文文。新聞編集室。
そこはすなわち灰皿に堆く積もった吸い殻であり、床中に散らばった煙草の灰であり、飲みかけのコーヒーであり、
それで居て一部以外は違和感があるほどに良く整理された机に突っ伏して眠る鴉天狗の女の子であり、どこからともなくホーホケキョと聞こえてくる窓から柔らかに差し込む午前中の日差しであり、
先ほどから編集室の扉に対して誰かが繰り返えしているノックであるのだが、
編集室の主である鴉天狗の女の子は、僅かでも気づく様子もなく、ひたすら春眠暁を覚えないどころか、下手したらこのまま日没さえ覚えないんじゃないかと言う勢いで、机の上に描くのは涎の湖で。
「文さーん、私です。椛です。居ないんですかー?
居ないなら勝手に中で待たせて貰っちゃいますよー?」
扉のノブがほんの少しだけ遠慮がちに回り、編集室に顔を覗かせてきたのは、白狼天狗の女の子。
編集室の主を見つけた彼女は見事なふくれっ面だった。
「やっぱり、またここで寝てたんですか、ほんとにもう」
しかしそれも彼女にとっては見慣れた編集室の光景。
寝ている、文、の肩を揺すり、頬を突いてみても、いつも通り起きる気配は全く無く。
ならばやっぱり、耳元に口寄せて、囁きましょう定番のモーニングコールを。
「射命丸文さーん。大スクープですよ」
ぴくり、文の体が動いたように見え、
「おーい文さーん。特ダネですよー」
特、ダネ…… と、文の唇が寝言を言うように呟き返し、
「独占取材です。文さん」
そして、
瞼を開けるよりも早く文は椅子の上に立ち上がり、既に左手にカメラと右手に手帳の完全装備。
見開く両目をギラリを光らせ、
「どこだスクープ、頂け特ダネ、密着取材で完全独占、
みんなのゴシップ飯の種、清く正しく可憐で過激、
誰が言ったか発行部数こそ魂の価値、
毎度お馴染み文文。新聞記者、射命丸文です!
……って、なんだ、椛か~。変な起こし方しないでって言ってるじゃんもう」
「でもこうしないと起きてくれないじゃないですか」
割かし腹をたてつつも、椛はこういう時に毎度毎度、考えてしまったりもする。
生真面目過ぎて融通が利かない、などのお堅い評判が定着してしまっている文の、今の編集室に象徴されるような不精かつ、がさつな一面を知っているのは、もしかして自分だけではないのか、とかとか。
「で、なーによ椛、どーしたっての、こんな朝っぱらに」
「また徹夜してたんですね文さん。もうとっくに十時過ぎてますよ」
文は言われて文は時計を見てみるが、そういえば何時に寝たんだっけな、やら、椛と何か予定あったっけ、等と考えても、どちらも思い出せなかった。
でも椛がとてもとても怒っている事だけは、見事なふくれっ面のおかげで、
文としても、少々の焦りを感じてしまうほど認識できていて。
とりあえず椅子の上にあぐらを組み、愛用の煙草に火を付け、さらにじっくり思い返してみたが、煙りで椛の顔をさらに顰めさせるだけで、さっぱり思い出せず、
「ま、とりあえず座ったら椛?
コーヒーも勝手に飲んで良いよ。昨日淹れた奴だけど。
いやあ、それにしてもすっかり温かくなったよねえ。
つい、うとうとしちゃってさあ」
などと誤魔化してみるのだった。
「文さん、やっぱり、忘れてたんでしょう」
煙を手で払いながら椛は文の向かい側に座り、手に持ってきていた書類入れを、文に差し出してきた。
「ずっと待ってたんですからね。文さんが来ないから、こっち来ちゃいましたよ」
「やだなあ、もみもみは~、覚えてるって、例の件の書類っしょこれ」
とりあえず机の上の涎を拭き拭きしつつ、特上営業スマイルで茶封筒を受け取る文。
「はい、例の自警隊新指揮所に関する公開資料です」
「おー、それよそれ、サンキュー。いんやごめんね寝坊しちゃってさー」
とか言いつつ、いざ封筒を開いてみれば、出てきたのは手書きの原稿用紙。
「文さん、それ、小説の原稿ですよ。やっぱ忘れてましたよね。
十時から私の家で打ち合わせするって。わざわざ今日、休みとったんですよ私。
だいたい文さんが新聞のコンテンツを増やしたいから、どうしても書いてくれって言うから。文さんの頼みならと、がんばって書いたんですから、約束くらい守ってくださいよ。
この前だって、お花見行く約束してたのに、仕事終わらないからダメになったとか、いきなりだったじゃないですか。
私あの時も朝からお弁当作ってたのに」
はい、忘れてましたよすっかりと。ああ私って、ダメすぎじゃん。
などという具合に、文はへらへら笑わせていた自分の顔が、とっても素敵に引きつったのを感じてしまった。
「忘れてない、覚えてる覚えてるって椛! 大丈夫、平気、今思い出したもん。だからそんな怒らないでってね」
「今思い出したもんってなんですかそれ。おかしいですよね」
「あー! 椛、そうそうそうそう、前号の連載第一回、すんごい好評だったよー。
いやあ、あんた意外に才能あるある、文豪犬走椛様だって、ね、パチパチパチパチ」
あははははははー、とか文が笑ってみても、とっても虚しい空笑い。
パチパチパチパチ、拍手をする度、椛のお顔は厳しくなるなる。
膨れたほっぺつついてみれば、特大な、ため息出しちゃう椛さん。
「うん。ごめん。ぶっちゃけ忘れてました。すみません椛様」
ペコリ。
「いつもの事ですけどね。文さん自分勝手過ぎますよ。せっかくうちにお菓子とかも用意しておいたのに。これ食べて反省してください」
椛が置いた紙袋からは、バターの甘い匂い。
「いいですか文さん。一個一個噛み締めるように食べて、一回一回反省してくださいね」
案外あっさり許してくれたなー、とか、そういえば朝ご飯食べてなかったなー、などと考える間もなく鳴り出す文のお腹だが、
何しろ長い長い長~い間見知った友人同士であるならば、恥じらう要素は一切なく。
「おー、この匂いはもみもみのお手製クッキーねえ。どーもいただきまーす」
さっそくバリバリ、ムシャムシャ、むさぼるむさぼる。
只でも長寿の天狗同士、友人付き合いなどウン十年どころか百年単位。
そうなるともう、血の繋がってないだけの姉妹とも言えてしまうし、恋愛感情だけ差し引いた恋人同士とも言えてしまうし、結婚してないだけの夫婦とも言えてしまうかもしれない。
「あ、おいしいよこれ椛、ありがとねえ、いやあ、ここの所、出前物ばっかでさあ、味気ないったらありゃしないわけよ」
「文さんって、最近ずーっと編集室に籠もりっきりとか取材でしたよね。お花見に行く約束が、ずーっとまだのままですよ」
またまた唇をとがらせる椛に、文は慌てて再びの空笑い。
「あははー、それ言われると弱っちゃうな~、うんごめん。ほんとごめん。マジごめん。
んで、そうそう、前号の新聞小説が好評だったのは、ほんとなのよ。ほんとほんと。
これで文文。新聞も新たな地平が開けたかも? みたいなさ。意外な才能よねえ」
「そんなにですか? 文章なんて昔ちょっと趣味でやってただけですけど。そう言われると、文さんに協力出来てよかったなと思います」
「うんうん、こっちも感謝してるよほんとー。ありがとねえ椛。
最初は題材的に、新聞に合うかなーと思った部分はあったんだけどね。
ほらやっぱ、実在の事件に新解釈を与えるっていうのはさ」
「そうですね。でも春雪異変は未だに、巫女や魔法使やメイドが解決したらしいという確認不能な情報以外は表に出てきてないので、実は巫女たちの活躍の裏には、もっと別の英雄の活躍があったというのも、おもしろいかと思いまして。ありきたりですけどね」
「ありきたりってのは、より多くの人が楽しみ易い王道って事じゃんよ。
そこを堂々と真っ正面から扱うのは、それはそれで勇気のある事でしょー」
「文さんにそう言って頂けると、なんだか安心しちゃいます」
「うんうん、で、前回は確か、主人公の青年が異変の手がかりを求めて、雪原で花びらを辿っているところで……誰だっけ、誰か邪魔してくる奴に会って弾幕バトルだよね」
「レティ・ホワイトロックですね」
「あーそうそう、レティだ。で、弾幕バトルに勝ったのもつかの間、新たな敵の影が。
で、次号へ続くと。うんうん、良かった。
じゃちょっと、今から第二回の原稿読ませて貰うからさ」
「はいっ、ならその間に私はお掃除してますね」
「おーありがと、助かるわあ。これまた掃除する時間がなかなか無くてさー。
毎日毎日、掃除やら食事やらお菓子やら洗濯やら悪いわねえ。
ほーんと椛みたいな嫁がほしいもんだわ」
「そういう事言ってると、いつまで経っても恋人もお婿さん見つかりませんよ」
なんて笑う椛が開けた窓からは、四月の柔らかな風。
煙草で煙った空気が目の前で掻き混ぜられ、文は原稿と目の間で揺れる前髪を抑えなければならなかった。
「そういう椛も、私なんかの世話焼いてないで、早く彼氏の一匹でも捕まえなさいな」
「私が文さんをほっといたら、文さん生きていけないですよ絶対」
「大丈夫大丈夫、三日くらいは生きてける自信あるからさ」
