Coolier - 新生・東方創想話

巫女とメイドと吸血鬼

2009/01/12 08:01:39
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 冬のある日、霊夢は境内を掃除していた。通気性の良すぎる服は、冬用とはいえ冷風のたびに彼女を震え上がらせる。
「こんな寒い日は……さっさと掃除を済ませてコタツでお茶ね」
 その時、霊夢の前にスキマが開いた。
「霊夢ー! ごきげんよう!」
 紫だった。
「あんたは晩年ご機嫌の様子で結構」
「それだけが取り得ですもの」
 霊夢の白いため息は、まだまだ落ち葉まみれの境内に溶けた。
「『それ』でトドメ刺されたわ。お掃除やめ。お茶入れるから上がりなさいよ」
「あら、私のことなどおかまいしなくてよろしいですのに」
 霊夢もこんな寒い日に掃除などアホらしいと思っていた。ただサボるのにもっともらしい理由がないから続けていたわけで、突然悩みの無さそうな顔がやって来るとアホらしさが倍増してきて、あっさりほうきを投げ出すのだ。
「で?」
 コトッ、と置かれた二つ目の音と、霊夢の声が混じる。
「私に何の御用かしら」
「あらあら、一人が寂しいから遊びに来ちゃった…なんて言っても信じないかしら」
「信じないわね」
 霊夢は一口だけお茶を含み、また湯飲みを置いた。
「一人のあんたがうちに来るわけがないもの」
 霊夢の口調はどこかそっけなく、お茶を勧めた割りに紫を歓迎していない風だった。
「あらあら…じゃあー、私の恋人でも紹介すればお気に召すのかしらね」
 紫は悪戯っぽく微笑む。手元のお茶を口に運び、チョビチョビと口に流している。
「できれば紹介せずに帰ってほしいわ。毎回違う恋人なんて、見せつけられて愉快なものじゃあないもの」
 無論この神社に、霊夢と紫以外の人間などいない。
「今回の恋人は…あまり素直な子じゃないみたいだけどね」
「あんたの連れ込む『厄介事』が素直だった試しがないわ」
 半ばあきらめたような表情で、霊夢はゴロンとこたつに横になった。
「紅魔館の吸血鬼が」
 頼まれてもいないのに紫は、淡々とした口調で用件を述べる。
「『食料庫』に人間を溜め込んでるのを知っているかしら。」
 霊夢はコタツに横になったまま、大きな欠伸をした。そして真面目に答える気もない様子だ。
「そりゃあ血を吸うんだもの。通行人の腕に止まってチューチュー吸うわけにもいかないのでしょうね」
 そこで紫が湯飲みを置く音が、ただ置くだけにしては少しうるさすぎるように感じた。
「昨晩、吸血鬼の『人間収集』が行われたわ」
 聞くところによると紅魔館のレミリアは、定期的に外に出て、食用(と言っても血を吸うだけだが)の人間を何人か捕まえているらしい。それらは生きたまま食料庫に蓄えられる。血液の鮮度を落とさぬよう、人間にはちゃんと食事から布団まで与えられているという話だ。ただしレミリアが一度に吸う血の量は、平均的な人間を死に至らしめるには十分過ぎる程のものなのだが。
「それが今回の厄介事?」
「ええ。素直じゃない子でしょ?」
「素直とかそういうこと以前に、厄介ですらないわ。幻想郷では人間の捕食なんて日常茶飯事で行われてる。そうしないと生きられない妖怪がいる以上、そこに私が関与する義務も理由もないの」
『片想いだったわね』と、霊夢は片手を挙げてひらひらとしてみせる。それが霊夢の、紫に対する返事だということだ。
 紫は小さくため息をついた。その表情から、先ほどから絶やしていなかった笑みは消えていた。
「昨晩の『人間収集』の犠牲者の一人を救い出して欲しいの」
 霊夢に用件を告げる紫の口調は淡白なものであったが、それでも普段から持っている彼女特有の余裕のある声色だった。しかしそれが消えて、紫の口調が本気で厳しいものとなるのは霊夢にとっても珍しいことであったらしく、場の空気が重くなるのを感じた。
「どうして貴方がその人間に肩入れするのか説明してくれないかしら」
「望めばそれも報酬の中に含めるわ」
 口調を重くしたのは説得のためではないと霊夢は確信する。紫は、はっきりと焦っていた。
「私も出来る限り頑張ったのだけれど、あの館には隙が無いわ。内部の見取り図は愚か、向こうの人数が四人なのか百人なのかもわからなかった」
 お手上げね、といった表情で、紫は肩をすくめて見せた。
 逆に今度は霊夢の口調が真面目なものとなる。
「あの館に忍び込んで見つかったりなんかしたら…冗談でしたじゃあ済まされないのはわかってるわよね」
 つまり霊夢は紫にこう聞いているのだ。紫にとってその人物の救出とは、万一失敗した時霊夢が負うリスクに見合う程大切なことなのか、と。
 …その答えが出ているからこそ、こうして霊夢の神社でお茶を飲んでいるのだ。
「……食料庫に行って、『彼女』を救って来て欲しいの。年齢は十四か十五歳。髪の毛は黒。多分、腕に赤と白のブレスレットをしているはずよ。もちろん日本人ね」
「あんたにとってそうでも、私には見知らぬ人間のためにそこまでする義務がない」
 霊夢はよっこらせ、と立ち上がり、大きく伸びをした。報酬の前払いに、せめてその人間のことについて詳しく話せということだろう。紫は俯き、数秒の間をおいた
「あの子は…ううん、あの子の両親は私の恩人……」
 すう、と息を吸う音が霊夢にも聞こえた。その後、紫は先ほどの台詞に続く『だった』という言葉を述べた。
「そして彼女自身にも、三ヵ月後の死が約束されている」
 普段の人を呑んだような口調の紫はすでにいなかった。紫は両肘を机に置き、両の手で髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱している。
「お願い霊夢…彼女を救ってあげて。私なんかが彼女の三ヶ月を満たしてあげられるなんてうぬぼれるつもりはない。けど、両親を失った彼女の心を癒してあげられる人間が他にいるとでも……?」
 紫の声に、さきほどまでの重圧感はなかった。ただそれにこめられた思いは、どんな重しよりも霊夢にのしかかり、彼女を動かした。
「霊夢……」
 滲む視界の中に、霊夢の姿はなくなっていた。代わりに一枚のメモを残して、彼女は消えていた。
『境内の掃除、洗濯、風呂炊き、夕飯の支度、ついでに雑巾がけやっておくこと。今日の晩までに!』
 最後の一文は、紫を大きく安堵させるものだったに違いない。安心しきったような緩んだ表情は、少しだけ赤みを帯びていた。紫はゴロンと横になり、一日ぶりの安眠につく。 
 境内の掃除も洗濯も風呂焚きも、夕飯の支度もついでの雑巾がけも、もちろんやる気などさらさらないのである。



































