Coolier - 新生・東方創想話

天狗の椛 上

2009/01/23 01:23:30
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「それでは、あとはお任せしました」

無責任な挨拶と共に、射命丸文は奥の間を去った。
残されたのは事情が分からぬまま「お任せ」され、呆然とその後ろ姿を睨む霖之助と、そして見慣れぬ天狗である。
天狗の短くまとめた白い髪はふわふわと柔らかそうだ。
着物も文の物と比べるとやや古風であり、どことなく山伏を彷彿とさせる。
二人の共通点といえばその頭にちょこんと乗せた赤い頭巾であろうが、
軽薄な様子を見せるあの鴉天狗とこの非常に生真面目な天狗は好対照であるように思われた。

二人は互いに何を言って良いものか判然とせぬまま、
ごちゃごちゃと積み上げられている調度品に目を遣っていたのだが、
これでは埒があかぬと天狗が口を開いた。

「どうにもご迷惑をおかけしました。後できつく言っておきますので……」

霖之助はその社交辞令とも取れる台詞を聞き、軽く右手を振った。
早くも混乱から抜け出した彼の表情にはこだわりというものが欠落しているようにも見える。

「気にする必要はないよ。あの子がああなのはいつものことだからね。
それに、君程度にどうこうできるような相手ではない」

初対面の相手に対してそのような態度は些か無礼ではないかと天狗は思ったが、
そもそも社交性を重視し相手を(同等若しくは高位の相手を)立てる天狗の生き方が幻想郷では珍しいのだと思い返して
突発的にわきあがった反発心を押さえ込み、深々と頭を下げた。

「ええと、私は白狼天狗の犬走椛と申します」

ご丁寧にどうも、と霖之助は表情一つ変えずに返し、茶を一啜りした。
椛に対しては渋茶一杯出さぬ心積もりであるようだ。
近世の商人は客に対し媚びを売らぬ事で信頼を得ていたという。
彼の愛想の無い態度もその一環なのであろうと椛はそう自らに思いこませた。
霖之助はたっぷり数秒をかけ熱い茶を啜り、
眼鏡の奥に光る何を考えているのか掴めぬ薄暗い強い瞳で椛を見据えた。

「僕は香霖堂店主の森近霖之助という」

静かな、それでいてやや深みのある声でそう言うと、彼は再び茶に視線を戻す。
一体全体何に惹かれているのであろうか、彼は薄緑色の液体の波紋を追う事に専心しているようであった。
その木訥とした構えには侘びを好み隠棲をこそ生業とする者特有の、穢れ無く、しかし常軌を逸した趣がある。
何がそんなにも彼を鋭く見せるのであろうかと、天狗――椛は訝しむ。

その長身痩躯は鍛えているようには見えず、むしろ妖怪の血を引く者としては些か貧弱であるようにも感じる。
だが、意外にもころころと変化を見せる端整な顔立ちの奥には、常に深遠を見つめる目がある。
今こうして相対している間にも自分は彼に評価され続けているのではないかと、椛は内心気が気では無かった。
くつろいではどうかと霖之助は片手を広げて促すのだが、とてもとても、この男の前で無様を晒す気にはなれず、
椛は肩をいからせ、じっと彼の視線に耐えていた。ただの哨戒に過ぎぬ身ではあるが、彼女とて紛れもない天狗である。
長き時を生きてきた者としての自負がある。この男が何年生きたか知らぬが、それには劣るまい。

だが、年月ではないのだ。
揺らぐ事のない霖之助の芯は、生まれてきたその瞬間からこうであったのではなかろうかという馬鹿馬鹿しい錯覚を覚えさせるに十分である。
此処を訪れる客は幻想郷で名だたる奇人ばかりであると聞く。噂に拠ればあの古く怠惰な妖怪ですら頻繁にここに顔を出すそうではないか。
店主の性格が一風変わっているのも当然であろうと、椛は自分をなだめる。

「それで、この度はどのような御用向きで此処へ?」

目を細め、やや疲労の色の濃い表情で彼は言う。
当然である。文が椛を引き連れてこの店を訪れたのは日も昇らぬ暁の頃、未だ香霖堂の戸は開かぬ時間帯なのだ。
その事を申し訳なく思いつつ、しかし良きにしろ悪きにしろ話を長引かすまいと椛は両の手をきつく握った。
この部屋の異様な熱気のためであろうか、気づかぬ間にその手はじっとりと汗ばんでいた。
ぱちぱちと爆ぜるストーブの音はどこか白々しくもあった。

「妖怪の山から叩き出されたのです」

先ず椛はそう切り出した。霖之助は少なからず興味を持ったようで、その目を茶から彼女へ移す。
ゆらゆらと湯気が立ち上るが、彼はそれに対しちらりと目を遣ることすらない。
あぐらを掻き、頬杖を突き、じっと椛の一挙一動に着目している。
だが椛には彼が自分自身にさほど注意を払ってはおらぬように思われた。
何故かは分からぬが、彼はただただ自分自身の思考にのみその注意の焦点を当てているように感じられる。
しかし、それでも良いのだ。これまで信念を貫き通し、そして曲げる事の無かった自分への誇りがある。
この男にどう思われようが構うものか、と椛はかえって持ち前の豪気を取り戻していった。

「追い出されたといっても、へまをやらかしてしまったわけではありません。
その発端は些細な事なのです。
敵の来襲に対しても眠たげな表情でふらふら対応に向かっては撃墜される腑抜けた今の天狗の態度を糾弾したところ、逆に私が上の者にこう怒鳴られたのです。
『それではお前の思う天狗とはなんぞや』と」

霖之助が小さく手を挙げたので、椛はそこで語りを中断する。
昨日の事がありありと思い出され、つい興奮してしまっていたようだ。
些か演説調になりつつあった自分の言葉を思い返して椛は赤面するが、霖之助は気にした様子もない。

「それで、君は答えたのかい」

短い問いである。饒舌な男と聞いていただけに、椛は肩透かしを食った。
されど質問には答えねばなるまい。椛は火照る頬を隠すように俯いて続ける。

「怒鳴り返そうとした丁度その時に文さんが割り込み、私を山の外へと連れ出したのです。
それから一刻ほど待たされたのですが、月の昇る頃に、
しばらく山へは帰るなと文さん自身から言い渡されました。
後日改めて、私の思う天狗像を語って貰う。そのように上は仰ったそうです」

冷静になった今では椛とて理解している。
彼女のような矮小な存在が幾ら叫んだ所で社会は何も変わらぬであろう。
かえって疎まれ、踏みにじられるだけである。
「上」とやらが弁明の機会を与えたのも、
ただ単に公衆の面前で椛に恥を掻かせるためであるのは想像に難くない。
社会とは往々にして保守的な者が勝つものであり、
その常道を無視するとしても、
この平和な時代に規律と厳しさを求める椛の有様はやや古式であり、似つかわしくない。

「で、説教を受けてしまいました。あんたが今までやってきた努力が全部ぱあだ、と。
文さんがあんなに真剣に怒るのは本当に稀だったので真摯に受け止めたい気持ちもあったのですが、私にも意見があります。
ですから、文さんもぬるま湯い社会に安穏と浸っているだけで変化を恐れているのではないかと反論したところ、
ここに連れてこられてしまったのです。
ここでしばらく頭を冷やせ、と文さんにはそうぴしゃりと言い切られてしまいました。
後日テストに来ると最後にそう言って此処の戸を叩き、あとは知っての通りです」

なるほどと霖之助は相槌を打った。話を聞く彼の姿勢はやはり失礼以外の何物でもなかった。
椛が話しているというのに難しい顔をして頬杖をつき、何かを考えている様子であった。
しかし、彼女の言葉そのものは耳に通していたようで、彼はただ一言こう言った。

「ここは道具屋だ。旅籠ならば他を当たってくれ」

「道具屋で学べ。最も商売に不向きで、最も道具屋に向いた人から学べと、そう言われました」

椛は真剣に訴えるのだが、霖之助の心には響いていないようであった。
僕には関係ないな、とただそれだけを返し、茶を啜る。にべもない態度である。

「……手伝って頂けるのなら山の宝を一つお裾分けすると、そうも言っていました」

なので、苦虫を噛み潰したような表情で椛は言う。
真剣な自分の気持ちだけを武器とし、それを理解し承諾して欲しかったのだろう。
取引などという薄汚れた手法を採りたくはなかったのであろう。
だが、そのような内心の葛藤は霖之助にはどうでも良いらしく、彼は椛と同じく心底苦々しい表情で深い息を吐いた。

「彼女がそう言うのであれば、協力しない時にはそれ相応の報復があると暗に言っているようなものだからね。
従わざるを得ないだろうさ。「今の」僕には天狗に逆らう手段が無い。
韓信の股くぐりという言葉もあることだし、ここは恥を忍んで受け入れよう」

まるで時期が来れば天狗の社会如き転覆させてみせるとでも言いたげなこの男の態度に、椛ははじめてやや好意的なものを抱いた。
現状に満足せず向上心を持ち続ける者を椛は好いていた。それにしても、と一転して好奇心に満ちた表情で霖之助は椛に尋ねる。

「白狼天狗は本来とてもとても暇を持て余している連中だと聞くよ。
大将棋でもやって何とかその日その日を終わらせていく位に暇な連中だと。
君は全く遊びに興じる事無く、ただ一心不乱に修行に打ち込んでいるとでもいうのかな。その上で他の天狗を糾弾したと?」

否、と椛は静かに首を横に振った。それにあわせて白い髪がふわりふわりと舞った。
犬のように愛らしい風貌をしているにもかかわらず、その態度はどこまでも鋭い。
白狼、という言葉が実にしっくりと当てはまる。

