「なんでこっちに来てまで蛙狩神事なんて野蛮なことを続けようとするのよ!」
いきり立って諏訪子様が詰問なさっている。
「ふん、古来からの伝統的な神事なんだから続けるのが当たり前でしょ。いい加減負けを認めて観念しなさいな」
神奈子様、なんでまた態々挑発的な発言を……。
朝食を食べながら今後の予定を立てていると、二柱の言い争いが始った。蛙狩神事は二柱の間の火薬庫だった。諏訪子様は蛙を虐待するこの神事を忌み嫌っている。だが神奈子様は絶対にこの神事を意地でも取りやめようとはしないのだ。
私、守矢神社の風祝東風谷早苗は、二柱の大切な神様に仕えている。物心が着く前に二親を亡くし祖母に育てられた私にとって、神奈子様と諏訪子様は両親のような存在だ。神職としては恐れ多い考えなので決して口には出さないけれど。
戯れにどちらが母親でどちらが父親なのか考えてみたこともある。が、幼い頃から考え続けているが、未だに結論が出ない。凛々しく風格高く力強く導いてくれる神奈子様が父親役で、その神奈子様をやんわりと抑えてくれる諏訪子様が母親役かなと思うときもあれば、諏訪子様が楽しげに暴走されるのを少々ぼやきながらも世話をやいてあげたりしている神奈子様が母親役なのかなと思うときがあり、決着がつかないのだ。もっとも本当の両親というものを持ったことがないので、いくら考えても結論など出るわけもないのだけれど。
「ほんっとに執念深いんだから、この蛇女は!だから侵略に成功しても民が心服しないのよ。ああ器がちっちゃいったらないわね。過去の勝利にすがっちゃってさ」
「……こんの負け蛙、今年の蛙狩神事はあんたでやってやるから表に出な!」
「望むところよ!今年から蛇狩神事と名前を改めてやるわ!」
いずれにせよ、二柱がとても大切な存在であることは動かしようがない。なので、その二柱の間で喧嘩がおこると本当に悲しかった。だけど、余りにも定期的に喧嘩が行われ、あっさり仲直りすることが続いたので、最近ではこれは世間でいうところの犬も食わない喧嘩だということが分かってきたので、放っておくことが出来るようになってきた。
と思っていたのだけれど、こちらの世界に来てから、二柱の過去のいきさつを聞いてから、これは実は深刻さを含んでいるのではないかと不安を感じるようになってしまった。
二柱が最初は敵同士であり、諏訪子様の王国を神奈子様が侵略したこと。神奈子様が戦いには勝ったが、諏訪子様が得ていた信仰は深く厚く、諏訪の民は新たに神奈子様を信仰しようとはしなかったこと。そこで便宜上新たな名前だけの神と諏訪子様と融合させ、表向きはその神様の神社ということにして神奈子様は裏の支配者ということになったこと。私は諏訪子様の遠い子孫であることなどなど。
楽園の素敵な巫女、博麗霊夢さんに負けたあの騒動のあと、神奈子様から受けた説明は、非常に衝撃的な内容だった。なぜ神社に二柱の神様がいるのかとか、なぜ八坂神社でも洩矢神社でもなく守矢神社という名前なのかなど、疑問に思うべきことの数々を完全にスルーしていたのだから、なんとも呑気な風祝もいたものだと我がことながら呆れてしまう。
ただ、そのあまりにも衝撃的な二柱の過去を聞いてしまうと、じゃれているようにしか思えなかった喧嘩が、実は根の深いものなのではないか。冗談っぽくはしてはいるが、諏訪子様の受けた傷は深くて、溜まる不満を発散するために定期的に喧嘩をしているのではないかなどと勘ぐってしまうようになってしまった。
――諏訪子様、あなたは過去の敗北を水に流せているのですか?
