Coolier - 新生・東方創想話

友達のつくりかたとQED 3

2009/01/06 18:55:30
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 「どうやら、殺されなかったようね――――」
地下室からの帰りに私は親友の書斎に寄った。パチュリーは私の姿を見て、まずそう言ったのだった。だが、そんなパチュリーの憎まれ口も今の私には効かなかった。
「ええ、殺されるもんですか。あちこち痛い思いはしたけどね」
私はパチュリーの前に座った。司書の小悪魔がやってきて紅茶を入れてくれた。
「力の暴走はなかったようね――」
「ええ、私たちの杞憂に終わったわ」
「でも、これで安心できるわけでもない」
「もちろんよ」
二人で紅茶をすする。やはり咲夜の淹れた紅茶のほうが美味しかった。パチュリーは魔道書を読み上げるかのように淡々と呟く。私もそれに答える。
「一度目の弾幕ごっこは成功――――でも、二度目が成功するとは限らない」
「ええ、フランの暴走のタイミングは、はっきり言って全くの不明だわ。たまたま今回暴発しなかっただけで、次回は却って暴発しやすくなってるのかもしれないからね」
「そして、何より――」
「弾幕ごっこは手段に過ぎないということ。弾幕ごっこは過程であり、最終目標ではない」
今回のことだけでは、弾幕ごっこがフランに与える影響がどれくらいのものか、正確に知ることは不可能だった。
 まず、弾幕ごっこが彼女の破壊の能力を刺激するかどうか。今回は発作を起こすことに繋がらなかったが、ストレスが次回に持ち越しになっただけだとも考えられる。これに関しては回数を重ねて調べていく以外ない。下手をするとフランの暴走に巻き込まれる可能性があるが、どちらにしろ弾幕ごっこはこれからもフランの遊戯室で続けていくのだ。注意深くフランの様子を見続けるしか方法がない。覚悟はすでに決めてある。
 そして、もう一つ。弾幕ごっこからフランが何を学ぶかということである。私の異変が成功した暁には、スペルカードルールの知名度は上がり、過去何千年と続く生死をかけた闘争ではなく、弾幕ごっこが幻想郷の妖怪と妖怪、そして、妖怪と人間の交渉手段となるだろう。力にものを言わせる点においてはさして変わりはないが、相手を殺さなくて済むのだ。要求は通すが、恨みは残さない。スペルカードルールは自分の実力を相手に思い知らせることができ、かつ、相手との関係性を壊さないようにするための法なのだ。私としては甘っちょろいと思うところもあるが、恐らく幻想郷のルールは弾幕ごっこを中心に作り上げられていくのだろう――そうなれば、従わなくて済むわけがなかった。だから、フランが弾幕ごっこに慣れるのは幻想郷の社会のルールを覚えることと同じなのだ――
 「後のほうに関してはまあ、大丈夫よ」
私はカップを傾けながら言った。パチュリーは、なぜ、と不思議そうな顔をする。
「あの子、私が思っている以上に大人だわ――――あの子は決して世界に絶望していない」
フランが私に言ってくれたことをパチュリーに語った。パチュリーは珍しくも、知人じゃなくてもわかるくらいに目を見開いて驚いていた。
「妹様が――そんなことを」
「ええ。本当に道化みたいだったわ、私。いろいろと不安だったけど、フランはそんな益体のないものをすべて吹き飛ばしてくれた」
「ほんと。妹様のほうがお姉様よりも大人みたいね」
「うるさいな」
私は苦笑した。不思議と嫌な気分ではなかった。パチュリーは私の様子をじっと見ていた。そして、呟くように言った。
「ねえ、レミィ。妹様は地下室に暮らしていても、別に自分を不幸と思っているわけじゃないって言ったんでしょ?」
「ええ、そうだけど…………」
私は親友の言葉の意味が一瞬わからなかった。だが、すぐにパチュリーの言わんとすることに察しがついた。パチュリーは先を続けた。

