Coolier - 新生・東方創想話

来客

2009/01/12 21:31:53
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 ミーン、ミーン……ジリジリジリ……。
「なぁ霊夢」
「ん?」
「やっぱお茶飲むのって仕事なのか?」
 萃香の言葉の意味は、こんな暑い日にわざわざ表で熱いお茶を飲む意味がわからない、ということだ。
「日差しとお茶のブレンド…これの良さはお子様にはわからないわよ」
 私の方が年上なのに~、と萃香は膨れっ面で霊夢に突っかかるが、霊夢の長い腕に額を押さえられた萃香はぶんぶんと腕を振り回すだけだった。
 ミーン、ミーン……ジリジリジリ……。
「暑い」
 萃香はそう吐き捨てて、パタッ仰向けになり、四肢で大の字を作る。
「お疲れ様」
 霊夢はお茶を口に運ぶ。

 いずれ萃香は室内へ姿を消した。いくら暑いとはいえ、日差しが直接当たる外よりは数倍マシであったに違いなかった。
 この二人のやりとりは、今日に始まったことではない。夏が始まって以降、毎日似たような会話をしていた。なにせ霊夢が毎日お茶を飲んで掃除しかしないのだ。萃香としては退屈の連続である。
 ただし来客は今日が初めてだ。こんな暑い夏の日に、わざわざ外に出ようという人間はそういない。
「仲のよろしいことで」
「羨ましいなら引き取って貰って結構よ」
「ええ、そのことで相談なのだけれど」
 来客は八雲紫だった。女である霊夢ですら見惚れてしまうほどの白い肌をこの殺人的な紫外線の中に晒すのは勿体無い気がした。
「藍がよく拾ってくるのよ。ほら、あの子猫好きじゃない?」
 なるほど、紫が持っているダンボール箱の中身はもう想像できた。
「でも他の猫と遊んでるからって橙が妬いちゃって、私はなだめるのに一苦労で睡眠もまともにとれやしないわ」
 というわけで、という前置きのもとに、紫はそれを神社の石畳に置いた。かなりの重量を感じる音がした。
「それでは、確かにお願いしましたわ」
「ちょっと、私にだって都合ってモンが……!」
 紫は足元と自宅の境界をいじり、落ちるように消えていった。言い終わる前に境界が消えていることに気づくと、霊夢はため息をつく。
「どうして妖怪ってこうも自分勝手な奴が多いのかしら」
 呟きながら箱を開けると、五匹いた。雌か雄かもわからない、さまざまな模様を纏った猫たちが、五匹。
「失礼じゃない」
 今のは霊夢の台詞ではない。
「八雲紫が、自分勝手なだけでしょ?」
 また来客。ただし今度はダンボールではなく、緑色でしましまなアレを持っていた。少し異様なのが、紐で吊るしたそれを一個や二個ではなく、十個ばかり持っていたということだ。
「スイカ割りでもやる気?」
 肘を膝、手のひらを顎につけて、心底気だるそうに霊夢は言う。アリスは自分が来たタイミングが明らかに悪かったことを悟った。
「裏の畑でとれたスイカ、おすそわけよ」
「あんた農家なんてやってたんだあ?」
「森なんて立地条件だもの。有効活用しないと勿体無いわ」
 アリスはもう一度霊夢の顔色を伺う。本気で面倒臭そうにアリスと会話する霊夢の姿がそこにあった。
「で、霊夢…」
 アリスはすぅ、と息を吸う。顔が赤くなっているのは暑さのせいだけではないだろう。