 ぐぅ、と、霊夢のお腹が鳴った。そういえばもう十二時だ。自分は忍び込んで少女を救出するつもりでいるが、この腹の虫のせいで見つかったりしないだろうかと、下らないことを考えていなければ寒さに耐えられなかった。ああ、どうりで。玄関先の門番が留守なのは昼食を食べているからか。
「来るのは二度目ね。門番がいない今が侵入のチャンス…でも……」
 先ほど確認したが、門には鍵が掛かっている。空から館をグルリと一周してみたが、他に出入り口はなく、また窓に至っては施錠だけでなく、格子まで張り巡らされていた。 
「ここまでする理由って何なのかしら」
 霊夢は大きな木の枝に止まり、途方に暮れる。前回来た時は魔理沙と一緒だったから、門をスペルカードで破ってそのまま突撃などという無謀な真似もできたが、今は霊夢一人。恐らくレミリア・スカーレットどころかあのメイド長にすら歯が立たないだろう。門番は……まぁなんとかなるかもしれないが。
「放火しようにも私の目的は中にいる人間なわけでねえ……」
 その時、紅魔館の扉がガチャっと開かれた。出てきたのは一人のメイドだった。ただし知った顔ではなく、少なくとも咲夜でないことだけは確かだった。両手にゴミ袋を持っている。ゴミ捨てを命じられたのだろう。
「チャンス……到来かしらね」
 霊夢は飛翔し、メイドの後ろに立った。背後を取られたことにまったく気づかない彼女を組み伏せ、両手両足をぐるぐる巻きにしその上猿轡まで咥えさせ、さらに服を奪うことなど彼女にとっては実に容易なことだった。その手際の見事さを見れば、なるほど紫が彼女を頼るのも頷ける。
「それじゃ、行きますか」
 霊夢は、この館にかなりの人数のメイドが勤めていると考えていた。だから一人ぐらい入れ替わっても、多分ばれることは無いと踏んだ。