「私とて他の天狗と同じく大将棋に熱中している者の一人です。
それ自体を悪いと言うつもりはありません。
天狗は修行などせずとも他の妖怪を凌駕する力を持っておりますし、
第一娯楽が無くてはとてもとても、千年の長きを生き延びることなど出来はしません」

が、しかしと。
強い調子で彼女は続けた。

「敵が来たのならばすぐにでも応戦するべきです。どんな罠があるやも知れません。死力を尽くして応対すべきです。
ですが、私が敵の来訪を告げようとも彼らは欠伸をかみ殺し、まともに取り合おうとはしません。
千里先を見通す私の力は何の役にも立たず、結果として妖怪の山は他種族の攻撃を度々無駄に受ける事となってしまう」

「それのどこが悪いと? 天狗というものはそのような種族だ。天狗連、天狗話という言葉がそれを象徴している。
そも天狗という生き物は山伏、山の神から派生した概念に中国での流れ星の尾の別名をあてたものだよ。
山伏、神ともに傲慢極まりなく、それが天狗の弱点であり個性でもある。
スペルカードルールが定着した平穏な今の幻想郷において、個性を潰してまで弱点を補おうとする君の考えが分からない。鬼にでもなりたいのかい?」

挑発するような調子はない。しかし、その幼子に言い聞かせるような口調は癪に障る。
だが、そういった心情とは別に椛は一つの確信を持った。

「分からないと仰ったが、それは本当ですか? 文さんはあなたを評価していた。賢い人だと。
あの文さんが気づく事のできたことをあなたが気づけないとでもいうのですか?
無駄な質問で時間を煩わせないで頂きたい」

「確認だよ、一応のね」

そう言って霖之助は茶を啜る。悪びれた様子もない。
だが確かに自分も早計であっただろうかと椛は思う。
スペルカード戦は巫女を倒せぬ妖怪の憂さ晴らしというだけではなく、外からの敵の来襲に備える訓練という側面を持つ。
そのスペルカード戦を真剣に行わぬようであれば吸血鬼異変の二の轍を踏むのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ真剣に戦わねばならぬ。だが天狗たち――特に中途半端に位の高い男の天狗――はそれを一笑に付す。
どうせ大した事にはならぬから放っておけと彼らは言うのだ。
あまつさえ、スペルカードルールを女々しいと愚弄する事すらある。
美しさを是とする方針が女性に人気であったことで辟易してしまったのかも知れぬが、
その有用性は長く生きた賢い妖怪ならばどのような無骨者であれすぐにでも理解できる筈である。まして天狗をや、だ。

かのルールは諸手をあげ喜びの声を上げて受け入れるべき素晴らしい規律である。
それに唾棄する男共の根性が許せなかった。
見栄ばかりを張り、スペルカード戦など女のするものだと嘲笑するあの愚かさが許せなかった。
それは椛が天狗である自分に誇りを持っているからである。賢く、そして強い天狗という種族を誇っているからである。
だからこそ当時の彼女は、今回と同じくスペルカードルールが公示されたその時も天狗の社会の腐敗を叫んだ。
人間も、他の妖怪たちも、皆が事の重大性に気が付いている今天狗が安穏としているとは何事か、と。
強く賢い天狗こそが率先してそのルールを世に広めるべきではないのかと。

幸いにして吸血鬼がその汚れ役を何の躊躇もなく担ってくれたために画期的規律が土に埋もれる事はなかったが、椛は口惜しかった。
幻想郷の将来を明るいものへと変えるであろうスペルカードルールを用いた異変を、
昔から幻想郷に住んでいた者が起こさなかったことが口惜しかった。
異変を起こせば嫌われるのではないか。疎まれるのではないか。そんな情けない考えがどの妖怪の間にも浸透していた。
そして、そんな腐りきった考えを笑い飛ばして、自ら誇りと共に「敵役」の名乗りを上げたのが、吸血鬼、レミリア・スカーレットである。
犬走椛が密かに尊敬する妖怪の一人である彼女は、新参者であるにもかかわらず何の躊躇もなく、その新しいルールに則り異変を起こした。

出る杭は打たれるという事に対する恐怖など微塵もなく、正しい事をして何が悪いと、胸を張って堂々と「紅霧異変」を引き起こした。
その異変に容赦など微塵もなかった。紅の霧は幻想郷を覆い尽くし、人間たちは外に出る事すらかなわぬ日々が続いた。
人と妖怪が不自然に仲良くしていたそれまでの生ぬるい幻想郷では考えられぬ事態であった。
誰もがスペルカードルールなど大仰な事を言っても、どうせごっこだろうとたかをくくっていたのだ。
しかし、それでは意味がない事をレミリアはよく理解していた。だからこそ彼女は容赦というものをしなかった。
人こそ殺さぬものの、吸血鬼ならこれくらいするだろうと、その最大限の力を以て幻想郷の平和を徹底的に、徹底的に、徹底的に破壊し尽くした。
その行動のあまりの鮮やかさ、迅速さ、容赦のなさ。そして、敗北した後の潔さ。
これらの点により、レミリアを尊敬する妖怪は多い。妖怪だけでなく、被害を被ったはずの人間までもが彼女に好意的な視線を向ける。
今までの俺たちは間違ってた。それを教えてくれてありがとう、と。
レミリアは悪役となり、それによって幻想郷の正しい有様を指し示した。妖怪は人に仇なす者、人は妖怪を退治する者。
だが、後腐れはあってはならない。大昔の人と鬼との関係のような、そんな信頼関係を築いていこう。
言葉にこそしなかったが、彼女の異変の裏にはそんな優しさがあった。強い妖怪であるが故の寛大さがあった。

そういったレミリアの姿勢を椛は尊敬していた。だが、出来ることならば彼女のやった事を天狗が行って欲しかった。
普段から幻想郷のパワーバランスの一角を担う我々が今こそ立ち上がり、新たな秩序を立ち上げよう、と鬨の声を上げて欲しかった。
椛はそうするべきだと声を上げた。そして、その意見が用いられる事はなかった。
ただ一人、彼女の話を聞いてくれたのは鴉天狗の射命丸文だった。
里に最も近い天狗とうたわれる彼女は、椛の意見の正当性を認め、そしてそれに対する幾つかの意見を提示した。
保守的に思われるそれらの提言に椛は反感を覚えたが、それでも自分の話を真剣に聞いてくれる彼女の態度は心強かった。
そして、その射命丸文が推薦した男はじっと椛を見つめ、はじめて質問ではなく意見を口にした。

「青いね」

はじめ何を言われたのか分からなかったが、椛はその言葉を理解するや否や、自分の頭にかっと血が上るのを感じた。
その余裕に充ち満ちた表情を叩き潰してやろうかと、襟首を掴んで揺さぶってやろうかと、そんな考えが過ぎった。

「激情家だと言われた事は無いだろうか。今の君はまるで天狗の鼻を折られた様子の教科書のような顔をしているじゃないか。
正直言って僕には君の言葉は単なる理想論にしか聞こえない。子供が世界のみんなが友達になったら平和になるよと叫んでいるのと何ら相違ない。
むしろ君は無駄に年を食っているだけに子供より厄介だ。あの鴉天狗、よくもこんな厄介者を僕に押しつけたな。
――以上が、僕が君の話を聞いた上で持った感想だよ。気を悪くしないで貰えると嬉しい。
何か意見があれば、存分にどうぞ。但し怒鳴るのだけは勘弁して欲しいが。その時は僕も強硬手段に出るつもりだ」

力の差は圧倒的である。その上でこのように堂々と自分を批判してみせる態度に椛は驚いた。
先程韓信の股くぐりなどと言っていたが、この男は譲らぬ場所は何が何であろうと譲らぬ男だと椛は確信した。

「確かにあなたの言葉は概ね正しいが、ただ一つ言っておくことがあります」

だが、そのような事は些末である。椛には他に聞き捨てならぬ事があった。
敢えて今までの丁寧な態度を捨て、彼女は静かに言う。

「道具屋風情が天狗に勝てると思わないで頂きたい」

物言わぬ圧力が静かに奥の間を押し潰す。その中で霖之助はずず、と音を立てて茶を啜り、温いな、と眉根を寄せた。

「あなたは、人の話を聞いていないのですか!」

怒鳴り声に対しても霖之助は表情一つ動かさなかったが、ぽつりと呆れたように反駁する。

「聞いていたさ。その上で聞かなかったことにしてあげただけだ。
現段階での人脈でも天狗の来襲程度は十二分に防ぐことが出来るよ、香霖堂は」

椛は言う。

「古く賢いあの妖怪ですか? 彼女が誰か一人に対し協力的になるとは思えませんが」

それは多くの場合その通りだがと霖之助は意に介した風もない。

「もとより彼女にはなにも期待してはいないよ。出来れば現れて欲しくないくらいだ。
あの子を呼ばずとも僕は強い友人には事欠かないからね」

「その友人とは?」

生半可な妖怪の名を出せば笑い飛ばすぞ、という意志を込めた目で椛は霖之助を睨め付けた。
天狗に対抗できる妖怪はごく僅かである。また、八雲紫のような反則は幻想郷には数少ない。
だが、それに対して霖之助は予想だにしなかった人物の名を挙げる。

「例えば、そうだね……レミリア・スカーレットなんてどうだろう?
我が儘な子だが一度くらいは助けてくれるだろうさ」

先程まで自分が思い浮かべていた人物の名を何とはなしに口に出したこの男に、椛は底知れぬ不信感を抱いた。
そのなかで、彼女は気丈に反撃に出る。

「しかし、彼女は気紛れな妖怪です。あなたを助けるとは限りません」

「助けないとも限らない」

椛は口を閉じた。この場合有利なのは霖之助の方である。この男一人のために吸血鬼を敵に回すリスクを負ってはたまったものではない。
レミリアのような妖怪がこんなちんけな店のために立ち上がるとは思えぬが、その確率が僅かでもあるのならば天狗は手を出せない。
霖之助は計算高い天狗の習性をよく知っているようだった。そして、その知識を活用している。賢いと文が評したのも頷ける。