「じゃあ、無理に友達をつくる方法を教える必要はないんじゃない?」

「…………………………………………」
「弾幕ごっこを妹様に教える理由はわかるわ。レミィの最終目標は妹様を地下室から解放すること。友達をつくれるくらいになれば、外に出しても安全だろう――そう思いたいのね」
パチュリーはしばし迷ったように顔を伏せていた。次の言葉を続けるべきか、七曜の魔女は悩んでいたが、また呟くような声で言った。
「でも、妹様が別に外の世界を望んでいるわけじゃないなら、無理に外に連れ出す必要はないんじゃないかしら?」
「――――――――――」
さすがは私の親友だ、と私は思った。パチュリーは人の幸福が他者に侵されるべきではないことを知っている。親友は幸福というものが他人に左右されるほど安っぽいものではないことがわかっている。
 だが、私は言った。
「そんなことないわ、パチェ。確かにフランは地下室暮らしでも不幸ではないといった。だけど、たぶんそれは本当ではないわ。嘘ではないかもしれないけど、たぶんあの子は無意識で感じているはず――――495年もあんなところに一人でいて、寂しくないわけがないもの――」
それは傲慢ではないか、と非難する親友の視線を受けながら、私はかまわずに続けた。
「それに、あの子、不幸じゃないとは言ったかもしれないけど、幸せだとは言わなかったわ――」
「………………………………………………………………」
「確かに幸福を感じることなんて滅多にない。不幸でなければそれでいいという人間もたくさんいるけどね」
私は紅茶の紅い水面を見ながら言った。水面は静かに揺れていた。
「はたして――――フランは幸せを感じたことが、どれくらいあるのかしら?」
「………………………………………………………………」
「フランは生きていて、私たちと同じくらい幸福を感じてくれていたのかしら?」
「失礼な奴ね――――それにものすごく傲慢な奴」
パチュリーは憎々しげに私を睨んで言った。
「レミィは尊大な奴だと思っていたけど――それだけじゃなかったのね。まさか傲慢な奴でもあったとはね」
「あら。悪魔にとって、それは褒め言葉だわ」
「茶化さないで、レミィ。私は本気で腹が立ってるんだから」
「でも――――不幸でないと思うより、幸せだと思うほうが、遥かに良いことであるのは確か」
パチュリーはきつい目で私を見据えながらも、黙った。
「『最大多数の最大幸福』。人の幸せは人それそれだって言われて、否定されているけどね。だけど、私は信じるわ。確かに人の幸福は他人が口出しできるものじゃないけどね。でも、幸せだと感じる回数が多いほど――確かに人生は豊かになっていくのよ」
私はパチェを見つめながら言った。私は自然と微笑んでいた。
「きっと、友達がいたほうが楽しい人生を送れるはず。人生は楽しければ楽しいほどいいわ」
私は普段は訊かないようなことを親友に尋ねる。
「ねえ、パチェは私が友達じゃないほうがよかったかしら? こんな吸血鬼の友達なんて、いないほうが幸福だったかしら?」
「…………………………………………その質問は卑怯すぎるわ」
パチェはそっぽを向いた。顔が赤くなっているのがわかった。ぶつぶつと彼女は文句を言う。
「ほんと、嫌な奴……………………。尊大で傲慢で失礼で卑怯で…………。何でこんな奴が親友なのかしら」
くすくすと私は笑ってしまった。パチュリーは憮然として黙り込んでしまう。今にも本を開いて私を無視し始めそうな感じだった。私はかまわず、パチュリーに微笑みかける。
「パチェ…………きっと、フランも友達がいたほうが楽しいわ」
「………………………………………………………………」
「それに私もフランといっしょに遊びたいもの」
私は目を瞑って想像した。フランといっしょに紅魔館で生活する暮らしを。
「いっしょに散歩したり。いっしょにパーティーを開いたり。いっしょに紅茶を飲んだり……………………きっと今の生活よりも何倍も楽しい生活だわ」
私の呟く声にパチュリーは、そうか、と呟いた。目を開けて、親友を見る。パチュリーは怒るというよりは――呆れたという表情をしていた。
「妹様が寂しいというより――――あなたが寂しいのね、レミィ」
「――――――――――」
「ほんと、妹様のほうが大人だわ。レミィったら、まるっきり子供じゃない、まったく」
再び文句を呟くパチェを見ながら、私は思った。そう、本当に寂しいのは自分なのだ、と。
 最初に妹を地下室に閉じ込めたのは私ではなかったが、私はそれを引き継いでフランを地下深くに幽閉し続けた。その意味で私は同罪だ。それなのに寂しいなんて、我が儘にもほどがあるというものだ。だが、私は耐えられなかったのだ。危険だという理由で、妹を閉じ込めて負い目を感じることが、妹がいないことに対して寂しく思い続けることが。
だから、結局それは自分のためなのかもしれない。
「まあ、でもきっと、妹様のためにもなるのでしょうね」
パチュリーは頬杖をついた。やれやれと笑う魔女の顔は優しげだった。
「あなたが妹様のことを真剣に想っているのは疑いようもないし――――協力してあげるわ」
そう言って、パチュリーは机の上の本を開いた。目はすでに本の字に注がれていた。
「ねえ、パチェ」
「何よ、レミィ」
「あなたの捻くれぶりも相当なものよね」
「余計なお世話よ」
親友の魔女はむっとした顔をして、本を読み続けた。

