私はパチュリーといっしょにフランの部屋の前に立っていた。
パチュリーは風邪マスクを外しながら言った。
「レミィ、入らないの? 入るんでしょ」
私はうなずいた。だが、なんとなく足が進まないのだ。パチュリーはそんな私の姿を見て、やれやれとため息をついた。
「あなたは被害者なんだから、別に怖気づく必要はないでしょう。そんな申し訳なさそうな顔をすることはないわ」
「わかってるわ、パチェ。わかってるんだけど……………………」
フランの発作からすでに一日が経っていた。だが、フランの部屋から出て行くときに見たあの泣き顔が、いまだに目蓋に張り付いているのだ。
「きっと、フラン、落ち込んでるんでしょうね……………………」
この扉を開けなくても、中の様子がわかるようだ。ポストに入れられた咲夜の食事にも一切手がつけられていなかった。パチュリーは腰に手をやりながら、言った。
「だから、お姉さんのあんたが元気づけなきゃならないんでしょうが。ほら、さっさと入る」
パチュリーは私の右手を引き、開錠の呪文を言った。スライドして開く扉の間に親友は無理矢理私を引っ張りこんだ。
部屋の中は電気がついていた。おそらく昨日からずっと点けっぱなしだったのだろう。
フランのスペルカードは床に散らばっていた。フランはスペルカードをとても大事にしていた。いつもベッドの枕元に置いておくのに、弾幕ごっこで使うはずのその道具は、床に投げ捨てられていた。
ベッドの近く、部屋の隅にフランは膝を抱えて座っていた。
赤いスカートに黒い班がいくつもついている。白いシャツもところどころ赤黒く染まっている。おそらく私の血だろう。妹は昨日の一件から、着替えていないようだった。
「フラン」
私たちが入ってきたことにも気づかなかったらしい。呼びかけられた声にようやく顔を上げたフランは、驚いた表情をしていた。
目の下には酷い隈ができていた。目が赤く腫れているのは、吸血鬼だからではないだろう。
私の顔を見たフランは目から涙を溢れさせて、再び膝に自分の顔を押し付けてしまった。
「フラン――」
「ごめんなさい!」
呼びかけた私の声を拒絶するかのように、フランは顔を伏せながら叫んだ。私はフランのそばに駆け寄り、膝をついて、閉じこもるように座り込んだフランの体を抱きしめた。だが、フランはより悲痛な声で自らを責め続るのだった。
「私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで――――! 私が弾幕ごっこなんかやろうってなんか言うから――――!!」
「そんなことないわ、フラン。あれは事故でしょ? フランが自分から進んで私を壊そうとしたわけじゃないでしょ?」
「でも、私がお姉さまの言葉に従って止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれないんだよ! 今回は助かったけど、次は私はお姉さまを殺してしまうかもしれない!」
「大丈夫よ、フラン。私の身体は丈夫だから、そう簡単に壊れないわ」
私のその言葉に、フランは顔を上げた。家を探して歩き疲れてしまった迷子のような泣き顔だった。
フランは必死の声で叫んだ。
「そんなことないよ! 私の能力は――――本当に私の能力は何でも壊しちゃうんだよ!
自分でもわかるんだ! 私の右手の中に――見たもの全部の命が握られてるんだって! ちょっと触れただけで全部壊れちゃいそうなのに、私の手の中にあるんだよ!
どうして、そんな恐ろしいものが――壊したくないものが、どうして私の手の中にあるのかわからないのに、そこにあるんだよ! どうして、どうして――――!」
「フラン――――」
「――自分が危険なのはわかってた。だけど、私は生き続けてきた。 地下室の中なら誰にも迷惑をかけないからいいだろうって。
それに、長い時間経つうちに、右手の中の目もぼんやりとしてきたから、私は自分の能力をあんまり考えないようになってた。
だけど、弾幕ごっこをはじめてから、だんだんその目がはっきりとしてきた! 自分に何でも壊せる力があることを思い出してきた! 自分の知らないうちにその目を潰してしまいそうで怖かった!
