この作品は「作品集60 メイド喫茶・紅魔館」の続きに当たります。
後、後半で出てくる金額表記は、一応外の世界の基準にしました。
幻想郷の基準が分からなかったので^^;
夜11時・メイド喫茶改め従者喫茶紅魔館
「ん~…………」
紅魔館(本物の方)の完全で瀟洒な従者は頭を悩ませていた。
睨んでいるのは会計簿。
メイド喫茶改め、従者喫茶を開いてから3月が経った。
結論から言えば、大成功であった。
最初の物珍しさだけで大して繁盛しないかもと言う危惧は咲夜にもあった。
が、蓋を開けてみれば連日大盛況。
理由は二つ。
一つはメニューだ。
メイド喫茶が和風全開では服と店の雰囲気が合わない。
それ故、メニューもメイド服や執事服に合わせ、洋風、つまり、幻想郷からすれば外の世界の形式を取り入れた。
所謂(いわゆる)ファミリーレストランである。
無論、1000年以上前から殆ど外の情報の入ってこない幻想郷にファミレスなど有る筈がない。
その店のメニューに並ぶ料理然(しか)り、だ。
物珍しさにその料理の新鮮さと美味しさの噂は瞬く間に幻想郷中に知れ渡った。
そしてもう一つは店員だ。
メイド長の咲夜を始め、霊夢、妖夢、鈴仙、早苗と言った人妖問わず人気のある者達がメイド服で働いているのだ。
連日行列も出来よう。
加えて、美鈴、妹紅、輝夜は男装の執事服で働いている。
こちらは女性客に大人気で、やはり行列ができる。
これら二つの理由で従者喫茶は大繁盛であった。
しかし、咲夜は会計簿と厳しい目付きで睨めっこしていた。
「難しい顔してるわね、咲夜」
と、レミリアが部屋に入って来てそう言った。
「お嬢様!?確か、12時に起こせと仰ってませんでしたか?」
予定よりも早い主の起床とその来訪に咲夜は驚く。
「目が早く醒める時だってあるわ。私の事は良いけど、貴女、何を難しい顔をしてたの?」
レミリアは咲夜に尋ねる。
「………店の事なんですが…………」
再び咲夜は会計簿を見ながら難しい顔をする。
「どうかしたの?パチェや美鈴から大盛況って聞いてたけど?」
難しい顔をする状況では無いだろう、とレミリアは思った。
「ええ、それは間違いありません。開店以来ずっと黒字続きです」
「じゃあ、何でそんな顔を?」
「現状とこの先とを考えて少し…………」
「現状とこの先?」
レミリアは首を傾げた。
「現状ですと、間違いなく大盛況。連日長蛇の列が出来るほどです」
「良いじゃない」
「はい。ですが、逆を言えばもっと店が大きければ入れられる客を逃していると言う事にもなります」
あまりの長蛇の列は見た人間に並ぶ気を失せさせる。
「じゃあ、大きくするなり2号店作るなりすればいいじゃない」
「そうしたいのは山々何ですが…………」
「何よ?」
珍しく歯切れの悪い咲夜に問い詰めるように尋ねるレミリア。
「霊夢はともかく、妖夢、鈴仙、橙、小町、早苗は自らの意志で無く、少し強引に出て来て貰ってるようなものですから」
「ああ、それなら聞いたわ」
今上げた5名の内、小町を除く4名はそれぞれの主の気まぐれで働かされてるに過ぎない。
つまり、彼女らの主が飽きてしまえば、彼女らが辞める事も十二分にあり得る。
「彼女らは間違いなく主力なんです。店舗拡大や2号店設立と同時に離脱なんてされようものなら………」
「痛いなんてもんじゃないわね……と言うか、それを面白がって辞めさせる可能性すらあるわ」
レミリアはそれぞれの主の顔を思い浮かべながらそう言う。
咲夜もそれには激しく同意であった。
「それを考えると迂闊(うかつ)に拡張を行えず、かといって現状維持では利益を逃してますし…………」
それが咲夜が頭を悩ませている原因だった。
元々はこの従者喫茶は紅魔館の財政立て直しの為である。
現状では当初の目論見は大成功で、このまま行けば立て直し所か余裕すら出てくる。
しかし、今まで、そしてこれからの紅魔館の状態を考えると、むしろ余裕がないとまた同じ事になりそうである。
理由は魔理沙の来襲と、最近は収まって来てはいるが、フランの大暴れである。
その二つは紅魔館を激しく破壊し、修繕費に偉い額が掛かる。
魔理沙はともかく、フランの大暴れはかなり洒落にならない規模なので、修繕費もそれに見合った額が要求される。
となると、やはり稼げる内に思いっきり稼いでおきたいと考えているのだ。
因(ちな)みに、里の人間からもアルバイト要因は居る。
が、やはり主力組の陰に埋もれるのは否めない。
「なら、拡張をするかしないかはそいつらに会って話してから決めれば?」
レミリアの言うそいつら、とは、先の4名の主達の事だ。
「そう………ですね」
「約束したのにそれを反故(ほご)にしたら私がフラン連れて暴れて来てあげるわ」
「頼もしい限りです」
咲夜は笑顔で返す。
「さ、そう言う訳だから貴女は今日は寝なさい」
「え?いえ、そう言う訳には………」
主が目を覚まして行動を始めた今こそ彼女の従者としての本業だ。
「黙りなさい。貴女、最近あんまり寝て無いでしょう?」
そう、昼は従者喫茶の仕切り、夜はレミリアの世話。
咲夜は殆ど寝る暇がない。
従者喫茶の方は皆大分慣れて来たので最近は少し楽にはなって来ているが。
「しかし………」
「うるさい黙れ寝ろ。寝不足でフラフラの従者など邪魔なだけだ。命令だ。違(たが)える事は許さん」
有無も言わせぬレミリアの命令と罵声。
が、これは咲夜の事を思っての言葉だ。
咲夜とてそれは解っている。
「………はい。ご命令に従います」
「良い子ね。それじゃ私は適当に散歩して来るから貴女はさっさと寝なさい。起きたら働いてもらうんだから」
「はい」
咲夜は笑顔でそう返すと、店を閉めて帰路に着いた。
「ったく、少しは手を抜きなさいよね」
咲夜の背を上空から見送りながらレミリアは呟く。
そして、見送ってから夜の闇へと翔けた。
翌日
太陽がほぼ頭の真上にある時間。
咲夜は山を登っていた。
山とは言わずもがな、妖怪の山の事である。
山を登って少しすると、
「こんにちは。良いお天気ね」
「ええ、こんにちは。じゃあ、帰りなさい」
咲夜の予想通り、山に住む鴉天狗の射命丸文が現れた。
そして二言目に帰れと言われるのも予想通りだ。
「ちょっと用事があるから通り抜けさせて欲しいのだけれど?」
「却下。帰りなさい」
これまた予想通りの返答だった。
「酷いわね」
「出会った瞬間実力行使じゃないだけ優しいわよ?」
「やれやれだわ………」
咲夜は両手を広げて首を振るう。
「大体通り抜けるって何?また空の上にでも行こうって言うの?」
空の上とは天界の事だ。
「その通りよ」
「何の為に?あの天人がまた何かやらかしたの?」
天子の事を指して文が言う。
「いえ、そうじゃないわ。でもあれに用があるのは事実ね」
「なんにしても通せないわ。帰りなさい」
「まぁ、そう来るのは予想済みよ」
「なるほど…………覚悟完了。と言う訳ね?」
文が戦闘態勢に移行する。
「まぁ、落ち着きなさい。これを見ても争いに来たって思うのかしら?」
咲夜はそう言うと何処からともなく何かを取り出す。
「………それは?」
咲夜の取り出した物は写真だった。
文も記者として写真が出てくると気になるようだった。
「こう言う物よ」
そう言って咲夜は背にしていた写真を文に見せる。
「そ、それは!?」
それを見て文は驚愕する。
「そう、あの子達がウチで働いている時の写真よ」
あの子達、とは霊夢達主戦力組を指す。
「そ、そんな………私達でも無理だったのに、どうして!?」
従者喫茶は店内撮影厳禁となっている上に、パチュリーが結界を敷いて外部からの撮影を遮断している。
故に、彼女らのメイド服の写真は天狗と言えど一切手に入らない状態だった。
因みに、天狗達も何人か小型カメラで撮影しようとしたが、悉(ことごと)く失敗した上に肉体的及び精神的ダメージを負って叩き出されていた。
そんな事もあって、人気に対して彼女らの写真はまるっきり出回っていないのであった。
「大した事じゃないわ。光の三妖精、知ってるわね?」
「そうか!彼女達に!!」
文も合点が行った。
光の三妖精とは、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの三人の妖精の事だ。
サニーミルクは光の屈折を操り、視覚を狂わせて姿を消す事が出来る。
ルナチャイルドは音を消す事が出来る。
スターサファイアは動く物の気配を知る事が出来る。
サニーミルクが三人まとめて姿を消させ、
ルナチャイルドが自分達の音を消し、
そしてスターサファイアは周りの動きを把握して姿を消している三人が人や物にぶつからない様に立ち回る。
そうして三人は誰にも気付かれずに店内のメイド達の撮影を行う事が出来た。
無論、これは咲夜の指示で許可されているからだ。
因みに、咲夜自身は三妖精の能力は通じず、発見する事が出来る。
いや、鈴仙など一部の者にも通じないのだが、如何(いかん)せん仕事が忙しすぎて気が回らないのだ。
「ここにある写真は恐らく幻想郷に唯一存在するあの場所の写真よ」
「取引、と言う訳ね」
「理解が早くて助かるわ。それあげるから危険性の無い証人になって頂戴」
文が危険性の無い証人となれば咲夜は山を通過する事が出来る。
以前に天子が起こした異変の時もそう言う例があった。
「これは記事に載せても?」
「結構よ」
「良いでしょう。証人になって差し上げます」
咲夜は文の買収に成功した。
「ああ、そうだ。それからもう一つ」
「何です?」
買収されたからであろうか、文の言葉遣いが変わっていた。
「貴女の部下のあの犬の子………名前なんだったかしら?」
「椛の事ですか?因みに犬では無く白狼天狗。狼です」
「それは失礼。で、その椛よ。あの子、ウチに貸してくれないかしら?」
「椛を?」
「どうせ哨戒任務についてる天狗なんて山ほどいるんでしょう?」
「まぁ、それはそうですが」
「あの子も似合うと思うのよね、メイド服」
「ええ、そうでしょうね」
全く否定せずに文は肯定した。
「でも、組織だから色々あるでしょうし、これで何とかしてくれないかしら?」
そう言って咲夜は更にもう一枚の写真を取り出した。
「そ、それは!?まさか………!!!」
文は再び出された写真に先ほどよりも驚愕した。
「そう、「あの時」のパチュリー様の写真よ」
「なんと………!!!」
あの時、とは、以前客に絡まれて居た所をアリスと魔理沙に助けられ、珍しく自然にほほ笑んだ時の物だ。
「特集とか組めそうじゃない?この写真だけでも」
「良いでしょう。交渉してみましょう」
文は再びあっさりと買収された。
「ですが、私達も組織。絶対の約束は出来ませんよ?」
「それは承知してるわ」
「解りました。では、取り敢えず私が保証をしてきますので貴女は山を抜けて良いですよ。ただし、余計な事はしないように」
「解ってるわ」
咲夜がそう返事を返すと、文は空へと舞い上がり、そして去って行った。
「さ、行きましょうかね」
そう呟くと咲夜は山の上の天界を目指した。
雲海
「さて、会えるかしらね?」
咲夜は天界に行く前に、その手前の雲海で足を止めた。
「おや?誰かと思えば………」
すると、程なくして咲夜の探している人物が現れた。
「お久しぶりね、永江衣玖」
空気を読む程度の能力を持つ竜宮の使い、永江衣玖だ。
「紅魔館のメイド長、十六夜咲夜、でしたね?」
衣玖の方も咲夜を覚えていたようだ。
「ええ」
「その貴女が何故こんな所に?まさか、また天界にでも行くつもりですか?」
「そのまさかよ」
咲夜は即答した。
「また総領娘様が何か問題を?」
衣玖は眉をひそめて尋ねる。
表情から察するに、前からかなり頻繁にやっていたようだ。
「いえ、あの子に用があるのは間違いないけど、別にそう言う理由じゃないわ」
「でしたら、どのような?」
「今、下界で流行ってる店の事はご存じかしら?」
「下界で?確か、メイド喫茶とか言う店が出来たと聞きましたが?」
「そう、それ。それって私達が経営してるんだけど、色々頼みたい事があってやって来たのよ」
「頼みたい事ですか?」
「ええ。まず一つは店を手伝って貰う事ね」
「…………………総領娘様に?」
暫(しば)し間が空いてから衣玖は尋ねた。
「ええ」
「あの総領娘様に?」
「ええ」
「本気ですか?」
本気で心配している顔つきで衣玖が問う。
「勿論よ」
「手伝うとお思いですか?」
「私がいきなり行って手伝えって言っても無理でしょうね」
「策はある、と?」
「ええ。取り敢えず、貴女にも手伝って貰いたいわ」
「何故そう言う流れに?」
「貴女だって「あの」って言うくらいなんだからあの子の性格は知ってるでしょう?監視役は必要だと思うの」
「それ自体に異論は挟みません。が、その監視役が私だと言うのは納得がいきません」
「あら?だって貴女ってあの子のお目付け役でしょ?」
「全然違います」
「でも、半(なか)ば任されてない?」
「………否定は出来ませんね」
傍若無人で自分勝手な天子の相手をするのは楽では無い。
良くも悪くも、空気の読める衣玖は天子の相手を出来る数少ない人材だった。
「それにあの子って修行してなった天人じゃないせいであんなに我儘なんでしょう?」
そう、天子は親のついでに天人になっただけだ。
故に、修行等で雑念を払うと言う事などを行っていない為、雑念持ちの天人と言うなんともおかしな存在になってしまった。
「まぁ、確かに。お陰で年中暇だ暇だと言ってますしね」
他の天人は雑念などを払って来ているので日々歌って踊っているだけでも退屈になる事はない。
そもそも欲が無いのだから。
「そこで、よ。ウチで働かせれば退屈凌ぎになるんじゃないかしら?」
「なっても一時的ですよ。飽きたらサボりますよ?」
「だから、そうしない為に貴女と一緒に働かせようとしてるんじゃない」
「とんだとばっちりですね」
「でも、考えてみて。あの子が働く事で人との繋がりを持てば、あの性格も少しは丸くなるんじゃないかしら?」
「ふ……む………確かに、その可能性は否めません」
少し考えてから衣玖はそう返す。
「どうせ今より悪くなんてならないでしょ?だったらやってみるのも悪くないんじゃない?」
「そこまで最悪では無いとは思いますが………しかし、私の一存では決めかねます」
半ば押しつけられてる感があるとはいえ、衣玖は天子のお目付け役でも保護者でもないのだから。
「あの子の親に相談してみれば?どうせ制御出来てないって事は自分の子供なのに手を持て余してるんでしょ?」
「黙秘します」
「まぁ、良いわ。そう言う訳で頼んでみてくれないかしら?」
「確率は相当低いですよ?」
「構わないわ。ああ、それからもし首尾よく了承もらえたら、ついでに天人の力で2号店建てて欲しいのよね。資金等は勿論こちらで持つから」
「首尾良く行きましたら頼んでみます」
「それじゃあ行きましょうか」
「貴女も来るんですか?」
「そりゃ結果次第でこっちも動かなきゃならないもの」
「解りました。が、流石にお目通りは出来ませんよ?」
流石に外来の、ましてや地上の人間の咲夜が総領娘と称される天子の親に会えるわけもない。
「それぐらい解ってるわ。前に行った場所で待ってれば良いでしょう?」
「ええ」
そうして咲夜と衣玖は天界へと向かった。
天界
衣玖と別れてから数十分後。
「ただいま戻りました」
「あら、お帰りなさい。で、首尾は?」
「すんなり了承がもらえました。少し驚いてます」
「ま、それほどあの子に手を焼いてたって事じゃない?」
「かも知れません」
衣玖も否定はしなかった。
「上手く行くだろうとは思ってたけど、良くすんなり行ったわね」
咲夜が上手く行くと思ってたのは、衣玖もなんだかんだで天子に手を焼かされているのを知っていた。
なので、バイトに行く事で天子が変わる事を期待し、説得するだろうと思っていたからだ。
「ええ……話をする時に貴女に渡された広告を見せたんです」
咲夜は天界についてから、衣玖に別れ際に従者喫茶の広告を渡した。
無論、どう言う店かを見せる為。
知らせずに後で文句を言われると面倒だからだ。
「あの広告が効いたの?」
「ええ、あれを見た瞬間」
「ティンと来た!」
「と、叫んで、一発で了承されました」
「そ、それは凄いわね」
咲夜も少し驚いている。
「あ、そうだ。2号店拡張の件はどうかしら?」
「ああ、その事も伝えましたら」
「良いね。ドンドンやってくれたまえ!」
「と言って快く引き受けて下さいました」
「そ、そう」
予想外の返答に咲夜も少し戸惑っていた。
「まぁ、良いわ。じゃあ、詳細は追って連絡するからその時が来たらお願いね」
「まぁ、仕方ありませんね」
衣玖はそう返す。
「さて、忙しくなりそうね」
そう言って咲夜は地上へと降りて行った。
数日後
天人の力を借りて2号店はあっという間に出来上がった。
そして、本店と2号店でスタッフも振り分けられた。
本店は
咲夜、妖夢、鈴仙、美鈴、パチュリー、天子、衣玖
2号店は
霊夢、早苗、小町、輝夜、妹紅、椛、橙
因みに2号店店長は暫定だが、早苗だ。
早苗達主戦力はレミリアが直々にそれぞれの主の所に出向き、延長の許可を取って来てあった。
誓約書もある為、暫くの間は戦力が安定しそうだった。
前もって文が作った写真入りの広告が撒かれていた事も有り、今日も従者喫茶は大盛況となりそうだ。
本店
「妖夢ちゃん!こっち!!」
「鈴仙ちゃん、こっち来て!!」
「美鈴さまぁ!!」
「衣玖さん!こっち来て下さい!!」
「てんこちゃん、こっちこっち!!」
「てんこ言うな!天子よ!!」
相変わらずの盛況っぷりである。
店を二つに分けたのにも関わらず、まだ列が出来る。
そうしてまた新しい客が入ってくる。
「お帰りなさいませ~って、チルノに大ちゃん?それにレティまで」
天子が出迎えると、そこには友人達が並んでいた。
「あんたが働いているって言うから来てやったわ!!」
「こんにちは、天子さん。お邪魔しますね」
「へぇ、結構似合ってるじゃない」
3人とも挨拶も兼ねてそう言う。
「あんま見られたくなかったんだけどね………で、今日はお客?」
「はい」
天子の質問に大妖精が返す。
「まぁ、あんた達が禁煙席の訳はないか………」
スパンッ!!