 



 

 夕食――吸血鬼の夕食は日の出前である――をとってから、私は私室でスペルカードの調整を行っていた。
 成功するスペルカードもあれば、失敗するスペルカードもある。弾幕を複雑にしようとすれば、いくらでも複雑にできるのだが、そうすると、逆に身体に負担がかかる。弾幕に美麗さを求めるなら、精密に弾を配置する必要がある。かといって、美しさにこだわりすぎても却って避けられやすくなったり、負担がかかるほど巨大な弾幕なってしまうことも多々ある。スペルカードは調整一つとってみても、なかなか奥が深いものであった。
 紅茶がなくなったので、メイド長を呼び出す。
 「咲夜、いる?」
「――お側に」
何もなかったところに銀髪の少女が現れる。十六夜咲夜はすでにその手にティーポットをもっていた。「紅茶をちょうだい」という私の言葉に「はい」とだけ短く返事をし、優雅な動作で紅茶を注いだ。私は新しく注がれた紅茶を傾ける。芳醇な茶葉の香り。ほどよく熱いお湯の温度。完璧な紅茶だった。
「美味しいわ」
「お褒めのお言葉、強縮です」
咲夜はうっすらと笑みを浮かべ、一礼した。しかし、相変わらず愛想の悪いメイドだった。美鈴は余裕ができれば、と言ったが、それは一体いつのことになるやら。
 私はテーブルの上のスペルカードをいじりながら、メイド長に訊いた。
「メイドたちへのスペルカードルールの伝達はどうなったかしら?」
「すでに終わっております」
「ちょwww、マジで?www」
「はい」と、咲夜はにこりともせず、うなずく。カリスマを捨てる覚悟のボケをしたつもりだったのだが、お気に召してもらえなかったようだ。少し悲しかった。あの頭の悪い妖精メイドたちに、簡単なルールとはいえ、一日で教え込むとは。美鈴よりも優秀なメイドだった。まあ、優秀なのはいいのだが、もう少し愛想がほしいね。
「じゃあ、あなたもスペルカードをつくったのかしら?」
「はい。三枚つくっております」
「見せてちょうだい」
「はい」
咲夜は従順にスペルカードをこちらに寄こした。……………………どうやらスペルカードルールをよく理解していないらしい。というより紅魔館で仕えることをよくわかっていないのだろう。
「いかがしました?」
いつまで経っても受け取ろうとしない私に、咲夜は小首を傾げた。私は不機嫌そうに言って見せた。
「咲夜、駄目じゃない!」
「はあ」
「スペルカードはパターンを読まれたらお終いなんだから。たとえ主人でも見せていいものではないわ」
「はあ、そうですか」
「それとも、スペルカードを握るだけで、中の弾幕を読めるってことを知らなかった?」
「いいえ、存じております」
「でしょう。たとえ私でも渡してはいけないわ」
 夕食の前に美鈴に会いにいったところ、寝ていたのでぶん殴っておいた。美鈴にスペルカードを見せてみろといったところ、流石は前メイド長にして現門番長。妖怪のルールというものを良く知っている。決して渡そうとはしなかった。まあ、弾幕ごっこでもしよう、ということになり、一戦してきた。門番長は実戦ではそれこそ鬼のように強く悪魔のように狡猾なくせに、弾幕ごっこは下手だった。弾幕はとても美しいのだが、いまいち複雑さに足りない。そう指摘してやったら、遊びですし、綺麗なほうがいいじゃないですか、あっはっは、と笑っていた。本当にこいつが門番長で大丈夫なのか、と思ったが、未来の幻想郷ではまあ大丈夫なのかな、と思い直した。
「では、お嬢様に渡せと命令されたらどうすればいいんでしょうか?」
咲夜は怪訝そうな声で訊いた。私は胸を張って答えてやった。
「そのときはそのときで、咲夜をいじめればいいのよ」
咲夜の眉がしかめられた。やった。やっと咲夜の無表情を崩すことができた。私は、してやったりと、上機嫌になった。「そうですか」と答える咲夜の声は不機嫌そうだった。私は余裕そうに紅茶をすすってみせる。
「うん、咲夜、下がっていいよ」
「わかりました。失礼いたします」
そう言って一礼する咲夜が消える前に、私は彼女に声をかけた。
「咲夜」
「はい?」
「紅茶、ありがとう」
咲夜が驚く顔が見えた。「お礼を言われるほどのことではありません」、それだけ言って、咲夜の姿がかき消える。私は満足な気持ちで、もう一度紅茶を傾けるのだった。





