Coolier - 新生・東方創想話

雛さんはそれなりに大変でした。

2008/12/31 01:40:03
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「あ」
 山が落ちてくる。
 鍵山 雛の第一印象はそれだった。
 実際はその通り山が落ちてくるような事は無く、積雪の大規模な滑落現象、所謂雪崩れが地響きと共に迫る様子を見上げて彼女はそう思ったのだが。
 雪がこんこんと降った翌朝、それは見事に積もっていたから銀景色に誘われて気の向くままの散策に出て……考えてみれば迂闊だったろう。
 むしろ今までどうしてこういう目に遭わなかったのかが解せない所か。
 偶然なのだろうか?
 なのだろう。
 現にこうして―――
「ぶ」
 呆然としていた彼女は呆気無く雪崩れに呑まれたのだから。
 凄まじい勢いと共に方々からもみくちゃにされる感覚。
 ただ押されるばかりなのか、回転しているのかすら判然としない圧倒的な勢い。
 途中で木か何かにぶつかって止まりでもすれば、多少痛いがそれで済むのだが……。
 期待しない方が良さそうね、と、天地の区別も分からなくなりながら雛は溜息を吐いた。
 一応、雛は神たる身である。雪崩れに呑み込まれた挙句でそのまま死ぬなんて言う事は無く、それが故の余裕だった。
 ただし死なないからといって、このまま春の雪解けまで行動に憚りがあるとなっては、かなり困る。厄を集める厄神様の存在意義が揺らいでしまうと、信仰が薄れ力が弱くなってしまうし、何より他の神から何を言われるか分かったものではない。昨今はただでさえ信仰が薄いのだ。
 ああ、どうしたものか。
 せめて、こう目まぐるしく変わる四方八方が正しく認識出来さえすれば、上へ飛んで解決するのだが。その上が分からないのだから非常に困る。
 だが困るばかりで何も出来ず、何かしようにもこんな状況だから何も出来ず、厄神様は雪崩の中でそのままどこまでも下って行くばかり。
 これは駄目かも。
 流石の神様もどうしようもない以上はどうしようもないので、諦めてしまおうかと思いかけていたその時。
「……あ?」
 不意に、強引に何かに引っ張られた気がしたかと思ったら、視界に光が浮かんでいた。
 それから、その光が太陽なのだと気付く。
「雪崩れに珍しい物が紛れていたわ」
 太陽を直視したまま何度か瞬いた雛の耳に、彼女以外の声が届いた。同時に手が現れ、顔や髪についていた雪を払ってくれる。
 声の方へと目を向ければ、白と青の暖かげな格好をした、やはり暖かそうなふわりとした髪の少女が一人。いや、妖怪か。
「確かに、珍しいでしょうね」
「あら喋った。ますます珍しい」
 雛が口を開くと、妖怪は少しだけ驚いたようだった。
「……私は鍵山 雛。あなたは?」
「レティ・ホワイトロック。冬の妖怪よ。あなたは?」
「成る程。私は秘神流し雛。厄神様ね」
「へぇ」
 お互いに簡潔な自己紹介を済ませ、お互いに感心する。
 雛は雪崩と言う冬らしい窮地から自分を容易く救った相手が、冬の妖怪である事に。
 レティは雪崩れに呑まれていた珍しい物が喋った事への回答が、厄神様だという事に。
「それでその厄神様は……」
「?」
 何か言いにくそうなレティに雛は促すように視線を向ける。
「……なんで生首だけなの?」
 やや遠慮がちなレティの一言に、雛は目を丸くした。
 それから、身体を動かそうとして果たせない事に初めて気付き、瞳を動かせば在るべきものが見当たらない。腕どころかスカートの裾も見当たらないのだ。
「…………えっと」
 流石に言葉に詰まる。
 どう言ったものか。
「その。……本来は生首だけじゃ無いの。本当はちゃんと五体満足なんだけど……」
「あらまぁ」
「雪崩れに呑まれてる間に、酷い事になっていたみたい。色々と」
「そうみたいね、色々と」
 頷くレティを見ながら、雛は自分が流し雛の神様で本当に良かったと思った。人形の身体でなかったら今頃生きていると言い張るには難しい状態になっていただろう。
 ただ人形の身体だからこそこういう状態になっているのかもしれないが。
「…………」
「…………」
 見つめ合う厄神様と冬の妖怪。
 片や訴えかけるように、片やのほほんとして。
 それから。
「冬の妖怪は―――」
 やや瞼を下ろし、雛は言った。
「身体が無くなった神を前にしても、何もしようとしない程薄情なの?」
「冷血ですから」
 するとレティはしゃあしゃあと言ってのける。
「…………」
「…………」
 少しして、下りていた瞼が上がる。
「……冬だけに?」
「冬だけに」
「じゃあこうしましょう」
「うん?」
「私の身体を探してもらえるかしら?」
 言うだけ言っておこう、という程度のつもりだったのだが。
「それは喜んで」
 笑顔で答えたレティが良く分からない雛だった。
 冬の妖怪が全般的にそうなのか、目の前のがたまたまなのか。



