ああピーカンばっちしギラギラ太陽、ジリジリ焼かれる後頭部。
額の汗は鼻筋流れ、唇伝って顎へから胸へ。
断崖絶壁をよじ登らせてきた脚と腕は萎えきっているけど、目指す頂上はもうすぐ。
もう見えている。あと少しだ。やっとここまで来た。
私はやり遂げようとしている。
息を整え、汗を拭い、岩肌から次ぎの手がかりを探して掴み、脚で体を持ち上げる。
一歩、そしてまた一歩と、登るたびに、負ぶい紐とクーラーボックスのストラップが肩に食い込んできて痛い。
「ねえもっとアイス食べて良いー?」
背中に括り付けた氷の妖精が涼しげに言う。
涼しげなのは言葉だけではない。事実、私の背中もとってもひんやりして気持ちがいい。
「あんまり食べ過ぎるとお腹壊すよ」
話しながらも絶対に登るペースをゆるめない。
アイスキャンディーの残りが少ないのだ。
この絶壁を登りだしてからというもの、チルノはいったい何十本のアイスキャンディーを食べただろう。
もっとも背中に括り付けられた状態では、他にやることなど無いのだから、食うなとも言えない。
もしこの状況で癇癪でも起こされて暴れられたら最後だ。
「食べちゃダメなの?」
「いいよ食べて、あなたのために持ってきたようなもんよ。
でも一本ずつだからね。大事に食べなさい」
「わーい」
チルノがクーラーボックスからアイスキャンディーを取り出し、食べ始めた。
ぺろぺろガリガリぺろぺろガリガリ。
ひたすら絶壁の上を、上を目指して苦闘する私の後ろで、無邪気なアイスキャンディー咀嚼音。
とりあえずはチルノが、これはアイスキャンディーをいっぱい食べられる遊びなのだ、と信じているうちに、山頂に到達しなくてはならない。
かといって別に私は幼気な妖精を騙しているのではない。
事実としてチルノにとっては、『なんだか良くわからないけど、アイスをいっぱい食べれるならラッキー』というのがこの状況に対する認識なのだから、むしろ本人は楽しんでいるのだ。
「ねーねー、なぞなぞしてよー」
つんつん、と、ひんやりな指で髪が引っ張られる。
「アイス食べ終わったらね」
崖を登るだけでも大変なのに、なぞなぞなどやってられる物ではない。
と言っても、
「やだやだ、なぞなぞしてよー」
とまあ、駄々をこねるのだから結局、ここまで登って来るのに何度もそうしたように、なぞなぞを出すしかない。
「ええと、それじゃあ。ある銀行に一人の男の人が覆面を被ってやってきました。どうしてでしょうか」
「それもう二回くらいやったってばさー。答えは遊ぶ金ほしさでしょ?
つまんないー、新しいなぞなぞしてー」
そんな事を言われても、かれこれ麓から何十問、下手したら百問以上の出題をしている。
なぞなぞのレパートリーなど、とうに尽きている。
けどどうにか。もうすぐで頂上だ。どうにか間を持たせなくては。
「じゃー、ある銀行に、また別の男が覆面を被ってやってきました。どうしてでしょうか」
「また同じだってばー」
「ダメダメ、同じなのは覆面だけでしょ。他人を見かけで判断したらダメ。
世界中のみんな、それぞれ違う生き方してるんだから、よーく覆面の男の人生を想像しなきゃだめ」
「そっかー、わかったー、答えはね。スパゲッティーが食べたかったけど、売り切れだったから」
「正解。流石は天才ね。まったく意味がわからないけど、それが正解でオーケー。人生色々あるもんね。
きっとスパゲティーが売り切れだという理由で、覆面を被って銀行に来る男の一人や二人くらいは居たっておかしくない」
もちろん、本当は、借金に追われて、が正解なのだが、この状況だし、正解などなんでもいい。
「わーい! ねーねー次ぎの問題は?」
「またある銀行に、また別の男が覆面を被ってやってきました。どうしてでしょうか」
「山広さんが、あ、違う違う、岡本さんがほくろの毛を気にしてるから」
「凄い、二問連続正解、流石は天才」
「わーい! またアイス食べて良い?」
「いいよ」
「あれ、もう無いよアイス」
「嘘、あれだけあったのに? もうそんなに食べちゃったのチルノ?」
「無いよアイス」
「もうちょっとで頂上だから、それまで待ってね。その後で幾らでも食べさせて上げる」
「やだやだ、今食べたい!」
ぶんぶん、と手足をばたつかせる妖精さん。
「わかった、わかったから暴れないでチルノ、アイスある、アイスあるからたぶん」
危うく手を滑らせそうになった。
「え、どこどこ? どこにあるの?」
「良く聴いてチルノ、あなたの手を舐めてみて。きっと冷たくてしょっぱい味するから」
「ほんとー?」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
「うおーあたいの手すっげー、ほんとにしょっぱい」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
「うおー冷たい、あたいの手、すっげー!」
よし、今の内。もうアイスキャンディーは無い。
チルノが大人しい今の内に少しでも登る。
私はやりとげる。絶対にやり遂げる。
がんばれ私の脚。そうゆっくりでもいい、私を頂上へ連れて行って。
がんばれ私の腕。うん慌てなくてもいい、私を頂上へ導いて。
でも妖精さんごめん。
それ汗なんだきっと。しょっぱいのは汗なんだ。ばっちくてごめんなさい。
ガリガリガリガリガリガリ。
がりがりがりがり?