「った!!」
天子は突然頭を叩かれた。
「何すんのよ!」
「言ってるでしょう。いくら知り合いだろうと友人だろうと、業務中ならお客様。ちゃんとお客様として接しなさい」
咲夜が頭を叩いたシルバートレイを持ったままそう言った。
「解ったわよ………それではお嬢様方、こちらにご案内いたします」
珍しく素直に言う事を聞く天子。
何故か?
それは、下手に逆らうとリアルに雷が落ちるからだ。
衣玖から。
だけじゃない。
その後咲夜に長々とお説教もされる。
天子も力が強い方だが、この店には力を持つ者がゴロゴロ居る。
そして皆、店の規約には従っている。
つまり、下手に逆らうと店員全員を敵に回す。
一人一人順番に、なら兎も角、一気にまとめて来られると洒落にならない。
なので、天子も大人しく従っているのだ。
プラスして、今暴れるとチルノ達友人にも迷惑が行くため、余計に暴れられないのだ。
「それでは、御注文が決まりましたらお呼び下さい」
天子はマニュアル道りの対応をして去って行った。
「さて!どれ選ぼうかな!!」
早速チルノがワクワクした目でメニューを見る。
「好きなの選べば良いわよ」
横に居るレティがそう答えた。
「大ちゃんは?」
「え!?あ、あの、ちょっと考えるね」
大妖精も滅多に見ない料理に目移りしていた。
「それにしても、ちゃんと働いてるもんだね~」
レティは遠目で天子を眺めながら呟いた。
因みに、天子の衣装だが、妖夢や鈴仙の様にスカートが短いタイプだ。
服の色は髪の色と同じ青。
名前が書いてあるバッジの所が桃型になってるのが特徴だ。
当然帽子をかぶってる訳はなく、フリルカチューシャである。
「天子ちゃん、こっち!」
呼ばれて対応する天子。
「はいはい、お待たせしました」
「ねぇねぇ、天人って皆天子ちゃんみたいに可愛いの?」
「ばっ!?だ、誰が可愛いって言うのよ!!そんな事言われたって嬉しくないわよ!!」
「ツンデレktkr!!」
店の一角が激しく盛り上がっていた。
「意外にまともに仕事してますね」
休憩に入る美鈴が咲夜に問い掛ける。
「そうね。まぁ、下手な事すると雷落ちるしね」
「ははは………」
乾いた笑いを返す美鈴だった。
「お待たせしました~」
チルノ達に呼ばれて天子がやって来る。
「時間かかったわね~」
レティが天子に言う。
「しょうがないじゃない、先に呼んでるお客がいたらそっちから順番に行かなきゃならないし」
「大変だね~」
大妖精がそう言う。
「そんな事より注文よ!!」
チルノが叫ぶ。
「はいはい。で、何?」
「あたい、ぜんざい!」
「私はオムレツです」
「私はリゾットってのお願い」
「あんた、熱いの大丈夫なの?」
天子がレティに問い掛ける。
「別に冬の妖怪だからって熱いのが完全にダメって訳じゃないわよ」
「そう。なら良いけど、後、あんた達お金大丈夫なの?」
妖怪や妖精は人間と違って貨幣など持たない。
特にレティは冬だけの妖怪だし、妖精がお金に執着を持つなど聞いた事が無い。
「ああ、大丈夫よ」
そう言ってレティはお金を見せる。
「良く持ってたわね」
「偶に遭遇する人間が命乞いと一緒に勝手に置いていくのよ」
「何?恐喝?」
「勝手にって言ってるでしょ?まぁ、貰って損はしないと思って取っておいたのよ」
「因みにその命乞いした奴は?」
「別段興味もないから放って置いたわ」
ともあれ、レティはちゃんと支払いの出来る貨幣を所持していた。
「まぁ、良いわ。それじゃ、厨房に伝えてくるから……時間かかるわよ」
「はいはい」
レティがそう返事をすると、天子は厨房の方へと向かって行った。
「ま、偶にはこう言うところも良いかもしれないわね」
レティは店内をぐるりと見回りながらそう言う。
「そうですね。色んなお料理があって目移りしちゃいます」
大妖精もそう言った。
「いずれ全部せーはしてやるわ!!」
チルノはそう言う。
「あんた、熱いの平気なの?」
「平気よ!」
「本当に?」
「本当よ!!」
「まぁ、溶けない様に気をつけなさい」
「たいじょーぶよ!!」
根拠もなく胸を張るチルノだった。
一方2号店
「霊夢~!こっちこっち!」
「早苗ちゃん!こっち来てくれ!!」
「妹紅様ぁ!!」
「輝夜様~!!」
「椛ちゃん、こっち~!!」
こちらも大盛況であった。
因みに本店と2号店とではそれほど変わりはない。
細かい所で少しだけ違う程度で殆ど外観から内装まで一緒だ。
「だぁぁぁ!!相っ変わらず忙しすぎ!!」
霊夢が叫ぶ。
咲夜が居ればメイドらしくないと叩かれそうだが、こっちに咲夜は居ない。
ので、若干規制が緩い。
まぁ、霊夢自身は性格も含めて有名なので、別段客も気にはしない。
「霊夢さん!3番テーブルからご指名ですよ!」
早苗が霊夢に叫ぶ。
「ああ、もう!今行くわ!」
しかし、なんだかんだと言っても真面目に仕事はしていた。
霊夢が入口の前を通り過ぎた後に新しい客が入って来た。
「おかえりなさいませ~って文様!」
椛が来客に対応すると、そこには文が居た。
「頑張ってるわね。椛」
「はい!って、席の方にご案内しますね!」
そう言って椛は文を席へと案内した。
「注文が決まったら呼ぶわ」
「はい」
文はメニューに目を走らせる。
「取材目的かい?それとも部下の様子見?」
妹紅が通りすがりに文に尋ねる。
「両方、ですかね。どうですか?椛は」
「悪くないね。それなりに人気あるよ」
犬耳と尻尾は好きな人には堪らない物がある。
元の椛自身の可愛さも相まって、所謂属性持ちには大人気だ。
因みに椛の衣装はベーシックな白と黒のメイド服だ。
普段の衣装の白と赤と言う案もあったが、それは霊夢と被るためボツとなった。
丈の短いスカートには尻尾を通す穴もしっかり空いている。
「それなりに、ですか」
椛の評価を聞いた文がそう呟く。
「ま、早苗や霊夢みたいな有名人には負けるようだね」
「ふ………まるで解ってませんね、椛の事を」
「なんだって?」
「妹紅さん!5番テーブルからご指名です!!」
「はいよ!」
文の言葉が気になった妹紅だが、呼ばれたので行かざるを得なくなった。
「ふぅ………仕方ありませんね」
文は何かを思い立つ。
すると、椛が水とおしぼりを持ってやって来た。
もう少しで文の席に辿り着くと言う所で
ガッ!
「あっ!?」
椛は何かに躓(つまづ)いた。
当然、持っていたおしぼり、そして水が文の方に飛来する。
パシパシッ!!
が、そこは幻想郷最強クラスとも渡り合える実力を持つ文。
おしぼりは勿論、水も溢さずにコップを受け取った。
飛び散った水もしっかりとコップで掬(すく)える所が凄まじい。
尤(もっと)も、殆どの者には見えていないが。
「やれやれ………この店ではお客に水を浴びせるサービスでもあるのかしら?」
椛の小さいとはいえ上がった悲鳴で客の視線も集まっている。
そこへ、文は椛を責めるように言う。
「す、すみません!」
「謝れば良いと言う物では無いでしょう」
更に追い打ちを掛ける文。
思わず、椛の耳も尻尾もシュ~ンと垂れる。
「まぁ、私だから大事には至らなかったけど」
「ほ、本当に申し訳ありません」
「ま、過ぎた事は良しとしましょう。それより、貴女に怪我はなかった?」
「あ、はい。それは大丈夫です」
「それは何より。次から気をつけて頑張りなさい」
笑顔でそう言って椛の頭を撫でる文。
「は、はい!」
椛も笑顔で返事をする。
同時に
パタパタパタパタ!
尻尾が千切れんばかりに振られていた。
犬が喜ぶ時に見せるあの反応だ。
椛が文から解放されると
「椛ちゃん!こっち来てくれ!」
「いや、こっちが先だ!!」
「こっちの方が先だって!!」
「椛ちゃん!こっちよこっち!!」
椛の争奪戦が始まった。
どうやら叱られた時にパタンッと閉じた耳や、嬉しい時に尻尾をパタパタと振っている姿にキュンと来た者達が居たようだ。
「さっき言っていたのはこれか…………」
再び文の近くを通った妹紅が文に言う。
「ふ………まぁ、これも椛の魅力のほんの一部に過ぎませんがね」
「まだあるのか………」
若干呆れ気味に妹紅が呟く。
「まぁ、それを貴女達が知る事はないでしょうが」
「そりゃ残念」
さして残念な風もなく言う妹紅。
そして、そのまま次の客の下へと向かって行った。
「さて、それじゃあ注文を決めましょうかね」
そう言って文は再びメニューに目を落とした。
因みに、椛が躓いたのは文が高速で足を掛けたからだったのであった。
翌日・本店
「お帰りなさいませ、ご主人様」
衣玖が客を迎え入れる。
今日の主戦力のシフトは妖夢、天子、衣玖、パチュリーだ。
「衣玖さん、手慣れてますね~」
妖夢が衣玖の接客を見ながら言う。
「ま、いつもアレの相手してたくらいだから、これくら楽勝でしょう」
天子を見ながら言うパチュリー。
「ははははは……」
愛想笑いで返す妖夢。
因みに衣玖の衣装は、この店では珍しくスカートがミニでは無くロングだ。
元の衣装に準じているかのように、黒い服にエプロンなどの普段は白地の物は薄く赤が入っている。
衣玖の醸し出す、他の店員からは感じ取れない大人の雰囲気は新たな人気を呼んでいる。
お陰で衣玖も引っ張りダコだ。
「妖夢ちゃん、こっち!」
「パチュリーちゃんこっち来てくれ!!」
そして客に呼ばれる二人。
「っと、行きますか」
「そうね」
そう言って呼ばれた客の下に向かう二人。
一方、天子もやはりひっきりなしに呼ばれていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
暫くしてから店内に戒厳令発動対象がやって来た。
尤も、対応した衣玖はさしたる反応を見せなかったが。
「あら、私達が入って来ても反応見せないなんて、中々躾(しつけ)が行き届いているわね」
入って来た客の一人、紫がそう言う。
「まぁ、衣玖だしね~」
更に一緒に入って来た客の伊吹萃香がそう言う。
「それより早く何か食べましょうよ~」
そして戒厳令対象の幽々子がそう言った。
「では、席の方に案内いたします」
やはりさしたる反応も見せずに衣玖は案内する。
そして三人が席に着いた所で。
「今日はどんな目的で来たんですか?」
はじめて質問した。
「あら、漸(ようや)く会話してくれたわ」
楽しそうに言う紫。
「入口で話していると出入りされるお客様の邪魔になりますからね」
「流石、他の奴等と違うね~」
衣玖の返答に萃香が言う。
「そうね~。妖夢も少し見習って貰いたいわねぇ」
メニューから目を離さずに言う幽々子。
「それで、目的は?総領娘様の監視ですか?」
「半分正解」
紫は答える。
「私も天子の様子見とこの店自体の様子見~」
萃香はそう返した。
「言っておきますがお酒はメニューにありませんし、持ち込みも禁止ですよ?」
衣玖は萃香に釘を刺す。
「解ってるよ~」
酒の入っている瓢箪(ひょうたん)を自分の横に置いて萃香はそう言った。
「私は食べに。後は妖夢を見に♪」
幽々子はそう言った。
「そうですか。で、八雲紫。もう半分の目的は?」
再び問い掛ける衣玖。
「目の保養♪」
楽しげに言う紫。
「そうですか。では、ただいま水とおしぼりをお持ちいたします。」
そう言って衣玖は立ち去った。
「あの子、まじめに働いてるわね~」
紫が天子を見ながら言う。
「だねぇ。てっきり暴れてるかと思ったけど」
「そうね~」
萃香と幽々子も意外そうな眼で天子を見る。
「まぁ、下手に暴れると雷落ちそうだものね」
「あ~………リアルにね~」
紫の言葉に萃香が納得する。
「否定はしませんが、まだそのような事態になった事はありませんよ」
水とおしぼりを持った衣玖が現れてそう言った。
「どんな魔法を使ったの?」
幽々子が尋ねる。
「魔法など何も。地上の妖精達と遊んでいる内に総領娘様に何か芽生え始めてるのかも知れません」
衣玖はそう返す。
「なるほどね……」
興味深そうな返事を返す紫。
「さて、それではご注文がお決まりに…」
「決まってるわ~」
幽々子が衣玖にそう言う。
「ああ、メイド長より託(ことづか)っております。全メニュー注文は一セットに限らさせて頂きます」
衣玖は先に幽々子に釘を刺す。
「相変わらずぬかりの無いメイドね~」
咲夜の事を指して言う幽々子。
「他のお嬢様方は?」
紫と萃香に尋ねる衣玖。
「私達はゆっくり考えるわ」
「そだね~」
紫と萃香はそう答えた。
「畏まりました。では、そちらのお嬢様は全メニュー一セットで宜しいでしょうか?」
「ええ、結構よ~」
衣玖に問われてそう返す幽々子。
「では、そちらのお嬢様方は注文が決まりましたらお呼び下さい。失礼します」
そして衣玖は去って行った。
「あのメイド長とどっちが瀟洒かしら?」
「良い勝負するんじゃない?」
紫の言葉に萃香がそう返す。
そんな時
「きゃっ!!」
小さな悲鳴が上がった。
店員の一人がどうやらお尻を触られたようだった。
が、その場所は人が一杯居る為、一見では誰か解らなかった。
当然、やった本人は知らんぷりしている訳だから。
が
バチンッ!!
