注・独自設定、独自解釈有り
・けーねメインですがオリキャラ(?)が出ます。
---------------------少女が創った最初の歴史------
歴史食いの半獣、上白沢慧音はその日竹林の粗末な庵にいた。
「妹紅、またいつものように・・」
「うるさいな、黙っててよ」
「ほら暴れるな。いま包帯巻いてるんだから」
苛立つ少女は死なない少女、蓬莱の人の形
「どうせまた輝夜とつるんで来たんだろう?」
「うっさいって言ってるじゃん!なんなの?慧音は私の保護者かなんかなの!?
ほっといてよ!私の生き方にけちつけんな!!」
死なない少女、藤原妹紅は何時になく声を荒げる。
宿敵である蓬莱山輝夜との殺し合いの果てに満身創痍で戻ってくると
自分の庵の前にいつものように、そう、いつものようにあのお節介焼きがまっていた。
「大体大げさなんだよ、こんなもの何の意味も無い。私は死なないんだから」
「まだ暴れちゃだめだ。死ななくたって怪我すれば痛いんだから・・・」
「慧音に、なにが分かるっっ!!!!」
妹紅は手当てをしていた慧音を力づくで振り払った。
「いっっ・・・!」
「・・・・あ・・」
――――またやってしまった・・
妹紅の胸に広がるのは苦い後悔
先ほどまでの苛立ちはすべて吹っ飛び、ただ自責にさいなまれる。
――――何時もと同じだ・・。
妹紅は何時も輝夜と一戦交えたあとには強い虚無感から自暴自棄になり、心配してくれている慧音にもきつく当たってしまった。
本当は彼女のお節介焼きがどれほど自分を救うものか知っていながら
いつも・・・
「っっ、ごめんっ、慧音また私・・・!!」
「いいんだ、私が不躾なことを言ったから、」
「違うよっ、謝らないで私が悪いのに。」
「いや、私がもっと・・」
「いや、わたしが・・・」
そこでふと二人の少女は互いの瞳を見つめあった。
「ふふっ」「ははっ」
ふとこみ上げる微笑は二人がいつも通りに戻れた証。
「じゃあ、おあいこって事で」
「そうだな。・・・・っ!!」
起き上がりざま顔をしかめる慧音。
「あっっ、大丈夫?怪我させちゃった?ちょっと見せて」
「いや、大丈夫だから気にするな・・」
「いいから、ちょっと見せてみなって」
もはやじゃれ合いとなっていたが、数瞬、晒された慧音の胸元に深い傷を見つけて妹紅は青くなった。
「ああっ!!これ、今・・・」
「違う違う、あわてるな。ほら塞がってるだろう、もっと昔の傷だよ。」
確かによく見ればそれは今ついたような傷ではなかった。
・・・・よく見れば?
「・・・あの、妹紅?あんまり見られると恥ずかしいのだが・・・///」
「・・・へ?うあ、いや、これはちがっ!!」
互いに赤面する少女達を照らすのは空に浮かぶ三日月だけだ。
「あ、あのさ慧音」
「な、なんだ?」
それは、そう。恥ずかしさを誤魔化すための咄嗟の問いかけでしかなかったのだ。
まさか「ソレ」が深い意味を持つものだったなんて知る由も無かったのだから。
「その傷、何で消さないの?半獣の回復力からすれば・・・」
「これはね、これは私の歴史なんだよ。」
歴史食いの少女の顔が、昔を懐かしむような、少し苦味の混じった見たことも無い表情をしていたから。
妹紅は声をかけられなかった。
それは遙かな昔の話
一人の少女が白沢と出会った話
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時は承和3年(西暦836年)
淳和天皇の治める平安の都は嵯峨上皇の権威の下、平和に統治されていた。
弘仁12年(西暦821年)乳飲み子の状態で朱雀門の下、拾われた少女は「けいね」と名づけられた。
運のいい事にそれなりの文官の家で教養を与えられ、
今では冷然院で11歳の恒貞親王(つねさだしんのう)御付の下女として働いていた。
