Coolier - 新生・東方創想話

チャイルドプレイ

2009/01/03 22:32:28
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「ケーキ作ったの」

 パチュリーは皿の上にケーキを載せて持ってきた。
レミリアは読みかけの本にしおりを挟み、椅子の上で目を細めた。

「珍しいわね」

 普段、この手のものを運んでくるのは咲夜だ。
一切れのチョコレートケーキが灯りに照らされた。

「妹様も食べてたわよ」

「あら、そうなの」

 レミリアは読書を再開した。

「食べてみて」

 パチュリーは微笑んで、ケーキを差し出した。

「今、ここで食べなきゃ駄目?」

「駄目」

「忙しいから、後で」

 パチュリーはため息を吐いた。

「つれないじゃない」

「後で食べるから」

「絶対よ」

 レミリアは頷いた。
パチュリーが部屋を出て行ってからしばらくして、チョコレートケーキを食べてみると実に旨かった。
そして、朝が近づいてきたので眠ることにした。






 レミリアが目を覚ました時には、すでに昼過ぎだった。

「咲夜、起きたよ」

 寝起きのせいか、情けない声がした。
すぐに咲夜が入ってきた。

「お目覚めですか。着替えを持って参りました」

 咲夜の声は弾んでいた。
腕には、何やら見慣れぬ洋服を抱えている。

「あら、新しくおろしたの?」

 どうも声の様子がおかしいので、レミリアは咳払いした。

「はい。ご覧になりますか?」

 レミリアが頷くと、咲夜は畳まれた衣服を広げ始めた。
レミリアは絶句した。
 咲夜の持っていたのは、小さな薄紫のシャツとデニムのオーバーオール、そしてクマが印刷された子供用下着だった。ブラジャーは元々着けていない。

「何、考えてるの? 子供服じゃない、サイズも」

「可愛いでしょう? きっと似合いますよ」

 咲夜はレミリアの頭を撫でた。

「お着替えしましょう」

「な、な」

 レミリアのパジャマが肩からずり落ちた。
急いで掴み上げたが、またずり落ちてしまった。

「ほら、だからお着替えしましょうって言ったじゃないですか」

 クローゼット前の鏡を見るとレミリアの姿が写っていた。
元より体格の大きな方では無いが、さらに二回りほど縮んでいた。
 その上、下腹と頬が膨らみ、手足が少しばかり引っ込んでいた。

「うわあああ」

 レミリアはベッドの上から転げ落ちたが、いつの間にか咲夜に抱えられていた。

「止めて。止めて。これ、嫌あ。戻して」

 咲夜は「ちっちっ」と舌を鳴らした。

「早く着替えないといけませんよ。風邪引いたらどうするんですか」

 レミリアはじたばたと手足を動かしたが、上手く力が入らない。
 咲夜がパジャマに手をかけると次の瞬間にはオーバーオールを着せられて転がっていた。

「止めろ。こんなものは着ないぞ」

 咲夜は潤んだ瞳でレミリアを見つめた挙げ句、頬ずりした。
何度も何度も繰り返した。

「うわああっ。止めて」

「お嬢様」

 その時部屋の扉が開き、パチュリーが入ってきた。
パチュリーはへらへらと笑いながら、本を片手に登場した。

「おはよう。レミィ」

 間違いない。こいつが主犯だ。
レミリアはもがきながらも羽根を広げ、空中に飛び出した。
 しかし、いかんせん羽根が上手く動かない。レミリアは蛇行した後、パチュリーの足下へ不時着した。