 雛の頭を抱えるように持ち、レティは雪崩の通った後をゆっくりと飛んでいく。
 雪崩れに呑まれる間に、多少バラバラになったらしい雛の身体を探す為、それなりに低空飛行してもいた。
「こういう時、雪の妖精でも居れば早いんだけど」
 ただ雪崩が過ぎ去ろうと過ぎ去るまいと元より銀世界なのだ。レティが思うに上から見てもどうにかなるようなものじゃない。雛の頭を見つけたのだって、雪崩の中に彼女のリボンを偶然見つけたからに過ぎないのだ。
 だからこそ、雪そのものとの親和性が高い雪の妖精がいれば話は早かったのだが……それは無い物ねだりと言うものだろう。普段ならそこら辺にいるだろうけど、雪崩の後は暫く待たないと湧いて来ない。
「……冬の妖怪なんだから、もっとこう、楽に何とかならないの?」
 レティの腕の中、雛はゆるゆる飛ぶばかりの彼女に文句を付ける。
 神様は冬の妖怪の思いを知る由も無く、てっきり冬の妖怪だから早々に何とかなると考えていたのだ。
「雪の妖怪じゃないからねぇ」
 雛に対するレティは実にマイペース。
 一応相手は神様なのだが、それでも何の変わりも無い辺りひょっとしたら情緒とか感覚とかが冷えて麻痺してるのかもしれない。
「……つまりあなたじゃ地道にやるしかない訳ね」
「そうなる」
「そう。まぁ……私の身体だし、場所が分からない訳でもないけれど」
「目印でもあるの?」
 レティの言葉に頷こうとして、雛は失敗した。
「人の厄。首だけになっても結構憑いてると思うけど……」
「ああ、この縁起悪そうな薄靄」
「そう、その縁起悪そうな薄靄。それを基準に探せば済むわ。私は厄神、厄のエキスパートだから」
「そうなの」
「これでも神様だもの」
 今一半信半疑が拭えないレティである。というか、そもそもそういう事は真っ先に言って欲しい所だった。
 ……神様だから仕方ないのかもしれないが。
「ところで」
「何?」
「人の厄は妖怪に悪影響は?」
「無いわ。人の厄だもの、人の業は人に還るものよ。……私の言う台詞ではないけれど」
「ふーん」
「それと、急いでくれる? 方向はこのままで良いから」
 生返事なレティを雛は急かす。疑問の視線が向けられるのを感じながら、彼女は続けた。
「万一私の身体とか一部を人間が見つけたら、厄が憑いてしまうから」
「山に人間なんてそうそうこないでしょ」
「来たのよ、この前」
「……あー」
 そういう人間にレティは心当たりがあった。そしてそれは三分の二くらい間違っていないだろう。
 レティとしては心当たりのある人間に厄が憑いた所で何ら思う所は無いが、雛にとってはそうではない。なので冬の妖怪は速度を上げる事にした。