「ですが、天狗の攻撃を防ぐ自信があるのであれば何故文さんの依頼を受ける気になったのですか?」

これは素朴な疑問である。霖之助が善意から椛を受け入れるとは考えがたい。
文の力添えが無ければ彼はきっと閉店時間になると同時に椛を叩き出すだろう。
そのような彼が文の言葉に従う理由は単純であった。

「ペンは剣よりも強し。香霖堂の悪評を流布されてはたまったものではない。あの子は平然と人を貶めるからね」

「文さんは真実を曲げたりはしない!」

「どうだかね。僕は基本的に天狗という種族を信用してはいないんだ。
射命丸文と親交があるのも他の新聞よりましな内容のものを発行しているからに過ぎないよ。
第一、あの子は物事を多角的に見る術を持たない。いつも第一印象だけを記事にしているきらいがある。
曲げるも何も、あの子の見る真実は二次元の域を出ていないよ。
曲げようが丸めようがそんな薄っぺらい真実なんて二束三文の価値もない」

「だったらあなたはどうだというのです!」

「そんなものは君が僕の人となりを見て判断すればいい」

霖之助に他意はない。無愛想な男だが変に人を挑発する男ではないのだ。
今回のこの態度は売り言葉に買い言葉である。彼は反射的に反論しているだけに過ぎず、
実際には、少し言い過ぎかもしれないな、などと思ってもいるのだがそれを全く表情に出さぬので椛には理解できない。
なので、

「もういい!」

と椛がいきり立って奥の間から立ち去って行った後、霖之助は何とも言えない表情で頭を抱えて唸った。

「言い過ぎたか……」

霖之助は野心家でともすれば傲慢なところもある青年であることはよく知られているが、
比較的凹みやすい性格であるのはあまり理解されてはいない。
蘊蓄を楽しげに語っている中途で客が自分に背を向けたときなどには、彼はひどく落ち込んだ表情を見せる。
以前霊夢に神社のことについて話そうとして一蹴された時にも落ち込んでいたのだが、やはり誰も気が付かぬ様子であった。
吹き込んでくる寒風に身を震わせ、霖之助は今一度深く溜息を吐いた。










えい、えい、という声が香霖堂の外に鋭く響く。これは立派な営業妨害であるのだが、
そも香霖堂を訪れる客はこの程度の妨害で来店を諦めるほど気弱では無い。
一瞥すらせぬ者も居ることであろう。事実、給仕服を纏った少女は何の躊躇もなく店に入り、半刻ほど店主と談笑を楽しんでいた。
不気味なことに彼女が店を出る姿を確認することは出来なかったので正確な対話時間は分からないが、
語り合っていたのは恐らくその程度であろうと椛は推測した。どうでもよいことである、深く考えても致し方有るまい。

日はとうに沈み、冷気とともに月の光が肌を刺す。満月まで二週間といったところか。
しかし、と椛は恨めしげに香霖堂の扉を睨み付ける。がちゃんっ、と音を立てて何の躊躇もなく鍵をかけられた時には
さすがの椛も意志が挫けそうになった。
わざわざ大きな音を立てたのは、自分はここにいるから意地を張らずにさっさと温かい店内に入ったらどうだ、
という店主なりの不器用な気遣いなのだが、その不器用さが行きすぎているために鈍感な椛には単なる意地悪としか思えない。
故に彼女は更に意固地になって剣を振るうわけである。霖之助の真意が伝わったところで、それは変わらぬであろうが。

えい、えい、という声に呼応して刃が夜の闇に煌めいた。ひゅうう、ひゅうう、というどこか淋しげな空を斬る音が響く。
文はテストを行うと椛に言った。それが単なる討論でないことは明白であった。
どこにも角を立てぬように振る舞う彼女のこと、不名誉にならぬ形で椛を決闘によって倒し、
それによって他の天狗の溜飲を下げさせようとの魂胆なのであろう。
彼女の気遣いはありがたい。だが、敗北するつもりはさらさら無い。
鴉天狗でありながら幻想郷最速の称号をほしいままにする彼女の強さは確かに異様と言うほか無い。
鴉天狗といえば本来ならば大天狗に仕える天狗の事であり、
それにもかかわらず彼女があのような立派な扇を持っている事は、ただ単に立ち回りが上手いということだけでは説明が付かない。

とにかく、射命丸文といえば天狗の社会でも異端児である。不気味に思えるほど社会の掟には忠実だが、
掟に反さぬ限りで彼女は好き放題に振る舞っている。そして、他の天狗はそれを黙認している。
要するに、射命丸文は強いのである。
幻想郷の今の形を作った者達の一角とも言われる天魔などとは比べものにもならぬであろうが、
それでもなおやはり大天狗を倒すことくらい容易いのではないだろうかと椛は思っている。

だからこそ、好期なのだ。その射命丸文を倒すことが出来れば自分の意見も多少は通るであろう。
だが、そこには大きな問題がある。自分が射命丸文を倒すことが出来る可能性など皆無に等しいということだ。
スペルカード戦であれ、実戦であれ、彼女と自分の間には大きな差がある。
聞けば数々の大異変を引き起こしてきた妖怪達の弾幕の雨をかいくぐり、その写真を撮り続けてきたとのことだ。
並大抵の実力ではない。元気だけが売りの椛などがどう足掻こうが結果は見えているのだ。
それでもなお椛は諦める事が出来ないでいる。理想論だと罵られようとも、退けぬ理由があった。
天狗である自分に誇りを持ち続けていたいから、彼女は負ける訳にはいかない。

――だが、どうやって。

再び剣を振り上げて。
ごぼっ、という風を食らうような轟音を聞き、椛は思わず脇を見やった。
いつからそこに居たのであろうか、片手に何者の意匠とも知れぬ刀を提げた霖之助が珍しく無表情で突っ立っている。
構えは稚拙で隙だらけだ。剣の道など知らぬ顔である。
されども、先程のあの異様な音を生み出した主が彼である事は疑いようも無い。
今更何の用だとの思いも込め、椛は霖之助を睨め付けた。彼は椛に目を合わせることなく、言う。

「僕はありとあらゆるアイテムの名称と用途が分かる程度の能力を持っている」

訳が分からぬ口上に椛は目を白黒とさせた。謝るでもなく、詰るでもなく、彼は独白するように、だが確かに椛に対して語る。

「道具を見、道具に触れ、その道具の事を考えることで、名称と用途くらいすぐに分かるものだ。
覚えておくと良い。道具は良い使い方をされると喜び、悪い使い方をされると嘆く。
立派な道具ほどその傾向は強く、その悲喜は凡人にも理解し得る。
そして――」

彼は両手でしっかりと剣を握りしめた。背筋は曲がり、切っ先はぶれ、世辞にも上手い構えだとは言えない。
彼はその姿勢のままゆっくりと剣を振り上げて、そして、椛にしてみれば閑古鳥の鳴くような恐ろしく緩慢な斬撃を繰り出した。
剣の重みに負けているのか、やはりその軌跡は波打っていた。しかし、先程と同じ、ごぼっ、という大きな音が夜の風を食った。

「――これが、剣の喜びの声だよ。何を言いたいのか推すといい」

馬鹿な、と椛は目を見開いた。今のような音は確かに椛は何度か耳にしたことがある。
彼女が尊敬する幾人かの天狗達は剣を振るう時にその音を響かせる。
だがそれは、紫電の言葉その通りの一撃を繰り出す剛力が無ければ適わぬ技である。
このような剣術のなんたるかを知らぬような男がたどり着く事が出来る境地ではない。
あの程度の一撃ならば天狗でなく凡俗な妖怪でも十分に御すことができるであろう。
町中での居合い抜きのような見せ物紛いの一発芸ではないのか、と椛は疑惑すら抱いた。

「俄には信じがたいな。
刀の事を考えれば、刀が応えると語った老天狗は多い。
が、ただの道具屋にそれが出来るのであれば誰も苦労は――」

「一の文字」

霖之助が言ったその三文字の短い言葉に、椛は体を硬直させて目を見開いた。背中にぞくりと嫌な汗が伝うのを感じた。
意識せず、ぎゅっと刀の柄を握りしめる。

「君の刀の茎に刻まれた銘だ。備前の品かい? 数百年の長きにわたり、よくもまあ実用に耐え続けたものだ。
普通刀というものは半ば使い捨てなのだがね。指揮を執る為の太刀なら話は別かもしれないが」

後からの解説には別に驚くところはない。この剣が一文字派の作だと知っているのであればこの程度の説明は誰にでも可能だ。
だが、茎の銘などどうやって確認できるというのだ? それこそ透視能力でも無い限りそんな事は不可能である。
彼が目利きでありこれが一文字派の作であることを看破したとしてもだ、と椛は考える。
誰の作であるかは分からぬ筈なのである。これは椛がみとめた無名の刀工に作らせたものだ。
あの時代には彼の刀工は受け入れられる事無く、その業物は自分の握る一振りのみであると椛は確信している。
故に、一文字派の作であることを見切ったとしても、その銘まで判別する事は不可能である。
彼の刀工たちが銘に一の一文字を刻むのを好むのは確かに事実だ。しかし、一に個名を加える者も、また個名のみを刻む者も居る。
数少ない情報だけで言い当てる事の出来るものではない。第一、今は夜である。
彼がいくら優れた道具屋であれ、このような状況下で一瞬にしてその剣を鑑定する事など不可能な筈だ。
ありとあらゆるアイテムの名称と用途が分かる。
彼の言葉に偽りが無いこと、そして文が彼の事を道具屋に最も向いた人であると言った理由を椛はここに来て理解した。
――彼が商売に向いていないということだけは、すぐに気が付いたが。

