その日、レミリア・スカーレットの様子はおかしかった。
朝起こしに来た咲夜におはようも言わず、ただベッドの上で上半身を起こしたままぼーっとしている。
咲夜が何か話しかけても生返事しかしない。
その後門番の美鈴がまた寝ていたことを報告されても、「ああ、そう」と言うだけで何か罰を与えるわけでもない。仕方ないので咲夜がレミリアに代わって美鈴には雑用を押し付ける。
館で働く妖精メイドがレミリア愛用の皿を割ってしまっても、これから死にますといった表情で怯えるそのメイドを前に、別に怒るわけでも微笑むわけでもない。
全てを惰性で放り投げるような、余りに投げやりすぎる態度。
そんなレミリアを咲夜が見るのは初めてのような気がする。
「今日はどうかしましたか?」
昼食の席、たまらず咲夜は聞いてみた。気を悪くするかとも思ったが、主のことを心配せずにはいられない。
その問いにレミリアは溜息一つついて、
「別に。なんでもないわ」
そっけない対応である。分かっていたことではあったが。
咲夜が肩を落としていると、レミリアはあらぬ方向を見たまま、
「あなた、ここに来てどのくらいかしら」
どこか遠くを見たまま言われたので、最初咲夜は自分に対するものだと分からなかった。
しかし他には誰もいない。独り言でも無さそうだ。
何故そんな事を聞くのか分からなかったが、咲夜は首をかしげて、
「十年程になります」
正確にはいつ来たのか分からなかった。ただ、拾われたときのことは明確に覚えている。あれは雪の降る夜、雪の白に赤が混じって――、
「そう。短いのね」
思い出に浸りかけた咲夜の思考をレミリアの言葉が引き戻した。
主の真意が分からず、
「はあ……」
間の抜けた返事をしてしまう。
「…………」
咲夜はレミリアの次の言葉を待っていたが、どうやら話はそれで終わりのようだ。
三時になった。レミリアは紅魔館の一室でいつものお茶を嗜んでいる。
珍しくパチュリーも一緒だ。
そして彼女もまた、様子のおかしいレミリアに眉をひそめた。
「どうしたのレミィ。今日は様子がおかしいじゃない」
その問いに、レミリアは今日何度ついたか分からない大きな溜息をつく。
「別に。なんでもないわよ」
パチュリーはそんな態度のレミリアに気分を悪くした様子もなく、
「そう。なんでもないのはいいけど、術式に影響が無いようにお願いね」
「術式……?」
咲夜は思わず口に出して聞いた。
「…………」
レミリアが答える様子のないのを見ると、仕方ないといった具合でパチュリーが肩をすくめて、
「レミィの『運命を操る程度の能力』を最大限使ってみよう、ということをしているのよ。新技の開発と同時にね」
「はあ……新技、ですか」
ここ最近、レミリアとパチュリーは二人して毎晩大図書館に篭っているのだ。
そして小悪魔はおろか、咲夜まで追い出して二人きりで何やら怪しげな事をやっている。
修行だと聞かされていたが、一体何をしているのか、咲夜としては気にならずにはいられない。
「ちょっとレミィ、聞いてるの?」
「ん? ああ、聞いてるわよ」
今目が覚めたとばかりにパチュリーに焦点を合わせるレミリア。聞いてなかったことは明らかである。
パチュリーはわざとらしく大仰に溜息をついた。
「まあいいけど……今夜完成予定なんだからしくじらないようにお願いね」
そんな失礼な態度を全く気にしていない、というより気づいてもいないかのように、レミリアはあらぬ方向を見たまま短く呟く。
「分かってるわ」
どこかを見ているようで、どこも見ていないようにも見えるレミリア。そんな彼女を、咲夜は心配そうに見つめる他ないのであった。
◇◇◇◇◇◇
時刻は次の日の朝。
メイド長、十六夜咲夜の朝は早い。
紅魔館の自室で時間通りに起きる。目覚ましなど使っていない。長年のメイド人生において完璧な体内時計がセットされている彼女にとっては、時報と同時に飛び起きることなど造作もないことだ。
カーテンを開ける。
今日も太陽がさんさんと照りつけており、洗濯日和ではあるが実に最悪な天気である。日の光が苦手な主からしたら、太陽が出ている天気こそ悪い天気であった。
その後いつものメイド服に着替え、セミロングの髪を手早く短い三つ編みに結う。
『メイド長 十六夜咲夜』というプレートの付いたドアを開け、廊下へと出た。
まだ朝早い。この紅魔館において、睡眠を必要とする種族の中では人間十六夜咲夜が一番の早起きであった。
いつもの通り、この後はメイド達を起こして朝食の用意である。
少々頭の弱い妖精メイド達は、毎日毎日ちゃんと指示を出してやらないと途端に仕事をしなくなる。
まずは隣の部屋の妖精メイドを起こし、更にはそのメイドに他のメイドを起こさせ、そのメイドは更に他のメイドを起こし……というねずみ講みたいなことを繰り返すのだ。彼女達に目覚ましという物がいくらかでも効果があれば、すぐにでも部屋分の目覚まし時計を調達するのだが。それは叶わぬことだろう。
いつものように、今日も咲夜は隣の部屋に向かう。
そしていつもとは違い、その扉の前で固まった。
眉をひそめる。
なぜならその扉には、
『博麗神社』
そう書かれた表札が掛かっていた。
「………………」
しばし言葉を失う咲夜。
隣は妖精メイドの部屋のはずである。
それなのに何がどうして、『博麗神社』と表札が掛かっているのだろうか。表札はドアにも貼られているし、隣の壁にもそれより小さいものが掛かっている。
「………………」
至って普通のドアである。昨日と何も変わりが無い。表札以外は。
咲夜は人差し指を立て、顎をぐいぐい押すような仕草で考える。
イタズラだろうか? 妹様あたりが?
イタズラ好きの妹様なら確かにやりかねない。
しかしそれにしては地味だし訳が分からない。こんなもの、仕掛けられた者は首をひねるだけ、というイタズラする側としては最低につまらない結果に終わるのではないのか。なぜそんなイタズラを?
まあいつもそんな抜群のイタズラが行われるわけでもないだろう。たまには四十点くらいのイタズラがあってもおかしくない。いやこの場合は三十点に減点してもいい。そしてこれがその不出来なイタズラだとしたら、下手に取り乱さない方が良い。
十六夜咲夜は、こんなくだらないイタズラで笑いをとるような程度の低い人間ではないのだ。
なんにせよ、中の妖精メイドに事情を聞いてみよう。というか、こんなイタズラに協力したのなら説教をしてやらなければいけない。
いや、ただ夜の間にこの表札が取り付けられただけか。なら中のメイドは無実だろう。
そもそも、そんなことで怒っても妖精メイド相手に効果があるとは思えない。右から左に聞き流して終わりだろう。別に態度が悪いわけではないが、あまり複雑なことは理解できないのだ。
とにかくメイドを起こそうと思い、咲夜はドアを開けた。
ガチャリ
中では博麗霊夢が布団で寝ていた。
バタン
「………………」
咲夜は思わずドアを閉めた状態で固まる。
少々頭が混乱する。
ちょっと待て。ちょっと待とう。
なぜあの巫女がここに?
……………………
………………
…………
ああそうか見間違いか。こんな所にあの博麗の巫女がいるはずがない。
咲夜は改めてドアを開けた。
中ではやはり博麗霊夢が布団で寝ていた。
「………………」
見ると、部屋の様子もおかしい。
床は板張りのはずが畳になっているし、箪笥や祈祷道具なども置かれている。壁には『一日一膳』と書かれた掛け軸が掛けられ、それに咲夜は見覚えがあった。博麗神社にあった物だ。誤字なのか本気なのか分からない所が笑えない。
部屋の中央にはコタツが設置され、上にはミカンまで乗っている。
そこにはとてつもない生活感が漂っていた。まるで以前からここで生活していたかのようである。
洋風の部屋のはずが、完全に和風、しかも博麗神社仕様に改造されている。
「………………」
ここは古風にほっぺたを抓ってみようかしら、などと考えながらもそれはやめておいた。はたから見たら馬鹿らしい。
咲夜は部屋の中へと足を踏み入れた。
混乱しながらもちゃんと靴を脱ぐあたり、彼女の性格が見て取れた。
なぜ部屋が改造されているのか。
なぜ霊夢がここにいるのか。
元々いた妖精メイドはどこへ行ったのか。
様々な疑問がありながらも、咲夜は表面上、冷静を装った。
紅魔館のメイド長たるもの、完璧で瀟洒なメイドでなければならない。
慌てて無様な姿を晒すわけにも行かないのだ。
ドアに表札を貼るだけではなかった。部屋に家具まで持ち込むなんて手の込んだイタズラだ。とすると、三十点と評価したのは見直さないといけない。イタズラとしては八十点だ。常識的には零点だが。
そこらにイタズラ好きな妹様が隠れていて、自分の驚く様を見ようと待ち構えているのかもしれない。
だとしたらそんな失態を見せるわけにはいかない。
メイド長としての地位が失墜する事になってしまう。ここで泡を食ったように慌てふためいた醜態を晒すと、冗談抜きで自分が死ぬまで笑い話にされそうだ。寿命の長い吸血鬼、笑い話を百年もたせるくらい簡単にやってのけるだろう。
しかし疑問がある。この巫女がそんなイタズラに手を貸すだろうか。咲夜からしたら博麗霊夢は常識的な存在だと認識していた。
『完璧で瀟洒なメイド長が変わり果てた部屋にドッキリ!』などというくだらない遊びに、果たして幻想郷の守護者とも言える博麗の巫女が加担するだろうか。
咲夜は霊夢の枕元まで行き、ぐーすか眠りこける巫女を見下ろした。
「すぴー。すぴー」
「………………」
寝息が聞こえる。完全に眠っているようにも見える。今にも鼻提灯を膨らませてもおかしくない。
いや、ここであまり警戒した態度を取ると、それがまた面白がられてしまう可能性がある。
ならばここは速やかに起こす行動を取ってみせるべきだ。
妹様に「つまんないからもう咲夜にイタズラするのやめるー」と思ってもらわないといけない。
咲夜は霊夢の肩を乱暴に揺さぶった。努めて事務的に、慌てるような声は抑えて呼びかける。
「霊夢。起きてくれないかしら。ここをどこだと思ってるの」
「う、ふぇ…………はあ!?」
霊夢は即座に飛び起きた。
あろうことか、手にはお札を構えている。
いきなり戦闘態勢の霊夢に咲夜も咄嗟に構えたが、霊夢は彼女を見ると途端に力を抜いた。大きく息を吐いて半目になる。
「……なんだ、咲夜じゃない。びっくりさせないでよ。てっきり妖怪が寄って来たかと思ったわ」
「………………」
霊夢はお札を懐に戻してよっこらせと立ち上がる。
咲夜は怪訝な顔つきで奇妙な侵入者を見やった。
「……霊夢。あなた何やってるの?」
「へ? 何言ってるの。ここは博麗神社でしょ? あなたこそ何しに来たのよ」
「………………」
演技だとしたら意外と才能があるのかもしれない。咲夜も思わず、自分が早朝の博麗神社に無断で入り込んで霊夢を乱暴に起こしたかのような錯覚に陥る。
しかしここは間違いなく紅魔館なわけで。
その一室に入って部屋を和風に改造する、などという暴挙に出ておいて『何しに来た』? 少しは通る見込みのあるボケをしてほしい。
「……いいから来なさい」
「ちょ、ちょっとお」
咲夜は霊夢の腕を強引に引いて歩き出した。
ドアから出て大仰な仕草で周りを示す。
「ここは紅魔館よ。イタズラするにしても、勝手に部屋を改造するなんてやめてちょうだい。主犯は誰? 妹様?」
「え? いやだから、何言ってるのよもう。改造? そりゃここは紅魔館だけど」
霊夢は憮然とした様子で咲夜の手を振り払うと、
「勝手に神社まで来て起こしてくれちゃって。いつもならもっと寝てるところよ」
と言って『博麗神社』と書かれた部屋へと戻っていく。
「ちょっと、霊夢!」
「用がないならやめてよね」
そしてバタリとドアを閉められた。
霊夢は本気で迷惑しているようにも見える。
後には激しく困惑する咲夜が廊下に残された。
「……何かしら、これ」
なんだろう、このアウェー感は。紅魔館に住む自分がどうしてそんな惨めな感情を抱かないといけないのか。
いつからこの部屋は『博麗神社 紅魔館支社』になったのだろう。
訳が分からない。
新手のイタズラだろうか。
それとももしかして、昨日の夜のうちに火事か何かで神社を焼け出された霊夢が、レミリアお嬢様に泣きついてきたのだろうか。
家が無くなったので部屋を貸してほしい、と? 霊夢のことがお気に入りなお嬢様なら許可しそうだ。しかしそんな事前の相談も何も無く……。
いやそれにしてもこれだけの大改造、隣の部屋の私が気づかないわけがない。イタズラの場合でも物音で気づくはずだ。
それなのになぜ、さも「ここに住むのは当然です」みたいに霊夢がいるのだろうか。
いやそれともやはり、私が気づかないようにこっそりイタズラを?
ここはどういった対応をとるべきなのか。
その時、混乱する咲夜に追い討ちをかける出来事が起きる。
「あら、咲夜じゃない。おはよう」
永遠亭の医師、八意永琳が片手を挙げ、にこやかに挨拶をしてきた。まるで天気の良い朝早く、そこらの道端で偶然会ったかのような様子だ。
「………………」
「随分早いのね。やっぱりメイドって大変なのかしら」
「………………」
「姫様はまだ寝ているのよね。見習ってほしいわ」
「………………」
「あら、どうしたの? そんなに驚いた顔をして」
「………………………………」
なんだろう、これは。
なんでこの人がいるんだろう。
しかも普通に挨拶をされた。
イタズラ? この思慮深いと思っていた医師は、そんなイタズラに手を貸すような茶目っ気があったのだろうか。
咲夜は考えうる限界の速度で首を回し、辺りを見渡した。
いない。
妹様が「ドッキリ」という看板を持って潜んでいたりしない。いやむしろさっさと「ドッキリでしたー」と言ってくれるほうが助かる。
もういいだろう。自分の負けだ。
もう聞いてもいいだろう、ということで、咲夜は恐る恐る言ってみた。
「……あなた、どうしてここにいるのかしら?」
その問いに、永琳は首をかしげて答えた。そしてそれはおおよそ咲夜の望んだものではない。
「どうして、って。ちょっと薬草探しに行こうと思って」
永琳の言っていることが分からず、咲夜は更なる混乱に追い込まれる。それでもなんとか疑問の波が限界を突破しないように押しとどめて、この医師がここにいる理由を確かめようと質問を投げかける。
自分はメイド長なのだ。しっかりしなくてはいけない。
「……いやだから、どうして紅魔館にいるの、と聞いているのだけれど」
「どうしたの咲夜。外へ出るのに紅魔館を通るのは当然でしょ? 何かおかしいことがあった?」
思いきりある。今目の前に。というか、薬草探しにいちいち紅魔館を通る必要などこれっぽっちもありえない。紅魔館のどこに薬草が生えているのか。
花壇の整備も担当する美鈴が副業で薬草栽培でも始めたのだろうか? そんなばかな。
とそこで、永琳がぽんと手を叩いた。何か自分の混乱を解決してくれることを言ってくれるのか、と咲夜は期待に顔を輝かせる。
しかし永琳が言ったのは期待とは全く的外れな事だった。
「そうだ。うどんげも連れて行きましょう。紅魔館のメイド長が朝早くから働いているのだから、あの子にも頑張ってもらわないと」
そう言い、スタスタと歩いていく。
呆然と見送っていると、永琳は一つのドアを開けて入っていった。
ドアが閉められそれを見て、咲夜は顔を硬直させる。
『永遠亭』
そのドアには、そう書かれていた。
「………………」
しばし唖然とした後、咲夜は全力をもって他のドアへと目を移した。
そして、愕然とする。
『寺子屋』
『白玉楼』
『霧雨魔法店』
『守矢神社』
『香霖堂』
『アリス・マーガトロイド宅』
『廃洋館』
『地霊殿』
『八雲邸』
遠くを見ると他にもまだまだあるようだ。
とんでもない家々の名前が揃っている。
「な……あ……」
咲夜は震えながらそれらを呆然と見やる。一歩一歩と後ずさり、窓に背中が当たると、バンという音と共にガラスが揺れた。
まさか。まさかとは思うが、このドアそれぞれの中に該当する人物がいるのだろうか。霊夢や、永琳のように。
何が起きている?
まさか、幻想郷中の住人がこぞって自分を驚かせに来ているのだろうか?
とすると妖精メイドもグル?
お嬢様も当然知っているだろう。
いやいや待ってほしい。そんな大規模なイタズラをしてどうなる。自分ひとり驚かせて何になる?
ここまでされたら私はもう「ドッキリでした!」と言われても「はあ……」と呆れるしかない。というかそんな大改造をされたら内心本気で怒るしかない。それは面白くもなんとも無いリアクションだろう。これが入念に計画された大規模なイタズラだとしたら、そんな私の反応くらい事前に予想できるだろう。
とするとまさかとは思うが、紅魔館のメイド長十六夜咲夜は別の可能性を推測せざるをえない。
一日で改造された部屋。そこに当然のように住み着く幻想郷の住人。
すなわちこれはイタズラではなく。
異常事態だ。
「お嬢様!」
咲夜はレミリアの寝室へと飛び込んだ。
というか自分は何をやっていたんだと自責の念に駆られる。
イタズラなんじゃないか、などと警戒してこの異常事態の主への報告が遅れてしまった。メイド長としては失敗した対応だ。
いやそもそもこんな事態を冷静に判断できる者がいるのか。誰だって混乱するに決まっている、という言い訳のような当然の主張は、しかし咲夜は切って捨てた。
結果として失敗してしまったら何を言おうが関係ない。失敗は失敗だ。
であるから、この異常事態への対応の評価として、自分には減点一をつけざるを得ない。
「お嬢様……?」
部屋に入ると、そこにレミリアはいなかった。いつもならベッドでまだ寝ている時間である。しかし部屋をぐるりと見回してみても、広い寝室のどこにも誰かがいる気配は無い。
咲夜はおもむろに主のいないベッドへと近づいた。
シーツが乱れた様子は無い。どうやら早起きしてどこかへ行ったわけではなく、そもそも昨晩から利用していないようだ。
昨晩。パチュリーと能力の実験をすると言っていた。
とするとまだ大図書館に篭っている? この事態にはまだ気づかず実験を続けているとか?
咲夜は大図書館へと走った。
長い廊下をほとんど全力疾走で咲夜が走っていると、同じく誰かが全力で前方から駆けて来るのが見えた。
パチュリーの小間使い、小悪魔だ。元々名前が無い上にパチュリーも面倒くさがって名前を付けないので、皆からはこあと呼ばれている。
「咲夜さーん!」
側まで来て肩を落とし、ぜえぜえと息をつく。
「さ、咲夜さん。もう、起きてたんですね。ちょうど良かった」
「こあ。これは何? イタズラ? それとも異常事態?」
「異常事態のほうです! と、とにかく至急大図書館まで来てください! この事態についてパチュリー様から説明があります!」
「……分かったわ」
聞きたい事は多かったが、パチュリーからの説明を聞いた方が良いと判断する。
咲夜は小悪魔と共に大図書館へと急いだ。
その途中、この異常事態を感じているのが自分だけでなかったことに心底安堵した。
◇◇◇◇◇◇
「お嬢様!」
大図書館に入ると、テーブルではパチュリーが難しい顔をして本にかじりついていた。レミリアの姿は見えない。
パチュリーは入ってきた咲夜に向かって静かに顔を上げた。
「来てくれたのね」
「パチュリー様、これは一体何が? お嬢様はどこへ……?」
「説明するわ。とりあえず座って」
咲夜はパチュリーと向かいに座った。
すぐに肩で息をしながら小悪魔が紅茶を淹れてくる。疲れたのか、指の動きに合わせてカタカタと急須が揺れていた。こぼしそうになりながら、少し淹れすぎなくらい紅茶をカップに注ぐ。
その紅茶の淹れ方は減点一だと思ったが、そんなことを気にしている場合ではない。
「パチュリー様、お嬢様は? この事態はいったい? 壮大なイタズラですか?」
「まあ待って」
落ち着かない咲夜をパチュリーは手で制した。
「最初から説明するわ」
そう言って、パチュリーはコホンと咳をついてから切り出した。
「昨晩のことよ。私とレミィは一緒に新技の実験をしていたわ。そして昨日は一ヶ月前から仕込んでいたその技を完成させる段階だった」
「はあ……」
「それでまあ、その技を試してみたんだけどね……」
咲夜はなんだか嫌な予感がした。
「何か問題が?」
「ええ」
パチュリーは紅茶を飲もうとして、もう無いことに気づく。すぐに小悪魔が注ぎ足しにかかった。
「新しい技の名前は『収束する運命』。周囲の運命を一堂に会する技よ」
「運命を集める……?」
「ええ。あなたも見たでしょう? ここに集められた面々を」
霊夢や永琳、それにあのドア群が思い浮かぶ。どうやらイタズラではなかったようだ。そして、むしろその方が良かったんだということを薄々感じる。
「『収束する運命』の効果は、周囲に存在するものの運命を集めるというものよ。要するに、博麗神社なら博麗神社そのものがここに移動してきて存在していることになる」
咲夜の脳裏に、先ほどの博麗神社風の部屋が浮かぶ。あれは博麗神社風に改造されたのではなく、博麗神社そのものであった、と?