「親王様、どこに行かれるのですか。供の者もつけずに・・」
「堅いことをいうんじゃあないよ。ところでけいねよ、面白いなぞなぞがあるんだ。」
本来親王と口を利けるような身分ではないのだが、けいねは何故だか恒貞のお気に入りだった。
「またなぞなぞでございますか?」
「そうだ、お前の好きななぞなぞだ。この世で一番美しい花とはこれいかに」
「むむむ・・・・」
頭を抱える少女の横を恒貞は悠々と過ぎていくが、四つも年上の少女はそれにかがつかない。
「逸勢(はやなり)よ、おお、書をしたためる途中であったか。」
「親王様?!如何してこのようなところに?!」
驚き振り返った三十台半ばの男は、橘逸勢(たちばなのはやなり)。
但馬権守(たじまのごんのかみ)であり、恒貞の右腕的存在であった切れ者。
また、嵯峨上皇とともに三筆の一人と謳われる能書家でもある。
「お前が唐(もろこし)の国から持ち帰った爛柯(囲碁)とか言うものがあったろう。
またあれをさせてくれ。なに、ほんの半時で帰るから」
「またですか、あとでお叱りを受けるのは私なんですからね。」
そういって逸勢は口を尖らせながら部屋の隅から碁盤と碁石を持ってくる。
これは延暦23年より空海らとともに唐に渡っていたとき、あちらの皇帝から筆や硯とともに賜ったもののひとつであった。
「では一局。手加減はいたしませんよ。」
「面白いことを言うな、余に勝てるとでも?」
ちなみに戦跡は七勝一敗。どちらの七勝だったかは・・・言わぬが華だろう。(まあ、逸勢なのだが)
「けいね、おいけいね。聞いているのか?」
「・・はっ、伴健岑(とものこわみね)様?良いところに。
この世で一番美しい花とは何でございましょうか?」
体格のいい壮齢の男は深くため息をついた。
「おまえなあ・・・。親王様は何処に居られる?」
「あ・・・・。あれ、親王様?」
「またか・・。お前はどうして学習せんのだ!!親王様のなぞなぞは目くらましだ馬鹿者!
お前がついていながら何時も何時も・・。」
「も、申し訳ございません。考え込んでいる隙に・・。」
「もういい、探しにいくぞ。」
「は。」
慧音に苦言を呈すのは春宮坊刀帯舎人(とうぐうぼうたちはきのとねり)であり、逸勢の盟友、伴健岑だ。
春宮坊とは皇太子の家政を請け負う部署
刀帯舎人とは、腕の立つ武人で皇太子をお守りする懐刀。
皇太子のそばにあって常に帯刀を許される身分である。
「やはりここに居られましたな。」
「いい加減にご自重くださいませ。」
健岑とけいね、側近二人に見つかった恒貞は悪戯が見つかった市井の童子のようであった。
「見つかってしまったか。まあ待て、あと三手もうてば私の勝ちだ。」
「何処にどのようにうてばそのようなことが可能なのか是非ご教授頂きたいものです・・。」
これはやはりわざと負けるべきなのか、と逸勢は難しい顔をしている。
「それはそうと親王様、先ほどのなぞなぞの答えは・・・」
「まだ考えとったんか馬鹿者!もうそれはいい!親王様もほら、お帰りになってください。
逸勢、お前もさっさと負けんか。」
「いや、しかし・・・」
だが、逸勢の悩みは答えを出すまもなく断ち切られることになった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
「な、なんの音だ!親王様、お下がりになってください。」
突然の怪音に四人は泡を食って立ち上がった。
「おい、棚から煙が・・・、火事か?いや・・・?なんだこれは・・!」
部屋の隅に置かれた棚からもうもうと立ち上る煙が次第に質量のある形を持ち始めた。
あたりが暗くなり、他の舎人たちが気付いてやってくる様子も無い。
そして煙ははっきりとした形を持って畳の上に降り立った。
その顔は美しい女性に似て、額にはもうひとつの目。
頭からは鋭い二本の角が生え、体躯はカモシカのよう。
