Coolier - 新生・東方創想話

風見幽香と嘘つき少女の交換日記

2009/02/01 22:30:36
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あの少女と初めて出会った日のことは今でもよく覚えている。
約60年に一度起きるといわれる花の異変が終わり、幻想郷に再び夏がやってきた頃だ。
あと数刻でお昼になるという時に、向日葵が咲き誇る太陽の畑で、私と彼女は出会ったのだ。







風見幽香と嘘つき少女の交換日記







「こんにちわ、花の妖怪さん」

私が太陽の畑で散歩していた時、背後から私を呼ぶ声が突然聞こえてきた。
あまりに突然のことだったので、肩を大きく震わせてから振り返るはめになってしまった。
そこには一人の少女が立っていた。
見たところ、まだ十数歳といったところだろうか。恐らく人間だ。
黒の短髪で薄汚いもんぺ姿のその少女は笑顔で私のことを見つめている。

「いきなり人間が現れて何事かと思えば……。私に何か用かしら?」
「ええ、私と交換日記をしてほしいの」

はい、論外。
私は踵を返して再び歩いていた道へと足を進める。

「ちょ、ちょっとまって!待ってってば!」

無言で歩いて行く私を彼女はあわてて追いかけてきた。

「無視しないでよー!話くらい聞いてってばー!」
「ああもうしつこい。一体何なのよあなたは」

しつこくついてくる彼女に私は観念したように足を止めた。

「はぁ、やっと止まってくれた……。聞こえてるなら無言で行っちゃわないでよ」
「質問に答えなさい。あなたは何者?」
「何者と言われても、私は人里に住むただの人間よ」
「じゃあもう一つ。その人里に住むただの人間が、なぜ私に交換日記をしようだなんて頼むわけ?」
「えっと、それは……私と友達になってほしくて」
「トモダチィ?なんでよりによって私?里の住人のあなたなら、近くにお友達がいるんじゃなくて?
 そいつに代わってもらいなさいよ」
「それじゃつまらないじゃない。私はかの有名な大妖怪である風見幽香と交換日記をしたいのよ」
「はぁ……変わった人間ね、あなた」

私は呆れてため息交じりにそう言った。
本当に変わった人間だ。珍しいとも言える。
私、風見幽香は四季のフラワーマスターの異名で、数多くの人妖から恐れられ
幻想郷最高級の実力を持つ大妖怪だ。少なくとも、私自身はそう自負しているつもりである。
そんな者を目の前にすれば、大抵の人間は一目散に逃げていくのが普通だ。
それにも関わらず、今目の前にいる少女は平然とした態度で、恐れるような表情も見せずに
私と交換日記してくれだの、友達になってほしいだの頼みこんできている。
なるほど、今一度考えてみると、この人間はなかなか面白いではないか。
恐れるべき者に恐れず、むしろ堂々とした態度でいる彼女の姿は、どこぞの巫女や魔法使いを想起させられる。
どうせ自分は散歩以外で暇だったのだし、この人間を私の暇つぶしとして利用してみるのもいいかもしれない。
そう結論づけてから私は答える。

「ま、いいわ、あなたのオトモダチになってあげる。交換日記だっけ?
 あれにも付き合ってあげるわ。どうせ最近散歩以外で暇だったし、ね」
「やった、ありがとう!じゃあさっそく!これが日記ね。あ、ちょっと待ってて、今から題名書くから。
 あぁちなみに私の名前は――――」

私がオトモダチ宣言してあげると、彼女は満面の笑みで、封を切ったかのように次々と喋り出した。
馬鹿な人間……私は単に暇つぶしに利用するだけとも知らずに。
それでも彼女の願望は叶ったのだから結果オーライってやつだ。

「……あなた、きっと早死にするわ」
「妖怪から見たらそりゃ早死にするでしょう。」
「そういう意味じゃなくて……もういい、日記を渡しなさい。
どうせ私が最初なんでしょう?」
「幽香、交換日記のやりかたは分かるの?」
「馬鹿にしてるの?そのくらい分かるわよ。交換日記というのは……こうかんにっきっていうのは、えーと……」
「……もしかして幽香、実は交換日記のやりかた分からないとか?」
「う、うるさいわね!ほら、あなたが説明したそうな顔してたから!説明役譲ってあげるから、さっさと説明する!」

嘘だ。本当のところ、詳しいことは知らなかった。
ああ、勢いで口に出すんじゃなかった。
私はちょっぴり後悔しながら彼女に説明を促した。

「怪しいなぁ。ま、いっか。交換日記って言うのはね、自分の生活や心情を日記として他人と共有するという行為なの。
人の私生活って他人から見たら案外面白いものでしょう? 交換日記の魅力は、まさにそこにあるの!」
「なんだ、言葉通りの意味じゃない。ちょっと深く考えすぎてたわ」
「永く生きすぎると、単純なことにも大ボケかましちゃうのね!」
「……殺すわよ?」
「冗談よ、冗談!それじゃこれが日記ね」

私のストレートな言葉にさすがに焦った彼女は、日記を私に手渡し、そそくさと帰るしぐさを見せた。

「と、とりあえず! また明日ここに来るわ。ちゃんと書いてきてよね!」

彼女がそう言うと逃げるように走って帰っていった。
やっぱり向日葵にしてやるべきだったか、あの人間め。



彼女と出会ったその日の晩、私は家の中で椅子に座りながら渡された日記の表紙を眺めていた。
表紙には『私と幽香の交換日記』と書かれている。
恐らくあの時書いたタイトルだろう。やはり女の子だからか、随分綺麗な字だ。
表紙をめくると、そこには真っ白なページが目に入った。
新品であろう、あとのページも当然何も書かれていない空白のページが続いていた。

