「本当にこれでもっと頭がよくなるの!?」
彼女の名は、チルノと言った。自称幻想郷最強の、ちょっと抜けてる氷の妖精。
「本当だよ、だってえーりんが言ってたもの。」
そしてチルノと話す少女の名は因幡てゐ。幻想郷指折りの腹黒詐欺師である。今日のターゲットはチルノなのだろう、なにやらあやしい薬をチルノに飲ませようとしている。
その薬も、えーりん承諾の薬ではなく、【絶対さわるな!】の棚から勝手に持ち出したものだ。
「でも、もともとあたいは頭いいけどね。」
チルノは根拠もなしに誇らしげに言う。
「でも良すぎて悪いことはないんじゃない?」
てゐはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「・・・・それもそうね。」
いとも簡単にあやしい話にのってしまったチルノはそう言うと、一気に薬を飲もうとする。
「ちょ、ちょっと待って!チルノちゃん。」
そう言って止めようとするのは大妖精こと大ちゃん。チルノと違い常識人である彼女は、万年暴走気味のチルノの歯止め役であり、チルノとはいつも行動を共にする大の仲良しでもある。
「ねぇ、てゐちゃん・・・頭がよくなるってどういう風になるってこと?」
彼女は薬があやしいものだとすでに気づいているようだ。チルノが薬を飲むことをやめさせようとする。
(ちっ、邪魔だな。ちゃんとした名前もねぇキャラごときが・・・)
「そ~か~、じゃあ仕方ないなぁ。別の人にあげることにするよ。」
そういっててゐは、二人に背を向けた。
「え~、あたい飲みたーい。」
チルノが不満の声を漏らすのとは逆に、大ちゃんはホッと胸をなでおろす。
しかし事態は収拾していない。
あっさりあきらめて帰ったようにみえたてゐだが、隙をみてしっかりチルノにメモを渡していたのだ。
(私はどうしてもチルノに飲んでほしいの。蛙の池でまってるから。)
「チルノちゃん、絶対あの薬は危なかった・・・どうしたの?」
大ちゃんは、じっとメモを見つめるチルノに気がつく。
「チルノちゃん、それって、てゐちゃんの・・・」
「あたいちょっと急用思い出した!」
「も~、チルノちゃぁん!どうなっても知らないからね!」
大ちゃんの大声が青空に、虚しく響いた。
「はい、これ、薬。」
「ありがとっ、じゃあ、飲むよ?」
「どーぞ、どーぞ。」
薬のビンを開けるやいなや、一気飲み。実に彼女らしいスタイルである。
「・・・・・」
「どう?どう?」
てゐは期待を込めた視線をチルノに送る。
「あまり変わったように感じないなぁ。ごめん、期待に添えるような結果にならなくて。」
「!」
成功だ。てゐはにやりと笑う。
いつものチルノならきっと、「なんにも変わんないじゃ~ん!」と怒り出すことだろう。
てゐは、薬の効果を「頭が良くなる」といったが、実はそれとは全く別物であり、実際の効果は「二重人格の付与」である。
通常の処方時は、医師の監視下で行われる。薬を飲むと、人格自体は変わるが、記憶、経験は本人と同じように残る。それを利用し、医師は薬で生まれた人格に以前の自分を思い出してもらい、いくつか質問をした後、元に戻る薬を与える。その後、質問の内容と別人格の自分が出した答えをから、客観と主観の両者から見た自分を、自分で吟味することができる、という薬である。
十分にデータを取った常識を持った人格が与えられるため、見方を変えればチルノの場合「頭が良くなる」とも取れなくもない。
しかし本当に成功かは放つ言葉だけでは判断できない。中身はそのまんまかもしれない。
「チルノ・・・ほら、蛙。」
てゐは蛙を指差してみる。普段ならここで容赦なくパーフェクトフリーズのチルノだが、
「それが、どうかしたの?」
「・・・・・」
やっぱり薬の効果は出ている。
しかし、てゐは薬の効果が出た途端、なんだかこのチルノに興味をなくしてしまった。
もともとのてゐの狙いはこうだった。