「ふぎゃっ!?」
一人の男が電撃を浴びせられて悲鳴を上げた。
「お客様、お触りは厳禁ですよ?」
ニッコリと笑顔で言う衣玖。
「な……ご………」
何で、誤解だとか言いたかったのだろうが、電撃で痺れて上手く喋れていない。
「私の能力は空気を読みます。表面上は平静を装っても貴方から他の方とは違う空気が流れてましたから」
何かをやらかした人間と言うのは表面上は平静を装っても内面まではそうはいかない。
そう言った微妙な心象から起きる空気を衣玖は的確に読み取ったのだ。
「い、言いがかり………!!」
漸く喋れるようになり、そう言おうとした男だが、
「言い訳は見苦しいわね」
突然、咲夜が現れてそう言った。
「あら、メイド長。今日は非番では?」
衣玖が咲夜に問い掛ける。
「時間が空いたから様子見に来たのよ。そしたらちょうどその男がその子のお尻触る所見えたの。ああ、因みに証拠抑える為に写真も撮ったけど、現像してみる?」
咲夜はカメラを取り出して言う。
男はその一言で黙ってしまった。
「因みに懲りずにもう一度やった場合は…………」
バリバリバリバリッ!!!
衣玖の右手に凄まじい電撃が集約される。
「これ、差し上げますよ?」
笑顔でそう言う衣玖に、男は真っ青になってしまった。
因みに咲夜は確かに現場を見はしたが、写真までは取ってない。
ただのハッタリだが、こう言う場合は効果抜群だろう。
「本当、あの二人で完全瀟洒対決して見て欲しいわね」
「良いね~面白そうだ」
「見ものね~♪」
その様子を紫達は楽しげに眺めて居た。
「思ったんだけどさ、幽々子?」
萃香が唐突に幽々子に呼びかける。
「何?」
「あんた、お金は?毎回あれ頼んでるみたいだけど、大丈夫なの?」
「ああ、それなら心配ないわよ~」
「そうね」
幽々子の言葉を紫が肯定する。
「ふ~ん………」
今一釈然とはしなかったが、この二人が言うなら大丈夫なのだろうと萃香も判断した。
そして、その後は何事も起こる事なく過ぎて行った。
数日後・夜・本店
「さて、皆揃ったわね」
従業員全員を揃えて咲夜が言う。
今日はミーティングの日だった。
業務内容や成績などを公表したりする。
「………以上が現状ね。皆も慣れて来たみたいだし、ここの所は安定してるわ」
咲夜がそう言う。
「けど、今一つ足りない感があるのよね」
「足りない?」
咲夜の言葉に鈴仙が聞き返す。
「ええ。確かにウチは外の世界の料理をメインに出してるけど、ちょっと物足りないのよね」
まぁ、外の世界とは違い、用意できる食材に制限があるのでどうしようもない。
「そこで、よ。皆に何か新メニューを考えて貰いたいの」
「新メニューね~」
霊夢が視線を天井に向けながら考え込む。
「ん~………メニューの中の何個かを大盛りにするとか?」
小町がそう提案する。
「牛丼屋かなんかじゃないんだから………それに、そんな事したら………」
「あ~………」
咲夜の返答に小町もすぐに思いつく。
ああ、アレが来る、と。
「面目ない」
察してションボリする妖夢。
「果物てんこ盛りとか?って同じか」
霊夢が提案したが、直ぐにそう気付いた。
その時
ピキーンッ!!
「何事?」
突然、頭の上に何かが閃いたかのように、何処からともなく電球を浮かべた小悪魔に皆が注目した。
「閃きましたよ!!」
叫ぶ小悪魔。
因みに小悪魔は従業員では無いが、色々と知識は深いので参加して貰っている。
「霊夢さんがヒントをくれました」
「私が?」
霊夢が不思議そうな顔で尋ねる。
「そう。てんこ盛り………天子(てんこ)盛り………天子(てんし)盛り………女体盛り……………コレダ!!!」
「コレダ!!!じゃねぇ!!!」
ほぼ全員が一斉に突っ込む。
「ふっざけんじゃないわよ!!大体私は天子だっつってんでしょうが!!」
天子が吼える。
「しかし、これは違った意味で皿まで食べれr」
「お黙り」
バチンッ!!
「ふぎゃん!?」
パチュリーに電撃の魔法を使われて痺れる小悪魔。
「さ、これは無視して続けましょう」
「そうね」
輝夜がパチュリーに同意する。
「それじゃ他には?」
「ってかさ、紅魔館って人の里と違う料理とか出してるんだろう?そう言うのはどうなんだ?無論、人肉系統は却下だが」
妹紅が咲夜に問い掛けた。
「ん~………そうねぇ……確かにケーキとかプリンとかあるけど」
「既に出てますね~」
橙がそう答える。
「そうなのよ。まぁ、そう言う訳で皆に何か期待してるんだけど」
ピキーンッ!!
痺れて机に伏していた小悪魔の頭上に再び電球が煌(きら)めいた。
「今度は何よ?」
全く期待を込めずに咲夜が問う。
「ふ………ふふふ………今度こそ完璧ですよ!!」
ゆっくりと起き上がりながら小悪魔は言う。
「で、何?」
輝夜が問う。
「新メニューの名前はパチュリープリンです!!」
「はい?」
パチュリー含めて数人が聞き返す。
「聞きたいですか?聞きたいですか?聞きたいでしょう!?」
「他に何かあるかしらね~?」
天子は無視をした。
「ちょっ!?無視しないで下さいよ!!」
「うるっさいわね………何よ?」
霊夢が気だるそうに聞く。
「聞いて驚いて下さい!!パチュリープリンとは、パチュリー様のオッパイの型を取り、その型にプリンの素材を流し込んでオッパイ型のプリンを作ると言う…」
バリバリバリバリッ!!!
「ふぎゃんっ!?」
先程よりも強い電撃が小悪魔を襲い、小悪魔は気絶した。
「さて、それでは他に何かありませんかね?」
電撃を放った張本人、衣玖は小悪魔を無視して話を進めた。
「さすが空気を読む能力。解ってるわね」
パチュリーがそう言う。
「そう言えば早苗さんは外の世界から来ましたけど、何か案はないんですか?」
椛が早苗に問い掛ける。
「ん~……色々あるんですけど、材料の問題や、そう言うのって迂闊に幻想郷に広めて良いのかなぁって」
早苗はそう答えた。
「別に料理程度なら問題ないわ。幻想郷にある素材でしか出来ないんだし」
突如響いてきた声。
「紫様!?」
主の主のお出ましに橙も驚く。
「あら、良いの?」
咲夜が尋ねる。
「貴女の所にある図書館にだってレシピが山ほどあるでしょうに。それらが幻想郷入りしている以上、止める道理はないわよ」
確かに、パチュリーの図書館には外の世界で幻想となった物などが転がり込む。
当然、そこには外の世界の料理のレシピだってある。
「ま、材料の都合で大して実現できないでしょうけど」
「そうねぇ………ねぇ、早苗。一度図書館のレシピ見てくれないかしら?宜しいですよね?パチュリー様」
咲夜は早苗とパチュリーに問い掛ける。
「別に構わないわよ。目的もはっきりしてるし、どこぞの魔法使いみたいに盗むようにみえないし」
パチュリーはそう答えた。
「そう言う事でしたら一度お邪魔させて貰います」
早苗もそう答えた。
「でも貴女が首を突っ込むなんて意外ね?」
咲夜が紫に問い掛ける。
「結構気に入ってるのよ、この店。頑張って頂戴ね♪」
紫はそう言うと境界を開けて去って行った。
「さて、それじゃあ新メニューは一旦早苗に任せましょう。今日の所は解散ね」
そうして今回のミーティングは解散となった。
「外の世界の料理、ですか」
紅魔館への帰りの道中、美鈴は呟いた。
「あら?興味ある?」
咲夜が尋ねる。
「ええ」
「そう言えば、貴女も中華料理は凝ってたものねぇ」
パチュリーが思い出したように言う。
「はい。ですが、それ以外はあまり見てなかったんですよね~」
転がり込んで来た物が外の世界のさらに外の国の言葉であれば美鈴には読めない。
最近はともかく、昔はこの国の言葉で書かれている外の国の本などなかったのだから。
必然的に自分が読める字で書かれている物、そしてその内その系統の料理の本しか読まなくなっていた。
つまり、洋風料理は絵を見た瞬間に読めない字で書かれてる本だと判断してしまっていたのだ。
実際は読める言葉で書かれている物もあったのだが。
「どんなものか楽しみですね~」
気絶した小悪魔を背負いながらそう言う美鈴だった。
数日後・夜・本店
早苗がいくつか新メニューを作ったと言う事で試食会を兼ねて再び全員集合と相成った。
「新メニューかぁ………どんなのかしら?」
期待を込めて霊夢が呟く。
「やっぱり斬新な物なんですかね~?」
妖夢も期待していた。
「変なの……は、流石になさそうね」
普段の早苗を想像して流石にそれはないか、と思う鈴仙。
「美味い事を期待するよ」
小町もそう言う。
「さ、数があるので少量ですが、まずは一つ目どうぞ」
そう言って早苗と数名が料理を持って入って来た。
そして机に並べられる。
「………ラーメンって奴?にしてはスープが無いわよね?」
霊夢が問いかける。
「蕎麦じゃないよな。色が全然違うし」
妹紅も不思議そうな目でそれを見る。
「察するに、この上の赤いのを混ぜて食べるのかしら?」
輝夜が早苗に問い掛ける。
「はい。料理の名前はスパゲッティです。上に載ってるミートソースを混ぜて食べて下さい」
早苗は皆にそう言う。
「ふ~ん………でも、結構良い匂いね」
天子が言う。
「確かに」
衣玖が同意する。
「いっただっきま~す!」
橙が最初に口にする。
まずは皆、橙の感想を待つ。
「んぐ…んぐ………」
橙は口に入れ込んだのを飲みこんでから
「美味しいです!!」
と、叫んだ。
それに呼応するように皆次々に口にする。
「ん、確かに美味い」
小町もそう言った。
「本当、美味しいわね」
輝夜もそう言う。
皆次々に美味しいと感想を言う。
「幻想郷の材料で作れるの?こんなの」
霊夢が早苗に問い掛ける。
「ええ、大元となるパスタと呼ばれるその麺は、強力粉・卵・塩の三つで作れます」
因みに一重にパスタと言っても色々ある。
が、ここで言っても説明が長くなるので敢えて早苗は説明しなかった。
「パスタが出来れば、あとは載せる物は色々変えられますよ」
そう言って早苗は二皿目を持って来た。
一皿は大した量が無いので既に皆食べ終わっている。
「これは?」
「さっきのはスパゲッティミートソースと言う物で、今度のはカルボナーラと言う物です」
妖夢の問い掛けに早苗はそう返す。
「ま、食べてみるかね」
小町がそう言い、皆食べ始める。
感想はやはり一様に美味いとの事だった。
それから数皿新メニューが登場したが、総じて評価は上々だった。
「まさか、こんなに出てくるとはね」
妹紅が驚いている。
「それに全部美味しかったです」
椛がそう言う。
「そうね」
輝夜が同意した。
「こう、閉鎖的な世界では仕方ないかもしれませんが、料理において貴女達の居る場所は外の世界では数百年前に通過した場所です」
「す、数百年前………」
早苗の言葉に妖夢が驚く。
「確かに凄いですね………」
美鈴が呟き、
「ですが、まだ改良の余地はありますよ」
そしてそう言った。
「面白いわね、美鈴。聞かせて頂戴」
咲夜がそう言い、美鈴は食べた料理に対する改良の余地を次々と言って行った。
そして、それらが言い終わった後。
「ふ………貴女が何故幻想郷料理界のリーサルウェポンと言われてるか解りましたよ」
早苗がそう言った。
「呼ばれてるの?」
霊夢が鈴仙に問い掛ける。
「ほら、前に料理大会で優勝したじゃない?」
「ああ、あったわね」
「それ以来そう言う風にも呼ばれてるそうよ」
「なるほど」
と言う事らしい。
「それにしても凄いわね」
輝夜が呟く。
「どうした?」
妹紅が尋ねた。
「あの子達、この数十分間で幻想郷の料理を数十年は進化させたわ」
「マジか?」
輝夜の台詞に妹紅が驚く。
「あ、そうだ。最後に取って置きがあったの忘れてました」
そう言って早苗は最後の一品を取りに行く。
そして皆に配る。
「何これ!?何これ!?」
橙は興奮して尋ねる。
「イチゴパフェと言う物ですね。見ての通り、デザートです」
「へぇ、美味しそうじゃない」
鈴仙も興味津々(しんしん)のようだった。
「じゃ、さっそく頂くわ」
天子がそう言い、皆揃って食べ始めた。
「おいしい!」
椛が叫ぶ。
「あら、良いわねこれ」
咲夜もそう言う。
「本当。美味しいですね」
衣玖も御満悦のようだった。
橙に至っては食べる事に夢中だった。
「生クリームが無いから作るの無理かと思ったんですが、香霖堂さんにちょうど遠心分離機が入荷されてまして」