だけど、弾幕ごっこは楽しかったし、お姉さまが楽しそうにしてたから、やめられなかった。やめたくなかった……………………」
何てことだ、と私は愕然とした。
少し考えれば気づくことだったのだ。
フランは時折暴走する以外、自分の力を使うことはない。
だから495年の時間の中でその力はだんだんと鈍ってきたのだ。
だが、弾幕ごっこで魔力の使い方を練習するうちに、破壊の力を使う感覚が戻ってきたのだ。
もちろん、それはフランの力が暴走しているという意味ではない。
それはフランの家具が壊れないようになったのを見ればわかる。むしろフランは自分の力のコントロールを覚え始めたのだ。
だが、それは同時に、より鮮明に破壊の力と触れ合うことを意味した――――
フランは自分の手の中に全ての命が握られていることに気づいたはずだ。
フランはより強く自分の特異な能力を意識させられたはずだ。
そのことがフランの暴走につながったかはわからないが――――
たとえ、フランが自分の意思で私を破壊したのでなくても、そんなときに暴走が起これば、必ず自分を責めるだろうと容易に想像がついた。
――――どうして、私はそれに気づけなかったのか。
フランの慟哭は止まない。
「あのときも、本当に何も知らないうちにお姉さまが血を吐いてた――。気づいたら私は自分の右手を握っていた――。壊したくないのに私は壊していた。
――――私は、私の知らないところで、私は自分のわからないところで自分の力を使ってるの? 私は自分でもわからないうちに壊したくないものを壊さなきゃならないの?
そんなの嫌だよ! 壊したくないのに、お姉さまを壊さなきゃならないなんて――!
そんなの、そんなの―――――――――!!」
その後の言葉は泣き声の向こうに聞こえてしまった。私は震える妹の小さな身体を抱きしめることしかできなかった。フランの嗚咽だけが聞こえていた。
フランの力の暴走に巻き込まれたことは何度かあったが、髪の毛がこげたり、翼の端が千切れる程度で、今回ほどの重傷を負ったことはなかった。フランは495年間地下に閉じ込められていたから、人を傷つけることもなかった。思えば、今回の暴走が、フランがはじめて人を殺しそうになった出来事なのだ。
今回のことで、フランは本当のことを知ったのかもしれない。
生命の意味と儚さ――――
そして、いかに自分の力が危険かを――
いかに自分が禁忌である存在かを――
やがてフランの身体の震えが落ち着いた。嗚咽もほとんど大人しくなった。フランは顔を上げ私の顔を見て、言った。
「ねえ、お姉さま…………図々しいけど、お願いを聞いてもらえるかな……………………」
「何かしら、フラン……………………」
「あのね……………………」
フランはすっと息を深く吸い込んで、一息に言った。
「――――私を殺してほしいんだ」
「………………………………………………………………」
「今まで私が甘かったんだよ。こんな危険な力を持っているのに、皆と一緒に生きていけるのかも知れない、なんて希望を持ってた。気がふれてるのに、誰かわたしを認めてくれる、なんて空想してた。だけど、今回のことでようやくわかったよ。そんなの私の甘い考えでしかなかったんだって。友達をつくるなんて無理だったんだって」
フランの声はまだ涙が混じっていたが、落ち着いていた。フランは私を安心させるかのように微笑さえ浮かべている。
「だけど、いいんだ。私には大事なものがあるし、そんな大事なものを破壊したくない。それを守って死ねるんなら――私が死ぬことでそれが守れるなら、私は死んだってかまわないんだよ。そっちのほうが自分の手で壊すより、はるかにマシだもの」
「だから――――」とフランは続けた。祈るような目だった。
「お姉さま――――――――どうか、私を殺してください」
