忘れられた悪魔の妹 -表-の続きになります
まずは-表-の方から読み進めてください。
狂ったように杖を振るうフラン、自分の思い通りに事が運ばず、獲物を仕留められない苛立ちを隠せないでいた。
「何で壊れないのよ!このっ!このおおおおおおお!」
いつまで経ってもフランの攻撃は止む事がない。
このまま時間だけが過ぎていくかと思われたが、突如フランがその動きを止め何かを呟く。
「邪魔よ・・・・・・邪魔なのよその足が。あはははは、まずはその邪魔なのから壊してあげる」
フランはそう言って空いている方の手をかざし、ゆっくりと拳を握った。その瞬間、咲夜はその場に力なく崩れ落ちてしまう。
突然の出来事に何が起こったのか状況を把握できない。右足の感覚の消失――遅れてやってきた激痛で咲夜は自分の足に何かが起こったのだと理解する。恐る恐る足元に目をやると、右足が、途中から本来曲がるはずのない方向へと向いていた。痛みと恐怖に思わず声を上げてしまう。
「いっうあああああああああ」
激痛はさらに激しさを増す。自分の身に起こったことを知ってしまった――自覚してしまったが故に。その苦痛の中で、フランの先ほどの行動が自分の足を破壊したのだと悟るが、もうすでに遅かった。
苦しむ咲夜の様子に満足したかのように狂気の笑みを浮かべ、フランは杖をゆっくりと振り上げる。今の咲夜にその一撃をかわす術はない。
「今までよく頑張ったわね、楽しかったわ。でも――これでおしまいよ!」
言い終えると同時に渾身の力で杖を振り下ろす。放たれた必殺の炎が地面を食らいながら一直線に咲夜の方へと向かっていく。
万策尽きた咲夜に抵抗する力は残っておらず、すっと目を閉じ自らの終焉を静かに待っていた。
永遠にも思える時間が過ぎ、炎が咲夜の眼前に迫ったその時、不意に炎が目の前で、咲夜を避けるように真っ二つに裂けた。
咲夜の背後で炎が爆ぜる。その爆音で我に返った咲夜の目の前には少女が立っていた。
少女は後ろを振り向かず口を開く。
「地下室には入るなって言わなかったかしら?主の言うことを守れないなんてメイド失格よ」
「お、お嬢様!?どうして――」
「どうしてここにいるかって?あれだけ盛大に暴れといてよくそんなことが聞けるわね。いくらなんでもうるさくて寝れやしないって」
口調こそ穏やかだったがその少女――レミリア・スカーレットは激しい怒りを隠そうともせず、右手に携えた真紅の槍をフランに突きつける。
「人の従者をよくもまぁここまで痛めつけてくれたわね。それ相応の罰を受ける覚悟は出来ているのかしら?」
その問いかけにフランは答えない。レミリアをじっと睨みつけたまま微動だにしない。
「何とか言ったらどうなの?」
「うるさいうるさいうるさいっ!何なのよ急に出てきて偉そうに・・・・・・お姉様はいつもそうよ!どうして私から何もかも奪っていくの!?普段は構ってもくれない癖に、こういう時だけ出張ってきて――もう一人でいるのは嫌なのよ!咲夜は私のモノなんだから!私の邪魔をしないでええええ」
フランの悲痛な叫びが響き渡る――レミリアを睨みつけるその目に一層力がこもる。しかしレミリアは表情一つ変えず槍を構えたまま、今か今かと出番を待っている最後の参加者に向け呼びかける。
「パチェ」
その呼びかけに背後の闇から魔法使いが応える。
「何かしらレミィ」
「見たところ咲夜はもう動けそうにないわ。あいつは私が何とかするから、あなたは咲夜を死守しなさい」
「分かったわ――レミィ、頭にきてるのは分かるけど、ほどほどにしておきなさいよ」
「はいはい、ほどよくお仕置きしてやるわよ」
やれやれと呆れつつ、パチェは咲夜の側に寄り添い地面に何かを描き始めた。
レミリアはそんなパチュリーの様子を確認すると再びフランと対峙する
「さて・・・・・・フラン、言いたい事はそれだけかしら?」
「さっきから邪魔しないでって言ってるでしょ・・・・・・お姉様の馬鹿!分からず屋!」
「馬鹿はどっちだっ!言っても聞かないあんたが悪いんだよ。自分の欲望に任せて何でもかんでも『壊す』なと、何回言わせれば気が済むの!」
レミリアの口調も次第に幼いものに変わっていき、二人の言い合いはいつしか子供同士の口喧嘩の様になっていた。
「お姉様に私の何が分かるのよ!もう嫌もう嫌もう嫌、みんな、みんないなくなっちゃえええええええええええ」
先に動いたのはフランだった――動いた、というより消えたという方が正しい。フランは皆の視界から完全に姿を消し、間をおいて現れた七色の弾幕が四方八方からレミリア達に向かって襲い掛かる。
レミリアは器用に弾幕を掻い潜りながらフランを探して宙を舞う。
「くっ、どこに行ったのかしら――パチェそっちは大丈夫!?」
弾幕は当然パチュリーと咲夜にも襲い掛かったが、二人の足元にはパチュリーの描いた紋様が完成しており、結界が二人を七色の雨から守っていた。
「何とか間に合ったわ。レミィ、気をつけて。私にも妹様がどこにいるのか分からない、気配が感じられないの」
そうしている間にも弾幕は激しさを増していき、地下室のいたる所で爆発が起こる。
レミリアは執拗に放たれる弾幕とフランを中々見つけられないことに苛立っていた。
