Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷にて、なお幻想

2009/01/21 21:07:12
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 東風谷早苗が幻想郷へ来た当初は、いろいろと大変なことが多かった。
 神社ごとの移転という大掛かりな幻想入りのため住居には問題がなかったが、それ以外については問題の山、山、山。
 当初、電化製品は全滅、ガスに水道その他もろもろも同様だった。覚悟して『キャンプ入門』『サバイバル戦術』なる本も買い求めた早苗ではあったが慣れない仕事に疲労も溜まる一方だった。しかしこの問題は、後に山の河童である河城にとりの協力によって解決する。
 生活面が解決したが早苗に休む暇は無い。幻想郷の力ある人妖には必須というべき『弾幕ごっこ』のノウハウも学ぶ必要があった。幸いなことに、信仰する二柱はあっさりとこのノウハウを身につけ、巫女である早苗にそれを伝授することになる。
 本来の目的である信仰の回復は成功したが、それとて苦労なき所業ではない。人家を一軒一軒訪れ、時には涙を流し、家人に頭を下げることだってあった。外の世界でも行ってきたことだが、そちらでは少ないとはいえ信仰がまだあった。だが幻想郷においては新参であるため、文字通り零からのスタートとなる。早苗の苦労は並大抵ではない。
 
 彼女が恵まれていたとすれば、二柱からの身体的・精神的サポートが充実していたことと、彼女自身がこの幻想郷の奇々怪々な面々になじむことができたことだろう。
 だから、山の一件の後に彼女たちが幻想郷の宴会に招かれるようになるまで、さしたる時間はかからなかった。
 
 これは、そんな宴会の翌日の話。
 
 
 
「うぅ・・・・・・飲みすぎた」
 時折痛む頭を抱えながら、早苗は晴れ渡る空を飛んでいた。外の世界では田舎でも見られなくなってきた眩しく青い空だが、何時もなら歓迎するそれも日差しという意味で今の早苗には拷問でしかない。アルコールにやられた脳には文字通り眩しすぎる。いっそこの日差しがアルコールを蒸発させてくれればいいのにと早苗は思った。
「自制するべきなんでしょうね、ほんとは」
 早苗は酒を呑むというよりは嗜む方だ。当然といえば当然だが、外の世界では酒を呑んだことなど数えるほどしかない。そんな彼女だから、幻想郷での宴会というものに参加した時の驚きは一生忘れないだろう。
 見た目幼女な存在が総じて大酒呑みなのは実年齢の問題だと分かってはいるが、例の一件で自らを打ち倒した巫女や魔法使いですら一升瓶で呑んだ方が早いんじゃないかと言いたいほどの呑みっぷりを発揮した際にはなぜか早苗はめまいを感じた。
「・・・・・・うぇ、まだ舌が苦い」
 そんな大酒呑み達はなぜかみんな人に勧めるのも大好きで。
 魔法使い曰く「宴会は酔ってなんぼ」ということで。
 今日も早苗は二日酔いに悩まされていた。
「休む、べきだったかな」
 大規模な宴会の翌日の早苗は、たいてい半日は床についている。もちろん二柱公認である。もともと“酒呑み”ではなかった早苗に幻想郷の宴会など、フライ級が元コックに立ち向かうようなもの、その無茶ぶりは早苗も認めている。
 それでも幻想郷に慣れるために、信仰を集めるために、何より――楽しいから、早苗は宴会に参加する。
「ぅぇ・・・・・・・」
 とはいえ二日酔いは厳しくて。
 では、なぜそんな早苗がこんな昼間から空を飛んでいるのかというと、
「・・・・・・あ、見つけた」
 話は、昨日の宴会にまで遡る。
 
 
 
 
 
