迷う。時々迷うこともあった。
「……」
いや、もちろん間違っていないのはわかるのだ。しかしこのままでいいのだろうかと思う。
半人半霊の庭師、魂魄妖夢。ふと悩むとどうしようもなかった。半人前なのがいけないのか、まだ絶対という自信がないのだ。
悩み事とは簡単だった。
すなわち主人、西行寺幽々子に対するものである。
彼女はいつも妖夢を振り回してばかりであり、被害者である妖夢にとっては散々なのである。しかも全く考えが読み取れないポーカーフェイスは、とにかく従事するのが難しい。
果たしてこのまま振り回され続けていていいのか。もしかしたら幽々子さまは何か伝えたいのではないか。
一度悩んでしまうと、どうにも収拾がつかない。半霊に問いかけてものれんに腕押しというものだった。自問自答……いや、半霊は答えなかった。
「あ、庭師発見!」
「こんにちは、紫さん」
かねてから予定があった。八雲紫が遊びに来るという事である。客人はもてなすのが当たり前。妖夢はすぐに頭を切り替えた。
「お待ちしてましたよ」
「待ってる間は何を考えてた?」
「へ?」
「ふふっ」
わからないといえば紫も同様である。スキマから覗いたのか、心の中を読むような真似までやってのける。しかも笑顔だ。
「いえ。大したことではないので」
「ふーん……嘘つきね」
「だ、大丈夫ですよ」
普段からそうだが、妖夢は紫の得意そうな笑顔は苦手だった。幽々子だけならまだしも、最近は彼女にまで振り回され気味なのである。
「面白いわぁ。だって宝を持ち腐れているんだもの」
「宝、ですか?」
「人の悩みを断ち切る名刀を持ちながら悩んでるのね」
「いえ、まさか自分は斬れませんよ。第一、幽々子さまに申し訳が立ちません」
「いいじゃない。それで」
話が飲み込めない。あやふやな返事の通り妖夢は理解できていなかった。悩み事が自刃の話題にすり替えられたのだとは勘違いしたが。
「うーん……『だから半人前』ってこの前言ったっけ」
「はい。言われました」
「えっと、じゃあ……そうね。今のあなたには『だから嘘つき』と、言っておこうかしら」
「?」
もう何がなんだかわからない。ただほおをポリポリと掻いて苦笑いするしかないのだ。
__________
語ること半々日。
よほど話題を溜め込んでいたのか、日が暮れるまで幽々子と紫は語っていた。世間話は尽きないものだ。
彼女を帰らせてから、幽々子は妖夢を呼び寄せたのだった。
「はい?」
また何か思い付いたかな。それでも呼ばれたら応えるのが従者たる心得。綺麗に平らげられたお土産を片しながら、幽々子の話に耳を傾けた。
「紫がね、妖夢は嘘つきだって言ってたの」
「私も言われました」
「でね、妖夢は自分に嘘をついてるんだって」
「はあ……」
実はあれから、妖夢は妖夢なりに考えた。何に対して嘘をついていたのか。なぜ嘘つきなのか。だが、自分には正直にいたつもりだ。少なくともそうでなければ、長々と幽々子に付き合うのは不可能に近い。
「わかる?」
「いえ……。でも私は、幽々子さまについていて一度と後悔した事はないですよ」
「うーん……。そうなんだぁ」
「はい」
あれ、と思った。紫はそれしか伝えなかったのだろうか。
曖昧にされつつも、とりあえずお土産はごみを残さず片付けた。
「あ、そうだ。面白い話があるの」
「?」
「もし幻想郷が滅亡したら。それこそ物理的にも精神的にも滅んでしまったら、妖夢は死んじゃうの?」
「え゙?」
一瞬だが顔がこわばる。一体どの辺りから面白い話になったのだろうか。
「なぞかけですか?」
「ううん。普通に」
「普通に?……うー、普通に考えたら私は死んじゃいますね。幽々子さまは大丈夫だと思いますよ」
「一回死んでるから?」
「多……分」
自信は無いが一応答える妖夢。しかしすでに流れは読めない。頭の回線は早くも不足気味だ。
「じゃ、もし妖夢が死んじゃったらまた会えるかしら。幻想郷のみんなとはまた会えるかしら」
「えー……どうでしょう。確率は低いと思います」
「えー。私は嫌だ」
「いえ、嫌だと言われても」
「嫌よ。妖夢とまた会いたい」
幽々子はわがままが言いたいのだろうか。あるいは紫から何か吹き込まれたか。どっちにしろ妖夢が左右できる問題でないのは確かだ。
「えと……、じゃあどうしたらいいですか」
精一杯の苦笑いしかできないが、妖夢は回線不足を隠した。
「妖夢がいいの」
「いや、それは……その」
「だからね、妖夢。簡単な話よ」
もう収拾におえなくなった妖夢に気付いたのか、幽々子は人差し指を一本立てた。
「紫が教えてくれたんだけど、来ちゃうものは来ちゃうの。わがままを言っても歳はとるし、人は死ぬ。
妖夢はさっき、私についていて一度も後悔した事はないって言ったわよね?」
「はい」
「じゃあどうして悩んだの?」
「え」
「なぜ私についていて後悔した事がないのに悩んだの?死ぬまでつくのが……」
「そんな事ないです!!」
──あどけない少女の心からの叫び。感受性の強いその瞳から、少なくとも“嘘”は感じない。
それを確認した幽々子は、そっと言ってのけた。
「じゃあ、いいじゃない」
「ぇ……」
「何も悩まなくていいじゃない。自分が後悔していないなら、その道を貫いて。わざと悩む必要はあるの?」
「わざとなんて……違います。わざとじゃないです」
「ううん、わざと。私を喜ばせたくて、深すぎる所まで探していた。
私はね、妖夢。今のあなたが好き。まっすぐで正直だから、私は楽しい。だから妖夢がいいの」
まだまだ小さな少女はあまりにまっすぐすぎて、小さな自分を見失いかけていた。だからこそ自分に難題を吹っ掛け、解き洗いだそうとして悩んだ。
その答えは自分にあった。
その答えまで誘ってくれたのは、他ならない主人だった。こうだと思ったらこうでいい。それだけの話だったのだ。
「ね、わかった?簡単でしょ」
「……はい。……幽々子さま」
「ん?」
少女はもう一度、決意を語る。先代と全く変わらぬ固い覚悟。
「私、……幽々子さまにずっと、死んでもついていきます。幽々子さまを守る盾であり、剣でありたいです」
「ほんと?」
「はい」
幽々子が微笑み、妖夢は半泣きになりながら返す。そこにはまた少し成長した証と確認が、間違いなく含まれていた。
「じゃあ妖夢、早速だけどこれ。文々。新聞の折り込みチラシ」
「は?」
「人間の里でこのお菓子が大特価なのよ。早く買ってきて頂戴」
「……」
「私にずっとついてきてくれるんでしょ?」
「………」
開いた口が塞がらない。まさかこのために?そう考えたって不思議じゃない。
それでもいい。妖夢はもう、主人についていくと決めてしまったから。