Coolier - 新生・東方創想話

クリパー・イン・ザ・ルナリアン

2008/12/29 01:59:30
最終更新
サイズ
11.19KB
ページ数
1
閲覧数
761
評価数
1/20
POINT
760
Rate
7.48

分類タグ

師走も下旬に入り、正月まであと幾日と迫ったある日、私は鈴仙と共に夕日の映える寒空の中を永遠亭へ向かって飛んでいた。
当然の如く体感温度は氷点下を軽く超え、マフラーと手袋で防寒しているとはいえ猛烈に寒い。
コートを着込んだ鈴仙が酷く羨ましいが、私は博麗神社の巫女として脇を隠す事だけは断じて許されないのだ。
幾ら魔理沙や紫にやれ季節感が無いだの見てるこっちが寒いだのと言われようが、鈴仙に呆れと哀れみの入り混じった視線をチラチラと向けられようが、これは私が譲る事の出来ない唯一の矜持である。
そもそも年中あの暑苦しい格好をしている魔理沙にだけは季節感を語って欲しくない。
さて、何故私がこんな寒い思いをしてまで永遠亭に向かっているのかと言うと、発端は鈴仙である。










同日の正午、境内の掃除を終えて縁側で一息ついていた私は、鈴仙が独りでこちらへ飛んで来るのを発見した。
基本的に永遠亭の面々が宴会以外で神社に来るのは珍しい。
目の前にふわりと降り立った鈴仙は、小さなくしゃみを一つして、私に声をかけた。

「こんにちわ。相変わらず寒そうな格好してるわね」
「余計なお世話よ。あんたこそ寒そうだけど、お茶でも飲む?出涸らしの」
「遠慮しとくわ、使いに来ただけだから。貴方、今日の夜がお暇なら、永遠亭に来てくれないかしら?
師匠と輝夜様が貴方を呼んでるのよ」
「あの二人が?あんまり良い感じしないわね。何の用?」
「何でも鍋がしたいとか。ええと、くりぱーとか言ってたわ。外の世界の習慣なんだって」
「くりぱー?聞いた事無いわね……それって、他の連中も?」
「ううん、私の知る限り貴方だけね」
「益々嫌な予感がするけど……まぁ別に予定は無いし、一食分の食費が浮くのは助かるわね。まさか取って食うつもりでも無いでしょう?」
「それは大丈夫だと思うけどね。じゃ、お二人には了解が取れたと伝えておくわ。また夕方に迎えに行くから」

それだけ言うと鈴仙は地面を離れ、さっさと飛んで帰ってしまった。

「…縞々か…」

ゴシップ好きの鴉天狗の鉄壁さに比べると、彼女の守りには少々隙があって危なっかしいと思った。










太陽が半分程地平に隠れた頃、私達は永遠亭に到着した。鬱蒼とした竹林の中に沈んだ屋敷の門を潜り、鈴仙の後に続く。
初めてここを訪れた時は、妖怪兎達の総攻撃を喰らったものだが、今は水を打ったように静かだ。
やがて鈴仙は奥の一室、この屋敷にしては小さい部屋の前で立ち止まると、

「失礼します、客人を連れて参りました」

と声をかけた。程無くして入りなさい、と返事が返って来たので、鈴仙がすっと襖を開けた。

「ウサーーーー!!!」

半泣きのてゐが逆さ吊りにされていた。その下には人一人がすっぽり入れそうな巨大寸胴鍋が設置されており、中で大量のお湯がぐつぐつと煮えている。
その傍らには天使も恋に堕ちるような、極上の笑みを浮かべて輝夜と永琳が立っていた。
完全に固まっている鈴仙を尻目に、私は二人に尋ねた。

「帰っていい?」
「「なんで!?」」

それはこっちのセリフだ。

「とりあえずそのドロワーズ丸出しの兎について簡潔に説明しなさい」
「説明って言われても……ねぇ?」
「ええ、見たまんまよ。折角の鍋だからと言う事で、霊夢を好物を用意してみました」
「え、それ食べるの?汗とかボタボタ落ちてんだけど」
「もっと他に言う事あんだろうがぁあああああ!!!」