わき腹に左右三つずつの目を備え、鳳凰のような尾がまぶしい。
「・・・なんだ、これは。」
恐ろしいほどの神々しさに四人は動くことができなくなった。
[日出国の皇太子恒貞よ。貴方に危機が迫っている。]
頭の中に直接響くような不思議な話し方でソレは語りかけた。
[明日の丑の刻、部屋に刀帯を一人控えさせなさい。そして庭側の御簾の前に碁石を一つ置いておきなさい]
それだけ告げるとソレはまた煙のようになって棚の中に消えていった。
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「いったい、今のはなんだったのであろう。」
逸勢が首をひねる。
「棚を開けてみよう。けいね、恒貞様、下がっていてください。」
健岑は意を決して棚をに手をかけた。
スーッ
「これは・・・硯か?」
中には大陸風の意匠を凝らした白い円盤型の硯が入っていた。
「それは私が唐で書を献上した褒美として皇帝様から賜った硯だ。それ一つだけが妙に古いもののようだったから良く覚えている。」
逸勢がその来歴を語った。
「唐で・・・。」
「どうしたけいね。何か気になることがあったのか?言ってみよ。」
恒貞はけいねの博識ぶりを高く買っていた。
「はい。今現れたのはおそらく白沢でございましょう」
「はく・・?それは如何なるものだ?」
「はい、古くから優れた為政者のもとに現れては様々な災厄を予言し、その警告をするという徳の高い神獣でございます。
古くには今の唐より遙か昔、大陸の皇帝のもとに現れた話が有名でございます。先ほどの警告も本当かと。」
逸勢が深く頷いた。
「なるほど。ではこの硯は皇帝のもとに伝わる白沢憑きの宝物であるのやも知れぬ。
皇帝様がそれをご存知だったか、今は知る由も無いが、大切なものだから大事に使えとおっしゃっていたのはこういうことか。」
「であるならばその警告を信じよう。恒貞様、明日丑の刻には私がそばに控えます。けいね、御簾の前に碁石を置いておけ。」
「かしこまりました。」
「ふむ、しかし危機とはなんであろう。」
「恐れながら申し上げます。」
「なんだ逸税。申して見よ。」
「近頃、藤原良房様の一派が政権を握ろうとよからぬ事を企んでいるの聞き及んでおります。
刀帯舎人を控えさせよという件の白沢の言葉が正しいならば、・・・暗殺ということも。」
険しい顔をする逸勢に対し、恒貞は気負った様子も無い。
「政権などとって何がしたいのだろうな。皇太子の位を辞退する旨を何度か申し出てはいたが、嵯峨上皇がお留めになる。
殺されるくらいらば、やめてしまいたいものだ。あははっ。」
「親王様」
「怖い顔をするなけいね。私のような愚か者が為政者など性に会わん。お前のような賢いものが適任だ。
どうしてこの国は女に政権を譲らんのかなあ。」
恒貞の考えは現代では至極当然のことではあるが、承和のこの時代には極めてそぐわぬ物だった。
「滅多なことをおっしゃるものではありません。」
「怒るなよ健岑。とにかく、明日は頼むぞ。」
「「「は。」」」
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翌日
「もう少しですね。あと四半刻で丑の刻です。」
「全く、別の部屋に控えて居れというのが分からんのか、けいね」
「傍仕えの下女にございますゆえ。」
結局警告を聞いた四人が今か今かと部屋に待機していた。
健岑は刀の柄に手をかけ、ピリピリとした緊張感を漂わせている。
「・・・・・・。」
そして、その時は静かにやってきた。
「曲者だー!!賊が侵入したぞー」
遠くで警邏中の舎人が声を張り上げている。
「・・本当にやって来たか。頼むぞ健岑」
「この命に代えても!」
・・・・
・・・・
・・・・
・・・!
微かに廊下をすり足で走り来る音が響いている。
パァン!!
