Coolier - 新生・東方創想話

忘れられた悪魔の妹 -表-

2009/01/26 00:14:05
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咲夜さんの過去に関して一部独自の解釈あり
一部に過激な描写あり
そういった物が大丈夫 という方は先にお進みください。



「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
 ここは湖のほとりにある紅魔館、メイドの咲夜にあてがわれたとある一室
「はぁ・・・・・・はっ」
 うなされていたのだろう、目を覚ました咲夜の衣服は乱れており、額には汗がにじんでいる。
「夢・・・・・・か、毎度毎度こんな夢ばっかり、勘弁して欲しいわね」
 乱れた服を直しながらそう呟き、窓際に向かう。カーテンを開けると外は生憎の雨模様、咲夜は大きな溜息をつき、いつも着ているメイド服を手に取った。




 咲夜は身支度もそこそこに、本日の雑務をこなすために部屋を出た。途中廊下で何度かこの館で働いている妖精メイドとすれ違う。みんなこちらの事を気にも留めていない素振りだったが、その中の一人が咲夜に歩み寄り声をかけた。
「あなた、十六夜咲夜だったわね」
「ええ、そうですけど。何か?」
「レミリアお嬢様がお呼びよ、お部屋にいらっしゃるらしいからすぐに向かってちょうだい」
「お嬢様が私を?一体何かしら――分かりました、すぐに向かいます」
 これといって心当たりもないまま、咲夜はその足でレミリアの部屋に向かう。道中呼び出された理由についてあれこれ考えてみたものの、ここ数日特に失態いえるようなこともなかった訳で、結局何も思い当たらないままレミリアの部屋の前までたどり着いてしまった。
 部屋の前までは何事もなく辿り着いたものの、やはり自分の主からの呼び出し。咲夜は緊張を隠せない様子で部屋のドアを叩く。
「お嬢様、咲夜です」
「早かったわね、入りなさい」
 言われたままにドアノブに手をかけ中に入る。そこでまず目に入ったのは他の部屋にはない豪勢なシャンデリア、そのまま視線を下ろすと、洒落た――これまた豪勢な椅子に腰掛けた紅魔館の主が静かに紅茶を啜っていた。
 声をかけるのを躊躇ってしまう様なその部屋の雰囲気に少々気圧されながらも、咲夜は平静を装い主に挨拶をする。
「お嬢様、本日はご機嫌麗しゅう――」
「あーはいはい、今はそんな取ってつけたような挨拶なんてどうでもいいわよ。面倒だからとりあえず用件だけを伝えるわね――咲夜、あなた今日からこの館のメイド長としてメイド達の指揮を執りなさい、他のメイド達にはもう伝えてあるし、あなたに拒否権はないからね、以上」
 自分の言いたいことだけ言って再び紅茶に口をつけるレミリア。それは用件というよりもはや命令だ。
 状況が理解できないるのか、咲夜は呆然とその場に立ち尽くしている。
「何ボーっとしてるの?返事は?」
「は、はい・・・・・・いえ、返事とおっしゃられましても意味がよく分からないんですが・・・・・・」
 レミリアは心底呆れた様子で、溜息混じりに説明を始めた。
「さっき言った通りよ。今うちには妖精達が働いているでしょ?あいつら、見れば分かると思うけど――みんなろくに働けない無能な奴らばかりなの。だから誰かに妖精達の指揮を執って欲しいのよ。見ている限りだとあなたはとても優秀なようだし、私はそういうの面倒だからあなたにそれを任せてあげるってこと。仕事さえちゃんとできてれば妖精はこきつかってやって構わないわ」
「はぁ・・・・・・お嬢様の言いたい事はよく分かりました。お嬢様がそうおっしゃられるならこの十六夜咲夜、メイド長の任に就かせていただきます」
「わかればよろしい。もう下がっていいわよ」
 言い終えるとレミリアは窓際へ向かう。空を見上げ大きな溜息をつくその姿は、この部屋にいる者の事などまるで気にしていない様子だった。咲夜はそんなレミリアの後姿を一瞥し、静かに部屋を後にした。





