろう。いくら親友相手でも、否、親友相手だからこそ、今更そうするのは罰が悪すぎる。
どうしたものか、と藍が必死に考えていると、不意に紫が吹っ切れたような声で言った。
「帰りましょうか」
「え、ですが」
「いいのよ、気にしなくて」
戸惑う藍を気遣うように、紫が寂しげな苦笑を見せる。
「本当、幽々子の言うとおりね。若い人には若い人の、年寄りには年寄りの世界があるんだもの。わたしは年寄
りも年寄りの大妖怪、あんな場所で若い子たちと一緒になって騒いじゃいけないわよね」
舞い散る桜の花びらの中を、後ろ手を組んでゆっくりと歩いていく紫の背中は、どこかいつもよりもか弱く儚
げで、小さく見える。
締め付けられるような痛みを覚えて、藍はぎゅっと胸を手で押さえた。
藍とて、別に主の行動を咎めているわけではないのだ。だからこそ幽々子と一緒に行ってはどうかと提案
したのだし、白玉楼まで一緒についてもきたのである。まあさすがにピンクのフリフリドレスはどうよと思わな
いでもないが、大好きなかわいいものに囲まれて、思う存分買い物を楽しむぐらいは許されてもいいのではなか
ろうか。
だと言うのに、大妖怪であるという自覚や自分は年寄りだという意識がそれを許さない。実際紫があんな店に
足を踏み入れたらちょっとした騒ぎになりそうではあるし、本人の言うとおり理性のタガが外れて「うふふな
人」と化してしまうのはさすがに問題だ。
だからと言って、こんな風に狂おしいまでにかわいいものを求めている主に「お前はババァだから諦めろ」と
言うのは、残酷すぎるのではないだろうか。紫だって好き好んで大妖怪になったわけでもなければ、歳を喰った
わけでもないのだ。
それなのに、「私はババァだから」と自分の中にある少女の部分を殺してしまうのでは、あまりにも――
「紫様」
気づくと、藍は静かだが力の篭った声を発していた。先を歩いていた紫が、驚いたように振り返る。
「どうしたの、藍」
「参りましょう」
手を差し出す。紫はすぐにこちらの意図を察したらしく、戸惑ったように、そして同時に怯えたように胸元に
手を引き寄せた。
「でも藍。私は」
「年寄りだからなんですか。大妖怪だからなんですか。そんなことはどうでもいいことです。かわいいものが好
きなのでしょう? 愛しているのでしょう? でしたら、今日だけは自分のお気持ちに素直になって下さい。私
もお供いたしますから」
「……二人で行った方がキツイって、さっき言ってたじゃない」
「それはまあ、今でもそう思いますが……私とて紫様の式、主一人に恥をかかせるわけには参りません」
そもそも、「二人で行った方がキツイ」という言葉自体が半分方便のようなものだ。藍としては、紫には式で
ある自分よりも親友である幽々子と一緒にかわいいものショッピングを楽しんでほしかったから、そう言ったの
である。
その目論見が外れしまった以上、自分が覚悟を決めるのは当然のことなのだ。
そのような決意を秘めて、藍はじっと紫の顔を見据える。
「さあ、参りましょう紫様。何も恐れることはございません」
「だけど」
紫は差しだされた藍の手を見つめて、まだ躊躇っている様子だった。ここまで怯えきった主の姿を見るのは、
藍にとってもほとんど初めてのことである。自分は年寄りだ、似合わないことをしている、という意識はそれほ
どまでに強いものらしい。
しかしこうなった以上、藍としても引くことはできない。なんとしてでも紫にかわいいものショッピングを堪
能してもらわなければならない。
(どうする……! どうしたら、紫様に最後の一歩を踏み出してもらえるのか……!)