「………………………………………………………………」
私は黙ってしまった。
落ち着かなかった。
ひどく落ち着かなかった。
普通の人間ならどうやってフランをとめようか必死で考えるんだろうが、私はそんなことも考えず、ただ酷く不安定になっていた。
不安定な心で私はただ、一つのことを感じていた。
ああ、これもまた運命なのか――――と。
ずいぶんと陳腐な運命だな、と笑ってしまいそうだった。
「それは本心かしら?」
言葉は、私の口から自然と漏れた。フランは、うん、と、憎たらしいほど安らかな顔でうなずいた。
「そう、そうなの……………………」
私は一つの決心をしていた。私の心は酷く愉快だった。なぜか酷く可笑しかった。何が可笑しいのかわからないが、私の魂はこの状況を笑い飛ばしていた。
「パチェ!」
私は親友を大声で呼んだ。らしくもなく肩を落としてうつむいていたパチュリーはびくりと肩を震わせた。
「な、何かしら、レミィ?」
「紅茶の準備をしてちょうだい」
「こ、紅茶?」
パチュリーはぽかんとした。フランもあっけにとられたような顔をしていた。私はフランを抱きしめたまま、力強くうなずく。
「紅茶じゃ足りないかしら。そうね。酒もってきなさい、酒」
「酒ぇえ!?」
「咲夜に言って、200年物のワインをもってこさせて。一本じゃ足りないわよ。一ダースで一本だから、そこのところよろしく。足りなそうだったら、ブランデーでも何でもいいから。つまみは咲夜に出来上がり次第でいいからって言って。先に酒よ。とにかく酒をもってこさせて」
「りょ、了解……………………」
パチュリーは慌てたように部屋から出て行った。呆然として、フランはパチュリーの後姿を、呆然として見送っていたが、やがて、我に返り、怒ったように私に食いついてきた。
「お姉さま、私は真剣に――――!」
「フラン」
私は強い声で妹を制した。
「私はあなたの言い分を聞いた。じゃあ、今度はあなたが私の話を聞く番じゃなくて?」
私は鋭い視線でフランを見つめる。フランは黙り込んでしまった。私はふっと表情を緩めて、フランに言い聞かせる。撫でるブロンドの髪は相変わらずさらさらとしていた。
「まあ、お姉さまの話を聞いてちょうだい。そんなに焦らないで。 ――本当に殺してほしいなら、ちゃんとこの私の手で殺してあげるから――」
私はフランに微笑みかける。
「そういえば、あなた、お酒初めてだったわね。お酒の楽しみ方を知ってから、死んでも遅くはなくってよ」
それから、フランの私室で酒盛りが始まった。テーブルの上に置けない酒は床に立てておいた。酒蔵秘蔵の高級酒ばかりである。最初はワインから空けた。一杯目は、長い時間醸成されたワインの味と匂いを楽しむ。二杯目からはでたらめに飲むことにした。フランはぽかんとして次々とグラスをあおる私たちの姿を見ていた。
「どうしたの、フラン、飲まないの?」
私は赤くなった顔でフランに聞いた。フランは、え、え、と慌てていた。
「まあ、初めてだから、わからないか。ま、酒のルールなんてお堅い場所でのことだからね。今はそんなこと気にしなくて平気よ。さ、飲みなさい。」
私はフランに目の前のグラスに注いであるワインを飲むように促す。フランはグラスを手にもってはみたが、口をつけるのにためらっているようだった。
仕方ない。
私は立ち上がり、フランにとりあえずグラスをテーブルに置くように言った。フランは黙って私の言葉に従う。私はそれを見届け、フランの後ろに回り――そのまま羽交い絞めにした。
「え、ちょっと、お姉さま!? いきなり、何!?」
フランは慌てて抵抗するが、私は全力で押さえていたので、フランは逃げることができなかった。
「パチェ、ワイン一本お願い!」
「……………………了解」
パチュリーが一本のワインの栓をポンっと抜いて、立ち上がる。そして、抵抗を続ける妹の前に立った。