 主の部屋の張り詰めた空気から開放され緊張が解けたのか、咲夜はほっと肩を撫で下ろす。
 今日からメイド長としての一日が始まる。当の本人に不安など微塵も感じられない。廊下を歩くその姿はいつもと変わらない様子だった。
「他のメイドを指揮するって言ってもね・・・・・・私は楽できるってことなのかしら」
 そんな淡い期待を抱きつつ妖精達に招集をかけていく、その期待が後々後悔に変わるなどと、この時の咲夜は考えてもいなかった。





 結論から言うと仕事の量は今までの比ではなかった――それはもちろん比べ物にならないくらい仕事が増えた、という意味である。
 レミリアの「妖精は無能」という言葉もあながち間違いではなく、みんな自分の身の回りの世話でいっぱいいっぱいで、指示を出す以前の問題だった。結果屋敷内のすべての雑務を咲夜自身が受け持つ羽目になった。
「正直、今まで普通に生活できてたのが不思議なくらいの荒れっぷりね。時間でも止めないと時間がいくらあっても足りやしない――お嬢様、きっとこうなることが分かってて私にメイド長の職を押し付けたんですね」
 愚痴をこぼしながらもこっちり仕事はこなしていく。その仕事量とは裏腹にあっという間に――頻繁に時を止めているのであくまでも傍から見れば、であるが――紅魔館の書庫を残したほぼすべての掃除を終えた。
「残すはここだけね、お嬢様の話だとここは図書館になってるらしいけど・・・・・・」
 屋敷内の掃除をあらかた終えて廊下を歩いていた咲夜は、他の部屋のとは明らかに異なる大きな扉を見つけ、ふと足を止めた。
 ここはまだ掃除をしてなかったな、と思い扉に手をかける。しかしいくら紅魔館で働く身であるとはいえ、未知の領域にすんなり踏み込むという訳にはいかないようだ。
「ここでじっとしてても仕方ないか・・・・・・仕事仕事っと――失礼します」
 一拍置いて扉を開けると、天井にまで届きそうな大きな本棚が壁のようにいくつも並んでいた。その本棚の先に、見たことのない小さな少女が本を手に佇んでいる。
 少女は来訪者に気づいたのか咲夜の方に向き直り、表情を変えずにこう言った。
「あらあなた、初めて見る顔ね。見た感じうちに新しく雇われたメイドってところかしら?」
「あ、はい。十六夜咲夜と申します。こちらのお掃除がまだだったので立ち寄らせていただいたのですが」
「十六夜咲夜・・・・・・あなたがレミィの言ってた新しいメイド長って訳ね。私も自己紹介をしておくわ、私はパチュリー・ノーレッジ――この図書館を住処にしてる魔法使いよ。とりあえず、せっかく来て貰ってこんなこというのも悪いんだけど、ここの掃除はしなくていいわ。本の管理とかも含めて使い魔にやらせてるの」
 パチュリーのそんな言葉も、咲夜の耳には途中までしか入っていなかった。
「何でもうメイド長の事が伝わってるのかしら・・・・・・私が承諾する事前提で話を進めていたって訳ね」
「何か言った?」
「いえ、何でもありませんわ。では今後図書館のお掃除はしなくてもいい、ということですね?了解いたしました」
「物分りがよくて助かるわ――」
 そこでパチュリーは持っていた本に目を落とす。会話が途切れ、咲夜は間が悪そうに辺りを見回している。そんな咲夜の様子に気づいたのか、パチュリーは本から目を上げ話し出した。
「咲夜、あなた他の所の掃除はもう済ませてあるの?」
「はい、こちらで最後ですね」
「じゃあ時間はあるわね。レミィのお気に入りに会えたんですもの、何にもなしにそのまま帰すのはもったいないわ。少し話をしましょう」
 そう言ってパチュリーは部屋の奥へと向かう。咲夜が慌てて後を追うとそこには本棚の存在感に負けないような 大きなテーブルが鎮座していた。
 パチュリーは置いてある椅子の一つに腰掛け、少し間を置いてから話し始めた。
「そうね、何から話そうかしら・・・・・・咲夜、あなたこの屋敷の者とは一通り会ったのかしら」
「そうですね――お嬢様とパチュリー様、あと門番とも会いました」
「じゃあ私が最後ってわけね。そうだわ、まだ妹様が――」
 そこまで言ってパチュリーの無表情が少し歪む、些細な変化だったので咲夜はそのことには気づかない。
「妹様・・・・・・?もしや、それはお嬢様に妹がいるという――」
 すぐさまパチュリーが話をさえぎる。
「咲夜、この話は忘れなさい」
「はぁ・・・・・・でも先ほどパチュリー様は確かに――」
 今度は咲夜にも分かるように険しい顔で、まるで咲夜を威圧するかのようにパチュリーは言い放つ。
「いいから、これは命令よ。さっきの事は忘れなさい。いいわね?分かったら下がりなさい」
 まさに有無を言わせずといった感じ、自分の言いたいことを言い終えるとパチュリーは図書館の奥へと消えていった。咲夜はしばし呆然と立ち尽くしていたが、誰もいなくなった図書館に居座る理由がなく、そのまま図書館を後にした。