原稿に目を走らせつつ、前髪伸びたなーなんて考えつつ、何気なく言った言葉で椛が大笑いしているのが、文には少し不思議だったが、
椛が楽しそうにしてるなら、まあいいか、と、兼ねてから考えていたあるプランを如何に、椛の小説に反映させるべきか。
高回転性能を誇る頭脳をそれこそ、
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐる。
などとフル回転させ始めるのであった。
そして。
編集室の床から紙くずと煙草の灰が消え、飲み残しが底に固まったマグカップがピカピカに磨かれ、灰皿から吸い殻の山がゴミ袋の中へと崩れ去り、新たに淹れられたコーヒーの匂いが漂いだした頃、
文は原稿から顔を上げた。
椛は既に文の向かい側に座っていて、二人分のコーヒーに砂糖とミルクを混ぜ混ぜしながら、文の第一声を待っていたりする。
「うん、いいじゃん椛これ」
「ほんとですか、良かったー。今回は実はちょっぴり自信あったんですよ」
「うん。まず最初の、サイキョーを目指すチルノと出会ってーの、バトル前の掛け合いが、微笑ましくも、緊張感もちゃんとあってバランス良かったし、弾幕バトルも迫力あるよね。
バトル結構、力入れてたでしょ、ノリノリで書いてたというかさ」
「はい、はいそうですそうですっ。私ってスペルカードが無いじゃないですか。だからこう、主人公に格好いいスペルカード持たせたいなって、一生懸命考えたんですよっ」
「で、チルノに勝った後も、なんかこう、主人公がさ、チルノが負けて落ち込むのを気遣っちゃったりしてね。ちょっと私から見るとキザ入っちゃってるかなーって気もするけど、格好いいっちゃ格好いいよね」
「ですよね。やっぱり主人公は格好いい方が気持ちいいですよね」
「てゆーかぶっちゃけ椛って、こういう男が好みだったりするんじゃんみたいな」
「あ、ばれましたかやっぱ。ちょっぴり恥ずかしいです。でもなんというか、私ってすぐいっぱいいっぱいになっちゃうしー、自警隊員のくせに弱っちいですし。
だから、いざという時でも余裕たっぷりで、的確な打開策を練り出せたり、実力は有っても鼻に掛けたりしないひととか、憧れちゃいますよねぇ。
こういうひとだったら彼氏に欲しいかもとか、言っちゃったり」
「お、もみもみ珍しく積極的発言じゃん。もーしかして誰かモデルとか居たりしちゃったりするんじゃないのこれ~?」
「それは秘密ですよぉ」
「誰よ、誰々、教えてよー。どこで見つけた男?」
「秘密ですったら秘密です」
「まあいいや。あとでじっくり聞き出してやるからね。
でも、うんうん、椛のそういう物語に対する思い入れも大事だよね。
そういうのも含めて、基本はこれで良いんだけど、今ちょっとうちの新聞って、男性天狗の読者層がメインになってきてるのよお。
ほら元々、女の子の記事がメインっしょ、うちって?
あんまり男性読者はターゲットとして意識してなかったんだけど、
意識してなさが逆に? 受けてたみたいで、今じゃ九割が男性読者なのよ」
「へえ、そうだったんですかー。知りませんでした」
「そうそう、ぶっちゃけ女の子の記事を覗きっぽい感覚で見てーって男の人がメインなの。
俗っぽく言っちゃえば、まあそういう事なのよ。
だからさ、出来れば新聞小説の方も、積極的に女の子いっぱい出して欲しいかなとかね。
もちろん基本的には椛がやりたい方向性でオーケーなんだけど」
「はあ、わかりました。がんばってみます」
「でさ、とりあえずなんだけど、今回って、女の子出てくるのチルノだけじゃない。
これどうにか、あと二人くらい追加で出せないかなー。
もちろん、男性諸氏がキュンとしちゃうエピソード入れつつ」
「え、あと二人もですか? 字数増やさずにですよね? 本気ですか文さん?」
「そうそう、出来るよね。うん出来る出来る、もみもみなら出来る。実力あるもん絶対」
「それは、あのー……他の部分削らないと無理ですよね」
「うんうん。物語の流れに影響でない部分をちょこっと」
「じゃあバトルシーンですかね。短くします。一生懸命がんばったんだけどなあ」
「まあまあ、それはまた次号以降もあるしね。それで、今回はスカーレット姉妹出して欲しいんだけど、良いよね椛?」
「スカーレット姉妹ですか? いきなり大ボス的なキャラが登場ですよねそれって。どうしてここでスカーレット姉妹なんですか?」
「んーと、うちの新聞のお得意広告主さんで、河童族の模型屋があるんだけどさあ。
そこが今度、スカーレット姉妹のフィギュア出すから、今回の記事がコラボ企画でスカーレット姉妹の特集なのよお。わかるっしょー?
相乗効果で発行部数も鰻登りってもんでさあ。次ぎの新聞大会優勝はいただきよねえ」
「え、ええ、それはわかりましたけど……でもそれを字数変えずに二人とのバトルまで描くのは、いくらなんでも」
「出来る出来る、もみもみなら出来る、絶対行ける。
例えばさ、吸血鬼二人は敵じゃなくてもいいじゃない。
主人公がやられそうなところで、さっそうと助けに現れたとかどう?」
「それってチルノに普通に負けそうになるんですか主人公? 格好悪過ぎますよそれ」
「あ、ダメ? そっかー、ピンチに来ればスカーレット姉妹の登場がきまると思ったんだけどなー。私としては姉妹をフィーチャーしたいんだけどねえ」
「主人公が格好悪かったら意味無いじゃないですか。ここはチルノを余裕であしらうように戦うのが良いんですよ」
「じゃあ、もうチルノと戦う直前にスカーレット姉妹が来て、三人でチルノを余裕であしらうようにボコるとか」
「いじめじゃないですかただの、いじめ格好悪いですよ。そんなんじゃチルノに勝った後の彼の台詞も全然きまらないじゃないですよ。
『妖精だって、努力次第じゃ本物のサイキョーになれるかもな。俺を倒すチャンスはこれから先もあるってこった。またいつでも胸貸すぜ嬢ちゃん』
って言うんですよ」
「ま、三人がかりでそれじゃ、ただの痛い人だね。全然胸貸してないし」
「ほら、ですよね?」
「まあまあ椛さあ、勝ち台詞はまた別に考えればいいじゃない」
「ダメです。この台詞だけは譲れません!」
「でも三人がかりにすればバトルシーンかなり短く出来るし。その分お色気シーンに回したり出来るっしょ、ね」
「お色気シーンって……それはまあ、文さんの言いたい事はわかりますけど、男性向けですしね。
でも今回登場するのって、チルノとレミリアとフランドールですよね。子供ですよ?」
「あ、それは大丈夫、ちゃんと冒頭に『この物語に登場する人物等は全て十八歳以上です』って入れとくからさ。余裕余裕。椛だってわかるでしょー。
世の中にはそういうのお好きな紳士方も沢山いらっしゃるわけでさ」
「確かにみんな十八歳以上ですけど、なんとなく、そういう問題じゃない気がしますけど」
「さらっとやれば大丈夫よ大丈夫。どう見ても幼女だろ、とか誰も言わない言わない。
パンツもズボンと言い張れば、ズボンになる世の中なんだから、誰も細かい事つっこまないからさあ。さらっと流してこうよそこは椛さ。幼女じゃないからアウトじゃないもん」
「わかりましたよ。文さんがそこまで言うなら、その部分はもう目を瞑ります。
でも主人公を格好悪くするようなのは絶対にダメですからね」
「恰好悪いのダメ、三人で戦うのダメなら、じゃあ椛、発想の転換でさ。
もうバトル自体無しでも良いんじゃない?」
「え、そんなのちょっと。せっかくがんばって書いたのに、少しくらいは入れたいですよ」
「うん、今回のバトルシーンが良いのは確かだし、私としても削るのは惜しいんだけど、 第二回じゃん今回ってさ。で、第一回目では、バトルをギュンギュンやる系の物語ですよ、というのは十分アピール出来たと思うから、今回は別の方向性も読者に見せるというか、ニーズが少数多様化してる現代だとそういうの重要だと思う訳よ。
第一回で食いつかなかった読者層もガッチリ持ってきたいというかさ。
だから今回はガラッと方向性変えて、ほのぼのハートフルストーリーっぽくするとかどうかなあ。登場キャラがみんな子供だし、丁度いいんじゃない?」
「え、ええ……あの、文さんが言ってる事は、もっともらしいかなとか思うんですけど、
それだともう、元の原稿と全然違う物になっちゃいませんか?」
「んー、大丈夫っしょ。要は最終的に春雪異変を解決できればいいわけだから、流れ的には問題ない。行ける行ける。椛ならやれると思う」
「それは最終的にはそうですけど、前回まで割とハードボイルド的な流れだったのに、いきなりハートフルストーリーと言われても。だいたい前回の終わりで、
『その時不意に頬を掠めたのは、氷柱、だった。
皮膚が薄く裂け、凍えた唇に伝う血が温かい。
攻撃? また敵なのか。いくら猛吹雪であろうと氷柱が自然に飛んでくるはずは無い。
ふっはっは、そこの妖怪、あたいと勝負するのよ!