それからどれだけの時が流れただろうか――弾を避け地に足をついたレミリアの背後に時間差で次の攻撃が迫る。
だがその第二波にも気づいており、レミリアに動じる様子はない。すぐさま回避行動に移ろうとしたレミリアだったが、その動きが不意にピタリと止まる。
ふと視線を下ろした先――自分の腹部に、黒い何かが突き刺さっていた。
「あはははっ、つーかまえた」
突如としてレミリアの前に現れたフランは、杖をさらに強く押し込む。
そんな状況でもレミリアの口からは声など出ない、決して声など出さない。
姉としての意地か、はたまた紅魔館の主としてのプライドか。
沈黙を保ったまま顔を上げニヤリと笑い、口から滴っていた血を舐め取る。その姿は刺された痛みなど感じさせないほどに優雅で魅惑的だった
「なっ、あまりの痛みに声もでないのかしら?かわいそうなお姉様」
「ふふふ、あははははははっ」
「何がおかしいの?」
「捕まえた?ごめんね、思わず笑っちゃったわ――捕まえたのは私の方よフラン」
レミリアの言葉で本能的に身の危険を感じ、すぐさま距離をとろうとするフラン。だがレミリアに深く付き立てた魔杖がびくともしない。追い詰められているのは自分だと悟ったが時すでに遅し。
「さぁお仕置きの時間よ――もう謝ったって許さないんだから!」
「いやっ、お姉様、やめっ――」
すでにフランの言葉など聞こえてはいない。レミリアは刺さった杖などもろともせず、槍を構えて地面を蹴る。
途中で勢いを殺すことなく槍はフランの胸元に突き刺さる。二人は壁に激突し、白煙を上げたところでようやく止まった。
しばらくして晴れた白煙の中から、槍を担いだレミリアと、壁にもたれたまま動かなくなったフランが姿を現す。
「お嬢様!」
その様子を確認して、パチュリーに抱えられた咲夜がゆっくりと向かってくる。
「お嬢様、フランお嬢様は――」
「見ての通りよ、あれじゃ当分動けないわね」
飄々とそう言うレミリアだが、杖の刺さっていた箇所が痛々しく、まだ血が滴っていた。
「まぁあれも一応吸血鬼だから――安心なさい、死んではいないから」
「そうですか・・・・・・よかった――」
そこで――張り詰めていたものが切れたのだろう、咲夜の意識は途切れてしまった。
「パチェ、咲夜を私の部屋まで運ぶわよ」
「レミィが運んでくれるんじゃないの?力仕事は私の領分じゃないんだけど――」
納得できない様子だったが、レミリアの負った傷を見て、パチュリーは渋々承諾した。
メイド長はまた夢を見ていた。どこだか分からない場所で少女が一人泣いている。
泣いている少女には、誰も声をかけようとはしない。
しばらくの間、その泣き声だけが虚しく響く。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
少女が泣き止む気配はない――ここまではいつもと同じ、まるで同じ光景。
そこで何者かが少女に近づいていく。
「はぁ・・・・・・うっ」
目を覚ましたそこはいつもとは違う豪勢な部屋。真っ先に目に入ったのは大きなシャンデリアだった。
「やっと起きたわね――気分はどう?」
「思ったより早かったわね――体の調子はどう?」
示し合わせたかのように同時に話しかけるレミリアとパチュリー。その第一声はまるで正反対で――どれが誰の言葉なのかはご想像にお任せしよう。
「体の方はまだ痛みますが、気分は悪くありません」
「あなたあれから二日も眠っていたのよ?まったく、屋敷の主が自分の部屋で眠れない日々を過ごすってどうかと思うわ」
そんな嫌味を言うレミリアだったが、その言葉に刺々しさはない。
「ベッドを占拠してしまって・・・・・・というより色々と、申し訳ありませんでした」
「あなたも痛い目見てるんだしもうとやかく言うつもりは無いわ。好奇心はメイドをも殺しかねないってことだけ覚えときなさい」
偉そうに胸を張っている姿を見てパチュリーは「咲夜は猫というより犬よ」と突っ込んだ。
そんなパチュリーにレミリアが突っかかる。そんな二人の姿に苦笑してしまう。
「そんな些細な事で言い合わなくても――好奇心云々については、心に刻んでおきますわ・・・・・・で、その件についてなんですが、フランお嬢様はあれからどうされてるんでしょうか」
中々答えようとしないレミリアに代わってパチュリーが回答を引き継ぐ。
「どうもしてないし、何も変わりはないわよ。今まで通りあの地下室にいるわ」
「そうですか・・・・・・」
ただ一言だけ、ぽつりと呟く。
咲夜は一人考え込む。何か言いたげな様子で俯いたまま考え込む。
長い沈黙、聞こえてくるのは、止む事のない雨の音だけ。
誰もが沈黙に耐えかねたその時、咲夜は意を決して、胸の内を打ち明け始めた。
「フランお嬢様は泣いてました。一人は嫌だと、一人は寂しい、と――お嬢様もお聞きになったはずです。おかしくなってからのフランお嬢様も、一人でいるのは嫌だ、と。あの言葉はフランお嬢様の本心だと・・・・・・私はそう思うんです」
「それで?」
「私よく夢に見るんです」
「夢?またえらく話が飛んだわね」
咲夜はレミリアの言葉を無視し、言葉を繋ぐ。