「遠心分離機?」
聞きなれない言葉にパチュリーが聞き返す。
「え~っと……詳しい説明は省きますけど、牛乳からパフェに乗ってた生クリームを作り出す機械と思って下さい」
実際にはその為だけにある機械ではないが、詳しい話は早苗もちょっと出来そうになかった。
そして、早苗の説明を聞きながらも皆食べ続けていた。
「さて、色々出してもらったけど、流石に全部とはいかないわ。だから、アンケートを取りましょう」
皆が食べ終えてから咲夜はそう言って紙を渡した。
「さっき食べたもので気に入った物を3つ書いて頂戴。多く選ばれた物を3つか4つ、メニューに追加するわ」
そうして従者喫茶に新しいメニューが増えた。
そして、その事は咲夜の許可を得て椛から文に伝わり、翌朝には幻想郷中に広まっていた。
翌日・2号店
新メニューの宣伝効果も有り、従者喫茶は更に大盛況となった。
「霊夢ちゃん、ミートソースこっちだよ!!」
「橙ちゃん!イチゴパフェはこっちよ!!」
「早苗ちゃん!ステーキセットはここよ!!」
店内は相変わらずの修羅場の様相を見せる。
「輝夜さん!椛さんと交代で休憩入って下さい!」
「解ったわ」
早苗が働きつつも指示を飛ばす。
「小町さん!4番テーブルからご指名です!霊夢さんも12番テーブルからご指名です!!」
「はいはいっと」
「今行くわ!」
「橙ちゃんは7番テーブルひゃん!?」
指示を飛ばしていた早苗が突然悲鳴を上げる。
言わずもがな、セクハラ行為だ。
が、修羅場過ぎて見てる者が居なかった。
「なぁ、あんた。良ければあたいと三途の川でデートしてみるかい?」
ただ一人、小町を除いて。
小町は距離を操って早苗の尻を触った不埒者の側に移動し、何処からともなく取り出した鎌を首筋に当ててそう言った。
男は顔を青くして黙ってしまった。
「こっちも今忙しいんだ。次やったら「ついうっかり」手が滑っちまうかもしれないから………気を付けるんだよ?」
小町はそう言うと鎌を引いて警告のイエローカードを置いてから指名されたテーブルへ向かった。
「珍しく真面目に働いているようですね?」
「し、四季様!?」
小町が呼ばれたテーブルに向かうと、そこには上司の四季・映姫・ヤマザナドゥが居た。
「普段の死神の仕事もこれくらい真面目にやって欲しいものです」
「い、いやだなぁ、あたいはいつも真面目ですって」
「どの口が言いますか。まぁ良いでしょう。注文をお願いしますよ」
「あ、はい」
言われて接客に移る小町。
「ハンバーグセットを1つとコーヒー…………」
「ハンバーグセットとコーヒーですね?以上で宜しいですか?」
「………を」
「へ?」
あまりに小声で小町は聞き取れなかった。
良く見ると、映姫は何故か顔を赤くしている。
「…チゴ…フェを…………」
「え?………ああ、イチゴパフェですね?」
小町は開いているページと僅かに聞こえた言葉で判断した。
「案外可愛い物食べるんですね」
「い、いけませんか!?」
可愛いという言葉に過剰反応して叫ぶ映姫。
「いえいえいえいえいえ!滅相もない!!」
「あ、貴女は注文した物を持ってくればいいのです!!」
「は、はいぃ!!」
怒鳴られて、つい何時ものように飛んでいく小町。
「まったく………」
そう言って何とか平静を取り持とうとする映姫だった。
「ねぇねぇ、早苗。ほらあそこ」
「はい?」
早苗は突如霊夢に呼ばれて指さされた方を見る。
すると、そこには嬉しそうにパフェを食べて居る映姫の姿があった。
「閻魔様のあんな顔初めて見たわ」
「幸せそうに食べますね~」
「本当ね~。ま、確かにあれ美味しかったけど」
霊夢も結構気に入っていたようだ。
「ほらほら、あんた達。呼ばれてんじゃないのかい?」
そこへ小町が現れてそう言った。
「っと、そうでした!霊夢さん、14番テーブルへ!!」
「はいはい」
返事をして霊夢は向かい、早苗もまた呼ばれてるテーブルへと向かった。
「本当に幸せそうな顔しちゃってまぁ…………今度からあれでご機嫌取ってみようかな?」
今度作り方でも聞いておこう。
そう思う小町だった。
一方本店
「美鈴様!カルボナーラはこっちよ~!!」
「パチュリーちゃん!イチゴパフェはこっち!!」
「妖夢ちゃん!!ハンバーグセットはこっちだよ!!」
「鈴仙ちゃん!コーヒーこっち!!」
やはり大盛況故に修羅場ってた。
「凄い人気ね~」
「お帰りなさいませお嬢様」
入って来た幽々子を咲夜が出迎える。
「席空いてるかしら?」
「今空いた席の後片付けをさせております。今暫(しばら)くお待ち下さい」
「解ったわ」
それから程なくして席が空き、幽々子はそこへ案内された。
「ご注文はいつもので?」
咲夜は幽々子に問い掛ける。
「ええ。ついでに新しい物も食べれるしね♪」
そしてそう返す幽々子。
「では、お支払いもいつもので?」
「ええ、お願いね」
咲夜の言葉にそう返す幽々子。
「いつもの?」
戻って来た咲夜に妖夢が聞き返す。
「ええ、彼女は特別な支払い方してるのよ」
「初耳ですよ?一体どんな……」
妖夢が尋ねようとした時だった。
「妖夢ちゃん!こっち来て!!」
「ほら、8番テーブルのお客様がお呼びよ」
「あ、はい!」
しかし、客に呼ばれてしまい聞けず仕舞いになってしまった。
「知らない………か。まぁ、当然ね」
そんな妖夢にそう呟く咲夜だった。
暫くして
とある座席。
「おい、本気か?」
3人組の男たちがボソボソと話し合っている。
「ああ、新メニューのお陰で修羅場になっている今が又と無い好機だ」
「しかし……無謀すぎやしないか?」
あくまで周りに聞こえないように男たちは喋る。
「無謀?それがなんだ」
「落ち着け。お前は今冷静じゃない」
どうやら一人の男が何かを起こそうとし、残る二人が止めようとしているようだ。
「止めても無駄だ。俺は行くぞ」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
だが、その男は二人の言葉に耳を貸さない。
「だが、失敗すれば、いや、成功したとしてもどうなるか解っているだろう?」
「覚悟の上だ」
「何がお前をそこまで…………」
「何が?だと?決まっている。男だからだ」
「ちっ…………かっこつけやがって」
止めようとしていた片方の男が折れた。
「解った。もう止めはせん。せめてお前の事を語り継いでやろう」
「正気か!?まだ間に合うぞ!?」
「無駄だ。何を言おうとも俺は止まらん。そう…………」
男はそこで決意の眼差しを見せ、
「パチュリーちゃんのオッパイを、俺は揉む!!!」
小声で、しかし力強くそう叫んだ。
しかし、言ってる事はただのセクハラだ。
幻想郷だろうが外の世界だろうが間違いなくお縄に付く行為だ。
「逝って来い。骨は拾ってやる」
「おう!」
男は意を決した。
その時、丁度店が妙にざわついていた。
そして、当のパチュリーはその客達に背を向けて近くにいた。
「俺のこの手が真っ赤に燃える………!!」
男は手を眼前に掲げながら呟く。
「オッパイ掴めと轟き叫ぶ!!」
他に聞いている者が居たら、んなもん轟き叫ぶな、と突っ込みが入る所だろう。
「いくぞぅ!!ぶぁぁぁぁぁくねつ!!!」
「ま、待て!!か……」
最後まで止めようとしていた男がその男の名を呼んで止めようとしたが、それよりも早く男は動いてしまった。
そして時間は少し戻る。
「また凄い量ですね、幽々子様」
妖夢は幽々子の側を通りかかってそう言う。
「そう?本当は3セットくらい頼みたいのよ」
「食材が無くなります」
「ええ、メイド長にもそう言われちゃったから1セットで我慢してるわ」
幽々子の「いつもの」とは、メニューに載ってる物を全部頼む物だ。
「そう言えば幽々子様。メイド長、十六夜咲夜に聞いたのですが、何でも特別な支払い方をしてるとか………」
「………ええ、それがどうかしたの?」
幽々子は会話をする時は必ず口にある物を飲みこんでからにしている。
しかし、それでも殆ど箸が止まる様子はない。
「いえ、どう言う支払いをしているのか、と」
「ああ、それは………」
「妖夢ちゃん!こっち来て!!」
再び話の途中で呼び出される妖夢。
だが、仕事中なのだから仕方がない。
「あ、はい!すみませんが、その話はまた後ほど」
「はいは~い」
幽々子は妖夢の背を見送りながらそう返す。
その時。
他の者なら見逃していたかもしれない。
しかし、幽々子は見逃さなかった。
テーブルの下に巧(たく)みに隠しながら妖夢のスカートの中を盗撮する者を。
そして、それを確認した瞬間、殺気が幽々子から立ち上る。
力ある者達が何事かと幽々子の方を見る。
盗撮していた者も向けられた殺意に気づき、逃走を開始する。
だが、それを許す幽々子では無い。
幽々子から男に向けて弾幕が放たれる。
「ちょっ!?幽々子さん!?」
美鈴が驚く。
客だって驚く。
弾幕は男に命中する。
が、放った弾幕の内、何発かは男に当たらずにそのまま流れ弾となってしまった。
流れ弾の先に居たのはパチュリー。
幾(いく)ら幽々子の弾幕とは言え、幽々子も相手を殺さぬように手加減をしている。
そこらの相手を殺さぬように手加減した弾なら、当然パチュリーには難なく捌(さば)ける。
が、突然の事だった為、一発だけ捌き損ねてしまい、背後に流れた。
そして場面は戻る。
「いくぞぅ!!ぶぁぁぁぁぁくねつ!!!」
「ま、待て!!か……」
男が最後に止めようとしたのはモラル的な物もあるが、加えて今店内で起きている状況の事もあった。
そう、幽々子の流れ弾がこちらへ向かっているのだ。
そして、一発を除きパチュリーが捌き、残った一発は………
「ゴッド!フィンガっはぁぁぁぁ!?」
その男の顔面に命中した。
「か、柿○ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
一緒に居た二人の男が吹っ飛んだ男の名を呼ぶ。
「しっかりしろ!柿○ぃぃ!!」
「う………ぐはぁ……………」
致命傷では無いが、流石に顔面に直撃しただけあり、ダメージはデカい。
「だ、大丈夫?」
そこへ流石に心配だったのか、パチュリーがやって来た。
そしてしゃがみ込んで様子を見る。
男は気力でパチュリーの方を向く。
「!!!!」
瞬間、男の目が見開く。
「く………参ったな……真っ白だ…………」
今度は天井を仰いで男はそう呟く。
「咲夜。この人目をやっちゃったみたい」
パチュリーは咲夜にそう言う。
「いえ、違うと思いますが…………」
が、咲夜は気付いていた。
「我が生涯に…………一片の悔いなし!!!」
男はそう叫ぶと、ガクッと首の力が抜けた。
「柿○ぃぃぃ!!」
連れの二人が叫ぶ。
「咲夜、どうする?ってあれ?」
パチュリーが振り返るとそこに咲夜は居なかった。
厨房
ドルンッ!!ドドドドドドドドッ!!!
厨房で物騒な音が響いていた。
「イッツァ!ショーターイム!!」
チェーンソー片手に高らかに叫ぶ小悪魔。
「止めなさい」
スパンッ!!
そこへ突如として現れ、チェーンソーの電源を切る咲夜。
「った!何するんですか咲夜さん!!」
「それはこっちの台詞よ。何するつもりだったの貴女は」
「それは勿論、パチュリー様のオッパイを揉もうとし、あまつさえパチュリー様のパンツを覗いた不埒者へ裁きを下そうとしてました!!」
まったく悪びれる様子も見せずに小悪魔は叫ぶ。
そう、あの時真っ白と言ったのは視界が、ではなく、パチュリーの下着が真っ白だと言っていたのだった。
「前者はともかく、後者は事故だったんだからお止めなさい。前者の罰も謀らずとも顔面に食らったでしょう」
「う~……仕方ありませんね………」
渋々チェーンソーを仕舞う小悪魔。
「まったく、あの子はパチュリー様の事になると過敏になりすぎね…………」
そう言いつつフロアに戻る咲夜。
「さて、過敏と言えばもう一人」
そしてドアを開けると、その過敏なもう一人、幽々子の姿があった。
「これかしら?私の妖夢のスカートの中を盗撮していたのは?」
倒れ伏している男からカメラを取り上げながら言う幽々子。
その顔は笑っているが、目が全く笑ってない。
見ている者すら恐怖に陥れる表情だ。
幽々子はカメラを持つ手に力を入れると……
グシャッ!!!