少女の声でそう聞こえ、咄嗟に目を向ければもう、雪と風が渦巻く中を、小さな人影が突進してきていた』 とか書いちゃってるんですから」
「でも第二回の冒頭でチルノとの掛け合いあるからさ。そこで上手く処理してどうにか」
「そんな、だってもうチルノが最初に攻撃してきてますし」
「あ、椛、それで思いついた。こういうのどう?
実はチルノが氷柱投げてきたのは、雪合戦のつもりであって、攻撃じゃなかったとか。
勝負しろっていう台詞も活きてくるし、なんかほのぼのしない?」
「雪合戦で氷柱投げるんですか、それも頬が切れるくらい強くですか?
刺さりますよ。刺さったらほのぼのしないですよ」
「まあ、そこはチルノがやることだし、さらっと流そうよもみもみー」
「さらっと血が流れますってそんな雪合戦、ほのぼのじゃなくてスプラッターですそれ」
「まあまあ椛、そこは上手いこと台詞回しで強引に誤魔化して、チルノならしょうがないか的空気を作ればいいじゃない。
とにかく雪合戦のつもりだったという事にしとこうよ。
で、チルノと和気藹々と雪合戦すると、どうこれ、すんごいハートフルっしょ」
「早く異変解決しなきゃいけないのに、妖精と遊ぶってどういう神経なんですか主人公」
「あ、そっか、何か動機付けが必要だね」
「ですよ。文さん、もうちょっとよく考えて言ってくださいよ」
「うんうん、でも今考えた。じゃあね。
主人公が、『お前に付き合ってる暇は無いぜ』とか言うと、チルノがすんごく寂しそうに飛び去っちゃって、
なんだかかわいそうになった主人公はチルノを追いかけるのよ。実は心優しい奴なわけよこれがまたハートフル」
「うーん、なんか引っかかる部分ありますが、確かにそういう部分もある主人公ですし、それでどうするんですか主人公は」
「でも、追いかけるんだけど、早く異変を解決しないとな、っていう葛藤もあって、前を飛んでるチルノに声を掛けられない主人公。
そしてチルノのワンピースの裾から吹雪きに煽られて見え隠れするドロワーズからなんとなく目を離せないままに、結局、紅間館の近くまで二十分ほど後を付けてしまう」
「お色気要素と言っていいかわからないですけど、そこで入れるんですかお色気? でもあのそれって要するに、二十分もただ子供の下着を覗きながら飛んでたって事ですよね」
「葛藤しながらね」
「なんとなく、そんな彼氏欲しくないですよ私」
「私もあんま欲しくないな」
「ですよね。文さん、やっぱおかしいですよ。それ止めましょうよ。嫌ですよ」
「わかった椛、じゃあ、ドロワーズは主人公が見るんじゃなくて、風景描写にさりげなく混ぜておくって事でどう?」
「さりげなくドロワーズを描写する風景描写って、どんなですかそれ。さりげなくやろうとすればするほど、違和感あります絶対。どうしてもそういうの入れなきゃならないなら、何かの拍子に見えちゃったとかで、いいじゃないですか普通に」
「まあそこはパンチラドロチラ、お約束みたいなものだから、大丈夫大丈夫、さりげない風景描写に潜ませるのも斬新だと思うよー、見え方については誰もつっこまないって」
「何かが決定的に間違ってる気がしますよそれ」
「大丈夫大丈夫、で、チルノは紅魔館の庭で遊んでるスカーレット姉妹を見つけて、一緒に遊ぼうと庭に降り立つ。
主人公は吸血鬼二人と仲良く遊び始めたチルノを見て、遊び相手が見つかったなら、もうチルノも寂しくなさそうだな、と立ち去ろうと思うが、無邪気に遊ぶ三人の少女に、ついつい見入ってしまっている自分に気づく。
子供時代など無きに等しかった自分の戦いの人生、その中でどこかに置き忘れてしまった、安らぎや暖かさ、根元的な懐かしさが彼の心に沸き上がってきていて、彼も三人の少女たちの前に降り立つ」
「うーん、強引な気はしますけど、ちょっとハートフル感はありますよね。
密かに自分の人生に孤独を感じてる主人公が、チルノに感情移入しちゃうのも、それなりに説得力ありますし。それでみんなで雪合戦で遊ぶんですか?」
「うんうん。
で、三人の少女の前に立った彼は、『お嬢ちゃんたち、お兄さんも混ぜてくれないか』
と言って少女たちと一緒に雪玉を作り始める。
真っ白な真っ白な雪を、みんなでせっせと丸める。
真っ白な真っ白な雪よりも、もっと眩しいフランドールがしゃがませた太股がスカートから覗いていて、第二次成長期前の少女らしいその二本の脚の間にある合わせ目を覆った白い薄布は、見るからに柔らかそうな質感。
思わず彼の雪玉を作る手に力が入ってしまい、丸め途中の一つがぼろぼろと崩れるが、そんな失敗でも楽しそうに笑ってくれる少女たちに、彼の乾いた心は潤され、ついつい頬をゆるめてしまうのだった。
どうこれ椛、ハートフルめっちゃハートフル、ハートウォーミング」
「あのそれ、通報しますよ私なら普通に。
子供のパンツ見て手に力が入っちゃう青年がですよ?
小さな女の子と遊んでたら、普通通報しますって、変質者じゃないですかただの。
ハートフルストーリーじゃなくて、青年のハートがフルにロリコンなストーリーですよ。
そんな主人公は絶対に嫌です」
「あ、ダメこれも? じゃあここも、さりげなくフランドールのパンツを色んな描写に混ぜていく方向でいくしかないかな。いけるよね椛?」
「文さん、そればっかりじゃないですか。いいですよ、やりますけど、それくらいなら」
「で、あとはレミリアのパンチラをどこで入れるかなんだけど、どこがいいかな?」
「またですか? もうそんなの考えたくもありませんよ」
「じゃあそれも、適度に混ぜていく方向でお願いね椛。
いやあ……それにしても、なんか悪いね。ごめんね椛。
せっかく気持ちよく書いてくれたのに、色々ごちゃごちゃ注文付けちゃってさ。
お詫びと言っちゃなんだけど、これ終わったら必ず遊びに連れてくからさ」
ペッコリ。
とってもナチュラルに深く深く頭を下げる文。
椛はそんな文の態度に少しだけ驚いた気がしたが、同時に安心したりもする。
文さんは新聞の事となると、夢中になっちゃうけど、ちゃんと私の事も考えてくれている。
自分が自分の小説の扱われ方に不満を感じるなら、それはまた文の心苦しさでもあるのだと。
「確かにあんまり今は気分は良くないですけど、元々、文さんの力になろうと思ってやってる事ですし。私がお付き合い出来る範囲ならやりますよ」
「ありがとねー椛ー。あー、私ってほんとに幸せ者だわ。良い友達持った。
そこでなんだけどねえ。あとね。
どうしても入れて欲しい要素というか、キャラというかあるんだけど。
お得意の広告主さんの言うことだから、私の方も断り難くてさあ」
「と言うと、また河童の模型屋さんですか?」
「そうそうそう。来週からうちの新聞の契約者数倍増キャンペーンで、契約者プレゼントにもなるんだけど、霧雨魔理沙タイプの最新の人型抱き枕素体。提供してくれるのよお。
で先方としては、これのオプションパーツを大プッシュしたいらしくてさ。というわけでね。どうにか魔理沙と主人公と絡めてフィーチャーしてもらいたいのよねえ」
「つまり霧雨魔理沙も登場させろってことですか?