「その夢の中では女の子が泣いているんです。特別な力を持ったその女の子は、皆から嫌われ一人ぼっち。誰も遊んでくれない、泣いていても誰も助けてくれない。ずっと一人で泣いているんです――ある日女の子に転機が訪れます。泣いているその子に手を差し伸べる人が現れるのです。女の子はその手を取って歩き出すんです」
「いまいち要領を得ないわね――続けて」
「私、フランお嬢様が寂しいとおっしゃるそのお気持ち・・・・・・分かるんです。私もこの力の所為で同じような思いをしたことがあります。そんな私には、お嬢様が手を差し伸べてくれました。私がこの世界にいる意味を与えてくれました――フランお嬢様にも誰かが手を差し伸べてあげないと、あんな所に閉じ込めて縛り付けているだけじゃ何も変わらないと思うんです。これは勝手な解釈かもしれませんがフランお嬢様のあのような――攻撃的な一面は歪んだ愛情表現、みたいな物ではないでしょうか。皆に忌み嫌われ愛される事を知らないが故に、ああすることでしか自分の感情を伝える事が出来なくなってしまったんではないかと。私はそのようにして苦しんでいるフランお嬢様を放っておくだなんてできません!」
咲夜の悲痛な訴えが響き渡った。声を張り上げて傷が痛んだのか、そのままうずくまってしまう。
レミリアとパチュリーは黙ったまま顔を見合わせている。重苦しい雰囲気が部屋全体を包み込む。
やがてレミリアはその重苦しい雰囲気を打ち破るように大きな音を立てて立ち上がり、咲夜に問う。
「私があなたに手を差し伸べただなんてちょっと買いかぶりすぎよ。で、結局のところあなたはどうしたいの?」
「私は・・・・・・私はフランお嬢様をお救いしたいです」
そう告げる咲夜の目はレミリアの目をしっかりと見据えていた。
「あれだけ酷い目にあっておいてよくもまあ・・・・・・でも言っても聞かないんでしょ?勝手に地下室に潜り込むくらいなんだし。いいわ、あなたがまたフランに会いに行くって言うんだったら私も同行する」
「え?」
レミリアの言葉に咲夜は面を食らう。その言葉の意味が分からなかったのか、口を開けたまま呆然としている。
無理もない。自分の主に対してそんなことを思うのは従者として適切ではないのだが、この高慢で自分勝手な吸血鬼が誰かの為に動くなどとは思っても見なかったのである。
「何よその間抜けな顔は、私も行くって言ってるのよ。その怪我じゃどう見ても一人で歩けないでしょうに」
「お嬢様・・・・・・ありがとうございます」
それ後のレミリアの行動は素早かった。もたついている咲夜を起こし肩を貸すと、すぐさま部屋を出て地下室へと向かって歩き始めた。
その道中、レミリアは柄にもなく緊張しているのか、どことなく落ち着かない様子だった。
普段見ることのない主のそんな様子を見かねたのか、咲夜が声をかける。
「ふと思ったんですが――」
「どうしたの?」
「お嬢様とフランお嬢様って似てらっしゃいますよね」
「はぁ!?」
咲夜の突然の告白にレミリアは酷く動揺する。慌てて取り繕うものの、明らかにその目は泳いでいた。
そんな主の様子などお構いなしに咲夜は続ける。
「見た目もそっくりなんですが――これはまあ姉妹なので当然のこととして――内面的にとでも言うんでしょうか、似てらっしゃる部分があるなと」
「笑えない冗談ね、内面的に似ている?あんな怖がりで泣き虫で臆病なのと私が似ているって言うの?」
「――そこなんですよ」
咲夜はゆっくりと諭すように、感じたままのことを伝えた
「無礼を承知で言わせていただきます。私、お嬢様は臆病なんだと思います。フランお嬢様とどう接していいのか分からずに、真剣に向き合うのが怖くて――今回のようにいがみ合ってご自分の妹のことを力で押さえつけてしまうのが怖くて、フランお嬢様を自分の側から遠ざけていると、そう思うんです」
咲夜の言葉は止まらない。
「私は、姉妹なのに互いにいがみ合って憎しみ合って生活するのは、とても寂しい、とても悲しい事だと思います。姉妹――いえ、家族なんですから、お二人には一緒に過ごせる間は仲良く笑い合って過ごして欲しいんです」
そう告げる咲夜の目は、哀しげにどこか遠くを見つめている。
レミリアは何も言わない。何も言えない。
押し黙ったまま咲夜の腰に回していた手に力を込めることでその言葉に応える。
二人はその後、何も言わずに地下室へと歩いていった。
辿り着いた地下室の様子は以前と変わりない。
その地下室の中央に悪魔の妹、フランドール・スカーレットが、これまた以前と変わらない様子で俯き座り込んでいた。
やがて来訪者に気づいたのか、フランは顔を上げる。咲夜の存在を確認すると一瞬表情が緩む。しかしもう一人の来訪者と目が合うとその表情はすぐさま険しいものへと変わっていった。
「あらお姉様、こんな所に何しに来たの?」
その言葉にはレミリアへの嫌悪感がありありと見て取れる。二人の間の険悪な雰囲気に咲夜が割ってはいる。
「フランお嬢様、少しお話したいことがあるんですがよろしいですか?」
お話という言葉にフランは思わず表情を崩す。その様子に咲夜は少し戸惑ってしまう。「お話といってもこの前のような話ではないんですが」と前置きしたうえで話を続ける。
