Coolier - 新生・東方創想話

頭のいいチルノ

2009/01/10 23:17:24
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   「本当にこれでもっと頭がよくなるの!?」 
彼女の名は、チルノと言った。自称幻想郷最強の、ちょっと抜けてる氷の妖精。
「本当だよ、だってえーりんが言ってたもの。」
そしてチルノと話す少女の名は因幡てゐ。幻想郷指折りの腹黒詐欺師である。今日のターゲットはチルノなのだろう、なにやらあやしい薬をチルノに飲ませようとしている。
その薬も、えーりん承諾の薬ではなく、【絶対さわるな!】の棚から勝手に持ち出したものだ。
「でも、もともとあたいは頭いいけどね。」
チルノは根拠もなしに誇らしげに言う。
「でも良すぎて悪いことはないんじゃない?」
てゐはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「・・・・それもそうね。」
いとも簡単にあやしい話にのってしまったチルノはそう言うと、一気に薬を飲もうとする。
「ちょ、ちょっと待って!チルノちゃん。」
そう言って止めようとするのは大妖精こと大ちゃん。チルノと違い常識人である彼女は、万年暴走気味のチルノの歯止め役であり、チルノとはいつも行動を共にする大の仲良しでもある。
「ねぇ、てゐちゃん・・・頭がよくなるってどういう風になるってこと?」
彼女は薬があやしいものだとすでに気づいているようだ。チルノが薬を飲むことをやめさせようとする。
(ちっ、邪魔だな。ちゃんとした名前もねぇキャラごときが・・・)
「そ~か~、じゃあ仕方ないなぁ。別の人にあげることにするよ。」
そういっててゐは、二人に背を向けた。
「え~、あたい飲みたーい。」
チルノが不満の声を漏らすのとは逆に、大ちゃんはホッと胸をなでおろす。
しかし事態は収拾していない。
あっさりあきらめて帰ったようにみえたてゐだが、隙をみてしっかりチルノにメモを渡していたのだ。
(私はどうしてもチルノに飲んでほしいの。蛙の池でまってるから。)
「チルノちゃん、絶対あの薬は危なかった・・・どうしたの?」
大ちゃんは、じっとメモを見つめるチルノに気がつく。
「チルノちゃん、それって、てゐちゃんの・・・」
「あたいちょっと急用思い出した!」
「も~、チルノちゃぁん!どうなっても知らないからね!」
大ちゃんの大声が青空に、虚しく響いた。