「……さっそく書いてやりますか」

確か私生活で起こったことや感じたことをありのままに書けばいいのよね。
私は今日起きた出来事を想起しながらペンを持ち、執筆し始めた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8月2日 快晴】
今年も幻想郷に夏がやってきて、もうどれくらい経ったのかしら。
空は晴天、日差しは強い。おまけによそ風もないもんだから蒸し暑いったらありゃしない……。
今年も夏らしい夏が来たものね。
それは今日も同じこと。相変わらず暑い一日だった。
そんな日の中、私は日傘を差しながら太陽の畑を散歩していたわ。
今の時期の太陽の畑は、辺り一面に向日葵が咲き誇っているから、ただ歩いているだけでも楽しい気分になれる。
途中で誰かさんに水を差されてしまったけれど……。それでもまぁまぁ良い一日だったわ。
…………こんなもんでいいの?とりあえず今日の分はこれで終わり。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ちょっと嫌味を込めたが、それでもわりかし日記らしい日記になった。
これでよし。
書き終えた日記を閉じ、私は寝る為にベッドに入った。
…………ところで、明日はいつ来るのかしら?



翌日、彼女は昨日と同じくらいの時間にやって来た。
いや、やって来たというよりも私の方から出向いた、が正解なのかもしれない。
来る時間を聞いてなかったので、昨日出会った場所近くをうろうろしながら待っていたからだ。

「今度からは何時に来るのか、前もって言いなさい。
それといちいち時間に私が合わせるのはめんどうだから一応私の家の場所も教えておくわ。
 不在だったら玄関先にでも置いておきなさい」
「ごめんごめん、次からそうするわ。……で! 日記は書いてくれた?」

目を輝かせながら詰め寄ってくる彼女に、私は若干気押されながら日記を渡した。

「ま、まぁ、一応書いてきてやったわ」
「ホントに!?ありがとう!」

彼女はより一層目を輝かせて歓喜の声をあげた。
まさかここまで喜ばれるとは予想外だ。

「こんなので満足できるなんて、幸せ者ね」
「人の幸せは人それぞれなのです。私はこれで幸せってわけ」
「ふーん、ならいいけど」
「また明日来るわ。楽しみに待っててね!」

屈託のない笑顔で話す彼女の姿は、どこか輝いているように見えた。私にはまぶしすぎる。
少しばかりの会話をした後、彼女はすぐに帰って行った。
やれやれ、とりあえずこれでわざわざ外で出向く必要性はなくなった。
外出していたとしてもバッタリはち会うか、会えなければ玄関先に置いてくれればそれでいい。
さて、散歩に戻りましょうか。



翌日、彼女は前もって約束していた時間に私の家にやってきた。
玄関先で日記を返され、軽い会話をしたあと、彼女はまたすぐに帰って行った。
どこにそんな急ぐ必要があるんだか……。
私はそんなことを思いながら椅子に座ると表紙をめくった。
これが彼女の初日記となる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8月3日 快晴】
こんにちわ!日記でははじめましてね。
まさかあなたのような有名な妖怪さんが私のお願いを受け入れてくれただなんて、未だに信じられないわ!
何事もやってみなければわからないものね。
こっちでもよろしく、幽香。
それじゃ本題に入るよ。

この日も蒸し暑い一日だったね。
昨日も暑かったし、一昨日も暑かった。その前の日も……
あぁもう!毎日こんな日ばっかりで嫌になっちゃう!
何が嫌って、汗をびっしょりかいちゃうことなのよねぇ。
私持っている服の数が少ないから、汗かいたからって一日に何回も着替えていると
着られる服が底をついちゃうのよ。困ったものよね。
まぁ一番困っているのは汗をかいて汚くなった大量の服を洗わなきゃいけないお母さんなんだけど……。
こんな暑いだけの毎日より、涼しくて外の景色が奇麗で、食べ物もおいしい秋が待ち遠しいわ。
幽香もそう思うでしょう?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……嫌みの部分はスルーか」

本当は食いついて欲しかったのだが……。
少しばかり落胆した私は日記を机に置いて散歩しに外に出た。
まだ日は浅いから夜にでも執筆しよう……そう考えながら。
その夜がやってきた頃、幽香は椅子に座りペンをとって執筆にとりかかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8月4日 快晴】 
人間というのはわがままねぇ。いざ秋が来たら来たで涼しすぎるだの食べ過ぎで太るだの文句言うくせに。
私は夏が好きよ。この時期は太陽の畑に咲く向日葵たちが綺麗だから。
確かに夏の暑さにはうんざりするけど、それ以上に向日葵に囲まれながらの散歩が楽しいから暑さなんて気にならないわ。
あなたは少し、暑さだけに気が行きすぎている。この時期暑いなんて当たり前じゃない。
それに勝るような楽しいことを見つけなさい。私みたいにね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

私が二回目の日記を書いてから翌々日。
彼女は私の家に日記を回収しにやってきた。
例の如く、日記を渡すと軽い挨拶程度の会話をしてからすぐ帰って行った。
彼女の後姿が見えなくなった頃、私はその場で日記を開き読みはじめた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8月5日 晴れ】
楽しいこと見つけようと外出しようにも、お母さんったら厳しいのよ。
外出しようとするといっつも「静かに家で過ごしなさい!」って怒るんだから。
だからあなたのもとへ行く時は、私の両親がどっちも仕事で出かけてる時間帯じゃないと駄目なの。
ほんと、めんどうよねぇ……。
あ、そうそう、明日も昨日と同じ時間に行くわ。家で待っててね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

母親まで出かけている?彼女の家庭では共働きなのか?
彼女のいつも着ているみすぼらしい服装を想起して、彼女の家計が芳しくないことは容易に想像できた。

「ま、私には関係ないことね」

この時私は彼女の家庭事情など気にも留めず、この日以降も交換日記は色んな話題で盛り上がった。
例えば――――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8月10日 曇りのち晴れ】
聞いて聞いて!今日お母さんがね、みずまんじゅうを買ってきてくれたの!
○○って名前の和菓子屋さんなんだけどね、そこが作る和菓子がすっごくおいしいことで有名なのよ。
特に今日食べたみずまんじゅうが売れ筋なんだってさ。
幽香もいつか買って食べてみるといいわ。きっとほっぺたがとろけるよ!