 

 それから、フランの遊戯室で弾幕ごっこをするのが日課となった。二日目、三日目、四日目と一週間以上弾幕ごっこを続けてきたが、破壊の能力が暴走することはなかった。さらに、物が壊れることがなくなった。一週間に一度起こるはずの小さな発作がなくなっていたのだ。弾幕ごっこはむしろストレス発散の手段になっていたのだと思う。フランの破壊能力をコントロールする手段になるかもしれない――そう考えた私とパチュリーはとても喜んだ。パチュリーもマスクをして地下室にやってくるようになった(喘息もちなので、かび臭い螺旋階段を下りてくるだけでもきついらしい。そのことには感謝しなければならないが、白いマスクをしたパチュリーはとてもおかしかった)。
 「ねえ、レミィ」
 ある日パチュリーは言った。二人でフランの私室にいたときのことである。フランは疲れていたらしく、シャワーを浴びるとすぐに眠ってしまった。二人でフランの穏やかな寝顔を見ていると、パチュリーは少し悲しげな声で言ったのだった。
「妹様は私たちと弾幕ごっこをしているけど…………それは私たちみたいに身近な人間だからじゃないかしら」
「………………………………………………………………」
「私、レミィ、美鈴まではきっといっしょに弾幕ごっこができるでしょうね。でも、他の妖怪や人間とはできるのかしら? 妹様は破壊の力を積極的に使おうとはしないだろうけど、暴走したりはしないかしら――?」
 パチュリーはフランの寝顔をじっと見て言った。パチュリーとフランの仲は私と同じくらい長い仲だ。パチュリーが魔法を教えたこともあった。フランが読んでいる本もパチュリーの書斎にあった本である。不安を口にするパチュリーの声は元気がなかった。
 「――――信じるしかないわ」
それに応えた私の声は自分でも驚くほど強い声だった。パチュリーは驚いたように私を見る。私はフランの幸せそうな寝顔を見ながら、言った。
「フランは絶対大丈夫。私の妹だもの――絶対に大丈夫なはずだわ」
パチュリーは目を丸くしていたが、やがてふっと表情を和らげた。そして、再びベッドの上のフランを見る。
 虹色の羽をもつ天使は、幸福そうに微笑んで眠っていた。
















 「大丈夫、フラン?」
弾幕ごっこを初めて、一月以上が過ぎた。それまでフランは大きな発作を起こさなかったし、物を壊すようなことは皆無だった。
だが、今日は様子がおかしかった。
地下室から来たときから、なんとなくボーとしているのである。ふわふわして力が入っていない。何事か考え事をしているようにも見えたし、同時に何も考えていないようでもあった。言葉をかければ、はっとしたように気がついて、ちゃんと答えてくれるのだが、どうにも意識がはっきりしていない。
 「今日はやめましょうか?」
フランにそう訊くと、フランはぶんぶんと首を振った。そして、微笑んで「大丈夫、大丈夫」と答えるのだった。すでに手の中にはスペルカードがあった。フランは毎日の弾幕ごっこをとても楽しみにしていたのだった。
 (レミィ、気をつけて)
パチュリーだった。
(何だか嫌な予感がするわ)
私はそれにうなずく。私も少し不安になっていた。ボーとしているフランは意識と無意識を行ったり来たりしているようだった。
 私とフランは距離を十分にとり、向かい合った。パチュリーは間に立って審判を務める。
「お姉さま」
フランはにやりと笑って言った。スペルカードを構えるその姿には、先程のような不安定さはなく、いつもどおりのしっかり者の妹が見えた。
「今日は10枚でいかせてもらうよ」
「へぇ、随分たくさんつくったのね、フラン」
私の心からは不安が消えていた。戦闘の前の高揚感が湧きあがってくる。私も不敵に笑んでみせた。
「じゃあ、私は5枚で。スペルカードはたくさんもてばいいってもんじゃないことを教えてあげるわ」
「上等だよ、お姉さま。吠え面かいても知らないからね」
「言ったわね。姉は偉大だってことをよく叩き込んであげましょう」
「ほら、それくらいにして。始めるわよ」
パチュリーがやれやれ、と肩を竦める。
「では――両者構えて」
パチュリーの言葉に気持ちを引き締める。フランもまた視線を鋭くした。
そして、魔女は右手を高く上げ――――
「始め」
――振り下ろした。