「あら。可愛らしい。しっかり、薬が効いちゃって」

 パチュリーはレミリアの両脇の下を掴み、立たせた。
普段はそれほど身長の変わらない相手だったが、現在はパチュリーの腹の辺りにレミリアの頭があった。

「戻しなさい。何のつもりなの」

 パチュリーは手で口を覆って静かに笑った。

「嫌よ。あなたは、そっちの姿の方が似合うもの」

 レミリアは激昂しカーペットの上にひっくり返り、手足を動かした。

「やだやだやだやだ、早く戻して。どうして、こんなことをするの」

「理想郷計画」

 パチュリーは悲しそうに呟いた。

「魔術師は理想を追い求めるの。現実にはあり得ないことでも、魔法では可能なのよ」

 咲夜が櫛を取り出し、レミリアの頭をとかし始めた。

「こう思ったことはない? レミィと妹様が幼児還りしたらどれだけいいだろう、って」

「あります」

 咲夜が声を張り上げて、手を上げた。

「ふ、ふざけないで。誰もそんな世界を望んではいないわ」

 パチュリーは微笑んだ。

「私だって倫理感を持った常識人よ。だから、人が不幸になるのを見て楽しいとは感じないし、そんな世界は作りたくない」

「でもね」と言った後、パチュリーは言葉を句切った。

「紅魔館のみんなが望んだ世界なら」

 パチュリーは懐から大量の紙束を取り出し、クリップを外して放り投げた。
たちまち部屋の中に紙切れの嵐が吹きすさぶ。
 レミリアは櫛を持つ咲夜の手を払い、紙切れを一枚キャッチした。

<極秘アンケート。以下の質問に答えなさい。また、回答中・回答後に他人とアンケート内容について話してはいけない。話した場合は首を刎ねる。回答後、用紙は大図書館入り口の特設BOXに投入しなさい。無記名で構わない。
質問。

以下の問いに対し、YESかNOのどちらかに丸を付けなさい。

レミリア・スカーレット及びフランドール・スカーレットが幼児還りすればいいと思う。>

 YESに丸が成されていた。

「紅魔館全員に聞いた結果、賛成157票。反対0票。民主主義ね」

 レミリアは顔を真っ赤にして、ぶるぶる、と震えた。

「だから、私のチョコレートケーキに毒を盛ったの?」

「そうよ」

 レミリアは大声でわめき散らした。

「間違ってるわ。こんなのおかしいもの。知らないもん。私、聞いてないもん。レミリア知らないもん」

 いよいよ、話し合いにならない。

「戻す方法を教えなさい」

「無いわ」

 レミリアの顔面が蒼白になった。

「と、言いたいところだけどあるわ。ほら、私の持っている薬学書。この中に書いてあるわ」

 パチュリーはけらけら笑った。
レミリアは飛び上がってパチュリーの本を奪おうとしたが、パチュリーは本をわざと高く掲げてしまったので取れない。

「取れないよ。取れないよ。高くて取れないよ」

 いや、飛べばいいのか。
レミリアは飛び上がったが、上手く操縦出来ずに机に頭をぶつけた。

「お嬢様」

 咲夜が駆け寄った。

「痛いの痛いのとんでけ」

 咲夜が頭を撫でると、レミリアは癇癪を起こした。

「そんなんじゃ治らないよっ」

「でも、こうしてしまったらどうかしら?」

 パチュリーが合図をすると、小悪魔が現れた。

「あ。レミリア様、可愛い」

 小悪魔はレミリアが睨むのも気にせずに、手を振った。
パチュリーは小悪魔に本を手渡した。

「隠してしまいなさい」

「はい。それじゃ、お嬢様。また会いましょうね」

 小悪魔は陽気に尻尾を振って、口笛を吹きながら出て行ってしまった。

「紅魔館は広いわよお?」

 パチュリーが言うと、レミリアは地団駄踏んだ。

「で、でもレミリアのだもん。レミリアの紅魔館だもん」

 そう。自分の紅魔館なのだ。
こんな奴らの思い通りにはさせない。
 レミリアは叫んだ。

「あなた達の思い通りにはさせないわ。力ずくでも聞き出す」

「ふうん」

 パチュリーは直立不動のまま、鼻で笑った。
レミリアは全魔力を集中させ、手の中に槍をイメージした。
途端に赤い槍が出来上がりレミリアはいつもの調子で反動をつけた後、パチュリーにぶん投げた。

 が、槍は力なく放物線を描き、床の上に転がった。
そして、間もなく消えてしまった。
 結果としてはカーペットの上に焦げを作ったのみであった。

「あら、あら。それじゃあ私には勝てないわよ? いい? レミィ、よく聞きなさい。幼児還りがいかに素晴らしいかあなたに分かる? 分からないでしょう。あなた達が幼児還りしたことによって、みんなが笑顔になって平和になるのよ。争いも諍いもない真の平和、新世界を創りましょう。紅魔館というユートピアに」

「あ、あなた、いつもそんなこと考えてたの?」

「そうよ。ねえ、咲夜。つまり、あなたは天国における天使で、でも悪魔だから、でも、天使であって、天使のような、だから、その、つまり」

「はい」

 駄目だ。こいつらは狂っている。
レミリアは確信した。

「く」

 レミリアはもう一度、魔力を集中させようとしたが、パチュリーがすかさず足を払った。
足払いを食らったレミリアは前につんのめり、カーペットに鼻先から倒れ込んだ。
 見る見るうちにレミリアの顔が赤くなり、震えだした。

