<序>
彼女らがここに遊びに来るようになったのはいつからだろうか。
彼女らが私を地上に誘うようになったのはいつからだろうか。
彼女らが私をともだちと呼んでくれるようになったのは……いつからだろうか。
<陽気な侵入者>
<1>
幻想郷の地の下に広がる地底界。
地上に住む多くの人妖に忌み嫌われ、地上から逃げ込んできた者たちが住まう、太陽の光も届かぬ地下の世界。
そこには地獄から切り離された旧都があり、地上から逃げてきた妖怪同士で賑わっている。
その旧都をさらに奥に進んだ先には、地霊殿と呼ばれる巨大な屋敷が不気味にたたずんでおり
そこではある妖怪と多くのペットが住んでいた。
当然、こんなところに訪問してくる者などほとんどいない。
薄暗い静寂な世界の中で、ゆったりと時を刻んでゆく地霊殿。
その中で、一人の妖怪は自室で紅茶を楽しんでいた。
妖怪の名は古明地さとり。
相手の心を読む能力をもつが故に、地底界の住人からも忌み嫌われたさとり妖怪。
地霊殿の主でもある。
「……相変わらず静かね。"あの時"以来、ここはまた静かになった」
さとりは紅茶の入ったティーカップをテーブルに置き、ふとつぶやいた。
"あの時"というのは、地上に沸いた間欠泉や怨霊をきっかけに起きた異変のことだ。
当時は紅白の巫女の格好をした人間がやってきて、随分とここを賑やかにされたものだ。
その異変はその人間によってすぐに解決され、再び地霊殿にはいつもの静けさが戻った。
地霊殿の独特な静けさが好きなさとりにとって、それは都合の良いことであった。
しかし、その静けさも今日日再び破られることとなる。
……彼女は今日という日を予想できていただろうか。
彼女自身を大きく成長させるきっかけとなる、彼女たちとの運命の出会いを……。
<2>
「――――?!」
さとりは妙な気配を探知した。
何者かが地霊殿に侵入した気配だ。
「気配はエントランス付近……何者かしら?またあの人間だったりして……」
さとりは気配を感じるエントランスへと向かいながら侵入者は何者かと考えた。
自分を倒したあの人間でないことを祈りながら。
またあの人間と対峙して痛い目にあう、それだけは勘弁願いたかったのだろう。
さとりはエントランスに着くと、すぐに侵入者を発見することができた。
「……妖精が、二匹……?」
さとりはあまりにも意外な侵入者に目を丸くした。
どちらもショートヘアーで、似たようなワンピースを着ている二匹の妖精が
エントランスを何やら会話をしながらふわふわと漂っているのが見える。
妖精はどこにでもいる存在だ。
地霊殿内でも、ゾンビフェアリーが徘徊しているのを見かける時もある。
しかし、それらの点を除いてもさとりの懐疑の目は依然として変わらなかった。
何故ならその二匹の妖精は、明らかに地底界に存在する妖精とは思えなかったからだ。
ゆえにさとりは考える。
何故ここに?何の目的で?どうやってここまで?