「き、今日もみなさん、楽しそうですね」
 好きな空気である、楽しい空気である。そして酒臭い空気である。
 見た目幼女中身幼女、幻想郷の宴会は分け隔てなく差別をしない。
 いろんな意味で早苗の顔が引き攣るのも道理というわけだ。
「楽しそうでいいねぇ・・・・・・おぉ、鬼も来てるじゃないか」
 豪胆な正確の良き理解者、八坂神奈子は見慣れた鬼の姿を見つけて東へと、
「おぉ、巫女だ巫女だ、紅白だぁ~」
 可愛らしい外見ながら筋の通ったことが大好きな洩矢諏訪子は(何故か)舌ったらずな声を出しながら麓の巫女、博麗霊夢のところへと、
 気分は遊園地に二人の娘を連れてきた父親である。
「逆ですよね、逆」
 神奈子は言わずもがな、諏訪子ですら早苗の何十倍どころじゃないほどの年齢なのだ。時たまそれを忘れそうになるなぁ、と早苗は改めて実感する。
 外の世界でこんなことはなかった、たまに寂しそうに酒を嗜む二柱の姿を見たことはある。もちろん、楽しそうではなかった。
 こういった宴会で、とても楽しそうな二柱を見て、早苗は何時も嬉しくなる。
「・・・・・・あれ、そういえば」
 一旦思考を打ち切って、早苗は辺りを見回す。
 何時もなら、宴会に来て一分も経たずに誰かが彼女を連れ去り――基、誘いに来るのだ。宴会に誘われるようになった最初の頃は、珍しがった鬼や取材が大好きな天狗に連れて行かれ酒を呑まされて、あることないことを記事にされたことだってある。
 後に二人は御柱に潰された。
 懲りた鬼と天狗の次は、宴会ごとが大好きな魔法使い、霧雨魔理沙に連れていかれたこともある。その際は度数の高い酒ばかりを呑まされたそうで。
 早苗が確信を持てないのはその際の記憶が無いからである。ただ伝え聞くところによると、何故か魔理沙に「お姉さま」と呼ばれていたとかいなかったとか。
「・・・・・・いやまぁ、平和で良いですね」
 寒気からではない震えに早苗は思わず自分の考えを口に出す。
 誰を誘う誘わないも、酔っ払いの気まぐれ次第。どうせ平和なら、(一時でも)その平和を楽しもうと早苗は適当な場所に座り、転がっていた酒瓶とお猪口を拝借した。
「良いですねぇ」
 酔っ払いを肴に酒を嗜む。幻想郷へ来て彼女が見つけた、宴会の楽しみ方だ。
「それにしても・・・・・・やっぱり詐欺ですよね、あれは」
 最近は見た目幼女の酔っ払いを肴にするのがもっぱらの楽しみだ。
 これだけ書くとただの危ない人だが、早苗はただ幼女が好きなだけである。
 そんな彼女の今日のターゲット(?)は・・・・・・氷精、チルノだ。
「あはは~、もっともってこ~い」
 外の世界ではどう誤魔化そうと酒を販売してくれない外見だが、そんな彼女も宴会では立派なのん兵衛だ。一説によれば面白がった天狗辺りがジュースと誤魔化して飲ませたのが始まりとか。
 普段なら彼女を止める役目を立派に果たしている大妖精も、宴会ではそうもいかない。チルノに勧められるがままに酒瓶一本を空けた彼女は顔を真っ赤にしながらふらふらしている。
「いい呑みっぷりね、ほらほらもっとじゃんじゃんじゃんじゃん呑みなさい」
「めでたい巫女についでもらうなんて私ってめでたい!」
 酒のせいか少し性格が変わっているような霊夢にもチルノは怖気つかない。無礼講の宴会とはいえ力ある者にはある程度の敬意を払うのが常だが、それは酔っ払いやチルノには通じないということだ。
 コップに注いでもらった酒をジュースか何かのようにチルノは飲み干す。酒のせいかはたまた元来の性格か、後先考えない辺りは見習うべきなのだろうかと酒が回ってきた頭で早苗は考える。
「ようチルノ、楽しんでるか?」
「当たり前じゃない! すっごいたのしんでるよ!」
 次にやってきたのは魔理沙だった。宴会の幹事としてそこらを飛び回っていたかと思えば、大事そうに酒瓶を二本も抱えてのご登場だ。
「そうかそうか、それは良かったぜ」
 抱えていた内の一本を魔理沙は器用に片手で開け、中身をチルノが持つ空のコップへと注いでいく。心底楽しそうに、コップから酒が零れようと気にせずに。
「ちょっとまりさ~、こぼれてるこぼれてる」
「いいじゃないかいいじゃないか」
 何がいいのか分からないが魔理沙は上機嫌だ。咎めるような口調だがチルノも同じように楽しそうだ。宴会というものを心底楽しんでいる。
 