◇
「あのさー、無視されるほど嫌われるようなことしたっけ?んー、したのかもなー、なんかしたような気がしてきた」
美味しいものでも食べたら、お二方の機嫌も治るかなと、里で評判のお饅頭屋さんの列に並んでいると横から不意に声がかけられた。えっと思い振り返ると、声の主は麓の巫女、博麗霊夢さんだった。
「あ、霊夢さん。こんにちは」
「やっぱり気づいてなかったのね。ずーっと隣にいたのに一言も口をきいてくれないからちょっと不安になったじゃない」
どうやら隣にいたのにまるで気付かなかったようで、霊夢さんはちょっと不満気だ。
「すいません、ちょっと考え事をしてました」
「いや、私から挨拶すればいいだけのことだったんだけどね。あまりにぼーっとして私に気づかないから、いつになったら気付くかなーってずーっと横にいたのにまるで気付かないんだもん。もしかして実は気付いているのに無視されてるのかもってちょっと不安になったのよ」
「そんな、無視なんてしませんよ。失礼しました。そんなにぼーっとしてましたか?」
「うん、してた」
と朗らかに笑われた。どうやら気を取り直してくれたらしい。
「せっかく里で評判のこのお店のお饅頭がもうすぐ手に入るってのに、随分浮かない顔してるのね?私なんて楽しみで楽しみでうきうきして仕方ないのに」
「そんなに浮かない顔してますか?」
「うーん、何かぼーっとしているだけのようにも見えるけど、ちょっと悩みも垣間見えるかなー」
悩みを人に感じさせないように出来るようになったと思っていたのに、外の世界にいたころは幻想郷に移ろうかどうしようかという人生の転機について悩んでいるときだって、友達に気づかせなかったくらいなのに。
「巫女の勘よ」
巫女の勘、か。外の世界では現人神と崇められていた私をいとも簡単にねじ伏せた霊夢さん。自信を根こそぎ奪い、幻想郷ではありふれた人間なのだと、ここで普通の人間としていきていくのだと悟らせた。そんな彼女のある意味反則的な能力を象徴するその言葉は、心に痛みを覚えさせるものだった。
もう気持の整理がついたと思っていたのに、ちょっとしたことで心が揺れる。あの誰からも、仲の良かった友達からも理解してもらえない特別より、能力を隠さずありのままでいられるこちらの世界での普通の暮らしの方が何倍も素敵だって心の底から思っている。打ち負かされた霊夢さんもちっとも嫌いじゃない。それでも、やっぱり霊夢さんと話していると、ときどき敗北感でちょっとだけ傷跡がひりひりする。もしかしたら私って相当の自信家の負けず嫌いなのかも。自分では気付かないものだ。
「なんだかとても卑怯な能力ですよね、それ。羨ましいです。まあ、ちょっとだけ悩みがないって言ったら嘘になりますけど、大したことじゃありませんよ」
「ふーん、ま、いいけど。お饅頭、お饅頭」
彼女は鼻歌を歌いだしそうな上機嫌だった。いつもは良く言えばおっとり、悪く言えば無気力というか気だるげなことが多い霊夢さん。よっぽどここのお饅頭が好きなんだろう。評判なだけあるのかな、私も楽しみになってきた。
お饅頭屋の列が進み私の番になる。私と二柱の分、ついでに守矢神社生活改善計画担当技術者としてお世話になってるにとりさんの分も買っておこうかな。注文が終わり霊夢さんに別れの挨拶をしようとしたとき、
「あ、残念、ここで売り切れになってしまいました。また明日来て下さいね」
という店員さんの声を聞こえる。なにも霊夢さんの直前で売り切れにならなくても……。あー、やっぱり、霊夢さんが雨に打たれた捨て子犬のような目でこちらをみている。彼女に似合わぬハイテンションでうきうきしていたもんなあ。いつもはあまり心を動かさない博麗の巫女が、普段着の少女だったし、余程残念なのだろう。無理だこの瞳の魔力には逆らえない。
「霊夢さん、私の分をお裾分けしますね」
「い、いや、早苗の分は早苗の分よ。そこまでしてもらったら悪いわ。でも……いや……」
私には巫女の勘は無いけれど霊夢さんの葛藤が見える。
