Coolier - 新生・東方創想話

素晴らしきかな赤ちゃん!

2009/01/30 15:09:02
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 やっほー! 皆のアイドル天子ちゃんよ。
 突然だけど私、死にかけてます。妖怪の山、山頂付近で。
 まず、素っ裸。生命的にも社会的にも死ねるわね。
 そして根本的な原因として……なぜか赤ん坊になってるということ。
 このまま誰にも発見されなかったら凍死。
 誰かに会ってもそれは高確率で妖怪=ごちそうさま。
 まったく、なんで私がこんな目にあわなくちゃいけないのよ!
 そう、あれもこれもあの宇宙人が悪いんじゃー。



 少し時間を遡った天界。

 「すばらしい! 雌としては今までに類を見ない絶壁だ。いやはや感無量である」

 永琳? だと思った奴大ハズレー。
 こいつを見たらあの宇宙人共はそうとうカワイイ分類の入るわね。
 黒くて目が大きくて耳はもっと大きいのに口は見当たらない。
 なんて悪質宇宙人?
 ちなみになんで宇宙人だと分かったというとまんまUFOに乗ってたから。

 「お前は地球人のようで違う。そんな問題が些細に思えてくるほどの素晴らしい絶壁だ。感動した!(加藤精三さんの声)」

 おっほっほ。褒められてるらしいけどなぜかアドレナリンの分泌が止まらない気がするわ。
 いくら堪忍袋の緒が素麺並みの私でも我慢には限界があるの。
 てめえの耳ぶった切って鍋の具にしたろうか!

 「いいものを見せてもらった礼にお前の願いを一日だけ叶えてやろう」

 ふん、そんな戯言にこの私がほいほい釣られるとでも。

 「えっ、本当!? やったー!」

 あれ? ついつい素の反応をしてしまったわ。
 でもしょうがないわよねー。願いが叶うなら。

 「それじゃぁ、願い事を百個に」
 「そういう類のは駄目だ」

 ちっ、この天才的な天子ちゃんの策が失敗したか。
 まあいいや。
 
 「それなら……皆にちやほやされたい!」

 本来ならこんなことを願う必要はないはずだけど、私の知り合いは非常識な奴ばかりだからこんな願いが必要になるの。
 この前神社に遊びに行ってやったら。

 『天人様の入り口はあちらになります→』

 こんな看板が設置してあって指示に従ってみるとまた同じ看板。
 結局その日は一日中神社の周りをぐるぐるしてたわ。
 後々聡明な私は自分が騙されたことに気がついたけど、霊夢に限らず皆私に冷たいのよね。
 こんな美人でかわいい私を邪険にするなんてあいつらの感性が理解できない。
 今こそこの宇宙人を利用して、あいつらに私への正しい接し方を教えてやる必要があるわ。

 「分かった。願いを叶えてやろう」
 「ふっふっふ、おーっほっほっほっほ!」
 「ちなみに地球をあげますと言えばさらにもう一つ願いを」
 「あーっはっはっはっは!!」
 「ムッ、もはや会話は不可能か。まあいい。この星の生物からとったデータを元にお前の願いを成就させてやる」

 そう宇宙人が言い終えると辺りはまばゆい光に包まれて……



 気がついたら素っ裸で赤ん坊になっていたという訳で。
 なんでちやほやされたいって願ったら赤ん坊になるのよ!
 ああ、寒いひもじい死ぬ~
 たぶん今の私はただの人間なのよね。
 昔は天人じゃなかったわけだし。
 
 びえーん!!

 ああ、泣くのはまずいと分かっていながらついつい泣いちゃうのは赤ん坊の性かしら。
 でも、涙がでちゃう。だって赤ちゃんだもん。
 誰か来てくれないかな? 心優しい人間か人を食べない妖怪。
 助けてくれた奴にはもれなく衣玖のパンティーあげるわ!

 ガサガサ

 ひっ! な、なんか来たー!
 そりゃ誰かには来て欲しかったけど心の準備が。
 さて、私の未来は生か死かどっち!?

 「なんてことでしょう、捨て子ですか?」

 腋を出してる巫女は幻想郷内で霊夢を除けばたぶん一人しか居ない。
 確か、早苗とか言ったかしら。
 ともかく人間が来てくれて助かったわ。

 「あら、桃の香りがする……なんだかおいしそうな赤ちゃんですね」

 ぎゃーす!!