 
「あれ?」
 ふと、早苗は疑問に思った。
 チルノの周りには人妖が良く集まっている。猫又や夜雀、蛍以外に吸血鬼妹までもだ。宴会だからそうなのかもしれないが、見る限りではどうも氷精を中心とした円陣が出来上がっているようにも見える。
 そして、何よりも――
(なんで私・・・・・・こんなにも彼女が気になるんだろ)
 
「それはあなたが――ロリコンだから?」
「ひゃうっ!?」
 気配を感じさせず何ら予測をさせなかった登場に、早苗は思わず声を上げてしまう。
 慌てて振り返った先、紫色の衣装が見えた。
「ゆ、紫さん・・・・・・」
「どう、宴会楽しんでる?」
 スキマから現れた八雲紫は、右手の扇子で口元を隠したいつもの様子で現れた。
 どこか人妖を惑わせる風体に胡散臭い雰囲気が彼女の存在を物語っている。
 ・・・・・・左手の杯と少々赤らんだ顔がミスマッチだがそれはそれで良い、とは誰の言葉だろうか。
「は、はい・・・・・・楽しんでます」
「あら、それにしては静かな呑み方ね」
「ええまぁ、今日は珍しく・・・・・・」
 紫が扇子の下で口元を歪ませる。
 実を言うと今日の早苗が珍しく平和に酒を嗜んでいられるのは、紫がいろんな境界を弄ったおかげである。その動機が「早苗を弄りたい」というものなのだが、果たして早苗は運が良いのか悪いのか。
「ところで・・・・・・あの氷精が気になるの?」
「ええ、チルノさん、でしたよね? 人気があるんだなぁ、と」
 そうやって話している間にも、チルノの周りには様々な人妖が集まってくる。
 宴会を盛り上げている訳でも、甲斐甲斐しくお酌をして回っているわけでもない。
 だというのに、何故か彼女の周りは騒がしいのだ。
「うぅん・・・・・・まぁ、人気があるといえばあるかもね」
 どこか考え込んだ様子の紫だったが、手を軽く振って扇子を閉じた。
 その口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「気になるなら――彼女のこと、知ってみれば?」
「へ?」
「主に湖と紅魔館の門番の近くに居るわ・・・・・・さて、そうと決まれば――」
 紫がパチンと指を鳴らす。
 と、上空に開いたスキマから数本の酒瓶が落ちてきた。
「明日のために、呑みつくしましょう!」
 綺麗な笑顔、綺麗な言葉、悪戯っ子の目。
 遅ればせながらその危うさに気がついた早苗がそっと場を離れようとするが間に合う訳もなく。
「さぁ、宴会よ!!」
 
 
 
 
 
「ぅぅ・・・・・・そういえばこれが原因でしたね」
 酔っ払って定かではない記憶でも、一つ一つ思い出していけば頭の痛みの元凶を思い出すことが出来る。
 そしてなぜ、自分がチルノを見つけなければならないかも思い出すことが出来た。
「・・・・・・妖精の類って、二日酔いはないのでしょうか」
 眼下の湖の上を、大妖精と共に飛び回っているチルノは満面の笑みを浮かべていた。
 昨日の酒が残っているような様子はまったくない。もちろん大妖精もだ。
 とりあえず早苗は高度を下ろし、湖のほとりに点在する木の枝に着地した。太い枝は揺れはしたが彼女の体重を難なく支えきる。
 生い茂った葉がちょうどいい遮蔽物になってくれた。
(これじゃまるで盗撮ですね)
 過去に被害を受けた鴉天狗を思い出し、何となく早苗は可笑しくなった。
 といっても彼女の目的は盗撮ではない、観察である。何ら問題はない。
 早苗の心に何故か涙を流す神奈子と諏訪子の図が浮かんだが、その意味は彼女には分からなかった。
 そうこうしているうちに、湖の様子が変わった。
(ん・・・・・・?)
 チルノが湖面に向けて両手をかざしている。それをなにやら必死な様子で大妖精が制止しているようだ。
 どういうことだろうと早苗が静観していると、湖面に何かが浮かんできた。視力が良い早苗はその浮かんできた物を見分けることに成功する。
(・・・・・・氷?)
 そして早苗はその氷に入っているものも見分けられた。緑色で自らの信仰する諏訪子のトレードマーク(?)でもあるそれは・・・・・・
「蛙――」
 鴉天狗がお近づきの印に、と渡してくれた資料で彼女はある程度チルノのことも勉強していた。
 いわく最強厨、いわく命知らず、そして湖でする遊びは――
 湖面に浮かんできた氷をチルノが取り上げ、なにやら力を発揮する。
 そして――氷が割れた。
 