「あ、そうだ、霊夢さん家でお話をしましょう。幻想郷での家事の仕方とか教えてもらいたいですし、そのときに私の分を一緒に食べましょう?」
「さ、早苗。あなたはなんていい人なの、心の友よ。私の超秘蔵のお茶を振る舞うわ!」
心の友ってジャイア……いやいや霊夢さんが外の世界のあの漫画をしっている訳がありませんよね。
◇
博麗神社のおこたに入り、霊夢さんの入れてくれたお茶を飲みながら、評判のお饅頭を食べる。
「あー、おいしい。やっぱりお饅頭はこれに限るわー」
「お茶もさすがに秘蔵って感じですね。美味しいお饅頭にお茶。幸せですねー」
「やっぱりあんたなら分かってくれると思ってたわ。せっかく極上のお饅頭とお茶を振る舞っても、魔理沙は慌ただしくて良く味わわないし、アリスは洋風好みだし、微妙に分かってくれないのよねー。流石早苗」
霊夢さん上機嫌。このお饅頭本当に美味しい、そりゃあ霊夢さんが珍しく執着するわけだ。これは二柱もにとりさんも喜んでくれそう。と、考えたところで二柱が喧嘩中なのを思い出した。まあ、いつもの喧嘩ならもう仲直りしていてもおかしくないのだけど。
「また悩みがぶり返した?」
う、巫女の勘め、恐るべし。
「えーと、二柱が喧嘩をしてまして、まあ良くあることですし、すぐに仲直りしちゃうんですけどね」
「ふーん、まあ何となくそういうことをしそうな神達ではあったわね、諏訪子も神奈子を敵とか言ってたしねー」
えっ?諏訪子様が神奈子様を敵と言っていた?どんどん心拍数が上がる。
「そんなこと仰ってたんですか?」
「あ、そんな深刻な話じゃないわよ?あんな女、敵よ敵って笑ってたわ」
やっぱり諏訪子様は神奈子様を心の奥底では敵と思っているんだろうか?勝った方はすぐに忘れても負けた方はすぐには水に流せはしないものなんだろうか、私と彼女のように。と考えた時、諏訪子様に自分を投影していることに気がづいた。私は自分が敗北を受け入れられないから、諏訪子様も受け入れられていないかもと邪推している?
「あんた、まさかあの気の良さそうな神様たちの仲を疑ってるの?」
霊夢さんはそれはないわーと言った表情で聞いてきた。
「仲を疑っているというわけでもないんですが……、二柱の過去の話を聞いてから、ちょっとだけ気になるんです」
「わたしはあの底抜けに器の大きいっていうかいい加減すぎる、負けてもけろっとしている神様が何千年も前のこと引きずってるとは思えないんだけどなー」
「それはそうかなーって思うんですが、ちょっとだけ引っかかっちゃって、諏訪子様がもし過去を引きずってらっしゃるとしたら私に出来ることはなんだろうって」
霊夢さんはもう私との勝負なんてもうすっかり過去のことだろうけど、負けた私の方はちょっとだけ引きずっている。神奈子様と諏訪子様だって、負けた諏訪子様は王国を滅ぼされたことを引きずっていたりはしないのだろうか?王国を滅ぼされるってことはそんなに軽いことなのだろうか?その後何千年も存在を隠され続けてきたことは軽いことなのだろうか?神奈子様は私に過去の話をしてくれたとき、辛い痛みに耐えているような顔をしてらっしゃった。
「それにしても意外ね、神奈子のことならともかく、諏訪子のことであんたがそこまで悩むなんて。だって諏訪子がどんな神かもしらなかったんでしょ?」
「そうですね。確かに私は諏訪子様のことを深くは何も知りませんでした。でも、諏訪子様にも沢山助けていただきましたから、たとえば……」
◇
小学校低学年のとき、二柱の存在を同級生に喋ってしまったことがあった。神奈子様からは決して他人に神が見えることを喋っちゃいけないよときつく言われていた。神の存在を見ることができるものは現代では稀だから、早苗が奇異の目で見られないように、能力については隠さなくてはならないと。
しかし幼かった私は、親友だと思っていたごく少数の友人に、私の素敵な神様についてどうしても知ってもらいたかった。わかってもらえると信じてしまった。今思えばまことに浅はかなことだった。結果、クラスメイト達から妄想癖のあるオカルト少女であるとレッテルを張られ、いじめられたりはしなかったけれど、若干の偏見のもと孤立することになった。