チルノは、誰もが「自分が幼い時こんなんだったら恥ずかしいな・・・」という性格をしている。
この薬を飲ませて生まれた常識をもった人格が、以前の自分の所業をあれこれ思いだし、
恥ずかしさに絶望した姿を拝んでやろう、というものだった。
ここまで予想通り。このあとも自分の思い通りにいくだろう。しかし、てゐはふと考えた。
この計画が成功しても、なーんかネガティブな感じになって終わってしまうのではないか、と。
別人格となったチルノは、自分に「あたい、うざかった?ねぇ、うざかった?」としつこく聞いてくるかもしれない。
べつにてゐは、大の大人(の考えを持った人)の愚痴を聞いてやりたいわけでない。
しかもからかうのに絶好のターゲットだったチルノがこんなんになってしまっては、あまり面白くない。
「「・・・・・」」
てゐは少し考える。
(仕方ない、戻してやるか。)
てゐは服のポケットから別の薬の瓶を取り出す。
「はい、これ一応この薬の効果を打ち消す薬。あんた自分で気づいてないけど、結構薬の効果でてるから。戻りたかったら飲んで。」
もう面白い展開がないと判断したてゐは、薬を渡すとさっさと帰ってしまった。
しかし、てゐは薬を渡せば勝手に戻ってはい終わりだと思っていたが、それは大間違いである。
薬で生み出されると言っても、その人格は普通の人間と同じものなのだ。
別人格が「戻りたくない」と思うことだって、考えられなくない。
しかし、それ以上に危険なことがあるのを、てゐは知らなかった。
その経歴に似合わない人格に、その人格に似合わない経歴。
そのイレギュラーなもの同士が混ざることの危険性を、てゐは、分かっていなかった。
チルノはしばらくそこに立って、通常の処方時と同じように、以前の自分を思い出していた。
自分じゃよく分からないし、さっさと戻ってしまおうと考えたチルノだが、ふと、過去の自分、薬を飲む前の自分を思い返してみる。わがままをいったり、根拠もなしにやたらサイキョー、サイキョーと、ほとんど別人である自分を思い返し、急に恥ずかしさが込み上げてくる。薬を飲んでやっと自分のバカを自覚したのだ。てゐの計画は、彼女の知らないところで、見事に成功する。
もはやチルノは、手に持つ薬を必要とはしなかった。
「どうしよう、この薬・・・」
薬を飲む前の自分を思い返していたチルノは、うっかりジュースとでも間違え、飲んでしまうのではと不安になった。
「まあいいや。」
そういうと、チルノは薬を適当なところに置いて、その場を後にした。
とりあえずチルノは大ちゃんを探すことにした。彼女はチルノを心配していたらしく、意外と近くにいた。
「あっ。」
大ちゃんが飛んでいるチルノに気づき、近づいてきた。
「大丈夫だった?チルノちゃん?変なものとか見えない?カレーライスがハヤシライスに見えたり、ケンコバがキム兄に見えたり、爽健美茶が十六茶に見えたりしてない?」
あれこれと矢継ぎ早に話す大ちゃんに、チルノはちょっとしたうっとうしさを覚えた。
「大ちゃん、声大きい。」
チルノは、感覚的に、いつもと同じような感じで答えた、つもりだった。
「えっ、あっ、ごめん・・・」
気まずい沈黙が流れる。
いつもなら、「大ちゃんうっさい!声おっきい!」
「チルノちゃんだって大きいじゃない!」
というような、チルノが思ったことをストレートに話すことで、大ちゃんも素直に言葉を返せた。しかし、大ちゃんは、今チルノが自然に発した言葉の中に、今までにないとげがあるようには感じてしまい、言葉を返せなかった。
そしてチルノも大ちゃんの表情でそれを察した。
「「・・・・・」」
「ごめん、あたい、ちょっと用があるから・・・」
「ああ、そう・・・」
チルノは嘘をついた。いつものように彼女と話していたら、いずれ彼女を傷つけてしまうだろうと分かった。
薬の自覚がないチルノは、しっかり自分で認識しないと前のような生活を送れない。