「フランお嬢様はこのような場所に閉じ込められたまま生活するのは嫌ですよね?この生活を変えたい、と思ったことはありませんか?」
その唐突な質問にフランはしばし固まってしまう。
やがてその意図を理解し何か言うとするが、レミリアの事を気にして何度も口ごもってしまう。
レミリアは呆れた様子でフランに告げた。
「私に気でも遣ってるのかしら。別に何言っても怒らないから早く言いなさい」
その言葉が引き金となったのか、フランは溜め込んでいたものを一気に吐き出すように語り始めた。
「私は――私はお外で咲夜や――もちろんお姉様とも、一緒にいたいよ・・・・・・この前咲夜のお話を聞いて思ったの、お外は楽しい事で一杯なんだなって。やっぱりこんな所で一人でいるのは嫌だよ」
フランは目に薄っすらと涙を浮かべ「一人は嫌だ」と何度も繰り返した。
そんなフランに咲夜は優しく応える。
「でも、ここの外の世界も楽しいことばかりではないんです。何でも自分の思い通りになる、という訳には参りません――私と一つ約束してくださいませんか?この前の様に無闇に誰かを傷つけたりしないと」
「どうして?咲夜の言ってることが分からないよ・・・・・・いつもみんなどっかにいっちゃうんだよ、壊さないとみんな私の側にいてくれないのに――壊さないと、私のモノにしないとダメなんだよ」
「それは違います」
咲夜はしっかりとフランの目を見つめてその言葉を否定する。
「壊さないとみんなが放れて行ってしまうのではないんです。フランお嬢様のその行動が、皆をご自分から遠ざけてしまうんですよ。誰だって死んでしまうのは嫌です。フランお嬢様だって・・・・・・ご自分の好きな人が死んで――いなくなってしまうのは嫌ではありませんか?辛くはありませんか?」
「いなくなっちゃうのは嫌・・・・・・」
「そんなことをなさらずとも、ご自分のお気持ちを伝える術はあるのです。ご自分のお気持ちをご自分の言葉で、好きなら好きと、一緒にいたいなら一緒にいたいと、ちゃんと伝えれば皆それに応えてくれるはずです。私だって――レミリアお嬢様だってきっと応えてくださいますよ」
「お姉様も?」
そう言ってフランはレミリアの表情を伺う。レミリアはばつが悪そうに頭を掻き、フランの前にしゃがみこんで目線を合わせた。
「まぁあんたが暴れたりしないって言うんだったら一緒にいてあげても構わないわよ――これでも姉妹・・・・・・いえ、家族なんだしね一応」
「お姉様――」
フランの表情がぱあっと明るいものに変わる。
「お姉様、大好き!」
言うが早いかフランはレミリアに抱きついていた、その目からは大粒の涙が――今までのものとは違う、悲しみとは違った感情を含んだ涙がこぼれていた。
咲夜はしばらくその様子を見つめていた。自然と笑みがこぼれてしまう。
そんな二人の様子をしばらく見つめていた咲夜だったが、何かを思いついたのか、主とその妹に提案する。
「姉妹の美しい絆が見られたところで一つ提案なんですが、今度折りを見て外に出てみませんか?外といってもこの部屋ではなくて屋敷の外という意味なんですが。これからはフランお嬢様に外の世界を知ってもらいたいんです。もちろん私がお供します」
「もし外でフランが暴れだしたらどうするのよ」
レミリアの言うことももっともだった。しかし咲夜は引き下がらない。
「それは・・・・・・私が何とかします。責任は私がすべて負います」
「責任って言ってもそうなってからじゃ遅いじゃないの・・・・・・分かったわ、フランが外に出る時は私も同行する、もちろん咲夜もね。外に出ていいのは私がいる時だけ、これが守れるなら構わないわよ」
その予想外の提案にその場にいた誰もが驚いてしまう。レミリアはもう自分の役目は終わったと言わんばかりに、咲夜を置いて地下室を後にしようとする。
「あ!?お嬢様お待ちください!」
折れた足を引きずりながら咲夜は主の後を追う。その様子を見たフランは慌てて立ち上がり、咲夜に肩を貸した。
後ろを歩く二人など気にも留めず、レミリアは歩いていく。
目の前には大きな鉄製の扉、その扉に手をかけたその時、レミリアは不意に口を開いた。
「咲夜、戻ったらすぐにフランの部屋を用意するわよ。空いてる部屋で一番広い所、どの部屋か教えてちょうだい」
「え?あ、はい。一番広いお部屋ですね。確か――」
二人のやり取りは部屋に戻るまで続いていた。その間、フランは何も言わなかったが、その顔には今まで見た中で一番の、満面の笑みが浮かんでいた。
長い間いがみ合っていたこの姉妹が、そのことを忘れ仲良く暮らしていくのにはまだ時間がかかるかもしれない。だが時間がかかっても構わない、吸血鬼である二人にはまだまだ時間があるのだから。
この日二人が歩み出した本当の家族としての第一歩は、今までのレミリアの行いを考えると小さな一歩かもしれない。でもその小さな一歩が、これからの二人に大きな変化をもたらすに違いない。主の部屋への道中、咲夜はフランに抱えられながらそんなことを考えていた。
まずは-表-の方から読み進めてください。