 
 
「三分の一の確率で失敗、か・・・・・・」
 チルノの手をすり抜けて見事に三分の一の確率もすり抜けた蛙が湖へと生還した。
 小さな水柱を立てた蛙を、チルノは満足そうに見送っている。
(まるで子供ですね)
 蛙の危機に我知らず身を乗り出していた早苗はそんな感想を出した。
 子供というのは、何の邪気もなく虫の羽をもぐことが出来る。それは幻想郷でも変わらないのだなぁと、早苗は考えた。
(だから好かれるのだろうか)
 子供というのは大抵、人に好まれる存在だ。もちろん例外もあるが。
 だからチルノも好かれるのだろうか。
(・・・・・・ま、いいか)
 何時もなら二日酔いでダウンしている時間。だからこそ何の用事も組んでいない。
 暇な時間があるのなら何をするのも自由ということだ。
「・・・・・・ん?」
 と、湖上で動きが見えた。
 目を凝らして見てみると、どうやら蛙復活に成功したので満足したのか、チルノは紅魔館へと向かっていく。それを案の定、大妖精が止めようとしているようだ。
 宴会の折に紹介されたこともあるので、早苗は紅魔館に訪れたことはないが住人の構成は知っている。
 記憶と照らし合わせる。
 チルノが向かっていく門の傍で腰を下ろして外壁にもたれかかっているのは――
 
 
「もんば~ん」
「ふぁ・・・・・・ひゃっ!?」
 
 
 早苗が居る場所からは全てを見れないが、それでも何かしら能力を使ったチルノとその直後に飛び起きた門番、紅美鈴の姿は確認できた。
 どうやら創りだした氷をぶつけたらしい。
 門番がそんなことでいいのだろうかと早苗は疑問に思ったが、まぁクビになってないんだからいいんだろうと失礼な結論に至る。
 寝ているのにいきなり攻撃されたわけだが、美鈴が怒っている様子はなかった。楽しそうにはしゃいでいるチルノの隣で大妖精がひたすら頭を下げている。
(・・・・・・保護者)
 外見からして少々不相応な呼称ではあるが、それでもこの呼称は正しいんだろうなぁと早苗は確信する。
 まだまだ幻想郷に来て日は浅いが、たいてい外見と精神年齢は反対であるか共通していないことは早苗も良く分かっている。
 何せ信仰する神がそうなのだから。
(あ、でも――)
 チルノはそうではなかった。
 外見がそのまま年齢であるかのように、楽しければ楽しそうに、悲しければ悲しそうにしている。
「それが、人気の秘密?」
 裏表の無い性格というのは人に好かれるものだ。そう考えて、だが早苗は首を振る。
 そういった性格は、逆に嫌われることも多い。もう少し、観察を続けた方がいいだろう。
 何時の間にかこの“観察”に身が入っていることに、当の早苗自身は気づいていな
い。
 
 
 観察を続けることおよそ十分。
 どうやらチルノと大妖精は、美鈴の話をおとなしく聞いているようだ。
 地面に輪になって座り、身振り手振りを少々大げさにまじえての話を、チルノは楽しそうに、大妖精は怖がったり興味深そうだったり、ころころと態度を変えながら聞いている。
 早苗は話の内容が気になったが、さすがに輪に入れてくれと頼むわけにもいかない。
 やましいことがないとはいえ、だ。
「楽しそうですねぇ」
 遠目からも分かるほどに、三人は話を楽しんでいる。
 聞く方は話の内容を、話す方は聞き手の反応を、それぞれ楽しんでいるようだ。
 門の傍でそれぞれ楽しんでいる三人を、邪魔する存在はない。人も妖怪も、鳥でさえも気を使っているかのように。
 どうやら来客も無いらしい。
(・・・・・・いいのかな)
 だからこそ早苗は気になった。
 いくら来客がないとはいえ、門番がこんなことをしていていいのだろうか。周りに注意を払っている様子も無いし、一応は部外者であるチルノと大妖精に対してもこの歓待振り。
 それ以前に寝ている最中にあっさりと攻撃を受けている時点でどうかとも思うが。果たしてこの門番は、門番としての役割を果たしているのだろうか。
 だがそれを決めるのは早苗ではない。
 