 図書館を後にした咲夜は釈然としないまま廊下を歩いていた。仕事に戻って気を紛らわそうにも今日の分はもう済ませてしまっている。
「さっきのパチュリー様の変わり様、普通じゃなかったわよね――」
 あの短い会話で何かが分かる訳もなく、咲夜は考えるのを辞め、あてもなく歩いていた、しばらく廊下を歩いていると、図書室に行くときには目に留まることはなかった、どこへ続いているのか分からない階段を発見した。
「ここって一階よね――何でこんな所に階段が?」
 咲夜はちょっとした好奇心からその先を覗き込んでみる。そこは深い闇に覆われ、どこまで続いているのか確認する事も出来ない。
 覗き込むだけでは飽き足らず先に進もうとする咲夜だが、その後姿に聞き覚えのある声がかかる。
「あら咲夜じゃないの、そんな所で何をしているのかしら。仕事の方は片付いたの?」
「お、お嬢様!?」
「どうしたの?そんなに慌てる事ないじゃないの。私が部屋から出歩いてるのがそんなに珍しい?」
「い、いえ、別に慌てているわけでは――仕事の方はもう大方済ませました」
「へぇ、もう終わったのね。期待以上の働きっぷりじゃないの――そんな優秀な貴方に一つ、一つだけ忠告しておくわ。あなたには言ってなかったけどこの屋敷には地下室があるのよ・・・・・・どこにあるとは言わなくてもいいわよね?」
 すべてを見透かしているかの様なレミリアのその視線、その言い様に、咲夜は思わず目をそらしてしまう。
 そのまま目を合わせず、咲夜はレミリアの言葉に応える。
「地下室ですか?そのような所があることすら知りませんでしたわ」
「別に知っていようが知らなかろうがそんなことは構わない。でもね、その地下室にはどんなことがあろうと絶対に立ち入らない事。他の所はどこへ行こうと構わないし常識の範囲内なら何をしようとどうこう言うつもりはないわ。でも地下室にだけは――いくらあなたでも立ち入る事は許さない」
 レミリアのこの物言い、先ほどのパチュリーとよく似ている。異論反論は認めない、命令というより脅迫、畏怖というよりも恐怖に近いものを咲夜は感じ取った。
 こうも強く念を押されると今の咲夜に頷く以外の選択肢は存在しなかった。
「分かりました、肝に銘じておきます」
「素直でよろしい。じゃあ掃除が終わったんだったら後は食事の用意を忘れないようにね。部屋にいるから準備が出来たら呼びに来て頂戴。パチュリーの分も頼んだわよ、今日は一緒に食べる事にしているから」
「かしこまりました」
 レミリアが部屋に戻っていく、その後姿からは先ほどの恐怖は感じられない。
 図書館で抱いた疑問は全く解決しなかった――むしろ分からないことが増えただけだった。
 咲夜は気を取り直してキッチンへと向かい、夕飯の支度を始めたのだった。