 
「はい、これ、薬。」
「ありがとっ、じゃあ、飲むよ?」
「どーぞ、どーぞ。」
薬のビンを開けるやいなや、一気飲み。実に彼女らしいスタイルである。
「・・・・・」
「どう?どう?」
てゐは期待を込めた視線をチルノに送る。
「あまり変わったように感じないなぁ。ごめん、期待に添えるような結果にならなくて。」
「!」
成功だ。てゐはにやりと笑う。
いつものチルノならきっと、「なんにも変わんないじゃ~ん!」と怒り出すことだろう。
てゐは、薬の効果を「頭が良くなる」といったが、実はそれとは全く別物であり、実際の効果は「二重人格の付与」である。
通常の処方時は、医師の監視下で行われる。薬を飲むと、人格自体は変わるが、記憶、経験は本人と同じように残る。それを利用し、医師は薬で生まれた人格に以前の自分を思い出してもらい、いくつか質問をした後、元に戻る薬を与える。その後、質問の内容と別人格の自分が出した答えをから、客観と主観の両者から見た自分を、自分で吟味することができる、という薬である。
十分にデータを取った常識を持った人格が与えられるため、見方を変えればチルノの場合「頭が良くなる」とも取れなくもない。
しかし本当に成功かは放つ言葉だけでは判断できない。中身はそのまんまかもしれない。
「チルノ・・・ほら、蛙。」
てゐは蛙を指差してみる。普段ならここで容赦なくパーフェクトフリーズのチルノだが、
「それが、どうかしたの?」
「・・・・・」
やっぱり薬の効果は出ている。
しかし、てゐは薬の効果が出た途端、なんだかこのチルノに興味をなくしてしまった。
もともとのてゐの狙いはこうだった。
チルノは、誰もが「自分が幼い時こんなんだったら恥ずかしいな・・・」という性格をしている。
この薬を飲ませて生まれた常識をもった人格が、以前の自分の所業をあれこれ思いだし、
恥ずかしさに絶望した姿を拝んでやろう、というものだった。
ここまで予想通り。このあとも自分の思い通りにいくだろう。しかし、てゐはふと考えた。
この計画が成功しても、なーんかネガティブな感じになって終わってしまうのではないか、と。
別人格となったチルノは、自分に「あたい、うざかった?ねぇ、うざかった?」としつこく聞いてくるかもしれない。
べつにてゐは、大の大人(の考えを持った人)の愚痴を聞いてやりたいわけでない。
しかもからかうのに絶好のターゲットだったチルノがこんなんになってしまっては、あまり面白くない。
「「・・・・・」」
てゐは少し考える。
(仕方ない、戻してやるか。)
てゐは服のポケットから別の薬の瓶を取り出す。
「はい、これ一応この薬の効果を打ち消す薬。あんた自分で気づいてないけど、結構薬の効果でてるから。戻りたかったら飲んで。」
もう面白い展開がないと判断したてゐは、薬を渡すとさっさと帰ってしまった。
しかし、てゐは薬を渡せば勝手に戻ってはい終わりだと思っていたが、それは大間違いである。
薬で生み出されると言っても、その人格は普通の人間と同じものなのだ。
別人格が「戻りたくない」と思うことだって、考えられなくない。
しかし、それ以上に危険なことがあるのを、てゐは知らなかった。
その経歴に似合わない人格に、その人格に似合わない経歴。
そのイレギュラーなもの同士が混ざることの危険性を、てゐは、分かっていなかった。

チルノはしばらくそこに立って、通常の処方時と同じように、以前の自分を思い出していた。
自分じゃよく分からないし、さっさと戻ってしまおうと考えたチルノだが、ふと、過去の自分、薬を飲む前の自分を思い返してみる。わがままをいったり、根拠もなしにやたらサイキョー、サイキョーと、ほとんど別人である自分を思い返し、急に恥ずかしさが込み上げてくる。薬を飲んでやっと自分のバカを自覚したのだ。てゐの計画は、彼女の知らないところで、見事に成功する。
もはやチルノは、手に持つ薬を必要とはしなかった。
「どうしよう、この薬・・・」
薬を飲む前の自分を思い返していたチルノは、うっかりジュースとでも間違え、飲んでしまうのではと不安になった。
「まあいいや。」
そういうと、チルノは薬を適当なところに置いて、その場を後にした。

 とりあえずチルノは大ちゃんを探すことにした。彼女はチルノを心配していたらしく、意外と近くにいた。
「あっ。」
大ちゃんが飛んでいるチルノに気づき、近づいてきた。
「大丈夫だった?チルノちゃん?変なものとか見えない?カレーライスがハヤシライスに見えたり、ケンコバがキム兄に見えたり、爽健美茶が十六茶に見えたりしてない?」
あれこれと矢継ぎ早に話す大ちゃんに、チルノはちょっとしたうっとうしさを覚えた。
「大ちゃん、声大きい。」
チルノは、感覚的に、いつもと同じような感じで答えた、つもりだった。
「えっ、あっ、ごめん・・・」

気まずい沈黙が流れる。

いつもなら、「大ちゃんうっさい!声おっきい!」
     「チルノちゃんだって大きいじゃない!」
というような、チルノが思ったことをストレートに話すことで、大ちゃんも素直に言葉を返せた。しかし、大ちゃんは、今チルノが自然に発した言葉の中に、今までにないとげがあるようには感じてしまい、言葉を返せなかった。
そしてチルノも大ちゃんの表情でそれを察した。
「「・・・・・」」
「ごめん、あたい、ちょっと用があるから・・・」
「ああ、そう・・・」
チルノは嘘をついた。いつものように彼女と話していたら、いずれ彼女を傷つけてしまうだろうと分かった。
薬の自覚がないチルノは、しっかり自分で認識しないと前のような生活を送れない。
以前の自分を恥じていたチルノだが、早くも以前の、他人を二の次においていた生活が羨ましくなっていた。
いままでにないイライラが募る。いままでイライラすれば周りに発散したり、3歩歩くと忘れていたのだが今はそうはいかない。