その一件をきっかけに学校に行きたくなくなり、不登校気味になってしまった。私には奇跡を起こす程度の能力があるし、風祝として生きていくのだから別に学校に行かなくても良いのではないかと、神奈子様に訴えた。そうこうするうちに冬休みになったとき、神奈子様が、
「休みの間、気分転換に諏訪子と一緒に暮らしてみな」
と仰られた。それが二柱のお話合いできまったことなのか、神奈子様が独断で決められたことなのかはわからない。こうしてたまに顔を合わすだけだった諏訪子様とひと月以上一緒に暮らすことになった。
諏訪子様から学校に行きなさいと勧められるのかなと思っていたけれど、まったくそういう働きかけは無く、カマクラや雪だるまの作り方などの自然の中での遊び方や、神事についての知識や力の使い方、はたまた山菜の料理の仕方などを楽しく教えてくれた。あっというまのひと月だった。
徐々に心の傷も癒え、気力も回復していった。それでも冬休みも終わりが近づいてくると、また学校に行かなければならないのかと、気持が塞ぎこんできた。もう信じていたクラスメイトと心を通わせることは無理だと諦めていたし、そんな苦痛に満ちた場所に戻るのは嫌だった。しかし、このままでいいとはほんとは思ってはいなかった。月日が立てば立つほど辛くなっていく。このまま一人で生きていくわけにはいかないのは分かっていたのだ。けれど、切欠というか踏ん切りがつかずにいたある日、諏訪子様があるゲームを持ちかけてきた。
「ねえ早苗」
「なあにケロちゃん?」
あの頃私は諏訪子様をケロちゃんと呼んでいた。今思い返すと嫌な汗がでるが、諏訪子様は今でもたまにケロちゃんと呼ばせようとする。勿論呼びはしないが。
「わたしと神遊びをしよう、早苗も神職なら私を祭って頂戴」
いかにも楽しげに、諏訪子様が仰った。
「どんな神遊び?」
「このコインがどっちの手にあるか当てるゲームよ」
というと、諏訪子様はコインを高速で右手と左手の間で動かした。
「どっちだ?」
まるで見当もつかなかったので、
「右手?」
とあてずっぽうでいうと、
「残念、左手でした。はい次」
と諏訪子様から更なる出題があった。
何度か繰り返していると徐々に目が追い付いてきて、大体あてられるようになってきた。
「じゃ、次は賭けをしよう」
「賭けるって何を?」
「早苗が当てたら私がなんでも言うことを聞く、外れたら早苗が私の言うことをなんでも聞く」
ははーん、負けたら学校に行けって言われるんだろうなーと悟りましたが、諏訪子さまがどんなに神業(神様だけに)を駆使しても、私があてずっぽうをしたら二分の一。神遊びに負けたら諦めて学校に行く。勝ったら行かない。神遊びで決まるのもいいかもしれないと、これも一種の神様のご宣託なのだしそれもまた良しだと子供心に思ったのだ。
「わかった。いつでもいいよ?」
「よし、いざ尋常に勝負!どっちだ?」
ものすごーく高速で動かされた。まるで見当もつかなかった。やはりあてずっぽうで、
「左手!」
と言った。言ったそばからどきどきして心臓が張り裂けそうになった。勝ってしまったらどうしよう?そうしたらほんとに私は学校に行かずに生きていくのだろうか?やはり心の奥底ではきちんと理解していたのだ。このままではいけないと、辛くても学校に行くべきだと。
「残念でした。右手よ。ほら」
左手はからだった。じんわりと涙で視界がにじんだ。ほっとした。私は二分の一の賭けに負けることができたのだ。
「早苗、学校に行きなさい。風雨に負けちゃだめ、今は嵐でつらくても止まない雨は無いの、最初はちょっと辛くても、元気にしていたらいずれ日が差してくるからね」
と諏訪子様が私を抱きしめてくれた。私は泣きながらうんうんうなづくだけだった。
◇
「……なんてことがありまして」
「なるほどねー、あんなのでも一応神様らしいこともしてるのね。うちの神様は私を励ましたりはしてくれないからなー」