 ガチャっと扉を開けると、見慣れない風景が飛び込んできた。地面には赤い絨毯。壁は蝋燭たてなんかが飾り立てられていた。貴族らしいといえばらしいが、どうもその趣味は和食派の霊夢には理解できかねた。
 たまに掛けてある絵なんかを鑑賞しながら歩いていると、道が二つに分かれていた。右と左に通路。それと正面には扉もあった。もちろんどちらに『食料庫』があるか、なんてわかるはずもない。
「人生なんて選択の連続よ。どっちを選んで困った試しもないわね」
と、霊夢は軽い足取りでターンし、右の通路を進んだ。人間は適当に選ぶと左を選ぶ習性があるというので、なんとなくそれに逆らってみたというだけの話だ。
「ま……」
 霊夢はピタリと脚を止める。
「用が無いわけでも無いのだけれどね」
 正面の扉にはtoilet roomの文字が掘ってあった。無いわけでも無いレベルの用を足している暇も時間も余裕もないので、霊夢はさっさと歩き始めることにした。
 それからいくつかの分かれ道を経て、ようやく最初の場所に戻ったりしながら館中を右往左往していた。道中メイドに出会うこと十回以上。大人数を雇用しているという考えは間違いではなかったようだった。誰もメイド服を着た霊夢に疑念を抱く者などいなかった。
「とは言っても、このままじゃ日が暮れちゃうわよまったく……」
 と、霊夢がまた一つの角を曲がったとき、霊夢の視界にある人物が飛び込んできた。霊夢は反射的に飛び退き、身を隠した。
 ここからはよく聞こえなかったが、このようなことを話していたと思う。

『そう、本当に見覚えの無いメイドがいたのね?』
『はい。それにクリスがゴミ捨てから帰ってこないんです』
『……わかったわ。貴方は外に出てクリスティを探してきなさい。私はその不審なメイドを探す。特徴は?』
『身長は私より頭一個高くて、髪の毛は黒で、長さは肩の辺りまででしょうか』

 こんな事態を想定して、頭のリボンやもみ上げのアレは外しておいた。まさか咲夜が自分を覚えているとは思えないが、なるべく自分を想起させるような特徴は外しておきたかったのだ。
 ああ、説明が遅れたが、今現在メイドと話しているのはメイド長、十六夜咲夜である。

『ちなみにおっぱいは私より小さかったです』

 特徴を変えるようにちゃんとサラシは外してきたのだが。ちなみにクリスティとかいうメイドを縛っている紐がそれだ。

『ふーん、黒髪でセミロングで貧乳な巫女ねえ…』

 咲夜が、チラっとこちらを見た気がしたが、多分気のせいだろう。

『巫女?』
『なんでもないわ。こっちの話』
 はあ、そうですか。と、メイドは会話を切り上げ、去っていった。

『おっぱいが小さいって言われたのがそんなにショックだった?』

 霊夢はビクッと震え上がった。悪寒が走った、という表現が適切かもしれない。
「まだまだ気配を消すのが下手ね、博麗の巫女」
 霊夢は『やばっ』と直感した。すぐさま立ち上がり、逃げ出す体勢を作る。同時に、咲夜のスペルカード宣言が聞こえた。
「時符………」
 そういえば、メイド長には不思議な能力があったことを思い出す。気がついたら目の前に弾幕があったり瞬間移動してたり。そういえば魔理沙はピチューンの間際に時計を撃ってたっけ? あれには一体何の意味が……。


 気がついた時、霊夢は既に羽交い絞めにされており、脱出できないほどにギチギチだった。してもまた時を止められて捕まってしまうのだろうが。
「で? 巫女がメイドの格好なんかして何の用かしら」
 霊夢は白状したように息を吐く。
「メイドのアルバイト募集を見て来たのだけれど」
 ただし白状はしなかった。
 今度は咲夜がため息をつく。咲夜の身長は霊夢より若干高いので、その息が頭頂部にあたってむずかゆかった。
「……そう」
 咲夜のため息は重い。両手を拘束され自由を奪われている霊夢にとって、その重さはそのまま恐怖だった。
「じゃあ早速仕事にとりかかってもらおうかしらね」
 霊夢を固めている腕が、スッと解かれた。