「……では、この幻想郷の施設が根こそぎこの館に集められていると?」
「全部じゃないわ。レミィとある程度関係のある施設だけよ。しかもただ集められているだけじゃないの」
「……と言いますと?」
思わず咲夜が次の言葉を促すと、パチュリーは大仰に頷いた。
「捻じ曲げられているのは『運命』そのもの。だから神社やら誰かの家やらがここに存在することは『自然』なことになってるの。もはやここに存在することが世界にとっても『普通』『通常』ということね。幻想郷の誰も違和感を持たないわ」
「な……」
「ここ紅魔館の住人以外は、ね」
先ほどの霊夢の様子が頭に浮かぶ。確かになんの疑問も持っていないようだった。
咲夜はまぶたをひくつかせて掠れるような声を洩らした。
「なんて無茶な技を……」
「私もまさかここまでとんでもない効果が出るとは思わなかったわ。レミィの力の大きさを改めて思い知った。というかこんな事にならないように限定的に発動するはずだったのに、一体どうして幻想郷中を巻き込んで……」
パチュリーがぶつぶつと呟き出す。
咲夜は涙を拭うと思わず声を荒げた。
「そんなことを言っている場合ではありません! お嬢様は!? どこへ行ったのです!」
「…………」
パチュリーはそこで難しい表情を更に濃くし、ゆっくりと首を振る。
「術を発動させた直後、レミィはふらふらと歩いてどこかへ行ってしまったわ。話しかけても何も答えず。疑問に思って待っていたんだけれど、レミィは一向に戻ってこなかったわ。私が紅魔館の異変に気づいたのもついさっきのこと。それで慌ててこあに貴方を呼びに行ってもらったわけ。それにしても、貴方もレミィには会ってなかったのね……」
「お嬢様が……? 寝室にはいなかったのですが……」
「そう……それでまさかとは思ったんだけどね」
「……なんです?」
神妙な顔つきをするパチュリー。ためらうように、もしくはもったいぶるように言葉を詰まらせて話す。咲夜はこんなパチュリーを久しく見ていなかったように思える。
「これは仮説なんだけどね。これが正しかったらレミィがこの事態を放っておいている理由に説明がつくわ」
「……それは一体?」
「………………」
咲夜は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
パチュリーは大きく溜息をつき、それを言うのが恐ろしい事のように、顔と声を強張らせて言う。
「レミィ自身も、自分の能力に呑まれてしまっている」
「……な…………」
咲夜が愕然とした様子で震える。隣の小悪魔も顔を引きつらせていた。震える声で確認するように咲夜は、
「そ……そうなると、一体どういったことに……」
「…………」
パチュリーは少し顔を逸らしていると、
「『収束する運命』の解除は容易よ。その気になればレミィは一瞬で戻せる。でも……」
言うのをためらうように言葉を詰まらせるパチュリー。
「でも……?」
「元の運命を知っていないと、それはできないのよ。レミィが自身の術に呑まれて、他の幻想郷の住人と同じになってしまっていたなら、元の運命を完全に忘れてしまっていることになる。いや、そんな運命なんて存在していなかった、ということに彼女の中ではなっている……最早戻すのは不可能ね」
残酷に言い切られ、咲夜と小悪魔は絶望の感情に呑まれる。
やがて咲夜が愕然と震えながら、
「そんな……馬鹿な……」
「いざという時のために、紅魔館の住人には影響しないように『収束する運命』には防衛線を張っていたわ。もはやこの幻想郷で、この事態をおかしいと思っているのは元々の紅魔館の住人だけよ。レミィ以外のね。いっそのこと私達も能力に呑まれていた方が楽だったかしら」
「そんなこと言っている場合ではありません! パチュリー様、他に解決する手立てはないんですか?」
「あるわよ」
あっさりとパチュリーは言ってのける。
咲夜は思わず呆気にとられた。もしかして、自分を怖がらせて遊んでいたのだろうか。知ってはいたが、この日陰少女は意外と意地が悪い。
咲夜の抗議の目線を感じ取ったのか、パチュリーは半目になって、
「……別に一から説明していただけよ。さっきまでレミィが能力に呑まれたという仮説に乗っ取って解決方法を探していたの。そして見つけた」
「それは一体?」
パチュリーは持っている本を示した。
咲夜は即座に立ち上がって寄って行き、覗き込んでみると、そこには変な草の絵が載っていた。
「これは……?」
「『自覚草』。これを異能者が口にすると、自分の能力で今何が効果中なのか自覚することができる」
「自覚草……」
聞いたことの無い植物。元々咲夜は薬草にそれほど詳しくは無いが。
「普段なら全然たいしたこと無い雑草みたいな薬草なんだけど、今はこれが必要よ」
「これをお嬢様が飲めば……」
「そう。この異常事態を理解してくれるはず」
二人は顔を見合わせて深く頷く。
「分からないのは、どうしてレミィがいないのか、ってことね。まあ、レミィの捜索はこっちでやっておくわ。別に『収束する運命』に呑まれたわけではないのなら、見付かった段階で解除してもらうし。その場合、どうして姿を消したのかしら……? 面白がって……? まあ、それは後回しね。今はできることをしましょう。貴方には自覚草を採って来てほしいの」
「……分かりました。これはどこに?」
パチュリーの口ぶりからして、ここに無いのは分かった。
本当は自分もレミリア探しに行きたかった。敬愛する絶対の主を探して駆けずり回りたい。
しかしどうやら人手が圧倒的に足りない。レミリアを探すだけなら妖精メイドにもできるだろうが、薬草を取ってくるのは頭の弱い彼女達には無理そうだ。結果、咲夜が薬草採取という雑用みたいな役回りになる。
「妖怪の山にあるわ。その中腹にある『鬼の寝床』という場所にだけ生えているの」
「鬼、ですか……」
「昔は鬼がいたみたいだけどね。今妖怪の山に鬼はいないわ。至急取ってきてほしいの」
「……分かりました」
解決方法が分かればそれをするしかない。
パチュリーから場所を示した地図と自覚草の絵を受け取り、早速咲夜は大図書館を出ようと扉へ向かった。
その時だった。
「――っ!」
轟音が響いた。
屋敷が揺れ、図書館の本がばさばさと崩れるように大量に落ちる。
咲夜は転びそうになりながらもなんとかバランスを保った。
「な、何が!?」
「……咲夜」
パチュリーは落ち着いているのか、神妙な顔つきで咲夜を見る。
「今この紅魔館には、大勢の異能者が揃っているわ。肩がくっつくくらい、近くにね」
「というと……」
「……仲の悪いのが喧嘩でも始めたのかしら」
「…………」
嫌な予感がする。
咲夜は急いで大図書館を出て、音のした現場に急行した。
到着。
そして思わず卒倒しそうになる。なんとか耐えたが。
そこでは、
藤原妹紅と蓬莱山輝夜が対峙していた。
◇◇◇◇◇◇
「輝夜あ……今日こそ決着をつけてやるよ」
「いきなり弾幕張るなんて、お行儀がなってないわね。それにしても、あんたとここで会うなんてね。こんなに近くに住んでたかしら? まあいいわ」
「今までこそこそ刺客を送り続けやがって。この卑怯者が」
「何よ。私が相手をするとすぐに終わっちゃうから刺客で勘弁してやってたんでしょ?」
「なんだと!?」
「なによ」
廊下でいがみ合う二人の周りでは、妖精メイドたちが何も出来ず距離を取っておろおろしながら見守っている。彼女らではあの二人を止める事は絶対的に不可能というものだった。
咲夜はおもむろにいがみ合う二人の近くの部屋を見た。
『永遠亭』
その隣に『藤原妹紅宅』があった。
「………………」
深く。
深く溜息をつく。
なぜこの二つが隣り合っているのだろうか。何かの嫌がらせ?
いや、頭が痛くなっている場合ではない。こんな所で暴れられたらたまったものではない。『そこ』が永遠亭だろうと『あそこ』が藤原妹紅宅だろうと、『ここ』は紅魔館の廊下なのだ。
「二人共……争うなら外でやってくれないかしら」
「あ? 今それどころじゃないんだ」
「このお猿さんにきつくお灸を据えてやらないといけないのよ」
「誰が猿だ!」
「きゃんきゃん喚くのは犬だけにしてほしいわね」
「てめええ……一人ロケットで里帰りさせてやろうか」
「やれるものならやってみなさいよ」
途端、妹紅から炎が迸り、絨毯がじゅうじゅうと焼け焦げていく。あまりの熱に窓のガラスは溶け、そのままどろどろと流れ出すと、妹紅から離れたところでようやく固体へとその姿を戻す。
周囲の妖精メイドたちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「………………」
自分で止める事は不可能だと察した咲夜はつかつかと歩き、近くにあった『寺子屋』のドアを開ける。
その中はやはり和風となっていて、確かに中だけ見れば寺子屋に間違い無かった。
そして慧音が何やら紙切れと睨めっこをしている。どうやら寺子屋の生徒がしたテストの答え合わせの最中のようだ。
というかここでどうやって授業をするのだろうか? という疑問は置いておく。今はあの二人を止めなければいけない。
「……慧音」
「ん? 咲夜か。どうした」
咲夜はちょいちょいと手招きをすると、訝しげにする彼女を外へと連れ出す。
そして輝夜を睨みつけている妹紅を示して、
「ここは紅魔館よ。あの子を止めて」
と訴える。
あまりに断固とした口調に、慧音も思わず「あ、ああ」と承知した。
「妹紅。迷惑だからここは抑えろ」
「何言ってんだ慧音。あいつが目の前にだな……」
「妹紅、いいからここは……」
今度は『永遠亭』へと入る。やはり中は和風だ。
そこでは永琳や鈴仙、てゐがいて、きょとんとした様子で咲夜を見る。
「あら、咲夜じゃない。どうしたの?」
「どうしたんです? 珍しいですね、ここに来るなんて」
なんでこの人達しかいないのかしら。他にもウサギとかが永遠亭にはいたはずだけど……?
などという疑問は今重要ではない。
「永琳、ちょっと来てくれるかしら」
「……? ええ、いいけど……」
永琳を連れ出し、慧音と押し問答をしている妹紅を腕組みして見下し、不遜な態度をしている輝夜を示す。
「紅魔館で暴れるのは見過ごせないわ。ちゃんとあなたのとこのお姫様を管理してほしいの」
「…………はあ」
永琳は深く溜息をつくと、輝夜に寄って行き「姫様、帰りましょう」などと諭し始める。
「ちょっと、永琳、今あいつと……」
「姫様、ここは室内ですし」
「でも喧嘩を売られて黙っとくわけには……」
「慧音! 止めてくれるな!」
「落ち着け妹紅。人様の家だ」
結局、咲夜が凄まじい威圧感を出しながら睨み付けていたこともあり、二人は渋々と各自の部屋へと戻って行った。
「…………はあ」
どっと疲れた咲夜が肩を落とす。
あの二人が本気でぶつかったら館は全壊ではすまない。破片も残さず消滅しそうだ。
睨みをきかせてはいたが、どちらか一方でも自分が止める事は難しいだろう。
「――あ」
とそこで、咲夜は再び『永遠亭』と書かれたドアを開ける。
中ではふてくされた輝夜を鈴仙が必死でなだめている最中であった。
なぜ永琳ではなく関係の無い鈴仙が? まあそんな役回りよね、などと失礼な事を考えつつ、永琳に呼びかけた。
再びやって来た咲夜に永琳は首をひねる。
「あら、今度は何?」
「永琳。『自覚草』って持ってないかしら」
幻想郷きっての医師である永琳であれば、もしや手元にあるのでは、と思ったのだ。紅魔館でも、怪我や病気の者が出たら永遠亭に連れて行くこともある。中々に頼れる存在なのだ。
しかし永琳は首を傾げて、
「あれを? 無いわね。必要無いし。妖怪の山の中腹に生えてるはずだけど……」
「そう。ありがと」
咲夜は溜息混じりに扉を閉めた。
どうやら自分で行って取ってくるしかないようだ。
妖怪の山には多くの天狗や河童がいる。余所者には排他的だ。ましてや自分は人間である。まともに取り合ってはくれないだろう。
とすると、強行突破もやむを得ない。できるだけ戦力は多いほうが良い。
「………………」
咲夜は『博麗神社』を再び訪れた。
「霊夢。異変よ」
「わっ。な、何よ今度は」
扉を開けると、霊夢は巫女服に着替えて暢気にコタツでくつろいでいた。
異変と言ったら博麗の巫女である。
「異変なのよ。協力して」
「異変? 何よ。どんな?」
どんなと言われても困る。あんた自体が異変よ、と答えるわけにもいかない。
「ええと…………お嬢様が大変なのよ」
「レミリアが? 何言ってんの。さっき来たわよ」
「なっ!」
さっきここに来たときはいなかった。とすると、自分が出て行った少しの間にレミリアは来ていたのだ。
咲夜は思わず霊夢に詰め寄った。
「お嬢様が!? いつ!? どんな用で!? 様子はおかしかった!?」
「ちょ、ちょっとちょっと」
霊夢は思わず持っていたミカンで咲夜の剣幕を遮る。
「なんなのよ。ついさっきのことよ。確かに様子はおかしかったけど……なんだかぼーっとした様子でそこに座ってたわ」
そう言ってコタツの反対側を示された。
コタツ布団が乱れており、確かにさっきまで誰かがいた痕跡が残っている。
「お嬢様……」
『収束する運命』に巻き込まれ、館内を彷徨っているのだろうか。そして偶然すれ違いになった?
なんにしても、そこらをうろついているならそう時間が掛からずに見付かるとは思うが。
飛び出して行きたい気持ちを抑え、今は自分の役目に従事する。
「ちょっと、一体なんなのよ」
抗議のように呼びかける霊夢を無視し、咲夜は『博麗神社』を後にした。
あの巫女は使えない。とすると……
咲夜は『八雲邸』の前を訪れた。
開けると、紫の式とその式が揃ってコタツを囲んでいた。やはり和風だ。
こうして見ると洋風のうちは異端なのかしら? などという思考はどうでもいい。
当の紫は布団でぐーすか寝ている。
「あれ? 咲夜さんじゃないですか。どうしたんです?」
「珍しいですね。あなたが来るなんて」
「………………」
咲夜は呆然としながら、コタツでくつろいでいる藍と橙を見やる。暢気にミカンなぞつまんでいた。そして紫は爆睡中だ。
「……あなたたち、何かおかしいと思わないの?」
「何がですか?」
藍は何も分かっていない様子で頭の上に疑問符を浮かべる。
紫は幻想郷の守護者のようなものだと咲夜は認識していた。いざという時には頼りになる存在である。しょっちゅう寝ていたとしても。
その紫が起きないということは、彼女すらこの事態をおかしいと認識してないのだろう。
「……いえ、なんでもないわ」
首をかしげる二人を置いておき、咲夜はドアを閉めた。
あの神隠しの主犯と言われる、幻想郷を代表する大妖怪ですらレミリアの能力に呑まれてしまっている。
レミリアの運命の力は、とんでもなく強力のようだ。
自分の主の力の大きさにしばし感動する咲夜。
しかしそんなことをしている場合ではない。
あの八雲紫を頼れないのは厳しい。
一人で妖怪の山へ繰り出すのは少々危険だ。いや別に命が惜しいわけではないが、確実に薬草を手に入れるためにも戦力が必要だ。事態の異常性をちゃんと理解している戦力が。
この異変を理解しているのは、レミリア以外の紅魔館の住人だとパチュリーは言った。
紅魔館の住人の中で使える者といったら……?
妹様はダメだ。まさかこんな面白い状況を自ら解決しようとするわけがない。むしろ解決しようとする自分を邪魔しにかかる可能性が高い。
咲夜は外へと目を向けた。
正確には、外の門へと。
◇◇◇◇◇◇
「………………」
門番の美鈴を呼びに行った咲夜は、それを見てまた頭が痛くなった。茫然とするというより、呆れて情けなくなる。
「ぐがー。すぴー」
「むにゃむにゃ。うー……」
「………………」
美鈴は爆睡していた。
しかも彼女の膝を枕にしてチルノまで寝ている。
なぜチルノが?
いやそれはそれとして、それよりも何よりも寝ている。門番が。
また寝ている。
こんな異常事態でお嬢様は行方不明で自分は必死になって駆けずり回っているというのに、この門番は館内に大量の闖入者がいることにもお構いなしに眠りこけている。
「………………」
咲夜は息を大きく吸い込んで、
「美鈴!」
怒鳴りつけた。朝の湖に、いつもより大きな怒声が響く。
「ひはあ! はい! はい! すいません!」
反射的に勢いよく美鈴は起き上がり、咲夜にぺこぺこ頭を下げる。どうやら一連の動作が身に染み付いているらしい。慣れたものである。
その膝からチルノが転げ落ちて頭をゴンと打っていたが、咲夜にとってそんなことはどうでもいい。
「美鈴。寝ていたわね」
「す、すいません! すいません!」
「この大変なときに……」
「いやほんとすいません!」
「うう……一体なんなのよう……」
若干抗議の色を滲ませながら呻き、起き上がってくるチルノは無視しておく。
「そんなに昨日は忙しかった? それと、どうしてチルノと寝てるのかしら?」
「あ、いえ、昨日はチルノと遊んで……ではなくええと、相手をしていまして……」
咲夜は深く溜息をついた。
この門番がどこか気が抜けた感じなのは知っていた。寄って来る妖怪や妖精たちを撃退どころか、話し相手になっていたりもする。そのせいか、結構人外に好かれているようだ。
かといって居眠りをしていい理由にはならないが。
しかし今は緊急事態。そこには目を瞑ろう。
「まあいいわ」
「え? いいんですか?」
「さいきょーよ」
あくまでチルノは無視して話を進める。
「緊急事態よ。これから妖怪の山へ行くわ」
「え? 緊急事態?」
「とにかく館内へ来なさい。説明するから」
「い、いやでも、門番は……」
美鈴はそう言うが、既にとんでもない数の奇人変人が館内に入り込んでいる。というか住み着いている。今更門番など無意味であった。
そもそも、考えうる限りの最強メンバーがごった返すこの状態の紅魔館。襲撃する妖怪がいようものなら、一瞬で跡形も残らずボコボコに袋叩きにあうのは目に見えていた。
「いいから来なさい」
「あたいも行く!」
無視されていたのを巻き返すように、ばんと薄い胸を張るチルノ。
「………………」
どうやら面白そうなことに首を突っ込みたいようだ。そして他には何も考えていないようだ。
美鈴が困った顔をして諭しにかかる。
「チルノ、お前は帰るんだ」
「えー……」
美鈴に言われてはしょうがない、という具合で口を尖らせるチルノ。
「…………」
咲夜はチルノを見ながら少し思案していたが、
「いいわよ、一緒に来て」
と言った。
意外なところからの援護射撃に、思わずチルノの顔がぱあっと晴れる。一方の美鈴はぎょっとした様子だ。
「ほんと!?」
「咲夜さん!?」
この運命が捻じ曲げられた状況。説明してもついて来てくれる者は数少ないだろう。その中でチルノは進んで一緒に来たいと言っている。
鉄砲玉くらいにはなるかと思い、チルノも連れて行くことにした。
「ほら説明するからさっさと来なさい」
「はーい!」
「は、はあ……」
二人を引き連れ、咲夜は館内へと向かった。
その途中、
「…………?」
外の風景にどこか違和感を覚える。
なんだろうか。喉の奥に物が詰まったような不快感がする。
しかし結局は分からず、考えるのを放棄して咲夜は館内へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇
まだ朝早いせいか、各部屋からそれほど多くの妖怪やらが出てくることはなかった。
しかし妖精メイドたちがどたばたと各部屋を巡ってレミリアを捜索しているし、早起きの幻想郷の住人は事も無げにそこらをうろついている。
夏の妖怪と冬の妖怪が廊下でかち合い、気まずい表情で見つめあう。
早朝の素振りがしたいのだが出口が分からず彷徨っている半人半霊がいるし、勝手に廊下に土をまいて花を植えている妖怪もいる。
妖精メイドたちは妖精メイドたちで、他のメイドが調べた部屋をまた自分が調べたりと、おおよそ効率の悪い捜索方法を取っている。やはりちゃんと指示しないと駄目だ。
「……こ、これは一体」
館内の有様を見て、美鈴は顔を引きつらせた。
一方のチルノは何がおかしいのか分かっていない様子だ。
チルノは紅魔館の住人ではないので、レミリアの『収束する運命』に巻き込まれているようだ。
(……まあ、普段から何も分かって無さそうだけど)
それはさておき、とりあえず咲夜は何が起きたのかを美鈴に説明することにした。
一通り説明し終わり、美鈴はそれを聞いて更に顔を引きつらせる。
「そ、そんな。大事じゃないですか!」
「だから今から解決しようっていうのよ」
「は、はい……」
「? ??」
首をかしげるチルノは放って置き、咲夜は紅魔館の中を歩きながら思案する。
運命が捻じ曲がったこの状況。紅魔館の住人以外は、この異常事態を平常だと認識している。
後ろの二人を見る。
「めーりん、うんめーのしゅーそく、ってなに?」
「え、ええと…………いや、だからだな。説明は難しいんだが……」
「………………」
あまり頼りになるとは言いがたい。特に妖精の方。
となると、他にも同行者を探したい。しかしこの異常な状況を理由にできない以上、単に薬草を集めたいから、という小間使いみたいな理由だけで一緒に来てくれる者がいるだろうか。
異常事態であれば普通、博麗の巫女に頼むものだ。異変解決と言ったら彼女である。
しかしあの巫女は使えない。薬草採りたいからついて来て、と言って素直に来るわけがない。
巫女……。
巫女……?
