Coolier - 新生・東方創想話

せぷてっと

2009/01/19 01:57:32
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レミリア・スカーレットは夜の王にて紅魔館の主、今夜も優雅にカップを傾け、従者の淹れた紅茶を愉しむ。

はずだった。

しかし、メイド長の一言が、レミリアの興味を引くこととなったのである。

曰く、紅魔館の時計台には、亡霊が出るらしい。
夜中になるといずこかより現れ、何をするでもなく佇んでいるのだという。
妖精メイド達の証言をあわせると、十五、六歳ほどの人間の少女の姿をした幽霊とのこと。

レミリアは即席の安楽椅子探偵となり、早速情報提供者への質問を開始した。

「それで、咲夜はそいつの姿を見かけたの?」

「いいえ。特に問題なさそうなので」

「美鈴から何か報告は?」

「気の流れに別段の変化なし、と」

「それじゃあ、外からの侵入者ってわけではないのか」

「そのようですね」

「なるほど。これだけじゃあ情報が少なすぎて判断のしようがないわね」

「ギブアップですか」

「戦略的転進よ。今から会いに行くからね」

レミリアを椅子に縛り付けておくことができるのは雨ぐらいのものである。
咲夜は澄ました顔で、テーブル一式をレミリアごと時計台を臨むテラスへ運ぶ。
訳知らぬ者は一瞬の出来事に驚くかもしれない。時空を操る彼女にして初めて可能な芸当である。

「さてさて、お目当てはいるかな?」

「いませんね」

「仕方ない。待つか」

「何かお持ちしましょうか」

「そうね、温かいものを」

「どうぞ」

「あら、ありがとう……って咲夜、これ膝掛けじゃないの」

「暖かいものを、とお嬢様が」

「絶対わざとよね」

「とんでもございません」

結局咲夜はホットワインを持ってきた。膝掛けは当然のようにレミリアを寒さから守っている。
そのホットワインがなくなりかけた頃に、不意に時計台の影から白が伸び、人の形をとった。

「お出ましね」

「行きますか」

「驚かしちゃいけないから、ゆっくり行くよ」

「あら、お優しい」

「それなりのことはしないとねぇ」

徐々に大きくなっていく人影、向こうもこちらの姿を認めたようだ。

「こんばんは」

「……こんばんは」

「驚いた。言葉が通じるなんて」

「お嬢様。そこは気にしてはいけません」

「わかってるよ。それで、お前は何でここにいる」

「……気がついたら、ここに」

困惑の表情を浮かべる少女。詳しいことはわからないらしい。

「お家は?」

「ここだと思う。離れられないの」

「困ったねぇ。ここは私の家なのに」

「ごめんなさい」

「まぁいいさ。明日パチェに見てもらおう」

「パチェ?」

「いるのよ。本ばっかり読んでてあんまり役に立っていない知識人が」

「楽しそうね」

「そうね、毎日が楽しい。明日も楽しい日になるよ」

「そう」

「そう。だから、また明日」

「ええ。また明日」

レミリアは背を向けて帰っていく。少女はレミリアのいた場所をじっと見つめ、やがて闇に融けた。



「あ」

「どうされました?」

「あいつが何者なのか確かめるのを忘れちゃった」

「パチュリー様にお任せしましょう」

「それもそうね」



パチュリー・ノーレッジは知識と日陰の少女、普段は私設の図書館から動くことをしない。
今日は友人の頼みで月の光に身を晒す。

「なんでわざわざ私が……」

「どうもうちの時計台に引き籠りがいるらしくてね、ちょいと引っぱり出してもらいたいの」

「それを私にやらせるの? いい趣味してるわね」

「面と向かって褒められると照れるね」

「咲夜、そいつは昨日、何時ぐらいに出てきたの」

「だいたい今ぐらいですけど」

パチュリーは何かを探すように辺りを見回し、得心した様子で視線をある一点に落ち着かせた。

「お出ましね」

レミリアと咲夜がその言葉に釣られると、昨日と同様に、少女の形が現れた。
パチュリーは無言で少女に近づいていき、手を取った。いや、正確にいえば、手を取ろうとした。
差し出した手はもう一つの手に沈んでいく。なんとも奇妙な光景だった。