とふすまが開かれ、
「親王殿、お命ちょうだ・・・・!!!なっ!?」
突如現れた賊はしかし健岑の太刀を首筋にあてられ、予想外の迎撃に固まっている。
実は強がっていたけいねはそこでようやく肩の力を抜き・・
「はあ、よかった・・・」
しかし逸勢は賊の表情に余裕があることを見逃さなかった。
「?、気を抜くなっ、まだ・・・」
そのとき弓を構えたもう一人の賊が庭から御簾を跳ね飛ばして躍り出た!!
躍り出た・・・・が、
「くらえ・・・うわっっ!!」
盛大に転び、額を柱に打ち付けて勝手に伸びてしまった。
「「「「「・・・・・・・。」」」」」
人生の大一番にこの失態。
敵味方を別にしてこのときばかりは全員が賊を哀れんだ。
「あ、だから碁石か。」
賊が碁石を踏んで転んだことをけいねが看破してもその空気は回復の兆しを見せなかった。
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二人の賊は駆けつけた警邏につれられて行った。
悲惨な末路を辿るであろう事は想像に難くないが、命を狙われた関係上、同情の余地は無い。
「しかし、白沢の警告・・・。本当になりましたな。」
「うむ。余も驚いておる。とんだ宝物をもらったものだな。」
「確かに・・。とにかく誰も怪我をせずにすんでようございました。」
かくして恒貞達は神獣の警告によって守られたのである
-------その後、2、3年に一度白沢は現れ、警告を与えては去っていった。
しばらくの平穏が流れ流れて・・・・・。
それは突如終わりを告げる。
承和7年(西暦840年)恒貞の父、淳和上皇が崩御
雲行きが怪しくなり始めたのはこのころだった。
そして承和9年(西暦842年)7月15日
嵯峨上皇が崩御された。
そもそも恒貞を皇太子に推したのは嵯峨天皇の強引な薦めであり、恒貞の強力な後見であったのだ。
その嵯峨上皇が没した。
これが意味するところを知らぬものなど、政界にはいなかった。
7月16日
「畏れながら申し上げます。」
「なんとした?」
聞き返しはしながらも恒貞自身何を言われるのか見当はついていた。
「藤原諸氏の動きに不穏な気配がある、と逸勢どのが申しております。」
「やはりか。だから皇太子の座など要らんと言うに。
本当に上皇様の死を悼んでいる人間がどれほどいるのやら。」
深くため息をつく親王を前に、けいねは居心地の悪さを感じていた。
「どうした、お前が申し訳なさそうにしてどうする。
天皇の血筋の争いというのはこれ、宿命のものである。余はそれから逃れることがかなわん。
宿命という奴だ。とりあえず逸勢と健岑をこれへ呼べ。」
「はい、今すぐに。」
踵を返すけいねをしかし恒貞は呼び止めた。
「待て」
「何でございましょう。」
「これは今言うたように余の宿命だ。
・・・しかしけいね、お前の運命ではない。老い先短い余についてくる道理は無いぞ。
身の振り方を今一度良く考えておけ。」
「いいえ」
けいねの即答に恒貞は一瞬あっけに取られた。
「親王様についていく道理は確かにありません。」
「ではどうして・・」
「道理は無くとも、『義理』が御座いますゆえ。
失礼。」
そのままけいねは振り向かずに歩き去った。
「なかなかどうして・・・。芯の通った奴じゃ。
時代が時代なら、この国はお前を天皇として迎えたであろうことよ。
少なくとも、余ならばそうした。」
---------------------------------
「この盃は別れの盃だ。」
その日の夜、冷然院の一室ではささやかな酒盛りが開かれた。
恒貞と逸勢、そして健岑の三人だけの宴。
本来舎人と親王が酒を酌み交わすなど、ありえないことである。
しかし、無論恒貞がそのようなことを気にするはずも無い。
止める二人を押し切っていつでも自分のやりたい様にやってしまうのだ。
しかしこのような行いが悲劇を招いたといえなくも無い。
人払いをしてはこのように幾人かで集まっている事が政敵にいらぬ緊張を伝播させていたことなど、
恒貞は知る由も無かった。
謀反を企てていると噂を立てられることなど考えもしなかった。