チルノが何か堅い物を囓る音だ。アイスとかを。
でも、もうアイスは無い。はず。
ガリガリガリガリ。
食ってる?
まさか。
手。自分の手を?
そりゃ氷の妖精だし、たぶん手の主成分も氷とかなんだろうけど。
いやでも氷なら、クーラーボックスの中にも入ってるし、それをアイスの代わりに囓ってるのかも?
少し頭を後ろに向ければ、チルノが何を囓っているのか確認できるけど、そうするのが恐ろしい。
いくらチルノでも、自分の手を食べるのは無いと思いたい。
でも何しろ、スパゲッティーが買えなかったという理由だけで、ほくろ毛が気になるという理由だけで、覆面をして銀行に来るという発想をする児童だ。
自分の手を食ってたってありえない話じゃない。
ごめん妖精さん。一刻も早く頂上に行くから!
ごめん妖精さん。両手の指が無くなる前には、頂上に着くから!
まあでも、指食べちゃっても、すぐ元通りになるよね。妖精だし。
「ねーねー、次ぎのなぞなぞはー?」
もう少し、もう少し。
「それより手痛くないチルノ? 大丈夫?」
「おいしかったけど、舐めてたら味無くなったー。あんたの首とか耳とか舐めてもいい?」
「ダメダメ、おいしくないよ。私の首も耳もおいしくない、ってこら」
後ろからひんやりベロが髪をかき分け、耳をぺろぺろぺろぺろ。
「っひゃっひゃっひゃ。だめだめチルノ。くすぐったいから、くすぐったい。こらこら後でアイス買って上げないよ」
またまた足を滑り落ちらせるところだった。
「えー」
「それにそういう事は、大人になってから愛し合う人としなさい。無闇に他の人にしたらだめ」
妖精が大人になるのか知らないけど。
「えー、ならあんたは、愛し合う人にするペロペロ? おいしい?」
「ん、んー、んんんー、まあ、あの、そこそこ? 詳しくは他の人に訊いて貰えるかな」
「わかったー。そんで次ぎのなぞなぞは?」
「あーじゃあ、とある銀行にまたまたまた」
「それはもう飽きたよ!」
「うんじゃあ、とっておきのなぞなぞ。
私はクーラーボックスと氷の妖精を背負って、妖怪の山最難関である南絶壁をフリークライミングしてます。これって何か意味があるんでしょうか」
「そういう遊びだからでしょー?」
「遊びねえ。遊びなのかなあこれって。チルノは楽しい?」
「うん!」
「私は割と楽しくない。もの凄く無意味な事を全力でやってる気分」
「じゃあなんでやってるのあんた?」
「時々思わない?
私もあなたも長く長く長く、これまで生きてきた中で、絶対に思ったことがあるはず。
自分は何のために、どうして生きて居るんだろうってね。
明日も生きていようと思うのは何故。
少しでも多くの幸せや喜びを感じるため?
例えば、友情や恋愛?
うん、それは確かに心が直接ポジティブに動かされる物。
明日も生きていようと思うことに、十分な動機かも知れない。
だとして私の疑問はどうして?
ならば答えは豊かで恵まれた生活?
