Coolier - 新生・東方創想話

紙面裏

2009/01/13 21:24:14
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 よく晴れた日のことであった。
射命丸 文は、新聞配達の真っ最中であった。
 魔法の森、人里、と配り終え、博麗神社に差し掛かろうとしていたのだ。
 何度も繰り返した作業ながら今日は久々に雨が止み、風も無く中々に気分がいい。
鳥居が見える頃合いになると、文は左手に持った新聞の束から一つ抜き出して投下する準備を進めた。
しかし、文は手を止めてホバリングした。
 神社の石畳の上には博麗 霊夢と伊吹 萃香らしき人物が見えたが、何やら鋭い声が聞こえてくる。
文のいる高度15メートル地点にまで聞こえてくるのだから、ほぼ怒鳴り声に近い。
文はスクープの匂いを嗅ぎ付けた。
 文が新聞投下を見合わせて石畳に降り立とうとすると、二人は空を仰いだ。
文の鳥影に気付いたのだろう。

「こんにちは」

 文が明るく挨拶すると、霊夢と萃香は低く「こんにちは」と返した。

「あの、何かお悩みごとですか」

 霊夢は「まあね」と曖昧な返事をしたが、萃香はそっぽを向いた。文は手をこまねく。

「何かあったようで」

 事件だ、事件だ。
文は内心、ほくそ笑んだ。

「よろしければ、お聞かせ願いませんか」

 差し出がましいのは言われるまでもない。新聞記者の性だ。

「霊夢は卑しい奴だ」

 言うが早いか、霊夢は萃香を睨んだ。

「あんたでしょ。発想が卑しいのは」

 萃香は、おお、恐い恐い、とばかりに文の背後に隠れた。

「こいつ、私のクッキー取ったんだよ」

 萃香が霊夢を指さした。
なるほど、大体の状況は分かった。
こういう場合は、下手に口を開いて刺激してはいけない。
まずい所に触れると、たちまち着火する。
 文は黙って頷いた。
文の勘は間違って居なかった。面白い展開に発展してきた。
先程、空中で日光を満喫していた時には想像できなかった状況。面白い。

「よかったら、私が間に入らせてもらっていいですか? あの、職業柄こういうのは馴れてまして仲裁のような」

 嘘ではなかった。
文は一般的な新聞記者の枠を超えて活動することも多く、喧嘩の仲裁などを買って出ていた。
里で万引き犯を捕まえたこともある。
上手くすればスクープになる。
 霊夢と萃香の顔にはより一層の不信感が表れたが、否定するでもなかった。
二人の間に、勘繰りと敵意のない交ぜになったアイコンタクトが交わされた。