良くも悪くも”政治的であること”を嫌っていて、
だからこそ逸勢も健岑も、そしてけいねも深い信頼を寄せていた。それは皮肉などではない。
大事だったからこそ、その発言に二人は過敏に反応した。
「別れの盃とはどういった意味でございますか!!」
「聞き捨てなりませぬ!」
血相変えて立ち上がる二人を見て恒貞は嬉しさと悲しさのないまぜになったような表情をした。
「このままではいずれ、皇太子の座を狙われよう。位だけならば良い、いつでもくれてやる。
しかし、また刺客など送られてみろ。お前らのみに何かあったらなんとする。
だから聞いてくれ、
余は・・・・御髪を下ろすことにした。」
御髪下ろし(みぐしおろし)とはつまり出家するということである。
「つまり・・・皇太子をお辞めになる、と?」
「その通り。世俗から離れて気ままに暮らすことにするさ。
・・・・失望したか?」
逸勢と健岑は同時に顔を見合わせて、
「いえ」
「そう仰るだろうとは思っておりました。」
恒貞は一瞬驚いて、しかしすぐに微笑んだ。
「うむ、余は気分が良い。酒も美味い。どれ、けいねも呼んで来い。」
「な、幾らなんでも下女と酒を酌み交わすというのは・・」
とうろたえる健岑に対し、逸勢は
「それは良い考えです、早速行ってきましょう。」
「こら、お前まで。
ああもう、知らんぞ。」
その光景はまるで四十年以上も前、三人がまだ年若き青年であったころとかわらぬもので、
わけも分からずつれてこられたけいねはその光景に絶句し、笑い、羽目をはずして(親王の前で)、
それはそれは幸せな宴だった。
そしてそれは最後の宴でもあった。
宴もたけなわ
望むと望まざるとに関わらず
宴に終わりは訪れるのだから。
-------------------------------------
深夜を過ぎて7月17日
真夜中に事件は起きた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・
「・・!これは!」
「白沢か!こんな時間に?!」
四人の酔いはそこで一気に醒めた。
神獣、白沢の降臨はこれまで幾度かあったが、いずれも夕方、逢魔が時であった。
常に無い出来事に嫌な予感が燻った。
壁をすり抜けてきた大量の煙が見る間にいつもの形に変化した。
[危機が迫っています、あなた方全員に]
「全員だと?」
[この度ばかりは私も遅れをとりました。警告が遅れたことを遺憾に思います]
何時に無くあわてたそぶりの白沢にけいねは強い不安を感じて叫んだ。
「遅れたってどういうことなのですか!いったい・・・!
いったい何がおきると!?」
[藤原良房が刺客を差し向けました。あなた方を・・・皆殺しにする気でしょう。もう時間がありません]
「はっ、刺客などこの伴健岑が三枚に下ろしてくれる。老いたと思って舐めるなよ!」
[ただの刺客ではありません。ただの武士ごときにどうしてこの白沢が遅れをとりましょう。
敵は方術を操る法師に、式神を従えた陰陽師。もうそこまで迫っています!]
「しかし余が出て行けば・・・」
「そんなことを仰らないでください!!」
「だが・・」
[いえ、既にそのような段階ではありません。敵がわざわざそのような異形の術者を集めたのは、
あなた方を完全に消滅させるため。無かったことにしてしまうためです。存在を抹消すると共に
周りの人から記憶を奪い、最初からいなかったことにする気なのです。]
白沢の言葉にはこれまで何度も助けられてきた。
いまさらそれを疑うものはいなかった。しかし
「・・・・なんと、そんなことを可能にする術があるとは。」
感嘆する恒貞に比して、けいねは冷静さを失っていた。
「逃げましょう!逸勢様も、健岑様も、早く!!」
「どこへ逃げるきだ馬鹿者!腹ぁくくれ!上手くすればお前だけでも生き残らせてやる。」
健岑の啖呵に逸勢も笑って
「親王様を差し置いてか?まあ、親王様もけいねを助けろと仰るだろうが。」
恒貞は同意するように微笑んでいる。
「・・なんで、なんでわたしなんか。」
―――――私はみんなに消えて欲しくなんか無いのに!!