無理ですよそれは、だってこの物語は、巫女と魔法使いが一切知らない出来事っていうのが、基本コンセプトなんですから、主人公との面識作っちゃうのは無理ですよ」
「椛お願い。そこをどうにかならないかなー?」
「文さんにお願いされても物理的に無理ですって」
やっぱり、文さんは、新聞の事ばっかりしか考えてくれないのかな。
と、両手を合わせて拝む真似をする文に、なんとも寂しさと不安を感じてしまう。
「やるとしたら、主人公が遠くを飛んでる魔理沙を見かけたけど、魔理沙は気づかないとか、そういうレベルしか無理です」
「それじゃインパクトないよねえ。じゃああのさ、ウサ耳を付けた魔理沙が裸エプロンで飛んでいるのを目撃したのを、こうネチネチと描写するとか出来るんじゃない?」
「確かに、猛吹雪の中をエプロンだけ着たウサ耳の人が箒で飛んでたらインパクトありますけど。非現実的過ぎますよ。そんな変な人じゃないですよね、霧雨さん」
「いや結構、色々やってるとおもうよあの娘は。この前もうちの通販で買ってたしね色々」
「でも、そもそもどうしてウサ耳とか裸エプロンなんですか」
「だからそれが、オプションパーツなのよ。最新人型抱き枕の。これをどうにかねえ。
あ、そうだ。魔理沙本人じゃなくて、この抱き枕自体を出せないかな小説に。
これなら物理的に無理ってことは無いよね?」
「そうですけど、抱き枕なんて、どこにどうやって出せって言うんですか。枕が出てくるような場面ありませんよ今回。舞台が雪原と紅魔館の庭ですし。無理です文さん」
「回想シーンとかどうかな?」
「主人公が回想するんですか? 霧雨さんの抱き枕の事を?」
「そうそう、チルノの尻を追っかけて紅魔館に行くときとかに、回想シーン挟むのよ。
『ああ、昨日はウサ耳霧雨魔理沙の裸エプロン装備抱き枕のおかげで良く眠れたぞ。これで今日の異変もばっちり解決だな!』
みたいな自然な流れでいけないかな、これどう?」
「もしそれが主人公にとって自然なら、そんな彼氏やっぱなんだか欲しく無いですよ」
「いやいや、今時の若い男のひとならこれくらいは普通だって椛、普通普通」
「たぶん普通じゃないですよ。それにもし普通だとしても、とにかくなんか嫌ですそれは、なんとなく嫌です。そういう事しないんですこの主人公は」
「そんなに椛が嫌がるなら仕方ないけど、じゃあ後は。四人でほのぼのと雪合戦の雪玉を作ってるときに、偶然、チルノたちが雪の中から発掘しちゃうとか、こう、ごそごそごそって雪を掘ってたら、あれ、なんだこの手みたいなのは?」
「怖いですよ凍死体みたいで。等身大で人の形してるんですよね。チルノたち泣きますよたぶん。ほのぼのどころじゃないですって。どうして埋まってるんですかそんなものが」
「そこはまあ、ハッキリ設定しなくても問題ないから、勢いで誤魔化して書いてさ。
『もしもしお兄さん、この大きなお人形さんみたいなのは何かしら?』
とか掘り出したレミリアが訊いたりしてね。
『それは河童堂模型店から四月四日に発売される霧雨魔理沙等身大抱き枕、しかもウサ耳裸エプロン装備、今なら期間限定フルセットでもオープン価格だよ。どうだいこの胸の質感とか、巧の技だよね。俺もついドキドキしてしまうよ。これは買いだよね絶対』
とか言わせればもう、宣伝効果バッチグーよ」
「あの文さん。それやっぱ通報しますよ私なら絶対。
だって小さな女の子三人相手に、裸エプロンの人形みたいな物をドキドキしながら解説してるんですよねそれって要するに。変質者ですよね普通に。通報しますって。
通報されるような主人公は嫌ですよ。もう止めてくださいそういうのは」
「それも嫌なら、じゃあ、あとはもう、もみもみお得意の、さりげなく風景描写に溶け込ませる、しかないよねえ」
「いつからお得意になったんですかそんなの、仕方なくやるだけですよ。それにその場に居る女の子の下着が偶然、見えちゃうとかならともかく、抱き枕が今回の舞台に存在する事自体が無理ありますから。やっぱり無理ですよこれだけは」
「いや案外いけるんじゃないかな~。例えばさ。こういうのどう、
紅魔館前庭。
そこはすなわち一面の雪化粧に覆われたバラの園であり、門から館へと続く真っ直ぐな庭道であり、そこで雪遊びをする三人の少女と青年の楽しげな歓声であり、彼らを見守るように庭の隅で佇んでいるのは、河童堂模型店から四月四日に発売される霧雨魔理沙等身大抱き枕(ウサ耳裸エプロン装備、今なら期間限定フルセットでもオープン価格)であり、胸の質感は巧の技であり、ついドキドキしてしまいそうであり、絶対買いなのである」
ホーホケキョ。
コーヒーを手に取る椛の顔には、もはや不満感さえ消えていて。
冷ややかというにしても、あまりに素っ気なさ過ぎるその表情に、文は思わず生唾を飲み込んでしまった。
椛の無言な意思表示に気圧されたとか、あまりに気まずいとか、自分のバカさ加減に今更自分自身で呆れたとか、理由を考え出せばいくらでもありそうな生唾ではあったが。
何より恐ろしく感じたのは、椛という個人から、自分という存在に対してネガティブな感情を持たれてしまう事なのだろうと。
嫌われたり疎まれたりしたくなくて、好かれていたい慕われていたいのだと。
とってもシンプルな事だった。
だから、
「どう見ても無理ありますよね。文さん」
と言われれば、
「うん、私も流石にそう思ったかも。おかしな事頼んじゃって、なんかごめん椛」
目を逸らして誤魔化し気味に笑っみたりしてしまって。
「どうしてそれを謝るんですか。別に、私はそれ自体は気にしてませんよ」
そんな事言いつつ、実はすんごい怒ってたらどうしよう、というか怒ってるんだろうな、などと思いながら、文が恐る恐る真っ正面から覗いてみた椛の目からは、少しの憤りも感じられず、
「文さんがお仕事をがんばるのは当然だと思いますし、お仕事をがんばる文さんも、いつもとても格好いいと思ってますし、
そういう文さんの役にたてれば嬉しいですし、私が嫌だと言うことは聞いてもらえますし、
たまに不安になることもあるけど、信じてますし、時々私じゃ理解出来ない事言われて、
どう反応すればいいかわからない事もありますけど、でもそういうのも含めて文さんですし」
と言われてしまえば、文はまずは、こっくり、と頷くしかなく。
こんな友人の真心を、自分の身勝手な都合に巻き込もうとしていた事に、土下座でもしたい気分になったが、
「そっか、じゃあさ椛、今からさ、お花見行こうよ。約束まだだったしさ」
土下座の代わりに、机越しに椛へ身を乗り出し、そんな事を口走っていた。
「どうしたんですか突然、お花見に行くって、小説は結局どうするんですか?」
「小説は原稿のままでいいや、それより早くほら」
文は窓をめい一杯に開けた。
今すぐ窓から出発しようと言うつもりらしい。
そして座ったままの椛へ、左手を差し出し、「ほら、どうしたの椛。約束でしょ」
「でも、それじゃ文さんがお得意さんに怒られちゃいませんか?」
そう言う椛も、自身で気づいているかはともかく、すっかり笑顔で、椅子から立ち上がっていて。
「大丈夫大丈夫、号外でも出してフォローするからさ。
またちょっと寝る時間削ればいいだけよ」
文が差し出す手を、椛は握る。
「なら文さん、それもお手伝いさせてくださいね」
文文。新聞編集室。
そこはすなわち、窓から今にも飛び立とうとする二人の天狗であり、そういえば手ぶらで行くんですか文さん? という疑問の声であり、お腹空いたりお酒欲しくなったら取りに戻ればいいじゃん、明日の朝までオールデイ&ナイトで今日はお花見で、主人公のモデル聞き出してやるからねえ、という解答であり、それは秘密ですよぉ、というやや照れたもみもみヴォイスであり。
一陣のつむじ風と共に飛び去った窓の外の天狗たちな背中であり、どこから飛んできたのか一枚のさくらであり、机の上で風に煽られる原稿用紙であり、めくれる手帳であり、それに綴じられた古ぼけた一枚の写真は、いつ撮ったのかもわからないくらい昔の日付、文と椛が桜の下で並んで写るピントのややずれたそれであり、ひらひらひらひら、一枚だけ手帳に舞い落ちたさくらであった。
そこはすなわち灰皿に堆く積もった吸い殻であり、床中に散らばった煙草の灰であり、飲みかけのコーヒーであり、
それで居て一部以外は違和感があるほどに良く整理された机に突っ伏して眠る鴉天狗の女の子であり、どこからともなくホーホケキョと聞こえてくる窓から柔らかに差し込む午前中の日差しであり、
先ほどから編集室の扉に対して誰かが繰り返えしているノックであるのだが、
編集室の主である鴉天狗の女の子は、僅かでも気づく様子もなく、ひたすら春眠暁を覚えないどころか、下手したらこのまま日没さえ覚えないんじゃないかと言う勢いで、机の上に描くのは涎の湖で。
「文さーん、私です。椛です。居ないんですかー?