「あらあら、泣いちゃ駄目よ」

 パチュリーがレミリアの頭を撫でて抱き起こそうとしたが、レミリアは拒絶した。

「泣いてないもん。全然痛くない」

 咲夜がふいにレミリアの背中に手を突っ込み、レミリアは悲鳴を上げた。

「お嬢様。汗をかいてしまいましたよ。さ、一緒にお風呂に入りましょう」

「いいえ。私が入れるわ。そうすれば、泣きやむでしょう」

 だから、泣いていないと言っているのに。

「だから、泣いてないって言ってるでしょ」

 レミリアは自力で立ち上がり、部屋の外へ飛び出した。

「もう知らないっ」

 レミリアは泣きながら、廊下を走っていった。
咲夜とパチュリーは顔を見合わせる。

「追います?」

「いえ、放って置きなさい。どうせ戻ってくるわ」







 レミリアが嗚咽を漏らしながら歩いていくと、いやに親切な笑みを浮かべたメイド達が話しかけてきた。

「レミリア様。どうされました。一緒にお菓子を食べましょう」

「レミリア様、オーバーオール可愛い」

「レミリア様。今日も可愛いですね」

 昨日までは無表情で恭しく頭を下げていた連中が、一様に身を屈めてレミリアに話しかけてくる。

「どうしたのですか」

「触らないで」

 レミリアが睨んでも、何となく後を付けてくる。
すると、前方からも同じようにメイドをくっ付けながらフランドールが歩いてきた。
 レミリアが薄紫であるのに対し、赤のシャツの上にデニムのオーバーオールを身につけており、やはりメイド達の腰辺りまでしか身長がなかった。