「化け物か、あなたは……」

思わず口をついてでた言葉に、霖之助はにやりともしない。

「道具屋だよ。それに、道具の用途が分かっても、使用法までは分からない。
君のように猛々しく刀を振るって敵を薙ぎ倒す事は出来はしないよ。
そういった意味ではある意味では大道芸に過ぎないかな、先程の一撃は」

だが、と椛は言う。

「妖怪の強さは精神の強さだ。
刀と心を通わせ、刀と一体になり敵を断てば、如何なる者も恐るるに足らずと先人は言うぞ。
道具の求める事を知らぬよりは、知っている方が良いだろうなあ」

その感心したような口ぶりに、はじめて霖之助はおかしそうに吹き出した。

「な、なんだ」

いや失礼、と彼は笑いをかみ殺す。わけは分からぬが、椛はたいそう恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じた。
後先構わず怒鳴り散らしたい気持ちだったのだがそれは大人げないと思い、ぐっと耐える。

「君にはじめて感心されたようで嬉しかったんだよ。商人は信頼第一だからね。さて、それでは商談に入りましょうか?」

自らの刀を軽く持ち上げて霖之助はにやりと笑う。冗談であることが分かっていたので、椛も失笑して返した。

「ばかめ。何百年も苦楽を共にしてきた刀をそう簡単に手放せるか。この剣と盾は私の誇りだぞ」

ふん、と仁王立ちして言う椛を見て、そうだねえ、と霖之助はしみじみと頷いた。

「なら、もっとその剣と盾を上手く扱ってやったらどうかな。嘆いていたよ、君の剣は。
とはいえ、心底悲しいという雰囲気ではなく、馬鹿娘を心配するような響きがあったけどね」

「な……っ!」

益々顔を赤くして、椛は剣と盾と霖之助を見やる。口を何度もぱくぱくさせて、しどろもどろに何かを言うのだが最早言葉になっていない。

「剣に心配されるようではまだまだだね。剣は使うものであって保護者ではないよ?」

「わ、分かっている! ちょっと私の修行が及ばないだけだっ!」

「数百年間ずっとおんぶにだっこかい?」

「……うぅ」

「情けない娘だねえ。その剣と盾もさぞかし苦労したろう。
君を連れてきた文の扇なんて、それはもう嬉々として風を舞い起こしていたよ。あれが正しい道具と使用者の関係だ。
もっとしっかりしたらどうだ」

ぽんぽんと頭巾の上から椛の頭を叩いて霖之助が言う。反論は出来なかった。
上司から文句を言われた時、修行の成果が出ない時、敵に負けた時、椛はいつも剣と盾に愚痴を零していた。
そして、それが終わるといつも彼女は元気になることができた。
確かにある意味ではこの剣と盾は両親のようなものだった。精神の支えだった。
なので、彼の言葉はすんなりと受け入れる事が出来た。
要するに、と霖之助は言う。

「僕が言いたいのは、何百年もその剣と盾の脛を囓ってきたんだから、そろそろ孝行するときじゃないのかっていうことだよ」

むむう、と椛は眉根を寄せ、そして両手を強く握りしめた。

「ならばやっぱり修行だろうか?」

なんでそうなるんだ、と霖之助はがっくりと肩を落とした。

「今までずっと剣に相談してきたんだろう、君自身のあり方について。そして君は天狗としての自分のあり方を剣から学んだ。
ならば、次も剣に問えばいいじゃないか。あなたが求めるものはなんですか、と」

なるほどなるほど、と椛はしきりに頷いた。心底感心しているようだった。

「凄いな、霖之助は。私を一目見た時からそこまで考えていたのか?」

いや、と彼は首をゆっくりと横に振る。

「君が話しているのを右から左へ聞き流しつつ考察を重ねた結果だよ」

「……おい、さっきまで私は惜しみない賞賛を送っていたのだが?」

「もっと送っても良いんだよ?」

「断る!」

まったく、とぷんぷん怒る椛の顔にはしかし、険が無かった。
それを見て霖之助は単純な子だな、などと内心少しだけ呆れていた。
どこか妖夢に通じるところがあるが、あの子ですらここまで頑固ではないだろう。
だが、良い子だ。
かわいげがあるし、なにより手懐ければちょっとした手伝いなんかも喜んでやってくれそうである。
こういう単純労働が得意でやる気に充ち満ちた妖怪は希少であり貴重だ。
仲良くなっておけば困った時に色々と役に立つ。
――いや、ことによると椛の来訪は今日明日にでも役に立つかも知れない。
あの妖怪少女も助け合いが大切だと言っていたことだし、と霖之助は頷く。

「じゃあ、そろそろ店に戻ろうか。実は君がいつ根を上げるか分からなかったものだからずっと鍋を炊きっぱなしなんだよ」

「――鍋だとっ!?」

がばっ、と椛は顔を起こした。その目はきらきらと輝いている。
魔理沙にしても霊夢にしてもそうだが、やっぱり鍋を突くのは誰もが大好きなことのようだ。
それに、と霖之助は小さな椛の体を見下ろす。
こんな小さな体でずっと外に居たのだから、冷え切ってしまっているだろう。
あたたかい鍋は喜んでもらえるはずだと踏んだが、大成功のようである。
材料費は全てメモしてある。当然後で文に支払ってもらうつもりだ。
それが出来ぬ場合は体で支払ってもらう。
ビラ配りなり商品配達なり、散々こきつかってやろう。
勝手な妄想を遊ばせながら、霖之助は店に戻り、椛はなんとなく気恥ずかしい思いから、うつむいて頬を掻きながら店に戻った。
ともあれ、二人の険悪な関係は解消されたようであった。















ふわぁ、と椛は大きく欠伸をかみ殺した。
昨晩は霖之助に剣の心得についてさらに真に迫った話を聞こうと思ったのだが、その努力は徒労に終わってしまったのだった。
彼は結局道具屋でしかなく、ただただ道具の扱い方についての講釈と、既に知っている刀の蘊蓄を延々と無駄に語るだけだった。
しかし屋外で聞いたあの話は確かに有益なものであり、その恩もあって椛は彼の話をじっと我慢して聞いていたのである。

よって、彼女は今睡魔に襲われている。
放っておくと霖之助は今日もまた偉そうにべらべらしゃべり出すだろう。
出会ってから一日も経っていないがそういう男であることは理解できた。
感謝はしているが、やはり好感の持てる男ではない。
宿を借りている負い目もあり、出来れば彼とは顔を合わせたくなかったので椛は修行と理由を付けて香霖堂から出てきたのだった。
朝の陽光がきらきらと輝いているが暖かみは感じなかった。しんとした鋭い冷たさが肌を刺す。

椛は己の剣と盾を見やった。無機質なそれらは当然沈黙し、語ることはない。
まあいいさ、と彼女はがむしゃらに歩き回った。もし迷子になったとしても空を飛んで森を一望すれば香霖堂程度すぐに見つける自信があった。遠くを見るのは得意なのだ。
そして、すぐに森の入り口であろう場所に巨岩が転がっているのを見つけ、丁度良いなと彼女はそこに降り立った。
当然切り刻むためではない。昨日霖之助の話を聞きながら、刀は振るわぬと椛は密かに誓っていた。
刀の声を聞くまで刀は振るわぬし、盾の声を聞くまでは盾に身を任せぬと誓った。
親孝行である。しばらくは我が儘を言わぬ事に決めたのであった。

椛はどっかりと地面に腰を下ろすと澄んだ音と共に刀を抜き放ち、盾と共にそれを並べ、穴の開くほど両者を見つめた。
赤く色づいた紅葉を象徴する盾を椛は好いていた。季節はずれだと他の連中には揶揄される。
秋以外はその赤色は空しいだけだと笑われる。それでも椛はこの盾が好きだった。
椛という自分と同じ名を持つ葉を描いたこの盾が好きだった。
危険があった時にはいつも守ってくれた。
どんなにがむしゃらに扱っても決して壊れることはなかった。
だから椛もその盾を丁寧に丁寧に手入れし続けてきたのだ。

剣も盾も消耗品だと人は言う。美術品としてのそれは確かに手入れ次第では何年も何百年もそのなまめかしい形を保ち続けるのであろう。
だが椛は人を遙かに超越した暴力を以てしてそれを扱ってきたのだ。
確かに他の天狗が呆れるほど丁寧で愛情の籠もった手入れを彼女は行ってきた。
それでもやはりこの盾と剣が新品同様とは世辞にも言えぬまでもしっかりと自らの役割を果たしているのは異様であった。
あと一振りした瞬間に壊れても不思議のない年代物である。何度椛は無理を言い、何度武具はその無理を通してきたのだろうか。

主の椛は努力家である。だからこそ常に無理をしてきた。一介の哨戒天狗、いや、下っ端の哨戒天狗に過ぎぬくせに、
真っ先に敵の矢面に立ち、警告を発し、そして攻撃を仕掛ける。それは無理というよりむしろ無謀にも思われる。
そして、彼女は当然ながら度々傷つき、度々手に余る攻撃を受けて撤退した。
その際、剣は自らが斬ることが能わぬ物に叩き付けられ、盾は耐えることの出来ない一撃を受けてきた。
だが、この業物たちは文句一つ垂れることなく、まるでそれが当然であるかの如く、粛々と自らの役目を果たした。
決して砕け散る事無く、椛の要求に応え続けてきた。だからこそ椛は今も努力家であり、身を弁えぬ無茶をしでかすのだ。

「世話をかけてきたんだなあ」

椛はしみじみとそう言って、両者を軽く撫でた。剣の刃文をなぞるように、盾の中央を愛撫するように。
交互に彼女は両者を労った。こんなにも自分の武具について考えたのは久しぶりだった。
天狗の中でも自らの武装には気を使う椛であり、本来ここまで己の武具に固執するのは異常とも言えた。
案外異常な武具と異常な使い手でお似合いなのかも知れない。