【8月11日 曇り】
ああ、あの和菓子屋ね。そこなら私も知ってるわ。
確かにあそこの和菓子はおいしいし、里に降りた時には何度か買いにいってるけど
どうもあの店長だけが気に食わないのよねぇ。
人を嫌らしい目で見てくるというか……頭の中で変な想像してそうで気持ち悪いのよあいつ。
今度行った時にまたやらしい目で見てきたら首の根っこつかんで壁に叩きつけてやろうかしら……。
あと、『ほっぺたがとろける』って……それをいうなら『ほっぺたがおちる』でしょうに。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時には里にある和菓子屋について語ったり

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8月14日 雨】
今日は朝から雨。やれやれだわ。
涼しいのは過ごしやすくていいんだけど、家から出づらくなるのが困りものね。
それでも最近ずっと晴れが続いてたし、向日葵たちの水分補給を考えればいい天気なのかもしれない。
ところで、もしこの雨が明日も続いていたら……あなたはどうするつもりなのかしら。
傘を差してでも私のところにやってくる?それとも自分の家でおとなしくしている?
……恐らく前者の方でしょうね、あなたの場合。
さらに具体的に予想してあげましょうか?
『あなたは傘を差しながらも走ってくるので、結局全身濡れてしまう。
 濡れた服はばれないよう布団の下に隠ぺいするも親にあっけなくばれてしまう。
 そしてこっぴどく怒られる』

ふふ、明日の天気と明後日のあなたの日記が楽しみね。

【8月15日 雨のち曇り】
幽香って予知能力でもあるわけ?……えぇそうですとも。ばれたわよ、一発で。
その前にも大切にしていたお菓子をこっそり食べた時もすぐばれちゃったし……
常々お母さんには『隠し事を見破る程度の能力』があるんじゃないかって思ってたけど、今日確信したわ。
あの勘の良さはその能力のせいだったのよ!
はぁ、そもそも雨なんて降らなければこんなことにはならなかったのにー!

部屋に吊るしたテルテル坊主に晴れを願って、今日の日記は終わり!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時には互いに雨に対して文句も言ったりした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【8月19日 晴れ】
今日は家に友達が遊びに来た。
寺子屋で一緒の組の友達たちなんだけどね、帰りにみんなで誰かの家に遊びに行くことが多いの。
みんなやさしくて面白い子たちばかりなんだけど、たまに私がついていけない話題で盛り上がっちゃうのが玉の傷なんのよねぇ……。
『あの組にいる男の子がかっこいい!』だとか『実はあの二人良い関係なんだってね』だとか言われても反応に困るもの。
今日だってそうよ。私には好きな男子はいないのか、ってしつこく聞かれてすごく困った。
いないって答えても『またまたぁ~』って疑われるし余計に追及させられるしで大変な目に遭ったわ……。
本当のことなのにぃ!
そういえば幽香には好きな人はいないの?
永く生きてる妖怪さんなら、きっと好きな人の一人や二人くらいいるはずよねぇ?

【8月20日 晴れ】
ふーん、あなたくらいの年頃の女子なら、普通は一緒に盛り上がるものだと思うけど……。
まぁ妖怪と交換日記をしているような変わり者ですものね、あなた。
話題についていけないって愚痴るあなたの姿はさぞ滑稽でしょう。

それから最後の質問は馬鹿にしているの?そんなの、いないに決まってるじゃない。
永く生きてれば、そりゃたくさんの人妖に出逢いましょう。
人間にしても妖怪にしても、あっちからお近づきにくるようなことは何度もあった。
でもね、その度にお断りしてやったわ。
誰ひとりとしても私が興味を示すような者はいなかったから。
でももし『自分の命より花の命』ってくらいのこと言えるのがいたら……
それなら考えてあげてもいいかもね。ま、そんな変わり者さすがにいないでしょうけど。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時には女同士、恋愛についても語ったりもした。

私自身、正直ここまで交換日記が楽しいものとは思わなかった。
自分の毎日を振り返り、相手の毎日も振り返ってその内容を楽しむ。
彼女の言っていた交換日記の魅力を、私はようやく理解できたような気がした。
暇つぶしのつもりが、いつの間にか趣味の一つになってしまったのだ。

ところが、ある日を境に交換日記は途絶えてしまった。
彼女が私のもとへ来なくなったからだ。
日記は彼女の番で止まっている為、日記は私の手元にはない。
彼女が届けてくれない限り再開できない状態が続いていた。
どうして急に来なくなったのか、私はそれほど疑問には思わなかった。
どうせ飽きが来たから止めたのだろう。そう勝手に自己解釈したからだ。
元々始めたのはあっちなのだから、止めるのも……まぁあっちの自由だろう。