 レミリアとパチュリーの夕食は何事もなく終わり、咲夜も遅めの夕食を部屋で済ませ食後の紅茶を準備している。
 レミリアの分も用意しようとしたのだが、夕食後すぐに「今日はもう寝るわ、こんな天気じゃ出歩く事も出来ないしね」と恨みがましく告げ部屋に篭ってしまった為、一人寂しくお茶の時間を過ごすことになった。
 夜を統べる吸血鬼にはあるまじき規則正しい生活、今日に限って朝から降り続いている雨が止まないのだから仕方がないといえば仕方がない、レミリアが機嫌が悪いのも当然の事だった。
 部屋で一人、紅茶を啜っている間も、頭の中は昼間のパチュリーとレミリアの話の事で一杯だった。普段はおいしい紅茶の味も今はよく分からない
「やっぱり気になるわね、お嬢様に話を聞こうにもあの様子じゃとてもじゃないけど聞きだせそうにないし・・・・・・」
 ふとそんなことを呟いていた。いくら時間が経てど咲夜のもやもやとした気持ちは収まる事はない。
 気がつくと咲夜は立ち上がり部屋を後にしていた。






 そのまま屋敷内を散策する事数十分、咲夜の足は自然とあの階段の前へと向かっていた。
 そこに人の気配はない。咲夜は躊躇することなく階段を下りていく。暗闇の中、永遠にも思える長い時間が流れた。階段を下り切ったその先には鉄製の大きな扉が佇んでいた。
 扉に手をかけいざ開けようとした所で、昼間のレミリアの言葉を思い出す。いくら気になるとはいえ主の命に背くことにいくらかの抵抗があるようだ。
「ここまで来ておいて何を今更・・・・・・知りたい事があるからここまで来たんじゃないの」
 意を決して扉を開く――鈍い音が辺りに響く。



 

 足を踏み入れたそこは薄暗く、外とは空気が違っていた。明らかに異質な、酷く締め付けられるような圧迫感に咲夜は緊張を隠せない。
「この嫌な感じ、普通じゃないわね・・・・・・」
 警戒しつつ部屋の奥に歩を進める。しかし行けども行けども何もない、ただの薄気味悪い部屋だった――このまま無駄足になるのかと咲夜が気を抜いたその時、不意に背中に衝撃を受けた。後ろから何かにしがみ付かれたと気づくのにそれほど時間はかからなかった。
「くっ・・・・・・」
 突然の出来事に咲夜は酷く動揺している。しがみ付いてるものを剥がそうにも、背後の何かが放つ殺気に気圧され動く事が出来ない。
 そのまま両者動かないまま時だけが過ぎていく。咲夜は状況を打開しようと、衣服に隠したナイフを手に取る、と同時に背後のそれは言葉を発した。
「えへへ、こんな所にお客様だなんて珍しいわ。初めて見る顔だけど、あなたはだぁれ?」
「はい?」
 その拍子抜けするような幼い声に、咲夜は呆気に取られてしまう。振り返るとそこには年端もいかない少女が屈託のない笑顔で咲夜の事を見つめていた。
 咲夜は何度もその少女の顔を確認する。それがさっきまで自分にしがみ付いていたものだとは到底信じられない。
「さっき感じたの殺気はこの子のだっていうの?こんな幼い子が・・・・・・何かの間違いよね」
「ねぇブツブツ言ってないで私の質問に答えてよー」
 少女は目の前にある頭をぽかぽか叩く。その姿からは殺気など全く感じられない。
「分かったから!分かったからその手を止めてくれないかしら」
「はぁい」
 そう言って少女は咲夜の背中から飛び降り、二人は向き合う形になった。
 そこではたと気づく。その少女の背中にはその幼い養子にはそぐわない、禍々しい羽が生えていた。