霊夢さんは茶化してくるかと思ったけれど、意外に(といったら失礼だけど)しんみりと聞いてくれた。普段は不真面目でも決めるときは決められるのが彼女の魅力なんだろうな。
「では守矢神社を信」
「それはない」
残念。
「でもさ、それって運まかせすぎじゃないの?二分の一の賭けに負けたらその時はどうするつもりだったのかしら?」
ああ、やっぱりその点に気が付きますよね。
「私も最初はそう思っていたんですが、大きくなってから神奈子様との会話でこの話になったとき、種明かしをしていただきました」
「種明かし?」
「はい、100%諏訪子様が勝てる賭けだったんですって」
「それってずるってこと?」
「ずるといえばずるですね。神奈子様が仰るには、両手にコインを持ってて、どっちだって時に両手を上にあげて、私が選んだ方のコインを腕でするっと滑らせて袖に隠したんじゃないかって。でも諏訪子を責めちゃいけないよと、早苗を思ってのことだから。今の早苗なら分かってもらえると思ったから話したんだよって」
「なるほどね、そりゃあ大事な大事な早苗の人生を運に任せたりはしないわよね」
と霊夢さんがにやりと笑う。
「私が踏ん切りをつける何かを求めているのに気づいてらっしゃったんだと思います。そして、ちょっとしたトリックで私にそれを与えてくださったんです」
「ふむ、まあ私にはその学校っていうのは良く分からないけど、それで早苗は救われたわけね」
「そうです、最初はちょっと辛かったですが、進級してクラス替えがをしたら状況ががらっと変わりましたし、勿論神様達や能力のことはもう誰にも話しませんでしたけど、あのまま学校に行かないでいるより100倍良かったです。だから、諏訪子様は私の恩人なんです。その一件あたりから諏訪子様との関係も深くなりまして、いろいろと相談に乗ってもらったりもしましたし」
すると、霊夢さんはこちらに向き直りこう言った。
「今の話を聞いたら、やっぱり諏訪子が数千年も前のことを根に持つタイプには思えないのよねー。何かそんなそぶりでもあるの?」
霊夢さんは心底納得がいっていなさそうだった。
「そぶりは無いんですが、そんなに簡単に水に流せるものなのかなあって」
「そりゃあ簡単ではないかもしれないけど、うーん、本人には聞いてみたの?」
「聞いてもし何か変な蓋が開いてしまったらと思うと……。はぐらかされたらはぐらかされたで迷いが増幅されてどうしてよいか分からなくなりそうで」
なるほどねーと、霊夢さんはため息をついたあと、
「でも、聞いてみたら大抵は大したことないものだったりすると思うけどなー」
と言った。当たって砕けろってことですね。
「それは、巫女の勘ですか?」
「そ、巫女の勘よ、良く当たるって評判なんだから」
と霊夢さんが自信満々に言うとやたらと説得力があるから困る。まあ信じてしまっても困る事はないのだけど。ふむ、そこまで言うなら巫女の勘に乗ってしまおうか。
◇
巫女の勘とやらに後押しされて、覚悟を決めて諏訪子様に問いかけてみたら、
「やっぱり早苗も神奈子の巫女だよねー、そういうところそっくり」
と大爆笑されてしまった。笑い飛ばしてくれて正直ほっとしたけれど、あまりに笑い続けるのでちょっとむっとしてしまう。
「風祝です!」
なんていらぬ突っ込みを入れたりしてみてもどこ吹く風だ。
「ああはい、風祝だったわね」
まだ笑っている。もういい加減止めてください諏訪子様、涙目になるまで笑わなくても。
「ああ、ごめんごめん。でもさあ、よっぽど神奈子が自分の事を悪く言ったのかもしれないけど、いや、言ったんだろうね。神奈子も自分を責めるタイプだから」
ここで諏訪子様が真面目な顔になった。
「早苗、物事を正確に理解するために必要なことを一つを教えてあげる。両側の視点でものをみることよ」
諏訪子様が大事なことを私に教えて下さろうとしているのが分かったので、私もきちんと居住いを正した。
「両側の視点ですか?」