「………………」
◇◇◇◇◇◇
「え? 薬草集めですか?」
『守矢神社』と書かれたドアを開け、中で掃除をしていた早苗に同行を依頼した。
早苗は不思議そうに一行を眺める。その後ろではやはり部屋の中央にコタツが置かれており、神二人が顔をこちらに向けて首をかしげていた。
「ちょっとお嬢様の持病に効く薬草を採りに、妖怪の山に行かないといけないのよ。できれば一緒に来てほしいんだけど……」
「はあ……吸血鬼の持病、ですか」
「お願い。困ったときの神頼みよ」
別に巫女が普段からそんな人の頼みを聞くわけではないのだが、博麗の巫女くらいしか巫女というものを知らない咲夜からしたら、巫女と言ったら面倒事の解決人であった。
それに早苗は妖怪の山にある神社に住んでいる。山の妖怪にも顔がきくのではと思ったのだ。
「それはまあ……私も神に仕える身ですから、困った人を放っては置けませんけど……」
「霊夢はアテにならないのよ。だからお願い」
「はあ……」
手を顎にあてて考えていた早苗は、やがてはっと顔を上げて、
「ちょっと聞いてきますね」
後ろのコタツでくつろいでいた神二人へと駆け寄る。
何やら相談していると、すぐに早苗は戻ってきた。
「分かりました。困っている人は救わないといけませんし。ご一緒します」
「ありがと。恩に着るわ」
本当は奥にいる神にでも来てほしかったが、簡単には動きそうに無い。仕方ないので緑巫女に頼む事にした。
案の定気が弱いのか、押しにも弱い。
散々な判断を下されているとは露にも思わず、早苗は一行へと加わった。
もうついて来てくれそうな人材は思い浮かばない。それにこれ以上紅魔館が荒らされる前に速やかに事態を収拾したい。
咲夜はこのメンツで妖怪の山に行く事にした。
「さ、それじゃ行くわよ」
「おー!」と元気よく言ったのはチルノ。
構わず咲夜はさっさか玄関へ向けて歩き出した。
しかし、
「あの、咲夜さん。どこへ行くんですか?」
早苗が不思議そうに呼び止めた。
「? 妖怪の山だけど」
「それならあそこじゃないですか」
言われ、廊下の奥の方を示された。
見るとそこには、
『妖怪の山』
そう書かれたドアがあった。
◇◇◇◇◇◇
「……どうしましょう、これ」
美鈴に聞かれたが、そんなことは知りようがない。
四人は『妖怪の山』と書かれたドアの前で立ち尽くしていた。
それを見て咲夜は頭が痛くなる。
……妖怪の山?
なぜ山が部屋になっているのだろうか。
この部屋に山が丸々収まっている、と?
では元からあった山は?
嫌な予感がする。
咲夜は窓まで走ると、妖怪の山の方角を見た。
「――な!」
ない。
遠くに見えるはずの、妖怪の山が無い。
そっくりぽっかり無くなっている。
先ほど外で感じた違和感はこれだったのだ。山一つ無い。案外気づかないものだ。
となると、おそらく山はこの部屋に収まっているのだろう。どうやって入っているのかは分からないが。
「……これは……とんでもないわね……」
レミリアの能力の峻烈さに、咲夜は改めて身を震わせた。
「咲夜さん。行かないんですか?」
早苗がドアを指差して不思議そうに首をかしげる。
「……あなた、山が部屋の中にあるっておかしいと思わないの?」
「え? いえ、普通だと思いますけど」
「………………」
どうやらそれを言っていても仕方ないようだ。
「……行くわよ」
どうなっているのか知らないが、意を決し、咲夜はドアを開けた。
中では射命丸文と河城にとりが将棋を打っていた。
「………………」
なぜこの二人? いや確かに妖怪の山の住人の中ではお嬢様との接点はある方だ。文は不定期発行の新聞をたまに届けに来るし、にとりとは何度か博麗神社で会った事がある。
しかし他にも大勢の天狗やら河童やら神やらその他妖怪やらが山にはいたはず。
彼らはどこへ行ったのだろうか?
いや、もしかしたらお嬢様の能力によって、完全に運命から消去されたのかもしれない。だとするとそれはとんでもない事では……?
いやそれはそれとして、そもそも薬草は?
自覚草はどこへいった?
部屋を見ると、地面は土である。様々な植物がそこらから生えており、その数は壁が見えなくなるくらいであった。
どうやらこれで山と言い張るつもりのようだ。
このどこかにあるのだろうか?
いやどう見ても、山の全ての種類の植物を網羅しているとは言いがたい。あぶれた植物は消滅したのだろうか?
その中に自覚草があったとすると、捜索はもう不可能に……。
咲夜が顔を青くしていると、射命丸が首をかしげてドアの所で立ち尽くす一行を見やった。
「あれ、咲夜さんじゃないですか。どうしたんですか? なんだか珍しい組み合わせですね」
「…………ねえ。聞きたいことがあるんだけど……」
「なんです?」
恐る恐る、山の住人である文に聞いてみる。
「……自覚草、って、どこにあるか知ってるかしら?」
「へ? なんですそれ」
「え……」
まずい。
終わったか。
もう一生この紅魔館で生きていくことになるのだろうか。
こんなの、とてもじゃないが身が持たない。
だらだらと冷や汗の滝を流していた咲夜に、にとりが将棋盤から顔を上げて言った。
「自覚草? それなら山の中腹の『鬼の寝床』にあるよ」
「――!」
咲夜は思わずにとりに詰め寄った。肩を掴んで乱暴にゆする。
どうやら存在自体が消されてはいないようだ。とすると、射命丸が知らないというのは単に彼女が無知なだけだったのだろう。
「どこ? どこに自覚草はあるの?」
尋常じゃない剣幕の咲夜に、にとりは少々怯えた様子だ。
「え、い、いや、だから、『鬼の寝床』に……」
「どこなのよ!」
がたがたと震えながら、にとりは部屋の一角を指差した。
「……え?」
「山の中腹は、その、あそこだけど……」
「…………」
あそこ?
別に植物の生えた部屋の片隅にしか見えない。からかわれているのだろうか。
呆然としていると、早苗が気を取り直すようにポンと手を打って言った。
「あの、とにかく行きましょうか。『鬼の寝床』に」
「行く、って……」
「いいですよね?」
山の住人である文とにとりに早苗が聞くと、二人は「まあ、いいけど……」と口を揃えた。
「ささ、出発です」
そう言い、唖然としたままの咲夜を残して早苗は示された部屋の一角へ進む。
その姿が突如として消えた。
「な!」
驚いたのはしかし、咲夜と美鈴だけであった。
その他の面々は当然のようにしている。
「…………」
咲夜と美鈴が呆然としていると、チルノが美鈴の服の裾をぐいぐいと引っ張った。
「めーりん。あたいたちも行こうよ」
「え……いや、でもな」
「ほら行こうってば」
美鈴の手を強引に引き、チルノは早苗の消えた場所へと進んだ。
「ちょ、ちょっと!」
慌てた咲夜が声を掛けるが、あっという間に二人の姿が消える。
「………………」
咲夜が呆気に取られていると、
ひょい
といった様子で美鈴が消えた場所から姿を現した。
「美鈴!?」
「さ、咲夜さん。来てください。なんだか山の中に出ました」
「え、ええ……」
恐る恐る咲夜も続くと、
視界が一瞬で山の中へと変わった。
「………………」
周囲には鬱蒼と木々が生い茂り、鳥の鳴き声も聞こえる。木々の隙間からは空も見え、木漏れ日が無数の細い線を地面に垂らしている。
横に目をやると、深い谷がその姿をたたえていた。
どう見ても妖怪の山である。
緩やかな傾斜が続く山道の只中に、一行は忽然と出現していた。
前には首をかしげている早苗やチルノ、そして驚愕の表情の美鈴がいる。
唖然としている咲夜に、早苗がきょとんとして、
「どうしたんですか? 咲夜さん。行きましょう」
「めーりん、さくや、早く」
「………………」
咲夜と美鈴は呆然としている他無かった。二人で顔を見合わせる。
「これって……」
「……ええ。なんだかよく分からないけれど、そういう事とするしか無いわね」
「……はい」
レミリアの運命の力により『妖怪の山』と決められた以上、そこは過不足なく妖怪の山としての働きをする。そこまでのことに咲夜の理解が及ぶことはなかったが。
咲夜は気を取り直すと地図を取り出し、『鬼の寝床』目指して歩き始めた。
一行が去った『妖怪の山』の部屋。
にとりが将棋盤に顔を落としたままぽつりと呟いた。
「いいのかね。あの方がいること言わなくて」
すると文は飛車を摘まんでにとりに示した。
「言わないように言われてますしね。長いものには巻かれろです」
そしてそれを竜に成らせ、大胆に敵陣へと進めた。
にとりが険しい表情でやって来た竜を睨む。
「むう……」
「待ったは無しですよ」
◇◇◇◇◇◇
レミリアの捜索は小悪魔や妖精メイド達に任せ、パチュリーはレミリアの能力について調べていた。
とはいえ、分かる事など少ないのだが。
彼女は彼女なりに事態の打開を図っていたのだ。
というのも一番の問題は、こんな近くに魔理沙の家があったら本が根こそぎ強奪されてしまいそう、ということだ。あの泥棒黒白には前々から迷惑していた。貴重なコレクションを読む前から盗まれてはたまったものではない。
最近は地底調査などで協力しており、仲が良くなったのか、勝手に本を持っていかれることは無くなった。しかし今度はちゃんと一言いってから盗んでいくようになった。余計に性質が悪い。
それはさておき、これからの方法を考える。
自覚草がダメだった場合、他にどういった手立てがあるか。
レミィが見付かったら無理にでも能力を使ってもらって……?
いや、やっぱりどんな風に運命をいじくったか知っていないと戻しようが無い。
紫は? 紫は物事の境界までも操るというけれど、彼女の力でなんとかなるかしら……?
いや、確かに紫の力は強力だけれど、レミィとは交わらない力。レミィの力にそもそも影響すること自体が不可能では……?
一流のサッカー選手と一流の野球選手が一緒にいたところでキャッチボールもできない、ということか……。
うんうん唸っていると、小悪魔が調査から戻ってきた。
「パチュリー様、レミリア様の捜索がてらの調査、終了しました。やっぱりレミリア様は見付かりません」
「そう、ご苦労様。何かおかしな所はあった?」
「はい。それがおかしいんです」
「何?」
小悪魔は名簿らしき物をパチュリーに見せた。
「『旧都』の部屋に調査に行った時なんですけど、普通いてもいい大物が一人いないんです」
「いてもいい者?」
「はい。星熊勇儀さんです」
「勇儀が?」
妖怪の山から地底の旧都に移り住んだ鬼だ。山の四天王と言われた強力な鬼。地底調査の折、パチュリーも話したことがある。力試しという理由で勝負を挑んでくる好戦的な鬼だ。いや鬼は皆好戦的だが。
「同じく『旧都』にいた妖怪達に聞いてみたところ、そんな鬼は知らない名前も聞いたことない、とのことです。嘘はついてないようでしたが……」
「……そう」
勇儀がいなくなっている?
レミィのこの『収束する運命』は不安定な技だ。何かバグのようなものが起こっているのだろうか。
だとすると、勇儀はどこへ?
調べてみた結果、レミィのこの技は世界の運命を捻じ曲げられるが、生き物を殺したり消滅させたりする力はほとんど無い。
とすると、どこかで勇儀は存在していることになる。別の運命で存在していることに……。
地底にいないとなると、一体どこに?
パチュリーと小悪魔は揃って首をかしげていた。
◇◇◇◇◇◇
「……咲夜さん」
「……ええ」
美鈴に言われ、咲夜は慎重に頷く。隣の早苗や、チルノまでも緊張した様子で体を硬くしている。
一行の道を塞ぐ者がいた。
星熊勇儀。
一本角の鬼で、手には酒の注がれた大きな杯を持っている。
「なんで鬼が山に……」
早苗が呟くのが聞こえる。どうやら勇儀がここにいるのは、この捻じ曲げられた運命下でも普通ではないようだ。
勇儀がにこやかに、しかし友好的とはいえない目つきで話しかけてくる。
「やあやあ。人間に、妖怪に、妖精か。面白い連中が来たな」
「……勇儀、よね?」
咲夜が確認するように声を掛ける。
すると勇儀は意外そうに首をひねった。
「おや? どこかで会ったかな?」
数回だけだが地霊殿の異変解決後、博麗神社の宴会の席で会った事がある。咲夜は萃香以外の鬼をそこで初めて見た。そして萃香並みの酒豪も初めて見た。
「覚えてないの?」
「んー……」
勇儀はあらぬ方向を向いてぼりぼり頭を掻くと、「覚えてないや」と言って考えるのをやめたようだ。適当な性格のようだが、単に忘れているだけとは思いがたい。
「咲夜さん。あの鬼を知っているんですか?」
早苗が小声で聞いてきた。
「早苗……?」
早苗も勇儀との面識はあったはずだが。
どうやら勇儀に関して、地上の面々と会ったことがある、という運命が書き換えられているようだ。
なぜそうなっているのかは知らない。滅茶苦茶な効果を発揮した『収束する運命』であれば、おかしなことの一つや二つ起きるのかもしれない。
しかし何かがおかしいような……。
いや、今は諦めて通してもらうしかない。
「勇儀。私達はこの先にある自覚草が欲しいの。通してくれないかしら」
「ん? 自覚草? なんであんなもんを欲しがるんだ? 怪しいなあ。変な組み合わせだしなあ。何を企んでる?」
「何も企んでないわよ。採ったらすぐ帰るから通してほしいの」
「へえ。まあどうでもいいや」
「? 何。通してくれるの?」
「ふふ……」
勇儀は不敵に微笑む。
「……?」
咲夜が眉を潜めていると、美鈴が泡を食ったように囁いた。
「ま、まずいですよ咲夜さん」
「何が?」
「鬼は力比べが大好きなんです。ただで通してはくれませんよ!」
「え?」
「そうさよく分かってるじゃないか!」
勇儀がにかっと豪快な笑みを浮かべる。その双眸は侵入者を怯えさせるようにぎらぎらと輝いていた。
「勝負だ勝負。待ったは無し。こっちから行くよ!」
息つく暇も無く、勇儀は杯を持ったまま距離を詰めてきた。
「くっ!」
咄嗟に美鈴が前に踊り出た。
繰り出された拳を避け、脇腹に蹴りをくらわせる。
完璧なカウンターが入った。
しかし、
「ううっ!」
美鈴は苦しげな表情をして勇儀と距離を取る。
「へえ、中々やるじゃないか」
勇儀はけろりとした様子で美鈴の方を向いた。脇腹に蹴りをくらったはずだが、ダメージは無いようだ。
「……!」
一瞬のことだったが、咲夜はそれを見て一驚を喫した。
美鈴は武術の達人である。彼女の実力は咲夜もよく知っている。単純な肉弾戦では自分は美鈴の足元にも及ばないだろう。今の蹴りだって、彼女にしては珍しく手加減した様子は無かった。
しかし勇儀は平然としている上、逆に攻撃を当てた美鈴の方が痛がっている。あの脇腹は鋼鉄並みの強度を誇るのだろうか? それに、持っている杯の酒が一滴も零れていない。
鬼。
かつての妖怪の山の頂点。
最強と言われる存在。
「…………」
咲夜はナイフを取り出した。
そして自身の能力を発動させる。
次の瞬間、全てが静止した。
人も、妖怪も、妖精も、鬼も、草木や動植物、果てには風や、宙を舞う埃、葉の間からこぼれる木漏れ日さえも、世界の全てが時を止める。
その中で、咲夜だけが普段と変わらない様子で動いている。
時を操る程度の能力。
十六夜咲夜の力である。
咲夜はぴくりともしない勇儀に手早く駆け寄ると、
(まあ、殺しはしないわよ)
アキレス腱をナイフで切りつける。
しかし、
「なっ!」
ナイフは硬い皮膚で弾かれた。
傷一つ無い。
「くっ!」
今度はもっと力を込めてナイフを立てる。
しかし、
バキン
そんな音と共に、ナイフはへし折れた。
「そんな!」
止める時間の限界が来る。
咲夜は狼狽しながらも、急いで勇儀と距離を取った。
時間が動き出す。
「ん?」
勇儀が怪訝な表情で足を見る。突然痛みを覚えたのだ。
そして、地面に落ちたナイフの残骸を見つける。
「んん?」
咲夜を見る。険しい表情で勇儀を睨んでいる。
「…………」
勇儀は、見たものが身を震わせずにはいられない、空恐ろしい笑みを浮かべて咲夜を見た。蛇に睨まれた蛙のように、後ろの早苗とチルノが震え上がる。
「ふうん。何かやったね、あんた」
「…………」
咲夜はナイフを構えて腰を落とす。
その時、
「咲夜さん、先に行ってください! ここは私が引き受けます!」
美鈴が震えそうになる声を抑えて叫ぶ。
「美鈴、でもあなた……」
さっきの一瞬のやりとりを見るに、勝機があるとは言いがたい。
「大丈夫です。だてに毎日拳法の修行をしていません」
「あたいもやる!」
チルノも咲夜の前に進み出る。
美鈴の姿に感化され、震えも収まっていた。
「チルノ……」
しょっちゅう美鈴と戦っていたり遊んでいたりする迷惑者だと思っていたが。
咲夜は少し認識を改めた。今度お茶に招待してやってもいいかもしれない。
「現人神の力が鬼相手にどこまで通じるか分かりませんが……」
早苗もチルノと並んで勇儀と対峙する。
薬草集めに連れて来ただけだというのに。
今度守矢神社に参拝に行くのもいいかもしれない。
「頼むわよ、みんな」
「おおっと。一人たりとも通すと思ったかい?」
一歩たりとも通さない、とばかりに、勇儀は感覚をそこかしこに張り巡らせる。
びりびりとした悪寒が一行に叩き付けられた。これだけで力の弱い者は押しつぶされてしまいそうだ。
既に彼女の間合いの内である。離脱は容易ではないだろう。
しかし、
「――!」
消えた。と思ったら後方の道に出現して走っていく咲夜を見て、勇儀は驚愕の表情を浮かべる。
「なんだってえ? っと」
チルノが発した氷弾をひょいと避ける勇儀。
残った三人の表情に淀みが無いのを見て、微妙に目を細める。
「ふうん。あの人間の能力、か。まあいい。あんたらを叩きのめしてから追うまでだ」
「させません」
「あたいも!」
「現人神の力、見せて差し上げます」
勇儀は、にい、と、限界まで口の端を吊り上げ、心底楽しそうに笑う。
「いいねえ…………かかってきな!」
『鬼の寝床』への通り道。静かな山道に、突如として鳥も慌てて飛び出すような轟音が鳴り響いた。
◇◇◇◇◇◇
咲夜は『鬼の寝床』へと急いでいた。
考えている事は、速やかに自覚草を採取して皆の所へ戻る。そしてなんとかして全員で勇儀から逃走する、というものである。
萃香などで鬼の力をいくらか知っている咲夜からしたら、あの勇儀を倒せる見込みは正直薄いと言わざるを得ない。
「はあ……はあ……」
間もなく地図に示された地点だ。
もしも他の鬼が立ちふさがったら一巻の終わりである。
しかしその姿が見えないということは、どうやら山に出現した鬼は勇儀だけのようだ。
なぜ彼女だけが出てきたのか。
今は自覚草を採る事に集中し、その思考を排除した。
「はあ……はあ……」
道がひらけた。
周囲を覆っていた木々が途切れ、太陽が待っていたかのように存分に咲夜を照りつける。
『鬼の寝床』へと到着した。
別に鬼が寝ているわけでもなく、草花が生い茂り、風で静かに揺れてかさかさとのどかな音を響かせる。
野原か花畑のような場所だった。
静かな空間。他に妖怪の姿も見えない。
そして地面には大量の自覚草がそれこそ雑草のように生えていた。
しかし咲夜はそれを採ろうともしない。
ただ茫然と、唖然と、呆気にとられて、前方に目を向けたまま立ち尽くしていた。
誰かが立っている。
そして咲夜には一目で誰なのかが理解できた。
間違えるはずがなかった。
ピンクの服に身を包んだ紅い悪魔。
現在行方不明のはずの紅魔館の主。
咲夜の仕える対象。
レミリア・スカーレット。
永遠に紅い幼き月が、『鬼の寝床』の中心に立ち尽くしていた。
◇◇◇◇◇◇
「……お嬢、様……?」
恐る恐る、といった様子で、咲夜はレミリアに声を掛けた。
レミリアは日傘で日光を遮り、咲夜のことをじっと見つめている。その瞳から感情は読み取れない。
呼びかけられても答える様子は無かった。
なぜお嬢様がここに?