狂ったように杖を振るうフラン、自分の思い通りに事が運ばず、獲物を仕留められない苛立ちを隠せないでいた。
「何で壊れないのよ!このっ!このおおおおおおお!」
いつまで経ってもフランの攻撃は止む事がない。
このまま時間だけが過ぎていくかと思われたが、突如フランがその動きを止め何かを呟く。
「邪魔よ・・・・・・邪魔なのよその足が。あはははは、まずはその邪魔なのから壊してあげる」
フランはそう言って空いている方の手をかざし、ゆっくりと拳を握った。その瞬間、咲夜はその場に力なく崩れ落ちてしまう。
突然の出来事に何が起こったのか状況を把握できない。右足の感覚の消失――遅れてやってきた激痛で咲夜は自分の足に何かが起こったのだと理解する。恐る恐る足元に目をやると、右足が、途中から本来曲がるはずのない方向へと向いていた。痛みと恐怖に思わず声を上げてしまう。
「いっうあああああああああ」
激痛はさらに激しさを増す。自分の身に起こったことを知ってしまった――自覚してしまったが故に。その苦痛の中で、フランの先ほどの行動が自分の足を破壊したのだと悟るが、もうすでに遅かった。
苦しむ咲夜の様子に満足したかのように狂気の笑みを浮かべ、フランは杖をゆっくりと振り上げる。今の咲夜にその一撃をかわす術はない。
「今までよく頑張ったわね、楽しかったわ。でも――これでおしまいよ!」
言い終えると同時に渾身の力で杖を振り下ろす。放たれた必殺の炎が地面を食らいながら一直線に咲夜の方へと向かっていく。
万策尽きた咲夜に抵抗する力は残っておらず、すっと目を閉じ自らの終焉を静かに待っていた。
永遠にも思える時間が過ぎ、炎が咲夜の眼前に迫ったその時、不意に炎が目の前で、咲夜を避けるように真っ二つに裂けた。
咲夜の背後で炎が爆ぜる。その爆音で我に返った咲夜の目の前には少女が立っていた。
少女は後ろを振り向かず口を開く。
「地下室には入るなって言わなかったかしら?主の言うことを守れないなんてメイド失格よ」
「お、お嬢様!?どうして――」
「どうしてここにいるかって?あれだけ盛大に暴れといてよくそんなことが聞けるわね。いくらなんでもうるさくて寝れやしないって」
口調こそ穏やかだったがその少女――レミリア・スカーレットは激しい怒りを隠そうともせず、右手に携えた真紅の槍をフランに突きつける。
「人の従者をよくもまぁここまで痛めつけてくれたわね。それ相応の罰を受ける覚悟は出来ているのかしら?」
その問いかけにフランは答えない。レミリアをじっと睨みつけたまま微動だにしない。
「何とか言ったらどうなの?」
「うるさいうるさいうるさいっ!何なのよ急に出てきて偉そうに・・・・・・お姉様はいつもそうよ!どうして私から何もかも奪っていくの!?普段は構ってもくれない癖に、こういう時だけ出張ってきて――もう一人でいるのは嫌なのよ!咲夜は私のモノなんだから!私の邪魔をしないでええええ」
フランの悲痛な叫びが響き渡る――レミリアを睨みつけるその目に一層力がこもる。しかしレミリアは表情一つ変えず槍を構えたまま、今か今かと出番を待っている最後の参加者に向け呼びかける。
「パチェ」
その呼びかけに背後の闇から魔法使いが応える。
「何かしらレミィ」
「見たところ咲夜はもう動けそうにないわ。あいつは私が何とかするから、あなたは咲夜を死守しなさい」
「分かったわ――レミィ、頭にきてるのは分かるけど、ほどほどにしておきなさいよ」
「はいはい、ほどよくお仕置きしてやるわよ」
やれやれと呆れつつ、パチェは咲夜の側に寄り添い地面に何かを描き始めた。
レミリアはそんなパチュリーの様子を確認すると再びフランと対峙する
「さて・・・・・・フラン、言いたい事はそれだけかしら?」
「さっきから邪魔しないでって言ってるでしょ・・・・・・お姉様の馬鹿!分からず屋!」
「馬鹿はどっちだっ!言っても聞かないあんたが悪いんだよ。自分の欲望に任せて何でもかんでも『壊す』なと、何回言わせれば気が済むの!」
レミリアの口調も次第に幼いものに変わっていき、二人の言い合いはいつしか子供同士の口喧嘩の様になっていた。
「お姉様に私の何が分かるのよ!もう嫌もう嫌もう嫌、みんな、みんないなくなっちゃえええええええええええ」
先に動いたのはフランだった――動いた、というより消えたという方が正しい。フランは皆の視界から完全に姿を消し、間をおいて現れた七色の弾幕が四方八方からレミリア達に向かって襲い掛かる。
レミリアは器用に弾幕を掻い潜りながらフランを探して宙を舞う。
「くっ、どこに行ったのかしら――パチェそっちは大丈夫!?」
弾幕は当然パチュリーと咲夜にも襲い掛かったが、二人の足元にはパチュリーの描いた紋様が完成しており、結界が二人を七色の雨から守っていた。
「何とか間に合ったわ。レミィ、気をつけて。私にも妹様がどこにいるのか分からない、気配が感じられないの」
そうしている間にも弾幕は激しさを増していき、地下室のいたる所で爆発が起こる。
レミリアは執拗に放たれる弾幕とフランを中々見つけられないことに苛立っていた。
それからどれだけの時が流れただろうか――弾を避け地に足をついたレミリアの背後に時間差で次の攻撃が迫る。