「じゃあ自己紹介させてもらうわね。私は十六夜咲夜、この紅魔館で働いているメイドよ」
「メイドさん?でも見たところ妖精じゃないわよね?」
「ええ、私は産まれた時から正真正銘の人間ですわ」
「へぇー、人間って初めて見た!」
 少女は本当に人間が珍しいようで咲夜をまじまじと見ている。
「見るだけならいくら見ててもらっても構わないんだけど、私の質問にも答えてもらうわよ――あなた一体何者?どうしてこんな所にいるの?」
「あ、自己紹介がまだだったね!私の名前はフラン、フランドール・スカーレット。見ての通り吸血鬼よ!」
 胸を張って少女――フランドールはそう答える。
「あと何でこんな所にいるのかって質問なんだけど・・・・・・私ね、ここに閉じ込められてるの。お外に出ちゃダメなんだって」
「ちょっと待って、あなたフランドール・スカーレットって言ったわよね。もしかしてパチュリー様の言ってた妹様ってお嬢様の――」
「妹?そうよ、私はレミリア・スカーレットの妹。で、あいつが私をここに閉じ込めた張本人よ」
 レミリアの事になると急にフランの雰囲気が変わった。明らかに嫌悪するような表情を見せる。
「お嬢様はどうしてそんなことを・・・・・・」
「あんな奴の考える事なんて分からないわよ――ねぇこの話はもういいでしょ?こんな所にせっかく来てくれた訳だし、何か面白いお話聞かせて?」
「そうですね、こんな私のお話でよければいくらでも――面白いかどうかは保障しかねますけどね」
 咲夜が腰を下ろすとフランは咲夜に飛びついた。それを邪険にすることなく咲夜はそのまま話始める。






 その後は、咲夜が一方的に話をする形になったものの、フランは飽きることなく話に夢中になっていた。
 紅魔館での普段の生活の事、毎日の仕事の事、館の外の世界の事、ありきたりな日常の話ばかりだったがフランにはそのほとんどが初めて知る事ばかり。
 咲夜がどんな話をしても楽しそうに、無邪気にはしゃいでいた。
「咲夜咲夜!次のお話はー?」
「そうですね――まだまだお話したいのは山々なのですが、私そろそろお部屋に戻らないといけません。あまり長居すると明日の仕事に差し支えますので」
「えーやだやだ!!もっとお話してよ!帰っちゃダメー!」
「そう言われましても・・・・・・また後日ということで――」
「今お話して欲しいの、ねぇ咲夜、いなくなっちゃやだよ・・・・・・私を一人にしないでっ・・・・・・もう一人は嫌だよ、一人はっ、寂しいよっ・・・・・・」
 表情を歪めて咲夜にそう訴えるフラン、話し終えるとそのまま泣き出してしまった。
「フランお嬢様・・・・・・」
 フランは泣き止む気配がない。咲夜は突然の事に少し驚いたが、何も言わずにフランのことを優しく抱きしめた。
「ぐすっ・・・・・・さくやぁ」
「そうですね、こんな所に一人でいるのは寂しい――寂しいですよね。すみません、そんな簡単な事に気がつかなくて」
「違うの、咲夜は悪くないの、私の方こそ・・・・・・我が侭言ってごめんなさい」
「謝るような事じゃありませんよ。そうですね――分かりました。フランお嬢様、お話は先ほど沢山しましたので次は少し手品をお見せしましょう」
 かくして咲夜の即興手品ショーが始まった。