彼女の頭の中で多くの疑問が浮かんだ。
だがそんな疑問も、すぐにある思いに打ち消された。
そう、"分からないのなら、本人たちに直接話を聞けば良い"……と
仮に嘘をつかれたとしても、心を読めばどっちみち真実は分かる。
結論に至ったさとりは妖精たちに静かに近づいて行った。
<3>
「チルノちゃ~ん、やっぱり戻ろうよぉ~」
「何言ってるのさ大ちゃん、ここまで来たんだからもっと先進もうよ」
「なんかここ怖いんだもん……」
「大丈夫だって!敵がいたらあたいがやっつけるからさ!」
チルノと呼ばれる妖精は意気揚揚とした態度で
大ちゃんと呼ばれているもう一匹の妖精の制止を振り切り、ずんずん前に進む。
既にさとりに見つかってるとも知らずに……。
そしてチルノがエントランスを奥に進んだ先にあるドアノブに手をかけた
その時―――
「止まりなさい、そこの二匹の妖精」
突然エントランスに第三者の声が響く。
「むっ!誰!?」
「ひぃぃっ!!」
チルノはドアノブにかけた手を勢いよく離して声がしたほうへと振り向いた。
一方大妖精は小さな悲鳴をあげ、体を大きく震わせながらチルノの後ろに隠れた。
「あなたたち、一体どこから来たのですか?見たところ、この辺の妖精とは思えませんが……」
「どこから来たっていいでしょ、アタイらはただ遊びに来ただけさ!」
「…………なるほど、地上にある湖から来たのですか」
「え!? どうして……」
「ふむふむ、たまたま地底へと続く穴を見つけたから、お友達を連れて地底体験しに来たと。
……どうやら遊びに来ただけというのは本当のようですね」
チルノはきょとんとした顔をした。
大妖精は相変わらずチルノの後ろでガタガタと震えている。
そんなことお構いなしにさとりは話を続けた。
「……うまく地底の住人の目を盗んでここまで来たのですか。
ここに来ても面白いものなど何もないというのに……」
「あんた、何者……?」
考えてたことを次々と言われ、さすがにチルノは警戒し始めた。
「申し遅れました。私はさとり。この屋敷、地霊殿の主です」
「なんだ、ここはあんたの家だったのか」
「ええ。そしてあなたたち侵入者を追い返しに来ました」
さとりは淡々と言葉を発する。
遊びにここまで来たとは言え、侵入者を許すわけにはいかない。
基本的に地底界は危険な場所。
さっさと地上に帰ってもらった方が目の前の妖精の為でもある。
それに加え、せっかくのティータイムを邪魔されたのだ。
さとりが好戦的になる理由には充分であった。
「チルノちゃん、この人怖いよ……」
「大ちゃんは下がってて。こんなやつ、あたいが5秒でやっつけてやるんだから!」
「ほう、私を倒すと?言っておきますが、あなたでは私には勝てませんよ。
私はあなたの心を読むことができるのですから……」
そう、さとりは相手の心を読む能力がある。
そして、相手の心に潜む眠れる恐怖(トラウマ)を想起し、それを再現することができる。
人妖問わず、トラウマというのは誰もが持っている恐怖の歴史。
それを攻撃という形で再現されるのは、相手にとってはたまったものではない。
相手はトラウマを乗り越えない限り、彼女には勝てないのだ。
「ふふん、さいきょーのあたいにそんなの関係ないわ!
行くよ!【氷符 アイシクルフォール】!!」
チルノは大妖精を安全なところまで下げらせ、スペルを宣言した。
すると氷の弾がみるみるうちに形成され、放出された弾幕がさとりを襲った!
……はずなのだが、チルノの近くにいたさとりの元には一向に弾はやってこない。
瞬間、この弾幕の構造を理解したさとりはチルノのさらに目の前に急接近した。
「ぅわぁっ!」
「……まさか、あなたの目の前が安全地帯とは、とんだマヌケね。
眠りを覚ます恐怖の記憶で眠るがいい!想起ッ!」
さとりは手を大きく振りかざす。
もはやこの場にいる全員がさとりの勝利を確信しただろう。
大妖精は目をつむり、チルノは思わず手で頭をかばうように覆った。
そしてさとりは目の前の妖精にとどめをさす……はずであった。
「……え?」
さとりは拍子抜けな声を出した。
今、彼女にとって信じられないことが起きている。
ああ、なんてこと!こんなこと起こるはずがない!絶対にあり得りえない!
