Coolier - 新生・東方創想話

毒人形遊び

2009/01/11 00:05:42
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メディスン・メランコリーはある日、鈴蘭畑に生まれ落ちた。
と言うか、鈴蘭畑に捨てられた人形に魂が宿った。以来ずっと鈴蘭畑に棲んでいる。
つまり、数年間ずっと外にいたわけだ。


食事等はどうするのか。
メディスンは毒があれば生きていけるので、鈴蘭が全滅しない限りは問題ない。


寝床はどうするのか。
メディスンは生まれながらに外にいるので、別に温かい布団に包まりたいなどと思ったことはない。


妖怪なのだから、これらは別に珍しいことではない。
メディスンは鈴蘭畑で日がな一日駆け回ったり、唄ったり、踊ったり、人間への不平を漏らしたりして、特に不便を感じることなく暮らしていた。


妖怪なのだから、これらは別段珍しいことではない。これが当たり前なのだから。






メディスンはある日を境に、長らく引き篭もっていた鈴蘭畑から外へ出歩くことを覚えた。
花の異変にそれは始まり、その後諸々があって、今では天才薬師の八意永琳が待つ永遠亭へと足を運ぶようになる。


物言わぬ人形だった頃の記憶が薄ぼんやりとあるとは言え、『室内』というものは、メディスンにはほとんど未知の領域だった。
なにせ、自由に動き回ることなどできなかったのだから。


メディスンは名前や形だけしか知らない物を実際に手に取って、まじまじと眺めたりもした。
それは例えばスプーンであったり、フォークであったり……
およそ当たり前の様に存在する物を、メディスンはいちいち新鮮な気持ちで眺めていた。





たまたま通りかかった洗面台の鏡を見て、メディスンはドキッとして身を固めた。


鏡を見るのも初めてだった。
初めて見る自分の姿は、しかしなかなかどうして可愛らしい。
ウェーブがかかっているとは永琳に言われていたが、それもまたなかなかに似合っている。


メディスンは鏡に夢中になり、しばらく色々なポーズを取ったりして遊んでいた。
通りかかる妖怪兎達も、おどけた様子のメディスンを見て面白がった。
クスクスと背後で笑う兎達は、半ば嘲笑気味にメディスンを見物する。
メディスンはそれも解った上で、しかしどうしても嬉しくて、鏡から離れることが出来なかった。



自分はもう、人形ではない。

こうして鏡を見ることが出来る。自由に手足を動かすことが出来る。縛るものは何もない。

自分の意思で、感情で、反射で、確かに動いている。


メディスンは、そんな喜びをひたすらに噛み締めた。








「ねー。何がそんなに楽しいの?」


ふと、後ろで見ていた一匹の兎がそう言った。


メディスンは一瞬むっとしたが、すぐに無理もないことだと思う。
自由が無いのが当たり前だった自分だからこそ、自由がある当たり前を、こんなにも楽しめるのだ。


言っても理解されるとは到底思わないが、無視するのも悪い。
メディスンは仕方なく、鏡に映る後方の兎に言った。



「あなた達には解らないでしょうけど、今まで私はずっと自分の意思で動くことが出来なかったの。
あなた達には当たり前のことでも、私はこうして自由に動くけることが、話せることが、なにより――――」







何かが、おかしい。







メディスンの中に、異様な違和感が走る。

何か、大切な何かが違う。

今、何か、鏡の中で

何か




今の今までおどけていたメディスンの動きが、かちり、と止まる。
鏡に映る背後の兎達はきょとんとして、メディスンの小さな背中を眺めている。


メディスンはガクガクと震えながら俯き、完全に鏡から目を逸らしていた。


正確には、見ることが出来なくなっていた。






兎達は、いつの間にか一匹もいなくなっていた。恐らくは仕事の途中だったのか。
誰もいなくなった洗面所で、メディスンは一人顔を下げている。もうどれくらいの時間こうしただろう。



さっきのは、きっと見間違いだ。



メディスンはそう思い、くるりと踵を返し、しかし鏡は一切見ずに洗面所を後にした。








「あ……!?」


筈だった。


「え……?え……!?」


体が思うように動かない。
前に進もうとする体はしかし、ぎりぎりと凄まじい力で抑えられているような感覚に陥った。

そしてその力は、メディスンの体をぎりぎりと捻り始める。


「や……!!いや、いやだ……!いやだ!!!」


ぎりぎり

ぎりぎり






メディスンは振り返り、鏡を見た。
否、見せられていた。



俯くことが出来ない。


目を閉じることが出来ない。


鏡に映るメディスンは、カッと目を剥いて、微動だにせずこちらを見ていた。
自身の目を見たことにより、メディスンの頭に物凄い勢いで流れ出す、自分の今までの暮らしぶり。
走馬灯とは違う、おぼろげな、しかし確かな記憶。






鈴蘭畑に棲んでいたのは


そこで日がな一日遊んでいたのは


外に出たのは


永遠亭へと来たのは




鏡の前でおどけていたのは





鏡を向いたのは









「そう、私ね」







口を開いたのは


クスクスと笑ったのは


鏡に映るのは











鏡に映る妖精のような少女は、大きな人形を見つめて可笑しそうに笑っていた。
当たり前のことに気付いてしまった時、それは当たり前のことではなくなってしまうそうな。
とりあえず鏡の前で声を出しては駄目ですよ。
絶対に駄目ですよ。

口を開いてるのがあなたとは限りませんからね。
漢字太郎
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コメント



0.1210簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
怖いよ……
2.100与吉削除
先程前作を読んできたばかりということもあってか、
良い意味で期待を裏切られてしまいました。
背筋にいやに冷たいものが走ったような……ううむ、魅せられてしまいました。
様々なジャンルの作品を軽妙に描いてみせる手腕に感服です。
鏡、怖いですよねえ……。
6.80まるきゅー@書いた人削除
連想したのは鏡像段階という言葉。
あれは要するに一種の自分殺しだから。
みんな自分を殺して自分になってる。
そんなわけで面白いと感じました。
行間というかスペースに頼ってるかなぁとも思ったのですが、ホラーは間合いの戦いなので、これもありかな。
19.100名前が無い程度の能力削除
久し振りにゾクリとした
21.100名前が無い程度の能力削除
幽香や永琳達にはメディはどう見えているのでしょうか
いや、どちらを見ているのでしょうかね
メディだからこそ栄えるお話でした
22.100エンペラ星人削除
メディが出るものはすべてAランクである。
24.90名前が無い程度の能力削除
メディスンの設定的にありそうで怖いな
26.90名前が無い程度の能力削除
怖かった…。
上海人形達と違い、明確なマスターを持たないメディだからこそこういう話が生まれるんですね。
27.100名前が無い程度の能力削除
かっこいい