「それでも、私が里まで行って回収するという手段もあるんだけどねぇ」

私は半ば諦めたような声でつぶやいた。
確かに彼女は里の住人なのだから、里に行って彼女から直接回収することは可能だろう。
しかし、その手段には一つの問題があった。
それは、そもそも彼女が里のどこに住んでいるか分からないことだ。
――名前なら分かっているから、里の住人一人ひとりしらみつぶしに聞き回るか?
いや、あまりにおっくうすぎる。
――ならば寺子屋で教師を務めている半獣に聞いてみるか?
これは名案だ。彼女が寺子屋に通ってることは以前の日記で分かってるんだ。
あいつに聞けば確実に……いや、やめよう。
どうもあの半獣に頼るのは癪に障る。あの者とは反りが合わなすぎるのだ。

他の手段で、良い案はないだろうか。私は考える。
しかし考えては消え、考えては消える。どうしようもなかった。
どれも私の自己中心的な思いが原因で消えてるのだが。

最終的には『私も少々飽き始めてたから、止め時にはちょうどいいタイミングだった』
という結論に至り、結局日記と少女のことはこの日以降放置することにした。
どうせ今日も彼女は来ないのだ。今日はちょっと早めの散歩にでも行こうか。
私はそう考えて、支度を整えいつもの日傘を手に取り家を出た。



彼女との交換日記が途絶えてから、どれくらい経っただろうか。
既に8月も終わり、家に飾ってある七曜表は9月を示しているのだから、恐らく十数日は経っているはずだ。
9月に入ったというのに、相変わらず暑い日々が続いていた。
さすがに夏にも飽きた。そろそろ秋の花を楽しみたいものだ。
私はベッドの上で仰向けになりながら、近いうちに来るであろう秋に思いを馳せていた。
この時は、もう私の頭からは日記の少女のことなどとっくに消え去っていた。
そう、”この時は”だ。


ドンドン  「風見幽香! いるか!? いるなら出てきてくれ!!」 ドンドン

突然私の名前を呼びながら玄関の戸を乱暴に叩く音が聞こえてきた。

「人が物思いに耽ってる時に、一体誰よもう……」

私がそう不機嫌そうにベッドから起き上がってから戸を開けた。

「うるさいわねぇ!一体誰―――って、あなた……珍しい訪問者ね。朝早くから私に何か御用で?」

そこには上白沢慧音の姿があった。
何やら真剣な表情で立っていた。焦っているようにも見える。

「いますぐ里に来てほしい」

私を見るやいなや、慧音は突拍子もない言葉を発してきた。

「挨拶もなしにそんなこと唐突に言われても困る」
「それはすまないと思ってる。しかし、状況が状況なのだ。頼む、いますぐ私と里に来てくれ!」

やはり何かに対し焦っている。一体何に?

「まるで話が見えないわ。一体何の理由で私があなたと里まで行かなければならないの?
 きちんと説明してくれない限り、私は動かないわよ」
「お前、つい最近まで一人の人間と仲良くしていたことは覚えているか?」
「人間?」

質問を質問で返してくる慧音の言葉に私は首をかしげる

「あぁ、そうだ。黒の短髪で、もんぺ姿の少女のことだ。覚えているはずだろう?
本人からは、お前とつい最近まで交換日記を通じて仲良い友達でいたと聞いている」

黒の短髪で、もんぺ姿?交換日記?
慧音の口から発せられた言葉を元に、私は頭の中で考えをはりめぐらせる。
すると、一人の少女の姿が浮かんだ。
あの人間のことか?黒の短髪で、いつも薄汚いもんぺを着ていたあの少女!
私の頭の中で、彼女のことに関する記憶が、まるで滝の流れの如く次々と想起された。

「あぁ、あの人間のことね。確かに覚えているわ。
といっても、ついさっき思い出したばかりだけど。
つい最近まで彼女と交換日記なるものをしていたことも覚えてる。
……で? その子が一体何だっていうの?」
「それは……」

私がそう言うと、慧音は曇った表情で口ごもる。
言うか言わざるべきか、そんな葛藤に悩まされているようだった。

「私はこういうことに関しては気が短いのよ。さっさと答えなさい」
「そうだったな……このことを言う為にお前のとこまで急いできたというのに、すまない」

私は「謝罪は後でいいから答えろ」と苛立ちをつのらせながら答えた。
慧音は私の言葉を聞くと、短い深呼吸をひとつして、ついに口を開く。

「あの子は……もうまもなく、死ぬ」
「……よく聞こえなかったわ、もう一度言ってちょうだい」
「何度だって言ってやるさ!あの子はもうまもなく死ぬ!あの子は今!
 生と死の境界線に立っているんだ!」

私は何か硬い物で頭をガツンと殴られたような感覚に陥った。
目の前で激昂する半獣は何を言っている?あの子が死ぬ?
十数日前までは確実に元気だったはずの彼女が?一体どうして?
私の頭は一気に混乱する。
混雑した疑問を整理しきる前に、私は慧音に問う。

「あの子が死ぬ?十数日前までは元気だったはずじゃない。そんな子が、どうして?」
「説明はしてやったぞ。詳細はあとで分かる。今は、とにかく、里に来てほしいんだ!」

まだ混乱している私に、慧音は再び里に来るよう説いてきた。
このままわだかまりが残ったまま散歩というのは気が引ける。
正直まだ気が向かないが、行ってやる。
真実が里に、彼女の元にあるというのなら、行ってやる。
行って真実を視てきてやる。

「まだよく状況がつかめないけど、行ってあげるわ。彼女の元まで私を連れて行って。私を、真実まで案内して!」
「よくぞ言ってくれた。よし、まずは里へ向かおう。そこから彼女の家まで案内する」