「え、パチュリー…………? いったい、何を……………………?」
「…………許してね、妹様」
パチュリーは瓶の口を、ちょうどフランが喋ろうとして口を開いたところに突っ込んだ。
「もがもがもがもがもがもが!!」
強引に妹の口にワインを流し込む。口の端からワインが零れようとも、私たちは気にしなかった。瓶を逆さにして、もう一滴も落ちてこないことを確認してから、パチュリーはワイン瓶を妹の口から取り外した。
人間だったら急性アルコール中毒で死ぬかもしれないが、生憎、妹は吸血鬼だったから何も心配はしなかった。
妹の顔はすっかり赤くなっていた。
瓶を外すと、フランは大きく咳き込んだ。
「ちょっと!? お姉さま、私を殺す気!?」
「あら? さっきまで殺してくれ、って頼んでいた奴の言葉とは思えないわね。それより――お酒の味はどうかしら?」
「うーん…………苦くて、あんまり美味しくない……………………」
「へえ……フランは味覚がお子ちゃまね。お酒が美味しいと感じられないなんて可哀想に」
私はにやにやと笑って、フランを挑発する。案の定、フランはそれに乗ってきた。
「私は子供じゃないもん!」
「でも、お酒が美味しくないんでしょ。まるで子供だわ」
「そんなことないもん! 見てなさい!」
そう言って、フランは目の前のワイングラスを一気に傾けた。一息でそれを飲み干す。いい飲みっぷりだった。フランはグラスを空にすると、力強く吼えた。
「どうよ!」
私とパチュリーはぱちぱちと拍手をする。フランは誇らしげだったが、すぐに苦そうな顔をした。
「うぅ…………やっぱ苦い……」
「大丈夫よ、フラン。少しずつ慣れるから」
私はフランの頭を撫でて慰めた。フランは気持ちよさそうに目を細めていた。
それから、私たちはいろいろな話をしながら飲んだ。
美鈴がいつも昼寝をして咲夜に怒られていること。小悪魔が毎日三回は失敗すること。霧の湖にいる少し頭の足りない氷精の話などなど。咲夜のつくってくれた美味しいつまみを口にしながら、私たちは数時間と話をし、笑い合った。
「そういえば、レミィと妹様に会って、もうずいぶん経つわね」
パチュリーは赤ら顔で、ブランデーをちまちま飲みながら言った。
「そうかしら? 私はそんなに感じないけど」
「ああ、レミィはそうかもね。よく考えたら、この幼女、私より四百歳も年上なのよね」
「幼女言うな」
私たちが笑うと、これまたすっかり赤い顔のフランが訊いた。
「私がパチュリーに会ったのは、お姉さまに紹介されたからだけど、お姉さまとパチュリーはどうやって出会ったの?」
「「………………………………………………………………」」
「あ…………嫌なら、話さなくてもいいんだけど……………………」
私たちが沈黙していまい、縮こまるフランに、パチュリーは腕を組んだ。
「まあ、あんまり話したくない話よね…………」
「まあね」
私もそれにうなずく。フランは申し訳なさそうな顔をした。
「そうだよね。ごめんなさい。変なこと聞いて…………」
「でもまあ、殺し合いになったわよね」
「そうね」
「え?」
フランが目を丸くする。パチュリーは腕を組んだまま、難しい顔をしていた。私はつまみを食べながら、またうなずいた。パチュリーは先を続ける。
「経過は話したくないけど、殺し合いになって、お互いぼろぼろになって、それで二人ともダウンして、それから起きて、まあ仲良くしていこうってことで同意して、それでまあ、今に至る、マル」
「………………………………………………………………」
「あー…………、今思い起こすと、どこの青春ドラマだよって、感じよね」
「まったくね」
私とパチュリーは笑い合った。フランだけが不思議そうな顔で私たち二人の顔を見ていた。
「…………殺し合いしたの?」