「およ。貴方、実体がないのね。珍しい」

何を思ったかパチュリーが少女にキスをする。少なくとも、レミリアからはそのように見えたらしい。

「ちょっとパチェ。いつからそんな情熱的になったのよ」

「何を勘違いしているの。試しに重なってみただけ」

「ところどころパチェの破片が飛び出していて、気持ち悪いわ」

「よっと。ところで貴方、自分のことがどれだけわかってるの」

パチュリーはレミリアには応えず、少女のほうに向き直る。

「ほとんど、わかりません」

「ふむ。まず、貴方はもともと人間だった。これはいいわね」

「ええ」

「そして、既に死んでいる」

「そうみたいね」

「今の貴方からはある種の魔力が感じられる。かなり昔のものね」

「どれくらい?」

「うーん、少なく見積もっても数百年以上は前のものかしら。まあ細かいことはおいて」

一拍置いたあと、パチュリーが何かをつぶやいた。少女の腕が青白く光り始める。

「どうやら貴方の実体は別のところにあるみたい。大方空間の歪みによってここに一部が出てきてしまったのでしょう」

ちらりと咲夜を見遣った。

「それで、もうすぐ貴方はここから消えるけど、その跡を跟けさせてもらうわね」

「これが?」

「そう。精霊たちが貴方の場所を教えてくれる。明日はこちらから出向くことになるから」

「わかった」

そう言うと、少女はレミリアのほうを向いて、

「役に立たないなんて、とんでもなかったわね」

と、言った。パチュリーの眉がぴくりと動いて、レミリアの羽がピンと伸びる。

「今日も楽しかったわ。ありがとう」

その言葉ともに、少女の姿がかき消える。パチュリーはしばらく集中した様子だったが、やがて安堵の顔を見せた。

「わかったわ」

「流石はパチェ」

「それで、誰が役に立たない引き籠りの穀潰しですって」

「あら、パチュリー様にも自覚がおありだったのですね」

「今夜は調子がいいから、二対一でも構わないわよ」

「それはハンデが過ぎるわ。いくらパチェでも……」

「どうかしらね。月&木符『サテライトヒマワリ』!」

「ちょ、いきなり反則技!? 仕方ないわね。紅符『不夜城レッド』!」

一瞬にして色とりどりの弾が散りばめられる。
咲夜はどうやら参加せず、流れ弾が館に傷をつけないようにすることに専念するらしい。
これでレミリアとパチュリーは心おきなく弾幕ごっこに興じることができる。
渦中にいるとわからないが、交叉する弾幕は美しい。

今宵の紅魔館時計台の美しさは、ただ月だけが知っていた。



さて、亡霊の少女についてのパチュリーの推測をまとめると以下のとおりとなる。

もともと少女は館の者であったのだろう。
娘は若くして死んでしまったが、誰かが彼女の魂を魔法を用いて館のどこかに縛り付ける。
そのまま長い間、誰にも気づかれることはなく時は流れた。
しかし、最近になって、館の空間が広げられたことによって事情が変わる。
部屋を覆っていた魔力に歪みが生じて、地上までの道筋ができてしまったのだ。
もっとも、少女が地上に現れるのはほんの短い間でしかない。
詳しくは不明だが、月が影響しているのかもしれない。
一定以上欠けていたり、高さがたりなかったり。そういう時は、地上まで上がってこれないのだろう。
また、魂の一部が出てくるのみなので、実体を構成するまでには至らない模様。