「お姉様。やっぱりあなたも」

「フランもケーキを食べたのね」

 二人はお互いの状況を即座に理解した。

「二人、並んでいると本当に可愛いわ」

「ツーショットよ」

 ついに痺れを切らしたレミリアは叫んだ。

「元に戻ったら、覚えてろよ」

 すると、ようやく我に返ったメイド達はそそくさと退散した。
レミリアとフランドールは並んで歩きながら、現在までのいきさつを話し合った。

「そう。やはり飛べないの」

「うん」

「これから、どうしよう。本を探す?」

 レミリアが言うと、フランドールは首を振った。

「きっと、とんでもない所に隠し持っているわ」

「そうね。パチュリーに勝てる?」

 二人はため息を吐いた。
廊下の途中に置かれている鏡を見て、またため息を吐いた。
 未就学児が並んで歩いていた。

「逃げ出すしかないよね」

「うん」

「悔しいけど、霊夢に頼みましょう。紅魔館はもう、みんな狂っているわ」

 フランドールは頷いた。

「これは異変よね」

「異変ね」

 異変とあらば、博麗が動かないはずはない。

「この、異変ってさあ。何て名前が付くと思う?」

 考えたくもなかった。

「でも、知能は元のままでよかったわ」

 レミリアがそう言った時、目の前を一匹の黒猫が通った。

「わあ、可愛い」

 レミリアは目を輝かせた。
フランドールも目を輝かせて、猫を捕まえた。

「フランねえ、この猫知ってるよ。ダイアーって言うんだよ。本当は双子で、ストレイツォっていう猫もいるんだよ。飼い主はねえ」

 レミリアは猫の頭を撫でた。

「可愛いねえ」

「餌、あげたいねえ」

「あげたいね」






「嘘吐くんじゃねえよ。しっかり退行してるじゃねえか。危ねえところだった」

 猫の毛にまみれたフランとレミリアはひたすらに玄関ホールを目指していた。
相変わらず、メイド連中がちょっかいを出してくる。

「レミリア様、こっち向いて」

 レミリアが犬歯を剥きだしにすると、メイド達はまたしても身をよじった。

「ああん。可愛い」

「犬歯ちっちゃあい」

 メイドは白と黒のマフィンがたくさん載った皿を差し出した。

「白がバニラ、黒がチョコレートです。どちらがいいですか」

「えっ。ちょうどお腹空いてたんだあ。えへへ、私バニラ」

 フランドールがバニラを取ると、レミリアは考え込んだ。

「うーん。私、チョコレート貰いっと」

 二人は歩きながら、マフィンをかじった。
ぽろぽろと破片がこぼれるので、メイドがちりとりを持って後から付いてくる。

「マフィン美味しいね」

「うん。お姉様の一口ちょうだい」

「いいよ。フランのも頂戴」

 フランドールがレミリアのチョコレートマフィンにかじりついた瞬間、歓声が起きた。

「チョコレート美味しい」

「バニラも美味しいね」







「いい加減にしろよな」

 すっかりマフィンを食べ終えたレミリアは同様にマフィンを食べ終わったフランドールの頬をつねった。

「お姉様だって全部食べ終わってから、気づいたじゃない」

「そうだ。私も踊らされていた。全く、我を忘れていた。私は怖い。早く霊夢に助けてもらわないと」

 二人はようやく玄関ホールにたどり着いた。
普段より体力が無く歩幅も小さいため、広い紅魔館を歩くだけで相当疲れる。
 ここからが正念場だ。

 レミリアは「あっちへ行っていろ」とメイド達を追い払った。
フランドールはガラス越に門の方を見ている。
 空は曇っており、日傘はいらない。

「どう。誰かいる?」

「門番が一人。美鈴はいない」

 紅魔館の周りは高さ約2メートルの塀で囲まれている。

「飛び越えられる?」

「多分」

 残酷な話しではあるが、姉妹のどちらかが逃げおおせられればそれでいいと思われた。
レミリアは自分を見るフランドールの目が冷たいことに気づいた。
 そう、あの門や塀を作ったのは自分である。

「し、仕方ないじゃない。こんな事になるなんて思ってなかったんだもん」

「お姉様がいけないのよ」

 フランドールはレミリアを睨んだ。

「でも、あなただってきっと同じことをしたわ。警備は重要だもの」

「そんなことないもん。フランはそんなことしないもん。閉じこめたりしないもん」

「違うよ。違うってば、全然違うって」

 白熱しそうになったが、レミリアはふと正気を取り戻した。

「止めましょう。こんなことで言い争っている場合じゃないわ。論点がずれてる」

「そう言えば。全く、気づかなかったわ。根暗の技術は恐ろしいわね」

 レミリアはまた、かちん、と来たが、同じ事を繰り返すつもりはない。
それにパチュリーに対しても苛立っているのは事実だ。
 一度、霊夢に袋だたきにしてもらった方がいい。