 咲夜はナイフを右手にフランと向き合う。
「いいですかお嬢様、このナイフをよく見ていてください」
 それは見たところ何の変哲もない銀のナイフで、フランはそのナイフを食い入るように見つめている。
「このどこにでもあるような普通のナイフがこのハンカチをかざすと・・・・・・いいですか?スリー、ツー、ワン・・・・・・」
 ここで咲夜は時を止め、懐に忍ばせてあった懐中時計とすりかえる。
「この通り。ナイフが時計に早変わり・・・・・・っとフランお嬢様?」
 フランは咲夜の言葉など耳に入ってない様子で、時計を見つめたまま呆けている。
「――お気に召しませんでしたか?」
「すごい!すごいよ咲夜!うわー、今のどうなってるの?魔法みたい!実は咲夜って魔法使いだったの!?」
「ふふふ、気に入っていただけてよかったです」
 手品ショーはその後もしばらく続いていた。ずっと同じ手品しかしていないにもかかわらずフランは何度も、何度も驚き、咲夜にもう一度やってくれとせがんでいる。咲夜は再びナイフを手に取った。
 しかし楽しい時間にも必ず終わりがやってくるもので、もう何度目か分からない手品を終えたマジシャンは時計を確認すると、こう切り出した。
「フランお嬢様、名残惜しいのですが今日はもう――」
 フランの表情に変化はない。束の間の沈黙が訪れる。
「フランお嬢様?」
「うん、分かった。咲夜もずっとここにいる訳にはいかないよね」
 先ほど泣き出したのが嘘のように落ち着いた様子でフランは話を続ける。
「だから最後に一つだけ、私の我が侭聞いてくれる?」
「ええ、一つくらいなら構いませんわ」
 何も考えずに即答する咲夜。もしもフランがここに幽閉されている理由を知っていれば――ここに立ち入る事もなく、今すぐにでもここから立ち去っていただろう。主の言いつけを守らなかった愚かな従者、それは最悪の選択。
「あははは、じゃあ咲夜、私と――」