まるでトマトか何かを握り潰すかのようにあっさりとカメラを握り潰してしまった。
あの細い腕の何処にそんな力があるのかと、皆一様に思っていた。
そして、次はうつ伏せに倒れている男の後頭部を掴むと、そのまま持ち上げる。
「あ……ががががが……………!!」
恐らく幽々子が力を入れて掴んでいるのだろう、男は苦悶の呻(うめ)きを漏らす。
「さて、それじゃあお外でお仕置きの続きと行きましょうか?店内じゃ営業妨害になりそうだし」
幽々子はそう言うと男をそのまま引きずって店の外へと出て行ってしまった。
「貴女の所も大概過保護ねぇ………」
鈴仙が妖夢に向かって言う。
「あうぅ………」
妖夢が恥ずかしげに俯(うつむ)く。
「あの、一つ良いですか?」
ふと、美鈴が誰にともなく尋ねる。
「どうしたの?」
パチュリーが問いかける。
「今、幽々子さん、お会計済ませました?」
美鈴の言葉に店内がシンッとなる。
「食い逃げだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
店内一斉に突っ込む。
「お待ちなさい」
が、咲夜が制止の声を上げた。
「支払いなら問題ないわ」
「へ?」
妖夢が驚いて素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出す。
「そう言えば、西行寺幽々子だけ支払方法が違うって聞いたけど、どう言う事?」
パチュリーが咲夜に問い掛ける。
「妖夢は何も聞いてないのよね?」
「え?ええ」
突然咲夜に話を振られてそう返す妖夢。
「西行寺幽々子の特別支払、それは……」
「それは?」
妖夢が聞き返す。
「妖夢の給料から差し引く事よ」
「はいぃぃぃぃぃぃ!?!?」
妖夢が悲鳴に近い声を上げた。
「ちょっ!?何ですかそれ!?」
「聞いての通りよ?」
「え!?だって、全メニュー1セットって言ったら…………」
「かるく万は超えるわね。一回で2~3万は行ってる筈よ」
咲夜は何事もないかのように言う。
「ちょっ!?だって、幽々子様に月に何回か来てますよ!?」
「ええ。だから貴女の給料は寧(むし)ろマイナスになっているわ」
「って言うか、妖夢。貴女給料支払いどうしてたの?」
鈴仙が妖夢に尋ねる。
「幽々子様が直接受け取るって言いまして………元々私は必要以外のお金は持ち歩いてませんから」
「あ~………」
だからこそ、今の今まで気づかなかったのだ。
「まぁ、そう言う訳だから西行寺幽々子の支払いは気にしなくて良いわ」
「あの~………メイド長?因みにどれくらい借金溜まってるんですか?」
控えめに尋ねる妖夢。
「軽く2,3ヶ月はタダ働きくらいね」
「幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
既に立ち去った主の名を叫んで泣く妖夢。
哀れ。
それ以外に表す言葉が見つからない面々だった。
「霊夢~!こっち来て~!!」
「早苗ちゃーん!ミートソースこっちだよ!!」
「橙ちゃん、コーヒーこっちよ!!」
「鈴仙ちゃん!ハンバーグセットこっち!!」
「妖夢ちゃん!こっちこっち!」
「美鈴様~!こっちいらして~!!」
「輝夜さまぁ!こちらに紅茶を~!!」
「衣玖さん!こっち来て下さい!!」
「天子ちゃん!!こっちにイチゴパフェ!!」
「椛ちゃん!こっちよこっち!!」
「妹紅様~!!早くいらして~!!」
「パチュリーちゃん!こっち来てこっち!!」
「小町ちゃん!ステーキセットこっちだよ!!」
「咲夜さん!こっちお願いします!!」
「はい、ただいま~!!」
今日も満員御礼の従者喫茶紅魔館。
まだまだ客足は衰えそうにない。
後、後半で出てくる金額表記は、一応外の世界の基準にしました。
幻想郷の基準が分からなかったので^^;
夜11時・メイド喫茶改め従者喫茶紅魔館
「ん~…………」
紅魔館(本物の方)の完全で瀟洒な従者は頭を悩ませていた。
睨んでいるのは会計簿。
メイド喫茶改め、従者喫茶を開いてから3月が経った。
結論から言えば、大成功であった。
最初の物珍しさだけで大して繁盛しないかもと言う危惧は咲夜にもあった。
が、蓋を開けてみれば連日大盛況。
理由は二つ。
一つはメニューだ。
メイド喫茶が和風全開では服と店の雰囲気が合わない。
それ故、メニューもメイド服や執事服に合わせ、洋風、つまり、幻想郷からすれば外の世界の形式を取り入れた。
所謂(いわゆる)ファミリーレストランである。
無論、1000年以上前から殆ど外の情報の入ってこない幻想郷にファミレスなど有る筈がない。
その店のメニューに並ぶ料理然(しか)り、だ。
物珍しさにその料理の新鮮さと美味しさの噂は瞬く間に幻想郷中に知れ渡った。
そしてもう一つは店員だ。
メイド長の咲夜を始め、霊夢、妖夢、鈴仙、早苗と言った人妖問わず人気のある者達がメイド服で働いているのだ。
連日行列も出来よう。
加えて、美鈴、妹紅、輝夜は男装の執事服で働いている。
こちらは女性客に大人気で、やはり行列ができる。
これら二つの理由で従者喫茶は大繁盛であった。
しかし、咲夜は会計簿と厳しい目付きで睨めっこしていた。
「難しい顔してるわね、咲夜」
と、レミリアが部屋に入って来てそう言った。
「お嬢様!?確か、12時に起こせと仰ってませんでしたか?」
予定よりも早い主の起床とその来訪に咲夜は驚く。
「目が早く醒める時だってあるわ。私の事は良いけど、貴女、何を難しい顔をしてたの?」
レミリアは咲夜に尋ねる。
「………店の事なんですが…………」
再び咲夜は会計簿を見ながら難しい顔をする。
「どうかしたの?パチェや美鈴から大盛況って聞いてたけど?」
難しい顔をする状況では無いだろう、とレミリアは思った。
「ええ、それは間違いありません。開店以来ずっと黒字続きです」
「じゃあ、何でそんな顔を?」
「現状とこの先とを考えて少し…………」
「現状とこの先?」
レミリアは首を傾げた。
「現状ですと、間違いなく大盛況。連日長蛇の列が出来るほどです」
「良いじゃない」
「はい。ですが、逆を言えばもっと店が大きければ入れられる客を逃していると言う事にもなります」
あまりの長蛇の列は見た人間に並ぶ気を失せさせる。
「じゃあ、大きくするなり2号店作るなりすればいいじゃない」
「そうしたいのは山々何ですが…………」
「何よ?」
珍しく歯切れの悪い咲夜に問い詰めるように尋ねるレミリア。
「霊夢はともかく、妖夢、鈴仙、橙、小町、早苗は自らの意志で無く、少し強引に出て来て貰ってるようなものですから」
「ああ、それなら聞いたわ」
今上げた5名の内、小町を除く4名はそれぞれの主の気まぐれで働かされてるに過ぎない。
つまり、彼女らの主が飽きてしまえば、彼女らが辞める事も十二分にあり得る。
「彼女らは間違いなく主力なんです。店舗拡大や2号店設立と同時に離脱なんてされようものなら………」
「痛いなんてもんじゃないわね……と言うか、それを面白がって辞めさせる可能性すらあるわ」
レミリアはそれぞれの主の顔を思い浮かべながらそう言う。
咲夜もそれには激しく同意であった。
「それを考えると迂闊(うかつ)に拡張を行えず、かといって現状維持では利益を逃してますし…………」
それが咲夜が頭を悩ませている原因だった。
元々はこの従者喫茶は紅魔館の財政立て直しの為である。
現状では当初の目論見は大成功で、このまま行けば立て直し所か余裕すら出てくる。
しかし、今まで、そしてこれからの紅魔館の状態を考えると、むしろ余裕がないとまた同じ事になりそうである。
理由は魔理沙の来襲と、最近は収まって来てはいるが、フランの大暴れである。
その二つは紅魔館を激しく破壊し、修繕費に偉い額が掛かる。
魔理沙はともかく、フランの大暴れはかなり洒落にならない規模なので、修繕費もそれに見合った額が要求される。
となると、やはり稼げる内に思いっきり稼いでおきたいと考えているのだ。
因(ちな)みに、里の人間からもアルバイト要因は居る。
が、やはり主力組の陰に埋もれるのは否めない。
「なら、拡張をするかしないかはそいつらに会って話してから決めれば?」
レミリアの言うそいつら、とは、先の4名の主達の事だ。
「そう………ですね」
「約束したのにそれを反故(ほご)にしたら私がフラン連れて暴れて来てあげるわ」
「頼もしい限りです」
咲夜は笑顔で返す。
「さ、そう言う訳だから貴女は今日は寝なさい」
「え?いえ、そう言う訳には………」
主が目を覚まして行動を始めた今こそ彼女の従者としての本業だ。
「黙りなさい。貴女、最近あんまり寝て無いでしょう?」
そう、昼は従者喫茶の仕切り、夜はレミリアの世話。
咲夜は殆ど寝る暇がない。
従者喫茶の方は皆大分慣れて来たので最近は少し楽にはなって来ているが。
「しかし………」
「うるさい黙れ寝ろ。寝不足でフラフラの従者など邪魔なだけだ。命令だ。違(たが)える事は許さん」
有無も言わせぬレミリアの命令と罵声。
が、これは咲夜の事を思っての言葉だ。
咲夜とてそれは解っている。
「………はい。ご命令に従います」
「良い子ね。それじゃ私は適当に散歩して来るから貴女はさっさと寝なさい。起きたら働いてもらうんだから」
「はい」
咲夜は笑顔でそう返すと、店を閉めて帰路に着いた。
「ったく、少しは手を抜きなさいよね」
咲夜の背を上空から見送りながらレミリアは呟く。
そして、見送ってから夜の闇へと翔けた。
翌日
太陽がほぼ頭の真上にある時間。
咲夜は山を登っていた。
山とは言わずもがな、妖怪の山の事である。
山を登って少しすると、
「こんにちは。良いお天気ね」
「ええ、こんにちは。じゃあ、帰りなさい」
咲夜の予想通り、山に住む鴉天狗の射命丸文が現れた。
そして二言目に帰れと言われるのも予想通りだ。
「ちょっと用事があるから通り抜けさせて欲しいのだけれど?」
「却下。帰りなさい」
これまた予想通りの返答だった。
「酷いわね」
「出会った瞬間実力行使じゃないだけ優しいわよ?」
「やれやれだわ………」
咲夜は両手を広げて首を振るう。
「大体通り抜けるって何?また空の上にでも行こうって言うの?」
空の上とは天界の事だ。
「その通りよ」
「何の為に?あの天人がまた何かやらかしたの?」
天子の事を指して文が言う。
「いえ、そうじゃないわ。でもあれに用があるのは事実ね」
「なんにしても通せないわ。帰りなさい」
「まぁ、そう来るのは予想済みよ」
「なるほど…………覚悟完了。と言う訳ね?」
文が戦闘態勢に移行する。
「まぁ、落ち着きなさい。これを見ても争いに来たって思うのかしら?」
咲夜はそう言うと何処からともなく何かを取り出す。
「………それは?」
咲夜の取り出した物は写真だった。
文も記者として写真が出てくると気になるようだった。
「こう言う物よ」
そう言って咲夜は背にしていた写真を文に見せる。
「そ、それは!?」
それを見て文は驚愕する。
「そう、あの子達がウチで働いている時の写真よ」
あの子達、とは霊夢達主戦力組を指す。
「そ、そんな………私達でも無理だったのに、どうして!?」
従者喫茶は店内撮影厳禁となっている上に、パチュリーが結界を敷いて外部からの撮影を遮断している。
故に、彼女らのメイド服の写真は天狗と言えど一切手に入らない状態だった。
因みに、天狗達も何人か小型カメラで撮影しようとしたが、悉(ことごと)く失敗した上に肉体的及び精神的ダメージを負って叩き出されていた。
そんな事もあって、人気に対して彼女らの写真はまるっきり出回っていないのであった。
「大した事じゃないわ。光の三妖精、知ってるわね?」
「そうか!彼女達に!!」
文も合点が行った。
光の三妖精とは、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの三人の妖精の事だ。
サニーミルクは光の屈折を操り、視覚を狂わせて姿を消す事が出来る。
ルナチャイルドは音を消す事が出来る。
スターサファイアは動く物の気配を知る事が出来る。
サニーミルクが三人まとめて姿を消させ、
ルナチャイルドが自分達の音を消し、
そしてスターサファイアは周りの動きを把握して姿を消している三人が人や物にぶつからない様に立ち回る。
そうして三人は誰にも気付かれずに店内のメイド達の撮影を行う事が出来た。
無論、これは咲夜の指示で許可されているからだ。
因みに、咲夜自身は三妖精の能力は通じず、発見する事が出来る。
いや、鈴仙など一部の者にも通じないのだが、如何(いかん)せん仕事が忙しすぎて気が回らないのだ。
「ここにある写真は恐らく幻想郷に唯一存在するあの場所の写真よ」
「取引、と言う訳ね」
「理解が早くて助かるわ。それあげるから危険性の無い証人になって頂戴」
文が危険性の無い証人となれば咲夜は山を通過する事が出来る。
以前に天子が起こした異変の時もそう言う例があった。
「これは記事に載せても?」
「結構よ」
「良いでしょう。証人になって差し上げます」
咲夜は文の買収に成功した。
「ああ、そうだ。それからもう一つ」
「何です?」
買収されたからであろうか、文の言葉遣いが変わっていた。
「貴女の部下のあの犬の子………名前なんだったかしら?」
「椛の事ですか?因みに犬では無く白狼天狗。狼です」
「それは失礼。で、その椛よ。あの子、ウチに貸してくれないかしら?」
「椛を?」
「どうせ哨戒任務についてる天狗なんて山ほどいるんでしょう?」
「まぁ、それはそうですが」
「あの子も似合うと思うのよね、メイド服」
「ええ、そうでしょうね」
全く否定せずに文は肯定した。
「でも、組織だから色々あるでしょうし、これで何とかしてくれないかしら?」
そう言って咲夜は更にもう一枚の写真を取り出した。
「そ、それは!?まさか………!!!」
文は再び出された写真に先ほどよりも驚愕した。
「そう、「あの時」のパチュリー様の写真よ」
「なんと………!!!」
あの時、とは、以前客に絡まれて居た所をアリスと魔理沙に助けられ、珍しく自然にほほ笑んだ時の物だ。
「特集とか組めそうじゃない?この写真だけでも」
「良いでしょう。交渉してみましょう」
文は再びあっさりと買収された。
「ですが、私達も組織。絶対の約束は出来ませんよ?」
「それは承知してるわ」
「解りました。では、取り敢えず私が保証をしてきますので貴女は山を抜けて良いですよ。ただし、余計な事はしないように」
「解ってるわ」
咲夜がそう返事を返すと、文は空へと舞い上がり、そして去って行った。
「さ、行きましょうかね」
そう呟くと咲夜は山の上の天界を目指した。
雲海
「さて、会えるかしらね?」
咲夜は天界に行く前に、その手前の雲海で足を止めた。
「おや?誰かと思えば………」
すると、程なくして咲夜の探している人物が現れた。
「お久しぶりね、永江衣玖」
空気を読む程度の能力を持つ竜宮の使い、永江衣玖だ。
「紅魔館のメイド長、十六夜咲夜、でしたね?」
衣玖の方も咲夜を覚えていたようだ。
「ええ」
「その貴女が何故こんな所に?まさか、また天界にでも行くつもりですか?」
「そのまさかよ」
咲夜は即答した。
「また総領娘様が何か問題を?」
衣玖は眉をひそめて尋ねる。
表情から察するに、前からかなり頻繁にやっていたようだ。
「いえ、あの子に用があるのは間違いないけど、別にそう言う理由じゃないわ」
「でしたら、どのような?」
「今、下界で流行ってる店の事はご存じかしら?」
「下界で?確か、メイド喫茶とか言う店が出来たと聞きましたが?」
「そう、それ。それって私達が経営してるんだけど、色々頼みたい事があってやって来たのよ」
「頼みたい事ですか?」
「ええ。まず一つは店を手伝って貰う事ね」
「…………………総領娘様に?」
暫(しば)し間が空いてから衣玖は尋ねた。
「ええ」
「あの総領娘様に?」
「ええ」
「本気ですか?」
本気で心配している顔つきで衣玖が問う。
「勿論よ」
「手伝うとお思いですか?」
「私がいきなり行って手伝えって言っても無理でしょうね」
「策はある、と?」
「ええ。取り敢えず、貴女にも手伝って貰いたいわ」
「何故そう言う流れに?」
「貴女だって「あの」って言うくらいなんだからあの子の性格は知ってるでしょう?監視役は必要だと思うの」
「それ自体に異論は挟みません。が、その監視役が私だと言うのは納得がいきません」
「あら?だって貴女ってあの子のお目付け役でしょ?」
「全然違います」
「でも、半(なか)ば任されてない?」
「………否定は出来ませんね」
傍若無人で自分勝手な天子の相手をするのは楽では無い。
良くも悪くも、空気の読める衣玖は天子の相手を出来る数少ない人材だった。
「それにあの子って修行してなった天人じゃないせいであんなに我儘なんでしょう?」
そう、天子は親のついでに天人になっただけだ。
故に、修行等で雑念を払うと言う事などを行っていない為、雑念持ちの天人と言うなんともおかしな存在になってしまった。
「まぁ、確かに。お陰で年中暇だ暇だと言ってますしね」
他の天人は雑念などを払って来ているので日々歌って踊っているだけでも退屈になる事はない。
そもそも欲が無いのだから。
「そこで、よ。ウチで働かせれば退屈凌ぎになるんじゃないかしら?」
「なっても一時的ですよ。飽きたらサボりますよ?」
「だから、そうしない為に貴女と一緒に働かせようとしてるんじゃない」
「とんだとばっちりですね」
「でも、考えてみて。あの子が働く事で人との繋がりを持てば、あの性格も少しは丸くなるんじゃないかしら?」
「ふ……む………確かに、その可能性は否めません」
少し考えてから衣玖はそう返す。
「どうせ今より悪くなんてならないでしょ?だったらやってみるのも悪くないんじゃない?」
「そこまで最悪では無いとは思いますが………しかし、私の一存では決めかねます」
半ば押しつけられてる感があるとはいえ、衣玖は天子のお目付け役でも保護者でもないのだから。
「あの子の親に相談してみれば?どうせ制御出来てないって事は自分の子供なのに手を持て余してるんでしょ?」
「黙秘します」
「まぁ、良いわ。そう言う訳で頼んでみてくれないかしら?」
「確率は相当低いですよ?」
「構わないわ。ああ、それからもし首尾よく了承もらえたら、ついでに天人の力で2号店建てて欲しいのよね。資金等は勿論こちらで持つから」
「首尾良く行きましたら頼んでみます」
「それじゃあ行きましょうか」
「貴女も来るんですか?」
「そりゃ結果次第でこっちも動かなきゃならないもの」
「解りました。が、流石にお目通りは出来ませんよ?」
流石に外来の、ましてや地上の人間の咲夜が総領娘と称される天子の親に会えるわけもない。
「それぐらい解ってるわ。前に行った場所で待ってれば良いでしょう?」
「ええ」
そうして咲夜と衣玖は天界へと向かった。
天界
衣玖と別れてから数十分後。
「ただいま戻りました」
「あら、お帰りなさい。で、首尾は?」
「すんなり了承がもらえました。少し驚いてます」
「ま、それほどあの子に手を焼いてたって事じゃない?」
「かも知れません」
衣玖も否定はしなかった。
「上手く行くだろうとは思ってたけど、良くすんなり行ったわね」
咲夜が上手く行くと思ってたのは、衣玖もなんだかんだで天子に手を焼かされているのを知っていた。
なので、バイトに行く事で天子が変わる事を期待し、説得するだろうと思っていたからだ。
「ええ……話をする時に貴女に渡された広告を見せたんです」
咲夜は天界についてから、衣玖に別れ際に従者喫茶の広告を渡した。
無論、どう言う店かを見せる為。
知らせずに後で文句を言われると面倒だからだ。
「あの広告が効いたの?」
「ええ、あれを見た瞬間」
「ティンと来た!」
「と、叫んで、一発で了承されました」
「そ、それは凄いわね」
咲夜も少し驚いている。
「あ、そうだ。2号店拡張の件はどうかしら?」
「ああ、その事も伝えましたら」
「良いね。ドンドンやってくれたまえ!」
「と言って快く引き受けて下さいました」
「そ、そう」
予想外の返答に咲夜も少し戸惑っていた。
「まぁ、良いわ。じゃあ、詳細は追って連絡するからその時が来たらお願いね」
「まぁ、仕方ありませんね」
衣玖はそう返す。
「さて、忙しくなりそうね」
そう言って咲夜は地上へと降りて行った。
数日後
天人の力を借りて2号店はあっという間に出来上がった。
そして、本店と2号店でスタッフも振り分けられた。
本店は
咲夜、妖夢、鈴仙、美鈴、パチュリー、天子、衣玖
2号店は
霊夢、早苗、小町、輝夜、妹紅、椛、橙
因みに2号店店長は暫定だが、早苗だ。
早苗達主戦力はレミリアが直々にそれぞれの主の所に出向き、延長の許可を取って来てあった。
誓約書もある為、暫くの間は戦力が安定しそうだった。
前もって文が作った写真入りの広告が撒かれていた事も有り、今日も従者喫茶は大盛況となりそうだ。
本店
「妖夢ちゃん!こっち!!」
「鈴仙ちゃん、こっち来て!!」
「美鈴さまぁ!!」
「衣玖さん!こっち来て下さい!!」
「てんこちゃん、こっちこっち!!」
「てんこ言うな!天子よ!!」
相変わらずの盛況っぷりである。
店を二つに分けたのにも関わらず、まだ列が出来る。
そうしてまた新しい客が入ってくる。
「お帰りなさいませ~って、チルノに大ちゃん?それにレティまで」
天子が出迎えると、そこには友人達が並んでいた。
「あんたが働いているって言うから来てやったわ!!」
「こんにちは、天子さん。お邪魔しますね」
「へぇ、結構似合ってるじゃない」
3人とも挨拶も兼ねてそう言う。
「あんま見られたくなかったんだけどね………で、今日はお客?」
「はい」
天子の質問に大妖精が返す。
「まぁ、あんた達が禁煙席の訳はないか………」
スパンッ!!