 「ああ、泣かないで泣かないで、よーしよし」

 ちょっ、まじで焦ったじゃない。
 変な冗談はやめなさいよね。

 「それにしてもかわいいですね。よちよち」

 ぷっ、あんた顔にやけてるわよ。すごいまぬけ顔。
 記念に写真撮っとといてあの天狗に売りつけたいぐらい。

 「笑った笑った、ふふ」

 まあ、私がかわいいのはまぎれもなく宇宙の真理だからにやけるなってのが無理な話かも。
 それにしても早苗は抱っこが下手ね。
 クビがつりそうなんですけど。

 「あらら、またぐずりだしちゃった。でも困りましたね。神奈子様も諏訪子様もご不在ですし」

 



 で、簡単な布に包まれた私が連れてこられたのは何故か博麗神社。
 ちょっとちょっと、もっと頼りになりそうな奴はいるでしょ。
 早苗は友達いないんかい!
 霊夢は鬼より鬼畜なんだから助けてなんてくれるわけ……

 「きゃーかわいい! 早苗の赤ちゃん? 抱かせて抱かせて」

 助けてくれるわけ……
 あれ? なんか予想と反応が違うわね。
 ちなみに霊夢も抱っこが下手。足が痺れそう。

 『はあ? 赤ん坊? 晩御飯のおかずが一品増えたわ』

 ぐらい言うかと思ったけど、この嬉々として私を抱っこする巫女は何者!?
 霊夢の皮を被った偽者じゃないでしょうね。
 ちょっとつまんで確かめてみよう。

 ふにっ

 「こーらー、ほっぺたつままないの」

 とか言いながら嬉しそう? 霊夢なら針が飛んできて正解じゃないの!?
 恐ろしい、笑顔の霊夢が恐ろしい!!
 助けて流星人間ゾー○!

 「あーもう本当にかわいい、癒される。まさか本当に早苗の赤ちゃん?」
 「そんなわけ無いですよ。どうやら捨て子みたいなんですけど、妖怪の山の山頂にってのもおかしいですよね」
 「なんか私、犯人知ってる気がするわ」

 たぶん霊夢はあのスキマでも想像しているんでしょうけど違うのよ。
 勘違いして叩きのめしてくれてもいいけど。
 むしろ叩きのめして!
 それにしても、ちやほやされる願いを叶えるために私を赤ん坊にするってのもあながち間違いじゃなかったのね。
 確かに赤ん坊はかわいいしそれがこの天子様ならなおさらよ。
 喰らえ! 天子スマイル!!

 ニコッ

『へにゃ~』

 ふははっ! なんというまぬけ顔×2。
 貴様らは今日一日私の僕となるのよ。
 まあ、正体が私だとばれてないのは天子様という天人をちやほやさせるという目的が果たせないけど、いい思いが出来るのは変わりないしバレたら血を見そうな気もする。
 命は大事デース。
 さて、私はお腹がへっているの。用意しなさい。

 「ぐずりはじめたわ。どうしたのかしら?」
 「おしっこじゃないですかね」

 違ーう!
 赤ん坊になっても私はお漏らしなんかしないわよ。
 あんたらそんなんじゃ将来子育てできないわ!
 って、こら早苗、逆さまにするな! 
 キャー! 股を開かないでー!!

 「ちょっと、早苗。赤ちゃん逆さまにしたら駄目でしょ。きっとお腹すいてるのよ」

 そうそう、私はお腹がへっているのよ。

 「えーっと、確か……あったあった」

 ちょっと、霊夢?
 それはスルメよね。
 どう考えてもハイハイがやっとの赤ん坊にスルメは相応しくないわ。
 お願い、考え直してちょうだい。

 「ほーら、ご飯ですよー」

 いや、そんなに優しく言われても歯が生えてない私はスルメなんて食べられない。だから無理やり押し付けないで!
 マジであんたら、本当に子育てする資格ないわよ。
 まずは一般常識を勉強しとけ!
 未来の人類の為に!

 「霊夢さん、なんか嫌がってますけど」
 「ほらほら、好き嫌いしてたら大きくなれませんよ~」

 むぐぐ、こ、このままでは一日たつ前に殺される。
 優しさで人は殺せるって本当なのね……ってそんな言葉あったけ?
 いやそんな場合じゃなっしんぐ!!
 助けてゴッ○マーン!

 「はぁ。10年早いって言葉はまさしく貴方達のための言葉ね」

 やはり現れたか、否、現れてくれましたか。バ、紫よ。
 いつもはムカツクそのニヤケ顔が今ばかりは頼もしい!
 ……ニヤケてない。本気の呆れ顔だ。1+1=3の答案用紙を見てしまったかのような呆れ顔の見本になれる呆れ顔だ。
 紫にこんな顔をさせるとは恐るべきかな巫女巫女コンビ。

 「そんな小さい赤ちゃんにスルメとか、鬼畜にもほどがあるわよ。ジャギ様も真っ青」
 「鬼畜って何よ。お腹が減ってる赤ちゃんにご飯あげて何が間違ってるの?」
 「霊夢、あなたはドブネズミの餌を松茸にする?」
 「ありえないわね」
 「ハイハイがやっとの赤ちゃんにスルメはそれ以上にありえないの。ほ~ら赤ちゃん。お姉ちゃんがまともなご飯もってきましたよ~」