フランの短い呟きに私はうなずいてみせた。
「ええ、したわ。これでもか、ってくらい」
あのときの風景が思い起こされる。七曜の魔女に憎悪と殺意を向けていた自分の姿が目に浮かんだ。だが、その姿はもう埃をかぶっていて霞んでいた。
私は先を続けた。自分でも驚くくらい声が優しかった。
「それから先も喧嘩することがあった。最初は殺し合いみたいな喧嘩も珍しくなかった。だけど、今は私とパチュリーはちゃんと友達をやっているわ」
「……………………あまり肯定したくないけどね」
紫の魔女の憎まれ口が心地よかった。私の言葉の先をパチュリーが請け負った。妹に話しかけるパチュリーの目は優しかった。
「妹様。人間関係というのはね。切れるときは切れるし、切れないときは切れないもんなの。片方が切ろうとしても、もう片方がそれを許さないこともあるし、どんなにその関係を繋ごうとしても、相手が嫌がって捨ててしまおうとすることもあるわ」
フランは仰ぐようにパチュリーの顔を見ていた。
「弾幕ごっこと同じ。一人では成立しない。二人以上いなければそれは成立しない。人と人との交流は相手と自分がいなければ、成り立たない」
だけどね、とパチュリーはブランデーをあおって言った。
「最初にどちらかから話しかけなければ、人間関係は絶対に生まれてこないのよ――――そして、それは逆に、どちらかから働きかければそこに人間関係が生まれる可能性がある」
そう、たとえ、と言って、パチュリーは、私のほうをちょっと見た。
「相手がどんな残酷な悪魔であっても、自分がどんな冷酷な魔女であっても」
「――――――――」
「関係ないのよ」
と、パチュリーは微笑んだ。
「自分がどんなに非道い人格をしていても――自分を望んでくれる人間がいれば、その人は一人にならずに済むし、自分から相手を望むのなら、相手はひょっとしたら応えてくれるかもしれない――。もし、相手が自分を望んでくれるんだったら、自分がその人に好意をもつ限り、応えてあげればいい。もし、自分が相手を望むなら、仲良くするように努力すればいい。相手が嫌がっても、自分を好きになるまで悩み続けて行動すればいい。相手が自分を拒絶するのと、自分が相手を求めることは何の関係もないのよ」
フランはパチュリーの話にじっと耳を傾けていた。パチュリーはグラスの中を空にしながら、言った。
「そして――――たとえ自分が相手を傷つけるからと思って、相手から距離をとろうとしようとも――その相手にはあなたのそばにいようとする権利があるわ」
「でしょう、レミィ」と、パチュリーは私を見た。ええ、そうね、と私は強くうなずき、フランのほうを見て言った。
「私は、フランを望むわ」
フランの緋色の目が私に向いた。フランの目には私の微笑が映っていた。
「あなたがなんと言おうが、私は私の権利をもってフランを望むわ」
私はグラスに残ったブランデーを飲み干した。ちょうど、これが最後の酒だった。もう酒は一滴も残っていなかった。私は空になったグラスをテーブルに置いた。私はフランに不敵な笑顔を向けた。
「フランは私を望んでくれないのかしら?」
フランはうつむいた。それから、フランはしばらく黙り続けた。私は先を促すことはしなかった。何時間経とうとも、フランの答えを待ち続けるつもりだった。
やがて、フランは目を伏せたまま、震える声で言った。
「私が死ねば、お姉さまは傷つかない」
私とパチュリーは黙って、フランの搾り出すような声を聞いていた。
「私が死ねば、お姉さまを殺すことはない。私の大事なものは守られる。私は大事なものを壊さないで済む」
「だけど、」と、フランは顔を上げて、私を見た。目から涙が溢れていた。フランの声は涙に霞んでいた。
「それじゃ、お姉さまの傍にいられない」
フランは吐き出すように言った。肩ががたがたと震えていた。