それなのに――――
「想起……できない……!?」
全員時が止まったかのように感じただろう。
さとりも、チルノも、大妖精も、全員が何が起きたのか理解できなかった。
今頃さとりがとどめをさしていたはずではなかったのか。
だが実際にはさとりは手を開き、振りかざしたポージングをとったまま……何も起きない。
この状態が数秒続いたあと、ついに大妖精が沈黙を破る。
「チルノちゃん!いまだよ!攻撃して!」
「え?え、あー、うん……そ、そうだ!食らえ!【凍符 パーフェクトフリーズ】!!」
きょとんとしていたチルノも、ようやく状況を理解し、慌ててスペルを発動させた。
チルノの目前にいたさとりは目の前から放出された無数の弾幕を避けられるはずもなく
「あう!」とまぬけな声を出して被弾した。
被弾しただけなら、まだ良かっただろう。
さとりは被弾した勢いでそのまま落下、思いきり尻もちをついてしまい悶絶した。
こうして奇妙な弾幕ごっこはチルノの勝利の形で終わったのであった。
<3>
「やった! 勝ったよ大ちゃん! やっぱりあたいったらサイキョーね!」
「あんな強そうな妖怪倒しちゃうなんて、すごいよチルノちゃん!」
「大ちゃんが声かけてくれたおかげだよ。ありがと、大ちゃん!」
チルノたちが互いに勝利を喜び合う一方で
さとりは、チルノたちを見ながら、顔面蒼白になっていた。。
未だに何が起こったのか理解できないといった、恐怖にも似た表情をしている。
「ど、どうして想起できないのですか……?あなたにはトラウマがないというのですか……!?」
体を震わせ、尻もちをついて痛む部分を手でさすりながら、
ついに起き上がったさとりが強張った声でチルノに尋ねた。
「ソーキ?とらうま?なにそれ、おいしいの?」
「…………」
(もしかして、この子にはトラウマというものがないというの……?
トウラマは誰もが過去に得てしまう心の傷。それがないだなんて……信じられないわ)
「ちょっと!人の質問を無視しないでよー!」
さとりはチルノの逆質問を無視してさらに問う。
「あなたは……過去に嫌なことがなかったのですか?」
「……え?そんなのないよ、毎日楽しいことばかり!嫌な過去なんて、一つもない!」
チルノは胸を張って答えた。
ここでさとりは改めて驚愕した。
心の中の考えと発した言葉と一字一句同じであったからだ。
驚愕したのはそれだけではない。
先の弾幕ごっこで、トラウマを弾幕として再現し、攻撃する為にさとりはチルノの心の中を探っていた。
すると信じられないことに、チルノにはトラウマらしき思い出が一つもなかったのだ。
地上で他の妖精たちと遊んでいたり、白黒の魔女の格好をした人間と弾幕ごっこしていたり、
蛙を一瞬で凍らせていたりと、視る限り、全ての思い出が楽しい思い出として存在していたのだ。
「……自身がどんな体験をしていようが、それを全て"楽しい思い出"として変換してしまうのなら
確かにトラウマがないのだから想起は不可能といえる。……でも、本当にそんなことが……?」
「もうー、何ぶつぶつ喋ってんのさー」
「……チルノちゃん、今の内に帰ろうよ」
「まだ駄目!まだこいつに言いたいことあるんだから……ちょっとアンタ!」
チルノの声に、さとりは「はっ!」と我に帰り、答える。
「何ですか?確かに先の勝負、私の負けです。一にも二にも認めましょう。
地霊殿の散歩でもなんでも許可します。ただし、自己責任という形でですが……」
「うん、そのつもりだよ。だからさ、あんたはここの観光ガイドをしてほしいの」
チルノはさとりに向かって指をさし、ふふんと笑った。
「……自己責任で、と先ほど申したつもりなのですが、聞こえませんでしたか?」