以前の自分を恥じていたチルノだが、早くも以前の、他人を二の次においていた生活が羨ましくなっていた。
いままでにないイライラが募る。いままでイライラすれば周りに発散したり、3歩歩くと忘れていたのだが今はそうはいかない。
いつもどおりやってみよう。いままではそれでうまくやっていたのだから。
すると、周りをきょろきょろ見回す白黒魔女、霧雨魔理沙を見つけた。
実践あるのみ。チルノは以前の自分と重ねて、
「まりさ~、遊ぼ~!」
子供のように近づく。
「なんだ・・・チルノか・・・いや、今アリスと待ち合わせしてんだけど・・・」
彼女が言うには、アリスはもう十分以上も遅れているという。
「あいつ、時間には厳しいんだが。忘れてんじゃねぇのか、自分から誘っておいて。」
魔理沙は心配そうに呟く。
「今日じゃなかったけかな~?」
魔理沙は困ったように頭をかいた。
チルノは、アリスの家に寄ってみる、という提案をしようと思ったが、以前の自分はそんなことお構いなしだろう。妥協すべきでないと判断したチルノは、強引に魔理沙を誘った。
「じゃあさー、もういーじゃーん。あっちで遊ぼうよー。」
魔理沙は困った表情を見せたが、
「まあいいか。予定、このために空けてたからやることねーし。」
彼女の大雑把な性格からか、あっさり承諾した。
「よーしそれじゃ、いこー!」
「いつも通り」遊んだ、つもりだった。
魔理沙に、
「おまえ、なんか無理してないか。」
と言われた途端、なんだか、とても馬鹿らしくなった。
そしてチルノは、
「ごめん、あたい、用を思い出した。」
また、嘘をついた。
「なーにやってんだろ・・・」
彼女はついさっき以前の自分を恥じたが、それ以上に今の自分が馬鹿のように思えた。
「・・・・・」
薬を飲んで、戻ろう、と思った。もはや彼女に以前の自分を見下すような思いは無かった。
そんなことを考えながら歩いていると、偶然アリスの家の前を通った。
(たしかアリスは、魔理沙とどこかにいくかもしれなかったんだっけ・・・)
もしかしたら予定を奪ってしまったのではないかという不安から、彼女の家を窓からこっそりのぞいてみた。
チルノは強く後悔した。魔理沙を強引に誘ったことを。そして家を覗いてしまったことを。
チルノはまず、ひっくり返った二人分くらいの大きめの弁当箱と、散在し、ぐちゃぐちゃになった食べ物を見た。
チルノは、次のものを見たとき、弁当を見たあと察してすぐに目を反らすべきだった、ともう一つ、後悔をした。
チルノが次に見たのは、弁当箱と食べ物の中で、床にぺたんと座り込み、声を震わせ、大粒の涙をこぼして泣いている、アリス・マーガトロイドだった。
「なんで・・・魔理沙・・・約束・・したのに・・・うっ・・・うっ・・」
やっぱり予定は今日だったんだ―――
ぐちゃぐちゃになった食べ物は、よく見れば手間のかかるようなものばかりだった。もしかしたら、弁当に時間を掛けすぎて時間に遅れてしまったのかもしれない。
しかも魔理沙は、「自分からさそったのに」と言っていた。
アリスは、意を決して魔理沙を誘い、前々から準備して、今日を楽しみにしていたに違いない。
それを自分は奪った。以前の自分のように振舞ったが故に。
無邪気とは、全く邪がない故に、時に邪そのものよりはるかに残酷になる。
自分は無邪気だった。
チルノは考えた。
自分は過去にこの無邪気でどれだけの人を傷つけてきたのだろう。
戻ったとして、どれだけの人を傷つけていくのだろう。
前のチルノなら絶対にぶち当たらないはずの壁。
加害妄想は肥大し、どんどん彼女を追い詰める。
自分はどうすればいいのか、償いはすべきなのか、どう償うべきなのか。
考えても、考えても、答えは出ない。
薬で生まれた人格がこれからも生きていくとすれば、ほぼ別人の過去と経験を背負って生きていくことになる。
しかも、その薬の存在意義上から、悪いところだけを悪いように見がちになってしまう。
チルノの無邪気は時に残酷であれど、決して「悪」ではない。