 そ、その手に持つは離乳食!
 たぶんおかゆとにんじんのペーストらしき離乳食はなんともおいしそうな香りがしていて、私は紫のさしだすスプーンにはしたなくかぶりついてしまったわ。
 いつもならともかく赤ちゃんである私の味覚だととてもおいしかった。お腹もすいてたし。
 悔しいけど完全に借りを作ってしまったようね。

 「お腹が減ってたっていう私の予想は当たってたのに」
 「さすがです紫さん。年の甲ってやつですか」
 「早苗、その言葉は悪意が無いってことで今回は見逃す」
 「それにしてもなんで紫が離乳食持って出てくるのよ。いいとこ取りみたいで感じ悪い」
 「さっき神社に顔を出してみたら貴方達が赤ちゃんを抱っこしているのを見かけてね。なんとなく赤ちゃんのまともなご飯が期待できそうになかったから離乳食を作ってきたんだけど……まさかスルメとは思わなかったわ」
 「ふん、どうせ藍に作らせた分際で偉そうに」
 「あら、ちゃんと私が作ったわよ。ほら、あ~ん」

 お喋りしながらも私が食べやすいようにスプーンを動かす紫を見てると早苗が言った年の甲の説得力増すわね。
 風の噂だと紫は男関係が今までゼロって聞いたし。
 それにしてもおいしいわねもぐもぐ。

 「ほら霊夢。あなたが抱っこしたままだと食べさせにくいわ。私によこしなさい」
 「うー、分かったわよ」

 あれ? 霊夢が拗るなんて珍しい、というか初めて見た。
 意外にかわいいとこあるじゃない。
 いやーしかし、紫は本当に赤ん坊を扱い慣れてるわね。
 素晴らしい抱かれ心地よ。
 痛くないし苦しくも無い。胸もちょうどいい大きさだし。
 それになんだか安心できるいい匂いがする。

 「あっ、赤ちゃんが嬉しそう。紫さんは赤ちゃんあやすの上手ですね」
 「まあね。いやーかわいい! 本当に赤ちゃんはかわいいわ」

 うーん、幸せ。
 上手に抱っこしてもらえるのがこんなにも幸福だとは予想外。
 もはやちやほやされる次元を超えてるわ。
 赤ちゃんって最高!
 宇宙人。あなたには感謝する必要があるわね。
 今度会ったら地球をあげますって言ってもいいかも。

 「ところで紫。この赤ちゃんが妖怪の山の山頂に居たのはあんたの仕業?」
 「残念ながら不正解。そんな面倒なことして私には何のメリットも無いわ」

 犯人は宇宙人なんです。って言っても誰も信じないわね。
 いや、幻想郷に住み着いてる宇宙人なら赤ちゃんになる薬を持ってるかもしれないけど。

 「さて、この赤ちゃんですけど身元が分かるまで私が預かろうと思うわ。いかがかしら」

 私が赤ちゃんでいられるのは一日限定なんだけど、その一日でもこの巫女巫女コンビに預けられるのは正直恐いわね。
 誰も飢えた狼に赤ちゃんの子守を任そうとは思わないでしょ?
 それにもし、赤ちゃんが私だとバレたら霊夢はどんな暴挙にでるか想像したくない。
 素手で隕石を受け止めるほうがマシかも。
 その点紫なら安心だし、まんがいちバレても何だかんだで納得してくれそう。
 馬鹿にはされるだろうけど死なないだけはるかに良いわよね。

 「そうですね、親を探すにしても幻想郷の人里の赤ちゃんならともかく外の世界の赤ちゃんだったら私達に親探しは難しいですし、紫さんなら赤ちゃんのお世話も安心です」
 「ありがとう早苗。霊夢、あなたは?」
 「……なんかあんたに任せちゃいけない気がするわ」
 「離乳食を食べる赤ちゃんにスルメを強要する巫女さんよりはマシだと思うけど」
 「分かったわよ! あんたに任します!!」

 どうやら私は助かったようね。よかった。
 なんか安心したら眠くなってきちゃったわ。

 「あらあら、赤ちゃんが眠そうね。そろそろ帰ろうかしら」
 「そうですね。赤ちゃんをお願いします。バイバイ赤ちゃん」
 「霊夢もお別れしたら?」
 「…………」

 こりゃぁ、本気で拗ねてるわ。
 まぁ、今回霊夢は良いとこなしだし、紫に全面的に任せるしかないから悔しいのね。
 そっぽ向いたまんまだわ。
 でも霊夢、赤ん坊の私に優しくしてくれてありがとう。
 不器用だったけどあなたの優しさは素直に嬉しいわ。
 ほら頭撫でてあげるから機嫌直しなさい。