出世、家族、大型デジタルテレビ、最新の全自動洗濯機、健康、低コレステロール、マイホーム、住宅ローン、おしゃれ、家族でクリスマス、年金、年金控除。
そして平穏に暮らして、あとは寿命を勘定するだけ。
上等じゃない。私はきっとあと何百年も生きてるはず。
だったら見つけなきゃならないのよ、私の答えをね。
そしてここを登り切れば、それが見える気がする!」
最後のオーバーハングを乗り越えた。
頂上だ。私は頂上に登りきった。
「まあ、冗談だけどね。でも、そうでも思ってかないとやってらんないっていうか。
ま、妖精背負って山登りしなきゃ、んなもんわからなかったら、どっちみち一生わかんそうだし。私だって伊達に長く生きてる訳じゃないってのねえ?」
それにしても、チルノがさっきからやけに静か。
と、背中を見てみればやっぱりというか、寝てらっしゃる。
話が長すぎたらしい。すーすーすーすー、なんて寝息をたてちゃって。
こっちまで気が抜けちゃう。
その場に、腰を下ろした。
ああ、くたびれた。
「あれれ、文さんじゃないですか、どうしたんですかこんな所で」
それこそこれまで長く長く生きてきた中で、もっとも多く聞いた声の一つ。
椛がこちらに飛んできていた。
「椛? あんたこそどうしたのこんな所で」
「この時間は仕事中に決まってるじゃないですか。
今週は頂上の監視哨で勤務なんですよ。もしかして私に用事でしたか?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「はあ。ところで文さん、どうしてそんな荷物を持って、チルノ、さん、をおんぶしてるんですか?
それに凄い汗ですけど、まるでその恰好で崖をよじ登ってきたみたいに」
「うん、まさにその通りなんだけどさ」
「あの、文さん。いったい何をしてたんですか?」
「えーと、氷の妖精にアイスキャンディーを五十本くらい食べさせつつ、なぞなぞ遊びをしながら、麓から妖怪の山南壁をフリークライミングしてきた、かな」
「はあ。何かの取材ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「はあ。では何かの遊びですか?」
「たぶん、強いてカテゴライズするなら」
「楽しかったですか?」
「さっぱり。この上なく人生を無駄にしてる気分だった」
「ではどうして、そんな事してたんですか?」
「なんとなく、朝起きたら、これ以上無い程凄く無意味な事を死ぬ気でやりたい気分でさ。
気づいたらなんか、チルノ背負って山登ってた。
その後はもう、やけくそとノリで、誤魔化し誤魔化しみたいな」
「はあ。私には良くわかりません。文さんにはきっと何か深い考えがあるんですよね」
「私もさっぱりわかんないな」
「そうなんですか。では文さんは何故そんな事をやりたくなったんですか?」
「たぶんそれは世界中の誰よりも私が教えて貰いたいけど、もう太陽のせいとかでいいや」
「はあ。では色々お疲れみたいですし、詰め所でお茶くらい飲んで行きませんか。
私って今、パトロールが終わって休憩入るんですよ」
「うん、んじゃそうする」
クーラーボックスだけ置いて、椛の後について歩き出した。詰め所はすぐそこ。
チルノが寝言で、しょっぺー、うめえー、とか背中で呟いてる。
寝ぼけて首やら耳を囓られそうでちょっと怖い。
文さんって、そうしてると、なんだかお母さんみたいですよね。
椛がそんな事を言って笑う。
去年も文さんって、そういえば、何か変な事してましたよね。
同じくらいの時期にですよ。とても忙しそうにしてたのに、いきなり、電卓で1+1を繰り返してカンストさてみせると言って、目の色変えて一日中私の家で電卓を連打してましたよね。
きっと、働きすぎて疲れてるんですよ。
人生長いんですから、ゆっくり楽しんでいきましょうよ。文さん。
椛の言うとおりかな、とも思う。
うん。きっとそうなんだろう。そういう事にしておけばいい気がする。
あたいの手すっげー。むにゃむにゃ。
どうにも幸せそうなチルノ。
ぺろぺろぺろぺろ、ひんやりな舌が首を擽る。
ゆっくり楽しむねえ。
それは例えば、今日みたいな究極に無意味な一日もカテゴライズされるんだろうか。
考えなきゃいけない気がしたけど、がぶり、突然に噛みつかれた痛みのせいで、情けない悲鳴を上げてしまい、わりと色々どうでも良くなった。
額の汗は鼻筋流れ、唇伝って顎へから胸へ。
断崖絶壁をよじ登らせてきた脚と腕は萎えきっているけど、目指す頂上はもうすぐ。
もう見えている。あと少しだ。やっとここまで来た。
私はやり遂げようとしている。
息を整え、汗を拭い、岩肌から次ぎの手がかりを探して掴み、脚で体を持ち上げる。
一歩、そしてまた一歩と、登るたびに、負ぶい紐とクーラーボックスのストラップが肩に食い込んできて痛い。