少女としての願いは口に出されること無く噛締められた。
誰もそれを望まないと知っていたから。
「力を貸してくれ、白沢様よ。」
[太刀を抜きなさい]
健岑は拵えのいい名刀をスラリと解き放った。
すると白沢は消え去るときと同じく煙に変化し、刀に吸い込まれるように入っていった。
次の瞬間、太刀は月明かりの下でぼんやりと光を放った。
[白沢の最大の権能”事象の記録書き換え”によってこの太刀は異能の術を弾きます。 さあ早く、賊が来ました。庭を見るのです。]
法衣を纏った術者たちが庭に降り立つのと、健岑が駆け出すのは同時だった。
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戦いは熾烈を極めた。
文官である逸勢も弓を持ち出して援護し、健岑も老体に鞭をうって全盛期と遜色ない動きを見せた。
「てりゃあああああああああ!!!これで三人!!」
「けいね!!奥の間から矢を取って来い!!」
「は!!」
しかし多勢に無勢
ただでさえ個々の力が比較にならないのだ。
各々の動きは見る間に鈍くなり、そして・・・
「ぐっ、ぅああああああああああああああああ!!!!」
ドンッ、と飛ばされたのは前線の健岑だった。
陰陽師が何事か(おそらく真言の類だろう)唱えた直後カッと光が爆ぜて吹き飛ばされた。
白沢の剣も半ばから折れ、鈍くきらめいている。
「健岑!いま・・・・ぐぅ!?」
「逸勢様っ!!」
逸勢もまた術を食らったのか苦しげにうめいて蹲った。
―――――なんで、なんで皆・・・!!!
そのとき駆け出したのは恒貞だった。
「親王様!?」
「もう止めてくれ!!!!!!!彼らがいったい何をした!!!そんなに位が欲しいのか!!」
「下がってください!!!親王様、だめっ・・!!」
次の瞬間何にも音が聞こえ無くなった。
一瞬けいねは、自分ももう死んだのかと思ったが
意識はまだあった。
とにかく不思議と気持ちが悪い。
それは自身の存在そのものを揺らがされることによる嫌悪感だった。
声が出せない
親王様の声も聞こえなかった。
―――――――ああ、もう皆死ぬのだろうか。
死ぬのだろうな
死んで、誰からも忘れられるのだろう。
不思議な人だった親王様、
やさしかった逸勢様
いつも厳しいけど頼りになる健岑様、
みんな忘れられてしまうのか
みんな・・・
それは・・・嫌だな
嫌だ
イヤダ
嫌・・・・
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
けいねの絶叫に数瞬空間が揺らいだ。
そしてその数瞬が明暗を分けた
数瞬で十分だったのだ、 神獣、白沢が最後の力を振り絞るには。
[聞きなさい、けいね!聡い娘よ、賢い娘よ!!私の声を聞くのです!!慧音!]
―――――どうしてか全身から力の抜ける中、その声は頭の中にはっきり響いた。
感覚が、思考が、研ぎ澄まされていく。
[失いたくないのでしょう!失くしたくないのでしょう!!今、重要なことを問います。]
―――――なんだっていい、あの人たちのためなら何だってできる
[自分の歴史を捨てる覚悟はありますか?]
もともとあってないような拾われた命、惜しいことなどあるものか!
[よろしい、今から白沢の、私すべてを貴方に託します。”事象の記録書き換え”の権能と共に。
あとは何をすべきか分かるはずです。
私の力も今は風前の灯。都合のいい改ざんをする権利も余裕もありませんが、歴史の抹消を
防ぐ程度の力はあるでしょう。]
「分かった。貴方のすべて、貰い受ける。」
少女、慧音は折れた剣を拾い上げ、その切っ先を自らの胸元に突きたてた。
[うまくやりなさい、賢き娘、慧音]
すべての事象が曖昧になって慧音の手のひらに集まった。
涙で滲む瞳が捉えた一筋の光は、満月の抱擁だったのだろうか・・・・・
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慧音が目を覚ましたのはどことも知れぬ丘の上であった。
頭の中には無意識のうちにも編纂され続けた膨大な歴史が収まっている。
「300年も眠っていたのか・・・?」
既に人の身でないことは分かっていたが、俄かには信じられない。
「はっ、親王様は、逸勢様は、・・健岑様も。」
とうの昔に死んでいるのはもちろんだが、
果たして歴史上、彼らはどのように処理されているのか・・・
夢中で歴史を紐解いた。
1017年
・・
・・
・・
969年
・・
939年
・・
・・
・・
901年、違うもっと前だ
・・
・・
・・
858年
・・
・・
・・・・・・あった!842年 「承和の変」 これだ!!!