とにもかくにも、椛にとって武具はただの道具ではないのである。
かといって互恵的な関係でもない。いや、互恵といえばその通りなのであろうが、椛の受ける恩恵があまりにも大きかった。
それは尋常の事である。道具は所詮道具であり、道具が使用者から恩恵を受けることが先ずおかしい。
それこそ読んで字の如く可笑しいのである。
道具などいじめ抜いていじめ抜いていじめ抜いた後で、捨てる時に少しばかり感謝してやれば九十九神になることもなく大人しくゴミと消える代物だ。
従順極まりない、使用者のためだけに存在するモノである。気を使う必要など有りはしない。
それこそ、道具の事をより深く知り、その価値を理解して役立てようとする商人や学者以外は、道具についてこうも深く考察する必要など皆無である。

皆無であろうが無かろうが、椛には関係のないことなのであろう、彼女はただただ刀と盾との思い出を一つ一つ思い返しては頬を綻ばせていた。
楽しい時も、悲しい時も、この両者はいつも自分を見守ってきた。大将棋で負けた時も、侵入者に為す術もなく霊撃二発で叩き落とされた時も、
見限ることなく自分の道具で有り続けてくれたのだ。それはごくごく通常のことである。道具が反逆する事の方が驚きである。
しかしながら道具が反逆したくなるのも道理ではないかと椛は思う。こうも不甲斐ない主によくもまあ従ってくれたものだ。

――霖之助の言葉を借りれば、不甲斐ないからこそ放っておけなかったのだそうだけれど。

そう思うと、この剣と盾が益々愛おしく思えてくる。何かしてやりたくなってくる。
このように、二時間も三時間も思考の海に沈んでいたものであるから、

「もし、もし」

というしわがれた言葉に彼女が気が付いたのは三度目の呼びかけがあってからだった。
きらめく刃に写った老婆の顔に気が付いて椛は、はっ、と顔を上げた。

「失礼しました。少々物思いに耽っていたもので」

静かに頭を下げ、椛は刀を鞘に収めて頭をぺこりと下げた。幻想郷の妖怪たちにしてみれば珍しい態度ではある。
妖怪の山の特殊な社会で生きてきたが故に身に付いた礼儀であると言えよう。
ただこの礼儀作法はどの天狗にも身に付くものではなく、大抵の者はエスノセントリズムに陥るのが落ちである。
哨戒という実直さを求められる仕事を行っているが故の職業的性格とも言えた。素の彼女は割と怒りっぽい。
老婆はくつくつと不思議な調子で笑い、やはりしゃがれた声で言う。

「随分熱い目で武器を見ていたようだからねぇ。求道者さながらだったよ」

かかか、という笑い方がどことなく微笑ましいが、椛は少しだけ恥ずかしくなって顔を伏せた。

「そのように見えるほど熱中していましたか」

「ええ。そうですねえ」

老婆はその矮躯に似合わぬ巨大な風呂敷を背負っていた。おそらくは人間であろう。
妖怪としてはこれを襲うのが適当なのであろうが、相手の事情を考慮せずにむやみやたらに襲いかかる時代は既に終わっている。
今そのようなことをする連中は外道として排斥されるであろう。人間と妖怪が一つのルールの元で戦えるのだから、そのような野蛮な真似をする必要はないのだ。
だからこそ椛は比較的穏やかな態度でこの老婆に応対していた。ここが妖怪の山の入り口であるならば態度は全く違ったものになったであろうが。

「それで、こんな所まで何の用なのですか? この先は魔法の森です。あまり老体に鞭打つ真似をせぬ方が……」

やんわりと椛はそう言ったのだが、やはり老婆は笑みをたたえたそのままであった。

「森の瘴気の事かい。そんなのはあったってなくったって同じ事さね。あんただって分かってるんだろう?」

分かるとは、と椛は目をまん丸にして困惑した。老婆の言っている事が全く理解できなかったのである。
難しい顔をしている椛の姿を上から下までじっくりと見やった後で、老婆はやはり、かかか、と笑った。

「まあ、それも規則の一つになっちまったのかねえ。どっちでも良いことではあるけれど」

もしやこの人は呆けているのであろうか、と些か疑問に思い、椛は老婆を避けた方が良いのだろうかと考えた。
この人はどこか奇妙である。まともに応対していたら日が暮れそうだし、そうしたら剣と盾とも会話が出来ない。
射命丸文がいつやって来るかも分からないというのに、のんびりとしているわけにはいかないのだ。
だがしかし、先に顔を背けたのは老婆の方であり、ひょこひょこと危ない足取りで森の方へ歩いていくものだから椛はついつい引き留めてしまった。

「こ、こらこら。ちょっと待って下さいってば。
キノコの胞子が酷いというのもありますが、そもそもじめじめした空気も凸凹した足場も危険すぎます。森に用があるのであれば代理をよこすべきです」

老婆は振り返って、そして苦く笑った。

「私はそういう人任せな態度をとってきた結果、恥ずかしい思いをしてきたもんだよ。
今じゃあ、誰が頼れて誰が頼れないのかだって分かったもんじゃない。
大事な事は自分でちゃんとやるべきだ。
まあ――ごく最近になって、そのことを教えてもらったんだがねえ」

そして老婆はまた背を向けて歩き出した。どこか淋しげで後悔に沈んだ風でもある。
何者であろうかという疑問よりも、どこか親近感のようなものを椛はこの老婆から感じた。
だからこそ、彼女は困ったような笑みを浮かべて、老婆の肩を小さく叩いた。

「どうしても、やらねばならぬ事なのですか?」

老婆は頷いた。

「そのために、たくさんの人が動いているんだよ。私だけが高みの見物をしておく訳にゃいかんさ。
反対もされたがねぇ……若いもんが頑張ってる時に出ていかないのはどうかと思うんだよ」

年寄りの冷や水という言葉もありますよ、という言葉がつい口をついて出てきそうになったが、椛はなんとかそれを飲み込んだ。
正直すぎるのも考え物である。こほん、と咳をして彼女は少し真剣な表情になって言う。

「そこまで言うのであれば仕方がありません。私に考えがあります」

なにさね、と首を傾げる老婆に対し、椛は仁王立ちして、うむ、と一度だけ大きく頷いて見せた。

「私に負ぶさると良いですよ。天狗の力は百人力だ。あっという間に目的地に連れて行ってあげましょう」

いやいやいやいや、と老婆は両手を大げさに振り回してそれを否定した。そのたびに体が左右に大きく揺れる。風呂敷の中身がよほど重いのだろう。
そんな頼りない姿を見ていると、余計に構ってやりたくなってしまう。押しの強さでは負けるつもりはなかった。

「気にすることはありません。ささ、どうぞどうぞ!」

いつも他人に忌み嫌われる哨戒役ばかりしているものだから、純粋な善行というものにも些かの憧れがあったのかもしれない。
椛は老婆の手を取り、そしてそっと地面から浮き上がった。問答無用である。
老婆はだらしがなくぶら下がる格好になるのかと思えばそうでもなく、彼女にあわせてふわふわと浮いていた。椛が上手く力を操っているらしい。
空を飛ぶことくらいは朝飯前のようである。老婆は先程までの柔らかな様子はどこへやら、

「済まないねえ、済まないねえ」

と何度も何度も本当に申し訳なさそうに椛に頭を下げるものだから、謝られた椛の方がかえって悪いことをしてしまったのではないかと勘ぐってしまうほどであった。

「うぅ……お節介ではありませんでしたか?」

やや顔を赤くして尋ねると、老婆は、んにゃんにゃ、と曖昧にそれを否定した。

「とても助かっているよ。一日じゃたどり着けないとさえ思っていたから本当に大助かりさ。長い間外を出歩いては居なかったからねぇ」

「はあ……たまには運動も良い物ですよ?」

「まったくだね」

老婆は、かかか、と笑った。耳に心地よいしゃがれた音だった。

「それで、おばあさんはどこまで?」

それに対して返ってきた答えに――

「香霖堂まで」

椛は何故だか背筋を冷たいものが撫でるのを感じた。










椛と老婆と入れ替わるように、給仕服の少女が香霖堂から出ていった。
彼女は椛を見るなり、なんとも言えない複雑な表情をした。そして、

「頑張りなさい」

それだけ言って、姿を消した。
椛は振り返ってしばらくその姿を見つめた後で、ばたん、と扉を閉めた。
訳が分からないことは考えないのが吉である。
見ると、物凄い形相の霖之助が居た。頬の辺りに木刀か何かで打たれたような赤い痕がある。
眼鏡だけは何故だか曲がってすら居なかったが、相当の痛手であった事は安易に予測しうる。
老婆の存在に気が付いていないのか、霖之助はカウンターに肘をついた姿勢のまま、静かに言った。

「文に蹴り飛ばされたのだが」

何を言われているのかさっぱり分からず、椛は、はぁ、と曖昧な返事を返した。
それが癪にさわったのか、霖之助はぴくりと眉を動かして、再び言う。

「君が行く先も告げず勝手に外に出て行ったものだから、何かを勘違いしたらしい文に蹴り飛ばされたんだが」

あっ、と椛は納得した。頬の赤い痕は木刀によるものではない。それは、片歯の高下駄によるものだったのだ。
ええと、と椛は頬を掻いた。

「あ、文さんは今どこへ?」

「知った事か。勝手に怒って勝手に帰った。どうやら天狗というのは勝手なことが大好きな種族のようだね!」

だんっ、と苛立たしげに一度拳を叩き付けてから、霖之助は強く溜息を吐いた。
彼の性格はいけ好かないが、その怒りはもっともであると椛は自省する。
いきなり身元も知らぬ少女を引き受ける事自体が先ずあり得ないことだ。
世の男達の一部は憧れすら抱くかも知れぬ状況ではあるが、信頼が第一の商人がそのような浮ついた真似をしてはなんとかの説法屁一つである。
打算もあるのであろうが、不都合に目をつむって自分を引き受けようとの決心はなかなかつくものではない。