こんな、待ち構えているような。まるで自分がここに来る事を分かっていたような。
自覚草のことは永琳にも聞いていた。そこから話が漏れたとか?
様々な憶測がぐるぐると咲夜の中を駆け巡ったが、一番妥当だとする答えは一つだった。
「お嬢様……あなたは……」
「ええ、分かってるわ。自分がどんなことをしたのかを」
門番のように配置された勇儀。できすぎているとは思った。
そもそもなぜあの時霊夢のところに顔を見せたのか。まるで霊夢に来てほしくないとして釘を刺すような。
誰かによって仕組まれていた。そしてそれができるのはこの人だけである。
咲夜一人がここに来るのは当然かのような反応。どうして、と聞く必要も無い。運命を操る程度の能力を持つこの吸血鬼にとっては、この状況を導くことなど造作も無いのだろう。
レミリアは最初から気づいていたのだ。自分の能力によって何が起きたのかを。『収束する運命』に呑まれてなどいなかった。
じっと咲夜のことを見つめていたレミリアはやがて、口を開く。
「自分自身、混乱しているのよ」
「お嬢様……?」
「本当にどうにかしてた。昨日の私は」
咲夜が呆然としていると、レミリアはゆっくりとその表情を変える。
それは笑っているようで、どこか泣いているような、今まで咲夜が決して見たことのない表情であった。
「咲夜。あなた、怖いと思ったことはない?」
「……?」
「この世界で自分一人取り残されたような、漠然とした、でもどうしようもない孤独感。そんな恐怖を、感じたことはない?」
「お嬢、様……一体、何を……?」
咲夜は昨日のレミリアの様子が頭に浮かぶ。あの全てを惰性で放り投げるような、余りに投げやりすぎる態度。
「私はあるわ。昨日もそうだった。『収束する運命』を発動させるとき、私は考えてしまったの。望んでしまったの。求めてしまったの。この恐怖を、いえ、ここまで来たあなたを称え、正直に言うわ。この寂しさを、埋めたい、って」
「え……」
咲夜の脳裏に、あの集められたドア群が浮かぶ。
「幻想郷中の知り合いを、集めたのは……」
「だから、言ってるでしょう? どうかしてた、って」
「………………」
風が吹く。それは野原の草木を揺らし、のどかな音をかき立てる。今の咲夜にはそんな音も耳に届かない。ただ呆然と呟く事しかできない。
「お嬢様……」
レミリアはその、笑っているような泣いているような、彼女が最も嫌う情けないと思う表情のまま、言葉を紡ぐように吐き出す。
「咲夜。私は決して普段、こんなことを言わないわ。寂しいなんて、そんなこと言わない。思いもしない。でも昨夜は別だった。思ってしまった。思っただけならまだ良かった。すぐにそんな思いは感情の奥底にしまい込める。でもその時の私には、それをなんとかできる力があった」
それは誰だって思うことなのだろう。
どうしようもない漠然とした孤独を感じる。そんなことは誰にでもあることだ。
ほんの気の迷いであった。
そんなことを本気で考えたりしない。本気で望んだりしない。本気で求めたりしない。
本当に、一時の気の迷いである他無い。
次の朝起きたら忘れるくらい、なんでもない感情。
一時限りの感情。
しかし、それに『収束する運命』は重なった。
運命を疑うくらいの偶然。
ほんのお試しで実行するつもりが、ついと言うには強すぎるくらい、力を込めてしまった。
そして、幻想郷中のレミリアの関係者が集められる結果となった。
レミリア自身、こうなることを望んだわけではなかった。
ただちょっと、思ってしまっただけである。
寂しいと、思ってしまっただけである。
だからレミリアは混乱した。
私はこれを望んでいたのだろうか?
自分の知り合いが、すぐ近くに、同じ家で、家族のように住んでくれること。そんなことを、私は求めていたのだろうか?
そんな馴れ合いみたいな生易しいことを、私は本心では望んでいたのだろうか?
この寂しさを埋めたいと、私は心の奥底では期待していたのだろうか?
呆然と館をさまよった。考える時間がほしくて従者達を逃げるように避けた。
ただ一人、自分が最も信頼する咲夜と話す時間がほしくてここにやって来た。運命を操って導いた。
「……ずっと考えていたわ。そんな……馬鹿みたいなことをね」
「お嬢様……」
「私を情けないと思う?」
咲夜は激しく首を振った。
そして言う。何を言えばいいのか分からなかったが、今はとにかく自分の心の内を話さなければ、と思った。
「私は……私はお嬢様にお仕えできて、とても光栄です。あの時死ぬはずだった私を助けていただき、そして従者としての生き方を与えてくれました。零と無機の私に、完璧で瀟洒を教えてくれました。人並みの幸せを与えてくれました。そして……」
レミリアはただじっと咲夜のことを見つめている。咲夜は自分の言っていることを聞いてくれているのか不安だった。しかし今は言葉を止められない。
「今、私にそのような心の内を話してくれました。とても……嬉しいことです」
「……そう」
「お願いです。私に何か出来ることがあればおっしゃって下さい。どうすればお嬢様の心の隙間を埋めることができますか? どうすればあなたの心を満たせますか?」
それは咲夜の本心であった。
いつからだろうか。自分がこの悪魔に、仕事の役職以上の忠誠を誓ったのは。
それは最初からだったのかもしれない。自分の命を助けてくれた、その時から。
レミリアがそんな自分に心の内を話してくれている。今まで感じたことのない喜びが、咲夜の中で渦巻いていた。
レミリアはやがて、俯いて肩を振るわせ始めた。咲夜には、それが泣いているのか笑っているのか分からない。
しかし次の瞬間、レミリアは高らかに笑い声を発した。
「ふ……あはははは! ははは、はは!」
咲夜はただ呆然とその様子を眺めていた。
ただ滅茶苦茶に叫ぶように笑っていたレミリアはやがて、笑い声を収めて咲夜を見る。
その顔は、とても普段の勝気な悪魔ではなかった。不安と大憂と心痛にまみれた、痛ましい一人の少女だった。
その姿を見て、咲夜は自分が目を悪くしたのではないかと思う。そこにはカリスマ溢れる主の姿など何処にもなかったからだ。
「ねえ咲夜」
気づくと、レミリアはすぐ目の前まで来ていた。
「あなたは私を思ってくれるのね。こんな情けない私を」
「情けないなんてことありません!」
「そう……咲夜。お願いがあるの。私の寂しさを埋めたいとあなたが言うから、お願いするのよ」
咲夜はいつも答えるように即座に応じる。
「なんなりと」
「………………」
しかしレミリアは、躊躇するように黙っていた。
咲夜がじっと待っていると、やがて言葉を発する。
「これは、今まで決して言わなかったことよ。私にだって意味は分かるわ。軽々しく言う事じゃない。そう知っていたから。だから言わなかった。何度も何度も思ったことだけど、絶対に言わなかった」
「……お嬢様?」
「こんな時だからこそ、こんな運命になってしまったからこそ、私は言うのよ。普段じゃ決して言わないこと」
「……はい」
何度も繰り返すレミリアに、咲夜は静かに頷く。そして神妙な顔つきのまま、主の言葉を待った。
レミリアは何度か小さく深呼吸をした。その姿はまるで今から告白しようとする初々しい少女のようであった。
そして、やがてレミリアは普段と変わらない表情で、そして咲夜には無理やり感情を押しとどめているのだと分かる表情で、この運命の中心で、目の前の誰よりも自分に近い従者に向かって、その願いを言った。
「咲夜、人間をやめて」
吸血鬼としての余りにも長い人生を考えたとき、レミリアは途方も無い孤独感を覚える。
周りに吸血鬼しかいないのであれば、そんな感情を抱かなかったのだろう。
しかし彼女の周りには人間がいた。
博麗霊夢がいた。
十六夜咲夜がいた。
彼女達の死ぬ時期のなんと早いことか。
レミリアの今までの人生で言うと、たったの五分の一しか生きられない。
たったのそれだけしかレミリアと共に存在してくれない。
どうしようもない寂しさを覚える一つの要因に、彼女達の存在があることは確かであった。
レミリアからしたら驚異的とも言える早さで大人になっていく咲夜を見て、何度ベッドで一人震えただろう。
すぐにでも彼女がいなくなってしまいそうで、恐ろしくてたまらない。
人間をやめてほしい。
それは、とてつもない我侭に他ならない。
自分が寂しいから、というだけの理由で自分の側に縛り付ける。
命の残り時間を弄ぶ。自分の寂しさのいくらかを埋めるために。
それがどれだけ愚かなことか、レミリアは分かっていた。
だから決して言わなかった。
しかし今、運命が収束したこの世界で、レミリアはその気持ちをぶちまけるように咲夜に吐き出す。
なんでも言ってくれと言われたから。
「なんなりと」と言われたから。
人間をやめてほしい。
ずっと自分の側にいてほしい。
それはこの一時の気の迷いが具現したこの世界で、確かにレミリアの本心から出たものであった。
◇◇◇◇◇◇
咲夜はそのプロポーズとも告白ともとれる願いを聞いて、しかし、すぐに首を横に振った。
レミリアは分かっていたかのように穏やかな表情だ。
しかし咲夜から目を離さない。彼女の言葉を待っているかのように。
そして咲夜は息を吐き、一つ一つ確かめるように話し出す。自分の心の内を。
「……私は、愚かな人間です。完璧で瀟洒でありたい。そう思っていて、そうありたいと思っているだけの、不完全な人間です。完璧でも瀟洒でもなく、完璧主義で瀟洒希望の、ただの人間です」
私は減点方式で生きてきました。
完璧から一つずれた事をすると減点一。
二つずれた事をすると減点二。
できて当たり前。
できなかったらおかしい。
「今までで随分と減点を積み重ねてしまいました。もしもお嬢様の力によって永遠に近い命を頂いたとしたら、減点はもっと増えて、とうとう零点になってしまうでしょう。だから私は、永く生きたくはないのです」
「でも……!」
レミリアは食って掛かる。それは自身の立場をかなぐり捨てた、駄々をこねる子供のような姿であった。そして、そんなことは自分でも分かっている。
「でも、それでも私は咲夜に一緒にいてほしい。零点でもなんでもいい。私は咲夜が側にいてくれればそれでいい!」
咲夜はしかし、首を振る。
「それにはきっと、私は耐えられないでしょう。そしてお嬢様。そうなったらそれはもう、私ではないんですよ」
「……!」
咲夜には、レミリアが泣いているように見えた。しかしまさか涙など流すはずがなかった。そう思ったのはきっと、錯覚に他ならない。
「咲夜……あなたは、死にたいの……?」
「いいえ。私は今幸せです。お嬢様にお仕え出来て、これ以上ない喜びに満ちています」
「なら……」
「程度の問題です。このまま人並みの寿命で死ねたら、それが一番です」
「……」
「死ぬ時に採点をするんです。私の人生は何点だったか、と。私の生きる目標は、お嬢様にお仕えすることによってそれをできるだけ高くすることです。それが望みなんです」
それは完璧で瀟洒になりたいと願う人間の、とても勝手で当然の望みであった。
レミリアは黙って咲夜の言う事を聞いていた。
やがて「そう。分かったわ」と言う。これ以上咲夜に駄々をこねることはしなかった。無駄だとも思っていた。
「悪かったわね」
「いいえ。私の方こそ厚かましい事を言ってしまいました」
「まさか咲夜にフラれるなんてね」
「……申し訳ございません。お嬢様にそこまで思っていただいて、私は幸せです。これからも一層励んでお仕え致します」
「……ふふふ」
レミリアは、そこで笑った。
それはもう完全に普段の彼女であった。或いは、そう見えるだけか。
「咲夜。私がこんな無様な態を晒してそのままでいると思う?」
「……え?」
レミリアは片手を挙げる。
すると、空が歪み始めた。
世界が引き伸ばされたように縦に伸び、飴細工のように形を変える。
「お嬢様、これは……!」
「戻すのよ、運命を。全て元通りね」
戻ると聞いてほっとした表情を浮かべる咲夜。
「……ありがとうございます」
「私が好きでやることよ。それと、みんなの記憶も戻るわ」
「え……?」
今度は言われた事が分からず、咲夜は目を見開いてレミリアを見る。彼女は不敵に微笑んでいた。
「今日のことを一切あなたは覚えていないでしょうね」
「そんな!」
最初からこうするつもりで話していたのか。
どうせ忘れさせることだから、だから本心をぶつけたと。
なんて卑怯なことをするのだろう。
咲夜は悔しくて涙が出そうになり、
「私は! お嬢様が私を信頼して心の内を話してくれたのだと嬉しく思っていました! それは違ったのですか!」
レミリアはしかし、困った子供を見るような穏やかな表情で咲夜を見る。
「お嬢、様……?」
「大切に思っているから。だから貴方には私の無様な姿を覚えておいてほしくない。そういうことよ」
「それは詭弁です!」
とは言えなかった。言葉を飲み込み、ぶるぶると震える。
レミリアは諭すように静かに語りかけた。
「冗談なのよ。嘘なの。さっき言ったことは、全て。だから忘れて」
「それは……」
冗談にしたい。
嘘にしたい。
そういうことではないのか。
あまりにも勝手ではないのか。
空間の歪みはますます大きくなっていく。
空は虹色に輝き、大地は静かに鳴動を続ける。
レミリアはおもむろに、やりきれない表情をして俯いている従者を見て語りかけた。
「ねえ咲夜」
「……はい」
「大好きよ」
「――!」
とうとう咲夜は涙を流してしまった。
記憶が無くなってしまうから。だからそんなことを言う。
普段は決して言わない、紛れもない本心を言う。
あまりにも卑怯で卑劣で臆病な告白。
咲夜を歓喜と悲哀で貫く行為。感悦と絶望で貫く好意。
「きっといつか、元の運命でも私は言うわ。同じ事を。だから泣かないで」
「そんな……」
咲夜の涙は止まらない。
「お嬢様……」
光に包まれ、全てが拡散していく中、咲夜はそれでも、最後に聞いた。
「もしも私が申し出を受け入れていたら、」
人間をやめて、ずっと一緒にいると答えていたら。
「運命は、このままでしたか?」
その問いに、しかし、レミリアは困ったように笑顔を浮かべただけで答えなかった。
そして運命は収束から解放された。
◇◇◇◇◇◇
メイド長、十六夜咲夜の朝は早い。
紅魔館の自室で時間通りに起きる。完璧な体内時計がセットされている彼女にとっては、時報と同時に飛び起きることなど造作もないことだ。
カーテンを開ける。
今日も太陽がさんさんと照りつけており、洗濯日和ではあるが実に最悪な天気である。日の光が苦手な主からしたら、太陽が出ている天気こそ悪い天気であった。
その後いつものメイド服に着替え、セミロングの髪を手早く短い三つ編みに結う。
『メイド長 十六夜咲夜』というプレートの付いたドアを開け、廊下へと出た。
いつもの通り、この後はメイド達を起こして朝食の用意である。
今日も咲夜は隣の部屋に向かう。
そしていつもとは違い、その扉の前で固まった。
眉をひそめる。
その扉には、
プレートが掛かっていなかった。
見ると、妖精メイドの部屋を表すプレートが床に落ちている。
「……?」
不思議に思いながら拾い、元の場所に取り付ける。きっと何かのはずみで落ちたのだろう。
そして中へと入り、そこには紅白巫女などではなく、いつものように妖精メイドが寝ていて、
「さあ起きて。他のメイドを起こしてちょうだい。それから朝食の準備よ」
一通りメイド達が起きて仕事をし始めたことを確かめたら、今度はレミリアを起こしに向かった。寝ぼけた主の髪を結ったり着替えを手伝ったりするのが咲夜にとっての至福の時であった。
「お嬢様、おはようございます」
大きな寝室に入ると、レミリアは既に起きていた。自分が来る前に起きているなど珍しいこともあるものだ、と咲夜は首をかしげた。
レミリアはベッドの上で上半身を起こし、ぼーっとした様子で視線を落としている。入ってきた咲夜におはようも言わない。
「お嬢様……?」
その後着替えを手伝ったり髪を結ったりしている間も、レミリアはただ適当な生返事を返しているだけであった。じっと何かを考え込んでいるような、そんな様子の主に咲夜は聞いてみた。
「どうかしましたか?」
それにレミリアは答えなかった。
そしていつもの服といつもの髪型が揃ったところで、レミリアはぽつりと、呟く。
「きっといつか、なんて言っていたら、あなたはあっという間にいなくなっちゃうのよね……」
きょとんとする咲夜を尻目に、レミリアは少し離れた。
そしてくるりと向き直る。
その顔に、思わず咲夜は見とれてしまった。
それは不敵で、不遜で、豪胆、豪放としていて、それでいてどこか屈託の無い笑顔であった。
「咲夜、あなたに伝えたいことがあるの」
改まった態度の主に、咲夜は思わず居住まいを正して応じる。
それは一人の悪魔の気の迷いから始まった運命の捻れ。
誰もが覚える不安と、
誰もが怯える孤独を、
ただ人並みに感じていただけの、そんな悪魔の僅かな願いから生まれた歪。
やがて運命が元に戻った世界。
今その悪魔は一人の人間と向かい合っている。彼女は悪魔の人生からしたら、あまりにも早くいなくなってしまう。
それでもこの気持ちを伝えれば、きっともうあんな捻れは起きないと信じて、
レミリアははっきりと、その言葉を口にした。
了
朝起こしに来た咲夜におはようも言わず、ただベッドの上で上半身を起こしたままぼーっとしている。
咲夜が何か話しかけても生返事しかしない。
その後門番の美鈴がまた寝ていたことを報告されても、「ああ、そう」と言うだけで何か罰を与えるわけでもない。仕方ないので咲夜がレミリアに代わって美鈴には雑用を押し付ける。
館で働く妖精メイドがレミリア愛用の皿を割ってしまっても、これから死にますといった表情で怯えるそのメイドを前に、別に怒るわけでも微笑むわけでもない。
全てを惰性で放り投げるような、余りに投げやりすぎる態度。
そんなレミリアを咲夜が見るのは初めてのような気がする。
「今日はどうかしましたか?」
昼食の席、たまらず咲夜は聞いてみた。気を悪くするかとも思ったが、主のことを心配せずにはいられない。
その問いにレミリアは溜息一つついて、
「別に。なんでもないわ」
そっけない対応である。分かっていたことではあったが。
咲夜が肩を落としていると、レミリアはあらぬ方向を見たまま、
「あなた、ここに来てどのくらいかしら」
どこか遠くを見たまま言われたので、最初咲夜は自分に対するものだと分からなかった。
しかし他には誰もいない。独り言でも無さそうだ。
何故そんな事を聞くのか分からなかったが、咲夜は首をかしげて、
「十年程になります」
正確にはいつ来たのか分からなかった。ただ、拾われたときのことは明確に覚えている。あれは雪の降る夜、雪の白に赤が混じって――、
「そう。短いのね」
思い出に浸りかけた咲夜の思考をレミリアの言葉が引き戻した。
主の真意が分からず、
「はあ……」
間の抜けた返事をしてしまう。
「…………」
咲夜はレミリアの次の言葉を待っていたが、どうやら話はそれで終わりのようだ。
三時になった。レミリアは紅魔館の一室でいつものお茶を嗜んでいる。
珍しくパチュリーも一緒だ。
そして彼女もまた、様子のおかしいレミリアに眉をひそめた。
「どうしたのレミィ。今日は様子がおかしいじゃない」
その問いに、レミリアは今日何度ついたか分からない大きな溜息をつく。
「別に。なんでもないわよ」
パチュリーはそんな態度のレミリアに気分を悪くした様子もなく、
「そう。なんでもないのはいいけど、術式に影響が無いようにお願いね」
「術式……?」
咲夜は思わず口に出して聞いた。
「…………」
レミリアが答える様子のないのを見ると、仕方ないといった具合でパチュリーが肩をすくめて、
「レミィの『運命を操る程度の能力』を最大限使ってみよう、ということをしているのよ。新技の開発と同時にね」
「はあ……新技、ですか」
ここ最近、レミリアとパチュリーは二人して毎晩大図書館に篭っているのだ。
そして小悪魔はおろか、咲夜まで追い出して二人きりで何やら怪しげな事をやっている。
修行だと聞かされていたが、一体何をしているのか、咲夜としては気にならずにはいられない。
「ちょっとレミィ、聞いてるの?」
「ん? ああ、聞いてるわよ」
今目が覚めたとばかりにパチュリーに焦点を合わせるレミリア。聞いてなかったことは明らかである。
パチュリーはわざとらしく大仰に溜息をついた。
「まあいいけど……今夜完成予定なんだからしくじらないようにお願いね」
そんな失礼な態度を全く気にしていない、というより気づいてもいないかのように、レミリアはあらぬ方向を見たまま短く呟く。
「分かってるわ」
どこかを見ているようで、どこも見ていないようにも見えるレミリア。そんな彼女を、咲夜は心配そうに見つめる他ないのであった。
◇◇◇◇◇◇
時刻は次の日の朝。
メイド長、十六夜咲夜の朝は早い。
紅魔館の自室で時間通りに起きる。目覚ましなど使っていない。長年のメイド人生において完璧な体内時計がセットされている彼女にとっては、時報と同時に飛び起きることなど造作もないことだ。
カーテンを開ける。
今日も太陽がさんさんと照りつけており、洗濯日和ではあるが実に最悪な天気である。日の光が苦手な主からしたら、太陽が出ている天気こそ悪い天気であった。
その後いつものメイド服に着替え、セミロングの髪を手早く短い三つ編みに結う。
『メイド長 十六夜咲夜』というプレートの付いたドアを開け、廊下へと出た。
まだ朝早い。この紅魔館において、睡眠を必要とする種族の中では人間十六夜咲夜が一番の早起きであった。
いつもの通り、この後はメイド達を起こして朝食の用意である。
少々頭の弱い妖精メイド達は、毎日毎日ちゃんと指示を出してやらないと途端に仕事をしなくなる。
まずは隣の部屋の妖精メイドを起こし、更にはそのメイドに他のメイドを起こさせ、そのメイドは更に他のメイドを起こし……というねずみ講みたいなことを繰り返すのだ。彼女達に目覚ましという物がいくらかでも効果があれば、すぐにでも部屋分の目覚まし時計を調達するのだが。それは叶わぬことだろう。
いつものように、今日も咲夜は隣の部屋に向かう。
そしていつもとは違い、その扉の前で固まった。
眉をひそめる。
なぜならその扉には、
『博麗神社』
そう書かれた表札が掛かっていた。
「………………」
しばし言葉を失う咲夜。
隣は妖精メイドの部屋のはずである。
それなのに何がどうして、『博麗神社』と表札が掛かっているのだろうか。表札はドアにも貼られているし、隣の壁にもそれより小さいものが掛かっている。
「………………」
至って普通のドアである。昨日と何も変わりが無い。表札以外は。
咲夜は人差し指を立て、顎をぐいぐい押すような仕草で考える。
イタズラだろうか? 妹様あたりが?