 
 ヒュンッ
「はぅぁっ!?」
 
 
「あれ?」
 早苗が目を凝らす。目をこすってもう一度見てみる。それでも彼女にはそれが信じられなかった、何時の間にか美鈴が倒れ、そしてメイド服を着た闖入者が何時の間にか現れていたことに。
 目を離したわけでもない、油断したわけでもない、瞬きなんてもっての外。だというのに闖入者は現れていた。
 だからこそ早苗も、その正体にすぐに気がつく。
「咲夜さん・・・・・・」
 折りしも召還された一本のナイフが宙に浮かんだ。いや、それは召還などと呼べる生易しいものではない。何時の間にか一本が二本に、二本が四本に、一回の瞬きをした瞬間――優に二桁を数えるナイフが“現れて”いた。
 十六夜咲夜の能力によって現れたそのナイフの切っ先は、全てが美鈴に向いている。
 じっと佇む咲夜がその気になれば、全てのナイフが飛翔するだろう――目標に向かって。
 
 
「さ、咲夜さん・・・・・・いやあのですね、これは――」
「どう言い訳をしようとサボっている門番という風景にしか、私の目には映らないんだけど?」
 考えていた言い訳をあっさりと潰されて美鈴は焦った。何時の間にか呼び出されたナイフが怪しく揺らめき、その切っ先をことさらに強調している。
 自らの額を流れる汗を美鈴は感じ取った。
 妖怪である美鈴にとって、ナイフごときで死ぬわけはない。高い再生能力は美鈴が持つ特殊な能力だ――如何せん弾幕ごっこでは発揮しようがないが。
 だが――痛い。
 死なないけど痛い、というどこぞの不死者の言葉と同じだ。
「い、いや・・・・・・これはですね、チルノちゃんにちょっとした社会勉強を――」
「へぇぇ、社会を教える側が教えられる側に攻撃されて起こされるなんて、面白い話ね」
(見てたんですかー!?)
 焦りとか焦らないとかもうそういう問題ではない。ずっと見られていたというなら、
美鈴が用意した言い訳は全てが水の泡と化す。というより、もう化している。
「あ、あれはですね、私邪気とか殺気とかない攻撃には反応が――ってそういうことじゃなくてずっと見てたんですか!? お、お仕事の方は・・・・・・」
「なんだか楽しそうだったから」
 しれっと答えた咲夜に美鈴は唖然とする――心の中で。
 つまりはやはりサボっていたメイド長にサボリの件で追及されるというわけで、そこは人間(?)心理としては納得がいかない。
 そこを突っついてもどうしようもないことは、経験から分かっていることだが。
(この天然メイド長め――!)
「と、いうわけで・・・・・・死ぬ前に何か言いたいことは?」
 文字通りの死刑宣告と共にナイフの揺らめきがなくなり、完全に静止する。
 ああ、これで(平和な時間は)終わった、と美鈴が確信したその時、
 両者の間に割ってはいる存在があった。
 
 
(え、えぇ!?)
 遠目からでもそれは良くわかった。宙に浮かぶナイフと尻餅をついた美鈴の間に入り込んだのは、チルノだった。小さな体躯ながら両腕をいっぱいに広げて――まるで美鈴の盾となろうとしているかのように。
「い、いくらなんでもあれは無茶――」
 思わず腰を浮かした早苗だったが舌打ちをする。(やましいことはないながら)ばれないように距離を取っていたのがここへきて裏目に出た。どこぞの魔法使いや鴉天狗のような飛翔速度を持たない彼女がこの距離を飛んで颯爽と救いに入るなど、それこそ無茶というものだ。
 それでも彼女は飛んだ。
 
 
「あのねぇ・・・・・・これは紅魔館の問題よ」
「・・・・・・」
 諭すような咲夜の言葉に、チルノは黙ってふるふると首を振る。その位置は、ナイフが飛べば確実に刺さる場所。どう考えても自殺行為だ。
 そんな行為に大妖精の顔は青ざめている。
「・・・・・・どかないの?」
「・・・・・・」
 今度はこくこくと、チルノが頷いた。
 そんな彼女を冷たい目で見つめて――咲夜の右手が動いた。
 