「ざっとこんなところね」

「わかったような、わからないような」

「レミィには難しすぎるかも」

「咲夜はわかった?」

「わかったような、わからないような、ですね」

「ほら」

「揃ってダメね。む、この辺りかな」

慎重に壁を取り崩しながら進んでいく。地下何階に相当するあたりまで来ただろうか。
不意に小部屋のような空間が出現する。

「当たりのようね」

パチュリーの精霊が部屋に灯りをもたらす。そこには、件の少女がいた。

「約束通り、こっちから訪ねて来たよ」

レミリアが近づく。手を取ろうとして、手を取ることができた。

「今日は触れるんだねぇ」

「そうみたい」

「それにしても、何にもない部屋ね」

「私も初めて見たわ」

「そうか。灯りがないとわからないもんだね」

「外に出るまで、自分の姿もわからなかったのよ」

「勿体ない。パチェ、この娘は外に出せるのかい?」

「道なら私たちが造ったわ。館の中ぐらいなら何とか」

「それじゃあ、このレミリア・スカーレットからの招待、受けてくれるわね」

「ええ、喜んで」



午後のティータイムに客人が一人、主人が手ずから紅茶を淹れる。
レミリアはことのほか上機嫌で、幻想郷についてなどを話して聞かせた。



「それで、これからどうするつもり?」

「いつまでここに居ていいの?」

「居たければ好きなだけいればいいさ。みんなそうしている」

「でも、私がここにいる理由もなさそうだし」

「自由になった亡霊がどうなるか」

「天国へ行けそうにはないわね」

「きっとつまんないよ」

「それもそうね」

「まぁしばらくはここにいればいい」

そう言ったレミリアの顔は、何かを考えているようだった。



紅魔館に住人が増えてから数日が経ったころ、珍しい訪問客があった。

「こんにちは。レミリア・スカーレット」

「何だ、閻魔か。何しに来た」

「不思議な亡霊がいたので様子を見に来たのです」

「誰から聞いたのさ」

「わかるのよ、それぐらいのことは」

「連れていくなら悪いが邪魔させてもらうよ」

「今日は様子を見にきただけです」

「今日は、か。なぁ、やっぱり長くはないのか?」

「おや、誰から聞いたのですか」

「わかるんだよ、それぐらいのことは」

「しばらくの猶予はあるけれど」

「しばらくねぇ」

「貴方は思ったよりわかっているのですね。ならば、私はこれで帰ることにしましょう」

「会っていかないの」

「できるだけ盛大にすること、これが今の貴方に積める善行よ」

「……」

そう言って、四季映姫は帰って行った。レミリアは考え込んでいるようだった。
しかし、いつまでたっても纏まらないので、そのうちレミリアは考えるのをやめた。



「パチェ、ちょっといいかしら」

紅魔館にある図書館の一角に彼女はいる。

「よくないけど、いいわよ」

本に囲まれ、本を読み、相手に顔も向けない魔女がいる。

「アイディアを出してほしいのよ」

「何の」

ページをめくる音が止まる。

「葬式」

「誰の」

「あの娘のよ」

パチュリーの顔がとうとうレミリアの方を向いた。

「神にでも祈りましょうか」

「うちには似合わないよねぇ」

「形式にこだわる必要はないし、宗教的な制約はむしろ不要、いっそパーティでもすれば?」

「お、案外悪くないね」

「強いて言えば、音楽葬ってところかしら」

「何それ?」

「故人に曲を捧げる葬儀よ」

「どんな曲を捧げるのかしら」

「あらレミィ、貴方既にある曲を使うつもりだったの」

「どれも紅魔館に相応しい曲ではないと言いたいのね。じゃあ作るか」

「とりあえず咲夜を呼ぶわね」

そう言うとパチュリーが手元の鈴を鳴らす。何故か音は聞こえないが、別のところでは鳴っているのだろう。

「なんですか、パチュリー様。っと、お嬢様もご一緒でしたか」

「咲夜、紅魔館に相応しい曲を一つ、お願い」

「お嬢様、すぐに出てくるものでもないと思いますが」

咲夜はパチュリーを軽く睨む。いつものことだ、この魔女が適当なことを言ったに違いない。

「さて、私は参考になる楽譜でもないか探してくるわ。頑張ってね、咲夜」

どこ吹く風のパチュリー・ノーレッジであった。
仕方がない、やると決めればなんとかするのが十六夜 咲夜である。

「まずは専門家を呼びましょう」

「専門家?」