 弾幕ごっこは私の有利に進んだ。禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』、禁忌『フォーオブアカインド』……………………どれもこの一月で見たことのある弾幕である。禁弾『スターボウブレイク』にいたっては安全地帯があるので、こちらのスペルカードを使うことなく、撃破できた。そのことを一応言っておくべきなのかもしれないが、まあ、私の妹なのだから自分で見つけるべきだ。八枚目、禁忌『カタディオブトリック』を避けきる。
そして、九枚目――ここから先が初見の弾幕だ。
「さすが――お姉さまだね」
フランは押されながらも笑う。そのスペルカードによほど自信があるのか――いや、違う。自信があるのは己の実力に対してだ。私は妹が成長しているのを実感する。思わず、口元が緩んだ。
「あら、フラン。姉を見くびっていたのかしら。こんなんじゃとても足りないわ」
「侮っていたつもりはないけど。お姉さま相手に足りないのは確かかもね……………………それじゃあ、九枚目、いくよ!」
フランは天高くスペルカードを掲げる――
「『そして誰もいなくなるか』」!」


 ――瞬間、空気が震えた――


 遊戯室を緋色の光が満たす。
 大中小……………………様々な大きさの光弾が洪水のように空間を満たしていった。
 緩やかに飛んでくる弾の間を縫って飛ぶ。高速でこちらに突っ込んでくる大型の弾を掠りながら避ける。その巨大な弾が撒き散らす小さな光球が目の前を通り過ぎていった――情けないが、肝を冷やした。
 これは難題ね――
 こちらに残っているスペルカードは、紅符『スカーレットマイスタ』、天罰『スターオブダビデ』、そして奥の手、『紅色の幻想郷』だけだった。最後に圧倒させてもらうつもりでいたが――
 「紅符『スカーレットマイスタ』!」
『そして誰もいなくなるか』を『スカーレットマイスタ』で迎え撃った。
 
 狭い世界が紅と緋に染まる――

 『スカーレットマイスタ』がフランに当たるとは思っていない。フランはこのスペルをもう知っている。つーか、いつの間に消えてるし。
 『そして誰もいなくなるか』は『スカーレットマイスタ』では相殺し切れなかった。いまだに緋色の敵意は無数に私に向かってきていた。
 ――二つのスペルを一度に使わせるなんて、やるわね、フラン。
 末恐ろしい子だと思った。戦闘経験ではまだ私の足元にも及ばないが、成長したときはきっと私を凌駕する吸血鬼になるだろう。
 ――お姉さまとしてはうかうかしてられないわね。
 苦笑しながら、もう一つのスペル『スターオブダビデ』を発動する。
 

 再び衝突しあう紅と緋色。

 
 やがて、お互いのスペルカードは同時に効果を失った。
 「……………………力技だね。お姉さま」
フランは呆れたように言った。だが、その声には馬鹿にするような響きはなかった。私は呆けるフランに笑い返す。
「あら、力技でも勝てばいいのよ。勝てば」
「正論過ぎて何も言えないよ…………」
「でしょう。私は常に正しいのよ」
「よく言うよ…………」とフランは苦笑した。そして、少し余裕を失った表情で最後のスペルカードを取り出し、私に向けた。
「さあ、最後のスペルカードだよ…………自信作だから、覚悟してね」
「自信作――ね。これは歯応えがありそうだわ」
フランが自信作というのだから相当なものなのだろう。これは覚悟しなければならなそうだった。フランはスペルを天高く掲げる。私は神経を研ぎ澄まし、どこからでも弾が飛んできても避けられるように身構える。
だが、いくら待っても弾幕は飛んでこなかった。
「フラン……………………まだかしら?」
「あ、うん。ちょっと待ってね…………」
焦りながらも――フランは腕を組んで考える仕草を始めた。うーん、と唸り、頭をひねっている。
「…………ひょっとして、スペルカードに名前つけてない、とか?」
「う」
フランの表情が強張る。どうやら図星だったらしい。
「もしかして、『そして誰もいなくなるか』で終わるとか思ってた? それはそれは……………………」
「いや、そんなことないって! その……その場で思いつくかな、て思ってただけだから! 本当にそうだからね!」
にやりと笑って見せる私に、焦って腕をぶんぶんと振り、フランは否定する。はあ、と私はため息をついてみせる。
「ほら、早くしなさいよ。待ってるから」
「うーん、何にしようかなぁ…………」
「この際、『フランちゃんは穿いてない』とかでもいいのよ?」
「嫌だよ、そんなの! それに私ちゃんと穿いてるもん!」
「いいから、早く考えて。フラン」
「うーん…………」
そう言って、フランは首をひねって考え始めた。私は黙って待つ。 
 最初、フランは、あれでもない、これでもないと言っていたが、やがて、黙り込んでしまった。
 