私は焦ったように慧音の申し入れを承諾し、急ぎ足で里へと向かった。
焦ったように?私は何を焦っている?そんなにあの少女のことが心配なのか?
いいや、違う。私は真実を知りたいだけだ。
嘘だったらこの半獣もろとも殺してやる。
本当だったら「ふーん、お気の毒さまね」といって帰ってやる。
私が彼女のもとへ向かうのは、その二つの運命を一つに決定づける為の行動にすぎないのだ。

私と慧音が里に到着すると、慧音は「こっちだ」と一言だけ言うと、里の中を駆けていった。
私もそのあとを足早に追いかける。

そして、あるところで、不意に慧音は走る足を止める。
それにつられるように私も立ち止まった。
慧音の視線は、目の前に佇む一軒の古い家でとまっていた。

「ここだ」

慧音が一言だけそう言うと、私に中に入れと命令するかのように、目の前の家の方へあごをしゃくった。

慧音のその無言の命令が少し気に食わなかったが
真実を確かめる為にここまで急ぎで来たのだ、と自分に言い聞かせて素直に従うことにした。
私は戸に手をかけてからすっと静かに開け、中に入る。
中に入ると目の前に一組の男女の姿が目に映った。
恐らくあの子の両親だろう。
今まで多くの苦労を積み重ねてきたような幸薄い顔で、まるで私を待っていたかのように
その夫婦は横に並んで立っていた。
私と目が合うと、母親の方が静かに口を開く。

「……あなたが幽香様で?」
「いかにも。私が花を司る大妖怪、風見幽香ですわ」
「おぉ!あなたを長くお待ちしておりました」
「上白沢慧音に私をここまで連れて来るよう頼んだのはあなたたちね?」

父親の歓迎の言葉を無視して、私は質問した。

「い、いえ、確かに慧音様に頼んだのは私たちですが、正確にはあの子があなたを呼んだのです」
「そう。慧音からある程度話は聞かせてもらったわ。
 どうやらあなたたちの子供は、今危険な状態にあるとか」
「えぇ、その通りです。あの子は今もあの部屋で……!」

あの部屋というのは奥にある戸が閉まってる部屋のことを指しているのか。
母親はか細く、震えた声でそう答えた。
悲しみの表情を浮かべながら、目は涙で潤わせていた。
そんな母親のことなど気にせずに私は問い続ける。

「詳しい話を聞かせて頂戴。あの子に一体、何が起きたというの?今あの子はどうしているの?」
「今日の早朝、台所で私とあの子は一緒に朝食を作っていた時のことです。
 あの子は突然胸を押さえて苦しみ出してその場で倒れたのです!
 私は瞬時に発作を起こしたのだと理解し、すぐにあの子の部屋まで運んで布団に寝かせました。
 今は薬を飲ませたので落ち着いております」
「随分と手際がいいのね。まるでこれが珍しいことではないかのよう」
「あの子は生まれつきある病に冒されているのです。
 今日のような発作は以前にも何回か繰り返しております。
 その度にお医者から頂いた薬を飲ませて落ち着かせてきました。
 しかし、今日に限ってはその発作が激しくて……」

なるほど。私も夫婦も口には出さなかったが、理解していた。
あの子はもうまもなく死ぬ、と。
父親曰く、薬を飲んだ後の今日の彼女は妙に落ち着いていたとも話していた。
恐らく、彼女自身も自分の命があと数刻で消えることを悟っているのだろう。

「なるほどね、慧音はこのことを言っていたわけか。真実を視るまでもなかったわね」

私は一人言をつぶやき、勝手に納得した。
なぜ日記がある日突然途絶えたのか?同時になぜ彼女が私の元に来なくなったのか?
それらの疑問がたった今、ようやく解消された。
恐らく彼女は、日記が途絶えた日以来から病が悪化したのだ。
今まで私の元に来れたのは、比較的症状が軽かったからだろう。
それでも彼女の負担は重かったのだろうが……。

知りたいことはもう十分知った。
彼女のある病というのが気になるが、もはやどうでもいい。
この夫婦から事を聞いた時点で、私の当初の目的は達せられたのだ。
もう帰ろうと踵を返すと、目の前には仁王立ちで佇むの慧音の姿があった
いつの間に家の中に入ったのか。

「まさか、もう帰る気ではないだろうな?」

慧音は仁王立ち姿からぴくりとも体を動かさず
断固とした意思を秘めたような表情で私にそう言ってきた。

「そのまさかよ。私の真実を知るという目的は達せられたもの。
 こんなとこに長居する理由は、もうないも当然よ」
「あの子に、一目でも会ってやろうとは思わないのか……?」
「ないわ。さ、早くそこをどきなさい」
「いいや、まだお前を帰すわけにはいかないな。あの子とお前を対面させる……そうあの子と約束したんだ。
 意地でもここを通すわけにはいかない!」
「……どかなければ殺すと言っても?」
「くっ……!」

私の目には既に本気の殺意を宿していた
スペルカードルールなんて無視して殺してやろうかと思うくらいに。
しかし、その瞬間、なんと慧音は跪き、両手を前に出し、頭を下げた。
この姿はまさに―――

「土下座?一体どういうつもり?」
「……後生だ。あの子に会ってやってくれ。
 お前にも、お前のような大妖怪にも、一握りのやさしさがあるのなら……
 頼む!もうじき死に逝くあの子に、今でもお前のことを友達だと信じる
 あの子に……会ってやってくれ……!!」

何がここまでこいつを突き動かすのか。あの少女は寺子屋の生徒で、あなたはその先生。
たったそれだけだ。少女とあなたの関係は、たったそれだけ。
なのに、どうして土下座までする必要があるのか。