イタズラ好きの妹様なら確かにやりかねない。
しかしそれにしては地味だし訳が分からない。こんなもの、仕掛けられた者は首をひねるだけ、というイタズラする側としては最低につまらない結果に終わるのではないのか。なぜそんなイタズラを?
まあいつもそんな抜群のイタズラが行われるわけでもないだろう。たまには四十点くらいのイタズラがあってもおかしくない。いやこの場合は三十点に減点してもいい。そしてこれがその不出来なイタズラだとしたら、下手に取り乱さない方が良い。
十六夜咲夜は、こんなくだらないイタズラで笑いをとるような程度の低い人間ではないのだ。
なんにせよ、中の妖精メイドに事情を聞いてみよう。というか、こんなイタズラに協力したのなら説教をしてやらなければいけない。
いや、ただ夜の間にこの表札が取り付けられただけか。なら中のメイドは無実だろう。
そもそも、そんなことで怒っても妖精メイド相手に効果があるとは思えない。右から左に聞き流して終わりだろう。別に態度が悪いわけではないが、あまり複雑なことは理解できないのだ。
とにかくメイドを起こそうと思い、咲夜はドアを開けた。
ガチャリ
中では博麗霊夢が布団で寝ていた。
バタン
「………………」
咲夜は思わずドアを閉めた状態で固まる。
少々頭が混乱する。
ちょっと待て。ちょっと待とう。
なぜあの巫女がここに?
……………………
………………
…………
ああそうか見間違いか。こんな所にあの博麗の巫女がいるはずがない。
咲夜は改めてドアを開けた。
中ではやはり博麗霊夢が布団で寝ていた。
「………………」
見ると、部屋の様子もおかしい。
床は板張りのはずが畳になっているし、箪笥や祈祷道具なども置かれている。壁には『一日一膳』と書かれた掛け軸が掛けられ、それに咲夜は見覚えがあった。博麗神社にあった物だ。誤字なのか本気なのか分からない所が笑えない。
部屋の中央にはコタツが設置され、上にはミカンまで乗っている。
そこにはとてつもない生活感が漂っていた。まるで以前からここで生活していたかのようである。
洋風の部屋のはずが、完全に和風、しかも博麗神社仕様に改造されている。
「………………」
ここは古風にほっぺたを抓ってみようかしら、などと考えながらもそれはやめておいた。はたから見たら馬鹿らしい。
咲夜は部屋の中へと足を踏み入れた。
混乱しながらもちゃんと靴を脱ぐあたり、彼女の性格が見て取れた。
なぜ部屋が改造されているのか。
なぜ霊夢がここにいるのか。
元々いた妖精メイドはどこへ行ったのか。
様々な疑問がありながらも、咲夜は表面上、冷静を装った。
紅魔館のメイド長たるもの、完璧で瀟洒なメイドでなければならない。
慌てて無様な姿を晒すわけにも行かないのだ。
ドアに表札を貼るだけではなかった。部屋に家具まで持ち込むなんて手の込んだイタズラだ。とすると、三十点と評価したのは見直さないといけない。イタズラとしては八十点だ。常識的には零点だが。
そこらにイタズラ好きな妹様が隠れていて、自分の驚く様を見ようと待ち構えているのかもしれない。
だとしたらそんな失態を見せるわけにはいかない。
メイド長としての地位が失墜する事になってしまう。ここで泡を食ったように慌てふためいた醜態を晒すと、冗談抜きで自分が死ぬまで笑い話にされそうだ。寿命の長い吸血鬼、笑い話を百年もたせるくらい簡単にやってのけるだろう。
しかし疑問がある。この巫女がそんなイタズラに手を貸すだろうか。咲夜からしたら博麗霊夢は常識的な存在だと認識していた。
『完璧で瀟洒なメイド長が変わり果てた部屋にドッキリ!』などというくだらない遊びに、果たして幻想郷の守護者とも言える博麗の巫女が加担するだろうか。
咲夜は霊夢の枕元まで行き、ぐーすか眠りこける巫女を見下ろした。
「すぴー。すぴー」
「………………」
寝息が聞こえる。完全に眠っているようにも見える。今にも鼻提灯を膨らませてもおかしくない。
いや、ここであまり警戒した態度を取ると、それがまた面白がられてしまう可能性がある。
ならばここは速やかに起こす行動を取ってみせるべきだ。
妹様に「つまんないからもう咲夜にイタズラするのやめるー」と思ってもらわないといけない。
咲夜は霊夢の肩を乱暴に揺さぶった。努めて事務的に、慌てるような声は抑えて呼びかける。
「霊夢。起きてくれないかしら。ここをどこだと思ってるの」
「う、ふぇ…………はあ!?」
霊夢は即座に飛び起きた。
あろうことか、手にはお札を構えている。
いきなり戦闘態勢の霊夢に咲夜も咄嗟に構えたが、霊夢は彼女を見ると途端に力を抜いた。大きく息を吐いて半目になる。
「……なんだ、咲夜じゃない。びっくりさせないでよ。てっきり妖怪が寄って来たかと思ったわ」
「………………」
霊夢はお札を懐に戻してよっこらせと立ち上がる。
咲夜は怪訝な顔つきで奇妙な侵入者を見やった。
「……霊夢。あなた何やってるの?」
「へ? 何言ってるの。ここは博麗神社でしょ? あなたこそ何しに来たのよ」
「………………」
演技だとしたら意外と才能があるのかもしれない。咲夜も思わず、自分が早朝の博麗神社に無断で入り込んで霊夢を乱暴に起こしたかのような錯覚に陥る。
しかしここは間違いなく紅魔館なわけで。
その一室に入って部屋を和風に改造する、などという暴挙に出ておいて『何しに来た』? 少しは通る見込みのあるボケをしてほしい。
「……いいから来なさい」
「ちょ、ちょっとお」
咲夜は霊夢の腕を強引に引いて歩き出した。
ドアから出て大仰な仕草で周りを示す。
「ここは紅魔館よ。イタズラするにしても、勝手に部屋を改造するなんてやめてちょうだい。主犯は誰? 妹様?」
「え? いやだから、何言ってるのよもう。改造? そりゃここは紅魔館だけど」
霊夢は憮然とした様子で咲夜の手を振り払うと、
「勝手に神社まで来て起こしてくれちゃって。いつもならもっと寝てるところよ」
と言って『博麗神社』と書かれた部屋へと戻っていく。
「ちょっと、霊夢!」
「用がないならやめてよね」
そしてバタリとドアを閉められた。
霊夢は本気で迷惑しているようにも見える。
後には激しく困惑する咲夜が廊下に残された。
「……何かしら、これ」
なんだろう、このアウェー感は。紅魔館に住む自分がどうしてそんな惨めな感情を抱かないといけないのか。
いつからこの部屋は『博麗神社 紅魔館支社』になったのだろう。
訳が分からない。
新手のイタズラだろうか。
それとももしかして、昨日の夜のうちに火事か何かで神社を焼け出された霊夢が、レミリアお嬢様に泣きついてきたのだろうか。
家が無くなったので部屋を貸してほしい、と? 霊夢のことがお気に入りなお嬢様なら許可しそうだ。しかしそんな事前の相談も何も無く……。
いやそれにしてもこれだけの大改造、隣の部屋の私が気づかないわけがない。イタズラの場合でも物音で気づくはずだ。
それなのになぜ、さも「ここに住むのは当然です」みたいに霊夢がいるのだろうか。
いやそれともやはり、私が気づかないようにこっそりイタズラを?
ここはどういった対応をとるべきなのか。
その時、混乱する咲夜に追い討ちをかける出来事が起きる。
「あら、咲夜じゃない。おはよう」
永遠亭の医師、八意永琳が片手を挙げ、にこやかに挨拶をしてきた。まるで天気の良い朝早く、そこらの道端で偶然会ったかのような様子だ。
「………………」
「随分早いのね。やっぱりメイドって大変なのかしら」
「………………」
「姫様はまだ寝ているのよね。見習ってほしいわ」
「………………」
「あら、どうしたの? そんなに驚いた顔をして」
「………………………………」
なんだろう、これは。
なんでこの人がいるんだろう。
しかも普通に挨拶をされた。
イタズラ? この思慮深いと思っていた医師は、そんなイタズラに手を貸すような茶目っ気があったのだろうか。
咲夜は考えうる限界の速度で首を回し、辺りを見渡した。
いない。
妹様が「ドッキリ」という看板を持って潜んでいたりしない。いやむしろさっさと「ドッキリでしたー」と言ってくれるほうが助かる。
もういいだろう。自分の負けだ。
もう聞いてもいいだろう、ということで、咲夜は恐る恐る言ってみた。
「……あなた、どうしてここにいるのかしら?」
その問いに、永琳は首をかしげて答えた。そしてそれはおおよそ咲夜の望んだものではない。
「どうして、って。ちょっと薬草探しに行こうと思って」
永琳の言っていることが分からず、咲夜は更なる混乱に追い込まれる。それでもなんとか疑問の波が限界を突破しないように押しとどめて、この医師がここにいる理由を確かめようと質問を投げかける。
自分はメイド長なのだ。しっかりしなくてはいけない。
「……いやだから、どうして紅魔館にいるの、と聞いているのだけれど」
「どうしたの咲夜。外へ出るのに紅魔館を通るのは当然でしょ? 何かおかしいことがあった?」
思いきりある。今目の前に。というか、薬草探しにいちいち紅魔館を通る必要などこれっぽっちもありえない。紅魔館のどこに薬草が生えているのか。
花壇の整備も担当する美鈴が副業で薬草栽培でも始めたのだろうか? そんなばかな。
とそこで、永琳がぽんと手を叩いた。何か自分の混乱を解決してくれることを言ってくれるのか、と咲夜は期待に顔を輝かせる。
しかし永琳が言ったのは期待とは全く的外れな事だった。
「そうだ。うどんげも連れて行きましょう。紅魔館のメイド長が朝早くから働いているのだから、あの子にも頑張ってもらわないと」
そう言い、スタスタと歩いていく。
呆然と見送っていると、永琳は一つのドアを開けて入っていった。
ドアが閉められそれを見て、咲夜は顔を硬直させる。
『永遠亭』
そのドアには、そう書かれていた。
「………………」
しばし唖然とした後、咲夜は全力をもって他のドアへと目を移した。
そして、愕然とする。
『寺子屋』
『白玉楼』
『霧雨魔法店』
『守矢神社』
『香霖堂』
『アリス・マーガトロイド宅』
『廃洋館』
『地霊殿』
『八雲邸』
遠くを見ると他にもまだまだあるようだ。
とんでもない家々の名前が揃っている。
「な……あ……」
咲夜は震えながらそれらを呆然と見やる。一歩一歩と後ずさり、窓に背中が当たると、バンという音と共にガラスが揺れた。
まさか。まさかとは思うが、このドアそれぞれの中に該当する人物がいるのだろうか。霊夢や、永琳のように。
何が起きている?
まさか、幻想郷中の住人がこぞって自分を驚かせに来ているのだろうか?
とすると妖精メイドもグル?
お嬢様も当然知っているだろう。
いやいや待ってほしい。そんな大規模なイタズラをしてどうなる。自分ひとり驚かせて何になる?
ここまでされたら私はもう「ドッキリでした!」と言われても「はあ……」と呆れるしかない。というかそんな大改造をされたら内心本気で怒るしかない。それは面白くもなんとも無いリアクションだろう。これが入念に計画された大規模なイタズラだとしたら、そんな私の反応くらい事前に予想できるだろう。
とするとまさかとは思うが、紅魔館のメイド長十六夜咲夜は別の可能性を推測せざるをえない。
一日で改造された部屋。そこに当然のように住み着く幻想郷の住人。
すなわちこれはイタズラではなく。
異常事態だ。
「お嬢様!」
咲夜はレミリアの寝室へと飛び込んだ。
というか自分は何をやっていたんだと自責の念に駆られる。
イタズラなんじゃないか、などと警戒してこの異常事態の主への報告が遅れてしまった。メイド長としては失敗した対応だ。
いやそもそもこんな事態を冷静に判断できる者がいるのか。誰だって混乱するに決まっている、という言い訳のような当然の主張は、しかし咲夜は切って捨てた。
結果として失敗してしまったら何を言おうが関係ない。失敗は失敗だ。
であるから、この異常事態への対応の評価として、自分には減点一をつけざるを得ない。
「お嬢様……?」
部屋に入ると、そこにレミリアはいなかった。いつもならベッドでまだ寝ている時間である。しかし部屋をぐるりと見回してみても、広い寝室のどこにも誰かがいる気配は無い。
咲夜はおもむろに主のいないベッドへと近づいた。
シーツが乱れた様子は無い。どうやら早起きしてどこかへ行ったわけではなく、そもそも昨晩から利用していないようだ。
昨晩。パチュリーと能力の実験をすると言っていた。
とするとまだ大図書館に篭っている? この事態にはまだ気づかず実験を続けているとか?
咲夜は大図書館へと走った。
長い廊下をほとんど全力疾走で咲夜が走っていると、同じく誰かが全力で前方から駆けて来るのが見えた。
パチュリーの小間使い、小悪魔だ。元々名前が無い上にパチュリーも面倒くさがって名前を付けないので、皆からはこあと呼ばれている。
「咲夜さーん!」
側まで来て肩を落とし、ぜえぜえと息をつく。
「さ、咲夜さん。もう、起きてたんですね。ちょうど良かった」
「こあ。これは何? イタズラ? それとも異常事態?」
「異常事態のほうです! と、とにかく至急大図書館まで来てください! この事態についてパチュリー様から説明があります!」
「……分かったわ」
聞きたい事は多かったが、パチュリーからの説明を聞いた方が良いと判断する。
咲夜は小悪魔と共に大図書館へと急いだ。
その途中、この異常事態を感じているのが自分だけでなかったことに心底安堵した。
◇◇◇◇◇◇
「お嬢様!」
大図書館に入ると、テーブルではパチュリーが難しい顔をして本にかじりついていた。レミリアの姿は見えない。
パチュリーは入ってきた咲夜に向かって静かに顔を上げた。
「来てくれたのね」
「パチュリー様、これは一体何が? お嬢様はどこへ……?」
「説明するわ。とりあえず座って」
咲夜はパチュリーと向かいに座った。
すぐに肩で息をしながら小悪魔が紅茶を淹れてくる。疲れたのか、指の動きに合わせてカタカタと急須が揺れていた。こぼしそうになりながら、少し淹れすぎなくらい紅茶をカップに注ぐ。
その紅茶の淹れ方は減点一だと思ったが、そんなことを気にしている場合ではない。
「パチュリー様、お嬢様は? この事態はいったい? 壮大なイタズラですか?」
「まあ待って」
落ち着かない咲夜をパチュリーは手で制した。
「最初から説明するわ」
そう言って、パチュリーはコホンと咳をついてから切り出した。
「昨晩のことよ。私とレミィは一緒に新技の実験をしていたわ。そして昨日は一ヶ月前から仕込んでいたその技を完成させる段階だった」
「はあ……」
「それでまあ、その技を試してみたんだけどね……」
咲夜はなんだか嫌な予感がした。
「何か問題が?」
「ええ」
パチュリーは紅茶を飲もうとして、もう無いことに気づく。すぐに小悪魔が注ぎ足しにかかった。
「新しい技の名前は『収束する運命』。周囲の運命を一堂に会する技よ」
「運命を集める……?」
「ええ。あなたも見たでしょう? ここに集められた面々を」
霊夢や永琳、それにあのドア群が思い浮かぶ。どうやらイタズラではなかったようだ。そして、むしろその方が良かったんだということを薄々感じる。
「『収束する運命』の効果は、周囲に存在するものの運命を集めるというものよ。要するに、博麗神社なら博麗神社そのものがここに移動してきて存在していることになる」
咲夜の脳裏に、先ほどの博麗神社風の部屋が浮かぶ。あれは博麗神社風に改造されたのではなく、博麗神社そのものであった、と?