 霊夢は咲夜に館中の掃除を命ぜられ、開放された。てっきりレミリアのところまで直結で連行されるかと思っていたが…。
「本当にバイト募集してたのかしら」
 なんにしても、捕まらずに任務を続行できるのは嬉しいことだ。さっそく目標を探しに行こうと思った瞬間、霊夢の目前に先ほど立ち去ったはずの咲夜が現れた。
「はい。これで館中をピッカピカにしてね」
「…心臓に悪いって言われない?」
「誰に?」
「まあ、誰でもいいんだけれども」
 咲夜は一呼吸の後、再び姿を消した。そう、消えたのだ。手元にはたった今渡された謎の物体だけが残されていた。
「私が知ってる掃除道具は、ほうきと雑巾、それとちりとり。これは一体何なのかしら」
『弱』『強』『切』と書かれたボタンがそれぞれあったので、ためしに『強』のボタンを押してみた。
 ずごごごごごご……詰まった鼻を吸い込むような音が鳴り始めた。
「わ、ビックリ」
 棒状のそれの先端は、絨毯を離すまいとしており、かなりの力でそれを咥えていた。
「このっ……離しなさい!」
 霊夢は脚で絨毯を固定し、それをぐいぐいと引っ張った。かなり力を入れると、ようやく観念したように、謎の物体は絨毯から離れた。
「クスクス……あなた何やってるの?」
「ダッサーイ! 新入り? 掃除機の使い方も知らないの?」
 一部始終を見ていたのだろう。二人のメイドが、霊夢を指差しながら笑っていた。
「ソージキ?」
 霊夢ははじめて聞くその単語に、目を白黒させる。
「まったく。新入りの分際で掃除機を使うなんて身の程が過ぎるのよ。私に任せてあんたは窓でも拭いてなさい。雑巾わかる? ぞ・う・き・ん」
 メイドたちはいずれも幼い女の子であったが、このメイドの言い回しは霊夢にとって特にムカつくものであったらしく。一発ぶん殴ってやろうかと霊夢が拳を作ったその時。
「雑巾ならここに」
 と、また咲夜が現れた。そして霊夢に雑巾と青い液体を渡して消えた。
「心臓に悪い…って思わない?」
「あはは、す、少しは」
 霊夢とメイド二人は、声をそろえてクスクスと笑う。話題を共有できたことでコミュニケーションを深めたつもりなのか、メイドは先ほどのいやみ口を言うこともなくなっていた。
「で、この青い液体は何かしら。雑巾はわかるわよ?」
「窓拭き洗剤も知らないの? それは窓に直接吹きかけるタイプね」
 洗剤掃除の際は雑巾を水で濡らす必要がない事や、スプレーとはレバーを引くと液体が霧状に出るものであると説明するたびに『へぇー』とか『ほぉー』とか言う霊夢が面白いらしい。メイドは次々と自慢の知識をひけらかす。
『コラそこ! サボらない!!』
 今度は目の前に出現せずに遠くから声をかけてくれた。それでもメイドたちにとっては心臓に悪かったらしく、一目散に走り去っていった。
 霊夢は、先ほど使い方を教わった『センザイ』を窓にむけて噴出した。液体が細かい粒になり窓に刻まれていく様子が実に面白く、そこら中の窓にそれを吹きかけて遊んでいた。
『コラ!!!』
 咲夜に怒られて流石に反省した仕草だけは見せておいた霊夢は、センザイまみれになった窓をようやく拭き始めた。