「もちろん!でも勝ったのはあたい。だから言うこと聞いてもらうよ!」
「そんな約束、した覚えはありません。」
「今したの!負けた方は何でも言うこと聞く約束!」
「…………はぁ」
さとりは呆れた顔で肩を落とし、ため息をつく。
(もう駄目だこの妖精……早くなんとかしないと……でも負けたのは事実だし……。)
「仕方ありませんね……分かりましたよ。
地霊殿一帯の案内をしてさしあげましょう。私に着いてきてください」
さとりは意を決するしかなかった。
不意なことだったとはいえ、一匹の妖精に負けてしまったのは事実。
ここは素直に案内をしてやって、さっさと帰ってもらったほうが早いと判断し、結局チルノの要望を受けてしまった。
しかし、その考えが甘かったと後悔するのはもう少し後の話……。
<4>
「……というわけで以上で観光案内はおしまいです」
「はぁ楽しかったぁ。ね、大ちゃん?」
「うんうん、今度は旧都にも遊びに行ってみたいね」
チルノはもちろんのこと、あれだけ怖がってた大妖精も
今では地底界の雰囲気をすっかり楽しんでいた。
一方さとりはふぅ、と小さなため息をついて額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐいだ。
元々体力のなかったさとりにとって、無駄に敷地が広い地霊殿を案内するのは思いのほか重労働だったに違いない。
「というか、最初からペットたちに代わりに案内させればよかったのでは?」
と案内を終えた後気付いたことが余計にさとりの疲労を増加させた。
「こんなことなら燐か空にでも代役を任せるべきだったわね……。
……あなたたち、これで満足したならもうお帰りなさい。」
「……チルノちゃん、この人には随分と迷惑かけちゃったし、私たちはもう帰ろっか」
なんて空気の読める妖精だろうか。
さとりはようやく厄介事が去ってくれると胸をなでおろした。
しかしそんな安らぎもすぐに荒らされてしまう。
「うーん……ねぇ大ちゃん、せっかくここまで案内頑張ってくれたんだからさ
今度はさとりを地上に連れてって、地上のこと案内してあげない?」
「え?」
「そうか!『恩返し』ってやつだね!賛成賛成~♪」
「ちょ、ちょっと……」
「じゃあまずは、どこ案内してあげようか?」
「あなたたち何を言って……」
「最初は私たちがいつも遊んでる湖でいいんじゃないかなぁ?」
あまりの予想外すぎる言葉に硬直したさとりを置いてきぼりに、チルノたちは次々と話を進めていく。
冗談じゃあない。なんで妖精ごときにそこまで付き合わねばならないのか。
さとりの怒りのボルテージは少しずつ蓄積していき、ついに……
「よーし、決定!それじゃさっそくしゅっぱ……」
「ちょっとあなたたち!!何を勝手に話を進めてるのよ!!」
さとりは思いきり声を荒らげた。
いつもの口調を完全に失ってしまっている。
いきなり怒りだしたさとりにチルノと大妖精は心底驚いた。
自分たちの親切がさとりにとってはありがた迷惑だと気づいてはいなかったのだろう。
「……私はもう疲れたのです。これ以上あなたたちのお遊びにつきあってあげるほど
私の心は寛容ではありません。それにもう時刻は夕方を周ってるはずですよ、さっさとお帰りなさい」
冷静さを取り戻したさとりはいつもの静かな丁寧語で話ながら
チルノたちの背中をグイグイと出口まで押して、地上へ帰るよう促した。
「せっかく他のみんなにも新しいともだち紹介できると思ったのになぁ」
「仕方がないよチルノちゃん、諦めよう、ね?」
がっかりしたチルノを大妖精が慰めながら二人は地霊殿をあとにした。
地霊殿入口からチルノたちの姿が見えなくなってから、ようやくさとりは自室に戻ることができた。