「そのスイカあげるから、肉か魚頂戴」

 一瞬時間が凍った後、霊夢は、頬に暖かいものが伝い落ちる感触を感じた。
「アリス……あんた…苦労してたのね……」
 霊夢はアリスを胸に抱き、よしよしと頭を撫でた。
「あーもう! そう言われると思ったわよ! でも恥を忍んでスイカまであげたんだから要求には応じてもらうわ!」
 と、その時。霊夢が何かをアリスに渡した。
『にゃー』
 それは反射的に受け取ってしまったアリスの胸で、鳴いた。
「な、なによこれえ!?」
「何って肉よ。スイカはおいしく頂くから代わりにその肉をどうぞおいしく頂きなさい」
 アリスは猫を抱いたままプルプルと震える。どうせ怒鳴られるだろうと思って霊夢は耳を塞いだ。
「可愛いーーーー!!!!!」
 アリスは空腹を忘れて走り去った。なにせ妖怪は飯を食わなくても死なないので、苦労しているとは言え別にアリスは生命の危機に面しているわけではなかった。そんな奴にくれてやるほど霊夢の食料は安くない。それは価格という意味ではなく、経済状況的な意味で、だ。
「とは言ったものの…こんな大量に食べられるわけないじゃない…」
 スイカはとれたてなのか全然冷えていなかったため、そのうちの一個を井戸につけておいた。
「今アリスが」
 また来客。今日は金髪に縁のある日なのだろうか。
「気持ち悪いほどの笑みで駆けて行ったが」
 魔理沙は霊夢の横に腰掛けた。そういえばこんな光景も夏に入ってからはご無沙汰だった。
「何かあったのか?」
「スイカしかないわ」
 魔理沙はますますわからないといった表情で、肩を竦める。
「あと猫とか」
「猫?」
「あんたもいる?」
 霊夢は足元のダンボールを指差して言った。
「う~ん、私にゃ猫を飼うような甲斐性もないからなぁ。今日も水道止められてお前の所に来たぐらいだし」
「そりゃ甲斐性じゃなくて単にお金がないだけでしょ」
 霊夢は湯飲みを口に運ぶが、既に空っぽであることに気づき、スッと立ち上がった。
「お茶のおかわりいれてくるわ。あんたもいる?」
「おかまいなく、だぜ」
 それは魔理沙語で『よこせ』という意味だ。霊夢は中に入ってお茶をいれ、先ほどまで魔理沙が居たはずの場所に持っていった。
「魔理沙ー、…あれ?」
 霊夢もすぐに異変に気づいた。
「あー!! スイカがない!」
 井戸に冷やしていたはずの一個がなくなっていた。最も、部屋に保管していた九個が無事だったので、むしろもっと持っていって欲しかったと思っているわけだが。
「全くもう、あの子ったら……ん?」
 部屋からは死角になっていて見えなかったが、さっきまで魔理沙が居たところにゴミ袋が置いてあった。それも中身が一杯で、ぱんぱんに膨れ上がっていた。
「スイカのお礼のつもりかしら」
 大量のウェハースチョコだった。そういえば聞いたことがある。何やらカードのおまけにチョコがついてくるといった物体を魔理沙が集めていたことを。
 霊夢も最初はおいしくて食べていたが、半分も食べないうちに飽きて、しかも謎の腹痛に襲われた。
「まさか、これの賞味期限……おのれ魔理沙ぁああ…!」
 腹痛で俯いている霊夢に次の来客の顔をうかがい知ることはできなかったが、口調と言動で丸わかりだった。
「妖夢が煮物を作りすぎちゃって…はい、おすそ分け」
 何をどうやればこんな大量の作り過ぎれるのか理解に苦しむほど馬鹿でかい鍋を置いて、幽々子は去っていった。霊夢は突っ伏したまま、起き上がる体力など残っていなかった。 
「霊夢ー、生きてるかー?」
「死んでる」
 萃香に棒で頭をつつかれても、霊夢は微動だにしなかった。

「で…どうするの? これ」
 猫四匹、スイカ九個、ウェハースチョコゴミ袋ほぼ一杯、煮物一か月分。
「今日から一ヶ月はスイカと煮物とウェハースチョコで過ごしましょう」
 それを聞いて、萃香の表情も霊夢と同じものになった。
「やだねぇ…」
「嫌よねえ…」
 はぁ、と二人同時にため息をついた。
「あ……そういえば」
 萃香は何かを思い出したように言う。
「奥にお酒がなかったっけ?」
「ああ、三日前に町内のくじ引きで当たったやつ? 確かに大量にあるけど、あのお酒、強すぎて人間には厳しいのよ………ん……」
 霊夢も萃香と同じ考えにたどり着いたようだった。
「じゃあ、やっちゃう?」
「はぁ……それしかないでしょうね」
 時刻は午後三時。霊夢と萃香は手分けして支度に取り掛かった。

 そう、宴会の準備だ。



 日も沈んで午後七時。萃香の能力で、博麗神社には幻想郷中の人々、そして妖怪が集まった。
「春は夜桜、夏には星。秋に満、冬には雪。それで十分酒は美味い……本で読んだけど、今日は星は見えないわね」
 紫はぐいっと酒を流し込む。水分のないウェハースチョコは、強すぎる酒のつまみには丁度良いものらしかった。
「このお酒…私には無理だわ。スイカ切りましょうか?」
 ええ、お願い。と、霊夢は咲夜に促す。素早いナイフさばきで、咲夜は空中に放ったスイカを一瞬にして八等分して見せる。種も仕掛けもない一発芸、参加者たちは『おぉー』と歓声をあげ、拍手を送った。
「ちゃんと冷えてるじゃないか。うん、美味いぜ」
「ま、魔理沙ぁ! このスイカ私が作ったの! おいしい? おいしい?」
「ああ、アリスはきっと良いお嫁さんになるぜ」
 私が…およめさっ……。アリスは何を考えたのか、鼻血を噴出して卒倒した。
「どうしてスイカが作れるとお嫁さんになれるの?」
「んー? 働くか物くれるかしない奴とは結婚したくないってのは私だけなのか?」
 霊夢は苦笑いしてみせる。アリスは気絶していて幸せだった。