「やっと終わった……」
 馬鹿みたいに広い館の窓を、内、外側ともに全部拭き終え、時計を見ると既に午後七時。外は暗く、最低でも紅魔館侵入から七時間が経過していた。
「でも困ったわ。咲夜に監視されながら掃除している限り、いつまで経っても『食料庫』の場所を探し出すことができない」
 その時、目の前に咲夜が現れた。そろそろ来る頃だろうと思っていたので、今度はあまり驚かなかった。
「一日ご苦労様。貴方の部屋に案内するわ」
 部屋、という言葉を聞いて霊夢はすぐにピンときた。どういうわけか知らないが、自分はここのメイドということになってしまった。メイドという職業柄、勤め先に食事、そして宿すらお世話になるのは至極当然のように思えてしまった。
 霊夢は咲夜の軽い足取りにつられ、見覚えのある場所に来た。咲夜に『ここが貴方の寝泊りする宿』と言われ紹介された部屋には、toilet roomの文字が掘ってあった。そう、最初に霊夢がスルーしたあの場所だ。
「いい趣味ね」
「勘違いしないで、嫌がらせとかじゃないわ」
 咲夜はコンコンとノックをし、扉を開けた。すると、便所というには清潔で、広すぎる空間があった。そこには二十人余りのメイド達が、所狭しという様子でもなくくつろいでいた。夕食を食べたり本を読んだり、布団を敷いて寝る支度をしている者までいる。
 その光景を見て霊夢は、ふと紫の言葉を思い出す。『血液の鮮度を落とさぬよう、人間にはちゃんと食事や布団まで与えられているらしい』。
「食料庫……?」
 深い考えがあったわけでもなく霊夢の口から漏れたその単語を咲夜は聞き逃さず、クスっと笑ってみせた。
「さしずめ貴方の目的はメイドに知り合いでも居て、お嬢様に捕食されないよう救出に来た……ってとこかしら」
 救出しに来たのが紫の知り合いであることを除いて、全て図星だった。
「驚きだわ。『食料』は閉じ込められてるのかと思ってたけど、メイドとして働かせていたなんて」
 咲夜は、先ほど作った笑顔を微塵も崩さない。
「お嬢様はよく、災害なんかで親を亡くした子供を拾ってくるのよ。食事なんかもみんなお嬢様の命令でね」
 咲夜はそこで一旦言葉を区切り、霊夢の顔色を伺った。まじまじと自分の顔を見ている。話を聞く気が満々であると確認したので、続きを喋り始めた。
「誰が言い出したのかは忘れたけどね……拾ってもらった恩返しに此処で働きたい、なんて言い出した子がいたの。そしたら案の定、拾ってもらった恩に報いたいという思いを持っていたのはその子だけじゃなかったみたいでね。慈善だったはずのお嬢様の子供拾いは、メイドのアルバイトの勧誘に代わったわ」
 なるほど咲夜の説明は実に納得のいくものだった。しかしそれ以前の根本的な疑問が、霊夢の中では解消されず残っていた。
「でもお宅のお嬢様は、人間を食用に集めてるって……」
咲夜の笑顔は、依然崩れない。
「あなたは、子供を拾って歩くような吸血鬼が主をやってる館に畏怖を抱く? 恐れおののく?」
 霊夢は一瞬硬直し、『納得』と吹き出す。そして笑い始める。今度の笑いは、咲夜も一緒だった。
「それで……あなたの探している子がここにいるのなら連れて帰ってもらって結構よ。ただし生活に困ったら紅魔館に連れていらっしゃいね」
「それなんだけどね、咲夜」
 本来ならこっそり救出しなくてはならないはずの少女を、連れて帰ってもらって結構とまで言われた。しかし霊夢の表情はどこか浮かない。
「さっきからその子を探してるんだけど、見当たらないのよ」
 霊夢は言葉を区切り、強く息を吸った。咲夜は反射的に耳を塞いだ。
「ねえみんなー! みんなの中に八雲紫を知ってる人いないー!!?」
 やたら馬鹿でかい声に、メイド達は一瞬静かになり、互いに顔を見合わせたりしていた。しかし、名乗り出る者は誰一人としていない。
 し~んとした空気の中で口を開いたのは、咲夜だった。
「おかしいわねえ。貴方を怖がって出てこないんじゃないの? なんて子?」
「まさか! えっと、十四から十五歳ぐらいで、黒髪で、日本人。あ、あとブレスレットをつけてるとか聞いたわ」
 霊夢は知りうる限りの情報を話した。これで咲夜に『そんな子知らないわ』と言われたら、この話はここまでだ。別に霊夢が困ることでもないのだが、一度頼まれた以上、紫の探し人をちゃんと連れて帰りたいと思っていた。
 しかし咲夜は、沈黙する。それが何を意味するのか、霊夢にはわからない。わからないことが彼女の苛立ちとなり、焦りとなる。
「ねえ咲夜!? 聞いてるの?」
 霊夢は咲夜を振り向く。咲夜の沈黙は、霊夢の言う人間像を思い出そうと努力してくれているわけではなかった。かといってイジワルで黙っているのでもない。ただ腹からこみ上げてくる笑いに耐える作業に必死で、喋ることなどできずにいたのだ。
「れ、霊夢……貴方…ぷっ、フフ…あっははははははは!!!」
 口を開くと耐え切れなくなり、ついには笑い声が部屋中を包んだ。いや、五月蝿すぎるそれは、眠った館中にすら響いているのかもしれない。
「……貴方って、結構あわてんぼさんなのね……」
 こみ上げる笑いをこらえながら、咲夜はようやくそれを伝えた。霊夢は、背後に人がいることに気づく。
 霊夢の、そして霊夢を知るはずの人物であった。
 その人物は、ゴミ捨てを頼まれ館を出た際に突然服を奪われてふんじばられ、しかも発見不可能なように草陰に隠されてしまったため、この時間まで下着姿で冬の寒さと戦う事を強いられていた、黒髪で十五歳で、左腕に赤と白のブレスレットをしている日本人だった。
 咲夜の爆笑の意味もわかろうというものだ。紫の探す少女は、既に霊夢が出会っていた。一番最初に服を奪ったあのメイドだった。
「紫…? 紫の友達?」
 少女は驚いたような表情を浮かべる。そうしたいのは霊夢も同様だった。咲夜は未だにおかしくて腹を抱えているが、賑やかなメイド長をよそに、霊夢は少女と向かい合った。
 こんな時間まで外に縛っておいた非礼を詫びるつもりだろうと、霊夢以外の全員がそう思った。
しかし霊夢は左手を差し出す。その意味が、少女にはわからなかった。