「……分かったわよ」

散々考えても答えは見つからなかったが
慧音の土下座姿に圧倒された私は観念したように奥の部屋へと近づいた。

「幽香……!」「幽香様……!」
「あなたたち、そこの半獣に感謝するのね」

安堵の表情を浮かべる夫婦にそういうと、私は戸を開き、中に入ってから再び戸を閉めた。
そして、完全に中に入ると、そこにはかつて交換日記を通して交流を深めていた一人の少女の姿があった。



「幽香……!来てくれたのね」
「えぇ、どこぞのおせっかいな半獣とあなたの両親のおかげでね」

少女は布団の中で横になっていた。
私を見るやいなや、少女は私が初めて書いた日記を渡した時のように目を輝かせた。
それでも、かつての生気は相当衰えている様子だった。
私は横になって寝ている彼女の隣に正座した。

「無理やり呼びこんだようでごめんなさい。でもそうしない限り、幽香は来てくれそうになかったから……」
「良く分かってるじゃない。それで、容態はどんな感じかしら?薬も飲んだから落ち着いたって聞いたけど」
「ええ、早朝よりは随分マシになったわ」
「そう、ならいいけど」

軽い会話のやり取りをした後、お互いしばし沈黙した。
家全体が軋む音がする。今日は風がやけに強い。
風のびゅうびゅう吹く音と、家が風で軋む音以外は、静寂だ。
その静寂の世界の中には、私と少女の二人しかいない。
まるで別世界の中にいるような感覚だった。

「幽香とこうして喋れるのも、今日で最期ね……」

沈黙を破るように突然彼女が口を開いた。
私が無言でいるのを少し見てから、彼女は言葉を続ける。

「お母さんもお父さんも、口にしないだけで分かってるんだと思う。
 私の命は、今日で最期だって。幽香も気づいてるんでしょう?」
「……あなたの父親が言っていたわ。薬を飲んだ後の今日のあなたは、妙に落ち着いていたって。
 その時あなたは自分の死を悟ったのでしょう?まったく、あなたは嘘つくのがへたくそなのね」
「素直なのが売りですから」
「日記で嘘ついてたくせに?」
「……ばれちゃってたか」

彼女は私の言葉に少し驚いたものの、すぐに笑顔で「てへっ」と舌出しておちゃらけた。

「ここまで真実を知ってしまったのよ?気付かないほうが馬鹿だわ。
 毎日たくさんの友達に囲まれ、暑さにうんざりしながらも外で元気に遊び
 家に帰れば親が温かいご飯を用意してくれていて、また明日に楽しい一日で ありますようにと思いを馳せながら
 布団に入って寝る。私の日記上で想像していたあなたの姿よ。でも、現実は違った」

私は幻想をはなし――――

「……私は生まれつき不治の病に冒されていた。
 お医者さんから頂いた薬で今までなんとか命をつないでたわ。
 そんな身だから、外に遊びに行けない。毎日毎日家に引きこもっていた。
 当然友達もできない。寺子屋にも通えない。
 私のお母さんとお父さんは、私の薬代を稼ぐために一日中休まず働いてくれた。
 当然お菓子なんて食べられるはずがない。満足にご飯も食べられない。これが現実の私」

彼女は現実をはなした――――。

「太陽の畑と里の行き来はさぞ苦労したでしょうね」
「えぇ、そりゃあもう。むしろ、来たことを逆に感謝してほしいくらいに」
「初めから慧音にでも相談すれば良かったのよ。
 あいつはおせっかいなやつだから、なんとかしてくれただろうに」
「これ以上周りの人に迷惑かけたくなかったのよ」
「……馬鹿な子ね、あなた」
「ええ、馬鹿な子だわ、私」

また互いに沈黙する。
相変わらず風が吹き続ける。
家が軋む音は止む気配を見せようとはしなかった

「いつから私と友達になろうと考えていたの?」

今度は私の方から静寂を破った。

「あなたが以前、里に買い物してる姿を見てからよ。
 幻想郷縁起を読んでたから、あなたが何者かは分かってた」
「しつこいようだけど、本当にあなたは変わった人間だわ。
 恐れるべき者に恐れないなんて、今時珍しい人間よ、あなた」
「周りの人たちがどんなにあなたを恐れてようが、私には関係なかった。
 私から見ればあなたは、心優しいお姉さんみたいな存在だったもの」
「それは見た目での話でしょう。自分で言うのもあれだけど、中身は相当どす黒いわよ」
「ふふ、幽香の日記からはそんなの感じられなかったけどね。
 周りの人たちや 幽香自身が気付いてないだけで、あなたは本当は温かい心を持った妖怪さんなのよ。
 私は、そんなあなたに惹かれたの。それがあなたにお近づきになろうとした理由」
「……勝手にそう思うがいいわ」

私が優しい?何を言っているのだこの人間は。
私は顔が熱くなっていくのを感じた。
きっと彼女から見れば、今私の頬が赤くなっていることに気づくはずだ。
そんな姿、見られたくない。からかわれたくない。
そう思う一心で立ち上がった。

「もう帰っちゃうの?」
「えぇ、もう散歩の時間だから」
「……そっか」

彼女は寂しそうな表情を見せた。
私はそんな彼女に背を向け、戸に手をかけようした、その時――――

「ねぇ、最期にお願いがあるの、聴いて」
「何?」

彼女は私を引き止める。最期のお願いを聞いてくれと。
その言葉を聞くと、私は背を返し、再び正座する。

「もう私は死ぬわ。近いうちにお墓も建てられるでしょう。
 でね、私のお墓が建ったその時は、お墓の回りにたくさんの花たちを咲かせてほしいの。
 幽香の想う、幻想郷で一番綺麗なお花を、咲かせてみせてほしい。それが、私の最期のお願い」
「……考えておくわ」
「あとね、そこの机の上に日記があるでしょう?
 あなたと私の交換日記よ。私の形見として持って帰って。……お願い」