「近くに誰かいる?」

「いない。気づかれそうになったら?」

「死ぬ気で弾幕でしょう。何とか一人でも塀まで到達できれば。それよりも後ろに誰かいない?」

 二人の後ろでは、三人ほどのメイドが盗み聞きしていた。
フランドールはメイド達を指さす。

「今の聞いてた?」

「聞いてません」

「お姉様、聞いてないって」

 レミリアは頷いた。

「そう。それならいいわ。いきましょう」

 二人は精一杯に手を大きく振りながら、塀に向かって走り出した。
門の所にいるメイドは気づいていないようだ。

「お姉様。私たち行けるわ」

 二人は大きく左に迂回しながら、並んで芝生の上を走っていく。

「ええ、行けるわ。羽を開く準備よ」

 と、その時、二人の体が浮いた。
美鈴であった。







「離してよ」

 フランドールは後ろから抱えられた状態で必死に美鈴の脇腹を蹴ったが、美鈴はびくともしない。

「無駄よ。フラン。こいつらは狂っている」

 美鈴は二人を抱えながら、頬ずりした。

「ううん。柔らかい」

「気持ち悪いなあ」

 美鈴は大きく口を開いて笑った。

「ああ、そうそう。あちらに滑り台やブランコがあるのですが遊んでいきますか?」

「ええっ、本当」

 フランドールの目が輝いた。
美鈴は勝ち誇った表情をした。

「本当です。大至急作ったのです、遊びますか?」

「行く行く。もちろん行くよ。ね、お姉様」

「うんっ」

 裏庭にはいつの間にか巨大な滑り台とブランコが設置されていた。
 二人は坂道のように長い滑り台に飛び乗った。
オーバーオールは動きやすいのだ。

「きゃっ、早い早い。フランもおいでよ」

「うん。この滑り台、すっごく大きいね」

 門番をしていたメイド達も集まってきた。

「レミリア様、フランドール様。こっち向いて」

 メイドの声に応えるように、二人は微笑んで手を振った。

「きゃああ。可愛いいっ」

 三回目を滑り終えたフランドールは、2つ並んだブランコの左側に飛び乗った。

「よおしっ、次はブランコしようっと」

 フランドールの脇のブランコに腰掛けたレミリアも少し、遅れてこぎ始めた。
が、上手くこげない。
レミリアは顔を真っ赤にしてこぎ始めた。

「う、上手くこげないや」

 レミリアは、隣で勢いよくブランコを漕ぐフランドールを悲しそうに見つめた。

「レミリア様、頑張ってっ。もうちょっとですよ」

 すると、美鈴がレミリアの背中を押し始めた。
ブランコはあっという間にフランドールのブランコ以上に勢いが付いた。

「ありがとう、美鈴」

「ふふ、どういたしまして」







「やっぱりさ、門は駄目だわ。守りが堅い」

 フランドールも頷いた。
散々遊んだ後で、雲の中の夕日が沈みかけていた。

「また、来てくださいね」と手を振る美鈴を無視して、二人は相談を続ける。

「門は駄目だわ。こうなったら、どうする? 何かさ、頭が上手く働かないんだよね」

 フランドールの言うことはもっともだ。

「お姉様に問題出してみていい?」

「何の?」

「計算」

 レミリアは慌てて手を振った。

「遠慮するわ」

 問題を出されて、答えられなかった時の空気を耐える自信が無かった。
レミリアは九九を暗唱し始めた。

「こうなったら、パチュリーを倒すしかないでしょう」

 レミリアは本当に嫌で仕方が無かったが、他に方法も無かった。
外に出られなければ中から壊すしかない。
それも、なるべく早く。

「そうね。とにかく話しを付けないと。図書館に行く?」

「うん」

 二人は方針を確認し合い、長い廊下を駆け始めた。

「この体は辛いわ。お姉様」

「ここからが正念場よ。広間を抜けて、階段を下りて、大図書館よ」







 その時、二人の前に小悪魔とメイド隊が立ちふさがった。
レミリアとフランドールは身構えた。

「や、やる気? パチュリーを出しなさい」

 レミリアの声は震えていた。
すると、小悪魔は「用意」と言った。
 すかさず、メイド達がそれぞれの楽器を取り出し、演奏を始めた。
ドラム、ギター、ピアノ。

「一曲目、レイザー・ラブ」

 小悪魔の声とともに、陽気なブギウギメロディが響き渡った。
老若男女が楽しめるブギーポップである。
 立ちつくす二人に、小悪魔はそっと、タンバリンを渡した。







汗をかいてしまったため、新しく白のオーバーオールを着せられた二人はとぼとぼと廊下を歩いていた。

「ねえ、なんであそこでノったの? ああいう事するなって言ったでしょ?」

「だって、小悪魔が。あいつ悪魔だよ。お姉様だってノってたじゃない」

 フランドールの態度に業を煮やしたレミリアは肩を押した。
先に演奏したのはフランドールだ。
 フランドールさえノらなければ、自分だってノせられることはなかった。

「何するの? 痛いよ」

 今度はフランドールが、レミリアの肩を押し返した。

「今のは、フランが悪いんだから。やり返さないで」

 レミリアはフランドールを更に強く押した。

「私は悪くないもん、悪いのはお姉様だもん」

「私だって悪くないもん。そう言うのはね、えっと、何て言うんだっけ」

「やーい、忘れてる」

 レミリアの頭に血が上った。
レミリアはフランドールの髪の毛を掴んだ。
フランドールもレミリアの髪の毛を掴んだ。
 二人は散々もみ合った末に泣き出し、廊下に座り込んでしまった。

「フランの馬鹿」

 と、そこに十六夜 咲夜が音もなく現れた。

「どうしました。座り込んでしまって」

「咲夜。フランがね、フランがね」

「違うんだよ、お姉様が」

 二人の話しを聞いた咲夜は「分かりました、分かりました」と頷いた。

「とりあえず、晩ご飯にしませんか」

 レミリアとフランドールは飛び上がった。

「やったあ、丁度お腹が空いていたところなの」

「私もっ」

 大広間に通された二人は歓声を上げた。
小さなテーブルの上にお子様ランチが2つ並べて置かれている。
 飯山の頂上に日の丸が刺さったあれである。
二人は我先にと椅子に腰掛けた。
 しかし、食器が見当たらない。

