オリキャラあります
「なんて馬鹿な子なのかしら!?」
セミの声に混じるというより、むしろ突き破るような感じで、その声は魔法の森に木霊する。人形である彼女には、その声は一層耳に響くものだった。
「こんな簡単なおつかいもできないの!? あんたって子はどうして他の子に比べてこうも物覚えが悪いのよ!! 何よその態度は!? もうあんたみたいな子うちの子じゃないわ! いますぐ出て行きなさい!!!」
上海人形は、アリスの家から追い出されてしまった。服をつかまれ、外に放り出された後に、鍵をかけられた。トイレットペーパーのシングルとダブルを間違えただけなのに酷いお叱りを受けた。それはそれほどアリスにとって重要な問題だったのだろう。
これからどうしようか…と黄昏ていた時、窓から飛び出てきたのは、友人、いや、家族の一人。蓬莱人形だった。彼女は上海の前に降り立ち、人外にしか理解できない言語で語りかけた。
『どうしても、行くというのかい』
蓬莱の言葉は、未練で満ちていた。
『私とてアリスに作られアリスのために尽してきた。そのアリスに用済みと言われては、留まる理由も無い』
上海のそれは、決意のある言葉だった。
『北へ行くよ。これから寒くなる。人形たる私は体温調整が難しい。凍死を防ぐためにも北方へ足を伸ばすとしよう』
歩き出す上海の背中に、蓬莱は短い手を伸ばす。
『上海…!』
上海は二度と振り向かなかった。迷いの無い足取りは、まだ見ぬ明日へとまっすぐに向かっていた…。
『北はもっと寒いと思うんだけどなぁ』
ポツンと呟くが、もちろん上海が戻ってくることはなかった。
街に出た。
雪が降っていた。街は白く染まっている。初めて見る白に、今の上海が美しさを感じるはずもない。
今日は『クリスマス』という日らしかった。街が妙ににぎわっているのも、きっとそのせいだろう。
『アリスが以前、「まふらあ」というものをみんなにプレゼントすると言っていたな。追い出される前に、それがどんなものなのかを見てみたくもあったが…』
上海の体は深く積もった雪に飲み込まれ、膝まで埋まっていた。その時、自分と同じ『人外』と目が合う。
『お前さんも、一人なのかい』
上海はそう語りかけた。恐らく雄であろう彼は、疲れきった、擦れた声で返す。
『…俺と言葉を交わせるのかい。やめてくれ、もう誰とも関わりたくない』
その哀愁に染まった言葉も、人間には「わんわん」としか聞こえないだろう。しかし同じ人外だから、上海にはわかる。
『ボロボロの毛並み。光を失った瞳…、私もいずれそうなるのだろう。主人に捨てられた使い魔とは、そうなる運命なのだ』
犬は一ミリも動かず喋る。
『…お前には、主人がいたのかい』
漂う哀愁が、一層強くなるのを感じた。
『俺は物心ついた時から独りだった。唯一覚えている母の顔も、狼にぐちゃぐちゃに砕かれてしまった。目を開けると、それを思い出してしまうんだ。だからもう俺にはかまわないでおくれ』
上海は何も言えず、スッと背を向けた。目に雪が吹き込んでくる。痛みなどなかった。
――もし、私の一番大切な人が、アリスが…命を奪われてしまったら。私はあんな風に心を閉ざしてしまうのかもしれない。追い出されてしまったとはいえ、私は心の中で、アリスの笑顔を思い出せる。そして今も、アリスがその笑顔を浮かべていることを願っている――
だけどもう、動けない。雪が脚を掴んで、離さなかった。
もう、疲れた。
真っ白な欲望に身を任せて、眠りにつきたい。二度と覚まされることのない眠りに…。
『上海、上海!』
暗闇の中に、一筋の光が差し込んだ。
『蓬莱…どうしてこんなところに…?』
自分の眠りを覚ましたその姿は、かつての家族、蓬莱人形だった。その姿は、一瞬息を呑んだ後にこう言った。
『アリスが、倒れた』
その言葉の意味が、理解できなかった。
ただ、自分の頭の中にくっきりと映る彼女の笑顔が、だんだんと薄くなっていくのがわかった。
あの犬のように、私は自分の最愛の人を失ってしまうのか……。
『おそらく、もう助からない。ただの過労だろうが、私達は人間と会話できないから、医者を呼ぶこともできない。だから、急いで戻って、アリスの最期をみとってやろう』
馬鹿な。あのアリスの最期なんて想像できなかった。拙い手付きで、それでも指に穴を開けながら自分を作ってくれて、命令を聞くと頭を撫でてもらえた。あの笑顔が、二度と見れなくなるなんて……!
『絶対に嫌だ……!! だが……もう動けない。私には、どうすることもできない…!!!』
上海は泣いた。己の無力さを悔やむ想いは目から零れ、膨大な雪を少しだけ溶かす。それが、あまりに非力な彼女の報いることのできる一矢だとしたら、なんと残酷なことか。
その時、ザッと、迫力のある足音が、上海の横で止まった。
『乗せな』
どこかで聞いた声。それは、確かにあの犬の声だった。ただし先ほどの擦れた声は、凛々しい男の声に変わっていた。
『急ぎなんだろ? ガキの頃、かけっこで俺の右に出る奴はいなかったぜ』
蓬莱が自分の体をもちあげ、ボロボロな、だけど暖かい羽毛の上に乗せられるのを感じた。
『ぶっ飛ばすぜ! しっかりつかまっときな!』
上海は、薄れ行く意識の中で、確かに彼に尋ねた気がする。『人生に疲れたのではないのかい? どうして私の手助けを?』
それに犬はこう答えた。『ああそうさ、俺はもう人生を捨てた。だから、お前に俺と同じ苦しみを味わわせたくねえんだ。ご主人を不幸にするんじゃねえぞ。絶対だ』。
元々あったかどうかもわからなかった意識は、完全に白に染まった。その時、初めてその白が美しいものであったことに気づいた…。
「…んはい、上海!」
ビクッと、上海は起き上がった。目の前にはいつもの風景。小さなベッドがあって、家族達が居て、そして、アリスが居た。
「まったく、一度起こしたら起きるように言ってるじゃない!」
「しゃ、シャンハーイ!」
思わず謝ってしまう。だが自分は、なぜかアリスを永遠に失ってしまう……夢を見た?ような…。
『ん?』
その時、上海は首元の違和感に気づく。
『なぁアリス。こりゃなんだ?』
アリスにとってその声は「シャンハーイ?」としか聞こえていないが。首元の布をくいくいと引っ張りながら語尾上げしているので、その意味は理解できた。
「ああ、それ……」
アリスは少し顔を逸らして、一瞬間を置いた。
「こないだは、ちょっと私も大人気なかったと思うわ。それはその、クリスマスプレゼントよ」
――ああ、これが『まふらあ』か。私はてっきり首輪か何かでお仕置きされるかと――
「何か失礼なことを思ったかしら?」
『甚だしく気のせいだ』
見ると、家族達はみんな同じものを身につけていた。その際、蓬莱人形と目があった。互いにニコリと微笑みあった。
新しい家族の姿もあった。凛々しい表情で、彼は「わん」と吠えた。
そして私を抱き上げた最愛の人は、消えることのない微笑みを私に見せた。
―fin―
それだけ信頼していたからこそ……なのでしょうか?
話が急展開したのも気にはなりますが、もう少し上海が街に着くまでの経緯などが
あれば良かったかなと思ったり。
面白くはあるのですが、一味足りない感じがしました。
そういう部分などを次回などに期待したいです。