 探し物の所在が分かっていて、移動に不便が無いのならそれらがあっさり見つかるのは道理である。
 雛の頭、雛の胴、雛の右腕、雛の左腕、雛の右脚、雛の左脚。
 大別して六つに分かれていた厄神様の身体は、それぞれが縁起の悪そうな薄靄を纏い、雪の上、腕を組むレティの前に整然と並べられていた。
 幸いにして、バラけてしまったものの損壊について大した事は無い。服についても同様である。
 ただ、レティが腕を組んでいるのは、このこれ等が一体どうなるのかという興味故だ。
 神様の言う通りにその身体を探し、掘り返し、見つけ、纏めたまでは良い。良いが、そこから先はどうするつもりなのか。
 雛の表情が少々不敵なのも気にかかる。
 いや、表情については喋ってからというものずっとだった気がしないでもないが。
「……どうするの?」
 取り敢えず聞く事にした。
「決まってるわ」
 妖怪の問いに対する神様の答えは簡潔だった。
 するとどうだろう。
 ふわりと六体が浮かぶと、まず頭がくるくると回り始め、その回転に吸い寄せられるように胴が首を接点に合体し、回転が続くままに腕は肩を、脚は股を接点にそれぞれ合体してのけたのだ。
 そして完全に一体となった神様は、更に回転を続け、縁起の悪い薄靄をますます縁起悪そうに色濃くする。どうも体が散逸した際に一緒に散った厄を集めているらしい。
「元通りにするの」
 結果を伴って、雛は笑う。
「…………ぅゎぁ」
 ただ、これにはさしもの冬の妖怪も目を丸くせざるを得なかった。
 妖怪とて腕の一本や脚の一本、多少もげた所でひっつけるなりまた生やすなり力量次第でどうにでもなる。ただだからといって、また体が元々人形であるからというのを差し引いても、ばらばらになった体がくるくる回って元通り、とかいう訳にはいかないのだ。
 その辺り、やはり神様なのだろう。
「なんと、まぁ」
「ふふっ」
 レティのマイペースを揺らがせた事でちょっとばかり溜飲を下げた雛は、愉しげに頷いた。
「さて、ところでもう少し手伝ってもらえるかしら?」
 すぐに表情を素に戻した雛に、レティは首を傾げる。
「なにか?」
「私はこうして雪崩れに呑まれ、結構散々な目に遭った訳だけど」
「はぁ」
「何故雪崩れに呑まれたのかしら?」
 神様は妖怪にそう問いかけた。
「さぁ?」
 対する妖怪の答えは簡潔だった。
 それはそうだろう。雪崩なんてのは自然現象であり、一応原因は色々あるが雪崩れに呑まれる理由なんてのは一つしかない。雪崩に触れれば呑まれるのがあったり前なのだから。
 ただ、そんな事をわざわざ問いかける辺り雛は原因が自分の不運とは思っていないらしかった。
 なのでレティは首を左右に振ったのである。手伝うつもりが毛頭無いと取られうかねないが、冬の妖怪的にそういう所は割とどうでも良かった。
「そう。……私が思うに、人の厄が山の上の方にある人的な何かに反応したと思うの」
「人の厄は人に還るから?」
 レティの相槌に雛は頷いた。
「だってそうでもなければ、私がこういう目に遭う事は考え辛いし。……今の今まで遭わなかったのに、今日に限ってというのも変な話でしょう?」
 そう言われてレティはふと考える。
 山の上の方にある人的な何かと言うと……?
「そういえば、山には最近外から神社が来たとかなんとか」
「……ついでに言えば、そこには博麗じゃない巫女もいる」
 巫女と言えば人間である。
「成る程」
 となると答えは出たようなもの。
 雪明けの綺麗な朝の空気は、ひょっとしたら厄が散りやすいのかもしれない。或いは銀世界に夢中になった雛がちょっと油断したのか。
 どちらにせよ、強烈な雛の厄に人間が近付いた事で厄が反応し、その人間が酷い目に遭ったとばっちりで雛も酷い目に遭ったのだろう。
「多分だけどね」
「……確認はしないの?」
 仮説で済ませておくよりは余程健全ではなかろうか、とレティは思うのだが。
「上の方は私の領域じゃ無いし。神様は沢山いるから、それぞれのプライベートを大事にするものなのよ」
 どうも神様は神様で色々あるらしい。
「ふぅん……ん?」
「どうしたの」
「その雪崩の原因が雪崩れに呑まれたのなら、この辺りもまだ危ないんじゃあ?」
 雛が元の身体に戻った以上、纏う厄の量が増した事でそれは至極真っ当な指摘と言えた。
「ああ、それは……」
「…………」
 嫌な予感と否定し得ない違和感に、雛とレティはそれぞれ銀斜面を振り仰ぐ。
「取り敢えず、逃げましょうか」
 そこには早速白壁が地を鳴らし迫って来ていたのだ。
「意義無し」
 一般的に、新雪が滑落する事で発生する表層雪崩の時速は100~200km程度。ついさっき滑落したばかりとはいえ、不運にもまだ新雪が残っていたのかもしれない。
 ともかく、厄神様と冬の妖怪は慌てて空へと逃れたのだった。
         _
       _....(゚ー゚)
     , ´  ⌒ヽi)
     i|(( ) )) )iリ
      (リ,i ゚ ヮ゚ノョ'
      ゙,ヘi_i][i,l\ []
     <_>ij^)
      `¨i.ラi.ラ'´  (
        ̄  ̄
Hodumi
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コメント



0.800簡易評価
8.90名前が無い程度の能力削除
雛の体は人形そのものでしたっけ?(あんまり知らない)
11.無評価名前が無い程度の能力削除
六体合神鍵山 雛!
14.80名前が無い程度の能力削除
雛さまも、起源が謎な方ですから。流し雛云々は、一応書いてはあったかと。
21.70弥生月削除
雛とレティの垢抜けた調子がとても良いのです。

あと、早苗さんはモーセ的な奇跡の応用で雪崩割って助かって……るといいなあ。