純粋な子供を見れば誰もがそう思う。
しかしそれを諭してくれる「誰か」が、彼女のそばには、居なかった。
そんなチルノが、一人で必死に考えて、考えて、考えて、出した答えは―――
チルノは病室の窓から、青い空を見上げる。
青すぎる空を見て、ふぅと一つ、ため息をついた。
その手首には、清潔な包帯がきつく巻かれていた。
唐突に、病室の扉が開く。
そこには、えーりんと、目を赤く泣きはらしたてゐが立っていた。
えーりんがバンと背中を押し、てゐがよろよろと前に出る。
「ほ・・・ほんとに・・ご・・めんな・・さい」
てゐは震えた声で、チルノを見ないように深く頭を下げる。
「・・・・・」
チルノは何もいわず、手首の包帯に目をやる。
「あたいって他の人を傷つけてた?」
「こともあるかもね。」
えーりんは表情を変えず、答える。
「あたいっていらない子?」
「・・・あんた、前から思ってたけど、ほんっとに馬鹿ね。」
今度はえーりんが、やさしく、笑った。
「そっかぁ、あたい、馬鹿だったんだぁ・・・」
チルノも、はじめて笑顔を見せた。
「それもいいかも。」
チルノは包帯から目をそらし、花瓶の花束を見つめる。
「あたいね、今のあたいが好きだよ。」
チルノが言う。
「あたしも、あんたのこと、嫌いじゃないわ。」
えーりんはそういうと、てゐの足を思いっきり踏んだ。
「あ、あたしもよ!チルノ!」
てゐも痛みをこらえて、慌てて言う。
そしてチルノは、もう一度空を見上げ、クスッと笑った。ここが狭い病室だということも、チルノがまだ病人だということも忘れ、猛スピードでいざとびつかんとやってくる、名も無き大妖精を、いとおしそうに、見つめながら。
彼女の名は、チルノと言った。自称幻想郷最強の、ちょっと抜けてる氷の妖精。
「本当だよ、だってえーりんが言ってたもの。」
そしてチルノと話す少女の名は因幡てゐ。幻想郷指折りの腹黒詐欺師である。今日のターゲットはチルノなのだろう、なにやらあやしい薬をチルノに飲ませようとしている。
その薬も、えーりん承諾の薬ではなく、【絶対さわるな!】の棚から勝手に持ち出したものだ。
「でも、もともとあたいは頭いいけどね。」
チルノは根拠もなしに誇らしげに言う。
「でも良すぎて悪いことはないんじゃない?」
てゐはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「・・・・それもそうね。」
いとも簡単にあやしい話にのってしまったチルノはそう言うと、一気に薬を飲もうとする。
「ちょ、ちょっと待って!チルノちゃん。」
そう言って止めようとするのは大妖精こと大ちゃん。チルノと違い常識人である彼女は、万年暴走気味のチルノの歯止め役であり、チルノとはいつも行動を共にする大の仲良しでもある。
「ねぇ、てゐちゃん・・・頭がよくなるってどういう風になるってこと?」
彼女は薬があやしいものだとすでに気づいているようだ。チルノが薬を飲むことをやめさせようとする。
(ちっ、邪魔だな。ちゃんとした名前もねぇキャラごときが・・・)
「そ~か~、じゃあ仕方ないなぁ。別の人にあげることにするよ。」
そういっててゐは、二人に背を向けた。
「え~、あたい飲みたーい。」
チルノが不満の声を漏らすのとは逆に、大ちゃんはホッと胸をなでおろす。
しかし事態は収拾していない。
あっさりあきらめて帰ったようにみえたてゐだが、隙をみてしっかりチルノにメモを渡していたのだ。
(私はどうしてもチルノに飲んでほしいの。蛙の池でまってるから。)
「チルノちゃん、絶対あの薬は危なかった・・・どうしたの?」
大ちゃんは、じっとメモを見つめるチルノに気がつく。
「チルノちゃん、それって、てゐちゃんの・・・」
「あたいちょっと急用思い出した!」
「も~、チルノちゃぁん!どうなっても知らないからね!」
大ちゃんの大声が青空に、虚しく響いた。