もはや楽しいティータイムの続きどころではない。
自室に戻るやいなや、さとりはベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「今日は厄日だったわ……。それにしても……」
さとりは、疲れよりもあの二人の去り際の会話が気になっていた。
チルノとかいうあの妖精は、あの時確かに、私のことを"ともだち"扱いしていた。
心を読む能力を持つがゆえに地上の人妖からも、
地底の住人からも忌み嫌われている私を"友達"だと……。
さとりは不思議な気持ちになっていた。
何故私のような妖怪を友達扱いできるのか。
あの時、地上へ行ってたら本当に『新しいお友達の紹介』をされたのだろうか。
「……地上には、変わった妖精がいるのね」
目をまどろませながら、さとりはつぶやいた。
どんな疑問を前にしても、やはり疲労から来る睡魔には勝てない。
さとりはチルノたちに対するほんの少しの関心を抱いたまま目をつむり――――眠りについた。
<5>
チルノたちとの一騒動から翌日。
お昼もすぎ、さとりは自室で読書をして過ごしていた。
……妙な予感を胸に秘めながら。
そして数十分後、その"妙な予感"は見事に的中することとなる。
「……またあの子たちね」
侵入者の気配を探知する。
それが何者なのか、さとりには容易に想像できた。
どうせあの二匹の妖精だろうと思いながら、エントランスに向かうと……
やはり予想はあたっていた。
「お、いたいた、さとりだ。おっはよーう!」
「……また来たのですか、あなたたち。まさかまた来るとは……」
チルノはさとりを見つけると、大きく手を振りながら声をかけてきた。
今日もチルノの隣には大ちゃんがいて、目が合うとぺこりと頭を下げてきた。
「おはようございます。今日は何の御用で?」
さとりもぺこりと頭を下げ返したあと、チルノに尋ねた。
なんと答えが返ってくるか分かっていたが、分かってる上で、あえて尋ねた。
「ふふん、今日こそはさとりを地上に遊びにつれていこうと思ってね!」
「昨日はさとりさん、随分とお疲れだったようで……。今日なら大丈夫かなと思って来たんです!」
大妖精こと大ちゃん、本当にできた妖精だ。
こんな礼儀の正しい妖精は初めて見る。
暴走気味になるチルノのストッパー役として彼女は適役なのかもしれない。
そう考えながらさとりは用意していた言葉で答える。
「やはり……そうですか、私を地上に。……残念ながらお断りしますわ。」
「ええ~!どうしてよ!今日は疲れてないでしょ!」
「さとりさん、今日はどこか気分が悪いんですか?」
「……えぇ、まぁ……。そんなわけなので今日はお帰りください」
さとりがそう答えると、騒ぎ出すチルノを大妖精がひきずりながら
「また来ますね」という一言を残して地霊殿から去って行った。
さとりは嘘をついた。
気分なんて悪いはずはない。昨日の晩はぐっすり寝て快調だ。
では何故嘘をついたか?
「私は……地上が怖い……」
さとりはうつむきながら、かすかな声でつぶやいた。
地上でも地底でも忌み嫌われた妖怪、古明地さとり。
相手のトラウマを利用して戦う彼女であるが
誰よりも深いトラウマを負っているのは他ならぬ彼女であった。
チルノたちの誘いは、まるでプールが大嫌いな人を
無理やりプールに連れていこうとするようなものだ。
彼女が地上に行こうという誘いに、ホイホイと乗るわけがなかった。
「また来ます」と言ったのだから、明日以降も必ずまたここにやってくるのは明白だ。
……さて、どうしたものか。次からどんな方法で追い返そうか。
さとりの頭はそんな考えでいっぱいだった。