 「ほら、赤ちゃんもバイバイだって」

 最初はむくれてた霊夢もちょっと私が頭を撫でると笑いかけて私の頭を撫で返してくれた。
 ……あなたも優しい顔できるじゃない。
 ちゃんと子育てについて勉強すればいい母親になれるかもね。
 ありがとう霊夢に早苗。





 紫の住処らしき屋敷に着くと、着心地のいい服と快適な寝床が用意してあってもうこれ以上なく爆睡できたわ。
 これなら一日と言わず一生赤ん坊でいたいぐらいよ。
 一瞬ニートって言葉が浮かんだけどそれはたぶん禁忌に近い言葉な気がする。
 そんなこんなで快適だったわけだけど少し小腹がすいてきた。
 紫も藍も近くに居ないみたいだしここはハイハイで探しておねだりするのがよさそうね。
 という訳でハイハイして屋敷内を散策してたけど、どうやら二人共台所に居るみたい。
 話し声となんか聞きなれない音がする。

 シャーコシャーコ

 私が除いてみるとどうやら紫が包丁を研いでるみたい。
 藍はご飯の支度中かしら。なんともいい匂いがしてくるわ。

 シャーコシャーコ

 「紫様、包丁研ぎなど私がやりますよ」
 「いいのよ藍。私がやりたくてやってるんだから」

 シャーコシャーコ

 「まあ、気持ちは分かりますけどね。なんて言っても久しぶりのご馳走ですから」
 「本当よ。油断したらよだれがたれそう」

 うーん、何故かしら。
 二人の雰囲気はほのぼのしいのにとっっても嫌な予感がするような……

 シャーコシャーコ 

 紫が研いだ包丁を軽く洗うと、光だけでも切れそうな輝きを放っていた。
 その包丁を研ぐ行為が滅茶苦茶様になってるのが恐いんですけど。

 「でもよかったですね。運よく人間が、しかも赤ん坊。幻想郷の人間でも無さそうですし」
 「ええ、幻想郷の人里で赤ん坊が居なくなったという話はなかったからね。外界の親には悪いけどあんな桃の香り漂うおいしそうな赤ん坊を我慢するのは無理って話よ。しばらく人なんて食べてないのに」

 えっ、赤ん坊ってもしかしなくても私? っというか私しかいないわよね。
 紫って人食い妖怪だったの? そんな話は今初耳よ。
 これじゃあ私はダンゴムシじゃない。
 なぜダンゴムシかというと私が人間だった頃に遡るわ。
 あれは私が3,4才ぐらいの頃、なんとなくダンゴムシをつっついて遊んでいた。
 その時近くに蟻の巣もあったの。
 つついていたダンゴムシはダンゴ状態を解除すると私から逃げるように歩いていったのよ。
 蟻の巣に向かって。
 そしてそのまま巣の中に落っこちてしまったわ。
 しばらく様子を見ていたけどダンゴムシが再び戻ってくることは無かった。
 当時はダンゴムシの馬鹿さ怪訝を笑ったけど、今の私には笑えないわよ。
 ごめんねダンゴムシ。
 それはともかく、紫とそこそこ霊夢は付き合い長いはずでしょ。赤ん坊の私をあんなにかわいがってくれた霊夢が人食い妖怪の紫に赤ん坊を預けるってどういうことなの?

 「しかし紫様はどうやって博麗の巫女を納得させたんですか? 絶対に許すとは思えなかったんですけど」
 「あの子は赤ん坊に気を取られてて私が人食いなのを忘れてたのよ。大人びているようでまだまだ子供なのね。まあ、私が人を食べると言う事を意識させなかったのもあるけど。今回ばかりはあの子の未熟さに感謝しないと」

 ちょっと霊夢!
 いくら私がかわいいからって一番忘れちゃいけないこと忘れてんじゃないわよ!
 そんなんじゃあんた、そのうち呼吸の仕方まで忘れるわ!!

 「でも……すぐに、いや、もう思い出してるかもしれないですよ」
 「そうね。あの子は未熟でも鋭いから私が嘘をついても見破るかもしれない。きっと私の事を見損なうでしょうね」

 そんな悲しそうな顔するなら食べることなんかやめなさいよ。
 私だって鬼じゃないし、あんたは私にいい思いをさせてくれたからこのことは水に流してあげるわ。
 もしくは一日だけ我慢してくれないかしら?
 だから思い直しなさい。
 さもないと光の巨人を呼ばないといけない。
 イヤ、自分でもなに言ってるか解らないけど。