「ねえもっとアイス食べて良いー?」
背中に括り付けた氷の妖精が涼しげに言う。
涼しげなのは言葉だけではない。事実、私の背中もとってもひんやりして気持ちがいい。
「あんまり食べ過ぎるとお腹壊すよ」
話しながらも絶対に登るペースをゆるめない。
アイスキャンディーの残りが少ないのだ。
この絶壁を登りだしてからというもの、チルノはいったい何十本のアイスキャンディーを食べただろう。
もっとも背中に括り付けられた状態では、他にやることなど無いのだから、食うなとも言えない。
もしこの状況で癇癪でも起こされて暴れられたら最後だ。
「食べちゃダメなの?」
「いいよ食べて、あなたのために持ってきたようなもんよ。
でも一本ずつだからね。大事に食べなさい」
「わーい」
チルノがクーラーボックスからアイスキャンディーを取り出し、食べ始めた。
ぺろぺろガリガリぺろぺろガリガリ。
ひたすら絶壁の上を、上を目指して苦闘する私の後ろで、無邪気なアイスキャンディー咀嚼音。
とりあえずはチルノが、これはアイスキャンディーをいっぱい食べられる遊びなのだ、と信じているうちに、山頂に到達しなくてはならない。
かといって別に私は幼気な妖精を騙しているのではない。
事実としてチルノにとっては、『なんだか良くわからないけど、アイスをいっぱい食べれるならラッキー』というのがこの状況に対する認識なのだから、むしろ本人は楽しんでいるのだ。
「ねーねー、なぞなぞしてよー」
つんつん、と、ひんやりな指で髪が引っ張られる。
「アイス食べ終わったらね」
崖を登るだけでも大変なのに、なぞなぞなどやってられる物ではない。
と言っても、
「やだやだ、なぞなぞしてよー」
とまあ、駄々をこねるのだから結局、ここまで登って来るのに何度もそうしたように、なぞなぞを出すしかない。
「ええと、それじゃあ。ある銀行に一人の男の人が覆面を被ってやってきました。どうしてでしょうか」
「それもう二回くらいやったってばさー。答えは遊ぶ金ほしさでしょ?
つまんないー、新しいなぞなぞしてー」
そんな事を言われても、かれこれ麓から何十問、下手したら百問以上の出題をしている。
なぞなぞのレパートリーなど、とうに尽きている。
けどどうにか。もうすぐで頂上だ。どうにか間を持たせなくては。
「じゃー、ある銀行に、また別の男が覆面を被ってやってきました。どうしてでしょうか」
「また同じだってばー」
「ダメダメ、同じなのは覆面だけでしょ。他人を見かけで判断したらダメ。
世界中のみんな、それぞれ違う生き方してるんだから、よーく覆面の男の人生を想像しなきゃだめ」
「そっかー、わかったー、答えはね。スパゲッティーが食べたかったけど、売り切れだったから」
「正解。流石は天才ね。まったく意味がわからないけど、それが正解でオーケー。人生色々あるもんね。
きっとスパゲティーが売り切れだという理由で、覆面を被って銀行に来る男の一人や二人くらいは居たっておかしくない」
もちろん、本当は、借金に追われて、が正解なのだが、この状況だし、正解などなんでもいい。
「わーい! ねーねー次ぎの問題は?」
「またある銀行に、また別の男が覆面を被ってやってきました。どうしてでしょうか」
「山広さんが、あ、違う違う、岡本さんがほくろの毛を気にしてるから」
「凄い、二問連続正解、流石は天才」
「わーい! またアイス食べて良い?」
「いいよ」
「あれ、もう無いよアイス」
「嘘、あれだけあったのに? もうそんなに食べちゃったのチルノ?」
「無いよアイス」
「もうちょっとで頂上だから、それまで待ってね。その後で幾らでも食べさせて上げる」
「やだやだ、今食べたい!」
ぶんぶん、と手足をばたつかせる妖精さん。
「わかった、わかったから暴れないでチルノ、アイスある、アイスあるからたぶん」
危うく手を滑らせそうになった。
「え、どこどこ? どこにあるの?」
「良く聴いてチルノ、あなたの手を舐めてみて。きっと冷たくてしょっぱい味するから」
「ほんとー?」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
「うおーあたいの手すっげー、ほんとにしょっぱい」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。
「うおー冷たい、あたいの手、すっげー!」
よし、今の内。もうアイスキャンディーは無い。
チルノが大人しい今の内に少しでも登る。
私はやりとげる。絶対にやり遂げる。
がんばれ私の脚。そうゆっくりでもいい、私を頂上へ連れて行って。
がんばれ私の腕。うん慌てなくてもいい、私を頂上へ導いて。
でも妖精さんごめん。
それ汗なんだきっと。しょっぱいのは汗なんだ。ばっちくてごめんなさい。
ガリガリガリガリガリガリ。
がりがりがりがり?