「いいわ。間に入ってもらいましょう。このままじゃ埒があかない」

 ほら、来た。さあ、来た。
文は背中の羽を擦り合わせた。

「このままじゃ殴り合いになるところだったわよ」

 霊夢は溜息を吐いた。

「話しを聞けば、霊夢の嘘がすぐ分かるよ」

 霊夢は眉根に皺を寄せた。
 
「はい、聞きましょう」

 案外、こういった場合には話しを聞き、筋道立った論理を吐かせることによって状況が解決することが多い。





「まず、私がクッキーを持ってきたの」

 萃香が言った

「ふむ」

 萃香が指さす縁側には座布団が二つと、空の平皿が一枚、急須が一つ、湯飲みが一つ置かれている。
湯飲みも空である。

「今朝、家を漁ってたら、大きなナッツ入りクッキーが二枚あったからお茶請けにしようと思って」

 萃香は続けた。
文は皿を見る。

「で、ここに置いてたんですか」

「そう。一枚ずつ食べようと思ってね。私はお酒、霊夢はお茶で」

 ここから問題が起きるらしい。
文は生唾を飲んだ。

「そしたら、私は酔っぱらってるから、ついつい気持ちよくて爆睡してて。どのくらいか分からないけど、気付いたらクッキーが二枚とも無かったのっ」

「30分くらいじゃん」

 霊夢が注釈を入れた。

「霊夢は二枚食べた」

「一枚は食べたけど、後は知らない。あんたが騒ぎ出して初めて気付いた」

 萃香は顔を真っ赤にして地団駄踏んだ。
文は唸った。

「霊夢さんが食べる所は見たんですか?」

「食べてたよ。一枚目を、犬のように」

 霊夢が萃香に掴みかかろうとしたが、文が割って入った。

「落ち着いてください。魔理沙さんやら紫さんが盗んだ可能性は?」

「魔理沙は絶対にあり得ないわ、でも紫なら」

 何やら、話しが怪しげな方向へ向かい始めた。
と、その時、大声を挙げながら諏訪子と早苗が神社上空に現れた。
 何やら口論をしているらしく、その内容がはっきりと聞こえてくる。
霊夢は更なる苛立ちを見せた。萃香も同様だった。

「何なの、あいつら。今、重要なところだってのに」

「ああ、ああ。落ち着いて。すぐにいなくなりますから。あの手のは。座ってください」

 文は自ら率先して座り、霊夢と萃香が自分を挟んで座るようにした。

「まあ、ちょっといい機会だと思って、頭を冷やして」

 霊夢と萃香は文を挟んで火花を飛ばし合った。
上空からは、早苗と諏訪子の大声が聞こえてくる。
その時、文はとてつもない事に気付いた。






「ショックなのは分かるが。受け入れてくれ」

 諏訪子は大声で叫んだ。
早苗は涙を零しながら、博麗神社の鳥居の上で叫ぶ。

「無理です。どうして今まで隠してたんですか」

「仕方ないだろ。お前が大きくなってから、ショックを和らげようと思って」

 早苗は首を揺らして、髪を振り乱した。

「受け入れろっ。私はお前の母だ」

「いやああ」

 早苗は髪飾りを諏訪子に投げつけた。
諏訪子は右手で受け止める。

「私は蛙の子じゃありません。私のお母さんは人間なんです。もう嫌。耐えられない」

「私は蛙じゃない、早苗っ」

 早苗は号泣しながら、北へ飛び去った。

「蛙も蛇もみんな嫌いっ」

「早苗っ」

 諏訪子も後を追って、飛び去った。






「これはスクープの匂いがしますよ」

 文は指さした。

「何が?」

 二人は首を傾げた。
文は萃香の衣装を摘んで見せた。

「わ」

「これ、何だと思います?」

 三人の視線が萃香のスカートに集中する。
紫のスカート部分に、黒い跡が二本付いていた。
それは足の所から始まり、次第に薄くなって腰の所で消えている。

「何だ、これ」

 霊夢が素っ頓狂な声を上げると、萃香も首を傾げた。
文は笑い声を漏らした。

「昨日は雨が降りましたからね。地面がぬかるんでいるんですよ」

 文は縁側から立ち上がって、中腰になり、地面を見回した。

「何?」

 二人の奇異の視線に見守られながら、探索すること3分。
文は声を上げた。

「あった」

 二人は文の周りに集まった。
文が示しているのは桜の木の下のぬかるみである。
そこには、萃香のスカートに残っていたものよりもはっきりとした形で足跡が一筋残っていた。
足跡は真っ直ぐに桜の木の下に続いている。
 霊夢と萃香も思わず、声を漏らした。

「もうお分かりでしょう」

 視線で桜の幹を辿って行くと、一本の枝が縁側に向けて張りだしていた。
そして、枝の中程では大きなシマリスがクッキーを抱えて、辺りを見回していた。

「ああ」

 霊夢が溜息を漏らした。

「犯人確定ですね」

 萃香は口を開けて天を仰いだ。
シマリスが断続的にクッキーをかじった。

「先程、二人と並んで座った時、視点が下がったのでスカートの汚れに気付きました。それにナッツと聞いて、もしかしたらと思ったら」

 文は得意げに微笑んだ。
そして、カメラを取り出してシマリスが頬をふくらませているのを撮った。
バックには青空が写っている。

「真犯人確定、スクープです」

 文は空とリスに向けてウィンクした。






「いや、恥ずかしいわ」

 霊夢が顔を赤らめていた。
萃香も頬を赤らめていたが、酒のせいであろう。
今度は文が間に入ることなく、並んで座っている。文は立ってシマリスを眺めている。
すっかり葉の落ちた桜の枝の上で、中々逞しい体つきをしている。
 冬が来ても大丈夫なのだろう、一心不乱にナッツの部分をかじっていた。
軽快な音が響いている。