<6>
翌日、また陽気な侵入者はやってきた。
この日はペットに"昨日からの体調不良がまだ治らない"と伝言役をさせて帰ってもらった。
次の日も懲りずにやってきた。
この日は勝ったら地上へ、という条件で弾幕ごっこを挑まれたので、必死に戦って追い払った。
ボロボロになってものの、勝ったさとりは、追い払った後玄関に結界を張った。
次の日もまたやってきた。
前日に張った結界が効いたのだろうか、入れないと分かるとおとなしく帰って行った。
次の日もまたやってきた。
相変わらず玄関には結界が張ってある。
訪問してくるものなどあの妖精たち以外にはいないので、半永久的に張り続けられる。
妖精の力で結界を破るなど無駄なこと。無駄無駄。
しかし玄関から入れないと理解すると窓をぶち破って入ってきたので、また弾幕ごっこで追い払った。
そして……また翌日。
チルノたちが地霊殿に侵入してくるようになって、もう今日でちょうど一週間だ。
その間、チルノたちが来るたびにさとりは様々な手段で追い払ってきた。
仮病を装ったり、実力行使したり、時には結界を張ってみたりもした。
最後の方法では代わりに窓をぶち破られたが……。
もはやさとりは万策尽きていた。そこでさとりはあることを決心する。
それは本人たちに自分の地上への恐怖を打ち明けることだ。
いくら能天気な彼女らでも、本音で話せばわかってくれるはず。…………たぶん。
いくらかの不安を残したまま、さとりはエントランスで待つことにした。
結界は既に解除した。もうそろそろ侵入してくる時間帯のはず。
そして……ガチャリと音を立て例の如く、二匹の妖精が地霊殿に入ってくる。
「お、今日は鍵が開いてる!さとり、やっとあたいらと地上で遊んでくれる気になったんだね!」
「……前にも言ったはずですよ。そのつもりはない、と」
顔を合わせるやいなや、さとりはきっぱりと明言した。
「そんな、さとりさん……」
「この際ですから言っておきましょう。私は……」
悲しげな顔をする大妖精に、さとりは若干の負い目を感じた。
しかし、話さねば。地上を恐れる理由を。きちんとこの妖精たちに。
意を決してさとりは言葉を続ける。
「……私は……地上が怖いのです」
この言葉を切り口にさとりは語りだした。
自分が相手の心を読める能力を持ったさとり妖怪であること。
かつては自分も地上で過ごしていたこと。
しかし望みもしないこんな力のせいで、地上の人妖から忌み嫌われ地底に逃げ込んだこと。
追い打ちをかけるように地底の住人からも忌み嫌われる存在になってしまったこと。
さとりはそんな自分の暗い過去を全てを打ち明けた。
最初はチルノたちを追い払う為の一環としてのカミングアウトのつもりだったが
話してるうちにそんなことはどうでもよくなっていった。
話しているうちに、彼女は自分の中で自分でも気づけないでいた真の気持ちに気づいたからだ。
それは目の前の妖精を追い払うことではない。
それは早くティータイムに戻ることではない。
ただ……ただ自分は、誰かに自分の過去を聴いて欲しかったのだ、と。
ここでさとりはさらに気づく。
その"誰か"というのは唯一の家族でもない、多くのペットでもない。
初めてチルノたちと出会った日、地霊殿から出てく際にチルノが言っていた"ともだち"
そう、"ともだち"と呼べる人に聴いて欲しかったのだ。
気づいた時にはさとりの目からは涙があふれていた。
いつの間にか顔をくしゃくしゃにして、泣いていた。
「ごめんなさい……こんなつもりじゃなかったのに……」
さとりは涙を手の甲でぬぐいながらチルノたちに謝った。
その様子を今まで珍しく大人しく聴いていたチルノがさとりに近寄って
パン!