「あれ、咲夜。フォークもスプーンもないよ」

「早く頂戴」

 咲夜は首を横に振った。

「いけません」

「ど、どうして? お腹ぺこぺこだよ」

 咲夜は二人を睨んだ。

「仲良く出来ない子にあげるご飯はありません。」

 レミリアは下を向いた。
フランドールも下を向いた。

「さ、どうすればいいか分かりますね?」

「お姉様、ごめんなさい」

 フランドールが小さく頭を下げた。
レミリアも頷いた。

「私もごめんなさい」

 どこからともなく美鈴とメイド達と小悪魔が現れ、拍手した。

「お見事です」

「天晴れ」

 レミリアとフランドールは顔を真っ赤にした。
咲夜は二人の頭を撫でて、フォークとスプーンを渡した。

「お飲み物は何にしますか?」

「私、トマトジュース」

「私も」

「いただきますっ」

「どうぞ、召し上がれ」

 フランドールが食べ終えた頃、レミリアはまだ半分ほどしか食べていなかったが、食事を終えた。

「ご馳走様」

 と、突如、レミリアは正気に返った。

「フラン。しっかりして、パチュリーの所へ行かないと」

 レミリアが呼びかけて肩を叩くと、フランドールは夢から覚めたように目を見開いた。

「そ、そうだ。ご飯なんか食べてる場合じゃないわ」

 二人が急いで立ち上がろうとした時のことである。
小悪魔が積み木を運んできた。






「レミリア様、頑張って」

 メイドの一人が呼びかけたが、咲夜に注意されて黙った。

「レミリア様は集中しているのだ、話しかけるな」

「す、すみません。つい、可愛かったので」

 その通り、レミリアは集中していた。
三十分程前から、ずっと一つの作品に熱意を傾けていた。
 その手つきは、もはや神域に達していた。
 レミリアは注意深くてっぺんに三角形の赤いブロックを積んだ。
そして、指を離した。
 ついに完成だ。
 レミリアの顔に安堵と歓喜が浮かんだ。

「出来たよっ」

 レミリアはテーブルの上に高々と積まれた積み木を指さした。

「紅魔館っ」

 赤と茶色と白のブロックで構成されたそれは、まさに紅魔館であった。
メイド達が拍手した。

「すごいでしょ」えへへへへ。

「完璧ですね。傑作です。このまま残しておきましょう」

「うん」

 フランにも見せてやろう。
レミリアが振り返ると、フランドールは小悪魔に抱きかかえられて眠っていた。
 小悪魔は優しく子守歌を歌っていた。
足下には、フランドールの作りかけの怪獣が置かれている。
 この、悪魔。
レミリアは正気を取り戻し、愕然とした。
 つい、積み木に夢中になりすぎて気付かなかった。

「フ、フラン。目を覚まして。フランっ」

 小悪魔は微笑んだ。

「お嬢様の声は届きませんよ。妹様はお腹一杯でお眠なのです」

「し、知っていたくせに。それを知っていて子守歌を」

 小悪魔はまた子守歌を歌い始めた。
頭がどうにかなってしまいそうだった。
 が、レミリアとフランドールには決定的な違いがあった。
レミリアは小食で腹八分目までしか、食事をしていなかったのだ。

「お嬢様も眠ってしまいなさい」

 周りのメイド達も子守歌を歌い始めた。

「く、フラン。私、必ずパチュリーを倒して戻ってくるから、待ってて。」

 レミリアは耳を塞いで一目散に地下への階段を目指した。
美鈴は追おうとしたが、咲夜が止めた。

「追わなくていいんですか」

「いいわ。パチュリー様には考えがある」






 子供にとって、階段はつらい。
レミリアはひい、ひいと声を漏らしながら長い螺旋階段を降り、図書館に辿り着いた。
 もはや、一刻の猶予も無い。
パチュリーの野望は自分が阻止するのだ。
 図書館はこれまた広い。
 パチュリーが普段、控えているのは最深部である。
しかし、もう足が限界に達していた。
昼間から走り続けているのだから、無理もない。