「った!!」
天子は突然頭を叩かれた。
「何すんのよ!」
「言ってるでしょう。いくら知り合いだろうと友人だろうと、業務中ならお客様。ちゃんとお客様として接しなさい」
咲夜が頭を叩いたシルバートレイを持ったままそう言った。
「解ったわよ………それではお嬢様方、こちらにご案内いたします」
珍しく素直に言う事を聞く天子。
何故か?
それは、下手に逆らうとリアルに雷が落ちるからだ。
衣玖から。
だけじゃない。
その後咲夜に長々とお説教もされる。
天子も力が強い方だが、この店には力を持つ者がゴロゴロ居る。
そして皆、店の規約には従っている。
つまり、下手に逆らうと店員全員を敵に回す。
一人一人順番に、なら兎も角、一気にまとめて来られると洒落にならない。
なので、天子も大人しく従っているのだ。
プラスして、今暴れるとチルノ達友人にも迷惑が行くため、余計に暴れられないのだ。
「それでは、御注文が決まりましたらお呼び下さい」
天子はマニュアル道りの対応をして去って行った。
「さて!どれ選ぼうかな!!」
早速チルノがワクワクした目でメニューを見る。
「好きなの選べば良いわよ」
横に居るレティがそう答えた。
「大ちゃんは?」
「え!?あ、あの、ちょっと考えるね」
大妖精も滅多に見ない料理に目移りしていた。
「それにしても、ちゃんと働いてるもんだね~」
レティは遠目で天子を眺めながら呟いた。
因みに、天子の衣装だが、妖夢や鈴仙の様にスカートが短いタイプだ。
服の色は髪の色と同じ青。
名前が書いてあるバッジの所が桃型になってるのが特徴だ。
当然帽子をかぶってる訳はなく、フリルカチューシャである。
「天子ちゃん、こっち!」
呼ばれて対応する天子。
「はいはい、お待たせしました」
「ねぇねぇ、天人って皆天子ちゃんみたいに可愛いの?」
「ばっ!?だ、誰が可愛いって言うのよ!!そんな事言われたって嬉しくないわよ!!」
「ツンデレktkr!!」
店の一角が激しく盛り上がっていた。
「意外にまともに仕事してますね」
休憩に入る美鈴が咲夜に問い掛ける。
「そうね。まぁ、下手な事すると雷落ちるしね」
「ははは………」
乾いた笑いを返す美鈴だった。
「お待たせしました~」
チルノ達に呼ばれて天子がやって来る。
「時間かかったわね~」
レティが天子に言う。
「しょうがないじゃない、先に呼んでるお客がいたらそっちから順番に行かなきゃならないし」
「大変だね~」
大妖精がそう言う。
「そんな事より注文よ!!」
チルノが叫ぶ。
「はいはい。で、何?」
「あたい、ぜんざい!」
「私はオムレツです」
「私はリゾットってのお願い」
「あんた、熱いの大丈夫なの?」
天子がレティに問い掛ける。
「別に冬の妖怪だからって熱いのが完全にダメって訳じゃないわよ」
「そう。なら良いけど、後、あんた達お金大丈夫なの?」
妖怪や妖精は人間と違って貨幣など持たない。
特にレティは冬だけの妖怪だし、妖精がお金に執着を持つなど聞いた事が無い。
「ああ、大丈夫よ」
そう言ってレティはお金を見せる。
「良く持ってたわね」
「偶に遭遇する人間が命乞いと一緒に勝手に置いていくのよ」
「何?恐喝?」
「勝手にって言ってるでしょ?まぁ、貰って損はしないと思って取っておいたのよ」
「因みにその命乞いした奴は?」
「別段興味もないから放って置いたわ」
ともあれ、レティはちゃんと支払いの出来る貨幣を所持していた。
「まぁ、良いわ。それじゃ、厨房に伝えてくるから……時間かかるわよ」
「はいはい」
レティがそう返事をすると、天子は厨房の方へと向かって行った。
「ま、偶にはこう言うところも良いかもしれないわね」
レティは店内をぐるりと見回りながらそう言う。
「そうですね。色んなお料理があって目移りしちゃいます」
大妖精もそう言った。
「いずれ全部せーはしてやるわ!!」
チルノはそう言う。
「あんた、熱いの平気なの?」
「平気よ!」
「本当に?」
「本当よ!!」
「まぁ、溶けない様に気をつけなさい」
「たいじょーぶよ!!」
根拠もなく胸を張るチルノだった。
一方2号店
「霊夢~!こっちこっち!」
「早苗ちゃん!こっち来てくれ!!」
「妹紅様ぁ!!」
「輝夜様~!!」
「椛ちゃん、こっち~!!」
こちらも大盛況であった。
因みに本店と2号店とではそれほど変わりはない。
細かい所で少しだけ違う程度で殆ど外観から内装まで一緒だ。
「だぁぁぁ!!相っ変わらず忙しすぎ!!」
霊夢が叫ぶ。
咲夜が居ればメイドらしくないと叩かれそうだが、こっちに咲夜は居ない。
ので、若干規制が緩い。
まぁ、霊夢自身は性格も含めて有名なので、別段客も気にはしない。
「霊夢さん!3番テーブルからご指名ですよ!」
早苗が霊夢に叫ぶ。
「ああ、もう!今行くわ!」
しかし、なんだかんだと言っても真面目に仕事はしていた。
霊夢が入口の前を通り過ぎた後に新しい客が入って来た。
「おかえりなさいませ~って文様!」
椛が来客に対応すると、そこには文が居た。
「頑張ってるわね。椛」
「はい!って、席の方にご案内しますね!」
そう言って椛は文を席へと案内した。
「注文が決まったら呼ぶわ」
「はい」
文はメニューに目を走らせる。
「取材目的かい?それとも部下の様子見?」
妹紅が通りすがりに文に尋ねる。
「両方、ですかね。どうですか?椛は」
「悪くないね。それなりに人気あるよ」
犬耳と尻尾は好きな人には堪らない物がある。
元の椛自身の可愛さも相まって、所謂属性持ちには大人気だ。
因みに椛の衣装はベーシックな白と黒のメイド服だ。
普段の衣装の白と赤と言う案もあったが、それは霊夢と被るためボツとなった。
丈の短いスカートには尻尾を通す穴もしっかり空いている。
「それなりに、ですか」
椛の評価を聞いた文がそう呟く。
「ま、早苗や霊夢みたいな有名人には負けるようだね」
「ふ………まるで解ってませんね、椛の事を」
「なんだって?」
「妹紅さん!5番テーブルからご指名です!!」
「はいよ!」
文の言葉が気になった妹紅だが、呼ばれたので行かざるを得なくなった。
「ふぅ………仕方ありませんね」
文は何かを思い立つ。
すると、椛が水とおしぼりを持ってやって来た。
もう少しで文の席に辿り着くと言う所で
ガッ!
「あっ!?」
椛は何かに躓(つまづ)いた。
当然、持っていたおしぼり、そして水が文の方に飛来する。
パシパシッ!!
が、そこは幻想郷最強クラスとも渡り合える実力を持つ文。
おしぼりは勿論、水も溢さずにコップを受け取った。
飛び散った水もしっかりとコップで掬(すく)える所が凄まじい。
尤(もっと)も、殆どの者には見えていないが。
「やれやれ………この店ではお客に水を浴びせるサービスでもあるのかしら?」
椛の小さいとはいえ上がった悲鳴で客の視線も集まっている。
そこへ、文は椛を責めるように言う。
「す、すみません!」
「謝れば良いと言う物では無いでしょう」
更に追い打ちを掛ける文。
思わず、椛の耳も尻尾もシュ~ンと垂れる。
「まぁ、私だから大事には至らなかったけど」
「ほ、本当に申し訳ありません」
「ま、過ぎた事は良しとしましょう。それより、貴女に怪我はなかった?」
「あ、はい。それは大丈夫です」
「それは何より。次から気をつけて頑張りなさい」
笑顔でそう言って椛の頭を撫でる文。
「は、はい!」
椛も笑顔で返事をする。
同時に
パタパタパタパタ!
尻尾が千切れんばかりに振られていた。
犬が喜ぶ時に見せるあの反応だ。
椛が文から解放されると
「椛ちゃん!こっち来てくれ!」
「いや、こっちが先だ!!」
「こっちの方が先だって!!」
「椛ちゃん!こっちよこっち!!」
椛の争奪戦が始まった。
どうやら叱られた時にパタンッと閉じた耳や、嬉しい時に尻尾をパタパタと振っている姿にキュンと来た者達が居たようだ。
「さっき言っていたのはこれか…………」
再び文の近くを通った妹紅が文に言う。
「ふ………まぁ、これも椛の魅力のほんの一部に過ぎませんがね」
「まだあるのか………」
若干呆れ気味に妹紅が呟く。
「まぁ、それを貴女達が知る事はないでしょうが」
「そりゃ残念」
さして残念な風もなく言う妹紅。
そして、そのまま次の客の下へと向かって行った。
「さて、それじゃあ注文を決めましょうかね」
そう言って文は再びメニューに目を落とした。
因みに、椛が躓いたのは文が高速で足を掛けたからだったのであった。
翌日・本店
「お帰りなさいませ、ご主人様」
衣玖が客を迎え入れる。
今日の主戦力のシフトは妖夢、天子、衣玖、パチュリーだ。
「衣玖さん、手慣れてますね~」
妖夢が衣玖の接客を見ながら言う。
「ま、いつもアレの相手してたくらいだから、これくら楽勝でしょう」
天子を見ながら言うパチュリー。
「ははははは……」
愛想笑いで返す妖夢。
因みに衣玖の衣装は、この店では珍しくスカートがミニでは無くロングだ。
元の衣装に準じているかのように、黒い服にエプロンなどの普段は白地の物は薄く赤が入っている。
衣玖の醸し出す、他の店員からは感じ取れない大人の雰囲気は新たな人気を呼んでいる。
お陰で衣玖も引っ張りダコだ。
「妖夢ちゃん、こっち!」
「パチュリーちゃんこっち来てくれ!!」
そして客に呼ばれる二人。
「っと、行きますか」
「そうね」
そう言って呼ばれた客の下に向かう二人。
一方、天子もやはりひっきりなしに呼ばれていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
暫くしてから店内に戒厳令発動対象がやって来た。
尤も、対応した衣玖はさしたる反応を見せなかったが。
「あら、私達が入って来ても反応見せないなんて、中々躾(しつけ)が行き届いているわね」
入って来た客の一人、紫がそう言う。
「まぁ、衣玖だしね~」
更に一緒に入って来た客の伊吹萃香がそう言う。
「それより早く何か食べましょうよ~」
そして戒厳令対象の幽々子がそう言った。
「では、席の方に案内いたします」
やはりさしたる反応も見せずに衣玖は案内する。
そして三人が席に着いた所で。
「今日はどんな目的で来たんですか?」
はじめて質問した。
「あら、漸(ようや)く会話してくれたわ」
楽しそうに言う紫。
「入口で話していると出入りされるお客様の邪魔になりますからね」
「流石、他の奴等と違うね~」
衣玖の返答に萃香が言う。
「そうね~。妖夢も少し見習って貰いたいわねぇ」
メニューから目を離さずに言う幽々子。
「それで、目的は?総領娘様の監視ですか?」
「半分正解」
紫は答える。
「私も天子の様子見とこの店自体の様子見~」
萃香はそう返した。
「言っておきますがお酒はメニューにありませんし、持ち込みも禁止ですよ?」
衣玖は萃香に釘を刺す。
「解ってるよ~」
酒の入っている瓢箪(ひょうたん)を自分の横に置いて萃香はそう言った。
「私は食べに。後は妖夢を見に♪」
幽々子はそう言った。
「そうですか。で、八雲紫。もう半分の目的は?」
再び問い掛ける衣玖。
「目の保養♪」
楽しげに言う紫。
「そうですか。では、ただいま水とおしぼりをお持ちいたします。」
そう言って衣玖は立ち去った。
「あの子、まじめに働いてるわね~」
紫が天子を見ながら言う。
「だねぇ。てっきり暴れてるかと思ったけど」
「そうね~」
萃香と幽々子も意外そうな眼で天子を見る。
「まぁ、下手に暴れると雷落ちそうだものね」
「あ~………リアルにね~」
紫の言葉に萃香が納得する。
「否定はしませんが、まだそのような事態になった事はありませんよ」
水とおしぼりを持った衣玖が現れてそう言った。
「どんな魔法を使ったの?」
幽々子が尋ねる。
「魔法など何も。地上の妖精達と遊んでいる内に総領娘様に何か芽生え始めてるのかも知れません」
衣玖はそう返す。
「なるほどね……」
興味深そうな返事を返す紫。
「さて、それではご注文がお決まりに…」
「決まってるわ~」
幽々子が衣玖にそう言う。
「ああ、メイド長より託(ことづか)っております。全メニュー注文は一セットに限らさせて頂きます」
衣玖は先に幽々子に釘を刺す。
「相変わらずぬかりの無いメイドね~」
咲夜の事を指して言う幽々子。
「他のお嬢様方は?」
紫と萃香に尋ねる衣玖。
「私達はゆっくり考えるわ」
「そだね~」
紫と萃香はそう答えた。
「畏まりました。では、そちらのお嬢様は全メニュー一セットで宜しいでしょうか?」
「ええ、結構よ~」
衣玖に問われてそう返す幽々子。
「では、そちらのお嬢様方は注文が決まりましたらお呼び下さい。失礼します」
そして衣玖は去って行った。
「あのメイド長とどっちが瀟洒かしら?」
「良い勝負するんじゃない?」
紫の言葉に萃香がそう返す。
そんな時
「きゃっ!!」
小さな悲鳴が上がった。
店員の一人がどうやらお尻を触られたようだった。
が、その場所は人が一杯居る為、一見では誰か解らなかった。
当然、やった本人は知らんぷりしている訳だから。
が
バチンッ!!