 
 そして、十分が経過した。


 
 ――もう攻撃しちゃってもいいかしら。
 いい加減、退屈だった。それにこのままではせっかく温まった体が冷えてしまう。
「ねえ、フラン。そろそろ決まった?」
「………………………………………………………………」
「フラン? 聞こえてる?」
「………………………………………………………………」
「フラーン? おーい? 起きてるかーい?」
「………………………………………………………………」
返事もしないとはよほど深く考え込んでいるのか。いや、しかし、こんなに長く考え込むなど…………。いつものフランだったら、もうとっくに『ごめんなさい、後で考えればいいや』と謝っているだろうに。








 ん、『いつもの』フランなら――――?







 
 やっと、私は異常に気づいた。

 慌てて私はフランの前へと飛ぶ。
「フラン? フラン? 大丈夫?」
うつむいていたフランの顔を私は下から覗き込む。

 目の焦点があっていなかった。顔から表情が消えていた。

「フラン? フラン!? 大丈夫!? ねえ、返事をして!」
私はフランの肩を強く揺すった。だが、フランの身体はがくがくと揺れるだけで、私の声も聞こえていないようだった。

「レミィ! 妹様を降ろしてきて!」
パチュリーも異変に気づいたようだった。治癒魔法も使えるパチュリーは私たちに地上の自分のところまで来るように叫んだ。

 私がパチュリーの指示に従ってフランを下に連れて行こうとして、フランの右手首を握ったとき、


 その手を弾かれた。


 「フラン――――?」

 私の手を弾いたのはフランの手だった。フランが後ろに飛び、私から一歩距離をとる。

 その目は私を見ていた。虚ろで感情も感じられない目だったが――――確かに私を睨んでいた。

 そして、フランは――






 
 右手を強く握った――








 脇腹が吹っ飛んだ。右の肋骨下半分が全部粉々になって使い物にならないのがわかる。肝臓も、人間なら再生できないくらいにはぐちゃぐちゃになっているだろう。横っ腹に開いた穴から噴水のように血液が流れ出すのを感じる。骨盤も上半分が砕けているか―― まあ、小腸と大腸は間違いなく二つに分断されてしまっただろう。腸の切れ端が崩壊した脇腹から飛び出しているのを見た。どうやら、右腕も肘から下がなくなっているようだ。破壊の能力で抉られた腕に、白い骨が醜く、赤色のミンチ肉の中から覗いている。
 私は血を吐いて、背中を丸めた。血が床を濡らしているのが見えた。子供の矮躯のため、もとからそれほど長くない腕がさらに短くなって転がっていた。
 痛みは感じない。ただ力が身体から抜けていくのがわかった。疲労していないのに酷く疲れた気分になる。翼を動かそうするが、翼の感触が消えていた。
 落ちる――と思ったとき、
 
 フランが「……………………お姉さま?」と呟くのが聞こえた。

 翼が完全に止まって、もう重力に身を任せる以外選択がなくなったとき、私は無事な左腕をフランに掴まれた。
 「お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま、お姉さま――――!!」
フランは絶叫していた。顔をぐしゃぐしゃにして、ただ私の名前を呼び続ける。フランは腕を回して、服が血に染まるのもかまわず、背中から私を抱え込んでいた。
「レミィ!!」
パチュリーが飛んできたようだった。狂ったように、お姉さま、と連呼することしかできないフランから私を奪い取る。パチュリーは私の傷口を見て、顔をしかめる。だが、やがて、落ち着いた声で言った。
「霊的な破壊はないわね…………物理的な破壊だけか。でも、再生までかなりかかるわね…………。失血死は――考えられなくはないわね…………」
「レミィ、生きてるわね?」というパチュリーの声に私はうなずく。意識はかなりはっきりしていた。一桁の計算はできそうにないが、まあ、パチュリーの言葉にうなずくことくらいはできそうだった。
 パチュリーはフランの私室に飛び込んだ。その後をおろおろとフランがついてくる。
 「妹様、ベッド借りるわよ!」と言ったパチュリーに対して、フランは目に涙を溜めてうなずくことしかできなかった。
 パチュリーが治癒魔法を展開する。すでに感覚はなかったため、魔法が効いているかどうかはわからなかった。
どれくらいの時間が経ったかは良くわからなかったが、しばらくして、パチュリーは言った。 
「応急処置は済んだ――。これ以上のことは美鈴を呼んだほうがよさそうね」
パチュリーは私を抱き上げた。この知識と日陰の少女にそんな力があるとは驚きだった。
そして、私を抱えたまま、パチュリーは挨拶もなく、フランの私室を飛び出した。
 私室から出る瞬間、フランの姿が見えた。
 フランはぐしゃぐしゃの泣き顔で、私の血で黒く染まったスカートの裾をきつく握り締めていた。