「ふむ・・・・」
内容は思わしくない。
やはり謀反の疑いをかけられたことになっている。
橘逸勢、伴健岑はそれぞれ伊豆と隠岐へ流罪。
逸勢様は護送中に無くなっているが853年、罪を許されている。よかった。
健岑さまはその後出雲へ左遷、没年は不明。
当時17歳だった恒貞様は廃位。
24歳で出家、884年に皇位継承問題のなか即位要請を断って同年、座禅を組んだまま没している。
でも、
「よかった・・・消えてない。本当によかった・・・・!!!!」
少女は一人涙を流した。
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丘の上で涙を流し続ける少女の隣に誰かが音も無く現れた。
右手に日傘を差し、不思議な笑みを浮かべたその女性は少女に問うた。
「何故泣いているの?」
「・・・・・・う、うれしいから。」
「そう。」
そうしてしばらく微笑んでまた問うた。
「貴方、名前は?」
「慧音と申す。」
「苗字は無いの?」
「苗字は・・・・・
苗字は上白沢、ハクタクを上に頂くで、上白沢慧音と。」
初めて名乗る名は不思議としっくりした。
不思議な女性は満足した様子でこういった。
「歓迎するわ、上白沢慧音。幻想郷にようこそ。」
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「へえ、そんなことが・・・。」
「懐かしい話だ。」
歴史食いの少女は何の気なしに自らの歴史を久しぶりに紐解いて、
・・・あるものを見つけた。
「おい、妹紅。最近の外の歴史家も存外優秀なのだな」
「へ?」
広辞苑
承和の変:
承和9年7月、謀反の企てがあったとして・・・(中略)・・
『藤原良房が計画した政治的陰謀とされる。』
―――疑いは晴らされた・・・か。
「歴史家を名乗ってることが誇らしく思えたのは久々だよ。」
「・・・そんなもんかねえ。ま、けーねがいいならそれでいいよ。」
Fin
話的にはおもしろいと思うからそのところもうちょっとがんばってみたらどうよ(笑)
少し展開に強引なところもありましたが、それでも登場人物がしっかりと動いていて良かったです。
ただ、それだけにやはり展開の強引さが惜しかったかなぁ、と。もう少しねりこんでみたら良かったと思います。
とりあえず貴方のおかげで承和の変の関係者は忘れないでしょう(受験生なもので)
漠然とですがもう一歩足りないような……。
前述しましたが、悪くはなく面白かったですよ。
次回などの作品がどうなるのかも楽しみです。
追記
台詞の文末に『。』を付けていますが、それは必要ないかと。
それと三点リーダ『…』などのほうが宜しいかとも思います。
特に歴史上の事件に関連した話は大好物です
ご馳走様でした
「命が救えないならせめて大切な人の歴史を守りたい」
という想いが切なく胸を打ちます。
慧音の成り立ちが幻想郷以降の慧音の在り様とも無理なく繋がっていてほっとしました。
また、最後の「広辞苑」のオチは学問の本質を突いていて感動的です。
情景描写や心理描写がもう少し多いともっと素敵な作品になると思います。
生意気を言ってすみません。
ぜひまた貴方の作品が読みたいです。
じんわりとくる作品でした。
ただ、暗色系の背景に黒字だと字が見難いんですよ。
>16さん
そういっていただけるとにわか文章書きにとってこれ以上ありがたいことはありません。
今後の作品にも期待。
それになかなか読み応えがあった
おもしろー!