と頭を叩いた。
さとりは思わず顔をあげ、予想外な行動にでたチルノを見つめた。
大妖精も同様である。
当のチルノはじっとさとりを睨みつけ、怒ってるような表情をしていた。
「バカ!バカバカバカ!なんでそういうこともっと早く言わないのよ!このバカ!」
「……え……?」
「あたいらともだちでしょ!?ともだちがつらい思いをしているなら一緒に話を聞いて、一緒に悩んで、
時には一緒に泣いたり、励ましたり……それがともだちってものでしょ!?」
チルノもいつの間にか、目を涙で滲ませていた。
声をかすらせながらも、チルノは言葉を続けた。
「……さとりとあたいたちは、初めて出会ったときからもう友達になってたんだよ。
だから……もう泣かないで、怖がらないで……ぐすっ……
もしさとりを悪く言うやつがいたら、あたいがぼっこぼこにやっつけてるんだからあ!」
チルノがそう言うと、笑顔でガッツポーズした。
「ごめんなさい……!ごめんなさい……!」
さとりはチルノを強く抱きよせた。
自分は、今までこの妖精たちに対してなんてひどい仕打ちをしていたのだろう。
ここまで純粋な想いを持ってるなんて知らずに、毎日自分の元に来る度に邪険に扱ってしまった。
そのことに深く罪悪感がわき、チルノを抱きながら、さとりは謝罪の言葉を何度も口にした。
「だーかーらー、もう泣かないの!ほら、しゃきっと笑顔笑顔!」
「……ええ」
涙をぬぐって、さとりはすがしい笑顔を見せた。
「よーし、それじゃ、今日こそ地上に出発するよ!湖にいる友達もずっと待ってるんだから」
「ちょ、ちょっと本当に行くつもりですか……?」
「いまさら何言ってるのさ、あたいたちがついてるんだから安心しなさい!
ね、大ちゃん?」
チルノはそういうと、体を反ってこぶしを胸にどんと当てた。
妖精に安心しろと言われても不安になるのだが
この時ばかりはさとりはチルノたちがとても頼もしく見えた。
まだ地上に対する恐怖はある。
けど、チルノたちと一緒にいれば大丈夫、そんなわずかな希望を頼りにさとりは
チルノたちとともに地霊殿をあとにした。
<終>
「それにしても、妖精相手に説教されるとは夢にも思わなかったわ。
永いこと生きてきたけど、そんなこと初めて。」
「あたいはさいきょーだからね!甘く見ると痛い目見るよ!」
「でもチルノちゃん、この間魔法使いと戦ったとき負けてなかった?」
「あ、あの時は魔理沙が卑怯だったの!"あ!蛙なのに空飛んでるぜ!"なんていうから……
それにつられた隙にやられただけよ!」
「ふふ、相変わらずバカなんだから」
「バカっていうなぁー!」
地霊殿を出発して、旧都をぬけてちょうど風の吹き抜ける洞窟まで到達した頃
3人はこんな会話をしていた。
チルノたちの会話はしていて退屈しない。常に笑顔と笑いが生まれる。
ちなみにさとりが敬語ではないのは
チルノに「友達なのになんだか堅苦しい」と指摘されたからだ。
そんな楽しい会話をしているうちに眩しい光が見えてきた。
いよいよ地上だ。
思わずさとりは前に飛ぶのをやめた。
そんなさとりに対してチルノは心配そうに声をかける。
「……まだ怖い?」
「……えぇ、まだ正直、ね……」
「大丈夫!だったらこうすれば……ほら!もう怖くないでしょ?」
そう言ってチルノはさとりと右手をつなぎ、大妖精は左手をつないだ。
はたからみると幼い子供二人をお母さんが片手ずつつないであげて歩く図に見えただろう。
「……ありがとう、チルノ、大ちゃん。もう大丈夫……。
地上についたら、あなたたちのお友達紹介してね?」
「もちろん!さぁ行くよ!」
チルノと大妖精は満面の笑みを見せ、さとりの手を引っ張って光のもとへと向かう。
(これが……ともだち、というものなのね……。
もう大丈夫……この子たちがいる限り、地上を怖がる必要なんてどこにもない。
こんな頼もしい"ともだち"がそばにいてくれる限り……私は、安心していいんだ)
さとりは心の中でそうつぶやくと、初めてできた"ともだち"と共に
太陽の光輝く地上の地を一歩、大きく踏み出した。
<完>
おかしいです
さとりと妖精二人の関係も微笑ましい。
面白かったですよ。
脱字がありましたので報告です。
>随分とここを賑やかされたものだ。
「に」が抜けてますよ。
正確には「賑やかにされたものだ。」になりますよね。