 











 

 地下室から出てきた私たちを最初に迎えたのは、メイド長の咲夜だった。あの無表情のメイドは今まで見たこともないような必死の形相で、何があったのか、と血みどろの私たちに駆け寄ってきた。パチュリーは説明もほどほどに医務室に美鈴を呼ぶように言った。トラブルにもなれているのだろう、咲夜はすぐにパチュリーの言葉に従い、門番長を呼びに行った。パチュリーは私を抱えて医務室にまで運んだ。
 医務室にはすでに美鈴と咲夜がいた。美鈴は顔をしかめ、これはまた派手にやられましたね、と右の脇腹と肘から先の右腕がなくなった私に言った。私はベッドに寝かされ、美鈴の気孔による治療を受けた。私の再生能力の高さもあったため、一時間ほどで私の右脇腹と右腕は元通りになった。
 『まあ、傷口は派手でしたけど、霊的破壊がなかったのが幸いでしたね』
美鈴はそう笑って言った。この少女はこんなときでも笑う少女だった。恐らく、根が楽観的なのだろう。
『霊的に壊されたら、再生能力自体も落ちますからね。妖怪にとって魂の傷は致命的ですから。今回は幸運だったと思うべきでしょう』
ほどほどにしておいてくださいね、と美鈴は言って去っていった。去り際、彼女は悲しげに微笑んでいた。
 『――――私は何も言わないわ』
と、パチュリーは言った。
『今後のこともレミィに従ってあげる。だけど――――無茶はしないでね』
パチュリーはそれだけ言って図書館に戻った。私を担いでくるのに体力を使ったのか、それとも、精神的に疲労したのか、帰っていくパチュリーの後姿から、彼女がとても疲れていることがわかった。
改めて、もつべきものは友人だ、と私は思い知った。
 私は私室に戻っていた。これからフランのところに行ってもよかったのだが、今日はもう動かないように、と美鈴に言われていた。普段、従者たちに我が儘を言っているのだから、今日くらいは自重してようと決めた。
 
ベッドから窓の外の夜空を見て、思う。

 ――フラン、落ち込んでないかなぁ

 と。

 フランの泣き顔が強く頭に残っていた。
 
 
 「お嬢様――――」


気づけば、隣に咲夜がいた。咲夜から話しかけてくるのはとても珍しかった。
「何かしら、咲夜?」
「お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
 咲夜の表情は厳しかった。だが、その表情には主を心配する気持ちが読み取れた。
 私は首肯し、先を促した。

「お嬢様は地下でお怪我をなさったんですよね――――」

「……………………そうよ」

「…………あの地下室の誰か、が原因なのですか?」

やはり、咲夜は勘のいいメイドだった。地下室から出てきたところは見られていないはずなのだが。まあ、咲夜にとってよく知らない場所はあの地下室だけなのだから、すぐに見当がついたのだろう。
 私は咲夜とフランを引き会わせていなかった。咲夜がまだ紅魔館に来て一年も経っていないから、そして、咲夜がやはりか弱い人間の身だったからだ。吸血鬼の力にかかれば、人間などぼろ雑巾も同じである。咲夜は人間にしては強かったが、その身体の耐久性は所詮人間のものでしかない。そのため、力加減のよくわかっていないフランと会わせるのはまだ危険だと判断していた。
 フランの食事は咲夜に運ばせていた。フランの私室の扉の横に小さなポストがある。フランはそこから食事を受け取っていた。まるで監獄のようだったが、扉を開けるキーワードを無駄に多くの人間に知らせるわけにいかないということも事実だった。咲夜はそこに誰が住んでいるのかも知らされず、毎日フランのところに食事を届けていたのだ。

 「U.N.オーエン、か……………………」

私は天を仰いで呟いた。咲夜は怪訝な顔をして私を見ていた。
「あなたにとって、あの子はU.N.オーエンなのかも知れないわね…………」
「U.N.オーエン……………………アガサ・クリスティですか?」
「そう。よく知ってるじゃない。Ten little Indians,And Then There were none.『そして誰もいなくなった』の犯人の偽名ね。あの子が好きだった本よ」
私はフランからその本を借りていた。自分の好きな本を他の人に読んでもらえる――――本好きの妹はとても喜んだものだった。
「事件の顛末は元判事の快楽殺人だったわけだけど。快楽殺人も、狂気で人を殺すのも、普通の人間にとって、理由が理解できないという点じゃ同じなのかもしれないわね」
咲夜は黙ってしまった。ただ私一人だけが、独白のように、話すのをやめなかった。
「U.N.オーエンは無差別に人を殺していく。最後は自分も殺す。そして、館には死体しか残らない――そして、誰もいなくなった。人間にとって純粋な破壊っていうのはそんな概念なのでしょうね。人間だけじゃない――すべての生物にとって方向性のない破壊は、意味不明の恐怖でしかないのでしょうね」