居ないなら勝手に中で待たせて貰っちゃいますよー?」
扉のノブがほんの少しだけ遠慮がちに回り、編集室に顔を覗かせてきたのは、白狼天狗の女の子。
編集室の主を見つけた彼女は見事なふくれっ面だった。
「やっぱり、またここで寝てたんですか、ほんとにもう」
しかしそれも彼女にとっては見慣れた編集室の光景。
寝ている、文、の肩を揺すり、頬を突いてみても、いつも通り起きる気配は全く無く。
ならばやっぱり、耳元に口寄せて、囁きましょう定番のモーニングコールを。
「射命丸文さーん。大スクープですよ」
ぴくり、文の体が動いたように見え、
「おーい文さーん。特ダネですよー」
特、ダネ…… と、文の唇が寝言を言うように呟き返し、
「独占取材です。文さん」
そして、
瞼を開けるよりも早く文は椅子の上に立ち上がり、既に左手にカメラと右手に手帳の完全装備。
見開く両目をギラリを光らせ、
「どこだスクープ、頂け特ダネ、密着取材で完全独占、
みんなのゴシップ飯の種、清く正しく可憐で過激、
誰が言ったか発行部数こそ魂の価値、
毎度お馴染み文文。新聞記者、射命丸文です!
……って、なんだ、椛か~。変な起こし方しないでって言ってるじゃんもう」
「でもこうしないと起きてくれないじゃないですか」
割かし腹をたてつつも、椛はこういう時に毎度毎度、考えてしまったりもする。
生真面目過ぎて融通が利かない、などのお堅い評判が定着してしまっている文の、今の編集室に象徴されるような不精かつ、がさつな一面を知っているのは、もしかして自分だけではないのか、とかとか。
「で、なーによ椛、どーしたっての、こんな朝っぱらに」
「また徹夜してたんですね文さん。もうとっくに十時過ぎてますよ」
文は言われて文は時計を見てみるが、そういえば何時に寝たんだっけな、やら、椛と何か予定あったっけ、等と考えても、どちらも思い出せなかった。
でも椛がとてもとても怒っている事だけは、見事なふくれっ面のおかげで、
文としても、少々の焦りを感じてしまうほど認識できていて。
とりあえず椅子の上にあぐらを組み、愛用の煙草に火を付け、さらにじっくり思い返してみたが、煙りで椛の顔をさらに顰めさせるだけで、さっぱり思い出せず、
「ま、とりあえず座ったら椛?
コーヒーも勝手に飲んで良いよ。昨日淹れた奴だけど。
いやあ、それにしてもすっかり温かくなったよねえ。
つい、うとうとしちゃってさあ」
などと誤魔化してみるのだった。
「文さん、やっぱり、忘れてたんでしょう」
煙を手で払いながら椛は文の向かい側に座り、手に持ってきていた書類入れを、文に差し出してきた。
「ずっと待ってたんですからね。文さんが来ないから、こっち来ちゃいましたよ」
「やだなあ、もみもみは~、覚えてるって、例の件の書類っしょこれ」
とりあえず机の上の涎を拭き拭きしつつ、特上営業スマイルで茶封筒を受け取る文。
「はい、例の自警隊新指揮所に関する公開資料です」
「おー、それよそれ、サンキュー。いんやごめんね寝坊しちゃってさー」
とか言いつつ、いざ封筒を開いてみれば、出てきたのは手書きの原稿用紙。
「文さん、それ、小説の原稿ですよ。やっぱ忘れてましたよね。
十時から私の家で打ち合わせするって。わざわざ今日、休みとったんですよ私。
だいたい文さんが新聞のコンテンツを増やしたいから、どうしても書いてくれって言うから。文さんの頼みならと、がんばって書いたんですから、約束くらい守ってくださいよ。
この前だって、お花見行く約束してたのに、仕事終わらないからダメになったとか、いきなりだったじゃないですか。
私あの時も朝からお弁当作ってたのに」
はい、忘れてましたよすっかりと。ああ私って、ダメすぎじゃん。
などという具合に、文はへらへら笑わせていた自分の顔が、とっても素敵に引きつったのを感じてしまった。
「忘れてない、覚えてる覚えてるって椛! 大丈夫、平気、今思い出したもん。だからそんな怒らないでってね」
「今思い出したもんってなんですかそれ。おかしいですよね」
「あー! 椛、そうそうそうそう、前号の連載第一回、すんごい好評だったよー。
いやあ、あんた意外に才能あるある、文豪犬走椛様だって、ね、パチパチパチパチ」
あははははははー、とか文が笑ってみても、とっても虚しい空笑い。
パチパチパチパチ、拍手をする度、椛のお顔は厳しくなるなる。
膨れたほっぺつついてみれば、特大な、ため息出しちゃう椛さん。
「うん。ごめん。ぶっちゃけ忘れてました。すみません椛様」
ペコリ。
「いつもの事ですけどね。文さん自分勝手過ぎますよ。せっかくうちにお菓子とかも用意しておいたのに。これ食べて反省してください」
椛が置いた紙袋からは、バターの甘い匂い。
「いいですか文さん。一個一個噛み締めるように食べて、一回一回反省してくださいね」
案外あっさり許してくれたなー、とか、そういえば朝ご飯食べてなかったなー、などと考える間もなく鳴り出す文のお腹だが、
何しろ長い長い長~い間見知った友人同士であるならば、恥じらう要素は一切なく。
「おー、この匂いはもみもみのお手製クッキーねえ。どーもいただきまーす」
さっそくバリバリ、ムシャムシャ、むさぼるむさぼる。
只でも長寿の天狗同士、友人付き合いなどウン十年どころか百年単位。
そうなるともう、血の繋がってないだけの姉妹とも言えてしまうし、恋愛感情だけ差し引いた恋人同士とも言えてしまうし、結婚してないだけの夫婦とも言えてしまうかもしれない。
「あ、おいしいよこれ椛、ありがとねえ、いやあ、ここの所、出前物ばっかでさあ、味気ないったらありゃしないわけよ」
「文さんって、最近ずーっと編集室に籠もりっきりとか取材でしたよね。お花見に行く約束が、ずーっとまだのままですよ」
またまた唇をとがらせる椛に、文は慌てて再びの空笑い。
「あははー、それ言われると弱っちゃうな~、うんごめん。ほんとごめん。マジごめん。
んで、そうそう、前号の新聞小説が好評だったのは、ほんとなのよ。ほんとほんと。
これで文文。新聞も新たな地平が開けたかも? みたいなさ。意外な才能よねえ」
「そんなにですか? 文章なんて昔ちょっと趣味でやってただけですけど。そう言われると、文さんに協力出来てよかったなと思います」
「うんうん、こっちも感謝してるよほんとー。ありがとねえ椛。
最初は題材的に、新聞に合うかなーと思った部分はあったんだけどね。
ほらやっぱ、実在の事件に新解釈を与えるっていうのはさ」
「そうですね。でも春雪異変は未だに、巫女や魔法使やメイドが解決したらしいという確認不能な情報以外は表に出てきてないので、実は巫女たちの活躍の裏には、もっと別の英雄の活躍があったというのも、おもしろいかと思いまして。ありきたりですけどね」
「ありきたりってのは、より多くの人が楽しみ易い王道って事じゃんよ。
そこを堂々と真っ正面から扱うのは、それはそれで勇気のある事でしょー」
「文さんにそう言って頂けると、なんだか安心しちゃいます」
「うんうん、で、前回は確か、主人公の青年が異変の手がかりを求めて、雪原で花びらを辿っているところで……誰だっけ、誰か邪魔してくる奴に会って弾幕バトルだよね」
「レティ・ホワイトロックですね」
「あーそうそう、レティだ。で、弾幕バトルに勝ったのもつかの間、新たな敵の影が。
で、次号へ続くと。うんうん、良かった。
じゃちょっと、今から第二回の原稿読ませて貰うからさ」
「はいっ、ならその間に私はお掃除してますね」
「おーありがと、助かるわあ。これまた掃除する時間がなかなか無くてさー。
毎日毎日、掃除やら食事やらお菓子やら洗濯やら悪いわねえ。
ほーんと椛みたいな嫁がほしいもんだわ」
「そういう事言ってると、いつまで経っても恋人もお婿さん見つかりませんよ」
なんて笑う椛が開けた窓からは、四月の柔らかな風。
煙草で煙った空気が目の前で掻き混ぜられ、文は原稿と目の間で揺れる前髪を抑えなければならなかった。
「そういう椛も、私なんかの世話焼いてないで、早く彼氏の一匹でも捕まえなさいな」
「私が文さんをほっといたら、文さん生きていけないですよ絶対」
「大丈夫大丈夫、三日くらいは生きてける自信あるからさ」
原稿に目を走らせつつ、前髪伸びたなーなんて考えつつ、何気なく言った言葉で椛が大笑いしているのが、文には少し不思議だったが、
椛が楽しそうにしてるなら、まあいいか、と、兼ねてから考えていたあるプランを如何に、椛の小説に反映させるべきか。
高回転性能を誇る頭脳をそれこそ、