ぶんぶんと体を振っててゐが抗議した。よく見るとてゐを吊り下げているロープは少しづつ長くなっているようだ。
鈴仙は床にへたり込んでめそめそ泣いている。多分もうどうしようもないと言う事が解っているんだろう。
自然に溜息がこぼれた。

「確かに兎は好物だけど、妖怪兎は食べないわよ。どうせ何かイタズラでもしたんでしょうけど、もう降ろしてあげたら?」
「ほらっお師匠!霊夢もこう言ってるし!私も反省してるし!熱っ、耳!もう耳ついてるから!」
「しょうがないわねぇ、そんなに言うなら降ろしてあげようかしら……このまま」

そう言うと永琳はどこからかスイッチを取り出した。てゐは体をLの字に曲げて必死に命乞いをしている。
よくもまぁあんな腹筋が攣りそうな体勢で説得出来るものだ。人間死ぬ気になれば何でも出来ると言う事か。人間じゃないけど。

「はい、ポチッとな」
「いやぁああぁあぁあああ!!!」

てゐの説得も空しく、あっさりとスイッチは押された。
てゐの絶叫と同時に寸胴鍋が地面に吸い込まれ、一瞬の後には何事も無かったかのように元通りの畳敷きになっていた。
呆然とするてゐと鈴仙を見て輝夜は満足そうに笑うと、これもどこからとも無く『ドッキリ大成功!』と書かれた看板を掲げた。

「ドッキリ大成功~!」
「…これって、私もターゲットに入ってるの?」
「まぁ、霊夢はおまけみたいなもんかな。本命はてゐと鈴仙」
「おまけでわざわざ呼ばないでよ……」
「あら、クリパーはちゃんとやるわよ。これはオープニングみたいなもんだから」
「あの……そろそろ降ろして貰えると嬉しいんスけど……頭に血が……」

てゐがそう呟くと、永琳は素早くロープをカットした。
ふぐっ、とあまり乙女らしくない声をあげて地面に落ちたてゐのロープを解くと、

「今日はこんなもので許してあげるけど、次にやったら……ね?」

と、某お花畑のサディスティッククリーチャーを彷彿とさせる凄絶な笑みを浮かべて永琳は言った。
てゐはぶんぶんと頷くと、文字通り脱兎の如く部屋を飛び出して行った。

「ほらウドンゲ、いつまで呆けてるの。さっさとお鍋の準備をしなさい」
「いだだだだ!分かりました!分かりましたから耳は!耳はやめてー!」

まだ腰が抜けているらしい鈴仙の耳を鷲掴みにしてぐいぐい引っ張る永琳。
薄々勘付いてはいたけど、こいつやっぱりドSだ。輝夜は輝夜でニコニコ笑ってるし。
鈴仙は涙目になりながら鍋を取りに行った。
元々くしゃくしゃの耳が洗濯したてのワイシャツみたいになっていて、何とも言えない哀愁を醸し出しているのだった。










鈴仙が煮えた鍋を運んで来る頃には、全ての用意が完了していた。
コンロの上に鍋を乗せて、コタツの空いている面に鈴仙が座り、鍋の準備が整った。

「さぁ、ドッキリを挟んでお腹も空いた事だし、クリパーを始めるわよ!」
「それずっと気になってるんだけど、クリパーって何なの?」
「外の世界の風習よ。本来は全然違う日なのに無理矢理ある神様の誕生日に仕立て上げて、カップルは祝い独り身は呪う、そんな行事よ」
「なんかあんまり目出度そうな感じがしないんだけど」
「良いのよ、楽しければ」
「姫様の仰る通りよ。だから貴方を呼んだのよ」
「どういう意味よ」
「ほら、言っちゃ悪いけど、貴方ってぼっちじゃない」
「はっ倒すわよ」
「だって、事前に著名な人妖にはあらかたイナバを送ったけど、来たのは貴方一人よ」
「いやいや、だって色々居るじゃない……えーと、例えば…ほら、幽香とか」
「彼女には断られたわ」
「えー…あ、アリスは!?」
「彼女は魔理沙と過ごすって」
「嘘ォ!?」