 「でもね、でもね藍。あんなにおいしそうな赤ん坊は数百年に一度会えるかの奇跡と言ってもいいわ。我慢なんて無理」

 ああ、紫の目が本気。
 本気と書いてほんきと読むぐらいの本気。
 藍の目に見える輝きも肉食獣の光ってやつかしら。
 しかし残念だったわね。
 この天子、そうやすやすと食われたりはしないのよ。
 喜んでるところ悪いけど逃げさせてもらうわ。
 でもまあ、元に戻ってもこのことは内緒にしといてあげる。
 これで借りは無しよ紫。
 そして私は音を立てないようにハイハイで出口の探索を始めた。
 屋敷は複雑な構造だったけど運がよかったのか出口にたどり着くことができたわ。
 日頃の行いって大事よね。
 赤ん坊の私が外に出たとしても命が危ないのは変わりない。
 でもここに居たら確実に食べられる。
 9割死ぬのと10割食われるのとじゃ普通前者を選ぶわ。
 がんばれ天子、負けるな天子!
 そう自分に言い聞かせて外に出ようとしたときだった。

 ガラガラガラ

 「ただいまー」

 ああ、黒猫が前を通ると不吉って本当だったのね。
 通るどころか立ちはだかってるけど。
 ここは置物の振りでやりすごすしかないわ。
 無心無心。

 「あっ、赤ちゃんだ! かわいい!!」

 無理ですた。
 その猫娘は私を抱き上げると一目さんに紫と藍の元に走っていった。
 日頃の行いって大事よね。本当に……

 「紫様、藍様! どうしたんですか? この赤ちゃん」
 「おかえり橙。その赤ん坊はね紫様が拾ってきたんだよ」
 「そうなんですか。かわいいな。あっ、もしかしてここで育てるとか?」
 「いいえ、橙。その赤ちゃんは晩御飯よ」
 「……え? 食べちゃう……のですか?」
 「そうだ。私も久しぶりだが人間の赤ん坊はとても美味だぞ」
 「橙も人の味を覚えてもいい頃かしらね」
 「食べ……る」

 おや、おやおや?
 橙とかいう猫娘の反応が芳しくないわ。

 『いいえ、橙。その赤ちゃんは晩御飯よ』
 『やったー! もう私我慢できません』

 バリッ

 『こら橙! 耳をつまみ食いなんてはしたないぞ』
 『藍さまごめんなさーい』
 『(一同)あはははは』

 という展開を覚悟していたけど、もしかしてこれは助かるチャンス!?
 橙は下っ端そうだからそう頼りにできないけどここはお前に賭けてみる。
 ほら、このあどけない笑顔を見て。
 こんなにかわいい赤ん坊を貴方は食べれる?

 ニコッ

 「わ、私はこんなにかわいい赤ちゃんを食べれません。紫様と藍様にも食べて欲しくありません」

 よし! いいわよいいわよ!

 「橙、紫様と私の言う事が聞けないのかい?」

 ちょっと藍! そんな優しい笑顔と言葉なのに恐いオーラをまとうのは反則よ!!
 恐ろしさ3割増しじゃない!
 ほら、橙が尻尾丸め込んで怯えてるじゃないの。
 って、負けちゃだめよ橙! 
 いけるいける頑張れ、もっとできる、やればできる、なんでそこであきらめちゃうんだよ、もっと、熱くなれよぉぉぉぉぉ!!!

 「すいません……今回は聞けません!!」

 おお、二人が怯んでる!
 もう一押しよ、いけいけ!!

 「橙、紫様はとても楽しみにしていらっしゃるんだ。あんまり我侭をいうと御仕置きだ。それでも言う事聞けないか?」
 「はい、聞けません」

 うわぁ、すごく重い空気になってる。
 なんだか食われてもよくなってくるぐらい空気が重い。
 でも気をしっかり持つのよ天子!
 ここでうっかり食べてもいいよ的な空気になんかしたら本当に食われる訳だし。
 でも重いわ~。

 「やれやれ、私の負けよ橙」
 「紫様!?」
 「ふぇ?」

 な、なんということ!?
 まさか、まさか本当に紫が諦めたの?
 あんなに楽しみにしてたのに。
 でも紫の寂しそうだけど優しい表情は嘘をついてるようには見えない。

 「よろしいのですか? ひさびさのご馳走ですよ」
 「いいのよ藍。今回は橙の強い意思に折れたわ。橙!」
 「は、はい!!」
 「今回だけは許すわ。でも今回だけ。式が主人の命令に逆らうなんて本来なら言語道断だということを覚えておきなさい。命令を聞けない式は不要よ」
 「はい……紫様」
 「でもね、あなたのその強い意志も大切なものよ。そのことは誇りに思いなさい。だいたい藍も昔は命令違反なんてしょっちゅうだったんだから」
 「ちょっ、紫様! それは言わないでくださいよ」