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐる。
などとフル回転させ始めるのであった。
そして。
編集室の床から紙くずと煙草の灰が消え、飲み残しが底に固まったマグカップがピカピカに磨かれ、灰皿から吸い殻の山がゴミ袋の中へと崩れ去り、新たに淹れられたコーヒーの匂いが漂いだした頃、
文は原稿から顔を上げた。
椛は既に文の向かい側に座っていて、二人分のコーヒーに砂糖とミルクを混ぜ混ぜしながら、文の第一声を待っていたりする。
「うん、いいじゃん椛これ」
「ほんとですか、良かったー。今回は実はちょっぴり自信あったんですよ」
「うん。まず最初の、サイキョーを目指すチルノと出会ってーの、バトル前の掛け合いが、微笑ましくも、緊張感もちゃんとあってバランス良かったし、弾幕バトルも迫力あるよね。
バトル結構、力入れてたでしょ、ノリノリで書いてたというかさ」
「はい、はいそうですそうですっ。私ってスペルカードが無いじゃないですか。だからこう、主人公に格好いいスペルカード持たせたいなって、一生懸命考えたんですよっ」
「で、チルノに勝った後も、なんかこう、主人公がさ、チルノが負けて落ち込むのを気遣っちゃったりしてね。ちょっと私から見るとキザ入っちゃってるかなーって気もするけど、格好いいっちゃ格好いいよね」
「ですよね。やっぱり主人公は格好いい方が気持ちいいですよね」
「てゆーかぶっちゃけ椛って、こういう男が好みだったりするんじゃんみたいな」
「あ、ばれましたかやっぱ。ちょっぴり恥ずかしいです。でもなんというか、私ってすぐいっぱいいっぱいになっちゃうしー、自警隊員のくせに弱っちいですし。
だから、いざという時でも余裕たっぷりで、的確な打開策を練り出せたり、実力は有っても鼻に掛けたりしないひととか、憧れちゃいますよねぇ。
こういうひとだったら彼氏に欲しいかもとか、言っちゃったり」
「お、もみもみ珍しく積極的発言じゃん。もーしかして誰かモデルとか居たりしちゃったりするんじゃないのこれ~?」
「それは秘密ですよぉ」
「誰よ、誰々、教えてよー。どこで見つけた男?」
「秘密ですったら秘密です」
「まあいいや。あとでじっくり聞き出してやるからね。
でも、うんうん、椛のそういう物語に対する思い入れも大事だよね。
そういうのも含めて、基本はこれで良いんだけど、今ちょっとうちの新聞って、男性天狗の読者層がメインになってきてるのよお。
ほら元々、女の子の記事がメインっしょ、うちって?
あんまり男性読者はターゲットとして意識してなかったんだけど、
意識してなさが逆に? 受けてたみたいで、今じゃ九割が男性読者なのよ」
「へえ、そうだったんですかー。知りませんでした」
「そうそう、ぶっちゃけ女の子の記事を覗きっぽい感覚で見てーって男の人がメインなの。
俗っぽく言っちゃえば、まあそういう事なのよ。
だからさ、出来れば新聞小説の方も、積極的に女の子いっぱい出して欲しいかなとかね。
もちろん基本的には椛がやりたい方向性でオーケーなんだけど」
「はあ、わかりました。がんばってみます」
「でさ、とりあえずなんだけど、今回って、女の子出てくるのチルノだけじゃない。
これどうにか、あと二人くらい追加で出せないかなー。
もちろん、男性諸氏がキュンとしちゃうエピソード入れつつ」
「え、あと二人もですか? 字数増やさずにですよね? 本気ですか文さん?」
「そうそう、出来るよね。うん出来る出来る、もみもみなら出来る。実力あるもん絶対」
「それは、あのー……他の部分削らないと無理ですよね」
「うんうん。物語の流れに影響でない部分をちょこっと」
「じゃあバトルシーンですかね。短くします。一生懸命がんばったんだけどなあ」
「まあまあ、それはまた次号以降もあるしね。それで、今回はスカーレット姉妹出して欲しいんだけど、良いよね椛?」
「スカーレット姉妹ですか? いきなり大ボス的なキャラが登場ですよねそれって。どうしてここでスカーレット姉妹なんですか?」
「んーと、うちの新聞のお得意広告主さんで、河童族の模型屋があるんだけどさあ。
そこが今度、スカーレット姉妹のフィギュア出すから、今回の記事がコラボ企画でスカーレット姉妹の特集なのよお。わかるっしょー?
相乗効果で発行部数も鰻登りってもんでさあ。次ぎの新聞大会優勝はいただきよねえ」
「え、ええ、それはわかりましたけど……でもそれを字数変えずに二人とのバトルまで描くのは、いくらなんでも」
「出来る出来る、もみもみなら出来る、絶対行ける。
例えばさ、吸血鬼二人は敵じゃなくてもいいじゃない。
主人公がやられそうなところで、さっそうと助けに現れたとかどう?」
「それってチルノに普通に負けそうになるんですか主人公? 格好悪過ぎますよそれ」
「あ、ダメ? そっかー、ピンチに来ればスカーレット姉妹の登場がきまると思ったんだけどなー。私としては姉妹をフィーチャーしたいんだけどねえ」
「主人公が格好悪かったら意味無いじゃないですか。ここはチルノを余裕であしらうように戦うのが良いんですよ」
「じゃあ、もうチルノと戦う直前にスカーレット姉妹が来て、三人でチルノを余裕であしらうようにボコるとか」
「いじめじゃないですかただの、いじめ格好悪いですよ。そんなんじゃチルノに勝った後の彼の台詞も全然きまらないじゃないですよ。
『妖精だって、努力次第じゃ本物のサイキョーになれるかもな。俺を倒すチャンスはこれから先もあるってこった。またいつでも胸貸すぜ嬢ちゃん』
って言うんですよ」
「ま、三人がかりでそれじゃ、ただの痛い人だね。全然胸貸してないし」
「ほら、ですよね?」
「まあまあ椛さあ、勝ち台詞はまた別に考えればいいじゃない」
「ダメです。この台詞だけは譲れません!」
「でも三人がかりにすればバトルシーンかなり短く出来るし。その分お色気シーンに回したり出来るっしょ、ね」
「お色気シーンって……それはまあ、文さんの言いたい事はわかりますけど、男性向けですしね。
でも今回登場するのって、チルノとレミリアとフランドールですよね。子供ですよ?」
「あ、それは大丈夫、ちゃんと冒頭に『この物語に登場する人物等は全て十八歳以上です』って入れとくからさ。余裕余裕。椛だってわかるでしょー。
世の中にはそういうのお好きな紳士方も沢山いらっしゃるわけでさ」
「確かにみんな十八歳以上ですけど、なんとなく、そういう問題じゃない気がしますけど」
「さらっとやれば大丈夫よ大丈夫。どう見ても幼女だろ、とか誰も言わない言わない。
パンツもズボンと言い張れば、ズボンになる世の中なんだから、誰も細かい事つっこまないからさあ。さらっと流してこうよそこは椛さ。幼女じゃないからアウトじゃないもん」
「わかりましたよ。文さんがそこまで言うなら、その部分はもう目を瞑ります。
でも主人公を格好悪くするようなのは絶対にダメですからね」
「恰好悪いのダメ、三人で戦うのダメなら、じゃあ椛、発想の転換でさ。
もうバトル自体無しでも良いんじゃない?」
「え、そんなのちょっと。せっかくがんばって書いたのに、少しくらいは入れたいですよ」
「うん、今回のバトルシーンが良いのは確かだし、私としても削るのは惜しいんだけど、 第二回じゃん今回ってさ。で、第一回目では、バトルをギュンギュンやる系の物語ですよ、というのは十分アピール出来たと思うから、今回は別の方向性も読者に見せるというか、ニーズが少数多様化してる現代だとそういうの重要だと思う訳よ。
第一回で食いつかなかった読者層もガッチリ持ってきたいというかさ。
だから今回はガラッと方向性変えて、ほのぼのハートフルストーリーっぽくするとかどうかなあ。登場キャラがみんな子供だし、丁度いいんじゃない?」
「え、ええ……あの、文さんが言ってる事は、もっともらしいかなとか思うんですけど、
それだともう、元の原稿と全然違う物になっちゃいませんか?」
「んー、大丈夫っしょ。要は最終的に春雪異変を解決できればいいわけだから、流れ的には問題ない。行ける行ける。椛ならやれると思う」
「それは最終的にはそうですけど、前回まで割とハードボイルド的な流れだったのに、いきなりハートフルストーリーと言われても。だいたい前回の終わりで、
『その時不意に頬を掠めたのは、氷柱、だった。
皮膚が薄く裂け、凍えた唇に伝う血が温かい。
攻撃? また敵なのか。いくら猛吹雪であろうと氷柱が自然に飛んでくるはずは無い。
ふっはっは、そこの妖怪、あたいと勝負するのよ!