「サラシ返して」










































 ガラっと開け放たれた博麗神社の木製ボロ扉の向こうには、コタツで横になっている紫の姿があった。少女は、それを発見するや否や紫の背中に飛びついた。
「華菜芽(かなめ)。ちゃんと帰ってきたのね……で、なんで貴方までいるの?」
 後には霊夢と咲夜の姿があった。咲夜は『道中に危険の無きよう』と答えた。
 紫は自分のした質問の意味が理解されていないのだろうか、と、頭上にハテナマークを浮かべていた。だから代わりに霊夢が説明した。人間収集や捕食なんて名ばかりで、レミリアが子供大好きな慈善家であったことを。
「こいつは聞きたいことがあったからひっとらえてきたのよ」
 霊夢はよっこらせっとコタツに入る。咲夜は立ったまま、霊夢の言う『聞きたいこと』に耳を貸す。
「なによ華菜芽って。あの子の名前はクリスティじゃなかったっけ? クリスって呼ばれてた」
 咲夜は微笑を顔に灯す。『日本人』というヒントがあるのだから、本名をクリスティと思うのはそもそもおかしいのではないかという、少し馬鹿にした笑みだった。
「クリスティは私がつけたあだ名ですわ」
 紫が台詞の続きを受けた。
「苗字が栗栖(くりす)なのよ。クリスティだなんて、可愛い名前をつけてもらったわね」
 咲夜と紫は微笑み会う。つられて華菜芽も微笑んだ。霊夢は左手を額にあて、やれやれと言った感じで、しかしかなり本気で大きなため息をついた。
「で、報酬の話なんだけど」
 見たところ掃除や洗濯どころか、霊夢が出発した時から紫が一歩たりとも動いた様子すらない。
「ああ、そうだったわね。話すわ、私とこの子のこと」
 そうじゃない。と、ツッコミをする元気も残っていなかった。

 聞くところによると、紫は時折外の世界の『新聞』というものを拾って、外の世界のことを色々と読んで楽しんでいたらしいのだ。
その際に見つけた一つの記事は、彼女に嫌な予感を感じさせざるを得なかった。
 日本に外国製の爆弾が落とされたとかいうニュースだったらしい。紫は被害を受けた地域に足を運んだ。それが外の世界で知り合った『栗栖』の住む場所だったような記憶があったからだ。

「……案の定、この子の両親は被爆し、死んでいた。でも不幸中の幸いか、この子だけは被爆区域にいながらも生きていたわ。当時この子は三歳だった。おそらく顔を覚える前に両親に死なれて、たった一人で生きていくにはこの子の姿は弱弱しすぎた」