「幻想郷で音楽といえばプリズムリバーと相場が決まっていますから」

「安直なものだ」

「さて、幻想郷で吸血鬼といえば。ぜひ安直でない答えをお聞きしたいですわ」

「最近の従者は生意気で困る」

「それでは、行ってまいります」

一瞬のうちに視界から消え去る咲夜。
と、思ったら戻ってきた。

「……いつの間にか紅魔館か。そんな急ぎの用事でもあるまいし」

金髪の少女というおまけ付きだった。
ルナサ・プリズムリバーは三姉妹の長女、もっとも落ち着きがあり、話を通しやすい。

「私からお前たちに依頼事ができたんだ。紅魔館の最優先事項だよ」

「そうか、それなら仕方がない」

ルナサは肩をすくめてから、咲夜のすすめた椅子に腰掛ける。

「紅魔館に相応しい曲を一つ、作ってもらいたいのよ」

そう切り出して、レミリアは事情をかいつまんで説明する。

「音楽葬なら、弦楽四重奏が一般的だと思うけど」

「四人必要なんだ。パチェに咲夜、美鈴と、後は……」

「演奏は自分たちでするの?」

「その方が雰囲気が出るじゃない」

「素人に無茶をさせるのは感心しない。私たちが入るけど、いいわね」

「七人になっちゃった」

「七重奏も悪くないわ。まずバイオリン二人にヴィオラとチェロ、そこにトランペットにピアノが加わって」

「後一つ、残ってるね」

「管楽器と弦楽器、どちらが好き?」

「弦楽器かな」

「ならコントラバスだ」

「決まりね」

満足げにうなずくレミリア。そこに、いつの間にかいなくなっていた咲夜が戻ってくる。

「お嬢様、皆様お揃いになっています」

「じゃあ、行こうか」



図書館を後にして、広間らしき場所へと移動する。
そこにはメルラン・プリズムリバーとリリカ・プリズムリバーがいた。いずれも連れてこられていたらしい。
さらにパチュリー・ノーレッジと小悪魔、紅 美鈴に、フランドール・スカーレットまでいる。

「勢揃いだね」

「あ、姉さんもいたんだ」

「話はだいたい纏まったから」

「それじゃあ仕事の話だったんだ」

「作曲、指導、演奏とやることが多いけど、いいね」

「別にいいよ」

ルナサがいると話が早い。

「さて、全員揃ったところで話がある」

レミリアが辺りを見回しながら口を開いた。

「これから一月とちょっと時間がある。それまでに、一曲ものにしてもらうよ」

「レミィ、本気なの?」

「私はいつだって本気よ。パーティのフィナーレを飾ってもらうからね」

「呆れた。楽器はどうするのよ」

「まずは誰が何をやるか決めないといけないね」

レミリアはルナサに向けて視線を送る。それを受けてルナサが口を開く。

「七重奏曲をやるから。まず私たち三人はヴァイオリン、トランペット、ピアノ。次に……」

ルナサが咲夜の方へと歩き出す。

「貴方はヴァイオリン」

「少しでしたら心得がありますわ」

続いてパチュリーと小悪魔の方へ。

「貴方たちにはチェロとヴィオラをお願いしたいのだけど」

「それなら私がヴィオラを担当しましょう。パチュリー様がチェロで」

「面倒だけど、仕方ないわね」

そして、美鈴の前に立つ。

「貴方がコントラバス。一番低音を担当してもらうから」

「なるほど、それなら私ですね」

そこに、横から声が上がる。

「ねー、私は?」

フランドールが不満そうな顔をしていた。

「フラン、貴方に楽器なんか持たせたら曲を破壊しそうじゃない」

「お姉様、何て酷い言い草かしら」

険悪な雰囲気になりかけた、その時に、リリカが口を開いた。

「指揮者、やってみる?」

「私は楽器を演奏したいの」

「奏者はね、一つの楽器しか演奏できないの。合奏なら一つのパートだけ」

「それがどうしたの?」

「指揮者が操るのは楽器じゃなくて奏者。唯一、曲を奏でることができるのよ。わかる?」

「何となく、なら」

「本当なら、貴方に任せていいような役目じゃないんだけど、ね」

「ふーん、わかった。やってやろうじゃないの」

リリカがレミリアに目配せをする。

「決まったようね。それじゃあ、色々と準備を始めないといけない」

そして、誰一人予想していなかった行動に出た。

「皆、お願いね」

レミリア・スカーレットが頭を下げた。そして、何事もなかったかのように体を起こし、部屋を出て行った。
そして時は動き出す、という言葉がぴったり当てはまるぐらいに、皆固まっていた。