 レミリアはついにへたり込んでしまった。
ああ、駄目だ。もう駄目だ。ついには動けない。
 レミリアが涙をこぼすと、声が聞こえた。

「お嬢様」

 咲夜であった。

「どうしましたか。もう眠ったらどうです」

「やだもん、パチュリーに会うんだもん。会って勝たないと駄目」

 レミリアは床にひっくり返って、駄々をこねた。

「咲夜がパチュリーの所までおんぶしてってよお」

 咲夜は一瞬困った顔をしたが、頷いた。

「分かりました」

 レミリアは咲夜の背中に飛び乗った。






 
 レミリアとパチュリーは本日、二度目にして最後の対峙を果たした。

「咲夜、もういいよ。下ろして」

「はい」

 咲夜が背中から下ろすと、レミリアは胸を張った。
そして、パチュリーを指さした。

「許さないわ。あなたの野望は私が打ち砕く」

 パチュリーはゆっくりと、レミリアに近づいてきた。

「白いオーバーオールも可愛いじゃない、レミィ。汚れちゃったの? 妹様は?」

 咲夜はパチュリーに耳打ちした。

「あら、眠っちゃったのね? レミィ、駄目よ。子供はもう寝る時間だから」

 レミリアはパチュリーを睨んだ。
ここで負けたら、元には戻れない。
レミリアは直感的に感じ取った。


「解毒法を教えなさい」

「教えなかったら?」

 レミリアは神経を研ぎ澄ました。

「力ずくよ」

「レミィ、乱暴は止めましょう。ほら、本はここに」

 パチュリーは懐から、一冊の本を取り出した。

「あっ、渡しなさい」

 レミリアは羽を広げ、一直線に本に飛びついた。
咲夜は様子を見守っている。
 レミリアがパチュリーの手中の本に組み付くや否や、パチュリーは笑った。

「かかったわね」

 薬学書をめくったレミリアは愕然とした。
これは薬学書ではない。
薬学書のカバーを付けただけの別の本だ。

「だ、だましたの?」

「レミィ、これは薬学書ではないわ」

 レミリアの体はすっぽりと、パチュリーの膝の上に収まっていた。

「日本昔話よ」

 やられた。
そう思った時には既に遅かった。
 パチュリーの朗読が始まっていたのである。
 古風で情緒的で優しい言葉はレミリアの疲れた体を優しく包み込んでいった。

「昔々、ある所におじいさんとおばあさんがおったげな」

「あああ、駄目ええっ」

 レミリアは暴れるものの、パチュリーに押さえつけられて耳を塞ぐことすら敵わない。
とどめとばかりに、咲夜がレミリアに腹を撫で始めた。

「中からはおんぎゃあ、おんぎゃあと泣く声が」

「ひいい」

駄目だ。ここで寝てはいけないのに。

「すくすくとでっかくなって」

体が言うことを聞かない、次第に瞼が重くなって、暖かくなって。
 そして、レミリアは次第に抵抗を止め眠りに落ちた。
 レミリアが寝息を立て始めたのを見ると、パチュリーは机の上のワインを開けた。

「注ぎます」

 咲夜は2つ用意されたワイングラスに半分ほど、ワインを注いだ。
二人はワイングラスを静かに打ち合わせた。

「この素晴らしき世界に乾杯」

「ん、ん、ママあ」

 パチュリーは、寝言を漏らしながら指をしゃぶるレミリアの頭を撫でた。
咲夜は腹を撫でた。

「ママはここでちゅよ」







 妖夢が稽古を終えて部屋に帰ってくると、八雲紫と西行寺幽々子がお茶を飲んでいた。
妖夢は咄嗟に頭を下げた。

「いらっしゃっていたのですか」

「ええ。お邪魔しているわよ」

 幽々子は紫を突いた。

「あなたは、神出鬼没だから」

「お稽古の方はどうだった」

 紫に問われて、妖夢はたじろいだ。
急に聞かれても分からない。

「え、ええと、まあまあだったと思います。はい」

「そう」
 
 紫は微笑んだ。
 ふと、幽々子と紫が真顔になって妖夢の方を向いた。

「な、どうかしましたか」

「まあ、立ち話も何だし、お茶でも飲みながら話しましょうよ」

 紫が微笑んで、一杯の茶を差し出した。

「それではお言葉に甘えて失礼します」
 
 妖夢は空いている座布団に座った。

「実はね、妖夢。紅魔館製の美味しいお団子があるんだけど」
明けましておめでとうございます。
yuz
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コメント