 悲観的な紫の姿に、霊夢はどう対処して良いかわからなかった。ただ咲夜だけは、彼女の気持ちが少しわかったような口ぶりだ。
「お嬢様は……両親を知らず生きていく子供を自分の姿と重ねたのかもしれません。だからあのような事を……その時の貴方も同じような考えを辿ったのかもしれないわね」
 咲夜は紫に促すが、紫は答えない。ただ黙々と話を続けた。
「死こそ免れたものの、被爆の被害はこの子の体に白血病という形で残された。…もちろんすぐに治療したわ。彼女の体は間違いなく快方に向かっていた」
 しかし十数年後、白血病の再発が確認された。気づいたときには手遅れだった。医者は彼女に残された時間以外、何も答えなかった。
「それで三ヵ月後の死が約束されている……か」
 霊夢の言葉に、紫は『そうよ』と相槌を打つ。今の紫には、霊夢が何を言っても相槌しか打たないに違いなかった。
 その時、ようやく彼女が口を開いた。
「でも私は、紫と一緒にその三ヶ月を過ごしたい」
 その言葉は、言うまでもなく華菜芽のものだった。紫はそれ以上、何も喋らなかった。なにせ華菜芽にこの言葉を言って欲しかったから、自分は霊夢に彼女の救出を依頼したのだ。
「行こ、ゆかり。家に帰ろうよ。どこにも寄らずに真っ直ぐね。もう迷子にならないように、ずっと手を繋いでいて」
 涙腺が緩くなるのを感じたのか、紫は何も言わずに立ち上がり、神社を出た。華菜芽もその後を追う。意地っ張りな彼女のことだ。霊夢の前で涙を流し、華菜芽と手を繋ぐところを見られたくなかったのだろう。

「万事解決ね…。それじゃ、あなたも紅魔館に帰るのね」
「いえ、まだやり残しがあるわ」

「「道中に危険の無きよう」」

 二人の声が重なった。

「でしょ?」

 霊夢は悪戯っぽいウインクを向ける。咲夜は、またクスリと笑った。
「それでは、お暇させて頂きます。」
 そして、一瞬にして姿を消した。神社には、霊夢の姿だけが残される。時計は午後八時を指していた。
「……フー」
 霊夢はパタンと横になった。あるいは倒れた、と言ったほうが適切かもしれない。深い眠りにつく前に、今日一日のことを思い出す。
 結局『人間収集』も『食料庫』もただの噂で、紅魔館では『いつも通りの』楽しい日常が送られていた。紫のところにも親友が戻ってきて『いつも通りの』日々を送るだろう。その結果自分はこうして『いつも通り』神社で眠っている。
「これでよし」
 霊夢は虚空に呟いた。
 何も変わらないことが一番なのだ。それが彼女の美徳だから、彼女は異変を解決し、たまに他人に頼まれごともする。
 『今日も巫女としての任務を全うしたわね』と、霊夢は安らかな笑顔で、『いつも通りの』眠りにつくのであった。それがいつもより少しだけ気持ちの良い睡眠だったとしても、誰からも咎められることはないだろうが。
























































































「ぇ……?」
 繋いでいたはずの手が、ぶらん、と、宙に浮く。無骨な断面からは、間違いなくそれが人間のモノであるという赤黒い血液が流れ出ていた。
「か……なめ…? どこ……?」
 紫は、右手を離さない。華菜芽はそこに右手しかいないけれど、それでも握った手は離さなかった。
 ぐちゃ、ぼり、ばき、くちゃ、ぽき……ゴクゴク……変な音が、鳴り止まない。幻聴であって欲しいと願った。そしてその木陰に、人がいませんようにと願った。
 紫の願いは叶った。人間などいない。其処に居たのは一匹の吸血鬼と、肉のカタマリだけ。
「華菜芽……レミリア……ぃや……ぃいいいやあああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 紫の金切り声は、誰にも聞こえない。ただ新緑の森の中に虚しく響いた。
「ど…うして……? 人間収集はただの噂で…あなたは……ぁあああ!! それより華菜芽は!? 華菜芽はどこ!!? ねえレミリアったらあああ!!!」
 泣き崩れながらもレミリアの服を掴む紫を、レミリアは面倒臭そうに払いのける。
「おい」
 そして言った。地面に手をついて泣き崩れる、これ以上ないほど無防備な彼女に向かって、見下すようにそう吐き捨てた。
「咲夜から何を聞いたか知らないがこれが真実。アイツは平穏を過ごしたいと言うからアイツがどんな嘘をつこうと黙っていたが、私は私の生きたいように生きる」
 力いっぱい絞った雑巾のように、一滴たりとも『肉塊』に血液は残っていなかった。原型を留めないほどぐちゃぐちゃになったそれは、楽観を通り越した現実逃避的な観点から見れば、まだ華菜芽以外の別人であるという考え方もできるだろう。
 でもでも、紫の右手には残っている。彼女のバースデイ・プレゼントに自らが買ってあげた赤と白のブレスレット付きの右手が……!!
「ぁぁぁああああぁあぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
 泣き崩れる紫の背後に現れたのは、十六夜咲夜。『道中に危険の無きよう』紫と華菜芽を尾行していたのだ。
「お嬢様は貴方に興味がない様だけれど……私としては困るのよね。紅魔館の秘密をばらされるのは…」
 咲夜は一本のナイフを振り上げ、それを紫の首筋に向かって一直線に振り下ろした。しかしその先端は、紫の首の皮一枚分上でピタリと止まった。
「ま…」
 そしてナイフを投げ捨てる。
「必要ないかしらね」
 咲夜の姿は、黒で塗りつぶしたような深く暗い森の奥へと消えていく。
「絶望は人を狂わせる…彼女にはもうこの世のありとあらゆるモノが見えていないでしょうから……嘘も真実も、自分自身も・・・」
 去っていった吸血鬼の後を追うべく、その従者もまた、森の奥へと姿を消した。
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コメント