「一 緒 に 遊 び ま し ょ」







 その瞬間、咲夜の背中に強い衝撃が走る。地面に打ち付けられたらしくで肺に溜まっていた空気が無理やり吐き出される。
「かはっ・・・・・・な、何がどうなって――」
 その言葉は激痛によって遮られる、ふと見ると目の前に迫ったフランが、表情一つ変えずに咲夜の肩をものすごい力で掴んでいた。
「フ、フランお嬢様、おやめください!・・・・・・どうしてこんなことをっ」
「あははははは、遊んでくれるって言ったでしょ!さぁもっと楽しませてよ!」
 その姿は先ほどまでのフランからは想像も出来ない。そのあまりの豹変振りに咲夜は何も言い返せない。
 そうしている間にも鋭い爪が咲夜の肩に食い込んでいく。あまりの激痛に何度も意識が飛びそうになる。
「くっ・・・・・・ふざけるなああああああ」
 咲夜の声が地下室全体に響き渡る。その声がフランの耳に届く頃には、咲夜はもうすでに吸血鬼の背後に立ち、ナイフを構えていた。
 フランは驚いた様子もなく、身にまとった殺気を隠そうともせずニヤリと笑う。
「あははは、またあの魔法ね?おもしろい、おもしろいわ!」
 間髪いれずに地面を蹴り、目にも留まらぬ速さで咲夜に飛び掛ろうとするフラン。
 咲夜は肩の痛みを押し殺しナイフを構え直す。フランの鋭い爪が眼前に迫ったその時、咲夜はすっと目を閉じた。
「本当はこんな事したくないんだけど・・・・・・貴方の時間、いただくわ」
 咲夜の言葉に呼応して時が――止まる。この空間はたった今、咲夜に支配され、すべてのモノは自らの意思で時を刻む事を許されない。
 それはフランも例外ではなく、動きを止めたその吸血鬼に咲夜は歩み寄る。
「フランお嬢様・・・・・・申し訳ありません」
 そう呟いて両手を広げるとフランの周りに無数のナイフが現れた。咲夜がその手を振り下ろすと、無数のナイフは指揮者に応えるかのように一斉にフランに襲い掛かった。それを合図に再び世界が時を刻み始める。
 数の暴力は圧倒的だった。少し間を置いて、フランのいた辺りから鮮血が舞い上がる。
 その返り血を浴びながら――咲夜はフランに向けて呟いた。
「こうするしかなかったんです・・・・・・フランお嬢様、本当に申し訳ありません」
 ふらつきながらもナイフの回収に向かうため歩き始めた咲夜は――そこで宙を舞っていた鮮血がふと掻き消えるのを目にした。その光景に驚く暇もなく背後に気配を感じ、途中で立ち止まる。
 振り返ったその先に立つ者の姿を見て咲夜は背筋が凍りついた。そこに立っているフランドール・スカーレットは傷一つ負っていない姿で、咲夜の事を見つめていた。
「なっ、何がどうなってるの」
 それに答える声は目の前ではなく咲夜の右側から。
「うふふ、さっきも同じ事言ってたわね」
 右の声には左から言葉が続く。
「ほんとおもしろいわね、時間操作・・・・・・時が止められるのかしら?」
 締めの言葉は咲夜の後方、鮮血の舞った辺りから続けられる。
「でも残念ね、ちょっとトリックを見せすぎよ――手品なんてそう何度もやるものではないわ」
 咲夜は動揺をしているのを悟られないように、努めて平静に切り返す。
「じゃあフランお嬢様のそれは一体どんな手品なんですか?それともお嬢様が四人に見えるのは私の頭がどうにかなってしまったからなんでしょうか」
「あはは、手品?そんな生ぬるいもんじゃないよ。皆に恐れられ忌み嫌われた禁忌の力『フォーオブアカインド』この力であなたを壊してあげるんだから!」
「生憎私、ポーカーは得意ではないんですが――」
 咲夜の言葉を最後まで聞かず、四人の吸血鬼は我先にと一斉に獲物に向かう。四人がそれぞれ別々の意思を持っており、その攻撃は相手に休む暇を与えない。咲夜は防戦一方にならざるを得なかった。
「ほらほら、壊れろ壊れろ!あははははははっ!」
 四方八方から繰り出される爪をすべてかわすことは不可能に近く、頬や腕を何度も掠める。その度に訪れる痛みは確実に咲夜を消耗させていった。
「どうしたの?逃げてるだけじゃつまらないわよ!」
 攻撃の手を休めることなくフランはそう言い放つ。そうは言っても咲夜に反撃する余裕などなく、気づくと背後には壁が迫る。いつの間にか退路を断たれる形になっていた。
 追い詰められた咲夜の姿はそれまでのフランの攻撃の激しさを物語っている。服は所々破け、まだ服として機能している部分も血で紅く染まっていた。
 正に状況は風前の灯火、絶対的な絶命は避けられそうもない。そんな状況に立たされても尚、咲夜の目はフランのことをしっかりと見据えていた。
「何なのよその目は・・・・・・こんな状況でまだどうにかできるって思ってる訳?きゃははは、無駄よ無駄!どう足掻こうとあなたはここで私に壊される運命なのよ!」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・私にはっ、フランお嬢様が本心でこんな事をしているとは思えません――あんな風に涙を流せるお方が、嬉々として誰かを壊すだのと・・・・・お願いです、目を覚ましてください!」