「ふぎゃっ!?」
一人の男が電撃を浴びせられて悲鳴を上げた。
「お客様、お触りは厳禁ですよ?」
ニッコリと笑顔で言う衣玖。
「な……ご………」
何で、誤解だとか言いたかったのだろうが、電撃で痺れて上手く喋れていない。
「私の能力は空気を読みます。表面上は平静を装っても貴方から他の方とは違う空気が流れてましたから」
何かをやらかした人間と言うのは表面上は平静を装っても内面まではそうはいかない。
そう言った微妙な心象から起きる空気を衣玖は的確に読み取ったのだ。
「い、言いがかり………!!」
漸く喋れるようになり、そう言おうとした男だが、
「言い訳は見苦しいわね」
突然、咲夜が現れてそう言った。
「あら、メイド長。今日は非番では?」
衣玖が咲夜に問い掛ける。
「時間が空いたから様子見に来たのよ。そしたらちょうどその男がその子のお尻触る所見えたの。ああ、因みに証拠抑える為に写真も撮ったけど、現像してみる?」
咲夜はカメラを取り出して言う。
男はその一言で黙ってしまった。
「因みに懲りずにもう一度やった場合は…………」
バリバリバリバリッ!!!
衣玖の右手に凄まじい電撃が集約される。
「これ、差し上げますよ?」
笑顔でそう言う衣玖に、男は真っ青になってしまった。
因みに咲夜は確かに現場を見はしたが、写真までは取ってない。
ただのハッタリだが、こう言う場合は効果抜群だろう。
「本当、あの二人で完全瀟洒対決して見て欲しいわね」
「良いね~面白そうだ」
「見ものね~♪」
その様子を紫達は楽しげに眺めて居た。
「思ったんだけどさ、幽々子?」
萃香が唐突に幽々子に呼びかける。
「何?」
「あんた、お金は?毎回あれ頼んでるみたいだけど、大丈夫なの?」
「ああ、それなら心配ないわよ~」
「そうね」
幽々子の言葉を紫が肯定する。
「ふ~ん………」
今一釈然とはしなかったが、この二人が言うなら大丈夫なのだろうと萃香も判断した。
そして、その後は何事も起こる事なく過ぎて行った。
数日後・夜・本店
「さて、皆揃ったわね」
従業員全員を揃えて咲夜が言う。
今日はミーティングの日だった。
業務内容や成績などを公表したりする。
「………以上が現状ね。皆も慣れて来たみたいだし、ここの所は安定してるわ」
咲夜がそう言う。
「けど、今一つ足りない感があるのよね」
「足りない?」
咲夜の言葉に鈴仙が聞き返す。
「ええ。確かにウチは外の世界の料理をメインに出してるけど、ちょっと物足りないのよね」
まぁ、外の世界とは違い、用意できる食材に制限があるのでどうしようもない。
「そこで、よ。皆に何か新メニューを考えて貰いたいの」
「新メニューね~」
霊夢が視線を天井に向けながら考え込む。
「ん~………メニューの中の何個かを大盛りにするとか?」
小町がそう提案する。
「牛丼屋かなんかじゃないんだから………それに、そんな事したら………」
「あ~………」
咲夜の返答に小町もすぐに思いつく。
ああ、アレが来る、と。
「面目ない」
察してションボリする妖夢。
「果物てんこ盛りとか?って同じか」
霊夢が提案したが、直ぐにそう気付いた。
その時
ピキーンッ!!
「何事?」
突然、頭の上に何かが閃いたかのように、何処からともなく電球を浮かべた小悪魔に皆が注目した。
「閃きましたよ!!」
叫ぶ小悪魔。
因みに小悪魔は従業員では無いが、色々と知識は深いので参加して貰っている。
「霊夢さんがヒントをくれました」
「私が?」
霊夢が不思議そうな顔で尋ねる。
「そう。てんこ盛り………天子(てんこ)盛り………天子(てんし)盛り………女体盛り……………コレダ!!!」
「コレダ!!!じゃねぇ!!!」
ほぼ全員が一斉に突っ込む。
「ふっざけんじゃないわよ!!大体私は天子だっつってんでしょうが!!」
天子が吼える。
「しかし、これは違った意味で皿まで食べれr」
「お黙り」
バチンッ!!
「ふぎゃん!?」
パチュリーに電撃の魔法を使われて痺れる小悪魔。
「さ、これは無視して続けましょう」
「そうね」
輝夜がパチュリーに同意する。
「それじゃ他には?」
「ってかさ、紅魔館って人の里と違う料理とか出してるんだろう?そう言うのはどうなんだ?無論、人肉系統は却下だが」
妹紅が咲夜に問い掛けた。
「ん~………そうねぇ……確かにケーキとかプリンとかあるけど」
「既に出てますね~」
橙がそう答える。
「そうなのよ。まぁ、そう言う訳で皆に何か期待してるんだけど」
ピキーンッ!!
痺れて机に伏していた小悪魔の頭上に再び電球が煌(きら)めいた。
「今度は何よ?」
全く期待を込めずに咲夜が問う。
「ふ………ふふふ………今度こそ完璧ですよ!!」
ゆっくりと起き上がりながら小悪魔は言う。
「で、何?」
輝夜が問う。
「新メニューの名前はパチュリープリンです!!」
「はい?」
パチュリー含めて数人が聞き返す。
「聞きたいですか?聞きたいですか?聞きたいでしょう!?」
「他に何かあるかしらね~?」
天子は無視をした。
「ちょっ!?無視しないで下さいよ!!」
「うるっさいわね………何よ?」
霊夢が気だるそうに聞く。
「聞いて驚いて下さい!!パチュリープリンとは、パチュリー様のオッパイの型を取り、その型にプリンの素材を流し込んでオッパイ型のプリンを作ると言う…」
バリバリバリバリッ!!!
「ふぎゃんっ!?」
先程よりも強い電撃が小悪魔を襲い、小悪魔は気絶した。
「さて、それでは他に何かありませんかね?」
電撃を放った張本人、衣玖は小悪魔を無視して話を進めた。
「さすが空気を読む能力。解ってるわね」
パチュリーがそう言う。
「そう言えば早苗さんは外の世界から来ましたけど、何か案はないんですか?」
椛が早苗に問い掛ける。
「ん~……色々あるんですけど、材料の問題や、そう言うのって迂闊に幻想郷に広めて良いのかなぁって」
早苗はそう答えた。
「別に料理程度なら問題ないわ。幻想郷にある素材でしか出来ないんだし」
突如響いてきた声。
「紫様!?」
主の主のお出ましに橙も驚く。
「あら、良いの?」
咲夜が尋ねる。
「貴女の所にある図書館にだってレシピが山ほどあるでしょうに。それらが幻想郷入りしている以上、止める道理はないわよ」
確かに、パチュリーの図書館には外の世界で幻想となった物などが転がり込む。
当然、そこには外の世界の料理のレシピだってある。
「ま、材料の都合で大して実現できないでしょうけど」
「そうねぇ………ねぇ、早苗。一度図書館のレシピ見てくれないかしら?宜しいですよね?パチュリー様」
咲夜は早苗とパチュリーに問い掛ける。
「別に構わないわよ。目的もはっきりしてるし、どこぞの魔法使いみたいに盗むようにみえないし」
パチュリーはそう答えた。
「そう言う事でしたら一度お邪魔させて貰います」
早苗もそう答えた。
「でも貴女が首を突っ込むなんて意外ね?」
咲夜が紫に問い掛ける。
「結構気に入ってるのよ、この店。頑張って頂戴ね♪」
紫はそう言うと境界を開けて去って行った。
「さて、それじゃあ新メニューは一旦早苗に任せましょう。今日の所は解散ね」
そうして今回のミーティングは解散となった。
「外の世界の料理、ですか」
紅魔館への帰りの道中、美鈴は呟いた。
「あら?興味ある?」
咲夜が尋ねる。
「ええ」
「そう言えば、貴女も中華料理は凝ってたものねぇ」
パチュリーが思い出したように言う。
「はい。ですが、それ以外はあまり見てなかったんですよね~」
転がり込んで来た物が外の世界のさらに外の国の言葉であれば美鈴には読めない。
最近はともかく、昔はこの国の言葉で書かれている外の国の本などなかったのだから。
必然的に自分が読める字で書かれている物、そしてその内その系統の料理の本しか読まなくなっていた。
つまり、洋風料理は絵を見た瞬間に読めない字で書かれてる本だと判断してしまっていたのだ。
実際は読める言葉で書かれている物もあったのだが。
「どんなものか楽しみですね~」
気絶した小悪魔を背負いながらそう言う美鈴だった。
数日後・夜・本店
早苗がいくつか新メニューを作ったと言う事で試食会を兼ねて再び全員集合と相成った。
「新メニューかぁ………どんなのかしら?」
期待を込めて霊夢が呟く。
「やっぱり斬新な物なんですかね~?」
妖夢も期待していた。
「変なの……は、流石になさそうね」
普段の早苗を想像して流石にそれはないか、と思う鈴仙。
「美味い事を期待するよ」
小町もそう言う。
「さ、数があるので少量ですが、まずは一つ目どうぞ」
そう言って早苗と数名が料理を持って入って来た。
そして机に並べられる。
「………ラーメンって奴?にしてはスープが無いわよね?」
霊夢が問いかける。
「蕎麦じゃないよな。色が全然違うし」
妹紅も不思議そうな目でそれを見る。
「察するに、この上の赤いのを混ぜて食べるのかしら?」
輝夜が早苗に問い掛ける。
「はい。料理の名前はスパゲッティです。上に載ってるミートソースを混ぜて食べて下さい」
早苗は皆にそう言う。
「ふ~ん………でも、結構良い匂いね」
天子が言う。
「確かに」
衣玖が同意する。
「いっただっきま~す!」
橙が最初に口にする。
まずは皆、橙の感想を待つ。
「んぐ…んぐ………」
橙は口に入れ込んだのを飲みこんでから
「美味しいです!!」
と、叫んだ。
それに呼応するように皆次々に口にする。
「ん、確かに美味い」
小町もそう言った。
「本当、美味しいわね」
輝夜もそう言う。
皆次々に美味しいと感想を言う。
「幻想郷の材料で作れるの?こんなの」
霊夢が早苗に問い掛ける。
「ええ、大元となるパスタと呼ばれるその麺は、強力粉・卵・塩の三つで作れます」
因みに一重にパスタと言っても色々ある。
が、ここで言っても説明が長くなるので敢えて早苗は説明しなかった。
「パスタが出来れば、あとは載せる物は色々変えられますよ」
そう言って早苗は二皿目を持って来た。
一皿は大した量が無いので既に皆食べ終わっている。
「これは?」
「さっきのはスパゲッティミートソースと言う物で、今度のはカルボナーラと言う物です」
妖夢の問い掛けに早苗はそう返す。
「ま、食べてみるかね」
小町がそう言い、皆食べ始める。
感想はやはり一様に美味いとの事だった。
それから数皿新メニューが登場したが、総じて評価は上々だった。
「まさか、こんなに出てくるとはね」
妹紅が驚いている。
「それに全部美味しかったです」
椛がそう言う。
「そうね」
輝夜が同意した。
「こう、閉鎖的な世界では仕方ないかもしれませんが、料理において貴女達の居る場所は外の世界では数百年前に通過した場所です」
「す、数百年前………」
早苗の言葉に妖夢が驚く。
「確かに凄いですね………」
美鈴が呟き、
「ですが、まだ改良の余地はありますよ」
そしてそう言った。
「面白いわね、美鈴。聞かせて頂戴」
咲夜がそう言い、美鈴は食べた料理に対する改良の余地を次々と言って行った。
そして、それらが言い終わった後。
「ふ………貴女が何故幻想郷料理界のリーサルウェポンと言われてるか解りましたよ」
早苗がそう言った。
「呼ばれてるの?」
霊夢が鈴仙に問い掛ける。
「ほら、前に料理大会で優勝したじゃない?」
「ああ、あったわね」
「それ以来そう言う風にも呼ばれてるそうよ」
「なるほど」
と言う事らしい。
「それにしても凄いわね」
輝夜が呟く。
「どうした?」
妹紅が尋ねた。
「あの子達、この数十分間で幻想郷の料理を数十年は進化させたわ」
「マジか?」
輝夜の台詞に妹紅が驚く。
「あ、そうだ。最後に取って置きがあったの忘れてました」
そう言って早苗は最後の一品を取りに行く。
そして皆に配る。
「何これ!?何これ!?」
橙は興奮して尋ねる。
「イチゴパフェと言う物ですね。見ての通り、デザートです」
「へぇ、美味しそうじゃない」
鈴仙も興味津々(しんしん)のようだった。
「じゃ、さっそく頂くわ」
天子がそう言い、皆揃って食べ始めた。
「おいしい!」
椛が叫ぶ。
「あら、良いわねこれ」
咲夜もそう言う。
「本当。美味しいですね」
衣玖も御満悦のようだった。
橙に至っては食べる事に夢中だった。
「生クリームが無いから作るの無理かと思ったんですが、香霖堂さんにちょうど遠心分離機が入荷されてまして」
「遠心分離機?」
聞きなれない言葉にパチュリーが聞き返す。
「え~っと……詳しい説明は省きますけど、牛乳からパフェに乗ってた生クリームを作り出す機械と思って下さい」
実際にはその為だけにある機械ではないが、詳しい話は早苗もちょっと出来そうになかった。
そして、早苗の説明を聞きながらも皆食べ続けていた。
「さて、色々出してもらったけど、流石に全部とはいかないわ。だから、アンケートを取りましょう」
皆が食べ終えてから咲夜はそう言って紙を渡した。
「さっき食べたもので気に入った物を3つ書いて頂戴。多く選ばれた物を3つか4つ、メニューに追加するわ」
そうして従者喫茶に新しいメニューが増えた。
そして、その事は咲夜の許可を得て椛から文に伝わり、翌朝には幻想郷中に広まっていた。
翌日・2号店
新メニューの宣伝効果も有り、従者喫茶は更に大盛況となった。
「霊夢ちゃん、ミートソースこっちだよ!!」
「橙ちゃん!イチゴパフェはこっちよ!!」
「早苗ちゃん!ステーキセットはここよ!!」
店内は相変わらずの修羅場の様相を見せる。
「輝夜さん!椛さんと交代で休憩入って下さい!」
「解ったわ」
早苗が働きつつも指示を飛ばす。
「小町さん!4番テーブルからご指名です!霊夢さんも12番テーブルからご指名です!!」
「はいはいっと」
「今行くわ!」
「橙ちゃんは7番テーブルひゃん!?」
指示を飛ばしていた早苗が突然悲鳴を上げる。
言わずもがな、セクハラ行為だ。
が、修羅場過ぎて見てる者が居なかった。
「なぁ、あんた。良ければあたいと三途の川でデートしてみるかい?」
ただ一人、小町を除いて。
小町は距離を操って早苗の尻を触った不埒者の側に移動し、何処からともなく取り出した鎌を首筋に当ててそう言った。
男は顔を青くして黙ってしまった。
「こっちも今忙しいんだ。次やったら「ついうっかり」手が滑っちまうかもしれないから………気を付けるんだよ?」
小町はそう言うと鎌を引いて警告のイエローカードを置いてから指名されたテーブルへ向かった。
「珍しく真面目に働いているようですね?」
「し、四季様!?」
小町が呼ばれたテーブルに向かうと、そこには上司の四季・映姫・ヤマザナドゥが居た。
「普段の死神の仕事もこれくらい真面目にやって欲しいものです」
「い、いやだなぁ、あたいはいつも真面目ですって」
「どの口が言いますか。まぁ良いでしょう。注文をお願いしますよ」
「あ、はい」
言われて接客に移る小町。