「はい、これ、薬。」
「ありがとっ、じゃあ、飲むよ?」
「どーぞ、どーぞ。」
薬のビンを開けるやいなや、一気飲み。実に彼女らしいスタイルである。
「・・・・・」
「どう?どう?」
てゐは期待を込めた視線をチルノに送る。
「あまり変わったように感じないなぁ。ごめん、期待に添えるような結果にならなくて。」
「!」
成功だ。てゐはにやりと笑う。
いつものチルノならきっと、「なんにも変わんないじゃ~ん!」と怒り出すことだろう。
てゐは、薬の効果を「頭が良くなる」といったが、実はそれとは全く別物であり、実際の効果は「二重人格の付与」である。
通常の処方時は、医師の監視下で行われる。薬を飲むと、人格自体は変わるが、記憶、経験は本人と同じように残る。それを利用し、医師は薬で生まれた人格に以前の自分を思い出してもらい、いくつか質問をした後、元に戻る薬を与える。その後、質問の内容と別人格の自分が出した答えをから、客観と主観の両者から見た自分を、自分で吟味することができる、という薬である。
十分にデータを取った常識を持った人格が与えられるため、見方を変えればチルノの場合「頭が良くなる」とも取れなくもない。
しかし本当に成功かは放つ言葉だけでは判断できない。中身はそのまんまかもしれない。
「チルノ・・・ほら、蛙。」
てゐは蛙を指差してみる。普段ならここで容赦なくパーフェクトフリーズのチルノだが、
「それが、どうかしたの?」
「・・・・・」
やっぱり薬の効果は出ている。
しかし、てゐは薬の効果が出た途端、なんだかこのチルノに興味をなくしてしまった。
もともとのてゐの狙いはこうだった。
チルノは、誰もが「自分が幼い時こんなんだったら恥ずかしいな・・・」という性格をしている。
この薬を飲ませて生まれた常識をもった人格が、以前の自分の所業をあれこれ思いだし、
恥ずかしさに絶望した姿を拝んでやろう、というものだった。
ここまで予想通り。このあとも自分の思い通りにいくだろう。しかし、てゐはふと考えた。
この計画が成功しても、なーんかネガティブな感じになって終わってしまうのではないか、と。
別人格となったチルノは、自分に「あたい、うざかった?ねぇ、うざかった?」としつこく聞いてくるかもしれない。
べつにてゐは、大の大人(の考えを持った人)の愚痴を聞いてやりたいわけでない。
しかもからかうのに絶好のターゲットだったチルノがこんなんになってしまっては、あまり面白くない。
「「・・・・・」」
てゐは少し考える。
(仕方ない、戻してやるか。)
てゐは服のポケットから別の薬の瓶を取り出す。
「はい、これ一応この薬の効果を打ち消す薬。あんた自分で気づいてないけど、結構薬の効果でてるから。戻りたかったら飲んで。」
もう面白い展開がないと判断したてゐは、薬を渡すとさっさと帰ってしまった。
しかし、てゐは薬を渡せば勝手に戻ってはい終わりだと思っていたが、それは大間違いである。
薬で生み出されると言っても、その人格は普通の人間と同じものなのだ。
別人格が「戻りたくない」と思うことだって、考えられなくない。
しかし、それ以上に危険なことがあるのを、てゐは知らなかった。
その経歴に似合わない人格に、その人格に似合わない経歴。
そのイレギュラーなもの同士が混ざることの危険性を、てゐは、分かっていなかった。
チルノはしばらくそこに立って、通常の処方時と同じように、以前の自分を思い出していた。
自分じゃよく分からないし、さっさと戻ってしまおうと考えたチルノだが、ふと、過去の自分、薬を飲む前の自分を思い返してみる。わがままをいったり、根拠もなしにやたらサイキョー、サイキョーと、ほとんど別人である自分を思い返し、急に恥ずかしさが込み上げてくる。薬を飲んでやっと自分のバカを自覚したのだ。てゐの計画は、彼女の知らないところで、見事に成功する。
もはやチルノは、手に持つ薬を必要とはしなかった。
「どうしよう、この薬・・・」