 その瞬間、二桁のナイフは“目標へと”飛翔した。
 
 静止状態から急加速したナイフ群は並みの人妖ではどうあがいても避け切れないほどの速度を有している。“切っ先を睨みつけるようにしている存在”からすれば、ナイフが突然大きくなったようにも見える。
 だからこそチルノは何の反応も出来なかった。
 肉を裂く、ナイフの音。
「・・・・・・っ」
 それが響いたというのに――チルノは立っていた。その身には掠り傷一つついていない。全てのナイフは、彼女を避けて飛翔した。
 大妖精は驚いていた、チルノも驚いていた。そして咲夜は微笑んでいた。
「ま・・・・・・客人なら、お茶を出さないとね」
 ただ一言そういって、咲夜は三人に背を向け門の中へと入っていく。
 その後姿を黙って見つめていたチルノと大妖精だったが――どこか釈然としない様
子で、ついていくことにしたようだ。
 
 
「・・・・・・よ、良かったぁ」
 チルノと大妖精が無傷で紅魔館へと入っていくのを見て、湖の上で早苗は大きく溜め息をついた。
「なんというか――」
 早苗も咲夜の能力のことは良く知っている。時折宴会で披露されていた手品に種も仕掛けもなかったことに驚いたのは、まだまだ日の浅い記憶だ。
 もちろん、その能力の恐ろしさも良く知っている。
 だからその能力に立ち向かったチルノの勇気(もしくは無謀さ)も、良く判っていた。
「なんというか恐れ知らずというか自殺願望というか・・・・・・まるで子供ですね」
「あら、もう答えは出てるじゃない」
「ああそうなんですか、これが答え――って」
 湖上には誰も居ない。それは人妖問わずで、だ。だというのに、早苗の言葉に答える存在が居る。
 ああお化けだろうか、それとも自分で言って自分で答えたのだろうかと支離滅裂な思考を押しのけて、理性が答えを出してくれる。
「ゆ、紫さん・・・・・・」
「ここに居そうだと思ってたけど、ほんとに居るとはねぇ」
 スキマから現れた妖艶な美女は、扇子で隠した口元からそんな声をだした。
 その言葉に、早苗は引っかかるものを感じる。
「“ほんとに居るとは”って・・・・・・どういうことです?」
 考えてみれば今日こんなことを早苗がやっているのも全ての元凶は目の前のスキマ妖怪なのだ。チルノの遊び場まで教えてくれた彼女の言葉にしては不適当すぎる。
 そんな疑問に紫が笑って答える。
「いえ、冗談のつもりだったんだけど」
 その笑みにどこか哀れみが混じっているのは早苗の気のせいではないはずだ。
 
「まぁまぁ、なんにせよ収穫はあったんでしょう?」
 空中で器用にのの字を書き始めた早苗を気遣ってか紫がそんなことを言う。どこか涙目になりながら、今日という一日を無駄にした早苗が顔を上げる。
「チルノさんが好かれる理由、ですか? そんなの・・・・・・判らないですよ。彼女は子供っぽいところが多々ありますが――」
「そう、それよそれ」
 ポンッと、閉じた扇子で紫が手を叩く。だが早苗には何のことだか分からない。
 その様子を察したのか、紫はヒントを出した。
「誰もが得て、誰もが失う幻想・・・・・・といったら聡明な貴女のこと、すぐに分かるでしょ?」
「“誰もが得て、誰もが失う幻想”・・・・・・? あ、」
 
 答えはすぐに出てきた。
 誰もが得て、誰もが失う。それは幻想が集いし幻想郷においても例外ではない。どれだけ子供っぽい存在でも、何かを学べばそれを失っていく。
 そして大人になった存在が、思いを馳せる時間。
 そう、それは“子供だった時間”。
 