だというのに椛は自分の都合だけで勝手に香霖堂を飛び出した。
せめて行き先だけでも書き置きしておけば良かっただろうに、この男が好きではないからという理由だけで放っておいてしまった。
そして、間の悪い事に文が現れ、霖之助が叩き出したと勘違いして彼を蹴り飛ばした――というのが筋であろう。
あまりにも、霖之助が不憫だ。商人の信用を落とすかも知れぬリスクを負ってまで匿ってくれたというのに、まさにこれでは恩を仇で返すような仕打ちである。
椛は素直に頭を下げた。

「それは全て私の浅慮から来たものだ……済まん」

ぺこり、と思いの外しおらしく頭を下げたためか、それともこのようなことは慣れているのか、霖之助は別に良いけれど、と嘆息する。
未だに怒りはくすぶっているようだが、押さえ込んでしまうことに決めたらしい。
彼は落ち込む少女に声を掛けるほど気を使える男ではないが、追い打ちをかける外道でもないのである。
休憩しようと視線をかるく店内に走らせたその時、ようやく霖之助は椛の後ろで腰を曲げている老婆に気が付き、ぎょっとして目を見開いた。

「お、お客様ですか! 失礼しました」

明らかな態度の変化に、思わず椛は小さく吹き出してしまった。こんな小柄な老人にへーこらする彼の態度が少しだけ愉快だった。
特に面白いのが、言葉だけは丁寧なのだが起きあがるのは緩慢だし、相手にするのも面倒くさいという意図を体全体から放っていることだ。
やっぱりこの男は商売をするつもりなど全くない。慇懃無礼とはこのことである。
くすくす笑いに我慢できなかったのか、霖之助は、きっ、とこちらを睨め付けてきたのだが、それがまたおかしくて椛はくすくすと笑ってしまう。
やっぱり霖之助は変な奴だ。
そんな事を考えながらぼろいトランクケースの上にどっかりと腰を落ち着けた。老婆は、かかか、と笑った。

「あんたのいい人かい? この子は私が困っているのを助けてくれるような心根の優しい子だよ。そんなに怒らんと、あとで褒めてやりんさい」

霖之助は老婆の言葉を何度か反芻し、そして無表情に言った。

「賛同しかねます。川端歩きしかせぬ犬ほど道具屋にとって邪魔なものはありませんから」

「待て、それはどういう意味だ! 言葉の意味が分からんぞ! あと他にも否定する所があるだろこの馬鹿眼鏡!」

どんっ、と机を叩いて椛は立ち上がった。顔を真っ赤にして怒っている。
霖之助はへらへらとした笑みだ。これは彼が怒りの叫びを聞き流すポーズである。霊夢がぎゃあぎゃあ怒鳴り出すと、霖之助はいつもこんな顔をするのだ。
魔理沙は意外と怒鳴らないので彼が右から左ということはあまりない。香霖堂限定なのであろうが。兎に角、怒っている椛を黙らせるべく、霖之助は一つ息を吐いた。

「今のはおばあさんの気の利いた冗談だろう? はははと笑って聞き流すのが道理というやつだ。何を真剣に否定しているのやら……」

「――っ! 黙れ、私はお前が嫌いなんだ!」

「そうかい、そうかい。いいからちょっと黙ってくれ。お客様に失礼だからね」

「かまやしないよ」

老婆はやはり、かかか、と笑うだけである。そうして風呂敷を、どん、とカウンターの上に載せた。今までの動きが嘘のように滑らかな手つきであった。
霖之助は軽くそれを叩くだけで、大きく溜息を吐いた。

「もしや、これを運ぶ為だけに?」

老婆は頷いた。

「これから紅魔館の方にも顔を出さにゃいけないしねぇ……ちょいと無茶し過ぎかねえ?」

「かも知れませんね。隔日で行ったほうがいいでしょう。椛の補助があってここになんとかというのならば紅魔館への道は遠い。
それに、あなたは多分あそこの主人から歓迎されないと思いますし」

「そうかもしれないねぇ」

老婆はやはり楽しげに笑うだけである。霖之助は笑顔で対応しながら苛立たしげに人差し指の腹でコツコツとテーブルを叩き続けていた。
椛はその間ずっと霖之助を睨んでいるのだが老婆も霖之助もまるで調度品か何かのように完全に彼女を無視していた。
この陰険な眼鏡の喉元に食らいついてやりたい気持ちはあったのだが、しかし老婆が楽しげに話しているために椛は行動に移れずにいた。
そして、苛々としているのは霖之助も同じのようであった。
こんな馬鹿でかい風呂敷包みは彼にしてみればどうでも良いものである。
そこそこ良い品がおさめられているのは分かるが、しかし所詮は、そこそこ、である。
人並みの道具になど彼は興味はなかった。調べてみたいとの欲求すら沸き起こらない。知的好奇心を刺激しない静物ほど無意味なものはない。

「それで」

と業を煮やした霖之助が口を開く。

「何か買っていくつもりはないんですか?」

あんまりと言えばあんまりなその言葉に、思わず椛は片手で顔面を覆った。今までの怒りを忘れてしまうほど愚かな振る舞いだった。
この男はどこかで修行でもしていたのかも知れないが、とりあえず商人としての腕前は最悪である。客の機嫌取りというものが全くと言ってよいほどできていないのだ。
客を追い出したいのだろうかと勘ぐってしまうほどである。案の定、老婆は

「んにゃ。別にここで買わんでも楽しい生活が送れているからねぇ」

と笑って霖之助に背を向けた。

「まあ、あなたはそうでしょうね」

最後に、霖之助はやけに冷たくそう言い放った。老婆は肩を竦め、そして香霖堂の外へと出て行った。
だが、扉を閉じる前に、椛の方を振り返って、小さく彼女は笑んだ。

「あんたも大変だろうが、頑張りなさい」

その姿はやけに小さかった。
ばたん、と扉が閉じると共に、霖之助は、ふぅう、と大きく息を吐いた。疲れたとでも言いたげな様子である。
椛はトランクケースに尻を乗せたまま言う。

「ちょっと冷たすぎやしないか?」

さあね、と霖之助は肩を竦める。

「知り合いには人に笑われるくらい甘いつもりだが、基本的にお客様に対する態度は均一にしているつもりだよ。第一彼女はお客様ですらない。ただの来訪者だ」

だが、と椛はカウンターの上に置かれた風呂敷包みを指さした。

「それはあのおばあさんがお前にくれたものじゃないのか? だったら知り合いじゃないのか?
それに知り合いじゃなくとも感謝くらいするべきだろう」

それは違うな、と霖之助は感情をむき出しにすることなく眠そうな調子で反駁する。実際に眠いのかも知れない。

「むしろ僕が感謝してもらっても良いくらいだ。こんなに働いたのは何年ぶりだろうかと嘆きたいくらいだよ、正直」

驚くべき事に霖之助はまじめに仕事をしていたらしい。あの老婆との間に何があったのか、それを椛が窺い知る事は出来なかったが、
霖之助が色々骨を折った事だけは把握しておいた。

「でも……やっぱりあの態度は冷たすぎると思うけどな」

「知った事ではないよ。どうせ彼女は事が終われば二度と店には来ないのだからね」

「……おまえ、冷淡な奴だって言われたことはないか?」

「変人だとは言われるが、その形容は今まで受けたことがないよ。むしろ面倒見が良いと言われるくらいだ」

確かに、と椛は思う。昨日の布団の準備にしろ飯の片づけにしろ、文句一つ言わず当たり前のように全て霖之助がこなしてしまっていた。
基本的に人の面倒を見るのは嫌いではないのだろう。だが、他者に対して興味があるのかと言えばそれはまた別の話らしい。
気に入らない奴はとことん気に入らない。良くも悪くも幻想郷の住人らしい性格であると言えた。
どうやら霖之助はあの老婆の事が嫌いであるらしかった。椛には彼女が好ましく思われたので、やはりこの男とは考え方が合わないなあ、とつくづく思った。
それはともかく、と椛は言う。

「文さんに蹴られて、痛かったか?」

霖之助は何と言うのか少しだけ興味があったし、その事に関しては純粋に罪悪感を抱いていたので、椛は無理矢理話題を変えて尋ねてみた。
霖之助は自身の頬を軽く撫でてから、言う。

「痛くない訳がないだろう。まったく、酷いものだったよ。
慇懃無礼なひねくれ天狗だと思っていたが、あれでなかなか義理深いようだ。かわいげがあるじゃないか」

霖之助の表情が一瞬だけ、にやり、とでも形容すべき笑みに変わった。それをネタにして今度文をからかうつもりなのかも知れない。
だが、椛は腑に落ちない。

「ううん……文さんはそういう人じゃないんだけどな。人が困ってても平気で無視して、かえって特ダネにするような人だぞ」

知ってるよ、と霖之助は頷いた。

「善行というのはね、椛。右手でやった事を左手に悟られぬよう行うものだ。まるっきり誤用だが、物言えば、がしっくりくる感じだな」

何かの一節の引用であろうか。それとも彼の創作であろうか。含意ある言葉であるように椛には思われた。
だから椛は尋ねた。

「物言えば、とはなんだ」

その問いに霖之助は、ああ、と頷いた。

「知り合いの連中には大抵通じるから初句だけ引用したんだが、芭蕉の句だよ。
物言えば唇寒し秋の風、という俳句。
人の悪口を言うことを諫めた句だが、天狗になって自身の善行を言いふらす阿呆にも当てはまる言葉だ」