「ささ妖夢、ぐいっと」
「ゆ、幽々子様、何ですかこのお水…にがっ! にがいですっ」
「ぐいっと!」
「あばぼぼばばばぼぼぼ!!!」
 妖夢もまた鼻血を噴出して卒倒した。
「あらあら、妖夢ったら。お酒弱いのね」
「だから人間には飲ませるなって言ったでしょォがあああ!!!」
 幽々子もすっかり出来上がっているらしく、あらゆる人間に酒を勧めて回っていた。霊夢はもう治ったはずの腹痛の代わりに、頭痛がこみ上げてくるのを感じていた。
 猫も町内の人々が貰っていってくれて、見事全員飼い主が見つかった。驚いたのはレミリアが猫を見たとき大興奮で、駄目だと静止する咲夜と大喧嘩をしていたことだ。普段威厳のある態度をとっている彼女が動物好きだったなんて、少しというかかなり意外で、霊夢はまた苦笑してしまった。
 スイカはかなり出来の良いものだったらしく、あっという間に全部食べられてしまった。農家の方々は『どうやったらこんなにおいしいスイカが出来るのか知りたい』と大絶賛だが、当の本人が気絶中では仕方ない。
 あえなくして煮物も完食。主婦の方々も『どうやったらこんなにおいしい煮物が(以下略)』と言っていたが、もちろん本人は気絶している。
 一番処理に困ったのがウェハースチョコだったが、魔理沙が気絶しているアリスのパンティを賭けて早食い大会をしようと言い出し、手を叩いた瞬間、町内の野郎どもが凄まじい勢いで飲み込んでいった。
 賞品は、優勝した風見幽香がアリスごと持って帰った。

 笑いの耐えない空間は、きっかけこそ萃香の能力を使ったものの、それは魔法ではない。魔法以外の不思議な力が、楽しい時間を創り出していた。
 それが魔法だと言うのなら、それは時間の経過と共に消えていく魔法。酔いつぶれる者が増え、食べる物もなくなり、襲ってくる睡魔もだんだん強くなってきた。
 やがて食い散らかすだけ食い散らかして、境内に残されたのは霊夢と萃香だけだった。

「ふぅー…」
 霊夢は息を吐く。一日溜め込んだものを全て吐き出したような、そんな深呼吸だった。
「よかったな霊夢。猫もスイカも酒も煮物も、チョコも。全部なくなったぞ」
 しかし霊夢の表情は、どこか浮かない。
「何でしょうね…この空虚って言うか…、さっきまであんなに騒がしかった場所が、こんなに静かになると……虚しさって言うか、そういうのがこみ上げてくるわけよ」
 あんたにはわかんないだろうけどさ、と、霊夢はゴロンと石畳に横になった。
 その時霊夢の顔の横に、ドン、と、緑のしましまが置かれた。霊夢は意表を疲れたような、間の抜けた表情を見せた。
「宴会に出したのは八個だけ……寂しがりの霊夢を慰めてやろうと思ってさ、一個は井戸に冷やしといた」
 萃香はよっこらせ、と霊夢の横に座った。手には一升の酒瓶が。それも、さっきの宴会で全て飲み尽くされたはずのものだった。
「さ、宴会の続きだ霊夢。言うなら私と霊夢だけの、二次会ってところかな」
 昼間とは違うセミの声が少しだけ耳をくすぐった。また、時折吹く風が木々を靡かせる音も、なるほど喧騒には無い風情があった。
「そうね……」
 霊夢はすっと立ち上がった。
「スイカ切ってくるから待ってて。お酒は水で薄めて私も飲むから、一人で飲んだら承知しないわよ。ちゃんと待ってること。いい?」
 腹痛も頭痛も消えた霊夢の表情に、萃香は元気な返事を返す。蝉達の鳴き声や葉のざわめきに溶け込んだそれは、博麗神社の境内に消えた。


―了―
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コメント



0.1180簡易評価
5.30名前が無い程度の能力削除
微妙
6.100名前が無い程度の能力削除
まったりとしていていい幻想郷でした。
11.80名前が無い程度の能力削除
いい、雰囲気ですね。この様な雰囲気は大好物です。
19.80名前が無い程度の能力削除
こんなまったりなのも良いと思います。幸せな気持ちになれますww
20.10名前が無い程度の能力削除
えっ?これ幻想郷?どこが?
水道止められる?町内?なにコレ?
25.20名前が無い程度の能力削除
……東方町の住人たちのパロディ設定?
29.70名前が無い程度の能力削除
ちょっと詰め込みすぎかな
最後の二人のまったり感はよかった