これはちょっとショックだ。私はぼっちだったのか……アリスですら魔理沙と……というかそれなら私も誘って欲しかった。

「まぁまぁ、そんな貴方の為のクリパーよ。って言っても特に決まり事は無いみたいだから、今日は月人の作法に則って祝おうと思うの」
「月人の作法?」
「霊夢は見てるだけで良いわ。やり方を教えるのも面倒だし、大して長いものじゃないから。じゃ、鈴仙」
「はい、輝夜様。お師匠も」
「ありがとう」

困惑する私を意に介さず、三人は何やら二本のバネを生やしたヘアバンドらしき物を装着した。
その先端には梅干大の謎の銀球がくっついている。
そしてそのヘアバンド(?)の両端を手で押さえると、じっと耳をすませるかのように目を閉じた。
完全に意味不明な光景だが、三人の表情からは何処か荘厳な雰囲気さえ漂っている。
その真剣な空気に押されて、私は息を呑んだ。
やがて三人はほぼ同時に、軽くお辞儀をするように頭を傾け、

「みょーん」

と鳴いた。銀球がゆんゆんと揺れる。

「みょーん」
「みょーん」
「みょぉ~ん」

輝夜がビブラートを効かせた。三人の頭はゆらゆらと前後に動き続けている。銀球がゆんゆんと揺れる。

「みょーーん」
「みょーんみょーん」
「み゛ょーん!」

段々頭の振りが激しくなってきた。銀球がぶるんぶるんと揺れる。

「みょーん!みょーーん!」
「みょゎーーん!」
「みぃょーーーん!」

三人はとうとう立ち上がって髪を振り乱し白目を剥きながら絶叫した。鈴仙に至っては片足をコタツに乗せていた。
振りが激しすぎて銀球が頭の前や後ろにばっちんばっちん当たっている。

「みょーーーん!!!み゛よーーーーん!!!!」
「みょぃーーーーん!!!」
「みょぉ~~~~ん゛!!!」
「うるせー!!!!」

我慢の限界だった。

「何なのよコレ!何の儀式!?鍋パーティで何を召喚しようとしてんの!?」
「あー折角良いトコだったのに……」
「もうちょっとでテイクオフでしたね」
「空気読みなさいよ霊夢」
「読んだから突っ込んでんのよ!あんたら揃いも揃ってロングだから髪とか鍋に入ってんのよ!」
「あ、ほんとだ。毛先がべしゃべしゃ」
「私は耳の先がちょっと濡れてます」
「仕方ないわね。鈴仙、代わりを持って来て」
「ねぇ、もうほんっとに帰りたいんだけど」
「まあまあまあ、とりあえず食べるだけでも食べてってよ。折角来たんだし」

私は盛大な溜息をついた。










「それでは改めまして」

鈴仙が鍋と共に戻り、四人揃った所で輝夜が音頭を取った。

「「「いただきまーす」」」
「いただきます…」

既に私のテンションはだだ下がりだったが、折角の鍋だ、気を取り直して頂く事にした。
私が箸を伸ばすと、輝夜が慌てて言った。

「あ、ちょっと待って霊夢、そこのウラジミール取って」
「は?」
「姫様、霊夢は知りませんよ。ほら、これの事よ」

永琳が醤油さしを取った。普通の醤油さしと違うのはただ一点、中の液体が銀色だった。

「…何それ、食べても良いもんなの?中毒とか起こしそうな色してるけど」
「月では一般的な調味料よ。フローラルな香りで何にかけても美味しい万能調味料。こっちで言えば醤油みたいなものね」
「勿論鍋にかけても美味しいわよ」