いつもどおりやってみよう。いままではそれでうまくやっていたのだから。

すると、周りをきょろきょろ見回す白黒魔女、霧雨魔理沙を見つけた。
実践あるのみ。チルノは以前の自分と重ねて、
「まりさ~、遊ぼ~!」
子供のように近づく。
「なんだ・・・チルノか・・・いや、今アリスと待ち合わせしてんだけど・・・」
彼女が言うには、アリスはもう十分以上も遅れているという。
「あいつ、時間には厳しいんだが。忘れてんじゃねぇのか、自分から誘っておいて。」
魔理沙は心配そうに呟く。
「今日じゃなかったけかな~?」
魔理沙は困ったように頭をかいた。
チルノは、アリスの家に寄ってみる、という提案をしようと思ったが、以前の自分はそんなことお構いなしだろう。妥協すべきでないと判断したチルノは、強引に魔理沙を誘った。
「じゃあさー、もういーじゃーん。あっちで遊ぼうよー。」
魔理沙は困った表情を見せたが、
「まあいいか。予定、このために空けてたからやることねーし。」
彼女の大雑把な性格からか、あっさり承諾した。
「よーしそれじゃ、いこー!」


「いつも通り」遊んだ、つもりだった。


魔理沙に、
「おまえ、なんか無理してないか。」
と言われた途端、なんだか、とても馬鹿らしくなった。

そしてチルノは、
「ごめん、あたい、用を思い出した。」
また、嘘をついた。

「なーにやってんだろ・・・」
彼女はついさっき以前の自分を恥じたが、それ以上に今の自分が馬鹿のように思えた。
「・・・・・」
薬を飲んで、戻ろう、と思った。もはや彼女に以前の自分を見下すような思いは無かった。
そんなことを考えながら歩いていると、偶然アリスの家の前を通った。
(たしかアリスは、魔理沙とどこかにいくかもしれなかったんだっけ・・・)
もしかしたら予定を奪ってしまったのではないかという不安から、彼女の家を窓からこっそりのぞいてみた。

チルノは強く後悔した。魔理沙を強引に誘ったことを。そして家を覗いてしまったことを。

チルノはまず、ひっくり返った二人分くらいの大きめの弁当箱と、散在し、ぐちゃぐちゃになった食べ物を見た。
チルノは、次のものを見たとき、弁当を見たあと察してすぐに目を反らすべきだった、ともう一つ、後悔をした。
チルノが次に見たのは、弁当箱と食べ物の中で、床にぺたんと座り込み、声を震わせ、大粒の涙をこぼして泣いている、アリス・マーガトロイドだった。

「なんで・・・魔理沙・・・約束・・したのに・・・うっ・・・うっ・・」

やっぱり予定は今日だったんだ―――

ぐちゃぐちゃになった食べ物は、よく見れば手間のかかるようなものばかりだった。もしかしたら、弁当に時間を掛けすぎて時間に遅れてしまったのかもしれない。
しかも魔理沙は、「自分からさそったのに」と言っていた。
アリスは、意を決して魔理沙を誘い、前々から準備して、今日を楽しみにしていたに違いない。
それを自分は奪った。以前の自分のように振舞ったが故に。

無邪気とは、全く邪がない故に、時に邪そのものよりはるかに残酷になる。

自分は無邪気だった。

チルノは考えた。
自分は過去にこの無邪気でどれだけの人を傷つけてきたのだろう。
戻ったとして、どれだけの人を傷つけていくのだろう。
前のチルノなら絶対にぶち当たらないはずの壁。
加害妄想は肥大し、どんどん彼女を追い詰める。
自分はどうすればいいのか、償いはすべきなのか、どう償うべきなのか。
考えても、考えても、答えは出ない。