「……では、この幻想郷の施設が根こそぎこの館に集められていると?」
「全部じゃないわ。レミィとある程度関係のある施設だけよ。しかもただ集められているだけじゃないの」
「……と言いますと?」
思わず咲夜が次の言葉を促すと、パチュリーは大仰に頷いた。
「捻じ曲げられているのは『運命』そのもの。だから神社やら誰かの家やらがここに存在することは『自然』なことになってるの。もはやここに存在することが世界にとっても『普通』『通常』ということね。幻想郷の誰も違和感を持たないわ」
「な……」
「ここ紅魔館の住人以外は、ね」
先ほどの霊夢の様子が頭に浮かぶ。確かになんの疑問も持っていないようだった。
咲夜はまぶたをひくつかせて掠れるような声を洩らした。
「なんて無茶な技を……」
「私もまさかここまでとんでもない効果が出るとは思わなかったわ。レミィの力の大きさを改めて思い知った。というかこんな事にならないように限定的に発動するはずだったのに、一体どうして幻想郷中を巻き込んで……」
パチュリーがぶつぶつと呟き出す。
咲夜は涙を拭うと思わず声を荒げた。
「そんなことを言っている場合ではありません! お嬢様は!? どこへ行ったのです!」
「…………」
パチュリーはそこで難しい表情を更に濃くし、ゆっくりと首を振る。
「術を発動させた直後、レミィはふらふらと歩いてどこかへ行ってしまったわ。話しかけても何も答えず。疑問に思って待っていたんだけれど、レミィは一向に戻ってこなかったわ。私が紅魔館の異変に気づいたのもついさっきのこと。それで慌ててこあに貴方を呼びに行ってもらったわけ。それにしても、貴方もレミィには会ってなかったのね……」
「お嬢様が……? 寝室にはいなかったのですが……」
「そう……それでまさかとは思ったんだけどね」
「……なんです?」
神妙な顔つきをするパチュリー。ためらうように、もしくはもったいぶるように言葉を詰まらせて話す。咲夜はこんなパチュリーを久しく見ていなかったように思える。
「これは仮説なんだけどね。これが正しかったらレミィがこの事態を放っておいている理由に説明がつくわ」
「……それは一体?」
「………………」
咲夜は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
パチュリーは大きく溜息をつき、それを言うのが恐ろしい事のように、顔と声を強張らせて言う。
「レミィ自身も、自分の能力に呑まれてしまっている」
「……な…………」
咲夜が愕然とした様子で震える。隣の小悪魔も顔を引きつらせていた。震える声で確認するように咲夜は、
「そ……そうなると、一体どういったことに……」
「…………」
パチュリーは少し顔を逸らしていると、
「『収束する運命』の解除は容易よ。その気になればレミィは一瞬で戻せる。でも……」
言うのをためらうように言葉を詰まらせるパチュリー。
「でも……?」
「元の運命を知っていないと、それはできないのよ。レミィが自身の術に呑まれて、他の幻想郷の住人と同じになってしまっていたなら、元の運命を完全に忘れてしまっていることになる。いや、そんな運命なんて存在していなかった、ということに彼女の中ではなっている……最早戻すのは不可能ね」
残酷に言い切られ、咲夜と小悪魔は絶望の感情に呑まれる。
やがて咲夜が愕然と震えながら、
「そんな……馬鹿な……」
「いざという時のために、紅魔館の住人には影響しないように『収束する運命』には防衛線を張っていたわ。もはやこの幻想郷で、この事態をおかしいと思っているのは元々の紅魔館の住人だけよ。レミィ以外のね。いっそのこと私達も能力に呑まれていた方が楽だったかしら」
「そんなこと言っている場合ではありません! パチュリー様、他に解決する手立てはないんですか?」
「あるわよ」
あっさりとパチュリーは言ってのける。
咲夜は思わず呆気にとられた。もしかして、自分を怖がらせて遊んでいたのだろうか。知ってはいたが、この日陰少女は意外と意地が悪い。
咲夜の抗議の目線を感じ取ったのか、パチュリーは半目になって、
「……別に一から説明していただけよ。さっきまでレミィが能力に呑まれたという仮説に乗っ取って解決方法を探していたの。そして見つけた」
「それは一体?」
パチュリーは持っている本を示した。
咲夜は即座に立ち上がって寄って行き、覗き込んでみると、そこには変な草の絵が載っていた。
「これは……?」
「『自覚草』。これを異能者が口にすると、自分の能力で今何が効果中なのか自覚することができる」
「自覚草……」
聞いたことの無い植物。元々咲夜は薬草にそれほど詳しくは無いが。
「普段なら全然たいしたこと無い雑草みたいな薬草なんだけど、今はこれが必要よ」
「これをお嬢様が飲めば……」
「そう。この異常事態を理解してくれるはず」
二人は顔を見合わせて深く頷く。
「分からないのは、どうしてレミィがいないのか、ってことね。まあ、レミィの捜索はこっちでやっておくわ。別に『収束する運命』に呑まれたわけではないのなら、見付かった段階で解除してもらうし。その場合、どうして姿を消したのかしら……? 面白がって……? まあ、それは後回しね。今はできることをしましょう。貴方には自覚草を採って来てほしいの」
「……分かりました。これはどこに?」
パチュリーの口ぶりからして、ここに無いのは分かった。
本当は自分もレミリア探しに行きたかった。敬愛する絶対の主を探して駆けずり回りたい。
しかしどうやら人手が圧倒的に足りない。レミリアを探すだけなら妖精メイドにもできるだろうが、薬草を取ってくるのは頭の弱い彼女達には無理そうだ。結果、咲夜が薬草採取という雑用みたいな役回りになる。
「妖怪の山にあるわ。その中腹にある『鬼の寝床』という場所にだけ生えているの」
「鬼、ですか……」
「昔は鬼がいたみたいだけどね。今妖怪の山に鬼はいないわ。至急取ってきてほしいの」
「……分かりました」
解決方法が分かればそれをするしかない。
パチュリーから場所を示した地図と自覚草の絵を受け取り、早速咲夜は大図書館を出ようと扉へ向かった。
その時だった。
「――っ!」
轟音が響いた。
屋敷が揺れ、図書館の本がばさばさと崩れるように大量に落ちる。
咲夜は転びそうになりながらもなんとかバランスを保った。
「な、何が!?」
「……咲夜」
パチュリーは落ち着いているのか、神妙な顔つきで咲夜を見る。
「今この紅魔館には、大勢の異能者が揃っているわ。肩がくっつくくらい、近くにね」
「というと……」
「……仲の悪いのが喧嘩でも始めたのかしら」
「…………」
嫌な予感がする。
咲夜は急いで大図書館を出て、音のした現場に急行した。
到着。
そして思わず卒倒しそうになる。なんとか耐えたが。
そこでは、
藤原妹紅と蓬莱山輝夜が対峙していた。
◇◇◇◇◇◇
「輝夜あ……今日こそ決着をつけてやるよ」
「いきなり弾幕張るなんて、お行儀がなってないわね。それにしても、あんたとここで会うなんてね。こんなに近くに住んでたかしら? まあいいわ」
「今までこそこそ刺客を送り続けやがって。この卑怯者が」
「何よ。私が相手をするとすぐに終わっちゃうから刺客で勘弁してやってたんでしょ?」
「なんだと!?」
「なによ」
廊下でいがみ合う二人の周りでは、妖精メイドたちが何も出来ず距離を取っておろおろしながら見守っている。彼女らではあの二人を止める事は絶対的に不可能というものだった。
咲夜はおもむろにいがみ合う二人の近くの部屋を見た。
『永遠亭』
その隣に『藤原妹紅宅』があった。
「………………」
深く。
深く溜息をつく。
なぜこの二つが隣り合っているのだろうか。何かの嫌がらせ?
いや、頭が痛くなっている場合ではない。こんな所で暴れられたらたまったものではない。『そこ』が永遠亭だろうと『あそこ』が藤原妹紅宅だろうと、『ここ』は紅魔館の廊下なのだ。
「二人共……争うなら外でやってくれないかしら」
「あ? 今それどころじゃないんだ」
「このお猿さんにきつくお灸を据えてやらないといけないのよ」
「誰が猿だ!」
「きゃんきゃん喚くのは犬だけにしてほしいわね」
「てめええ……一人ロケットで里帰りさせてやろうか」
「やれるものならやってみなさいよ」
途端、妹紅から炎が迸り、絨毯がじゅうじゅうと焼け焦げていく。あまりの熱に窓のガラスは溶け、そのままどろどろと流れ出すと、妹紅から離れたところでようやく固体へとその姿を戻す。
周囲の妖精メイドたちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「………………」
自分で止める事は不可能だと察した咲夜はつかつかと歩き、近くにあった『寺子屋』のドアを開ける。
その中はやはり和風となっていて、確かに中だけ見れば寺子屋に間違い無かった。
そして慧音が何やら紙切れと睨めっこをしている。どうやら寺子屋の生徒がしたテストの答え合わせの最中のようだ。
というかここでどうやって授業をするのだろうか? という疑問は置いておく。今はあの二人を止めなければいけない。
「……慧音」
「ん? 咲夜か。どうした」
咲夜はちょいちょいと手招きをすると、訝しげにする彼女を外へと連れ出す。
そして輝夜を睨みつけている妹紅を示して、
「ここは紅魔館よ。あの子を止めて」
と訴える。
あまりに断固とした口調に、慧音も思わず「あ、ああ」と承知した。
「妹紅。迷惑だからここは抑えろ」
「何言ってんだ慧音。あいつが目の前にだな……」
「妹紅、いいからここは……」
今度は『永遠亭』へと入る。やはり中は和風だ。
そこでは永琳や鈴仙、てゐがいて、きょとんとした様子で咲夜を見る。
「あら、咲夜じゃない。どうしたの?」
「どうしたんです? 珍しいですね、ここに来るなんて」
なんでこの人達しかいないのかしら。他にもウサギとかが永遠亭にはいたはずだけど……?
などという疑問は今重要ではない。
「永琳、ちょっと来てくれるかしら」
「……? ええ、いいけど……」
永琳を連れ出し、慧音と押し問答をしている妹紅を腕組みして見下し、不遜な態度をしている輝夜を示す。
「紅魔館で暴れるのは見過ごせないわ。ちゃんとあなたのとこのお姫様を管理してほしいの」
「…………はあ」
永琳は深く溜息をつくと、輝夜に寄って行き「姫様、帰りましょう」などと諭し始める。
「ちょっと、永琳、今あいつと……」
「姫様、ここは室内ですし」
「でも喧嘩を売られて黙っとくわけには……」
「慧音! 止めてくれるな!」
「落ち着け妹紅。人様の家だ」
結局、咲夜が凄まじい威圧感を出しながら睨み付けていたこともあり、二人は渋々と各自の部屋へと戻って行った。
「…………はあ」
どっと疲れた咲夜が肩を落とす。
あの二人が本気でぶつかったら館は全壊ではすまない。破片も残さず消滅しそうだ。
睨みをきかせてはいたが、どちらか一方でも自分が止める事は難しいだろう。
「――あ」
とそこで、咲夜は再び『永遠亭』と書かれたドアを開ける。
中ではふてくされた輝夜を鈴仙が必死でなだめている最中であった。
なぜ永琳ではなく関係の無い鈴仙が? まあそんな役回りよね、などと失礼な事を考えつつ、永琳に呼びかけた。
再びやって来た咲夜に永琳は首をひねる。
「あら、今度は何?」
「永琳。『自覚草』って持ってないかしら」
幻想郷きっての医師である永琳であれば、もしや手元にあるのでは、と思ったのだ。紅魔館でも、怪我や病気の者が出たら永遠亭に連れて行くこともある。中々に頼れる存在なのだ。
しかし永琳は首を傾げて、
「あれを? 無いわね。必要無いし。妖怪の山の中腹に生えてるはずだけど……」
「そう。ありがと」
咲夜は溜息混じりに扉を閉めた。
どうやら自分で行って取ってくるしかないようだ。
妖怪の山には多くの天狗や河童がいる。余所者には排他的だ。ましてや自分は人間である。まともに取り合ってはくれないだろう。
とすると、強行突破もやむを得ない。できるだけ戦力は多いほうが良い。
「………………」
咲夜は『博麗神社』を再び訪れた。
「霊夢。異変よ」
「わっ。な、何よ今度は」
扉を開けると、霊夢は巫女服に着替えて暢気にコタツでくつろいでいた。
異変と言ったら博麗の巫女である。
「異変なのよ。協力して」
「異変? 何よ。どんな?」
どんなと言われても困る。あんた自体が異変よ、と答えるわけにもいかない。
「ええと…………お嬢様が大変なのよ」
「レミリアが? 何言ってんの。さっき来たわよ」
「なっ!」
さっきここに来たときはいなかった。とすると、自分が出て行った少しの間にレミリアは来ていたのだ。
咲夜は思わず霊夢に詰め寄った。
「お嬢様が!? いつ!? どんな用で!? 様子はおかしかった!?」
「ちょ、ちょっとちょっと」
霊夢は思わず持っていたミカンで咲夜の剣幕を遮る。
「なんなのよ。ついさっきのことよ。確かに様子はおかしかったけど……なんだかぼーっとした様子でそこに座ってたわ」
そう言ってコタツの反対側を示された。
コタツ布団が乱れており、確かにさっきまで誰かがいた痕跡が残っている。
「お嬢様……」
『収束する運命』に巻き込まれ、館内を彷徨っているのだろうか。そして偶然すれ違いになった?
なんにしても、そこらをうろついているならそう時間が掛からずに見付かるとは思うが。
飛び出して行きたい気持ちを抑え、今は自分の役目に従事する。
「ちょっと、一体なんなのよ」
抗議のように呼びかける霊夢を無視し、咲夜は『博麗神社』を後にした。
あの巫女は使えない。とすると……
咲夜は『八雲邸』の前を訪れた。
開けると、紫の式とその式が揃ってコタツを囲んでいた。やはり和風だ。
こうして見ると洋風のうちは異端なのかしら? などという思考はどうでもいい。
当の紫は布団でぐーすか寝ている。
「あれ? 咲夜さんじゃないですか。どうしたんです?」
「珍しいですね。あなたが来るなんて」
「………………」
咲夜は呆然としながら、コタツでくつろいでいる藍と橙を見やる。暢気にミカンなぞつまんでいた。そして紫は爆睡中だ。
「……あなたたち、何かおかしいと思わないの?」
「何がですか?」
藍は何も分かっていない様子で頭の上に疑問符を浮かべる。
紫は幻想郷の守護者のようなものだと咲夜は認識していた。いざという時には頼りになる存在である。しょっちゅう寝ていたとしても。
その紫が起きないということは、彼女すらこの事態をおかしいと認識してないのだろう。
「……いえ、なんでもないわ」
首をかしげる二人を置いておき、咲夜はドアを閉めた。
あの神隠しの主犯と言われる、幻想郷を代表する大妖怪ですらレミリアの能力に呑まれてしまっている。
レミリアの運命の力は、とんでもなく強力のようだ。
自分の主の力の大きさにしばし感動する咲夜。
しかしそんなことをしている場合ではない。
あの八雲紫を頼れないのは厳しい。
一人で妖怪の山へ繰り出すのは少々危険だ。いや別に命が惜しいわけではないが、確実に薬草を手に入れるためにも戦力が必要だ。事態の異常性をちゃんと理解している戦力が。
この異変を理解しているのは、レミリア以外の紅魔館の住人だとパチュリーは言った。
紅魔館の住人の中で使える者といったら……?
妹様はダメだ。まさかこんな面白い状況を自ら解決しようとするわけがない。むしろ解決しようとする自分を邪魔しにかかる可能性が高い。
咲夜は外へと目を向けた。
正確には、外の門へと。
◇◇◇◇◇◇
「………………」
門番の美鈴を呼びに行った咲夜は、それを見てまた頭が痛くなった。茫然とするというより、呆れて情けなくなる。
「ぐがー。すぴー」
「むにゃむにゃ。うー……」
「………………」
美鈴は爆睡していた。
しかも彼女の膝を枕にしてチルノまで寝ている。
なぜチルノが?
いやそれはそれとして、それよりも何よりも寝ている。門番が。
また寝ている。
こんな異常事態でお嬢様は行方不明で自分は必死になって駆けずり回っているというのに、この門番は館内に大量の闖入者がいることにもお構いなしに眠りこけている。
「………………」
咲夜は息を大きく吸い込んで、
「美鈴!」
怒鳴りつけた。朝の湖に、いつもより大きな怒声が響く。
「ひはあ! はい! はい! すいません!」
反射的に勢いよく美鈴は起き上がり、咲夜にぺこぺこ頭を下げる。どうやら一連の動作が身に染み付いているらしい。慣れたものである。
その膝からチルノが転げ落ちて頭をゴンと打っていたが、咲夜にとってそんなことはどうでもいい。
「美鈴。寝ていたわね」
「す、すいません! すいません!」
「この大変なときに……」
「いやほんとすいません!」
「うう……一体なんなのよう……」
若干抗議の色を滲ませながら呻き、起き上がってくるチルノは無視しておく。
「そんなに昨日は忙しかった? それと、どうしてチルノと寝てるのかしら?」
「あ、いえ、昨日はチルノと遊んで……ではなくええと、相手をしていまして……」
咲夜は深く溜息をついた。
この門番がどこか気が抜けた感じなのは知っていた。寄って来る妖怪や妖精たちを撃退どころか、話し相手になっていたりもする。そのせいか、結構人外に好かれているようだ。
かといって居眠りをしていい理由にはならないが。
しかし今は緊急事態。そこには目を瞑ろう。
「まあいいわ」
「え? いいんですか?」
「さいきょーよ」
あくまでチルノは無視して話を進める。
「緊急事態よ。これから妖怪の山へ行くわ」
「え? 緊急事態?」
「とにかく館内へ来なさい。説明するから」
「い、いやでも、門番は……」
美鈴はそう言うが、既にとんでもない数の奇人変人が館内に入り込んでいる。というか住み着いている。今更門番など無意味であった。
そもそも、考えうる限りの最強メンバーがごった返すこの状態の紅魔館。襲撃する妖怪がいようものなら、一瞬で跡形も残らずボコボコに袋叩きにあうのは目に見えていた。
「いいから来なさい」
「あたいも行く!」
無視されていたのを巻き返すように、ばんと薄い胸を張るチルノ。
「………………」
どうやら面白そうなことに首を突っ込みたいようだ。そして他には何も考えていないようだ。
美鈴が困った顔をして諭しにかかる。
「チルノ、お前は帰るんだ」
「えー……」
美鈴に言われてはしょうがない、という具合で口を尖らせるチルノ。
「…………」
咲夜はチルノを見ながら少し思案していたが、
「いいわよ、一緒に来て」
と言った。
意外なところからの援護射撃に、思わずチルノの顔がぱあっと晴れる。一方の美鈴はぎょっとした様子だ。
「ほんと!?」
「咲夜さん!?」
この運命が捻じ曲げられた状況。説明してもついて来てくれる者は数少ないだろう。その中でチルノは進んで一緒に来たいと言っている。
鉄砲玉くらいにはなるかと思い、チルノも連れて行くことにした。
「ほら説明するからさっさと来なさい」
「はーい!」
「は、はあ……」
二人を引き連れ、咲夜は館内へと向かった。
その途中、
「…………?」
外の風景にどこか違和感を覚える。
なんだろうか。喉の奥に物が詰まったような不快感がする。
しかし結局は分からず、考えるのを放棄して咲夜は館内へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇
まだ朝早いせいか、各部屋からそれほど多くの妖怪やらが出てくることはなかった。
しかし妖精メイドたちがどたばたと各部屋を巡ってレミリアを捜索しているし、早起きの幻想郷の住人は事も無げにそこらをうろついている。
夏の妖怪と冬の妖怪が廊下でかち合い、気まずい表情で見つめあう。
早朝の素振りがしたいのだが出口が分からず彷徨っている半人半霊がいるし、勝手に廊下に土をまいて花を植えている妖怪もいる。
妖精メイドたちは妖精メイドたちで、他のメイドが調べた部屋をまた自分が調べたりと、おおよそ効率の悪い捜索方法を取っている。やはりちゃんと指示しないと駄目だ。
「……こ、これは一体」
館内の有様を見て、美鈴は顔を引きつらせた。
一方のチルノは何がおかしいのか分かっていない様子だ。
チルノは紅魔館の住人ではないので、レミリアの『収束する運命』に巻き込まれているようだ。
(……まあ、普段から何も分かって無さそうだけど)
それはさておき、とりあえず咲夜は何が起きたのかを美鈴に説明することにした。
一通り説明し終わり、美鈴はそれを聞いて更に顔を引きつらせる。
「そ、そんな。大事じゃないですか!」
「だから今から解決しようっていうのよ」
「は、はい……」
「? ??」
首をかしげるチルノは放って置き、咲夜は紅魔館の中を歩きながら思案する。
運命が捻じ曲がったこの状況。紅魔館の住人以外は、この異常事態を平常だと認識している。
後ろの二人を見る。
「めーりん、うんめーのしゅーそく、ってなに?」
「え、ええと…………いや、だからだな。説明は難しいんだが……」
「………………」
あまり頼りになるとは言いがたい。特に妖精の方。
となると、他にも同行者を探したい。しかしこの異常な状況を理由にできない以上、単に薬草を集めたいから、という小間使いみたいな理由だけで一緒に来てくれる者がいるだろうか。
異常事態であれば普通、博麗の巫女に頼むものだ。異変解決と言ったら彼女である。
しかしあの巫女は使えない。薬草採りたいからついて来て、と言って素直に来るわけがない。
巫女……。
巫女……?
「………………」
◇◇◇◇◇◇
「え? 薬草集めですか?」
『守矢神社』と書かれたドアを開け、中で掃除をしていた早苗に同行を依頼した。
早苗は不思議そうに一行を眺める。その後ろではやはり部屋の中央にコタツが置かれており、神二人が顔をこちらに向けて首をかしげていた。
「ちょっとお嬢様の持病に効く薬草を採りに、妖怪の山に行かないといけないのよ。できれば一緒に来てほしいんだけど……」
「はあ……吸血鬼の持病、ですか」
「お願い。困ったときの神頼みよ」
別に巫女が普段からそんな人の頼みを聞くわけではないのだが、博麗の巫女くらいしか巫女というものを知らない咲夜からしたら、巫女と言ったら面倒事の解決人であった。
それに早苗は妖怪の山にある神社に住んでいる。山の妖怪にも顔がきくのではと思ったのだ。
「それはまあ……私も神に仕える身ですから、困った人を放っては置けませんけど……」
「霊夢はアテにならないのよ。だからお願い」
「はあ……」
手を顎にあてて考えていた早苗は、やがてはっと顔を上げて、
「ちょっと聞いてきますね」
後ろのコタツでくつろいでいた神二人へと駆け寄る。
何やら相談していると、すぐに早苗は戻ってきた。
「分かりました。困っている人は救わないといけませんし。ご一緒します」
「ありがと。恩に着るわ」
本当は奥にいる神にでも来てほしかったが、簡単には動きそうに無い。仕方ないので緑巫女に頼む事にした。
案の定気が弱いのか、押しにも弱い。
散々な判断を下されているとは露にも思わず、早苗は一行へと加わった。
もうついて来てくれそうな人材は思い浮かばない。それにこれ以上紅魔館が荒らされる前に速やかに事態を収拾したい。
咲夜はこのメンツで妖怪の山に行く事にした。
「さ、それじゃ行くわよ」
「おー!」と元気よく言ったのはチルノ。
構わず咲夜はさっさか玄関へ向けて歩き出した。
しかし、
「あの、咲夜さん。どこへ行くんですか?」
早苗が不思議そうに呼び止めた。
「? 妖怪の山だけど」
「それならあそこじゃないですか」
言われ、廊下の奥の方を示された。
見るとそこには、
『妖怪の山』
そう書かれたドアがあった。
◇◇◇◇◇◇
「……どうしましょう、これ」
美鈴に聞かれたが、そんなことは知りようがない。
四人は『妖怪の山』と書かれたドアの前で立ち尽くしていた。
それを見て咲夜は頭が痛くなる。
……妖怪の山?