へえ、と椛は少しだけ表情を綻ばせた。

「なんだか面白いな。物言えば、か。他にもそういうのは無いのか?」

ふうむ、と霖之助は暫し考える。面白いものを、と言われると困ってしまうものだ。
これが案外難しいのである。
霖之助は二、三秒ほど熟考したが、この子はこの手の活動にはあまり親しんでいないようであるので王道で良かろうと思い、詠んだ。

「歌よみは下手こそよけれあめつちの動き出してはたまるものかは。宿屋飯盛の歌だ」

きょとん、とする椛に対して、霖之助は語り出す。この歌の説明は少々難しいのだ。

「和歌くらいは君も知っているだろう?」

霖之助の問いに、うむ、と椛は頷いた。

「田子の浦に、とか有名なのくらいは知ってるぞ。いくら無骨者だからといってばかにするな。それで、和歌がどうした」

そういえば大将棋を日がな一日やって暮らしているような連中だったな、と思い返し、霖之助は説明を続ける。

「では、和歌詠みにとっての聖典の一つに、古今集という書物があるのは知っているかい?」

「あー、それは……知らんな」

そうかい、と霖之助は苦笑する。これは説明が難しいぞ、と。田子の浦に、の一首を知っているのであれば
直感が働けばすぐに先程の狂歌の意味に至りつくであろう。だが、それの思い出し方によって、笑ってくれるかどうかは決まる。
つまり自分の話術に全てがかかっていることになる。

「まあ、知らなくてもいい。とにかく古今集が歌詠みの聖典であることを念頭に置いておいてくれ。
そして、宿屋飯盛――本名は石川雅望というのだが――」

「ええい、そういう人の説明はいいから! というか本名の方が格好良いじゃないか!」

ばんばんと、可愛らしく膝を叩きながら椛。

「ああ、そりゃ狂歌作者だから仕方ないね。
なんといっても、家業が宿屋だったから狂名を宿屋飯盛としたくらいだ。格好良い名前になる訳がないさ」

「宿屋だから宿屋か! あははっ、ばかだなあそいつ!」

一応国学者でもあるのだが、と霖之助はくすりと笑った。
椛の笑い顔は屈託がなかった。睨め付けられるよりは笑みを見せてもらった方が気が楽である。霖之助とて岩木ではない。

「で、その宿屋さんだが、当時の歌詠みの因循姑息とした風習が気にくわなかったんだよ」

「一休宗純みたいな奴だな」

「ああ、丁度そんな感じだ。ただ、一休は実際のところかなりのエロ坊主だったらしいよ。風刺的な意味合いもあったのだろうが」

意外と博識だな、と霖之助は少しだけ椛を見直した。

「で、彼は先程の句を詠んだ訳だ。歌詠みは下手こそよけれ、とね。ところで椛。古今集に次のような一節がある」

そう言って、意図的に霖之助は一拍を置いた。椛ははてな、と首を傾げる。

「力をも入れずして天地を動かし云々……。あとは、分かるだろう」

「ああ、その言葉は私も聞いたことがある。だが……」

椛はむむむ、と唸った。そして、しばらく唸ったあと、ぷっ、と小さく吹き出した。
どうやら理解してくれたようなので、霖之助にしてみれば満足である。

「そりゃ面白いな。昔の風習にしがみついている連中の聖書に水ぶっかけてやった、ってことか。
なまじ名歌なんか詠んで天地が動き出したらたまったもんじゃない、か。よくもまあいけしゃあしゃあと。いやあ、天才だな、そいつ!」

「君もだろう、椛」

その言葉に、はあ、と椛はまた首を傾げた。

「古式に則り変わろうとしない天狗の目を覚まさせたいのだろう? ならば君は第二の一休、第二の宿屋だ。
なかなか格好良いと僕は勝手ながら尊敬の念を禁じ得ないよ。まあ、実行者が少々幼いのが玉に瑕だが」

「……宿屋と幼いは余計だ、ばか」

恥ずかしかったのか、椛は頬を掻きながら言う。怒りっぽい上に照れ屋らしい。よく顔の紅潮する子である。

「褒めたって何も出ないからな」

「いや、君の笑顔が出たね」

「くさいぞ、ばか」

「知ったことか」

ふわぁ、と霖之助は欠伸をかみ殺した。

「で、歌というのもなかなか面白いものだろう?」

そうだな、と椛は頷いた。恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかったので話題が変わるのは有り難いのである。
霖之助は矢継ぎ早に何かを話しかけてくるが、とりあえず椛はうんうんと頷いておいた。
そして――

「む」

気が付いた時には、分厚い本が三冊、自分の胸に抱きしめられていた。
カウンターの上には領収書とおぼしき紙切れが一枚。
霖之助は、既に眠っている。
椛は胸の中の本と、そして霖之助の頭頂部とを見つめ、大きく息を吐いた。

「前言撤回……お前は大商人だよ」

ぽむ、と彼の頭を一発叩いてから、椛はトランクケースのところに戻り、そこに腰掛けて刀を鞘から抜いた。
自分の武具と会話しようと思ったが、もう香霖堂から出ていこうという気持ちにはならなかった。
霖之助の性質に対する評価は変わっていないのに、不思議なものだな、と椛は笑った。何故だろうか、少しだけ楽しかった。











「あやややや」

そう言って射命丸文が入って来たのが五分前。
そして、脱兎の如く駆けだしていったのが一分前。
天狗をからかって、霖之助はご満悦の様子であった。
奥の間でごろごろしていた椛としては実に複雑な気分であった。
出ていく前に文は顔を真っ赤にして、

「椛、頑張りなさい。私は応援してますから……ああもう、店主さんは黙っていて下さい!」

などということを言っていた。霖之助の言葉は最早武器だな、と椛は舌を巻いた。
対する霖之助は、

「いやはや。まさかここまで仲間思いの良い奴だとは思わなかったな。案外小悪党を演じているだけなんだろうか?」

などと顎に手を遣って考察している始末だ。彼は決して甘い言葉で文を籠絡したわけではない。
昨日手に入れた、「文は椛を心配していた」、という唯一の武器を使ってぺいぺいと追い払ってしまったのである。
いつも斜に構え、扇で口許を隠して、それでも目だけは笑っているような信頼できない天狗の像は粉みじんに砕け散っていた。

「うーん……。文さんらしくなかったなあ」

椛はごろごろとストーブの方へ転がり込みながらそんな事を言う。

「誰だって、頑張っている子は愛おしく思えるものだよ」

そんな椛を足で押し返しながら霖之助。
ストーブの目の前という極楽浄土は何が何でも譲れないらしかった。

「うぐ……私は今あったかい所に行こうと頑張ってるぞ」

「寒さに耐えようと頑張る方がかわいげがあるよ」

霖之助はにべもない。ぐいぐいと遊んでいるかのように椛の腹を足で押し返すだけだ。実際遊んでいるのだろう。彼は暇なのである。
老婆が店に来てから一日半が経ち、今は夜である。今日は朝からずっと吹雪いていた。よって、店は閉じたままである。
風がいくら強かろうが気にしない文は様子を見に来たが、椛の姿を見て安心し、そして霖之助にからかわれて去っていた。
椛は「図解日本史」と書かれた不思議な本をぱらぱらと捲っている。捲りながら、霖之助の方へ、否、ストーブの方へ突貫してくるのだ。

「なー、霖之助」

ゆるんだ声で椛は尋ねる。何かあったら聞いてみる。それが椛の習慣となりつつあった。尋ねねば霖之助は自分の興味ない事を話し出すのだ。
そうであるならば疑問に思ったことを適当に聞いてみた方が有益というものである。何よりそれは楽しい。

「この本、紐も通してないのにどうしてばらばらにならないんだ?」

ああ、と霖之助は椛の側にごろんと寝返りを打った。思ったより近くに彼女の体があったので、再び霖之助は椛を押し返す。
少し抵抗したが、結局椛はごろごろと二、三回転がってストーブから遠ざかった。

「それは無線綴じといってね。接着剤を使って折丁の背を接合する方法を用いているんだ。
糸で綴じたものより広く頁を開くことが出来るから便利だろう? あと、面白いことに熱せば頁はバラバラになる」

「へえ……凄いんだなあ。外の技術か?」

「やろうと思えば河童ならすぐに真似できると思うがね。まあ、彼らは情報の記録には無頓着のようだからな。図書館を持ったという話も聞かない」

霖之助はそんな事を言いながらするめをはむはむと囓る。外の世界の品は珍しいはずなのだが香霖堂に居るとそんな気も失せてくる。
椛も卓袱台の上に乗っているげそを手に取り、霖之助が作ったソースを付けて食べた。

「……相変わらず美味いな。これ、どうやって作るんだ?」

尋ねると、

「マヨネーズと醤油と一味唐辛子。居酒屋では割とよくある組み合わせだよ」

調子の良い返事が返ってくる。小さい子供は、何故、と問うことで成長すると言うが、この男が親ならばさぞかし賢い子に育つだろうなと椛は思った。
しかし、実際の所は彼の話は真実と考察が入り交じり、特に考察の部分は眉唾物なので、暴論を辺り構わず吐き散らす訳の分からない子供が育つ可能性の方が大きいが。
その点、魔理沙と霊夢はすくすくと育ったものである。魔理沙は幾分霖之助の影響を強く受けすぎている感はあるが。

「なあ霖之助」

気になっていた事を思い出して椛はぐい、と顔を霖之助に近づける。彼は露骨に嫌な顔をして椛を押し返した。

「こら、げそを口から垂らしたままこっちに寄るな。それに酒臭い。大体刀と盾を四六時中抱きかかえているものだから危なくて仕方がない」

「お前がこいつらの話を聞けと言ったからな」

ほう、と霖之助は目を丸くした。

「その点に限っては素直だね。珍しいこともあるものだ」

「私は人の話はちゃんと聞く方だ」

椛はふふん、と自慢げにそう言い、霖之助の側から離れる。そしてげそを口に全部含み、がじがじとかみ切ってから嚥下した。

「あのおばあさんを送って行った時なんだが……。森の毒気は心配ないとかそんな事を言っていてな。
どういう事だと思ったんだが、実際に影響が無かったから不思議に思ったんだ」