薬を飲む前の自分を思い返していたチルノは、うっかりジュースとでも間違え、飲んでしまうのではと不安になった。
「まあいいや。」
そういうと、チルノは薬を適当なところに置いて、その場を後にした。
とりあえずチルノは大ちゃんを探すことにした。彼女はチルノを心配していたらしく、意外と近くにいた。
「あっ。」
大ちゃんが飛んでいるチルノに気づき、近づいてきた。
「大丈夫だった?チルノちゃん?変なものとか見えない?カレーライスがハヤシライスに見えたり、ケンコバがキム兄に見えたり、爽健美茶が十六茶に見えたりしてない?」
あれこれと矢継ぎ早に話す大ちゃんに、チルノはちょっとしたうっとうしさを覚えた。
「大ちゃん、声大きい。」
チルノは、感覚的に、いつもと同じような感じで答えた、つもりだった。
「えっ、あっ、ごめん・・・」
気まずい沈黙が流れる。
いつもなら、「大ちゃんうっさい!声おっきい!」
「チルノちゃんだって大きいじゃない!」
というような、チルノが思ったことをストレートに話すことで、大ちゃんも素直に言葉を返せた。しかし、大ちゃんは、今チルノが自然に発した言葉の中に、今までにないとげがあるようには感じてしまい、言葉を返せなかった。
そしてチルノも大ちゃんの表情でそれを察した。
「「・・・・・」」
「ごめん、あたい、ちょっと用があるから・・・」
「ああ、そう・・・」
チルノは嘘をついた。いつものように彼女と話していたら、いずれ彼女を傷つけてしまうだろうと分かった。
薬の自覚がないチルノは、しっかり自分で認識しないと前のような生活を送れない。
以前の自分を恥じていたチルノだが、早くも以前の、他人を二の次においていた生活が羨ましくなっていた。
いままでにないイライラが募る。いままでイライラすれば周りに発散したり、3歩歩くと忘れていたのだが今はそうはいかない。
いつもどおりやってみよう。いままではそれでうまくやっていたのだから。
すると、周りをきょろきょろ見回す白黒魔女、霧雨魔理沙を見つけた。
実践あるのみ。チルノは以前の自分と重ねて、
「まりさ~、遊ぼ~!」
子供のように近づく。
「なんだ・・・チルノか・・・いや、今アリスと待ち合わせしてんだけど・・・」
彼女が言うには、アリスはもう十分以上も遅れているという。
「あいつ、時間には厳しいんだが。忘れてんじゃねぇのか、自分から誘っておいて。」
魔理沙は心配そうに呟く。
「今日じゃなかったけかな~?」
魔理沙は困ったように頭をかいた。
チルノは、アリスの家に寄ってみる、という提案をしようと思ったが、以前の自分はそんなことお構いなしだろう。妥協すべきでないと判断したチルノは、強引に魔理沙を誘った。
「じゃあさー、もういーじゃーん。あっちで遊ぼうよー。」
魔理沙は困った表情を見せたが、
「まあいいか。予定、このために空けてたからやることねーし。」
彼女の大雑把な性格からか、あっさり承諾した。
「よーしそれじゃ、いこー!」
「いつも通り」遊んだ、つもりだった。
魔理沙に、
「おまえ、なんか無理してないか。」
と言われた途端、なんだか、とても馬鹿らしくなった。
そしてチルノは、
「ごめん、あたい、用を思い出した。」
また、嘘をついた。
「なーにやってんだろ・・・」
彼女はついさっき以前の自分を恥じたが、それ以上に今の自分が馬鹿のように思えた。
「・・・・・」
薬を飲んで、戻ろう、と思った。もはや彼女に以前の自分を見下すような思いは無かった。
そんなことを考えながら歩いていると、偶然アリスの家の前を通った。
(たしかアリスは、魔理沙とどこかにいくかもしれなかったんだっけ・・・)
もしかしたら予定を奪ってしまったのではないかという不安から、彼女の家を窓からこっそりのぞいてみた。
チルノは強く後悔した。魔理沙を強引に誘ったことを。そして家を覗いてしまったことを。