「どれだけ無邪気な存在でも、どれだけ傲慢な存在でも、歳を取れば・・・・・・理を学んでいけば、確実に失っていくもの」
 紫の言葉も、早苗にはどこか遠い。
 ああそうだ、何で自分がこんな風にチルノに惹かれていたか、今の早苗には良く判る。
「それは悲しいことではないわ、だってそれは成長なんだから・・・・・・人も、妖も、成長を止めることはできない」
 幼い頃から自分の役割を知っていた、運命を知っていた。
 特殊な能力を持ち、現人神として奉られ。
「だけど、“彼女”は違う」
 子供っぽいことをしていた、いや“できた”時間など数えるほどもなかった。
 いろいろなことを学び、代わりにそれを失っていく。
「彼女はいろいろなことを学んでも――その本質は変えようとしない。学び、悩み、それでも彼女は彼女のまま。まるで成長を止めたかのように」
 短かった時間でも、
 “子供”だった時間は早苗のかけがえの無い思い出、宝物。
「・・・・・・違うわね、彼女は成長をしている。学ぶということはそういうこと、悩むということはそういうこと。それでも変わらない彼女は・・・・・・何者なんでしょうね、ほんと」
 だから惹かれた。
 楽しかった過去を思い出すのと同じように、そういった存在に惹かれる。それは至極当然なこと。
「人は・・・・・・自分が失ったものに惹かれる」
「人だけじゃないわ、妖も同じね、それは」
 早苗の言葉に、紫が優しく微笑んで同調する。
 何時の間にか・・・・・・早苗の頬には涙が流れていた。
 
「幻想が集いし幻想郷・・・・・・何となくその意味が分かった気がしました」
「それが理解できたのなら――貴女はもう立派な幻想郷の一員ね」
「――ありがとうございます!」
 深々と頭を下げる。
 早苗がその頭を上げた時には、もう胡散臭いスキマ妖怪はどこにも居なかった。
「・・・・・・幻想、か」
 感慨深げに、早苗は呟く。
 幻想郷で生きる以上、人も妖も何時までも子供ではいられない。
 そんな中で、まるで幻想を体現するかのように子供で居続ける氷精。
「ほんとに・・・・・・不思議な楽園」
 紅魔館を一度見やって・・・・・・早苗は帰路についた。
 その微笑みは、守矢神社に帰っても消えなかったという。
 
「・・・・・・そういえば、何か忘れているような」
 
 
 
 全てのナイフは、チルノを避けて飛翔していた。
 ならば、そのナイフは何に刺さったのだろうか?
「・・・・・・やっぱり、こんなオチなんですよね」
 その答えは、体育座りでのの字を書いている中華風の少女だけが知っている。

 
 
子供が子供で居られる時間は少ない。
現代社会では特に少なくなっている気がします。
 
現人神である早苗さんも――否、霊夢も魔理沙もその他大勢の幻想郷住人は、
何時までも子供ではいられないはず。
そんな中において、(良い意味で)どこまでも子供っぽいチルノというのは、
人気がある――はずだと私は考えています。
 
 
次回は紅姉妹と紅美鈴の絡みでも。
 
 
評価とコメントありがとうございます。
 
名前が無い程度の能力さん
オチ『要員』ということはそれだけ愛されて・・・・・・いやごめんなさい。
次回はもう少しましになりますので。
 
名前が無い程度の能力さん
その幻想ってもしかして最初から存在しないんじゃ・・・・・・
 
名前が無い程度の能力さん
だからこそチルノは愛されている、と私は思っています。
 
名前が無い程度の能力さん
そこら辺の定義づけは私の中では曖昧です・・・・・・
 
名前が無い程度の能力さん
そういったところ、かなり曲解されて世に広まっているような気も。
(私が言えることではありませんが)
 
名前が無い程度の能力さん
一番、失われやすい幻想なんでしょうねぇ。
RYO
ryorekuiemu@yahoo.co.jp
http://book.geocities.jp/kanadesimono/ryoseisakuzyo-iriguti.html
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コメント



0.1320簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
落ち要因に、愛の手を~
9.90名前が無い程度の能力削除
ロリコンじゃないよ。在りし日の幻想をロリに求めているだけだよ。
15.80名前が無い程度の能力削除
子供好き=ロリコン、ではない。
と、子供好きな私が言っています。
子供ゆえの無邪気さは見てるだけで元気にも、
不安にもさせられます。それが子供のいいところです。

美鈴、子供じゃないから学習しやがれ。ですね。
21.80名前が無い程度の能力削除
ロリコン=幼女に欲情できる人、でいいんでしたっけ?
25.70名前が無い程度の能力削除
ロリコンとはロリータ・コンプレックスというわけでして、ただの好きと言う感情とは違うような気がしますよっと
32.90名前が無い程度の能力削除
純粋な幻想のカタチ─子供でいられる時間。
素敵な解釈でした。
キャストも適材適所で違和感無く読めました。