「うるさいうるさいうるさい!あなたに何が分かるの?おしゃべりの時間はもうおしまいよ――」
 そこで言葉を切りフランは――四人一斉に――満身創痍の咲夜に襲い掛かった。
 もちろん咲夜に逃げ場はない。
 この一撃が咲夜の命を刈り取ることになる、それは変わる事のない既定事項。
 事実フランもそう確信していた。
 だが今のフランにあるのは圧倒的な力の差からくる油断。そのメイドはただの人間ではない――破壊と勝利を確信したフランはその事を忘れていた。
 吸血鬼達の手が咲夜に触れようとしたその時、不意に空間が歪む。
 周囲の時間は再び咲夜に支配される。何者も――フランも例外ではなく――その支配から逃れる事は出来ない。
 咲夜は動きを止めた吸血鬼達の合間を縫って背後に回り、ナイフの檻に閉じ込めると、間髪いれずに時間停止を解いた。
「――チェックメイトよ!」
 先ほどとは違い完璧に不意をつかれた形になったフランは、無数のナイフの弾幕から逃れる事もできない。
 薄暗い地下室にフランの悲鳴が響き渡る。
「ぐっあああああああああああああああ」
 紛い物である三人の吸血鬼はナイフの着弾と同時に姿を消した。
 力を失ったナイフがからんと音を立てて地面に落ちる。
 残った吸血鬼の本体は片膝をつき、俯いている――咲夜の位置からでは表情までは確認できない。
 その足元には真紅の血溜まり、傷は相当深いようでフランが動き出す気配はない。
「終わった・・・・・・のかしら」
 咲夜はおもむろに歩き出し、フランの側にしゃがみこむ――やはり動き出す気配はない。
「思ったより傷が深いわね、って言っても手加減なんかできる状況じゃなかった訳だし。とりあえず人を呼んだ方がいいか・・・・・・こんな事お嬢様に知られたらただで済みそうにないわね」
 そうは言ったものの、咲夜の負っている傷も浅いとは言いがたく、その足元はおぼつかない。
 レミリアにどう説明したものかと頭を抱えつつ、地下室を後にしようと出口へ向かう。
 しかし咲夜は思い違いをしていた。傷が酷くてそこまで頭が回らなかったのか、相手の傷の酷さに油断していたのか、この部屋に満ちていた禍々しい殺気はまだ消えてはいなかった。
「あはは――ねぇ、どこへ行くの?」
 まさかと思い声のする方に向き直る。そこには己の血で服を真っ赤に染めたフランドール・スカーレットが立っていた。
「帰っちゃダメって言ったじゃない」
 フランの様子は今こうして立っているのが不思議なほどだった。時折口元に垂れた血をぺろりと舐め取る姿に咲夜は思わず目を背けてしまう。
「あなたはここで、私のモノになるのよ・・・・・・さぁもっと遊びましょう」
 そう言ってフランは虚ろな目で咲夜を見つめる。その右手にはどこから取り出したのか、奇妙な形の黒い棒切れ――まるで杖のような物を握っていた。
 そんな棒切れで何をしようというのか、咲夜は警戒しつつ新しいナイフを取り出す。
「もう容赦はしないわ。徹底的に壊しつくしてあげる。害なす魔杖――レーヴァテイン、禁忌の力を見るがいいわ!あははははははは!」
 その刹那、フランの持つ杖が次第に陽炎のように揺らめいたかと思うと、自身の何倍もの大きさがあろうかという炎を噴き出た。杖は真っ赤に燃え上がる。
「さぁ鬼ごっこの始まりよ!」
 その一言を合図に、フランが杖を振るう。放たれた炎が意思を持っているかのように咲夜に襲い掛かる。血を流しすぎたせいか、はたまた力を使いすぎた代償か、咲夜の足は言うことを聞かない。寸前のところで倒れこむようにして何とか炎をかわすと、先ほどまで立っていた所が文字通り蒸発していた。
 己の不利を悟ったのか、その表情に余裕は全くなっている。
「さすがにこれ以上はまずいわね・・・・・・さすがにもう限界なんだけど――っと」
 間髪いれずに炎が襲い掛かる。それをかわすたびに咲夜の傷口が開き、激痛に顔を歪める。
 咲夜は隙をみて何度か時を止めようと試みるものの、その時間はごく僅か。こうなると今の咲夜になすすべはなく、逃げ惑い破壊へのカウントダウンを遅らせる事しか出来ない。
 フランの放つ炎によって、辺りはいつの間にか火の海になっていた。
忘れられた悪魔の妹 -裏- に続きます 
U-1
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コメント



0.390簡易評価
5.無評価煉獄削除
感想はもう一つのほうにまとめて。
ここには誤字らしき報告を。

>愚痴をこぼしながらもこっちり仕事はこなしていく。
きっちり…ではないでしょうか?