だがその第二波にも気づいており、レミリアに動じる様子はない。すぐさま回避行動に移ろうとしたレミリアだったが、その動きが不意にピタリと止まる。
ふと視線を下ろした先――自分の腹部に、黒い何かが突き刺さっていた。
「あはははっ、つーかまえた」
突如としてレミリアの前に現れたフランは、杖をさらに強く押し込む。
そんな状況でもレミリアの口からは声など出ない、決して声など出さない。
姉としての意地か、はたまた紅魔館の主としてのプライドか。
沈黙を保ったまま顔を上げニヤリと笑い、口から滴っていた血を舐め取る。その姿は刺された痛みなど感じさせないほどに優雅で魅惑的だった
「なっ、あまりの痛みに声もでないのかしら?かわいそうなお姉様」
「ふふふ、あははははははっ」
「何がおかしいの?」
「捕まえた?ごめんね、思わず笑っちゃったわ――捕まえたのは私の方よフラン」
レミリアの言葉で本能的に身の危険を感じ、すぐさま距離をとろうとするフラン。だがレミリアに深く付き立てた魔杖がびくともしない。追い詰められているのは自分だと悟ったが時すでに遅し。
「さぁお仕置きの時間よ――もう謝ったって許さないんだから!」
「いやっ、お姉様、やめっ――」
すでにフランの言葉など聞こえてはいない。レミリアは刺さった杖などもろともせず、槍を構えて地面を蹴る。
途中で勢いを殺すことなく槍はフランの胸元に突き刺さる。二人は壁に激突し、白煙を上げたところでようやく止まった。
しばらくして晴れた白煙の中から、槍を担いだレミリアと、壁にもたれたまま動かなくなったフランが姿を現す。
「お嬢様!」
その様子を確認して、パチュリーに抱えられた咲夜がゆっくりと向かってくる。
「お嬢様、フランお嬢様は――」
「見ての通りよ、あれじゃ当分動けないわね」
飄々とそう言うレミリアだが、杖の刺さっていた箇所が痛々しく、まだ血が滴っていた。
「まぁあれも一応吸血鬼だから――安心なさい、死んではいないから」
「そうですか・・・・・・よかった――」
そこで――張り詰めていたものが切れたのだろう、咲夜の意識は途切れてしまった。
「パチェ、咲夜を私の部屋まで運ぶわよ」
「レミィが運んでくれるんじゃないの?力仕事は私の領分じゃないんだけど――」
納得できない様子だったが、レミリアの負った傷を見て、パチュリーは渋々承諾した。
メイド長はまた夢を見ていた。どこだか分からない場所で少女が一人泣いている。
泣いている少女には、誰も声をかけようとはしない。
しばらくの間、その泣き声だけが虚しく響く。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
少女が泣き止む気配はない――ここまではいつもと同じ、まるで同じ光景。
そこで何者かが少女に近づいていく。
「はぁ・・・・・・うっ」
目を覚ましたそこはいつもとは違う豪勢な部屋。真っ先に目に入ったのは大きなシャンデリアだった。
「やっと起きたわね――気分はどう?」
「思ったより早かったわね――体の調子はどう?」
示し合わせたかのように同時に話しかけるレミリアとパチュリー。その第一声はまるで正反対で――どれが誰の言葉なのかはご想像にお任せしよう。
「体の方はまだ痛みますが、気分は悪くありません」
「あなたあれから二日も眠っていたのよ?まったく、屋敷の主が自分の部屋で眠れない日々を過ごすってどうかと思うわ」
そんな嫌味を言うレミリアだったが、その言葉に刺々しさはない。
「ベッドを占拠してしまって・・・・・・というより色々と、申し訳ありませんでした」
「あなたも痛い目見てるんだしもうとやかく言うつもりは無いわ。好奇心はメイドをも殺しかねないってことだけ覚えときなさい」
偉そうに胸を張っている姿を見てパチュリーは「咲夜は猫というより犬よ」と突っ込んだ。
そんなパチュリーにレミリアが突っかかる。そんな二人の姿に苦笑してしまう。
「そんな些細な事で言い合わなくても――好奇心云々については、心に刻んでおきますわ・・・・・・で、その件についてなんですが、フランお嬢様はあれからどうされてるんでしょうか」
中々答えようとしないレミリアに代わってパチュリーが回答を引き継ぐ。
「どうもしてないし、何も変わりはないわよ。今まで通りあの地下室にいるわ」
「そうですか・・・・・・」
ただ一言だけ、ぽつりと呟く。
咲夜は一人考え込む。何か言いたげな様子で俯いたまま考え込む。
長い沈黙、聞こえてくるのは、止む事のない雨の音だけ。
誰もが沈黙に耐えかねたその時、咲夜は意を決して、胸の内を打ち明け始めた。
「フランお嬢様は泣いてました。一人は嫌だと、一人は寂しい、と――お嬢様もお聞きになったはずです。おかしくなってからのフランお嬢様も、一人でいるのは嫌だ、と。あの言葉はフランお嬢様の本心だと・・・・・・私はそう思うんです」
「それで?」
「私よく夢に見るんです」
「夢?またえらく話が飛んだわね」
咲夜はレミリアの言葉を無視し、言葉を繋ぐ。