 よ、よかった~。
 なんとか助かったみたいだし、アットホームな空気も戻ってきたわ。
 そんなことを思っていると橙が私に笑いかけてきた。

 「よかったね赤ちゃん。食べられなくて」

 本当によかったわよ。
 これもあなたが頑張ってくれたおかげ。
 もう心の底からありがとう。あなたは命の恩人、いや恩妖怪?
 とにかくこのお礼は必ずするから。

 「にゃ~ん、赤ちゃんは笑うとかわいいな」
 「そうだわ橙。まだね晩御飯の仕度が終わってないの。まだまだ掛かりそうだからこれでお友達とお菓子でも食べてきなさい」

 ん? 見た感じ晩御飯はもうすぐできそうで、仕上げが私だと思ってたんだけど。
 それに晩御飯前にお菓子食って来いっておかしくないかしら。
 しかもそのお小遣いの量はお菓子を買うってレベルじゃないけど。

 「わぁ! ありがとうございます!!」
 「いってらっしゃい橙」
 「気をつけるんだぞ橙」
 「いってきま~す」
 「あっ、赤ちゃんは預かっておくわね。親御さんに返しておくから」
 「は~い」

 って、ちょっとは疑問に思いなさいよ!
 これは怪しい、というかこれは罠だ!
 あぁ、紫に渡さないで、行かないで私の希望!!
 カムバーック! カムバァァァァァック!!!

 ピシャン

 残念! 天子の希望は消えてしまった。
 でもあれよね。
 紫も簡単に約束を破ったりは

 「らーん、急いで捌くわよ」
 「分かりましたー。お皿を持ってきまーす」

 破りやがった!このド畜生!!
 あんなに切ない顔しておいて、紫の表情はもう何のあてにも出来ない。
 絶対勝つって宣言するヤムチャ並みに信用できないわ!!ってヤムチャって誰よ!?

 「ごめんなさいね赤ちゃーん。でもあなたがあまりにもおいしそうなのがいけないの。そのぷにぷになほっぺが、もちもちなお肌が、桃の香りがいけないのよ」

 おのれ、私の命もここまでか!
 しかし、このまま食われては天人の名折れ! とかは関係なく単にムカツクだけ。
 今の私は赤ちゃん故に非力なり。
 だけど! この心に燃える怒り3割と恨み7割の炎は衰えていない!
 この拳をお前の綺麗な面に叩き込んでやるわ!!

 「藍、橙にはおかずにこっそり混ぜて食べさせるのよ。あの子だって味さえ覚えれば人を食べるのに抵抗なくなるわ。それに妖怪としていずれ必要になること」

 ふっ、その油断が命取りよ。
 喰らえ! 愛(0割)と怒り(3割)と恨み(7割)の、天子ちゃんパァァァァンチ!!
 その渾身の拳は空気を削るような轟音を響かせ紫のアゴにめり込んだ。

 「ギィララァァァァァァァァァァァ!!」

 変な奇声を口から発して紫は襖を突き破ってふっとんでいった。
 ちなみに赤ちゃんだった私がいくら頑張ってもこんなに吹っ飛ばしたりはできないわ。
 ではどうしてこうなったかというと、それは殴る直前に一日という期限が切れたみたい。
 もっと分かりやすく言うと殴る直前で元に戻ったの。
 いや、しかしなんというタイミング。
 拳に何かを砕いたかのような感触が生々しくていやな感じ。
 紫もピクリとも動かないし。
 いくら私を食おうとしてたからって思わず同情しちゃうくらいのナイスパンチだったわ。
 ともかくこの美しい手、このカモシカのような脚、小ぶりながらも美しい胸、素晴らしき裸体!
 よかった、無事元に戻れたー生き延びたー。
 おめでとう、おめでとう私。
 と喜ぶ私の後頭部に突然、かぼちゃを潰したような音と激痛がした。

 「ちょっと! 人が感動してるときに何すんのよ!!」

 紫が復活したのか!? っと思ったけど相変わらず伸びてる、っということは……
 予想通り藍でした。
 その手には音と激痛の正体と思われる鈍器が。
 やたらとトゲトゲなバットが恐い、というかその無表情はもっと恐い、そしてその鈍器で殴られて死ななかったどころか一発で気絶できなかった己の頑丈さはもっともっと恐い。

 「あのー藍さ」

 無表情に一発。

 「そのですね」

 またまた一発。

 「私そろそろ帰りま」

 またまたまた一発。

 さすがに意識が遠のいてきた。
 薄れる意識の中で印象的だったのは

 「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴるー」

 と呟く無表情な藍の痛い呪文。
 薄れ行く意識の中私は思った。もう安易な誘惑には絶対のらないと。もう赤ん坊になんかなってやるかと………………………………………………………………