チルノはまず、ひっくり返った二人分くらいの大きめの弁当箱と、散在し、ぐちゃぐちゃになった食べ物を見た。
チルノは、次のものを見たとき、弁当を見たあと察してすぐに目を反らすべきだった、ともう一つ、後悔をした。
チルノが次に見たのは、弁当箱と食べ物の中で、床にぺたんと座り込み、声を震わせ、大粒の涙をこぼして泣いている、アリス・マーガトロイドだった。
「なんで・・・魔理沙・・・約束・・したのに・・・うっ・・・うっ・・」
やっぱり予定は今日だったんだ―――
ぐちゃぐちゃになった食べ物は、よく見れば手間のかかるようなものばかりだった。もしかしたら、弁当に時間を掛けすぎて時間に遅れてしまったのかもしれない。
しかも魔理沙は、「自分からさそったのに」と言っていた。
アリスは、意を決して魔理沙を誘い、前々から準備して、今日を楽しみにしていたに違いない。
それを自分は奪った。以前の自分のように振舞ったが故に。
無邪気とは、全く邪がない故に、時に邪そのものよりはるかに残酷になる。
自分は無邪気だった。
チルノは考えた。
自分は過去にこの無邪気でどれだけの人を傷つけてきたのだろう。
戻ったとして、どれだけの人を傷つけていくのだろう。
前のチルノなら絶対にぶち当たらないはずの壁。
加害妄想は肥大し、どんどん彼女を追い詰める。
自分はどうすればいいのか、償いはすべきなのか、どう償うべきなのか。
考えても、考えても、答えは出ない。
薬で生まれた人格がこれからも生きていくとすれば、ほぼ別人の過去と経験を背負って生きていくことになる。
しかも、その薬の存在意義上から、悪いところだけを悪いように見がちになってしまう。
チルノの無邪気は時に残酷であれど、決して「悪」ではない。
純粋な子供を見れば誰もがそう思う。
しかしそれを諭してくれる「誰か」が、彼女のそばには、居なかった。
そんなチルノが、一人で必死に考えて、考えて、考えて、出した答えは―――
チルノは病室の窓から、青い空を見上げる。
青すぎる空を見て、ふぅと一つ、ため息をついた。
その手首には、清潔な包帯がきつく巻かれていた。
唐突に、病室の扉が開く。
そこには、えーりんと、目を赤く泣きはらしたてゐが立っていた。
えーりんがバンと背中を押し、てゐがよろよろと前に出る。
「ほ・・・ほんとに・・ご・・めんな・・さい」
てゐは震えた声で、チルノを見ないように深く頭を下げる。
「・・・・・」
チルノは何もいわず、手首の包帯に目をやる。
「あたいって他の人を傷つけてた?」
「こともあるかもね。」
えーりんは表情を変えず、答える。
「あたいっていらない子?」
「・・・あんた、前から思ってたけど、ほんっとに馬鹿ね。」
今度はえーりんが、やさしく、笑った。
「そっかぁ、あたい、馬鹿だったんだぁ・・・」
チルノも、はじめて笑顔を見せた。
「それもいいかも。」
チルノは包帯から目をそらし、花瓶の花束を見つめる。
「あたいね、今のあたいが好きだよ。」
チルノが言う。
「あたしも、あんたのこと、嫌いじゃないわ。」
えーりんはそういうと、てゐの足を思いっきり踏んだ。
「あ、あたしもよ!チルノ!」
てゐも痛みをこらえて、慌てて言う。
そしてチルノは、もう一度空を見上げ、クスッと笑った。ここが狭い病室だということも、チルノがまだ病人だということも忘れ、猛スピードでいざとびつかんとやってくる、名も無き大妖精を、いとおしそうに、見つめながら。
てゐもチルノも、「無邪気さ故の残酷さ」を感じたでしょう。
普通に面白かったです。
しまったのかな?
最後に、魔理沙とアリスに救いの描写が欲しかったような気もしますが、
面白かったです。
ひねりやオチが欲しいところ。
あっさりしていながらも非常に重くて面白い話でした。
チルノが独りで考えて続けて欝スパイラルに嵌る様をもっと
じっくり描きこんで貰えたら,サイコものとして読めてよかったかも知れません。
自分はこの作品をシュールとして読めますが何か?