そう言うと輝夜は、そのウラジミールとやらを鍋に直接ドバドバかけ始めた。

「ちょっ、何してんの!?うわっラベンダー臭っ……ああっ虹色になった!」
「ウラジミールは常温では銀色だけど、熱すると虹色になる性質があるの。その為俗称として中国と呼ぶ事もあるわ」
「ロシアっぽい名前なのに!?」
「貴方が何を言ってるのか解らないけど、文句は食べてから言いなさい」

永琳は適当に具を椀に盛り、私に差し出した。
頭がくらくらするようなラベンダー臭と、虹色に輝く白菜や大根、椎茸、豚肉。この世の食べ物とは思えなかった。

「悪夢だわ……」
「良いからほら、食べてみなさいって」

恐る恐る虹まみれの白菜を口に運び、咀嚼する。……こ、これは……

「辛ーーーっ!!!」
「あら、そんなに辛かった?マイルドタイプなんだけどねぇ」
「み、みず、みず!」

間髪入れずにミミズを差し出した鈴仙を張り倒すと、私は部屋の隅にあった冷蔵庫を開けようとしたが、出来なかった。
その瞬間、私は物凄い勢いでぶっ飛んで来た襖の直撃をくらって壁に激突した。

「かーぐやー!今日という今日は月の果てまで蹴り飛ばしてやるよ!」
「ああ?人様んちの団欒に殴り込んどいて寝言ぶっこいてんじゃねーぞ竹林ホームレス!」
「てめーこそ暢気に鍋なぞ囲んで家族ごっこしてんじゃねーぞ蓬莱ニート!」
「てめえら纏めてハリネズミにして地獄に封印してやっから動くんじゃねぇぞゴルァアアあぁああぁああああ!!!」

聖夜に三つ巴のゴングが鳴り響いた。































「……朝か」

私は上体を起こして呟いた。枕元に置いてあった薬瓶を手に取る。ラベルには『胡蝶夢丸ナイトメアタイプ』とある。
更にその下には小さく『小児用』と書いてあった。

「子供が見たら泣くわよこんな夢…」

金一封をエサに永琳に治験を頼まれた薬だが、まさかこれ程とは。永琳には効力を弱めるように言ってやらないと…。










「お邪魔してるぜ」

居間のコタツには魔理沙が居た。魔理沙は隣に置いた風呂敷を指差すと、

「何か作ってくれ」

とのたまった。

「その為にわざわざ来たの?ものぐさねぇ」
「昼まで寝てたお前に言われたくないぜ。それに食料は提供するんだからさ」
「あら、もうお昼?そんなに寝てたかしら」

私は首を捻りながら、風呂敷を持って台所へ向かった。










「ほら、出来たわよ」
「お、悪いな」

私が食事をコタツの上に置くと、魔理沙は目を輝かせて言った。全く子供のような喜び様だ。
私が苦笑していると、魔理沙は姿勢を正して、おもむろに帽子を脱いだ。
露わになった金髪のてっぺんには、見覚えのある髪飾りが乗っかっていた。
そしてその両端を手で押さえると、目を閉じ、軽くお辞儀をするように頭を下げ、

「みょーん」

と鳴いた。私は後ろ向きにぶっ倒れた。

「霊夢!?おいっどうした!貧血か!?だからあれ程食生活には気を使えって……待ってろ、すぐ永琳を呼んで来るからな!」

おぼろげな視界の中で私が見たものは、ゆんゆんと揺れる銀球だった。
ああ、解った。これは夢なんだ。夢の中の夢だ。早く、目を覚まさないと、魔理沙が、呼んでいる………









おしまい
中二の頃に書いたイタいファンタジー小説を親がプリントアウトして保管してたでござるの巻。勿論即刻焼き捨てましたよ。
夢から覚めたと思ったのにまた夢だった、なんて経験はありませんか?
私は起きる→夢だった→起きる→夢だった…というのを五回ぐらい繰り返した事があります。あれは怖いですよ。
そんなこんなで、クリスマスから微妙にずれたお話でした。
それでは良いお年を。
陸猫
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.680簡易評価
9.80名前が無い程度の能力削除
……ウラジミールで吹いてしまった