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1.100下っぱ削除
そうさ! お嬢様は天使さ!
4.80名前が無い程度の能力削除
ロリコンじゃないよ!保護欲だよ!
というか地味におっかないんですがこの話
9.90名前が無い程度の能力削除
逃げてーーー!!
妖夢逃げてーーー!!
10.90名前が無い程度の能力削除
こうまようちえんにようこそ!!
12.30名前が無い程度の能力削除
むむぅ
この作品は何というかフランとレミリアを虐めて楽しんでるようにしかみえなかったなぁ
せめてフランとレミリアに救いがあればよかったんだが
そのまんまだし
15.80名前が無い程度の能力削除
ロリコンこええ…
これはどちらかというとホラーだな…
ウルトラQ的な
16.80名前が無い程度の能力削除
萌えというよかシュールさを評価って感じで。
単純にこんなレミフラ可愛いよって話じゃないっすよってのは自明だと思うし、
普通にギャグですって気もしないし。
17.90名前が無い程度の能力削除
作品のタイトルがタイトルだけにホラーっぽいすね
18.70名前が無い程度の能力削除
yuz氏らしい作品だと思います
21.80名前が無い程度の能力削除
>「私だって倫理感を持った常識人よ。
嘘だっ!!w
25.90名前が無い程度の能力削除
これで二人の精神が大人のままだったらちょっとつらいけど、
そっちも幼児化していたので普通に楽しめた。
積み木とかマジほほえましいw
26.90名前が無い程度の能力削除
なんというペ度
27.100名前が無い程度の能力削除
さあ早く幼夢の話を書く作業にもどるんだ。
30.90名前が無い程度の能力削除
タイトルが某ホラー映画と同名なのは意図的なんだろうかwwww
32.100名前が無い程度の能力削除
繰り返しが面白かった。良いなぁこういうの。
この吸血鬼は、どの種族からも嫌われることは無いでしょうね。
33.10名前が無い程度の能力削除
すまん……確かに可愛いのだが二人を虐めているようにしか
見えなかった。
紅魔館組は好きだがこれは嫌いだ。
38.100名前が無い程度の能力削除
何だかんだいって適応してるじゃない
39.90名前が無い程度の能力削除
なんだかんだ言って面白かった。
小悪魔がタンバリン渡してくるところで吹いた。
シュールだ。
でも100点とは言えない。何か足りない。
46.10名前が無い程度の能力削除
いじめスレ行ってくればいいと思うよ。
常連っぽいけど。
49.100名前が無い程度の能力削除
ギャグととるかいじめと取るかはその人次第ということで
50.80名前が無い程度の能力削除
レミフラかわいいよと思う自分はSでしょうか?
永遠亭はれーせんか…
52.90名前が無い程度の能力削除
何気に恐ろしい話ですよねコレ…

可愛さに身悶えながら静かな狂気を感じる怖い話ってスゴい
53.50名前が無い程度の能力削除
怖えー
何が怖いって、主や友達を自分の好きなように改造して笑ってるのが怖い
何というかサイコさんな感じがする

個人的にはお嬢様と妹様に元に戻ってほしかったよ
54.90名前が無い程度の能力削除
こえぇw
おもしろい話でした。

個人的に元通りになってほしかったなぁ
58.90名前が無い程度の能力削除
おお、こわいこわい
題名との差がどうしたもんかと思ったけど
読み進めてみると何か色々と
59.80名前が無い程度の能力削除
これは確実に異変になるw
とはいえ解決する側の紫も参加してるし、きっと騒ぎになる前に元に戻すんですよね。 ……よね?
60.無評価名前が無い程度の能力削除
これは知能を低下させる毒を使った虐待にしか見えないが……
62.50名前が無い程度の能力削除
ほのぼのしてるけどすげー怖い話だ。
64.100名前が無い程度の能力削除
愛なら仕方ない
66.10名前が無い程度の能力削除
虐めにしか見えませんでした
78.100名前が無い程度の能力削除
萌え死ぬかと思た
80.100名前が無い程度の能力削除
これはいい幼魔館
93.100名前が無い程度の能力削除
これは面白い。
あがないがたい感じが出ていて良かったです。
そして、紫。悲劇を拡散するな……。
97.50名前が無い程度の能力削除
面白かったけど、親友、あるいは主君を自分の好き勝手にいじって楽しんでるというのは
少し背筋が寒くなりました。
幼児退行した二人はすごく可愛かったんですけど、さっきの理由であまり和めはしなかったのでこの点数で
99.100名前が無い程度の能力削除
ホラーじゃねえか……おっかねえ。
魔理沙、うどんげ、さとり辺りも毒牙にかかりそうな気が……