私はすぐそばにある机を見る。
確かに机の上には二つの日記があった。
私はそれを手に取って戸を開けた。

「幽香、ありがとう……」

今度こそ部屋から出ようとしたその瞬間、彼女は私の背中越しにそうつぶやいた。
聞こえるか聞こえないか、そんなわずかな声に反応して、思わず私は足を止めた。
一瞬目頭が熱くなったような気がしたが、きっと気のせいだ。
そう心の中で言い聞かせ、私は無言で部屋を出た。
それが、私が聞いた、彼女の最期の言葉だった。





今日も風が吹く。冷たく、どこか肌寒さを感じる風だ
その風は、今年の幻想郷の夏がとっくに過ぎ去ったことを秋が知らせに来たかのようだった。
そんな日に、私は今、ある人間が眠る墓の前に立っている。
かつて、私を友達だと呼んで親しんだ一人の少女が眠る墓だ。

私は差していた日傘をたたみ、片手に持っていた『私と幽香の交換日記』と書かれた日記の表紙を開いた。
この日記を開くのは彼女が来なくなった日以来だ。
ふと読み返すと、8月28日で私の日記は終わっていた。
それ以降は少女の日記が延々と書かれていた。

「そうか、この日だったのね。あの子が来なくなったのは」

そう一人言をつぶやきながらその先を読み返す。
私の知らない、未知の領域へと化した日記を。

【8月29日 晴れ】
今日の朝、久々に発作が起きた。いつもの通り、すぐ収まるかと思ったが、今回はなかなか収まらない。
薬を飲んで、ようやく落ち着くことができた。
ここにきて病が悪化したのかしら。
もう、幽香の元には行けないかもしれない。いや、行けないでしょうね。
でなければこんなことは書かない。
だから決めた。
今日からこの日記は、自身の命とともに過ぎ去り逝く暦を刻む私だけもの。

【8月30日 晴れ】
昨日の発作以来、お母さんが一日中私を看病する生活が始まった。
お母さんがいなければ幽香の元に会いに行けたかもしれない。
でも体が言うことを聞いてくれない。あぁ、どっちにしろ会いには行けないのか。
少しばかりの希望がすぐに消えてゆくのを感じた。
……幽香が直接会いに来てくれれば良いのに。

【8月31日 曇り】
今日で8月も終わり。明日から9月。待ち遠しかった秋も、近いうちに来るはずだ。
今の私には、それだけが楽しみ。
幽香は今頃どうしてるだろう?来ない私を心配してくれているかしら?
うーん、幽香のことですもの、きっとそれはないわね。
こんな日が続けば、いつか幽香は私のことなんか忘れてしまう。
そう考えると、自然と涙があふれてきた。
会いたいよ、幽香……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

これ以降も、同じような内容の日記が続いてた。
私はそれを読んでいて驚いた。
まさかあの子がそこまで私のことを想っていたとは思わなかったからだ。
次いで、私と交換日記をしていた頃と比べて、文章上の元気さの
ギャップがあまりにも激しいことにも驚きを隠せなかった。

彼女の意外な一面を発見していくうちに、ついに最後のページに行き着いた。
9月13日。彼女と最期の会話をした日だ。
私が彼女の元に行くまでに、書いたものだろうか。
その字はいつもの綺麗な字ではなく、書きなぐったかのような汚い字が見受けられた。
発作がまだ収まりきらず、苦しい気持ちで必死に、それもかつてない長文だから、急いで書いていたのだろう。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【9月13日 晴れ】
今日も発作が起きた。台所でお母さんと一緒に朝ごはん作ってた時に、突然起きた。
今までにないくらい辛い発作だったわ。
お母さんはすぐに倒れた私を私の部屋に連れて行って、布団に寝かせてくれた。
居間にいたお父さんは布団の中で苦しむ私に、いつもの薬を飲ませてくれた。
発作が少し落ち着いた頃、私はお母さんに一つ頼みごとをした。
慧音先生に風見幽香という妖怪をここまで連れてくるよう頼んで欲しい、と。
お母さんはそれを聞いて首をかしげてた。
当然よね、私と幽香との関係はお母さんたちには秘密にしてたもの。
この秘密ばかりは、いくらお母さんでも見破られなかったってことね。
結局私のお願いを聞いてくれたお母さんは、急いで慧音先生を呼びに行ってくれた。
それからしばらくしてお母さんは先生と一緒に家に帰って来た。
お母さんが事情を話したのか、先生は今まで気づかなくてすまなかったと何度も謝ってきた。
気にしないでとなだめる私は再び先生にお願いした。幽香をここに連れてきて、と。
慧音先生は「どうしてあいつなんだ?」と尋ねてきた。
だから私は全てを話した。幽香と友達になったこと。交換日記をして遊んでいたこと。
親に秘密で毎日太陽の畑に行っていたこと。
……そして、あと数刻で私が死ぬことを。
最初は叱られるかと思ったわ。でもそんなことはなかった。
先生は「わかった、今すぐ連れてきてやる」とだけ話すと急いで家を出た。

ここまで長い日記になってしまったけれど、もうすぐ幽香は来てくれるかなぁ。
来たら何を話そうか?久々だから妙に緊張しちゃうわ。
きっと沈黙が多くなっちゃうかもしれない。飽きてすぐ帰っちゃうかもしれない。
全然しゃべれずに最期のお別れをしてしまうかもしれない。