なぜ山が部屋になっているのだろうか。
この部屋に山が丸々収まっている、と?
では元からあった山は?
嫌な予感がする。
咲夜は窓まで走ると、妖怪の山の方角を見た。
「――な!」
ない。
遠くに見えるはずの、妖怪の山が無い。
そっくりぽっかり無くなっている。
先ほど外で感じた違和感はこれだったのだ。山一つ無い。案外気づかないものだ。
となると、おそらく山はこの部屋に収まっているのだろう。どうやって入っているのかは分からないが。
「……これは……とんでもないわね……」
レミリアの能力の峻烈さに、咲夜は改めて身を震わせた。
「咲夜さん。行かないんですか?」
早苗がドアを指差して不思議そうに首をかしげる。
「……あなた、山が部屋の中にあるっておかしいと思わないの?」
「え? いえ、普通だと思いますけど」
「………………」
どうやらそれを言っていても仕方ないようだ。
「……行くわよ」
どうなっているのか知らないが、意を決し、咲夜はドアを開けた。
中では射命丸文と河城にとりが将棋を打っていた。
「………………」
なぜこの二人? いや確かに妖怪の山の住人の中ではお嬢様との接点はある方だ。文は不定期発行の新聞をたまに届けに来るし、にとりとは何度か博麗神社で会った事がある。
しかし他にも大勢の天狗やら河童やら神やらその他妖怪やらが山にはいたはず。
彼らはどこへ行ったのだろうか?
いや、もしかしたらお嬢様の能力によって、完全に運命から消去されたのかもしれない。だとするとそれはとんでもない事では……?
いやそれはそれとして、そもそも薬草は?
自覚草はどこへいった?
部屋を見ると、地面は土である。様々な植物がそこらから生えており、その数は壁が見えなくなるくらいであった。
どうやらこれで山と言い張るつもりのようだ。
このどこかにあるのだろうか?
いやどう見ても、山の全ての種類の植物を網羅しているとは言いがたい。あぶれた植物は消滅したのだろうか?
その中に自覚草があったとすると、捜索はもう不可能に……。
咲夜が顔を青くしていると、射命丸が首をかしげてドアの所で立ち尽くす一行を見やった。
「あれ、咲夜さんじゃないですか。どうしたんですか? なんだか珍しい組み合わせですね」
「…………ねえ。聞きたいことがあるんだけど……」
「なんです?」
恐る恐る、山の住人である文に聞いてみる。
「……自覚草、って、どこにあるか知ってるかしら?」
「へ? なんですそれ」
「え……」
まずい。
終わったか。
もう一生この紅魔館で生きていくことになるのだろうか。
こんなの、とてもじゃないが身が持たない。
だらだらと冷や汗の滝を流していた咲夜に、にとりが将棋盤から顔を上げて言った。
「自覚草? それなら山の中腹の『鬼の寝床』にあるよ」
「――!」
咲夜は思わずにとりに詰め寄った。肩を掴んで乱暴にゆする。
どうやら存在自体が消されてはいないようだ。とすると、射命丸が知らないというのは単に彼女が無知なだけだったのだろう。
「どこ? どこに自覚草はあるの?」
尋常じゃない剣幕の咲夜に、にとりは少々怯えた様子だ。
「え、い、いや、だから、『鬼の寝床』に……」
「どこなのよ!」
がたがたと震えながら、にとりは部屋の一角を指差した。
「……え?」
「山の中腹は、その、あそこだけど……」
「…………」
あそこ?
別に植物の生えた部屋の片隅にしか見えない。からかわれているのだろうか。
呆然としていると、早苗が気を取り直すようにポンと手を打って言った。
「あの、とにかく行きましょうか。『鬼の寝床』に」
「行く、って……」
「いいですよね?」
山の住人である文とにとりに早苗が聞くと、二人は「まあ、いいけど……」と口を揃えた。
「ささ、出発です」
そう言い、唖然としたままの咲夜を残して早苗は示された部屋の一角へ進む。
その姿が突如として消えた。
「な!」
驚いたのはしかし、咲夜と美鈴だけであった。
その他の面々は当然のようにしている。
「…………」
咲夜と美鈴が呆然としていると、チルノが美鈴の服の裾をぐいぐいと引っ張った。
「めーりん。あたいたちも行こうよ」
「え……いや、でもな」
「ほら行こうってば」
美鈴の手を強引に引き、チルノは早苗の消えた場所へと進んだ。
「ちょ、ちょっと!」
慌てた咲夜が声を掛けるが、あっという間に二人の姿が消える。
「………………」
咲夜が呆気に取られていると、
ひょい
といった様子で美鈴が消えた場所から姿を現した。
「美鈴!?」
「さ、咲夜さん。来てください。なんだか山の中に出ました」
「え、ええ……」
恐る恐る咲夜も続くと、
視界が一瞬で山の中へと変わった。
「………………」
周囲には鬱蒼と木々が生い茂り、鳥の鳴き声も聞こえる。木々の隙間からは空も見え、木漏れ日が無数の細い線を地面に垂らしている。
横に目をやると、深い谷がその姿をたたえていた。
どう見ても妖怪の山である。
緩やかな傾斜が続く山道の只中に、一行は忽然と出現していた。
前には首をかしげている早苗やチルノ、そして驚愕の表情の美鈴がいる。
唖然としている咲夜に、早苗がきょとんとして、
「どうしたんですか? 咲夜さん。行きましょう」
「めーりん、さくや、早く」
「………………」
咲夜と美鈴は呆然としている他無かった。二人で顔を見合わせる。
「これって……」
「……ええ。なんだかよく分からないけれど、そういう事とするしか無いわね」
「……はい」
レミリアの運命の力により『妖怪の山』と決められた以上、そこは過不足なく妖怪の山としての働きをする。そこまでのことに咲夜の理解が及ぶことはなかったが。
咲夜は気を取り直すと地図を取り出し、『鬼の寝床』目指して歩き始めた。
一行が去った『妖怪の山』の部屋。
にとりが将棋盤に顔を落としたままぽつりと呟いた。
「いいのかね。あの方がいること言わなくて」
すると文は飛車を摘まんでにとりに示した。
「言わないように言われてますしね。長いものには巻かれろです」
そしてそれを竜に成らせ、大胆に敵陣へと進めた。
にとりが険しい表情でやって来た竜を睨む。
「むう……」
「待ったは無しですよ」
◇◇◇◇◇◇
レミリアの捜索は小悪魔や妖精メイド達に任せ、パチュリーはレミリアの能力について調べていた。
とはいえ、分かる事など少ないのだが。
彼女は彼女なりに事態の打開を図っていたのだ。
というのも一番の問題は、こんな近くに魔理沙の家があったら本が根こそぎ強奪されてしまいそう、ということだ。あの泥棒黒白には前々から迷惑していた。貴重なコレクションを読む前から盗まれてはたまったものではない。
最近は地底調査などで協力しており、仲が良くなったのか、勝手に本を持っていかれることは無くなった。しかし今度はちゃんと一言いってから盗んでいくようになった。余計に性質が悪い。
それはさておき、これからの方法を考える。
自覚草がダメだった場合、他にどういった手立てがあるか。
レミィが見付かったら無理にでも能力を使ってもらって……?
いや、やっぱりどんな風に運命をいじくったか知っていないと戻しようが無い。
紫は? 紫は物事の境界までも操るというけれど、彼女の力でなんとかなるかしら……?
いや、確かに紫の力は強力だけれど、レミィとは交わらない力。レミィの力にそもそも影響すること自体が不可能では……?
一流のサッカー選手と一流の野球選手が一緒にいたところでキャッチボールもできない、ということか……。
うんうん唸っていると、小悪魔が調査から戻ってきた。
「パチュリー様、レミリア様の捜索がてらの調査、終了しました。やっぱりレミリア様は見付かりません」
「そう、ご苦労様。何かおかしな所はあった?」
「はい。それがおかしいんです」
「何?」
小悪魔は名簿らしき物をパチュリーに見せた。
「『旧都』の部屋に調査に行った時なんですけど、普通いてもいい大物が一人いないんです」
「いてもいい者?」
「はい。星熊勇儀さんです」
「勇儀が?」
妖怪の山から地底の旧都に移り住んだ鬼だ。山の四天王と言われた強力な鬼。地底調査の折、パチュリーも話したことがある。力試しという理由で勝負を挑んでくる好戦的な鬼だ。いや鬼は皆好戦的だが。
「同じく『旧都』にいた妖怪達に聞いてみたところ、そんな鬼は知らない名前も聞いたことない、とのことです。嘘はついてないようでしたが……」
「……そう」
勇儀がいなくなっている?
レミィのこの『収束する運命』は不安定な技だ。何かバグのようなものが起こっているのだろうか。
だとすると、勇儀はどこへ?
調べてみた結果、レミィのこの技は世界の運命を捻じ曲げられるが、生き物を殺したり消滅させたりする力はほとんど無い。
とすると、どこかで勇儀は存在していることになる。別の運命で存在していることに……。
地底にいないとなると、一体どこに?
パチュリーと小悪魔は揃って首をかしげていた。
◇◇◇◇◇◇
「……咲夜さん」
「……ええ」
美鈴に言われ、咲夜は慎重に頷く。隣の早苗や、チルノまでも緊張した様子で体を硬くしている。
一行の道を塞ぐ者がいた。
星熊勇儀。
一本角の鬼で、手には酒の注がれた大きな杯を持っている。
「なんで鬼が山に……」
早苗が呟くのが聞こえる。どうやら勇儀がここにいるのは、この捻じ曲げられた運命下でも普通ではないようだ。
勇儀がにこやかに、しかし友好的とはいえない目つきで話しかけてくる。
「やあやあ。人間に、妖怪に、妖精か。面白い連中が来たな」
「……勇儀、よね?」
咲夜が確認するように声を掛ける。
すると勇儀は意外そうに首をひねった。
「おや? どこかで会ったかな?」
数回だけだが地霊殿の異変解決後、博麗神社の宴会の席で会った事がある。咲夜は萃香以外の鬼をそこで初めて見た。そして萃香並みの酒豪も初めて見た。
「覚えてないの?」
「んー……」
勇儀はあらぬ方向を向いてぼりぼり頭を掻くと、「覚えてないや」と言って考えるのをやめたようだ。適当な性格のようだが、単に忘れているだけとは思いがたい。
「咲夜さん。あの鬼を知っているんですか?」
早苗が小声で聞いてきた。
「早苗……?」
早苗も勇儀との面識はあったはずだが。
どうやら勇儀に関して、地上の面々と会ったことがある、という運命が書き換えられているようだ。
なぜそうなっているのかは知らない。滅茶苦茶な効果を発揮した『収束する運命』であれば、おかしなことの一つや二つ起きるのかもしれない。
しかし何かがおかしいような……。
いや、今は諦めて通してもらうしかない。
「勇儀。私達はこの先にある自覚草が欲しいの。通してくれないかしら」
「ん? 自覚草? なんであんなもんを欲しがるんだ? 怪しいなあ。変な組み合わせだしなあ。何を企んでる?」
「何も企んでないわよ。採ったらすぐ帰るから通してほしいの」
「へえ。まあどうでもいいや」
「? 何。通してくれるの?」
「ふふ……」
勇儀は不敵に微笑む。
「……?」
咲夜が眉を潜めていると、美鈴が泡を食ったように囁いた。
「ま、まずいですよ咲夜さん」
「何が?」
「鬼は力比べが大好きなんです。ただで通してはくれませんよ!」
「え?」
「そうさよく分かってるじゃないか!」
勇儀がにかっと豪快な笑みを浮かべる。その双眸は侵入者を怯えさせるようにぎらぎらと輝いていた。
「勝負だ勝負。待ったは無し。こっちから行くよ!」
息つく暇も無く、勇儀は杯を持ったまま距離を詰めてきた。
「くっ!」
咄嗟に美鈴が前に踊り出た。
繰り出された拳を避け、脇腹に蹴りをくらわせる。
完璧なカウンターが入った。
しかし、
「ううっ!」
美鈴は苦しげな表情をして勇儀と距離を取る。
「へえ、中々やるじゃないか」
勇儀はけろりとした様子で美鈴の方を向いた。脇腹に蹴りをくらったはずだが、ダメージは無いようだ。
「……!」
一瞬のことだったが、咲夜はそれを見て一驚を喫した。
美鈴は武術の達人である。彼女の実力は咲夜もよく知っている。単純な肉弾戦では自分は美鈴の足元にも及ばないだろう。今の蹴りだって、彼女にしては珍しく手加減した様子は無かった。
しかし勇儀は平然としている上、逆に攻撃を当てた美鈴の方が痛がっている。あの脇腹は鋼鉄並みの強度を誇るのだろうか? それに、持っている杯の酒が一滴も零れていない。
鬼。
かつての妖怪の山の頂点。
最強と言われる存在。
「…………」
咲夜はナイフを取り出した。
そして自身の能力を発動させる。
次の瞬間、全てが静止した。
人も、妖怪も、妖精も、鬼も、草木や動植物、果てには風や、宙を舞う埃、葉の間からこぼれる木漏れ日さえも、世界の全てが時を止める。
その中で、咲夜だけが普段と変わらない様子で動いている。
時を操る程度の能力。
十六夜咲夜の力である。
咲夜はぴくりともしない勇儀に手早く駆け寄ると、
(まあ、殺しはしないわよ)
アキレス腱をナイフで切りつける。
しかし、
「なっ!」
ナイフは硬い皮膚で弾かれた。
傷一つ無い。
「くっ!」
今度はもっと力を込めてナイフを立てる。
しかし、
バキン
そんな音と共に、ナイフはへし折れた。
「そんな!」
止める時間の限界が来る。
咲夜は狼狽しながらも、急いで勇儀と距離を取った。
時間が動き出す。
「ん?」
勇儀が怪訝な表情で足を見る。突然痛みを覚えたのだ。
そして、地面に落ちたナイフの残骸を見つける。
「んん?」
咲夜を見る。険しい表情で勇儀を睨んでいる。
「…………」
勇儀は、見たものが身を震わせずにはいられない、空恐ろしい笑みを浮かべて咲夜を見た。蛇に睨まれた蛙のように、後ろの早苗とチルノが震え上がる。
「ふうん。何かやったね、あんた」
「…………」
咲夜はナイフを構えて腰を落とす。
その時、
「咲夜さん、先に行ってください! ここは私が引き受けます!」
美鈴が震えそうになる声を抑えて叫ぶ。
「美鈴、でもあなた……」
さっきの一瞬のやりとりを見るに、勝機があるとは言いがたい。
「大丈夫です。だてに毎日拳法の修行をしていません」
「あたいもやる!」
チルノも咲夜の前に進み出る。
美鈴の姿に感化され、震えも収まっていた。
「チルノ……」
しょっちゅう美鈴と戦っていたり遊んでいたりする迷惑者だと思っていたが。
咲夜は少し認識を改めた。今度お茶に招待してやってもいいかもしれない。
「現人神の力が鬼相手にどこまで通じるか分かりませんが……」
早苗もチルノと並んで勇儀と対峙する。
薬草集めに連れて来ただけだというのに。
今度守矢神社に参拝に行くのもいいかもしれない。
「頼むわよ、みんな」
「おおっと。一人たりとも通すと思ったかい?」
一歩たりとも通さない、とばかりに、勇儀は感覚をそこかしこに張り巡らせる。
びりびりとした悪寒が一行に叩き付けられた。これだけで力の弱い者は押しつぶされてしまいそうだ。
既に彼女の間合いの内である。離脱は容易ではないだろう。
しかし、
「――!」
消えた。と思ったら後方の道に出現して走っていく咲夜を見て、勇儀は驚愕の表情を浮かべる。
「なんだってえ? っと」
チルノが発した氷弾をひょいと避ける勇儀。
残った三人の表情に淀みが無いのを見て、微妙に目を細める。
「ふうん。あの人間の能力、か。まあいい。あんたらを叩きのめしてから追うまでだ」
「させません」
「あたいも!」
「現人神の力、見せて差し上げます」
勇儀は、にい、と、限界まで口の端を吊り上げ、心底楽しそうに笑う。
「いいねえ…………かかってきな!」
『鬼の寝床』への通り道。静かな山道に、突如として鳥も慌てて飛び出すような轟音が鳴り響いた。
◇◇◇◇◇◇
咲夜は『鬼の寝床』へと急いでいた。
考えている事は、速やかに自覚草を採取して皆の所へ戻る。そしてなんとかして全員で勇儀から逃走する、というものである。
萃香などで鬼の力をいくらか知っている咲夜からしたら、あの勇儀を倒せる見込みは正直薄いと言わざるを得ない。
「はあ……はあ……」
間もなく地図に示された地点だ。
もしも他の鬼が立ちふさがったら一巻の終わりである。
しかしその姿が見えないということは、どうやら山に出現した鬼は勇儀だけのようだ。
なぜ彼女だけが出てきたのか。
今は自覚草を採る事に集中し、その思考を排除した。
「はあ……はあ……」
道がひらけた。
周囲を覆っていた木々が途切れ、太陽が待っていたかのように存分に咲夜を照りつける。
『鬼の寝床』へと到着した。
別に鬼が寝ているわけでもなく、草花が生い茂り、風で静かに揺れてかさかさとのどかな音を響かせる。
野原か花畑のような場所だった。
静かな空間。他に妖怪の姿も見えない。
そして地面には大量の自覚草がそれこそ雑草のように生えていた。
しかし咲夜はそれを採ろうともしない。
ただ茫然と、唖然と、呆気にとられて、前方に目を向けたまま立ち尽くしていた。
誰かが立っている。
そして咲夜には一目で誰なのかが理解できた。
間違えるはずがなかった。
ピンクの服に身を包んだ紅い悪魔。
現在行方不明のはずの紅魔館の主。
咲夜の仕える対象。
レミリア・スカーレット。
永遠に紅い幼き月が、『鬼の寝床』の中心に立ち尽くしていた。
◇◇◇◇◇◇
「……お嬢、様……?」
恐る恐る、といった様子で、咲夜はレミリアに声を掛けた。
レミリアは日傘で日光を遮り、咲夜のことをじっと見つめている。その瞳から感情は読み取れない。
呼びかけられても答える様子は無かった。
なぜお嬢様がここに?
こんな、待ち構えているような。まるで自分がここに来る事を分かっていたような。
自覚草のことは永琳にも聞いていた。そこから話が漏れたとか?
様々な憶測がぐるぐると咲夜の中を駆け巡ったが、一番妥当だとする答えは一つだった。
「お嬢様……あなたは……」
「ええ、分かってるわ。自分がどんなことをしたのかを」
門番のように配置された勇儀。できすぎているとは思った。
そもそもなぜあの時霊夢のところに顔を見せたのか。まるで霊夢に来てほしくないとして釘を刺すような。
誰かによって仕組まれていた。そしてそれができるのはこの人だけである。
咲夜一人がここに来るのは当然かのような反応。どうして、と聞く必要も無い。運命を操る程度の能力を持つこの吸血鬼にとっては、この状況を導くことなど造作も無いのだろう。
レミリアは最初から気づいていたのだ。自分の能力によって何が起きたのかを。『収束する運命』に呑まれてなどいなかった。
じっと咲夜のことを見つめていたレミリアはやがて、口を開く。
「自分自身、混乱しているのよ」
「お嬢様……?」
「本当にどうにかしてた。昨日の私は」
咲夜が呆然としていると、レミリアはゆっくりとその表情を変える。
それは笑っているようで、どこか泣いているような、今まで咲夜が決して見たことのない表情であった。
「咲夜。あなた、怖いと思ったことはない?」
「……?」
「この世界で自分一人取り残されたような、漠然とした、でもどうしようもない孤独感。そんな恐怖を、感じたことはない?」
「お嬢、様……一体、何を……?」
咲夜は昨日のレミリアの様子が頭に浮かぶ。あの全てを惰性で放り投げるような、余りに投げやりすぎる態度。
「私はあるわ。昨日もそうだった。『収束する運命』を発動させるとき、私は考えてしまったの。望んでしまったの。求めてしまったの。この恐怖を、いえ、ここまで来たあなたを称え、正直に言うわ。この寂しさを、埋めたい、って」
「え……」
咲夜の脳裏に、あの集められたドア群が浮かぶ。
「幻想郷中の知り合いを、集めたのは……」
「だから、言ってるでしょう? どうかしてた、って」
「………………」
風が吹く。それは野原の草木を揺らし、のどかな音をかき立てる。今の咲夜にはそんな音も耳に届かない。ただ呆然と呟く事しかできない。
「お嬢様……」
レミリアはその、笑っているような泣いているような、彼女が最も嫌う情けないと思う表情のまま、言葉を紡ぐように吐き出す。
「咲夜。私は決して普段、こんなことを言わないわ。寂しいなんて、そんなこと言わない。思いもしない。でも昨夜は別だった。思ってしまった。思っただけならまだ良かった。すぐにそんな思いは感情の奥底にしまい込める。でもその時の私には、それをなんとかできる力があった」
それは誰だって思うことなのだろう。
どうしようもない漠然とした孤独を感じる。そんなことは誰にでもあることだ。
ほんの気の迷いであった。
そんなことを本気で考えたりしない。本気で望んだりしない。本気で求めたりしない。
本当に、一時の気の迷いである他無い。
次の朝起きたら忘れるくらい、なんでもない感情。
一時限りの感情。
しかし、それに『収束する運命』は重なった。
運命を疑うくらいの偶然。
ほんのお試しで実行するつもりが、ついと言うには強すぎるくらい、力を込めてしまった。
そして、幻想郷中のレミリアの関係者が集められる結果となった。
レミリア自身、こうなることを望んだわけではなかった。
ただちょっと、思ってしまっただけである。
寂しいと、思ってしまっただけである。
だからレミリアは混乱した。
私はこれを望んでいたのだろうか?