「そう。早苗は今、神奈子の話だけで私たちの関係を理解しようとしたわけ。でもね、自省の念が強すぎる神奈子の話だけ聞いても本質は理解できないの。私の側の意見を聞いて、神奈子側の話と合わせて初めてことの真実に近づけるってこと。わかる?」
それを聞けないから困ってたんじゃないですかーって言いたかったけど、確かに神奈子様側だけの話を聞いて理解したつもりになっていたのは間違いかも。
「大和と諏訪では繰り出せる兵の数も、製鉄等の技術力も格段の差があった。とうてい諏訪側が勝てる見込みはなかったの。だけど、自画自賛になるけど私の国も良く収まっていた。だから簡単には攻め滅ぼせる状態じゃなかった。あと、私と神奈子の能力的な相性はかなり悪かったから、あの鉄の輪と藤蔓のやつね、忌々しいけど、私は神奈子と一対一では勝てない、ほんとに忌々しいけど。そこらへんを踏まえるとね。神奈子は私たちを一番苦しめない勝ち方をしてくれたって思ってるのよ。一対一で私に勝った後、従わなかった諏訪の民を力ずくで抑え込もうとはしなかったしね」
へええええ、諏訪子様が神奈子様を評価しているのを初めて聞きました、ちょっと衝撃的です。と、思っていたことが顔に出たのか、諏訪子様がちょっとむっとした表情をされた。
「大事なことを話してるのになあ」
「ま、真面目にきいてますってば」
そう?とじと目で見ながら気を入れ替える諏訪子様。せっかく普段はおちゃらけてばかりの(大変失礼、申し訳ありません)ケロちゃん(重ねて失礼)が珍しく真面目に語ってくださっているのだから、きちんと聞かなくては。
「勝負事はね、勝ち負けよりも戦いが終わったあと幸せになれるかどうかが大事なの。もし負けた方が幸せになれるなら喜んで負けるべきなの。もっといえば勝った方が不幸せになる勝負だってあるのよ?」
勝った方が不幸せになる勝負、ぱっとすぐには思いつかない。
「例えば、この前の博麗の巫女との勝負とかね」
あああああああ、確かに、今ならわかる。あれは勝ってはいけない勝負だったのだ。勝っていたら今頃どんなことになっていたやら。幻想郷に住むというのは、博麗の巫女の支配を受け入れるということだから。
「だいぶ分かってきたかな?神奈子と私の勝負も、どっちが勝つか決まっているような戦いだったから、上手く勝ち上手く負ける必要があった。そして神奈子はそれを完璧なまでに実行してくれた。だからね、恨みようなんてないのよ、早苗。心配をかけちゃったようだけど、これですっきりしてくれたかな?まあ負けたこと自体は悔しくないわけじゃないから、いつか蛇皮の財布にしてやるんだけどね」
はい、諏訪子様、やっぱりお二方は私なんかが想像できないような地点にいるんだなあって思い知りました。私が霊夢さんに負けたことを上手く消化できないからって、諏訪子様に投影して不安になるだなんて恐れ多いにも程がありました。普段はケロちゃんでも、やっぱり素敵な神様です。信仰心がマックスです。こんなこと考えているのがばれたら大変だけど。
「あ、あとこれは関係ないけど、そこらへんを踏まえて、博麗の巫女との関係も考えていくといい。神奈子も早苗も生真面目で視野が狭いから、お姉さん大変大変。珍しく真面目に語っちゃったからお腹すいちゃった」
といつものケロちゃんスマイル。霊夢さんに負けたことを引きずってることまでお見通しですか。もう、いやになってしまう。神様と同居なんてするもんじゃない、なんて神職にあるまじき考えをもってしまいそうだ。なにせ相手は数千年のキャリアの持ち主だ。自分の未熟さを痛感させられることばっかりだから。
「あ、今日里で評判のお饅頭を買ってきましたよ。3時のおやつにお出ししますね」
「やったー、早苗気がきいてるー。神奈子に内緒で食べちゃおう!」
◇
もちろん神奈子様の忠実な風祝である私が、諏訪子様の提案に乗るわけはなく、二柱と私で仲良く食べることになった。このお饅頭はやっぱり最高に美味しい。巫女の勘のお陰で悩みも解決したわけだし、今度お礼にお饅頭をもって遊びにいこうかな。にとりさんの分を買いなおさないといけないし。