 翌日
 うーん、頭がコブだらけで痛いわ。
 どういう訳か私は天界で裸のまま寝ていた。
 なんかいろいろあった気がするけど昨日の記憶がほとんど無いし、よく解らないタンコブを頭にたくさんつくっていったい何があったのかしら。
 だからといって記憶が無くなるほど酒は飲んでなかったと思うし、むしろ飲んでない?
 衣玖に聞いてみても裸で見つける以前のことは知らないって言うしね。
 変な奴に会った気はするんだけど……頭が痛くて何も思い出せないわ。
 そんな私は博麗神社に遊びに来たんだけれど、あまりのコブの痛さにコタツから動けないでいたわけで。

 「うーん、痛ーい」
 「まったく、そんな状態でよく来るわね。ほら、おしぼり冷やしてきたから使いなさいよ」
 「ありがとーう」

 なんか今日の霊夢優しくない?
 正直恐いわよ。

 「あなた……本物の霊夢?」
 「はぁ? 何言ってるのよ。本物に決まってるでしょ」
 「いや、なんか丸くなって霊夢らしくないというか」

 そんな私の言葉にも霊夢は鼻で笑うだけ。
 やっぱり恐い。

 「たぶんね、昨日赤ちゃんを抱っこしたからかな? なんか和んだのよ」
 「赤ちゃん?」
 「そう赤ちゃん。昨日早苗が妖怪の山の山頂付近で拾ってきたの。結局、紫に親探しは任せたんだけどね」

 紫って聞くと何か思い出せそうだけど……むむむ。
 と私が悩んでいると神社の入り口のほうから声がした。

 『霊夢ー、いるかしらー?』

 「紫? ちゃんと入り口から来るなんて珍しいじゃない」

 コタツから出て行った霊夢は紫を連れて戻ってきた。
 何故か紫は私をみてギョッとしてたけど気になるのはそんなとこじゃない。
 紫のアゴにはおおきな青タンができていたのに驚いた。
 もちろん青タンに霊夢も気づいてるようで紫に尋ねている。

 「ちょっと紫、どうしたのよアゴのそれ」
 「いえ、ちょっと転んじゃってね、おほほほほ。それより霊夢、赤ちゃんはしっかり親御さんに届けたわよ」
 「本当? 好かったー、やっぱり人食いでも赤ちゃんを食うほど浅ましくはなかったのね」
 「当たり前じゃない」

 と言いながら目が泳いでるわよ。
 まあ、霊夢が喜びのあまり気がついてないみたいだから深くは突っ込まないであげるけど。
 そんでもってやっぱり紫を見てると何か思い出せそうなんだけどー。

 「うーん」
 「ちょっと天子、そんなに痛むの?」
 「違うわ。なんか思い出せそうなのよ。紫と赤ちゃんが鍵のような気がするんだけど」
 「ふ、二人供! 今日はいいお酒が手に入ったのよ。せっかくだから三人で飲みましょう」
 「昼からお酒~? まあ悪くないわね」
 「でしょでしょ、ささ、コップは私が用意するから。ほら天子も飲みなさいよ」

 なんか紫の落ち着き無さが若干気になるけど、今はおいしそうなお酒を楽しむのが吉ね。
 霊夢も上機嫌で乾杯の音頭なんかとってるし。

 「それでは赤ちゃんの無事帰還を祝って~、乾杯!」
 「か、乾杯!」
  乾~杯!



 しっかし、霊夢があんなに赤ん坊好きだとは思わなかったわ。
 だって、飲んでる間ずっと昨日居たらしい赤ちゃんがどんだけかわいかったか話してるんだもん。
 あんがい母親に向いてるんじゃないの?
 でも、そんなにかわいいなら私も抱っこしたくなるじゃない。
 あぁ、どっかに赤ちゃん落っこちてないかなぁ~ってそんな訳ないわね。




 
 紅魔館。

 紅魔館のメイド長こと咲夜はこの日なんとなく疲れていた。

 「まったくもう! この忙しさはどうにかならないかしら。いっそのこと赤ん坊に戻りたいくらいよ。そしてお嬢様にかわいがってもらったら……うふふ」
 「そんなお前の願いを叶えてやろうか? 胸を偽り、鼻血を出す少女よ(加藤精三さんの声)」
 「何者!?」

 咲夜にどころか誰にも気づかれることなく紅魔館に侵入したそいつは全身黒く、大きな目と耳を持ち口らしきものは見当たらなかった。





 続……かないよ!
 いやー赤ちゃんってかわいいですよね、癒されますよね。
 私の親戚に赤ちゃんが居るんですけどこの子がもうかわいくてかわいくて、居てくれるだけでその場の空気が優しくなるんですよ。
 そんな気持ちでこのSSを書きました。
 なんとなく霊夢は赤ちゃんが好きだと想像してます。
 さすがにスルメはないと思いますけど。
 ところでゲストとして登場してもらった悪質宇宙人ですが……彼の星の宇宙人がみんなつるぺた好きなわけではありません。
 たまたま今回来た奴がつるぺた好きだっただけです。