「お姉さまは私といっしょにいてほしいと言ってくれる。お姉さまは私を傍においてくれる。お姉さまは私を望んでくれた。そして、私も――――」
フランは目を乱暴にぬぐい、嗚咽の中、叫んだ。
「私も――お姉さまと一緒にいたい」
破壊の悪魔は再び、顔を伏せる。
「お姉さまを殺したくないよ――――」
U.N.オーエンは懺悔し続ける。
「お姉さまを殺すなんて嫌だよ…………」
妹は泣きじゃくりながら告白する。
「だけど……いっしょにいたいよ――――」
495年間閉じ込められ続けた少女は語り続ける。
「――いっしょにいたいよ――死にたくないよ」
最愛の妹は泣きながら謝る。
「私――死にたくないよ――」
フランドールは言う。
「私――お姉さまといっしょに生きたいよ」
「わかってるわ――」
私は立ち上がり、フランを抱きしめた。
「わかってる。フランは死にたくないなんてこと――最初からわかってるわ」
あのとき、私が笑い出したくなったのは、このことなのだ、と私は気づいていた。
フランは殺してくれと言った。だが、そんなの嘘だということが私は無意識でわかっていたのだ。
その嘘があまりに突飛だったから、私の魂が笑い飛ばそうとしたのだ。
もっと賢い解決法があるのに、それに気づかない妹が可笑しかったのだ。
「あなたは生きてていいのよ、フラン」
私はぽんぽんとフランの頭を叩く。フランは私の胸から顔を上げた。
「だけど――それだと、お姉さまをまた――――」
フランはそう言って、また涙を溢れさせた。私は苦笑しながら、ハンカチで涙を拭いてやった。
「大丈夫」
私はそうフランに言い聞かせた。そう――私は確信していた。
「大丈夫って――――?」
「そう、大丈夫なのよ」
フランはきょとんとしていた。私は安心させるようにフランの背中をさする。私はまっすぐにフランを見る。
「簡単なことよ」
「簡単――?」
「ええ――」
このとき私は小さな嘘をついた。私が言うことは決して簡単なことではない。だけれども、このがんばり屋の妹――495年の孤独に耐えられた妹なら、決して不可能なことではなかった。
そう――
「ここまできたら解答は一つしかないじゃない」
きっと大丈夫なのだ。
「フランが私を殺さないように能力を抑えて、そして、私と一緒に生きるようにすればいいの」
「………………………………………………………………」
「できないとは言わせないわ。このスカーレットデビルの言葉よ。残酷で狡猾なスカーレットデビルが、あなたに私と一緒に生きろと命じてるの。無理だなんて、とてもじゃないけど言えないわよ」
私はフランに微笑みかけた。フランの顔に希望が戻ってくるのがわかった。
「フランドール・スカーレット。努力なさい。努力して、自分を磨きなさい。自分のことを知りなさい。努力して――自分の強さを誇れるようになりなさい。
私は――あなたのことを信じてるわ」
今度はフランのほうから私を抱きしめてきた。私もフランを力いっぱい受け止める。
「努力するから――――」
フランの声は嗄れていたが、弱々しさはなかった。いつもの天真爛漫で元気な妹の声だった。
「努力して――――お姉さまを傷つけないようにするから。努力して――ずっとお姉さまといっしょにいられるようになるから」
フランの誓いを私は確かに聞いた。私の心の中の曇りがすっと消えていくのを感じた。
私はフランに囁く。
「約束よ」
「いや、違うよ」
フランは強い声で否定してみせた。フランの不敵な笑顔が目に浮かぶようだった。
「契約だよ」
「――――それでこそ、私の妹だわ」
地下室の天井を透かして、空に浮かぶ月が見える気がした。
、
なんだろうな……読んでいると思わず姉妹を見守りたくなるような
感じする……。
続きが楽しみですね。
そして「最愛の妹」「フランドール・スカーレット」になるところに感動しました。