ふうん、と霖之助は曖昧な返事をした。老婆が自分を見た時と同じような目だった。馬鹿にしているような、微笑ましいというような。
ただ違ったのは、霖之助が答えをくれたということだ。

「これ」

ぽん、と椛の頭巾を叩いて霖之助は言う。

「これは、頭巾という」

「知っている」

椛は呆れたように言うが、霖之助は構わず続けた。

「頭巾、頭に巾、若しくは兜に巾と書いてときんと読むが、元々誰が被っていたか分かるかい?」

「山伏だろう」

椛は当然だと言わんばかりに即答する。

「まあ、山伏だけには限らないが、山伏もそうだな。基本的には修験者が山を歩き回る時に被っていたんだ」

「ん……。山を歩く時だけか?」

そう、と霖之助は頷いた。

「山は瘴気に充ち満ちているからね。侵されてしまっては大変だ。だからそれから身を守る意味で彼らは頭巾を被った。
だから元々の頭巾は黒布で作り、十二の因縁をかたどり、十二のひだを設けたわけだな。
天狗がちょこんと頭巾を頭に乗せている理由もそれだよ。彼らは山に住まう妖怪だからね」

へえ、と椛は自身の頭巾を叩いて苦笑いした。

「確かに、頭巾を被ってるのにその理由を知らないんじゃ変な話だよな。
そういえば、あのおばあさんもそういう魔除けみたいなのを付けてたのか?」

「そうだね、いろいろと」

霖之助は欠伸をかみ殺しながら頷いた。そしてウィスキーという酒をあおる。
火の酒の異名を持つこの酒が本当に燃えた時には椛は驚いた。
聞けば、この火の酒こそが外の世界の有名な爆弾、ダイナマイトの原型らしい。
「にとろなんとか」とか「にとりなんとか」が原料だとか知り合いの河童は言っていたが、
今度会った時には知識自慢が出来そうである。ダイナマイトは酒が原料なんだぞ、と。

「天狗もいろいろと複雑なんだなあ」

自らも天狗でありながらそのことをしみじみと椛は思った。しかし人間も自分自身を深く考えるし、霖之助もたまには内省する。良い兆候だと彼は思った。

「確かに天狗にまつわる言葉は多いからね。天狗風、天狗笑い、天狗の麦飯、天狗の鉞、椛なら天狗飛斬ノ術なんかがぴったりと当てはまりそうだな」

がばっ、と椛は体を起こした。いつの間にやら目がきらきらと輝いている。

「天狗、なんだって?」

気圧されて、霖之助は後ろに転がろうとするが、背後はストーブである。逃げられない。

「天狗、飛斬ノ術だ」

ぎらりと椛は目を輝かせた。妙な餌をまいてしまったかな、と霖之助は唸る。

「具体的に言うと高く飛び上がって敵を斬り倒すという、ただそれだけの技なんだが……。
その速度と重みたるや、かの武蔵坊弁慶も耐えられぬ程であったというよ。
何故弁慶が耐えられぬかと言うと、実際彼はその技に翻弄されたことがあってね。
天狗飛斬ノ術の使い手はお馴染みの源義経だ。
鞍馬天狗に授けられた剣術との事だが、まさに圧倒的な一撃だったのだろうね。
史実に名高い京の五条橋での戦いに有名な一撃、それが天狗飛斬ノ術だよ。
実際にそれに取材した絵画もあるくらいだ。子供向けの浮世絵だがね」

へええ、と椛は感心したように何度も頷いていた。話をきちんと聞く子は霖之助も嫌いではなかった。
椛の方が霖之助に抱いている感情は好意的とは言い難いが、とりあえずその知識には素直に感心しているようである。

「霖之助は賢いなあ……」

しきりに頷いたあと、少しだけ目を細めて椛はそう言った。頬が赤く染まり、やや艶っぽいと言えなくもない。
ただ、霖之助に借りただぼだぼの丹前を羽織っているのでその色気も半減といったところだが。

「僕に感心している場合じゃないよ。君は天狗の社会を正したいんだろう?
だったら僕を褒めるのではなく自分を磨こうと努力するべきじゃないのか」

初日と同じような言葉ではあるが、それに対して椛はむっとすることもなかったし、また学ぶこともなかった。ただふにゃりと笑って応えるだけだ。

「ま、それはそれ、これはこれだ。私だっていつもぴりぴり張りつめてたら死んでしまうじゃないか。
それに、内省は続けてるしお前の言葉だってちゃんと参考にしてるんだぞ? 意味もなく質問していたりはしない」

そうかい、と霖之助は不可解そうな顔をした。

「僕にはめくらめっぽうに訊いているだけのように思えるけど」

「そうか。そりゃ良かったな」

くすくすと丹前の袖で口許を隠して椛は笑った。文の真似のつもりなのだろう。霖之助はきょとんとしたままである。
この男にも分からぬ事があるのだと思うと椛は愉快でならなかった。酒をちびちびと口に含む。椛が呑んでいるのは安物の日本酒である。
何事も高価であれば良いというわけではないのだ。安酒が美味い夜もある。そして今宵が椛にとってはそれであった。

「なあ、霖之助」

また質問か、と霖之助はうんざりとした顔を作ってみせた。無論演技である。

「まるで赤子みたいだね」

椛はむっとして頬を膨らませた。

「お前が答えるからだろ」

滅茶苦茶な論法に彼もまた笑った。両人共に酔っているらしい。酔うと気が大きくなると言うが、
この二人に限っては酔った方が穏やかな性格であると言えなくもない。

「で、またの質問だが。椛っていう私の名前にはどんな意味があるんだ?」

まさか字義を問われるとは思わなかったので霖之助は少々面食らった。
犬走椛という彼女の名を思い出す。適正な交渉に基づき様々な本を購入してもらった際に彼女の名にどのような漢字が用いられているのかは把握していた。
さて、と霖之助は記憶をたどる。今までで一番の難問だ。

「解字としては木に花を足した、ということで間違いはない。会意文字だね。
葉が花のように色づくという意味で、もみじを表すようになった。
しかし、もみじとは別に樺の略字として用いられることもあるよ」

「樺……。木の樺のことか?」

そう、と霖之助は頷く。

「奇しくも、樺色とは赤みの混じった黄色を示す。紅葉との関連性も強いというわけだ。綺麗な字だと思うよ、椛というのは」

ふうむ、と椛はとろんとした目で考える。

「葉が花のように色づく、か……綺麗だよなあ、もみじって」

ああ、と霖之助は頷いた。

「そうだね。僕も紅葉は好きだ」

そっか、と椛は小さく笑んだ。

「だったらいつか、お前を妖怪の山に招待してやる。秋には紅葉と滝の見せる様が本当に綺麗なんだ。神々が恋をしたっておかしくないくらいだ」

「それは、見てみたいもんだね」

霖之助は頭の中に壮大な滝と紅葉の描く秋を思い浮かべた。
だけれど耳に入るのはぱちぱちという火の爆ぜる音と外のごおぉ、という風の音、冬の音だけだ。

「なあ、霖之助」

椛はぼんやりとした表情で口を開く。本人は気づいていないのかも知れないが、すでに目を閉じていた。

「お前は、本当はちょっとだけ……良い奴だったりするのかな?」

その言葉を最後に、椛はくぅ、と可愛らしい寝息を立て始めた。
霖之助はやれやれと息を吐くと、ストーブの前から立ち上がると、ゆっくり布団の準備を始めた。
しかし、それは二枚ではない。二人分用意するなど面倒である。結局霖之助は椛の質問には答えぬまま、寝床の準備をしてそっと明かりを消した。
後書きは、後編に纏めて掲載しております。

追記 ご指摘有り難うございます。修正をかけておきました。
   読者の皆様には違和感を覚えさせてしまい申し訳ありません。
   SS書きとして最低限の常識を備えて物を書いていけるよう
   曖昧な知識の確認にも余念の無いよう万全を期していきます。
   ご指摘、本当に有り難うございました。
与吉
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コメント



0.8110簡易評価
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椛のあまりの可愛さに俺のニヤニヤがマッハなんだが・・・
78.無評価名前が無い程度の能力削除
天狗が頭にのっけてるのって
烏帽子じゃないかな?
うろ覚えですけれど……
83.100名前が無い程度の能力削除
も、もふもふしてぇ……
85.100木火削除
椛かわいいよ椛
95.100名前が無い程度の能力削除
GJ!
103.100名前が無い程度の能力削除
ちょ・・・ちょっと待ってくれ!
文章レベルが高過ぎる・・・

しかし何とか読破したぜ!2時間掛けてな!
105.無評価名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気ですね。

とりあえず一点
上の句は短歌(5・7・5・7・7)における最初の3句(5・7・5)のことを指す言葉で、霖之助の引用したのは初句(第一句)です

評価は後編で。
109.100名前が無い程度の能力削除
香霖x椛が良い感じです。
文章も読みやすくストーリーも面白いです。
後編に期待しつつ
122.100名前が無い程度の能力削除
後編にも期待するしか無い・・・
125.100名前が無い程度の能力削除
可愛い椛だ
129.100名前が無い程度の能力削除
最初はみょんな組み合わせだと思ってましたが、読んでみると普通に馴染むあたり本当に凄い。後編に期待します。

あれ・・・・・・・・?
『図解日本史』って・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺の学校で使ってる資料集・・・・・!!
165.100名前が無い程度の能力削除
台詞回しがいいなぁ
173.100名前が無い程度の能力削除
すごい威力だなぁ