だから、最後に、絶対に伝えたい想いだけはここに書き残すことにするね。

――――幽香、あの日、私と友達になってくれてありがとね。
幽香にとって、私との関係は上辺だけのものだったかもしれないけど、それでも私は満足だったわ。
幽香は前に日記で言ってくれたよね?夏が嫌なら楽しいことを見つけろって。
だから私、見つけたの。いえ、とっくの前に既に見つけていたのよ。



それは、あなたとの交換日記だった。
楽しみにしていた秋は迎えられそうにもないけれど、人生の最期に、あなたと遊べて良かったわ。
いつになるかわからないけど、輪廻の果てでまた出会えたら、またお友達になりましょう。
ありがとう、そしてさようなら。私の大好きな、花の妖怪さん。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

最期の日記を読み終えたあと、そっと日記を閉じた。
彼女はこの日記を私に読ませたくて渡したのか……。
しばらくして、私は冷たい風に吹かれながら墓を見つめる。




「……これだから人間は嫌なのよ。
 いつの時代も弱っちくて、脆くて、すぐ死んでそのくせ口ばかりは達者なんだから……」

目の奥から熱い何かがこみ上げそうになるのを我慢しながらつぶやいた。
それから私は両手を大きく、空へ仰ぐように広げる。
生前に彼女と交わした一つの約束を果たすために。

すると、墓の周りの土が黄金色に輝き、無数の芽が出始めた。
その芽たちはみるみるうちに成長し、次々と花を開花させていった。
他の者が見れば、息を呑むほどの美しさであろう。
その花々は、あの少女が最期に願ったものに違いなかった。
私の想う、幻想郷で一番美しい花たちだ。

「……これで、約束は守ったわよ」

『ありがとう』

私が踵を返してからその場を離れようとしたその時、ふと背後から誰かの声が聞こえてきたような気がした。
一瞬体をピタリと止めた後

「どういたしまして」

私は誰かも分からぬ声にそう答え、日傘を開いてから再び秋が彩る道を歩き出した。
笑顔で、一筋の涙を、頬に伝わせながら――――
どうも、DNDNです。
今作で3作目となります。

今作は幽香とオリキャラを主軸とした作品です。
本来、このSSは先月に行われた「第6回東方シリーズ人気投票」でのゆうかりん支援SSにするつもりだったのですが
思った以上に手間取ってしまって、結局間に合わずという結果に……。
ナンテコッタイ /(^o^)\

何はともあれ、個人的に文と並んで一番好きなキャラである幽香が
9位という快進撃を決めてくれたことを祝福してあげたいです。
おめでとう、ゆうかりん!

それと、最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。
感想や誤字脱字がありましたら、気軽にコメントでご報告して頂ければこの上ない喜びであります。
それでは。

追記
>>22の方、誤字のご指摘ありがとうございます。
これは痛いミス……。改善させていただきました。

DNDN ◆TAVUqmefO
DNDN
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コメント



0.2710簡易評価
4.100煉獄削除
良い話だ……幽香と少女の交換日記。
最初はほのぼのとしていたけど最後は少し悲しい……。
でも、悲しい中にも二人の作る優しさが感じ取れたのがとても良かったです。
素敵なお話でした。
5.100名前が無い程度の能力削除
ひどいやひどいや~、あなたは人を泣かせて遊んでるでしょ~
脱水症状で死んだら責任取ってよね!?
11.100名前が無い程度の能力削除
幽香にもやさしさってあるんだなぁ
畜生、最後あたりは最終兵器ではなくてもはや地球破壊爆弾並の威力だぜ
22.60名前が無い程度の能力削除
不死の病ってなんだい?不治の病の間違えか?
これで-30点。
27.100シゲ削除
ついこの前私も幽香小説華異端ですが・・・
レベルが違いすぎる…俺涙目です。
なんかやさしさがぐっとくるいい作品でした。
これからも書いちゃってください!
29.100☆月柳☆削除
タイトルで流れが読めてしまうのが勿体無い、というかそれが狙いなのか?!
なんにしても良かった。
こういう〆かた大好きです。
37.80名前が無い程度の能力削除
オチが普通、というか途中で読めたので-20点
それ以外は完璧でした。
46.100名前が無い程度の能力削除
なんともヒマワリみたいな娘でした。
貴女だけを見つめている。
ウマが合ったのかもしれませんね、彼女と。
60.100名前が無い程度の能力削除
良いお話、素敵な幽香さんでした。
それはそれとして、ゆうかりん七位おめでとう!(第七回)
61.100リバースイム削除
幽香の優しさでこちらも優しい気分にさせられました。
ドSの優しさは心に沁みるぜよ。
62.70優依削除
生まれつきの病で寺子屋に通えないのに、当たり前のように慧音と繋がりがあるのが引っかかりました。
慧音なら病気の子供の家へ出向きそうだとは容易に想像できますが、一言でもそうした記述が欲しかったです。
それともう一つ問題なのは、タイトルから展開が読めてしまうことでしょうか。
少女があまりにも正直で、題名と矛盾することからラストに待つどんでん返しが想像出来てしまいます。
(と言いつつ私は気づかなかったわけですが)
「嘘つき」に複数の意味を持たせていたらもっと良作になった気がします。
たとえば少女がありえないような出来事を書き、幽香に「これ嘘でしょ?」と言わせる。
あるいは「最初は幽香が恐ろしかった。怖くないと言ったのは嘘」だけど交換日記を続けていくうちに幽香が本当は優しいと気がついて……。
ただ、こんな改変をするとせっかくの不快感の無いオリジナルキャラが壊れるかもしれませんけどね。
幽香と少女の会話は良かったです。次回作をお待ちしています。