自分の知り合いが、すぐ近くに、同じ家で、家族のように住んでくれること。そんなことを、私は求めていたのだろうか?
そんな馴れ合いみたいな生易しいことを、私は本心では望んでいたのだろうか?
この寂しさを埋めたいと、私は心の奥底では期待していたのだろうか?
呆然と館をさまよった。考える時間がほしくて従者達を逃げるように避けた。
ただ一人、自分が最も信頼する咲夜と話す時間がほしくてここにやって来た。運命を操って導いた。
「……ずっと考えていたわ。そんな……馬鹿みたいなことをね」
「お嬢様……」
「私を情けないと思う?」
咲夜は激しく首を振った。
そして言う。何を言えばいいのか分からなかったが、今はとにかく自分の心の内を話さなければ、と思った。
「私は……私はお嬢様にお仕えできて、とても光栄です。あの時死ぬはずだった私を助けていただき、そして従者としての生き方を与えてくれました。零と無機の私に、完璧で瀟洒を教えてくれました。人並みの幸せを与えてくれました。そして……」
レミリアはただじっと咲夜のことを見つめている。咲夜は自分の言っていることを聞いてくれているのか不安だった。しかし今は言葉を止められない。
「今、私にそのような心の内を話してくれました。とても……嬉しいことです」
「……そう」
「お願いです。私に何か出来ることがあればおっしゃって下さい。どうすればお嬢様の心の隙間を埋めることができますか? どうすればあなたの心を満たせますか?」
それは咲夜の本心であった。
いつからだろうか。自分がこの悪魔に、仕事の役職以上の忠誠を誓ったのは。
それは最初からだったのかもしれない。自分の命を助けてくれた、その時から。
レミリアがそんな自分に心の内を話してくれている。今まで感じたことのない喜びが、咲夜の中で渦巻いていた。
レミリアはやがて、俯いて肩を振るわせ始めた。咲夜には、それが泣いているのか笑っているのか分からない。
しかし次の瞬間、レミリアは高らかに笑い声を発した。
「ふ……あはははは! ははは、はは!」
咲夜はただ呆然とその様子を眺めていた。
ただ滅茶苦茶に叫ぶように笑っていたレミリアはやがて、笑い声を収めて咲夜を見る。
その顔は、とても普段の勝気な悪魔ではなかった。不安と大憂と心痛にまみれた、痛ましい一人の少女だった。
その姿を見て、咲夜は自分が目を悪くしたのではないかと思う。そこにはカリスマ溢れる主の姿など何処にもなかったからだ。
「ねえ咲夜」
気づくと、レミリアはすぐ目の前まで来ていた。
「あなたは私を思ってくれるのね。こんな情けない私を」
「情けないなんてことありません!」
「そう……咲夜。お願いがあるの。私の寂しさを埋めたいとあなたが言うから、お願いするのよ」
咲夜はいつも答えるように即座に応じる。
「なんなりと」
「………………」
しかしレミリアは、躊躇するように黙っていた。
咲夜がじっと待っていると、やがて言葉を発する。
「これは、今まで決して言わなかったことよ。私にだって意味は分かるわ。軽々しく言う事じゃない。そう知っていたから。だから言わなかった。何度も何度も思ったことだけど、絶対に言わなかった」
「……お嬢様?」
「こんな時だからこそ、こんな運命になってしまったからこそ、私は言うのよ。普段じゃ決して言わないこと」
「……はい」
何度も繰り返すレミリアに、咲夜は静かに頷く。そして神妙な顔つきのまま、主の言葉を待った。
レミリアは何度か小さく深呼吸をした。その姿はまるで今から告白しようとする初々しい少女のようであった。
そして、やがてレミリアは普段と変わらない表情で、そして咲夜には無理やり感情を押しとどめているのだと分かる表情で、この運命の中心で、目の前の誰よりも自分に近い従者に向かって、その願いを言った。
「咲夜、人間をやめて」
吸血鬼としての余りにも長い人生を考えたとき、レミリアは途方も無い孤独感を覚える。
周りに吸血鬼しかいないのであれば、そんな感情を抱かなかったのだろう。
しかし彼女の周りには人間がいた。
博麗霊夢がいた。
十六夜咲夜がいた。
彼女達の死ぬ時期のなんと早いことか。
レミリアの今までの人生で言うと、たったの五分の一しか生きられない。
たったのそれだけしかレミリアと共に存在してくれない。
どうしようもない寂しさを覚える一つの要因に、彼女達の存在があることは確かであった。
レミリアからしたら驚異的とも言える早さで大人になっていく咲夜を見て、何度ベッドで一人震えただろう。
すぐにでも彼女がいなくなってしまいそうで、恐ろしくてたまらない。
人間をやめてほしい。
それは、とてつもない我侭に他ならない。
自分が寂しいから、というだけの理由で自分の側に縛り付ける。
命の残り時間を弄ぶ。自分の寂しさのいくらかを埋めるために。
それがどれだけ愚かなことか、レミリアは分かっていた。
だから決して言わなかった。
しかし今、運命が収束したこの世界で、レミリアはその気持ちをぶちまけるように咲夜に吐き出す。
なんでも言ってくれと言われたから。
「なんなりと」と言われたから。
人間をやめてほしい。
ずっと自分の側にいてほしい。
それはこの一時の気の迷いが具現したこの世界で、確かにレミリアの本心から出たものであった。
◇◇◇◇◇◇
咲夜はそのプロポーズとも告白ともとれる願いを聞いて、しかし、すぐに首を横に振った。
レミリアは分かっていたかのように穏やかな表情だ。
しかし咲夜から目を離さない。彼女の言葉を待っているかのように。
そして咲夜は息を吐き、一つ一つ確かめるように話し出す。自分の心の内を。
「……私は、愚かな人間です。完璧で瀟洒でありたい。そう思っていて、そうありたいと思っているだけの、不完全な人間です。完璧でも瀟洒でもなく、完璧主義で瀟洒希望の、ただの人間です」
私は減点方式で生きてきました。
完璧から一つずれた事をすると減点一。
二つずれた事をすると減点二。
できて当たり前。
できなかったらおかしい。
「今までで随分と減点を積み重ねてしまいました。もしもお嬢様の力によって永遠に近い命を頂いたとしたら、減点はもっと増えて、とうとう零点になってしまうでしょう。だから私は、永く生きたくはないのです」
「でも……!」
レミリアは食って掛かる。それは自身の立場をかなぐり捨てた、駄々をこねる子供のような姿であった。そして、そんなことは自分でも分かっている。
「でも、それでも私は咲夜に一緒にいてほしい。零点でもなんでもいい。私は咲夜が側にいてくれればそれでいい!」
咲夜はしかし、首を振る。
「それにはきっと、私は耐えられないでしょう。そしてお嬢様。そうなったらそれはもう、私ではないんですよ」
「……!」
咲夜には、レミリアが泣いているように見えた。しかしまさか涙など流すはずがなかった。そう思ったのはきっと、錯覚に他ならない。
「咲夜……あなたは、死にたいの……?」
「いいえ。私は今幸せです。お嬢様にお仕え出来て、これ以上ない喜びに満ちています」
「なら……」
「程度の問題です。このまま人並みの寿命で死ねたら、それが一番です」
「……」
「死ぬ時に採点をするんです。私の人生は何点だったか、と。私の生きる目標は、お嬢様にお仕えすることによってそれをできるだけ高くすることです。それが望みなんです」
それは完璧で瀟洒になりたいと願う人間の、とても勝手で当然の望みであった。
レミリアは黙って咲夜の言う事を聞いていた。
やがて「そう。分かったわ」と言う。これ以上咲夜に駄々をこねることはしなかった。無駄だとも思っていた。
「悪かったわね」
「いいえ。私の方こそ厚かましい事を言ってしまいました」
「まさか咲夜にフラれるなんてね」
「……申し訳ございません。お嬢様にそこまで思っていただいて、私は幸せです。これからも一層励んでお仕え致します」
「……ふふふ」
レミリアは、そこで笑った。
それはもう完全に普段の彼女であった。或いは、そう見えるだけか。
「咲夜。私がこんな無様な態を晒してそのままでいると思う?」
「……え?」
レミリアは片手を挙げる。
すると、空が歪み始めた。
世界が引き伸ばされたように縦に伸び、飴細工のように形を変える。
「お嬢様、これは……!」
「戻すのよ、運命を。全て元通りね」
戻ると聞いてほっとした表情を浮かべる咲夜。
「……ありがとうございます」
「私が好きでやることよ。それと、みんなの記憶も戻るわ」
「え……?」
今度は言われた事が分からず、咲夜は目を見開いてレミリアを見る。彼女は不敵に微笑んでいた。
「今日のことを一切あなたは覚えていないでしょうね」
「そんな!」
最初からこうするつもりで話していたのか。
どうせ忘れさせることだから、だから本心をぶつけたと。
なんて卑怯なことをするのだろう。
咲夜は悔しくて涙が出そうになり、
「私は! お嬢様が私を信頼して心の内を話してくれたのだと嬉しく思っていました! それは違ったのですか!」
レミリアはしかし、困った子供を見るような穏やかな表情で咲夜を見る。
「お嬢、様……?」
「大切に思っているから。だから貴方には私の無様な姿を覚えておいてほしくない。そういうことよ」
「それは詭弁です!」
とは言えなかった。言葉を飲み込み、ぶるぶると震える。
レミリアは諭すように静かに語りかけた。
「冗談なのよ。嘘なの。さっき言ったことは、全て。だから忘れて」
「それは……」
冗談にしたい。
嘘にしたい。
そういうことではないのか。
あまりにも勝手ではないのか。
空間の歪みはますます大きくなっていく。
空は虹色に輝き、大地は静かに鳴動を続ける。
レミリアはおもむろに、やりきれない表情をして俯いている従者を見て語りかけた。
「ねえ咲夜」
「……はい」
「大好きよ」
「――!」
とうとう咲夜は涙を流してしまった。
記憶が無くなってしまうから。だからそんなことを言う。
普段は決して言わない、紛れもない本心を言う。
あまりにも卑怯で卑劣で臆病な告白。
咲夜を歓喜と悲哀で貫く行為。感悦と絶望で貫く好意。
「きっといつか、元の運命でも私は言うわ。同じ事を。だから泣かないで」
「そんな……」
咲夜の涙は止まらない。
「お嬢様……」
光に包まれ、全てが拡散していく中、咲夜はそれでも、最後に聞いた。
「もしも私が申し出を受け入れていたら、」
人間をやめて、ずっと一緒にいると答えていたら。
「運命は、このままでしたか?」
その問いに、しかし、レミリアは困ったように笑顔を浮かべただけで答えなかった。
そして運命は収束から解放された。
◇◇◇◇◇◇
メイド長、十六夜咲夜の朝は早い。
紅魔館の自室で時間通りに起きる。完璧な体内時計がセットされている彼女にとっては、時報と同時に飛び起きることなど造作もないことだ。
カーテンを開ける。
今日も太陽がさんさんと照りつけており、洗濯日和ではあるが実に最悪な天気である。日の光が苦手な主からしたら、太陽が出ている天気こそ悪い天気であった。
その後いつものメイド服に着替え、セミロングの髪を手早く短い三つ編みに結う。
『メイド長 十六夜咲夜』というプレートの付いたドアを開け、廊下へと出た。
いつもの通り、この後はメイド達を起こして朝食の用意である。
今日も咲夜は隣の部屋に向かう。
そしていつもとは違い、その扉の前で固まった。
眉をひそめる。
その扉には、
プレートが掛かっていなかった。
見ると、妖精メイドの部屋を表すプレートが床に落ちている。
「……?」
不思議に思いながら拾い、元の場所に取り付ける。きっと何かのはずみで落ちたのだろう。
そして中へと入り、そこには紅白巫女などではなく、いつものように妖精メイドが寝ていて、
「さあ起きて。他のメイドを起こしてちょうだい。それから朝食の準備よ」
一通りメイド達が起きて仕事をし始めたことを確かめたら、今度はレミリアを起こしに向かった。寝ぼけた主の髪を結ったり着替えを手伝ったりするのが咲夜にとっての至福の時であった。
「お嬢様、おはようございます」
大きな寝室に入ると、レミリアは既に起きていた。自分が来る前に起きているなど珍しいこともあるものだ、と咲夜は首をかしげた。
レミリアはベッドの上で上半身を起こし、ぼーっとした様子で視線を落としている。入ってきた咲夜におはようも言わない。
「お嬢様……?」
その後着替えを手伝ったり髪を結ったりしている間も、レミリアはただ適当な生返事を返しているだけであった。じっと何かを考え込んでいるような、そんな様子の主に咲夜は聞いてみた。
「どうかしましたか?」
それにレミリアは答えなかった。
そしていつもの服といつもの髪型が揃ったところで、レミリアはぽつりと、呟く。
「きっといつか、なんて言っていたら、あなたはあっという間にいなくなっちゃうのよね……」
きょとんとする咲夜を尻目に、レミリアは少し離れた。
そしてくるりと向き直る。
その顔に、思わず咲夜は見とれてしまった。
それは不敵で、不遜で、豪胆、豪放としていて、それでいてどこか屈託の無い笑顔であった。
「咲夜、あなたに伝えたいことがあるの」
改まった態度の主に、咲夜は思わず居住まいを正して応じる。
それは一人の悪魔の気の迷いから始まった運命の捻れ。
誰もが覚える不安と、
誰もが怯える孤独を、
ただ人並みに感じていただけの、そんな悪魔の僅かな願いから生まれた歪。
やがて運命が元に戻った世界。
今その悪魔は一人の人間と向かい合っている。彼女は悪魔の人生からしたら、あまりにも早くいなくなってしまう。
それでもこの気持ちを伝えれば、きっともうあんな捻れは起きないと信じて、
レミリアははっきりと、その言葉を口にした。
了
発想力が高く、構成力もあるのですが、よく考えるとぶん投げジャーマンな感じのところもやや見られるような。
端的に言えば、勇儀の件です。
ですが、レミリアの切実な動機が瑣末な瑕疵を吹き飛ばしている気もしますね。
最後の問答が一番書きたかったところではないのだろうか。力をいれて書いている感じがします。
文章はもっと磨けそう。『仕方ないので咲夜がレミリアに代わって美鈴には雑用を押し付ける。』などややバランスやリズムが悪い文章が散見された。しかしそれもまた瑣末な点か。
印象批評に過ぎないですが、レミリアの心情に迫るものを感じたので、この点数で。
絶対的な別れが訪れるんですよね。
咲夜さんも人としての生を望んでいるし。
それが表現されているのはとても良かったです。
でも、できることならば咲夜さんが長く生きていてくれないかなぁと思うのも
私の勝手な感情ではありますけども……。
二人には絶対的な別れが訪れるときまで
幸せに暮らして欲しいですよね。
面白いお話でした。
レミリアと咲夜二人の想いが痛いほど伝わってきました。
だからこの点数を入れずにはいられません。
素晴らしかったです。
さらさらと読むことができ、全体でしっかりまとまっていたと思います。
咲夜とレミリアの受け答えのシーンでは色々と考えさせられる所がありました。
ということでとても面白かったです。読ませていただきありがとうございました。
あと重箱の角をつつくような指摘で申し訳ないのですが、将棋は「指す」といいます。
たまんないね
寂しがりや吸血たまんないね
れみりゃとさくぽは別れの物語りが合う。
和気愛々な紅魔館が輝くのは根柢にこのSSの
侘しさの様なのがあるんじゃまいかと思いました。
レミリアはいつも、いつか咲夜さんが消えてしまう事に怯えてすごしてたのかな…
>29さんに同意です。明るい紅魔館に、もしかしたらいつかは訪れる運命なのかもしれませんね…レミリアの最後の言葉は、二人の運命を変えたんでしょうか………?
エピローグの幕引きもよかったです。
しかし読み終わってみると、序盤中盤をもっとシリアスに徹したほうがよかったような気がします。
構成としては一体何が起こっているんだろう、と物語に引き込まれる面白さはあるけれど、
個人的にもっと全体的に不穏な空気というか負の雰囲気があったほうが、ラストのレミリアと咲夜の対峙シーンがより映えそうだと思いました。
あと咲夜が人間をやめない理由がちょっと弱かったかな
レミリアがあれだけ決心して伝えた言葉の重みに対して、咲夜が提示した理由が読んでて少し軽く感じてしまいました
ただ何で勇儀なのか?そこのところがもやもやしたままなのがちょっとって事でこの点数です。
タイトルにもあるように、咲夜以下幻想郷でレミリアに関係のある登場人物の
運命というか、本作品の言葉をお借りすれば、収束した運命上で知覚、認識したものを抹消するということは
あくまでもレミリアのエゴに他ならないですよね。
物語後半で、幸せを感じたにも関わらず記憶を消去してしまうといった作品は枚挙に暇がないですが、
氏の作品においては、レミリアだけ(多分)がすべてを記憶しているということが
物哀しさに拍車をかけているのだと感じました。違ったらごめんなさいw
レミリアの能力がどれほどのものなのか存じませんが、それを考えなくとも良い作品だと感じました。長文乱文失礼
決して完全にまとまってるとは言い難いですが、3万字強を拙い読者である私に読了させてしまうほどの魅力がこの作品にはあります。エンドに仕方がこの上無く好みです。
文章はご指摘の通り向上に励んでいる最中です。これからも一層精進していきたいと思います。
咲夜の人間をやめない動機に関しては悩んだんですが、ただ単に「人間がいいから」だと説得力に欠けると思いまして、減点方式だとかを咲夜の価値観として設定しました。
でもやっぱり弱かったですね。もっと深く突っ込むべきでした。これからの課題にしようと思います。
将棋に関しては「指す」でしたね。失念。
最初に思いついたのは、紅魔館の各部屋で幻想郷の面々が暮らしている、といった状況なのですが、それをそのままメインで使っても駄目だと思い、他の本筋の付属物として扱おうと思いました。
そこでレミリアがこの状況を生み出してしまったことにし、その理由がちょっとした、しかしどうしようもない気の迷い、ということに。そしてそれをこの話のメインに据えました。
あくまで紅魔館の話なので霊夢を封印し、咲夜が解決に乗り出すことにしました。霊夢がいるとどうしても主人公っぽくて存在感強くなってしまうので。
紫も強力すぎるので弾きました。異変解決に紫が使えないことを読者に納得してもらうために、パチュリーに紫が役立たないことまで言及させてます。
堅苦しさを紛らわすためにチルノを投入。子供分が足りない気がしまして……。
そして最後になぜか早苗が仲間に。紅魔郷のメンツばかりじゃバランス悪いかとも思いました。咲夜たちとも仲悪く無さそうですし。一応読者に不審に思われないようにいくらか理由付けはしていますが……。でもさっさと話を進めるのに役立ってくれました。
『妖怪の山』の部屋に行く途中でフランを出して一悶着起こさせようか、とも思ったのですが、いい加減長くなりすぎるのでカットしました。
一番悩んだのは咲夜とレミリアの元々の関係です。
自分の中には深い信頼関係で結ばれた主と従者、という想像があるのですが、創想話の中においては様々な形で二人の関係があります。場合によっては結構仲が悪かったりします。
なのでまずはそこから説明しなくてはと思い、一番最初に咲夜とレミリアのシーンを持ってきました。仲が良い、もしくは少なくとも咲夜はレミリアを慕っているのだと分かっていただければ幸いです。
全体として予測できない展開にしたかったので、突拍子も無く色々出来事を起こしました。成功していたら幸いです。文章力がよろしくない自分は、ストーリーやら展開やらで読者を引っ張って行くしかありません。
文章力。ほしいです。今は騙し騙しやってる感じです。
一悶着が読めなかったのは残念ですが、素晴らしかったです。
それはそうと、咲夜が行動を共にした早苗、チルノ、美鈴。
「なるほど、非想天則の面々が集ったのか」と思いきやこの作品が投稿されたのは非想天則の情報が出ていない1月。
あなたがレミリアでしたか。
おもしろかったです
「咲夜を歓喜と悲哀で貫く行為。感悦と絶望で貫く好意。」
言葉の美しさと二人の繋がりの美しさとが混じりあって、感動いたしました。
最後は気持ちを伝えて、人並の幸せを謳歌していくレミリアと咲夜が見えました。