0.370簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
申し訳ないけどこれは・・・
3.10名前が無い程度の能力削除
最後の最後にどんでん返し・・・・・。
私も申し訳ないがさすがにこれは
評価したくない・・・・。
あのまま終わっていればどれだけ良かったことか。
これまで書いてきたことが全て無駄になるような話だ。
4.無評価DEVIL君削除
う~ん、意味のあるBADENDは意味のあるHAPPYENDに勝るとはいうけど・・・。
上の方々と同じくちょっと評価したくないですね、これは。幻想郷の世界観的にはレミリアが人間を食い殺す習性を持つってのはありですが。
5.無評価名前が無い程度の能力削除
>ぐちゃ、ぼり、ばき、くちゃ、ぽき……ゴクゴク……変な音が、鳴り止まない。
>一滴たりとも『肉塊』に血液は残っていなかった。
早食い&大食いなレミリア
9.無評価名前が無い程度の能力削除
BADENDは予想できてたけど、吸血鬼じゃなくて食人鬼だろこれ。
あと紫と霊夢が弱すぎだろ。
10.10名前が無い程度の能力削除
レミリアは小食らしいぞ!
11.無評価名前が無い程度の能力削除
ん~、個人的にこれは評価したくないかな・・・・・・
それに、この作品は結局、何を伝えたかったのかよく分からない。

最後まで読みきれば、伏線もどこにあったか分かりますけど、ちょっと唐突過ぎるかな?
今までの話、全てをただ最後に「嘘でした」と、言うだけよりも
嘘だと言われて読者が納得出来る、別の伏線も用意しておいた方がよかったかなと思います。

まぁ、まりんさんにとっての幻想郷は、残酷な所であるようですね。
13.無評価名前が無い程度の能力削除
絶望は人を狂わせるって紫は妖怪。
悪魔の契約守れないようなら第二次吸血鬼異変か?
14.無評価名前が無い程度の能力削除
SSで設定改変なんてザラですけど、
結構シリアスな感じだったので登場キャラクターの
精神的な部分まで全く異なっちゃうと別作品で同姓同名のキャラを
見てる感じになりますね。ギャグとかはともかくとして。
17.10名前が無い程度の能力削除
いやあここまで原作設定シカト出来るのも凄いなあ。
準拠してるのは名前だけ、それ以外は全て変。

「左の絵と右の絵には違う所があります。1000ヶ所あるので探して下さい」
と言われた気分です。
19.10名前が無い程度の能力削除
最後、紫ってこんな弱いの? って読後の感想。なんか話にオチつけるためにキャラを安易に改悪してる気がする。最後で失敗したな、という印象が強すぎてそれまでの部分を踏まえた評価ができませんでした。
21.10名前が無い程度の能力削除
ここまで酷いのは久々に見た気がしますね
なぜ創想話に東方SSを投稿しようと思ったのか知りたくなります
22.無評価名前が無い程度の能力削除
確か、レミリアって肉は食べず、血だけじゃないっけ?
それも貧血ぐらいにしかなんないはず。
24.無評価名前が無い程度の能力削除
原作準拠でもなければ、吸血鬼の伝説にも拠らない独自設定なのでしょうけど、読後感が…最悪です。
せめて、警告をいれて欲しかった。
25.無評価名前が無い程度の能力削除
えー、としか言えないな。
28.無評価名前が無い程度の能力削除
設定無視のオリジナル、残酷描写があるなら文頭に一言入れるなりして欲しかったです。話を最後に無理矢理捻じ曲げて奇をてらってみたと言うか最後の所は趣味の悪い蛇足としか言いようが有りません。
32.90名前が無い程度の能力削除
私はこういったものもいいと思いますけどね。
最後に全てが引っ繰り返されるような話が。
それでも最後の部分が少し話として薄いかな、と感じたので。