「珍しいものを見たわ」

「お嬢様はそれだけ本気だったのですね」

「吸血鬼に頭を下げられては、無様なことはできないな」

口々に感想を言い合って、それぞれ、自分がすべきことをしに部屋を出る。



そこから忙しい日々が始まった。

リリカが作曲を担当した。パチュリーは参考にと様々な楽譜を用意するとともに、レミリアの好みに
合うように修正していった。出来上がった曲を楽譜に起こすのは小悪魔の仕事だった。

ルナサは咲夜を連れて楽器を調達しに行った。それぞれに最適な、最上のものを用意するために。
咲夜はルナサにヴァイオリンを習い、さらにパーティの準備までしなければならなかった。

フランドールはメルランを相手に指揮の練習をしていた。彼女を制御しないことには指揮が成り立たない。
しかし、メルランの演奏でテンションが上がってしまい、弾幕ごっこになることも一度ではなかった。

最も音楽の心得がなかったのは美鈴で、練習のためしばらく湖には低音が鳴り響くことになる。
彼女の集中力は流石のもので、黒白の魔法使いが紅魔館に遊びにきたときも一心不乱に練習しており、
ついに自分の存在を気付かせることができなかった黒白が、負けを認めて帰ったほどだった。



レミリアはというと、相変わらず亡霊の少女と紅茶を共にしては、様々な話に興じていた。
周囲の者は不思議に思っていたが、やがて理由の一端を知ることになる。
少女の魂を固定していた魔力が日を追うごとに弱まっていき、それとともに、徐々に少女の体が透けていくのだ。
最終的には消えてしまうのだろう。それでも、レミリアは何も変わらない様子で接していた。
少女も、特に動ずる様子でもなかった。



一月が過ぎて、パーティの当日になった。
この日の客はただ一人である。
プリズムリバー三姉妹の演奏を背景に、紅魔館が用意できる最高の料理や酒が饗された。
人数が少ないため、メイドたちの動きにも余裕がある。
全てに調和のとれた、考えうる最上のもてなし。ここまでの扱いを受けた者は初めてであろう。

やがて料理も下げられ、舞台が設えられる。
パチュリーやフランドールも着替えに下がったため、少女が不審がった。

「どうしたの?」

「これから最後の演奏が始まるのよ。みんなから、貴方へ」

「私に?」

「そう。今日初めて演奏される、貴方のための曲」

緞帳が上がると、そこには煌びやかな衣装を身に纏った八人の少女たち。
フランドールの指揮棒が動き、静かに音が響きだす。
レミリアも完成版を聴くのは今日が初めてである。荘厳さを感じさせる調べは、彼女の好みと一致していた。
隣の少女を見遣ると、まるで全てを目に焼き付けておくかのように見入っている。