 ※2月3日 遅くなりましたが誤字修正しました。報告ありがとうございます。
 ついでに少々コメントへのリアクションを。
 まず今回の騒動を起こした悪質宇宙人ですがやっぱり分かる人は分かるんですね。
 個人的に騒動を起こす原因がどうしても紫や永淋になりがちかな? と思ったのでゲストとして参加してもらいました。
 でも幻想郷って宇宙人の観光スポットとしてはおもしろそうな気がします。
 次にスルメですがまさか赤ちゃんのおやつにできるとは予想もしてませんでした。教えてくださった方ありがとうございます。
 ちなみに、この小説のスルメはガッチガッチです。ほぐしてないのです。
 天人の肉は毒なので普段の天子だと食べられませんが、小さい頃の天子は人間だったはずなので赤ちゃんの時も人間だったと解釈してこのSSを書きました。
 たくさんのコメントと評価ありがとうございます。これを励みにもっといいSSを書けるようになりたいです。
 続きは……書けるかはちょっと微妙です。申し訳ない……努力はしてみますので。
 
ゴウテン
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コメント



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3.90名前が無い程度の能力削除
メフ○ラス星人自重しろwwwww
8.80名前が無い程度の能力削除
幼女が乳児をあやす姿って絵になりますよね。
(副音声:ぜひ紅魔館も書いてほしい)
10.100名前が無い程度の能力削除
終始ニヤニヤしながら読みました。

このメフ○ラス星人とは良い酒が飲めそうだwwww
11.90名前が無い程度の能力削除
てんこに炎の妖精が乗り移ってたぞwwwwwww
それと人食い妖怪ってKOEEEEEE!!
12.80名前が無い程度の能力削除
自爆属性付きの痛天子は最高に好きだ。
14.80煉獄削除
確かに赤ちゃんは可愛いですよね。
私も昔、叔母の子を抱っこしたことがありますよ。
あやすと笑ってくれるのが何ともいえないです。
赤ん坊になった天子をあやす早苗やら霊夢はとても和みました。
紫様も最初は良かったのに……。
面白かったですよ。
19.100名前が無い程度の能力削除
やたらとハイテンションな内容と天子のアホの子っぷりに心洗われました。
でも巫女二人の方がアホでした。幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!

続かないわけないですよね(懇願)
……てか続け(命令)
23.90名前が無い程度の能力削除
続いてと、切に思う。
う~ん、ゆかりん見事な鬼畜っぷりwwwぴぴる~にやられました。
28.100名前が無い程度の能力削除
自身たっぷりなてんこちゃん可愛い。
橙を通してバカルテットあたりに馴染めそうですね。

赤ちゃんに(裂いて柔らかくした←ここ重要)スルメは有りですよ。
おじいちゃんおばあちゃんの頃の赤ちゃんのおやつです。
齧らせる、と言うよりしゃぶらせるだけで呑み込まないので
お腹一杯にはなりませんですが、顎を使う訓練になるそうで。
霊夢は多分、足の方でも与えようとしたのでしょう。
30.100名前が無い程度の能力削除
赤ちゃんプレーですね。わかります。
天子のナイスパンチに乾杯ww
32.90名前が無い程度の能力削除
天人の肉って妖怪に猛毒なんじゃなかった
食べてたら紫死んでたんじゃない?
それはともかく赤ちゃんは可愛い
34.80名前が無い程度の能力削除
修造ww
40.90名前が無い程度の能力削除
さすが人食い妖怪
様になってますね
天人の肉は毒だけど赤ちゃんになったってことは
天人になる前の人間に戻ったって事ですかね
51.100名前が無い程度の能力削除
ネタ満載で面白かったです
内容もネタに消されず、且つ内容がネタを消さないようになってて

天子は元は地上の人間だったはず
赤ちゃんの時ならいいお肉か・・・
八雲家恐るべし
52.90名前が無い程度の能力削除
>破りやがった!このド畜生!!

吹いたw
53.無評価11削除
誤字報告。二度目なのでフリーレスで。
>以外にかわいいとこあるじゃない。
意外、かと。
55.100名前が無い程度の能力削除
さすが妖怪の賢者! 橙を騙して赤子を喰らおうとするとは、そこに痺れる憧れるゥ!
赤ちゃん以上におおはしゃぎの紫の可愛さでメロメロよ。
56.90名前が無い程度の能力削除
赤ちゃんネタとは和むなぁ。
面白かったです。
63.80名前が無い程度の能力削除
てんこかわいいよてんこ
65.100名前が無い程度の能力削除
メ●ィラス星人さん、弟子にしてください