諏訪子様の助言について考えてみる。あれは私が霊夢さんに負けたとしても、なんらかの形で目的を果たせるならば、結果それで幸せになれるのならば、何の問題もということだ、と思う。そう考えると途端に気が楽になった。なんだか博麗の巫女コンプレックスから解放されて気分が良い。霊夢さんとももっともっと仲良くなれそうな気がする。
何がなんでも霊夢さんに勝たなくてはならないと思いこんでいたけれど、幻想郷に来た目的は神奈子様と諏訪子様の信仰を萃めることだ。私が霊夢さんに勝てなくても守矢神社が博麗神社と敵対せずに信仰をうまく萃められるなら、守矢神社は繁栄させることができる。二柱も消えてしまうことはない。そんな当たり前のことにやっと気づくことができた。私にだってそれくらい出来るはず。だってあんなにも見事に負けて、幸せを勝ちを取ることができる神様の、私は子孫なのだから。
幸い霊夢さんは信仰萃めにはあまりやっきにならないし。山の信仰は二柱が萃めて下さっているので、私は里の信仰を萃めたい。まずは里に分社を作ってもらって、などと考えていると神奈子様から話しかけられた。
「早苗、そういえば今年の蛙狩神事の打ちあわせがまだだったわね。食べ終わったら話を詰めましょう」
あ、蛙狩神事ですか。でも、儀式の真の意味を知った今、蛙狩神事を行う意味があるのか疑問に思うようになってしまった。だって、まつろわぬ諏訪の民に、神奈子様が諏訪子様に勝ったことを示すための儀式ですよね?幻想郷で行う意味ってないような気がするんだけど。何か私には分からない深い思惑があるんだろうか?ちょっと神奈子様に聞いてみよう。
「その蛙狩神事ですが、こちらで行う意味ってありますでしょうか?」
あれ?神奈子様が固まっている。諏訪子様が満面の笑み。私そんなに変なこといいましたか?
「さ、早苗が諏訪子の味方した……」
「そうよ、時代は洩矢の血族の時代なのよ!今年は蛇狩神事を執り行うわ!血は水よりも濃いのよ」
「う、嘘よ、早苗が。……大和に帰る!」
え?えええええ?神奈子様が部屋を飛び出していかれた。諏訪子様ちょっと喜びすぎですよ。諏訪子様の高笑いを聞きながら、神奈子様を追いかける。実家?に帰るってことは神奈子様がお母さん役かなあとか益体もないことを頭の片隅で考えながら、私は神奈子様を追いかけた。
「か、神奈子様ー!そういう意味じゃありませんからまってくださーい!」
霊夢の饅頭売り切れの悲しい表情が浮かんできてニヤリ、
早苗と霊夢の会話で頬が緩み、最後の蛙狩神事でまたニヤリ。
スッキリとしつこさが無く、面白かったですよ。
理ではわかっても受け入れがたい感情が残留するのが人間ですね。
それをうまくときほぐすというのが諏訪子の優しさであり、本作品のもっとも光る部分であるはず。
しかし、ここで問題となりそうなのは、早苗が当時、どれだけ絶望したのかが伝わってきていない感じです。
さらに言えば、早苗が自ら種明かししちゃってる時点で、いわゆる『探偵』がいない。
これは言ってみれば感動役が不在というわけでして、読み手としては感動に同期できるキャラクターがいないということになります。霊夢がさらっと解いて早苗さんがびっくりしたほうがラストにうまくつながるような感じもする。
だって早苗がそこまで諏訪子のことを信頼しているなら、物語の流れ的には当たって砕けろというふうになるのは『当然すぎる』からです。霊夢と話すことで記憶が喚起され、覚悟完了になったという説明もわからないではないですけれど物語的にはなんらかの転機があって、そうするというほうがわかりやすいかもしれません。
掌の中の小鳥をそっと抱くようなイメージが欲しいな。諏訪子を直接描写しないところは粋なんですけれど、今回は懐にもぐりこんでくるような感覚が足りなかったというか。
方向性は相当好きなんですが、それゆえに残念な感じも強い……かも。
ケロちゃんは無いだろうw
文句が浮かびません。100点です!