レミリアがようやく表情に柔らかさを見せた。目を閉じて、紅茶のカップを傾けながら、ただ演奏に聞き入っていた。

当事者には長く感じられたが、実際には短かった演奏が終わると、少女は立ち上がって拍手をした。

「素晴らしい演奏だったわ」

「そう言ってもらえるとありがたいね」

「ね、この曲、なんていうの?」

「これ? 七重奏……いや、亡き王女の為のセプテット。貴方の曲よ」

「私、王女だったのかしら」

「そういうことにしときなよ」

「ありがとう。……最後に、こんな素敵なプレゼントを貰って」

「貴方……」

「どうやらお迎えの時みたい。短い間だったけど」

「よせ!」

「私、幸せだったわ」

そう言った彼女の頬を涙が伝う。

「ねぇ、お願いを一つ、聞いてくれる?」

「一つと言わず、何でも言って」

「さっきの曲なんだけど」

「ああ」

「私だけの曲にするなんて勿体ないわ。だから、私と、貴方の曲ってことにしてくれないかしら」

「私と、貴方の……」

「ええ。私は消えるけど、貴方は残る。貴方が残れば、あの曲も残り続けるから」

「約束するよ。レミリア・スカーレットある限り」

「良かった」

少女がレミリアの手を取る。少女から零れた涙は、少女の手をすり抜けて、レミリアの手の甲に落ちた。
手を取ったまま、レミリアの頬にキスを残して、少女は、消えた。

レミリアの耳に、最後に少女が囁いた「ありがとう」が木霊する。
俯いて、肩を震わせて、手の甲に残る雫の上から、新たな雫が一滴だけ重なる。

しばらくたって、顔を上げたレミリアは、普段の彼女に戻っていた。

「宴は終わりよ。舞台の幕を下ろしてちょうだい」









それから、紅魔館では毎年恒例のパーティが開催されることになる。幻想郷の人妖たちが招待される、それは盛大なパーティが。
主役は音楽で、曲目は毎年異なるのだが、一つだけ変わらぬものがある。

レミリア・スカーレットは夜の王にて紅魔館の主、今夜も優雅にカップを傾け、従者たちの演奏と少女の思い出を愉しむ。
──ある日の彼岸にて

「今日のお客はあんたで終了かな」

「……」

「お客さん、ずいぶん多くの渡し賃を持ってるねぇ。身に覚えはあるかい?」

「……」

「ない、あぁそう。これはね、ここに来るまでの間に周囲の人間がお客さんのために使ったお金の合計で決まるんだ。
 それで、これはここだけの話だが、生前だけじゃなくて死んだ後でもここに来るまでなら合算される。
 葬式ってのがどうしてあんなに馬鹿高いのか知ってるかい? あれもね、故人に少しでもお金を渡すためなのさ。
 お客さんほどだったら、三途の川なんてあっという間に渡ってしまうだろうね」

「……」

「ああ、渡った後かい? 閻魔様の判決が待っている。これはね、三途の川幅が短かろうが関係ないこともあるんだが、
 お客さんは気質が良いから悪い判決にはならないだろう。何でわかるかって? ま、あたいもそれぐらいはわかるのさ。
 しかし良い友人でもいたんだろうね。強く想われていたのがわかるよ」

「……」

「お客さんもそいつのことを大事に想ってるんだね。羨ましいなぁ。っと、そうこう言ってる間にもう着いちまった。
 それじゃ、いつかまた、お客さんを渡せる日を楽しみにしてるよ」


───────────────────────────────────────────

原曲がセプテット(=七重奏曲)でないことは知っています。
でも、『そもそも、誰も亡くなっていないし、王女ってだれ?』という問いに対して
自分なりの答えを出してみたくなりました。
割とベタな展開なので、ネタが被ってたらごめんなさい。
では、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

他の投稿作品はこちら(作者:guardi)
guardi
[email protected]
http://guardi.blog11.fc2.com/
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コメント



0.2870簡易評価
5.70名前が無い程度の能力削除
なかなか良いお話でした
しかし貴方ではなく貴女ではないのでしょうか?
12.90煉獄削除
良いお話だったと思いますよ。
そういう構想を持ってきたことには驚きです。
楽しく読むことができました。
面白かったですよ。
18.80J.D削除
亡き王女のためのセプテット、いい曲ですよね。
東方の曲の中では一番好きです。
読みながらセプテットが聞こえてくるようでした。
19.100名前が無い程度の能力削除
レミリアのカリスマが素晴らしい!
23.100名前が無い程度の能力削除
会話が原作を思わせる感じで非常によろしいね
40.100名前が無い程度の能力削除
軽妙でとてもいい雰囲気でした。
さくっと読めるのにグッと来る上手さ
48.90名前が無い程度の能力削除
運命を操る程度の能力とは、存外こういうことかもしれないね。
50.90名前が無い程度の能力削除
虹川さんとこの末っ子はやっぱりやり手だなww
亡き王女ですか・・・凛と、してますね。
54.100名前が無い程度の能力削除
セプテットの音が聞こえる作品でした。感謝