「そういや」

 文が言った。

「魔理沙さん、どうしたんですか? 最近、見ないんですけど」

「ああ、数週間前、パチュリーがとんでもない形相でやって来て、お茶飲んでた魔理沙をぐるぐる巻きにして担いでいった」

「行方不明」

萃香が付け加えた。

「あれから、消息が無いわね」

「へえ、道理で見ないはずだあ。そういや。お茶いただけません? さっきから喋ってばっかで喉の調子が悪くて」

「はいはい」

霊夢が文に湯飲みを寄越した。
普段なら、こんなサービスは無い。文は得意げになった。

「えへへ、スクープゲットです」

「はあ」

二人は並んで、溜息を吐いた。

「前のスクープは、季節外れのスイカだっけ?」

文は頷いた。

「じゃあ、お茶を飲んだら、帰りますんで」

新聞記者というのは余り長尻だとよろしくない。スクープを取ったらすぐ帰る。
文の流儀だ。






文は茶を飲み干すと、妖怪の山に引き上げていった。
見る見る内に速度を上げて、博麗神社に別れを告げる。

「あっ」

しかし、半分ほど来たところで文は声を上げた。
そう。賢明な読者諸君ならお気づきだろう。
彼女は新聞記者にあるまじき重大な見落としをしていた。もはや、記者失格と言ってもいい。

「新聞、配るの忘れた」

切れ者はどこか抜けているものである。
幻想郷は今日も平和であった。
ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
yuz
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コメント



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3.70煉獄削除
ちょっとした日常のなかで起きるハプニング。
良いなぁ…と思いますが……早苗は諏訪子の子孫であって子では
ないと思ったのですが……野暮かな?
文も霊夢たちの喧嘩の仲裁に関して良い味を出していて良かったです。
面白かったです。
7.80名前が無い程度の能力削除
諏訪子と早苗の喧嘩のほうがよほどスクープじゃないか、というツッコミ待ちですかwww
昼ドラ的重大事件を華麗にスルーする展開、いいなあ。
12.70名前が無い程度の能力削除
いつもいつも山の神社が無茶苦茶w
15.80名前が無い程度の能力削除
ほのぼのだねぇ(背景は除く)
19.100名前が無い程度の能力削除
スクープそっちじゃねえよ!学級新聞並みじゃねえか!!
さっさと山の神社か紅魔館行って一面記事モノにしてこい!!
20.100名前が無い程度の能力削除
守矢神社にいってスクープしてこいよ!!
諏訪子はご先祖様だから、早苗の中にも蛙の血が流れているんだよ、ケロケロww

本題もよかったです。
ほのぼのしてて平和な幻想郷ですね。
26.80名前が無い程度の能力削除
突っ込み不在かw
31.70Admiral削除
こんなほのぼのも嫌いじゃない。

どこにでもある日常の一コマ、といった感じでいいですね。
32.80名前が無い程度の能力削除
ご先祖と言ってたのが実の母だと言い出した日にゃ…

「なら今まで母さんだと信じてた人は誰!?」
そりゃ早苗さんグレるかもしれんて
35.80名前が無い程度の能力削除
クッキーどころの話じゃねぇ…
38.80名前が無い程度の能力削除
あの、魔理沙の行方不明も結構凄いスクープっスよ。
46.100名前が無い程度の能力削除
いやいや、本当のスクープは文が新聞を配り忘れた事だって。