「ハンバーグセットを1つとコーヒー…………」
「ハンバーグセットとコーヒーですね?以上で宜しいですか?」
「………を」
「へ?」
あまりに小声で小町は聞き取れなかった。
良く見ると、映姫は何故か顔を赤くしている。
「…チゴ…フェを…………」
「え?………ああ、イチゴパフェですね?」
小町は開いているページと僅かに聞こえた言葉で判断した。
「案外可愛い物食べるんですね」
「い、いけませんか!?」
可愛いという言葉に過剰反応して叫ぶ映姫。
「いえいえいえいえいえ!滅相もない!!」
「あ、貴女は注文した物を持ってくればいいのです!!」
「は、はいぃ!!」
怒鳴られて、つい何時ものように飛んでいく小町。
「まったく………」
そう言って何とか平静を取り持とうとする映姫だった。
「ねぇねぇ、早苗。ほらあそこ」
「はい?」
早苗は突如霊夢に呼ばれて指さされた方を見る。
すると、そこには嬉しそうにパフェを食べて居る映姫の姿があった。
「閻魔様のあんな顔初めて見たわ」
「幸せそうに食べますね~」
「本当ね~。ま、確かにあれ美味しかったけど」
霊夢も結構気に入っていたようだ。
「ほらほら、あんた達。呼ばれてんじゃないのかい?」
そこへ小町が現れてそう言った。
「っと、そうでした!霊夢さん、14番テーブルへ!!」
「はいはい」
返事をして霊夢は向かい、早苗もまた呼ばれてるテーブルへと向かった。
「本当に幸せそうな顔しちゃってまぁ…………今度からあれでご機嫌取ってみようかな?」
今度作り方でも聞いておこう。
そう思う小町だった。
一方本店
「美鈴様!カルボナーラはこっちよ~!!」
「パチュリーちゃん!イチゴパフェはこっち!!」
「妖夢ちゃん!!ハンバーグセットはこっちだよ!!」
「鈴仙ちゃん!コーヒーこっち!!」
やはり大盛況故に修羅場ってた。
「凄い人気ね~」
「お帰りなさいませお嬢様」
入って来た幽々子を咲夜が出迎える。
「席空いてるかしら?」
「今空いた席の後片付けをさせております。今暫(しばら)くお待ち下さい」
「解ったわ」
それから程なくして席が空き、幽々子はそこへ案内された。
「ご注文はいつもので?」
咲夜は幽々子に問い掛ける。
「ええ。ついでに新しい物も食べれるしね♪」
そしてそう返す幽々子。
「では、お支払いもいつもので?」
「ええ、お願いね」
咲夜の言葉にそう返す幽々子。
「いつもの?」
戻って来た咲夜に妖夢が聞き返す。
「ええ、彼女は特別な支払い方してるのよ」
「初耳ですよ?一体どんな……」
妖夢が尋ねようとした時だった。
「妖夢ちゃん!こっち来て!!」
「ほら、8番テーブルのお客様がお呼びよ」
「あ、はい!」
しかし、客に呼ばれてしまい聞けず仕舞いになってしまった。
「知らない………か。まぁ、当然ね」
そんな妖夢にそう呟く咲夜だった。
暫くして
とある座席。
「おい、本気か?」
3人組の男たちがボソボソと話し合っている。
「ああ、新メニューのお陰で修羅場になっている今が又と無い好機だ」
「しかし……無謀すぎやしないか?」
あくまで周りに聞こえないように男たちは喋る。
「無謀?それがなんだ」
「落ち着け。お前は今冷静じゃない」
どうやら一人の男が何かを起こそうとし、残る二人が止めようとしているようだ。
「止めても無駄だ。俺は行くぞ」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
だが、その男は二人の言葉に耳を貸さない。
「だが、失敗すれば、いや、成功したとしてもどうなるか解っているだろう?」
「覚悟の上だ」
「何がお前をそこまで…………」
「何が?だと?決まっている。男だからだ」
「ちっ…………かっこつけやがって」
止めようとしていた片方の男が折れた。
「解った。もう止めはせん。せめてお前の事を語り継いでやろう」
「正気か!?まだ間に合うぞ!?」
「無駄だ。何を言おうとも俺は止まらん。そう…………」
男はそこで決意の眼差しを見せ、
「パチュリーちゃんのオッパイを、俺は揉む!!!」
小声で、しかし力強くそう叫んだ。
しかし、言ってる事はただのセクハラだ。
幻想郷だろうが外の世界だろうが間違いなくお縄に付く行為だ。
「逝って来い。骨は拾ってやる」
「おう!」
男は意を決した。
その時、丁度店が妙にざわついていた。
そして、当のパチュリーはその客達に背を向けて近くにいた。
「俺のこの手が真っ赤に燃える………!!」
男は手を眼前に掲げながら呟く。
「オッパイ掴めと轟き叫ぶ!!」
他に聞いている者が居たら、んなもん轟き叫ぶな、と突っ込みが入る所だろう。
「いくぞぅ!!ぶぁぁぁぁぁくねつ!!!」
「ま、待て!!か……」
最後まで止めようとしていた男がその男の名を呼んで止めようとしたが、それよりも早く男は動いてしまった。
そして時間は少し戻る。
「また凄い量ですね、幽々子様」
妖夢は幽々子の側を通りかかってそう言う。
「そう?本当は3セットくらい頼みたいのよ」
「食材が無くなります」
「ええ、メイド長にもそう言われちゃったから1セットで我慢してるわ」
幽々子の「いつもの」とは、メニューに載ってる物を全部頼む物だ。
「そう言えば幽々子様。メイド長、十六夜咲夜に聞いたのですが、何でも特別な支払い方をしてるとか………」
「………ええ、それがどうかしたの?」
幽々子は会話をする時は必ず口にある物を飲みこんでからにしている。
しかし、それでも殆ど箸が止まる様子はない。
「いえ、どう言う支払いをしているのか、と」
「ああ、それは………」
「妖夢ちゃん!こっち来て!!」
再び話の途中で呼び出される妖夢。
だが、仕事中なのだから仕方がない。
「あ、はい!すみませんが、その話はまた後ほど」
「はいは~い」
幽々子は妖夢の背を見送りながらそう返す。
その時。
他の者なら見逃していたかもしれない。
しかし、幽々子は見逃さなかった。
テーブルの下に巧(たく)みに隠しながら妖夢のスカートの中を盗撮する者を。
そして、それを確認した瞬間、殺気が幽々子から立ち上る。
力ある者達が何事かと幽々子の方を見る。
盗撮していた者も向けられた殺意に気づき、逃走を開始する。
だが、それを許す幽々子では無い。
幽々子から男に向けて弾幕が放たれる。
「ちょっ!?幽々子さん!?」
美鈴が驚く。
客だって驚く。
弾幕は男に命中する。
が、放った弾幕の内、何発かは男に当たらずにそのまま流れ弾となってしまった。
流れ弾の先に居たのはパチュリー。
幾(いく)ら幽々子の弾幕とは言え、幽々子も相手を殺さぬように手加減をしている。
そこらの相手を殺さぬように手加減した弾なら、当然パチュリーには難なく捌(さば)ける。
が、突然の事だった為、一発だけ捌き損ねてしまい、背後に流れた。
そして場面は戻る。
「いくぞぅ!!ぶぁぁぁぁぁくねつ!!!」
「ま、待て!!か……」
男が最後に止めようとしたのはモラル的な物もあるが、加えて今店内で起きている状況の事もあった。
そう、幽々子の流れ弾がこちらへ向かっているのだ。
そして、一発を除きパチュリーが捌き、残った一発は………
「ゴッド!フィンガっはぁぁぁぁ!?」
その男の顔面に命中した。
「か、柿○ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
一緒に居た二人の男が吹っ飛んだ男の名を呼ぶ。
「しっかりしろ!柿○ぃぃ!!」
「う………ぐはぁ……………」
致命傷では無いが、流石に顔面に直撃しただけあり、ダメージはデカい。
「だ、大丈夫?」
そこへ流石に心配だったのか、パチュリーがやって来た。
そしてしゃがみ込んで様子を見る。
男は気力でパチュリーの方を向く。
「!!!!」
瞬間、男の目が見開く。
「く………参ったな……真っ白だ…………」
今度は天井を仰いで男はそう呟く。
「咲夜。この人目をやっちゃったみたい」
パチュリーは咲夜にそう言う。
「いえ、違うと思いますが…………」
が、咲夜は気付いていた。
「我が生涯に…………一片の悔いなし!!!」
男はそう叫ぶと、ガクッと首の力が抜けた。
「柿○ぃぃぃ!!」
連れの二人が叫ぶ。
「咲夜、どうする?ってあれ?」
パチュリーが振り返るとそこに咲夜は居なかった。
厨房
ドルンッ!!ドドドドドドドドッ!!!
厨房で物騒な音が響いていた。
「イッツァ!ショーターイム!!」
チェーンソー片手に高らかに叫ぶ小悪魔。
「止めなさい」
スパンッ!!
そこへ突如として現れ、チェーンソーの電源を切る咲夜。
「った!何するんですか咲夜さん!!」
「それはこっちの台詞よ。何するつもりだったの貴女は」
「それは勿論、パチュリー様のオッパイを揉もうとし、あまつさえパチュリー様のパンツを覗いた不埒者へ裁きを下そうとしてました!!」
まったく悪びれる様子も見せずに小悪魔は叫ぶ。
そう、あの時真っ白と言ったのは視界が、ではなく、パチュリーの下着が真っ白だと言っていたのだった。
「前者はともかく、後者は事故だったんだからお止めなさい。前者の罰も謀らずとも顔面に食らったでしょう」
「う~……仕方ありませんね………」
渋々チェーンソーを仕舞う小悪魔。
「まったく、あの子はパチュリー様の事になると過敏になりすぎね…………」
そう言いつつフロアに戻る咲夜。
「さて、過敏と言えばもう一人」
そしてドアを開けると、その過敏なもう一人、幽々子の姿があった。
「これかしら?私の妖夢のスカートの中を盗撮していたのは?」
倒れ伏している男からカメラを取り上げながら言う幽々子。
その顔は笑っているが、目が全く笑ってない。
見ている者すら恐怖に陥れる表情だ。
幽々子はカメラを持つ手に力を入れると……
グシャッ!!!
まるでトマトか何かを握り潰すかのようにあっさりとカメラを握り潰してしまった。
あの細い腕の何処にそんな力があるのかと、皆一様に思っていた。
そして、次はうつ伏せに倒れている男の後頭部を掴むと、そのまま持ち上げる。
「あ……ががががが……………!!」
恐らく幽々子が力を入れて掴んでいるのだろう、男は苦悶の呻(うめ)きを漏らす。
「さて、それじゃあお外でお仕置きの続きと行きましょうか?店内じゃ営業妨害になりそうだし」
幽々子はそう言うと男をそのまま引きずって店の外へと出て行ってしまった。
「貴女の所も大概過保護ねぇ………」
鈴仙が妖夢に向かって言う。
「あうぅ………」
妖夢が恥ずかしげに俯(うつむ)く。
「あの、一つ良いですか?」
ふと、美鈴が誰にともなく尋ねる。
「どうしたの?」
パチュリーが問いかける。
「今、幽々子さん、お会計済ませました?」
美鈴の言葉に店内がシンッとなる。
「食い逃げだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
店内一斉に突っ込む。
「お待ちなさい」
が、咲夜が制止の声を上げた。
「支払いなら問題ないわ」
「へ?」
妖夢が驚いて素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出す。
「そう言えば、西行寺幽々子だけ支払方法が違うって聞いたけど、どう言う事?」
パチュリーが咲夜に問い掛ける。
「妖夢は何も聞いてないのよね?」
「え?ええ」
突然咲夜に話を振られてそう返す妖夢。
「西行寺幽々子の特別支払、それは……」
「それは?」
妖夢が聞き返す。
「妖夢の給料から差し引く事よ」
「はいぃぃぃぃぃぃ!?!?」
妖夢が悲鳴に近い声を上げた。
「ちょっ!?何ですかそれ!?」
「聞いての通りよ?」
「え!?だって、全メニュー1セットって言ったら…………」
「かるく万は超えるわね。一回で2~3万は行ってる筈よ」
咲夜は何事もないかのように言う。
「ちょっ!?だって、幽々子様に月に何回か来てますよ!?」
「ええ。だから貴女の給料は寧(むし)ろマイナスになっているわ」
「って言うか、妖夢。貴女給料支払いどうしてたの?」
鈴仙が妖夢に尋ねる。
「幽々子様が直接受け取るって言いまして………元々私は必要以外のお金は持ち歩いてませんから」
「あ~………」
だからこそ、今の今まで気づかなかったのだ。
「まぁ、そう言う訳だから西行寺幽々子の支払いは気にしなくて良いわ」
「あの~………メイド長?因みにどれくらい借金溜まってるんですか?」
控えめに尋ねる妖夢。
「軽く2,3ヶ月はタダ働きくらいね」
「幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
既に立ち去った主の名を叫んで泣く妖夢。
哀れ。
それ以外に表す言葉が見つからない面々だった。
「霊夢~!こっち来て~!!」
「早苗ちゃーん!ミートソースこっちだよ!!」
「橙ちゃん、コーヒーこっちよ!!」
「鈴仙ちゃん!ハンバーグセットこっち!!」
「妖夢ちゃん!こっちこっち!」
「美鈴様~!こっちいらして~!!」
「輝夜さまぁ!こちらに紅茶を~!!」
「衣玖さん!こっち来て下さい!!」
「天子ちゃん!!こっちにイチゴパフェ!!」
「椛ちゃん!こっちよこっち!!」
「妹紅様~!!早くいらして~!!」
「パチュリーちゃん!こっち来てこっち!!」
「小町ちゃん!ステーキセットこっちだよ!!」
「咲夜さん!こっちお願いします!!」
「はい、ただいま~!!」
今日も満員御礼の従者喫茶紅魔館。
まだまだ客足は衰えそうにない。
最初は自業自得だなって笑えたけど、こう何度もあると
流石に飽きが来ますね。
紫が来たときに天子のリアクションを見たかったと思いました。
気がしないでもないですよね。
それでも、小悪魔とかのリアクションも面白いというのもありますが。
次回などではセクハラとは違った別の店員側での何かがあって欲しいかなぁ……。
天子や衣玖さんも従者喫茶での働きは読んでいて面白かったですし。
次回もあるなら楽しみです。
最後のセクハラ部分はもはや蛇足という気がします。
早苗はともかく、幻想郷においてはイチゴパフェは「最新のハイカラなデザート」なわけで
女の子向けの食べ物で注文すると可愛い、という認識が共有されているのは違和感が。
まあ映姫様は可愛いからいいんですけどね!
皆さんがスパゲッティと言われて想像する麺とは少し違うものが出来ます。
まぁそれは置いといて、非常に面白い作品でした。
あなたの書く天子はかわいいよ!!
柿○くんにご冥福を。
レミリアお嬢様にメイド服になってほしい………ツンデレどころではないと思うが。
セクハラが多すぎのような気もする。
椛可愛すぎですわ。
前回すでにあったような・・・き、きのせいだよな・・・
仕えてた主に連れられた感じですから
椛は乙女ですよね。そしてリグルが出てこなかったことに軽くショック・・・