「その夢の中では女の子が泣いているんです。特別な力を持ったその女の子は、皆から嫌われ一人ぼっち。誰も遊んでくれない、泣いていても誰も助けてくれない。ずっと一人で泣いているんです――ある日女の子に転機が訪れます。泣いているその子に手を差し伸べる人が現れるのです。女の子はその手を取って歩き出すんです」
「いまいち要領を得ないわね――続けて」
「私、フランお嬢様が寂しいとおっしゃるそのお気持ち・・・・・・分かるんです。私もこの力の所為で同じような思いをしたことがあります。そんな私には、お嬢様が手を差し伸べてくれました。私がこの世界にいる意味を与えてくれました――フランお嬢様にも誰かが手を差し伸べてあげないと、あんな所に閉じ込めて縛り付けているだけじゃ何も変わらないと思うんです。これは勝手な解釈かもしれませんがフランお嬢様のあのような――攻撃的な一面は歪んだ愛情表現、みたいな物ではないでしょうか。皆に忌み嫌われ愛される事を知らないが故に、ああすることでしか自分の感情を伝える事が出来なくなってしまったんではないかと。私はそのようにして苦しんでいるフランお嬢様を放っておくだなんてできません!」
咲夜の悲痛な訴えが響き渡った。声を張り上げて傷が痛んだのか、そのままうずくまってしまう。
レミリアとパチュリーは黙ったまま顔を見合わせている。重苦しい雰囲気が部屋全体を包み込む。
やがてレミリアはその重苦しい雰囲気を打ち破るように大きな音を立てて立ち上がり、咲夜に問う。
「私があなたに手を差し伸べただなんてちょっと買いかぶりすぎよ。で、結局のところあなたはどうしたいの?」
「私は・・・・・・私はフランお嬢様をお救いしたいです」
そう告げる咲夜の目はレミリアの目をしっかりと見据えていた。
「あれだけ酷い目にあっておいてよくもまあ・・・・・・でも言っても聞かないんでしょ?勝手に地下室に潜り込むくらいなんだし。いいわ、あなたがまたフランに会いに行くって言うんだったら私も同行する」
「え?」
レミリアの言葉に咲夜は面を食らう。その言葉の意味が分からなかったのか、口を開けたまま呆然としている。
無理もない。自分の主に対してそんなことを思うのは従者として適切ではないのだが、この高慢で自分勝手な吸血鬼が誰かの為に動くなどとは思っても見なかったのである。
「何よその間抜けな顔は、私も行くって言ってるのよ。その怪我じゃどう見ても一人で歩けないでしょうに」
「お嬢様・・・・・・ありがとうございます」
それ後のレミリアの行動は素早かった。もたついている咲夜を起こし肩を貸すと、すぐさま部屋を出て地下室へと向かって歩き始めた。
その道中、レミリアは柄にもなく緊張しているのか、どことなく落ち着かない様子だった。
普段見ることのない主のそんな様子を見かねたのか、咲夜が声をかける。
「ふと思ったんですが――」
「どうしたの?」
「お嬢様とフランお嬢様って似てらっしゃいますよね」
「はぁ!?」
咲夜の突然の告白にレミリアは酷く動揺する。慌てて取り繕うものの、明らかにその目は泳いでいた。
そんな主の様子などお構いなしに咲夜は続ける。
「見た目もそっくりなんですが――これはまあ姉妹なので当然のこととして――内面的にとでも言うんでしょうか、似てらっしゃる部分があるなと」
「笑えない冗談ね、内面的に似ている?あんな怖がりで泣き虫で臆病なのと私が似ているって言うの?」
「――そこなんですよ」
咲夜はゆっくりと諭すように、感じたままのことを伝えた
「無礼を承知で言わせていただきます。私、お嬢様は臆病なんだと思います。フランお嬢様とどう接していいのか分からずに、真剣に向き合うのが怖くて――今回のようにいがみ合ってご自分の妹のことを力で押さえつけてしまうのが怖くて、フランお嬢様を自分の側から遠ざけていると、そう思うんです」
咲夜の言葉は止まらない。
「私は、姉妹なのに互いにいがみ合って憎しみ合って生活するのは、とても寂しい、とても悲しい事だと思います。姉妹――いえ、家族なんですから、お二人には一緒に過ごせる間は仲良く笑い合って過ごして欲しいんです」
そう告げる咲夜の目は、哀しげにどこか遠くを見つめている。
レミリアは何も言わない。何も言えない。
押し黙ったまま咲夜の腰に回していた手に力を込めることでその言葉に応える。
二人はその後、何も言わずに地下室へと歩いていった。
辿り着いた地下室の様子は以前と変わりない。
その地下室の中央に悪魔の妹、フランドール・スカーレットが、これまた以前と変わらない様子で俯き座り込んでいた。
やがて来訪者に気づいたのか、フランは顔を上げる。咲夜の存在を確認すると一瞬表情が緩む。しかしもう一人の来訪者と目が合うとその表情はすぐさま険しいものへと変わっていった。
「あらお姉様、こんな所に何しに来たの?」
その言葉にはレミリアへの嫌悪感がありありと見て取れる。二人の間の険悪な雰囲気に咲夜が割ってはいる。
「フランお嬢様、少しお話したいことがあるんですがよろしいですか?」
お話という言葉にフランは思わず表情を崩す。その様子に咲夜は少し戸惑ってしまう。「お話といってもこの前のような話ではないんですが」と前置きしたうえで話を続ける。
「フランお嬢様はこのような場所に閉じ込められたまま生活するのは嫌ですよね?この生活を変えたい、と思ったことはありませんか?」