チルノが何か堅い物を囓る音だ。アイスとかを。
でも、もうアイスは無い。はず。
ガリガリガリガリ。
食ってる?
まさか。
手。自分の手を?
そりゃ氷の妖精だし、たぶん手の主成分も氷とかなんだろうけど。
いやでも氷なら、クーラーボックスの中にも入ってるし、それをアイスの代わりに囓ってるのかも?
少し頭を後ろに向ければ、チルノが何を囓っているのか確認できるけど、そうするのが恐ろしい。
いくらチルノでも、自分の手を食べるのは無いと思いたい。
でも何しろ、スパゲッティーが買えなかったという理由だけで、ほくろ毛が気になるという理由だけで、覆面をして銀行に来るという発想をする児童だ。
自分の手を食ってたってありえない話じゃない。
ごめん妖精さん。一刻も早く頂上に行くから!
ごめん妖精さん。両手の指が無くなる前には、頂上に着くから!
まあでも、指食べちゃっても、すぐ元通りになるよね。妖精だし。
「ねーねー、次ぎのなぞなぞはー?」
もう少し、もう少し。
「それより手痛くないチルノ? 大丈夫?」
「おいしかったけど、舐めてたら味無くなったー。あんたの首とか耳とか舐めてもいい?」
「ダメダメ、おいしくないよ。私の首も耳もおいしくない、ってこら」
後ろからひんやりベロが髪をかき分け、耳をぺろぺろぺろぺろ。
「っひゃっひゃっひゃ。だめだめチルノ。くすぐったいから、くすぐったい。こらこら後でアイス買って上げないよ」
またまた足を滑り落ちらせるところだった。
「えー」
「それにそういう事は、大人になってから愛し合う人としなさい。無闇に他の人にしたらだめ」
妖精が大人になるのか知らないけど。
「えー、ならあんたは、愛し合う人にするペロペロ? おいしい?」
「ん、んー、んんんー、まあ、あの、そこそこ? 詳しくは他の人に訊いて貰えるかな」
「わかったー。そんで次ぎのなぞなぞは?」
「あーじゃあ、とある銀行にまたまたまた」
「それはもう飽きたよ!」
「うんじゃあ、とっておきのなぞなぞ。
私はクーラーボックスと氷の妖精を背負って、妖怪の山最難関である南絶壁をフリークライミングしてます。これって何か意味があるんでしょうか」
「そういう遊びだからでしょー?」
「遊びねえ。遊びなのかなあこれって。チルノは楽しい?」
「うん!」
「私は割と楽しくない。もの凄く無意味な事を全力でやってる気分」
「じゃあなんでやってるのあんた?」
「時々思わない?
私もあなたも長く長く長く、これまで生きてきた中で、絶対に思ったことがあるはず。
自分は何のために、どうして生きて居るんだろうってね。
明日も生きていようと思うのは何故。
少しでも多くの幸せや喜びを感じるため?
例えば、友情や恋愛?
うん、それは確かに心が直接ポジティブに動かされる物。
明日も生きていようと思うことに、十分な動機かも知れない。
だとして私の疑問はどうして?
ならば答えは豊かで恵まれた生活?