少女の声でそう聞こえ、咄嗟に目を向ければもう、雪と風が渦巻く中を、小さな人影が突進してきていた』 とか書いちゃってるんですから」
「でも第二回の冒頭でチルノとの掛け合いあるからさ。そこで上手く処理してどうにか」
「そんな、だってもうチルノが最初に攻撃してきてますし」
「あ、椛、それで思いついた。こういうのどう?
実はチルノが氷柱投げてきたのは、雪合戦のつもりであって、攻撃じゃなかったとか。
勝負しろっていう台詞も活きてくるし、なんかほのぼのしない?」
「雪合戦で氷柱投げるんですか、それも頬が切れるくらい強くですか?
刺さりますよ。刺さったらほのぼのしないですよ」
「まあ、そこはチルノがやることだし、さらっと流そうよもみもみー」
「さらっと血が流れますってそんな雪合戦、ほのぼのじゃなくてスプラッターですそれ」
「まあまあ椛、そこは上手いこと台詞回しで強引に誤魔化して、チルノならしょうがないか的空気を作ればいいじゃない。
とにかく雪合戦のつもりだったという事にしとこうよ。
で、チルノと和気藹々と雪合戦すると、どうこれ、すんごいハートフルっしょ」
「早く異変解決しなきゃいけないのに、妖精と遊ぶってどういう神経なんですか主人公」
「あ、そっか、何か動機付けが必要だね」
「ですよ。文さん、もうちょっとよく考えて言ってくださいよ」
「うんうん、でも今考えた。じゃあね。
主人公が、『お前に付き合ってる暇は無いぜ』とか言うと、チルノがすんごく寂しそうに飛び去っちゃって、
なんだかかわいそうになった主人公はチルノを追いかけるのよ。実は心優しい奴なわけよこれがまたハートフル」
「うーん、なんか引っかかる部分ありますが、確かにそういう部分もある主人公ですし、それでどうするんですか主人公は」
「でも、追いかけるんだけど、早く異変を解決しないとな、っていう葛藤もあって、前を飛んでるチルノに声を掛けられない主人公。
そしてチルノのワンピースの裾から吹雪きに煽られて見え隠れするドロワーズからなんとなく目を離せないままに、結局、紅間館の近くまで二十分ほど後を付けてしまう」
「お色気要素と言っていいかわからないですけど、そこで入れるんですかお色気? でもあのそれって要するに、二十分もただ子供の下着を覗きながら飛んでたって事ですよね」
「葛藤しながらね」
「なんとなく、そんな彼氏欲しくないですよ私」
「私もあんま欲しくないな」
「ですよね。文さん、やっぱおかしいですよ。それ止めましょうよ。嫌ですよ」
「わかった椛、じゃあ、ドロワーズは主人公が見るんじゃなくて、風景描写にさりげなく混ぜておくって事でどう?」
「さりげなくドロワーズを描写する風景描写って、どんなですかそれ。さりげなくやろうとすればするほど、違和感あります絶対。どうしてもそういうの入れなきゃならないなら、何かの拍子に見えちゃったとかで、いいじゃないですか普通に」
「まあそこはパンチラドロチラ、お約束みたいなものだから、大丈夫大丈夫、さりげない風景描写に潜ませるのも斬新だと思うよー、見え方については誰もつっこまないって」
「何かが決定的に間違ってる気がしますよそれ」
「大丈夫大丈夫、で、チルノは紅魔館の庭で遊んでるスカーレット姉妹を見つけて、一緒に遊ぼうと庭に降り立つ。
主人公は吸血鬼二人と仲良く遊び始めたチルノを見て、遊び相手が見つかったなら、もうチルノも寂しくなさそうだな、と立ち去ろうと思うが、無邪気に遊ぶ三人の少女に、ついつい見入ってしまっている自分に気づく。
子供時代など無きに等しかった自分の戦いの人生、その中でどこかに置き忘れてしまった、安らぎや暖かさ、根元的な懐かしさが彼の心に沸き上がってきていて、彼も三人の少女たちの前に降り立つ」
「うーん、強引な気はしますけど、ちょっとハートフル感はありますよね。
密かに自分の人生に孤独を感じてる主人公が、チルノに感情移入しちゃうのも、それなりに説得力ありますし。それでみんなで雪合戦で遊ぶんですか?」
「うんうん。
で、三人の少女の前に立った彼は、『お嬢ちゃんたち、お兄さんも混ぜてくれないか』
と言って少女たちと一緒に雪玉を作り始める。
真っ白な真っ白な雪を、みんなでせっせと丸める。
真っ白な真っ白な雪よりも、もっと眩しいフランドールがしゃがませた太股がスカートから覗いていて、第二次成長期前の少女らしいその二本の脚の間にある合わせ目を覆った白い薄布は、見るからに柔らかそうな質感。
思わず彼の雪玉を作る手に力が入ってしまい、丸め途中の一つがぼろぼろと崩れるが、そんな失敗でも楽しそうに笑ってくれる少女たちに、彼の乾いた心は潤され、ついつい頬をゆるめてしまうのだった。
どうこれ椛、ハートフルめっちゃハートフル、ハートウォーミング」
「あのそれ、通報しますよ私なら普通に。
子供のパンツ見て手に力が入っちゃう青年がですよ?
小さな女の子と遊んでたら、普通通報しますって、変質者じゃないですかただの。
ハートフルストーリーじゃなくて、青年のハートがフルにロリコンなストーリーですよ。
そんな主人公は絶対に嫌です」
「あ、ダメこれも? じゃあここも、さりげなくフランドールのパンツを色んな描写に混ぜていく方向でいくしかないかな。いけるよね椛?」
「文さん、そればっかりじゃないですか。いいですよ、やりますけど、それくらいなら」
「で、あとはレミリアのパンチラをどこで入れるかなんだけど、どこがいいかな?」
「またですか? もうそんなの考えたくもありませんよ」
「じゃあそれも、適度に混ぜていく方向でお願いね椛。
いやあ……それにしても、なんか悪いね。ごめんね椛。
せっかく気持ちよく書いてくれたのに、色々ごちゃごちゃ注文付けちゃってさ。
お詫びと言っちゃなんだけど、これ終わったら必ず遊びに連れてくからさ」
ペッコリ。
とってもナチュラルに深く深く頭を下げる文。
椛はそんな文の態度に少しだけ驚いた気がしたが、同時に安心したりもする。
文さんは新聞の事となると、夢中になっちゃうけど、ちゃんと私の事も考えてくれている。
自分が自分の小説の扱われ方に不満を感じるなら、それはまた文の心苦しさでもあるのだと。
「確かにあんまり今は気分は良くないですけど、元々、文さんの力になろうと思ってやってる事ですし。私がお付き合い出来る範囲ならやりますよ」
「ありがとねー椛ー。あー、私ってほんとに幸せ者だわ。良い友達持った。
そこでなんだけどねえ。あとね。
どうしても入れて欲しい要素というか、キャラというかあるんだけど。
お得意の広告主さんの言うことだから、私の方も断り難くてさあ」
「と言うと、また河童の模型屋さんですか?」
「そうそうそう。来週からうちの新聞の契約者数倍増キャンペーンで、契約者プレゼントにもなるんだけど、霧雨魔理沙タイプの最新の人型抱き枕素体。提供してくれるのよお。
で先方としては、これのオプションパーツを大プッシュしたいらしくてさ。というわけでね。どうにか魔理沙と主人公と絡めてフィーチャーしてもらいたいのよねえ」
「つまり霧雨魔理沙も登場させろってことですか?