その唐突な質問にフランはしばし固まってしまう。
やがてその意図を理解し何か言うとするが、レミリアの事を気にして何度も口ごもってしまう。
レミリアは呆れた様子でフランに告げた。
「私に気でも遣ってるのかしら。別に何言っても怒らないから早く言いなさい」
その言葉が引き金となったのか、フランは溜め込んでいたものを一気に吐き出すように語り始めた。
「私は――私はお外で咲夜や――もちろんお姉様とも、一緒にいたいよ・・・・・・この前咲夜のお話を聞いて思ったの、お外は楽しい事で一杯なんだなって。やっぱりこんな所で一人でいるのは嫌だよ」
フランは目に薄っすらと涙を浮かべ「一人は嫌だ」と何度も繰り返した。
そんなフランに咲夜は優しく応える。
「でも、ここの外の世界も楽しいことばかりではないんです。何でも自分の思い通りになる、という訳には参りません――私と一つ約束してくださいませんか?この前の様に無闇に誰かを傷つけたりしないと」
「どうして?咲夜の言ってることが分からないよ・・・・・・いつもみんなどっかにいっちゃうんだよ、壊さないとみんな私の側にいてくれないのに――壊さないと、私のモノにしないとダメなんだよ」
「それは違います」
咲夜はしっかりとフランの目を見つめてその言葉を否定する。
「壊さないとみんなが放れて行ってしまうのではないんです。フランお嬢様のその行動が、皆をご自分から遠ざけてしまうんですよ。誰だって死んでしまうのは嫌です。フランお嬢様だって・・・・・・ご自分の好きな人が死んで――いなくなってしまうのは嫌ではありませんか?辛くはありませんか?」
「いなくなっちゃうのは嫌・・・・・・」
「そんなことをなさらずとも、ご自分のお気持ちを伝える術はあるのです。ご自分のお気持ちをご自分の言葉で、好きなら好きと、一緒にいたいなら一緒にいたいと、ちゃんと伝えれば皆それに応えてくれるはずです。私だって――レミリアお嬢様だってきっと応えてくださいますよ」
「お姉様も?」
そう言ってフランはレミリアの表情を伺う。レミリアはばつが悪そうに頭を掻き、フランの前にしゃがみこんで目線を合わせた。
「まぁあんたが暴れたりしないって言うんだったら一緒にいてあげても構わないわよ――これでも姉妹・・・・・・いえ、家族なんだしね一応」
「お姉様――」
フランの表情がぱあっと明るいものに変わる。
「お姉様、大好き!」
言うが早いかフランはレミリアに抱きついていた、その目からは大粒の涙が――今までのものとは違う、悲しみとは違った感情を含んだ涙がこぼれていた。
咲夜はしばらくその様子を見つめていた。自然と笑みがこぼれてしまう。
そんな二人の様子をしばらく見つめていた咲夜だったが、何かを思いついたのか、主とその妹に提案する。
「姉妹の美しい絆が見られたところで一つ提案なんですが、今度折りを見て外に出てみませんか?外といってもこの部屋ではなくて屋敷の外という意味なんですが。これからはフランお嬢様に外の世界を知ってもらいたいんです。もちろん私がお供します」
「もし外でフランが暴れだしたらどうするのよ」
レミリアの言うことももっともだった。しかし咲夜は引き下がらない。
「それは・・・・・・私が何とかします。責任は私がすべて負います」
「責任って言ってもそうなってからじゃ遅いじゃないの・・・・・・分かったわ、フランが外に出る時は私も同行する、もちろん咲夜もね。外に出ていいのは私がいる時だけ、これが守れるなら構わないわよ」
その予想外の提案にその場にいた誰もが驚いてしまう。レミリアはもう自分の役目は終わったと言わんばかりに、咲夜を置いて地下室を後にしようとする。
「あ!?お嬢様お待ちください!」
折れた足を引きずりながら咲夜は主の後を追う。その様子を見たフランは慌てて立ち上がり、咲夜に肩を貸した。
後ろを歩く二人など気にも留めず、レミリアは歩いていく。
目の前には大きな鉄製の扉、その扉に手をかけたその時、レミリアは不意に口を開いた。
「咲夜、戻ったらすぐにフランの部屋を用意するわよ。空いてる部屋で一番広い所、どの部屋か教えてちょうだい」
「え?あ、はい。一番広いお部屋ですね。確か――」
二人のやり取りは部屋に戻るまで続いていた。その間、フランは何も言わなかったが、その顔には今まで見た中で一番の、満面の笑みが浮かんでいた。
長い間いがみ合っていたこの姉妹が、そのことを忘れ仲良く暮らしていくのにはまだ時間がかかるかもしれない。だが時間がかかっても構わない、吸血鬼である二人にはまだまだ時間があるのだから。
この日二人が歩み出した本当の家族としての第一歩は、今までのレミリアの行いを考えると小さな一歩かもしれない。でもその小さな一歩が、これからの二人に大きな変化をもたらすに違いない。主の部屋への道中、咲夜はフランに抱えられながらそんなことを考えていた。
咲夜さんと一緒にいたときに見せた笑顔など
とても楽しく読むことができました。
レミリアとパチュリーも大事な場面で締めてくれてとても味がありました。
今後の姉妹と咲夜さんとの関係はもっと深まっていくのでしょうね。
面白いお話でした。