出世、家族、大型デジタルテレビ、最新の全自動洗濯機、健康、低コレステロール、マイホーム、住宅ローン、おしゃれ、家族でクリスマス、年金、年金控除。
そして平穏に暮らして、あとは寿命を勘定するだけ。
上等じゃない。私はきっとあと何百年も生きてるはず。
だったら見つけなきゃならないのよ、私の答えをね。
そしてここを登り切れば、それが見える気がする!」
最後のオーバーハングを乗り越えた。
頂上だ。私は頂上に登りきった。
「まあ、冗談だけどね。でも、そうでも思ってかないとやってらんないっていうか。
ま、妖精背負って山登りしなきゃ、んなもんわからなかったら、どっちみち一生わかんそうだし。私だって伊達に長く生きてる訳じゃないってのねえ?」
それにしても、チルノがさっきからやけに静か。
と、背中を見てみればやっぱりというか、寝てらっしゃる。
話が長すぎたらしい。すーすーすーすー、なんて寝息をたてちゃって。
こっちまで気が抜けちゃう。
その場に、腰を下ろした。
ああ、くたびれた。
「あれれ、文さんじゃないですか、どうしたんですかこんな所で」
それこそこれまで長く長く生きてきた中で、もっとも多く聞いた声の一つ。
椛がこちらに飛んできていた。
「椛? あんたこそどうしたのこんな所で」
「この時間は仕事中に決まってるじゃないですか。
今週は頂上の監視哨で勤務なんですよ。もしかして私に用事でしたか?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「はあ。ところで文さん、どうしてそんな荷物を持って、チルノ、さん、をおんぶしてるんですか?
それに凄い汗ですけど、まるでその恰好で崖をよじ登ってきたみたいに」
「うん、まさにその通りなんだけどさ」
「あの、文さん。いったい何をしてたんですか?」
「えーと、氷の妖精にアイスキャンディーを五十本くらい食べさせつつ、なぞなぞ遊びをしながら、麓から妖怪の山南壁をフリークライミングしてきた、かな」
「はあ。何かの取材ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「はあ。では何かの遊びですか?」
「たぶん、強いてカテゴライズするなら」
「楽しかったですか?」
「さっぱり。この上なく人生を無駄にしてる気分だった」
「ではどうして、そんな事してたんですか?」
「なんとなく、朝起きたら、これ以上無い程凄く無意味な事を死ぬ気でやりたい気分でさ。
気づいたらなんか、チルノ背負って山登ってた。
その後はもう、やけくそとノリで、誤魔化し誤魔化しみたいな」
「はあ。私には良くわかりません。文さんにはきっと何か深い考えがあるんですよね」
「私もさっぱりわかんないな」
「そうなんですか。では文さんは何故そんな事をやりたくなったんですか?」
「たぶんそれは世界中の誰よりも私が教えて貰いたいけど、もう太陽のせいとかでいいや」
「はあ。では色々お疲れみたいですし、詰め所でお茶くらい飲んで行きませんか。
私って今、パトロールが終わって休憩入るんですよ」
「うん、んじゃそうする」
クーラーボックスだけ置いて、椛の後について歩き出した。詰め所はすぐそこ。
チルノが寝言で、しょっぺー、うめえー、とか背中で呟いてる。
寝ぼけて首やら耳を囓られそうでちょっと怖い。
文さんって、そうしてると、なんだかお母さんみたいですよね。
椛がそんな事を言って笑う。
去年も文さんって、そういえば、何か変な事してましたよね。
同じくらいの時期にですよ。とても忙しそうにしてたのに、いきなり、電卓で1+1を繰り返してカンストさてみせると言って、目の色変えて一日中私の家で電卓を連打してましたよね。
きっと、働きすぎて疲れてるんですよ。
人生長いんですから、ゆっくり楽しんでいきましょうよ。文さん。
椛の言うとおりかな、とも思う。
うん。きっとそうなんだろう。そういう事にしておけばいい気がする。
あたいの手すっげー。むにゃむにゃ。
どうにも幸せそうなチルノ。
ぺろぺろぺろぺろ、ひんやりな舌が首を擽る。
ゆっくり楽しむねえ。
それは例えば、今日みたいな究極に無意味な一日もカテゴライズされるんだろうか。
考えなきゃいけない気がしたけど、がぶり、突然に噛みつかれた痛みのせいで、情けない悲鳴を上げてしまい、わりと色々どうでも良くなった。
でも展開はシンプルに面白かったw
最初は魔理沙とか霊夢とかあっきゅんとか、人間の誰かかと思ってました。
何かツボにはまりました。
やったなあ・・・30000ちょいでやめたがww
チルノの存在感も半端無いなw
そん位好き。
一緒にアイスがりがりしたい。
ここで吹いたwww
だけど流した汗と夏の日差しと氷精のぺろぺろに意味がないって言うのなら
きっとこの世界に意味あるものなんて何ひとつない。
大切だよね。
無意味なことを無駄に頑張る瞬間ってさ。
うん、良い夏でしたw