無理ですよそれは、だってこの物語は、巫女と魔法使いが一切知らない出来事っていうのが、基本コンセプトなんですから、主人公との面識作っちゃうのは無理ですよ」
「椛お願い。そこをどうにかならないかなー?」
「文さんにお願いされても物理的に無理ですって」
やっぱり、文さんは、新聞の事ばっかりしか考えてくれないのかな。
と、両手を合わせて拝む真似をする文に、なんとも寂しさと不安を感じてしまう。
「やるとしたら、主人公が遠くを飛んでる魔理沙を見かけたけど、魔理沙は気づかないとか、そういうレベルしか無理です」
「それじゃインパクトないよねえ。じゃああのさ、ウサ耳を付けた魔理沙が裸エプロンで飛んでいるのを目撃したのを、こうネチネチと描写するとか出来るんじゃない?」
「確かに、猛吹雪の中をエプロンだけ着たウサ耳の人が箒で飛んでたらインパクトありますけど。非現実的過ぎますよ。そんな変な人じゃないですよね、霧雨さん」
「いや結構、色々やってるとおもうよあの娘は。この前もうちの通販で買ってたしね色々」
「でも、そもそもどうしてウサ耳とか裸エプロンなんですか」
「だからそれが、オプションパーツなのよ。最新人型抱き枕の。これをどうにかねえ。
あ、そうだ。魔理沙本人じゃなくて、この抱き枕自体を出せないかな小説に。
これなら物理的に無理ってことは無いよね?」
「そうですけど、抱き枕なんて、どこにどうやって出せって言うんですか。枕が出てくるような場面ありませんよ今回。舞台が雪原と紅魔館の庭ですし。無理です文さん」
「回想シーンとかどうかな?」
「主人公が回想するんですか? 霧雨さんの抱き枕の事を?」
「そうそう、チルノの尻を追っかけて紅魔館に行くときとかに、回想シーン挟むのよ。
『ああ、昨日はウサ耳霧雨魔理沙の裸エプロン装備抱き枕のおかげで良く眠れたぞ。これで今日の異変もばっちり解決だな!』
みたいな自然な流れでいけないかな、これどう?」
「もしそれが主人公にとって自然なら、そんな彼氏やっぱなんだか欲しく無いですよ」
「いやいや、今時の若い男のひとならこれくらいは普通だって椛、普通普通」
「たぶん普通じゃないですよ。それにもし普通だとしても、とにかくなんか嫌ですそれは、なんとなく嫌です。そういう事しないんですこの主人公は」
「そんなに椛が嫌がるなら仕方ないけど、じゃあ後は。四人でほのぼのと雪合戦の雪玉を作ってるときに、偶然、チルノたちが雪の中から発掘しちゃうとか、こう、ごそごそごそって雪を掘ってたら、あれ、なんだこの手みたいなのは?」
「怖いですよ凍死体みたいで。等身大で人の形してるんですよね。チルノたち泣きますよたぶん。ほのぼのどころじゃないですって。どうして埋まってるんですかそんなものが」
「そこはまあ、ハッキリ設定しなくても問題ないから、勢いで誤魔化して書いてさ。
『もしもしお兄さん、この大きなお人形さんみたいなのは何かしら?』
とか掘り出したレミリアが訊いたりしてね。
『それは河童堂模型店から四月四日に発売される霧雨魔理沙等身大抱き枕、しかもウサ耳裸エプロン装備、今なら期間限定フルセットでもオープン価格だよ。どうだいこの胸の質感とか、巧の技だよね。俺もついドキドキしてしまうよ。これは買いだよね絶対』
とか言わせればもう、宣伝効果バッチグーよ」
「あの文さん。それやっぱ通報しますよ私なら絶対。
だって小さな女の子三人相手に、裸エプロンの人形みたいな物をドキドキしながら解説してるんですよねそれって要するに。変質者ですよね普通に。通報しますって。
通報されるような主人公は嫌ですよ。もう止めてくださいそういうのは」
「それも嫌なら、じゃあ、あとはもう、もみもみお得意の、さりげなく風景描写に溶け込ませる、しかないよねえ」
「いつからお得意になったんですかそんなの、仕方なくやるだけですよ。それにその場に居る女の子の下着が偶然、見えちゃうとかならともかく、抱き枕が今回の舞台に存在する事自体が無理ありますから。やっぱり無理ですよこれだけは」
「いや案外いけるんじゃないかな~。例えばさ。こういうのどう、
紅魔館前庭。
そこはすなわち一面の雪化粧に覆われたバラの園であり、門から館へと続く真っ直ぐな庭道であり、そこで雪遊びをする三人の少女と青年の楽しげな歓声であり、彼らを見守るように庭の隅で佇んでいるのは、河童堂模型店から四月四日に発売される霧雨魔理沙等身大抱き枕(ウサ耳裸エプロン装備、今なら期間限定フルセットでもオープン価格)であり、胸の質感は巧の技であり、ついドキドキしてしまいそうであり、絶対買いなのである」
ホーホケキョ。
コーヒーを手に取る椛の顔には、もはや不満感さえ消えていて。
冷ややかというにしても、あまりに素っ気なさ過ぎるその表情に、文は思わず生唾を飲み込んでしまった。
椛の無言な意思表示に気圧されたとか、あまりに気まずいとか、自分のバカさ加減に今更自分自身で呆れたとか、理由を考え出せばいくらでもありそうな生唾ではあったが。
何より恐ろしく感じたのは、椛という個人から、自分という存在に対してネガティブな感情を持たれてしまう事なのだろうと。
嫌われたり疎まれたりしたくなくて、好かれていたい慕われていたいのだと。
とってもシンプルな事だった。
だから、
「どう見ても無理ありますよね。文さん」
と言われれば、
「うん、私も流石にそう思ったかも。おかしな事頼んじゃって、なんかごめん椛」
目を逸らして誤魔化し気味に笑っみたりしてしまって。
「どうしてそれを謝るんですか。別に、私はそれ自体は気にしてませんよ」
そんな事言いつつ、実はすんごい怒ってたらどうしよう、というか怒ってるんだろうな、などと思いながら、文が恐る恐る真っ正面から覗いてみた椛の目からは、少しの憤りも感じられず、
「文さんがお仕事をがんばるのは当然だと思いますし、お仕事をがんばる文さんも、いつもとても格好いいと思ってますし、
そういう文さんの役にたてれば嬉しいですし、私が嫌だと言うことは聞いてもらえますし、
たまに不安になることもあるけど、信じてますし、時々私じゃ理解出来ない事言われて、
どう反応すればいいかわからない事もありますけど、でもそういうのも含めて文さんですし」
と言われてしまえば、文はまずは、こっくり、と頷くしかなく。
こんな友人の真心を、自分の身勝手な都合に巻き込もうとしていた事に、土下座でもしたい気分になったが、
「そっか、じゃあさ椛、今からさ、お花見行こうよ。約束まだだったしさ」
土下座の代わりに、机越しに椛へ身を乗り出し、そんな事を口走っていた。
「どうしたんですか突然、お花見に行くって、小説は結局どうするんですか?」
「小説は原稿のままでいいや、それより早くほら」
文は窓をめい一杯に開けた。
今すぐ窓から出発しようと言うつもりらしい。
そして座ったままの椛へ、左手を差し出し、「ほら、どうしたの椛。約束でしょ」
「でも、それじゃ文さんがお得意さんに怒られちゃいませんか?」
そう言う椛も、自身で気づいているかはともかく、すっかり笑顔で、椅子から立ち上がっていて。
「大丈夫大丈夫、号外でも出してフォローするからさ。
またちょっと寝る時間削ればいいだけよ」
文が差し出す手を、椛は握る。
「なら文さん、それもお手伝いさせてくださいね」
文文。新聞編集室。
そこはすなわち、窓から今にも飛び立とうとする二人の天狗であり、そういえば手ぶらで行くんですか文さん? という疑問の声であり、お腹空いたりお酒欲しくなったら取りに戻ればいいじゃん、明日の朝までオールデイ&ナイトで今日はお花見で、主人公のモデル聞き出してやるからねえ、という解答であり、それは秘密ですよぉ、というやや照れたもみもみヴォイスであり。
一陣のつむじ風と共に飛び去った窓の外の天狗たちな背中であり、どこから飛んできたのか一枚のさくらであり、机の上で風に煽られる原稿用紙であり、めくれる手帳であり、それに綴じられた古ぼけた一枚の写真は、いつ撮ったのかもわからないくらい昔の日付、文と椛が桜の下で並んで写るピントのややずれたそれであり、ひらひらひらひら、一枚だけ手帳に舞い落ちたさくらであった。
それにしても途中の文の鬼編集ぶりが笑えました。ご馳走様です。
スパッと告白してしまえ!
と、男子校歴五年で彼女がいない俺が言ってみる。
ドロワじゃないよ、二人のやりとりだよ?
どこもこんな感じなのかなー
が、その分ラストのまとめがとても綺麗だったのでもうオールオッケーです。
椛かわいいよ椛。もう河童の模型店の広告欄なんか削って椛の想い人について書いてくれ。
そのほうがゼッタイ部数も伸びると思うんだ。うん。
椛かわいいなぁ。
そのやり取りが面白いんだけど自分が友人のために
SS書いてこんなん言われたらぶち切れそうだw
掛け合い自体はそこそこ面白かったし最後になんかギャグ的なオチが欲しかった