藍は鍛え上げられた頭脳を極限まで研ぎ澄まし、必死にこの難題の解を追い求めた。
そして、数刻前に聞いたある言葉に行き当たる。
「……わたしにはよく分かりませんが」
そう前置いて、慎重に問いかける。
「何か、特別な事情がおありなのでしょう? だからこそ、こんなにもこだわっていらっしゃるのでしょう?」
紫の目が大きく見開かれる。藍の推測は当たっていたらしい。
「特別な……そう。そうだったわ。今日は、特別な日だもの……」
紫は熱に浮かされたように呟きながら、立ち並ぶ桜の木々を見上げた。見計らったように強い風が吹き、藍の
視界を薄桃色の花弁が覆い隠す。
桜吹雪は一息の後に去り、再び視界が晴れた先にはいつも以上に怜悧な眼差しの紫が厳かに佇んでいる。
「藍」
「はっ」
静かな声で呼びかけられて、藍は即座に片膝を突く。
そんな式をじっと見下ろし、紫は気迫の篭った声で命令を下した。
「私の供を命じます。もしも私が自分を抑えきれず禁忌を発動させそうになったら……即座にこの喉を噛み千切
りなさい。いいわね?」
「御意……!」
紫は一つ頷いて、ゆっくりと手をかざす。緩やかな弧を描いたその腕が小さく震えているように見えたのは、
果たして藍の見間違いだったのかどうか。
かくして、冥界の宙に隙間が開かれた。人間の里へと続いているのであろうその空隙が、今の藍には化け物の
顎か地獄への入口のように見えるのであった。
<続く>
後編期待しておりますww
時折作者暴走中な文があったのはファンシィゆかりんの自家中毒のせいですね。
どこまで自分を見失わずにいられるか見届けようと思います。紫と貴方が。
かわいいなチクショウ
果たして何があったのか、期待して待たせていただきます。
ところでお姫様なリグルは某所の本が元ですか?
後編楽しみにしています。
後編でフラワー……カザミィ……さんが絡んでくることを期待
ゆうかりんの違いをkwsk聞きたい。まあ、ゆうかりんが加齢臭させてないのはたしかだけどな!
そして、ゆうかりんは昔の乳臭さを上手く昇華させて、可愛いは正義に溶け込めるんですね。
死地に赴く一体と一匹の兵(つわもの)よ、貴殿らに天下無敵の幸運を。
しかし幽香ママンは何しておられる。
かつてこんなにも壮絶な覚悟を抱いた紫様は見たことがない……!
お三方のネガください
でも、こういう視点から紫という大妖怪の葛藤を描くのはありきたりのようで新鮮だったし
葛藤もギャグを混ぜながらもうまく描けてると思います。
後編も楽しみにしています。
〉「御意……!」
お前らファンシーショップに行くだけでどんだけ覚悟してるんだよwww
正直ゆかりんが可愛くて可愛くてたまりません。かわいいよ紫ちゃん!!
紫ちゃんは永遠の少女ですね
期待
それに尽きる。
紫はあんまり好きなキャラではないのだけど、これなら間違いなく愛せる。
でも、読み手にここまで後編を期待させるものを書けるのはすごいかと。
かくいう自分も後編に期待の念をこめて。
後編に期待します。
素晴らしすぎるwww
あと藍がいいキャラしてる
ていうか妖夢がかわいすぎる!髪飾りどころかまるごとおまいがファンシィじゃよー!
こんな素敵なゆかりんは滅多に見れません
後編が楽しみです
ン?ナンダ、コノコウモリ ト チョウハ…
ゆかりんには
「永遠の少女」というのは伊達ではない。
次回も楽しみにしてます。
神主公認の妖怪少女がんばれ
あんたほど紫を愛してる人間もそういないだろうな
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
無事に症状が悪化しているようで何よりです。
点数は完結してからということで。
お待ちしてます~
すばらしいです後編にも期待です
ゆかりんかわいいよゆかりん
あまりにかわいく感じるために、この台詞が浮き上がって見えるのですが!!
それはそうと、相変わらず引きがうまいですね
後編楽しみしてます。
恥ずかしがってるゆかりんが可愛すぎる
たぶん、知った上でからかっているんだろうなぁ、と予想。
それにしても、ファンシー(笑)
ならオレもこの紫を受け入れてお持ち帰r(スキマ送り)
これは間違いなくババ(ry
パステルカラーでうふふのふ、な店内が一瞬で凄惨な雛○沢っぽくなっちゃうじゃないですか。
「キャー、これかわいー♪」→「ぎゃー!!!人殺しよーーー!!」
ババァ愛してる。
SSのお手本のようです。
今回はむしろ可愛い!?
カザミィwwwww
最後のは普通は思わないだろwwwww
い、いったい誰なんだぜこいつは…!!まったく想像もつかん!!
ゆかりんなら許せる!だが紫様だとどうなんだろう・・・
しかし藍さま格好良すぎだ。
やwwwめwwwてwwww
お前がババアじゃないことは俺が一番よくわかってるぞ!!
お店側に誰がいるのか楽しみです。
カザミィさんは確定として…アリスと早苗あたり?
後編行ってきます!
激しく同意します
そしてフラワー‥カザミィ‥だとwwwwwwww