 だが、私は知っているのだ。

「だけどね――U.N.オーエンは本当に殺したくて人を殺してたのかしらね――――」

咲夜は黙ったままだった。私は窓の外の向こうに、三日月を見ていた――――満月は遠かった。

「少なくとも、あの子は壊したくて壊したんじゃないわ――――」

私は月を睨みつけていた。まだ満月にならない月に――殺意をこめた目を向けていた。

 
 脳裏に泣きじゃくるフランの顔が浮かぶ。私の名前を必死で呼ぶフランの声が聞こえる。


「私は絶対に諦めないわ。あの子の気持ちは私がよく知っている。誰がなんと言おうと、私はあの子が優しい子だというのを理解している。誰もがU.N.オーエンは彼女なのかと疑っても、私はそれを必ず否定してやる! 幸せなQED以外は認めない! 私は必ずフランをあの檻から――495年の檻から出してみせる――――!」

咲夜は静かに私を見ていた。そして、今まで聞いたこともないような穏やかな声で言った。

「そんなに――――そのフランという子はお嬢様にとって大事なのですか?」

「ええ――――こんなことを言うのも恥ずかしいけれど――私の命よりも大切なものでしょうね」

そうですか、と咲夜はうなずいていた。その顔には今までのような作り物ではなく――彼女が本来浮かべるべきである優しい微笑があった。私はその笑顔に一瞬見とれてしまっていた。

「わかりました。私も信じましょう」

咲夜の声は優しい声だった。

「私も――――フラン様が優しい子だということを信じましょう」

ぽかんとする私に咲夜は綺麗な微笑を浮かべ、誓うように言った。

「それがわが主君のご意思ならば――――」


――この日から、私の咲夜に対する印象は変わり始めた。





















                                              、
投稿4作目、第3話です。
稚拙な文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

連続投稿になりますね。ですが、これだけ書いてもまだ終わらない。本当は一話完結くらいになるはずだったんですが。物語をなめすぎだ、自分。
戦闘描写がひどいのは仕様です。ああ、石を投げないで。本当に戦闘描写だとか、風景描写のうまい人は尊敬できます。語彙が足りないのもなんとかならないかなあ。嘆いていても仕方ありません。精進するのみです。
この物語全体の肝はやはり最後にあります。UN・オーエン と 『そして誰もいなくなるか』は妹様の代名詞です。その二つの言葉に神主さまは何を託したのか――――凡人たる私の知るところではないのですが。まあ、たぶんもう一つのキーワードがあると自分は思っていまして、それはタイトルにあるとおり、『QED』です。この495年の事件にQEDを掲げるのは、いったい誰か。犯人役より、探偵役を探す――――なんという逆(ギャグ)推理小説。
ともあれ、期待してくださった方がいらっしゃったら、本当に喜び至極です。新参の身ではありますが、精進を続けていくしだいです。この愚か者を生温かい目で見守ってくださるのなら、これに勝る幸福はありません。

以上の駄文をもって、一度筆を置かせていただきます。

追記……オリジナル設定が多くなるのをどうにかできないかなぁ。

1/9 誠に勝手ながら総集編を削除させていただきました。申し訳ありませんでした。
無在
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コメント



0.1970簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
wを使うのはこの文章中に相応しくないと思えました。
ですが話自体は凄く私の好みですので、完結を楽しみにしつつこの点数で。
6.80名前が無い程度の能力削除
作風が好みです
続編頑張ってください
7.90煉獄削除
読めば読むほどに続きが楽しみになる作品ですね。
フランドールとレミリアとの弾幕ごっこを通じての
やりとりは、とても面白い。
続きに期待してます。
27.90名前が無い程度の能力削除
フランちゃんは履いてない!
33.100名前が無い程度の能力削除
フラン……流水(シャワー)浴びて大丈夫か……?
35.無評価無在削除
>>33様
申し訳ありませんが、『フランお母さまの悲喜交々 2』における考察をお読みください。無在の吸血鬼の設定はそのようになっております
49.100星ネズミ削除
レミリアお嬢様の決意に泣きそうになった。