薬で生まれた人格がこれからも生きていくとすれば、ほぼ別人の過去と経験を背負って生きていくことになる。
しかも、その薬の存在意義上から、悪いところだけを悪いように見がちになってしまう。
チルノの無邪気は時に残酷であれど、決して「悪」ではない。
純粋な子供を見れば誰もがそう思う。
しかしそれを諭してくれる「誰か」が、彼女のそばには、居なかった。

そんなチルノが、一人で必死に考えて、考えて、考えて、出した答えは―――




チルノは病室の窓から、青い空を見上げる。
青すぎる空を見て、ふぅと一つ、ため息をついた。
その手首には、清潔な包帯がきつく巻かれていた。
唐突に、病室の扉が開く。
そこには、えーりんと、目を赤く泣きはらしたてゐが立っていた。
えーりんがバンと背中を押し、てゐがよろよろと前に出る。
「ほ・・・ほんとに・・ご・・めんな・・さい」
てゐは震えた声で、チルノを見ないように深く頭を下げる。
「・・・・・」
チルノは何もいわず、手首の包帯に目をやる。
「あたいって他の人を傷つけてた?」
「こともあるかもね。」
えーりんは表情を変えず、答える。
「あたいっていらない子?」
「・・・あんた、前から思ってたけど、ほんっとに馬鹿ね。」
今度はえーりんが、やさしく、笑った。
「そっかぁ、あたい、馬鹿だったんだぁ・・・」
チルノも、はじめて笑顔を見せた。
「それもいいかも。」
チルノは包帯から目をそらし、花瓶の花束を見つめる。
「あたいね、今のあたいが好きだよ。」
チルノが言う。
「あたしも、あんたのこと、嫌いじゃないわ。」
えーりんはそういうと、てゐの足を思いっきり踏んだ。
「あ、あたしもよ!チルノ!」
てゐも痛みをこらえて、慌てて言う。
そしてチルノは、もう一度空を見上げ、クスッと笑った。ここが狭い病室だということも、チルノがまだ病人だということも忘れ、猛スピードでいざとびつかんとやってくる、名も無き大妖精を、いとおしそうに、見つめながら。

                      
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コメント



0.1160簡易評価
2.80名前がない程度の能力削除
中学生の時の自分を思い出してうきゃうきゃなるのと一緒なんだろな……
てゐもチルノも、「無邪気さ故の残酷さ」を感じたでしょう。
普通に面白かったです。
8.70名前が無い程度の能力削除
医学+バカという組み合わせってドラマだねぇ。
10.70名前が無い程度の能力削除
今の自分を好きになるということは、前のチルノは実質死んで
しまったのかな?
最後に、魔理沙とアリスに救いの描写が欲しかったような気もしますが、
面白かったです。
18.30すぱげってぃ削除
足りない文章能力でシリアス(笑)を書くとこうなる、というお手本みたいなSS。
ひねりやオチが欲しいところ。
21.10名前が無い程度の能力削除
東方嫌いなのはわかった
23.90名前が無い程度の能力削除
個人的にこういう話は大好きなんですが、苦手な方もいらっしゃるでしょうし注意書きがあった方が良かったかも知れませんね。
あっさりしていながらも非常に重くて面白い話でした。
24.50名前が無い程度の能力削除
欝系のシリアスはちょいと苦手なんであれですが...
チルノが独りで考えて続けて欝スパイラルに嵌る様をもっと
じっくり描きこんで貰えたら,サイコものとして読めてよかったかも知れません。
26.100名前が無い程度の能力削除
自分は鬱系とかいじめとかシリアルとかどうでもよくて、どのキャラがでてるのかで決めてるかな~
自分はこの作品をシュールとして読めますが何か?
35.100紅羽削除
鬱なチルノちゃん可愛い。